人類の知の手段 ねむる 古代人は毎晩 神秘の世界を 彷徨っていた … ·...
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人類の知の手段ねむる特集
Challenge 2017 Vol. 02
勤勉な者も怠惰な者も人生の半分は大差なしといえよう。なぜなら人生の半分は眠っているからだ。Aristotelesアリストテレス
「ねむる」という人間の本能からどんどん乖離していく現代人……。
睡眠への科学的アプローチの進化が期待される。
古代において睡眠は限りなく「死」に近い存在だった。
19世紀のイギリス人画家、エドワード・バーン=ジョーンズが描いた耽美な「ねむり」の世界には、それを彷彿とさせるものがある。睡眠研究の歴史はまだ浅く、本格的に進むのは20世紀からだが、
今や「いかに快適にねむるか」は健康維持に欠かせないテーマとなった。
人類の知の手段
ねむる特集
Dublin City Gallery The Hugh Lane
人間はなぜ「ねむる」のか̶̶。この問いに対する答は明解で、ねむることは「本能」であり、体の機能の修復に欠かせないものだからである。人間が生きるために大切なねむり……。しかし、古代において睡眠は「生」よりもむしろ「死」に近く、「仮死状態」とみなすのが一般的だった。ギリシア神話に登場する眠りの神ヒュプノスが、「夢」を意味するオネイロスのほか、タナトスやモロスなどの「死」を意味する神々と兄弟とさ
れていたこともこれに通じる。睡眠時には霊魂が肉体から離脱して、現世や天上を彷
さまよ
徨う。そのときの経験が夢であり、抜け出した霊魂がそのまま戻らない場合は、死が待ち受けているという解釈だ。
ねむりは万人共通の休息だがその環境はさまざまだった
これに対して古代ギリシアの哲学者アリストテレスは、睡眠を「動物のみに見られる疲労回復のための周期的現象」と、すでに生理学的解釈を展開していた。アリストテレスが残した言葉にもあるように、睡眠は万人に与えられた時間。だが、どのような場所でどんな寝具を用いたかというねむりの「環
ソクラテスやプラトンと並ぶ西洋最大の哲学者。紀元前4世紀にギリシアで活躍し、イスラム哲学、中世スコラ学、近代哲学や論理学にも多大な影響を与えた。
境」には、時代や国、身分の違いによってもかなりの差があり、詳しいことは分かっていない。たとえばベッドの発祥は古代エジプトとされるが、その後の伝播のルートは定かではない。日本でも古代は丸太のベッドのようなものが使われていた形跡があるが、西洋とは敷物なども異なり、奈良時代に畳文化が誕生すると、平安時代には何枚もの畳を重ねて寝台とした。ただし、それは公家や貴族に限られ、農民たちはワラにもぐってねむるのが常だったという。その後も、身分の低い者たちのねむりの環境は改善されず、庶民の暮らしに綿布団が普及したのは明治以降のことであった。
左甚五郎作と伝承される栃木県日光東照宮の「ねむり猫」は、徳川家康を守るために待機していると伝えられる一方、「ねむり」は「平和」の象徴で江戸幕府による治世を「猫もねむるほどの平和」と表現したとの説もある。
日光東照宮を飾る建築彫刻の「ねむり猫」は平和の象徴
「ねむる」=「仮死状態」……
古代人は毎晩神秘の世界を彷徨っていたのか
古代エジプトにおける寝台が現在のベッドの原型ではないかといわれ、ヤシの葉を編んだ簡素なものから、黒檀、金、象牙などを使った装飾的なベッドまで見つかっている。写真はツタンカーメンの墓からの発掘されたもので、動物の彫刻が特徴的。
ツタンカーメンなどの王墓からは豪華なベッドが多数発掘