[特集]電子材料 (5)積層セラミックコンデンサー...

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24東レリサーチセンター The TRC News No.119(Jun.2014) 1.はじめに 積層セラミックコンデンサーは、携帯電話、パソコン などに代表される電子機器部品に広く用いられている。 電子機器の小型化、高性能化、省電力化に伴い、積層セ ラミックコンデンサーにも小型化・高性能化が要求され る様になり、これらを実現させるために誘電体層の薄層 化、多層化などの生産技術の改良・改善が研究されてい る。しかしながら、小型化と高性能化の両方を達成する ことは容易ではなく、例えば、誘電体の薄層化を進める と誘電体に印加される電界強度が高くなり、劣化が加速 される等の問題が生じる。この様な問題を解決する際に 必要となるのが、適した材料設計やプロセス改善である が、それらの指針を得るためには構造解析などの分析手 法が必須である。表₁に、分析目的に応じた主要な分析 手法の例を示す。 本稿では、ラマン分光法などの分光学的手法、及び SIMS(SIMS;Secondary Ion Mass Spectrometry) GD-OES(GD-OES; Glow Discharge Optical Emission Spectrometry)の深さ方向分析手法を用いて積層セラ ミックコンデンサーの分析を行った事例を紹介する。 2.セラミックコンデンサーの絶縁不良と構造解析 積層セラミックコンデンサーの故障モードである絶縁 不良には、明確なクラックや電極剥離によるもの以外 に、外観上の異常を伴わない絶縁抵抗劣化がある。その 要因としては、定格以上の電流・電圧を印加した場合の チップ内部に存在するボイドやデラミネーションによる クラックの発生等が挙げられる。この様な故障した製品 の解析を行う場合、まずは故障箇所の特定を非破壊で行 う必要がある。故障箇所特定後、故障箇所部位の分析を 行い、破壊要因を特定する必要がある。 本節では、定格以上の電流を印加することで強制的 に破壊した積層セラミックコンデンサーを用いて、イ メージングPL(PL;Photoluminescence)による発光イ メージ像を取得し、特異的な箇所に関する欠陥、構造を CL(CL;Cathodoluminescence)法やラマン分光法で評 価した事例を紹介する。 絶縁破壊品を2個準備以下、絶縁破壊品1, 2と呼称した。絶縁破壊品1は、絶縁抵抗の低下が認められ、絶 縁破壊品2は、外装部にクラックが認められた。これら の試料について研磨による断面加工を実施したところ、 絶縁破壊品2については、内部で大きなボイドが生じて いるのが確認されたが(図1︵e︶︵f︶)、絶縁破壊品₁に ついては、形態的な異常は認められなかった(図1︵a︶)。 形態的な異常が認められなかった絶縁破壊品1につい て、イメージングPLにより発光イメージ像を取得した ところ、局所的な発光部位が認められた(図1︵a︶ ︵d︶)。 この部位は、外部電極の形成されている端部の延長線上 に位置している。また、コンデンサー外周部のBaTiO3発光も外部電極が形成されている部分(①)とそうでな い部分(②)とで異なることから、外部電極の形成によ る応力や熱履歴などにより、BaTiO3が構造変化を受けや すい環境にあるものと考えられる。 絶縁破壊品1において局所的な発光が見られた箇所(図 1︵d︶)についてCL法を用いて発光スペクトルを得た(図 2︵a︶)。得られたCLスペクトルより、550 nm付近の発光 強度が増大する傾向が認められた。550nm付近では酸素 欠損などの構造欠陥に関係した発光が検出されることが 指摘されていることから、ここでは欠陥の増大があり、 [特集]電子材料 (5)積層セラミックコンデンサーの 各種分析事例 表面科学研究部 澤田 武志 構造化学研究部 井上 敬子 表1 主要な分析手法 図1  絶縁破壊品断面の光学顕微鏡像およびイメージング PL像 ●[特集]電子材料 (5)積層セラミックコンデンサーの各種分析事例

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Page 1: [特集]電子材料 (5)積層セラミックコンデンサー …...24・東レリサーチセンター The TRC News No.119(Jun.2014) 1.はじめに 積層セラミックコンデンサーは、携帯電話、パソコン

24・東レリサーチセンター The TRC News No.119(Jun.2014)

1.はじめに

 積層セラミックコンデンサーは、携帯電話、パソコンなどに代表される電子機器部品に広く用いられている。電子機器の小型化、高性能化、省電力化に伴い、積層セラミックコンデンサーにも小型化・高性能化が要求される様になり、これらを実現させるために誘電体層の薄層化、多層化などの生産技術の改良・改善が研究されている。しかしながら、小型化と高性能化の両方を達成することは容易ではなく、例えば、誘電体の薄層化を進めると誘電体に印加される電界強度が高くなり、劣化が加速される等の問題が生じる。この様な問題を解決する際に必要となるのが、適した材料設計やプロセス改善であるが、それらの指針を得るためには構造解析などの分析手法が必須である。表₁に、分析目的に応じた主要な分析手法の例を示す。 本稿では、ラマン分光法などの分光学的手法、及びSIMS(SIMS;Secondary Ion Mass Spectrometry) やGD-OES(GD-OES; Glow Discharge Optical Emission Spectrometry)の深さ方向分析手法を用いて積層セラミックコンデンサーの分析を行った事例を紹介する。

2.セラミックコンデンサーの絶縁不良と構造解析

 積層セラミックコンデンサーの故障モードである絶縁不良には、明確なクラックや電極剥離によるもの以外

に、外観上の異常を伴わない絶縁抵抗劣化がある。その要因としては、定格以上の電流・電圧を印加した場合のチップ内部に存在するボイドやデラミネーションによるクラックの発生等が挙げられる。この様な故障した製品の解析を行う場合、まずは故障箇所の特定を非破壊で行う必要がある。故障箇所特定後、故障箇所部位の分析を行い、破壊要因を特定する必要がある。 本節では、定格以上の電流を印加することで強制的に破壊した積層セラミックコンデンサーを用いて、イメージングPL(PL;Photoluminescence)による発光イメージ像を取得し、特異的な箇所に関する欠陥、構造をCL(CL;Cathodoluminescence)法やラマン分光法で評価した事例を紹介する。 絶縁破壊品を2個準備(以下、絶縁破壊品1, 2と呼称)した。絶縁破壊品1は、絶縁抵抗の低下が認められ、絶縁破壊品2は、外装部にクラックが認められた。これらの試料について研磨による断面加工を実施したところ、絶縁破壊品2については、内部で大きなボイドが生じているのが確認されたが(図1︵e︶、︵f︶)、絶縁破壊品₁については、形態的な異常は認められなかった(図1︵a︶)。

 形態的な異常が認められなかった絶縁破壊品1について、イメージングPLにより発光イメージ像を取得したところ、局所的な発光部位が認められた(図1︵a︶~︵d︶)。この部位は、外部電極の形成されている端部の延長線上に位置している。また、コンデンサー外周部のBaTiO3の発光も外部電極が形成されている部分(①)とそうでない部分(②)とで異なることから、外部電極の形成による応力や熱履歴などにより、BaTiO3が構造変化を受けやすい環境にあるものと考えられる。 絶縁破壊品1において局所的な発光が見られた箇所(図1︵d︶)についてCL法を用いて発光スペクトルを得た(図2︵a︶)。得られたCLスペクトルより、550 nm付近の発光強度が増大する傾向が認められた。550nm付近では酸素欠損などの構造欠陥に関係した発光が検出されることが指摘されていることから、ここでは欠陥の増大があり、

[特集]電子材料

(5)積層セラミックコンデンサーの各種分析事例

表面科学研究部 澤田 武志構造化学研究部 井上 敬子

表1 主要な分析手法

図1 �絶縁破壊品断面の光学顕微鏡像およびイメージングPL像

●[特集]電子材料 (5)積層セラミックコンデンサーの各種分析事例

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東レリサーチセンター The TRC News No.119(Jun.2014)・25

低抵抗化のリーク源になっている可能性が考えられる。 また、同じ箇所についてラマン分光法により構造解析を行った(図2︵b︶)。 得られたスペクトルより、発光部位では、正方晶(Tetragonal)構造が相対的に増大しているものと考えられ、局所的な構造歪みが生じている可能性が示唆された。

3.XRDによる積層セラミックコンデンサーの残留応力評価

 積層セラミックコンデンサーは誘電体層と内部金属電極との積層構造から形成されているため、セラミックスと金属の線膨張係数の差異により残留応力が発生しやすい。残留応力により、機械的強度が低下するなどの不具合が発生することが予想されるため、残留応力を評価することはプロセス設計の上でも重要である。残留応力を評価する方法としては、n-ED(ナノビーム電子線回折法;n-ED;nanobeam Electron Diffraction)やラマン分光法、XRD(X線回折法;XRD;X-ray Diffraction)などが挙げられる。これらの手法は、試料組成や試料サイズ、測定エリアによって使い分ける必要がある。 本報では、XRDによる残留応力評価について紹介する。XRDでは、残留応力が発生すると回折線が等方的なリング形状から変化するため、その変化量を測定するこ

とで残留応力を算出することができる。一例として、一般的な積層セラミックスコンデンサーの応力評価例を示す。図3や表2のように、コンデンサーの法線方向(σ11、 σ22)では、100MPa程度の圧縮応力が生じており、せん断応力(σ12)はほとんど発生していないと考えられる。このようにバルクの応力評価には、XRDが適している。

4.�TOF-SIMSによる積層セラミックコンデンサー深さ方向分析

 積層セラミックコンデンサーの製造プロセスにおいて、バインダなどに起因する不純物が焼成過程で完全に除去できずに残留する、もしくは拡散するという現象が起こる可能性がある。この様な場合、深さ方向の不純物濃度分布を確認する必要が生じるが、不純物分析手法としては、SIMSが代表的な手法として挙げられる。 SIMSは、スパッタにイオンビームを使用し、試料表面から発生するイオンの質量を質量分析計で検出することによって試料の深さ方向の元素分布を得る分析法である。SIMSの分析モードは、D-SIMS(Dynamic-SIMS)とS-SIMS(Static-SIMS)の2種類に分けられる。前者は高電流密度のイオンビームを用いて表面から数十μmまでの深さ方向分析を行うことができる。後者はイオンビームの電流密度を極端に低下させ、表面の損傷を可能な限り抑えた分析が可能であり、飛行時間型質量分析計を用いたTOF-SIMS(Time Of Flight-SIMS)が用いられる。通常、深さ方向分析はD-SIMSで行う場合が多いが、TOF-SIMSでも別途スパッタガンを用いることで深

図2 �絶縁破壊品1の(a)CLスペクトルおよび(b)ラマンスペクトル

図3 XRDによる応力解析について

表2 XRDより求めた残留応力値

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さ方向分析が可能となる。D-SIMSと比較すると感度は劣るが、深さ分解能と空間分解能の面ではD-SIMSより優れている。特に、三次元的に元素の分布を分析できることは大きな利点である。積層セラミックコンデンサーの様に薄膜が積層されている領域の深さ方向分析や面内分布を調べる場合には、高い深さ分解能、及び空間分解能が必要となるため、TOF-SIMSの方が適している。 図4に示す二次イオン像 は、TOF-SIMSを用いて、積層セラミックコンデンサーの積層面に垂直な方向から深さ方向分析を行い、誘電体層と金属電極層の界面近傍から抽出したSi, Cl, Niの面内分布を示している。誘電体層/Ni電極層界面付近にてSiやClが局所的に存在している様子を捉えることができる。 さらに、誘電体層/Ni層断面方向の各元素の二次イオン像を示した結果が図5である。試料内部にSiやClが偏析している様子を捉えることができる。

 このようにTOF-SIMSを用いることにより、積層セラミックコンデンサー内の不純物の分布を三次元的に把握することができる。

5.�GD-OESによる積層セラミックコンデンサー深さ方向分析

 深さ方向分析手法としては、SIMSの他にGD-OESが挙げられる。GD-OESは、Arグロー放電を用いて試料をスパッタリングし、スパッタされた原子のArプラズマ内における発光を分光測定することで、試料の深さ方向における元素の定性・定量分析を行う手法である。高速かつ高感度での分析が可能であり、メッキ膜や塗膜、金属材料の分野で適用されてきた分析手法である。近年では、高周波パルス電源の開発に伴い、数nmの半導体薄膜の分析が可能である。 GD-OESも不純物分析が可能であるが、検出感度や空間分解能の面では、SIMSの方が優位である。一方、GD-OESはプラズマを使用してのスパッタであるため、イオンビームと比較して電流密度(スパッタレート)が高く、SIMSでは分析困難な数十μm以上の深さの濃度分布が得られるという利点を持つ。さらに、GD-OESはスパッタに使用するプラズマの持つエネルギーがD-SIMSのイオンビームと比較して約10分の1と低いため、試料へのダメージが少なく、深さ方向分解能の高い分析が可能である。以上の様に、GD-OESは半導体から絶縁物や有機物・ポリマーなどの幅広い対象物の測定で使用されている。 図6は、厚膜層~積層部にかけての全体のプロファイルを示したものである。SIMSでは分析が困難な積層セラミックコンデンサーの誘電体厚膜層~積層部における数十~百μm程度の領域の連続的な深さ方向分析がGD-OESでは可能であり、厚膜層よりも深部の積層部の周期的な構造を捉えることができる。また、厚膜層から厚膜層/積層部界面付近までのCの拡散も捉えることが可能である。

(a) 28Si- (b) 35Cl- (c) 58Ni- (d) 分析方向概略図

NiBaTiO3NiBaTiO3NiBaTiO3NiBaTiO3

NiBaTiO3NiBaTiO3NiBaTiO3NiBaTiO3

(a) 28Si- (b) 35Cl-

(c) 58Ni- (d)

図4 �TOF-SIMSによる誘電体層/金属電極界面付近におけるSi,�Cl,�Ni二次イオン面内分布分析結果

図5 �TOF-SIMSによる断面方向からのSi,�Cl,�Ni二次イオン面内分布分析結果

図6 �積層セラミックコンデンサー厚膜層〜積層部にかけてのGD-OES深さ方向分析結果

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東レリサーチセンター The TRC News No.119(Jun.2014)・27

 以上のようにGD-OESを用いることで、極深領域までの深さ方向分析が可能である。深い領域のSIMS分析が必要な場合、GD-OESで所望の深さまで分析(スパッタ)した後、深部の不純物分布をSIMSにより高感度で分析する、などの組み合わせで深部側の不純物分布などを調べることも可能である。

6.おわりに

 以上、積層セラミックコンデンサーの解析事例として4項目を挙げた。これらの分析技術以外にも、冒頭の表にも示した様に、弊社では、様々な分析メニューを保持しており、目的に応じた分析手法を提示することが可能である。また、複数の手法を用いることで総合的な解析も可能である。

 今後、積層セラミックコンデンサーの更なる小型化などにより、要求される技術も高くなると考えられる。分析技術に関しても更なる向上や開発に努め、高度なニーズに応えることができるようにしていく所存である。

■澤田 武志(さわだ たけし) 表面科学研究部 表面科学第1研究室 趣味:ジョギング、読書

■井上 敬子(いのうえ けいこ) 構造化学研究部 構造化学第2研究室 研究員 趣味:歌うこと、テニス

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