modeling stomatal conductance on leaves of several temperate evergreen broad-leaved trees

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18 日緑工誌 J.Jap.Soc. Reveget.Tech. 20(3),158~167 数種常緑広葉樹における気孔コンダクタンスのモデル化 小 杉 緑 子*・ 小 橋 澄 治**・ 柴 田 昌 三** Modeling Stomatal Conductance on Leaves of Several Temperate Evergreen Broad-leaved Trees KOSUGI,Yoshiko*, KOBASHI,Sumiji**, SHIBATA, Syozo** 大 気-植 物 間 の物 質 交 換 過程 を解 明 す る上 で 重要 なパ ラ メ ー タ とな る気 孔 コン ダ クタ ン ス の モデ ル化 につ い て検 討 した。 気 孔 開閉 につ い て の植物 生 理 学 的知 見 を整理 し,こ れ に もとついて光 ・飽差 ・温度の5つ の環境 変 数 を入 力 とす る気 孔 コ ンダ ク タ ンス モ デル を提 示 し,数 種 常 緑 広 葉樹(ア ラ カ シ ・クス ノ キ ・マ テバ シイ)の 個葉上での気孔コンダクタ ンス を通 年測 定 した観 測 結 果 に この モ デル を適 用 した。植 物 の生 理 的特 性 を表 す モ デ ル 中 のパ ラメ ー タ は非線 形 回帰 分析 に よっ て最 適値 を決 定 した。 入 力 とす る環境 変 数 の数 を変 えて適合 を比較 し,ま た飽差 に つい て はい くつ か の関 数形 の適 合 度 を比 較 した。 次 に,こ の モ デル を年 間 デー タ に適 用 す る際 の諸 問 題 につ いて検 討 し た。 この結 果,年 間 を通 じて 気 孔 コ ンダ ク タ ンス を推 定 す る場 合 に は,葉 の特 性 を表 すパ ラメ ー タが 変 化 す る こ とを考 慮 す る必 要 が あ る こ とが わ か っ た。 1. は じめに 植 物 の光 合成 と蒸 散 過程 を理 解 す る上 で非 常 に重 要 な 点 は,こ の二 つ の異 な る過 程,す なわ ち大気-植 物間の H2OとCO2の 交 換 が,葉 の気孔 という同一の経路 を通 って行 われ る とい う点 で あ る。 数種 常 緑 広葉 樹 の個 葉 上 での年間観測データを用いた本研究の目的の 一つは,大 気-植 物 間 のH2OとCO2の 交換過程,す なわち蒸散・光 合 成過 程 が どの よ うな物 理 的 また生 理 的 特性 に よ って決 定 され る のか を明 らか に し,そ の特 性 が 環境 条 件 で どの よ うに変 動 す るか を明 らか にす る こ とに よっ て,環 境 条 件 か ら光 合 成速 度 お よび蒸 散 速 度 を推 定 で きるモ デ ル を 構 築 す る こ とにあ る。この よ うな観 点 か ら,前報3,9,17,19)に 引 き続 き数 種 温帯 常 緑 広 葉樹(ア ラカシ ・クスノキ ・マ テバ シイ)の 個葉 上 で の蒸 散 速 度 お よび光 合 成速 度 の通 年 測 定 結果 を用 い て,気 孔コンダクタンスのモデル化を 試 みた10)。 2. モ デル の提 示 2.1 気孔コンダクタンスの定義 気 孔 コン ダ クタ ン ス は気孔 に よ る物 質 交 換 過程 の制 御 を量 的 に表 現 した もので,植 物-大 気間の二酸化炭素お よ び水蒸 気(潜 熱)の フ ラ ック ス を説 明 す る際 に用 い ら れ るパ ラ メー タで あ る。 一 般 に完 全 水 面 か らの 潜熱 フ ラ ッ クス は次 のバ ル ク式 で表 され る。 (1) こ こ でlE:潜 熱 フ ラ ッ ク ス(W/m2),ρ:空 気 の 密 度, Cρ:空 気 の 定 圧 比 熱,γ:乾 湿 計 定 数,es(T0):葉 面温度 に お け る飽 和 水蒸 気 圧(mb),e:一 定高での大気の水蒸 キー ワー ド:温 帯常緑 広葉樹,ポ ロメー ター法,気 孔 コ ンダク タンス,非 線形 回帰分 析 Key words: Temperate Evergreen Broad-leaved Trees, Porometric Method, Stomatal Conductance, Non-linear Least squares Technique *京 都 大学 農学部 ,日 本 学術振 興会特 別研究 員 Fac. of Agriculture, Kyoto Univ. JSPS Research Fellow **京 都 大学 農学部 Fac. of Agriculture, Kyoto Univ. ―158―

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18

論 文

日緑工誌J.Jap.Soc.

Reveget.Tech.20(3),158~167

数種常緑広葉樹 における気孔 コンダクタ ンスのモデル化

小杉緑子*・ 小橋澄治**・ 柴 田昌三**

Modeling Stomatal Conductance on Leaves of

Several Temperate Evergreen Broad-leaved Trees

KOSUGI, Yoshiko*, KOBASHI, Sumiji**, SHIBATA, Syozo**

要 旨

大気-植 物間の物質交換過程 を解明する上で重要 なパラメータとなる気孔 コンダクタ ン

スのモデル化 について検討 した。気孔開閉 についての植物生理学的知見 を整理 し,こ れに

もとついて光 ・飽差 ・温度の5つ の環境変数 を入力 とす る気孔 コンダクタンスモデルを提

示 し,数 種常緑広葉樹(ア ラカシ ・クスノキ ・マテバ シイ)の 個葉上 での気孔コンダクタ

ンスを通年測定 した観測結果にこのモデル を適用 した。植物 の生理的特性 を表すモデル中

のパ ラメータは非線形 回帰分析 によって最適値 を決定 した。入力 とする環境変数 の数を変

えて適合 を比較 し,ま た飽差 について はい くつかの関数形 の適合度を比較 した。次 に,こ

のモデル を年間 データに適用する際の諸問題 について検討 した。 この結果,年 間 を通 じて

気孔 コンダクタンスを推定する場合に は,葉 の特性 を表すパ ラメータが変化することを考

慮 する必要があることがわかった。

1.  は じめに

植物 の光合成 と蒸散過程 を理解する上で非常 に重要な

点 は,こ の二つの異な る過程,す なわ ち大気-植 物間の

H2OとCO2の 交換が,葉 の気孔 という同一の経路 を通

って行 われ るという点である。数種常緑広葉樹の個葉上

での年間観測データを用いた本研究 の目的の 一つ は,大

気-植 物間のH2OとCO2の 交換過程,す なわち蒸散・光

合成過程が どのような物理的 また生理的特性 によって決

定 されるのか を明 らか にし,そ の特性が環境条件で どの

ように変動す るかを明 らかにす ることによって,環 境条

件か ら光合成速度 および蒸散速度を推定で きるモデルを

構築す ることにある。この ような観点か ら,前報3,9,17,19)に

引 き続 き数種温帯常緑広葉樹(ア ラカシ ・クスノキ ・マ

テバ シイ)の 個葉上での蒸散速度お よび光合成速度 の通

年測定結果 を用いて,気 孔コンダクタンスのモデル化 を

試 みた10)。

2.  モデルの提示

2.1 気孔 コンダクタンスの定義

気孔 コンダクタンスは気孔 による物質交換過程 の制御

を量的に表現 した もので,植 物-大 気 間の二酸化炭素お

よび水蒸気(潜 熱)の フラックスを説明す る際に用 いら

れるパラメー タである。

一般に完全水面か らの潜熱 フラックスは次のバ ルク式

で表 される。

(1)

ここでlE:潜 熱 フ ラ ック ス(W/m2),ρ:空 気 の密 度,

Cρ:空 気 の定 圧 比熱,γ:乾 湿 計 定 数,es(T0):葉 面 温 度

に お け る飽 和 水蒸 気 圧(mb),e:一 定 高 で の 大気 の水 蒸

キーワー ド:温 帯常緑広葉樹,ポ ロメーター法,気 孔コンダク

タンス,非 線形回帰分析

Key words: Temperate Evergreen Broad-leaved Trees,

Porometric Method, Stomatal Conductance, Non-linear

Least squares Technique

*京 都大学農学部,日 本学術振興会特別研究員

Fac. of Agriculture, Kyoto Univ. JSPS Research Fellow**京 都大学農学部

Fac. of Agriculture, Kyoto Univ.

―158―

19小杉 ・小橋 ・柴田:数 種常緑広葉樹 におけ る気孔 コンダ クタンスのモデル化

気圧(mb),γa:空 気力学的抵抗(s/m)で ある。

これに対 して,植 物の気孔 を介 した蒸散 による潜熱フ

ラックスは次式のように表され る。

(2)

ここで γc:群 落 抵 抗(s/m)で あ る。

(2)式に お け る群落 抵 抗 γc(Canopy Resistance)は 植

生 に よ る抵 抗 を表 して お り,個 葉 レ ベ ル で は気 孔 抵 抗

(Stomatal Resistance)と 呼 ばれ る。気 孔 抵 抗 の逆 数 が

気 孔 コ ンダ ク タ ンス で あ る。 また,個 数 レベ ル で は一 般

に熱 で はな く水 蒸 気 フ ラ ッ クス と し て蒸 散 速 度 を表 す

が,こ の場 合 次 式 が よ く用 い られ てい る。

(3)

こ こで,E:蒸 散 速 度(mol/m2/s),Wi:葉 面 上 で の飽

和水 蒸 気 分 圧(mb/mb),Wa:大 気 の水 蒸 気 分圧(mb/

mb),gbw:水 蒸 気 拡 散 に 関す る葉面 境 界 層 コ ン ダ クタ ン

ス(mol/m2/s),gsw:水 蒸 気 拡 散 に関 す る気 孔 コ ンダ ク

タ ンス(mol/m2/s)で あ る。

さ らに,二 酸化 炭 素 ブラ ックス(純 光 合 成速 度)は 次

式 の よ うに表 す こ とが で きる9)。

(4)

ここで,Ca:大 気CO2濃 度,τ*:暗 呼 吸 を考 えな い場 合

のCO,補 償 点,gbc:CO2拡 散 に関 す る葉面 境 界 層 コ ン

ダ ク タ ンス,gsc:CO2拡 散 に 関 す る気 孔 コ ン ダ クタ ン

ス,gi:葉 内 コ ンダ ク タ ンスで あ る。

(3)式 のH2O拡 散 に 関 す る気 孔 コ ン ダ ク タ ン スgsc

(mol/m2/s)の 単位 を変 換 して逆 数 を とる と,(2)式 の気 孔

(群落)抵 抗 γc(s/m)と な る(式(5))。

(5)

また,gswと(4)式 のCO2拡 散 に関 す る気 孔 コ ンダ クタ ン

スgscと の 関係 は次 式 で表 せ る1)。

(5)

そこで,以下の解析 ではH2O拡 散 に関す る気孔コンダク

タンスgswを 取 り扱 い,こ れを単 に気孔 コンダ クタ ンス

gsと 呼ぶ ことにする。

2.2 気孔開閉の生理的仕組 み

気孔 は孔辺細胞の膨圧の変化 によって開閉する。気孔

開度 を決める孔辺細胞 の膨圧は,自 然環境下で は主 に光

合成有効放射(PAR),温 度,飽 差,土 壌水 ポテ ンシャル

な どの要因で変化するこ とが知 られている。

現在で は,孔 辺細胞 の膨圧増加 は主に光 に ドライブさ

れて起 こるとされている。孔辺細胞 には葉緑体が存在 し,

光 を受 けてATPを 生成する。孔辺細胞 では炭酸同化 は

行われないので,こ のエネルギー はカ リウムイオンを孔

辺細胞内に取 り込むのに使われると考え られている。 そ

の結果 として膨圧が増加す ると気孔が開 く。 また,他 の

要因が信号 となって この反応を調整す ることが知 られて

いる。飽差が増大する と過度の蒸散 によって葉内水 ポテ

ンシャルが低下 し,あ るい は土壌水ポテンシャルが低下

す ると給水に制限がかかるため蒸散 によって葉内水 ポテ

ンシャルが低下 し,こ れらが信号 となって膨圧低下がお

こるため気孔が閉鎖する。 これ らの反応 はfeed back反

応であるが,飽 差 の増大 および土壌水 ポテンシャルの低

下が直接信号 とな って気孔が 閉 じるfeed forward反 応

も知 られてい る。温度 はこれ らの反応 に関わる酵素群 の

活性度に影響 を与 えている と考 えられ る7,12,15,16,18,20,21)。

2.3 気孔 コンダクタンスモ デルの提示

2.2節 で概観 した,気孔開閉に関する植物生理学的知見

を踏 まえ,2.1節 で定義 した気孔 コンダクタンスを予測す

るモ デル を提 示す る。気 孔 コ ンダク タ ンス はJARVIS

(1976)の 考 え方 をもとに,光 合成有効放射(PAR),温

度,飽 差,土 壌水分 の独立 した関数 として,次 式で表せ

る6)。

(7)

ここで,Q:光 合成有効放射,T:温 度,D:飽 差,ψs:

土壌水 ポテ ンシャルである。

f(Q)は 光合成有効 放射 と気孔 コンダクタンス との関

係 を表 しているが,前 節 で述べたように,そ の反応が光

合成の明反応 と同様の もので あることか ら,光 一光合成

曲線によ く使われるrectangular hyperbolaを 用いる。

(8)

ここで,未 知のパラメー タはgsmaxお よびaの 二つであ

る。gsmaxは最大気孔コンダクタンスである。aは 曲線の

原点での傾 きを表 してお り,光 によって孔辺細胞 の膨圧

が増加 し,気 孔が開 く反応の効率 を示 してい る。パ ラメ

ータの変化 による光-気 孔 コンダクタ ンス関係のグラフ

の変化 を図1に 示す。

また温度の関数f(T)はJARVIS(1976)に 基づ き次式

を用いる。

(9)

ここで,未 知パ ラメータはT0:最 適温度,Tl:最 低 限界

温度,Th:最 高 限界温度 の3つ である。パラメータの変

化に よる曲線 の変化 を図2に 示す。

飽差 の関数f(D)は 以下 の4式 を比 較検討 の対象 とし

た。

(10a)

―159―

20 日 本 緑 化 工 学 会 誌 第20巻 第3号(1995)

図1  関 数gsmaxf(Q)

Fig.1  Partial function gsmaxf (Q)

(a)  f(D)=1-b1D

(c) f(D)=(1-b1D)/(1+b2D)

図2  関 数f(T)

Fig.2  Partial functionf (T)

(b) f(D)=1/(1+b1D)

(d) f(D)=1/{1+(D/b1)b2}

図3  関 数 のf(D)の(a)(b)(c)(d)各 式

Fig.3  Partial function f (D)-(a) (b) (c) (d)

―160―

21小杉 ・小橋 ・柴田:数 種常緑広葉樹 における気 孔コ ンダ クタンス のモ デル化

(10b)

(10c)

(10d)

式(10a)はJARVIS(1976)6),式(10b)はLoHAMMER

(1980)(文 献11)参照),式(10c)はFARQUHAR(1978)4)

に基づいた関数である。式(10d)は,飽 差増大 に対 す

る気孔 閉鎖のfeedforward反 応がS字 型で ある とい う

知 見20)を考慮 にいれ て新 たに提 示 され る関数 で,FI-

SHER(1981)5)の 葉 内水分 と気孔 コンダクタンスの関係

を表す関数 を参考に してい る。パ ラメータを変化 させた

場合のそれぞれの関数 の振 る舞 いについて図3に 示す。

(a)式は最 も単純で飽差 による気孔閉鎖の反応 を直線で表

している。(b)(c)式はともに双 曲線的な減衰 を示 し,(d)式

はS字 型のカーブでかな り幅広い形 を表現 できる。(d)式

でパラメータb1は 気孔 コンダ クタンスが半分 にな る飽

差の値 を表 し,b2は 曲率 を表 してい る。

f(ψs)については土壌乾燥期のデータがないので今 回

は検討 していない。

なお,f(Q),f(T),f(D),f(ψs)の 関数 はすべ て0~1

の値 をとる。

3. 材料 と方法

3.1 材料

解析の対象 とす るデー タは,樹 木の個葉上での光合成

および蒸散速度の季節変化 を野外 において非破壊 で追跡

した調査結果で ある。野外観測 に使用 した機器 は携帯式

光合成蒸散測定装置(LI-6200,LI-COR社)で あ る。 こ

の装置 は葉 を挟 み込むチャンバー と,CO2ア ナライザー

お よびコンピューターの3つ の部分か らなってい る。本

体内はポンプが内蔵 されてお り,葉 を挟みチャンバーを

閉 じる と装置全体が閉鎖系 となり,空 気が循環す る。基

本的には,こ の閉鎖回路 中のCO2の 変化率か ら純光合成

速度(以 上単 に光合成速度 とす る)を,H2Oの 安定 に必

要な乾燥気体流量 から蒸散速度 を算出する。 この装置 は

同時 に,光 量子量,湿 度,温 度 の各センサー を備 えてお

り,光 合成有効放射,相 対湿度,気 温,葉 温の測定 を行

う。 また,こ れ らの測定結果 と前述の(3)式を用いて気孔

コンダ クタンスを算出す る。

測定 は1989年6月 から翌年3月 まで,京 都大学農学部

附属演習林本部試験地 に植栽されている5年 生のアラカ

シ(Quercus glauca),ク スノキ(Cinnamomum cam-

phora),マ テバ シイ(pasania edulis)各1個 体 について

行 つた。測定 日は6月1日,7月22日,8月4日,9月

図4  京 都 大学 農 学 部演 習 林 本部 試 験 地 に お け る観 測 日

前7日 間 お よび14日 間 の総 雨 量

Fig.4  Total amounts of precipitation for7days and

14days before the each observation

24日,10月25日,11月23日,12月28日,1月27日,3月

6日 の9回,い ずれも晴天 日を選んで,夜 明 け前か ら日

没 までほぼ1時 間に一回の割合で測定 を行 った。測定葉

は各個体 の南 面す る葉 の地上1mお よび2mの 当年葉

各1枚 で,測 定の結果,高 度の違いによる有意の違 いは

なかつたので解析には2枚 の平均値 を各個体の代表値 と

して用いた。各測定木 は樹高約3m前 後 で隣接 して植栽

されている。図4は 同試験地での測定 日前7日 間および

14日間 の総雨量 をそれぞれの測定 日について示 した もの

である。特に夏 の蒸発散 の盛んな時期 における先行雨量

は十分 であり,土 壌水分 の測定 は行 っていないが,測 定

日における土壌 の極端な乾燥 はなかった もの と考 えられ

る。

3.2 方法

観測か ら得 られた気孔 コンダクタ ンスお よび気象条件

(ともに2枚 の平均値)の 日変化 のデータを用いて,各 樹

種,各 測定 日ごとに計27個 のデータセ ットを作成 した。

気孔 コンダクタンス,光 合成有効放射,飽 差,気 温 の単

位 はそれぞれmol/m2/s,μmol/m2/s,kPa,℃ を用いた。

まず最初 にモデルの適合について検討 するため,7月

22日 および8月4日 の3樹 種 についての計6つ のデータ

セ ットを用いて,樹 種 ご とにまとめて3セ ットとし,入

力する環境変数 の数および飽差 についての関数f(D)の

型を変 えて適合 を比較 した。両観測 日は典型的な真 夏日

で,飽 差等の気象条件の幅が広 く,ま た間の期間が短 い

ため,モ デル中のパ ラメータの値 を左右する葉 の特性 に

もそれほど違いはない と考 えられ,モ デルの適合 を比較

す るのに最適なサンプル と考 えられる。

―161―

22 日 本 緑 化 工 学 会 誌 第20巻 第3号(1995)

次 に環境変数 を光合成有効放射 ・飽差 ・温度 の3つ と

し,f(D)は(a)式 を用いて,年 間 データへの適用 について

検討 した。

なお,モ デル中の未知パ ラメータは修正MARQUARDT

法 による非線形回帰分析13)を行 い,最 適値 を決定 した。

なお,Tlは,0度 か ら5度,Thは42度 か ら50度 の範囲で

のみ変化す るようにあらかじめ設定 した。モデルの適合

度 を表す指標 としてR2を 用いた。R2は1-(実 測値 と推

定値の平方残差和/実 測値 の平均値 と実測値 の差 の平方

和)と 定義 される。

4.  モ デ ルの 適 用結 果 と考察

4.1  短期 間 デー タ を用 い た モ デル の検 討

表1は モ デル の 入力 環 境 変 数 を光 の み(level1),光 ・

温 度(level2),光 ・飽 差(level3),光 ・飽 差 ・温 度(level

4)と して非 線 形 回 帰分 析 を行 っ た結 果 最適 化 され たパ ラ

メー タセ ッ ト,お よび観 測値 との適 合度(R2)を 表 して

い る。飽 差 の関 数f(D)に つ い て は(a)(b)(c)(d)の各 式 につ

いて 検討 してい る。 ま た,図5は 横軸 に気 孔 コ ンダ ク タ

ンス の観 測 値,縦 軸 にそ れ ぞれlevel1,level2,level3

表1  モ デ ル を7・8月 デ ー タ に適 用 した 場合 の各level,各 式 で のR2お よび 同定 され たパ ラ メー タ セ ッ ト

Table1•@ The lists of R2and the optimized parameter sets in the model of each level . Three sets of data were

used for this analysis and each data set consists of the diurnal change of gs and micrometeorological

components of each species on July22and August4

―162―

23小杉 ・小橋・柴田:数 種常緑広葉樹における気孔コンダクタンスのモデル化

図5  モ デ ル を7・8月 デ ー タ に適 用 し た 場 合 の,入 力 環 境 変 数 の 変 化 に よ る 適 合 の 変 化

Fig.5  Comparisons between observed gs and simulated gs using the model of level1, level2, level3 (a) and level

4 (a). Parameter sets using in this simulation are shown in Table1

(a)式およびlevel4(a)式 による推定値 を表 した ものであ

る。

これ らか ら,入 力環境変数 を1つ から3つ に増やすに

従って適合が よくなるが,光 のみの場合で もかな りの適

合が得 られ ることがわかる。 この ことは,気 孔が開 く際

に光が主要信号 とな り,他 の要因 は調節機能 として働 く

とい う植物生理学 の知見 とも一致する。

また,level2とlevel3と の適合度 はほとんど同 じで

あるが,夏 の高温かつ乾燥時 の低下 を一方 は高温 による

低下,他 方 は飽差 の増大による低下 として評価す る形 と

なっている。一般 に短期間のデータに適用する場合に は

温度 を入力変数 としないモ デルが用い られ るこ とが多

い2,8)

飽差 の関数f(D)に ついて検討する と,光 ・飽差の二つ

を入力環境変数 としたlevel3の 場合 は,す べての樹種

で(d)式が最 も適合が よ く,パ ラメータが一つのもの((a)

(b)式)で はアラカシ,マ テバ シイで(a)式の適合がわずか

によい という結果が得 られた。光 ・飽差 ・温度の3つ を

入力環境変数 としたlevel4の 場合 で は,ア ラカシお よ

びクス ノキで(d)式の適合が一番 よかった。総合的には(d)

式 の適合がよいが,最 も単純 な(a)式で もかなりの適合が

得 られ ることがわかった。 また,(c)式 は(a)式と同様 の結

果 になることが多かった。

この結果 は,(a)式 よ り(b)(c)式のほうがかなり適合が よ

い とい うMASSMAN and KAUFMANN(1991)14)の 結果

とは異なる。 この原因 を解明 し飽差 と気孔 コンダクタン

スの関係 を表す関数 を決定 する ことは今後 の課題 で あ

り,よ り広範囲な環境条件および植物種 についての観測

データを必要 とす る。(d)式は(a)式お よび(b)(c)式の両方の

性質 を広範囲 に表現 できるので,今 後比較検討の対象 に

することが望 まれる。

―163―

24 日 本 緑 化 工 学 会 誌 第20巻 第3号(1995)

図6  7・8月 デ ー タ よ り得 られ た パ ラ メ ー タ セ ッ トを

用 い た 年 間 気 孔 コ ン ダ ク タ ン ス の 推 定 結 果

Fig.6  Diurnal changes of observed gs and simulated

9s using the model of level4 (a) for all sea-

sons. Parameter sets using in this simulation

are shown in Table1 (level4 (a))

図8  年 間 デ ー タ を3分 割 し て 得 ら れ た パ ラ メ ー タ セ ッ

トを 用 い た 年 間 コ ン ダ ク タ ン ス の 推 定 結 果

Fig.8  Diurnal changes of observed gs and simulated

gs using the model of level4 (a) for all sea-

sons. Parameter sets using in this simulation

are shown in Table2

―164―

25小杉 ・小橋 ・柴 田:数 種 常緑広葉樹 にお ける気孔 コンダクタ ンスのモデル化

4.2 年間 データに適用する際の問題点

つ ぎに,モ デルを年間データに適用する際の問題点に

ついて考察 した。 まず,年 間を通 じての野外観測で得 ら

れた27個 のデータセッ トを樹種 ごとにま とめて3個 のデ

ー タセ ットとした。7月 お よび8月 の各樹種について前

節のlevel4(a)式 を用いて同定 され たパ ラメータ を用い

て,各 データセ ッ トの気象デー タか らすべての日につい

て気孔コンダ クタンスを推定 し,観 測値 と比較 し,こ の

結果 を図6に 示 した。図6の 横軸 は時間,縦 軸 は気孔コ

ンダ クタンスの推定値(実 線)お よび観測値(点)を 表

している。 これによると,ど の樹種 で も6月 や冬の気孔

コンダクタンスの小 さい領域で,過 大 に推定されている

ことがわか る。

このように,短 期間の観測で得 られたデータから同定

したパラメータを用いて年間 を通 じた長期間の予測 をし

た場合 に精度が落 ちる主な理 由として次の2つ が考 えら

れ る。

(1)温度 の関数f(T)の 関数型が現象に合 ってい ない。つ

まり低温域での減衰の仕方が違 う。

(2)葉の特性 を表すパ ラメータ(gsmax,a,b1,b2,T0,Th,

Tl)が 季節 によって変化 する。

(1)(2)を分離 して評価す るためには実験的な手法 を用い

る必要があ り,野 外観測のデー タのみか ら評価 すること

は困難 である。 しかしなが ら,少 な くとも(1)のみで は,

6月1日 の各樹種 の気孔 コンダクタンスが温度 の割 に小

さ く,午 前 の早い時間 にピークを持ち次第 に減少す ると

いう事実 を説明することがで きない。常緑広葉樹 の新葉

の成熟 は落葉樹に比べて遅 く,6月 初旬 にはまだ完全に

成熟 していなかったため,気孔開閉 に関わる葉の特性(孔

辺細胞の葉緑素量,気 孔 の大 きさなど)が 成熟葉 と異 な

った とも考え られ る。 また,4月 下旬および7月 下旬 の

2度 新葉 を展開 させるクスノキ1個 体(前 述の調査木 と

同一個体)を 取 り上げ,8月 下旬 の晴天 日(1992年8月

29日)に 東西南北それぞれの同じようなポジションの新

葉 と旧葉について気孔 コンダクタンスを観測 した結果 を

図7に 示す。図7の 横軸 はPAR,縦 軸 は気孔 コンダクタ

ンスを表 してお り,新 葉お よび旧葉各数枚 の一 日のデー

タがすべてプロッ トされている。図か ら,同 一の環境条

件下 にあっても旧葉 は新葉 より気孔 コンダクタ ンスが小

さ く,gsmax,aな どのパ ラメータも異なることがわか る。

そこで,各 樹種 ごとに年間デー タを表2の ように3つ

に分 けてパラメータの最適化 を行 った。 この結果 を図8

に示す。また,R2お よび同定 されたパラメータセ ットを

図7  同一 木,同 一 測 定 日にお け る新 葉 と旧葉 の光 一 気

孔 コ ンダ ク タ ンス 関係 の違 い(ク ス ノ キ,1992年

8月29日)

Fig.7  The relationships between PAR and gs of new

leaves and old leaves of Cinnamomum cam-

phora (observed on August29, 1992)

表2  モ デ ル(level4(a))を3分 割 し た 年 間 デ ー タ に 適 用 し た 場 合 のR2お よ び 同 定 さ れ た パ ラ メ ー タ セ ッ ト

Table2  The lists of R2and the optimized parameter sets in the model of level4 (a). 9sets of data were used

for this analysis, as data of all seasons of each spices were divided into three stage considering leaf age

―165―

26 日 本 緑 化 工 学 会 誌 第20巻 第3号(1995)

表2に 示す。 この方法で,か な りよ く各樹種 ごとの気孔

コンダクタンスの日変化 を再現 しているといえる。

しかしなが ら,表2に おいてパ ラメー タT0が 低温域

での減衰 をはや くす るためThに 近す ぎる値 を とってい

ることか らも,(1)の要因を無視する ことはで きないので,

今後,こ の点に関 して実験的な手法 を伴ったよ り詳細 な

解析が望 まれる。

5.  おわ りに

本研究で は数種温帯常緑広葉樹 の気孔コンダクタンス

の 日変化 を野外 において非破壊で年間測定 したデータを

用いて,気 孔コンダ クタンスのモデル化について考察 を

加 えた。 この結果,土 壌が湿潤な場合 には,光 合成有効

放射(PAR)・ 気温・飽差 の3つ の大気要因を入力変数 と

するモデルによって気孔 コンダクタンスの 日変化をほぼ

推定す ることがで きるとの結論を得 た。 また,年 間デー

タに適用する場合 には葉 の特性 を表すパラメータが変化

することも考慮す る心要が あることが明 らかになった。

今後モデル中の各関数型 を改良し,モ デルの妥当性 を

さ らに検討するためには,野 外での自然条件下での追跡

調査 に加 えて,環 境条件制御下での実験 的手法 を用 いた

測定 を行 う必要があ ると考 えられる。

本研究 を行 うに当た り,京 都大学農学部水山高久助教

授,名 古屋大学大気水圏科学研究所福嶌 義宏教授,東 京

大学農学部鈴木雅一助教授か ら御指導を賜 った。また大

阪府立大学農学部中村彰宏助手,京 都大学農学部大手信

人助手,小 杉賢一朗助手お よび(株)王寺製紙花山秀文氏か

ら多 くの援助 をいただいた。また,本 研究の一部 は平成

5年 度文部省科学研究費補助金(特 別研究員奨励費)を

受 けて行 われた。ここに記 して深 く感謝 の意 を表 します。

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(1994.12.19受 理)

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27小杉 ・小橋 ・柴田:数 種常緑広葉樹 における気 孔 コンダ クタ ンスのモ デル化

Summary

In this study modeling stomatal conductance is investigated using data sets which contain diurnal and seasonalchange of stomatal conductance on leaves of several temperate evergreen broad-leaved trees observed with

porometric method. The conformity and parameter values of several models were compared using short termdata sets. The models maximally have7parameters and3atmospheric variables (photosynthetically activeradiation, vapor pressure deficit and air temperature). Parameters in the models were determined with non-linearleast squares technique. Using one model which has6parameters and3atmospheric variables, stomatalconductance were also simulated successfully in long term separating all seasons to3groups considering leaf age.

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