導電性高分子の合成103 課題5 導電性高分子の合成 section 5.1 はじめに 1970...

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103 課題 5 導電性高分子の合成 Section 5.1 はじめに 1970 年代に白川英樹らによってフィルム状のポリアセチレン(アセチレンが重合した高分子)が合 成された.それまで行われていた方法でポリアセチレンを合成すると,黒い粉末状になった.ポリアセ チレンフィルムを合成することはそれまでできなかったのである.その後,他の分子から電子を受け取 る性質を持つ電子受容体(ヨウ素など)あるいは電子を与える電子供与体の少量添加によって,高分子 膜の電気伝導度が飛躍的に上昇することが見出されて以来,導電性高分子に関する研究が盛んに行われ るようになった.このように特定の物質を微量分だけ添加することをドーピング(doping),その微量 添加物(不純物)をドーパント(dopant)と呼んでいる.導電性高分子におけるドーピングは高分子か ら電子を引き抜く酸化反応あるいは高分子に電子を与える還元反応に相当し,それぞれ酸化的ドーピン グ(p-doping),還元的ドーピング(n-doping)等と称される.高分子の酸化や還元は化学的手法(電子 受容体,電子供与体の添加)だけでなく,電気化学的手法(電圧の印加)によっても可能であり,この 場合も電解質イオンを取り込んだドーピングとみなせる.「導電性高分子の発見と開発」を受賞理由と して,白川英樹,A. J. HeegerA. G. MacDiarmid 3 人の研究者に 2000 年度のノーベル化学賞が与え られたことからも電気を通す高分子膜(電気を通すプラスチック材料)の合成が与えたインパクトの大 きさが分かる.現在,従来の高分子とは全く異なる分野,すなわち,電線,大面積太陽電池,ダイオー ド,表示素子,二次電池(充電によって繰り返し使用できる電池)などへの応用研究と開発が進められ ている. 今日では,導電性高分子の種類も多岐にわたっている.例えば,ポリアセチレンのみならずポリチ オフェン,ポリピロール,ポリ-p-フェニレン,ポリ-p-フェニレンビニレンといった様々な高分子が合 成されている.これらの高分子の骨格構造式を図 5.1 に示す.二重線は炭素原子間の二重結合を,単線 は炭素原子間の単結合を表している.n は構成単位の単量体(モノマー)が何個繋がって高分子(ポリ マー)を形成しているかを表す数(重合度)であり,数百以上である.水素原子は略している.図 5.1 の高分子が基本的に二重結合と単結合が交互に並んだ長鎖の π 共役系高分子であることが分かる(こ のような分子では,二重結合に関与する π 電子が空間的に広がって存在し得る).これらに電子受容体 acceptor アクセプター)や電子供与体(donor ドナー)をドーピングしたり,電気化学的に酸化や還元 をすることにより,高い電気伝導度を有する導電性高分子が得られている. 本実験では代表的な導電性高分子であるポリチオフェンを,その単量体であるチオフェンから電極反 応による重合法(電解重合法)で合成する.ポリチオフェンは陽極酸化(ドープ)された状態で得られ

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103

課題 5

導電性高分子の合成

Section 5.1

はじめに

1970年代に白川英樹らによってフィルム状のポリアセチレン(アセチレンが重合した高分子)が合成された.それまで行われていた方法でポリアセチレンを合成すると,黒い粉末状になった.ポリアセチレンフィルムを合成することはそれまでできなかったのである.その後,他の分子から電子を受け取る性質を持つ電子受容体(ヨウ素など)あるいは電子を与える電子供与体の少量添加によって,高分子膜の電気伝導度が飛躍的に上昇することが見出されて以来,導電性高分子に関する研究が盛んに行われるようになった.このように特定の物質を微量分だけ添加することをドーピング(doping),その微量添加物(不純物)をドーパント(dopant)と呼んでいる.導電性高分子におけるドーピングは高分子から電子を引き抜く酸化反応あるいは高分子に電子を与える還元反応に相当し,それぞれ酸化的ドーピング(p-doping),還元的ドーピング(n-doping)等と称される.高分子の酸化や還元は化学的手法(電子受容体,電子供与体の添加)だけでなく,電気化学的手法(電圧の印加)によっても可能であり,この場合も電解質イオンを取り込んだドーピングとみなせる.「導電性高分子の発見と開発」を受賞理由として,白川英樹,A. J. Heeger,A. G. MacDiarmidの 3人の研究者に 2000年度のノーベル化学賞が与えられたことからも電気を通す高分子膜(電気を通すプラスチック材料)の合成が与えたインパクトの大きさが分かる.現在,従来の高分子とは全く異なる分野,すなわち,電線,大面積太陽電池,ダイオード,表示素子,二次電池(充電によって繰り返し使用できる電池)などへの応用研究と開発が進められている.今日では,導電性高分子の種類も多岐にわたっている.例えば,ポリアセチレンのみならずポリチ

オフェン,ポリピロール,ポリ-p-フェニレン,ポリ-p-フェニレンビニレンといった様々な高分子が合成されている.これらの高分子の骨格構造式を図 5.1に示す.二重線は炭素原子間の二重結合を,単線は炭素原子間の単結合を表している.nは構成単位の単量体(モノマー)が何個繋がって高分子(ポリマー)を形成しているかを表す数(重合度)であり,数百以上である.水素原子は略している.図 5.1の高分子が基本的に二重結合と単結合が交互に並んだ長鎖の π共役系高分子であることが分かる(このような分子では,二重結合に関与する π電子が空間的に広がって存在し得る).これらに電子受容体(acceptorアクセプター)や電子供与体(donorドナー)をドーピングしたり,電気化学的に酸化や還元をすることにより,高い電気伝導度を有する導電性高分子が得られている.本実験では代表的な導電性高分子であるポリチオフェンを,その単量体であるチオフェンから電極反

応による重合法(電解重合法)で合成する.ポリチオフェンは陽極酸化(ドープ)された状態で得られ

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104 課題 5 導電性高分子の合成

cis-polyacethylene trans-polyacethylene

cis- trans-

polythiophene polypyrrole

poly-p-phenylene poly-p-phenylene vinylene

-p- -p-

図 5.1: 代表的な導電性高分子の骨格構造

る.このドープされた高分子膜と,これを陰極還元(脱ドープ)して得られる高分子膜の抵抗値を測定して比較することによって,今まで絶縁体と考えられていた高分子も種類あるいは状態によっては電気を流すことが可能であることを学ぶ.また,発光ダイオードを組み込んだ回路の一部を導電性高分子膜で置き換え,ダイオードが実際に点灯するかどうかを確認する.反応溶液の紫外可視吸収スペクトルを測定し,溶液中のポリチオフェンの重合度を推定する.

Section 5.2

実験の原理

●●  5.2.1電気伝導の機構について ●●結晶構造を有する固体には,電子のぎっしり詰まった充満帯と呼ばれる低いエネルギー準位と電子が

詰まっていない伝導帯と呼ばれる高いエネルギー準位が存在する(図 5.2).充満帯の電子は結晶中の原子に束縛されているが,伝導帯に励起すると結晶中を自由に動き回れる自由電子(伝導電子)となる.充満帯と伝導帯の間のエネルギー領域を禁制帯(バンドギャップ)と呼ぶ.禁制帯のエネルギーを持つ電子は存在し得ない.金属(導体)の場合,バンドギャップは存在せず,充満帯と伝導帯が一体になるため,電子は自由に動き回り電流が流れる.一方,半導体や絶縁体(不導体)は 0でないバンドギャップを持つ.半導体のバンドギャップは比較的小さく,高温では充満帯の電子が熱的に励起されて伝導帯に上がり,伝導電子となる.同時に,充満帯には電子が抜けた穴が生じる.この穴に周囲の電子が移動し,それによってできた穴にまた電子が移動する,という過程を繰り返すと,あたかも正の電荷を持つ粒子が結晶中を動き回るようにみなせる.そこで,この電子が欠落した穴を仮想的な粒子と考えて正孔

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5.2. 実験の原理 105

図 5.2: 金属(導体),半導体,絶縁体(不導体)のバンド図.図中の −の記号は電子を,+の記号は正孔を表している.

(ホール)と呼ぶ.結果として,伝導帯の伝導電子や充満帯の正孔を導電キャリア(電気の流れの担い手)とする電気伝導が生じる.半導体とは,このように高温で電気伝導度が上昇する物質である.絶縁体のバンドギャップは半導体よりも大きく,充満帯の電子は結晶中の原子に強く束縛されている.故に,光や熱を加えても電子は伝導帯に励起することができず,絶縁体には電流が流れない.バンドギャップが大きいものでも,酸化的ドーピング(p-doping,電子受容体を加えたり陽極酸化す

る)や還元的ドーピング(n-doping,電子供与体を加えたり陰極還元する)により電気伝導度を増大させることができる.前者の場合,電気伝導を担うキャリアは酸化によって充満帯の電子が失われて生じた正孔であり,p(ポジティブ)型半導体と呼ぶ.また後者の場合,キャリアは還元によって伝導帯に与えられた電子であり,n(ネガティブ)型半導体と呼ぶ.図 5.3に p型および n型半導体のバンド図を示す.

p n

図 5.3: p型および n型半導体のバンド図.左図のような p型半導体では,酸化によって充満帯(価電子帯)中に正孔が生じ,その動きが電流となる.n型半導体では,還元によって生じた伝導帯中の伝導電子がキャリアである.

1次元結晶とみなせる共有結合型の高分子の場合には,充満帯は価電子帯とも呼ばれる.電気伝導度

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106 課題 5 導電性高分子の合成

は導電キャリアの数(キャリア濃度)と高分子中でのキャリアの動き易さ(移動度)の積で決まる.一般には,キャリア濃度はバンドギャップの大きさと密接に関係し,バンドギャップが大きいほどキャリア濃度は小さくなる.移動度はキャリアの動き易さを示す指標で,分子全体に広がって非局在化している π性の分子軌道(分子内の電子状態を表す近似的な波動関数)は一般に移動度が大きい.ポリアセチレンやポリチオフェンはこのような分子軌道を持っている.多くの場合,高分子はそのままの状態では半導体であるが,化学的あるいは電気化学的にドーピングすることにより,その電気伝導度を金属が持つ値の領域まで増大させることができる.これに対して,一般に知られているポリエチレンやポリスチレンなどの高分子は絶縁体である.これは,主鎖の炭素同士が単結合(σ結合)で結びついて,価電子帯がエネルギー的に低く安定化しているからである.そのため,バンドギャップが大きく,導電キャリアの数が少ない.更に,伝導帯の一番低いエネルギー準位が局在化した σ性軌道であるため,移動度も小さく絶縁体となる.

●●  5.2.2ポリチオフェンの電解重合について ●●図 5.4のようなポリチオフェン,ポリセレノフェン,ポリフランなどは,対応するチオフェン,セレ

ノフェン,フランなどのモノマーから重合反応や電解重合(電気化学的重合法)により合成される(モノマー誘導体の縮合反応を利用した直接法による合成もある).

(a) (b) (c)

n n n

Se OS

図 5.4: ポリチオフェンと類似化合物: (a)ポリチオフェン,(b)ポリセレノフェン,(c)ポリフラン

本実験で行うポリチオフェンの電解重合の機構を図 5.5に示す.陽極には白金,金,ITO(Indium TinOxide,インジウム・スズ酸化物)導電膜基板ガラスなど,陰極には白金,ニッケル,グラファイトなどが使われる.溶媒はアセトニトリル,ベンゾニトリル,THF(テトラヒドロフラン),塩化メチレンなどが用いられ,電解質として LiBF4(テトラフルオロホウ酸リチウム)などを溶媒に入れる.この電解液にモノマーであるチオフェンを入れて,チオフェンの酸化電位(電子を引き抜く酸化反応を起こすのに必要な電圧)以上の電圧を印加する.この際に起こる重合と同時にポリチオフェンは陽極酸化されて正電荷を帯びるが,電解質の BF−4 が取り込まれるため,全体としては電気的に中性な膜が陽極上に得られる.このような電気化学的ドーピングにおいては,高分子膜に取り込まれる電解質をドーパント(不純物)とみなし,本実験における BF−4 はアクセプター型イオンと呼ばれる.ドーピングの結果として,価電子帯中に正孔が生じるため,陽極上に得られた膜は高い導電性を示す.硫黄原子 Sの両隣の 2,5位を置換したチオフェン誘導体は電解重合しないことから,重合は隣り合ったチオフェン同士が 2,5位で結合することにより進行すると考えられている.

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5.2. 実験の原理 107

図 5.5: ポリチオフェンの電解重合機構.電圧が印加されるとチオフェン単量体が電子を放出して酸化される.+の記号は炭素上の電子が 1つ不足していることを,·の記号は炭素上に共有結合を作らない不対電子が 1つ存在することを示している.このような不対電子を持つ分子はラジカル,更に陽イオンであるものはラジカルカチオンと呼ばれる.単量体のラジカルカチオン同士が反応して 2量体が生成する.同様の酸化と重合を繰り返して,陽極上に高分子膜が形成される.析出したポリチオフェンも酸化されるが,電解質の BF−4 が取り込まれるので膜全体としては中性である.

●●  5.2.3紫外可視吸収スペクトルについて ●●物質は特定の波長の光を吸収する.光吸収が起こると,光のエネルギーを分子が受け取って高いエネ

ルギー状態(励起状態)になる.図 5.6のように分子内の電子が励起する場合には,紫外可視領域の波長を持つ光が吸収される.グラフの横軸に光の波長,縦軸に何パーセントの光を透過するか(透過率)をプロットしたものを吸

収スペクトルと呼ぶ(第 2章を参照).特に,紫外可視領域の吸収スペクトルを紫外可視吸収スペクトル(または電子吸収スペクトル)と呼ぶ.紫外可視吸収スペクトルの例を図 5.7に示す.スペクトルに現れる下向きの山は試料を透過した光の割合が小さい(吸収された光の割合が大きい)ことを意味しており,吸収帯と呼ばれる.吸収帯を解析することによって,試料に含有される物質の特定が可能である.

e- e-

図 5.6: 光の吸収と分子の状態の模式図

図 5.7: 吸収スペクトルの例

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108 課題 5 導電性高分子の合成

Section 5.3

実験

本実験では,陽極に ITO(Indium Tin Oxide,インジウム・スズ酸化物)ガラス基板,陰極に白金板を用いる.陽極に白金板を使っても重合は可能だが,膜が薄くなる.溶媒にはアセトニトリル,電解質としては LiBF4を用いる.使用する薬品には刺激性があるので,白衣と保護眼鏡を常時着用して実験を行う.

●●  5.3.1実験器具 ●●

• 直流安定化電源• テスター(電圧計)• テスター(抵抗測定用)• 電流計• スタンド• 角形電解セル• ITOガラス(陽極)• 白金板(陰極)• 目玉クリップ(ガラス電極固定用)• ばち型クリップ(白金電極固定用)• ワニ口クリップ付きコード(電源と電極の接続に必要)

• ねじふた付ポリ瓶• 上皿電子天秤• 薬さじ• 駒込ピペット• メスシリンダー• やすり• ストップウォッチ• ピンセット• プラスチック板(抵抗測定用)• 発光ダイオードの回路• 分光器

●●  5.3.2装置組立 ●●図 5.8のように直流安定化電源,テスター(電圧計),電流計をワニ口クリップ付きコードで接続す

る.電源やテスターの使い方については,備えつけのマニュアルをよく読むこと.電解セルの接続は電解液調整後に行う.

●●  5.3.3電解液調製 ●●• モノマー:チオフェン 0.4 mol/L,分子量MW = 84.14

• 電解質:LiBF4(テトラフルオロホウ酸リチウム)0.3 mol/L,MW = 93.75

• 溶媒:アセトニトリル

ドラフトでビニール手袋を着用し作業する.質量や体積は量りとった正確な値を記録すること.ねじふた付ポリ瓶(乾燥していることを確認)を上皿電子天秤の上に置き,LiBF4 0.84 gを薬さじで,チオ

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5.3. 実験 109

図 5.8: (左)電解重合の実験装置図,(右)実際の実験装置写真

フェン 1.15 gを駒込ピペットで加える.更にアセトニトリル 30 mLをメスシリンダーで量りとって静かにポリ瓶に加える.ポリ瓶のふたを閉め静かに振り,LiBF4 が溶け切るまで攪拌する.

●●  5.3.4装置と電解セルの接続 ●●電解セルに電極を固定する前に,クリップが錆びていたらやすりで磨く.ガラス電極には表と裏があ

り,インジウム・スズ酸化物が塗布してある表のみが電気を通す.テスターの探針を当てて抵抗値が 0オームに近い,小さい抵抗値が表示される面が表なので確認する.電極表面が汚れているときれいな膜を作製することができない.表を内側にしてガラス電極(陽極)2枚を並べ,電解セルに目玉クリップで固定する.白金電極(陰

極)もばち型クリップで固定し,組立てた装置と電解セルを図 5.8のように接続する.電解セルをクランプでスタンドに固定したら,ガラス電極とクリップにテスターの探針を当てて,抵抗値が 0であり電極の向きが正しいことを再度確認する.脱臭用の簡易ドラフトを作動させ,ポリ瓶の内容物(電解液)を電解セルに流し込む.

実験 1ポリチオフェンの電解重合

2枚のガラス電極を利用して 2枚の高分子膜を作る.電源のスイッチを入れて電解重合を開始すると同時に時間の計測を始める.電流値が 10 mAになるようにつまみを調整する(電圧は約 5 Vになる).スイッチを入れた時刻を 0秒として,30秒毎に時間,電流値,電圧値を記録する.ガラス電極に析出する高分子膜や溶液の色の変化も記録せよ.約 10 mAの電流で 10分間重合を行ったら電源のスイッチを切り,ガラス電極を 1枚だけ取り出して風乾する.電極上の高分子膜の色や形状をよく観察せよ.

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110 課題 5 導電性高分子の合成

実験 2ポリチオフェンの脱ドープ

電解液中に残しておいた膜が付いているガラス電極と白金電極の対に重合時と逆の電圧を印加し,ドープされた膜を陰極還元することにより脱ドープする.この際,高分子膜にドーパントとして取り込まれていた BF−4 が除かれていく.白金電極が陽極,ガラス電極が陰極になるようにコードをつなぎ変え,電源のスイッチを入れて脱

ドープを開始すると同時に計時を始める.電流値が 10 mAになるように調整し,30秒毎に時間,電流値,電圧値を記録する.高分子膜や溶液の色の変化も記録せよ.ガラス電極が 1枚になったことを考慮し,重合時の半分の電気量(重合時に 10 mA×10分間なら 10 mA×5分間)を流したら電源のスイッチを切り,ガラス電極を取り出して風乾する.電極上の高分子膜の色や形状をよく観察せよ.

実験 3抵抗値測定

抵抗値測定に使用するクリップ(4つ)をやすりで磨いてさびを落としておく.ドープされた高分子膜をピンセットでガラス電極から注意深く剥がし,プラスチック板上に広げてクリップ 2つで固定する.クリップの間隔は約 1 mmにする.テスターの探針をクリップに当てて抵抗値を測る.脱ドープされた高分子膜も同様に抵抗値を測定する.発光ダイオードが接続された回路のワニ口クリップを,ドープされた膜を挟んだクリップに繋いでダ

イオード点灯の様子を観察する.脱ドープされた膜についても同様の観察を行う.ワニ口クリップ同士を直接繋いだ場合のダイオード点灯と比較せよ.鉄釘,アルミホイル,黒鉛筆,赤鉛筆についても同様にダイオード点灯の様子を観察し,抵抗値を測

定する.本来,物質中の電流の流れ易さを比較するには,その試料の膜厚と幅,電極間の距離を考慮すべきだが(第 4章を参照),本課題では抵抗値や発光ダイオードの光り方を見て定性的に考察する.

実験 4反応溶液の紫外可視吸収スペクトル

実験後の反応溶液にはアセトニトリルに可溶な重合度の低いポリチオフェン(オリゴチオフェン)が溶けており,紫外可視吸収スペクトルを測定することによって溶液中のポリチオフェンの重合度を推定することが出来る.実験の結果として残った反応溶液の紫外可視吸収スペクトルを 250~500 nmの範囲で測定せよ.各班で 1枚印刷されるので,人数分をコピーしてレポートに添付すること.

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5.5. 結果のまとめ 111

Section 5.4

後片付け

電解セル中の溶液はドラフト内にある専用のポリタンクに廃棄する.電解セルとねじふた付ポリ瓶はアセトンですすいだ後,水,洗剤,ブラシを用いて洗浄し,逆さまにして風乾する.白金電極はアセトンですすいだ後,クレンザー,たわしで磨いて水洗し,キムワイプで水分をふき取ってケースに返却する.ガラス電極と高分子膜はそれぞれの所定の容器に廃棄する.実験器具及び簡易ドラフトを元の位置に戻す.退室前に実験器具が揃っているかを確認し,整理・整頓して帰ること.

Section 5.5

結果のまとめ

実際に行った手順や得られた結果は過去形で書くこと.使ったチオフェンの量など実験を再現するのに必要と思われる全てのデータ(テキストに指示されている量ではなく,実際に実験で使った量)をレポートに書け.電解重合中や脱ドープ中の溶液の色の変化,得られた高分子膜の色や形状を報告せよ.各時刻における電流値ならびに電圧値を表にまとめ,電解重合および脱ドープの際に流れた電気量(電流値と時間の積)をそれぞれ計算せよ.合成した高分子膜の抵抗値やダイオードの点灯の仕方についてまとめよ.反応溶液の紫外可視吸収スペクトルの極大吸収波長(下向きの吸収帯が極小値をとる波長)を 1 nm単位まで読み取れ.

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112 課題 5 導電性高分子の合成

Section 5.6

問題

以下の問題の解答もレポートに記すこと.

●●  5.6.1問題 1 ●●ドープされたポリチオフェン膜と脱ドープされたポリチオフェン膜の導電性の違いから,それぞれの

膜の伝導帯と価電子帯に電子や正孔がどのように詰まっているかを考察せよ.ドープされたポリチオフェン膜は何型半導体に相当するか.

●●  5.6.2問題 2 ●●電解重合によってチオフェン間の結合を 1つ作る際に抜ける電子と水素イオンの数をそれぞれ求めよ.

仮にチオフェンの 2量体のみが生成したと仮定すると,何モルのチオフェンが消費されたか?それは使用したチオフェンの何パーセントに相当するか?電解重合時に流れた電気量の値を基にして考察せよ.

●●  5.6.3問題 3 ●●鉄釘,アルミホイル,黒鉛筆,赤鉛筆の抵抗値とダイオード点灯から,これらの電気伝導を担ってい

る導電キャリアがそれぞれ何かを考察せよ.

●●  5.6.4問題 4 ●●読み取った紫外可視吸収スペクトルの極大吸収波長を表 5.1と比較し,何量体のポリチオフェンが溶

液に含まれていたかを考察せよ.但し,溶液に複数の種類のポリチオフェンが存在する場合には,それぞれの重合体に対応する吸収帯が互いに重なり合う.重合度の低いポリチオフェンのイオンは溶液中で長時間安定ではないので,中性分子のみを考慮すれば良い.

●●  5.6.5問題 5 ●●ドープされたポリチオフェン膜を生成するために,実験では電解重合を 10分間行った.さらに長時

間電解重合を続けると,ドープされたポリチオフェンの導電性がどうなるのか,紫外可視吸収スペクトルの結果を参照して考察せよ.

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5.6. 問題 113

表 5.1: チオフェン重合体の吸収波長

重合体 中心波長

単量体 S 225 nm

2量体 S

S

303 nm

3量体 S S

S

357 nm

4量体 S S

S

2 391 nm

5量体 S S

S

3 417 nm

6量体 S S

S

4 436 nm

7量体 S S

S

5 441 nm

参考資料

1. 緒方直哉編「導電性高分子」講談社(1990).

2. 赤木和夫,田中一義編「白川英樹博士と導電性高分子」化学同人 (2002).

3. J. Heinze, B. A. Frontana-Uribe, and S. Ludwigs, Electrochemistry of Conducting Polymers —PersistentModels and New Concepts, Chem. Rev. 2010, 110, 4724.

4. F. Geobaldo, G. T. Palomino, S. Bordiga, A. Zecchina, and C. O. Arean, Spectroscopic study in the UV-Vis, near and mid IR of cationic species formed by interaction of thiophene, dithiophene and terthio-phene with the zeolite H-Y, Phys. Chem. Chem. Phys. 1999, 1, 561.

5. R. S. Becker, J. S. de Melo, A. L. Macanita, and F. Elisei, Comprehensive Evaluation of the Absorption,Photophysical, Energy Transfer, Structural, and Theoretical Properties of α-Oligothiophenes with Oneto Seven Rings, J. Phys. Chem. 1996, 100, 18683.