自然の浄化力を活用した新たな水質改善手法 に関す …...6 erik jeppesen ,...

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自然の浄化力を活用した新たな水質改善手法 に関する資料集(案) 平成22年3月 国土交通省河川局河川環境課

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自然の浄化力を活用した新たな水質改善手法

に関する資料集(案)

平成22年3月

国土交通省河川局河川環境課

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目 次

1. 本資料の目的と背景 .................................................................................................. 1 1.1 本資料の目的など ..................................................................................................... 1 1.2 湖沼の現状と水質改善の取り組み ............................................................................ 8

2. 沈水植物の保全・再生による水質改善 .....................................................................15 2.1 沈水植物の役割と生育条件 .................................................................................... 15 2.2 沈水植物の回復・再生事例とその効果 .................................................................. 21 2.3 沈水植物の保全・再生手法 .................................................................................... 44 2.4 今後の課題 .............................................................................................................. 51

3. 生物間相互作用を活用した水質改善 ........................................................................53 3.1 生物間相互作用と着眼点 ........................................................................................ 53 3.2 事例とその改善効果など ........................................................................................ 55 3.3 生物間相互作用を活用した水質改善の実施手法 .................................................... 62

4. 湖内未利用資源の流域内循環の促進による水質改善 ................................................68 4.1 湖内未利用資源の活用 ............................................................................................ 68 4.2 事例とその効果 ...................................................................................................... 68 4.3 流域内物質循環が円滑に機能するための要因分析 ................................................ 80 4.4 取り組みの手法 ...................................................................................................... 82

5. 干し上げによる水質改善 ..........................................................................................86 5.1 干し上げとは .......................................................................................................... 86 5.2 事例とその改善効果 ............................................................................................... 86 5.3 干し上げによる水質改善手法 ................................................................................. 92

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1. 本資料の目的と背景

1.1 本資料の目的など

(1) 本資料の目的

富栄養化した湖沼の水質改善を図るためには流入負荷削減が必要であり、これまで流域

における対策に加えて流入河川の浄化、湖内の対策等が実施されてきた。平成 18 年の湖沼

法の改正や近年の自然再生の取り組みにより、生態系の作用に着目した自然の浄化機能が

見直されるようになり、湖沼がもともと有していた生態系を回復させることで水質改善を

図る取り組みが始められている。また、湖内の未利用の動植物資源を肥料等として流域内

で循環利用することで、流域全体で湖沼の水質改善を図るといった新しい湖沼環境管理技

術の取り組みも全国で進められている。 本資料は、霞ヶ浦や印旛沼で進められている実験的な取り組みや他の湖沼における先行

事例をもとに、これらの技術の事例を整理するとともに、これらの技術を導入する際の考

え方や留意事項を資料集として取りまとめたものであり、今後の湖沼の水環境改善を行う

上で、参考となる情報を提供することを目的とする。

(2) 本資料の対象者

本資料で想定している対象者は、湖沼等の現場の技術者を対象とするが、地方自治体の

環境部局など関連機関や地元で同様な取り組みを進めている NPO などにも参考になるも

のと考えられる。

(3) 本資料における湖沼の水質改善手法の考え方と資料作成方針

本資料で紹介する湖沼の水質改善手法は、湖沼の持つ自然の浄化機能を回復させる観点

から、以下の4つに分けられる。 ①既に衰退・消滅した沈水植物等を回復・再生させて水質改善を図る。 ②生物の「食う-食われる」と言った生物間相互作用を活用して水質改善を図る。 ③湖内の未利用の動植物資源を湖沼から取り出して流域内で肥料等として循環利用する

ことで長期的な観点から流域及び湖沼の水環境の改善を図る。 ④湖沼の干し上げなどによって水質改善を図る。 ここで、特に①と②については、自然の生態系を回復・再生させて活用する技術であり、

対象とする湖沼がもともと有していた固有の生態系に十分に配慮するとともに、生態系を

大きく攪乱することがない手法であることが重要である。また、上記の手法全般について

は、現段階で十分に確立されたものではないことから、その適用に際しては専門家と十分

に相談して進めるとともに、どの程度の効果が見込めるのかを栄養塩の収支等から概略推

定しておくことが必要である。さらに、沈水植物の再生や流域内物質循環の取り組みは、

効果自体は小さいかもしれないが、水質改善を持続的なものとしてゆく上で重要な対策で

あると言える。

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また、Scheffer et. al1によると、生態系を回復させる上での重要な視点として、生態系

全般を通して環境変化に対する安定状態が劇的に変化するカタストロフィック・シフト(レ

ジーム・シフトともいわれる)があるとしている。1 つの例として、浅い湖沼の場合には、

ある程度の濁りがあるものの水草が繁茂する状態と、過栄養になって水草が消失して植物

プランクトンが優占する 2 つの状態があり、後者から前者へ回復させるには栄養塩の低減

を図るとともに、水草を回復させる取り組みが必要となる(図 1.1-1)。

図 1.1-1 Scheffer et. al.,(2001)のモデルの琵琶湖への適用2

さらに、浅枝3は、富栄養化した湖沼を流域の下水道整備や河川水の導入によって再生を

図る場合、沈水植物群落の発達、魚類相の健全な構成、大型の動物プランクトンの十分な

発生などが得られるレベルまで改善する必要があると指摘しており、流域対策と併せて上

記の①と②を推進することの重要性を指摘している。

1 Marten Scheffer, Steve Carpenter, Jonathan A. Foley, Cari Folkes & Brian Walkeri(2001):Catastrophic Shifts in ecosystems, NATURE, VOL413, 11 OCTOBER, pp.591-596. 2 浜端悦治(2009):沈水植物群落の回復に伴う水質の改善と湖沼生態系、第 11 回河川環境研究会講演集、(財)河川環境管理財

団 3 浅枝隆(2007):1.5.2 大型植物が湖内の栄養塩循環に与える影響、河川の水質と生態系、-新しい河川環境の創出に向けて-、

監修 大垣眞一郎、編集 財団法人河川環境管理財団、技法堂出版、pp.71-78.

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1) 沈水植物の再生による水質改善

衰退・消滅した沈水植物の再生の取り組みは、霞ヶ浦や印旛沼で精力的に進められ、手

賀沼(千葉県)、福島潟(新潟県)、伊豆沼・内沼(宮城県)、河北潟(石川県)、三方五湖

(福井県)、東郷池(鳥取県)など全国の他の湖沼でも取り組みが始められている。 我が国の多くの湖沼では、富栄養化の進行とともに水草が消失してアオコが発生するよ

うになり、手賀沼、印旛沼、霞ヶ浦などはこのようなカタストロフィック・シフトが起こ

ったと考えられている4。霞ヶ浦は、1970 年以降の COD の急激な悪化(透明度の悪化と一

致すると考えられる)とともに沈水植物が大きく衰退し、現状では消滅している(図 1.1-2)。印旛沼でも同時期に沈水植物が大きく衰退し消滅に至っている(図 1.1-3)。逆に、琵琶湖

南湖では、1994 年の異常渇水による水位低下以降、沈水植物が沖側へ群落を急速に拡大し、

それに伴って透明度などの水質が大きく改善されているが、異常繁茂によって様々な障害

が発生している(2.2 章)。 一般に沈水植物は水質浄化機能を有していると言われており、桜井5は、オオカナダモ・

サンショウモで N では 0.05~0.58g/m2/日、P では 0.06~0.24g/m2/日の浄化量を報告して

いる。また、沈水植物の体容積が湖沼容積に占める割合である PVI(Percent Volume Index)が、15%を越えると魚に対する遮蔽効果が生じて動物プランクトン相が変化し6、30%を越

えるとクロロフィル-aが顕著に低下する7との報告もある。 本資料では、霞ヶ浦と印旛沼で実施されている沈水植物再生実験結果等を活用して、現

状で考えられる沈水植物再生技術について整理した。 本手法の適用においては、過去に沈水植物が生育していた水域であることが望ましく、、

そうでない水域で再生を行うことはできるだけ避けるべきである。また、沈水植物の種子

などが含まれているシードバンク土砂の確保が必須であり、種の多様性・遺伝子の多様性

の観点から、対象とする湖沼でその土砂を確保する必要がある。

4 高村典子(2009):第 1章 湖沼という環境、生態系再生の新しい視点、湖沼からの提案、高村典子編著、共立出版 5桜井善雄(1988):水辺の緑化による水質浄化,公害と対策,Vol.24,No.9,pp.66-77. 6 Erik Jeppesen , Martin Sondergaard, Morten Sondergaard, Kirsten Christofferson(1998):The Structuring Role of Submerged Macrophytes in Lakes,Springer 7 Canfield et. al. (1984):Prediction of chlorophyll a concentrations in Florida lakes importance of aquatic macrophytes. Canadian Journal of Fisheries and Aquatic Sceience, 41, 497-501.

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霞ヶ浦COD(平均)

0

2

4

6

8

10

12

S30

S32

S34

S36

S38

S40

S42

S44

S46

S48

S50

S52

S54

S56

S58

S60

S62

H1

H3

H5

H7

H9

H11

H13

H15

H17

CO

D[m

g/L]

COD環境基準

図 1.1-2 霞ヶ浦の COD 年平均値8と沈水植物などの推移9

0

5

10

15

20

25

1945 1955 1965 1975 1985 1995 2005

沈水

植物

種数

西沼

北沼

図 1.1-3 印旛沼内における沈水植物種数の変遷10

8 天野邦彦(2009):霞ヶ浦における沈水植物群落の消長と環境変遷の関連性解析に基づく修復候補地の抽出、水工学論文集、第

53 巻、2009 年 2月,p1369-1374 9 関東地方整備局霞ヶ浦河川事務所(2007):霞ヶ浦湖岸植生帯の緊急保全対策評価検討会、中間評価、 10 中村彰吾・本橋健・増岡洋一・林薫・湯浅岳史・東海林太郎(2009):印旛沼水質改善に向けた水位低下実験、河川技術論文集、

第 15 巻、2009 年 6 月、pp.195-200.

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2) 生物間相互作用を活用した水質改善

湖沼の食物網に着目して、魚類・プランクトン等の生物間相互作用を活用して植物プラ

ンクトン量の低減を図る水質改善技術については、欧米ではブラックバス等の魚食魚を投

入して成功している事例が多い(バイオマニピュレーション)。我が国でも白樺湖でニジマ

スなどを放流した成功事例が見られるが、我が国の大きな湖沼のほとんどで漁業権が設定

されていること、魚食魚が食べる魚が水産有用資源であることが多いこと、我が国固有の

魚食魚がかなり限られることから、この手法の適用は限定される。 ここでは、我が国でのバイオマニピュレーション等の成功事例や、生物間の相互作用を

水質浄化の観点からより幅広く捉えることで本手法について整理した。 ニジマスなどの魚食魚の投入*1、コイ科魚類の除去については水質改善効果が報告されて

いる。また、汽水域でのシジミなどの二枚貝は大きな濾過量を有しており、植物プランク

トンの増殖を抑制していると言われる。なお、多くの湖沼で行われている外来魚の駆除は、

それまで外来魚に捕食されていた在来の水産有用魚を回復させることになり、漁獲量の回

復により系外への栄養塩の取り出し量の増大を図ることができ、広い意味で生物間相互作

用による湖沼の浄化と位置づけることができる*2。 本手法を適用するためには、対象とする湖沼の生態系が良く理解されていること、適用

する手法が固有の生態系を大きく攪乱することがないこと、利用者や漁業者等の関係者の

理解が得られること、また、実施に際して専門家と十分に相談でき、仮説を設定して仮説

通りに進まない場合には順応的な対応を行う体制が必要である。 *1:ニジマスは、2004 年に制定された外来生物法による規制対象ではないが、適切な取り扱いが求められ

ている要注意外来生物に指定されており、水域によっては在来種に大きな影響を与えることに、十分留

意する必要がある。

*2:ただし、魚類の生産量を増やすことは動物プランクトンに高い捕食圧を与え、結果として植物プランク

トンを増やすことになり、また魚類の増加は排泄などを通して水質汚濁を進めることとなるので、この

手法がかならずしも水質改善に寄与するとは言えない一面もあることに留意する必要がある。

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3) 未利用資源の流域内での循環利用

化学肥料が大量に使用されるようになる以前は、湖沼内の沈水植物は畑などでの有効な

肥料として利用され流通ルートも形成されていた。しかし、高度経済成長期の湖沼の水質

悪化とともに沈水植物の多くが衰退し、その利用も激減した。 しかし、浜名湖ではアマモなどの採藻と畑地肥料としての活用が続けられており、琵琶

湖でも刈り取った沈水植物が水田に活用される取り組みが復活している11。また、外来魚対

策等として駆除された外来魚等を肥料等として循環利用を図ることで、安心安全な農作物

を収穫するとともに、地域のブランド商品として販売する取り組みも始められている。 湖沼の水質改善を長期的な観点から眺めると、湖沼の水草や外来魚等といった未利用の

動植物バイオマス資源*1 を積極的に取り出し、肥料等として流域内で循環利用する*2 こと

で流域外からの肥料等の栄養塩の持込みを抑制することができ、これによって資源の有効

活用とともに湖沼の水質改善にも寄与すると考えられる(図 1.1-4)。 本資料では、これらの取り組みの事例とともに、その取り組みの手法について整理した。 本手法を適用するためには、湖からの未利用資源の取出しから農地へ肥料として利用す

るまでのプロセスにおいて連携(場合によっては農産物の流通・販売ルートまでの連携)

がとれていること、また取り組みを実施するための費用措置が可能であることなどが条件

として考えられる。これまでの事例では、何らかの助成のもとで実施するか、未利用資源

の回収を専門の加工業者が無料で行う流通システムを活用しており、実施に際しては事業

の継続性に一定の目処がつけられることが必要である。 *1:植物バイオマスでは外来植物の活用も積極的に含めることが望ましい。

*2:広義には、流域外へ持ち出して循環利用されることも含めることが望ましい。

図 1.1-4 未利用資源の流域内循環利用のイメージ

11平塚純一・山室真澄・石飛裕(2006):里湖 モク採り物語、生物研究社

現存量調査も必要

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4) 干し上げによる水質改善

我が国では、灌漑用ため池の維持管理手法として、古来から池の水位を下げる「池干し」

を行い、水質等の維持を行ってきた歴史がある。近年、三春ダムや渡良瀬貯水池でも干し

上げによるアオコやカビ臭物質の低減、底泥からの栄養塩類の溶出量の低減などによる水

質改善の取り組みが始められている。 本資料では、これらの事例を整理するとともに、その実施手順を整理した。 本手法を適用するためには、対象とする湖沼は漁業権が設定されていない灌漑用ため池、

貯水池、ダム湖の前貯水池などであり、また本手法の適用によって利水面および生態系へ

大きな影響-たとえば水草帯の衰退や生息生物への大きな影響など-を与えないことが条

件となる。

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1.2 湖沼の現状と水質改善の取り組み

湖沼の水質改善は遅れており、下水道整備などの流入負荷削減や河川の浄化対策に加え

て、最近では自然の浄化機能の活用など新しい取り組みによる水質改善が求められている。

(1) 湖沼の水質の現状

湖沼の水質の環境基準は COD で定められているが、平成 20 年度の環境基準の達成率は、

河川(BOD)の 92.3%、海域(COD)の 76.4%に比べて湖沼は 53.0%と低いレベルにと

どまっている(図 1.2-1)。また、湖沼の類型毎の環境基準の達成率は、全 181 水域のうち

で A 類型は 62.6%であり、AA 類型と B 類型の 50 水域で 2 割弱と低い(図 1.2-2)。

図 1.2-1 環境基準達成率の推移(COD 又は BOD)12

図 1.2-2 類型毎の環境基準の達成状況 12

注) 河川は BOD、湖沼及び海域は COD である。

12 環境省 公共用水域の水質測定結果 http://www.env.go.jp/water/suiiki/h20/full.pdf

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(2) 湖沼水質保全特別措置法の改正

湖沼において水質改善が進まないことを踏まえ、平成 16 年 10 月に環境大臣が中央環境

審議会へ「湖沼環境保全制度のあり方について」諮問した。水環境部会の下に湖沼環境保

全専門委員会が設置され、平成 17 年 1 月に上記の「湖沼環境全制度のあり方について」環

境大臣に答申した。 具体的内容は以下のとおりである。 ①市街地・農地等の非特定汚染源対策を推進するために、汚濁負荷の寄与度の大きい地

区を指定して汚濁負荷削減を重点的に実施するなどの推進計画の策定、 ②抽水植物・沈水植物の回復を図りこれら水生植物の有する自然の浄化機能を活用した

水質浄化の推進及び水生植物の定期的な刈り取りなどの維持管理の推進、湖岸のエコ

トーンや内湖等の植生を保全する地区を指定する、 ③下水道の機能向上や高度合併処理浄化槽の推進などの生活排水対策の推進、負荷量の

規制を受けていない既設の事業場・小規模な事業場などの実態を踏まえた特定汚染源

対策の推進、 ④流域管理、湧水等の水循環回復、生態系保全や親水性向上の視点を計画へ盛り込む、

計画策定段階からの住民の参加を位置づける、定量的な目標の設定及び節目節目に計

画内容の見直しと検証を行う、 ⑤モニタリングの体制の拡充と汚濁機構の解明、地域住民が理解しやすい透明度(透視

度)・底層 DO 濃度、カビ臭物質、生物指標などの補助項目を設定する。 平成 18 年 4 月に湖沼法が改正・施行され、以下に示すように従来の対策に加えて、湖沼

に流入する汚濁負荷の一層の削減、水質浄化機能を確保するための湖辺環境の適正な保護

などの対策が追加された(図 1.2-3)。

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図 1.2-3 湖沼法改正の概要13

13 環境省報道発表資料から

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(3) 湖沼の水質改善の取り組み

1) 湖沼の水質改善施策

湖沼の水質改善のための取り組みを以下に整理した(図 1.2-4)。これまで、様々な流域

対策、流入河川対策、湖内対策が実施されてきた。下水道を含む生活排水対策は我が国全

体として着実に実施されており、平成 19 年度時点で下水道等の普及率は 83.7%である(図

1.2-5)。また、各湖沼で行う対策事業の規模は湖沼によっても異なるが、例えば、霞ヶ浦

では下水道整備、底泥の浚渫、導水、農業集落排水施設整備などが大きな割合を占める(表

1.2-1)。

図 1.2-4 湖沼水質の保全・改善対策方法の分類14

14 湖沼技術研究会(2007):湖沼における水理・水質管理の技術、平成 19 年 3 月 を一部改変

湖沼水質の保全・改善対策

流入河川 対策

底泥対策

流動制御

酸素供給

植生利用

湖内対策

流域対策

その他

点源負荷対策

直接回収

面源負荷対策

植生帯・ウェットランド、人工内湖、浮島、ビオトープ等

散気装置、分画フェンス、密度流拡散装置等

曝気装置、高濃度酸素水の導入等

藻類回収、衝撃殺藻装置、紫外線殺藻装置等

浚渫、覆砂

浄化用水の導入、水草管理、流入水の流路変更、干し上げ・水位低下、魚類除去等

生活排水対策(下水道の整備等)、畜産排水対策、工場・事業場排水対策等

吸着法、土壌処理法、植生浄化法等

農業系負荷対策、非特定負荷対策等

直接浄化

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12

図 1.2-5 我が国の汚水処理人口の推移

表 1.2-1 主な第 4 期霞ヶ浦水質保全計画対策事業15

15 田渕俊雄(2005):湖の水質保全を考える、霞ヶ浦からの発信、技報堂出版、194pp.

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2) 湖沼の水質の改善状況

平成 20 年度時点でみると、全国 130 水域の約半数で、指定湖沼では全ての湖沼で CODの環境基準が達成されていないのが現状である(表 1.2-2)。しかし、諏訪湖や手賀沼等、

水質が大幅に改善した事例も見られる。

諏訪湖は昭和 54 年に下水処理水の系外放流(湖の排水門近傍への放流)が開始され、平

成 9 年から高度処理が開始された(図 1.2-6)。COD と T-N は環境基準を達成していない

が、T-P は高度処理が開始されてから大きく改善され、近年は環境基準を達成している(図

1.2-7)。 また、手賀沼では、利根川下流部と手賀沼、そして、江戸川を結ぶ北千葉導水路によっ

て COD の大幅な改善が見られている(図 1.2-8)。ここでは、年間平均約 330 日、17,000万 m3の導水が行われており、これは手賀沼の容量の約 30 倍である。

表 1.2-2 指定湖沼における環境基準の達成状況(平成 20 年度)

項目区分

水域・湖沼

COD 全窒素 全りん

水域

類型

達成

状況

水域

類型

達成

状況

水域

類型

達成

状況

霞ヶ浦(西浦) A × Ⅲ × Ⅲ ×

霞ヶ浦(北浦) A × Ⅲ × Ⅲ ×

霞ヶ浦(常陸利根川) A × Ⅲ × Ⅲ ×

印旛沼 A × Ⅲ × Ⅲ ×

手賀沼 B × Ⅴ × Ⅴ ×

琵琶湖(北湖) AA × Ⅱ × Ⅱ ○

琵琶湖(南湖) AA × Ⅱ × Ⅱ ×

児島湖 B × Ⅴ × Ⅴ ×

諏訪湖 A × Ⅳ × Ⅳ ○

釜房ダム貯水池 AA × - - Ⅱ ×

中海 A × Ⅲ × Ⅲ ×

宍道湖 A × Ⅲ × Ⅲ ○

野尻湖 AA × - - Ⅰ ×

八郎湖(東部承水路) A × Ⅳ × Ⅳ ×

八郎湖(西部承水路) A × Ⅳ × Ⅳ ×

注) 1 環境省資料に基づき作成。 2 「○」印は水質環境基準が達成されていることを、また、「×」印は達成されていないこと

を示す。

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図 1.2-6 諏訪湖の下水道普及率の経年変化16

図 1.2-7 諏訪湖のT-Pの経年変化(1979 年に下水道の供用開始)16

図 1.2-8 手賀沼のCODの推移17

16小林虎雄(2007):5 章「汚濁への挑戦」から下水道の建設へ、アオコが消えた諏訪湖、沖野外輝夫・花里孝幸編、信濃毎日新

聞社 17 http://www5a.biglobe.ne.jp/~koikek/teganuma/index.htm

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2. 沈水植物の保全・再生による水質改善

2.1 沈水植物の役割と生育条件

沈水植物は、底泥巻き上げ抑制等による透明度の改善や動物プランクトンなどの生育場と

なるなど、水質浄化に関して多くの機能を有している。沈水植物が衰退・消滅した湖沼に生

育させるには、埋土種子等を含むシードバンク土砂の確保に加えて、透明度の確保、波浪の

抑制、競合植物・捕食生物からの保護、適する底質等の環境を回復させることが重要である。

(1) 沈水植物の役割

Scheffer18によると、沈水植物が植物プランクトンの増殖を抑制し、透明度を改善する

メカニズムとして以下の要因を挙げている。 ・沈水植物による光の遮蔽効果 ・沈水植物と植物プランクトンの栄養塩を巡る競合 ・沈水植物による植物プランクトンのアレロパシー(他感作用)*1物質の分泌 ・底泥巻き上げ抑制 ・沈水植物の生育空間での動物プランクトンの増殖

*1 アレロパシー:ここでは、沈水植物がある種の化学物質を水中に放出することで、植物プランクトンの増殖を抑制

する効果があることを指す。

また、浅枝 3 によると、上記の機能に加えて、「SS や有機態栄養塩の沈降促進効果」

と「シャジクモはカルシウムを沈着させる際にリン酸も固定する」ということが報告さ

れている。 沈水植物が群生することで底泥の巻き上げを抑制する効果があり、水中の濁りの低減

とそれに伴う懸濁態の水質の改善に繋がる。水質浄化については、桜井 5は、オオカナダ

モ・サンショウモで N では 0.05~0.58g/m2/日、P では 0.06~0.24g/m2/日の浄化量を報

告している。また、一部は分解して水中へ回帰するものの底泥への埋没による封じ込め

による水質改善も報告されている19。 また、沈水植物の体容積が湖沼容積に占める割合である PVI(Percent Volume Index)

が、15%を越えると魚に対する遮蔽効果が生じて動物プランクトン相が変化する 6 とい

われており、これ以外にも、魚類等の産卵場・稚魚の隠れ家としての機能もみられる。 PVI が 30%を越えるとクロロフィル-aが顕著に低下する 7と報告されており、沈水

植物群落内の植物プランクトンの細胞数は、その周辺に比べてリュウノヒゲモで 60%程

度、コカナダモで 12%程度と報告されている20。さらに、フサモ類の乾燥重量の 1.5%を

占めるポリフェノール類は、酵素の働きを弱めて藍藻の増殖を著しく抑制する21。

18 Marten Scheffer(1998):Ecology of Shallow Lakes, Kluwer Academic Publishers, 357pp. 19 Takashi Asaeda, Vu Kien Trung, Jagath Manatunge(2000):Modeling the effects of macrophyte growth and decomposition on the nutrient budget in Shallow Lakes, Aquatic Botany 68, ELSEVIER ,217-237, 20 Brandl, Z., Brandlova, J. and Poatolkova, M.(1970): The influence of submerged vegetation on the photosynthesis of phytoplankton in ponds, Rozpravy Ceskoal, Akad. Ved. Rada Matem. Prir. Ved., 80, pp.33-62. 21 Van Donk, E. and de Bund, W.J.(2002):Impact of submerged macrophytes including charophytes on phyto- and

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16

(2) 沈水植物の分布と生活様式

沈水植物は、抽水植物・浮葉植物とともに水深の違いによって生息域が異なるエコト

ーンを形成している(図 2.1-1、図 2.1-2)。

図 2.1-1 淡水水生植物群落の帯状分布模式図 11

湖沼の沈水植物の生活型は、①有茎型、②ロゼット型*1 の 2 つに分けられる。また、繁

殖は、種子だけでなく、流れ藻、殖芽、塊茎、地下茎といった様々な器官による栄養繁殖

*2を行っている。 *1 ロゼット型:ネジレモやコウガイモが該当し、茎がほとんど節間成長しないために地上茎が無いか極端に短く、葉が放

射状に地中から直接出ているかあるいはそれに近い状態をいう。

*2栄養繁殖:胚・種子を経由せずに根・茎・葉などの栄養器官から、次の世代の植物が繁殖する無性生殖である。

図 2.1-2 沈水植物の生活型による類型22

zooplankton communifies:allelopathy versus other mechanisms, Aquatic Botany, 72, pp.261-274. 22 浜端悦治(1996):沈水植物の特性、河川環境と水辺植物、奥田重俊・佐々木寧編、ソフトサイエンス社

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17

【参考】 沈水植物の栄養繁殖の様式には下記の幾つかのタイプがみられる。

出典:写真は霞ヶ浦河川事務所から提供、解説は「日本水草図鑑、角野康郎著」から抜粋

流れ藻

地下茎

塊茎

殖芽

植物体の断片からの再生、すなわち切れ藻(流れ藻)が不定根を出

して別の場所に定着することである。 (左図はリュウノヒゲモの植物体)

地下にあるシュート(根や葉)を地下茎という。そ

の先が地上に伸びて地上茎となる。ヨシやハス

が大群落を形成するのは地下茎による栄養繁殖

によってである。 (左図はササバモの地下茎)

形態的あるいは生理的に何らかの特殊化を伴った部分が越冬や栄養

繁殖の手順となる場合、水草ではそれらを殖芽と呼ぶ。 (左図はエビモの殖芽)

水草の殖芽のうち、地下茎の先や途中につくものであ

る。形は不定で、一定配列された芽がある。ジャガイ

モなども塊茎に当る。 (左図はリュウノヒゲモの塊茎)

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18

(3) 沈水植物の現状と衰退要因

我が国の多くの湖沼では、沈水植物は大きく衰退するか消滅している。その要因は、

水質の悪化による透明度の悪化、湖岸整備等による生育域の消失や、管理水位の上昇等

による光環境の悪化などがあげられている。

【解説】

霞ヶ浦(西浦)の沈水植物面積は S47 年以降に大幅に衰退している(図 2.1-3)。この時

期は、S40 年後期からの流域内の人口増加や流域開発の影響により、西浦の COD が大き

く増加し透明度が低下するなど光環境が悪化したと考えられる(図 2.1-4)。また、S50 年

以降湖内の水位管理方法が従来と変わり、年最低水位が低くならなくなったこと(図 2.1-5)8、護岸整備の工事に伴い湖岸帯の改変があったことなどが影響していると考えられる。

図 2.1-3 霞ヶ浦西浦の沈水植物の推移 9

霞ヶ浦COD(平均)

0

2

4

6

8

10

12

S30

S32

S34

S36

S38

S40

S42

S44

S46

S48

S50

S52

S54

S56

S58

S60

S62

H1

H3

H5

H7

H9

H11

H13

H15

H17

CO

D[m

g/L]

COD環境基準

図 2.1-4 霞ヶ浦の COD の年平均値の推移 8

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19

図 2.1-5 霞ヶ浦の水位の変化 8

図 2.1-6 霞ヶ浦の日平均水位と各種事業の関連(霞ヶ浦河川事務所)

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20

一方、年平均透明度が 2.4m(2007 年度、湖心)と水質が比較的良好な小川原湖では、

沈水植物の群落が湖棚上に広く形成されている(図 2.1-7)。

図 2.1-7 水生植物生育状況(平成 13 年 9 月)23

23高瀬川河川事務所(2000):平成 13 年度高瀬川小川原湖河川水辺の国勢調査(植物調査・河川調査)業務報告書

湖棚

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21

2.2 沈水植物の回復・再生事例とその効果

沈水植物が生育する環境が損なわれている湖沼において、沈水植物を回復させるには、

流入負荷量を大きく低減させて透明度を改善したり、ヨーロッパの湖沼等でみられるよ

うに、湖沼全体で水位低下を行う事等が考えられる。

(1) 沈水植物の回復・再生事例

1) 諏訪湖での沈水植物の回復

1911 年には、水深 4m まで沈水植物が生育しており、その面積は湖面積の 26.2%、優

占種は、クロモ・ヒロハノエビモ・ホザキノフサモであった。その後、分布面積は徐々

に縮小し、1978 年には 4.8%にまで減少した24。1970 年代までの主要な沈水植物は、ク

ロモ・センニンモ・ササバモであったが、その後は水質悪化に比較的強いと言われるエ

ビモが広い面積を占めるようになった25。 諏訪湖では、1979 年の下水道の供用開始(系外放流)とともに次第に水質の改善が進

み、1997 年には高度処理が始まってから負荷量が大きく減少して透明度などの水質が大

きく改善された(図 2.2-1)。このことと符合するように、1998 年まで発生していたミク

ロキスティスが 1999 年に激減し、優占グループも毒素(ミクロキスティン)を作る

Microcystis aeruginosa、Microcystis viridis から無毒性の Microcystis ichthyoblabe、Microcystis wesenbergii に変わった(図 2.2-2)26。また、1999 年以降、透明度の改善

とともにエビモの面積が拡大している。 しかし、エビモは 2005 年以降減少傾向にあり 25、代わって最近はヒシが拡大している。

2008 年にはヒシの面積はエビモの面積の 1/2 の 180ha であるが、乾燥重要ベースで見る

と、ヒシの乾燥重量は沈水植物全体の乾燥重量の 100 倍を超えている。ヒシの分布は沈

水植物の分布域と重複しており、ヒシの拡大が沈水植物に影響していると推測されてい

る。

24 アーバンクボタ(1997):特集=諏訪湖、(株)クボタ 25武居薫(2009):諏訪湖における水草の増加及び漁獲量の減少とその要因、水環境学会誌、Vol.32、No.5、pp.15-17. 26朴虎東(2009):諏訪湖で起きたアオコの激減とラン藻組成の変化、水環境学会誌、Vol.32、No.5、pp.9-11.

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22

図 2.2-1 諏訪湖の下水道普及率 16、流入負荷量27、全リン 16と透明度28の推移

27 長野県(2002):湖沼非特定汚染源負荷削減計画策定調査報告書 28 花里孝幸(2009):諏訪湖の生態系変化から学んだこと、水環境学会誌、Vol.32、No.5、pp.28-29.

流入負荷量の推移

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23

図 2.2-2 諏訪湖で見られた沈水植物の回復による生態系構造の変化 26

図 2.2-3 諏訪湖のエビモの分布 25

図 2.2-4 エビモ帯における透明度とエビモ現存量との関連 25

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24

2) 霞ヶ浦での緊急保全対策工の実施 9

霞ヶ浦においては、昭和 47 年から平成 14 年までの 30 年間で浮葉植物と抽水植物は

半減し、沈水植物は消滅した状況となった。このようなことから、平成 12 年度に、波浪

低減対策、生育場の整備および植生の再生のため、11 地区で緊急保全対策工が実施され

た。 その結果、植生面積は、整備前の約 7ha から整備後 5 年で約 16ha に増加し(図 2.2-5)、

沈水植物を除き、種数において 1970 年代と同程度以上の再生をみた。 沈水植物は、シードバンク土砂の敷設により施工 1 年目から陸側内水面のワンド内(図

2.2-8)において再生した。2 年目には群落面積は 530m2まで拡大したが、その後、抽水

植物に被陰されて大きく衰退した(図 2.2-6、図 2.2-8、図 2.2-9)。一方、消波工と造成

した陸地に挟まれた水域での沈水植物の再生は見られなかった。ワンドでは波浪の低減

によって濁りが大きく改善したことが沈水植物の再生に繋がったと考えられる(図

2.2-7)。

図 2.2-5 緊急保全対策地区の植生全体の面積の経年変化(11 地区合計)

図 2.2-6 霞ヶ浦の緊急保全地区ワンドでの沈水植物群落の面積変化

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25

図 2.2-7 霞ヶ浦の緊急保全対策実施地区(境島地区)での透視度の分布

図 2.2-8 境島地区における水生植物の再生と変遷

凡例

浮葉植物群落

ヒメガマ群落

エゾウキヤガラ群落

ヨシ群落

カサスゲ-ヨシ群落

その他

沈水植物群落

境島,H14 境島,H15 境島,H16 境島,H17 境島,H18

0 50 100

※1 月の観測では、湖面が一部氷結してい :沈水群落生育地

0

10

20

30

40

50

60

70

80

90

100

St.1

St.2

St.3

St.4

St.5

St.6

St.7

St.8

St.9

St.10

St.11

St.12

St.13

St.14

St.15

St.16

St.17

St.18

St.19

St.20

St.21

St.22

St.23

St.24

St.25

St.26

St.27

St.28

St.29

St.30

St.31

St.32

透視

度 [

cm

]

10月調査

11月調査

12月調査

1月調査

2月調査

外側水面 沖側内水面 陸側水面 外側水面

透視度計測地点位置(境島地区(養浜工区))

ワンド

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26

図 2.2-9 霞ヶ浦の緊急保全対策実施地区でのワンドの推移

3) 印旛沼での湖岸植生の回復・再生 29

印旛沼ではかつては沈水植物が繁茂していたが、現在では消失している。沈水植物の

再生は、水質改善および生態系の保全・回復に有効と考えられることから、現地におい

て様々な実験によって沈水植物再生を含む植生帯整備の取り組みが実施されている。 印旛沼では表 2.2-1 に示す様々な植生再生実験が実施されている。また、これら実験

結果を踏まえて、「囲い込み水位低下工法」等の植生帯整備に取り組みを行っている。さ

らに、沼全域での沈水植物の発芽・生育を促すため印旛沼全体の水位を低下させる「水

位変動実験」を H19 年度より開始している。

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27

表 2.2-1 印旛沼での沈水植物等の植生再生実験の概要(2008 年 10 月現在)29

項目 目的 主な成果

A:

底泥蒔き出し実験

印旛沼の底泥に含まれる沈水植

物種子の存在を確認する。

・ 底泥中に埋土種子が存在することを

確認。

・ 確認できた沈水・浮葉植物は13種類。

うち6種類は貴重種。

B:

高水敷発芽実験

埋土種子から繁殖可能な植物体

を再生する。

・ 6地点中2地点で埋土種子から発芽・

生育を確認。

・ 発芽した沈水・浮葉植物は10種類。

C:

隔離水界実験

沼内に設置する隔離水界内の透

明度改善を図り、沼底の埋土種子

からの発芽を確認する。

・ 隔離水界による透明度改善は確認で

きたが、水生植物の発芽・生育は未

確認。

・ 光条件とともに底質改善も重要と判

断された。

D:

現存植生機能調査

(濁度等連続観測)

気象・流動が底泥まきあげ、水質

形成に及ぼす影響を定量化し、現

存植生(オニビシ等)による底泥

巻き上げ抑制効果を把握する。

・ オニビシによる巻き上げ抑制効果を

確認。

E:

養殖場植生再生実

底泥埋土種子の種の多様性を把

握するとともに、生育条件を明ら

かにする。また保全上重要な種の

生育場所を確保する。

・ かつての印旛沼底土を露出させ冠水

状態におくことで沈水植物群落の再

生に成功。

・ 沈水植物群落形成により動物プラン

クトンの隠れ場所が形成され魚によ

る動物プランクトン捕食圧が低下

し、結果、植物プランクトンの増殖

が抑制された。

F:

沈水植物株分け

現在保有している印旛沼固有の

沈水植物種を株分けして保有株

数を増やす。

・ 印旛沼系統種の保全を実施。

・ 将来の植生帯整備に活用することが

できる。

G:

沈水植物発芽・定着

確認実験

印旛沼内における沈水植物の発

芽条件(水深、時期)、発芽後の

定着状況を把握する。

・ 現在の印旛沼の水質で沈水植物の発

芽・生育を確認。

・ 水深50cmでも沈水植物の発芽・生育

が可能であることを確認。

29千葉県 県土整備部 河川環境課

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28

北印旛沼八代工区では、囲い込み水位低下工法による植生帯整備を実施した。整備概

要は以下の通りである。

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29

4) 印旛沼での水位低下実験 29

① 水位低下に係わる因果関係 水位低下の実証実験については、欧米の湖沼や、印旛沼などにおいて実施例がある。中

村ら 10は、印旛沼での水位低下に係わる因果関係について以下のように整理している。

図 2.2-10 干し上げに係わる因果関係

② 実験手法 人為的に水位を変動させて沈水植物等を繁茂させる試みは、湖の一部を隔離した実験等

ではみられるが、湖全体での取り組みには至っていない30。 千葉県印旛沼では、湖岸植生帯の整備に向けてこれまで様々な取り組みが行われてき

た。2008 年には、3 月から 1 ヶ月間にわたって沼全域の水位を約 30cm 低下させた実験

が行われた(図 2.2-12)。

30 中村圭吾:河川・湖沼の水質浄化、-湿地などのエコテクノロジーを活用した事例-

水位低下

水位変動増加

沼底光量増加

沈水植物発芽

流動化促進

水際部エコトーン

拡大

水際部植生拡大・多様化

沼底水圧の減少

水際せん断力増加

表層ヘドロ消失

湧水量増加 砂の湧出

底質改善

水質改善

沈水植物群落再生

生物生息環境向上

利水・取水施設影響

漁業影響

屋形船航行影響

湖岸ヨシ帯乾燥化

サンカノゴイ等鳥類影響

乾田化 底泥巻き上げ増

水質悪化

沈水植物定着せず

水質改善なし

ザリガニ等食害

底質改善せず

目標3

目標4

目標1

目標2

: 想定される好影響

: 想定される悪影響

A~D : 影響検討項目

1~11 : モニタリング項目A

B

C

D

1

2

3

4

567

7 8

91011

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30

01

2

34

5

67

1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月

水位

(Y

.P.m

01234567

1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月

水位

(Y.P

.m)

1.73 1.91 1.92

2.32 2.32 2.51

水位管理後:1968~2005年の平均

水位管理前:1931~1956年の平均

25%値

10%値

月最低値

月最大値

90%値

75%値

月平均値

図 2.2-11 水位管理前後の印旛沼月平均水位の比較

注)現在の水位管理では、水変動幅が小さく、沈水植物の発芽に重要な春季に平均で 60cm 程度水位が高い。

実験目標は、目標①は「沈水植物群落の再生」,目標②は「水際部エコトーンと植生の

拡大・多様化」,目標③は,「沼底からの湧水の増加」、そしてこれら目標①~③の達成に

より実現する目標④として「印旛沼の水質改善」を掲げている。 実験は、2008 年に引き続き 2009 年も取り組みが継続された。

表 2.2-2 水位低下期間の設定

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12

上水・工業用水

農業用水

沈水植物の発芽

魚類の産卵

鳥類(サンカノゴイ)の営巣

各観点からみた水位低下時期の留意事項

利水

生態系

水位変動実験計画

観点 項目

通年にわたって利水影響の回避が必要

かんがい期の利水影響の回避が必要

水位低下による発芽を期待

風波による底質改善を期待

産卵時期に産卵場所が減少するのを避けることが必要

巣が流失しないように急激な水位上昇を避けることが必要

1月~5月半ばの実験期間が望ましい

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31

図 2.2-12 水位低下実験期間中の水位操作と生じた現象

③ 実験結果 モニタリングの結果、沈水植物を含む湖岸植生帯の回復といった直接的な効果は確認

されていないが、水際部において、実験前後の比較で浮泥厚が 10cm 程度減少している

ことが確認された(図 2.2-13、図 2.2-14)。これは水位低下に伴い、沼底に風波浪による

剪断力が伝達しやすくなり、表層浮泥がフラッシュされたと推定される。沈水植物は砂

質の基盤を好むことから、沈水植物の回復にはプラス要因に変化したと考えられる。

0%

10%

20%

30%

40%

50%

~-0.2 ~-0.1 ~0 ~0.1 ~0.2 ~0.3

浮泥厚変化量(m)

観測

地点

の分

布割

合(%

図 2.2-13 浮泥厚の変化量

1.9

2

2.1

2.2

2.3

2.4

2.5

2.6

2.7

2.8

2.9

2/25(月) 3/3(月) 3/10(月) 3/17(月) 3/24(月) 3/31(月) 4/7(月) 4/14(月) 4/21(月) 4/28(月) 5/5(月)

沼水

位(Y

.P.m

2004 20052006 2007管理水位 水位変動実験プラン2008(水位変動実験)

※水位変動実験プランの水位低下・上昇速度は2.5cm/日 実際の水位管理は、平日の9時~17時で操作している

3/3 水位変動実験開始 4cm/日で水位低下

3/7 水位低下再開(流入量が少なく放流しなくとも水位が低下している)

3/5 水位低下一時中断 (浚渫船が舟溜りから出られなくなるため)

3/7 沼全体が赤茶けているとの連絡があり。

水位操作なし

水位が上昇したため、出水時操作

4/7 水位変動実験終了

水位操作なし 出水時操作はしていない

3/3長門川濁度上昇最大83ppm

浮泥が

減少

浮泥層減少 浮泥層増加

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32

印旛沼 (一本松西)

図 2.2-14 浮泥厚変化量のヒストグラム及びコンター図(一本松西)

5) VolkeraK-Zoommeer 湖での水位低下実験

オランダの VolkeraK-Zoommeer 湖では、湖内の一部に 3ha の実験区を設けて 1995~1998 年に春季から秋季にかけて 30~40cm 程度の水位低下実験を行い、湖岸沿いにヨ

シなどが回復された(図 2.2-15)31。 水位低下方法は、以下の通りである。 ・1995 年 4 月に 30cm 水位低下、1996 年 12 月まで低い水位で維持 ・1996 年 12 月から 0.1m a.s.l.に上昇 ・1997 年 4~11 月に 28cm 水位低下、冬季に 0.1m a.s.l.に上昇 ・1998 年 5~9 月に 25cm 水位低下

31 Hugo Coops, J.Theo Vulink, Egbert H.van Nes(2004):Managed water levels and the expansion of emergent vegetation along a lakeshore, Limnologica,34,pp.57-64.

全体的に浮泥厚は 減少傾向にある

実験中の

水際線

ヨシ帯

浮泥帯

印旛沼

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33

図 2.2-15 水位変動実験による植生の回復 31

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34

6) 琵琶湖南湖(意図しない回復事例)

① 沈水植物の回復と水質改善 琵琶湖南湖では沈水植物が 1994 年の 6km2から、2006 年に 43km2まで大きく回復した

32。この要因として、1994 年の異常渇水による水位の低下(図 2.2-16)、降水量の減少に

よる流入負荷の減少、1992 年から瀬田川洗堰の水位の運用の変更(20cm 低下させた)に

よる光条件の改善などが考えられている(図 2.2-17)。 沈水植物の回復に伴って、南湖の透明度、クロロフィル-a、リン、窒素等の水質が改

善された。1994 年 7 月と 2008 年 7 月の透明度を比較すると、1~3m が 4~5mに増加し

ている。また、南湖の 2005 年の年平均窒素、リン、クロロフィル-aは、1994 年に比べ

て 1~2 割低下している(図 2.2-20)。ここで、水質の改善は、負荷削減などの効果も含ま

れていることに留意する必要がある。

図 2.2-16 琵琶湖の水位の変化

図 2.2-17 瀬田川洗堰での水位運用33

32 芳賀裕樹・大塚泰介・松田征也・芦谷美奈子(2006):2002 年夏の琵琶湖南湖における沈水植物の現存量と種組成の場所によ

る違い、陸水学会誌、67、pp.69-79. 33 http://www.yodoriver.org/kaigi/biwa/17th/pdf/biwa_17th_002-2_2.pdf

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35

<1997 年> <2002 年> <2007 年>

図 2.2-18 琵琶湖南湖の沈水植物の生育範囲34

図 2.2-19 琵琶湖南湖の水質分布の経年変化(7~10 月までの各ラインの平均)35

34 (独)水資源機構琵琶湖開発総合管理所(2009):琵琶湖沈水植物図説、平成 21 年 3 月 35浜端悦治(2005):琵琶湖の沈水植物群落、第3部琵琶湖の研究、琵琶湖研究所記念誌、第 22 号、pp.1-5-119.

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36

図 2.2-20 琵琶湖南湖の水質の経年変化36

② 沈水植物の異常繁茂と障害の発生 芳賀37によると、現在の南湖の水草の分布面積と量は、1936 年に較べてそれぞれ 2 倍、

2.5 倍になっており、“過去に例を見ないほど繁茂した状態”になっている。 水草が過剰に繁茂していることにより、漁業障害や航行障害、景観の悪化、湖岸に流

れ着いた水草が腐って悪臭を放つ、琵琶湖疏水の浄水場の取り入れ口が流れてきた水草

でふさがれるなどの社会的問題が生じている。そこで、1990 年以降毎年数千トンが刈り

取って除去されている。 水草の増加は透明度などの水質の改善をもたらしたものの、様々な障害を引き起こす

可能性も十分に考えられ、琵琶湖南湖の例はそれを示している。

36滋賀県・京都府(2007):琵琶湖に係わる湖沼水質保全計画 第 5期、平成 19 年 3月 37芳賀裕樹(2010):南湖における水草の長期変遷、第 9回湖岸生態系保全・修復研究会 「南湖生態系の長期変化と水草繁茂」

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37

(2) 沈水植物による水質改善効果

1) 沈水植物による水質改善効果の把握手法

沈水植物の回復・繁茂による水質改善が報告されている事例があるが、現状ではその

効果を精度良く定量的に把握する手法は十分に確立されていない。ここでは、これまで

報告されている事例からその手法を整理した。 ①実湖沼での沈水植物の回復に伴う水質変化から推定 ②隔離水界での沈水植物繁茂に伴う水質変化から推定 ③沈水植物の成長による栄養塩の吸収量から推定 ④沈水植物の刈り取りによる直接的な栄養塩の持ち出し量から推定 ⑤沈水植物を含む生態系モデルから推定

2) 沈水植物による水質改善効果の把握事例

ここでは、上記で挙げた手法による水質改善効果の把握事例を以下に示す。 ① 実湖沼での沈水植物の回復に伴う水質変化から推定

名古屋市内のため池(塚の杁池、面積 32,113m2、水深 1.7m)では、沈水植物のフサ

ジュンサイの繁茂によってシルト質で濁った池が透明度の高い水質に推移した。T-N と

T-P の改善は見られるが、COD の改善はみられていない 38。

図 2.2-21 名古屋市内のため池における沈水植物の繁茂による水質改善38

38 土山ふみ・鎌田敏幸・安藤良・榊原靖:ため池における植生と水質との関連

(http://www.city.nagoya.jp/_res/usr/36391/18chousa4.pdf)

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38

② 隔離水界での沈水植物繁茂に伴う水質変化から推定39 霞ヶ浦の木原地区の湖岸において、隔離水界を設置して沈水植物の再生実験を行った。

2008 年 4 月に基盤整備及びシードバンク土砂を敷設し、5 月から施設に湖水を注水した。

その後、7 月にオイルフェンスで隔離水界にした(図 2.2-22)。 沈水植物が多く繁茂した K-3 と K-4 の隔離水界と沈水植物が生育していない対照区の

K-6 の水質は、実験開始時(7/15)から次第に差が大きくなり、10 月に最大となった。沈水

植物の繁茂区は、SS、COD、T-N、T-P の水質が明らかに改善されている(表 2.2-3、図 2.2-23)。

図 2.2-22 霞ヶ浦の木原地区での隔離水界実験の概要

表 2.2-3 隔離水界での沈水植物の有無による水質の差

日時 2008.7.15 2008.10.22

水界 K-3 K-4 K-6 K-3 K-4 K-6

水温(℃) 29.0 28.0 27.0 20.0 20.8 21.0

SS(mg/L) 3.6 2.3 3.4 1.1 1.2 14.9

VSS(mg/L) <1.0 <1.0 <1.0 <1.0 <1.0 6.6

Chl-a(μg/L) <2 <2 2 <2 <2 <2

COD(mg/L) 4.6 4.2 4.1 5.1 4.7 6.7

T-N(mg/L) 0.30 0.30 0.29 0.31 0.33 0.68

T-P(mg/L) 0.022 0.025 0.037 0.017 0.015 0.054

注)K-3 と K-4:沈水植物繁茂区、K-6:無植生区

39 霞ヶ浦河川事務所(2009):平成 20 年度霞ヶ浦湖沼・水辺環境検討業務、平成 21 年 3 月

堤内地→

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39

図 2.2-23 霞ヶ浦の隔離水界での沈水植物の生育状況の違いによる水質の差異(2008 年)

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40

③ 沈水植物の成長による栄養塩の吸収量から推定 小川原湖は水深 2m 位の湖棚が湖岸沿いに形成されており、そこには沈水植物の群落

が形成されている。沈水植物は水中や底泥内から栄養塩を摂取していることから、越年

をする種も見られるが、多くが春季から夏季が成長期であり、水質の悪化する時期に栄

養塩を体内に固定することは、この時期に植物プランクトンの発生を抑える効果がある

と考えられる。 小川原湖では、既存調査で 6 地点での沈水植物がコドラートで採取されており、そこ

ではヒルムシロ属のセキショウモとセンニンモが優占していた。この 6 地点で沈水植物

の湿重量の平均値(表 2.2-4)に湖岸延長と沈水植物の岸から沖までの平均生息距離を乗

じて算出した沈水植物自体による N と P の吸収量はそれぞれ 64.8t、7.8t(年間値と仮

定)であり、小川原湖の年間流入負荷量(N で 1,791t/年、P で 89.5t/年)40と比較する

と、それぞれ 3.6%、8.7%となった。 T-P では年間流入負荷量の 1 割近くが沈水植物に吸収されている結果となり、多くの

種が秋季には枯れて水中へ栄養塩が回帰するとは言え、季節変化の中ではある一定の水

質浄化機能を果たしていると考えられる。

<算定方法>

【下記沈水植物のコドラート採取の平均湿重量680gWW/m2×平均的な沈水植物の岸から沖まで

の生息距離 360m】×湖岸延長 67,400m×【ササバモの地上部の N/湿重量比 0.39%、P/湿重量

比 0.047%】41

表 2.2-4 小川原湖の沈水植物の採取結果(0.25m2当たり)23

40 東北地方整備局高瀬川河川事務所(2005):平成 17 年度小川原湖水質負荷量検討業務報告書から、19994~2003 年の平均値 41 大嶌巌・久保田一・酒井憲司(2009):霞ヶ浦の隔離水界での沈水植物の再生実験結果、河川技術論文集、第 15 巻、pp.115-118.

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41

また、芳賀 37によれば、現状の琵琶湖南湖の沈水植物の現存量は約 1 万 t(乾燥重量)

であり、沈水植物による N と P の固定量はそれぞれ 350t(流入負荷量の 11.2%)、

80t(28.8%)であるとしている。

④ 沈水植物の刈り取りによる直接的な栄養塩の持ち出し量から推定 沈水植物体を刈り取って湖沼から持ち出すことにより、湖沼の水環境の改善を図ること

ができると考えられる。1950 年代までは、日本の多くの湖沼では沈水植物が肥料用に採草

されており、流入する栄養塩の除去に寄与していたと言われる 11。 具体的に、印旛沼を例にすると、大正時代に毎年約 4,000 トンの水草(乾燥重量)が採

集されていたが、これは窒素で 120 トン、リンで 16 トンを湖内から除去することに匹敵

し、現在の年間流入負荷量に対して、窒素で 10%、リンで 15%に相当すると言われている

11。 また、琵琶湖ではかなり以前から沈水植物を含む水草が刈り取られており、1990 年以降

は毎年数千トン以上にものぼる(図 2.2-24)。この量を流入負荷量と比較すると、ササバモ

の N と P の含有比を 0.0039gN/gWW と 0.00047gP/gWW41、2000 年時点の流入負荷量は

20tN/日と 1.1tP/日42、最大の水草の刈り取り量を 6,000 トンとすると、この時の刈り取り

による栄養塩の取り出し量は、流入負荷量に対して N では 0.3%、P では 0.7%に相当して

いる。

図 2.2-24 琵琶湖での水草の除去量(滋賀県)

42 滋賀県(2004)

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42

⑤ 沈水植物を含む生態系モデルから推定 200ha 程度のエビモが群生する平成 8 年度の諏訪湖について(図 2.2-27)、生態系モデル

を構築して沈水植物を含む湖岸帯等の物質循環の評価が行われているが、水質浄化量とし

ては評価されていない。モデルは大きく沿岸帯と沖帯とに分けて構築されている(図

2.2-28)43。 それによると、沿岸帯での沈水植物エビモの葉体、それに付着する藻類の現存量は動

物プランクトンの現存量に匹敵している(図 2.2-25)。また、沿岸帯でのエビモ葉体及び

その付着藻類の栄養塩吸収量は 4.2mgN/m2/日であり、これは沿岸帯での脱窒の約半分で

ある(図 2.2-26)。

図 2.2-25 モデルによる沈水植物などの計算結果(現存量)43

図 2.2-26 モデルによる沈水植物などの計算結果(フラックス)43

43 (社)日本水産資源保護協会(2000):平成 11 年度漁場富栄養化対策事業、河川・湖沼総合浄化促進事業報告書、196pp.

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43

図 2.2-27 諏訪湖での沈水植物エビモの群落面積の推移44

図 2.2-28 諏訪湖での水生植物を含む生態系モデルの概念図 43

44 武居薫(2007):人と生き物のドラマ、アオコが消えた諏訪湖、10 章増え始めた水草、信州大学山岳科学総合研究所、pp.220-245.

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44

2.3 沈水植物の保全・再生手法

沈水植物を保全・再生を進めるには、対象とする湖沼での沈水植物の衰退・消失要因

についての分析を行い、専門家の意見も聞くことが重要である。 ここでは、霞ヶ浦と印旛沼での実験結果に他の知見も加えて沈水植物の保全・再生手

法を整理した。埋土種子等を含むシードバンク土砂の確保等に加えて、透明度の確保、

波浪の抑制、競合植物や捕食生物からの保護、適する底質等などの生育環境の回復が必

要である。透明度の確保や底質の改善のためには、水位低下も有効な手法となる。

(1) シードバンク土砂の確保

沈水植物を確実に再生するためには、以下に示す沈水植物の種子等を含むシードバン

ク土砂の活用が基本である。この際、固有の生態系保全の観点から、その湖沼でもとも

と生育していた沈水植物を再生するため、シードバンク土砂をその湖沼で確保すること

が重要である。

1) シードバンク土砂の蒔き出し

種子・胞子・無性芽などの散布体を含むシードバンク土砂を蒔き出す方法であり45、霞

ヶ浦では航路浚渫の土砂を有効活用して実施された。

2) シードバンク土砂の露出

沈水植物の種子等を含まない表層土を剥離し、沈水植物の種子等を含む土砂を露出さ

せる方法であり、印旛沼 29で実施されている。 ここで、1)の霞ヶ浦の事例では、浚渫土の処分地内の止水域に沈水植物や浮葉植物な

どが多数生育していることから、浚渫土砂のシードバンク土砂としての有効性が確認さ

れていた46。この手法は広い範囲にわたって適用することが可能である。 また、2)については、天野47は霞ヶ浦での底泥のコアーから、沈水植物の発芽ポテンシ

ャルの高い土は 1950 年~1980 年の間に堆積した土であり、最低 15cm、最大 90cm 程

度の深さの層であるとしている。 1)と 2)ともに予備実験などにより、用いる土砂に沈水植物の種子等が含まれているこ

と、発芽が可能であることを確認しておくことが重要であり48、印旛沼では、シードバン

ク土砂をタライに蒔き出して沈水植物が発芽することを確認した上で本実験を実施して

いる。49

45 鷲谷いずみ・矢原徹一(1996):保全生態学入門、文一総合出版 46 大村理恵子・村中孝司・路川宗夫・鷲谷いづみ(1999):霞ヶ浦の浚渫土まきだし地に成立する植生、保全生態学研究、Vol.4、

pp.1-19. 47天野邦彦、時岡利和(2007):沈水植物群落の再生による湖沼環境改善手法の提案,土木技術資料 49-6、pp.35-39. 48 久城圭・林紀男・西廣淳(2009):印旛沼(千葉県)湖底の散布体バンクにみる沈水植物再生の可能性、水草研究誌、No.91、

pp.1-5. 49 秋吉美穂・吉田光毅・岡田美穂・百原新(2008):埋土種子による印旛沼の希少沈水植物の再生、大成建設技術センター報、第

41 号、

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45

(2) 沈水植物体の移植 39

沈水植物を株分けして移植する方法であり、霞ヶ浦の木原の隔離水界では、陸上施設

で育成した沈水植物を以下の 3 つの手法の株分けで移植しており、1 年目にはどの手法

も良好な生育を示し、2 年目には分布を大きく拡大した種もみられる(図 2.3-1)。 ① 株のみの移植:根から土を取り除いた数本の株を移植する。 ② 土付きの株を移植:根に土が付いたままの株をそのまま移植する。 ③ ブロック移植:数 10cm 四方以上の土付き塊として切り出したものを移植する。

図 2.3-1 霞ヶ浦の木原地区の隔離水界での沈水植物の移植方法

また、千葉県 29 では、沈水植物の系統維持の観点から印旛沼固有の沈水植物を株分け

して、保有する株数を増加させ、将来の湖岸植生再生時の活用に備えている(千葉県立

博物館による)。

(3) 沈水植物の生育環境の改善

沈水植物の実湖沼での生育環境として支配的な因子は、①透明度、②波浪、③競合植

物が挙げられ、さらに、④捕食生物、⑤底質などがある。沈水植物の回復を図る際には、

対象とする湖沼でどの環境因子が制約になっているかを確認し、これを改善することが

必要である。 霞ヶ浦の木原地区の隔離水界(20m 四方)では、波浪が大きく低減され、SS も 4mg/L

以下と本湖の 20mg/L を大きく下回り、沈水植物の殖芽等を含む土砂を敷設した水界で

植被率 100%の沈水植物群落が形成された 39。この実験では、競合植物と捕食動物も定期

的に駆除しており、上記の①~④の全ての条件を満たすよう管理したと言える。実際の

湖沼では、このような管理を行うことが難しいと考えられ、対象とする湖沼での支配的

因子を特定して、これを改善することが必要である。

①リュウノヒゲモの株のみ移植 ②リュウノヒゲモの土付き移植 ③クロモのブロック移植

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46

1) 透明度

沈水植物の生息可能な水深は、最も深い場所に生育するシャジクモでは、夏季の透明

度の 2 倍の深さ、あるいは年間の最大透明度の深さまで生息すると言われている50。現在

でも沈水植物の群落が形成されている小川原湖では、年間平均透明度は 2m前後であり、

場所によって異なるが、最大 6m 位の水深まで沈水植物が生育している 23。 富栄養化した湖沼では透明度が低く、霞ヶ浦では透明度は 0.5m 前後である。こうし

た湖沼で透明度を回復するには、諏訪湖での事例でも見られるように、抜本的な流入負

荷削減対策が有効である。 平成 13 年度に施工された霞ヶ浦の緊急保全対策実施地区のワンドでは、波浪の低減と

ともに透視度が大きく改善され、1 年目から沈水植物の群落が形成された 9。4 年目には

抽水植物に被陰されて大きく衰退したが、抽水植物対策を実施することで沈水植物群落

の再生に繋がることが期待される。 また、人為的に水位を変動させることで水草を繁茂させる試みがヨーロッパを中心に

行われており、多様な沈水植物群落の再生には、春先の 50cm 程度の水位低下が望まし

いと言われている51。水位の低下は底泥面に当たる光量が増加することから、透明度を改

善したことに相当する。

2) 波浪

波浪が沈水植物の生育に影響を及ぼすのは、波浪自体による植物体への影響と湖底面

に作用するせん断応力による根や地下茎への影響である。浅い湖沼の場合、波浪は風波

によるものが支配的であり、波浪による湖底面に作用するせん断応力は、水深と吹送距

離で決まる。 琵琶湖では、ほぼ全域で沈水植物の群落が見られるが、冬季に強い北西風が吹くこと

から島影などを除くと北湖東岸は波浪エネルギーがかなり高い。そのエリアでは水深の

浅い所が広がっていても沈水植物の群落の岸沖方向の規模は小さくなっている(図

2.3-2)。 沈水植物の再生に際しては、過去に沈水植物が生育していた水域を対象に実施するこ

とが望ましいが、波浪が強い場合には、施設の設置および維持管理等も考慮して波浪対

策を検討することも考えられる。

50 生嶋功(1972):水界植物群落の物質生産Ⅰ、-水生植物-、共立出版 51 Keddy P and Fraser LH(2000): Four general principles for the management and conservation of wetiands in large lakes: The role of water levels, nutrients, competitive hierarchies and centrifugal organization, Lakes & Reservoirs:Research and management, 5, pp.177-185.

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47

<2007 年沈水植物群落> <波浪エネルギーの分布>

<沿岸部の水深:ピンク色:B.S.L-5m 以深>

図 2.3-2 琵琶湖での沈水植物の分布と波浪の関係52

52 (独)水資源機構琵琶湖開発総合管理所(2009):琵琶湖沈水植物図説、平成 21 年 3 月

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48

3) 競合植物

競合植物としては、抽水植物や浮葉植物が挙げられる。 前述の霞ヶ浦の緊急保全対策実施地区のワンドでは、施工 1 年目から沈水植物が出現

して 2 年目に大きく拡大したが、次第に抽水植物に被陰されて 4 年目には大きく衰退し

た 9。ワンド等の静穏な水域では、抽水植物が水深 0.7m の深所まで侵入し、沈水植物だ

けでなく、浮葉植物も駆逐され、リター等の堆積によってワンド自体も浅所化しつつあ

る 9。 したがって、ワンド等の静穏水域では抽水植物対策が重要であり、できるだけ人為的

な管理を避ける上では、水深が 1m を超えたある規模以上の面積を有することが有効と

考えられるが、これについては現地実験等で確認することが考えられる。 また、抽水植物としてハスやヒシの異常繁茂も挙げられ、手賀沼では近年ハスが 10ha

に拡大していると言われており、諏訪湖では近年ヒシの拡大によって沈水植物の面積減

少に繋がっていると言われている 25。これらの競合植物に対しては、モニタリングによ

ってその推移を監視するとともに、地元の関係者による協議を通した対策を検討するこ

とも考えられる。

4) 捕食生物

昭和 50 年代には多くの湖沼で繁茂する水草対策としてソウギョが導入されたが、長野

県の野尻湖では 3 年で水草が食べ尽くされ、淡水赤潮が発生するようになった。従って、

湖沼にもよるが、水草の再生にはソウギョの駆除が有効である場合もある。 また、千葉県の印旛沼の実験では、シードバンク土砂を用いた沈水植物の小規模な生

育実験で、ザリガニなどの水生動物や水鳥による捕食が大きいことが確認され、これら

の影響を防止するためのネットを張った実験が行われている。実験の規模が小さい場合

には、これらの対策も有効と思われる。 しかし、広い範囲にわたる実験・事業の場合には、これらの対策は困難であり、モニ

タリングを実施する中でザリガニなどの水生動物の影響をどの程度受けているのか、ネ

ットを張った小規模な対照区を設定して確認しておくことが考えられる。 ザリガニの駆除が必要な場合には、事業者だけでなく、広く一般市民の協力を得るこ

とも有効である。また、駆除するだけでなくそれを美味しく食べる取り組みも考えられ

る。

5) 底質

生育基盤としての底質については、地下茎があるかないか、地下茎がどこまで潜るか

どうかという点では、ある程度の選択性は有ると思われるが、それほど支配的ではない

ようである。沈水植物が栄養を根からも吸収するという側面からみると、底質に有機質

成分が多い方が成長が促進されるようである。 琵琶湖での沈水植物の分布から、オオカナダモは底質が泥に偏った場所に、ネジレモ

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49

は砂に偏った分布が報告されているが53、ネジレモを泥地で栽培を行うと成長はむしろ促

進されることから、他種との競争から砂地に追いやられているとも考えられている 22。

また、沈水植物は砂質から泥質まで広く分布しているが、沈水植物の多様性を維持する

には、深水域の砂質の保全が重要であるという報告もある(図 2.3-3)52。さらにまた、

霞ヶ浦の木原地区の隔離水界実験でも、基質を砂質から泥質にした方がリュウノヒゲモ

の生育は良好な結果が得られている54。

図 2.3-3 沈水植物の生育と水深・底質粒径との関係 52

6) 除草剤など

我が国では高度経済成長期以前に、農薬や除草剤の使用の開始が沈水植物を衰退させ

たとの指摘が多い。手賀沼55や印旛沼56、中海・宍道湖57は、昭和 28 年頃から除草剤の使

用が始まり、沈水植物の衰退が昭和30年代前半までに起こっていたと指摘されている 11。 ドイツでは、沈水植物の消滅は植物プランクトンの異常増殖につながるとして、除草

剤の使用も禁止されている。沈水植物の群落が形成されている小川原湖では、かつては

ドジョウも棲めないような農業排水路も存在したが、湖西部の農地での除草剤の使用を

取りやめたことで環境が改善されたと言われている。また、八代海ではイグサの栽培に

除草剤が使用されているが、それが海域に流出することでアマモが大きく衰退したとも

言われている。 このように、除草剤の流入がある場合はそれを抑制する取り組みが有効であると考え

られる。

53 今本博臣・及川拓治・大村朋広・尾田昌紀・鷲谷いづみ(2006):琵琶湖に生息する沈水植物の 1997 年から 2003 年までの 6

年間の変化、応用生態工学、8(2)、pp.121-132. 54 霞ヶ浦河川事務所(2009):平成 21 年度霞ヶ浦湖沼・水辺環境等検討業務、平成 22 年 3 月 55 相原正義(1983):手賀沼 100 話、崙書房 56 笠井貞夫(1994):印旛沼の水草の変遷、印旛沼-自然と文化、創刊号、pp.31-37. 57 宮地伝三郎(1962):中海干拓淡水化事業に伴う魚族生態調査報告書、島根県

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50

(4) 水位低下

水位低下は、①湖底に到達する光量を増加させる、②底質の改善を図る(底質の DO の改

善を含む)、③一部の水域を干出させることで埋土種子等を乾燥させて発芽を誘引する、と

いった手法で沈水植物の発芽・生育を促すものである。欧米では春先の 50cm 位の水位低下

が沈水植物の生育に効果的であると言われている。ただし、我が国では多くの湖沼で漁業権

が設定されていることから、実施に際しては、漁業者・利水関係者との十分な調整、生態系

への配慮が必要である。

(5) その他の視点

1) 沈水植物再生の着目種

オランダでは富栄養化による藍藻類の異常増殖とそれによる透明度の低下を解消する

ために、栄養塩流入量の削減、貧栄養水の注水、浚渫など様々な試みがなされてきたが、

長期的に透明度を維持するためには、沈水植物、特にシャジクモ類の復活が重要である

としている。58 また、沈水植物の復活によって、湖沼のレクリエーション面での利用に障害が発生す

る可能性が指摘され、ドイツの指針では、レクリエーションに利用される湖沼では、特

に底を這うように繁茂するシャジクモ類を復活対象とすることを勧めている。

2) ストックヤードの必要性

土壌中にシードバンクを形成する植物でも、その種子は時間とともに指数関数的に死

滅してゆくと言われている59。従って、今後、沈水植物の再生を行う上では、シードバン

ク土砂を活用するとともに、沈水植物が既に消滅した湖沼では、湖岸などに沈水植物が

群生するストックヤードの整備とその維持管理手法について検討することが考えられる。

図 2.3-4 霞ヶ浦の木原地区の隔離水界施設(20m 四方が 6 基)39

58 Gulati, R.D. and van Donk, E.(2002):Lakes in Netherlands, their origin, eutrophication and restoration and restoration:state-of-the-art review. Hydrobiologia 478, pp.73-105. 59 Bewley, J.D. and Black, M.(1982):Physiology and biochemistry of seeds, Springer-Verlag.

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51

2.4 今後の課題

沈水植物の保全・再生に係わる今後の課題を以下に整理した。

(1) モニタリングの継続

諏訪湖では下水道の系外放流によって透明度が回復し、沈水植物が次第に回復しつつあ

ることから、継続してモニタリングを実施することで、沈水植物、浮葉植物、そして底質

の変化を解析・評価することが重要である。 また、近年諏訪湖ではヒシが大きく拡大しており、面積では優占するエビモと同程度(数

100ha 程度)であるが、2008 年の現存量は 400tDW と推定され、他の沈水植物全体の現

存量の 100 倍とも言われ 25、航行障害などの問題を引き起こしている。増えすぎることで

問題を引き起こすこともあることから、それに対する対応を考えておく必要があり、4 章

に整理した刈り取りによる肥料としての流域内循環なども考えられる。

(2) 沈水植物による水質浄化機能

2.2 章では、沈水植物による水質改善効果を幾つかの手法で推定した事例を示したが、十

分な精度で定量化できているわけではない。湖沼の規模、形状によって群落の形成のされ

方が異なり、また発現する水質浄化機能も異なることが考えられる。生態系モデルなどを

用いた共通の手法で水質浄化機能を定量化することも有効と考えられる。

(3) シードバンク土砂の確保

湿地等に生育する植物の土中に埋められた種子の生存率は、20~30 年で約 10%とも言

われており60、干拓から半世紀以上を迎えるような湖沼では、干拓地の地中に眠る埋土種子

の発芽が限界を迎えつつあることが懸念される。生物の多様性保全の観点から、これらの

種子を一旦発芽させて新たな種子を生産させるといった取り組みも考えられる61。

(4) 隔離水界から実湖沼への展開

霞ヶ浦や印旛沼での実験のように、実湖沼から隔離された水界では、沈水植物はシード

バンク土砂と光条件が確保されれば、沈水植物は大方繁茂することがわかってきている。

隔離水界は、波浪を低減することで懸濁物を沈降させて光条件を大きく改善しており、実

湖沼での高い濁りは沈水植物の展開を妨げている最大の要因となっている。 抜本的には、流域対策等によって富栄養化を大きく改善して透明度の回復を図ることが

必要であるが、多くの指定湖沼などでは水質改善の事業を進めているにもかかわらず水質

改善が遅々として進んでいない。 したがって、現段階では印旛沼等での水位低下の試みを進めるとともに、植生帯整備に

ともなって造成されたワンドで沈水植物が一次的にではあるが再生した経験を生かして、

60 Telewski F. W. & Zeevaart J. A. D.(2002):The 120-yr period for Dr. Beal’s seed viability experiment. American Journal of Botany, 89, pp.1285-128. 61 西廣淳(2009):湖岸植生の保全と再生:霞ヶ浦・印旛沼での経験から、第2回湖沼環境改善に関する研究会講演集、(財)河

川環境管理財団

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52

ワンドの面積の拡大や水深を深くすることなどで抽水植物の侵入を防ぐことができるワン

ドの検討を進めることも考えられる。

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53

3. 生物間相互作用を活用した水質改善

3.1 生物間相互作用と着眼点

(1) 生物間相互作用とは

生物間相互作用とは、「食う-食われる」という食物網を主とする生物間の繋がりをさ

し、本資料ではその繋がりを活用して植物プランクトン量の低減を図って水質改善を行

うことを考える。この種の手法は、欧米ではバイオマニピュレーションと呼ばれて多く

の実施事例がある。

欧米で実施されているバイオマニピュレーションは、主にオオクチバス(ブラックバス)

等の魚食魚を湖沼に投入することにより、動物プランクトン食魚を減少させて大型動物プ

ランクトンを回復させ、植物プランクトンを減少させることで水質改善を図っている。1995年までに実施された欧米でのバイオマニピュレーションをレビューした結果によると、41件の実施例の内で 61%は明瞭な水質の改善がみられ、効果は小さくて浅い湖沼で大きく、

また大型動物プランクトンのダフニアや水生植物の増加が伴うことで水質の改善が安定し

て持続するとされている62。 また、花里63は数多くの文献等から、湖沼生態系における動物プランクトンと植物プラン

クトン(水質)の関係を整理し、水質改善にとって大型動物プランクトンのダフニア属ミ

ジンコを増加させることが重要と指摘している(図 3.1-1)。

図 3.1-1 バイオマニピュレーションによる湖沼生態系構造の変化 63

62 Rey W. Drenner and K. David Hambright(1999):Biomanipulation fish assemblages as a lake restoration technique, Arch. Hydrobiol., 146, 2, pp.129-165. 63花里孝幸(2002):魚が湖の水質を変える:食物連鎖を介した魚の影響、FRONT 2002 年 10 月号、p.52-53.

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(2) 着眼点

生物間相互作用を活用した水質改善手法については、欧米のバイオマニピュレーション

を参考にして我が国へ適用するには、以下の大きな制約条件がある。 我が国では魚食性の在来魚が少ないため、魚食魚を投入できる湖沼がほとんどない。

欧米で実施されているバイオマニピュレーションで放流されているオオクチバス

(ブラックバス)は我が国では 2004 年に制定された特定外来生物に当たり、その取

り扱いが法律で厳しく定められており、湖沼への導入は難しい。 そこで、生物間相互作用を活用した水質改善手法を整理する上では、以下の点に着眼し

て検討を進める必要がある。 対象とする湖沼の固有の生態系に十分に配慮する。 対象とする湖沼の食物網を作成し、植物プランクトンの低減に寄与する生物種につ

いて検討する。 漁業権のある湖沼では漁業活動との共存に配慮する。たとえば汽水湖のシジミなど

の二枚貝は重要な水産資源であり、漁獲量も多く、大きな濾過量を有して植物プラ

ンクトンの低減に寄与している。 我が国の多くの湖沼では外来魚が侵入して在来生態系を攪乱し、水産有用種の漁獲

量を大きく低下させていることに配慮する。

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3.2 事例とその改善効果など

(1) 白樺湖でのバイオマニピュレーション

1) 概要

花里64によって実施された我が国で初めてのバイオマニピュレーションであり、ニジマス

の稚魚放流とカブトミジンコの放流を実施し、透明度が改善した。 白樺湖の諸元:標高 1,416m、湖面積 36ha、最大水深 9.1mの人造湖

2) 目的

下水道の供用開始によって一旦は水質が改善されたが、再びアオコが大発生したこと

から、この水質を改善することを目的としてバイオマニピュレーションを実施した。

3) 期間

2000~2003 年

4) 方法とメカニズム

白樺湖の生態系の現状を分析し、小型動物プランクトン種が優占していること、ワ

カサギなどのプランクトン食魚を減らして大型動物プランクトンを増やすことがで

きれば、水質改善が見込まれると推測されたことから、バイオマニピュレーション

による水質改善を実施した。 ①人造湖であるので在来生態系がない、②漁業権は設定されているがつり客誘致が目

的であり漁業活動がない、③サケ科の冷水魚が生息できる、の 3 つの要因がバイオ

マニピュレーションを可能にした。 取り組みの具体的内容 ・ 2000 年に以下に示す操作を実施し、動物プランクトンの増加、そして植物プランク

トンの減少により水質浄化を図った。 ・ ニジマス放流を行い、ニジマスがワカサギを摂餌することで動物プランクトンを摂取

するワカサギを減少させ、動物プランクトンを増加させる(ニジマスは白樺湖で漁

業権が設定されていた魚食魚)。 ・ カブトミジンコを放流し、植物プランクトンを減少させる。カブトミジンコはダフニ

ア属ミジンコであり、大型から小型までの植物プランクトンを効率よく捕食できる。

5) 結果

白樺湖のワカサギは 2002 年まではよく採れていたが、2003 年からは全く採れなく

なった。 同時期の 2002 年秋(9 月~10 月)にカブトミジンコが湖に現れ始め、2003 年、2004

64 花里孝幸(2007):白樺湖でのバイオマニピュレーション、河川の水質と生態系:新しい河川環境の創出に向けて、大垣眞一郎

監修、(財)河川環境管理財団編集、pp.207-212.

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年とその量は次第に増えていった。 それに伴って湖の透明度が上昇した。1997年~2002年までの透明度はおよそ200cm

であったが、ダフニアが増えた 2003 年には 9 月に透明度 354cm を記録し、2004 年

7 月には 458cm と過去最高となった(図 3.2-2)。

図 3.2-1 白樺湖における水質改善メカニズム

図 3.2-2 白樺湖における 1997~2006 年の透明度とカブトミジンコの密度の季節変化

カブトミジンコ増加

透明度上昇傾向

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57

(2) カンディア湖でのバイオマニピュレーション

1) 概要(イタリア北部トリノ郊外)

G.Giussani & G.Galanti65によって実施されたバイオマニピュレーションであり、動物

プランクトン食魚のラッドを除去することで、透明度と窒素等が改善した。 カンディア湖の諸元:面積 150ha、最大水深 7.7m、平均水深 3.8m、回転率 6.7 年

2) 目的

動物プランクトン食魚を除去するバイオマニピュレーションで湖沼の水質改善を図る。

3) 期間

1986 年末~1987 年初頭

4) 方法とメカニズム

以下の方法により生物間相互作用により水質浄化を図った。 ラッド(動物プランクトン食魚)の除去。 1986 年末~1987 年初頭に地元漁師の協力を得て、ラッドを 14 トン捕獲し、魚密度

を 300kg/ha から 200kg/ha に減少させた。 魚食魚であるブラックバスとパイクの産卵場を造成した。 1986~1991 年の 6 年間に毎年湖面のオニビシを 370t 刈り取る。結果として、年間

流入負荷量を超えるリンを除去した。

5) 結果

バイオマニピュレーションを実施した結果、透明度・クロロフィル-a・窒素などの水質

が改善された(図 3.2-4)。

65 G.Giussani & G.Galanti(1998):平成 10 年度 海外技術調査(南欧水質)報告書、(財)ダム水源地環境整備センター

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図 3.2-3 カンディア湖における水質改善メカニズム

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図 3.2-4 カンディア湖における水質改善結果

透 明 度

改善

クロロフィル a

改善

総窒素

改善

総リン

底層 DO 動物プランクトン

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60

(3) シャピロらの隔離水界実験

1) 概要(アメリカ)

リンチとシャピロ66,67は、池に隔離水界を設置し、ブルーギルの幼魚の少ない実験区では

クロロフィル-a や透明度が改善された。 池と隔離水界の諸元:池の面積 0.25ha、最大水深 2.5m/隔離水界 直径 1m、深さ 1.8m

2) 目的

隔離水界でブルーギルの幼魚の個体数を変えて水質への影響を検討した。

3) 期間

6 週間の実験を行い、後半 3 週間の期間で評価した。

4) 方法とメカニズム

ブルーギルの幼魚の個体数を 0 個体から 5 個体まで 1 個体ずつ変化させた。

5) 結果(図 3.2-5)

魚のいない水界、少ない水界では大型のダフニアが優占し、クロロフィル-a の低下

とともに、透明度の増加が確認された。 T-P 濃度は各水界で大きな違いは見られなかった。

図 3.2-5 リンチとシャピロの実験結果68

66 Lynch, M(1979):Predation, competition, and zooplankton community structure: An experimental study, Limnol. Oceanogr.., 24, pp.253-272. 67 Lynch, M. and Shapiro, J.(1981): Predation, enrichment, and phytoplankton community structure, Limnol. Oceanogr.., 26, pp.86-102. 68 花里孝幸(1998):バイオマニピュレーション:ミジンコを用いた水質浄化、河川・湖沼の水質浄化技術の開発と汚染対策、工

業技術会株式会社

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61

(4) 汽水湖の二枚貝の浄化機能

中村69は、宍道湖での二枚貝の濾過量の評価を行い、水質改善に大きな役割を果たしてい

るとしている。 シジミ 1 g 当たり 1 時間で 0.2 L を濾過することから、宍道湖全体の湖水を約 3 日間

で濾過している。 参考までに、宍道湖の湖水の水量は 0.34km3、シジミの現存量は島根県によると 6.1

万 t(H15 春季)である。 また、宍道湖では夏期の窒素の流入負荷は 5.7 トン/日、植物プランクトンによる基

礎生産量が 17.5 トン/日であり、ヤマトシジミは1日に 29.7 トンもの窒素を取り込

み、そのうち糞で 8.7 トン、尿で 5.2 トン排出している(図 3.2-6)。 ヤマトジジミが基礎生産量以上の有機物を濾過していることから、宍道湖の水質に

大きな役割を果たしている。

図 3.2-6 二枚貝(シジミ)による水質改善メカニズム 69

69中村幹雄編著(2000):日本のシジミ漁業、その現状と問題点、たたら書房

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62

3.3 生物間相互作用を活用した水質改善の実施手法

生物間相互作用を活用した水質改善の実施に関しては、対象とする湖沼の食物網を把握

することが第一歩であり、その上で実現可能な手法を検討することが重要である。

(1) 対象とする湖沼の食物網の把握

ここでは、1 つの例として霞ヶ浦の食物網を整理した結果を示した(図 3.3-1)39。整理

に際しては、茨城県内水面試験場の研究報告、河川水辺の国勢調査結果、霞ヶ浦での小型

定置網での漁獲結果70、代表生物の餌特性等を参考とした。また、生物間相互作用の検討に

重要となる、在来種であるか、外来種であるか、また動物プランクトン食魚と魚食魚をで

きるだけ正確に整理した。 この食物網から、植物プランクトンを左右する生物を以下に挙げることができる。

植物プランクトンはイシガイなどの二枚貝に摂食されている。 植物プランクトンは、小型動物プランクトン・大型動物プランクトン、ハクレンな

どの植物プランクトン食性魚に摂食されている。 小型動物プランクトンは、ヒゲナガケンミジンコなどの大型動物プランクトンに摂

食されている。 動物プランクトンは、ワカサギなどの動物プランクトン食性魚に摂食されている。 プランクトン食性魚は、オオクチバス・ブルーギルなどの魚食性魚に摂食されてい

る。

70財団法人 地球・人間環境フォーラム(2007):生物多様性保全のための霞ヶ浦における新規外来魚防除対策事業報告書

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63

図 3.3-1 湖沼における食物網の推定結果(霞ヶ浦を例にして)39

 

動物プランクトン

  ヒゲナガケンミジンコ  ゾウミジンコ     ↑  ツボワムシ  フクロワムシ  コペポダイト期

デトリタス(底泥中)

付着藻類

   Navicula sp.

植物プランクトン

  藍藻類 ミクロキスティス (アオコ)        オシラトリア、アナベナ  珪藻類 キクロテラ(ヒメマルケイソウ)  緑藻類 イカダモ、オーキスティス

懸濁物食性ベントス

  イシガイ  ドブガイ  ヒメタニシ

堆積物食性ベントス

   エラミミズ   ユリミミズ   ユスリカの幼虫

雑食性ベントス(甲殻類)

   テナガエビ   アメリカザリガニ

ベントス食性魚類

  ヌマチチブ  モツゴ

プランクトン食性魚類

  タイリクバラタナゴ  ハクレン〈動物プランクトン〉  ワカサギ  ペヘレイ 

デトリタス食性魚類

  ボラ

草食性魚類

  ワタカ   〈動物プランクトン〉 

水草

  オオカナダモ  オオフサモ

魚食性魚類

  チャネルキャットフィッシュ〈幼魚時の食性:水生昆虫類〉  オオクチバス  ブルーギル 〈動物プランクトン〉  ハス 〈動物プランクトン〉                            (赤字:国外外来種、青字:国内外来種)

雑食性魚類

  コイ  フナ  ニゴイ 

プランクトン食性ベントス

  フサカ  イサザアミ

魚類(二次・三次消費者)

ベントス類(一次・二次消費者)

植物(生産者)

バクテリア(分解者)

注) 成魚と幼魚で食性が変わる場合は、幼魚時の食性を種名の左側に〈 〉で示した。   アンダーラインの種は霞ヶ浦で有用とされる水産資源を示す。   赤字の魚類は国外外来種、青字の魚類は国内外来種を示す。

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64

(2) 我が国へ適用可能な手法

バイオマニピュレーションの実績、我が国の湖沼の食物網の実態、ほとんどの湖沼で漁

業権が設定されて漁業活動がなされているという実情、多くの湖沼で外来魚が在来生態系

を大きく損ねているという実態などを踏まえて、我が国の湖沼への適用の可能性がある生

物間相互作用を活用した水質改善手法について、下記の①~⑥に示すように幅広く抽出し

た。 なお、古来から実施されている漁業活動によって魚類を取り出すことは、湖沼の間接的

な水質改善にも資すると言われている。

① 外来性の魚食魚の幼魚の駆除

② コイ科の底棲魚の除去

③ ダフニアなどの大型動物プランクトンの放流と動物プランクトン食魚の取り出し

④ 汽水湖などの二枚貝の資源量の維持・回復

⑤ 外来性魚食魚の駆除による在来生態系の回復と漁獲量の回復

⑥ 魚食魚の投入など

上記の①~⑥は我が国の湖沼に何らかの形で適用された実績があり、単独での実施例、

複数の手法を組み合わせた実施例がある。 これらの手法を適用する際には、学識者の意見を聴取し、利用者・漁業者等の関係者も

含めて、効果とその影響について十分に検討することが重要である。「目標設定、計画、実

施、モニタリング、検証、見直し」のサイクルや経験の積み重ねによる着実な実施ができ

る体制作りが求められる。

(3) 適用可能な手法と留意点

1) 外来性の魚食魚の幼魚の駆除

シャピロら 66,67のブルーギルの幼魚での隔離水界実験、高橋71による伊豆沼でのオオクチ

バスの稚魚の胃内容物の結果から、魚食性の外来魚はサイズの小さな幼魚の成長段階では

動物プランクトン食性であり、これらを駆除することで在来生態系の回復とともに水質改

善にも寄与すると考えられる。 幼魚の捕獲時には、他の魚種の混獲の問題が大きく、幼魚の生息場をある程度特定して

駆除することが望まれる。

2) コイ科の底棲魚の除去

コイ科の底棲魚類は、餌を摂食する際に底泥を攪乱すると言われており、これらを除去

することで水質改善を図ることができる。長野県諏訪市の高島城址公園のお堀72や欧米での

71 高橋清孝(2002):オオクチバスによる魚類群集への影響、伊豆沼・内沼を例に、川と湖沼の侵略者 ブラックバス、その生物

学と生態学への影響、日本魚類学会自然保護委員会編 72花里孝幸(2007):お堀でのバイオマニピュレーション、河川の水質と生態系:新しい河川環境の創出に向けて、大垣眞一郎監

修、(財)河川環境管理財団編集、pp.213-215.

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事例の解析73から、コイ科の底棲魚の減少が水質改善に寄与したと解析されている。

3) ダフニアなどの大型動物プランクトンの放流と動物プランクトン食魚の取り出し

大型のダフニアなどの動物プランクトンを放流するとともに、それを餌とする動物プラ

ンクトン食魚を取り出すこと等で植物プランクトンの低減を図る。花里 63は数多くの文献

等から、湖沼生態系における動物プランクトンと植物プランクトン(水質)の関係を以下

のように整理しており、水質改善にとって大型動物プランクトンのダフニア属ミジンコを

増加させることが重要と指摘している。 魚が少ない湖では、大型動物プランクトンのダフニア属ミジンコが小型の動物プラ

ンクトン(ゾウミジンコやワムシ)よりも優位にある。これは、ダフニアは大きな

餌から小さな餌まで効率よく摂餌できることによる。 魚が増えると、魚は大型の動物プランクトンのダフニアを専食することで大型のダ

フニアが減少し、魚に食われにくい小型の動物プランクトンが優占する。 富栄養化した水域でダフニアが増加すれば、植物プランクトンの現存量を減少させ、

水質を改善することができる。 しかし、大型プランクトンのみの放流では動物プランクトン食魚に餌を与えることにな

り、水質改善とは逆行することから、動物プランクトン食魚の取り出し、もしくは魚食魚

の投入と同時に行う必要がある。白樺湖ではバイオマニピュレーションの促進を図るため

に、魚食魚のニジマスの放流と合わせて数回にわたってダフニアの放流を実施している 64。 大型のダフニアなどの動物プランクトンを放流する際には、生態系攪乱の観点から、で

きるだけ対象とする湖沼で採取されたプランクトンを増加させて放流することが望ましい

が、実施に際しては地元の学識者と十分に相談して実施すべきである。 また、バイオマニピュレーションが成功した白樺湖 64では、もともとの透明度が 2m 前

後と比較的水質が良好であり、ダフニアなどの大型の動物プランクトンが出現できる水質

がどの程度であるかは試行しながら決めてゆくことが必要である。

4) 汽水湖などの二枚貝の資源量の維持・回復

中村 69によれば、ヤマトシジミは宍道湖全体の湖水を約 3 日間で濾過しているとされて

おり、汽水湖においてはヤマトシジミなどの二枚貝が植物プランクトンを濾過摂食するこ

とで、水質保全に大きく寄与していると思われる。その上、漁獲対象生物でもあることか

ら、汽水性・淡水性のシジミなどは水質浄化と漁業の両立に理想的な生物とも考えられる。 しかし、水質汚濁が進行すると、貧酸素が発生することでシジミの生息が大きく制約を

受ける。そのために、シジミが生息できるようにするには水質改善を進めることが必要と

なるが、水質改善が進みすぎると、シジミの餌となる植物プランクトンの生産量が低下し

てシジミの生息が制約を受ける。 実際、比較的水質改善の進んだ諏訪湖では現在もシジミの放流が行われているが、湖内

73 Drenner, R.W. and Hambricht, K.D.(1999): Review:Biomanipulation of fish assemblages as a lake restoration technique, Archiv Ffur Hydrobiologic, 146, pp.129-165.

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66

環境では生残率がかなり低いと言われており 44、これは水質改善が進行したことによる一

次生産量の低下に起因するとも言われている(信州大、花里談)。そこで、二枚貝の生産量

の維持と水質改善が両立できるような管理を工夫することが考えられる。

5) 外来性魚食魚の駆除による在来生態系の回復

我が国の多くの湖沼では、外来性魚食魚の侵入によって在来生態系の衰退や漁獲量の大

きな減少が引き起こされている(図 3.3-2)。従って、これらの駆除は長期的には在来生態

系の回復に繋がり、水産有用種の漁獲量を増加させて、湖沼から取り出す栄養塩量を増加

させることができる。その観点からは、生物間相互作用を活用した水質改善手法の1つと

捉えることもできる。 外来魚の駆除は多くの湖沼で行われており、継続した取り組みが重要である。2004 年か

らバスの駆除が開始された伊豆沼・内沼では一部の魚類で回復の兆しが見られる74。 バイオマニピュレーションの考え方からすると、外来性魚食魚の駆除は一次的に水質悪

化の方向に向かうことも懸念される。また、魚類の生産量を増やすことは動物プランクト

ンに高い捕食圧を与え、結果として植物プランクトンを増やすことになり、また魚類の増

加は排泄などを通して水質汚濁を進めることとなるので、この手法がかならずしも水質改

善に寄与するとは言えない一面もあることに留意する必要がある。本手法の適用は地域で

のその湖沼の利用と環境の両面からの検討を踏まえることが重要である。

図 3.3-2 伊豆沼での漁獲量の経年変化 71

(オオクチバス漁獲が増えた 1996 年以降は、全漁獲量が半減している)

6) 魚食魚の投入など

魚食魚を投入することによって動物プランクトン食魚を減少させ、動物プランクトンを

74 環境省東北地方環境事務所・(財)宮城県伊豆沼・内沼環境保全財団(2006):ブラックバス駆除マニュアル:伊豆沼方式オオ

クチバス駆除の実際、2006 年 3月

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増加させることで植物プランクトンの低減を図り、水質を改善することは可能である。欧

米では主にブラックバスなどの投入によって水質改善を図る事例が見られるが、我が国で

は在来性の魚食魚が限られており、実施に際しては、生物多様性の保全や漁業権などに十

分配慮して行うことが望まれる。 白樺湖では、動物プランクトン食魚のワカサギを減少させるためにニジマスを放流する

ことで水質改善効果が得られている 64。白樺湖でニジマスが投入された背景として、白樺

湖が人造湖であるため固有の生態系を壊すことがないことや、設定されている漁業権がつ

り客誘致を目的としており、漁業活動がないことが挙げられる。なお、ニジマスは、2004年に制定された外来生物法による規制対象ではないが、適切な取り扱いが求められている

要注意外来生物に指定されており、水域によっては在来種に大きな影響を与えることに十

分留意する必要がある。 また、2 章で沈水植物は栄養塩を吸収することなどによって植物プランクトンの増殖を

抑制することから、沈水植物の再生は、魚食魚投入等によるバイオマニピュレーションの

効果を安定化させる働きがあると言われている75。 さらに上記の 1)から 6)の手法全般に共通しているが、生物間相互作用の影響は大きな湖

沼では見えにくいが、小さな湖沼ほどその影響が出やすいことに留意する必要がある 62。

<外来魚多い>

<在来魚主体>

<在来魚主体>

図 3.3-3 外来魚駆除による水質改善のイメージ76

75 Van Donk E., Gulati R.D., Iedema A. & Meulemans J. T.(1993):Macrophyte-related shifts in the nitrogen and phosphorus contents of the different trophic levels in a biomanipulated shallow lake,Hydrobiologia , 251, 19-26. 76全国内水面漁業協同組合連合会:害魚ブラックバス駆除実践ハンドブック

漁獲対象在来

魚の増加 漁獲量の増大、外来魚

移入以前の生態系及

び物質循環の回復に

よる水質改善

魚食性外来魚駆除

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4. 湖内未利用資源の流域内循環の促進による水質改善

4.1 湖内未利用資源の活用

枯死した後に栄養塩が水中に回帰する水生植物や、駆除した外来魚等の未利用資源を積

極的に湖外に取り出し、さらに肥料等の有効資源に再生して流域内で循環利用することで、

流域外からの肥料等の栄養塩の移入を低減して、長期的な観点から水質改善を図る取り組

みである(図 4.1-1)。 沈水植物や汽水湖のアマモの海草などは、現在、ごく一部の湖沼で肥料等として取り出

されているが、化学肥料が普及する以前には多くの湖沼で取り出され、商品としても流通

していた 11。また、最近、外来魚は多くの湖沼で駆除が実施されているが、一部では肥料

等として再資源化されているところも見られる。 このような背景の中で、上記の取り組みを促進するために、過去や現在の取り組み事例

を参考にし、どのようなしくみを構築してゆけばよいのか、その手法を紹介した。 また、この手法による水質改善効果については、十分な精度で把握することは難しいも

のの、まずは湖沼から取り出す動物・植物バイオマスに含まれる栄養塩量を算定し、流入

負荷量などと比較することで大まかな推測は可能であると考えられ、これらの試算例につ

いても紹介する。

図 4.1-1 流域内物質循環のイメージ

4.2 事例とその効果

湖沼等での水生植物や外来魚等の湖内バイオマスを、飼料・肥料等として流域内で循環

利用する取組みとその効果について算定した事例から代表的なものを示した。

(1) 水生植物の肥料としての採取等

1950 年代までは我が国の多くの湖沼でいわゆる“モク採り”と称して、主に沈水植物が

農業用の肥料として刈り取って利用されていた 11。例えば、当時の中海でのアマモの採取

量は、現在の窒素の流入負荷量の 1 割程度であり、当時の流入負荷量からすると大きな割

合が取り出されていたと考えられる 77。以下に、かつての肥料藻の採取状況と代表的な事

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例を示した。

1) かつての肥料藻の採取状況

平塚ら 11 によって、代表的な湖沼における肥料藻としての採取の実態が表 4.2-2、表 4.2-3 に示すとおり整理されている。これによれば、1950 年代までは、いわゆる“モク採

り”と称して、主に沈水植物が農業用肥料として利用されていた実態が明らかとなってお

り、ここに挙げられているほかにも国内の多くの湖沼でモク採りの実態があったことが推

察される。 しかし現在では、ほとんどの湖沼でモク採りは消滅あるいはほぼ消滅に至っており、モ

ク採りが現存している湖沼等は、整理されている 15 湖沼のうちわずかに 3 湖沼のみとなっ

ている(表 4.2-1)。

表 4.2-1 藻類採取の事例整理(平塚ら 11から整理)

現在の実施状況 湖沼 採集藻類の種類 採集後の用途

ほぼ消滅

消滅

壊滅

中海 アマモ、コアマモ、ウミトラノオ 綿花、麦、芋、桑、野菜

宍道湖 トリゲモ類、シャジクモなど 野菜、松

湖山池 トリゲモ、エビモ類 芋、野菜

東郷湖 セキショウモ類 芋、麦、梨

神西湖 トリゲモ類 芋、野菜、綿花

八郎潟 リュウノヒゲモ、マツモなど 米、野菜

涸沼 浜に打ち上げられた藻 カリ肥料として使用

霞ヶ浦 エビモ、クロモ、セキショウモ、

センニンモ 桑、大根、米

印旛沼 ホザキノフサモ、セキショウモな

ど 米、麦、大豆、桑

手賀沼 ガシャモク 米

河北潟等 シャジクモ、クロモなど 桑

三方湖 淡水性水草 米

現在も実施 浜名湖 アマモ、コアマモ、アオサ 綿花、麦、米、大根、桑、白菜

一時衰退したが

現在復活 琵琶湖 ヤナギモ、ヒロハノエビモなど 米

一部残存 諏訪湖 肥料目的ではない

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70

表 4.2-2 肥料藻採取の事例 11

地方 東北地方湖沼名 中海 穴道湖 湖山池 東郷湖 神西湖 八郎潟 河北潟等 三方湖湖沼型 潟湖 潟湖 潟湖 潟湖 潟湖 潟湖 潟湖 構造湖塩分 高塩分湖 低塩分湖 低塩分湖 低塩分湖 低塩分湖 低塩分湖 低塩分湖 低塩分湖

面積(開発前)平方km 100.0 ? ? ? ? 220.0 25 ?面積(開発後)平方km 88.6 79.0 6.8 4.1 1.4 27.7 4.1 3.5

平均水深(m) 5.4 4.5 2.8 2.0 1.5 3.5 2.0 1.3沈水植物繁茂水深(未満) 3.0 2.5~3.0 2.5 2.5 2.5 3.0 3.0 2.5

沈水植物帯面積(昔) 18.0 12.00.7

浮葉植物が主湖面の大部分

湖面のほぼ全域

湖面の30% 広範囲 湖面一帯

現在の状況 ほぼ消滅 ほぼ消滅 ほぼ消滅 ほぼ消滅 ほぼ消滅 消滅 壊滅 壊滅

肥料藻採集の有無 有 有 有 有 有 有 有 有肥料藻採集の名称 モバトリ モバトリ モカリ モクトリ モトリ モクトリ 藻草採り 藻草採り

操業形態

自家消費販売目的共

存、専業者や仲介業者も存在

西部自家消費のみ、

東部中海の専業者が遠征

少数の自家消費のみ

ほとんど自家消費、

一部物々交換自家消費のみ

自家消費のみ?

自家消費 自家消費

推定従事者数 数千 数百 数十 数十 数十 数千 数十 数十

採藻舟数鳥取1200島根 800

専用船なし 専用船なし 専用船なし 専用船なし 不明 不明 不明

公式統計採集量(トン)鳥取10000島根10000

無 無 無 無 54000 11 34

実態統計採集量(トン)鳥取65000島根35000

不明 わずか 500~600 不明 不明 不明 不明

肥料藻の種類アマモ、

コアマモ、ウミトラノオ

トリゲモに似た水草、シャジクモ?現在消滅

している

トリゲモやエビモに似た消滅した水草?

セキショウモに似た消滅した

水草など

トリゲモに似た消滅した水草

リュウノヒゲモ、マツモ、ヒロハノエビモ、コア

マモ

シャジクモ、クロモ、セキショ

ウモなど淡水性水草

使用漁具

挟み竹(岩礁地帯)、

モバ桁(アマモ場)

挟み竹(モバシ、ハサンバ)

挟み竹 挟み竹 鎌カラミボウ、モクトリハサミ

挟み竹挟み竹、

かけ

施肥した農作物綿花、麦、芋、

桑、野菜野菜、松 芋、野菜 麦、芋、梨 芋、野菜、綿花 米、野菜 桑 米

施肥方法

そのまま敷肥とする(アマモ)、保存のため乾燥(褐藻類)

そのまま敷肥や元肥にする

そのまま敷肥や元肥にする

ハデ掛けして乾燥後、敷肥や元肥とする

そのまま敷肥や元肥とする

そのまま、マツモ堆肥化、リュ

ウノヒゲモ

ハデ掛けして乾燥後、施肥

ハデ掛け乾燥後、保存して元

堆肥化の有無 無 無一部野積

有無 無

有リュウノヒゲモ

不明 不明

採集権の設定の有無鳥取採藻船組合、島根含漁業権

自由 自由 漁業権? 自由 不明 不明 村の入り会い

採集期 春から秋 春から秋 春から秋 春から秋 春から秋 4~10月 夏 5月、7月

禁漁期、漁具の規制 無 無 無 無 無村別のモクの「口開け」

4月15日~6月15日

藻の口開き、村長の権利

北陸地方山陰地方

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71

表 4.2-3 肥料藻採取の事例 11

地方 近畿地方湖沼名 涸沼 霞ヶ浦 印旛沼 手賀沼 浜中湖 諏訪湖 琵琶湖湖沼型 潟湖 潟湖 河跡湖 河跡湖 潟湖 構造湖 構造湖塩分 低塩分湖 低塩分湖 淡水湖 淡水湖 高塩分湖 淡水湖 淡水湖

面積(開発前)平方km ? ? 29.0 ? ? ? ?面積(開発後)平方km 9.4 208.0 11.6 6.5 65.0 13.3 670.0

平均水深(m) 2.1 4.0 1.7 0.9 4.8 5.0 40.0沈水植物繁茂水深(未満) ? 3.0~4.0 1.7 0.9 3.0~4.0 3.0 5.0

沈水植物帯面積(昔) 広範囲 広範囲 湖面全体 湖面全体 広範囲 広範囲南湖を中心に

広範囲

現在の状況 ほぼ消滅 ほぼ消滅 壊滅 壊滅 現存 一部残存一時衰退後復

肥料藻採集の有無 有 有 有 有 有 有肥料藻採集の名称 ? モバトリ モバトリ モカリ モクトリ モクトリ

操業形態 自家消費 自家消費主体 自家消費 自家消費

自家消費販売目的共

存、専業者や仲介業者も存在

自家消費と販売目的共存?

推定従事者数 不明 1100 2000 1000? 数千 数千

採藻舟数 不明 不明ポッチ舟、

サッパ舟673(1958)

サッパ舟1048(19c)

不明専用舟あり、

数不明

公式統計採集量(トン) 無 11000~19000 8000 無 11000 30000

実態統計採集量(トン) 不明 不明 40000 不明50000~100000

100000

肥料藻の種類 不明エビモ、クロ

モ、セキショウモ、センニンモ

ホザキノフサモ、セキショウ

モ、マツモガシャモクなど

アマモ、コアマモ、アオサ

ヤナギモ、ヒロハノエビモ、イバラモ、ホザキノフサモなど

使用漁具浜にうちあげられた藻を拾い

集める

藻取萬鍬、モクトリ鉤、挟み竹

挟み竹(ハサミ)、藻取萬鍬

挟み竹、藻取萬鍬

挟み竹(ネジ竿)、熊ザラ、藻桁、たも網

挟み竹(ハサミ)、マンガン

(丸太)

施肥した農作物 桑、大根、米米、麦、大豆、

桑米

綿花、藍、大麦、小麦、米、蕎麦、大根、

桑、白菜

施肥方法

そのまま畑の敷肥としたり水田の元肥とする

水気を切って敷肥とする

畑に施肥そのまま畑に

施肥

そのまま畑に敷肥として入れる(ヒキモン)

堆肥化する

堆肥化の有無 不明野積みして堆肥化して水田

の元肥不明

野積みして堆肥かして水田、麦、白菜の元肥(ネカシ)

野積みにして堆肥化して施

採集権の設定の有無 自由 漁業権?沿岸の村の入

り会い藻刈船が課税

対象漁業権、準備

合員納税対象の許可漁業の一種

採集期 不明 7~10月 春から夏 夏 夏 夏

禁漁期、漁具の規制 不明11月1日

~4月10日無 無

地区別の口開き、漁具、採藻舟の規格化

6月~7月、マンガンの爪を竹製に限定

肥料目的での採藻はおこなわれていない

カリ肥料として使用

関東地方 中部地方

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72

2) 中海でのかつてのアマモ採取とその効果

平塚ら77の研究から、かつての中海でのモク採りの実態と、それによる N と P の取り出

し量が次のように評価されている。

アマモは、貴重な肥料として大量に採取されて農地に施肥されていた。 アマモの採取には古くは入会権が、その後も採藻権が設定され、大部分が自家消費

であったが、換金商品としても沿岸域ではアマモが流通していた。 アマモの腐敗は早く、下草や藁で作った堆肥と比べると即効性の肥料であった。ア

マモはカリ肥料であるとされ、麦・芋・野菜などに大量に施肥された。 アマモを大量に施肥することで砂質の痩せた土地を農地に変えて、農村の生活を可

能にした。弓浜半島では大量の施肥を要求する換金作物の綿花の導入にあたり、中

海産のアマモが魚肥などの他の金肥に比べて、15 分の 1 の価格で取り引きされてい

たことが綿花栽培を可能にし、地域特産品である浜絣(はまかすり)の開発につな

がった。 中海(湖面積約 86km2)における昭和 20 年代ごろのアマモ場面積を約 20km2と推

定し、アマモ成長量は湿重量で年間 15 万 t~30 万 t と推定(現存する他水域の成長

量から)した。昭和 23 年における採取量は湿重量で 5.6 万 t である(鳥取県水産試

験場事業報告)。 この採取量に含まれる栄養塩は窒素で 61.4t、リンで 12.8t であり、現在の流入負荷

量(窒素 1164t/年、リン 116t/年)に対する割合はそれぞれ 5.2%、11%に相当する。

当時の負荷量は現在よりも大幅に少なかったと考えられ、この割合は更に大きくな

る値と推測される。

図 4.2-1 中海のアマモとアマモ刈り取りの様子

77平塚純一・山室真澄・石飛裕(2003):アマモ場利用法の再発見から見直される沿岸海草藻場の機能と修復・創生、土木学会誌

=vol.88、no.9、pp.79-82.

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73

3) 印旛沼でのヒシの採取とその効果

本橋78によれば印旛沼におけるヒシ刈り取り事業は次のように整理されている。

印旛沼は S30 頃は水生植物の宝庫であったが、その後、浮葉植物・沈水植物が減少

し、さらにオニビシ群落が形成されて以降優占する。 ヒシ群落化の影響は、①水中に凋落した葉茎が溶解し窒素・リンを増加させ、水質

悪化、底泥ヘドロ化を助長する、②水面を覆う葉が大気との接触を遮断することに

よる溶存酸素の減少、日射不足による水温の低下を招く、③沼水の流動が阻害され

る、④船舶航行が不能となり、漁業や遊船の妨げとなる。 そこで、S61 年にヒシ刈り取りに着手、S62 年に本格化し、H6 年に終了。 6~9 月に専用船によって沼底面上 15cm~20cm の茎部から刈り取りを実施、費用は

約 250 万円/年。 S62~H6 年の刈り取り延べ面積と重量は、それぞれ 1,334ha、5,387t である。

刈り取り 刈り取り 刈り取り 刈り取り 刈り取り 刈り取り

年度 面積(ha) 重量(トン) 面積(ha) 重量(トン) 面積(ha) 重量(トン)

昭和62 106.1 1,621.3 46.1 285.2 152.2 1,906.5

63 148.6 761.4 46.0 396.0 194.6 1,157.4

平成元年 183.4 995.6 55.0 84.3 238.4 1,097.9

2 185.4 698.3 55.0 160.5 240.4 858.8

3 195.5 173.7 55.0 39.1 250.5 212.8

4 - - 86.1 43.5 86.1 43.5

5 - - 86.1 78.3 86.1 78.3

6 - - 86.1 50.2 86.1 50.2

合計 819.0 4,250.3 515.4 1,137.1 1,334.4 5,387.4

北印旛沼 西印旛沼 合計

野積みしたヒシを里芋畑の日よけや 11~12 月からいちごハウス栽培の堆肥に活用。 刈り取りの成分分析(N:0.18%、P:0.05%)から、8 年間の N と P 取り去り量は、

9,697kgN、2,694kgP であり、これは発生負荷量 3,606kgN/日、285kgP/日(H11年度末)と比較して、窒素 2.7 日、リン 9.5 日に相当。

果実から発芽する生理特性のため、刈り取りにより再生産が抑制される、ヒシの消

滅により光透過量の増加、取り込まれない栄養塩が増加することによる水質悪化の

懸念、魚類の産卵、成育などの場の喪失などを問題点として指摘。

4) 手賀沼でのホテイアオイの栽培と刈り取りの効果

本橋 78 によれば手賀沼におけるホテイアオイ栽培と刈り取り事業は次のように整理され

ている。

S56 年より着手し、S60 年より本格化。H6 年以降規模を縮小。 人工圃場を 4 ユニットから 10 ユニット設け(最大 9,000m2)、1 ユニット 1,000 株

の種株を 6 月に投入し、10 月上旬に刈り取り。 S56 年~H11 年まで 19 年間の総回収量は 5,886.6 トン。 刈り取り後は肥料として農地還元。ただし補肥程度の位置づけ。

78本橋敬之助:水質浄化マニュアル、技術と実例、海文堂

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74

19 年間の窒素・リンの回収量は 8,359kgN、824kgP であり、H11 年度末の日平均

流入負荷量のそれぞれ約 4.2 日分、4.5 日分に相当。

5) 網走湖での水草刈り取りとその効果79

水草が繁茂した後に枯死することで、水草に含まれる栄養塩類が水中へ再び負荷さ

れることを抑制することを目的とする。 H5 年頃から水草の刈り取りを実施、H16 年以降、毎年約 30ha、H19 年度までに

累計約 403ha の刈り取りを実施。 刈り取り範囲:図 4.2-3 参照 刈り取り実績による年平均の栄養塩持ち出し量は T-P で 1.0kg/日に当たる。 刈り取った水草は流域内の農地に循環利用

図 4.2-2 水草刈り取りの機能の模式図

図 4.2-3 網走湖の水草刈り取り範囲(左図)と水草刈り取りの様子(右図)

79 出典)北海道開発局、網走川直轄総合水系環境整備事業(水環境整備) 再評価原案説明資料から

水草刈り 取り

網走湖

呼人浦

女満別湾

網走川

網走川

水草刈り 取り

網走湖

呼人浦

女満別湾

網走川

網走川

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75

(2) 外来魚等の肥料・飼料化

外来魚等は良質なタンパク質成分を含むことから、企業などが無料で回収して魚粉・魚

油の商品として販売している所も見られる。また、NPO や企業などが連携して、外来魚の

買い取り、魚粉化して肥料として販売、その肥料によって栽培した安心安全な野菜のブラ

ンド化などを進めている事例もある。

1) 関東一円の魚あら回収と魚粉化の例80

M 飼料工業は、関東一円の魚あらを無料で回収し、徹底したコスト縮減で、魚粉・魚油

としての商品化・販売を行っている。 原料の調達 ・ 原材料となる魚あらは関東 1 都 6 県+山梨・福島から、500t~600t/日、15 万 t/年

を調達 ・ 魚市場、スーパーマーケット(約 300 店舗)、魚屋やすし屋など鮮魚を扱っているほとんどの

店約 13,000 店舗から、異物の混入していない良質な原料のみを回収。 ・ 買い取り値段:Y 社 0~2 円/kg、茨城県が駆除した外来魚等は無料で回収。

製品 ・ 魚粉(歩留り 24%で 36,000t/年) ・ 魚油(歩留り 8%で 12,000t/年) 販売先 ・ 大手飼料メーカー、大手加工油脂メーカーへ直接販売 ・ 魚粉は、養魚、養豚、養鶏飼料として利用 ・ 魚油は、精製されマーガリン、石けん、化粧品、DHA 抽出食品として利用

しくみ ・ 環境対策(設備投資 58 億円のうち 10 億円を公害対策費へ投資) ・ コスト縮減対策(公共のごみ回収 3 人に対して、1 人で 100 店舗、道路の込まない

夜中に回収) ・ スケールメリット(首都圏で発生する魚あらの 70%を回収処理)

効果など ・ 霞ヶ浦での外来魚等の駆除実績は H17 年度で 425 トン(茨城県) ・ 魚類の体組成比(N で 2.66%、P で 0.72%)を乗じると、11tN、P で 3tP となる。

これは県外の回収業者が無料で回収していることから、霞ヶ浦の流域外へ持ち出さ

れていると考えられ、流入負荷(Nで5,800t/年、Pで200t/年)と比べるとNで0.2%、

P で 1.5%に匹敵する。

80滋賀県立大学環境科学部環境政策・計画学科金谷研究室卒業論文、「食品廃棄物由来のリサイクル原料の養魚飼料化について」

http://csspcat8.ses.usp.ac.jp/lab/kanayaken/seika/3th/kuribayashi.html

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76

2) 琵琶湖における外来魚駆除と有効利用

滋賀県では、次に整理するような有害外来魚ゼロ作戦事業81に取り組んでおり、捕獲され

た外来魚は魚粉等へ有効活用されている。

外来魚駆除促進対策事業 重量当たりの捕獲経費を支給(350 円/kg)。県漁連へ補助。

外来魚繁殖抑制対策事業 オオクチバス稚魚のタモ網すくい駆除事業(駆除目標量を設定、H18;1,430 万尾)、

県漁連へ補助。 外来魚繁殖抑制実証事業

小型ビームトロール網により、外来魚稚魚の効率的な捕獲を行い、効果を実証する

(3 分間曳網 1.7kg)。県漁連へ委託。 外来魚回収処理事業

捕獲された外来魚を巡回回収し、魚粉等へ加工して資源を有効活用。県漁連へ補助。 外来魚駆除技術事業化試験

外来魚の効果的な駆除技術、繁殖阻止技術の確立等。

図 4.2-4 琵琶湖における外来魚漁獲量の推移 81

81 滋賀県農政水産部水産課ホームページ

http://www.pref.shiga.jp/g/suisan/mamorou-b-s/gairaigyotaisaku/gairaigyotaisaku2-text.html

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77

3) 琵琶湖における魚粉飼料の高付加価値化

滋賀県では、淡海(おうみ)再資源化協同組合*が中心となり駆除した外来魚等の魚粉化

事業を推進82している。同組合では平成 16 年 8 月から魚粉化を開始したが、流通が苦戦し

たため、より価値の高い魚粉化商品の開発を目的として、県・大学と共同研究を行い、高

栄養商品の開発に至っている。 商品としての流通はこれからの段階であるが、穀物飼料の高騰などを背景とした需要の

高まりが期待されている。

*:滋賀県及び京都府の環境関連の事業を行っている会社が作った組合

琵琶湖に生息する外来魚(ブルーギル、ブラックバス)を真空乾燥処理し、家畜飼

料・ペットフード・養魚用のえさ等へ再生利用(H16.8~) 養鶏飼料としての流通が苦戦しているので、産官学共同による新商品の研究・開発

に 滋賀県畜産技術振興センター、立命館大学生物工学科との協同研究 魚粉ではなく、養鶏用の液状の高栄養飼料の開発を行い、飼料に添加することによ

る、養鶏の成長の促進とうまみの増加を確認

図 4.2-5 琵琶湖における魚粉の高付加価値化により期待される物質循環促進イメージ

82 淡水(おうみ)再資源化協同組合ホームページ http://www.oskk.org/index.html

畜産商品の高付加価値/高騰穀物飼料の節約

外来魚の有効利用 消費・流通の拡大

期待される循環

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78

4) 八郎湖における外来魚等の肥料化

秋田県では、八郎湖に係る湖沼水質保全計画(第 1 期)(案)にもとづいて、外来魚等の捕

獲による窒素、リンの回収と魚粉リサイクル事業を推進している。83

平成 19 年 12 月指定湖沼の指定、平成 20 年 3 月湖沼水質保全計画の告示 外来魚等の捕獲による窒素、リンの回収と魚粉リサイクルの実施

・ ブラックバスをはじめとする外来魚やコイ、フナなどの未利用魚を捕獲することによ

り、湖沼から窒素・リンの回収を図る。

・ これらの外来魚等を魚粉肥料にして、環境保全型農業を推進する。

図 4.2-6 八郎湖における外来魚駆除と魚粉へのリサイクル 83

83秋田県生活環境文化部環境あきた創造課八郎湖環境対策室ホームページ

http://www.pref.akita.lg.jp/www/contents/1205726444016/files/keikakuann.pdf

対策 実施

主体

現状(平成18年度)

目標(平成24年度)

外来魚等未利用魚の捕獲によるNPの回収と魚粉リサイクル

住民

捕獲量

1.7t/年捕獲量

50t/年

対策 実施

主体

現状(平成18年度)

目標(平成24年度)

外来魚等未利用魚の捕獲によるNPの回収と魚粉リサイクル

住民

捕獲量

1.7t/年捕獲量

50t/年

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(3) 堆肥流通支援システムの構築

三重県では、「環境にやさしい農業」や「三重ブランド」の積極的な農業政策が実施され

ている。その一環として、農地の土壌の様子を知る「土壌診断」、肥料としてどの堆肥をど

れだけ施肥するかを知る「堆肥施用量自動計算」、県内畜産農家から出る堆肥成分を知らせ

る「堆肥情報紹介」の 3 つからなる“三重県土壌診断・堆肥流通支援システム”を開発・

運用している84。 食の安全に注目が集まる社会的背景もあり、耕種農家・畜産農家ともに利用が進んでお

り、流域内肥料の適正な利用と循環がいっそう進むことが期待されている。

食の安全へ関心の高まり、平成 16 年 11 月完全施行となった家畜排泄物法への対応

が背景にある。 農家の目線で施肥に必要な情報をわかりやすく表示・提供する。 所有する農地の土壌診断で不足する栄養を把握、具体的な施肥の手法、不足する栄

養を補うためにどこで生産される堆肥を活用するのが望ましいか、堆肥に含まれる

窒素・リン酸・カリウムの成分量を提示する。 畜産農家にとっても、ニーズに合った堆肥を耕種農家に提供するという取り組みと

なっている。

図 4.2-7 三重県土壌診断・堆肥流通支援システムにより期待される物質循環促進イメージ

84三重県土壌診断・堆肥流通支援システムホームページ http://www.taihi.pref.mie.jp/U620000.aspx

効率の良い堆肥の流通

耕種農家:

「食の安全・安心」の

確保

畜産農家:

耕種農家にPRできる

堆肥作り

期待される循環

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80

4.3 流域内物質循環が円滑に機能するための要因分析

各種事例の整理から、これらの流域内物質循環を支える要因について分析して整理した

(表 4.3-1)。

表 4.3-1 流域内物質循環を支える要因の分析結果

テーマ 循環を支える要因 沈水植物の肥料藻類採取

(刈り取り)と肥料化 沈水植物をはじめとする水生植物が繁茂する良好な湖

沼の水質環境 刈り取りによる水質改善 有機肥料としての需要 系外からの化学肥料等の移入の低減などの環境意義

外来魚等駆除と資源化 外来魚駆除による在来生態系(健全な生態系)の回復 水産有用種の漁獲の回復 回収や魚粉化製造工程等の効率化・低コスト化 肥料・飼料としての需要 系外からの化学肥料等の移入の低減などの環境意義

飼料・肥料としての利用 湖沼環境にとって流域管理の重要性 NPO、漁業、農業、畜産、企業などの連携 消費者の需要と環境意識

次に、この結果を踏まえ、今後流域内物質循環を機能させるためのキーワードを5点挙

げそれぞれの取組み方針について整理した。

(1) 取組みのねらいの明確化

最終的な目的は湖沼の水質改善であるが、受け皿となっている湖沼の外側にも目をむけ、

流域一体となって水質改善に取り組むこと(流域管理)が今後ますます重要であり、その

一端を担うものとして、流域内での物質循環利用による湖沼環境管理を位置づけることが

有効である。

(2) 関係機関との連携

湖沼内のバイオマス資源を流域内で循環利用することは、湖沼の水質改善を図るだけで

なく、様々な関連産業を創出するとともに、環境教育や食の安全といった多くの分野にま

で波及する可能性がある。 関係機関の行政・諸団体・市民等が連携して共通の目標を掲げるとともに、その目標に

向かって連携し、役割分担を明確にして取り組むことが有効である。

(3) 技術確立と費用低減

漁獲手法、魚粉化、魚粉の高付加価値化、肥料・飼料の循環利用などにおいて、低コス

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81

トで効率的な手法を確立し、トータルコストの縮減を図ることが重要である。

(4) 担い手の確保

流域内物質循環に関係する漁業、農業、畜産などいずれの分野も、最前線で循環の仕組

みを動かすのはその分野の従事者である。少子高齢化社会を迎える中、後継者問題などに

より循環の仕組みが停滞しないよう、次世代の育成も含めた担い手の確保が重要となる。

(5) 啓発喚起

肥料のほとんどを化学肥料に頼る農業ではなく、有機肥料との併用による安心安全な農

作物の供給への移行の重要性と、それを支える消費者の安心・安全な農作物の購入など、

供給と需要の両者の立場での啓発喚起を図ることが有効である。

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82

4.4 取り組みの手法

湖沼の動物・植物バイオマス資源を飼料・肥料等としてリサイクルし、流域内で循環利

用する取り組みは、一部の企業では徹底したコストダウンを図って商品として販売したり、

また様々な機関が連携して外来魚等の回収から肥料作成、農地還元、安心安全な農作物の

生産などが行われている。ここでは、これらの取り組みについて整理するとともに、具体

的な検討を行った事例を示す。

(1) 植物バイオマスの流域内循環利用の手法

1) 対象植物

過去の“モク採り”などの事例では、淡水湖では沈水植物が多くを占め、汽水湖で

はアマモなどの海草が対象であった。また、近年ではヒシ等の浮葉植物も対象とな

っていることから、これらが対象となると考えられる。 現状では、沈水植物やアマモなどの多くは開発や水質悪化などで衰退している湖沼

が多く、一部の植物は希少種ともなっていることから実施に際しては十分な注意が

必要である。 しかし、琵琶湖などのようにある時期を境にして過大に繁茂して様々な障害を及ぼ

している場合や、網走湖などのように浮葉植物が利水障害・航行障害等を及ぼして

いる場合には刈り取りとその活用が有効である。

2) 刈り取り・回収の手法

刈り取りの主体は、“モク採り”の際には、農家自らが行うことも多かったが、現状

では、それに要する労働や安価な化学肥料への依存などから、それを望むのは難し

い。 最近では、琵琶湖での水資源機構や、網走湖での北海道開発局、印旛沼での千葉県

などの湖沼管理者等が主体となっている。湖岸に打ち上げられた場合には、地元自

治体やNPO・一般市民など、多くの関係者と実施することも考えられる。

3) 肥料化の手法

植物バイオマスを積極的に肥料として加工することは、化学肥料等に比べて高価に

なるので、琵琶湖・印旛沼などで実施されたように、空き地や休耕田などに貯留・

管理して、できるだけ自然な肥料化を促進することが現実的と考えられる。 肥料化の手法とその活用に際しては、近隣の農業従事者等のニーズを十分に把握す

ることが重要である。

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83

4) 肥料としての活用

近年は商品化することが困難であり、近隣の農業従事者等に無償で活用してもらう

ようなスタイルが成功している。

(2) 外来魚等の流域内循環利用の手法

1) 対象魚

わが国の多くの湖沼では、近年 5~10 年位の期間にわたって、外来魚等を駆除する

取り組みが行われており、茨城県の霞ヶ浦では毎年 400~500 トンが駆除されている。 対象は、ブルーギル、オオクチバス、チャネルキャットフィッシュ、ハクレンなど

であり、この傾向は多くの湖沼で共通しており、今後も大きくは変わらないと思わ

れる。

2) 回収方法

多くの場合は、引き網や定置網で漁業者が駆除した外来魚を漁連や県等が買い取っ

ている。 関東一円を対象にしたM飼料工業の場合は、徹底したコスト縮減のもとで魚市場や

スーパーマーケットなど約 1 万社から魚あらを回収し、霞ヶ浦で漁獲された外来魚

等も無償で回収している。関東一円の湖沼で駆除された外来魚等はこのルートに乗

せることで処理費用が不要となり、しかも流域外へ持ち出されて有効利用されてい

る。

3) 肥料等としての活用

回収した外来魚や魚あらは、煮詰めるなどして固形分と液体分に分けられ、前者は

魚粉にし、後者も魚油とされている事例がある。 栄養価などの付加価値を高くすることで養鶏の飼料としての研究開発の取り組みも

進められている。

4) 販売その他

上記のM飼料工業は、魚粉・魚油とも製品として大手飼料メーカーと大手加工油脂

メーカーへ直接販売しており、魚粉は養魚・養豚・養鶏飼料として、魚油は精製さ

れてマーガリン・石けん・化粧品等として商品化されている。 霞ヶ浦では、NPOやJAなどが連携することで、買い取った外来魚等を魚粉とし

て販売するとともに、肥料として利用して農作物を生産、収穫された農作物を安心

安全な野菜としてブランド化して販売されている。 したがって、商品の販売まで含めて継続的な取り組みを実施するうえでは、これら

の 2 つの取り組み事例に象徴されるように、「特化する」、「連携する」というキーワ

ードが各地域での取り組みを可能にすると考えられる。

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84

(3) 代表湖沼とその流域でのマクロな栄養塩の循環の推定

ここでは、代表湖沼を例にして、流域内でのマクロな栄養塩の循環量を推定した上で外

来魚等の駆除による栄養塩の循環量のオーダーを試算した。

1) 推定方法

代表湖沼における近年の魚類資源量の推定結果がないことから、以下の簡易な手法で魚

類生産量と外来魚生産量を推定した。ここで、外来魚生産量を、駆除可能な最大量と仮定

する。

一次生産量:二次生産量:魚類生産量=100:10:1 と仮定 代表湖沼での一次生産量(総生産量)は、既存文献から 400~768gC/m2/年とし、そ

れに占める純生産量の割合 54~70%を乗じて魚類生産量を算定した。魚類生産量は、

窒素で 183 トン/年、リンで 50 トン/年と推算した。 これに代表湖沼での外来魚等の比率 0.55 を乗じることで、代表湖沼の外来魚等の生

産量は窒素で 101 トン/年、リンで 28 トン/年と推算した。

2) 推定結果

流域内での肥料の流通量と畜産排泄物の発生量を推定し、これを流入負荷量と比較する

ことで流域内での栄養塩のマクロな循環量を評価した。 流入負荷量

代表湖沼流域で発生し流入河川などを通じて K 湖沼へ流入する負荷量は、窒素で

5,800 トン/年、リンで 200 トン/年(H17 年度)と見積もられている。 肥料

流域で流通する肥料は、窒素で 4,080 トン/年、リンで 2,300 トン/年である。 畜産排泄物

牛・豚・鶏からの畜産による排泄物の発生量は、窒素で 4,440 トン/年、リンで 940トン/年と推算された。

流域でのマクロな栄養塩循環の比較 窒素ベースでは、流入負荷量に対して、流域外からの窒素肥料の移入量と流域内で

の畜産排泄物量は同程度である(4,000~5,000 トン/年)。リンベースでは、流入負

荷量に対して肥料は 10 倍強、畜産排泄物量は 4 倍強であることから、湖沼の水質改

善には、これらに係わる流域対策の重要性が示唆される。

外来魚等の生産量を流入負荷量で割ると、窒素で 2%、リンで 14%となり、特にリ

ンについては、外来魚等の駆除による栄養塩の取り出し可能量が比較的大きいと言

える。 水産有用種の漁獲による代表湖沼からの栄養塩の取り出し量を推算すると、窒素で

36~38 トン/年、リンで 6~10 トン/年(H15 年度)である。また、漁獲ピークの S53年当時の漁獲量と当時の流入負荷量とを比較すると、窒素では 11~12%、リンでは

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85

24~44%になり、過去には漁獲が湖沼からの栄養塩の取り出しに寄与していたとい

える。

窒素肥料

4,080 t/年

畜産排泄物の発生

4,440 t/年

代表湖沼

代表湖沼の流域

流入負荷

5,800 t/年

一次生産18,300 t/年

二次生産1,830 t/年

魚類生産

183 t/年

漁獲実績

36~38 t/年(流入負荷の1%)

外来魚等推定生産量

101 t/年(流入負荷の2%)

駆除した外来魚等の県外への特出実績

11 t/年

漁獲ピーク時のS53は負荷の11~12%

リン肥料

2,300 t/年

畜産排泄物の発生

940 t/年

代表湖沼

代表湖沼の流域

流入負荷

200 t/年

一次生産5,000 t/年

二次生産500 t/年

魚類生産

50 t/年

漁獲実績

6~10 t/年(流入負荷の3~5%)

外来魚等推定生産量

28 t/年(流入負荷の14%)

駆除した外来魚等の県外への特出実績

3 t/年

漁獲ピーク時のS53は負荷の24~44%

図 4.4-1 代表湖沼及びその流域におけるマクロな窒素・リン循環量の推定結果

(上段:窒素、下段リン)

注1)青色は湖沼、緑色は流域を示す。

注2)窒素肥料は流域内での流通量を、畜産排泄物は流域内での発生量を示す。

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86

5. 干し上げによる水質改善

5.1 干し上げとは

湖沼・ため池での干し上げは、現在ではあまり行われなくなったが、かつては灌漑用の湖

沼・ため池の水質改善の一貫として盛んに実施されてきた。近年、そのメカニズムの解明と

ともに、湖沼などの水質改善技術として着目されている。

【解説】

わが国では、昔から「かいほり」と呼ばれる池を干し上げる習慣があり、農業用のため

池について、3~5 年に一度の頻度で稲作が終わる晩秋から早春にかけてため池の水を抜き、

底さらえをすることである。池底の泥を天日干しして酸化状態にして泥の腐敗を防ぎ、一

部は畑の肥料に用いることで、「富栄養化や生態系の遷移の抑制」を抑えてきたと言われて

いる85,86。この手法は、同時に魚も除去していたことから、3 章の生物間相互作用の③コイ

科の底棲魚の除去の効果も含まれていると考えられる。 近年、干し上げなどの水位運用を実施することで、三春ダムではアオコなどの発生抑制、

渡良瀬遊水池ではカビ臭物質の軽減を図る取り組みが実施されており、湖沼水質改善手法

として見直されている。

5.2 事例とその改善効果

(1) 干し上げに係わる因果関係

干し上げの水質改善効果の実証実験については、三春ダム、渡良瀬貯水池などにおいて

実施例がある。それらの事例では干し上げに係わる因果関係について以下のように整理さ

れる(図 5.2-1)。

85 浜島繁隆・土山ふみ・近藤繁生・益田芳樹(2001):ため池の自然-生き物たちと風景、信山荘サイテック 86 佐藤宏明・天野正秋(2009):貯水池の好気性保持およびリン溶出抑制のための水位低下・干し上げに関する考察-渡良瀬貯水

池における現地実験および他ダムへの適用について、ダム工学、19(1)、5、16、pp.5-16.

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87

生物への影響

干し上げ

利水・取水施設影響

漁業影響

悪臭

水質改善

底質改善

想定される好影響

想定される悪影響

栄養塩溶出減

藻類増殖抑制

12

数字が記載された好影響については実証実験により効果の検証例がある

洗掘による堆積土砂の流出

水質悪化

図 5.2-1 干し上げに係わる因果関係

(2) 干し上げによる事例と効果

三春ダム(蛇石川前貯水池)の実証試験では 60 日間の干し上げを実施し、底泥中のミク

ロキスティスは 14 日後に 20%以下、30~60 日後にはゼロとなった。また、渡良瀬貯水池

では 1997 年から水位低下・干し上げを実施することで 2-MIB 濃度が改善されており、底

泥からのリンの溶出量も干し上げ 15 日後では 72%減少した(嫌気条件)。

1) 三春ダム87

三春ダムでは管理開始以来、毎年アオコが発生し大きな問題となっている。そこで、

三春ダム(蛇石川前貯水池)で、H18.10.19 から H18.12.18 までの 60 日間に水位を

EL330m から EL322.5m まで低下させた実証実験を実施した(図 5.2-2)。 底泥の乾燥の進行によりひび割れが生じ、含水率が低下するとともに ORP はマイナス

からプラスへと変化した。底泥内のミクロキスティスの細胞数は経日的に減少し、乾燥

14 日目には 0 日目に対して 20%以下、30~60 日後にはゼロとなった(図 5.2-3)。

87東北地方整備局河川環境課

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88

図 5.2-2 三春ダム(蛇石川前貯水池)での干し上げ状況

図 5.2-3 三春ダム(蛇石川前貯水池)における干し上げ効果

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89

2) 渡良瀬貯水池88

渡良瀬貯水池では運用を開始した 1990 年の夏季に、2-MIB を原因とするカビ臭が発生

し下流の水道用水に影響を与えた。その対策の一環として、1997 年以降、水位低下及び干

し上げを実施している(表 5.2-1)。 干し上げは、谷中湖最低水位(Y.P.+8.5m)より 20cm ほど水位を下げて、陸地部を乾燥

化させた。干し上げ時(Y.P.+8.3m)でも水面が 2 割程度残るため、谷中湖の魚は、この間

そこで生息することができる(図 5.2-4)。

図 5.2-4 渡良瀬貯水池での干し上げ状況

注)最近の検定では、フォルミディウムは糸状藍藻であるとわかってきた。

図 5.2-5 渡良瀬貯水池での干し上げ例

88 関東地方整備局河川環境課

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90

表 5.2-1 渡良瀬貯水池での干し上げ・水位低下実施状況

平成年 水位低下無し 水位低下有り 干し上げ有り 最低水位

(Y.P.m)

~8 ● -9 ● 8.5 8210 ● 12.2 2100 未実施11 ● 10.5 28912 ● 9.0 19113 ● 9.0 23714 ● 9.0 57015 ● 9.0 19616 ● 8.3 36817 ● 8.3 3918 ● 8.3 3519 ● 8.3 4920 ● 8.3 44

干し上げ・水位低下実施状況水位低下・干し上げ    凡例:●:操作実績 水質

2-MIB(Y.P.9mより高い)

(Y.P.8.5または9.0m以下)

(Y.P.8.5m未満)

備考

カビ臭物質 2-MIB については、水位低下及び干し上げの実施期間である 1~3 月にお

ける平均貯水位と水位回復開始時期である 4 月 1 日から 2-MIB が 20ng/L に到達するの

に要する日数 TM20 との間には、平均貯水位が低い方が TM20 が増加する傾向にある(図

5.2-6)89。また、2-MIB のピーク値も平均貯水位が低い方が値が小さい傾向にあり、水

位低下及び干し上げによって、近年は 2-MIB が着実に改善されてきている(図 5.2-7)。 また、栄養塩の溶出量に関しては、室内実験の結果より、嫌気条件における底泥から

のリンの溶出量に関して、干し上げ 15 日後の溶出速度が、干し上げなしの溶出速度に比

べて約 72%減少したことから、水質改善にも寄与すると期待される(図 5.2-8)。

図 5.2-6 1~3 月の平均貯水位と TM20 との関係

89 佐藤宏明・天野正秋(2007):浅い貯水池の水位低下・干し上げに伴う2-MIB への影響:渡良瀬貯水池を例にして、応用生態

工学、10(2)、pp.141-154.

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91

図 5.2-7 1~3 月の平均貯水位と 2-MIB のピーク値との関係 84

図 5.2-8 干し上げの有無によるリン溶出量の違い(室内実験)84

上図:嫌気条件:干し上げ 0日後、下図:嫌気条件:干し上げ 15 日後

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92

3) 干し上げによる水質の改善

名古屋市内のため池は、近年農業用水として使用されなくなったことから干し上げが

実施されなくなった。大久手池(7.04ha、平均水深 1.7m)は、農業用水として使われな

くなった後に、ため池の改修工事に伴って干し上げを実施しており、それによって CODなどの水質は大きく改善した90。一方で、水質が大きく悪化したため池の場合には、数年

で元の水質に戻っているケースも見られる。

図 5.2-9 ため池で干し上げを実施した時の水質改善効果

5.3 干し上げによる水質改善手法

干し上げについては、利水者等との調整や生態系への配慮が必要である。干し上げによ

り、底質中の藍藻類等を死滅させることで、カビ臭を大きく低減することができ、また水

質改善も期待される。 干し上げによる水質改善については、我が国では大きな湖沼への適用例は限られている

ことから、渡良瀬貯水池、三春ダムなどの事例を参考にして以下の手順で実施することが

考えられる。

① 事例の収集整理 ② 対象とする湖沼への適用性の検討

(効果発現の可能性、利水者との調整、生態系への影響) ③ インパクト-レスポンス図の作成 ④ 干し上げ手法の検討 ⑤ 予備実験等での確認 ⑥ 本実験の実施・モニタリング ⑦ 評価及び干し上げ手法の見直し

90 土山ふみ・安藤良・成瀬洋児・榊原靖・伊藤英一・若山秀夫(1996):名古屋市のため池の水質と浄化対策について、環境技術、

pp.448-452.