経営戦略論 1 企業ドメインと事業ドメイン中小企業診断士対策講座...

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中小企業診断士対策講座 複製・頒布を禁じます 経営戦略論 1 企業ドメインと事業ドメイン 出題頻度の高いコアテーマの深堀り 「1 次ベーシック講座」で取り上げたテーマの深堀りである。過去 5 年間で 4 回の出題がある出 題頻度の高いコアテーマである。その中でも、企業ドメインと事業ドメインの区分についての出題 が中心である。また、事業ポートフォリオなど他のテーマと関連して出題される場合が多い。 企業ドメインと事業ドメイン 企業は企業目標を定め、その目標の達成に向かって事業を展開していく。目標の達成を図るため には、自らが有する経営資源をその目標に対して集中して活用する必要があります。そこで重要と なるのが、事業領域(ドメイン)の設定です。ドメインとは、組織が対象とする事業の広がりを指 すものであり、企業全体の活動分野である企業ドメインと個々の事業の競争の場である事業ドメイ ンに区分できます。なお、単一事業を行う場合は、事業レベルの定義と全社レベルのドメインは等 しくなります。 ドメイン定義の要件z 適度な広がりがあること z 将来の事業の方向性を視野に入れたものであること z ドメインとの関連で自社が保有すべき中核能力を規定すること z 企業内外の人々の納得性を有すること 事業ドメインの定義 ドメインの設定は、広すぎず、適度な広がりをもって定義することが重要です。ドメインの設定 が適切でない場合、下記のようなリスクが生じる可能性があります。 ドメインの設定が広すぎる場合 ドメインの設定が狭すぎる場合 経営資源が分散する 顧客ニーズに対応できない 様々な業界と競争が発生する その事業が競争に敗れると企業の存続が危ぶまれ ドメインの定義方法を大きく分けると、物理的定義と機能的定義に分けられます。レビットは、 製品や技術は時代とともに陳腐化するため、より環境変化に対応しやすい市場の本質的なニーズの 面(機能的定義)から事業を定義する方が良いとしています。 レビットは、物理的定義により自ら 1

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経営戦略論

1 企業ドメインと事業ドメイン

出題頻度の高いコアテーマの深堀り

「1次ベーシック講座」で取り上げたテーマの深堀りである。過去5年間で4回の出題がある出

題頻度の高いコアテーマである。その中でも、企業ドメインと事業ドメインの区分についての出題

が中心である。また、事業ポートフォリオなど他のテーマと関連して出題される場合が多い。

企業ドメインと事業ドメイン

企業は企業目標を定め、その目標の達成に向かって事業を展開していく。目標の達成を図るため

には、自らが有する経営資源をその目標に対して集中して活用する必要があります。そこで重要と

なるのが、事業領域(ドメイン)の設定です。ドメインとは、組織が対象とする事業の広がりを指

すものであり、企業全体の活動分野である企業ドメインと個々の事業の競争の場である事業ドメイ

ンに区分できます。なお、単一事業を行う場合は、事業レベルの定義と全社レベルのドメインは等

しくなります。

<ドメイン定義の要件>

適度な広がりがあること

将来の事業の方向性を視野に入れたものであること

ドメインとの関連で自社が保有すべき中核能力を規定すること

企業内外の人々の納得性を有すること

事業ドメインの定義

ドメインの設定は、広すぎず、適度な広がりをもって定義することが重要です。ドメインの設定

が適切でない場合、下記のようなリスクが生じる可能性があります。

ドメインの設定が広すぎる場合 ドメインの設定が狭すぎる場合

経営資源が分散する 顧客ニーズに対応できない

様々な業界と競争が発生する その事業が競争に敗れると企業の存続が危ぶまれ

ドメインの定義方法を大きく分けると、物理的定義と機能的定義に分けられます。レビットは、

製品や技術は時代とともに陳腐化するため、より環境変化に対応しやすい市場の本質的なニーズの

面(機能的定義)から事業を定義する方が良いとしています。 レビットは、物理的定義により自ら

こ の テ ー マ の ね ら い

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のドメインを狭めてしまう過ちを「マーケティング近視眼」と形容しています。

機能的定義 物理的定義

製品・サービスが提供する機能・価値によっ

てドメインを示す方法

製品・サービスそのものによって物理的な面から

ドメインを示す方法

例 鉄道業界において、「輸送サービス」と定

義すること。

例 鉄道業界において、「鉄道」と定義すること。

事業ドメイン定義の3次元

エーベルは、①顧客層(対象とする市場:誰に)、②顧客機能(製品やサービスが満たすべき顧客

のニーズ:何を)、③技術(「技術」の面から取り組む事業範囲:どのように)の3次元により事業

ドメインを定義しています。顧客、顧客機能、技術のいずれかの要素でセグメントを絞ることで、

より強みを発揮できる分野に自社の経営資源を集中させることができるようになるため、自社の得

意とする分野での差別的優位性を築くことができます。

<企業ドメインと事業ドメインの特徴>H25-5

企業ドメインの決定は、現状追認ではなく将来の方向性を明示しており、注意の焦点

を絞り込んで資源分散を防止することに寄与する。

企業ドメインの決定は、将来の企業のあるべき姿や経営理念を包含している生存領域

を示すと同時に、現在の生存領域や事業分野との関連性をも示す。

企業ドメインの決定は、将来手がける事業をどう定義するかの決定であり、企業戦略

策定の第一歩として競争戦略を結びつける役割を果たす。

事業ドメインは、全社的な資源配分に影響を受けるため、企業ドメインの決定に合わ

せて見直すこともありうる。

事業ドメインの決定は、差別化の基本方針を提供し、新たに進出する事業の中心とな

る顧客セグメントの選択の判断に影響する。

ドメインの再定義

創業

売上高

時間

倒産

死の谷

ドメインの再定義

フェーズ1 フェーズ2

2

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ドメインは市場環境の変化や自社の成長の度合いなどに合わせて変化させる必要があります。多

くの企業がドメインの再定義を行っていますが、成功している企業は多いとはいえません。

企業の創業期から成長期にかけては、製品による定義の方が分かりやすく、事業ドメインとして

適していることも多いです。しかし、成熟期においては、このような物理的定義では成長が難しく

なり、さらに成長を図るためには、機能的定義(その製品が顧客に提供する機能)によって定義を

行う必要があります。

ドメインの設定については、未来への広がりを持つことが必要ですが、経営資源に対して大きす

ぎるドメインであったり、自社の経営資源が減少してしまった場合などはドメインを絞る必要があ

ります。ドメインを拡大した後、ドメインを絞り込んだ例としてゼロックス社の例を挙げることが

できます。

<ゼロックス社の事業展開>

創設~1970 年代半ばまで:複写機事業で独占的利益を享受→その後複写機市場の成

熟化、競争の激化で業績は悪化。

事業の再定義:複写機事業の競争力を強化するとともに、「未来のオフィス」をドメ

インとして設定し、積極的な研究開発や買収等多くの投資→資源の分散を招き、意図

した成果にはつながらず。

事業の再々定義:ドメインを「ドキュメントの管理」に集中させ、ドキュメント関連

以外のオフィス機器については、他社との連携を図る戦略に転換を図った。

問題演習 平成24年度 第1問

複数事業を営む企業における企業ドメインと事業ドメインならびに事業ポートフォリオ

の決定に関する記述として、 も適切なものはどれか。

ア 企業ドメインの決定は、通常、新たに進出する事業における自社の競争力と当該事業の

発展性を判断基準とし、当該事業の他事業への波及効果は個別事業選択の判断基準として

考慮されていない。

イ 企業ドメインの決定は、通常、企業にとって多角化の広がりの程度を決め、個別事業の

競争力を決める問題である。

ウ 企業ドメインの決定は、通常、多角化した複数事業間の関連性のあり方に影響するが、

集約型の事業間関連性パターンでは規模の経済を重視して資源を有効利用しようとする。

エ 事業ドメインの決定は、通常、企業のビジョンの枠を超えて企業のアイデンティティの

確立を規定し、企業の境界を決める。

オ 事業ドメインの決定は、通常、設定された領域の中で事業マネジャーにオペレーション

を行う自律性を与える。

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解 答

解 説

ドメインとは、事業領域のことであり、組織が対象とする事業の広がりを指すものである。ま

た、ドメインには、企業全体の活動分野である企業ドメインと個々の事業の競争の場である事業

ドメインに区分できる。なお、ドメインの設定は、広すぎず、適度な広がりをもって定義するこ

とが重要である。エーベルは、①顧客層、②機能、③技術の3次元により事業ドメインを定義し

ている。

事業ポートフォリオとは、複数の事業を組み合わせた全体のことである。事業ドメインの定義

によって、どのような事業を組み合わせて持つかが決定される。

ア 適切でない。 「当該事業の他事業への波及効果は個別事業選択の判断基準として

考慮されていない」という箇所が誤りである。本選択肢は事業ドメインにおける

個別事業の選択の判断基準についての説明である。企業ドメインの決定における

個別事業の選択の判断基準としては、当該事業の発展性(市場の成長性、既存事

業との代替関係、技術の発展可能性)や当該事業における自社の競争力(経営資

源の有効利用の可能性、既存事業との相乗効果)の他、当該事業の他事業への波

及効果(既存事業や企業全体への波及効果)も考える必要がある。

イ 適切でない。 「個別事業の競争力を決める問題である」という箇所が誤りである。

企業ドメインの決定で大切なことは、企業のアイデンティティ(基本的性格)で

あり、どのようなアイデンティティを持つ事業領域を企業全体の活動分野として

選択するかということである。多角化が進む中で、企業のアイデンティティは企

業全体で一体感をつくる効果がある。もう一つは、本選択肢のとおり、多角化の

広がりの程度であり、どの程度の広さで事業分野を拡大していくかということで

ある。

ウ 適切でない。 「規模の経済」という箇所が誤りである。事業間関連性のパターン

は、集約型と拡散型に類型化される。集約型は、事業間の相互関連が強く経営資

源の利用密度が高い。つまり、「範囲の経済」を重視しており収益性の面で優れ

ている戦略といえることが多い。一方、拡散型は、事業間の相互関連が弱く経営

資源の利用密度が低い。成長の経済とリスク分野を重視した戦略であり集約型と

比較して収益性は劣ると考えられる。

エ 適切でない。 「事業ドメインの決定」、「企業のビジョンの枠を超えて」という

箇所が誤りである。企業のビジョンの明確化により、企業の方向性と行動様式が

示され、企業ドメインの定義という形で経営戦略が導かれるのである。また、選

択肢イのとおり企業ドメインの決定の1つが企業のアイデンティティである。つ

まり、企業のビジョンの枠の中で企業のアイデンティティが確立されるのである。

また、事業ドメインは、必然的に企業ドメインの枠の中におさまることになる。

オ 適切である。 事業ドメインは事業戦略の具体的な内容までは規定しない。そのた

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め、事業ドメインの決定後、事業マネジャーは事業戦略を具体化することが必要

になる。そして、その事業戦略に基づいて実行されるオペレーションに関する自

律性は、戦略を立案した事業マネジャーに委ねられる。

よって、オが正解となる。

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経営戦略論

2 経営資源と戦略

出題頻度の高いコアテーマの深堀り

「1次ベーシック講座」で取り上げたテーマの深堀りである。過去5年間で4回の出題がある出

題頻度の高いコアテーマである。その中でも、コア・コンピタンスについての出題が中心である。

また、事業ポートフォリオなど他のテーマと関連して出題される場合が多い。

リソース・ベースド・ビュー

リソース・ベースド・ビューとは、経営資源に基づく戦略の見方のことである。 競争優位の源泉

を内部資源に求める考え方です。

人材、技術力、ブランド、組織文化など、さまざまな経営資源の中でその複製が困難であったり、

資源が希少で競合による入手が困難だったりするものこそが競争優位の源泉となり得るのです。こ

のように競争優位の源泉となるもののことを、コア・コンピタンスといいます。

VRIOフレームワーク

VRIOは、以下の4つの問いの答えによって、企業の経営資源やケイパビリティ(組織的な能

力)が強みなのか弱みなのかを判断するフレームワークです。ケイパビリティとは、企業が経営資

源を組み合わせたり活用したりすることができる組織的な能力のことを言います。

価値が

あるか 希少か

模倣コスト

は大きいか

組織体制は

適切か 強みか、弱みか

NO - - NO 弱み

YES NO - 強み

YES YES NO 強みであり、固有のコンピタンス

YES YES YES YES 強みであり、持続可能な固有のコンピタ

ンス

<模倣困難性の具体例>H23-3

経済価値のない経営資源やケイパビリティしか保持していない企業は、経済価値を有

するものを新たに獲得するか、これまで有してきた強みをまったく新しい方法で活用

し直すかの選択を迫られる。

経営資源やケイパビリティに経済価値があり、他の競合企業や潜在的な競合企業が保持

していないものである場合、希少性に基づく競争優位の源泉となりうる。

成功している企業の経営資源を競合企業が模倣する場合にコスト上の不利を被るのであ

こ の テ ー マ の ね ら い

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れば、少なくとも一定期間の持続的な競争優位が得られる。

経営資源やケイパビリティが競争優位を生じさせており、企業の内部者にとって競争

優位の源泉との関係が理解できない場合、「因果関係不明性」による模倣困難が生じ

ている。

経営資源の模倣には直接的な複製だけではなく、競争優位にある企業が保有する経営

資源を別の経営資源で代替することによる模倣もある。

<固有能力の維持・構築の具体例>H22-3

企業が生産技術にかかわる固有能力を維持したり構築しようとする場合、「現場への

新人の投入時に技術指導を中心に導入教育に時間をかけている」のは適切である。

企業が生産技術にかかわる固有能力を維持したり構築しようとする場合、「現場から

の改善提案のうち、全社QC大会で表彰を受けたものだけを実行している」のは不適

切である。

企業が生産技術にかかわる固有能力を維持したり構築しようとする場合、「自社の生

産技術を守るべく、生産部門での人事異動も新規採用も行わないことにしている」の

は不適切である。

企業が生産技術にかかわる固有能力を維持したり構築しようとする場合、「業界に普

及している汎用設備の導入を進めて、資本装備率の向上を目指している」のは不適切

である。

企業が生産技術にかかわる固有能力を維持したり構築しようとする場合、「他社の優

れた生産技術を積極的に導入して自社技術を常に一新するようにしている」のは不適

切である。

コア・コンピタンス

コア・コンピタンスとは、ハメルとプラハラッドによって提唱された概念で、「顧客に対して他社に

は真似のできない自社ならではの価値を提供する企業の中核的能力」を指します。

これは内部の経営資源を重視した考え方(リソース・ベースド・ビュー)であり、彼らは企業の持

続的優位性の源泉をコア・コンピタンスに求め、以下の3つの条件を提示しています。

多様な市場へのアクセスを可能にする企業力を広げる力

最終製品が消費者の利益に貢献する

競争相手が模倣しにくい

情報的経営資源

経営資源には、「ヒト」、「モノ」、「カネ」といった目に見える有形資源と「情報」、「技術」といった

目に見えない無形資源があります。この中で、企業特異性と固定性が高く目に見えない「情報的

経営資源」は、企業の「強み」であり、競争上の優位性が高いといえます。

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<情報的経営資源の特徴>

自然蓄積性:日々の活動を行っていれば、自然に蓄積される。

多重利用可能性:何度でも使える。

情報は違いに価値がある:同じ情報をいくら集めても価値は全く増えない。

<情報的経営資源の具体例>H24-3

企業活動における仕事の手順や顧客の特徴のように、情報的資源は日常の企業活動を

通じて経験的な効果として蓄積される。

企業活動における設計図やマニュアルのように言語や数値化されているような情報

は、熟練やノウハウなどよりも模倣困難性が高くない。

企業のブランドやノウハウのような情報的資源は、その特殊性が高いほど企業に競争

優位をもたらす源泉となる。

企業の特定の事業分野における活動で蓄積された情報的資源の利用は、その事業に補

完的な事業分野に限定されない。

企業にとって模倣困難性の低い情報的資源が競争にとって重要ならば、特許や商標の

ような手段で法的に模倣のコストを高める必要がある。

問題演習 平成27年度 第3問

企業の経営資源と持続的な競争優位に関する記述として、 も不適切なものはどれか。

ア ある市場において、競合企業が業界のリーダーのもつ経営資源を複製する能力をもっていて

も、市場規模が限られていて複製を行わないような経済的抑止力のある状況では模倣しない傾

向がある。

イ 競合企業に対する持続可能な競争優位の源泉となるためには、代替可能な経営資源の希少性

が長期にわたって持続する必要がある。

ウ 時間の経過とともに形成され、その形成のスピードを速めることが難しく、時間をかけなけ

れば獲得できない経営資源には経路依存性があり、模倣を遅らせることで先発者を保護する。

エ 代替製品の脅威は事業の収益性に影響を与えるが、競合企業は代替資源で同様の顧客ニーズ

を満たす製品を提供できる。

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オ 独自能力の概念では、競争戦略の実行に不可欠な経営資源であっても、自社製品や事業のオ

ペレーションを特徴づける独自なものでなければ、その資源は競争優位の源泉とはならない。

解 答

解 説

ア 適切である。 その市場のリーダーの持つ経営資源を複製しても独自能力として競

争優位性の構築にならず、さらに市場規模が小さいという経済的抑止力が働けば

フォロワーとして利益を得るというインセンティブも生じないので、競合企業は

模倣しない傾向になる。

イ 適切でない。 VRIOフレームワーク※では、競争優位性が持続可能な固有のコン

ピタンスとなる経営資源は、稀少性だけでなく模倣困難性があり、その経営資源

を活用できる組織体制となっていることが必須である。したがって、この「代替

可能な経営資源」が競争優位性において持続可能な固有のコンピタンスになるた

めには、模倣困難性を有し、かつ、経営資源を活用できる組織体制が必要である。

※VRIOフレームワーク=V:価値があるか、R:稀少性があるか、I:

模倣困難か、O:組織体制は適切か~により経営資

源やケイパビリティを判断する手法

ウ 適切である。 経路依存性はパス依存性やロックインとも呼ばれ、歴史的経験に依

存する経営資源は、模倣困難性を持つため先発者の保護につながる。

エ 適切である。 代替資源が稀少性のない模倣可能な資源であれば、競合企業も模倣に

よる代替製品の供給が可能であり、顧客ニーズを満たす製品を提供できる。

オ 適切である。 独自能力(コア・コンピタンス)となる条件の一つに「競合企業と

は違いのある競争能力」がある。自社製品や事業のオペレーションを特徴づける

独自性のない経営資源では、競争優位の源泉とならない。

よって、イが正解である。

Keyword

模倣困難性をもたらす要因

通常、模倣困難性をもたらす要因には「因果関係不明性(なぜ競争優位なのかがわからない)」「社

会的複雑性(組織文化、評判やイメージなど競争優位の理由はわかるが、マネをしにくい)」「特許」、

「経路依存性(企業独自の歴史的な経験によって経営資源が蓄積された場合)」がある。

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経営戦略論

3 競争戦略

出題頻度の高いコアテーマの深堀り

「1次ベーシック講座」で取り上げたテーマの深堀りである。過去5年間で4回の出題がある出

題頻度の高いコアテーマである。その中でも、ポーターの競争戦略は、「3つの基本戦略」を中心

に、「5つの競争要因」などがほぼ毎年出題されている。

3つの基本戦略

企業は、この3つの基本戦略のうち少なくとも1つの分野において卓越した戦略を構築すること

が、競争優位に立つために必要であるとされています。

競争優位のタイプ

低コスト 差別化

広い

(全市場)

コスト・

リーダーシップ戦略 差別化戦略

標的市場の幅

狭い

(特定市場)

(コスト集中) (差別化集中)

<コスト・リーダーシップと差別化>H23

コスト優位は競合他社よりも低コスト(製品1単位当たりのコストが低い)を実現できるため、

通常、競合他社よりも低価格で製品販売しても利益を確保できる強みを意味する。

どのような差別化による優位をつくるかを考える際には、通常、環境の変化だけではなく

自社の強みと顧客の範囲をどのようにとらえて定義するかが重要である。

顧客が支払う意思のある価格の上限が顧客の支払い意欲を示すと考えると、通常、差別

化による優位は顧客が自社の製品を競合する製品よりも高く評価しているという強みを持

つことを意味する。

企業と顧客の間で情報の非対称性が大きな製品・サービスでは、通常、ブランド・イメージ

や企業の評判のような客観的にとらえにくい要因に基づく差別化の重要性が大きい。

<いわゆる勝ち組中小企業の戦略>H22

ある通信機器メーカーでは、生産を国内工場に集約して生産現場で厳格な品質管理体

制をとり、堅牢な機器と先進的なデータ処理を売りに、顧客の信頼を得ながら業界水準よ

りも高い価格で売り上げを伸ばしている。

ある町工場では単品物の受注に特化しているが、熟練を活かした加工技術を武器に、あ

こ の テ ー マ の ね ら い

集中(焦点)戦略

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らゆる注文に応えられる受注生産体制を敷いて、特定業種にこだわらない受注先を確保

している。

創業間もない中小化粧品メーカーでは、肌に潤いを与える希少な天然素材を活用した高

価な基礎化粧品に絞り込んで、大手百貨店への出店を目指している。

激しい価格競争と急激な利益率低下のため大手の電子機器メーカーが撤退した市場で、

ある中堅メーカーでは海外企業からの低価格な中間財の調達と自社が得意とする実装技

術を活かして、実用本位の機能に絞り込んだ低価格製品で安定した売り上げを確保して

いる。

競争地位別戦略

フィリップ・コトラーは、業界内での企業の地位を、市場占有率に基づいて、リーダー、チャレ

ンジャー、フォロワー、ニッチャーに分類し、それぞれの地位に応じた戦略をとることが望ましい

と主張しています。

<リーダーとニッチャ―>H16

もっぱら朝食に食べられていることが判明したベーグル(パン)を、昼食用に販売キャン

ペーンを実施し需要を拡大する。

後続企業が新規な機能をもつ製品で攻勢をかけてきたので、類似の製品を直ちに生産し

て市場競争を挑む。

技術的な優位性を武器に技術の分かる顧客にアプローチして、その分野で強い商品に

育てる。

リーダー チャレンジャー フォロワー ニッチャー

経営資源質 高 低 低 高

量 大 大 小 小

市場目標

①最大シ ェア維

②最大利益確保

③名声・イメージ

確立

市場シェア維持 生存利潤の確保 ニッチ市 場にお

ける名声、イメー

ジ、利潤

戦略ターゲット

(対象市場) フル・カバレッジ

セミ・フルカバレ

ッジ

経済 性セグメ ン

ト 特定市場

戦略基本方針 全方位戦略 差別化戦略 模倣もしくは

集中戦略

(製品市場)

特定化戦略

戦略定石

①周辺需要拡大

②非価格対応

③同質化

④最適シ ェア維

①対リ ーダーへ

の差別化

②自社 と同等以

下の企 業に対

する攻撃

①観察と模倣

②価格戦略(低価

格志向)

特定セグ メント

における リーダ

ーの地位 確保と

維持

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問題演習 平成23年度 第6問

中小企業ではニッチ市場に特化したり、特定の市場セグメントに自社の事業領域を絞り込んだ

りする集中戦略がとられることが多い。そのような集中戦略をとる企業の戦略対応として、最も

不適切なものはどれか。

ア 自社が強みを発揮している市場セグメントに他社が参入してきた場合、自社のコンピタンス

をより強力に発揮できるようにビジネスの仕組みを見直す。

イ 自社製品の特性を高く評価する顧客層に事業領域を絞り込むことによって、これまでの価格

政策を見直し、プレミアム価格を設定して差別化戦略に取り組む。

ウ 自社の得意とする市場セグメントに事業領域を絞り込むことによって、業界大手の追随を振

り切ることができるばかりか、好業績を長期に維持できる。

エ 絞り込みをかけた事業領域の顧客ニーズが、時間の経過とともに、業界全体のニーズと似通

ったものにならないように監視するとともに、顧客が評価する独白な製品の提供を怠らないよ

うにする。

オ 絞り込んだ事業領域で独自な戦略で業績を回避させることができたが、そのことによって自

社技術も狭くなる可能性があるので.新製品の開発やそのための技術開発への投資を強めるこ

とを検討する。

解 答

解 説

ポーターの3つの基本戦略のうち集中戦略に関する問題である。集中戦略はコスト集中か差別

化集中に分類され、特定の市場セグメントや流通チャネルに集中して、コスト低減を図るか、差

別化を図っていくか、もしくは、その両方を目指すものである。ここでは、集中戦略の基本的内

容が問われている。

ア 適切である。 他社が参入してきた場合、ビジネスの仕組みを見直し、市場内でよ

り自社の中核能力が高められるようにして、他社に対しても差別化を図る必要が

ある。

イ 適切である。 事業領域をさらに絞り込むことによって、コア顧客へのロイヤルテ

ィを高めることは戦略として正しい。しかし、市場が小さくなるため、コア顧客

のロイヤルティが高まらないと戦略として失敗する可能性もある。

ウ 適切でない。 事業領域を絞り込む場合、さらに顧客へのロイヤルティ強化を図る

ことができるというメリットがある一方で、対象となる顧客が減少するというデ

メリットも考えられる。そのため、好業績を「長期に」維持できるとは限らない。

エ 適切である。 事業領域の顧客ニースが業界全体のニーズと似通ったものになると、

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事業領域の差別化要因が小さくなり、事業領域の必要性が無くなってしまう。そ

のため、事業領域の顧客ニースを掴んでおくことは重要である。またそのニーズ

に合致する製品の提供を怠らないようにすることも重要である。

オ 適切である。 事業領域を絞り込むことによって、自社技術も狭くなる可能性はあ

る。そのため、絞り込んだ事業領域の顧客ニーズを深耕するためにも、新製品の開

発やそのための技術開発への投資を検討することは重要である。

よって、ウが正解となる。

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経営戦略論

4 事業の経済性

出題頻度の高いコアテーマの深堀り

「1次ベーシック講座」で取り上げたテーマの深堀りである。過去5年間で毎年出題がある出題

頻度の高いコアテーマである。規模の経済についての出題が中心であるが、最近では、スピードの

経済などの新しい経済性の出題が増加している。スピードの経済は平成27年に出題された。

新しい経済性への転換

戦略をコストの面から分析する考え方を「事業の経済性」といいます。「事業の経済性」には複数の考え

方があり、業界の特性や時代の流れによって注目されるものが変化しつつあります。

代表的なものに、①規模の経済、②経験曲線効果、③範囲の経済、④スピードの経済、⑤連結の

経済があります。

規模の経済と経験曲線効果

「規模の経済」とは、一定時点での生産量が大きくなるほど製品1個当りのコストが低下するこ

とであり、一般的には大規模な生産設備などによって大量生産を行うことで生まれる効果を言いま

す。一方、「経験曲線効果」とは、ある製品の累積生産量が増加するにつれて製品の単位当たりのコ

ストが低減することで、時間の経過とともに経験が蓄積され、効率的な生産が行えるようになる効

果を言います。

こ の テ ー マ の ね ら い

1-8 新しい経済性への転換

従来型経済性

新しい経済性

規模の経済

範囲の経済

連結の経済

スピードの経済

・大量生産・シェア拡大・総花的事業展開

・顧客ニーズに素早く対応

・他社と協力(戦略的提携)

パラダイム転換

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<「規模の経済」と「経験曲線効果」の特徴>H26-7

規模の経済の追求には相当額の投資が必要であり、多くの場合、特殊化した資産が投

資対象となって長期間にわたって実現されるコストの減少を通じた投資回収を目指

す。

規模の経済は、業界内において利益をあげられる企業数の上限を決定する一因となり、

市場規模に対する生産の最小効率規模が大きいほど、当該業界に存在できる企業数は

少なくなる。

規模の経済は、ある一定程度の総生産量が増加することによるコストの低下を指し、

大規模な工場施設の建設などで模倣することはできるが、経験効果の構築にはある程

度の時間を必要とする。

経験曲線は累積生産量の増加に伴ってコストが低下することを表し、累積生産量に対

応する技術の進歩や改善等の要因からも生じるが、生産機能において生じる経験効果

に限定されない。

範囲の経済とシナジー

範囲の経済とは、複数の事業を別々の企業が行った場合の総費用と比べて、1企業で行った場合

の総費用が低くなることを意味します。範囲の経済は、シナジーの高い分野で活用するとより高い

効果を得ることができます。

<「範囲の経済」の特徴>H23-7

2つの事業がお互いに補い合って1つの物的資源をより完全に利用して生まれる効果

は、範囲の経済の効果である。

合成繊維企業が蓄積した自らの化学技術を使用し、本業の補完・関連分野の事業に進

出するのは範囲の経済の例である。

2つの事業がお互いに情報的資源を使い合うと、資源の特質から使用量の限界がなく

他の分野で同時多重利用できるため、物的資源を使い合うよりも効率性の高い範囲の

経済を生み出せる。

範囲の経済は、多角化が進みすぎると新たに進出した事業と企業の保持しているコ

ア・コンピタンスとの関連性が希薄になって生じなくなる。

組み合わせの経済

「範囲の経済」とほぼ同義である「組み合わせの経済」とは、複数の事業を組み合わせることに

より、効率性や有効性の向上を実現しようとする理論です。組み合わせの経済は、次の理由により

有効性や効率性が高まるとされています。

①組み合わせにより顧客にとっての価値を高めることができる。

②ロジスティック・システムの効率的な利用を図ることができる。

③情報や知識の多重利用ができる。

④異質な情報を統合することによって判断の質を高めることができる。

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<「組み合わせの経済」を活用した事業>

日用品を販売する小売店が、公共料金の支払い、宅配便の発送窓口などのサービスを

行う。

主に建材の運送サービスを行ってきた長距離輸送を行う運送業者が、計画的に帰り便の

廃材回収運送サービスを実施する。

家電製品製造業が、顧客からのクレームやトラブルに関する情報を集約し、製品開発に

活用する。

問題演習 平成26年度 第5問

シナジー効果に関する記述として、最も適切なものはどれか。

ア 動的なシナジーよりも静的なシナジーをつくり出せるような事業の組み合わせの方が望まし

い。

イ 範囲の経済の効果とは別個に発生し、複数事業の組み合わせによる費用の低下を生じさせる。

ウ 複数事業の組み合わせによる情報的資源の同時多重利用によって発生する効果を指す。

エ 複数の製品分野での事業が互いに足りない部分を補い合うことで、企業全体として売上の季

節変動などを平準化できる。

解 答

解 説

シナジー効果に関する問題である。範囲の経済を高める効果としては、「コンプリメント(相補)

効果」と「シナジー(相乗)効果」とがある。両者は、複数の製品や事業で何らかの経営資源を

共通利用することで経済性を高める点は共通しているが、コンプリメント効果は主に物的資源を、

シナジー効果は主に情報的資源を用いて生み出す経済効果である点が異なる。シナジー効果を掛

け算、コンプリメント効果を足し算と捉えることもできる。

ア 適切でない。 静的なシナジーの方が望ましいとしている点が誤りである。静的シ

ナジーとは、時間に依存せず一時点で生じるシナジーのことであり、動的シナジ

ーとは、技術革新など時間の経過によってもたらされるシナジーのことである。

長期的な視点においては、効果の発生が長期的となる動的シナジーが望ましいと

言える。

イ 適切でない。 範囲の経済の効果と別個に発生するとしている点が誤りである。上

述の通り、範囲の経済とシナジー効果の両者は密接に関係している。シナジー効

果が高ければ高いほど、範囲の経済性が大きくなると言える。

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ウ 適切である。 記述の通りである。シナジー効果は、用いる資源が主に情報である

点が特徴であり、そのため活用しても減ることはなく、むしろ複数分野での活用

によってさらに新しい情報資源が手に入れられる可能性もあり、事業の多角化な

どにおいて重要視される。

エ 適切でない。 「コンプリメント(相補)効果」の説明である。遊休資産や工場の

空いている時期などを利用して別の製品をつくるような場合に生まれる経済効

果はシナジー効果ではなく、コンプリメント効果である。

よって、ウが正解である。

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