米国のトランスフォーメーションと主要国の対応 -...

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69 【研究ノート】 米国のトランスフォーメーションと主要国の対応 大嶋 康弘 伊藤 清登 古本 和彦 吉田 則之 宮内 由幸 小山田 隆 大江健太郎 はじめに 米国は、情報関連技術の革新的な発達を踏まえ、1996 年、統合戦力の有効性を新たな段 階に至らしめるためのビジョンである「ジョイントビジョン 2010JV2010)」を発表した。 それからおよそ 10 年、米国は 2003 年の対イラク武力行使において情報ネットワークを中 心とする新たな戦い方の検証を行い、その戦い方の変革を逐次、構想の段階から実行の段 階へ移行するとともに、冷戦後の新たな安全保障環境に対応すべくグローバルな軍事態勢 の見直しを推進している。こうしたトランスフォーメーションを米国は、技術的・予算的 制約に直面する可能性はあるものの、一国でも推進していく勢いである。一方で、米国は、 テロとの戦いのように同盟国や友好国の支援があって初めて達成できる最高位のミッショ ンがあるとして 1、これらの諸国との協力関係を強化する方向でもある。こうした米国の 動きやそれに対する主要国の対応は、地域の安全保障や同盟国・友好国との関係のあり方、 ひいては我が国の安全保障に大きな影響を与えるものである。 以下、米国のトランスフォーメーションの進捗状況や同盟国等との協力に関する考え方 を踏まえながら、中国を含む主要国が米国の動きを如何に捉え、どのように対応しようと しているのかについて明らかにし、これらが我が国の安全保障・防衛力整備に及ぼす影響 を主として軍事的視点から考察する。その際、①米軍のネットワークを中心とする戦い方 Network-Centric Warfare: NCW)と、②米軍のグローバルな態勢見直し、の 2 点が焦点と なろう。 1Douglas J. Feith, Transformation and Security Cooperation, Remarks at the ComDef 2004 Conference, National Press Club, Washington, D.C., September 8, 2004 <http://www.defenselink.mil/ speeches/2004/sp20040908-0722.html>, accessed on February 23, 2005.

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69

【研究ノート】

米国のトランスフォーメーションと主要国の対応

大嶋 康弘伊藤 清登古本 和彦吉田 則之宮内 由幸小山田 隆大江健太郎

はじめに

 米国は、情報関連技術の革新的な発達を踏まえ、1996年、統合戦力の有効性を新たな段

階に至らしめるためのビジョンである「ジョイントビジョン 2010(JV2010)」を発表した。

それからおよそ 10年、米国は 2003年の対イラク武力行使において情報ネットワークを中

心とする新たな戦い方の検証を行い、その戦い方の変革を逐次、構想の段階から実行の段

階へ移行するとともに、冷戦後の新たな安全保障環境に対応すべくグローバルな軍事態勢

の見直しを推進している。こうしたトランスフォーメーションを米国は、技術的・予算的

制約に直面する可能性はあるものの、一国でも推進していく勢いである。一方で、米国は、

テロとの戦いのように同盟国や友好国の支援があって初めて達成できる最高位のミッショ

ンがあるとして(1)、これらの諸国との協力関係を強化する方向でもある。こうした米国の

動きやそれに対する主要国の対応は、地域の安全保障や同盟国・友好国との関係のあり方、

ひいては我が国の安全保障に大きな影響を与えるものである。

 以下、米国のトランスフォーメーションの進捗状況や同盟国等との協力に関する考え方

を踏まえながら、中国を含む主要国が米国の動きを如何に捉え、どのように対応しようと

しているのかについて明らかにし、これらが我が国の安全保障・防衛力整備に及ぼす影響

を主として軍事的視点から考察する。その際、①米軍のネットワークを中心とする戦い方

(Network-Centric Warfare: NCW)と、②米軍のグローバルな態勢見直し、の 2点が焦点と

なろう。

(1)  Douglas J. Feith, “Transformation and Security Cooperation,” Remarks at the ComDef 2004 Conference, National Press Club, Washington, D.C., September 8, 2004 <http://www.defenselink.mil/speeches/2004/sp20040908-0722.html>, accessed on February 23, 2005.

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防衛研究所紀要第 9巻第 2号(2006 年 12 月)

70

 具体的には、1番目の焦点である「米軍のネットワークを中心とする戦い方」について、

先ず米軍の目指す NCWとは何なのかを総括し、新たな戦い方を遂行するための米軍の改

革状況を概観する。次に、新たな戦い方を遂行する上で米軍が同盟国等に何を期待してい

るかを考察し、そのための米軍のイニシアチブについて概観する。これらの米軍の動きに

対し、主要な同盟国が米軍との役割分担をどう考え、また米軍との能力格差の是正や相互

運用性の確保を含め、軍の改革をどう進めようとしているのか、さらに台頭しつつある中

国が米軍の新たな戦い方をどう評価し、このため軍の改革を含め、どう対応しようとして

いるのかについて考察する。

 2番目の焦点である「米軍のグローバルな態勢見直し」については、見直しの現状を踏

まえながら、主要国がかかる見直しをどう理解し、どう対応しようとしているのかについ

て考察する。最後に、米国のトランスフォーメーションやこれに対する主要国の対応状況

が我が国の安全保障や防衛に及ぼす影響等について分析する。

 なお本稿では、主要国として米国との関係が深く、軍の改革状況が我が国にとって参考

となると思われる英国、ドイツ、オーストラリア、韓国、それに軍の改革が我が国に影響

を及ぼすであろう中国を取り上げた。

1 米軍の新たな戦い方と主要国の対応

(1)米軍のネットワークを中心とする戦い方(NCW)

 セブロフスキー(Arthur K. Cebrowski)元国防省トランスフォーメーション局長は、

NCWに関して「工業化時代から情報化時代への移行の中で、我々が目にしているものは新

しい戦争の理論とでも言うべきものである。工業化時代には力は『量』から生まれた。今、

力は『情報、アクセス及びスピード』から生まれる傾向にある。新しい戦争の理論を NCW

と呼び、それはネットワークについてだけではなく、戦争が如何に戦われ、力が如何に創

り出されるかを包含するものである」と述べている(2)。このように NCWとは、情報化時代

における軍の戦い方及び軍の組織化・体系化のあり方を示すものであり、分散した兵員、

プラットフォーム、ウエポン、センサー及び意思決定機能のネットワーク化により状況の

認識を共有することで「情報の優位」を創り出し、これを利用して最終的には「戦闘の優位」

を獲得しようとする考え方である(3)。パワーの源泉は、ネットワーク化による情報の優位(2)  David S. Alberts, John J. Garstka and Frederick P. Stein, Network Centric Warfare: Developing and

Leveraging Information Superiority, 2nd ed., Washington, D.C.: CCRP, 1999, pp. 15-22 <http://www.dodccrp.org/publications/pdf/Alberts_NCW.pdf>, accessed on July 1, 2005.

(3)  Director, Force Transformation, Offi ce of the Secretary of Defense (OSD), Network-Centric Warfare:

Creating a Decisive Warfi ghting Advantage, Washington, D.C., Winter 2003 <http://www.oft.osd.mil/

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米国のトランスフォーメーションと主要国の対応

及びこれを敵に対する戦闘の優位に転換できる可能性であり、この可能性が時間と空間の

圧縮、指揮実行プロセスの圧縮といった指揮統制へのインパクト、消耗基盤型作戦(Attrition

Based Operation: ABO)から効果基盤型作戦(Effect Based Operation: EBO)への重点移行

といった戦場の変化、作戦テンポの促進といったオペレーションの変化をもたらす(4)。

 戦場レベルで見れば、NCWの導入により、軍種内や各軍種同士がネットワーク化され、

これらの統合運用がさらに強化される。例えば火力戦闘において陸軍のセンサーや特殊部

隊が探知した目標を海軍のトマホークで攻撃するといったように軍種の垣根を越えて、そ

の目標に最適の火器や部隊で攻撃することが可能となる。次元を超え、異軍種間の精密交

戦能力を共有化する、まさに陸・海・空軍の「弾先の統合」である。ネットワーク化により、

前方・後方の区別無く、望む地域に戦場を形成することが可能となり、作戦や戦闘のテン

ポとスピードが速まり、各軍種の持つ戦力のシナジー効果が生まれる。これらのことは、

これまでの大兵力による波状攻撃や段階的な作戦という戦い方から、情報優越に基礎を置

く圧倒的な機動力や高精度・長射程能力を備えた精密交戦能力による小兵力及び同時並行

的な作戦という新たな戦い方に変わることを示唆している。

 そして、この NCWは戦場だけに留まらない。米国は地球レベルでの NCWを追求してい

る。すなわち、地球レベルの統合ネットワークである「全地球情報グリッドネットワーク

(Global Information Grid: GIG)」を構築し、地球規模で、全ての隊員が情報プラグを持ち、「い

つでも、どこからでも」ネットに接続でき、必要な情報の提供を受けられる環境を形成し

つつある(5)。なお、米国は、同盟国・友好国に対しても全ての運用場所に、必要な情報を

提供できるようにインターフェイスを提供するとしている。この GIGは全地球的指揮統制

システムや全地球的戦闘支援システム等広範な分野を網羅しており、これにより先に述べ

た新たな戦い方が地球レベルで実施できる環境となる。米国は NCWの導入により、脅威

がいつ、どこで生起するか予測が困難な環境下において、「敵が世界のどこにいようとも、

世界のどこからでも、いつでも戦力を投射し、迅速かつ正確に攻撃してこれを破砕する」

能力と態勢作りを目指しているといえよう。また、新たな戦い方を遂行するには当然ネッ

トワーク化だけでは不十分であり、現在米軍は将来の統合戦闘コンセプト(ドクトリン、

組織、訓練、装備、リーダーシップ・教育、人事、施設が含まれる)の具体化を目指して

いる。そうした中にあって、統合運用にあたり、最も重大で困難な問題を抱える軍種が、

伝統的な垂直指揮階層を有し、重戦力を基本とする陸軍である。後で述べるように、米陸

library/library_fi les/document_318_NCW_GateFold-Pages.pdf>, accessed on July 1, 2005.(4)  Alberts, Garstka and Stein, Network Centric Warfare, pp. 53-85.(5)  1998年に構想が策定された。2004年 11月に最初の接続実験が行われたが、正式に稼働するには

20年間の開発・実験期間が必要とされ、総経費は数千億ドルの見込みである。

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軍は、モジュール化への改編、編制組織の改編、将来戦闘システム(Future Combat

System: FCS)の導入により、冷戦期の重厚長大な陸軍から、短期間で海外のどこにでも迅

速に緊急展開できる軽快機敏な陸軍への改革を推進している。

 以上、述べてきたことから考察できるように、米軍が全世界を対象とする NCWを遂行

するためには、世界的な情報の獲得及び必要とする地域への迅速かつ安全確実な戦力投射

が重要な担保となる。これらの担保に関して、米軍は基地設定が困難といった陸上におけ

る制約に影響を受けないように海上を基盤とする「シー・ベーシング」構想を開発したも

のの、これで全ての需要を満たすものではなく、また米軍自身が指摘しているように新た

な戦い方の骨幹であるネットワーク・システムそのものの脆弱性が未だ解決されていない。

このことから、米軍単独によるこれらの担保は困難であるというのが現状であろう。裏を

返せば同盟国や友好国の協力なくして米軍の目指す新たな戦い方は遂行できないという側

面があるということになる。後に述べる米国の同盟国等への期待が生まれる背景の 1つが

ここにある。

(2)米軍の改革状況

 NCWを遂行するための米軍の改革状況について、改革の最大かつ困難な側面を有し、ま

た 2004年に公表された Army Transformation Roadmap 2004(6)によりその改革の全体構想

が具体化されつつある陸軍を中心に概観する。

ア 陸軍

(ア)モジュール化への改編

 陸軍がモジュール化改編を進める背景には、米本土防衛に比重をシフトするため、現在

の前方配置からではなく米本土からの戦力投射が可能な軽い部隊を編成する必要性がある

こと、現在のイラク等の戦時下において、より多くの戦闘単位が必要であること、ローテー

ション運用の円滑化のためにより多くの戦闘単位が必要であることが挙げられる。

 組織再編制の中核となるのは、これまでの大規模で強力な火力を有する固定化された部

隊編制から、より小規模の自己完結性の高い機動力のある部隊編制に変革することである。

これにより、あらゆる軍事作戦に有効に柔軟に即応することを目指す統合部隊への参加が

可能となる。次の図は、これまでの師団基準の編制から旅団基準の編制への改編について

要図化したものである。

(6)  U.S. Army, The U.S. Army Transformation 2004<http://www.oft.osd.mil/library/library_fi le/document_386_ATR_2004_Final/pdf>, accessed on July 1, 2005.

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米国のトランスフォーメーションと主要国の対応

 米陸軍は、第 2次大戦以来続いていた戦闘部隊の組織編制を改編する計画をまとめつつ

ある。これまでは、旅団-師団-軍団-軍という 4階層構成になっていたものが、UA-

UEx-UEyの 3階層構成に改編される。

 UA(Unit of Action)は、概ね現行の旅団に相当する組織階層だが、現行旅団よりも多く

の支援部隊を追加し、モジュール化を行い、現行師団と同レベルの高度な独立的作戦能力

を有する旅団戦闘団(Brigade Combat Team: BCT)となる。UAは、重旅団(Heavy BCT)、

軽歩兵旅団(Infantry BCT)、ストライカー旅団(SBCT)の 3タイプ(7)に集約される。こ

の UAは、今後増設される 10~15個の UAと州兵の 34個の UAを合わせて合計 77~82個

となる。2007年までに 43個の BCTに改編され、さらに 2014年には、FCSを完備した最

初の旅団(FCSUA)が誕生する予定である。最終的には 2020年までに、22個の FCSUAの

他、9個重旅団、9個軽歩兵旅団、8個ストライカー旅団の最大計 48個の旅団戦闘団に改

編される。なお、陸軍州兵は 34個旅団(11個重旅団、23個軽旅団)へ 2007年頃までに改

編される予定である(8)。

 UEx(Unit of Employment X)は、現行の師団または軍団司令部に替わる司令部であり、

従来の司令部組織に保安、連絡士官、ネットワーク支援といった支援部隊を追加した組織

となる。常設人員は、2個の戦術指揮所を含め合計 960名となり、その任務は配下にある

(7)  重旅団は 3,800名、軽旅団は空挺、空中強襲、歩兵旅団であり 3,500名、ストライカー旅団は 3,900名の編成。現在の陸軍は 33個旅団編成であり、それぞれ 13種類の旅団から構成されている。

(8)  U.S. Army, The U.S. Army Transformation 2004.

図 1 陸軍のモジュール化

CAS) CAS)

10 X 43- 48 X

StrikeUAU U UA UA

(出所)  U.S. Army, “Army Campaign Plan: Acp Briefi ng”<http://www.army.mil/thewayahead/acppresentati-ons/4_13.html>, p13より作成。

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UAを指揮し、戦闘行動を指揮することである。UExは、現在の師団のように特定の地域

に貼り付けられることはない。また、戦域支援部隊をその組織構成から切り離し、より迅

速かつ有効に作戦行動を取れるように編成される。UExの指揮官は通常 2つ星(少将)、特

定の国に長期駐留する場合には、政治的・外交的見地から 3つ星(中将)となる(9)。UExは、

2011年頃には現役部隊が最大 13個、予備部隊が最大 8個、合計 18~21個が編成される(10)。

現時点では、現役師団司令部の 10個と第 1軍団司令部及び州兵師団司令部 8個、合計 19

個が改編される。この内,韓国では既に第 2歩兵師団司令部から 2 UExへの改編が完了した。

さらに日本へ UEx の配置が予定されているが、座間に移設される第 1軍団司令部が UEx

となった場合、その指揮官は旧軍団レベルの中将となる予定である。

 UEy(Unit of Employment Y)は、現行の戦域軍または軍団司令部に替わる司令部であり、

イラク作戦のような大規模作戦を指揮する。常設人員は 1,100名となる。新体制の下で構

成される UEyの数は 5個になる見込みであり、これらが、中東、アジア、欧州 /アフリカ、

中南米及び米本土におけるそれぞれの主要戦闘コマンドとなる。UEyの指揮官は 3つ星(中

将)となる(11)。UEyの主要な任務は、①統合軍の陸軍部隊司令部(ASCC)、②多国籍軍の

地上部隊の司令部としての統合軍地上部隊司令部、③海兵隊や空軍部隊との統合任務部隊

の司令部としての機能である。現時点での UEyの配置は、欧州軍の地上部隊司令部(UEy

欧州・アフリカ)、中央軍の地上部隊司令部(UEy中東・南西アジア)、太平洋の地上部隊

司令部(UEy太平洋)となり(12)、また、一時的に在韓米軍の地上部隊司令部となる UEy韓

国の 4個が考えられる。図 2は、UA、UEx及び UEyの概念を示したものである。

 これらの改編に関し、スクメーカー陸軍参謀長は「今後、陸軍は、3つのタイプ(重旅団、

軽歩兵旅団、ストライカー旅団)に集約された旅団戦闘団(BCT)を中核として形成し、

師団司令部と軍団司令部に統合能力を持たせ、これらがどこに配置されても、同一の編成

とし、かつ、相互に入れ替えが可能となる。さらに、3万人の増員により、地球規模のテ

ロとの戦いを遂行しつつ、陸軍を拡張することが出来る」と述べている(13)。

 なお、UEy-UEx-UAの呼称について、その部隊の歴史的由来を考慮して、UEyについて

(9)  “U.S. Army Details New Combat Structure,”Jane's Defense Weekly, December 15, 2004, p.7.(10)  Department of Defense,“Base Closure And Realignment Report Volume I Part 1 of 2: Results and Pr-

o c ess,” May 2005, p.11.(11)  UEy指揮官の階級については、例えば現在陸軍大将である欧州軍司令官のポストがその財源の一

つになっていることから、今後も 4つ星(大将)となる可能性も考えられる。(12)  U.S. Army, The U.S. Army Transformation 2004.

(13)  “Defense Department Special Briefing on Announcement of New Locations for The Active Duty Army's Modular Brigade Combat Teams,”July 27, 2005 <http://www.defenselink.mil/transcripts/2005/tr20050727-3521.html>, accessed on July 1, 2005.

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米国のトランスフォーメーションと主要国の対応

は軍または軍団、UExについては軍団または師団、UAについては旅団戦闘団の呼称を採

用することを 2005年 9月に決定している(14)。

(イ)将来戦闘システム(FCS)(15)

 米陸軍の究極の目標部隊(オブジェクト・フォース)の中核システムとなる FCSは、18

の有人・無人兵器システムとそれらを連接するネットワーク及び兵士から構成され、相互

の情報共有が可能となる。このネットワークは、統合戦術無線システム及び戦闘情報ネッ

トワークにより同盟国のネットワークと連接できるとしている。FCSが装備された行動単

位部隊(UA)は、統合軍の一部として NCWを実現する。

 FCSは、2008年から 2年ごとの各スパイラルにおいて開発し、現行部隊への FCS能力

の導入を加速する計画である。2008年から現行部隊へ兵器システムを装備した UAについ

て運用・評価をおこない、評価した兵器システムを 2010年頃から導入を開始する。2014

年には、全ての兵器システムを装備した FCSUAを完成させる予定である。

 このシステムの導入により、現在の機械化師団の行動範囲である正面 45km、縦深 150km

(14)  “Army Announces Unit Designations in the Modular Army,” September 30, 2005 <http://www4.army.mil/ocpa/read.php?story_id_key=7999>, accessed on October 6, 2005.

(15)  本項は次の資料から抜粋整理した。Global Security.org, “Future Combat Systems (FCS)”<http://www.globalsecurity.org/military/systems/ground/fcs.htm>, accessed on July 1, 2005.

図 2 UA-UEx-UEyの概念図

CORPSCORPSXXX

DIVDIVXX

BDEBDEX

U A

UE Y

UE X

USAREURUSARPACUSARSO3rd Arm y8th Army

I CorpsIII CorpsV Corps

XVIII Corps

ASCCASCCASCC

XXXX

UE Y

UE X5 Heavy Divisions

1 Composite Division2 Light Divisions

1 Air Assault Division1 Airborne Division

X

SBCTHeavy Bdes(M ech/Armor/ACR)

)

X

Light Bdes(Airborne/AASLT/Light/LCR)

5

4

10

33

43-48BCTU A

3,300 4,000X

1,110•

•JFLCC)

•JTF)

••

JTF)• JFLCC)

Army Service Component Com mand (ASCC)

Units of Employment

(UE)

Units of Action

Capabilities m igrate to

UE Y

Capabilities m igrate to

UE X

Cam paign

(M ajor O pr)

(Battle)

(Engagem ent)

(出所)  U.S.Army, The U.S. Atmy Transformation 2004 <http://www.oft.osd.mil/library/library_fi le/docu-ment_386_ATR_2004_Final/pdf>, pp. 38-44より作成。

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防衛研究所紀要第 9巻第 2号(2006 年 12 月)

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から、FCSUAの行動範囲となる正面 300km、縦深 400kmに拡大される。

イ 海軍

 米海軍は、即応態勢のための「艦隊即応計画」(Fleet Response Plan: FRP(16))を具体化し

ている。2004年には、空母 7隻が同時参加する演習「サマーパルス 04」を太平洋、大西洋、

アラビア海で同時に実施した(17)。FRPは、グローバルな安全保障環境へ適応するため、レ

ディネスの持続による運用可能期間(Employability)の延長を目的に実施するものであり、

戦闘能力 50%向上や展開ローテーションにおける人的緊張緩和を目標としている。これは、

現在の 24カ月周期での運用(9.5カ月が配備または配備可能状態)に対して、27カ月周期

で運用(15.8カ月が配備または配備可能状態)することにより、継続的な 6個空母打撃群

(Carrier Strike Groups: CSG)の前方展開または即応戦力の提供を可能にし、かつ基礎訓練

フェーズ 2個空母打撃群の 90日以内の提供を可能とする(18)。

 また、艦隊規模の削減に関しては、260隻案(空母 10隻基幹)~320隻案(空母 11隻基

幹)の間で検討している。これに関連し、空母ジョン・F・ケネディー(CV-67)のオーバー

ホール計画を中止し、2005年に退役させ、経費削減を図る予定である。しかしながら、議

会はこれに反対しており、政府案を否決する可能性もある。

ウ 空軍

 米空軍は、トランスフォーメーション戦略として、引き続き、地球規模の機動(Global

Mobility)と地球規模の攻撃(Global Strike)の概念を重視している。Global Mobilityは「世

界のどこにでも最小限の時間で作戦を開始する」、Global Strikeは、「重要な目標を、世界

のどこにあろうと数時間、あるいは数分で攻撃できる」とする構想である。

 また、空軍のトランスフォーメーション・ロードマップである Air Force Transformation

Flight Plan2004(19)によれば、統連合による戦闘(Joint & Coalition Warfi ghting)の概念が新

たに設定され、効果基盤型の戦力(Capabilities-Based Force)、宇宙航空優勢(Air & Space

(16)  U.S. Navy, Naval Transformation Roadmap 2003: Assured Access and Power Projection... From

the Sea, April 2004, p.9 <http://www.oft.osd.mil/library/library_fi les/document_358_NTR_Final_2003.pdf>, accessed on July 1, 2005.

(17)  Global Security.org, “Fleet Response Plan,”<http://www.globalsecurity.org/military/ops/frp.htm>, accessed on July 1, 2005.

(18)  Naval Transformation Roadmap 2003, p.9. “Statement of Admiral Vern Clark, U.S. Navy Chief of Naval Operations Before the Senate Appropriations Committee,” March 10, 2004 <http://appropriations.senate.gov/hearmarkups/record.cfm?id=218908>, accessed on October 18, 2005.

(19)  U.S. Air Force, The U.S. Air Force Transformation Flight Plan 2004, pp.42-45 <hhtp://www.oft.osd.mil/library/library_fi le/document_385_2004_USAF_Transformation_Flight_Plan.pdf>, accessed on July 1, 2005.

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米国のトランスフォーメーションと主要国の対応

Superiority)の概念を含めた航空優勢を重視する姿勢が伺える。

(3)同盟国等への期待

 他国に比し圧倒的な投資と時間をかけてトランスフォーメーションを進める米国は、一

体どのような態度で同盟国等と協力しようとしているのだろうか。

 米国は、鍵となる戦略資産の 1つが同盟国等とのネットワーク化であるとして、4つの

基本目標、すなわち①共通の脅威認識の発展を促進、このため情報の交換や共有を改善す

ること、②米国の安全保障上の利益を増進する防衛関係を構築すること、③同盟国等の自

衛及び連合作戦のための軍事能力を発展させること、④同盟国や友好国の求めに応じ米国

の戦力を提供することを定め、さらに、3つの教義、すなわち①同盟国及び友好国との戦

略的事項に関する共通の思考を発展させること、②同盟国及び友好国の能力の増進及び防

衛体制の変革を支援すること、③アクセス及び領空通過承認のためのアレンジといった安

全保障協力を促進するための環境を作ることを定めた(20)。これらの基本目標や教義からわ

かるように、米国は同盟国等に対し、先ず米国と同じ脅威認識や戦略的思考を有している

こと、そして米国と共通の価値観や利益を守るために、米国と共に尽力する能力と意思を

持つことを期待している。さらに 2005年公表された「米国家軍事戦略」においては、米国

の同盟国等に対する安全保障・防衛協力上の期待は、情報協力、米戦力投射のための協力

及び戦闘空間の安全化のための協力の 3つに集約される(21)。情報協力とは地域的な情報へ

のアクセスの提供や米国との情報の共有等であり、米戦力投射のための協力とは戦略的接

近経路の総合的防衛に関する協力、駐留受入国のインフラへの物理的アクセス支援、地域

情報へのアクセス支援等を指す。最後の戦闘空間の安全化のための協力とは、例えば敵の

能力の使用拒否及び非対称攻撃に対抗するための協力や地域の脅威を除去し、地域の巡察

を行うこと、さらには国家主体のテロ組織への支援や安全地帯の付与を拒否するための協

力、大量破壊兵器を使用した攻撃による被害の把握などの結果管理である。

 このように、米国は、新たな戦い方を具現化するために同盟国等に多様な協力を期待し

ているが、現実問題として同盟国等と米国との能力格差の問題が存在している。このため、

米国は、同盟国等の能力を向上させるべく、各種の施策を行っている。「米国家軍事戦略」

によれば、米国のそれは、同盟国等に対する情報共有能力の向上支援と軍事能力を増大さ

せるための支援の 2つに大別される(22)。

(20)  Feith, “Transformation and Security Cooperation.”(21)  Joint Chiefs of Staff, “The National Military Strategy of the United States of America,” 2004, pp. 9-17

<http://www.defenselink.mil/news/Mar2005/d20050318nms.pdf>.(22)  Ibid., pp. 9-17, 23-26.

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防衛研究所紀要第 9巻第 2号(2006 年 12 月)

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 1つ目の情報共有能力の向上支援については、多国籍情報共有イニシアチブが挙げられ

る。これは各軍種及び同盟国等との共同作業によって進められ、CENTRIXS(Combined

Enterprise Regional Information)といった既存システムのプログラム・マネージメントを

統合し、最終的に単一の多国間情報共有環境を構築することを狙いとしている。2010年以

降運用段階の予定であるが、当面 CENTRIXSを中心に作業が進められる(23)。

 2つ目の軍事能力を増大させるための支援については、米国は同盟国等に対し、各国が

能力を開発し、近代化し、かつ変革するように働きかけるとともに、同盟国等との統合計

画策定、軍事交流、ドクトリン・手段の整合、演習の実施により相互運用性を高め、安定

化作戦や統連合作戦を遂行する能力の向上を支援している。地域別に見れば、コソボ紛争

以来、軍事能力格差が顕在化している NATO(北大西洋条約機構)正面においては、プラ

ハ能力コミットメント(Prague Capability Commitment: PCC)、同盟軍改革司令部(Allied

Command Transformation: ACT) の 新 設 や 多 国 間 相 互 運 用 委 員 会(Multi-National

Interoperability Council: MIC)の立ち上げ、米軍との協同が可能な NATO即応部隊(NATO

Response Force: NRF)の創設、データリンクの拡充による能力格差の是正のための施策で

ある。アジア太平洋地域においては、欧州地域のように NATOといった多国間軍事組織の

枠組みを有しておらず、統一した施策の発揮が困難な面がある。その中においても米国は

多国籍計画拡大チーム(Multinational Planning Augmentation Team: MPAT)の設置により同

盟国等の情報共有能力や軍事能力の向上を支援するための施策を採っている。現在、MPAT

においては、域内の安全保障協力のため、相互運用性を高め、戦争以外の軍事作戦や小規

模有事における多国間展開能力の向上を狙いとして、多国籍軍標準運用手順(Multinational

Force Standing Operating Procedures: MNF SOP)を開発中である。また、米太平洋軍は同

盟国との相互運用性向上のため、多国間情報システム「共同作戦広域ネットワーク」を開

発し、さらにより汎用性の高い共同情報交換システム(CENTRIXS)へ進化させている(24)。

 さて、これまで述べた米軍の一連の動きに対し、主要国はどう対応しようとしているの

だろうか。先ず、米国の同盟国の対応状況を概観し、中国については後述する。

(23)  “Multinational Information Sharing (MNIS),” MULTIFORA Update, January 14, 2005 <http://www.jcs.mil/j3/mic/mic_docs/Multifora/Multiforameetings/Multi_Fora_14Jan05/US_MNIS_Overview.ppt>, accessed on July 1, 2005.

(24)  この他、「西太平洋潜水艦救難訓練」や「西太平洋海軍シンポジューム」(Western Pacifi c Naval Symposium: WPNS)等、共同訓練・研究分野における海軍の多国間協力が顕著である。さらに、拡散安全保障イニシアチィブ(Proliferation Security Initiative: PSI)が推進されている。PSIは、核や大量破壊兵器の不拡散のための多国間安全保障協力であるが、同時に参加国の能力向上や相互運用性の向上にも繋がっている。

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米国のトランスフォーメーションと主要国の対応

(4)主要国の対応状況

ア 英国

(ア)安全保障・防衛政策の概要

 第二次大戦以降における英国の安全保障政策の目標は、ほぼ一貫して、①本国の防衛、

②属領の保護、③国益の増進(世界の平和と安全の確保)、の 3つといえる。英国は、これ

らの目標を達成するため、安全保障環境の変化に応じて脅威を継続的に見積もり、国防政

策を策定している。

 英国の国防政策の変遷を概観すると、脅威認識の最大の転換の契機となったのはソ連の

崩壊であり、東西冷戦の終結以降、「もはや欧州に大規模な従来型脅威は存在しない(25)」

との認識に立ち、以後、軍の規模を 25%以上削減(26)するという大胆な改革に着手した。

従来、最も大きな脅威であったワルシャワ条約軍の消滅により、対象となる脅威は、NATO

地域を含む英国本土に対する攻撃から、属領に対する攻撃あるいは英国の国益に影響する

NATO域外の紛争へと移行した。

 次に、英国の脅威認識に大きな影響を与えた事件は、2001年 9月 11日に発生した米国

の同時多発テロである。これは、西側の価値観や秩序の崩壊を狙った「世界の平和と安全

に対する挑戦」であり、従来のテロに対する認識を根底から見直す必要性と国連をはじめ

とする多国間の協調の重要性を示唆するものであった。

 これらの脅威認識の変化に伴い、安全保障環境に対する認識も見直されてきたが、その

基本となるのは、1998年の「戦略防衛見直し(Strategic Defence Review: SDR)」である。

SDRでは、英国は、①「英国の安全保障及び防衛の基礎は、欧州の安全及び安定と米国と

の同盟である」と認識し、②国連安保理の常任理事国として国連、NATO等に対する先導

的な軍事貢献を表明し、③貿易、海外からの投資、天然資源の流通に基づく経済及び福祉

を含む幅広いグローバルな国益を有しており、④海外領域(属領)に対する防衛責任を持

つとともに、⑤ EU及び NATOとともに平和を支援、調停作戦における効果的な軍隊の派

遣能力を持つことが安全保障政策の重要な要素である、としている。

 上記の認識に加え、先に述べた 9.11テロ事件を踏まえた修正として、2002年に「戦略防

衛見直しの新たな 1章」を発表し、さらに翌年、イラクにおける軍事作戦の教訓等を踏まえ、

安全保障環境の認識の追加、修正を行っている。すなわち、①国際テロの脅威対処のため

の本国及び海外における対応の必要性、② NATO域外で作戦を遂行できるより小規模な対

(25)  U.K. Ministry of Defence, Delivering Security in A Changing World, Defence White Paper, London: The Stationery Offi ce, December 2003, p. 5.

(26)  U.K. Ministry of Defence, “Future Military Capability, Strategic Defence Review,” October 29, 2001 <http://192.5.30.131/issues/sdr/capabilities.htm>, accessed on July 14, 2006.

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防衛研究所紀要第 9巻第 2号(2006 年 12 月)

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処部隊への変換、③欧州安全保障防衛政策(ESDP)の策定とそれに基づく運用の開始、④

ロシアとの関係を戦略的パートナーと認識、④大量破壊兵器及びその関連技術の拡散、⑤

NEC(Network Enabled Capability: ネットワークが可能にする能力)を含む新しい構想と技

術開発の必要性である。

(イ)米軍との役割分担と協力

 英国は、従来欧州が NATOとは別に独自の防衛力を保持することに対して消極的であっ

たが、前節で述べた安全保障認識から、欧州で指導的立場を果たすことを外交戦略に据え、

欧州の自立に対して先導的な努力を行っている。一方で、軸足を欧州よりに移しつつある

とはいうものの、英国と米国は、共通の価値、利益、言語を共有しており、両国の良好な

関係は経済的、戦略的利益の基礎であるとの認識に変わりはなく、米国との関係が外交政

策の中心であることに疑う余地はない。2001年 9月のテロ事件の際も米国と協調し、国際

テロとの戦い及びアフガニスタン復興に積極的に取り組む等、軍事活動、外交活動、人道

支援の分野において幅広い任務を果たし、米英の強固な信頼関係を裏付けている。

 2003年国防白書「変動する世界における(Delivering Security in a Changing World)」に

よれば、英国は将来の事態に対し、4つの作戦のケースを想定し、その対処構想を次のよ

うに提示している。第 1に、最も生起公算の高い事態はアフガニスタンにおける作戦のよ

うな小規模または中規模の事態である。この対処のためには、多様かつ同時に生起あるい

は継続する 3個の小・中規模作戦に対処可能な編成への見直し及び最適化が必要であると

し、展開可能な司令部、C4ISR及び兵站を含めた能力を強化することとしている。第 2に、

米国が参加しない欧州における作戦においては、欧州主体で対応することとし、英国はそ

の先導的役割を担うこととしている。このため、先導あるいは基幹国家としての能力を高

めることが必要であり、中規模作戦において所望の結果を達成するべく、あらゆる攻撃手

段に対処するためにあらゆる機能を備えた軍事能力を保持する。第 3に、継続する作戦に

おいては、当初、統合部隊が展開し、安定を確立した以降は、より小規模、軽量の部隊を

展開することとなるが、この際、継戦基盤としての適切なレベルの制海能力、航空及び高

い能力を持った陸上攻撃部隊が必要である。第 4に、イラク作戦のような最も複雑で大規

模な作戦を含むことが予想される NATO域外の事態に対しては、米国主導の同盟作戦の一

部として実施することとするが、英国は米国の最良のパートナーとして、重要な役割を果

たす考えである。この場合、作戦計画の立案から作戦終了以後に至るまで、全般にわたり

影響力を最大限行使できるようにすることが第一目標である。このため、①初期段階から

の戦域加入及び作戦形成、②情報・監視・偵察、③戦略目標に対する精密攻撃、④統合に

よる陸上及び航空攻撃作戦、⑤紛争後の安定化、に対して貢献できることが必要である。

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米国のトランスフォーメーションと主要国の対応

これらの貢献を行うために、英国が特に重視しているものは、①米国のネットワークに連

接される独自ネットワークによる C4ISR、②特殊任務部隊、水陸両用作戦及び攻撃空母任

務部隊、③長距離攻撃及び陸上作戦支援のための航空遠征任務部隊、④攻撃作戦を遂行す

る陸上機動師団である。

 ブッシュ米大統領は、2003年の声明において、米軍の世界的な態勢見直しを発表し、

2004年には具体的な米軍の大規模削減と配置の見直しの方針を示すと同時に、同盟国や友

好国の協力を要請している。特に、冷戦後に欧州方面における脅威はないとの認識のもと、

この方面の駐留米軍を大幅に削減することから、米国は欧州において軍事的な能力が高く、

また信頼のおける同盟国である英国に対し、より一層の協力を求めることになろう。さらに、

米国は NATO域外への部隊派遣も同盟国や友好国に要請しているが、英国はこれに積極的

に応ずる構えである。

 実際、イラク戦争において、英国は、米国と対等の立場で作戦に参加し、米軍の一翼を担っ

た。作戦の計画から実行まで米軍主導で行われたが、英国は編成・展開計画の策定を行う

初期段階から司令部に要員を派遣し、あらゆるレベルでその影響力を行使した(27)。戦闘に

おいても英地上部隊は米第 1海兵遠征軍司令官の指揮下で共同作戦を行ったが、特にイラ

ク軍の強力な抵抗にあったバスラ攻略戦では、米海兵隊の水陸両用装甲車を英陸軍戦車が

支援する場面(28)等が見られた。装備面においても、米海兵隊は英軍部隊で実用化されてい

た PRR(Personal Role Radio: 個人用無線装置)をイラク戦争直前に 5,000セット緊急調達し、

米第 1海兵遠征軍に配備してバスラ、ウンムカスル、バクダッド、ティクリート等で共同

作戦を行った(29)。航空攻撃においては、攻撃目標の選定は米中央軍、英国国防省、常設統

合司令部(Permanent Joint Head Quarter: PJHQ)、湾岸地域国家緊急事態司令官(National

Contingent Commander in Gulf: NCCG)の間で調整されるが、重要な目標選定の権限は米戦

域司令官に委ねられていた。しかし、英国の分担するすべての目標に対する攻撃の最終承

認は、英国国防大臣が行い、その攻撃は英軍の戦力をもって行った。また、AWACSによる

4個空中哨戒点は英米軍が協力してシームレスに実施された。空中給油部隊は米軍機に対

しても給油を行ったが、実に彼らのミッションの 40%以上は米軍機に対するものであり、

特に、空母艦載の米海軍機、海兵隊機への支援であった(30)。

(27)  U.K. Ministry of Defence, Operations in Iraq: First Refl ection, July 2003, p.32 <http://www.mod.uk/NR/rdonlyres/0A6289F6-898B-44C5-9C9D-B8040274DC25/0/opsiniraq_fi rst_refl ections_dec03.pdf>, accessed on July 14, 2006.

(28)  江畑謙介「イラク戦争の予備的総括」『軍事研究』第 38巻第 6号(2003年 6月)36ページ。(29)  同上、60ページ。(30)  U.K. Ministry of Defence, Operations in Iraq: Lessons for the Future, December 2003, pp.

9-10, 27-28 <http://www.mod.uk/NR/rdonlyres/734920BA-6ADE-461F-A809-7E5A754990D7/0/opsiniraq_lessons_dec03.pdf>, accessed on July 14, 2006.

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 主要な戦闘終了後の復興支援のフェーズにおいては、英国は、イラク北部及び首都を担

任する米国、中南部を担任するポーランドと並び、南東部地域の安全確保の責任を分担し

ている。英国は、南東部の治安維持の任にあたるチェコ、デンマーク、イタリア、リトア

ニア、オランダ、ニュージーランド、ノルウェー、ポルトガル、ルーマニアの 9カ国を主

導する役割を果たすこととなり、米国の盟友としてイラク復興の責任を担っている(31)。

(ウ)軍改革の現状と方向性

 英国は、米国と対等の立場で世界の平和と安全の確保に寄与しようとしている。そのため、

情報の共有を始め、リスクまでも米国と共有する用意がある。また、英国独自のフルスペ

クトラムの戦力整備及び技術力確保にも努力しており、総じていえば、英国軍はいわゆる

ミニ米軍を志向しているといえる。すなわち、規模的に米軍に及ばないものの、一通りの

機能とあるレベルの単独での海外遠征軍派遣能力を整備しようとしている。

 欧州諸国のうちで NATO域外への大規模な部隊展開能力を持つ国は、英国と仏国のみで

ある。1966年に仏国が NATOの軍事機構から脱退した後は、英国は欧州においては中核的

な役割を務めてきたが、1999年のコソボ紛争、2003年のイラク戦争を通じ、米軍との間に

歴然とした能力格差、特に ITの応用による指揮統制、情報、通信の分野における格差を痛

感させられた。イラク戦争後の重要な教訓として、特に米軍との相互運用性の向上、新テ

クノロジーの導入の必要性を指摘している。

 英国は、米国との軍事能力格差が拡大する情勢のもと、自らの軍事能力を高めることに

よってNATOの能力を高めるべきとの認識に立ち、防衛力整備に取り組んできた。SDRでは、

高度に訓練された専門的な部隊が必要であるとし、軍の具体的な変革として、①核戦力の

削減(核弾頭を 300個から 200個へ)、②統合戦闘能力強化(緊急展開部隊の創設等)、③

NBC防護の改善、④戦力向上(陸軍兵力増員、空母・新型戦闘機及びミサイルの開発等)

を推進している。中でも、指揮統制、通信、コンピュータ、情報、監視及び偵察(C4ISR)

の IT関連分野において能力の向上を図ることに重点をおくこととし、監視のための航空機

搭載レーダー、無人航空機(UAV)に注目している(32)。

 英国は、軍の変革の核心を NECであると認識している。規模的には米軍に及ばないもの

の、NECの基本的な考え方は米国の NCWと概ね同じといってもよく、「センサー、意思決

定者、兵器システム及びその支援能力の首尾一貫した一体化を方向付けするための手段」

と定義している。英国は、英国軍内部にとどまらず、同盟国との情報共有を進めることで

認識の統一を図り、より優れた情報に基づく決断、より迅速な攻撃、より精密な破壊をもっ

(31)  Ibid., pp. 65, 85.(32)  財団法人ディフェンス・リサーチ・センター「広い意味での IT技術の軍事分野への適用と将来の

展望についての調査」2004年 12月、75~76ページ。

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米国のトランスフォーメーションと主要国の対応

て、限られた戦力を有効に使用し、少量でもリンクで結ばれた質の高い装備により所望の

成果を達成できるとしている(33)。

 NECの整備については、次の 3段階に区分している。第 1段階(初期段階)は、2007年

までとし、現有装備品の通信リンクの改善等を行う。第 2段階(過渡段階)は統合化を推

進するとして、概ね 2015年までを設定している。第 3段階(成熟段階)は、2020~2030

年頃を目標に、軍事力の全構成要素を同期化し、一体化を図る計画である。

 次に、改革状況を C4ISR、精密交戦、兵站支援、統合、防護力の各機能別に考察する(34)。

 C4ISRについては、概ね 5年以内の装備化を目指しているものとして、①次世代軍事通

信衛星の Skynet5、②現地司令部・部隊用の衛星通信器材の Cormorant、③戦場における秘

匿通信器材の Falcon、④ 3軍の戦術情報用秘匿音声及びデータ通信システムの Bowman、

⑤将来デジタル通信基盤の DII、⑥監視、偵察、目標識別のための機上センサーシステムで

ある ASTOL(Airborne Stand-Off Radar)、⑦無人偵察機のWatchkeeper等がある。

 精密交戦能力については、Storm Shadow(長射程空対地ミサイル)、Brimstone(対装甲

爆弾)、Maverick(精密誘導爆弾)を取得して、その能力を強化する。緊急展開能力につい

ては、フォークランド紛争の教訓を踏まえ、南太平洋、北アフリカ、中近東、湾岸地域に

迅速に展開できるように「長い腕(long Arms)」を発揮できる装備を計画している。「長い腕」

とは、火力の射程、輸送能力及び兵站支援能力を長距離化することで、新型輸送機、コン

テナ輸送船を含む戦略輸送能力の向上が目標である。兵站支援能力については、海外遠征

部隊に対して、要求した物が正しい場所に正確な時間に届くような補給支援態勢を構築す

べく、調達補給システムの改革を行う。また、統合の観点では、3軍から抽出した部隊に

より、統合緊急展開部隊を創設する。この部隊は、統合指揮統制下にあって、統合情報能

力と統合兵站能力を有する。さらに、防護能力にも力を入れており、NBC対処部隊を新編

するほか、FIST計画により、兵士個人の C4I能力、殺傷能力、持続性、生存性、機動性を

強化しようとしている。

 各軍種の改革状況(35)を総括すると、陸軍は将来予想される紛争等の規模から、大隊、旅

団中心の編成にし、迅速かつ柔軟に展開できることを目指している。兵力は、2008年 4月

には、10万 3,500人から 10万 2,000人へ削減する。将来編成は、2個重機甲旅団(3個か

ら 2個へ削減)、3個中装備旅団、1個軽装備旅団(新設)、空中機動旅団及び海兵旅団とす

る。ここで中装備旅団は、捜索・目標補足能力の付与、無人機偵察中隊等が配属され、

(33)  U.K. Ministry of Defence, “Foreword,” Network Enabled Capability, JSP 777 Edn 1, 2005.(34)  U.K. Ministry of Defence, Delivering Security in a Changing World, Future Capability, London:

The Stationery Offi ce, 2004, pp. 5-10.(35)  Ibid., pp.7-10.

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Future Rapid Effects System ( FRES(36))による強化がなされる。7個のチャレンジャー 2機

甲大隊と 6個の AS90砲兵中隊を 2007年 3月に削減し、代わって 2個のチャレンジャー 2

機甲偵察連隊、3個の軽機甲中隊(中規模能力を持つ FRESに発展)を新編する。また、3

個の AS90砲兵中隊は、新編される軽旅団の軽砲兵部隊に転換する。装備としては、既に

アパッチヘリコプターの導入を開始、2005年には歩兵用の対戦車誘導弾 Javelinを導入する。

また、北アイルランドの情勢好転により、地域陸軍の 40個歩兵大隊を 4個削減し、36個

大隊とすることとしている。

 次に、海軍であるが、兵力を 2008年 4月に 3万 7,500人から 3万 6,000人へ削減する。

海軍は、在来型脅威は減少したものとして、空母及び水陸両用任務部隊重視の編成とし、

沿岸作戦と島嶼作戦に重点を移している。核搭載攻撃潜水艦部隊を削減し、対地攻撃用の

巡航ミサイルを装備しつつある。具体的な計画としては、現有の 3隻の空母に搭載するハ

リアー GR9の能力向上、JCA(Joint Combat Aircraft)を搭載する新大型空母の導入、2隻

の新鋭強襲艦の就役等があり、駆逐艦及びフリゲート艦は計 25隻体制を維持、8隻の新 45

型駆逐艦を就役させる。旧式の 42型駆逐艦、23型フリゲート艦は 2006年 3月に廃棄される。

トライデントによる核抑止は今後 30年有効との認識であり、原子力潜水艦は 8隻体制を維

持する。また、海上監視のニムロッドMR2は 21機から 16機へ削減する。後継のMRA4は

12機の予定である。艦船への CEC(共同交戦能力)導入、航空機へのMIDS搭載等、ネッ

トワーク化を強力に推進をしている。ただし、CECの導入については、英海軍は試験的に

導入したものの、開発元の米国が計画見直しの状況にあり、別のシステム導入になる可能

性がある。

 空軍は、兵力を 2008年 4月時点で 4万 8,500人から 4万 1,000人へ削減するとともに、

航空機や搭載兵器の高度化、Link16によるネットワーク化を推進する計画である。主要な

ものとしては、ユーロファイター(Typhoon)及び JCAの取得、トーネード GR4能力向上、

ハリアー GR9の部隊建設、Storm Shadow(長射程空対地ミサイル)・Brimstone(対装甲爆

弾)・Maverick(精密誘導爆弾)の取得、トーネード F3への AMRAAM/ASRAAM(中・短

距離空対空ミサイル)の搭載がある。トーネードは、高性能ミサイルの搭載及び JTIDSの

搭載により能力強化する。これらの結果として、ジャガーの 3個飛行隊を 2007年までにす

べて廃止、またトーネード F3の 1個飛行隊を 2005年 10月に廃止する。併せて、コルティッ

シュ空軍基地を 2006年 12月に閉鎖する。航空輸送部隊については、引き続き C-130を維

持しつつ、2011年には A-400Mの導入を計画している。A-400M導入までの間、現在リー

(36)  FRESは、迅速・正確な攻撃を可能とする多数のシステムからなる急速展開可能な部隊で、装甲戦闘車両のほか、ヘリコプター、先進歩兵技術(FIST)等で構成し、ネットワークをもって連接する構想。旅団規模を想定しており、2007年に運用開始予定。

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米国のトランスフォーメーションと主要国の対応

ス中の 4機の C-17に加え、さらに 1機の購入またはリースを行うこととしている。

 研究開発状況については、英国は、長年にわたり米国や欧州各国との間で共同研究開発

を実施してきたが、相互運用性、技術格差是正及び経済的理由から、今後も積極的に共同

研究開発を推進していくものと思われる。特に、米国が圧倒的な技術的優位に立っている

IT関連分野については、米国の協力が不可欠と考えている。因みに、共同研究開発プロジェ

クトのうち、航空機やミサイル等については米国を除く欧州各国との共同が半数程度ある

のに対し、NCW関連については約 7割が米国を含んでいる(37)。他方、国内に高い技術力

を確保するため、「限られた予算の中での難しい選択」を求められており、プロジェクトの

選定に関して、国内外のバランスを如何に取るかが極めて重要な課題となっている(38)。

 BMDについては、米国との間で共同研究を実施中であるが、技術的なリスク及び膨大な

経費負担から配備については消極的であり、さらに検討が必要との態度である(39)。

イ ドイツ

(ア)安全保障・防衛政策の概要(40)

 冷戦終結以前、ドイツは NATOの最前線であり、ワルシャワ条約機構との戦争が勃発し

た場合、最初の戦場となる場所であった。しかし、冷戦終結により、ドイツの統一、NATO

の拡大、ワルシャワ条約機構の解散やソ連の崩壊により、東からの脅威はなくなった。

2003年 7月に公開された「ドイツ国防政策の指針(以下、指針)」においては、「ドイツ領

土に対する従来型の軍事力による脅威は存在しない」と明言している。

 一方で、地域の不安定化、大量破壊兵器の拡散やテロリズムといった新たな危険がより

明確に認識されるようになった。特に 2001年 9月 11日に米国で発生した同時多発テロを

契機として、脅威の対象が共産主義や近隣国家ではなく、発生場所が限定できないグロー

バルで不特定なものとして認識されるようになった。指針においては、新たな脅威認識と

して次のとおり示されている。まず、テロ攻撃について、文明社会を震撼させ世界のどこ

でもいつでも起こりうる脅威として筆頭に挙げている。続いて、長射程大量破壊兵器の発

達や拡散と犯罪組織により助長される武力紛争を脅威として認識している。また、欧州南部・

(37)  U.K. Ministry of Defence, Annual Report and Accounts 2004-05, Supplementary Document

Collaborative Equipment Program, London: The Stationery Offi ce, 2005. (38)  U.K. Ministry of Defence, “The Impact of Technology,” August 6, 2001 <http://192.5.30.131/issues/

sdr/impact.htm>, accessed on July 14, 2006.(39)  U.K. Ministry of Defence, Delivering Security in A Changing World, Defence White Paper, p.9.(40)  本項は、特に注記していない場合、次の各資料から抜粋整理した。Federal Ministry of Defence,

Defence Policy Guideline, Berlin: Federal Ministry of Defence, May 21, 2003 <http://www.bmvg.de/C1256F1200608B1B/vwContentByKey/W268AHEH510INFOEN/$File/VPR_en.pdf>, accessed on July 6, 2005; 岩間陽子「ドイツの安保政策の変化と連邦軍改革」『国際安全保障』第 29巻第 3号(2001年12月)。

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防衛研究所紀要第 9巻第 2号(2006 年 12 月)

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東南部地域における危機や未解決の政治、民族、宗教、経済、社会といったものが原因で

引き起こされる紛争と国際的テロ、犯罪との結びつきについては、欧州やドイツへ直接影

響するものとして見ている。

 これらの新たな脅威認識のもと、ドイツ連邦軍はその役割として NATO領域外を含めた

紛争防止や危機管理のための活動に焦点を当てている(41)。このため、世界のあらゆる場所

における迅速な対応が求められるようになったが、これは、同軍が冷戦後推進してきた軍

改革の方向性と一致するものでもある。冷戦終結以前においてドイツは、自国領土防衛や

NATOにおける集団的自衛権行使のため NATO軍へ兵力を提供してきたが、中欧以外の戦

場は想定していなかった。冷戦終結後も、当初は中欧外への派遣、ましてや NATO外への

派遣は想定しておらず、1990年湾岸戦争時ドイツは資金提供のみで、多国籍軍へは参加し

なかった。この行動は湾岸戦争においてイラクと戦う同盟国から非難されたことにより議

論を呼び、最終的にトルコへ空軍の派遣を決定した。これが、同国連邦軍が NATO域外へ

部隊を派遣した最初となった。その後、ユーゴスラビア紛争における AWACS部隊の参加、

ソマリア派遣軍への参加による実績を重ね、連邦憲法裁判所による憲法解釈により域外へ

の連邦軍派遣の法的根拠を明確化した。最近では、ボスニア紛争における空軍と衛生兵の

派遣、またクロアチアへの派遣といったように、派遣領域の拡大を図っている。このように、

NATO域外への派遣を経験する中、ドイツは、安全保障政策を明確に領域防衛から紛争や

危機管理のための多国間協力へと変化させている。

 これらの紛争や危機管理のための活動を実施する枠組みとして、指針の中で「ドイツ安

全保障政策の目標は、国民の安全を確保することである。この目標達成のため、国連(UN)、

欧州安全保障協力機構(OSCE)、北大西洋条約機構(NATO)及び欧州連合(EU)のよう

に現存する世界的、地域的安全保障の枠組みを利用する(42)」と示している。このように、

欧州における真の防衛共同体である NATOや欧州安全保障防衛政策(ESDP)の強化により

重要な位置付けとなってきた EU各国が今後密接に連携していくこととなる。

 NCWへの対応に関しては、情報技術の進展と新たな脅威への対応のため、NCWによる

軍事力構築は必須と認識し、「任務中心の共通作戦画面」(Roll Based Common Operational

Picture: ROB-COP)構想により、NCWへの対応を推進中である。最終目標は、衛星、UAV、

航空機、艦艇及び陸上車両を含めたネットワークであり、当面は、NATO同盟地上監視シ

ステム(NATO Allied Ground Surveillance: NATO AGS)を中心とした相互運用性の確保に努

めている。

(41)  Federal Ministry of Defence, Defence Policy Guideline.

(42)  Ibid.

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米国のトランスフォーメーションと主要国の対応

(イ)米軍との役割分担及び防衛協力

 安全保障政策で述べたように、ドイツは、現在、NATOと EUの枠組みを通じての多国

間連携に重点を置いている。ドイツ連邦軍は、「多国の軍隊と共同で、迅速、効果的かつ継

続的に運用しうる態勢と能力を構築する必要がある(43)」としている。米軍との役割分担や

防衛協力については、直接「指針」の中で触れられていないが、多国間連携の方針が示さ

れている(44)。これによれば、国連等の多国間枠組における任務には、軍、文民、警察等の

総合能力が必要であるとして、軍に加えて、民間や警察の協力も示唆している。NATOに

対しては、大量破壊兵器や弾道ミサイルに対する防御とテロ防御のため可能な限りの貢献

を表明しており、EUに対しては、欧州の地域安定の中核であり、ESDPは欧州統合の深化

に向けた重要なステップであることから、ESDPの具体化に努力するとしている。

 ドイツ連邦軍の役割として想定しているのは、平和維持、平和構築のための作戦への参

加による武力紛争の防止、紛争終結の支援及び国際的テロリズムとの戦いにおける同盟国

の支援であり、さらに具体的には、人道支援、他国を含む展開部隊の防護支援、大量破壊

兵器攻撃に対する予防措置等の作戦地域における支援としている(45)。

 さらに、これらの役割を実施するため、2004年 1月に実施されたドイツ連邦軍改編に関

する記者会見においてシュトルク(Peter Struck)国防相は、NRFへ一貫して参加するため、

軍種に関係なく常に約 1万 5,000人からなる任意の部隊を準備すること、EUにおけるヘッ

ドラインゴール(Helsinki Headline Goal: HHG)の枠組みで、状況に応じて上限 1万 8,000

人からなる初動部隊を待機させることや、「国連待機取り決め制度(UN Stand-by

Arrangement System: UNSAS)(46)」の枠内で、輸送、衛生、憲兵、工兵、海上監視、機雷掃

海能力を提供すると述べている(47)。

(ウ)軍改革の現状と方向性

 ドイツの安全保障政策は、領土防衛から大規模テロリズム、組織犯罪、大量破壊兵器及

びその運搬手段の拡散、遠隔地において生起する危機や紛争への対応を主体とする危機管

理へと変化しており、連邦軍の改革もこういった観点から進められている。改革の目標は、

多様な活動範囲における作戦能力の継続的向上発展を図ることであり、改革の規模として

(43)  Peter Struck, “Waypoints for the New Course,” Berlin: Federal Ministry of Defence, January 13, 2004 <http://www.bmvg.de/redaktionen/bwde/bmvgbase.nsf/CurrentBaseLink/W268SK9S091INFOEN>, accessed on July 20, 2005.

(44)  Federal Ministry of Defence, Defence Policy Guideline.

(45)  Ibid.(46)  1998年 12月 31日に開始され、特別な訓練を受けた軍人及び文民要員を迅速に紛争地域に派遣、

部隊を展開させることと、必要とされる物資やサービスを供出することを国連と加盟国とで取り決めたもの。

(47)  Struck, “Waypoints for the New Course.”

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防衛研究所紀要第 9巻第 2号(2006 年 12 月)

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は、装備、思考方法、教育訓練、構想、組織構造を含む新編に相当する大規模なものとなる。

また、連邦軍の改革は、NATO、EUの発展と協調して実施するとしている。

 装備の近代化に関しては、全ての装備を最新にする必要はなく、予算を考慮した上で、

一貫して機能重視とし、連邦軍の統合を着眼点として実施する。また、可能かつ有意義で

ある場合は、多国間協力を検討する。指揮、偵察及び被害評価システムを統一し、作戦指

揮機能のネットワーク化を図ることを方針としている。重視する軍の能力として、指揮能力、

情報収集・偵察能力、機動力、作戦実行能力、支援能力、継戦能力の 6項目を設定している。

また、これらの改革の継続性を確保するため、変化する戦略環境に継続的かつ先行的に適

合させるためのプロセスの構築が重要であるとしている(48)。

 ドイツ連邦軍にとって、紛争抑止や国際テロリズムとの戦いといった危機対処作戦が蓋

然性の高い作戦となる。これらの作戦に対応するためには、あらゆる形態の作戦に対処す

る能力が求められる。トランスフォーメーションにおいて、ドイツ連邦軍は多国間の枠組

みにおいて制限されることなく連邦軍全体を有効に活用していく必要があると考えている。

 このために、陸・海・空軍の各軍種による編成を残しつつ、これらを横断的に任務対応

別に、介入部隊(Response Force)、安定化部隊(Stabilization Forces)と支援部隊(Support

Force)の 3種類からなる部隊区分とし、それぞれの任務に応じて教育訓練を実施し、装備

を整え運用する。このような部隊区分による新しい基礎を構築して、3軍とその他の機関

(48)  Federal Ministry of Defence, Outline of the Bundeswehr Concept, Berlin: Federal Ministry of Defence, August 10, 2004 <http://www.bmvg.de/C1256F1200608B1B/vwContentByKey/W268ADVU038INFOEN/$File/KDB_en.pdf>, accessed on July 6, 2005.

図 3 機能別部隊構成及び戦力展開

NATO/EU/UNNATO/EU/UNNATO/EU/UN

NATO

NRF

EU

HHG

UN

UNSAS

1000

NATO/EU/UNNATO/EU/UNNATO/EU/UN

NATO

NRF

NATO

NRF

EU

HHG

UN

UNSAS

UN

UNSAS

1000

353535..,000000000 14141477.7.,555000000 707070,..000000000

3535.,000000 1114.44.,000000000

111..,0000000001818.,000000151515..,000000000

(出所)  2005年 9月にドイツ国防省トランスフォーメーション・センターを訪問した際のブリーフィング資料“Transformation of the Bundeswehr”より作成。

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89

米国のトランスフォーメーションと主要国の対応

を統合的に運用して効率的な運用を実現させる(49)。図 3に示すように、介入部隊は、陸・海・

空・宇宙と情報といったあらゆる次元において、多国間で統合的に実施される高強度活動

へ優先的に運用され、部隊規模約 3万 5,000人である。安定化部隊は、中・低強度で長期

間にわたる安定化のための統合的軍事活動で、幅広い多様な安定化措置の枠内で運用され、

部隊規模約 7万人(1万 4,000人ごとの部隊で 5正面対処能力)となっている。支援部隊は、

活動の強度に係わらず、軍の活動を総合的、統合的、継続的に支援するとともに、連邦軍

の司令部や教育訓練組織が組み込まれており、部隊規模約 13万 5,000人である(50)。

 シュトルク国防相は、2004年 1月の記者会見において、「活動地域の地理的な拡大にと

もない、同盟諸国との共同作戦を保障するためには、これまで保持してこなかった戦略展

開能力、地球規模の偵察能力、質の高い相互運用性を有する指揮通信能力の構築が必要で

ある。紛争解決のための作戦においては、個々の組織が一体となって作戦を実施すること

のできる派遣部隊を編成する必要があり、このためには統合化、ネットワーク化された作

戦環境を整備する必要がある。こういった行動は、陸・海・空軍が密接に連携し、同盟諸

国の部隊とともに、近代化された情報技術を利用した NCWによってのみ可能となる(51)」

と述べ、NCWによるシステム構築の重要性を示している。

 同国防相は、2005年を決定的に重要な年と位置づけており、「変革のプロセスが中核分

野への集中を求めている(52)」としている。現在、ドイツ連邦軍においては、この NCWを

実現するために、ROB-COP構想を策定し、指揮管制システムやセンサ・データの統合によ

る情報優勢の獲得を当面の目標として推進している。

 2004年 8月に公開された「ドイツ連邦軍構想」において所要能力ごとの考え方と部隊区

分ごとの方針が示めされており、その概要は表 1のとおりである(53)。

 これらの整備方針の下に実施される NCWに関連する指揮・統制(C2)能力と偵察・監

視システムの主要な計画は、次のとおりである。

 指揮・統制においては、衛星通信システム(SATCOMBw ステージ 2)が挙げられる。こ

れは、既存のステージ 1システムに比べて、専用の独自衛星を適用して、伝送能力の向上

や軍事用周波数への対応といった性能向上を図るとともに、稼働率の向上や地上制御局の

整備による運用上の信頼性や柔軟性の確保も図られる計画である。ソフトウェア無線シス

テム(Joint Networkable Radio Equipment: JNRE)は、個々のシステム毎に分離した既存の

通信システムの統合化を図る計画である。また、新指揮統制情報(C2I)システムは、NCW

(49)  Franz-Josef Meiers, “Germany's Defense Choices,”Survival, vol.47, no.1 (Spring 2005), pp.153-166.(50)  Struck,“Waypoints for the New Course.”2005年9月のドイツ国防省での説明によれば、14万7,500人。(51)  Ibid.(52)  Ibid.(53)  Federal Ministry of Defence, Outline of the Bundeswehr Concept.

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防衛研究所紀要第 9巻第 2号(2006 年 12 月)

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実現に向けての重要な第一歩であり、2004年に調達を開始している。

 偵察・監視システムに関しては、全軍にわたる戦力、手段及び施設の相互連携を確実な

ものとするために重要である。NCW関連の重要な計画としては、NATO AGSへの参加が挙

げられる。その他、2005年開発開始予定の SIGINT機(BR 1150 Breguet Atlantic)を導入

するとともに、広域哨戒能力を確保するため、固定翼哨戒機(P-3C)をオランダから購入し、

その 1号機を 2005年に海軍へ配備する。また、全世界の画像情報の獲得を目的とする衛星

表 1 能力に応じた装備方針

Federal Ministry of Defence, Outline of the Bundeswehr Concept, pp.13-16

表 2 部隊区分に応じた装備方針

1 pp.17-20

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米国のトランスフォーメーションと主要国の対応

合成開口レーダ(SAR-LUPE)計画があり、2006年に運用開始予定である(54)。

 相互運用性に関して、連邦軍は米軍との相互運用性は有益ではあるとしながらも、EU内

における相互運用性の確保の方が優先順位も高く、より現実的な当面の目標であるとして

いる(55)。

 研究開発において最も優先順位の高いものは、指揮統制情報システム(C3I)であり、世

界規模の情報収集や情報伝送におけるセキュリティ強化を目指している(56)。本方針に基づ

く、新規装備品開発の事例として挙げられるのは、偵察衛星システムであり、NATO AGS

システムとともに統合的な偵察態勢を構築する(57)。ドイツは、ユーゴスラビアにおける戦

闘で米軍から必要な画像の提供が受けられなかった経験から独自に画像衛星を保有する必

要性を認識し、独自 SAR衛星(5個)を計画、1号は 2005年に打ち上げ予定である(58)。ま

た、米国と協力して「中距離射程延伸型防衛システム」(Medium Extended Air Defense

System: MEADS)(59)計画に着手し、防空能力の近代化を図る計画であり、このため、今後、

ペトリオット等の誘導兵器の調達は打ち切られる(60)。

ウ オーストラリア

(ア)安全保障・防衛政策の概要(61)

 「2000年国防白書」において、同国に影響を与える戦略環境を次のように述べている。

グローバルなレベルでは、相互に関係しあう 2つの趨勢、すなわち、グローバル化と米国

の一極支配がオーストラリアの戦略的環境を形成するであろう。グローバル化は、世界を

1つに結び付け、さらに相互依存を深め、安全保障の観点からは好都合である。また、米

国の圧倒的な軍事力と戦略的な影響力は、全般的に安定したグローバルな戦略環境を支え(54)  Dr. Peter Struck,“30.03.2004 Press Conference,”Berlin: Federal Ministry of Defence, March 30, 2004

<http://www.bmvg.de/redaktionen/bwde/bmvgbase.nsf/CurrentBaseLink /N264X9MU777MMISEN>, accessed on July 20, 2005.

(55)  Nicole A. Manara, Arleigh A. Burke,“Military Trends in Germany: Strengths and Weaknesses,”Washington D.C.: Center for Strategic and International Studies, July 28, 2004 <http://www.csis.org/burke/trends_germany.pdf>, accessed on July 20, 2005.

(56)  Peter Struck,“Bundeswehr 2005,”Berlin: Federal Ministry of Defence, January 21, 2005 <http://www.bmvg.de/C1256F1200608B1B/CurrentBaseLink/W268YCUG812INFOEN>, accessed on August 8, 2005.

(57)  Struck,“Waypoints for the New Course.”(58)  “One Space System Unlikely for Foreseeable Future,”Defense News (October 25, 2004).(59)  ドイツ議会は Medium Extended Air Defense System (MEADS)計画への参加を承認。米国、ドイ

ツ及びイタリアの共同計画で、米国とドイツはパトリオットの後継とする計画で、2014年配備予定。ドイツのシュトルク国防相は、脅威への基本的対処能力の強化は必要として評価。“German 'Yes' Clears MEADS Final Hurdle”, Jane's Defense Week, April 27, 2005.

(60)  Struck, “Waypoints for the New Course.”(61)  本項は次の各資料から抜粋整理した。Australian Department of Defence (Australian DoD), Defence

2000: Our Future Defence Force, December 6, 2000, chapter 3; Australian DoD, Australian’s National

Security: A Defence Update 2003, February 2003 <http://www.defence.gov.au/ans2003/Report.pdf>, accessed on September 7, 2005.

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防衛研究所紀要第 9巻第 2号(2006 年 12 月)

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ている。アジア太平洋地域では、中国、日本及び米国の 3国関係が東アジアの戦略的枠組

みを決定するであろう。米中関係が台湾問題を原因として緊張する事態は重大な意味を有

し、この点はオーストラリアの安全保障にとって重要となり得る。その一方で周辺地域、

すなわち、東南アジア及び南西太平洋地域の国々は、地域の不安定及び主要国間の紛争の

影響を直接受けやすい上に、それぞれが独自の課題に直面している。そうした戦略環境の

中にあって、その地理的な位置、周辺諸国との良好な関係、国家間紛争の発生する可能性

が低い地域にあること、地域的に強大な国軍を保有していること、そして米国との緊密な

同盟関係のために、オーストラリアは安全な国であるとしている。

 しかし、2001年 9月の米国同時多発テロ及び 2002年 10月のバリ島テロ事件は、同国に

戦略環境の変化を認識させた。テロ及び大量破壊兵器の拡散という 2つの大きな問題が新

たに生起したことである。「国防最新報告 2003」において同国は、地理的条件による戦略

的優位性ではもはや大量破壊兵器を保有する「ならず者国家」やテロの脅威からオースト

ラリアを守ることができなくなったと述べた。特に、テロが発生し、周辺諸国で犯人が逮

捕されたことは、周辺諸国の政治的脆弱性、政治力の低下、テロを把握する困難さ、経済

に与える影響のために、周辺諸国は益々大きな問題に直面することとなり、それはそのまま、

オーストラリアへの脅威を増大させる結果になったとしている。

 このような戦略環境の変化を受けて同国は、これらの脅威からオーストラリアを防衛す

るために国防能力を整備し、主権を侵害する意図を抱かせない地域的・地球的規模での安

全保障を推進することを国防方針とした。そして「本土防衛」「周辺地域の安定確保」「世

界的な安全保障への貢献」とした 2000年国防白書における国防戦略を、今回の見直しでは

優先順位は変わらないものの「世界的な安全保障への貢献」を「テロや大量破壊兵器の拡

散に対するための周辺地域外における多国籍軍への参加」とより具体的に表現した。今日、

世界の安全保障環境が変化したことと、オーストラリアの国益が周辺地域及び周辺地域外

の出来事に影響される見込みが高まっていることは、国防軍(Australian Defence Force:

ADF)が支援等の諸活動を含む本土防衛以外の作戦に関わる可能性がかつてより高まって

いるとし、今後積極的に関与していくとしている。

 このような方針は、ADFと米軍との緊密な関係を益々必要とする。このため同国は、米

軍との作戦を円滑に実施するためには相互運用性の確保及び能力格差の是正が不可欠であ

り、米軍の進める NCWに対して積極的に対応すべきであると考えている。また、NCWは、

戦闘をより効率良く、効果的かつ経済的に実施することを追求したものであり、人的にも

財政的にも資源の乏しいオーストラリアにとって極めて有用なものである。従って同国は、

米軍の軍事改革を好機と捉え、NCWを積極的に取り入れた ADFの改革を推進していくと

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米国のトランスフォーメーションと主要国の対応

している。

(イ)米軍との役割分担と防衛協力

 同国は、1951年 9月にアンザス条約を締結した。今日までの間、この条約は、豪米間の

関係でその形、深さ及び重みを形作り、同国の安全保障政策の根幹を形成している。

 豪米同盟は 3つの機能が緊密に連結して成り立っている。第 1に、必要な時に互いに支

援しあう相互支援が明記されていること、第 2に、米国がアジア太平洋地域に関与するこ

とを保証し、同地域の安全保障に関するオーストラリアの関与を強化すること、第 3に、

国防と安全保障において広範な二国間協力を推進することである(62)。

 そうした中、米軍との役割分担に関する基本的な考え方は、①オーストラリアの領土が

攻撃を受ける場合、米国の戦力には依存しないことを基本とし、②周辺地域における事態

に関しては、介入が要請され、または介入が必要とされるならば、積極的かつ主導的に活

動するとともに、③ ADFが周辺地域外での事態に参加する場合は、多国籍軍として参加す

る以外は考えておらず、その場合には大抵、米軍がかかる多国籍軍を主導するであろうが、

ADFは米軍と緊密に協力してこれを補完する形で活動することとしている(63)。

 二国間協力については、戦域ミサイル防衛システム及び統合攻撃戦闘機(JSF)の開発協

力に代表される技術協力があるが、今日オーストラリアが必要とする ADFを構築するため

の技術は、豪米同盟を通じて得られる技術が不可欠である。また、豪米間で訓練及び演習

が定期的に実施され、このため ADFの要員は世界でも最高ランクに位置する。さらに、米

国から最も高いレベルの情報共有国に指定されている(64)同国の情報活動協力と情報共有

は、国際情勢の共通認識を向上させるための中心的な役割を担っている。なお、米国はオー

ストラリアについて、重要な同盟国で地域安定化活動の中心的なパートナーであり、多国

籍作戦における重要な参加国であるとみている。実際、同国は、周辺地域外の活動となる

イラク戦争に際して、艦艇、航空機、特殊部隊等を派遣し、米軍を補完する形で武力攻撃

に参加するとともにその後の復興支援活動にも参加している(65)。

 イラク戦争においては、フリゲート艦が米英海兵隊のイラク南部アル・ファウ半島及び

ウンム・カスル確保の際に艦砲射撃を実施し、掃海ダイバーチームは、連合軍のパートナー

とともに機雷の捜索及び発見にあたった。F/A-18戦闘攻撃機部隊は、イラク上空での連合

軍航空部隊の防護、イラク本土の目標への攻撃及び連合軍地上部隊に対する近接航空支援

(62)  Australian DoD, Defence 2000, chapter 5.(63)  Ibid., chapter 6.(64)  “New ranking lets us share in secrets” The Australian, September 1, 2005 <http://www.

theaustralian.news.com.au/>, accessed on September 1, 2005.(65)  Australian DoD, The War in Iraq: ADF Operations in the Middle East in 2003, February 2004

<http://www.defence.gov.au/publications/lessons.pdf>, accessed on September 7, 2005.

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等を実施し、C130輸送機部隊も連合軍の物資と人員を輸送した。特殊部隊は航空部隊及び

米英軍陸上部隊との緊密な連携の下に、大量破壊兵器の脅威を排除することを任務として

西イラクの指定された戦域で掃討作戦を実施した。なお、陸軍部隊については強烈度作戦

には派遣しない方針のもとに派遣されていない。また、イラク復興支援では、海上パトロー

ル並びに不審船に対する尋問及び乗艦臨検の実施、バグダッド国際空港における円滑な航

空管制業務の実施、治安維持業務の実施及び連合軍軍事援助訓練チームによる新生イラク

陸軍に対する訓練等を実施している。

(ウ)軍改革の現状と方向性

 過去 15年間以上据え置かれている予算、冷戦終結に伴う地域紛争の増加、またアジアで

の力強い経済成長とそれに付随した軍事力の増大は、ADFへの要求を増大させた。このた

め同国は、2000年国防白書において、従来型の戦争以外にも柔軟に対応して多国籍作戦に

貢献できることを目標とし、2000年の国防費 122億豪ドルを 2001年から実質年平均約 3%

増加させ、10年間で 235億豪ドルを追加支出するとともに、2010年までに総兵力を現在の

約 5.1万人から約 5.4万人に増加するとの方針を明らかにした(66)。しかしながら、同国は、

テロ発生後の戦略環境の変化、近年の作戦上の経験及び情報科学技術の進歩等に鑑み、国

防能力の整備について「国防最新報告 2003」及び「2003年国防能力見直し」(67)において再

検討を実施した。その結果、2000年国防白書に記載された ADFの規模、組成、役割を抜

本的に変えるものではないが、国益に即した任務を遂行するために能力と優先事項のバラ

ンスを再調整し、十分な即応性と継戦能力を保持しつつ、柔軟性と機動性及び防護能力を

高め、かつ米軍との相互運用性を持たせる必要があるとして NCWを中心とした軍の改革

を推進している。

 同国は、現在戦争遂行の方法を変化させている最も重要な要素は情報技術の軍事的利用

であるとし、1999年 4月、国防省内に RMA室を設置(後に、NCWに用語を統一)し、政

府の強い後押しのもとで研究をスタートさせた。同国は、NCWを一層効果的な戦闘能力、

すなわち、将来の戦闘概念である多次元的な機動を実現するための手段であるとしている。

多次元的な機動は、作戦の速度と同時性を生みだし、軍隊をして機敏かつ柔軟に運用する

ことを可能にする。従って、個々の目的に沿って高度に専門化された軍隊を維持するほど

の資源がないオーストラリアにとって、NCWは不可欠なものであるとしている。その特徴

は、米国の NCWが地球規模のユビキタスネットワークであるのに対して、同国の NCWは、

限定された運用域において ADFを構成する要素並びにその他政府機関及び国家としての支

(66)  Australian DoD, Defence 2000, chapters 1, 7 and 11.(67)  Robert Hill, Minister for Defence, “Defence Capability Review,” November 7, 2003 <http://www.

minister.defence.gov.au/Hilltpl.cfm?CurrentId=3252>, accessed on August 25, 2005.

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米国のトランスフォーメーションと主要国の対応

援基盤をネットワークで連接し、効率的な戦いを実現するというものである(68)。そしてネッ

トワーク化の優先順位を、①各軍種間の相互運用性、②米国との相互運用性、③周辺地域

における同盟国との相互運用性の確保の順とし、2020年の完成を目指している。

 イラク戦争に参加した同国は、政府発行の「イラクにおける戦争(The War in Iraq)」に

おいて、NCWに関わる教訓を次のように述べている。ネットワーク化された作戦において

重要なことは、情報及び監視活動によって得られる情報の統合化と共有化である。また、

相互運用性によって得られる継続的な恩恵は、作戦成功の主要な要素であった。特に、最

新の兵器は、使用効果及び融通性等においてその傾向が顕著であった。その他、攻撃等を

効果的に実施する上で、精密誘導兵器、空中給油機、さらに無人機の有用性が顕著であった。

また、防護能力の必要性及び機甲部隊の重要性が再確認されたとしている。

 これらの教訓から、多国籍軍を構成するパートナーとの相互運用性の確保並びに米軍と

の能力格差の是正は極めて重要であり、NCWを導入する意義はまさにここにあるとしてい

る。特に、ADFの最も緊密な同盟相手国である米軍との相互運用性は重要であり、システ

ム的かつ技術的な側面はもとより、ドクトリン面、組織面、支援面及び訓練面等、あらゆ

る方向に拡大されている。このため ADFは、多国籍軍への参加及び米軍との共同訓練・演

習並びに研究開発・技術協力及び武器等の共通化を通じて、米軍との堅固なネットワーク

を構築するために尽力している。また、米軍との能力格差の是正を図るため、情報・監視

能力、指揮統制・通信能力、精密交戦能力、緊急展開能力、兵站支援能力、防護能力及び

プラットフォーム等の向上について、イラク戦での教訓を踏まえ、計画的に装備品等の導

入及び開発を実施している。

 次に、機能別の改革状況(69)を概観する。

 情報・監視、指揮統制・通信能力については、陸軍が陸軍戦場指揮支援システムを、海

軍が海軍戦術ワイドエリアネットワークを、それぞれ整備して能力の向上を図り、空軍は、

JORN(Jindalee Over-the-horizon Radar Network)、空中早期警戒管制機、軍民双方のマイク

ロ波レーダ、戦闘機並びに海軍保有艦艇等、様々な情報源を使用してオーストラリア上空

及び同周辺の総合的な映像を作成し、監視及び防空支援能力を提供する最先端航空警戒管

制システムを整備している。そして、各軍種の指揮システムの開発と統合を図るとして、

国防軍統合指揮支援環境が整備され、また、同盟軍の情報、監視、偵察及び航跡システム

からの重要な戦術情報を使用者に即時提供する統合放送システムの能力向上が図られてい

(68)  Australian Defence Headquarters, “Enabling Future Warfighting: Network Centric Warfare,” Australian Defence Force Doctrine Publication-D.3.1, February 2004 <http://www.defence.gov.au/strategy/fwc/documents/NCW_Concept.pdf>, accessed on August 11, 2005.

(69)  Australian DoD, “Defence Capability Plan 2004-2014,” February 4, 2004.

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防衛研究所紀要第 9巻第 2号(2006 年 12 月)

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る。そのため、軍事衛星の利用、空中早期警戒管制機、無人機及びデータリンク (Link16)

の導入が計画されている。

 また、精密交戦能力の向上を図るとして、対地、対艦用スタンドオフ長距離ミサイルの

導入、ハープーン・ブロックⅡへの更新、発展型シー・スパロー・ミサイル(NATO10カ

国共同開発)のフリゲート艦への搭載、F/A-18や AP-3Cの改修による GPS誘導爆弾及び

新型スタンドオフ兵器の搭載等が計画されている。

 緊急展開及び兵站支援能力の向上については、着上陸作戦における強襲用を主たる目的

とした輸送ヘリコプターの追加取得及び大型揚陸艦への更新、中型輸送ヘリを搭載しかつ

1隻ですべてが賄える「ワンストップ・ショップ(one-stop shop)」といわれる新型洋上支

援艦への更新、主要な航空機すべてに給油可能となる新型空中給油機の導入並びにロジス

ティクス・インフォメーションシステムの改善等を計画している。

 防護能力の強化については、航空機の電子戦自己防御装置の能力向上、航空機及び艦船

用敵味方識別装置の能力向上並びに陸軍用敵味方識別装置の導入、対艦攻撃ミサイル用射

撃管制レーダの能力向上、陸軍近接戦闘兵のボディアーマー、暗視装置及び通信機材の向

上並びに主なコミュニケーション・ネットワークやインフォメーション・システムの安全

性の強化等が計画されている。

 機能強化に共通するプラットフォームについては、陸軍における NCWの中核として、

乗員と NBC戦の高い防護力を持つ米国製戦車M1A1エイブラムズへの更新、歩兵部隊の機

甲化及びネットワーク化を進めるためのブッシュマスター歩兵機動車の導入並びに軽装輪

装甲車の改造及び新型配備、戦闘システムに米国イージス対空システムの派生型を搭載す

る対空戦駆逐艦(Air Warfare Destroyer: AWD)の導入、共同開発の JSFへの更新及びタイガー

偵察攻撃ヘリの導入等が計画されている。

 戦域弾道ミサイル防衛ついては、米国主導のミサイル防衛システムに参加、協力するこ

とになった。システムの基盤としては、今後導入が計画されている AWDにその能力を保

有させる予定である。その他には、JORN、艦搭載型の SM-3戦域防衛ミサイル及び共同開

発のレーダ等がシステムとして運用される予定である(70)。

 軍種別の改革状況(71)であるが、ADFにおいては、兵器等の近代化と NCWによる軍事改

革とを並行的に実施して戦力の強化が進められている。また、軍の効率的・効果的運用及

び米軍との共同作戦等の円滑化を図るため、統合運用を強化している。(70)  Robert Hill, Minister for Defence, “Missile Defence Research Takes Off,” July 7, 2004 <http://www.

minister.defence.gov.au/Hilltpl.cfm?CurrentId=4010>, accessed on August 25, 2005.(71)  Australian DoD, Defence 2000, chapter 8; Australian DoD,“Australia’s National Security: A Defence

Update 2003”; Robert Hill, Minister for Defence, “Defence Capability Review,” November 7, 2003 <http://www.minister.defence.gov.au/Hilltpl.cfm?CurrentId=3252>, accessed on August 25, 2005.

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米国のトランスフォーメーションと主要国の対応

 統合については、ADF内の調整等を強化するため、ADF参謀長を新設する(72)とともに、部

隊運用の効率化、合理化や対米調整の円滑化を図るため、統合作戦軍司令官を新設した(73)。

 陸軍については、近隣諸国で発生する見込みの高い作戦において迅速に展開し、継続し

て作戦可能な態勢を構築するための前線即応戦力として 1個旅団を整備するとともに、同

時にあらゆる場所に展開可能な、空挺大隊、軽歩兵空中機動大隊、自動車化大隊、機械化

大隊及びコマンドゥ大隊からなる最低限 1個大隊群を構築するとしている。また、戦闘能

力として武装偵察ヘリ、戦車及び装甲車等を C3Iでネットワーク化を図り、高機動力の部

隊を構築するとしている。

 海軍については、オーストラリア周辺海域の安全保障に寄与するとともに近海に展開し

た ADF部隊を支援する能力を保持する。また、展開する部隊の防空能力と輸送能力の強化

を図る。その際、ADF艦艇は米軍艦艇との共同交戦能力を保有し、多国籍作戦に寄与でき

るように整備するとしている。

 空軍については、情報、監視及び偵察、航空戦闘並びに戦闘支援部隊で構成されるバラ

ンスのとれた空軍を引き続き重視する。さらに、戦闘の様相を通じて統合・共同作戦に貢

献できる、ネットワーク化され柔軟性と適合性を保有した現代的で多用途・多目的能力を

備えた空軍を整備するとしている。

 研究開発状況(74)については、同国は、科学技術が軍事力及び作戦に重大な影響を与える

との認識の下、国防省内に科学技術局(Defence Science and Technology Organization:

DSTO)を設置し、科学技術を確実に国防能力の向上に反映させるよう科学技術を重視した

施策を行っている。DSTOは、2,300名の科学者、技術者、IT専門技術者、専門工を主体と

する組織で、国防省の一部である。その活動は、ADFが将来利用可能な科学技術を調査す

ること、オーストラリアが国防装備を賢明に購入するよう取り計らうこと、新たな国防能

力を開発すること、及び性能と安全性を向上することにより、既存の能力を向上させるこ

とである。また経費を削減するよう ADFを支援している。DSTOが対象とする分野は、心

理学から弾道ミサイル防衛、昆虫の飛翔研究、潜水艦戦闘システムまで多岐にわたる。なお、

現在全世界で使用されているブラックボックス・フライトレコーダーは、DSTO初期の発

明である。

(72)  Australian DoD, “Defence Organisational Changes,” July 15, 2004 <http://www.defence.gov.au/media/DepartmentalTpl.cfm?CurrentId=4055>, accessed on August 25, 2005.

(73)  Robert Hill, Minister for Defence, “Changes to Australian Defence Force Higher Command Arrangements,” March 16, 2004 <http://www.minister.defence.gov.au/Hilltpl.cfm?CurrentId=3657>, accessed on August 25, 2005.

(74)  Defence Science and Technology Organisation (DSTO) <http://www.dsto.defence.gov.au/>, accessed on November 10, 2005.

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 また、国防企業は、国防能力に不可欠の要素であり、新たな能力の開発と取得に直接寄

与し、国家支援基盤の役割を担っている(75)。従って、強大な国防企業はオーストラリアの

国防に有益であるとしている。このため同国は、国防産業基盤の整備に戦略的なアプロー

チを採り、国防省・ADFと企業の緊密な提携に努めている。具体的には、ADFの兵力生成

に関する長期的な計画を策定するにあたっては、国防企業の役割を考慮している。一方企

業は、確定した整備計画に基づき将来の調達を予測し、持続的に関与できるように企業計

画を策定する。また国防省は、オーストラリアの国際的義務、対外政策及び戦略的利益を

踏まえつつ企業による輸出の促進を援助し、国防省自身が調達を検討する際は国防企業に

よる国際的な提携を視野に入れるとしている。

エ 韓国

(ア)安全保障・防衛政策の概要(76)

 北東アジア地域には依然として冷戦構造が残存しており、北朝鮮の核問題や中台問題、

島嶼及び領土紛争の可能性等の地域の軋轢要因が散在している。加えて、世界最大の軍事

力が集中している域内諸国間の影響力拡大競争が継続している中、各国の軍事力近代化や

軍事改革の努力が継続している。北朝鮮の核問題は、韓国のみならず北東アジア地域の安

定を阻害する核心的懸案事項となっている。また、国際テロと大量破壊兵器の拡散が、国

際社会の安定と平和に対する深刻な脅威として新たに浮き彫りになっている。

 一方、2001年 6月南北首脳会談が開催され基本合意書及び共同宣言が取り交わされたが、

この際、北朝鮮の主敵論争が生起した。『2004国防白書』においては、「主敵である北朝鮮

の現実的な軍事脅威」とする記述を「北朝鮮の通常戦力、大量破壊兵器、軍事力の前方配

置の直接的な軍事的脅威」に修正し、「主敵」の表現を削除したが、「北朝鮮は南北首脳会

談以降も軍事的には変化の姿勢をみせていない」と評価している。

 このように国際テロを新たな脅威と認識するとともに自主国防と韓米同盟を安全保障の

重要な両輪として、北朝鮮の脅威を抑止・対応することを第一に国防を運営し、韓米同盟

関係の維持・発展は、南北統一過程及び統一以降においても韓国地域安定の要となると認

識している。

 現実問題として北朝鮮の脅威に対応するためには、米軍に頼らざるを得ない状況である

が、在韓米軍の再編成・再配置を 1つの契機として、10年以内に自主国防の基盤を構築す

ることを目標に協力的自主国防政策を推進しつつある。

(75)  Australian DoD, Defence 2000 , chapter 9.(76)  本項は、韓国国防部編『2004国防白書』(2005年 2月)の第 1章を参照した。

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米国のトランスフォーメーションと主要国の対応

(イ)米軍との役割分担(77)

 朝鮮半島有事においては、韓米連合情報及び精密打撃能力を基礎に敵の核心戦力を打撃

し、開戦初期の首都圏に対する脅威を早期に除去するという作戦構想に基づき、韓国は「地

上軍及び対地直協の空軍、沿岸防衛の海軍」を、米軍は「情報収集、シーレーン防衛、戦

略的打撃力、核の傘等の戦略的機能」をそれぞれ担任している。

 しかし、在韓米軍の再配置及び韓国軍の能力向上に伴い、これまで在韓米軍が担当して

きた 10大軍事任務のうち、板門店の共同警備区域の警備任務、対火力戦遂行任務等が韓国

軍に返還され、残余の任務についても 2006年までに返還される予定である。これらの軍事

任務の返還は、韓国の主導的役割を高めるという象徴的意味合いがある。

 一方、指揮権に関しては、1994年、平時作戦統制が韓国軍に返還され、現在韓米連合司

令部は、戦時作戦統制及び連合権限委任事項のみを行使している。

 アフガニスタン戦争及びイラク戦争においては、米国が主導する対テロ国際連帯に参加

することで世界の平和と安定に寄与するとともに、韓米同盟関係の強固な発展を図るため

に派兵した。アフガニスタンでは海空輸送支援、医療支援、建設工兵支援を、イラクでは

建設工兵支援の他、一定の責任地域を担当して戦後の復興支援を実施している。

 2005年 10月の第 37回韓米安全保障会議共同声明において、韓国から提案のあった戦時

作戦統制権の返還及び在韓米軍の戦略的柔軟性について引き続き協議していくこととして

おり、この結果によっては将来における韓米の役割分担が変更される可能性もある。

(ウ)在韓米軍との能力格差及び相互運用性(78)

 韓国軍は、青瓦台襲撃事件、プエブロ号拉致事件等により緊張が高まる中、在韓米軍の

削減が進んでいた 1971年から本格的に自主国防努力を推進してきた。しかしながら、戦争

抑止の核心的分野を含み多くの部分を韓米連合体制、実質的には在韓米軍に依存しており、

その能力格差は極めて大きい状況である。今回の米軍の態勢見直しにおいても、韓国側か

ら在韓米軍の削減時期の延期及びロケット部隊の残置等の要求がなされており、この結果、

在韓米軍は削減時期を修正するとともに再配置に合わせ予算投資及び UAV、PAC-3、AH-

64Dの最新装備を導入して戦力を強化した。一方、韓国軍の方も独自の戦争遂行能力整備

が不十分であるとの認識の下、協力的自主防衛推進計画を策定し、戦力増強及び米軍との

連合軍事能力の強化を図っている。

 韓国軍の編制・装備、戦術的思考、教育、訓練、兵站は米軍をモデルにしている。また有

事の作戦は、初動から連合・統合作戦が基本であり、韓米連合司令部で策定した有事の作戦

(77)  本項は、平和・安全保障研究所編『韓国軍の近代化の方向性』(2003年 7月)の第 1部第 2章を参照した。

(78)  本項は、特に注記していない場合、韓国国防部編『2004国防白書』第 4章を参照した。

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計画を基本として各種連合・統合演習及び訓練を継続的に実施している。これにより、指

揮実行における相互運用性は確保していると推察される。しかし、戦略的情報通信技術に関

して完全に米国に依存していることや、米国がその技術供与を制限していることから、韓国

内での C4及び ISRシステムの開発は著しく妨げられている(79)。また、韓国海軍が導入予定

のイージス艦の指揮統制システムに関し、米軍とのデータリンク能力に疑問のあるフラン

ス製暗号処理ソフトを用いることを決定していること(80)、AWACSの機種選定の状況、F-15K

の空対地誘導弾やペトリオットミサイルの探知レーダ用の周波数が確保されていない問題(81)があることから、装備品の相互運用性については十分なものとはいえない状況にある。

(エ)軍改革の現状及び方向性

 現在の韓国が置かれている国防環境は、南北間の軍事的対峙と和解のための協力が混在

するとともに在韓米軍再編成が進行している大きな転換期にあり、戦略環境の変化に適応

する軍事力の建設と協力的自主国防を達成するための新たな国防の枠組みが要求されてい

る。このため、韓国軍は、①文民統制体制の発展、②国力にふさわしい軍事力の建設、③

統合戦力を最大発揮、④信頼される国防軍へ改革しなければならないとしている(82)。

 この具体化案として、2005年 9月、迅速で強い先進精鋭強軍の育成を目標に 2020年ま

でに 3段階で改編する「国防改革 2020案(83)」が示された。本改革案は、常備兵力を 68万

人から 50万人へ削減し、兵力主体の量的構造の軍から、情報収集・精密打撃・機動力等を

ハイテク兵器体系及び C4I体系近代化により強化した先進国型の軍に改編するものである。

 過去の領土確保や大量破壊を追及した戦争形態が、敵の情報能力を麻痺させ中心を打撃

する新たな戦争形態に変化している。将来戦の勝敗は「先に発見し、先に決心し、先に打撃」

という一連の周期をどれだけ速くできるかにかかっている。具体的には、朝鮮半島全域を

統制可能な「独自の監視・偵察能力の確保」、司令部・軍団から師団全部隊にわたる「リア

ルタイムの指揮統制・情報通信体系の構築」、そして「縦深目標に対する戦略打撃能力の確

保」が必要となる。これらの認識の下、韓国は、将来型合同 C4ISRシステム構想(84)を打ち

出している。核となる合同 C4Iシステム(85)は、適時適切な意志決定を支援し、また監視・(79)  “Asia's Evolution in Military Affairs,” Military Technology, volume 28, issue 11 (November 2004)

<http://global.factiva.com/ja/arch/print_results.asp>, accessed on October 27, 2005. (80)  松村昌廣『軍事情報戦略と日米同盟』芦書房、2004年、201ページ。(81)  『中央日報』2005年 9月 22日、『京郷新聞』2005年 10月 14日。(82)  韓国国防部編『2004国防白書』(2005年 2月)第 5章。(83)  韓国国防部「国防改革 2020」2005年 9月 13日 <http://www.mnd.go.kr/> 2006年 7月 28日アクセス。

『国防日報』2005年 9月 14日 <http://kookbang.dema.go.kr/news/PolicyType.jsp?writeDate=20050914&menuCd=3001&menuSeq=1&kindSeq=1&menuCnt=30011> 2006年 7月 28日アクセス。

(84)  韓国国防部編『2004国防白書』(2005年 2月)の第 4章第 5節及び第 5章第 2節を参照した。(85)  合同 C4Iシステムは、合同参謀本部、三軍司令部及び隷下部隊の指揮所自動化システム(CPAS)

または改良型の合同指揮通信システム(KJCCS)、軍事情報統合号処理システム、地理情報データベース管理システム、各軍戦術 C4Iシステムで構成されている。

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米国のトランスフォーメーションと主要国の対応

打撃システムと連接されており、さらに韓米連合 C4Iシステムと国家非常計画システムの

連動を推進している。将来は、「ネットワーク中心戦(NCW)」の概念導入と今後の情報技

術の発展を考慮して将来型合同 C4ISRシステムを構築する計画である。

 韓国陸軍は、1995年から軍団級の戦術 C4Iシステムの研究開発を行っていたが、同シス

テムを 2005年 8月末実施された韓米連合演習(ウルチ・フォーカスレンズ演習)において

初めて運用し、大きな成果を得た。陸軍は今後、軍団級部隊に対して戦術 C4Iシステムを

引き続き構築していく予定であり、海・空軍もそれぞれ戦術 C4Iシステムを構築中である。

 このような各軍の戦術 C4Iシステム、海上・空中の目標をリアルタイムに処理する機能

を持つ空軍のMCRC(Master Control and Reporting Center)システム、海軍の KNTDS(Korea

Naval Tactical Data System)システム、合同戦術データリンクシステムの戦術指揮統制シス

テムは、今後、NCWに適応し戦勝を保障する要諦になるものと期待されている。

 また、国防情報化目標として、戦時・平時の情報と知識を共有し、リアルタイムで活用

可能な統合情報体系を構築してユビキタスを基盤とする知能化された情報化軍を育成する

としている。このため、「国防改革 2020」案では、ネットワーク中心(NCW)の戦場運営

概念を具体化できるユビキタス国防情報環境を構築するため、2008年までにシステム設計、

データの標準化、光通信ネットワークの構築を計画している。

 2005年 10月に、韓国軍が引き継ぐこととなった対火力戦任務は、緒戦及び国家中枢に

対する脅威を排除するものであり、極めて重要な任務である。任務遂行に当たっては、韓

国軍の偵察機や、米軍の偵察衛星、U-21、UAV及び対砲兵レーダが標定した情報を統合・

評価・分析し、最も攻撃に適した韓米軍の砲兵及び戦闘機に迅速に任務付与を行う。これは、

広範囲に展開する韓米軍内の情報共有、指揮統制が GCCS(-K)により既に可能となって

いることを意味する。さらに、2006年に引き継がれる近接航空支援統制任務は、統制範囲

及び関係部隊数、情報の精度・量及び継続性、指揮統制の迅速性を比較すると対火力戦任

務よりさらに複雑高度なものである。韓米連合司令部は 2008年までに平澤に移転される計

画であり、この際、再構築される C4Iシステムの能力が現状のままとは考えられず、ユビ

キタス環境構築、将来合同 C4Iシステム設計、任務引継及び司令部移転が計画通り進めば、

韓国軍の NCW能力は、極めて高くなると推察される。

 次に、機能別の改革状況を概観する。指揮統制・情報通信については、2001年、情報技

術の急激な変化を積極的に受け入れ、「21世紀の新国防」を建設するため、国防情報化目

標を当初の 2015年から 2010年へ繰り上げた(86)。現在、イスラエル製 UAVを保有してい

るが、今後も AWACS事業を継続し、中期目標として、中・高々度 UAV及び戦術偵察情報シ

(86)  韓国国防部編『2001年度国防主要資料集』(2002年 1月)。

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ステムの開発事業に着手する(87)。さらに、将来は、偵察衛星の保有を計画している。精密交

戦力については、F-15Kを導入するとともに精密誘導爆弾及び統合空対地ミサイル事業に着

手している。緊急展開力については、2020年の機動艦隊創設を目標に、韓国型駆逐艦を進

水させるとともに、イージス艦の取得、大型輸送艦 LPX事業を推進している。また、国産

ヘリの開発は攻撃型より機動型を優先することになった。

 軍種別の改革状況であるが、金大中政権は、発足と同時に精鋭国防軍建設に向け、国防部、

合同参謀本部及び各軍本部等の上級組織と機能を 2度にわたり改編整備して国防改革を推

進した。特に、合同参謀本部改編において迅速な作戦統制を可能とするため、通信電子参

謀部と作戦参謀本部の C4I組織を統合して指揮通信参謀部を編制し、ネットワーク中心戦

及び統合戦場管理の発展を担当させ、また情報参謀本部に情報融合室を新設している(88)。

盧武鉉政権においても、韓国の特性に符合した統合戦力発揮を可能とする情報・科学技術

軍へ改革するため、国防部及び軍構造の整備を実施して、2004年には 1万人を削減してい

る。そして、2005年に示された国防改革 2020案では、以下のように示されている。

 韓国軍の指揮構造は、現在の統合軍の体制を維持する中で、合同参謀本部を戦争企画及

び作戦遂行の中心機関として、陸・海・空軍の統合戦闘力の発揮が保障されるよう、関連

機能と組織を強化する。

 陸軍は、3個軍司令部、10個軍団、3個機能司令部から、2個作戦司令部、6個軍団と、

首都防衛司令部・特戦司令部・航空司令部・誘導弾司令部の 4個機能司令部の体制に単純

化し、師団は 47個からに 20余個に削減する。同時に、単位部隊の戦闘力は 2~4倍に強化

できるように再設計して、UAV、次期戦車、装甲車、各種火砲・ミサイルを増強し、指揮

構造を単純化することで、現代戦の様相に合った組織に改編する。

 海・空軍とも、戦闘戦団及び飛行戦隊の中間梯隊を解体し、指揮系統を短縮する一方で、

ハイテク兵器体系及び C4I体系を近代化することで、より強化された作戦能力を確保する。

海軍は、東・西・南海域別に構成された 3個艦隊司令部を維持するが、機動戦団の創設と

共に、現在の潜水艦戦団と航空戦団をそれぞれ潜水艦司令部と航空司令部に発展させる。

海兵隊は、現在の 2個師団体制を維持するとともに、迅速な対応と空地機動が可能な上陸

作戦能力を大隊級から旅団級に拡大する。空軍は、現在の作戦司令部隷下に北部戦闘司令

部を創設し、南部戦闘司令部と合わせた 2個戦闘司令部と、防空砲兵司令部、管制団体制

に改編する。

 2005年 10月から導入される F-15K戦闘機と次期戦闘機(F-X)、そして国産開発された

(87)  韓国国防部「2006~2010年国防中期計画」<http://www.mnd.go.kr/>2005年 5月 27日アクセス。(88)  韓国国防部編『1998~2002国防政策』(2002年 12月)4章 1節。

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米国のトランスフォーメーションと主要国の対応

戦闘機(KFX)により、現在の平壌~元山ライン以南の地域を打撃するレベルから朝鮮半

島の全地域を精密に打撃するレベルの能力を備えることになる。

 最後に、同国の研究開発状況(89)である。将来戦は「装備と人力中心の機動戦」から「知

識基盤の情報戦」に変化する見通しであり、先進国は超精密映像情報センサーを搭載した

監視衛星、高感度複合水中音響センサーを活用した水中監視体系、各種知能化された誘導

兵器を獲得するため、研究開発費の果敢な投資及び核心技術保護政策を強化し、確固たる

技術優位を維持しようと努力している。一方で、韓国の戦力獲得パラダイムは、世界的な

傾向と異なり、兵器体系中心の海外導入に偏った面が多く、国内の技術開発に対する投資

不足と先進国による技術移転の制限の理由により、先進国との技術格差は深まり、ハイテ

ク装備と核心技術を先進国に依存する悪循環が続いた。現在、韓国は、このような悪循環

を断ち、国防研究開発を体系的かつ目標指向的に推進するための基礎を整え、2010年まで

にハイテク兵器の研究開発に必要な核心技術を習得して技術先進圏に入り、2020年までに

未来のハイテク兵器体系を独自に開発し得る能力を確保することで、自衛的防衛力の構築

に向け国家をあげて取り組んでいる。具体的には、「選択と集中」戦略の下、先進国に依存

している核心技術を確保して、多目的衛星と中高度 UAVによる監視・偵察体系を早期に構

築し、中距離対空誘導弾の縦深打撃戦力を早期に確保し、衛星通信の基盤戦力の充実化を

図る等、21世紀のハイテク科学軍の建設及び核心戦力の自立化のため、C4ISRと PGMを

主体に、継続的なハイテク兵器体系の研究開発を推進していくとしている。

オ 中国

(ア)安全保障・防衛政策の概要

 中国は、2004年 12月に刊行した「2004年の中国の国防」(以下、国防白書という)にお

いて、現在の国際情勢は総体的安定を保っているが、不確実、不安定、不安全の要素もあ

る程度存在すると述べている。そして、軍事要素が国際枠組みと国家安全に与える影響が

大きくなっている中で、軍事力が国家安全を保障する役割は一段と際立っているとし、ア

ジア太平洋地域の安全情勢については基本的に安定しているとする一方で、米国のアジア

太平洋地域における軍事的存在の再編・強化を台湾独立問題とも関連して捉えており、複

雑な要素も増えていると評価している。国防政策について中国は、あくまで平和、発展の

道を歩み、断固として防御的な国防政策を実行しているとし、国の安全を擁護する基本的

目標と任務として、「分裂を制止し、統一を促進し、侵略を防備しそれに抵抗し、国家主権、

領土保全、海洋権益を守る」、「国防建設と経済建設が協調的に発展する方針を堅持し、中

(89)  韓国国防部編『2004国防白書』(2005年 2月)の第 4章第 5節。

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防衛研究所紀要第 9巻第 2号(2006 年 12 月)

104

国の国情に合致し、世界の軍事発展趨勢に適応する現代化国防を確立し、情報化という条

件の下での防衛作戦能力を高める」と定めている。これを受ける形で「台湾独立勢力の国

家分裂活動を制止することは、中国武装力の神聖な職責」であり、「国際的戦略情勢と国の

安全環境の変化に適応し、世界の新しい軍事変革のチャレンジを迎えるため、中国は積極

的防御の軍事戦略方針を堅持し、中国の特色ある軍事変革を加速的に推し進めている」と

述べている。

 中国は、米国のトランスフォーメーションの核心部分にあたる NCWを「世界新軍事変革」

という用語で捉えている模様である。中国の軍事専門家黄宏主は、世界新軍事変革は、

1960~70年代に起こり、1990年代以降、湾岸戦争、コソボ紛争、アフガン戦争及びイラク

戦争等、いくつかのハイテク技術を使用した局地戦争によって、その変革に加速・発展の

趨勢が現れ、現在の段階に入ったと考えている(90)。国防白書も、世界新軍事変革が加速的

に発展しており、戦争の形態は機械化から情報化に転換し、情報化は軍隊の戦闘力を高め

る鍵となる要素であると記述している。

(イ)中国が考える現代戦

 国防白書の中で、これまで見られなかった「情報化の条件の下で局地戦争に勝つ」とい

う表現が確認された。また、人民解放軍の機関紙である『解放軍報』の 2004年の元旦社説

で「訓練方法や手段の情報化と諸軍兵種連合訓練の強化」という表現が用いられ、この重

要性が強調された。2005年 1月の同紙が掲載した「新年度の軍事訓練工作(91)」(人民解放

軍総参謀部が全軍に対して示したもの)では、2004年同様、「一体化訓練」及び「情報化」

という文言が多用されている。

 「一体化訓練」とは、諸軍種・兵種が一体となって行う統合訓練を、一体化された通信ネッ

トワーク等で連接し、各種の情報を共有しつつ、作戦部隊・兵站部隊等作戦に必要な機能

を同時並行的に練成する訓練と見られ(92)、「情報化」とは、C4ISR及びこれらを連接する

ネットワーク等が整った軍事上の情報環境とこれを基盤とする武器・装備体系を示すもの

と見られる。国防政策及びこれに基づく軍の訓練・演習は、現在その国家が最も生起する

可能性の高いと考える戦争形態に対処するために実施されるものであることから、中国は

現在、「情報化の条件下における局地戦争」を最も起こり得る戦争の形態として捉えている

と見ることができる。また、前述の黄宏主は、情報化は世界新軍事変革の本質あるいは精

髄であると主張した上で、世界新軍事変革は、軍事形態の各構成要素を次第に情報化する

プロセスであり、その根本の目的は、情報の軍事的作用を用いて軍事力を十分に発揮させ

(90)  黄宏主編『世界新軍事変革報告』北京、人民出版社、2004年、87~120ページ。(91)  「総参部署全軍新年度軍事訓練工作」『解放軍報』2005年 1月 16日。(92)  防衛庁防衛研究所編『東アジア戦略概観 2005』国立印刷局、2005年、109ページ。

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105

米国のトランスフォーメーションと主要国の対応

ることにあると述べている(93)。

(ウ)米軍のトランスフォーメーションの評価

 国防白書の中で、アジア太平洋地域の安全情勢には複雑な要素も増えているとして、米

国のアジア太平洋地域における軍事的存在の再編・強化、軍事同盟関係の強化やミサイル

防御システムの配置の加速を取り上げているが、これ以外に米軍のトランスフォーメーショ

ンに関連した記述は見あたらない。中国の米軍のトランスフォーメーションに対する公式

の評価はまだ定まっていないものと見られるが、この項では、中国の権威ある雑誌に掲載

された 2つの論文からその評価について抜粋して記述する。

 中国社会学院の黄志澄研究員は、その論文「米国軍事転型的経験教訓(94)」の中で、米軍

のトランスフォーメーションの目的を小型・快速・敏捷・精確・防護が堅固で、さらに迅

速に戦場に到達できる部隊の建設であり、戦略環境が不確定かつ変化する状況下にあって、

米国の軍事優勢を保持または向上するためと論じている。また、ブッシュ政権の国防省は

新たな国防戦略の中で、米軍トランスフォーメーションの 6つの鍵となる目標(95)を確定し、

これをもって各軍種の RMAとトランスフォーメーションを指導しようとしていると述べて

いる。同論文では、米軍のトランスフォーメーションは米軍の国防戦略を「脅威ベース」

から「能力ベース」へ転換したことの現れであると評価している。米軍は、地球規模の対

テロ戦争に勝利するには、「柔軟・軽装備・敏捷」が必要であり、併せて突然の変化に迅速

に対応することが必要と認識しているとしており、米軍のトランスフォーメーションには、

革命的な技術の発展だけでなく、精密打撃・監視・通信ネットワーク・ロボット・情報処

理等を含み、さらには作戦概念・組織編制を含むとしている。そして、これらのトランス

フォーメーションを実現することにより、米軍が主宰する戦闘空間で革命的な進歩を生む

ことができると受け止めている。また、米軍トランスフォーメーションの主要教訓(弱点)

として、軍事情報網は、敵の電子的な攻撃を受けることを避けられないこと、精密誘導兵

器は頻繁に誤作動を起こすこと等、情報システムの脆弱性は現在も解決されていないこと

を挙げている。

 また、中国の研究者賈曦は、その論文「米国はトランスフォーメーションを加速する(96)」

の中で、米軍のトランスフォーメーションの目的を現在の巨大な機械化軍隊を時代の要求

(93)  黄宏主編『世界新軍事変革報告』94ページ。(94)  黄志澄「美国軍事転型的経験教訓」『国際技術経済研究』第 7巻第 3期(2004年 7月)。(95)  ①米国本土と海外作戦基地の防衛。核・生物・化学・放射性兵器及びその投射手段の脅威を排除、

②遠距離作戦区域内への部隊投入と維持、③継続的な監視・追跡及び迅速交戦能力の提供と敵の隠れ家の排除④宇宙作戦能力の向上と宇宙空間への侵入障害の排除、⑤情報技術の利用・NCWの優性と異種(同類でない)米軍部隊の連携による統合作戦の実施、⑥米軍情報ネットワークへの攻撃回避と相手(敵)情報ネットワークの麻痺。

(96)  賈曦「美国加快軍事転型」『国際展望』第 475期(2003年 9月)48~49ページ。

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防衛研究所紀要第 9巻第 2号(2006 年 12 月)

106

に合った情報化軍隊に改造し、部隊の戦闘力を大幅に向上させ、もって他国と潜在的競争

相手国との軍事力上の距離・格差をさらに開こうというものとして、論じている。また、

その目標を、運用・多能・モジュール化、そして一体化された軍隊の建設を図ることにより、

「国内の安全を確保し、外向きに覇権を固める」という戦略目標を実現し、併せて他国と潜

在的競争相手国との軍事力上の距離を開き、米国の 21世紀における継続的な軍事優勢を確

保しようとするものと見ている。さらに同論文では、米軍のトランスフォーメーションを

冷戦終結後、米国が全世界で絶対的軍事優勢を占めている情勢下、現在の装備水準を保障

すること及び米軍の遠距離能力の発展を図るという 2点を出発点として実施していると評

価している。

(エ)軍改革の現状と方向性

 国防白書第 3章の中で、人民解放軍は、情報化軍隊を建設し、情報化戦争に勝つ目標に

基づいて、改革を深化させ、鋭意革新を行い、質的建設を強化し、情報化を核心とし、中

国の特色ある軍事変革を積極的に推し進めるとしている。この中で 2005年までに 20万人

の削減を実施し、総兵力(陸、海、空軍及び第 2砲兵)を 230万人にするとし、この削減

は規模を圧縮すると同時に、構成最適化、関係調整、質的向上を重点的に行うと述べ、具

体的には陸軍を削減し、海軍、空軍、第 2砲兵を強化し、作戦力構造の協調的発展をはかり、

制海権、制空権奪取と戦略的反撃能力を高めると述べている(97)。また、人民解放軍は、当

面の軍近代化の目標を「機械化」と「情報化」とし、これを 2重の歴史的任務と位置付け

ているが(98)、国防白書全般を通して、また、2005年の「新年度の軍事訓練工作」(99)やこれ

に基づく人民解放軍の各軍種の訓練・演習内容(100)から、実態は部隊の「機械化」よりも「情

報化」をより重視することにより、中国の特色ある軍事変革を推進している様子をうかが

うことができる。

 NCWに関しては、2003年のイラク戦争以来、これに関する論文が多数出版されている(101)。

また国防白書第 3章の中で、「情報化建設を推進」という項目を設け、これを現代化建設の

発展方向、戦略の重点とすると述べるとともに、2005年 1月の「新年度の軍事訓練工作」

でも全軍に対し情報化を強調する等、その必要性を人民解放軍は強く認識していることが

(97)  『2004年の中国の国防』13~15ページ。(98)  黄宏主編『世界新軍事変革報告』315ページ。なお、「二重の歴史的任務」という表現は、胡錦濤

現中央軍事委主席をはじめ軍の高官が最近頻繁に使うようになった。(99)  「総参部署全軍新年度軍事訓練工作」『解放軍報』2005年 1月 16日。(100)  『解放軍報』2005年 1月 13、14日、3月 24日、5月 15日、7月 3日など。(101 ) 『中国信息戦』北京、新華出版社、2005年所収の以下の各論文が代表例。李炳彦「軍隊信息化建

設戦略框架」15~35ページ。王普豊「信息戦研究中若干問題的我見」36~47ページ。王保存「外軍信息戦理論与実践的沿革和最新発展」48~88ページ。孔令銅「網絡戦争以及我們的応対策略」89~99ページ。

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107

米国のトランスフォーメーションと主要国の対応

うかがわれる。人民解放軍の 2004年及び 2005年の演習・訓練内容から、異軍種間の統合

訓練を重視して実施する等、NCWの基礎となる軍の組織化・体系化に力を入れていること

については疑いないが、武器・装備の面では、特に目立ったものはまだ確認されていない

ことから、現在中国は NCWの必要性を認め、NCW先進国に軍の運用、情報技術面で追い

つくために様々な角度からこれを研究している段階にあると推定される。

 機能別の改革状況であるが、情報の強化については、これを裏付ける人民解放軍の演習・

訓練が 2005年の「解放軍報」で多数確認されている。代表的なものとして、成都軍区、某

装甲旅団のコンピューターネットを利用した模擬実戦訓練(102)、GPSシステム、電子地図を

使用した訓練(103)及びコンピューターシステムに侵入したハッカーと戦うサイバー戦に関

する訓練(104)があげられる。

 兵站については、陸、海、空軍及び第 2砲兵による統合兵站の能力向上に努めており、

国防白書第 3章では「2004年 7月から済南戦区で大連合後方勤務改革の試行を始めた」と

述べている。また、統合兵站のために、各種法令を整備するとともに(105)、兵站のネットワー

ク化(106)も推進中である。

 軍の統合運用の強化については、軍の最高指導機関である中央軍事委員会メンバーに

2004年から海、空軍、第 2砲兵司令員が増員された(107)。これは、同委員会が諸軍種・兵

種が一体となった、よりプロフェッショナルな統帥機関に向けて変化しつつあることを象

徴しており(108)、統合運用の強化のための施策とみることができる。2005年の『解放軍報』

で軍の統合一体化された演習・訓練等が多数確認されているが、代表的なものとして、複

雑な電子環境下における陸、空軍による統合対抗演習(109)、北京軍区の陸軍、空軍、第 2砲

兵及び人民武装警察から組織された異軍種間の訓練・研究のための協力システムの編成(110)

があげられる。

 次に軍種別の改革状況について、国防白書でその強化が謳われている海、空軍の NCW

に関連する事項や注目点、そして軍事面での宇宙開発の状況について記述する。

(102)  『解放軍報』インターネット版、2005年 1月 14日(http://www.chinamil.com.cn/site1/defaultで閲覧、以下同じ)。

(103)  『解放軍報』インターネット版、2005年 1月 30日及び 4月 2日。(104)  『解放軍報』インターネット版、2005年 5月 15日。(105)  「総参謀部総後勤部総装備部聯合署名命令 通用装備保障既定頒発施行」『解放軍報』インターネッ

ト版、2004年 6月 13日。(106)  「信息化後勤保障的発展趨勢」『解放軍報』2004年 2月 3日。(107)  「中央同意江沢民辞去軍委主席職務 胡錦濤任主席」『解放軍報』インターネット版、2004年 9月 20

日。「中央軍委挙行普昇上将軍銜儀式胡錦濤頒発命令状」『解放軍報』インターネット版、2004年 9月23日。「中央軍委委員張定発靖志遠普昇為上将軍銜」『解放軍報』インターネット版 2004年 9月 25日。

(108)  防衛庁防衛研究所編『東アジア戦略概観 2005』108~109ページ。(109)  『解放軍報』インターネット版、2005年 3月 26日。(110)  『解放軍報』インターネット版、2005年 4月 22日。

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防衛研究所紀要第 9巻第 2号(2006 年 12 月)

108

 海軍については、「海軍は近海の防御作戦空間と防御の縦深を拡大」、「近海で海上作戦を

行う総合的作戦能力を高める」等、中国海軍が近海で活動するための能力向上が謳われて

いる。また、「海洋開発の実施」が中国共産党第 16回大会全国代表大会の報告に盛り込まれ、

国務院の「全国海洋経済発展計画要綱」において「我が国(中国)を徐々に海洋強国とする」

という目標が初めて明確にされた(111)。中国はその急速な経済発展に伴い、海外市場及びエ

ネルギーを中心とした資源輸入に関心を払うようになってきており、今後シーレーン防護

のために海軍の活動範囲をさらに外洋に広げる可能性が考えられる。これに関連して、近

年中国は、沖の鳥島周辺海域等、日本の太平洋側排他的経済水域(EEZ)内で活発な海洋

調査活動を実施している(112)。その詳細については不明であるが、この中には潜水艦の自由

航行に必要な水深調査、海底地形調査等も含まれると考えられることから、この海域にお

ける調査は、中国海軍がその活動の範囲を第 1列島線(日本列島から南西諸島、台湾、フィ

リピンに至るライン。中国防衛の内堀として米海軍機動艦隊を阻止する最終ライン)から

第 2列島線(小笠原諸島からグアム・サイパンに至るライン。米海軍機動艦隊を第 1列島

線に近づけないよう足止めするライン)まで拡大させようとしている 1つの動きとして捉

えることも可能である(113)。2004年 11月 10日には、中国海軍の原子力潜水艦が石垣島近

海の日本領海を侵犯したが、この前後には比較的水深の浅い海域を長時間潜行しており、

中国海軍は、少なくとも同海域付近の海底の状況を熟知しているものと考えられる(114)。中

国は、台湾有事の際、米軍の台湾関係法に基づく軍事行動、すなわち米海軍機動艦隊の台

湾正面への展開を主として潜水艦を用いて阻止することを企図しているとの見方もあり(115)、今後の中国海軍の動向が注目される。

 空軍については「情報化航空作戦の要求に適応し、国土防空型から攻撃・防衛一体化型

への転換を逐次実現」、「警戒偵察、戦略機動、総合保障能力を高める」といったことが国防

白書に謳われている。2005年 8月、中国はロシアと初めての合同軍事演習を実施したが、そ

の翌月、中国はロシアから Il-76輸送機(ペイロード 47t、航続距離 3,000km)34機及び Il-78

空中給油機(給油燃料 32~36t、航続距離 2,500km)4機を購入するとの報道がなされた(116)。

(111)  楊鴻玺、陳開明「海洋強国建設に向けたアピール」『RP旬刊中国内外動向』第 29巻第 21号2005年 8月 10日、B6ページ。

(112)  防衛庁編『平成 17年版 日本の防衛 防衛白書』ぎょうせい、2005年、55~60ページ。(113)  岩大路邦夫「日本とその進むべき道(補 1)」日本国家戦略研究所 <http://www11.plala.or.jp/jins/

newsletter2005-2.fi les/senryaku.htm>2005年 10月 15日アクセス、「中国の海軍戦略 川村研究所代表元海将補川村純彦氏に聞く(上)」『世界日報』インターネット版 <http://www.worldtimes.co.jp/special2/china5/040816.html>2005年 10月 15日アクセス。

(114)  防衛庁防衛研究所編『東アジア戦略概観 2005』111ページ。(115)  日高義樹『日米は中国の覇権主義とどう戦うか』徳間書店、2005年、35ページ。(116)  「ロシア、中国に空中給油機など 40機売却」Sankei Web、2005年 9月 8日 <http://www.sankei.

co.jp/news/050908/kok102.htm>2005年10月1日アクセス。「中国、ロシアから軍用機38機を購入」『世

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米国のトランスフォーメーションと主要国の対応

中国は第 3、第 4世代に属する航空機の導入に努めており(117)、これらの中にはロシアから

購入している Su-30戦闘機等の対地攻撃・対艦攻撃能力を有するものも含まれるが(118)、先

に述べた空中給油機の導入により、その作戦行動範囲はこれまでより拡大されることにな

る。また、輸送機の大量購入は、空挺部隊、歩兵部隊等の輸送、中型戦車を含む各種兵器

や補給物資の輸送力向上に大きく寄与することから、中国空軍は、空中給油機等の購入と

相まって、その戦略機動力を大幅にアップすることが可能になったということができよう。

中国空軍は、国防白書に示しているように「国土防空型から攻撃・防衛一体化型への変換」

を着実に実施しているといえる。さらに中国は前述の輸送機に加え、Tu-22M超音速爆撃機

や A-50早期警戒機といった遠距離航空作戦能力を大幅に高める航空機の購入についても以

前からロシアに打診していたとの報道もあり(119)、引き続き中国空軍力の増強に注目する必

要がある。

 また中国は 2005年 10月、「神舟 6号」による 2度目の有人飛行を成功させる等、宇宙開

発について積極的に取り組んでいる。中国の研究者牛宝徳は、今後、海洋、宇宙及び電磁

空間の安全が国家の利益と安全の重要な部分になってくると述べており、特に宇宙につい

ては、国際間の協力、競争と対抗の新しい分野になったこと及び近年世界で起こっている

いくつかの局地戦争から、宇宙の支配権を持たなければ軍事上の主導権を持つことはでき

ないなど、宇宙開発の重要性について力説している(120)。米国防総省が 2005年 7月に発表

した「中国の軍事力に関する年次報告書」によれば、将来、中国は軍事利用が可能な画像

収集、偵察、資源探査衛星を打ち上げることになると予想している。また、中国は衛星対

抗型兵器(Anti-Satellite Weapon: ASAT)の開発に取り組んでおり、その実戦配備も計画し

ているとし、核を積み込んだ弾道ミサイル宇宙発射システムを打ち上げて、他国の衛星を

破壊、無力化する能力を既に持ち合わせていると中国の ASATの能力を評価している。中

国の国防白書の中で特筆されてはいないが、宇宙における軍事面の地位・役割が増大する中、

中国が宇宙開発に更なる努力を指向することに疑いの余地はなく、その進展状況如何によっ

ては、我が国の安全保障に深刻な影響を及ぼすことも考えられることから、今後、中国の

宇宙開発の動向を注視していく必要があろう。

 最後に、研究開発状況であるが、装備面では、従来の弾道ミサイルでは得られない命中

界日報』インターネット版、2005年 9月 8日 <http://www.worldtimes.co.jp/news/world/kiji/2005-09-08T205704Z>2005年 10月 1日アクセス。

(117)  「米国防総省の中国の軍事力に関する報告書(抄訳)2005年版」『世界週報』第 86巻第 36号(2005年 9月 27日) 35ページ。

(118)  防衛庁編『平成 17年版 日本の防衛』57ページ。(119)  『産経新聞』2005年 8月 26日。(120)  牛宝徳「為維護国家利益提供有力的戦略支 」『解放軍報』インターネット版、2005年 10月 20日。

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防衛研究所紀要第 9巻第 2号(2006 年 12 月)

110

精度とスタンドオフ攻撃特性を確保する手段としての対地攻撃巡航ミサイルや C-802(有

効射程 120km)等の長射程を持つ対艦巡航ミサイルの研究開発に取り組んでいる(121)。また、

前述したように ASAT等の宇宙関連兵器の研究開発も進めている。人材育成の面では 2005

年の「新年度の軍事訓練工作」の中で軍事学院の目標として「高素質新型軍事人材の育成

の加速」が掲げられたが、これは、人民解放軍が軍を情報化し、統合一体化された作戦・

戦闘を実施するためには、高度な科学的知識を持った指揮官、幕僚が必要不可欠と考えて

いることの現れであり、これに関連する記事が『解放軍報』で確認されている。代表的な

ものとして、「北京軍区の某旅団で 7名の博士、47名の修士が指揮官、幕僚等として勤務(122)」

や「情報化条件下における中・高級指揮官の統合作戦指揮能力向上のために国防大学の教

育内容を変更(123)」があげられる。

2 米軍のグローバルな態勢見直しと主要国の対応

(1)米軍のグローバルな態勢見直し

 米軍は、冷戦時代の「張り付けの態勢」から不確実な脅威へ柔軟かつ迅速に展開し得る「機

動展開の態勢」への変換及び海外展開兵力の削減による国土防衛態勢の確立等を目指し、

軍のグローバルな態勢見直しを推進中である。今後 10年間に数百カ所の在外米軍施設を閉

鎖し、6万~7万人の米軍人及びその家族 10万人を本国に帰還させる計画である(124)。

 2003年 3月、「統合グローバルプレゼンス・基地戦略」が作成され、同年 11月から本見

直しに関する同盟国等との正式な協議が開始された。ラムズフェルド国防長官は、米軍は「望

まれ、歓迎され、必要とされる場所に配置」され、「移動に対して寛容である環境に配置」

され、また「部隊をより有用で柔軟に運用できるような場所に配置」されるとしている(125)。

この海外作戦基地は、米軍構想(126)によれば、戦闘部隊等が常駐する主要作戦基地(Main

Operating Base: MOB)、戦闘部隊等がローテーション配置される前方作戦拠点施設(Forward

(121)  「米国防総省の中国の軍事力に関する報告書(抄訳)2005年版」34~35ページ。(122)  『解放軍報』インターネット版、2005年 5月 8日。(123)  『解放軍報』インターネット版、2005年 6月 5日。「情報技術とその対作戦行動の影響」「人工衛

星の軍事的応用と衛星測量コントロール」等、情報関係のハイテクに関する講座が新設された。(124)  “President Speaks at VFW Convention,” President’s Remarks to Veterans of Foreign Wars

Convention, Dr. Albert B. Sabin Cincinnati Cinergy Center, August 16, 2004 <http://www.whitehouse.gov/news/releases/2004/08/20040816-12.html>, accessed on July 22, 2005.

(125)  U.S. Secretary of Defense Donald H. Rumsfeld, “Global Posture,” Prepared Testimony Before the Senate Armed Service Committee, Washington, D.C., September 23, 2004, pp. 4-5 <http://armed-services.senate.gov/statemnt/2004/September/Rumsfeld%209-23-04.pdf>, accessed on May 31, 2006.

(126)  Statement of General James L. Jones, USMC, Commander, United States European Command before the Senate Armed Services Committee, September 23, 2004, pp. 6-7 <http://armed-services.senate.gov/statemnt/2004/September/Jones%209-23-04.pdf>, accessed on May 31, 2006.

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米国のトランスフォーメーションと主要国の対応

Operating Site: FOS)及びアクセス基地となる協力的安全保障拠点(Cooperative Security

Location: CSL)に区分(127)される。

 そして、「国内基地の再編・閉鎖計画(Base Realignment and Closure: BRAC)」が態勢見

直しに伴い本国へ帰還する兵・家族等の受け入れの枠組みを規定していることから、この

グローバルな態勢見直しは BRACと密接な関係となる。すなわち、議会は地元対策の観点

から基本的に国内基地をできるだけ削減したくない。このため、議会の立場から言えば、

国内基地を維持するために、海外基地の閉鎖を要求するという流れになる。2004年 3月に

国防総省が発表した BRAC2005(128)によれば、国内 425カ所の基地の約 5~10%が閉鎖又は

再編され、この結果、国防予算の 5~10%が削減(今後 20年間で 488億ドルの経費節減)

されるとしている。

 次に、モジュール化への改編を推進している米陸軍の将来態勢(129)を概観する。まず、

米北方陸軍(U.S. Army North)は、隷下に第 5軍(5th Army)を新たに編成し、本土防衛

を担任する。米南方陸軍(U.S. Army South)は、隷下に第 6軍(6th Army(130)) を再び編成し、

中南米の防衛を担当する。欧州正面については、隷下に第 7軍(7th Army(131)) を有する米

欧州陸軍(U.S. Army Europe)が、欧州正面及びアフリカの防衛を担当する。隷下に第 3

軍(3rd Army(132))を有する米中央陸軍(U.S. Army Central)は、アフリカ(欧州軍の担任

を除く)及び中東地域の防衛を担任する。米太平洋陸軍(U.S. Army Pacifi c)の隷下の軍は、

未だ決定されていない。

 また、米国本土に所在する第 1軍(1st Army)は、U.S. Training Readiness and Mobility

Commandに改編され、主として州兵の訓練などを担当する。軍団については、第 1軍団、

第 3軍団、第 18軍団の 3個軍団が 米国本土に所在する。

(127)  上記 3区分のほか、海外基地見直し委員会の最終報告によれば、陸上や海上に兵器や補給物資等を事前集積したサイト(事前集積サイト)及び沿岸部に対する水陸両用作戦のための海上基地(Sea Basing)の概念がある。Commission on Review of Overseas Military Facility Structure of the United States (Overseas Basing Commission), Report to the President and Congress, August15, 2005 <http://obc.gov/reports.asp>, accessed on December 22, 2005.

(128)  Department of Defense, “Report Required by Section 2919 of the Defense Base Closure and Realignment Act of 1990, As Amended Through the National Defense Authorization Act for Fiscal Year 2003,” March 2004.

(129)  “The Army’s Modular Forces: Unit Stationing Transformation Initiatives” <http://www.army.mil/modularforces/>, accessed on December 22, 2005.

(130)  この第 6軍は、過去、南米等で活躍した歴史的に有名な軍であり、1995年に廃止されたが、今般復活することとなる。

(131)  第 7軍の隷下の第 5軍団は、ドイツから撤退した後、廃止される予定である。(132)  第 3軍の司令部は、アトランタ州のフォートマクファーソン基地に所在しているが、同基地は基

地見直し委員会(BRAC)の報告をうけて閉鎖される予定である。このため、同司令部の移転が必要となるが、移設場所については未定である。

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防衛研究所紀要第 9巻第 2号(2006 年 12 月)

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 グローバルな態勢見直しに伴い欧州から帰還する第 1歩兵師団及び第 1機甲師団、アジ

アからの第 2歩兵師団等の米国本土における配置構想は次のとおりである(133)。ドイツ駐留

の第 1歩兵師団は、2006年頃にカンザス州のフォートリレー(Ft. Rilley)へ帰還する予定

である。なお、イラクに展開中の同師団第 3旅団はフォートルイス(Ft. Lewis)に帰還し、

6番目のストライカー旅団(134)とする。同じく第 1機甲師団は、2008~2009年頃、テキサ

ス州フォートブリス(Ft. Bliss)への帰還を予定する。韓国の第 2歩兵師団は、1個重旅団

とともに司令部を韓国に置く。残り 2個は、ワシントン州のフォートルイスにおいてスト

ライカー旅団(SBCT)に改編する。イラクに派遣された第 2旅団は、2005年フォートカ

ルソン(Ft. Carson)に帰還する。第 25歩兵師団は、ハワイに司令部に置き、アラスカの

SBCT-3と 2個空挺旅団が隷下となる。イラクから帰還した同師団第 3旅団は、スコフィー

ルド・バラックス(Schofi eld Barracks)において SBCT-5に改編される。

(133)  “Defense Department Special Briefing on Announcement of New Locations for The Active Duty Army’s Modular Brigade Combat Teams,” July 27, 2005 <http://www.defenselink.mil/transcripts/2005/tr20050727-3521.html>, accessed on July 1, 2005.

(134)  ストライカー旅団は、当初の計画では 5個のストライカー旅団と州兵(ペンシルベニア)の 1個であったが、現役については 6個編成に変更し、第 1歩兵師団の第 3旅団は、イラク展開後ワシントン州の Ft. Lewisに帰還予定、2005年末に 6番目の SBCTとなる予定。予備については、2個を編成し、現役 6個と併せ合計 8個の SBCTを編成する計画である。

 (注) 2007年以降の現役 BCTの将来態勢。 (出所)  Unit Stationing Transformation Initiatives, The Army’s Modular Forces <http://www.army.mil/

modularforces/>より作成。

図 4 米陸軍のBCTの将来態勢韓国

師団旅団ストライカー旅団

凡例

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米国のトランスフォーメーションと主要国の対応

 以下、欧州及びアジア地域における米軍の態勢見直しの状況と主要国の対応状況につい

て概観する。

(2)欧州

 この地域における米軍の態勢見直しの狙いは、NATO自身の変革を支援しつつ、冷戦時

代の態勢から今日の安全保障上の要求に対応し得る態勢へ変換することである(135)。

 この際、最も大規模に実施されるのが、欧州陸軍の戦力及び基地の再編である。同陸軍

の再編構想(136)によれば、1個ストライカー旅団(Striker Brigade Combat Team: SBCT)を

ドイツ南部に配置し、完全にモジュール化した旅団戦闘チームに拡大した第 173空挺旅団

を引き続きイタリアに配置する。また東欧タスクフォース(Eastern European Task Force:

EETAF)を形成するための 1個旅団戦闘チーム(Brigade Combat Team: BCT)を米本土か

ら東欧にローテーション配置する構想である。この他、ドイツに配置する 1個多機能航空

旅団に欧州における米軍の航空資産を統合する。SBCTをドイツに配置後、ドイツに駐屯

する 2個の重師団、すなわち、第 1歩兵師団を 2006年から、第 1機甲師団を 2008年から

米本国に帰還させる。このように、再編後の欧州陸軍は責任地域内の常駐部隊と米本土か

らのローテーション部隊により構成される。見直し後は現在 13カ所の主要作戦基地に展開

している 6万 2,000人(ドイツ駐留 5万 7,000人)の兵員は約 2万 4,000人にまで削減され、

ドイツ及びイタリアに所在する 4つの統合主要作戦基地(Joint Mobile Offshore Base:

JMOB)に集約される。司令部機能の統合については、在欧米陸軍司令部と第 5軍団司令部

を在欧米陸軍・第 5任務部隊司令部へ統合し、ドイツ西部に配置する。これらの再配置は

2010年 9月までに完了する予定である。また、これらの態勢見直しに伴い、16カ所に存在

する 239施設の約 3分の 2が各国に返還される。

 英国においては、B-1B、B-2Aといった大型爆撃機の配備、欧州米海軍司令部のナポリの

海軍司令部への移転、米第 352特殊作戦群の撤退が計画されているが、これらの在英米軍

の見直しに対して英国から特に異論は出ていない。

 ドイツは米国にとって、欧州への入り口であり、また中東や東欧地域へのゲートウェイ

となる重要な地域である。ドイツもまた、在ドイツ米軍基地について米国と同様な認識を

持っており、現在の国際的テロとの戦いにおいて、米国及び同盟国にとって代替すること

(135)  White House, “Fact Sheet: Making America More Secure by Transforming Our Military,” August 16, 2004 <http://www.whitehouse.gov./news/releases/2004/08/print/20040816-5.html> accessed on Jun 13, 2005.

(136)  Statement of General James L. Jones, USMC, Commander, United States European Command before the Senate Armed Services Committee, September 23, 2004, pp. 6-7 <http://armed-services.senate.gov/statemnt/2004/September/Jones%209-23-04.pdf>, accessed on May 31, 2006.

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防衛研究所紀要第 9巻第 2号(2006 年 12 月)

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のできない重要な戦略的資産と位置づけている。同国では先に述べたように駐留米軍の大

規模削減や基地の閉鎖が予定されているが、ドイツ政府は、公式に米国が情勢判断に基づ

き実施している再編問題を非難することはないとしながらも、ドイツの各地方・地域にお

いて米軍はそれぞれのドイツの人々と一体となって生活しており、ほとんどのドイツ人は

米軍の本土への帰還は歓迎していないとの見解を示している(137)。

 その他、米国は、中東や中央アジアに対する作戦・補給・中継点として期待する東欧に

おいて、現在ポーランド、ルーマニア、ブルガリアと新たな協力関係について協議中である。

2005年の 12月 6日、ルーマニア訪問中のライス米国務長官は、同国外相との間でコガル

ニチュアヌ基地の使用に関する合意書に署名した(138)。ワルシャワ機構に加盟していた東欧

諸国に米軍基地が設置されるのは初めてである。これに対してロシアはこれらの東欧地域

における米国の軍事態勢の見直しに否定的であり、東欧への米軍基地の移転はロシアの国

益を考慮すべきであるとして懸念を表明している。

(3)アジア

 本地域における米軍の軍事態勢見直しの狙いは、強化された長距離攻撃能力、合理化さ

れ整理統合された司令部及びアクセス拠点のネットワーク化により、アジアにおける挑戦

を抑止し、思いとどまらせ、これを破砕する能力を改善することとしている。このため、

米軍は機動展開海上能力を追加的に前方配置し、高度な打撃資産を西太平洋に配置する。

北東アジアでは地域における能力改善と同時に軍事プレゼンス及び指揮統制機構を再構築

するために最も強力な同盟国(複数)と協議を行うとともに、中央アジア及び東南アジア

では、訓練機会や不測事態におけるアクセスを提供する拠点施設(sites)のネットワーク

を構築するために協議を継続している(139)。

 まず太平洋地域であるが、ハワイでは、真珠湾を 1個空母機動群の母港とするとともに、

ヒッカム基地に 1個 SBCT を配置し、C-17輸送機を常駐させる計画である。また、グアム

所在の第 13空軍司令部は、ヒッカム基地に移転され、2005年 6月、同基地に新たに戦闘

司令部が新設された。同司令部は、太平洋全域(朝鮮半島を除く)における空軍作戦の指

揮を執ることとなる(140)。

(137)  2004年 8月の米軍再編計画発表後の在米ドイツ大使による記者会見要旨。“Press Releases: Ambassador Ischinger Discusses US Bases in Germany in Interview on C-Span,” August 19, 2004 <http://www.germany-info.org/relaunch/info/press/releases/pr_08_20_04.htm>, accessed on August 11, 2005.

(138)  『読売新聞』2005年 12月 7日夕刊。(139)  White House,“Fact Sheet: Making America More Secure by Transforming Our Military,”August 16,

2004.(140)  “PACAF Offi cials Establish Warfi ghting Headquarters,” June 1, 2005, Air Force Link <http://www.

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米国のトランスフォーメーションと主要国の対応

 グアムでは、アプラ港に 2004年 3月に原子力潜水艦 3隻が配備され、さらに 3隻の攻撃

型潜水艦(最大 6隻)を配備することを計画している。このため同港のインフラ整備のた

めに FY05では 5億ドルの予算が計上された。アンダーセン基地は、2006年 2月より B-2

爆撃機 4機、2005年より B-52H爆撃機が常駐しており、また、KC-135空中給油機も配置

されている(141)。

 この他、アラスカには 1個 SBCTが配置され、C-17輸送機が常駐する。

 次に、北東アジア地域である。日本は、米国と共通の安全保障環境認識、脅威認識、共

通の戦略的思考を有する国であり、地政学的にも米国のいう「不安定の弧」に対する東側

のゲートウェイという価値を有する。特に、沖縄はアジアのフラッシュポイントである朝

鮮半島及び台湾、何れにも近接している。この他、日本は高い技術力、充実したインフラ等、

策源地としての価値を有し、また、政治的安定や比較的安定した国民感情等から米軍の安

定的使用が可能である。さらに、日本は米国の情報源としての価値を有するとともに、中

国等への抑止も含め、東アジア地域におけるプレゼンス確保のための拠点としての価値は

極めて大きい。これらの価値は、米国の「地域対処からグローバル対処へ」の戦略変換と

相まって益々増大しているといえよう。

 韓国では、南北首脳会談以降、韓米間の北朝鮮に対する脅威認識の違いや国民の反米感

情に起因する行動が頻繁に見られるとともに、保革対立が先鋭化している。

 韓国にとって、在韓米軍再編に伴う都市部の基地の整理・統合については歓迎すべきも

のであるが、急激な兵力削減は同国の安全保障への影響が懸念された。このため、2004年

10月、「未来の韓米同盟政策構想会議(Future of the ROK-U.S. Alliance Policy Initiative:

FOTA)」における協議の結果、兵力削減は 2008年までに 3段階で 1万 2,500人を削減し(142)、

基地の整理・統合は、北朝鮮長射程砲の脅威外の漢江以南へ 2段階で実施することで戦略

的柔軟性を保持するとともに、都市部を開放し住民負担を軽減することとなった。併せて、

軍事作戦能力の強化のため、米国からの 110億ドルの投資が継続される。また、国連軍、

af.mil/news/story.asp?storyID=123010660>, accessed on December 16, 2005. なお、朝鮮半島空域を担当するのは、韓国・烏山基地の AOC機能である。

(141)  ウイリアム・ファロン太平洋軍司令官は、アンダーセン基地は再編が完了した時点で、米国本土との間で定期循環交代する戦闘機 48機及び戦略爆撃機 6機とともに、グローバルホーク無人航空偵察機 3機及び KC-135空中給油機 12機を受け入れる可能性があると述べている。Edward Cody, “Shifts in Pacifi c Force US military To Adapt Thinking New Plans Refl ect Reaction To China’s Growing Power,”The Washington Post, September 17, 2005.

(142)  これらの在韓米軍削減に関し、ラポート在韓米軍司令官は 2004年 9月 23日、上院軍事委員会で「従来の数の面からの視点より、むしろ能力の視点からみるべきであろう。朝鮮半島に迅速に兵力を展開することが出来る十分な地域的増援兵力をハワイ、グアム、日本に有しているため、北朝鮮に対する抑止力を低下することはない」と述べた。“In Korea, Think Capabilities, Not Numbers, General Says,”September 24, 2004 <http://www.defenselink.mil/news/Sep2004/n09242004_2004092411.html>, accessed on May 31, 2006.

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在韓米軍及び韓米連合司令部が所在する龍山基地を平澤へ 2008年までに移転することに

なった。この結果、在韓米軍の基地は、中部と南部の 2つの核心圏域に集約される。また、

2005年 6月には世界で最初の UA(第 1戦闘 UA、第 2多目的航空 UA、砲兵 UA)が創設

され、さらに第 2歩兵師団司令部の 2UExへの改編が完了した(143)。

 これらの在韓米軍の再編動向に対し韓国は、この変化を能動的に活用し、韓米同盟を未

来志向的に発展させるとしている。一方で、在韓米軍の役割の変化に関する否定的な発言

や北東アジアのバランサー発言、あるいは戦時作戦権問題などの新たな問題に波及してい

る。盧武鉉大統領は 2003年 5月、就任後初の全軍主要指揮官会議で、「在韓米軍がどうに

かなれば韓国の安全保障がすぐに崩れるような状況は望ましくない」として在韓米軍削減

に備え、自主国防路線を強化する考えを示した。これに関し、同大統領は 2004年 6月に、「韓

米同盟」の枠内で「自主国防」を進めることを改めて強調し、北朝鮮に対する軍事的抑止

力としての在韓米軍を必要としていることを表明した。この「協力的自主国防」をうけ、

韓国国防部は 2004年 6月、「国防研究開発政策書」を発表した。同政策書では、在韓米軍

削減による影響として前方地上軍の兵力減少、先端情報システムの代替、米軍の情報能力

の使用不可能、米国依存型の上陸作戦不可能、長距離航空作戦不可能を挙げ、その対応と

して前方歩兵師団の機械化再編や未来型歩兵師団戦力の導入、偵察衛星や早期警戒機、イー

ジス艦、大型輸送艦や航空母艦、空中給油機の導入などの構想を打ち出している。さらに、

盧武鉉大統領は 2005年 3月の空軍士官学校卒業式における訓示の中で、在韓米軍の役割の

変化に関連して、米国の世界戦略で在韓米軍の役割が北東アジア以外の地域に拡大するこ

とは容認するものの、朝鮮半島の安全保障に直接的影響を与える中国など、北東アジア地

域への介入には反対するという意向を初めて示した。なお、韓国への米軍基地の返還に関し、

2005年 6月 2日の『国防日報』によれば、計画どおり 11カ所の基地が韓国に返還されたが、

代替え地における反対運動、移転に伴う予算問題が生起している。

 次に、東南アジア地域であるが、米国は訓練機会や不測事態におけるアクセスを提供す

る拠点施設のネットワークを構築するため、現在関係国と協議を継続中である。タイとは

タイ湾への事前集積船の配備、ウタパオ基地の使用に関する交渉を実施している。

 シンガポールは、米軍にとって「不安定の弧」内に位置する東南アジアにおける唯一の

拠点である。同国は、米国のプレゼンスは東南アジアの平和と安定に顕著に貢献している

と評価するとともに、米国との防衛関係は重要である(144)との認識の下、恒常的にアジア

(143)  UA及びUExの呼称については作業用語(Working Terms)であり、将来変更される可能性があるが、2005年 12月現在、在韓米軍における正式な名称は確認されていない。

(144)  Singapore Ministry of Defence, Defending Singapore in the 21st Century, January 2000 <http://www.mindef.gov.sg/ds21/DS21.pdf>, accessed on June 2, 2005.

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米国のトランスフォーメーションと主要国の対応

太平洋地域における米国の強力な軍事プレゼンスを支援している(145)。1990年、両国が、

シンガポールのパヤレバ空軍基地の施設使用及びセンバワン埠頭への米軍のアクセスを容

認する覚書 に署名して以来、米空軍戦闘機が演習のためにシンガポールにおいて一定期間

運用され、また多くの米海軍艦艇がシンガポールに寄港している。シンガポールは 1998年

に、2001年に開港予定のチャンギ海軍基地の使用を許可し、2000年には米国との ACSA

(Acquisition and Cross Servicing Agreement)を締結した。2005年 7月、「安全保障と防衛に

おける、より緊密な協力関係のための米国・シンガポール戦略枠組み合意」に両国は署名

した。本合意では、シンガポールの役割を米国の主要な安全保障協力パートナーとして位

置付けるとともに、対テロリズム、大量破壊兵器の不拡散、統合軍事演習や訓練、政策対話、

軍事技術の分野において、両国の協力を拡大していくとしている(146)。

 オーストラリアは、「不安定の弧」の東南部に位置し、特に同国の北部地域はイスラム勢

力の活動が活発な東南アジアに隣接している地域である。米軍は、部隊を迅速に展開させ

るため、同国北部地域に物資の事前集積や訓練地域を得ることが非常に重要と認識してい

る。オーストラリアは、1951年のアンザス条約締結以来、今日まで米国と密接な同盟関係

にある。この間、オーストラリアは、米軍の戦略通信施設 3カ所(現在は 2カ所)を国内

に受け入れ、これに伴い米国の軍事情報にアクセスすることが可能となった。さらに、オー

ストラリアは米国との共同軍事演習の他、B-52爆撃機の北部における爆撃演習を認めてい

る。同国にはこれらの軍事演習を円滑に進めるために小規模な米国海兵隊が常駐している(147)。こうした関係の中で米軍のグローバルな態勢見直しが行われた。米国は、同国に対し

て事前集積の足がかりとなる合同軍事訓練施設の北部への設置・使用の意向を示したが(148)、

2004年 7月、両国は、同国内軍事訓練施設の米軍利用を大幅に拡大するとした合意文書に

調印(149)した。この合意に基づき、ショールウォーター湾訓練地域やデラミア空爆演習場、

ブラッドショウ砲撃演習場での米軍の訓練が本格的に行われることとなる。また、オースト

ラリアは、2005/06会計年度の国防予算において、最新レベルの訓練施設を導入する統連合

訓練センターに 2,290万豪ドルを計上した(150)。これにより同国国防軍と米軍の相互運用性

の向上が期待されている。さらに、オーストラリアは米国製のM1A1エイブラムズ戦車を導

(145)  U.S. Department of State, “Background Note: Singapore” <http://www.state.gov/r/pa/ei/bgn/2798.htm#defense>, accessed on July 6, 2005.

(146)  White House, “Joint Statement Between President Bush and Prime Minister Lee of Singapore,” July 12, 2005 <http://www.whitehouse.gov./news/releases/2005/07/print/20050712.html>, accessed on July 6, 2005.

(147)  竹田いさみ・森健編『オーストラリア入門』東京大学出版会、2001年、189~190ページ。(148)  “US Plan to ‘Pre-position’ Arms,” The Australian, January 19, 2004.(149)  Robert Hill, Minister for Defence, “Australia-US Joint Combined Training Centre,” July 8, 2004

<http://www.defence.gov.au/minister/Hilltpl.cfm?CurrentId=4016>, accessed on September 12, 2005.(150)  “Infrastructure Emphasised in Australian Budget,” Jane’s Defense Weekly, May 25, 2005, p.14.

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入し、北部のダーウィンに配備することとしているが、これには米軍の事前集積としての意

味合いも含まれており、米軍のグローバルな態勢見直しに一段と協力することとなった(151)。

 中央アジア地域では、この地域に強固な拠点を築きたい米国、経済好転を契機に形勢挽

回を目論むロシア、そしてこの地域への影響力を強め、併せてエネルギー資源を確保した

い中国、これら 3大国によるパワーゲームが展開されている。米国は、本地域において訓

練機会や不測事態におけるアクセスを提供する拠点施設のネットワークを構築するため、

関係国と協議を進めている。現在、キルギスに拠点を確保しているが、ウズベキスタンか

ら拠点を撤去せざるを得なくなったことに伴い、代替拠点として現在アゼルバイジャンと

協議中である。キルギスでは、2005年 10月、ライス米国務長官が同国を訪問し、マナス

基地の存続の合意を取り付けた(152)。さらに、同基地を拡充する計画であり、2005会計年

度では 1億 8千万ドルが投入される。

 最後に中国である。中国は、米軍のグローバルな態勢見直しをどう見ているのだろうか。

中国政法大学政治与公共管理学院の孫承教授は、その論文「米国調整全球軍事部署与美日

同盟(153)」の中で、「今後 10年以内に、米国は冷戦期の海外基地と施設の 3分の 1を放棄す

るであろう。これと同時に、アジア、アフリカ、中東及び東欧の小型軍事基地からなるネッ

トワークを構築するであろう。米国は世界における単独覇権を求め、地球上に均衡勢力が

出現することを許さない。この米国の対外安全戦略の本質は時代や情勢の変化によって変

わることはない。反テロの旗幟の下、米国の軍事力は既に東欧・中央アジア等かつて歴史

上及んだことがない地域に深く侵入しており、併せてそこで新たな拡張が行われている」

と論じ、また、中国の研究者仲一平は、その論文「中国の台頭が厳しい戦略的圧力に直面」(154)において、「米国は、中国を第 1の警戒相手とする観点から、政治、経済、エネルギー

供給及び軍事面で圧力と封じ込め政策を全面的に実施している。軍事面での制限はさらに

露骨であり、現在、各種の方法で他国の中国に対する先進的装備・技術の輸出を公然と制

限するとともに、中国周辺の軍事基地の配置を強化し、グアム島、沖縄から中央アジアに

までその配備を進めている。台湾海峡問題を引き金に衝突が起これば、米国は中国に対す

る封鎖、海上攻撃もしくは空襲などの軍事行動が可能である」と論じている。

 また、在日米軍の再編について前述の孫承教授は、同論文において「在日米軍の再配置

と日本に対する要求からみれば、米国のアジア太平洋戦略は、さらに日本との同盟関係を

重視し、かつ頼りにしている。米国はアジア太平洋駐留軍の前方展開能力強化のため、日(151)  “Abrams Closes in on Australian Tank Contract,” Jane’s Defense Weekly, February 4, 2004, p.8.(152)  『読売新聞』2005年 12月 8日夕刊。(153)  孫承「美国調整全球軍事部署与美日同盟」『国際問題研究』2005年第 2期、43ページ。(154)  仲一平「中国の台頭が厳しい戦略的圧力に直面」『RP旬刊中国内外動向』第 29巻第 22号(2005

年 8月 31日)。

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米国のトランスフォーメーションと主要国の対応

本を朝鮮半島から中東地域にわたる「不安定の弧」を抑制する指揮・兵站支援の中心に位

置付け、米国の全地球的戦略における日本の地位向上を図ろうとしている」と見ている。

さらに同教授は、日米同盟の将来の変化を如何に認識するかが東アジアの安全保障環境を

評価する上で非常に重要であるとして、「米国の東アジア駐留軍の再編と日米同盟の役割向

上は、当面の対テロ戦争に勝利するためであるが、長期的に見れば、それは全地球的な情

勢変化に適応するために行っている再編である。米国はアジアにおける存在と影響力保持

のために、米国の覇権に挑戦しうる力の出現を防止し、日米同盟を引き続きアジア太平洋

安全保障戦略の核心としている。これにより、米国のアジア太平洋地域におけるコントロー

ルが強化され、日本の転換も同盟の範囲に保持できる。中国の安全保障環境からみて、日

米同盟の強化は、中国の台湾問題解決の制約となる。しかし一方で、日米両国は自己の利

益に基づいており、ともに安定した対中関係を必要としていることから、目下のところ台

湾問題で中国との協力関係を壊そうとは思っていない」と述べている。

 このように中国は、米軍のグローバルな態勢見直しを将来的には中国の包囲網ではない

かと危惧するとともに、米軍のトランスフォーメーションの進展とこれに伴う日米同盟の

強化は、アジア太平洋地域における米軍の軍事プレゼンスの強化につながることから、台

湾問題解決のための制約、あるいは障害になると考えている可能性がある。

 実際、中国は、米軍のグローバルな態勢見直しの動きを牽制するかのように、ロシアを

含む周辺国との軍事協力・安全保障協力を積極的に推進している。2005年 7月、中国はロ

シアと「21世紀の国際秩序に関する共同声明」に調印し、一国主義や武力行使に反対する

立場を表明した。これに続いて、胡錦涛はカザフスタンを訪問し、中、露、カザフスタン

が主導する上海協力機構(Shanghai Cooperation Organization: SCO)は、米軍の中央アジア

からの早期撤退を要求することで一致した。同年 8月にはロシアと大規模共同軍事演習「平

和の使命 2005」を実施している。

 さらに中国は、その他の周辺国との関係を強化している。その背景の 1つに中国のエネ

ルギー事情があるが、今後、中国は、シーレーン防護等のために海軍の活動範囲をさらに

外洋に拡大してくることが予想される。このため、中国とシーレーン上に所在する国々と

の海軍関連の関係強化の動向を注視していく必要があろう。この他、近年、中国は、SCO

構成国との対テロ共同軍事演習やフランス、英国などの外国軍との海上共同捜索救助演習(155)及び米軍関係者やオーストラリア、ドイツ、英国等に対する公開演習(156)を活発に行う

等、対外的な軍事交流を強化している。

(155)  中華人民共和国国務院新聞弁公室『2004年の中国の国防』北京、新星出版社、2004年、72~73ページ。

(156)  『解放軍報』インターネット版、2005年 9月 28日。

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防衛研究所紀要第 9巻第 2号(2006 年 12 月)

120

3 我が国への影響と今後の安全保障・防衛政策に関する若干の考察

 まず、これまで述べてきた主要国の対応状況について概観し、次いで米国のトランス

フォーメーションや主要国の対応が我が国へ及ぼす影響を考察する。最後に、これまでの

我が国の対応状況を踏まえながら、今後の我が国の安全保障・防衛政策に関して考察する。

(1)主要国の対応状況の概観

 米軍の NCWに関し、各国ともイラク戦争における米軍の成果を踏まえ、その有用性、

必要性を認識している。同時に、特に NATO諸国は、米軍との連合作戦等を通じ、米軍と

の能力格差が存在し、それが拡大方向であることを認識しており、このことから、現実的

な対応として米軍と役割を分担するという意識が存在しているようである。すなわち、高

烈度の作戦戦闘は米軍主導で、低烈度の作戦、安定化作戦、戦後復興、平和維持作戦など

の危機管理や平和創造は原則米軍以外で実施するといった棲み分けである。例えば、米軍

主導の高烈度の作戦戦闘には NATOの NRF、EUの戦闘群、ドイツの介入部隊といったよ

うに軍事能力の高い特定部隊を派遣する、あるいは安定化作戦や平和維持活動といった低

烈度の作戦のみに参加するといったことである。この中で、英国やオーストラリアは、米

軍主導の連合作戦への参加に際して範囲を限定することなく、積極的に参加することを追

求している(157)。他方、ドイツは、米軍との連合作戦への参加の前提として、あくまで多国

籍軍の枠の中で参加するという考え方であり、注目される(158)。

 各国とも、将来戦における NCWの必要性・技術的可能性を認識し、米軍を含む他国軍

との相互運用性も考慮しつつ、NCWの導入による自国軍の改革を推進している。この中で

NATO諸国は、米軍と各種協力を行いつつ、具体的な施策を講じて格差是正及び相互運用

性の向上を目指している。NCWの導入もこの一環である。また、共同交戦能力(Cooperative

Engagement Capability: CEC)の開発や米軍のデータリンクである Link16との連接を拡大

する方向である。一方でドイツは、米国との相互運用性の重要性を認識しながらも、EU内

の相互運用性の確保が身近な現実的な問題であるとし、米軍との相互運用性の確保を第 1

優先としていない点(159)は興味深い。この他、NATO諸国では、能力格差是正のために、例

えば新型輸送機の開発を一国ではなく、多国間で分担して実施するといった仕組みとなっ

(157)  U.K. Ministry of Defence, Delivering Security in A Changing World, Defence White Paper, 2003, p. 5; Australian Department of Defence, Defence 2000, December 2000, chapters 5 and 6.

(158)  Federal Ministry of Defence, Defence Policy Guideline, May 21, 2003.(159)  Nicole A. Manara, Arleigh A. Burke, “Military Trends in Germany: Strengths and Weaknesses,”

Center for Strategic and International Studies, July 28, 2004 <http://www.csis.org/burke/trends_germany.pdf>, accessed on July 20, 2005.

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121

米国のトランスフォーメーションと主要国の対応

ている(160)。

 各国は、NCWの導入を国家レベルで決定するとともに、例えば、英国の NEC(Network

Enabled Capability)といった独自の NCW構想を確立している。とはいえ、各国とも米軍

の NCW理論、イラク戦での教訓等を参考にしており、米軍 NCWがスタンダードとなって

いる感が強い。各国の NCWは、予算の制約から NCWの大前提である C4ISRを当面重視し

ている点、情報分野を除き基本的に国土の範囲を対象としている点、軍全体を対象とせず、

例えばドイツの介入部隊のように高烈度の戦闘で運用される特定の部隊だけを対象とする

等、段階的、あるいは部分的な改革としている点が特徴である。また各国は、NCW推進組

織を立ち上げ、必要な能力整備計画・予算化を行い、計画的に軍改革を推進している。

 各国は、情報分野については一方的な米軍依存ではなく、米国と技術協力を行いつつも、

偵察衛星や無人偵察機といった独自の情報機能・手段を保有する構想である(161)。

 次に、中国である。同国は、1990年代以降の戦争から、現代戦の特徴を研究し、米国の

新たな戦い方に対応・勝利するためには、軍隊の「機械化」、「情報化」が必要不可欠とい

う認識に至ったと見られる。近年は特に軍の「情報化」を重視し、米軍を始めとする各国

軍隊の「情報化」の状況を真剣に調査・研究している模様である。米軍と如何に戦うかと

いう具体的な記述のある文献は見当たらないが、「中国の武装力の神聖な職責」である「台

湾独立の阻止」を図るため中台有事の際、米軍を本地域へ介入させないよう、海軍、空軍

及び第 2砲兵の強化を図り、陸軍も含めた作戦能力の向上に努め、もって全世界的な範囲

ではないにせよ、中台有事の際に米軍の介入を排除することのできる局地的制海権、制空

権を確保し得る戦力の増強に努めていくと考えられる。また中国は宇宙開発について積極

的に取り組んでいる。

 米軍のグローバルな態勢見直しについては、アジアを除き、主要国等のこれら米軍の動

きに対する大きな反応はない。欧州地域では、ローテーション配置を想定している東欧諸

国の動向がポイントとなろう。アジア地域ではオーストラリアやシンガポールの防衛協力

は強化の方向だが、中国やロシアの思惑も絡む政情不安定な中央アジア諸国、そして米軍

のプレゼンス拡大に否定的な東南アジア諸国、さらには大規模な削減が予定されている韓

国の動向がポイントとなろう。韓国については、既に米国との間で削減の合意がなされて

おり、削減そのものは大きな懸案とはならないであろう。しかし、韓国政府が在韓米軍の

性格の変化、すなわち「韓国防衛のための米軍」から「グローバルな対処のための米軍」

への変化に危惧を抱いていること、これを契機に協力的自主国防を推進し、戦時指揮権の

(160)  プラハ能力コミットメント(PCC)で設定された。(161)  “One Space System Unlikely for Foreseeable Future,” Defense News, October 25, 2004.

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防衛研究所紀要第 9巻第 2号(2006 年 12 月)

122

回復を狙っていること等の新たな問題が生起しており、今後の米韓交渉が注目される。

 中国は、米軍のグローバルな軍事態勢の見直しについて「将来的には中国の包囲網では

ないか」と危惧している。また在日米軍の再編については、その目的が日本をアジア太平

洋地域における指揮の中心にすること及び在日米軍と自衛隊の相互協力を強化すること等

にあると考えており、これが達成されることにより米軍のアジア太平洋駐留軍の前方展開

能力は強化され、日本が朝鮮半島から中東地域にわたる「不安定の弧」を抑制する指揮・

兵站支援の中心となり、ひいてはこれが日本の国際的地位の向上につながることになると

考えている模様である。中国の安全保障の観点からは、トランスフォーメーションの進展

とこれに伴う日米同盟の強化は、アジア太平洋地域における米軍の軍事プレゼンスの強化

につながることから、台湾問題解決のための制約、あるいは障害になると理解している可

能性がある。実際中国は、米軍の態勢見直しの動きを牽制するかのように、ロシアを含む

周辺国との軍事協力・安全保障協力を積極的に推進している。

(2)米国及び主要国の対応が我が国に及ぼす影響

ア 日本への期待

 新たな安全保障環境下、テロといった新たな脅威に対処するため、新たな戦い方を追求し、

そのための能力の開発やグローバルな態勢の見直しを進めている米国は、一体何を日本に

期待しているのだろうか。

 先に述べたように、「不安定の弧」に対する東側のゲートウェイという地政学的価値を有

する我が国の戦略的価値は、その安定的使用が可能という面と相まって他の同盟国の中で

も相対的に高くなってきているといえよう。米国の日本への第 1軍団司令部移転を考えれ

ば、米国は日本に対し、まさに中国がそう見ているように、アジア太平洋地域における米

軍の指揮中枢、戦力基地、策源地としての機能を期待しているといえる。

 先に述べた米国家軍事戦略における同盟国等に対する 3つの期待、すなわち①情報協力、

②戦力投射のための協力、③戦闘空間の安全化のための協力を参考にしながら、少し具体

的にみてみたい。日本にとっては周辺事態となる中台紛争を例にとって考察してみる。ま

ず米軍としては中国沿岸部や台湾の動き、周辺海域や空域の状況(これには民間船舶の状

況や気象情報等も含まれる)、日本国内、特に沖縄等の在日米軍基地周辺住民の状況、テロ

や破壊活動の兆候等に関する情報提供を日本に期待するだろう。当然、米軍も自力で情報

を収集(恐らく日本よりも大量の情報を収集)するが、現地の機微な情報や第三者による

客観的な情報分析が極めて重要となる。この期待に日本が応えるためにはグローバルな、

極東地域をカバーする情報収集能力、情報分析・処理能力、収集処理した情報を迅速確実

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123

米国のトランスフォーメーションと主要国の対応

に在日米軍司令部あるいは米機動部隊に伝達する通信ネットワーク、すなわち情報伝達能

力が必要となろう。

 次に米軍の艦艇や戦闘部隊等がハワイやグアム、そして沖縄等から台湾周辺海域・空域

に派遣されるであろうが、その際使用する戦略的アクセス経路の総合防衛に関する協力を

期待するであろう。このため日本領海周辺の戦略的接近経路の状況に関する情報提供、同

経路の警戒・監視、必要に応じ同行俺護、機雷等の除去、対潜水艦作戦支援あるいは対潜

水艦作戦そのものに関する要求が予想される。この期待に日本が応えるためには広域にわ

たる情報収集・処理・伝達能力、警戒監視能力、掃海能力、同水域における対潜水艦作戦

能力が必要となろう。

 また沖縄等の在日米軍基地の確実な防護(パワープロテクション)が期待される。この

ためミサイル防衛能力、周辺の警戒・監視能力、テロ・破壊活動の阻止能力や化学・生物・

放射能対処能力が必要となる。今ひとつは、ネットワークを中心とする新たな戦い方を遂

行する米軍へのサイバー攻撃といった非対称攻撃への対処に関する協力が期待される。米

軍としては日本に対し高度の情報戦能力を期待するであろう。

 以上述べたように、米国側の日本への期待は、集団的自衛権の問題や同盟の信頼関係、

周辺国との関係悪化等に発展するかも知れない要因を含んでおり、我が国の対応如何では

大きな問題となる可能性がある。さらに、米海軍の予想される戦略的接近経路付近におけ

る中国海軍等の動向(海洋調査、中国潜水艦による領海侵犯事案等)を踏まえれば、米国

の日本に対する期待はさらに強まるものと思料される。

イ 米軍との能力格差及び相互運用性

 米軍の期待に応える際に大きな問題が存在する。欧州諸国がそうであるように、日米の

能力格差と相互運用性の問題である。欧州では 1999年 3月のコソボ空爆において圧倒的な

米軍戦力との格差が露呈した。同空爆では連合軍の空爆の 8割を米軍が担当し、目標情報

の 99%は米軍からの提供であった。この経験から米国と欧州は能力格差を是正し、相互運

用性を向上しなければならないという認識を共有しており、実際、NATO加盟国はプラハ

能力コミットメントを通じ自国軍の改革を推進している。しかしながら、我が国の場合は

どうだろうか。頭では理解しているつもりでも実戦共同経験のない日本はこの認識が不十

分でなかろうか。例えば、我が国ミサイル防衛において、現状では我が国独自でミサイル

発射の兆候等の察知はできず、最初の早期警戒情報は米国から提供される。また米軍内で

は偵察衛星、早期警戒管制機(AWACS)、イージス艦等のネットワークにより同じ作戦画

像でリアルタイムに情報を共有し、多層によるミサイル防衛システムを構築している。7~

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防衛研究所紀要第 9巻第 2号(2006 年 12 月)

124

8分間の対処時間しかなく、かつ陸・海・空自衛隊の統合運用が要求される我が国ミサイ

ル防衛において、当然米軍のように、各自衛隊の間においてリアルタイムの共通画像情報

が共有できるシステムの構築が必要となろう。また、米軍と共同してのミサイル防衛の場合、

当然米軍との間のリアルタイムの画像情報共有が必須となる。2005年 10月末にまとめら

れた在日米軍再編に関する中間報告「日米同盟 :未来のための変革と再編」によれば、ミ

サイル防衛など有事の防空を担う日米共同の統合運用調整所を設置することが合意された。

同調整所には先に述べたような情報共有システムの構築が期待される。

 また、我が国有事における米軍との共同作戦の場面を想定してみても、情報収集能力、

情報共有能力、長距離精密交戦能力、統合戦闘能力、夜間戦闘能力、電子戦能力、ステル

ス能力等において、現状においても大きな格差が存在し、相互運用性も十分ではない。米

軍は先に述べたように軍の改革を推進しており、この格差はさらに拡大することが予想さ

れる。このままでは自国防衛においてさえ、米軍主導のもとに戦わざるを得なくなる可能

性すら否定できない。そしてこの日米間の能力格差や不十分な相互運用性は、有事のみな

らず、例えば国際的な大規模災害救助活動等の平時の連合作戦においても大きな問題とな

る可能性がある。さらに、この問題は米軍との間だけではなく、軍改革を推進しているオー

ストラリアやシンガポール等との多国間災害救助作戦等においても将来発生する可能性が

ある。

ウ 米軍のアジアにおける軍事態勢見直しの影響

 本地域における米軍の軍事態勢見直しは、韓国の問題及び東南アジアや中央アジアにお

けるアクセス拠点の確保の問題を抱えており、その進捗如何によっては我が国への影響が

懸念される。

 韓国については、在韓米軍の削減規模及び時期について米韓は既に合意しているものの、

韓国が在韓米軍の戦略的柔軟性に危惧を抱いていることや戦時指揮権の返還問題といった

新たな問題が生起している。今後の韓国国民世論あるいは次期政権によっては将来在韓米

軍の更なる削減要求がなされる可能性も否定できず、その場合には将来の日米同盟の在り

方や在日米軍の役割に大きな変化をもたらす可能性がある。

 東南アジアは、自国の主権を重視し、米国のプレゼンスの増大に否定的であるため、ア

クセス拠点設定のための協議は必ずしも楽観を許さない状況である。中央アジアについて

も政情不安定な国家が多く、かつ独裁色が強く、米国との間で人権問題関連について軋轢

が生じやすい。このことから、たとえ訓練・アクセス拠点を設定できたとしても安定した

使用が可能かどうか疑問は残る。東南アジアや中央アジアにおけるアクセス拠点のネット

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防衛研究所紀要第 9巻 2号(2006 年 9 月)

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ワークは、脅威がいつ、どこで生起するか予測が困難な環境下において米軍が迅速かつ柔

軟に対応するためにも必要な機能であり、同地域の「不安定の弧」における地政学的特性

を踏まえても、同地域におけるアクセス拠点の確保の可否は米国のトランスフォーメーショ

ンに少なからぬ影響を及ぼすものと思われる。

 そしてこれらの問題をさらに大きくしているのが、中国である。同国は、米国のアジア

における一連の動きを牽制するかのように、ロシアを含む周辺国との軍事協力・安全保障

協力を積極的に推進するとともに、軍事能力の面においても情報化の条件下で局地戦争に

勝利する能力を増強するという目標に基づき、中国の特色ある軍事変革を積極的に推進し

ている。まさにアジア地域から米軍のプレゼンスを排除し、代わりに自国のリーダーシッ

プを発揮しようとの動きとも取れる。こうした中国の動きには同国のエネルギー事情も絡

んでおり、ブラウンウォーター・ネービーからブルーウォーター・ネービーへの中国海軍

の動きと相まってアジアにおける米軍再編に影響を及ぼす。また、周辺国との利害の衝突、

さらには中台問題の深刻化も予想され、ひいてはシーレーンの安定確保を含め我が国の安

全保障に影響を及ぼす可能性があろう。

(3)我が国のこれまでの対応状況

 2003年 11月に米軍のグローバルな態勢見直しが公表されて以来、我が国は米国政府と

協議を実施している。2005年 2月には「2+2」共同声明(162)の中で日米両国が共有する戦

略目標を明らかにした。また、共同声明において自衛隊及び米軍双方の果たすべき任務、

役割と保有すべき能力について検討を継続する必要性、並びに自衛隊と米軍の相互運用性

を向上させることの重要性が強調された。

 ミサイル防衛に関しては、1988年の閣議了承以来、政府は海上配備型ミッドコース防衛

システムに関する日米技術協力を推進している。2003年 12月、BMD(Ballistic Missile

Defense)システム整備に関する閣議決定を行い、平成 17(2005)年度予算において BMD

関連経費として約 1,200億円を計上した。また、我が国は弾道ミサイル防衛能力の向上の

ため日米共同を強化する他、テロとの戦い、拡散に対する安全保障構想(Proliferation

Security Initiative: PSI)等の新たな脅威や多様な事態の予防や対応に係わる国際的取り組み

に参加している。

 2004年 12月、日本政府は「平成 17年度以降に係わる防衛計画の大綱(163)」を発表した。

その中で「今後の防衛力については即応性、機動性、柔軟性を備え、軍事技術水準の動向

(162)  防衛庁編『平成 17年版 日本の防衛』142~144ページ。(163)  同上、90~105ページ。

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防衛研究所紀要第 9巻第 2号(2006 年 12 月)

126

を踏まえた高度の技術力と情報能力に支えられた、多機能で弾力的な実効性のあるものと

する」として日本が目指すべき「防衛力整備の方向」を明らかにした。また、新大綱に基

づく中期防衛力整備計画(平成 17~21年度/2005~2009年度)(164)において、多機能で弾

力的な実効性のある防衛力を実現するため、科学技術の発展に的確に対応しつつ、人的資

源の効果的な活用を図りながら、「統合運用の強化」及び「情報機能の強化」を図るとして

いる。この流れの中で 2005年 7月、防衛庁設置法、自衛隊法が改正され、2005年度末に

は「統合幕僚長」を長とする統合幕僚監部が新設された。

 2005年10月には在日米軍再編に関する中間報告「日米同盟 :未来のための変革と再編(165)」

がまとめられた。また 2006年 5月には最終報告「再編実施のための日米のロードマップ(166)」

が発表された。

(4)今後の我が国の安全保障・防衛政策に関する若干の考察

ア NCWの導入促進

 各国がその導入を推進しているように、今や NCWは「情報化時代の戦い方」の主流に

なりつつあり、また我が国の同盟国軍である米軍との能力格差の是正や相互運用性の向上

等の観点からも、我が国も米軍や主要国軍が推進している「ネットワークを中心とする戦

い方(NCW)」の導入を促進することが必要である。この際、次の視点が肝要と思料する。

(ア)NCW導入を国家レベルで決定すること

 「新大綱」において、今後の防衛力は「即応性、機動性、柔軟性を備え、軍事技術水準の

動向を踏まえた高度の技術力と情報能力に支えられた、多機能で弾力的な実効性のあるも

のを目指す」としてその方向性が示された。しかしながら、これが単に近代化(デジタル化)

の話なのか、それとも米軍のいう「ネットワークを中心とする新たな戦い方」への変革な

のか、文面では読みきれない。自衛隊の現場の感覚としては前者の方ではなかろうか。国

家レベル、少なくとも防衛庁レベルで NCWの導入を決定し、組織的に取り組む必要があ

ろう。現状では防衛情報通信基盤(DII)やコンピューター・システム共通運用基盤(COE)

といったネットワーク環境の基盤整備の段階である。また陸・海・空自衛隊は個々に主と

して軍種内のネットワークについて検討・研究を進めているものの、NCWの目的でもあり、

手段でもある陸・海・空統合運用の視点が不足しているように思える。2005年度末に発足

した統合幕僚監部のイニシアチブが期待されるところである。(164)  同上、108~117ページ。(165)  防衛庁・自衛隊「日米同盟 : 未来のための変革と再編」2005年 10月 29日 <http://www.jda.go.jp/

j/news/youjin/2005/10/1029_2plus2/29_03.htm> 2006年 2月 7日アクセス。(166)  防衛庁・自衛隊「再編実施のための日米のロードマップ」2006年 5月 1日 <http://www.jda.go.jp/

j/news/youjin/2006/05/0501-j02.html>2006年 5月 8日アクセス。

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127

米国のトランスフォーメーションと主要国の対応

(イ)NCW導入を推進するための統合推進組織を確立すること

 陸・海・空自衛隊毎の検討だけではなく、統合の観点から、構想~評価~運用段階に至る

までの全体を管理し、導入を推進する組織、例えば NATOにおける「情報優勢及び NNEC

統合能力チーム(Information Superiority & NATO Network Enabled Capability Integrated

Capability Team: IS & NNEC ICT)」やドイツにおけるトランスフォーメーション・センターの

ような組織を統幕あるいは内部部局に設置することが必要である。併せて、3自衛隊の防

衛力整備を統合的、一元的に方向付ける制度の構築についても検討することが必要である。

 また、NCWの導入、特に情報優越の分野は防衛庁だけで推進するのは非効率であり、ま

た防衛庁だけでどうにかなるといった問題でもない。他国がそうであるように、ユビキタ

ス構想を推進している総務省といった他の省庁や関連企業を含め、官民合わせ国家レベル

で実施することが必要である。実際、欧米では民間企業との連携に関し、ボーイング社、

マイクロソフト社を含む 28社の航空・防衛・通信・情報関連の大手企業が集まり、新たな

国際的コンソーシアムである Network Centric Operations Industry Consortium (NCOIC)が

2004年 9月に発足した。同団体はネットワーク・システムの相互運用性の推進を目的とし、

その成果をまずは軍事産業に取り入れられる。英国、ドイツ、フランス等はこのコンソーショ

アムを有効活用して、ネットワーク・システムの検討及び構築を推進している。また、英

国においては、9社及び国防省からなる官民一体の Network Integration Test and

Experimentation Works (NITE works)が創設され、ユーザーと企業の意志疎通の改善、ユー

ザーサポートの強化、官民の経験の活用及び継続的改善を図ることにより NEC (Network

Enabled Capability)に関連する事業を推進している(167)。日本においても産官学の連携協力

について今後検討すべきであろう。

(ウ)限られた資源を有効に活用すること

 通常の能力見積もりに加え、日米の能力格差の実態をイラク戦争での実例やケース検討

等により的確に把握し、これに基づき能力向上項目を設定し、これらを防衛力整備に反映

することが必要であろう。この際、国土戦の様相を考慮した場合、判明した全ての能力格

差を是正する必要は無いかもしれない。何を米軍に依存し、何を協力して行い、何を日本

独自で行うかについてベースを決める必要があろう。なお、少なくとも情報の分野は国家

存続に関わる大きな要素であり、特に「専守防衛」を国是とする我が国では極めて重要なファ

クターである。このため、米国の「情報の傘」の一部としてではなく、独自の能力保持が

必要である。これにより、米国との情報の交換が可能となり、真の情報協力となろう。

(167)  NITE works, “Introduction” <http://www.niteworks.net/niteworks/index.asp>, accessed on November 7, 2005.

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防衛研究所紀要第 9巻第 2号(2006 年 12 月)

128

 また、米軍との能力格差是正にあたり、輸送力不足等の米軍の隙間を補完できることが

望ましいが、これは絶対条件ではない。離島侵攻対処等、日本独自での対処が予想される

場面があり、日本として自国防衛に必要な核となる能力の整備が肝要である。

 米軍との相互運用性の確保は重要である。日本においては相互運用性の確保という場合、

主に通信、弾薬、火工品及び燃料を中心に考える風潮があるが、欧州諸国がそうであるよ

うに能力格差もまた相互運用性を阻害する要因であると幅広く理解すべきである。さらに

米軍との相互運用性だけではなく、国際的な災害対処における連合作戦のため、例えばア

ジア太平洋諸国との相互運用性にも配慮することが必要となろう。このため、我が国の装

備品を国外において有効に活用できる道を開いておくことは連合作戦遂行手段として有力

な選択肢を与えることになる。さらに技術格差の解消を考慮した場合、同諸国との装備品

の共同開発も視野に入れるべきであり、今後、武器輸出 3原則の見直しも必要になってく

るであろう。

 世界規模のNCW実現を目指している米軍のカーボンコピーを作る必要性も、予算もない。

選択と集中が必要である。何を選択するか。他国の軍では、情報の優位を獲得し、これを

戦闘力に変換するためのネットワーク(C4ISR)の分野及び獲得した情報に基づき長距離

から正確に目標を破砕する精密交戦の分野を重視しているが、我が国は当面、C4ISRの分

野に集中すべきであろう。同分野は NCWの骨幹であり、これにより従来の戦力をより効

率よく効果的に使用することができ、また米軍との情報協力や相互運用性の向上を図るこ

とができる。またドイツにおける介入部隊のように、必ずしも全部隊を一律に NCW適用

にするのではなく、例えば中央即応集団を基幹とする統合部隊のみを NCW適用型にする、

あるいは部隊毎の任務や求められる即応度に応じて NCW機能を選択的に保有させるのも

一案である。当面、日本への本格的侵攻の蓋然性が極めて低く、逆に国際貢献等の国際協

力任務が重視される情勢下、先に述べた NCWに必要な能力の構築を勘案しながら、本土

防衛に必要な能力の構築と国際貢献に必要な能力を構築するための投資のバランスが必要

となる。恐らく、先にあげた C4ISRの分野であれば何れにも共通する基盤である。これに

関連し、何れ、国際協力任務が自衛隊の本来任務となった場合、本土防衛と国際協力任務、

どちらに軸足を置くのか、そのための防衛力整備をどうするのかといった問題が浮上する

と思われる。この場合、比較対象として検討すべき国の 1つにドイツがあがるであろう。

同国は、領土に対する脅威の蓋然性が無いとの認識の下、多国間協力における NATO域外

を含めた危機管理対応一本に絞って防衛力を整備する構想を保有している。すなわち、同

国は陸・海・空軍を有しながらも、介入部隊、安定化部隊及び支援部隊という、任務別の

組織にする改革に取り組んでいる。また同国は、領土防衛を完全に放棄した訳ではなく、

Page 61: 米国のトランスフォーメーションと主要国の対応 - …防衛研究所紀要第9巻第2号(2006年12月) 70 具体的には、1 番目の焦点である「米軍のネットワークを中心とする戦い方」について、

129

米国のトランスフォーメーションと主要国の対応

その際には危機管理等の任務のための兵力を必要に応じて再構築できるとする考え方を

とっている。

イ 米国とどこまで協力関係を進めるか

 米国のトランスフォーメーションに係わる一連の動きは、米国のコミットメントを尊重

し、脅威に対する共通の理解を持つ同盟国・友好国を確保すること、そして平時テロを含

む紛争を防止し、有事において米軍の戦略的な接近経路を確保し、そしてあらゆる脅威に

勝利して共通の安全保障上の利益を確保することが狙いである。このため、同盟国や友好

国の情報共有能力及び軍事能力の建設や防衛・安全保障協力を拡大することを企図してい

ると考えられる。

 米国のこのような動きは、自国の安全保障・防衛のために地域や世界の安定を必要とす

る日本にとって好ましい動きであろう。そしてアジアにおける米国のトランスフォーメー

ションを牽制するかのような中国の動きを見るに、我が国は米国の同盟国として、例えば

日韓や日・オーストラリア・シンガポールの連携を強化し、あるいは韓国や東南アジア、

中央アジア諸国への働きかけを行う等、側面から米国を支援することが必要である。また

我が国の安全保障に大きな影響を及ぼす中台問題に関し、中国に武力侵攻を思い止まらせ

るための、日米安全保障の態勢・能力の保持及び断固とした意思の表明が肝要である。こ

の観点からも先に述べた米軍との能力格差の是正及び相互運用性の確保は必要である。

 そして同時に将来の日米安全保障体制に関し、別の視点が必要であろう。すなわち、ど

こまで米国と協力関係を進めるかの視点である。今回研究した主要国においては、米国と

の一体化を図り、世界を舞台にあらゆる分野で米国と共に行動しようとする英国やオース

トラリア、あるいは米国とは一歩距離を置き、あくまで多国間の枠組みの中で米国と付き

合っていこうとするドイツ、さらには米国との同盟関係を維持しつつも自主防衛を強め、

米国への依存を減らしていこうとする韓国といったように、それぞれの自国の歴史や取り

巻く環境などを踏まえながら、国家としての主体性の保持を図りつつ、特色ある米国との

関係を構築している。昨今、日米安全保障も 2国間から地域的、さらには地球規模の関係

まで拡げ、世界のための安全保障に発展させるべきだとの議論もあるが、我が国としても

如何なる分野において、どのような形態で米国との協力関係を進めるのか、日本の立場か

ら長期的かつ戦略的な視点で十分に検討する必要があろう。この問題は将来、憲法が改正

され、集団的自衛権の行使が容認され、自衛隊がいわゆる「普通の軍隊」になった時に顕

在化することが予想される。

 先の在日米軍再編に関する中間報告「日米同盟 :未来のための変革と再編」において、

Page 62: 米国のトランスフォーメーションと主要国の対応 - …防衛研究所紀要第9巻第2号(2006年12月) 70 具体的には、1 番目の焦点である「米軍のネットワークを中心とする戦い方」について、

防衛研究所紀要第 9巻第 2号(2006 年 12 月)

130

日米の役割・任務・能力についてその基本的な考え方が示された。今後、各種シナリオに

基づくより具体的な役割分担が検討されると思うが、この検討に際しても、常に「米国と

何をどこまで組みするのか」を念頭に置くことが必要であろう。

おわりに

 NCWとは、米軍自身が「戦い方の概念」であり、「プロセス」であるとしているように、

今後とも試行錯誤を重ねつつ進化していく性格のものである。今回研究の対象とした主要

国(中国は除く)は、米国生まれの NCWの基本概念を踏まえながらも、自国の状況、す

なわち地政学的な環境、同盟関係、軍事力、経済力、技術力などを勘案しつつ、その実現

の方策を模索している。我が国においても、単にネットワークというツールの導入とか、

最新の兵器システムの装備という次元ではなく、「戦い方の概念」に踏み込んだ根本的な対

応が必要であろう。

 米軍のグローバルな態勢見直しは、特に不安定要因を内在している極東アジア地域にお

いて大きな影響を及ぼす。日本は「不安定の弧」に対する東のゲートウェイとして有用か

つ効果的な位置にあることから、米国が大きな期待を寄せるのは当然のことと思われる。

一方、日本がその期待に応えていくためには、日米の能力格差及び相互運用性の問題を克

服していくことが必要である。

 本稿では、NCW導入を国家レベルで決定すること、NCW導入推進のための統合推進組

織を確立すること、限られた資源を有効に活用することの 3つを提言した。朝鮮半島や台

湾海峡など我が国を取り巻く不安定な戦略環境及び予算の大幅な伸びを期待できない財政

状況等を勘案すると、欧州各国のように、まず NCWを中心に据えた新たな戦い方につい

てその方向性を定め、我が国の国土国情に合った独自の構想をもって、段階的に整備して

いくことが肝要であろう。

(おおしまやすひろ 1等空佐、研究部第 4研究室長)

(いとうきよと 1等空佐、前研究部第 4研究室主任研究官)

(ふるもとかずひこ 1等陸佐、研究部第 4研究室主任研究官)

(よしだのりゆき 1等陸佐、研究部第 4研究室主任研究官)

(みやうちよしゆき 1等海佐、研究部第 4研究室主任研究官)

(こやまだたかし 1等陸佐、前研究部第 1研究室主任研究官)

(おおえけんたろう 3等陸佐、研究部第 6研究室所員)