研究力でブランドを 構築する · ゲーム感覚で、旧東海道ふじさわ宿の...

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6 2019 Vol.15 No.6 2019 Journal of Industry-Academia-Government Collaboration イノベーシ ン COME TRUE 研究力でブランドを 構築する 『奈良山里の生活図誌』 永井清繁画・解説 高田照世編 帝塚山大学出版会 から

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  • 62019

    Vol.15 No.6 2019 Journal of Industry-Academia-Government Collaboration

    イノベーション COME TRUE

    研究力でブランドを構築する

    『奈良山里の生活図誌』 永井清繁画・解説 高田照世編 帝塚山大学出版会 から

  • 2

    CONTENTS

    Vol.15 No.6 2019

     巻 頭 言

    100年後にも世界で光り輝く大学を目指して 越智光夫 ……… 3

    “ゆる可愛さ”と伝統のコラボ人形「かみしもどーる」販売中 ……… 4

    ゲーム感覚で、旧東海道ふじさわ宿の景観を体感 ……… 5

     特 集

    研究力でブランドを構築する津田塾ブランドの原点 津田梅子と星野あい ……… 6

    奈良にこだわり抜いた研究で、地域とともに歩む ……… 9

    ライフタイムにおける活力形成による健康な時間の創造~福奏プロジェクト~ 田口尚人 /檜垣靖樹 …… 12

    国内バイオ関連ベンチャーの現状調査と分析 鈴木伸之 …… 15

    トーゴ共和国のホストタウンに宮崎県日向市 金岡保之 …… 18

    【連載】地方国立大学は産学官連携でどう活路を見いだすか第5回 マツダ−広島大−県の連携支える「4つの技術」 登坂和洋 …… 20

    【連載】スタートアップ・ベンチャーの成功条件第1回 事業ステージ 田部貴夫 …… 24

    視点 / 編集後記 …… 27

  • Vol.15 No.6 2019 3

    巻頭言:Foreword

    新たな令和時代が幕開け、世界では破壊的イノベーションの急速な進展、イノベーションを巡る覇権争い、社会経済のゲームチェンジングが進行している。高度な科学技術の追求は、私たちの生活を飛躍的に向上させる一方で、安全・安心を脅かす負の側面への懸念を生じさせる。核兵器がまさにそうであり、最近では、中国の研究者がゲノム編集ベビーを誕生させたという報告が衝撃をもたらすなど、最先端の科学技術への不信感を高める行為が起きている。そのため、大学には社会との開かれた対話を進めながら、科学技術イノベーションの安全性や倫理面にも真摯に向き合う姿勢が求められている。

    広島大学は、「自由で平和な一つの大学」を建学の精神として、原爆で廃虚と化した広島の地に誕生し、人間、社会、文化、食料、環境、自然の持続性に関連する全ての既存の学問領域を包含し、平和の構築にチャレンジしている。新長期ビジョンである「SPLENDOR PLAN 2017」では、新しい平和科学の理念を「持続可能な発展を導く科学」とし、「多様性をはぐくむ自由で平和な国際社会の実現」をミッションに掲げ、積極的に取り組みを進めている。

    教育・研究の視点では、社会のさまざまなニーズに応えられるグローバル・コンピテンシーを備えた人財の輩出と、「持続可能な発展を導く科学」を支える基礎研究と先端研究の高度化を柱とし、文部科学省「スーパーグローバル大学創成支援事業(トップ型)」、「研究大学強化促進事業」を進めている。さらに昨年、文部科学省「卓越大学院プログラム」に採択された「ゲノム編集先端人材育成プログラム」の実施を通して、ゲノム編集の基礎から応用に至る知識と技術とともに、研究成果の社会実装のプロセス、研究倫理を統合的に学ぶカリキュラムを提供し、ゲノム編集を産業へ直結させる人財を育成している。

    社会貢献の視点では、地域と国際社会が協働して発展する社会連携の強化をビジョンに掲げ、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)革新的イノベーション創出プログラム(COI STREAM)の「精神的価値が成長する感性イノベーション拠点」や、産学共創プラットフォーム共同研究推進プログラム(OPERA)の「『ゲノム編集』産学共創コンソーシアム」を幹事機関として運営している。また、内閣府の2018(平成30)年度地方大学・地域産業創生交付金の交付対象事業に広島県と共同提案した「ひろしまものづくりデジタルイノベーション創出プログラム」が採択され、広島から世界の科学技術をリードするイノベーション拠点を形成する取り組みを推進している。

    広島大学が開学70周年を迎える今年度、統合生命科学研究科と医系科学研究科を設置し、大学院の再編を本格化させ、世界中からトップクラスの研究者や優れた留学生を招き入れるため、教育研究環境の充実を進める。また、オープンイノベーションを促進する集中的マネジメント体制を学内に整備し、「組織」対「組織」の本格的な産学官連携を推進する。100年後にも世界で光り輝く大学を目指して、「バックキャスト」の視点を忘れず、夢のある学生が社会に羽ばたき、誇れる母校となるよう、常に前進し続ける覚悟である。

    ■100年後にも世界で  光り輝く大学を目指して

    越智 光夫おち  みつお

    広島大学 学長

  • 4 Vol.15 No.6 2019

    ニュース:News

    “ゆる可愛さ”と伝統のコラボ人形「かみしもどーる」販売中

    文京学院大学と岩槻人形協同組合(埼玉県さいたま市岩槻区)は産学連携で開発した、岩槻新作裃(いわつきしんさくかみしも)人形の「かみしもどーる」を販売中だ。近年注目を浴びている日本の伝統的工芸品産業は、従事者数や生産額が減少傾向にあることから、同大学では伝統産業に関するフィールドワークを実施している。一方、人形作り380年以上の歴史を誇る岩槻人形協同組合は、伝統工芸技能と優れた作品を世の中に広め、将来的な発展につなげていきたいと、2016年3月に同大学と産学連携推進の協定を締結。その第 1弾として同年、「フクロウ型の眼鏡置き」を制作。2017年3月には、江戸時代に岩槻で数多く作られていた「裃雛(かみしもびな)」を復活させたところ多くの反響が寄せられたという。そしてプロジェクトの第3弾となる2018年は、2017年の「裃雛復活プロジェクト」を継承した同大学経営学部の学生3人が主体となり、人形躯体から腕の曲げ方、頭の倒し方など細部までを職人と話し合い通年商品として制作し、新たに5体の人形を完成させ、総称名を一般公募した結果、「かみしもどーる」と命名した。デザインコンセプトは、先輩から引き継いだ「ゆる可愛さ」と、求評会(展示会)で得たアンケートの声をすくい上げた。また、通常のオリジナルバージョンに加え、健康、勉強、就職、良縁という4つの願いをより明確に表現するために、姿勢や体つき、衣装の生地デザインから持ち物の小道具、髪型や髪飾りといった細部まで見直し、新たなデザインに仕上げた。頭が大きく居眠りする姿は、見る人の心に寄り添い、癒してくれるという。美しく凛々(りり)しく立派な節句人形に加え、新たな岩槻の人形として支持を得ることができればと関係者の期待は大きい。

    (本誌編集長 山口泰博)

  • 5Vol.15 No.6 2019

    ニュース:News

    ゲーム感覚で、旧東海道ふじさわ宿の景観を体感

    文教大学(情報学部の川合康央ゼミナール)が、神奈川県藤沢市の「ふじさわ宿交流館」で4月13日、「旧東海道藤沢宿3DCGリニューアルお披露目会」で、新しい「旧東海道ふじさわ宿景観シミュレーションシステム」を寄贈した。このシステムは

    江戸時代の藤沢宿周辺の街並みを3DCGで立体的に

    再現したもので、川合教授とゼミ生が2年かけて大規模なアップデートを実施。景観は、時間や季節、天候などによってその印象を大きく変えるが、これら経時的な要素を、ユーザーが自由に変更でき、よりリアルな景観を再現。時系列に、数値データの演算によって画像を生成し表示させるレンダリングを可能にした。このほか、ゲームパッドを使用していることから、誰でも簡単に操作できるよう工夫。ウォークスルーシステムで宿場町の通りや建物の中にも入ることができ、屋内のようすも疑似体験可能だ。川合ゼミは、2015年に藤沢市からの依頼を受け、地域の歴史的文化の継承を目的に、このシステムの制作に取り組んできた。2016年、最初のシステムを「ふじさわ宿交流館」に寄贈し、その後同館で常設展示されていた。今回の大規模アップデートによって、来館者の情報提供や、新たに多くの古文書や古地図などの資料提供を受け、道幅や川の深さ、建物内部など、より詳細で正確な景観を再現した。お披露目会では、20人ほど市民が参加し、川合教授や制作に携わったゼミ生の説明に熱心に耳を傾けていた。川合教授は、「ゲームというツールを通して、若い世代の人たちにこのシステムを使ってもらい、藤沢市の過去の景観を通じて地域の歴史文化を伝えていってほしい」と語った。川合ゼミでは、このほかにも「湘南地域における津波シミュレーションシステム」などを通じて地域との連携を深めていくという。

    (本誌編集長 山口泰博)

    宿場町周辺の景観

  • 6 Vol.15 No.6 2019

    特 集Feature 研究力でブランドを構築する

    ■「オールラウンドな女性」の育成を建学の精神に

    女性の登用や人材育成、社会科学の重要性、国際化…本誌の編集方針も社会の要請や期待に対応しながら新年度の企画を検討していたときのことだ。企画をクリアするキーワードの多くを備えている研究や連携はないものかと思案していたとき、元号が平成から令和に改元される直前の4月、5000円札の肖像が樋口一葉から津田梅子に変わるとメディアが報じた。2024年度に発行が予定されている新紙幣のことだ。津田塾大学の教育方針は、津田梅子を知らずして語ることはできない。1900(明治33)年当時、「家」を守り、社会を近代化していくためには賢い母の育成が必須とされ、女子には良妻賢母に、という考え方が主流だった。それゆえ、官制(現在の国立あるいは公立)の女子中等・高等教育は良妻賢母育成を目指す傾向が強かった。津田梅子は、1871(明治4)年に北海道開拓使が募集した日本初の女子留学生5人のうち最年少の6歳で米国へ留学した。11年後の1882(明治15)年に帰国し、日本女性の置かれていた状況に落胆した梅子は、日本の教育に疑問を抱き、女性の地位を高めなければという思いを募らせた。1889(明治22)年に米国に再度留学、ブリンマー大学で学んだ後、1900(明治33)年、当時の日本では先駆的な、「オールラウンドな女性」の育成を建学の精神にして学問重視の女子高等教育機関である女子英学塾を私学として設立した。髙橋裕子学長は「あまり知られていないことですが、梅子はブリンマー大学に在学中から、自分の後に続く日本女性のための奨学金制度でもある日本女性米国奨学金委員会を設立しました。その資金で、後の初代津田塾大学学長となる、星野あいも、ブリンマー大学に留学しています。星野は帰国後、女子英学塾の教員、塾長を務め、1943(昭和18)年には英文学科に加えて、理科を増設して津田塾専門学校設立に尽力。そこから新制大学としての津田塾大学へと発展を遂げていったのです」と力を込める。髙橋学長の言う通り、当時の女子専門学校では珍しく、1943年には理科も設置され、戦後の1948(昭和23)年には大学へと昇格し、今の津田塾大学へとつながっていった。

    津田塾ブランドの原点 津田梅子と星野あい

    津田塾大学は、学生数3000人ほどの小規模大学だが、政界や経済界など多くの分野で活躍する人材を輩出し、卒業生には著名人も数多くいる。どこにそんなポテンシャルがあるのか。津田塾ブランドとは何か。

    (本誌編集長 山口泰博)

    津田梅子(津田塾大学提供)

    星野あい(津田塾大学提供)

  • 7

    特 集

    Vol.15 No.6 2019

    ■研究力と「津田スピリット」で「変革を担う女性」ブランドの形成

    「津田スピリット」が脈々と引き継がれ、今の津田塾ブランドに根付いている。その津田塾らしさを研究によって示そうとしたのが、「変革を担う女性」の持続的育成を目指した「インクルーシブ・リーダーシップ研究」拠点の形成だ。文部科学省の2018(平成30)年度私立大学研究ブランディング事業の支援対象「タイプB」として採択された。タイプBとは、世界展開型として、先進的で学術的な研究拠点の整備により、全国的あるいは国際的な経済・社会の発展、科学技術の進展に寄与する取り組みを指す。インクルーシブ・リーダーシップとは、全ての人々を包摂できるように発揮されるリーダーシップと、これまで、社会環境によって制約を受けてきた、女性や障害者が獲得しうるリーダーシップの両面を意味する。 事業の柱は、国際的女性リーダーシップ英語教育の方法論開発、データ活用型政策研究と実践的教育プログラム開発、社会的インクルージョン研究基盤形成、津田アーカイブを用いた多様で先進的な女性ロールモデル研究推進と大きく四つに集約される。この事業の中心的な役割を担うのが、ダイバーシティーセンター・フォー・インクルーシブリーダーシップのセンター長を務める総合政策学部総合政策学科の森川美絵教授で、自身も同拠点のデータ活用型政策研究と実践的教育プログラム開発の研究代表である。データサイエンスと社会科学との融合を視野に、地域連携や産官学連携による課題解決志向の政策研究と教育プログラムの構築を目指す。津田塾大学・住田町連携プロジェクトは、住田町と津田塾大学が2018(平成30)年 2月に包括連携協定を締結したことを契機に立ち上げた。住田町、大船渡市、陸前高田市の3市町からなる岩手県気仙地域とは、東日本大震災後の地域ケア体制整備でつながっていたが、プロジェクトでは、大学生が自らの目線で地域の魅力を考え、雇用、産業振興、教育、コミュニティ形成、住環境整備、高齢者の暮らしなど、地方創生の課題について現地で話を聞いて理解を深めた。現地での経験や情報収集を元に、課題の分析や解

    決策の検討を行い、町や地域に提言するなど、地域と協働で解決策を模索、大学として地域の創生に協力する。福井県鯖江市や

    長野県飯田市などとも連携プロジェクトがあり、研究メンバーで分担して進めている。「現地に行くからこそ得られる質的データ、現地との対話により鍛えられる考察力も大切にしたい」と、森川教授はその意義を示唆する。岩手県気仙地域の中の住田町で(東海新報社提供)

  • 8 Vol.15 No.6 2019

    ■新国立競技場に最も近いキャンパスだからこその五輪プロジェクト

    総合政策学部ではさまざまな地域連携プロジェクトも実践する。例えば、来年開催の東京五輪(東京2020オリンピック・パラリンピック)に関連し、津田塾大学梅五輪プロジェクトを創設。学生が中心となって自治体や商店街などで活動する。新国立競技場は五輪開催に向け現在は建築中だが、期間中は、競技会場として多くの人が訪れるだろう。また千駄ヶ谷の東京体育館と道路を挟んで隣接する津田塾大学のキャンパスは、五輪と向き合う意義と必然があるようだ。東京五輪期間中は、短期間に1000万人を超える人が集まるとされる。そのような状況下では、観光や観戦、防災や減災にも、適切で迅速な対処方法を事前にシミュレーションすることが必要だろう。近年、そのような状況に直面した経験のない日本には、科学的根拠に基づくデータがない。そこで、地域や公共機関、産業界など幅広い関係機関と共同してデータの収集を行い、不安の払拭(ふっしょく)に貢献する。このほか、「津田塾大学LINE@アカウント」を活用し、自動対話の効果検証や課題抽出の実証実験を行う。チャットボット(Chatbot)と多くの人が利用するライン(LINE)を連動、テキストや音声を組み合わせ、会話を自動的に行うプログラムと、ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)の活用で、「社会産学連携活動」やインターンシップ制度、就職状況など学生が大学生活に必要な情報検索の対話支援も整備する。2019(平成31・令和元)年度以降、私立大学研究ブランディング事業の新規募集の停止が発表された。事実上の中止である。文部科学省の助成が終了すると、プロジェクトの運営が難しくなることもあるが、「それぞれの研究は、先生方が独自に研究されていた側面もあります。それを、津田塾らしく再構成したのが、変革を担う女性の持続的育成を目指したインクルーシブ・リーダーシップ研究拠点です。研究ブランディング事業の支援期間は2020年度までの3年間ですが、地域社会や産業界との共同研究や、連携協力に必要な社会問題発掘力やソリューション力はたくさんあります」と大島美穂副学長は自信をのぞかせた。取材を通し、小規模でも、私学の女子大として常に、先頭を走るそんなブランド力を感じた。

    写真左から、大島美穂副学長、髙橋裕子学長、森川美絵センター長

  • 9Vol.15 No.6 2019

    特 集Feature 研究力でブランドを構築する

    ■奈良が抱えるイメージ

    奈良県の地域性と言えば何を浮かべるだろうか。神社仏閣をはじめとする世界的文化遺産があちこちに立ち並ぶ歴史ある町を思い浮かべる人は多いのではないだろうか。例えば世界遺産の社寺は、興福寺、法隆寺、薬師寺、唐招提寺、春日大社、東大寺など14件あるし、国宝の仏像がある社寺は、先の世界遺産の興福寺、法隆寺、唐招提寺、薬師寺、東大寺を含め、室生寺など16件も“林立”する。

    そのため、修学旅行や中高年の旅行先として、京都と肩を並べる定番地域という印象を抱く。近年は、それ以上に外国人旅行者が闊歩(かっぽ)し、観光地で擦れ違うのは日本人より多いとさえ感じる。しかし、単純にインバウンド消費が増えているわけではないようだ。

    同じ近畿圏にありながら、京都や大阪が圧倒的で、奈良は通り過ぎるというのだ。宿泊は京都や大阪を拠点に電車などで奈良観光にやって来るので、地元に落ちるお金は限定的だという。そのためか、市内はホテルの建設ラッシュだという。

    そのような背景もあってか、地域に特化した研究対象も数多く、帝塚山大学が取り組む「奈良学」という学際的な研究活動も「有り」な話で、幅広い素材を数多く抱える恵まれた地域とも言える。

    ■奈良学でブランド訴求

    文部科学省の私立大学研究ブランディング事業には、地域の経済・社会、雇用、文化の発展に寄与する「タイプA社会展開型」と全国的、国際的な経済・社会の発展、科学技術の発展に寄与する「タイプB世界展開型」の二つのタイプがあった。簡単に言えば、地域か世界かである。「『帝塚山プラットフォーム』の構築による 学際的『奈良学』研究の推進」がタイプAの社会展開型に採

    択されたのは、2017(平成29)年度で、今年度が最終年度となるわけだが、同大学が進めてきた研究が地域社会に広がりを見せている。その名のとおり、社会展開が進んでいるようだ。

    奈良学は、帝塚山短期大学(1961年開学。2000年に帝塚山大学に統合)の故青山茂名誉教授が、1980年代に提唱したもので、奈良を研究対象としているが、単なる郷土史や従来の日本古代史ではなく、巨視的な「鳥の目」で全体を俯瞰(ふかん)し、日本の歴史文化における奈良の位置付けを考えるというものだ。同時に、微視的な「蟻の目」で人々を洞察し、奈良を通して日本全体の歴史文化を考察するのだという。

    奈良にこだわり抜いた研究で、地域とともに歩む帝塚山大学は、近年、「実学の帝塚山大学」を標榜し、さまざまな地域連携や産学官連携に力を注いでいる。一般的にそういった連携が難しいと思われがちな文系大学である同大学がこだわるのは、大学が立地する奈良。「奈良学」という学問をベースに「地域とともに」にこだわり抜いた研究で、地域社会に新たな価値を生み出そうとしている。� (本誌編集長 山口泰博)

  • 10 Vol.15 No.6 2019

    同大学の社会連携は、近年まで統一した組織はなく、個々の教員が個別に展開していた。文系を中心とする6学部7学科を横断し、全学的に取り組むべく、奈良学をベースに集約したのがこの帝塚山プラットフォームだ。

    奈良に存在するさまざまな文化資産や観光資源を再発見し、地域との協働でその成果を広く社会に発信することで、地域の活性化と創生を目指す土台を成すのは7項目(申請採択時)。地域の経済社会、雇用、文化の発展や特定の分野の発展と深化に寄与する研究として、特定の地域あるいは分野における、地域の資源活用、産業の振興と観光資源の発掘、文化の発展、企業や雇用の創出などを目的とするものだ。中心となる研究は、①聖徳太子関連遺跡の研究、②中国・内蒙古自治区の遼代皇帝陵出土品を手がかりとした正倉院宝物の研究、③永野太造氏撮影のガラス乾板を手がかりとした奈良仏像史の研究、④大和野菜の食物学的研究、⑤奈良晒(さらし)の研究、⑥五條市の歴史学的研究、⑦民俗資料や聞き取り調査による奈良県内各地域の生活文化研究など、いずれも奈良にちなんだものを研究対象としている。

    ■当時の人々の息遣いが伝わる

    帝塚山プラットフォームの個々の研究では、奈良の突出した地域性を存分に活用したユニークな成果を上げている。

    例 え ば、「 民 俗資料や聞き取り調査による奈良県内各地域の生活文化研究」というテーマでは、明治末期から昭和初期までの奈良県天理市の東部・福住の暮らしぶりを克明に描

    いた絵を取り上げ、現地での民俗調査に基づき、展示や出版などにその研究成果を反映させた。絵を描いたのは、福住で生まれ育った永井清繁さん(1905~99年)だ。70歳を迎えた昭和50年

    代、社会が急速に変化していくなかで、子どもや孫に一昔前の故郷福住の生活を伝えたいと筆を取った。記憶だけで描かれた絵は、嫁入りや出産などの人生儀礼、正月や盆などの年中行事、祭り、農作業、山仕

    事、桶屋、鋳掛屋(いかけや)、小学校など、当時の人々の息遣いが伝わると評判となった。永井さん自身が記された絵の解説文もあり、当時の暮らしについて、より一層理解を深めることができる。

    また、それらの絵を分析し、文学部日本文化学科と現代生活学部居住空間デザイン学科の学生が、露店を再現。小学校で歴史を学ぶ授業や県立の図書館などで展示した。2019 年3月には、解説を加えて『奈良山里の生活図誌』として出版*1すると、書店や大学図書館からの問い合わせが寄せられ反響を呼んでいる。

    出版された『奈良山里の生活図誌』

  • 11

    特 集

    Vol.15 No.6 2019

    また、「永野太造氏撮影のガラス乾板を手がかりとした奈良仏像史の研究」では、奈良の寺院を中心に仏像写真家として活躍した故永野太造氏が撮影した、ガラス乾板写真6934枚の同大学への寄贈を受けて、画像および撮影記録等のデジタルアーカイブ化を進めている。戦後の仏像史、仏教美術史研究において、貴重なデータとしての活用が期待できそうだ。

    このほか、奈良の伝統野菜である大和野菜を用いたレシピ開発や弁当販売、大和野菜エキス入りのサイダーなど数々の実績を上げつつある。

    ■地域とともに

    蓮花一己学長は「近年は実学の帝塚山大学として、将来的に地域の発展を担う学生の育成を目指し、教育研究活動の成果を地域社会に還元する多種多様な連携プロジェクトを実施しています。本学は奈良県下最大規模の文系総合大学ということもあり、地域の中核大学としての役割を期待されています。だからこそ、実学と地域のニーズを基本に地域とともに歩んでいく、

    これが社会との関わり方の方針です。奈良学という本学ならではの特色を強みに、研究と教育の両輪で地域社会へ貢献することで、変化する時代に選ばれ続ける大学にならなくてはと考えています」

    2018年度に経済学部と経営学部を統合し経済経営学部としたのも、社会で活躍できる人材を養成する学部として実学を重視したためだという。また、金融リテラシー教育の推進を目的に、SBIリクイディティ・マーケット株式会社とSBI FXトレード株式会社と共同で、FX取引を実際に体験する珍しい授業も人気を博す。

    SBI側が原資となる資金を提供し運用手法を講義。政治や経済、社会動向などさまざまな要因で変動する為替取引を学ぶことは、自分が選んだ通貨を利用する国の政治や経済情勢などの理解につながる。実学といえば、資格取得が主体となりがちな経済学分野において、特徴的な取り組みのようだ。

    聴講するだけの授業より、学生の主体性を掘り起こし、実社会を体験させた上で、社会に出ることの意義は大きいと言えそうだ。

    *1�『奈良山里の生活図誌』 永井清繁画・解説 高田照世編 帝塚山大学出版会

    蓮花一己学長

    デジタル画像化した興福寺仏頭�(永野太造氏撮影/ 1968年)

  • 12 Vol.15 No.6 2019

    特 集Feature 研究力でブランドを構築する

    ■福奏プロジェクトの概要

    福岡大学は、2016年8月から研究ブランディング事業を開始した。学長のリーダーシップの下、人文学部、医学部、薬学部、スポーツ科学部が連携して、「ライフタイムにおける活力形成による健康な時間の創造~福奏(ふくそう)プロジェクト~」を展開している。人々の福(ハッピー)を奏でるという「福奏」には、地域や社会に対しハッピーを届け、健康な時間を過ごしてもらいたい、そんな思いが込められている。現代社会において、子育て力の低下、学校不適応の子どもの増加、生活習慣病のまん延、高齢者の認知症や閉じこもりなど、健康な時間を過ごせないという問題が生じている。福奏プロジェクトでは、家庭支援、学校教育支援や中高齢者活動を通じて、人々に活力を与える健康先進プログラムを開発することにより、大学の「知」を社会の『価値』に転換し、健康持続社会の実現につなげることを目指している。

    ■プロジェクトを立ち上げるにあたって

    本学は、全国でも稀(まれ)な、一つのキャンパス内に人文科学、社会科学、自然科学から成る9学部31学科を擁する私立総合大学である。プロジェクトは、多彩な学部で取り組まれてきたこれまでの研究成果や活動をさらに発展させる形で、人々の出生前から老年期に至るライフステージの健康課題の解決に取り組むことをコンセプトとしており、主に以下の実績に基づき策定された。◦�ニコニコペース®*1 を主体とした、生活習慣病の予防と改善に関する科学的処方を国内外に提供。特に1991年、世界保健機構(WHO)がニコニコペース®の運動を高血圧の運動療法のガイドラインとして採用している。◦�大学構内の常設施設としては、全国初の学校適応支援施設「ゆとりあ」を基盤とした通級型支援活動・研究を展開している。◦�福岡県で初めて開設された総合周産期母子医療センター(福岡大学病院)にて、ハイリスクの妊産婦・新生児の医療や健康課題の研究を展開している。

    ライフタイムにおける活力形成による健康な時間の創造~福奏プロジェクト~

    田口 尚人たぐち  なおと

    福岡大学 研究ブランディング事業 URA

    檜垣 靖樹ひがき  やすき

    福岡大学 研究ブランディング事業 研究統括責任者/スポーツ科学部 教授・スポーツ健康科学研究科長

    * 1 福岡大学名誉教授進藤宗洋氏、田中宏暁氏らが提唱した、安全かつ効果的な運動強度。

  • 13

    特 集

    Vol.15 No.6 2019

    ■プロジェクトの紹介

    プロジェクトは、以下の3チームから構成されている(図 1)。①妊娠・出産および子育て期の子どもといる生活の研究チーム妊娠前、妊娠、出産および子育てなど、個々の状況に応じた対象者に切れ目なく適切な支援を行うために、支援人材の育成および資質向上を図ることを目的に、健康プログラムを開発する。それを地域に普及させ、地域の子育て支援サークル・サロン、シニア世代の子育て経験者、プレママパパへの研修プログラムとして開発する。福岡市との連携も強化し、子育て家庭や保育所における子育て支援の内容の標準化を図っていく。

    ②学童期・思春期の学校適応支援および活力ある人間形成の研究チーム人間関係に関わる動機やスキルが、現実の関係性(学校生活)の中で委縮しやすい学童期・思春期における、人間関係スキルの向上を目的とした Social�Skills�Training(SST)の開発とその実証を行う。3年間のSSTによりコミュニケーションスキルが向上し、友人間、教師と児童・生徒の間、さらには家族間に良好な関係が構築できる。また、社会や未来への学校文化づくりを目指し、教師の指導と支援力の向上を図る。小学生の体力づくり・スポーツ実践では、教育委員会および小学校と連携し、新しい評価法の確立と成長に応じた標準化体力評価表の作成、ならびに体育指導を行う。③中高年期の社会活動支援・活力ある高齢者の研究チームスロージョギング ®とヘルスツーリズム(HT)を組み合わせ、HTが有酸素能や身体組成の変化に与える影響を検証し、斬新な健康増進プログラムを開発する。食の面では漢方薬や健康食品を取り入れた認知機能改善効果を検証し、観光面では旅行会社と連携を図り、食品会社やスポーツクラブなどとの新規事業や関連商品開発を行う。

    図 1  福奏プロジェクトのチーム構成

  • 14 Vol.15 No.6 2019

    高齢者を対象とした社会活動支援では、企業と連携し、ガス会社の検針員を対象としたコミュニケーションスキル育成プログラムを提供し、効果の検証を行うとともに、高齢者の社会参加促進と広域的サポートシステムを確立する。

    ■社会の中に位置する大学

    2006年に改正された教育基本法では、「大学は、(中略)これらの成果を広く社会に提供することにより、社会の発展に寄与するものとする」との文言が明記されている。それから10年後の日本再興戦略2016では、「大学等」に対する企業の投資額を当時の3倍とする目標が掲げられた。これを機に、「本気の産学連携」とのフレーズをよく耳にする。昨年度は、「イノベーション・ジャパン2018」の大学組織展示に出展し、心音を用いた運動負荷試験などの実演を交えプロジェクトの紹介を行うとともに、産学官の来場者と意見交換を行った(写真 1)。12月に行われた国際シンポジウムでは、ハーバード大学公衆衛生学主任教授のアイ・ミーン・リー氏の基調講演「健康科学の世界標準」および、アジア大洋州小児学会会長・インドネシア大学教授のアマン・プルガン氏の基調講演「アジアの小児の健康 現状と課題」が行われ、健康な時間の創造に向けての最新エビデンスに基づいた活発な議論が取り交わされた(写真 2)。

    超少子高齢化社会の進展とともに、新しい時代を迎えた今、大学という特殊な環境下に身を置く中で近視眼的にならないよう、社会の中に位置する大学として、外からの視点と外への視点を意識した活動に取り組むと同時に、「知」の源泉としての大学が有する特長を発揮し、変わりゆく社会の中で、今何をすべきかを発信することが求められているように思う。福奏プロジェクトが地域貢献や社会貢献のみならず、企業との「win-win」の関係構築に寄与するプロジェクトに、発展・昇華していくことを想い描きながら、本学のブランド力向上に努めていきたい。

    写真 1  「イノベーション・ジャパン 2018 大学組織展示」に福奏プロジェクトを出展

    写真 2  国際シンポジウム(産学官の関係者が登壇し健康寿命の延伸に関するディスカッションを展開)

    左から、檜垣靖樹氏、廣瀬伸一氏(福岡大学医学部教授)、アマン・プルガン氏、アイ・ミーン・リー氏、執行睦実氏(福岡市城南区保健福祉センター所長)、山本修司氏(毎日新聞西部本社編集局長)

  • 15Vol.15 No.6 2019

    リポート Report

    ■はじめに

    一般財団法人バイオインダストリー協会(JBA)では、2004年から2014年にかけて毎年バイオベンチャー統計・動向調査を行い、年次報告書を作成してきた。この調査は、2015年に報告書を発刊したのを最後に、その後は実施していなかった。

    一方で、近年のバイオ分野は、デジタル技術や医工連携の進展とともに、以前の調査では対象となっていなかったデジタルヘルスや医療機器等の領域へも拡大し、バイオ関連として抽出すべきベンチャーの範囲も大きく広がってきている。また、ベンチャーの調査方法も、以前の調査時点ではなかったデータ・ベース、調査ツールが整備されてきている。このため、国内のバイオ関連ベンチャーの現状を把握するために再度調査を行い、2019年4月時点で現存が把握された国内バイオ関連ベンチャーについて、集計・分析を実施した。

    ■国内バイオ関連ベンチャーの調査方法

    今回の調査対象は、設立(法人登記)年が2018年末までの現存するベンチャー企業とした。調べた範囲において、国内のベンチャー企業を網羅している既存の資料、データ・ベースは存在しない。このため今回の調査は、以前に実施したバイオベンチャー統計・動向調査結果を基盤とし、さまざまな情報ツールを複合的に用いて行った。

    具体的には、①公開データ・ベース(経済産業省・文部科学省の大学発ベンチ ャ ー DB、enteropedia、eiicon、STARTUP DB、Baseconnect な ど )、 ②バイオベンチャー関連の調査報告書類(日経バイオベンチャー大全、日経デジタルヘルス年鑑、矢野経済研究所バイオベンチャー統計など)、③独立行政法人中小企業基盤整備機構などのインキュベーターの入居社リスト、④各大学・研究機関のHP(ホームページ)内に掲載されたベンチャー起業情報、⑤国内バイオ団体・バイオクラスターなどの会員企業リスト、⑥国内の主なバイオ関連展示会・商談会の出展企業リスト、⑦国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)・国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)の過去の支援ベンチャーリスト、⑥ベンチャー関連発表会・表彰の対象社情報、⑦ニュース記事などである。HPがないベンチャーが、現存しているのか消滅しているのかを調べるためには、全国法人情報データ・ベースを用い確認した。「バイオ関連ベンチャー」については、国内では統一された定義は存在しない。

    今回の調査では、以前に実施したバイオベンチャー統計・動向調査の「バイオベンチャー」の定義に基本的には従いながら、近年の「バイオ関連」領域の広がりと、「ベンチャー」の一般的な通念を考慮して、以下のような定義を採用した。

    鈴木 伸之すずき  のぶゆき

    一般財団法人 バイオインダストリー協会 事業連携推進部 部長

    国内バイオ関連ベンチャーの現状調査と分析

  • 16 Vol.15 No.6 2019

    ①経済産業省の中小企業の定義に当てはまる企業である 製造業については、従業員300人以下または資本金3億円以下。②バイオ関連事業を主な事業とする デジタルヘルス、医療機器なども加える。③独自の技術基盤を有する  販売・輸入仲介業者、CRO(開発業務受託機関)、CMO(医薬品製造受

    託機関)などは対象外とする。

    「アカデミア発ベンチャー」の定義としては、「日本国内の大学・公立研究機関の研究成果を基に設立されたベンチャーである(基本的に設立時からアカデミアの成果を使用している)」ことを、今回の調査では用いた。

    ■調査・分析結果

    2019年4月時点までの調査で現存が把握された国内バイオ関連ベンチャー数は、2010社であった。その事業内容別の割合を図1に示した。全体の6割がヘルスケア関連であり、その中心となるのは、創薬およびデジタルヘルスであった。また、受託試験・製造、試薬・実験機器製造などの研究支援を行うベンチャーが、全体の2割を占めていた。

    図2に示すように、今回把握されたバイオ関連ベンチャーの設立時期は、3分の1以上が過去5年以内(2014年以降)であった。事業内容別に見ると、デジタルヘルスは5年以内の設立が6割近くにも及んでおり、この事業領域での起業が、近年非常に盛んであることを示している。このほかに、過去5年以内の設立が全体平均よりも多い事業領域としては、診断・検査受託(特に、疾患リスク、体質、腸内環境、メンタル検査なども含めた自費健康検査領域)、農林水産業・獣医領域(特に農業領域)、および創薬が挙げられ、これらの起業も盛んであると考えられる。

    これらの国内バイオ関連ベンチャーの中で、アカデミア由来の企業は、図3に示すように全体の4割近くにも及ぶ。事業内容別にみると、創薬領域は6割がアカデミア発であり、バイオ関連ベンチャー全体の中で突出して多い。一方で、デジタルヘルスについては、アカデミア発企業は2割しかなかった。

    起業したベンチャー数が多いアカデミアは、東京大学(65社)、大阪大学(56社)、京都大学(41社)、筑波大学(37社)、国立研究開発法人産業技術総合研究所(33社)、慶應義塾大学(29社)、国立研究開発法人理化学研究

    図1 2019 年 4 月の調査時点で現存を把握している“2018 年末までに 設立されたバイオ関連国内ベンチャー”の事業内容分類

    ヘルスケアー関連ヘルスケアー関連

    総計

    2010社総計

    2010社

    ** 1  一般財団法人バイオインダストリー協会.2015 年バイ オ ベ ン チ ャ ー 統 計・ 動向 調 査 報 告 書.https://www. jba .o r . jp/ l i nk_f i l e /pub l i ca t ion/15_innovat ion_stat i s t ic_summary.pdf,(accessed 2019-06-15).

    https://www.jba.or.jp/link_file/publication/15_innovation_statistic_summary.pdf

  • 17Vol.15 No.6 2019

    所(28社)、北海道大学(25社)、名古屋大学(23社)、東北大学(22社)の順で上位を占めていた。

    上場された企業は3%弱(58社)しかなく、上場企業の事業内容別の内訳では創薬が6割近くを占め、2位のデジタルヘルス(2割弱)を大きく引き離していた。

    ■まとめと今後の課題

    2014年時点の調査結果を基にJBAで作成された「2015年バイオベンチャー統計・動向調査報告書」**1で抽出された国内バイオベンチャーは553社であり、その数は2006年からほぼ頭打ちの状態との調査結果であった。

    一方で、今回の調査では、その4倍近いベンチャーが抽出された。設立数もここ5年以内が多く、近年のバイオ関連ベンチャーの設立は非常に盛んであると考えられる。この両調査結果の差異の原因は、①デジタルヘルス、医療機器などの事業領域のベンチャーを今回は調査対象に入れた、②今回の調査に用いた情報ツールは、以前の調査よりも多彩であった(以前の調査時点ではなかったさまざまなツールを用いた)、③以前の調査で「バイオベンチャー」の抽出条件の一つとして入れた「設立20年未満」という制限を今回は入れなかったなどの理由が考えられ、これらの複合要因として差異が生じたものではないかと思われる。

    このように設立が非常に盛んなバイオ領域でのベンチャー企業において、アカデミア発ベンチャーの占める役割は非常に大きく、約4割であった。特に創薬領域は6割を占め、この事業領域におけるアカデミアの重要性が再認識された。

    国内バイオ領域のベンチャー起業が盛んである一方で、上場されたベンチャー数が3%にも満たないという現状が、今回の調査では示された。このことは種々のレポートが既に報告しているように、国内のベンチャーを取り巻く投資環境が、海外と比べて非常に悪いことを表している**2、**3。そのほかの産業同様にバイオ領域においても、メーカー(事業会社)の自社研究所の生産性の低下、周辺科学の複雑化などから、自前主義を捨ててオープンイノベーションに大きく舵を取ることが、国内産業の生き残りに必須となっている。その中で大きな役割を担うべき国内バイオ関連ベンチャーの投資環境の改善は、早急に対処すべき問題の一つであると考えられた。

    図 3 各事業領域の現存バイオ関連国内ベンチャーのアカデミア発の割合

    2014年~2018年2009年~2013年 2008年以前

    全体平均

    アカデミア発 非アカデミア発

    全体平均

    図2 各事業領域の現存バイオ関連国内ベンチャーの設立時期

    ** 2  経済産業省.伊藤レポート2.0「バイオメディカル産業版」.2018.https://www.meti.go.jp/press/2018/ 0 4 / 2 0 1 8 0 4 2 7 0 0 5 / 20180427005-2.pdf,(accessed 2019-06-15).

    ** 3  日 本 政 策 投 資 銀 行. 近 年の 日 米 ベ ン チ ャ ー 起 業 からみえる日本の起業活性.2017.https://www.dbj.jp/pdf/investigate/mo_report/0000170428_f i l e3 .pd f,(accessed 2019-06-15).

    https://www.meti.go.jp/press/2018/04/20180427005/20180427005-2.pdfhttps://www.dbj.jp/pdf/investigate/mo_report/0000170428_file3.pdf

  • 18 Vol.15 No.6 2019

    リポート Report

    ■一般社団法人日本トーゴ友好協会* 1

    筆者は東京大学大学院医学系研究科特任研究員、同志社大学国際教育インスティテュート講師、関西学院大学国際連携機構国際教育・協力センター准教授を経て、宮崎大学に着任し、主に「地域の国際化」* 2 をテーマに、教育や研究に取り組んでいる。

    一方、駐日トーゴ共和国大使館の助言により、2011年に日本トーゴ友好協会を設立し、日本になじみのない、西アフリカのトーゴ共和国* 3 の魅力を日本国民に広報すると同時に、トーゴで人道的支援活動を行っている。

    2011年11月に協会を設立し、トーゴの自然、人々の暮らし、歴史、文化、民族などの魅力を通じ、より多くの日本国民に親しみを持ってもらえることを目的として、広報活動を中心に活動してきた。

    トーゴは西アフリカに位置し、日本人にとっては遠いイメージがある。しかし、国民性は明るく、平和な国で、コーヒーやカカオ、綿花などの農産物や、リン鉱石などの天然資源にも恵まれているなど、限りない可能性と魅力を備えた国である。「アフリカの笑顔」と呼ばれるトーゴの魅力を多くの日本人に発信していくことが協会の使命である。

    また、後発開発途上国* 4 であるため、社会基盤としてのインフラ整備が急務である。そこで、協会としても、ドナーを募り安全な水の供給や図書の寄贈などの人道的支援を行っている。

    2020東京オリンピック・パラリンピック競技大会におけるホストタウン事業は、スポーツの振興、教育文化の向上および共生社会の実現など、さまざまな分野でレガシー創出につなげることを目的にしている。宮崎県日向市とトーゴで行われるホストタウン事業は、ホストタウンの相手国が少ないアフリカ大陸

    (54カ国中34カ国が未登録)、中南米(39カ国中18カ国が未登録)* 5 におけるホストタウンの取り組みの、質の向上および交流の活性化を目指すものである。また、この取り組みによって、地域に共通する課題やノウハウが抽出され、後続団体のモデルとなる事例を創出する効果が期待されている。

    ■東京オリンピックホストタウン・女性アスリートモデル事業* 6

    (2019年3月6〜10日)「地域の国際化」の研究の一環で、地域にグローバルインパクトを与えるため

    に、2017年7月に、セダミヌトーゴ共和国臨時代理大使を、金岡研究室* 7

    はJICA(独立行政法人国際協力機構)の協力を得て、語感が似ている宮崎県日向市東郷町に招へいした。地域の国際化を目的に、十屋幸平日向市長とセダミヌ大使の「ひょっとこ踊り(日向市の伝統芸能)」共演ビデオなどを、研究室のホー

    金岡 保之かなおか  やすゆき

    宮崎大学 地域資源創成学部 准教授一般社団法人日本トーゴ友好協会 設立者兼会長

    トーゴ共和国のホストタウンに宮崎県日向市

    * 1 2019 年 5 月に一般社団法人に法人化予定。

    * 2 「地域の国際化」とは、「地域にグローバルなインパクトを与えることで、地域の国際化を促進させる」という考え。

    * 3 トーゴ共和国(トーゴきょう わ こ く、 フ ラ ン ス 語 : République Togolaise)、通称トーゴは、西アフリカに位置する共和制国家。東に ベ ナ ン、 北 に ブ ル キ ナファソ、西にガーナと国境を接し、南は大西洋のギニア湾に面する。首都はロメ。南部は高温多湿の熱帯性気候。北部はサバナ気候で南部より雨量が少なく、湿度も低い。

    * 4 英語表記は、Least developed country、略語:LDC

    * 5 2019 年 4 月末時点

  • 19Vol.15 No.6 2019

    ムページなどで公開していたが、内閣官房東京オリパラ推進本部事務局の担当職員が見つけて、ホストタウン締結のきっかけとなった。

    日向市が、トーゴのホストタウンになって初めての大型プロジェクトで、日向市、日向市の民間団体や企業、駐日トーゴ共和国大使館、内閣官房東京オリパラ推進本部事務局、日本トーゴ友好協会、トーゴ日本友好協 会* 8、宮崎大学などが協働し、日向市がトーゴおよび駐日トーゴ大使館から訪問団を招へいした。

    日向市を訪問したのは、トーゴ共和国から女性アスリート(マラソン種目)、打楽器演奏のエンターテイナー、トーゴ日本友好協会代表者の3人と駐日トーゴ大使館外交官ら2人の計5人である。

    宮崎空港に到着後、宮崎大学を表敬訪問し副学長が応対、大学生や留学生との交流後、日向市に移動し 保 育 園、 小 学 校、高校などの教育機関、日本刀工房、美々津地区、日向市役所(市長表敬訪問、市民交流会)を訪問し、「ひょっとこマラソン」にも出場した。

    訪問団の滞在期間中、宮崎大学金岡研究室はプロジェクト期間中の記録を動画撮影し、3カ国語(英語、日本語、フランス語)で、記事やビデオをユーチューブ(YouTube)やフェイスブック(Facebook)などのソーシャルメディアを活用して、アフリカ諸国、次期オリンピック・パラリンピック開催国であるフランスや世界の国々に向けて情報発信した。

    西アフリカに位置するトーゴは、日本とは心理的にも距離的にも遠い国である。また、フランス語が公用語のため言葉の壁も大きい。フランス語の通訳を宮崎大学や宮崎県内で探したが困難であったため、マダガスカル出身の宮崎大学留学生(ABEイニシアティブ)がフランス語と英語の通訳で協力してもらった。

    ■ホストタウン事業のレガシー創出

    スタジアムや練習施設などの社会インフラは、ポストオリンピック・パラリンピックにおいては、維持コストの問題や有効活用の問題がある。レガシーの一つは、次世代を担う「グローバル人材」を創出する事であると考える。若い時のグローバル体験は、時には人生を大きく左右することがあることから、このようなグローバルプロジェクトに参加することで、市民や学生がグローバル人材に育つ良い機会となる。

    また、ホストタウン事業をきっかけに、宮崎の人々がさらに異文化を受け入れ、多文化共生社会の実現に寄与することができれば幸いである。

    * 6 国際オリンピック委員会総会が、オリンピック競技大会への女性の参加率 50%の実現、およびオリンピック競技大会への参加機会の拡大を通じて、スポーツへの女性の参加と関与を奨励していることを背景に、この事業が内閣で企画および提案された。この事業は、東京大会への女性アスリートの参加や当該国の女性の社会進出を促すことを目指し、ホストタウン事業における多くの女性選手と市民との積極的でかつ多様な交流を図るものである。

    * 7 国立大学法人宮崎大学金岡研 究 室( 英 語:Kanaoka Lab.)。

    * 8 トーゴ共和国で活動している、トーゴと日本の両国の友好のための団体。通称は太陽の友。

  • 20 Vol.15 No.6 2019

    * 1�広島大学ホームページのトップメニュー「社会・産学連携」をたどると大学全体の共同研究講座一覧が掲載されており、その多くに、設置場所である各大学院研究科サイトのリンクが張ってある。

    *2�広島大学の発表資料「共同研究講座『次世代自動車技術共同研究講座 藻類エネルギー創成研究室』を設置しました」(ホームページ)によると、同研究室は「藻類から製造するバイオ燃料の課題を解決するため、藻類の高性能化を高効率かつ高精度に可能とするゲノム編集技術の研究および高性能藻類の生産性を高める最適培養環境の導出研究」が目的。共同研究資金の一部は、科学技術振興機構(JST)の競争的資金「産学共創プラットフォーム共同研究推進プログラム(OPERA)の支援を受けている。

    経済産業省の工業統計によると、広島県で製造品出荷額が一番多い業種は輸送用機器(自動車・同部品等)で、年間3兆5951億円(2017年)。同県の出荷額全体の実に35.5%を占める。これに続くのは鉄鋼の13.7%、生産用機器の9.0%である。従業員数でみても輸送用機器の5万1636人(2018年)がトップで、シェアは24.0%。2位の食料の2倍近い。同県の経済がいかに自動車関連の業種に依存しているかが分かる。その中核にいるのが、広島県を拠点とする自動車メーカーのマツダ株式会社である。地域の自動車産業の将来ビジョンをめぐるマツダ、広島大学、広島県の連携を読み解く。

    ■マツダが広島大学に共同研究講座

    表1は広島大学大学院工学研究科と理学研究科のサイトにそれぞれ掲載されている共同研究講座である*1。共同研究講座は産学共同研究の新しい仕組みで、企業が講座運営資金を提供して、広島大学と共同で同大学内に設置し、教員と企業の研究者が対等の立場で一定期間、共通の課題について出口を見据えて共同で研究を行うものである。講座名の用語の説明が必要だ。「モデルベース開発(MBD)」はシミュレーション技術を取り入れたシステム開発手法のことで、日本のものづくりが生き残るための重要な技術である。藻類とは、光合成で酸素を発生させる生物で、水中に生息しているものの総称。コンブなどの海藻からミドリムシといった微細な生物までさまざまである。藻類から製造するバイオ燃料は次世代のエネルギーとして注目されている*2。

    登坂 和洋とさか  かずひろ

    群馬大学�研究・産学連携推進機構�特任教授

    Serialization地方国立大学は産学官連携でどう活路を見いだすか第 5 回マツダ−広島大−県の連携支える「4つの技術」

    連 載

    講座名 関連企業 設置時期工学研究科 次世代自動車技術共同研究講座

    ・内燃機関研究室 マツダ 2015年 4月・空気力学研究室 マツダ 2016年 7月・先端材料研究室 マツダ 2016年 10月・モデルベース開発研究室 マツダ 2019年 4月コベルコ建機先端制御技術共同研究講座 コベルコ建機 2015年 7月コベルコ建機次世代ヒューマンインターフェース共同研究講座 コベルコ建機 2018年 4月船舶設計イノベーション講座 常石造船 2019年 4月

    理学研究科 次世代自動車技術共同研究講座→統合生命科学研究科 ・藻類エネルギー創成研究室 マツダ 2017年 4月

    表 1 広島大学大学院工学研究科等の共同研究講座

  • 21Vol.15 No.6 2019

    * 3�6者は常任団体。ほかに、地域の大学、自動車関連企業などが参加している。

    *4�リ リ ー ス の タ イ ト ル は「2030年の自動車社会を見据えた『広島モデル』の構築〜『ひろしま自動車産学官連携推進会議』の1年間の活動を振り返って〜」

    *5�内燃機関の共同研究室設置(2015年4月)は、ひろ自連設立(2015年6月)の2カ月前だが、6者のトップミーティングが2010年半ばに始まり、同ビジョンの検討が2014年半ばから行われていたことを考えると、これもひろ自連の専門部会の活動とみて差し支えない。

    表 1を見ると、企業の欄にマツダの名前が並ぶ。次世代自動車技術の研究で広島大学に積極的な研究投資を行っている。4月半ばの本稿執筆時、工学研究科の共同研究講座・寄附講座一覧にマツダの寄附講座「MBD(モデルベース開発)基礎講座」(2016年4月設置)が記載されていたが、5月半ばの校正の際に確認したら同講座がなくなり、同社の次世代自動車技術共同研究講座の中に「モデルベース開発研究室」が設置されていた。また、理学研究科サイトの一覧の「次世代自動車技術共同研究講座(マツダ)」には、同講座が「2019年4月に設置された統合生命科学研究科へ移行した」ことが新たに記されていた。「マツダ-広島大学」の連携を確認した上で、前回少し触れた「ひろしま自動車産学官連携推進会議」を詳しく見てみよう。

    ■地域自動車産業の「2030年産学官連携ビジョン」

    マツダ、広島大学、広島県、公益財団法人ひろしま産業振興機構、広島市、経済産業省中国経済産業局の6者は2015年6月、広島地域の自動車産業を活性化するための「2030年産学官連携ビジョン」を策定。同時に、そのビジョンの着実な実現を図るために設立したのが「ひろしま自動車産学官連携推進会議(通称:ひろ自連)」である*3。ひろ自連は「感性」「内燃機関」「MBD(モデルベース開発)」および「エネルギー」の四つの専門部会を置いて活動している。この専門部会の四つの技術のうち、「感性」を除く3技術は広島大学に講座が設けられている。このことだけでも、ひろ自連の専門部会活動と、マツダ-広島大学の研究連携が連動しているように感じられるが、それを裏付けるのが、ひろ自連が2016年7月22日に発表した、1年間の活動を振り返ったプレスリリース*4 だ。そのなかで、内燃機関専門部会の成果

    として「昨年、広島大学-マツダで共同研究講座を立ち上げ、内燃機関において最も重要な燃焼をより深く研究する体制を強化しました」*5 とし、MBD専門部会については「世界に先駆けて、広島でモデルベース開発の技術を確立するためにロードマップを策定しました。本年度は、その第一歩として地域企業のモデルベース開発力の基盤強化を目的に、広島大学に『モデルベース開発基礎講座』を開設します」と記している。

    図 1 ひろ自連 専門部会の活動成果

    ひろしま自動車産学官連携推進会議

    2018年度の専門部会の活動成果

    【内燃機関専門部会】

    「広島大学-マツダ共同研究講座」の燃焼に関する研究成果が、マツダの新世代ガソリンエンジン「SKYACTIV-X」の開発に適用された。

    【MBD専門部会】

    「ひろしまデジタルイノベーションセンター※ (HDIC) 」と連携して開発した「MBDプロセス研修」が2017年度の経済産業省「第四次産業革命スキル習得講座」認定を取得。MBD研修の受講者が増加した結果、県内企業のHDIC利用が拡大した。※2017年10月、ひろしま産業振興機構が設置。高性能計算機能の利用環境提供とデジタル技術の人材育成

    【エネルギー専門部会】

    ユーグレナ株式会社(※)との協業により次世代バイオ燃料実証事業を行う「ひろしま“Your Green Fuel”プロジェクト」を発表した。※ミドリムシ等の微細藻類の研究開発、生産を行っているベンチャー企業

    「平成30年度『ひろしま自動車産学官連携推進会議』の活動状況について」(2019年3月29日同推進会議発表のプレスリリース)を編集

  • 22 Vol.15 No.6 2019

    * 6�同大学大学院医系科学研究科のサイトには、寄附講座、共同研究講座のほか多くの「連携講座」が掲載されていて、その中に「マツダ技術研究所�感性脳工学」がある。

    *7�内閣府ホームページ参照。この交付金は「地域における大学の振興及び若者の雇用機会の創出による若者の修学及び就業の促進に関する法律」に基づくもので、地方を担う若者が大幅に減少していることが背景にある。16件の申請があり、交付対象となったのは7件。計画期間(おおむね10年間)の前半(原則5年間)において本交付金により支援。交付率は事業の内容に応じて2分の1、3分の2または4分の3。国費上限目安額は1件、1年間当たり7億円。

    ■専門部会をベースに拠点構築

    「感性」に関して共同研究講座がないのは、言うまでもなく、感性工学を地域産業に生かそうとする産学官の取り組みが、2013年度に文部科学省・科学技術振興機構(JST)の拠点型競争的資金「センター・オブ・イノベーション(COI)プログラム」に採択され、広島大学の「精神的価値が成長する感性イノベーション拠点」(以下、感性COI拠点)として活動を行っているためだろう*6。感性COI拠点のプロジェクトリーダーはマツダ技術研究所技監が務めており、これも広島大学―マツダが軸だ。各専門部会の活動は順調に進展している模様で、ひろ自連の2018年度の活動報告でも各専門部会の成果をアピールしている(図 1)。専門部会をベースに産学共同研究、人材育成などを進めていることからも分かるように、「2030年産学官連携ビジョン」の実現を目指す上で戦略的に重要なのは専門部会である。成功体験を重ねながら産・学・官の連携のノウハウに磨きをかける。今後も、専門部会単位で競争的資金獲得に挑戦し、研究・産学官連携拠点の整備を推進していくことになるだろう。

    ■大学振興と若者の雇用促進の交付金

    ただし、例外はある。ひろ自連の取り組み全体のストーリーを前面に出して、大きな“外部資金”を獲得している。地域における大学振興と若者の雇用創出を目的とする内閣府の2018年度「地方大学・地域産業創成交付金」の対象事業に、広島県が申請した「ひろしまものづくりデジタルイノベーション創出プログラム」が採択されたのだ*7。同プログラムの計画は「目標」についてこう記している。2015年6月、県、マツダ、広島大学など6者が連携して「2030年産学官連携ビジョン」を策定し、その推進組織(ひろ自連)を設立した。本計画においても、同ビジョンの実現に向けて地域の産学官が総力を結集し、将来においても、自動車産業が地域の中核的な産業として成長することを目指す――。ここまでの記述の組み立て方は、ひろ自連の活動そのものだ。違うのは「また、第四次産業革命が進展し……」で始まる最後の部分で、地域の産業が今後ともグローバルな競争力を確保し、成長・発展していくためには「デジタ 図 2 ひろしまものづくりデジタルイノベーション創出プログラム

    ひろしまものづくりデジタルイノベーション創出プログラム「計画の目標」

    【人材】・専門人材育成プログラム受講生の地元就職数

    ・「デジタルものづくり研究センター」における研究プロジェクトへの参画者数

    ・エクステンションプログラムの受講者数

    【産業】・輸送用機械器具製造業の生産額の増加

    ・同雇用者数の増加

    ・モデルベース開発等の導入企業数

    【大学・研究】・大学組織改革の実現・モデルベースリサーチ等に関する論文数及び学会発表数

    ひろしまものづくりデジタルイノベーション創出プログラムの「地域における大学振興・若者雇用創出事業に関する計画」を編集

  • 23Vol.15 No.6 2019

    * 8�広島大学の外部資金獲得では、科学技術振興機構(JST)の拠点型競争的資金プログラム「産学共創プラットフォーム共同研究推進プログラム(OPERA)」に採択されたことも貢献していると思われる。OPERAは企業が拠出する共同研究費等とJSTの委託研究開発費のマッチングファンド形式のプログラムである。

    *9�文部科学省が取りまとめた「2017年度 組織的産学官連携活動における主な取組方針及び取組事例」において、広島大学は「民間企業等外部機関の研究所制度」を設けたことを紹介している。この研究所の機能は、同大学と企業などが課題を共有する幅広いテーマについて、研究をプロデュースし、これに関わる共同研究などについて包括的なマネジメント(研究・知財戦略、運営方針)を行うこと。この制度を活用した第1号が2018年4月1日に設置した「コベルコ建機夢源力共創研究所」という。表 1 にある同社の二つの共同研究講座は、この研究所がプロデュースしたものという位置付けだ。次世代ヒューマンインターフェースの講座は「感性」に関わるものである。広島大学の感性COI拠点サイトの「社会実装に向けて」の項では、マツダとともに同社の社名が挙げられている。

    ルイノベーションを起こす人財」が成長の鍵になるとして8項目の目標を立てている(筆者の理解では8項目は人材、産業、大学・研究の三つに分類できる)(図2)。もっとも、「2030年産学官連携ビジョン」の3本柱の一つが「産業・行政・教育が一体になり、イノベーションを起こす人財をあらゆる世代で育成することにより、ものづくりを通じて地域が幸せになる」だから、ひろ自連の基本路線を素直に発展させたものともいえる。

    ■広島県は「イノベーション立県」

    話をひろ自連に戻そう。将来にわたって地域の自動車産業の競争力を確保し、発展させることを目的と

    した産学官連携の推進組織(ひろ自連)において、技術をテーマにした四つの専門部会が外部資金獲得、さらなる拠点拡大のカギを握っていることを述べてきた。マツダは地域の大学の研究力を活用しようというマインドが極めて強い。驚くべきことだ。他県でもこれほど地域の大学への研究開発投資に力を入れている大企業はそう多くないはずだ。同社の積極的な関与なくしてひろ自連の活動はあり得ない。ひろ自連の各専門部会と連動しているマツダ-広島大学の共同研究、そして感性COI拠点。この産学連携がひろ自連の基軸のように見える。しかし、筆者はそう単純な話ではないと思う。広島大学-マツダのラインが突出していたら、県や地域の中小企業の動きは鈍かったはずだ。広島県に限らないが、地域の企業は大学ではなく、県の施策、県関係者(財団などを含む)の動向を見ているからだ。産、学、官の間の利害を調整し、連携活動の駆動力になっているのは県だろう。そう判断する理由は二つある。第一に広島県は、「イノベーション立県」を掲げている数少ない県の一つであることだ。無論、知事の主導である。イノベーションの創出には大学の知見や人材育成機能の活用は欠かせない。県庁内でこの認識を共有しているから、知事部局の担当部門や産業振興を使命とする財団などが熱意を持って関わっているのだ。前回、感性工学をものづくりに生かそうとする広島県の産学官連携の取り組みを紹介したが、これは「官」主導の典型だ。それが広島大学の「感性COI拠点」に発展した。第二に、ひろ自連の活動を軌道に乗せることで、同県の中核的産業である自動車産業の振興策(県の施策)の骨格ができてしまうこと。ひろ自連の活動の成果、メリットを一番多く享受しているのは県であるともいえる。地方大学・地域産業創成交付金は実にタイミングがよかった。地域の大学の研究力を活用することに極めて熱心な産と官に支えられた広島大学は恵まれているというべきだろう。同大学はアウェーで戦うのと並行して、ホームで確実に勝ち点を積み上げているともいえる*8、9。

    (次号に続く)

  • 24 Vol.15 No.6 2019

    ■成功の法則はないのか

    最近の新興企業の新規上場や資金調達の状況から、第4次ベンチャーブームといわれることも多くなった。ICTをはじめとする技術の進歩にも支えられ、アメリカや中国などの先進的なアイデアによるビッグビジネスの成功を目の当たりにし、保守的といわれた日本人もチャレンジングな行動を取るようになってきたといえるのだろう。既存の伝統企業が自己変革できずに、新技術や新規ビジネスの開発能力を喪失し、スタートアップ・ベンチャーに頼らざるを得ない状況が生まれたこと(オープンイノベーション)、資金供給者が多彩になり、かつ額が大きくなっていること、担い手が、従来のような若者だけでなく、ビジネス経験を積んだ年齢層にも拡大しているという人材面の厚みが出ていること、地方発ベンチャーが増えてきたことなどから、エコシステムができつつあるという楽観的な見方もある。一方で、世界的な景気の停滞感が強くなり株価の低迷が予想されること、ガバナンス上、M&A・投資活動に対する見方が厳しくなり、事業会社やコーポレートベンチャーキャピタル(CVC)の行動に抑制感がみられるようになってきたこと、華々しく立ち上がったベンチャー企業が必ずしも好業績を上げ得ていないことなどにより、安定的な投資・資金供給に不安感も出てきている。これまでと同様、ただの、ブームに終わってしまうのか?しかし、そもそも事業を行うこと、事業を成長させること自体難しいものである。まして、人材や事業経験の乏しいスタートアップ・ベンチャーが成功することは至難の業である。では、成功したスタートアップ・ベンチャーに共通する「法則」はないのだろうか。結論からいうと、成功の法則はないが、成功の可能性を高める方法や、成功のために必要な条件があることは事実である。筆者は、政府系金融機関のベンチャー・新事業専門セクションの責任者として、多くのベンチャー企業や関係者と交流し、成功可能性の高い企業パターンを整理し、融資・審査という実践の場に活用してきた。ここでは、その最も重要な部分を解説して、起業家の皆さんの成功を手伝いたいと思っている。また、彼らの成功可能性を高めるため、資金供給側の参考にもしてもらいたいと考えている。

    ■対象とする事業者の定義と事業ステージによる分類

    ⑴定義・特色ベンチャー企業とは和製英語で明確な定義はないが、新技術・新事業を開発し、既存の大企業では実施しにくい創造的・革新的な経営を展開する企業で、急成長する可能性があるが、事業継続リスクは高い企業(従って資金調達が難しい)といえば大方の賛同は得られるだろう。米国などでSTARTUPと呼ばれる企業群とほぼ同一で、日本でもスタートアップという言葉が使われ

    ることもあるが、単なる創業・起業を含んで説明される場合が多く*1誤解も多いので、ここでは、「スタートアップ・ベンチャー」と表記することとする。

    Serializationスタートアップ・ベンチャーの成功条件

    第 1 回 事業ステージ

    連 載

    田部 貴夫たべ  たかお

    経営戦略研究所 理事

  • 25Vol.15 No.6 2019

    ⑵事業のステージスタートアップ・ベンチャーの分野では、成長ステージごとに事業者の活動内容・行動や資金供給側の対応が異なるというのは、ほぼ常識になっており、ここでは、基本的に、VEC(一般財団法人ベンチャーエンタープライズセンター)の定義に従うこととする。しかし、事業ステージには、これ以外にも重要な分類がある。イノベーティブなビジネスの場合は、新規性・技術性の高い「テック系・ものづくり系」のビジネスでも、いわゆるプラットホーム型ビジネスでも、単なるアプリや単純なサービスでも、「知の探索・深化」のステージと、「事業化・ビジネスの社会実装」のステージに分ける必要がある。「アジャイル:起業・行動」を強調し過ぎるのも、事業化に当たって「事前の事業モデルの緻密化・マーケティングを重視する手法(ビジネスモデル症候群)」も、このステージ認識に欠けているといえよう。

    ■ステージごとのポイント

    ⑴シードステージこのステージは、ほぼ「知の探索・深化」の段階であり、VRIO、4P、5C、7Sといった考え方・フレームワーク(それぞれ、後の連載で説明する)を活用して、ビジネスアイディアを、新たなビジネスのコアを形成するコンセプトや知財に育てる段階でもある。多くの事業家が挫折する「魔の川」と呼ばれるステージでもある。この段階での資金調達は、エンジェル投資家やシード専門のベンチャーキャピタルからの投資(Equity)、政府系金融機関などによる創業融資(Debt)*2 などが一般的だが、特に、テック系・ものづくり系では非常に大きな資金と工数の投下が必要であるため、公的な補助金が極めて重要になる。現在では、ほとんどの基礎的研究は、公的な補助金が頼りとなっているのが現実である。なお、投資を受ける場合には、創業者が将来にわたって「経営支配権」を維持できるよう「資本政策」を立案・実行する必要がある。⑵アーリーステージ初期には「知の探索・深化」ステージが残るが、主に「事業化・ビジネスの社会実装」のステージである。この時期の基本戦略は、一般に、「リーンスタートアップ」と呼ばれるもので、「仮説の構築、製品の実装、軌道修正という過程を迅速に繰り返す」というものである。リアル・オプション理論に近い発想で、ソフト開発の「アジャイル」や、マーケティングの「コトラーの3. 0(共創)」と共通する行動パターンで、現代では常識化しつつあるといえよう。

    図2 事業ステージの定義

    <参考> 親会社から分離する場合は次のような分類がある(アーリー後期からイクスパンション期)。

    ・カーブアウト:親会社の非コア事業を切り出す(第3社の投資&経営参画あり)

    ・スピンオフ:親会社の事業部門が独立(親会社との資本関係があり独立後も子会社)

    ・スピンアウト:親会社の事業部門が独立(親会社との資本関係がなく完全な独立企業)

    ・事業再生の分野では、「新設分割」のように、親会社のコア事業を切り出す場合もある。

    ステージ 定義

    商業的事業がまだ完全に立ち上がっておらず、研究および製品開発を継続している企業

    製品開発および初期のマーケティング、製造および販売活動に向けた企業

    生産および出荷を始めており、その在庫または販売量が増加しつつある企業

    持続的なキャッシュフローがあり、IPO直前の企業等

    シード

    アーリー

    イクスパンション

    レーター

    エクイティ、補助金創業ベンチャーデット

    収益銀行からの融資(デット)

    シード アーリー イクスパンション レーター

    エクイティベンチャーデット

    魔の川Devil River

    死の谷The Valley of Death

    ダーウィンの海The Darwinian Sea

    「魔の川」:基礎研究と製品開発の境界障壁「死の谷」:事業化ステージの障壁「ダーウィンの海」:生存競争下での障壁

    図1 キャッシュフローのジェイカーブと事業ステージ

  • 26 Vol.15 No.6 2019

    スタートアップ・ベンチャーにおいては、高いスピード感と柔軟な対応は必須であるが、このステージでは特にそれが要求される。ピポッド(軸足を動かさず大きく転換する)がキーワードとなる。資金調達面では、一般のベンチャーキャピタルやコーポレートベンチャーキャピタルなどからの投資�

    (Equity):シリーズA*3 が中心となるが、イグジットを新規上場・IPOとするのか、M&Aとするのかにより、調達先を考慮しておく必要がある。なお、事業内容によっては、アライアンスを組む相手からの出資を受けることも検討が必要である。⑶イクスパンションステージ事業が本格化し急拡大するステージである。事業拡大のための大きな資金を調達する必要があると同時に、さらなる事業拡大・高いバリュエーション(時価総額・事業価値評価)を目指して、当面の収支上の赤字をいとわず開発を続ける(掘る・潜る)か、黒字転換を図り、そのままイグジットを目指すか、方向を見極める時期でもある。事業化してきた製品やサービスがいくら優れたものであっても、量産化や規模拡大が不調に終わり、ビジネスモデル全体から見ると「失敗」した場合、大きな方向転換や、事業からの撤退を決断せざるをえないこともある。また、このステージになると、管理部門の強化が必要になり、人材確保や間接コストの増加が経営を圧迫する時期でもある。経営陣は、従来とは異なるマネジメントが必要になる。資金調達面では、一般のベンチャーキャピタルやコーポレートベンチャーキャピタル、事業会社からの投資(Equity):シリーズB~Cが中心となるが、このタイミングでバリュエーションを高くし過ぎると、その後、期待以上の成長ができなかった場合、次の資金調達ラウンド以降投資家が出資しづらくなり、資金調達が難しくなる(ダウンラウンド)ことに注意が必要である。コーポレートベンチャーキャピタル、事業会社は、IPOによる投資リターンより、協業相手として抱き込んで自社の事業拡大を図ることを重視するため、バリュエーションを高くしがちなので、安易に受け入れると、イグジットの方向を狭めることになる。⑷レーターステージイグジットがIPOであれM&Aであれ、体裁の整った事業体にしなければならない。企業の評価は、一般と同様に経営指標によって下されるようになり、成長性は当然期待されるとしても、ROE、ROA、自己資本比率、経常利益率などの指標が重視される。この時点では、ガバナンスが有効に機能しているか、マネジメントは適正か、最近では特に人材面の管理が適切であるかが、極めて重要な評価ポイントとなる。� (次号に続く)

    * 1例えば、「開業率は非常に低い」「生存率は欧米を大きく上回る」などの説明は、企業全般のことで、ベンチャー企業の状況を表しているわけではない。

    * 2融資(Debt)の活用についてスタートアップ・ベンチャーの資金調達は、回収の安全性・過去の実績を評価基準とする傾向の強い「融資(Debt)」には頼れず、リスクは高いが大きなリターンが期待できる「投資(Equity)」に依存するが、政府系の日本政策金融公庫や一部の金融機関による融資(短期資金や保証協会利用による)は利用可能である。「融資(Debt)」を利用することは、単に資金量の確保にとどまらず、自己資本に対する利益率を高める(レバリッジ効果)が期待でき、「経営支配権」の維持にも活用できる等、資本政策上のメリットも大きい。なお、日本政策金融公庫の資本性ローン(無担保、無保証、期限一括返済の制度)に�