水草の優占種によるため池の環境診断 ·...

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- ため池の自然 No.7(1988)

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Page 1: 水草の優占種によるため池の環境診断 · 水草の優占種によるため池の環境診断 一兵庫県東播磨地方の場合ー 角野康郎 (神戸大学教養部)

水草の優占種によるため池の環境診断一兵庫県東播磨地方の場合ー

角野康郎 (神戸大学教養部)

陸水の汚染ゃ富栄養化の指標として、プランクトン、付着藻類、底生動物を用いる方法は、我が

国でもかなり検討が進んでいる。水草を指標生物として利用する可能性についても浜島ら (1977)

によって検討されているが、日本の陸水に広く適用できるか否か、追試されていないのが実情であ

る。水草には幅広い水質に生育できる広適応種が多いため、指標生物としての有効性にも問題は残

る(国井• 生嶋、 1979) 。

生物を環境指標として利用するとき注意しなければならないのは、生物はその種の生育に必ずし

も適しない環境に、何らかの事情で一時的にせよ出現することがあるという事実である。特定の種

の有無だけに着目すると、このような場合、誤った環境診断に結びつく恐れがある。このような事

態を避けるため、少数の指標種を絶対視するのではなく、複数の種のグループあるいは群集の種組

成に基づいて環境診断を行う方法が付着藻類や水生昆虫で試みられている。しかし、この方法は、

ため池の水草群落のように構成種が少ない場合、その適用に限界がある。

そこで水草を指標生物とする場合、群集組成を解析するには及ばない、むしろ、どのような種が

優占しているか(多産するか)ということで簡単に環境の診断を行えないだろうか。ある種が優占

しているということは、少なくともその種にとってはそこが好ましい環境にあるということで、耐

性の限界でほそぽそと生育している状態ではないと考えられ、特定種の有無よりも、その水域の環

境をよ<反映している。このような考えに基づき、水草の優占種はその環境とどの程度相関してい

るものか検討してみた。

私は、先に兵庫県東播磨地方のため池の水草群落を優占種によって類型化した (Kadono, 1987) 。

その結果、 21 タイプの群落を認めたがこれらがどのような環境のため池に成立しているかが明らか

になれば、逆に水草の優占種に着目した環境診断が可能になる。水草群落の成立に影蓉を与えるた

め池の環境としては、水質、沿岸の地形、水深、水位変動の大きさ、池の管理方式などさまざまな

要因があるが、ここでは試みに水質の一項目として電気伝導度をとりあげてみよう。

図 1 には各群落型の記録されたため池の電気伝導度 (25℃換算値)の平均値と標準偏差を示す。

なお Kadono (1987) ではヒシ属の優占する群落を 4 亜型に分けたが、ここではひとっにまとめて

ある。また観察例の少ない群落型は一部省略してある。

はじめにも述べたように水草には水質に関しては広適応種が多く、優占種をとりあげてもこの事

情はさほど変わらない。それぞれの群落型の成立する電気伝導度の範囲はかなり広い場合が多い。

それでも次のようないくつかの事実を指摘することができる。

最も電気伝導度の低いため池に成立が限られていたのはタチモ型の群落である。あまり他の水草

の生育し得ないような山間の水のきれいな池に本種を優占種にした群落が認められた。ヒッジグサ、

フトヒルムシロ、ジュンサイ、ヒメコウホネの優占するため池の電気伝導度も小さな値を示す所が

多い。腐植栄養~貧栄養の環境を反映しているのだろう。

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ため池の自然 No.7(1988)

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さらに電気伝導度が高く、中栄養の様子を呈するため池になるとガガプタ、ヒルムシロ、ヒシ属

などが優占する群落が多くなる。しかし、これらの種は広適応種で、特にヒシ属はかなり富栄養化

の進んだ池まで優占する。ガガブタとヒルムシロは、著しく富栄養化が進むと衰退するようなので、

その優占と衰退は富栄養化進行の程度を示すかもしれない。ハスの広がった池になるとさらに電気

伝導度は高く、特にハスーサンショウモ型の池は最も高い平均値を示した。この型の群落は水の動

きの悪さや光のさし込まない環境を反映して、見るからに水が黒く悪臭のするような池が多い。ヒ

シーオニバス型の池も電気伝導度が高く、 トチカガミの共存する池では特にその傾向が著しかった。

本稿の目的は、ため池における水草の優占種が、環境要因とどの程度対応しているかを例証する

ことにあったので、手軽に測定でき、かつ調査日の天候にもあまり左右されない電気伝導度をとり

あげた。兵庫県東幡磨地方では、その値と富栄養化のレペルが相関することを確かめているが、電

気伝導度はさまざまな因子に影蓉を受け富栄養化の程度を表わしているとは限らない。何を知りた

いのか、その目的に応じて、他の環境要因についても調べる必要がある。そうすれば群落型の成立

する環境はどのような所か、もう少しきめ細かく見てゆける。ただし、その診断は今のところかな

りラフなものにとどまらざるを得ないだろう。

生物指標の方法は、そこに生きている生物を見ることで何かがわかるということに意味がある。

手の込んだ調査をすれば、そこから得られる情報は確かに多いだろう。しかし、水草の優占種をあ

るため池で、あるいはある地域のため池群で調べるということだけからでも、そのため池(群)の

環境について、かなりのことを知ることができるのではないか。私は、指標生物としての水草の有

効性に過大な期待を抱いてはいないが、水草を見ることによって何がわかるのか、具体的な資料で

裏付けておくことが必要だと考えている。

3_

1 l-0-! 2 t--0-I

11 12

13-

1. タチモ型, 2. ヒッジグサーフトヒルムシ

ロ型, 3. ジュンサイーヒッジグサ型, 4. ジ

ュンサイ型, 5. ヒッジグサ型, 6. ヒメコウ

ホネ型, 7. ジュンサイーガガブタ型, 8. ホ

ソバミズヒキモ型, 9. ガガブタ型, 10. ヒ

ルムシロ型, 11. ヒシーガガブタ型, 12. コ

カナダモ型, 13. ヒシ型, 14. ハスーヒシ型,

15. ホテイアオイ型, 16. サンショウモ型,

17. ハス型, 18. ヒシーオニバス型, 19. ハ

スーサンショウモ型

14

15

1_6_

17

ill.

0 100 200

電気伝導度 (µs/cm)

図 1. ため池の水草群落型と電気伝導度(平均僅と標準偏差)

一 6 -

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