cad/cam · 2020. 6. 14. · cad/cam 坂口昌章...

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繊維トレンド 2006.7・8 月号 80 知りたかった繊維ビジネスのキーポイント CAD/CAM 坂口 昌章  客員研究員 有限会社シナジープランニング 代表取締役 ワープロと CAD/CAM CAD とは、Computer Aided Design の略語で あり、コンピュータを用いてデザイン設計するこ とを指す。アパレル CAD は、コンピュータによる 「パターンメーキング(パターン制作)」「グレー ディング(サイズ展開)」「マーキング(裁断の差 し込み)」等を行う機械あるいはシステムである。 CAM は、Computer Aided Manufacturing の略 語で、コンピュータの支援による製造の意味。ア パレル CAM は、アパレル CAD と連動した自動 裁断機及びそのシステムを指す。 今回は、日本と欧米の CAD/CAM 事情の違い と、今後のアパレルシステム活用について解説し たい。CAD の現状を理解するために、ワープロ との比較をしてみたい。 高価なワープロが世に誕生した当初は、清書 マシンとして使われた。手書きの原稿をワープロ で打ち直しただけで、簡単にゲラが完成すること に興奮を覚えたのを昨日のことのように思い出 す。当時の執筆者のほとんどは手書きであり、ワ ープロは専門のオペレーターが扱っていたのだ。 その後、原稿そのものをワープロで書くよう になり、打ち出した原稿を FAX で送るようにな った。その次には、ワープロに通信機能が付き、 モデム経由でワープロから直接相手の FAX に出 力するようになった。やがて、ワープロ専用機か らパソコンのワープロソフトの時代が来る。通信 もパソコン通信の時代を経て、インターネット回 線を利用した電子メールが普及するようになり、 ようやくテキストデータとして原稿そのものを相 手に直接送信できるようになった。これにより、 版下を作る作業が著しく軽減し、入稿から印刷ま での時間が大幅に短縮されるようになった。 アパレル CAD もワープロと同様の進化を遂げ ている。高価なアパレル CAD システムは、CAD 専門のオペレーターにより操作され、パターンの 清書マシンとして使われた。 次に CAD データをインターネット回線で通信 できるようになり、アパレルで作成した CAD デー タを工場に送り、工場のプロッターでパターンを 出力するという使い方がなされるようになった。 日本におけるアパレル CAD の現状は、この段 階に留まっている。 縫製工場のパターン修正と CAD/CAM 分離 欧米では、基本的に CAD/CAM はセットで扱 われるが、日本では CAD/CAM は分離している。 これは、日本のアパレル企業が縫製工場を持たな い問屋業態からスタートしており、アパレル企業 と縫製メーカーが分離していることによる。欧米 のアパレル企業は製造機能を持つメーカー業態か らスタートしており、少なくともサンプル生産ま でを企画と考え、その機能を有している企業が多 い。そのため、欧米アパレルの多くは、CAD で パターンメーキングしたデータをそのまま CAM で裁断する。 一方、日本のアパレル企業が制作したパター ンは、縫製工場で修正されることが多い。優秀な 縫製工場はイメージを損なうことなくパターンを 修正し、製品の完成度を上げる。従って、 CAD/CAM を有効に使えるのはアパレル企業よ りもむしろ縫製工場なのだ。 そのため、欧米に比べて日本アパレル企業の CAD 導入は著しく遅れている。欧米アパレル企 業の多くが一人一台の CAD 環境を整備している のに対し、多くの日本アパレル企業は、未だに

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Page 1: CAD/CAM · 2020. 6. 14. · CAD/CAM 坂口昌章 客員研究員有限会社シナジープランニング代表取締役 ワープロとCAD/CAM CADとは、Computer Aided Designの略語で

繊維トレンド 2006.7・8 月号80

知りたかった繊維ビジネスのキーポイント

CAD/CAM坂口 昌章 客員研究員有限会社シナジープランニング代表取締役

ワープロとCAD/CAM

CAD とは、Computer Aided Design の略語で

あり、コンピュータを用いてデザイン設計するこ

とを指す。アパレルCADは、コンピュータによる

「パターンメーキング(パターン制作)」「グレー

ディング(サイズ展開)」「マーキング(裁断の差

し込み)」等を行う機械あるいはシステムである。

CAMは、Computer Aided Manufacturing の略

語で、コンピュータの支援による製造の意味。ア

パレル CAM は、アパレル CAD と連動した自動

裁断機及びそのシステムを指す。

今回は、日本と欧米の CAD/CAM 事情の違い

と、今後のアパレルシステム活用について解説し

たい。CAD の現状を理解するために、ワープロ

との比較をしてみたい。

高価なワープロが世に誕生した当初は、清書

マシンとして使われた。手書きの原稿をワープロ

で打ち直しただけで、簡単にゲラが完成すること

に興奮を覚えたのを昨日のことのように思い出

す。当時の執筆者のほとんどは手書きであり、ワ

ープロは専門のオペレーターが扱っていたのだ。

その後、原稿そのものをワープロで書くよう

になり、打ち出した原稿を FAX で送るようにな

った。その次には、ワープロに通信機能が付き、

モデム経由でワープロから直接相手の FAX に出

力するようになった。やがて、ワープロ専用機か

らパソコンのワープロソフトの時代が来る。通信

もパソコン通信の時代を経て、インターネット回

線を利用した電子メールが普及するようになり、

ようやくテキストデータとして原稿そのものを相

手に直接送信できるようになった。これにより、

版下を作る作業が著しく軽減し、入稿から印刷ま

での時間が大幅に短縮されるようになった。

アパレル CAD もワープロと同様の進化を遂げ

ている。高価なアパレル CAD システムは、CAD

専門のオペレーターにより操作され、パターンの

清書マシンとして使われた。

次に CAD データをインターネット回線で通信

できるようになり、アパレルで作成したCADデー

タを工場に送り、工場のプロッターでパターンを

出力するという使い方がなされるようになった。

日本におけるアパレル CAD の現状は、この段

階に留まっている。

縫製工場のパターン修正とCAD/CAM分離

欧米では、基本的に CAD/CAM はセットで扱

われるが、日本では CAD/CAMは分離している。

これは、日本のアパレル企業が縫製工場を持たな

い問屋業態からスタートしており、アパレル企業

と縫製メーカーが分離していることによる。欧米

のアパレル企業は製造機能を持つメーカー業態か

らスタートしており、少なくともサンプル生産ま

でを企画と考え、その機能を有している企業が多

い。そのため、欧米アパレルの多くは、CAD で

パターンメーキングしたデータをそのまま CAM

で裁断する。

一方、日本のアパレル企業が制作したパター

ンは、縫製工場で修正されることが多い。優秀な

縫製工場はイメージを損なうことなくパターンを

修正し、製品の完成度を上げる。従って、

CAD/CAM を有効に使えるのはアパレル企業よ

りもむしろ縫製工場なのだ。

そのため、欧米に比べて日本アパレル企業の

CAD 導入は著しく遅れている。欧米アパレル企

業の多くが一人一台の CAD 環境を整備している

のに対し、多くの日本アパレル企業は、未だに

Page 2: CAD/CAM · 2020. 6. 14. · CAD/CAM 坂口昌章 客員研究員有限会社シナジープランニング代表取締役 ワープロとCAD/CAM CADとは、Computer Aided Designの略語で

81繊維トレンド 2006.7・8 月号

CAD を清書マシン、出力マシンとしてしか使っ

ていないのである。

欧米アパレル企業のパターンメーキング

次に、欧米アパレル企業のパターンメーキン

グの流れを紹介したい。イタリア人のパターンメ

ーキングは日本人の 2倍の効率と言われるが、こ

れは個人の能力ではなく業務システム、業務フロ

ーの違いといっていい。

まず、欧米ではデザイナーとチーフ・パター

ンメーカーが話し合い、プロトタイプが設定され

る。製品のディテールではなく、そのシーズンに

展開する商品の基本的なシルエット、スタイリン

グを設計するのである。

プロトタイプを設計するに当たっては、デザ

イナーのテーマ設定によって、そのブランドのマ

スターパターンにシーズン変化を加えていく。こ

の作業はチーフ・パターンナーのみが行う。この

段階は、CAD を使わずに原寸大のパターンを手

で引くことも多い。それをトワルに組み立てて、

デザイナー、プロダクトマネージャーと話し合い

ながら決定する。

シーズンで 5 ~ 8 体程度のプロトタイプを設

定し、そのプロトタイプを元に、デザイナーはデ

ザインバリエーションを展開していく。

チーフ・パターンメーカーが制作したプロト

タイプのパターンは、CAD に入力され、パター

ンメーカー全員が共有する。プロトタイプからデ

ザインバリエーションが展開され、プロトタイプ

のマスターパターンからパターン展開を行うの

で、作業は合理的に進む。ブランド内のシルエッ

トも統一感を持たせることができるし、パターン

チェックの際も、デザイナーやチーフ・パターン

ナーはバリエーションの部分だけをチェックして

いくので作業時間も短縮される。

こうした作業工程を考えると、パターンメー

カーには一人一台の CAD を与えなければならな

いし、CADが扱えないパターンメーカーは職を失

うことになるのもやむを得ないのかもしれない。

企画経費削減がアパレル企業の課題

高価な CAD システムもパソコンで扱えるよう

になり、価格も下落している。システム側では完

全に一人一台の体制が整っているのだが、日本の

アパレル企業の CAD 整備は遅々として進んでい

ない。その原因の一つは、欧米と日本で企画経費

に対する認識の違いがあるように思える。

日本の経営者の多くは営業出身であり、製品

を見ないと判断できない。そのため、サンプル制

作はやむを得ない経費と認識しているし、展示会

等でサンプルが没になるのもやむを得ないと考え

ている。

欧米のアパレル企業は、責任の所在がはっき

りしており、売れない商品を作ったデザイナーは

契約を打ち切られる。従って、営業と企画が何度

も企画会議や MD 会議を開くこともない。営業

から前シーズンのブリーフィングは受けるが、あ

くまで商品企画の責任はデザイナーにあるのだ。

欧米ではサンプルを確認したいのは営業ではなく

デザイナーである。そのため、デザイナーは数多

くのデザインを行い、サンプルを作りたがる傾向

にある。しかし、チーフ・パターンメーカーやプ

ロダクトマネージャーは、無駄なサンプルを作ら

ないようにコントロールするのである。

無駄なサンプルを作ることは、多額の経費の

無駄遣いであり、企業の経営を圧迫する。サンプ

ルを確認する前の段階で、十分にイメージがつか

めないようではプロではないという認識もあるの

だろう。

日本のアパレル企業は、どれほどの無駄なサ

ンプルを作っているのだろうか。そしてその経費

はどれほどになるのだろう。役割と責任を明確に

し、その無駄をデザイナーの報酬や CAD に振り

向けることで、企業は競争力を強化することがで

きるはずである。営業出身の経営者にとって、企

画はブラックボックスかもしれないが、いつかは

メスを入れなければならないだろう。

CAD/CAM