![Page 1: Benedictus Te Deum and Benedictusnagoyashimin.sakura.ne.jp/members/pg/kyokushokai.pdfBenedictus Te Deum and Benedictus Opus34 より エドワード・エルガー作曲 着いた雰囲気で始](https://reader034.vdocuments.mx/reader034/viewer/2022042804/5f5319de87a89510cc184a51/html5/thumbnails/1.jpg)
曲紹介 ■Benedictus Te Deum and Benedictus Opus34 より
エドワード・エルガー作曲
《Benedictus》はオーケストラによるイ短調の短い前奏で始まる。が、すぐに原調のヘ長調に戻り合唱による第
1主題【譜例1】が表れる。この“Blessed be the Lord”「主は祝されよ」と歌う上昇音型のあとに、美しいメロディー
が続いていく。
次に“As He spake by the mouth”「預言者たちの口を通じて」が全パートC音のみで歌われるが、一転してハ
長調で“That we should be saved”「我々は解放されます」が続く【譜例2】。すぐにアルトとテノールによる第1主
題が重なりやがて小さな盛り上がりを見せ落ち着くと、2声のソプラノ合唱で第2主題が歌われる【譜例3】。まる
で天使の対話を想わせる平和と感謝に満ち溢れたこのメロディーは、とりわけ印象的である。
しかし、すぐにニ短調に転じ全合唱で生き生きとした(Animato)第3主題が表れ、それを受けるかのように堂々
とした(Maestoso)雰囲気で“Highest, for thou”「至高の御方、なぜなら」が歌われる【譜例4】。
-8-
注: 三聖歌隊祭は、1715年に端を発し現在にも引き継がれる 300年の歴史と伝統を誇る大合唱祭である。
ウスター、グロスター、ヘレフォードの3都市を順に会場として開催され、1週間に及ぶ祭の期間中、著名な
指揮者やソリストと共に演奏される3つの都市の大聖堂聖歌隊の合唱が最大の見せ場となっている。
300周年目に当たる今年はヘレフォードを会場に、7月 25日から 8月 1日まで盛大に行われた。
《Te Deum and Benedictus》は、エルガーが 40歳の 1897年、同じ年の9月にヘレフォードで催された三聖
歌隊祭の開会式を飾る曲として作曲された。エルガーは5月末には合唱部分とオルガン譜の作曲に取り掛か
り、3週間以内で書き上げている。そして、6月末までに楽譜出版のノヴェル社と契約を結び、翌月中に合唱
譜の校正を行い、オルガン部分をオーケストラ用に書き直し完成させた。そして、この曲は依頼者であるヘレ
フォード大聖堂のオルガニスト、ジョージ・ロバートソン・シンクレアに献呈された。
《Te Deum》は「感謝」を、《Benedictus》は「祝福」を意味する讃歌である。エルガーは祝祭的な気運の高い
一対の曲としてこの曲を作曲しており、共通したメロディーが多い。《Te Deum》は祭りを飾るに相応しく華やか
に始まるが、後半部は対照的にゆったりと静かに終わる。今回取り上げる《Benedictus》は、それを受け落ち
着いた雰囲気で始まるものの、後半は再び祝祭的な雰囲気となり華やかに終わる。いかにも大合唱祭の開
幕に相応しい音楽となっている。
【譜例1】
【譜例2】
【譜例3】
【譜例4】
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やがて、少し落ちついて(Più lento)ソプラノとバスが “To give knowledge”「救いの知らせをもたらして」となだ
めるように歌うが【譜例5】、再び第1主題が重なりこれまで出てきたメロディーが繰り返され小さな盛り上がりを見
せる。静かに落ち着いた雰囲気となり、やがてオーケストラによって回想するかの様に前奏の部分が再現され
小さく盛り上がり、曲はコーダへと導かれていく。
コーダでは、先ずオーケストラが上昇音型を繰り返しながら次第に音量を上げていく(Allegro maestoso)。
続いて全合唱で“Glory”が二度高らかに歌い上げられると、一気に祝祭的な気運が高まり【譜例6】、“As it was
in the beginning,”「神の造られたままに」が堂々と歌われ、それを力強く支えるかのように“Amen”が繰り返され
ていく【譜例7】。これは《Te Deum》前半最後を飾る部分の再現であり、二つのメロディーは声部を入れ替えな
がら曲は最高潮に達していく。
そして、最後に全合唱で力強く“Amen”と神を讚美し、興奮の渦巻く中に壮大に曲が終わる。
■Gloria ジョン・ラター作曲
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【譜例5】
【譜例6】
【譜例7】
《Gloria》は、ラターの作曲活動が充実し始めた 1974 年(29 歳)、米国ネブラスカ州オマハの「メル・オルソン
合唱団」の委嘱により作曲した宗教曲で、同年5月ラター自身の指揮によりオマハにて初演された。
ラテン語の典礼文に基づき、全体は三楽章構成で第1及び第3楽章は輝かしい歓喜に満ちており、中間の
第2楽章は無伴奏合唱も含む清澄で神秘的な世界を表現している。踊り出したくなるような「ノリの良さ」は宗
教曲らしくないと批判的な声もあるが、歌って楽しいリズムは発表後アメリカを中心に各国で大きな支持を得
ている。
作曲者自身、作品について「この典礼文のテキストは、何世紀にもわたり繰り返し多くの作曲家が挑戦して
きた、高尚で信仰深く歓喜に満ちたものである。このテキストに基づきグレゴリオ聖歌を一つのベースとして作
曲した。第1楽章と第3楽章は神への喜びあふれる音色に満ちているが、中間の第2楽章は静寂で、自己に
向かっての祈りの楽章となっている。」と述べている。このように敬虔なクリスチャンでもあるラターが心を込め
て作曲した《Gloria》は、彼の最高傑作のひとつと言える。
なお、彼は当時すでに音楽大学において高い地位を得ていたが、この作品を発表後間もなくその職を辞
し作曲活動に専念することになる。《Gloria》の成功と自信が彼にその選択をさせたのかもしれない。
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Ⅰ.<Allegro vivace 3/4 拍子、快活に生き生きと>
ティンパニの連打とチューバのファンファーレに続き金管のわくわくするような前奏に導かれ、“Gloria in
excelsis Deo”「いと高きところに神の栄光が」と高らかに歌う【譜例1】。
いったん静まり、“Et in terra pax”「地上の善き人々には」が歌われたあと中間部に入り、跳躍的な旋律でソ
プラノとテノール、続いてアルトとバスが神を崇めて歌っていく。そしてアルトとバスの先唱で印象的なリズムと旋
律の“Propter magnam”「あなたの大いなる栄光のゆえに」が始まり、やがて全声部がひとつになる。このあと曲
冒頭の“Gloria in excelsis Deo”が様々に形を変えて終結に向って高揚していき、ファンファーレの後奏で閉じ
られる。
Ⅱ.<Andante 3/4拍子、歩く速さで>
直前の高揚から一変し、天上界を想わせる清澄な高音のパッセージで始まる【譜例2】。そこに合唱がテノー
ル、バス、アルト、ソプラノの順に静かに“Domine Deus”「主なる神よ」と重なっていき、不協和音が独特な雰囲
気を醸し出す。やがて全声部が一つになり “Rex caelestis !”「天の王よ」と讃える。そのあと再び水を打ったよう
な静寂が訪れ無伴奏で“Qui tollis peccata mundi”「世の罪を取り除いて下さる方よ」が歌われる【譜例3】。
そこに教会の窓からさしこむ淡い光のように、ソプラノ独唱と女声の小合唱による “Miserere”「我らに憐れみ
を」が重なる。中世のグレゴリオ聖歌の旋法が駆使され神秘的な情景が描かれる。最後に再び冒頭のパッセー
ジが奏されると、合唱とオーケストラがひとつになり感動的な和音で閉じられ、すぐに次の楽章に移る。
Ⅲ.<Vivace e ritmico 4/4拍子、生き生きと、そしてリズミカルに>
弾むような前奏に続き、3拍子と4拍子が入れ替わるポップなリズムで“Quoniam tu solus Sanctus”「なぜなら
あなただけが聖なる方」が始まる【譜例4】。やがて中間部の短い間奏に導かれ“Cum Sancto Spiritu”「聖霊と共
に」が現れ【譜例5】、さらに“Amen”の連呼も加わり第1のフーガを展開する。
やがてフーガが静まり、短い低音のパッセージが奏されると、5拍子で始まる“Amen”のフーガとなる。それは
拍子を様々に変えながら切迫感を強めていく。
フーガが最高潮となったところで、第1楽章の主題“Gloria…”が再現される。それは徐々にテンポを速めてい
くが、コーダに至ると元の速さ(a tempo)となり荘厳さを増す。トランペットの鳴り響くなか“Amen”を様々に展開し、
最後は一瞬の休止のあとで、“Amen!”と歓喜に満ちて歌いあげ、ファンファーレの後奏で曲を結ぶ。
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【譜例1】
【譜例2】 【譜例3】
【譜例4】
【譜例5】
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■Dona Nobis Pacem レイフ・ヴォーン ウィリアムズ作曲
Ⅰ.(Agnus Dei) 歌詞はミサ典礼の最後の楽章 “Agnus Dei”「神の子羊」に由来する。
ゆっくりと(Lento)美しくも不安に満ちたソプラノ独唱が、オーケストラと合唱を導くように、“Dona nobis pacem”
「我々に平和を与えたまえ」と歌う【譜例1】。ソプラノ独唱と6声の合唱が激しい不協和音で“Dona nobis pacem”
と繰返し懇願するが、最後には、戦争の太鼓がずっと遠くから聞こえてくる。
Ⅱ.(Beat! Beat! Drums! )
南北戦争開戦時、北軍を鼓舞する愛国的な詩として作られた、無慈悲な軍への入隊を呼びかける詩である。
軍隊の太鼓を思わせる打楽器が打ち鳴らされ、ファンファーレのように金管楽器が響き渡る。急き立てるように
“Beat! Beat! Drums!” 「打て!打て!太鼓を!」と合唱が続く【譜例2】。不協和音を伴う様々な曲想で、教会
に集う人々、学者たち、婚礼の2人、農夫など人々の日常の平和な生活を混乱させ、否定し、死者の安らぎす
ら許さない非情さでたたみかけ人々を戦争に駆り立てる。そして、太鼓が静かなリズムを刻んでいく。
Ⅲ.Reconciliation(和解)
和解によって生き残った者が死者に対する弔いと平和を願う詩である。
第2曲目とは対照的に緩やかに(Andantino)歌われ、美しく心をしめつけられるような描写は、戦争と虐殺で亡
くなったすべての死者のための、やさしい子守唄のようである。バリトン独唱が“Word over all beautiful” 「(和
解とは)美しい言葉」と、詩の前半部分を導入し、それを合唱が形を変えてくり返す【譜例3】。
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※ ホイットマン(1819-1892)はアメリカの詩人。超越主義から写実主義への過渡期を代表する一人。しばしば
「自由詩の父」と呼ばれる。19世紀の終り頃イギリスの作曲家達は、ホイットマンの詩に魅了されていた。
ケンブリッジ大学の学生だったヴォーン ウィリアムズは 1892年にホイットマンに紹介されている。
※ ジョン・ブライト(1811‐1889)はイギリスの政治家。反戦活動家としても知られる
《Dona Nobis Pacem》は、1936年にヴォーン ウィリアムズ(当時 64歳)がハダーズフィールド合唱協会の 100
周年を記念し委嘱されて作曲したものである。同年 10月 2日に初演された。
第二次世界大戦への人々の恐怖が増す中、自身の体験をもとに、戦争の虚しさやそれが必ず悲惨さと損
失をもたらすという人類への警告と平和への願いをこめて、彼はこの曲を作曲した。そして、再び戦争へと向
かおうとしていた不安な時代に、この曲は何度も演奏された。
テキストは、Ⅰ.ラテン語の典礼文、Ⅱ〜Ⅳ.ホイットマンによる3つの詩(詩集「草の葉」の中の〈Drum Taps〉
より)、Ⅴ.イギリスの政治家ジョン・ブライトによる反戦を訴えた演説の一節、及び聖書からの引用、Ⅵ.聖書か
らの引用の、6つの章で構成されている。そのうちⅣ.“Dirge For Two Veterans”(二人の戦士のための挽歌)
は、ホイットマンの詩に感銘を受けて、すでに第一次世界大戦前の 1914年に作曲されていたが、出版も演奏
もされなかった。同年親友のホルストもこの詩に曲をつけている。
オーケストラ、合唱、ソプラノとバリトンの独唱により全6章が休むことなく演奏され、主題となる“Dona nobis
pacem”のフレーズが、形を変えて全曲を通し登場してくる。
【譜例1】
【譜例2】
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次にバリトン独唱が詩の後半部分を歌い、合唱が前半の詩を新しい形で展開しながらあとに続く。最後に
ソプラノ独唱が“Dona nobis pacem”を、形を変えて繰り返し祈るように合唱に重ねる。
Ⅳ.Dirge For Two Veterans (二人の戦士のための挽歌)
ここで太鼓が再び現れるが、今度は戦争のためではなく戦争の結果…つまり死と埋葬のために打ち鳴らされ
る。一緒に死んだ父と息子のための葬送の曲が、行進曲風に(Moderato alla marcia)演奏され【譜例4】、オー
ケストラと合唱の荘厳な展開により、聴くものに悲愴な高揚感をもたらす。
母(月として描写されている)は、彼らのために新しく掘られた墓へ向かう悲しい葬列の行進を見守っている。
人生を断ち切られた父と息子、家族を失った母、それぞれの悲しみを表している。しかし、それに続く愛と希望
の一節は、まるで戦場での殺戮さ つ り く
を忘れることができない人々を安心させるかのようである。
Ⅴ.(The Angel of Death has been abroad)
バリトン独唱で始まる【譜例5】。「戦争の災いを免れるすべなど無い」と説く歌詞は、1855 年にイギリスの政治
家ジョン・ブライトがクリミア戦争に反対し、旧約聖書 出エジプト記の『過ぎ越し』に関する一節に言及した議会
での演説から引用されている。
次に転調してソプラノ独唱と合唱が悲痛に“Dona nobis pacem”と歌い、前半の演説部分との場面転換の役
割を果している。そしてテンポを少し速め(Poco animato)合唱のエレミア書からの陰鬱いんうつ
な引用に続く。
Ⅵ.(O man greatly beloved, fear not,)
悲嘆にくれる人々を安心させるかのように、バリトン独唱が「恐れるには及ばない…勇気を出しなさい」と歌う。
合唱とオーケストラが「新しい国 平和な未来」への希望に満ちた主題を展開し【譜例6】、次に力強く『Gloria』
「栄光の讃歌」を歌い上げる。しかし最後には、(Poco più lento)で緩やかに pp で歌うソプラノ独唱の“Dona
nobis pacem”に導かれ、平和の終わりを告げるかのように合唱が低音の ppで加わる。
そして“Dona nobis pacem”の静かなコーダとなるが、ここでは第1章の旋律が再現され、ソプラノ独唱だけが、
闇の中の唯一の希望の光として、余韻を残しながら曲は静かに終わる【譜例7】。
John Brigh
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【譜例3】
【譜例4】
【譜例5】
【譜例6】
【譜例7】
イギリス音楽研究会:S/小川陽子 小木曽訓子 松本美枝子 山田和子 A/鵜飼奈都子 犬飼幸恵 三浦松子 T/村里和哉 B/稲垣邦彦 冨田克俊
注:エレミア書はイスラエルの歴史の中で悲劇的な時代、つまりユダ王国がバビロン捕囚という破局に向かって 進んでいた時代に、預言者エレミアが書いたとされる。