独占的競争の余剰分析前には、独占的競争といえばdixit and stiglitz (1977)2)...

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19 独占的競争の余剰分析 独占的競争の余剰分析 吾 郷 貴 紀 A Welfare Analysis in a Monopolistic Competition Model Takanori AGO Summary In this paper, I analyze a welfare measure in a monopolistic competition model in which a linear demand developed by Ottaviano et al. (2002) is adopted instead of CES demand by Dixit and Stiglitz (1977). To do so, we can analytically have a true demand and a perceived demand, which should be distinguished each other in monopolistic competition. Further, we can make a diagram that shows a consumer surplus in this model. These enable us to better understand monopolistic competition. はじめに (1)独占的競争 本論文では、Ottaviano et al. (2002、以後「OTT」と略記 ) 1) によって開発された独占的競争モ デルを用いて、これまで大雑把にしか捉えられていなかった図による余剰の表現を導く。OTT 以 前には、独占的競争といえば Dixit and Stiglitz (1977) 2) の CES(弾力性一定)需要関数が唯一の扱 いやすいモデルとして通常使われてきたが、OTT は線形の需要関数を導くことで新しく扱いやす いモデルを開発した。さらに、CES ではその非線形性から解析的な解を得るのが困難であるが、そ の点でも OTT は線形なために容易に解析解が得られるというメリットを持っている。 さて、独占的競争について復習しておこう。Chamberlin(1933) 3) により提唱された独占的競争は、 文字通り「独占」と「競争」という相反する要素を同時に捉えたものであった。その要件としては 以下の4つを挙げることができる。 ① 無数の企業と消費者 ② 製品差別化の存在 『地域政策研究』(高崎経済大学地域政策学会) 第 11 巻 第3号 2008 年 11 月 19 頁~ 26 頁

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Page 1: 独占的競争の余剰分析前には、独占的競争といえばDixit and Stiglitz (1977)2) のCES(弾力性一定)需要関数が唯一の扱 いやすいモデルとして通常使われてきたが、OTTは線形の需要関数を導くことで新しく扱いやす

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独占的競争の余剰分析

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吾 郷 貴 紀

独占的競争の余剰分析

吾 郷 貴 紀

A Welfare Analysis in a Monopolistic Competition Model

Takanori AGO

Summary

  In this paper, I analyze a welfare measure in a monopolistic competition model in which a

linear demand developed by Ottaviano et al. (2002) is adopted instead of CES demand by Dixit and

Stiglitz (1977). To do so, we can analytically have a true demand and a perceived demand, which

should be distinguished each other in monopolistic competition. Further, we can make a diagram

that shows a consumer surplus in this model. These enable us to better understand monopolistic

competition.

Ⅰ はじめに

(1)独占的競争

 本論文では、Ottaviano et al. (2002、以後「OTT」と略記 )1)によって開発された独占的競争モ

デルを用いて、これまで大雑把にしか捉えられていなかった図による余剰の表現を導く。OTT 以

前には、独占的競争といえばDixit and Stiglitz (1977)2) の CES(弾力性一定)需要関数が唯一の扱

いやすいモデルとして通常使われてきたが、OTT は線形の需要関数を導くことで新しく扱いやす

いモデルを開発した。さらに、CES ではその非線形性から解析的な解を得るのが困難であるが、そ

の点でもOTT は線形なために容易に解析解が得られるというメリットを持っている。

 さて、独占的競争について復習しておこう。Chamberlin(1933)3)により提唱された独占的競争は、

文字通り「独占」と「競争」という相反する要素を同時に捉えたものであった。その要件としては

以下の4つを挙げることができる。

 ① 無数の企業と消費者

 ② 製品差別化の存在

『地域政策研究』(高崎経済大学地域政策学会) 第 11巻 第3号 2008 年 11 月 19頁~ 26頁

Page 2: 独占的競争の余剰分析前には、独占的競争といえばDixit and Stiglitz (1977)2) のCES(弾力性一定)需要関数が唯一の扱 いやすいモデルとして通常使われてきたが、OTTは線形の需要関数を導くことで新しく扱いやす

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 ③ 自由参入・退出

 ④ 完全情報

 以上により、企業は同質な財ではなく差別化された財を生産しているために独占力(プライスメー

カー)を持つと同時に、ライバル企業が無数に存在しているために各企業は経済全体にとっては無

視できるほど小さく、他の企業や経済全体に各企業の意思決定はなんら影響力をもたないとする。

言い換えれば、各企業は右下がりの個別需要曲線に直面し、またそれは他の個別企業の生産からは

影響を受けない。ただし、経済全体での総計された生産水準からは影響を受ける。(表1)

表1 独占的競争の位置づけ

 詳細は標準的なミクロ経済学・産業組織論のテキストに委ねるが、独占的競争の最終的な均衡状

態は次の図1のように与えられる。

図1 独占的競争の均衡

 図1が表す均衡条件は、

 ① 限界収入=限界費用

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 ② 価格=平均費用

 の2点に集約される。①は企業の利潤最大化条件で、需要曲線が右下がりであるため、完全競争

と異なり右下がりの限界収入曲線と限界費用の交点から均衡価格・均衡取引量が決定される。さら

に、自由参入・退出により、超過利潤は均衡ではなくなるため、価格と平均費用は一致しなければ

ならない。これが②の表すところであり、これによって均衡における企業数が決定される。図から

も分かるとおり、均衡において需要曲線と平均費用曲線が接している。これを「チェンバレンの接

点条件(Chamberlin's tangency condition)」と呼ぶことがある5)。

 ところで、独占的競争モデルではしばしば一般均衡分析が用いられるが、本論文では他の競争条

件との比較を考慮して、便宜的に部分均衡分析で話を進めていく。本論文の目的からすれば、この

ことはほとんど無害である。

 さて、先述したように独占的競争においてはもう1つの重要な側面がある。それは各企業は市場

全体に影響力をもたないが、市場全体からは影響を受けるというある種の非対称性である。したがっ

て、各企業は他の企業の行動を与えられたものとして行動するが、同様に振舞う他の企業全体の行

動からは最終的に影響を受けることになる。このことが分析上でどのような点に影響するかを次に

考えていく。

(2)perceived demand と true demand、本論文のアプローチ

 個別企業の行動基準と経済全体の相互関連を考えたとき、分析においては個別企業の考える需

要曲線(perceived demand)と経済全体の相互依存関係を加味した上で実現する需要曲線(true

demand)のずれを考慮しなければならない6)。すなわち、個別企業は他企業の行動を不変として

意思決定するために価格弾力性が相対的に大きい(perceived demand の傾きが緩やか)と考える

が、経済全体ではすべての企業が同時に価格を下げたり上げたりするために、true demand の弾力

性は小さい(傾きが急)。この2つの関係はもちろんモデルの設定に依存し、一般的な言明を得る

ことは難しい。しかしながら、OTTモデルを用いれば比較的容易に両者の関係を捉えることができ、

入門の経済学で学ぶような部分均衡の図による余剰分析と同様の理解が可能となる。

 このことはモデルの性質をより知るためにも有用であると同時に、教科書に図として描くことが

できれば教育面での効果も大きいと思われる。確かに1つのモデルにすぎないが、このようなこと

から本論文の知見は決して小さいものではないと信ずる。

 本論文の残りは以下のような構成になっている。Ⅱ章では、モデルを説明する。Ⅲ章ではモデル

をもとに図による余剰の表現を分析する。Ⅳ章では本論文をまとめる。

Ⅱ モデル

 いま、nを連続的な企業の数とし、各企業を表すインデックスを i∈ [0,n]とする。このとき、(独

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占的競争の仮定により)各企業は十分に小さいので、経済全体に与える影響は無視することができ

る。また、各企業の生産物は水平的に差別化されており、1つの種類の財のみ生産する。企業の

費用条件はすべて共通で K、の固定費用と m≧ 0(定数)の限界費用で財を生産することができる。

長期均衡では利潤が 0となるように企業数 nが調整されるが、それについては本論文の関心でな

いので、nは長期均衡における値と一致していると仮定しておく。このとき、各企業の価格と生産

量をそれぞれ p(i)、q(i)とすると、利潤 π(i)は以下のように表される。

 一方、代表的消費者の効用関数は準線形で2次の部分効用を持つ下記の形で与えられる(OTT

モデル)。

ここで、 qAはニュメレール財で、 qは消費ベクトルである。また、 α>m≧ 0, β> γ≧ 0はパラメー

タであり、γ→ 0ならば代替性が小さく(差別化が大きく)、γ→ βならば代替性が大きく(同質財)

なる。消費者はこの効用を以下の予算制約下で最大化する。

Mは(十分に大きな)外生的な所得である。

 これより、次のような需要関数を得る。(導出は数学的付録 Aを参照せよ。)

ここで、

である。このように、独占的競争において線形の需要関数を導いたのがOttaviano et al. (2002) で

ある。

 (4) 式の需要関数をもとに (1) 式の利潤を最大化すれば、(企業の対象性から均衡価格がすべて等

しくなることに注意して)均衡の値を以下のように得る。

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 図2はこの均衡の導出を表す通常の限界収入と限界費用が均等化する様子を描いたものである。

図2 均衡価格の導出図

 入門の経済学で学ぶ部分均衡分析の余剰分析では、図2のような図が与えられたとき、例えば消

費者余剰は需要曲線と均衡価格の線が囲んでできる三角形の面積として描かれる。しかしながら、

実は本論文の設定ではこれではうまく表されない。次章でこの問題を解決する。

Ⅲ 余剰分析

 本論文では、消費者余剰に関心を絞りたい。というのは、生産者余剰は perceived demand と

true demand のずれという本論文の本質的な問題とは無関係であり、特別新しい分析にはならない

からである。

 前章から、差別化財から発生する効用は以下のように捉えられる。

さらにこれは下記のように書き換えることができる。

ここで

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であり、これは差別化財から得られる消費者余剰に相当する。 ここから次の命題を得る。(証明は

数学的付録 Bを参照せよ。)

命題 1  均衡価格と数量が (4) 式の需要曲線上のある点で (p*(i), q*(i))与えられたとする。このと

き、財 iから得られる消費者余剰 CS(i)は、

で測られる。さらに、差別化財全体から得られる効用 V*は

と表される。

 この命題によれば、真の需要曲線(true demand)として、切片が a / bで、均衡点 (p*(i), q*(i))

を通るような直線、すなわち

を選んでやれば、通常の消費者余剰の図示が適用される。(図3)

図3 true demand と消費者余剰(影付き部分)の図表現

 perceived demand 上の均衡点を通るように書かれた true demand を導いたことで、図1におけ

る三角形の塗りつぶした部分が、ある企業の生産する財において発生する消費者余剰を正確に表す

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こととなっている。

 この2つの需要のずれを正しく使い分けることが肝要である。例えば独占市場における通常の分

析においては、perceived demand と true demand の区別はなく、1本の与えられた需要曲線から

余剰が図示される。しかしながら、ここで見たように独占的競争においてはこれらを正しく使い分

けなければならない。つまり、利潤最大化条件を考えるときには perceived demand を使い、余剰

分析をするときには true demand を用いなければならない。

Ⅳ おわりに

 本論文では、独占的競争モデルにおける余剰をOTT モデルを用いることで厳密に計算し、その

図による表現を提示した。重要な点は企業が直面していると「思い込んでいる」perceived demand

と実際に経済全体で実現する true demand を分けて考える点にあった。これ自体は特段新しいも

のではないが、図による表現はモデルの理解を助け、経済環境の変化がどのようなロジックで余剰

を変化させるのかを示してくれる。具体的な応用については今後の課題としたい。

                   (あごう たかのり・高崎経済大学地域政策学部准教授)

数 学 的 付 録

A:需要関数の導出

 (3) 式を (2) 式に代入すれば、以下を得る。

一階条件(∂U/∂q(i)=0)より、

を得る。これを整理すれば (4) 式の需要関数を得る。

B:命題1の証明

 (6) 式に均衡価格を代入して、

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よって、

一方、(5) 式の V(i)に (p*(i), q*(i))を代入して整理すると、

したがって、

を得る。両辺を iについて積分すればただちに

を得る。(証明終わり)

1) Ottaviano, G., Tabuchi, T., and Thisse, J.-F. Agglomeration and trade revisited. International Economic Review 43: 2002. 409-436.2)Dixit, A. K., and Stiglitz, J. E. Monopolistic competition and optimum product diversity. American Economic Review 67: 1979. 297-308.3)Chamberlin, E. The theory of monopolistic competition. Cambridge: Harvard University Press. 1933.4)競争の方法(価格競争か数量競争か)などによって異なってくる。5)これについては、「Shy, O. Industrial Organization. Cambridge, MA: The MIT Press. 1995.」なども参照せよ。6)この違いを明示的に捉え、国際貿易の文脈で応用している研究に「Helpman, E., Krugman, P. R. Trade Policy and Market Structure. MA: The MIT Press. 1989.」がある。