江戸時代の商家の家訓に学ぶ現代の企業経営...ら1868...

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-17江戸時代の商家の家訓に学ぶ現代の企業経営 -社会の公器としての企業の役割- はじめに 1980 年代には企業経営における世界のバイブ ルと喧伝された「日本的経営」も,バブル経済の 崩壊とともにその終焉が叫ばれてきた.さらに, 長引く経済の停滞や相次ぐ企業・組織における不 祥事の発覚などもあって,経済や社会の先行きに 対する不透明感から人々の間に閉塞感が蔓延し, わが国の将来を悲観視する声が高い. そこで,アメリカ発の市場原理主義を基本にし た「株主価値経営」が,企業経営における「グロー バル・スタンダード」であると主張されている. アメリカにおいては,短期利益を重視する投資家 グループの期待に応えるためと称して,多くの企 業が株高経営を推進してきた.しかし,「株主価 値経営」の本当の狙いはもっと別なところにあっ たといってよい.企業は株高に支えられて安易に 巨額の資金を調達し,必要な事業を買収する.経 営者はストック・オプション(自社株購入権)を 賦与されて多額の利益を手にするという「魔法の 杖」だったのである.そうした経営も,エネルギー 大手企業・エンロンや通信大手企業・ワールドコ ムなどの破綻にみられるように,企業が性急に株 主価値を追求するあまり,名門会計事務所を巻き 込んだ不正会計操作までして株価を維持すること になった.やがて不正会計操作も発覚し,企業経 営に対する信頼を失墜させ「魔法の杖」も神通力 を失ったのである. そもそも,企業は社会においてどのような役割 を果たすことによって,存続することが許される のであろうか.わが国企業は,アメリカ発の「株 主価値経営」の本性を正しく見極め,安易にそう した考え方に加担してはならない.こんな時代に こそ,社会における企業・組織が果たすべき本来 の役割や企業利益について深く考えてみる必要が ある. 幸いにして,わが国では江戸時代の元禄バブル 経済崩壊による貴重な体験から,多くの商家がそ れまでの事業者本位の「投機的・一発勝負型」の 商活動の非を悟り,顧客や多くの事業関係者の満 足を得る商活動こそが,商活動本来のあり方であ ることに目覚めたのである.多くの商家がそうし た考え方を家訓や家憲として制定し,商活動を展 開し今日に伝えられている.その根底に流れる考 え方は,人間社会で生きていくための哲学であり, 時代や業種を超えて順守すべきものが多い.私た ちは,早計に資本の論理を基本とした「株主価値 経営」に迎合することなく,こうした江戸時代の 商家の家訓・家憲に示された先人の「高い志」に 学ぶことの意義は大きい. そこで本稿では,顧客・供給者・働く人・株主・ 地域社会など多くの企業関係者の参画を得て企業 経営を推進し,それら企業関係者の利益を調整し ていくという「企業関係者経営」を基本にして, 社会において企業や組織が果たすべき役割と,企 業経営のあり方を考えてみることにした.混迷の 時代にあって,こうした先人の高邁な哲学に学び, 人々の要請に応えることができる企業経営のあり 方を模索していくための一助としたい.

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Page 1: 江戸時代の商家の家訓に学ぶ現代の企業経営...ら1868 年の明治維新までの約270 年間が,「江戸 時代」といわれている.その間,政治的・経済的・

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江戸時代の商家の家訓に学ぶ現代の企業経営-社会の公器としての企業の役割-

荒 田 弘 司

Ⅰ はじめに

 1980 年代には企業経営における世界のバイブ

ルと喧伝された「日本的経営」も,バブル経済の

崩壊とともにその終焉が叫ばれてきた.さらに,

長引く経済の停滞や相次ぐ企業・組織における不

祥事の発覚などもあって,経済や社会の先行きに

対する不透明感から人々の間に閉塞感が蔓延し,

わが国の将来を悲観視する声が高い.

 そこで,アメリカ発の市場原理主義を基本にし

た「株主価値経営」が,企業経営における「グロー

バル・スタンダード」であると主張されている.

アメリカにおいては,短期利益を重視する投資家

グループの期待に応えるためと称して,多くの企

業が株高経営を推進してきた.しかし,「株主価

値経営」の本当の狙いはもっと別なところにあっ

たといってよい.企業は株高に支えられて安易に

巨額の資金を調達し,必要な事業を買収する.経

営者はストック・オプション(自社株購入権)を

賦与されて多額の利益を手にするという「魔法の

杖」だったのである.そうした経営も,エネルギー

大手企業・エンロンや通信大手企業・ワールドコ

ムなどの破綻にみられるように,企業が性急に株

主価値を追求するあまり,名門会計事務所を巻き

込んだ不正会計操作までして株価を維持すること

になった.やがて不正会計操作も発覚し,企業経

営に対する信頼を失墜させ「魔法の杖」も神通力

を失ったのである.

 そもそも,企業は社会においてどのような役割

を果たすことによって,存続することが許される

のであろうか.わが国企業は,アメリカ発の「株

主価値経営」の本性を正しく見極め,安易にそう

した考え方に加担してはならない.こんな時代に

こそ,社会における企業・組織が果たすべき本来

の役割や企業利益について深く考えてみる必要が

ある.

 幸いにして,わが国では江戸時代の元禄バブル

経済崩壊による貴重な体験から,多くの商家がそ

れまでの事業者本位の「投機的・一発勝負型」の

商活動の非を悟り,顧客や多くの事業関係者の満

足を得る商活動こそが,商活動本来のあり方であ

ることに目覚めたのである.多くの商家がそうし

た考え方を家訓や家憲として制定し,商活動を展

開し今日に伝えられている.その根底に流れる考

え方は,人間社会で生きていくための哲学であり,

時代や業種を超えて順守すべきものが多い.私た

ちは,早計に資本の論理を基本とした「株主価値

経営」に迎合することなく,こうした江戸時代の

商家の家訓・家憲に示された先人の「高い志」に

学ぶことの意義は大きい.

 そこで本稿では,顧客・供給者・働く人・株主・

地域社会など多くの企業関係者の参画を得て企業

経営を推進し,それら企業関係者の利益を調整し

ていくという「企業関係者経営」を基本にして,

社会において企業や組織が果たすべき役割と,企

業経営のあり方を考えてみることにした.混迷の

時代にあって,こうした先人の高邁な哲学に学び,

人々の要請に応えることができる企業経営のあり

方を模索していくための一助としたい.

Page 2: 江戸時代の商家の家訓に学ぶ現代の企業経営...ら1868 年の明治維新までの約270 年間が,「江戸 時代」といわれている.その間,政治的・経済的・

産業経営研究 第 25 号(2003)

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Ⅱ 江戸時代における元禄バブル経済の崩壊と

商活動の再構築

(1)元禄バブル経済と「投機的・一発勝負型」

豪商の活躍

 わが国においては,1603 年の徳川幕府の開府か

ら 1868 年の明治維新までの約 270 年間が,「江戸

時代」といわれている.その間,政治的・経済的・

社会的・文化的な分野においても,多くの変遷が

あった.この時代を主に経済的な側面からみてみ

ると,次の4つの時期に区分することができる.

徳川幕府の開府  1603 年(慶長8年)

*経済成長準備期 1603 年(慶長8年)~

*高度経済成長期 1651 年(慶安4年)~

元禄バブル

*経済成熟期   1716 年(享保元年)~

*経済衰退期   1793 年(寛政5年)~

明治維新     1868 年(慶応4年)

 経済成長の準備期には,幕藩体制を確立し,体

制を維持するために必要な諸制度を制定し,その

定着に精力が傾注された.経済的にも,農地の開

拓や米の品種改良,農具の革新など着々と経済基

盤の整備が進められた.

 次の高度経済成長期には,米の増産に支えられ

て人口も増加し,農村経済や都市経済も大きく発

展した.第五代将軍綱吉の時代には,幕府の放漫

財政と相まって,土地開発や建築を中心にブーム

となり,高度経済成長が「バブル」現象を引き起

したのである.

 この時期には,材木商を中心にして「事業者本

位」の商活動を展開する「投機的・一発勝負型」

の豪商が華々しく活躍した.これらの豪商は幕府

や藩の役人と結びついた政商型の商人であった.

事業運営のやり方は役人接待や賄賂を中心にし

て,短期的な利益の追求に奔走したといってよい.

その代表的な人物として,上野寛永寺の修造工事

を請け負った紀伊国屋文左衛門や日光東照宮の修

復工事を請け負った奈良屋茂左衛門などがよく知

られている.特に,紀伊国屋文左衛門は紀州有田

の蜜柑を危険を冒して船で江戸に運び,大儲けを

したという「みかん船」伝説とともに広く知られ

ている.この伝説の真偽のほどは定かではないが,

巨万の富を手にした豪商の逸話として今も語り継

がれている.

(2)江戸時代の商人もバブルの崩壊で目が

覚めた

 しかし,元禄バブル経済の崩壊とともに江戸時

代の高度経済成長も終息し,幕府の財政も破綻す

ることとなった.幕府は「享保の改革」や「寛政

の改革」など緊縮財政政策を余儀なくされ,江戸

時代の経済も成熟期を迎えるのである.

 こうした経済環境にあって,華々しく活躍した

「事業者本位」の商活動を展開してきた「投機的・

一発勝負型」の豪商たちも,表舞台から泡のよう

に消えていったのである.このような状況をみる

につけ,元禄バブル崩壊以降に登場した商人たち

は,「投機的・一発勝負型」の事業運営が商活動

本来のあり方でないことに気付いたのである.し

たがって,商活動は本業を中心にして長期的な観

点から地道に「顧客本位」の事業運営を推進し,

人々の生活に貢献することが商活動本来のあり方

であることに目覚めたのである.

 しかし,商人の役割が社会的に正しく認知され

ていなかった時代にあって,石田梅岩は「商人哲

学」ないし「商人道」を説いて,「社会における

商人の役割」と「商活動における利益の概念」を

明確にした.梅岩は,「売買ならずは買人は事を

欠き,売人は売れまじ.左様になりゆかば商人は

渡世なくなり農工とならん.商人皆農工とならば,

財宝を通はす者なくして,万民の難儀とならん」

と説いて,社会における商人の役割の重要性を明

らかにした.

 そして,人々がそれぞれ分担する職業の有用性

について,「士農工商は天下の冶る相となる.四

民かけては助なかるべし.四民を治め玉ふは君の

職なり.君を相るは四民の職分なり.士は元来位

ある臣なり.農人は草莽の臣なり.商工は市井の

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江戸時代の商家の家訓に学ぶ現代の企業経営

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臣なり.臣として君を相るは臣の道なり.商人の

売買するは天下の相なり」と説いたのである.さ

らに,「真の商人は先も立ち,我も立つことを思

ふなり」と説いて,商活動における「自他の利益」

の必要性を明確にしたのである.石田梅岩のこう

した考え方の影響を受けた商人は多い.

 江戸時代の商人の多くは商活動に対する考え方

を「家訓」や「家憲」として設定し,商活動を展

開してきた.今日に伝えられているものも少なく

ない.下村彦右衛門の「先義後利」や住友家の家

則「苟も浮利に趨り軽進すべからず」,あるいは

近江商人の「三方よし--売りてよし,買いてよ

し,世間よし」など時代や業種に関係なく事業運

営の基本にすべき考え方として,学ぶべきものが

多い.

Ⅲ 社会における企業の役割

(1)財の生産は消費のためにある

 ところで,人間は誰もが「健康で・楽しく・心

豊かな生活を維持し,できるだけ長生きしたい」

と願っている.したがって,人間の生活には次の

ような3つの面がある.

1)生物としての生命体を維持する生活

*個の生命を維持する生活

*子孫を維持する生活

2)社会的な存在としての生活

*夫婦・親子・兄弟姉妹・親族との生活

*恩師・学友との関係

*職場の上司・同僚・取引先の関係者との関

*研究会・同好会の仲間との関係

*地域社会・国・地方自治体との関係など

3)より高い価値を求める生活

*真理や真実の追究

*正や善の追求

*美や調和の追及

*聖なる心や信仰心

*正義や共同の福祉の実現など

 そこで,人間はこのように多様な生活を実現す

るために,生活の場において多くの財を消費する.

したがって,「財の消費は生産全体の究極の目的

であり,人は財を消費するためにこそ生産する」

のである.

(2)財の生産は企業や組織が分担する

 人々が生活の場で消費する財は,「モノ」と「サー

ビス」からなっているが,通常,「モノとサービ

スが総合されたもの」として提供されるのである.

したがって,企業や組織が提供する商品は,モノ

とサービスが「総合された商品」の効用や便益が

人々の生活や企業・組織の生産に役立てられるの

である.そこで,製造業やサービス業という呼称

は,商品に含まれるモノとサービスの比率の多寡

による便宜的な区分にすぎない.製造業は提供す

る商品に占めるモノの比重が高く,サービス業は

提供する商品に占めるサービスの比重が高い業種

をいうのである.

 こうした人々の生活に必要な財や企業・組織の

生産に必要な財を提供するのが,企業(営利組織)

や組織(非営利組織)なのである.しかし,時代

とともに人々の生活も多様になり,生活に必要な

財の種類も多くなる.さらに,経済システムも複

雑になって,それらの財は企業からは勿論のこと,

非営利組織(NPO)や国・地方自治体からも提供

されるのである.そして,技術が高度化し,経済

システムも複雑になってくると,企業や組織が

人々の生活に必要な消費財を生産する過程で,多

くの企業・組織が参画する「迂回生産」によるこ

とになる.したがって,一種類の消費財を生産す

るためにも,多くの企業・組織から「モノ」や「サー

ビス」を調達する必要が生じてくるのである.

 また,人間は社会的な共棲の必要性から,人々

が共同で消費する多くの公共財が必要になる.こ

うした公共財は主に国や地方自治体から提供さ

れ,物財として提供される公共財,サービスとし

て提供される公共財,情報として提供される公共

財からなっている.

 したがって,企業・組織が提供する財の提供先

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産業経営研究 第 25 号(2003)

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は,次の3つのグループに区分することができる.

*生活者としての家計に消費財を提供する.

*他の企業や組織に財の生産に必要な生産財や

販売のための消費財を提供する.

*国や地方自治体にも公共財の生産に必要な生

産財を提供する.

 こうした生産財は有形財であっても,無形財で

あっても 終的には人々の生活の場である家計に

消費財や公共財として提供されることになるので

ある.販売のための消費財も,販売の段階で一定

の付加価値を付加して生活者に提供される.

(3)財の交換が拡大し財の生産の場と

消費の場が分離した

 そもそも人間は,自分や家族の生活に必要な財

を山野や海川に自生する植物を採取したり,動物

を狩猟したり漁労によったりして獲得してきたの

である.そうした時代には,自家で生産したもの

を自家で消費するという財の生産と消費が一体と

なった「実物経済」であった.

 その後,人間は採取した植物を栽培して農業を

営み,捕獲した動物を飼育して畜産を営むように

なり,自家で消費するには余剰な物品を他の物品

と物物交換することによって,生活の内容を充実

させるようになったのである.人間は農業や畜産

に手工業を加え,さらに人間社会は農業・工業・

商業の時代へと発展していくのである.

 そうした過程を経て,人間社会は財を交換する

ことが常態となり,財の生産と消費が分離するこ

とになったのである.その結果,獲得経済は「企

業」が分担し,消費経済は「家計」が担うという

仕組みが構築されることになった.そこで,家計

は必要な消費財を企業から持続的に提供してもら

うことになり,企業は生産物を生産・販売して貨

幣収益の剰余すなわち利益を求めるようになった

のである.それと併行して貨幣経済も発展し,物

物交換や物品貨幣の不便さから脱却するために,

鋳造貨幣が考案され,さらに標識貨幣や記号貨幣

へと発展したのである.

 このようにして人間社会は財の生産の場と消費

の場が分離し,貨幣経済が発展するにつれて,多

くの企業が企業本来の使命である家計に必要な財

を提供することから逸脱して,「無制限の獲得」・

「経済のための経済」・「営利のための営利」を

行動原理として活動するようになったのである.

昨今,企業経営における「資本の論理」が声高に

叫ばれ,企業の目的は利益を上げて株主に還元す

ること,すなわち「株主価値」を 大化すること

であるという主張も,その延長線上にある考え方

であるといえる.

 しかし,社会における企業本来の役割は,「利

益をあげて株主に還元すること」ではなく,「人々

の生活に必要な消費財を生活者に,消費財を生産

する企業・組織の事業に必要な生産財を提供する

こと」であることを忘れてはならない.このこと

が企業経営の原点なのである.

(4)商家の家訓・家憲にみる企業の役割

 わが国においては江戸時代の「元禄バブル経済」

が崩壊し,その後,新しく表舞台に登場してきた

商人たちの商活動に対する考え方は,顧客本位を

基本として本業を通して人々のお役に立つことに

あった.商家の家訓や家憲の主なものを拾ってみ

ると大変興味深いものがある.

1)企業本来の役割

*伝来の家業を守り決して投機事業を企つる

勿れ -伊藤松坂屋 家訓

*先義後利 -大文字屋 下村彦右衛門

*苟も浮利に趨り軽進すべからず

-住友家 家則

*一時の機に投じ目前の利に趨り,危険の行

為あるべからず -住友家 家則

*徳義は本なり,財は末なり,本末を忘るる

勿かれ -茂木家 家憲

*売りて悦び,買いて悦ぶ -三井殊法

*三方よし-売りてよし,買いてよし,世間

よし -近江商人

*真の商人は先も立ち,我も立つことを思う

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江戸時代の商家の家訓に学ぶ現代の企業経営

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なり -石田梅岩

2)顧客志向の経営

*物価の高下に拘わらず善良なる物品を仕入

れ誠実親切を旨とし利を貪らずして顧客に

接すべし -伊藤松坂屋 家訓

*我が営業は信用を重んじ,確実を旨とし,

以て一家の鞏固隆盛を期す-住友家 家則

*確実なる品を廉価に販売し,自他の利益を

図るべし

 正札掛値なし

 商品の良否は,明らかに是を顧客に告げ,

一点の虚偽あるべからず

 顧客の待遇を平等にし,苟も貧富貴賎に依

りて差等を附すべからず

-たかしまや四つの綱領

*物品購求の多少に拘わらず来客は総て当店

の得意なれば大切に礼儀を尽すべし,仮令

一品の購求せざるも其望みに叶うべき品物

のあらざるは当店の準備至らざる所なれば

却て丁寧に敬礼を尽し後後の愛顧を乞うべ

し -松屋呉服店 訓誡

*我が身を養わるる売先を疎末にせずして真

実にすれば,十が八つは,売り先の心に合

う者なり.売先の心に合うように商売に情

を入れ勤めれば,渡世に何ぞ案ずること有

るべき -石田梅岩

(5)企業は本業を通して社会に貢献する

 ところで,社会における企業の役割に関して,

「利益を上げることである」と主張する人や,「株

主利益の 大化が企業活動の基本原理である」と

説く人もいる. 近は,「株主価値」を 大化す

ることであるとする「株主価値経営」を主張する

論者も多い.

 しかし,わが国においては,江戸時代の元禄バ

ブル経済の崩壊による経験から,商活動にあって

は「投機的な事業を戒め,本業を中心にして人々

のお役に立つ」という考え方が確立されたといっ

てよい.この考え方はあらゆる企業が時代や業種

を超えて順守すべき企業経営に対する基本的な理

念である.

 いつの時代にあっても,企業・組織本来の使命

は「本業を中心にして,人々の生活に必要な消費

財(モノとサービスを総合した商品)を提供する

こと,あるいはそれらの消費財を生産するのに必

要な生産財を提供すること」なのである.平成バ

ブル経済期に多くの企業が本業を疎かにして,財

テクなど手段・方法を選ばずに利益を上げること

に奔走し,その結果,大きな傷跡を残し今も財務

面だけではなく,企業経営全体に悪影響を及ぼし

ていることを忘れてはならない.

(6)企業活動は多くの企業関係者の協働に

よって推進される

 企業の活動は多くの関係者(Stake holders)の

協働(Collaboration)によって展開されているの

である.株主(出資者)・経営者・働く人・資材

やサービスの供給者・資金の提供者・顧客・地域

社会・国や地方自治体など.したがって,企業が

社会において企業本来の役割を果たすためには,

こうした多くの企業関係者が積極的に企業活動に

参画して,これらの人々が協働してそれぞれの役

割を果たしていかなければならないのである.

1)株主(出資者):商法によれば株式会社を構

成するのは株主であり,有限会社を構成する

のは出資者で,企業のコーポレートガバナン

スは,株主や出資者にあるとされている.し

かし,株主は株式の引受価額を限度として,

出資者も出資額を限度として出資義務を負う

が,会社債務については何らの責任を負わな

いものとされている.

 そもそも,株式会社の経営は当初企業者株

主が自ら経営者となって運営されていたが,

企業の規模が大きくなり,技術やシステムが

高度になるにつれ,「企業の所有と経営」が

分離され,企業の経営は専門経営者に委ねる

ようになってきた.さらに,株式の所有が分

散され大株主といえども単独で,企業を支配

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するに足る株式を保有することができなく

なった.

 そこで,株式会社にあっては,会社の経営

は株主総会で選任された取締役に委任されて

いる.株主総会の決議事項としては取締役・

監査役・会計監査人の選任,貸借対照表・損

益計算書など計算書類の承認と利益処分案ま

たは損失処理案の承認など「通常決議事項」

と定款の変更,営業の譲渡など「特別決議事

項」とがある.株主はそれらの決議にもとず

いて取締役に企業の業務執行を任せることに

なっている.

(注)商法特例法による大会社は,貸借対照表及び損益計

算書については,所定の要件を満たしておれば,定時株

主総会に報告すればよい.

2)経営者:したがって,株式会社においては株

主総会で選任された取締役が業務執行に当た

る.会社の規模が大きくなり取締役の権限も

拡大されるにつれ,その権限が慎重かつ適切

に行使されるようにするために,会社の業務

執行について取締役全員で構成する取締役会

で決定すべきものとされている.それでも企

業における不祥事が跡を絶たないので,監査

役制度を強化したり,社外取締役を登用した

りして,株式会社の業務が健全に執行される

ための制度が採り入れられてきている.

  近は,取締役の数があまりにも多くなっ

たので,その数を絞って取締役会を構成し,

会社の業務執行は執行役員制を導入してその

任に当たらせる会社が増えてきている.

3)働く人:企業は規模の大小や業種の違いを問

わず,多くの職種で働く人が必要なのである.

働く人が積極的に企業活動に参画しその役割

を果たしてこそ,企業は社会における使命を

果たすことができるのである.企業の経営資

源は「ヒト・モノ・カネ・情報」といわれて

いるが,働く人全てが単なる経営資源ではな

い.働く人は分担する仕事や雇用形態あるい

は就業形態に関係なく大事な企業関係者の一

員として,自分に与えられた仕事の場で創造

的な仕事をし,自己実現を図ることを求めて

いるのである.

4)資材やサービスの供給者 : 企業は顧客に

提供する商品・サービスに占める「モノ」や

「サービス」の比重に関係なく,事業運営に

は資材やサービスの提供者の参画がなければ

活動を展開することはできない.

5)資金の提供者:企業運営には運転資金や設備

資金など多くの資金が必要である.勿論,株

式の払込金など出資金や内部留保による資金

もあるが,金融機関などから必要な資金を提

供されることが不可欠の要件である.

6)顧客:顧客こそが企業の経済資源を「富」に,

物やサービスを「財貨」に変えてくれるので

ある.いくらよい商品・サービスを提供して

も,顧客に購入してもらえなければ,それら

の財は何の価値もない.そこで,顧客こそ企

業経営の出発点であり,顧客に商品やサービ

スを購入してもらえるからこそ,企業は活動

を持続していくことができるのである.

7)地域社会:企業が活動を推進していくために

は,企業が活動する地域社会と良好な関係を

維持していかなければならない.地域社会と

敵対関係にあっては,うまく事業活動を展開

していくことはできない.地域社会の協力が

あってこそスムースに事業活動を展開してい

くことができるのである.

8)国や地方自治体:人々の生活に多くの公共財

が必要なように,企業の事業運営にも多くの

公共財が必要である.したがって,企業は「よ

い企業市民」として納税などの義務を果たす

とともに,企業活動に必要な公共財を国や地

方自治体から提供してもらわなければならな

いのである.

 そこで,企業は法的には株主や出資者のもので

あるとしても,多くの企業関係者の積極的な事業

活動への参画なくしては,時代の要請に応えるこ

とのできる財を提供して,それら企業関係者の利

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江戸時代の商家の家訓に学ぶ現代の企業経営

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益(満足)に貢献することができない.したがっ

て,長期的な観点から株主・経営者・供給者・働

く人・顧客・地域社会・国や地方自治体など多く

の企業関係者に対して公平かつ適正な利益(満足)

を提供できるよう調整することが重要な課題とな

るのである.

 そうした観点から,企業の社会的な役割の第一

義は,本業を中心にして多くの企業関係者それぞ

れの満足を実現することである.企業はそうした

役割を果たしたうえで,それぞれの企業が分に応

じてメセナやフィランソロピィ活動にも取り組む

ことである.

Ⅳ 企業も社会や自然のなかで生かされている

(1)企業は社会の公器である

 企業は社会の要請に応えて人々の生活に役立つ

消費財や企業・組織の活動に役立つ生産財を提供

することを基本的な役割とした「社会の公器」で

あり,社会や自然のなかで生かされているのであ

る.したがって,企業も社会や自然の一員として

「よき企業市民」でなければならない.

企業も社会や自然のなかで生かされている企業も社会や自然のなかで生かされている企業も社会や自然のなかで生かされている企業も社会や自然のなかで生かされている

自   然自   然自   然自   然

社   会社   会社   会社   会

企業・組織企業・組織企業・組織企業・組織

社会の公器社会の公器社会の公器社会の公器

 わが国においては江戸時代の多くの商人が,「公

益を先にし,私利を後にすべし」という考え方を

基本にして商活動を推進してきたのである.

*公益を先にし,私利を後にすべし

-神野家 家法

*公益を図るを以て事業経営の方針とし決して

私利に汲々たる勿れ -藤田家 家憲

*徳義は本なり財は末なり本末を忘るる勿れ

-茂木家 家憲

*先義後利 -大文字屋 下村彦右衛門

*国家的観念を以て総ての事業に当れ

-岩崎家 家憲

*臣民の本分を尽すを以て,平常の心掛けとせ

よ -三井家二代宗竺の家訓

*三方よし-売りてよし,買いてよし,世間よ

し -近江商人

 こうした考え方は後世にも伝えられ,現代の企

業にも生きている.

*我々の職業は之を社会的に観ますれば,生産

者と消費者との中間に立ちて, も便利に且

つ廉価に物品の配分を司るにある.また之を

国家的に観ますれば,国内の生産品を,我が

生産者の為に, も有利に且つ も広く海外

に輸出する.或は外国の生産品を我が国内に

生産者または消費者の為に, も低廉に且つ

も便利に輸入するにある.則ち社会に対し

国家に対して,この重要なる任務を遂行する

ことが,我々の職業の第一義であり,又其の

目的とする所であると信ずるのであります.

而して此の任務を盡すに当りまして,需要供

給の関係と,時と場所との差異を善用して,

正当なる利益を得るに努むることが,我々の

職業の第二義であると信ずるのであります.

この両義はともに等しく我々の活動の重要な

る目的であることは勿論であるが,第二義は

何処までも第二であって,第二義のために第

一義を犠牲にすることは断じて許されないの

であります.私が正義を厳守す可し手段方法

を慎む可しいといふのは,則ちこの義に基ず

くものであります.-三菱商事 岩崎小弥太

*商いの原点は,どうしたら売れるか儲かるか

ではなく,どうしたら人々に心から喜んでも

らえるかである. -松下幸之助

*公器としての企業に求められるのは,その企

業が延々と存続することではなく,現在の社

会の要求にぴったり合った事業を実行するこ

とによって,今,存立を認められることだ.

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産業経営研究 第 25 号(2003)

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-十時 昌

 このように,社会の公器としての企業・組織に

は,営利を前提とする企業だけではなく,病院や

学校といった非営利組織(NPO)も含まれるので

ある.したがって,社会における企業・組織の役

割の第一義は,「人々の生活に必要な財を提供し

て人々の要望に応えること」であって,「営利」

は企業にとって第二義であり,企業が存続してい

くための制約条件なのである.

(2)企業の顧客創造と革新

 技術やシステムが変化し,人々のライフスタイ

ルも変わる.企業が人々の生活や企業・組織の事

業運営に必要な財を提供し,社会の公器としての

役割を果たしていくためには,常に顧客を創造し

なければならない.そこで,「企業の目的は顧客

を創造することであり,企業とはなにかを決める

のは,顧客である.なぜなら顧客だけが,財やサー

ビスに対する支払の意思をもつことによって,経

済資源を富に,物を財貨に変換させるからである.

しかも顧客が価値を認め,購入するものは,たん

なる製品ではない.それは製品とサービスが彼に

提供してくれるもの,すなわち効用である」とい

う P・F・ドラッカーの言葉を正しく認識する必要

がある.

 そのためには,企業は常に本業を通して生活者

や企業・組織の要請に応えることのできる「新し

い価値」を創造し,顧客それぞれの効用を満たし

顧客の満足と感動を得て,社会に貢献しなければ

ならないのである.この「新しい価値」とは,必

ずしも科学的に新しく発見された原理を応用した

新製品を提供することではない.生活者や企業・

組織の要請に応えることのできる財を適時・適切

に提供して,時代の要請に応えることである.

 そのためには,既に知られている原理や既に使

われている技術を活用したり,それらの新しい組

み合わせによったり,既に使われているシステム

を組替えたりして,時代の要請に適合した新しい

「商品」や「サービス」を提供する.新しい生産

技術や新しい販売方法などを創り出したり,生活

者や企業・組織が求める効用を充足させることが

企業・組織に求められている.こうしたやり方を

「新結合」といっている.

 企業・組織が提供する財(モノやサービス)は

顧客にその効用(顧客価値)を認められてこそ,

富になることができるのであって,財を提供する

側からみて「よい商品」であっても,顧客の側か

らみた「よい商品」でなければ,クズかゴミでし

かないのである.昨今,一部の論者から「もう買

うモノはない」という声がある.しかし,人々に

提供される財は日進月歩で新しい商品やサービス

が登場している.人々のライフスタイルの変化に

対応した商品やサービスに対する要望は少なくな

い.一方,環境に優しい商品やサービスを求める

声も高い.「欲しいものがない」のではなく,要

は,企業・組織が人々のその時々の要望に沿った

財を適時・適切に提供することができるかどうか

ということである.この不況といわれる現在でも,

生活者の要望に合った商品やサービスに対する需

要は絶えることがない.デパチカ(デパートの地

下食品売場)やホテイチ(一流ホテルに常設され

たテイクアウト食品の売場)で提供される商品は

決して安価ではないが,盛況を続けているのは顧

客の要望に適った商品を提供しているからだと

いってよい.

(3)顧客の「十人十色」・「一人十色」の

要望に応える

 高度経済成長期には生活者は隣りをまねる生活

を実現するために,均質・画一・同質の商品やサー

ビスを求めてきた.しかし,今は自分らしい生活

を実現するために,顧客の要望は「十人十色」・

「一人十色」と,顧客それぞれに異なっており,

同じ顧客でもその時々の状況(TPO)によって異

なるのである.このことは顧客それぞれが個性・

多様・異質といった人とは違った商品・サービス

を求めることを意味している.したがって,企業

は顧客それぞれの要望,それもその時々の要望に

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江戸時代の商家の家訓に学ぶ現代の企業経営

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沿った顧客価値の高い商品・サービスを適時・適

切に提供することが求められているのである.

 そこで,顧客の多様な要望を満たすためには,

企業は高度経済成長期のように企業本位の事業運

営を推進してはならないのである.顧客本位の事

業を展開することが求められている.顧客本位の

事業を展開するということは,あらゆる企業が高

品質の商品・サービスを提供することではない.

その時々の顧客の要望を的確に把握し,顧客それ

ぞれの要望に沿って適時・適切に顧客に対応する

ことなのである.商家の家訓にも顧客本位を基本

とした商活動の必要性を謳ったものが少なくな

い.そうした商活動に対する考え方を現代の企業

経営に合ったやり方に置き換えて業務を推進する

ことが重要なのである.

*売りて悦び,買いて悦ぶ -三井殊法

*物品購求の多少に拘わらず来客は総て当店の

得意なれば大切に礼儀を尽すべし,仮令一品

の購求せざるも其望みに叶うべき品物のあら

ざるは当店の準備至らざる所 なれば却て丁

寧に敬礼を尽し後後の愛顧を乞うべし

-松屋呉服店 訓誡

*物価の高下に拘わらず善良なる物品を仕入れ

誠実を旨とし利を貪らずして顧客に接すべし

-伊藤松坂屋 家訓

*確実なる品を廉価に販売し,自他の利益を図

るべし

 正札掛値なし

 商品の良否は明らかに之を顧客に告げ,一点

の虚偽あるべからず

 顧客の待遇を平等にし,苟も貧富貴賎に依り

て差等を附すべからず

-たかしまや四つの綱領

(4)顧客への一対一の対応・迅速な対応

 生活者の多様な要望に応えることのできる商

品・サービスを提供し,顧客の満足を得るために

は,企業が多くの顧客に対して「顧客一般」とし

て対応してはならない.それぞれの顧客に一対一

で対応し,それも迅速・適切に対応することが必

要なのである.前項に示した松屋呉服店の訓誡は,

それぞれの顧客の要望に適切に応えることの重要

性を的確に表わしている.富山の薬売りは,懸場

帳(一軒一軒の顧客情報を記録したデータ・ベー

ス)にもとずいて,顧客一軒一軒を定期的に訪問

し,それぞれの家庭の要望に合った薬を配置した.

 成熟した経済社会にあっては,高度経済成長期

におけるようにマス・マーケッティングを基本と

した一律の顧客対応では,顧客の満足を得ること

はできない.ワン・トゥ・ワン・マーケッティン

グを基本とした個別対応が求められるのである.

セブンイレブンは立地・天候・曜日・時間帯など

を考慮して,綿密に商品を仕入れ,顧客それぞれ

の要望に沿った商品を提供することができるよに

努めているという.

(5)信用の構築と暖簾

 現代は経営環境の変化は激しい.したがって,

多くの人が「変化・変化」と大合唱して,変化に

対応していくことが企業経営の採るべき方策であ

るという人が少なくない.企業は経営環境の変化

に対応して,積極的に革新に取り組み,時代の要

請に応えていくことは勿論必要なことである.し

かし,企業や組織がただその時々の変化に対応し

ていくだけでは,継続して顧客の満足を得ること

はできない.

 老舗企業には「暖簾」が存在する.「暖簾」と

は,「永年,顧客をはじめ多くの企業関係者の要

望に誠実に応え,信用を得て,営業活動に相当の

効果を及ぼしていると認められる総合的な無形資

産」であって,単なる「知識や技術あるいは技能

の集積」ではない.それらが「総合された知恵の

集積」なのである.

 これに対して,「信用」は「顧客をはじめ多く

の企業関係者がその企業を信頼し,評判がいいこ

と」を意味している.こうした信用は永年にわたっ

て構築されたものであり,暖簾と表裏一体となて,

その企業を支える「企業文化」なのである.住友

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家の家則に謳われている「我が営業は信用を重ん

じ,確実を旨とし,以て一家の鞏固隆盛を期す」

という言葉の意味を再認識する必要がある.

 企業はこうした永年にわたって培ってきた「暖

簾」や「信用」を大事にして,そうした蓄積され

た知恵や技術と新しい革新とを融合させ,時代の

要請に応えることのできる商品・サービスを適

時・適切に提供し,顧客の満足を得ることが求め

られているのである.

(6)よい企業市民として活動する

 社会における企業の役割の第一義は,「核にな

る事業(本業)を通して生活者の生活に必要な財

を提供し,企業・組織の事業に必要な財を提供し

て,多くの企業関係者それぞれの利益(満足)に

貢献すること」である.近江商人は,「三方よし

-売てよし,買てよし,世間よし」を基本にして

商活動を展開し,売り手の満足・顧客の満足そし

て多くの関係者の満足の実現に努めてきたのであ

る.

 近江商人が行商地で果たした重要な役割は本業

を通して行商地の人々に貢献したことであった.

そのことに関して小倉栄一郎教授は,「上方の先

進的工業製品を容易に入手できるのも,目下振興

中の藩の特産,生糸,青苧,紅花,絹織物などが,

藩の商人の限られた流通力では,狭い商圏内で消

化できないのを,遠く上方に捌いて需要を見いだ

し,活発に発展させるのも近江商人の力によるも

のである.」と説明されている.

 また,幕末,京都では勤皇と佐幕とが激しい争

いを展開し,街は騒然とした様相を呈していた.

1864 年(元冶元年)7月,「蛤御門の変」が起き,

京都の街は御所を中心に大火に見まわれた.この

大火で京都は火の海と化し多くの土蔵も焼失し,

「たかしまや」も全焼した.しかし,「たかしま

や」は火の手を避けて商品だけは安全な場所に移

動し難を免れた.そうした状況にあって,儲けよ

うとすれば,いくらでも高く売って儲けることが

できたのに,いい商品を安く売ることに徹し,「た

かしまや」の評判を高め,信用を築くことができ

たという.これは,「たかしまや四つの綱領」に

示された「確実なる品を廉価に販売し,自他の利

益を図るべし」という創業者・飯田新七の教えを

忠実に守った行動であった. 近の食肉のラベル

張替え事件と対比してみると,その落差の大きさ

に唖然とさせられるのである.

 さらに,江戸時代の商人たちは公共の利益に貢

献することにも努めていたのである.その一例と

して酒田(現代の山形県)の本間家三代光丘の庄

内浜の砂防林の工事を上げることができる.この

事業は日本海の強風のために樹木が一本もなかっ

た庄内浜に巨額の私費を投じて,東西約 450 メー

トル,南北約2キロに及ぶ広範な砂防林を造成し,

地域経済の発展に寄与したことで知られている.

そもそも,本間家は家訓に「公共事業に全力を尽

くし,公共の為には財を吝む勿れ」と謳われてい

る.大坂の街は橋が多い.江戸時代にはこれらの

橋の架橋や修繕の費用の九割がたは町の負担で行

われ,なかには全額その費用を負担した商家も

あったといわれている.

 企業は本業を通して人々のお役に立つことが,

社会における企業の役割の第一義である.しかし,

企業は「よい企業市民(Corporate citizenship)」

として,公共のために役立ち,メセナやフィラン

ソロピーといった社会的貢献活動にも参画するこ

とである.しかし,そのために本業を疎かにして

はならないのである.

(7)企業も社会の中で生かされている

 企業も社会の中で生かされている.したがって,

企業が企業活動を展開していくには,社会規範や

法を順守しなければならない.

*徳義は本なり財は末なり本末を忘るる勿れ

-茂木家 家憲

*義勇公に奉じ堅く国法を守るべし

-伊藤松坂屋 家訓

*公義はすべて堅く守るべし

-小津家 家訓

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 平成バブル経済期を頂点として,企業・組織が

倫理観を喪失し,多くの企業の不祥事や公共機関

のスキャンダルが報じられている.こんな時にこ

そ,企業行動における徳義(社会生活上守るべき

道)の重要性を再認識しなければならないのであ

る.

 「徳義は本なり財は末なり本末を忘るる勿れ」

が示すように,社会において守るべき道を外れて

利益を上げることに奔走することは許されない.

法や規則を順守して,商活動本来の役割を果たす

のが当然の義務である.

  近の企業・組織における不祥事を見るにつけ,

企業・組織も社会で生かされていて,社会規範や

法を順守するという至極当然のことが疎かにされ

ている.江戸時代の商家の家訓や家憲から学ぶこ

とは多い.経営者は企業・組織の不祥事が発覚し

た際の火消し役や謝罪要員ではない.また,そう

した不祥事が発覚すれば責任をとって辞任すれば

よいというものではない.平素,経営者自らが「よ

き市民」として倫理や法を順守し,企業が「よき

企業市民」として活動するように多くの企業関係

者を誘導し,必要なシステムを構築して万全を期

さなければならないのである.

(8)環境問題への対応

 20 世紀の企業は,生産活動に必要な資源を「必

要なときに,必要なだけ」調達することができ,

生産過程で生じる産業廃棄物や人々の生活の場か

ら発生する一般廃棄物は自然が消化してくれると

いう自然循環の論理を,暗黙の前提にして展開さ

れてきたといってよい.しかし,人口の増加や生

活様式の多様化それに技術の高度化もあって,使

用する資源の量が増加し,天然資源の収奪も加速

され,廃棄物の量が増加し,その種類も多様化す

る.さらに地球温暖化など自然環境の悪化を招き,

あらゆる廃棄物を自然循環のもとで消化すること

が量的にも・質的にも難しくなってきている.

 そこで,私たち人間も自然界の一員として,豊

かな自然のなかで生かされているということを再

認識する必要がある.したがって,企業も生活者

も①資源が有限であり省資源が必要なこと,②廃

棄物の処理を自然循環に任せて処理することが困

難でありその処理が必要なこと,③企業や組織の

活動あるいは人間の生活から生じる自然環境の悪

化を阻止する必要があることを正しく認識しなけ

ればならない.したがって,企業と生活者が協働

して,資源の有効利用と地球環境の保全に努めな

ければならないのである.経済成長の追求に汲々

として資源の有効利用や地球環境の保全に対する

取り組みを軽視してはならない.企業・組織も,

近江商人の「三方よし-売りてよし,買いてよし,

世間よし」の考え方に学んで,商活動に伴う商品

売買の当事者の満足は勿論のこと,多くの企業関

係者と協働して地域社会や地球環境の保全にも努

めなければならないのである.

 企業の地球環境問題への主な課題

*省エネルギー・省資源

*食糧問題・森林資源・漁業資源・鉱物資源

*地球温暖化

*大気汚染・水質汚染・海洋汚染・土壌汚染・

生活排水

*一般廃棄物・産業廃棄物・有害廃棄物

*騒音・振動・異臭

*自然環境の保全  山岳地・湖沼・河川・湿

地・干潟・海岸・都市周辺・農山

Ⅴ 「先義後利」に学ぶ企業利益の考え方

(1)エンロンやワールドコムの急成長と

魔法の杖

 「株式会社は株主のものである.したがって,

株主重視の経営をしなければならない」のに,わ

が国の企業は株主を軽視してきたという声が高

い.株主価値を重視する経営こそが,企業経営の

グローバル・スタンダードであり,資本の論理に

立脚したアメリカの企業経営を見習うべきである

と喧伝され,この考え方に唱和する論者も少なく

ない.果たしてこうした企業経営のあり方に安易

に同調してよいものだろうか.

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 アメリカの地方のガス会社であった「エンロン」

は,そもそも 1985 年にヒューストン・ナチュラ

ル・ガス社とインター・ノース社が合併して誕生

した会社である.その後も合併・買収を繰り返し

ながら拡大し,2000 年には「フォーチュン」誌が

選ぶ企業ランキング(年間売上高)でアメリカ第

7位にランクされる巨大企業に発展したのであ

る.こうした合併・買収に必要な資金は,株価の

上昇に支えられて安価に調達した巨額の資金で賄

われた.したがって,エンロンは「株価至上主義」

の経営を実践することを 優先課題として,その

ためために「できることは何でもやる」ことを基

本方針として活動を展開してきたのである.

 エンロンは,アメリカでの 1980 年代におけるガ

ス事業や電力事業の規制緩和を背景にして,ガス

や電力の市場での取引に参入し,他社に先駆けて

「デリバティブ」を導入して金融会社に変貌した

といわれている.この「デリバティブ」は,「先

物取引」,「オプション取引」それに「スワップ

取引」からなっていた.エンロンはさまざまな商

品にこの「デリバティブ」を持ち込み, 終的に

は対象商品を 2200 にまで広げ,業容の拡大につな

げたといわれている.

 さらに,ガス事業や電力事業の規制緩和によっ

て,ガスや電力の市場が生産・輸送・卸・配給と

いった分野に分離されたのを利用して,エンロン

は自社設備を持たずに市場での売買を事業の主力

とするこことによって,巨額の資金を滞留させな

くて済む経営を推進した.こうした「アセット・

ライト(asset light=資産を持たない)」によっ

て,総資産利益率(ROA=rate of return on

asset)を高めることができ,株価の上昇に役だて

ることができたのである.

 経営者や働く人に対しては,徹底した成果主義

にもとずいた業績評価を行うとともに,成果を上

げた者にはストックオプション(自社株購入権)

を賦与し,企業の短期的な業績を上げるのに拍車

をかけることになったのである.特に,経営者な

どはストックオプションによって高額の富を手に

することができた.しかし,企業の長期的な仕組

みの構築や R&D への対応といった戦略的な取り

組みが軽視され,全社あげて当面の株価の変動に

一喜一憂する短期的な企業利益の追求に奔走する

ことになったのである.

 アメリカのワールドコムも 1983 年に設立され

た小さな通信会社を前身とした企業であった.同

社は 1980 年代に実施された AT&T の地域通信部

門の分離・分割とそれに伴う通信事業の規制緩和

を背景にして急成長し,世界第2位の情報通信会

社にのし上がったのである.

 ワールドコムの経営の基本方針は,「株高を維

持すること」であり,その株高を背景にして資金

を調達し,次々に多くの企業を買収し企業規模を

拡大していった.買収した企業は 75 社にも及んだ

という.そのために負債を増加させ, 高のとき

は 400 億ドルを超えていたといわれている.1999

年夏には同社の株価は一株 64 ドルもしていたが,

粉飾決算が発覚した 2002 年6月には1ドルを割

り込んだ.

 このように,株価が順調に高値で推移している

間は,こうした「株主価値経営」は企業にとって

も経営者にとっても申し分のない「魔法の杖」で

あったのである.

(2)「株主価値経営」の本性

 そこで,好調な株価に支えられたアメリカ経済

にあって,多くの企業が株主の利益を重視した「株

主価値経営」を推進してきた.「経営の神様」と

言われていたジャック・ウェルチが会長だったア

メリカの GE も,「株価をつり上げるために本業

から事業を切り離して売却し,他の会社の合併,

買収をさかんに行い,巨額の資金を自社株の買い

戻しにあてる一方,研究開発費は大幅に削られた.

その結果,GE はもはや電機メーカーというより

金融サービス会社といったほうがよいような会社

になっている」のである.

(注)「株主資本主義の誤謬」アラン・ケネディ著,ダイ

ヤモンド社,2002 年.

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 しかし,そうした株高に支えられた「株主価値

経営」も,右肩上がりの企業業績を維持すること

が難しくなると,その本性が顕在化すことになっ

たのである.この株主重視の経営は株価重視の経

営であり,会社の将来のことよりは今日の株価が

重視することになる.その結果,エンロンやワー

ルドコムは株主価値を重視する経営を推進するた

めに,株高を維持する必要性から収益が減少した

り,損失が発生したりすると,会計制度を悪用し

て収益を「かさ上げ」し,「見せかけの収益」を

計上することになったのである.エンロンはその

方法の一つとして,損失を隠すためにペーパーカ

ンパニーを設立し,損失をそのペーパーカンパ

ニーに移し替え(飛ばし),それに見合うエンロ

ンの株式を売却させて補填してきた.

 アメリカの企業は,取締役なかでも社外取締役

は大所高所から経営者をチェックし,さらに,企

業は SEC(アメリカ証券取引委員会)の指導や監

査法人の厳正な監査もあって,経営内容が適正に

開示されているものと信じられてきた.しかし,

そうした企業が利益を計上するどころか損失が発

生すると,会計監査法人を巻き込んで不正会計操

作を行い,見せ掛けの利益を計上することになっ

たのである.そうした事実が発覚するに及んで,

エンロンの会計監査業務を担当していた会計監査

法人の名門・アンダーセンはエンロンの関連文書

を大量に破棄し,有罪判決を受けた.その結果,

上場企業の監査資格を喪失し,2002 年8月末日を

もって,90 年にも及ぶ会計監査業務に終止符を打

つことになった.果たして,ワールドコムの会計

監査法人もアンダーセンだったことは,偶然の一

致だったといってよいのだろうか.

(3)短期的な企業利益を志向する

「株主価値経営」

 そもそも,株主重視の経営は,機関投資家の株

主構成に占める比率が高くなるにつれ,短期利益

を重視する機関投資家の圧力が経営者をして株価

重視の経営に走らせたといってよい.したがって,

「株主価値経営」なるものは,長期的な観点から

本業を中心にして,地道に経営内容を向上させて

いくことよりは,当面の株価を念頭に置いた「明

日の経営より今日の株価」が重視されることに

なったのである.こうした株高に支えられて安易

に巨額の資金を調達し,その資金を使ってM&A

などによって事業を拡大する.業績の悪い部門は

容赦なく売却する.経営陣は賦与されたストッ

ク・オプション(自社株購入権)によって,自ら

の蓄財を助けるという「魔法の杖」だったのであ

る.

 こうした企業にあっては,企業の長期利益より

は当面の利益を重視し,当面の利益を確保するた

めには,長年にわたってご愛顧いただいた顧客や

親しい取引先も軽視し,必要に応じてその関係を

絶ち,従業員も安易にレイオフする.さらに,将

来の事業運営に必要な R&D(研究開発)のため

の費用も削減し,企業にとって必要な事業は安易

に M&A(企業の合併・買収)によって手に入れ

る.しかし,「魔法の杖」も高株価を維持できな

くなると神通力を失い,会計監査法人を巻き込ん

だ不正会計操作をして,見せかけの利益を計上し

てまで株価の維持に努めようとした.結局は担当

会計監査法人ともども破綻することになったので

ある.

(4)「企業関係者経営」のすすめ

 ところで,初期の株式会社にあっては,大株主

が自ら株主経営者として自らの蓄財のために企業

を経営した.企業の所有と経営が分離し経営者支

配の時代になると,経営者は会社の内部留保を増

加させるために努力した.しかし,エンロンやワー

ルドコムの事例からも分かるように,資本の論理

に立脚した株主価値経営の時代になると,株主の

利益を 大にするといいながら,経営者は自らの

蓄財にも余念がないのである.

 ところで,株主は企業にとって大事な企業関係

者の一つではあるが,企業活動は企業を支える他

の多くの関係者の積極的な参画なくしては,活発

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に事業を展開することができない.企業は長く存

続して時代の要請に応える財を提供して,多くの

企業関係者の利益(満足)に貢献していく必要が

ある.したがって,株主の利益を 大にするとい

う株主価値経営の呪文から開放されなければなら

ない.

 そのためには,全ての企業関係者が社会におけ

る企業本来の役割を正しく認識し,企業は全ての

企業関係者に企業活動に参画してもらい,社会の

公器として人々の生活に必要な消費財や企業・組

織の生産に必要な生産財を提供して,多くの企業

関係者の満足を得ることである.その結果として,

企業は存続に必要な利益を上げさせてもらえるよ

うにしなければならないのである.もっとも,そ

の場合の企業利益は着実に R&D など企業存続に

必要な諸施策を講じたうえで,適正な額を確保さ

せてもらうことである.

 こうした企業経営のやり方を「企業関係者経営」

ということができる.この企業関係者経営にあっ

ては,経営者のリーダ・シップによって,全ての

企業関係者の参画によって適正に運営されること

になるのである.

(5)商家の家訓・家憲にみる利益に対する

考え方

 アメリカにおける「株主価値経営」の実態を知

るにつけ,わが国における江戸時代の商家の家

訓・家憲から企業利益に対する考え方を見てみる

と興味深いものがある.

*先義後利 -大文字屋 下村彦右衛門

 (義を先にして利を後にする者は栄える.利

を先にして義を後にする者は辱めらる.栄ゆ

る者は常に通じ,辱めらるるものは常に窮す.

-荀子「栄辱篇」)

*利は余沢 -近江商人

*売りて悦び,買いて悦ぶ -三井殊法

*額に汗して得たるものに非ざれば真の財産な

らず.須らく投機事業と会社事業を排斥せよ.

-本間家 家訓

*苟も浮利に趨り軽進すべからず

-住友家 家則

*徳義は本なり財は末なり本末を忘るる勿れ

 損をせざるを以て大いなる儲けと知る可し

-茂木家 家憲

*商人は直に利を取るに由って立つ,利を取る

は商人の正直なり,利を取らざるは商人の道

にあらず,我が身を養わるる売先を疎末にせ

ずして真実にすれば,十が八つは,売先の心

に合う者なり.売先の心に合ふように商売に

情を入れ勤めれば,渡世に何んぞ案ずること

有るべき,且第一に倹約を守り,これまで一

貫目の入用を七百目にて賄ひ是迄一貫目有り

し利を九百目あるようにすべし.売高拾貫目

の内にて利銀百目減少し,九百目取らんと思

へば,売物が高直なりと尤めらるる気遣ひな

し.無きゆへに心易し. -石田梅岩

(6)商家の家訓に学ぶ企業の利益概念

 前項に示した商家の家訓・家憲などから,わが

国における商家の企業利益に対する考え方を纏め

てみると,次のように集約することができる.

①企業の利益は商活動の結果に対する報酬であ

る.

 社会における企業の役割は,事業を通して人々

のお役に立ち,人々に喜んでもらうことであって,

その結果に対する報酬として,事業を存続するの

に必要な利益を享受することができるのである.

「先義後利」という下村彦右衛門の言葉や「徳義

は本なり財は末なり本末を忘るる勿れ」という茂

木家の家憲が,企業利益の意味を端的に表わして

いる.

②本業からの利益が企業活動本来の利益であ

る.

 したがって,企業は本業を中心にして事業を展

開し,そこから得られた利益こそが企業本来の利

益であって,「手段を選ばず,浮利に趨った投機

的な事業」によって得た利益は,企業本来の利益

ではない.企業が手段・方法を選ばずに獲得した

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江戸時代の商家の家訓に学ぶ現代の企業経営

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利益は一時的には相当の利益を上げたとしても,

企業が長く存続して人々のお役に立ち,長期にわ

たって利益を上げさせてもらうことは難しい.

 バブル経済期に多くの企業・組織が安易に財テ

クなどで利益を上げようとして,財務面で大きな

傷跡を残したばかりか,長期戦略に立脚したR&D

などが疎かにされ,その後の事業展開に禍根を残

したことを謙虚に反省する必要がある.こうした

観点から,「額に汗して得たるものに非ざれば真

の財産ならず」(本間家の家訓)や「一時の機に

投じ,目前の利に趨り,危険の行為あるべからず」

(住友家の家則)といった家訓の現代的意味を再

認識すべきである.

③企業の利益は企業関係者の協働によって産み

出される.

 企業は多くの関係者の参画によって活動が展開

されている.したがって,能力主義や成果主義が

喧伝される現代にあっても,企業の利益はそうし

た多くの企業関係者の協働によって産み出される

ことを忘れてはならない.企業の利益は,企業活

動に参画する多くの人々の集合体から得られる算

術的な成果の合計額ではない.個性のある創造的

な人材の有機的な集合体の企業活動から得られる

総合的な成果が企業の利益なのである.

 近江商人の「利は余沢」という言葉は,「利益

は先人の残した恵み」といった意味である.した

がって,この言葉を広く解釈すれば,先人を含め

た多くの企業関係者の協働によって産み出された

恵みが「企業の利益」だということができる.2002

年ノーベル賞を受賞した田中耕一さんの,「私の

受賞は一人の天才や優秀な人物によって成し遂げ

られたのではありません.四人の同僚がいなけれ

ば実現しませんでした.チームワークの勝利で

す.」という受賞記念講演での言葉を正しく理解

して,企業活動において企業関係者が協働するこ

との重要性を認識する必要がある.

④自他の利益を図るべし

 企業の利益は多くの企業関係者の協働によって

産み出されるものであるから,企業の利益は株主

や出資者あるいは経営者といった特定の関係者だ

けのものではない.顧客や他の多くの企業関係者

の利益でもある.したがって,こうした多くの企

業関係者の利益(満足)にも配慮するようにしな

ければならないのである.

 江戸時代の商家は自分の利益だけでなく,「自

他の利益を図るべし」をモットーに,多くの企業

関係者の利益にも配慮しながら,商活動を推進し

てきたのである.

*三方よし-売りてよし,買いよし,世間よし

-近江商人

*損をせざるを以て大いなる儲けと知る可し

-茂木家 家憲

*自他の利益を図るべし

-たかしまや 四つの綱領

*売りて悦び,買いて悦ぶ-越後屋 三井殊法

*自ら儲く可き金の三分は人に儲けさせよ

-土倉家 家憲

*真の商人は先も立ち,我も立つことを思ふな

り -石田梅岩

⑤企業は継続して活動するために利益を確保す

る必要がある.

 石田梅岩が「商人は直に利を取るに由って立つ,

利を取るは商人の正直なり,利を取らざるは商人

の道にあらず」と説いたように,如何なる企業も

存続していくためには,適正な利益を確保するこ

とが必要なのである.P・F・ドラッカーは「利益

は,企業にとって,目的ではなく制約条件である」

と説いている.

⑥企業が存続に必要な利益を得るには自助努力

が求められる.

 企業が利益を得るためには,石田梅岩が「第一

に倹約を守り,これまで一貫目の入用を七百目に

て賄ひ是迄一貫目有りし利を九百目あるようにす

べし.売高拾貫目の内にて利銀百目減少し,九百

目取らんと思へば,売物が高直なりと尤めらるる

気遣ひなし.」と教えている.企業関係者は協働し

て顧客本位の商活動を推進し,創意工夫して顧客

の満足を得られる商品・サービスを提供し,合理

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化によって経費を節減するなど,自助努力によっ

て適正な利益を上げるための努力を怠らないこと

である.

(7)企業が存続するための必要利益

 P・F・ドラッカーが,「利益は,企業や企業活

動にとって,目的ではなく制約条件である.利益

は経済活動に伴うリスクを補填し,損失を回避す

るために必要である.」と説いているように,企

業が社会の要請に応えて企業活動を持続していく

ためには,「制約条件」として「利益」が必要と

なるのである.企業は継続して赤字決算では経営

活動を存続させていくことはできない.したがっ

て,企業利益は企業活動の目的ではなく,企業が

存続して社会の要請に応えていくための「制約条

件」なのである.

 江戸時代には,「商人と屏風はまっすぐ立たな

い」とか,「商人と屏風は曲がっているから立つ」

と,商人は商活動から口銭や手数料をかすめとる

輩として軽蔑され,商人の地位は低かった.そん

な時代に,石田梅岩は「社会における商活動」の

重要性と「商活動において利益を得ること」の正

当性を説いて,「商人哲学」を確立した.しかし,

住友家の家則では,「苟も浮利に趨り軽進すべか

らず」として,手段方法を選ばないで利益獲得に

奔走することを戒めている.平成バブル期に多く

の企業が,企業本来の役割を疎かにして,財テク

や企業の能力を超える過大投資などによって多く

の利益を上げようとし,その後の経営に悪い影響

を及ぼしたことを忘れてはならない.

 本間家の家訓には,「額に汗して得たるものに

非ざれば真の財産ならず」と謳われている.科学

技術が進歩し,人々の生活様式も近代化された現

代にあっても,この言葉の意味は重要である.「企

業は核になる事業を中心にして,創意工夫し,人々

のお役に立つ商品を提供して顧客の満足を得る.

その結果,得ることができた利益こそが本当の利

益である」と解すればよい.そうだとすれば,古

今東西変わることのない真理を説いた名言といえ

る.「株主価値経営」を論じている暇があったら,

この言葉の意味を正しく理解して企業利益本来の

役割について深く考えてみることである.

(8)短期的な利益の追求から長期的な

利益の追求へ

 江戸時代にも「投機的・一発勝負型」の商人た

ちが事業者本位の商活動を展開し,短期的な利益

を追求して巨万の富を手中にしたが,元禄バブル

経済の崩壊とともに没落していった.その後に台

頭した商人たちは,そうした状況から学んで,「顧

客本位」を基本とした商活動を展開し「長期的な

利益」を重視するようになったのである.

 株主価値経営を推進する現代の企業も,従業員

のリストラ,サプライヤーの切り捨て,将来の事

業のための R&D の削減,さらに徹底した商品の

絞り込みなどして,短期的な利益を追求しようと

する.社会の公器としての企業は安易に短期的な

利益を追求してはならない.社会における企業本

来の役割を果していくためには,長期的な利益を

追求することを重視しなければならないのであ

る.

 したがって,企業は株主や出資者それに経営者

の利益のみに照準を合わせて経営活動を展開する

のではなく,長く存続して多くの企業関係者の利

益に貢献するように努めなければならないのであ

る.近江商人の「三方よし-売りてよし,買いて

よし,世間よし」という行動規範や下村彦右衛門

の「先義後利」という店是がそのことを的確に示

しているといってよい.

Ⅵ 江戸時代の商活動のモットーと現代の経営

(1)勤勉・始末(倹約)・正直・堅実

-近江商人の行動規範

 そこで,企業は本業を中心とした商活動を通し

て,顧客をはじめ多くの企業関係者の満足を得て,

企業を存続させるのに必要な利益を上げさせても

らう.そのためには,企業関係者が継続して創意

工夫を重ねていくことが必要なのである.

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江戸時代の商家の家訓に学ぶ現代の企業経営

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 井原西鶴は,商人が守るべき行動規範として,

「朝起き・家職・夜詰め・始末・達者」の5項目

を上げている.

*朝起きとは,早起きして仕事や勉学に励むこ

とである.

*家職とは,本業に精進することで,財テクな

ど本業以外の分野に精力を分散しないことで

ある.

*夜詰めとは,夜遅くまで仕事に取り組み創意

工夫を怠らないことである.

*始末は倹約ともいい,商活動を継続していく

ために,工夫して必要な資金を捻出すること

で,ケチとは基本的に異なる概念である.

*達者とは,企業関係者が健康で仕事に精進す

ることである.

 こうした考え方は言葉こそ古いが,今も何ら変

わることがない経営に対する基本原則だといって

よい.

 近江商人も「勤勉・始末(倹約)・正直・堅実」

を共通の行動規範として,商活動に取り組んでき

た.勤勉は先の朝起き・夜詰めにも共通する考え

方であり,始末はすでに説明した通りである.近

江商人は,遠隔の他藩での厳しい行商体験を通し

て,正直・堅実をモットーにして商活動を行なう

ことの重要性を身をもって体得していたのであ

る.

 商家の家訓にみる行動規範

*勤倹家を興し驕奢身を減らす深く省ざる可か

らず -伊藤松坂屋 家訓

*勤倹の二字は祖先以来の厳訓なり.

-本間家 家訓

*堅く奢侈を禁じ,厳しく節倹を行なうべし

-三井家 家憲

*常に勤倹の美徳を守り怠慢驕奢の悪風を避け

よ -堀切家 家憲

 ところで,企業経営に関してみだりに横文字を

使用して,そうした言葉で示される経営手法こそ

が,あたかも世界における 先端の経営手法であ

るかのように吹聴することは好ましい傾向ではな

い.言葉の新旧に係らず,その考え方や手法が現

代の企業経営にどれだけ役立つかどうかが重要な

のである.

 そうした観点からすれば,上に示した家訓・家

憲に謳われた言葉は現代の語感には合わないもの

もあるが,その意味するところは,古今東西変わ

ることのない企業経営に関する基本な行動規範を

示している.企業は多くの企業関係者が協働して

創意工夫を重ね必要な革新を図り,顧客の要望に

沿った商品を提供し,原価の低減・経費の節減に

努め,必要利益を確保して,明日に備えなければ

ならないことを示しているのである.

(2)始末・算用・才覚・信用-江戸時代の

商人の経営原則

 江戸時代には前項のような考え方で商活動を展

開してきた商家が多いが,後に江戸時代の商人に

共通の経営原則として「始末・算用・才覚・信用」

の4つにまとめられたといわれている.商活動を

推進していくためには,いかなる企業・組織も採

算性を無視しては存続することはできない.算用

とは,商活動に関して適正な経理計算を行ない,

商活動における採算を確保することである.

 しかし,商活動は本業を中心にして,企業で働

く人がただ力を合わせて努力するだけでは効果的

な成果を上げることはできない.才覚が必要とな

る.才覚というと「ことに当って則座に対応処置

をとることのできる能力」と理解する人が多いが,

才覚を「知恵や知恵の基盤となる知識や見識ある

いはイノベーションを引き出す能力」,すなわち

「時代の要請に応じた事業を展開することのでき

る能力」という意味に理解するとよい.企業が経

営環境の激しい変化に対処して,創造性を発揮し,

時代の要請に応えていくためには,企業関係者そ

れぞれにこうした才覚が求められるのである.

 企業が経営活動を存続させていくためには,信

用は欠かすことのできない要件である.企業や組

織に不祥事が発覚したり,時代の要請に沿った商

品・サービスを提供することができなかったりし

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たのでは,当該企業・組織の信用を失墜させ,そ

の後の経営活動を継続させていくことが難しい.

(3)東京ディズニーランドの運営における

4つのキーワード

 ところで,東京ディズニーランドでは,ゲスト

(お客さま)に 高のエクスペリエンス(素晴ら

しい体験)を提供して,ゲストの満足を得るため

の要素は,次の4つだという.

*SAFTY(安全性)

*COURTESY(礼儀正しさ)

*SHOW(ショー)

*EFFICIENCY(効率)

 これら4つの要素の内容は次のように説明され

ている.

*SAFTY(安全性)-技術的に施設の安全性

が保証されていることは勿論のこと,全ての

キャスト(働く人)はゲスト(お客さま)の

安全に気を配る.

*COURTESY(礼儀正しさ)-ゲストに礼儀

正しく,丁寧に対応することは,キャストの

基本的な心構えである.

*SHOW(ショー)-ゲストは素晴らしい

ショーを期待してディズニーランドを訪れ

る.その期待に応えるためには,ショーはディ

ズニーランドが顧客に提供する中心的なサー

ビスである.他の業種にあっては,この

「ショー」を自社が顧客に提供する商品・サー

ビスと置き換えてみればよい.

*EFFICIENCY(効率)-事業を運営していく

ためには,採算性を軽視することはできない.

そこで,業務効率を向上させることは必須要

件である.

 しかし, も注目すべきことは,「これらの要

素の順序を絶対に崩さないよう徹底している」こ

とである.したがって,「安全性」や「礼儀正し

さ」を軽視して,「ショー」や「効率」を追求し

てはならないことになっている.昨今,企業・組

織にあって利益を追求するあまり,多くの不祥事

が跡を絶たない.どの企業・組織も経営活動を展

開するに当って,東京ディズニーランドの事業運

営のやり方に学ぶべきことは多い.

(注)「東京ディズニーランド驚異の経営マッジク」

小宮和行講談社,1989 年.

(4)競争と秩序ある企業行動

 「市場原理」を基本にして活動を展開する企業

経営においては競争が礼讃され,競争こそが社会

の発展の基盤であると喧伝されている.しかし,

茂木家の家憲に「競争は進歩の主因たるべきも極

端にして悖理なる競争は避けよ」と謳われている.

企業・組織の運営にとって,適正な競争は有用な

ものであるが,手段・方法を選ばないで道理に背

くような極端な競争は,決して健全な企業活動を

展開することにはならない.

 企業・組織は生き残るために手段・方法を選ば

ないで利益を上げようとして,企業は「勝てば官

軍」とばかりに,社会規範や法を犯してまで過酷

な競争を展開しようとする.そこには弱肉強食の

世界が出現し「強者生存,弱者敗退」という結果

をもたらす. 近の企業・組織の不祥事の多くも

こうした企業行動に対する考え方に起因している

といってよい.こうした企業行動は社会を混乱さ

せ,正常な社会の発展を阻害することになる.

 社会にはいろいろな企業・組織がある.したがっ

て,企業経営を何の制限もなく自由に競争させる

というただ一つの基準にしたがって,あとは市場

原理に任せてあらゆる企業・組織の良否を判定す

るというやり方は決して 良の策ではない.競争

もそういった観点から見直し,道理に反するよう

な競争は排除して,健全で秩序ある競争が行われ

るような社会システムや社会慣行を確立する必要

がある.したがって,企業・組織は「よい企業市

民」として,こうした「秩序ある企業行動」が求

められているのである.

(5)人は財を消費するためにこそ生産する

 「改革なくして成長なし」という言葉が喧伝さ

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れているが,この言葉は「改革すればわが国は再

び成長軌道に乗る」という響きを持っている.し

かし,厚生労働省によれば,わが国の人口も 2006

年をピークにして減少に転じると予測されてい

る.生産年齢人口(15 歳~60 歳)はすでに 1997

年をピークにして減り続けている.したがって,

高度経済成長期の再来を期待することは幻想に過

ぎないといってよい.

 勿論,海外取引や国際投資も重要な役割を担っ

ているし,さらに付加価値の高い商品の登場を期

待することができることもあって,一概にわが国

の人口の推移だけで今後の経済規模を論じること

はできない.しかし,こんな時にこそ「財の消費

は生産全体の究極の目的であり,人は財を消費す

るためにこそ生産する」という経済の原点に帰っ

て,人間のための企業経営のあり方について考え

直してみる必要がある.したがって,企業は「市

場原理主義」に立脚したアメリカ流の量的拡大を

追求する企業経営から脱却して,自然や社会のな

かで生かされている私たち人間の生活に役立つた

めの企業経営を構築するように努めることであ

る.そのためには,人材の育成に力を注ぎ,地球

環境の保全と心豊かな人間生活の構築に貢献する

企業として存続していかなければならないのであ

る.

Ⅶ むすび

 アメリカを中心にした「資本の論理」が企業経

営における唯一・無二の行動基準だと主張する論

者がいる.しかしながら,エンロンやワールドコ

ムの破綻を見るまでまなく,株主価値の 大化を

実現することが企業経営の使命であると主張する

「株主価値経営」は,21 世紀の企業経営を主導す

る基本原理ではないといってよい.

 そこで,企業・組織は社会における企業・組織

本来の役割が何であるかを,もう一度静かに考え

てみる必要がある.そうした観点から,江戸時代

の商家の家訓や家憲に示された,私たちの先達の

「高い志」と企業本来の役割に対する考え方に学

ぶことである.今日のような混沌とした時代にお

ける企業行動のあり方について考えてみることが

求められているのである.企業・組織は右肩上が

りの経済成長の再来を夢見るのではなく,地球環

境や社会環境の保護に配慮しながら,着実に生活

者の心豊かな生活の実現に貢献するための企業活

動を展開していくことである.したがって,社会

における企業・組織本来の役割は,利益を上げる

ことではなく,本業を通して人々の生活や企業・

組織の事業に貢献することである.そのための制

約条件として,存続に必要な利益を上げさせても

らわなければならないのである.

 私たちは,めまぐるしく変化する現象に惑わさ

れることなく,企業・組織が社会における企業・

組織本来の役割を果たしていくために,短期的な

視点で株主価値を高めることに汲々としないで,

中長期的・総合的な視野から,多くの企業関係者

の満足を得ることのできる企業経営のあり方を模

索していくことである.

 わが国の企業は従来の「人本主義経営」に偏す

ることなく,「株主価値経営」を排して,全ての

企業関係者の利益に貢献する「企業関係者経営」

を基本にして,健全な経営者のリーダシップのも

とで企業経営を推進することである.そうだとす

れば,企業利益に対する概念も「株主価値」を高

めることに汲々とする企業の短期的な利益概念か

ら脱却して,もっと長期的な観点から多くの企業

関係者の満足を得るための利益概念が求められる

ことになるのである.

 財の消費は生産全体の究極の目的であり,人は

財を消費するためにこそ生産するのである.した

がって,社会における企業・組織の役割は,人々

の生活に必要な消費財を生活者に,消費財を生産

する企業・組織に事業に必要な生産財を提供して,

多くの人に満足してもらうことであることを再認

識しなければならないのである.

(M&M 戦略研究所常務理事)

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茂木正雄「江戸商人の経営哲学」 にっかん書房 1994年小倉栄一郎「近江商人の経営管理」 中央経済社,1991

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東谷暁,「アメリカ経営の罠-株価至上主義の崩壊」 日刊工業新聞社,2002 年.大島春行・矢島敦視,「アメリカがおかしくなっている」

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