羅臼漁港のスリットケーソン施工における課題 と対...

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Hideyuki Shintani, Tetsuya Kawakami, Yasuhiro Suzuki 平成29年度 羅臼漁港のスリットケーソン施工における課題 と対応について 釧路開発建設部 根室港湾事務所 第2工務課 ○新谷 秀幸 川上 徹也 鈴木 泰弘 羅臼漁港の防波護岸(耐震)施設は、反射波の低減を目的としたスリットケーソンを採用し ている。その構造は、ケーソン前面に開口部(スリット)と遊水室を設けることで波のエネル ギーを消散させる仕組みである。当該施設は平成24年度から6年間で製作・据付を行い、延長 約350m、ケーソン35函をもって概成した。本報文はこれまでの施工において生じた課題とその 対応について報告するものである。 キーワード:施工、スリットケーソン 1. はじめに 羅臼漁港(第4種)は、北海道知床半島の東側に位置 し、北方四島水域を含む周辺漁場における、サケ定置網、 刺し網等の沿岸漁業の生産・流通拠点漁港である。 また、根室海峡海域の豊富な水産資源を有し、全国の水 産物供給基地として重要な位置を占めている他、災害時 の水産物安定供給および背後圏への緊急物資輸送等の拠 点としても重要な役割を担っている。(写真-1) 写真-1 羅臼漁港全景(平成27年10月撮影) 福岡県西方沖地震等を契機に、羅臼漁港においても地 理的な特性から海岸に沿った道路しかなく、大規模災害 が発生した場合には漁村の孤立化や水産物の供給が途絶 えることが懸念されていた。さらに、大雪や土砂崩れ等 により道路が寸断し孤立化が生じたこともあり、災害に 強い漁業地域づくりを進めることとなった。そこで、平 20 年の羅臼地区特定漁港漁場整備事業にて、中央部に 災害時の緊急物資輸送のための船舶が接岸可能な埠頭化 や発災後にも漁業活動が継続できるよう岸壁の耐震強化 施設を整備することで、安全安心な漁村の形成を図る ための計画が位置付けられた。 最近では、平成28 年8月に北海道に上陸した3つの台 風による豪雨により、町内を結ぶ唯一の生活路である道 87 号線が土砂崩れにより寸断した。(写真-2) その影響により、生活インフラが損壊し260 世帯、760 が孤立した。そのため、緊急的に羅臼漁港と知円別漁港 (第2種)を拠点として、観光船等を活用し1日2~8 便で復旧資材の輸送や住民の往来を確保した。そのこと を契機に自然災害への対策の必要性が叫ばれることとな り、防災拠点施設の完成が望まれている。(写真-3) 羅臼漁港 知円別漁港 土砂崩れ箇所 写真-2 道道87号線の土砂崩れ状況 写真-3 観光船による羅臼漁港への住民の輸送状況 中央埠頭(耐震)

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Page 1: 羅臼漁港のスリットケーソン施工における課題 と対 …...本報告は、防災拠点となる中央埠頭(耐震)の整備の 内、防波護岸本体工となるスリットケーソンの施工にお

Hideyuki Shintani, Tetsuya Kawakami, Yasuhiro Suzuki

平成29年度

羅臼漁港のスリットケーソン施工における課題

と対応について

釧路開発建設部 根室港湾事務所 第2工務課 ○新谷 秀幸

川上 徹也

鈴木 泰弘

羅臼漁港の防波護岸(耐震)施設は、反射波の低減を目的としたスリットケーソンを採用し

ている。その構造は、ケーソン前面に開口部(スリット)と遊水室を設けることで波のエネル

ギーを消散させる仕組みである。当該施設は平成24年度から6年間で製作・据付を行い、延長

約350m、ケーソン35函をもって概成した。本報文はこれまでの施工において生じた課題とその

対応について報告するものである。

キーワード:施工、スリットケーソン

1. はじめに

羅臼漁港(第4種)は、北海道知床半島の東側に位置

し、北方四島水域を含む周辺漁場における、サケ定置網、

刺し網等の沿岸漁業の生産・流通拠点漁港である。 また、根室海峡海域の豊富な水産資源を有し、全国の水

産物供給基地として重要な位置を占めている他、災害時

の水産物安定供給および背後圏への緊急物資輸送等の拠

点としても重要な役割を担っている。(写真-1)

写真-1 羅臼漁港全景(平成27年10月撮影)

福岡県西方沖地震等を契機に、羅臼漁港においても地

理的な特性から海岸に沿った道路しかなく、大規模災害

が発生した場合には漁村の孤立化や水産物の供給が途絶

えることが懸念されていた。さらに、大雪や土砂崩れ等

により道路が寸断し孤立化が生じたこともあり、災害に

強い漁業地域づくりを進めることとなった。そこで、平

成20年の羅臼地区特定漁港漁場整備事業にて、中央部に

災害時の緊急物資輸送のための船舶が接岸可能な埠頭化

や発災後にも漁業活動が継続できるよう岸壁の耐震強化

施設を整備することで、安全安心な漁村の形成を図る ための計画が位置付けられた。

最近では、平成28年8月に北海道に上陸した3つの台

風による豪雨により、町内を結ぶ唯一の生活路である道

道87号線が土砂崩れにより寸断した。(写真-2) その影響により、生活インフラが損壊し260世帯、760人が孤立した。そのため、緊急的に羅臼漁港と知円別漁港

(第2種)を拠点として、観光船等を活用し1日2~8

便で復旧資材の輸送や住民の往来を確保した。そのこと

を契機に自然災害への対策の必要性が叫ばれることとな

り、防災拠点施設の完成が望まれている。(写真-3)

羅臼漁港

知円別漁港

土砂崩れ箇所

写真-2 道道87号線の土砂崩れ状況

写真-3 観光船による羅臼漁港への住民の輸送状況

中央埠頭(耐震)

Page 2: 羅臼漁港のスリットケーソン施工における課題 と対 …...本報告は、防災拠点となる中央埠頭(耐震)の整備の 内、防波護岸本体工となるスリットケーソンの施工にお

Hideyuki Shintani, Tetsuya Kawakami, Yasuhiro Suzuki

当該施設は、平成23年度に現地着工、平成29年度には

防波護岸(耐震)の本体工(スリットケーソン)が完了、

平成34年度の供用開始に向けて鋭意整備を進めている。 本報告は、防災拠点となる中央埠頭(耐震)の整備の

内、防波護岸本体工となるスリットケーソンの施工にお

いての課題と対応について報告するものである。

2. 中央埠頭(耐震)の防波護岸の構造

一般的に、埠頭の護岸を新たに築造する場合は、ケー

ソン式混成堤を採用するか、反射波の低減を目的にケー

ソン前面に消波ブロックを設置する消波ブロック被覆堤

が採用される。しかしながら、当該施工箇所の水深は約

12mと深く、港内の埠頭化による水域の狭隘化が課題と

なった。

そこで、安全な航路と港内静穏性を維持することを目

的に、両立可能なケーソン式混成堤の本体部をスリット

ケーソン構造として採用した。

3. スリットケーソンの特徴

スリットケーソンは、前壁に縦スリットによる透過壁

を有し、その背後を遊水室として、波を透過し消散させ、

反射波及び越波伝達波を軽減することができる消波機能

を持たせた構造である。(写真―4) 防波護岸本体に用いるスリットケーソンの規格は、標

準部、10.0m(L)×10.9m(B)×9.7m(H)W=1,035tで6つの隔室のうち、2つを遊水室としている。また、

端部は、14.2m(L)×10.9m(B)×9.7m(H)W=

1,427tで9つの隔室のうち、3つを遊水室としている。

なお、標準部、端部とも1つの遊水室に対し3箇所の縦

スリットを有する。そして、ケーソン上部は、揚圧力に

対抗するためW=19.6tの上床版ブロックを用い、ケー

ソンとブロックをボルトで一体化を図っている。 なお、スリットケーソンは標準部34函、端部1函、全

体延長約350mからなり、平成24年度に製作着手、平成29年度の製作3函、据付6函をもって完了した。

写真-4 スリットケーソン(手前は端部)

遊水室

遊水室

遊水室

中詰砂

縦スリット

縦スリット

図-1 スリットケーソン一般図

4. スリットケーソン施工における課題と対応

1)スリット部の鉄筋組立時の施工

スリットケーソンの鉄筋組立は、内部鉄筋が密に配置

されていることや、長尺の鉄筋を用いることから、作業

の効率化と安全性の向上が課題であった。(図-2)

特に、長尺の横筋組立は、縦筋の組立後にFDクレー

ンで吊りながら、人力により水平方向に送り込むため、

危険性がある他、多くの人員が必要になり非効率な作業

であった。そこで、この対応案として、長尺の鉄筋を短

尺に加工して組立する方法と一部鉄筋組立をユニット化

する方法を考え、検討を行った。短尺に加工する場合は、

人力とクレーンの併用作業が不要となり、ある程度、危

険を回避することが可能と考えられた。しかし、本数や

継ぎ手が増加し、作業が煩雑になることが懸念された。

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一方、ユニット化する方法は、コンクリート打設中でも

別に鉄筋組立を行うことが可能であり、作業効率が向上

すると考えられた。また、長尺の鉄筋でも容易に組立を

行うことが可能であり、継ぎ手位置にクレーンで吊り下

ろすことができるため、安全性が向上ができると考えら

れた。(図-3、写真-5)

ただし、ユニット化した重量のある鉄筋をクレーンで

吊ることになり、鉄筋のゆがみの発生が危惧された。そ

のため、その補強対策としてクリップの設置により、ゆ

がみの発生を抑えることを考えた。

以上の検討から、施工は、十分な効果の期待できるユ

ニット化する方法で行うこととした。その結果、鉄筋組

立は、コンクリート打設中に行うことで、通常より全体

で1.5日短縮することが可能となった。また、高所作業

時間も削減でき安全性を向上させることが可能となった。

図-2 スリットケーソン配筋図

予めユニット化した鉄

筋をFDクレーンで吊り

下ろす。

足場外から横筋を1本づつFDクレー

ンと人力により送り込む。

図-3 鉄筋組立イメージ図

写真-5 鉄筋組立ユニット化状況

2)スリット柱壁のコンクリートの品質管理

スリット柱壁は、細長い部材で荷重を受け持つ重要な

部材であり、特に、波の繰り返し作用を直接受けること

や、流氷や流木等の海中浮遊物との衝突が危惧される部

材であり柱壁としての耐久性が求められる。

過去の施工からもスリット柱壁のコンクリートの品質

管理には2つの課題があった。①スリット柱壁はコンク

リート打ち込み箇所が60cmと狭く、内部鉄筋が密に配置

されていることから、コンクリートの充填不足や締固め

不足を引き起こしやすい。この要因により、空洞やジャ

ンカ(豆板等)が発生した場合には、コンクリートの表

面劣化が促進され柱壁の耐久性に大きな影響を与える。

②コンクリートの打ち重ねにおいては、打ち込み箇所が

狭隘であるから打設時間を要することでコールドジョイ

ントが発生しやすい。コールドジョイントが発生した場

合は、柱壁に脆弱部を中間層に持つ形となり、劣化因子

が浸入しやすい欠陥となり耐久性を著しく低下させる懸

念がある。その際、上記の課題に対応するためには、適

切な打設計画を実践する施工管理を立案しているが、型

枠脱型後に事象が判明することが問題となっていた。

これらの問題に対処すべく、平成29年度の施工では、

外側の型枠に透明なアクリル板を使用し、コンクリート

打設時における型枠内部のコンクリートの打ち上がりや

締固め状況を視認できるようにした。ただし、透明型枠

を用いることで、①通常の型枠と比較しコストが高くな

ること、②転用する場合には視認性を確保するため、十

分な清掃が必要となり作業効率が落ちることから、特に

施工不良が懸念される柱壁下部に用いることとした。

(写真-6)

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写真-6 柱壁における透明型枠設置箇所

これにより、コンクリートの充填状況や締固め状況を

可視化しながら施工管理することが可能となり、充填不

足や締固め不足を防ぐことができた。また、打設時間と

打重ね時間の管理が容易となったことや、下層のコンク

リートの凝結状態を観察することができるため、コール

ドジョイントの発生を防ぐことができ、コンクリートの

品質が確保された。(写真-7、8)

写真-7 透明型枠内の打設及び確認状況

写真-8 スリット柱壁の出来上がり状況

3)フーチング部分のコンクリートの品質管理

スリットケーソン底版は、フーチングを設けており、

フーチングの一部が斜面構造(ハンチ)となっている。

斜面部は、適切なスページングを行っても、型枠内部に

気泡が残りやすく、気泡が残留したままコンクリートが

硬化し、コンクリートの表面強度を低下させる懸念があ

った。また、フーチングは鉄筋も密に配置されている箇

所であるため、バイブレーターの挿入に際して制約が生

じ、締固め効果の範囲が狭まることも気泡排出を阻害す

る要因と考えられた。 これらの問題に対処すべく、平成29年度の施工では、

型枠内側に型枠内三層シート(今回はエアレックスシー

ト、厚さ0.9mmを使用)を貼付ることでコンクリート表

面の緻密化を図った。

型枠内三層シートは、ろ過層、通水・通気層、型枠粘

着材層の3層からなり、ろ過層はセメント分と過剰な

水・空気を分離する役割を持っており通気層で分離した

過剰な水・空気を枠外へ排出する役割を持っている。

バイブレータ-については、スパイラル型内部振動機

を用いて締固めを行った。スパイラル型内部振動機は、

振動体表面にらせん状の凹凸があり、通常のバイブレー

タよりも広範囲に振動を伝播することができる。また、

回転方向によって伝播特性を上下に変化させる事が可能

であるため、挿入時には下方向へ振動を伝播させ、コン

クリートの充填効果を高めることができる。更に、引上

げ時には上方向に振動を伝播させ気泡の排出を促進する

ことができる。(図-4)

空気・余剰水を排出

引き上げ時には上方向へ振動を伝播

スパイラル型

内部振動機

型枠内三層

シート

図-4 気泡排出イメージ図

今回、型枠内三層シートとスパイラル型内部振動機を

併用したことで、気泡を残すことなく密実で強固なコン

クリート面に仕上げることができた。また、作業が容易

となり施工性を向上させることができた。(写真-9)

透明型枠位置

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型枠の場合 型枠内三層シートを追加

した場合

斜面部斜面部

写真-9 フーチング出来上がり比較

5. おわりに

羅臼漁港のスリットケーソンの施工は、鉄筋組立時の

安全性の向上等、スリット柱壁及びフーチング部におけ

るコンクリートの品質管理が課題であったが、汎用性の

ある資材の活用や様々な技術を導入することで解決する

ことができた。 その他の問題点として、ケーソンを一定期間水中仮置

きした場合、コンクリート壁面には海藻類が付着し、重

量バランスを乱す要因となる場合がある。特に、スリッ

トケーソンは、スリット部を鋼製止水板で覆った状態で

水中仮置きしており、コンクリート壁面と鋼製止水板で

海藻類の付着量に差が生じ、浮遊時にバランスを失うこ

とが懸念された。そのため、前年度より仮置していたケ

ーソンは、入念に鋼製止水板やコンクリート面の掻き均

しを実施し、浮遊時の安定を図る必要があった。

今後、同様なスリットケーソンの施工に際して、活用

して頂ければ幸いである。 最後に本報文の作成にあたり、ご助言、ご協力をして

頂いた関係各位に感謝いたします。