ゼオライトを材料とするc6炭化水素等分離膜部材の …merck...

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ゼオライトを材料とするC6炭化水素等分離膜部材の開発 早稲田大学先進理工学研究科 ○松方正彦 1.研究開発の目的 我が国の産業部門において、蒸留工程で消費されているエネルギーの削減によるCO 発生量削減効 果は大きく、蒸留に変わる省エネ型分離技術の有力候補として膜分離が挙げられる。分離膜の材料は、 有機材料と無機材料に大きく二分されるが、無機材料は、これまで分離膜として工業化されてきた有 機高分子材料と比較して、一般的に、耐熱性、対有機溶剤性、耐圧性、機械強度に優れる事から、今 後の分離膜材料として期待されている。 特に多孔性、なかでも2nm以下の細孔を持つミクロ多孔性の材料を用いた分離膜は、ミクロ孔の 大きさと透過分子の大きさの差異に基づく分子ふるいサイズ効果や、ミクロ孔と分子の特異な相互作 用(吸着作用)に基づく分離が可能であり、従来の無機系分離膜が有していた、材料固有の特性に基 づく高い選択性が得られる一方で、様々な分離対象に対する幅広い応用展開が難しいという課題を解 決する事が期待されている。 本研究は、革新的な省エネプロセス開発の基盤技術研究として、石油精製プロセスにおける蒸留工 程と膜分離技術を置き換えるあるいは組み合わせることで、インパクトあるCO2削減を実現する方 法の開発を目的とする。 無機材料であるゼオライトを材料とした分離膜を使用する事で、有機高分子を材料とする分離膜を 石油・化学産業に使用した場合に課題となる耐薬品性、耐熱性等をクリアするとともに、金属やペロ ブスカイト型の酸化物の様な無機材料を用いた場合には難しかった様々な分離対象に対する幅広い応 用展開が可能とする技術の開発を目指す。具体的には、C6程度の直鎖炭化水素と分岐炭化水素の分 離、キシレン異性体の分離をターゲットとして分離膜部材の開発を進める。 さて、キシレン異性体の中でも p-キシレンの需要が高く,キシレン異性体混合物から p-キシレンを 分離することが求められる。これらの異性体は沸点が近く蒸留での分離が困難なため,工業的には吸 着分離が p-キシレンの製造に用いられている。 蒸留に代わる省エネルギーな分離プロセスとして膜分離が注目されている。分離膜として,有機の 高分子膜や無機膜があるが,高分子膜は耐熱性や耐薬品性に乏しく一方無機膜は耐熱性,耐薬品性や 機械的強度に優れている。無機膜の中でもゼオライト膜は,ゼオライトの細孔の大きさに起因する分 子ふるい作用や,ゼオライト固有の吸着特性を利用した高い透過選択性が期待できる。 我々は,ゼオライト膜を用いた膜分離に注目した。ゼオライトの中でも MFI 型成ゼオライトである silicalite-1 0.6 nm 程度の細孔径をもちキシレン異性体の分子径と大きさが近いことからキシレ ン異性体の分離への応用が期待できる。 これまでに silicalite-1 膜を用いたキシレン異性体透過分離については,数多く研究がなされてき ているが高い透過選択性を示す膜の合成は難しく,近年はあまり研究がされなくなってきているのが 現状である。 高い透過選択性を示す膜を得るには結晶間隙の少ない緻密な膜を合成する必要があると考えられる。 また,より高い透過度を得るためにはより膜厚の小さい膜を合成することが求められる。 本研究では、昨年度に引き続き支持体上に種結晶を塗布し,その後ゼオライトの合成ゲル中で 2 次 -312-

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Page 1: ゼオライトを材料とするC6炭化水素等分離膜部材の …Merck KGaA)(以下、TEOS)を用いた。合成ゲルのモル組成は5SiO 2:TPAOH:300H2O:30EtOHとした。

ゼオライトを材料とするC6炭化水素等分離膜部材の開発

早稲田大学先進理工学研究科 ○松方正彦

1.研究開発の目的

我が国の産業部門において、蒸留工程で消費されているエネルギーの削減によるCO2発生量削減効

果は大きく、蒸留に変わる省エネ型分離技術の有力候補として膜分離が挙げられる。分離膜の材料は、

有機材料と無機材料に大きく二分されるが、無機材料は、これまで分離膜として工業化されてきた有

機高分子材料と比較して、一般的に、耐熱性、対有機溶剤性、耐圧性、機械強度に優れる事から、今

後の分離膜材料として期待されている。

特に多孔性、なかでも2nm以下の細孔を持つミクロ多孔性の材料を用いた分離膜は、ミクロ孔の

大きさと透過分子の大きさの差異に基づく分子ふるいサイズ効果や、ミクロ孔と分子の特異な相互作

用(吸着作用)に基づく分離が可能であり、従来の無機系分離膜が有していた、材料固有の特性に基

づく高い選択性が得られる一方で、様々な分離対象に対する幅広い応用展開が難しいという課題を解

決する事が期待されている。

本研究は、革新的な省エネプロセス開発の基盤技術研究として、石油精製プロセスにおける蒸留工

程と膜分離技術を置き換えるあるいは組み合わせることで、インパクトあるCO2削減を実現する方

法の開発を目的とする。

無機材料であるゼオライトを材料とした分離膜を使用する事で、有機高分子を材料とする分離膜を

石油・化学産業に使用した場合に課題となる耐薬品性、耐熱性等をクリアするとともに、金属やペロ

ブスカイト型の酸化物の様な無機材料を用いた場合には難しかった様々な分離対象に対する幅広い応

用展開が可能とする技術の開発を目指す。具体的には、C6程度の直鎖炭化水素と分岐炭化水素の分

離、キシレン異性体の分離をターゲットとして分離膜部材の開発を進める。

さて、キシレン異性体の中でもp-キシレンの需要が高く,キシレン異性体混合物からp-キシレンを

分離することが求められる。これらの異性体は沸点が近く蒸留での分離が困難なため,工業的には吸

着分離がp-キシレンの製造に用いられている。

蒸留に代わる省エネルギーな分離プロセスとして膜分離が注目されている。分離膜として,有機の

高分子膜や無機膜があるが,高分子膜は耐熱性や耐薬品性に乏しく一方無機膜は耐熱性,耐薬品性や

機械的強度に優れている。無機膜の中でもゼオライト膜は,ゼオライトの細孔の大きさに起因する分

子ふるい作用や,ゼオライト固有の吸着特性を利用した高い透過選択性が期待できる。

我々は,ゼオライト膜を用いた膜分離に注目した。ゼオライトの中でもMFI 型成ゼオライトである

silicalite-1 は 0.6 nm 程度の細孔径をもちキシレン異性体の分子径と大きさが近いことからキシレ

ン異性体の分離への応用が期待できる。

これまでにsilicalite-1膜を用いたキシレン異性体透過分離については,数多く研究がなされてき

ているが高い透過選択性を示す膜の合成は難しく,近年はあまり研究がされなくなってきているのが

現状である。

高い透過選択性を示す膜を得るには結晶間隙の少ない緻密な膜を合成する必要があると考えられる。

また,より高い透過度を得るためにはより膜厚の小さい膜を合成することが求められる。

本研究では、昨年度に引き続き支持体上に種結晶を塗布し,その後ゼオライトの合成ゲル中で2 次

-312-

Page 2: ゼオライトを材料とするC6炭化水素等分離膜部材の …Merck KGaA)(以下、TEOS)を用いた。合成ゲルのモル組成は5SiO 2:TPAOH:300H2O:30EtOHとした。

成長を行うことでsilicalite-1膜の合成を試みた。ただし、昨年度の研究では、ゼオライト結晶の核

発生密度を向上させることによって、膜のち密化をめざしていての成果を挙げたが、本年度は、さら

に分離機能の高性能化を図るために、ランダムに配向した結晶粒子を合成し、それらを利用して緻密

な薄膜の形成を目指した。また、合成した膜についてp-キシレン/ m-キシレンの透過分離性能を検討

した。

2.研究開発の内容

2.1 Silicalite-1種結晶スラリーの合成

既定の組成の合成ゲルを水熱条件下で結晶化することで、種結晶スラリー調製用のsilicalite-1母

結晶を得た。合成ゲルの調製には蒸留水とエタノール(Kanto Chemical Co. Inc.),

Tetrapropylammoniumhydroxide (Sigme-Aldrich Co. LLC.)(以下、TPAOH),Tetraethyl orthosilicate

(Merck KGaA)(以下、TEOS)を用いた。合成ゲルのモル組成は5SiO2:TPAOH:300H2O:30EtOHとした。

まず,蒸留水中にTPAOHとエタノールを加えて,323 Kで30分間撹拌した。続いて溶液を加熱撹拌

したままTEOS を約2.5mL min・1で滴下して加えた。滴下し終えた時刻を開始時刻として,323 K で 2

時間エージングを行い合成ゲルを得た。得られた合成ゲルをテフロン製容器に注ぎ、テフロン製の蓋

を用いて密封した。このテフロン製容器をオートクレーブ内に仕込み密閉し,433 Kで24時間水熱合

成することで結晶化を行った。結晶化後は,流水を用いて30分間冷却した後,合成ゲルをろ過するこ

とで結晶を取り出した。得られた結晶中の非晶質を除去するために蒸留水中で3時間煮沸洗浄を行い、

再度ろ過した後に383 Kで乾燥させた。さらに結晶中の有機テンプレートを除去するために813 Kで

8時間焼成したものをsilicalite-1母結晶とした。

種結晶スラリーは、まず母結晶の粉砕を行い、遠心分離によって大きな結晶を除去した後、分散媒

を加え濃度を調節することで調製した。母結晶の粉砕には自動乳鉢あるいはボールミルを用いた。ボ

ールミルで粉砕する際は、容器にsilicalite-1母結晶8 gと蒸留水100 g, 直径1 mm及び2 mmのシ

ルコニア製ボールをそれぞれ180 gずつ加え24時間回転させた。

粉砕後の結晶8 gを蒸留水100 g中に分散させ、遠心分離機(HITACHI製himacCR20G)を用いて上澄

みと沈殿物に分離させ,上澄み部分の懸濁液を回収した。遠心分離操作は2000 rpmで10分間行った。

遠心分離後、得られた懸濁液に蒸留水を加え1.5 g L-1に調製し、種結晶スラリーとした。スラリーの

分散媒をエタノールとする場合は、懸濁液を一度乾燥させて結晶を回収し、エタノール中に1.5 g L-1

となるよう分散させた。遠心分離後の懸濁液の濃度は、懸濁液の一部を蒸発させ,残ったゼオライト

粉末の質量を測定することで算出した。種結晶スラリーのpHを変化させる際は,希薄な塩酸水溶液及

び水酸化ナトリウム水溶液を必要量滴下した。

調製した種結晶スラリー中の silicalite-1 結晶のゼータ電位と平均粒径を調べるためにゼータ電

位計による測定を行った。ゼータ電位の測定には,膜合成に用いる種結晶スラリーを2 倍に希釈して

使用した。初めにpHを調整していない状態であるpH = 8でのゼータ電位を測定した。次に種結晶ス

ラリーに 0.1 mol L・1塩酸水溶液を滴下して pH = 7 に調整し,ゼータ電位を測定した。この pH = 7

のスラリーに更に塩酸水溶液を追加して滴下しpH = 6での測定を行った。塩基性側も同様に,pH = 8

の原液に0.1 mol L・1水酸化ナトリウム水溶液を滴定してpHを調整し,pH = 11 までのゼータ電位を

測定した。

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2.2 Silicalite-1膜合成

silicalite-1膜は,silicalite-1種結晶を用いた2次成長法により支持体上に製膜した。支持体に

は多孔質・-アルミナ管(平均細孔径0.15 ・m,長さ30 mm,外形10 mm,内径7.0 mm, NORITAKE)を

使用した。

種結晶スラリーをdip coating することで支持体上に担持した。まず,上下端をテフロンによって

シールした管状支持体を石英管に満たした種結晶スラリーに1分間浸漬させた後,降下速度約3 cm s-1

で液面を引き下げdip coatingを行った。dip coating後の支持体は343 Kにて40分間静置すること

で乾燥させた。このdip coatingと乾燥を2度繰り返し,支持体上に種結晶を担持した。

合成ゲルの調製には蒸留水と水酸化ナトリウム (Kanto Chemical Co. Inc.) ,

tetrapropylammoniumbromide (Tokyo Chemical Industry Co., LTD.)(以下、TPABr),colloidal silica

ST-S (30 - 31 %(wt.) SiO2, <0.6 %(wt.) Na2O, Nissan Chemical Ind. LTD.)を用いた。合成ゲルの

モル組成はxNa2O:8TPABr:100SiO2O3:yH2O (x = 20, 25.6, 30)(y = 4000,6400, 10000)である。まず,

蒸留水中に水酸化ナトリウムとTPABrを加えて,323 Kで30分間撹拌した。続いて溶液を加熱撹拌し

たままcolloidal silicaを約2.5 mL min・1で滴下して加えた。滴下し終えた時刻を開始時刻として,

323 Kで4時間エージングを行い合成ゲルを得た。

結晶化は水熱合成法にて行った。得られた合成ゲルを,種結晶担持済みの支持体が静置されたテフ

ロン製容器に注ぎ込み,テフロン製の蓋を用いて密封した。更にテフロン製容器をオートクレーブ内

に仕込み再度密閉し,443 K で 24 時間水熱合成することで結晶化を行った。結晶化後は,流水で 30

分間冷却して膜を取り出し,蒸留水で2 日間煮沸洗浄することで非晶質を取り除いた。最後に洗浄し

た膜を383 Kで乾燥し、773 Kで8時間焼成を行いsilicalite-1膜を得た。

2.3 キャラクタリゼーション

合成した結晶及び膜の結晶構造を解析するために,XRD(Rigaku UltimaⅣ)による分析を行った。XRD

による分析は膜を剥離させず,支持体ごと測定を行った。また,XRD パターンを比較するために市販

のZSM-5粉末についても測定を行った。

結晶形態や結晶粒径、膜表面及び断面の様子は走査型電子顕微鏡(FE-SEM, HITACHI S-4800)を用い

て観察した。Silicalite-1膜のSEM像観察の際は,合成した膜を支持体ごと砕き,その破片を観察し

た。

2.4 透過分離試験

透過分離試験は蒸気透過分離(VP)によって行った。蒸気透過試験装置の模式図を図1に示す。

まずsilicalite-1膜をモジュールにグラファイト製のリングでできたシール材を用いて固定し,そ

のモジュールをオーブン内に取りつけ所定の温度まで昇温した。その後,ケミカルポンプにて原料混

合液を気化室へと供給し、気化した原料ガスを希釈ガス(He)にて所定の分圧に希釈した後に、モジュ

ール内の膜に導入した。透過側にはsweep gasとしてHeを100 mL(STP) min・1で流した。原料ガスの

分圧は原料液体の混合比と希釈ガス流量を変えることで調製した。原料としては、n-Hexane、

2-Methylpentane、2,2-Dimethylbutaneの等モル混合液とm-Xylene、p-Xyleneの等モル混合液を用い

た。

膜を透過したガスをガスクロマトグラフィー(Shimadzu GC-8A)によって分析し,各透過成分の透過

流束(Flux)と透過度(透過度)を式(1),(2)を用いて算出した。また式(3)から分離係数(Separation

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factor)を求めた。

ATR

VPmsmolFlux f

21  (1)

P : pressure of measurement [Pa] Vf : permeated gas flow [m3 s-1]

R : gas constant [J mol-1 K-1] T : temperature [K]

A : membrane area [m2]

P

FluxPamsmolPermeance

⊿   121

(2)

・P : pressure difference [Pa]

)(/)(/

feedXX

permeateXXfactorSeparation

ba

ba (3)

Xi : mole fraction of i component [-]

Vent

Membrane

Graphite seal

GC (FID)

Sweep gas

Vent

sweep:100 ml(STP) min-1

CH4/Ar=10 %

Feed:20 ml(STP)min-1

HeN2 oven

pump

p-xylene and m-xylene

図1 透過試験装置図。

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3.研究開発の結果

3.1 種結晶粒子径が担持状態に与える影響

ボールミルで 24時間粉砕した結晶を用いて調製した 100 nm程度大きさの種結晶を用いて、分散媒

を水とする種結晶スラリーについて、ゼータ電位を測定した。また、pHを変化させたスラリーを用い

てdip coatingを行い、種結晶のゼータ電位が担持状態に与える影響について検討した。

図2 種結晶スラリーと支持体のゼータ電位測定結果

種結晶スラリーと支持体のゼータ電位測定結果を図2に示す。種結晶のゼータ電位はpH = 5で等電

点をとり、pH が大きくなるほど電位は小さくなる傾向を示した。pH < 5 においてゼータ電位は正の

値をとり、pH = 2 では 9.97 mV であった。一方、pH > 5においては負の値となり、pH ≧ 8では約

-50 mVで安定した。この結果、種結晶同士はpH = 5付近では粒子同士の静電的反発が弱く、pHが5

から遠ざかるほど粒子同士の静電的反発が強くなると考えられる。

一般に,基盤に対して粒子が付着することを考えた場合,両者のゼータ電位が異符号で,かつその

差が大きい方ほど,電気的に引き合う力が強くなるため付着量は多くなる。そのためpH = 8の条件に

おいて、結晶と支持体間の静電的相互作用は最も大きくなり、担持量も多くなると考えられる。また

粒子間の静電的反発に着目すると、静電的反発が弱い等電点付近では、粒子は容易に凝集体を形成で

きるため担持量は多くなると考えられる。そこで、pH = 8, 5 の種結晶スラリーをそれぞれ調製し、

スラリー中の種結晶の平均粒径とdip coatingを行った際の担持重量を測定した。平均粒径と種結晶の

担持量はそれぞれ、pH = 5では 683 nmと 0.8 g m-2、pH = 8では 126 nmと 1.4 g m-2となった。SE

M観察の結果から、表面はどちらも結晶で均一に覆われており、断面から見た種結晶層の厚みがpH = 5

の方が厚いことがわかった。pH = 8 では担持重量が多いにも関わらず表面の結晶層が薄いことから、

種結晶の多くが支持体細孔内に担持されていると判断した。これはスラリーの分散媒である水が毛細

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毛細管力によって支持体内部に引き込まれる際に、水の流れによって進入するためであると考えられ

る。この水の流れはpH = 5のスラリーでも同様に生じるが、種結晶が凝集して支持体細孔よりも大き

くなっているために細孔内部への進入が少なかったと考えられる。

これらの結果より、dip coating により種結晶を担持する場合、種結晶と支持体間の静電的相互作

用よりも種結晶同士の静電的相互作用の方が、担持状態に大きく影響することが示唆された。これは、

スラリーの分散媒による毛細管力が強く働くことで、静電的相互作用が無くとも種結晶が支持体に強

く引き込まれるためであると考えられる。

3.2 種結晶スラリーの分散媒が担持状態に与える影響

種結晶スラリーの分散媒を変えることで毛細管力を制御し、種結晶の担持状態に与える影響を検討

した。毛細管力は液体の表面張力に比例するため、表面張力の異なる液体を分散媒とすることで毛細

管力を制御することが可能である。

水以外の種結晶スラリーの分散媒として、エタノールを採用した。silicalite-1は疎水的であるた

め、無極性物質を分散媒とするとスラリー中の凝集性が変化する可能性がある。そのため極性を持ち

ながらも、水よりも表面張力が小さい物質としてエタノールを用いた。種結晶は自動乳鉢で24時間粉

砕したものを用いて、水及びエタノールでそれぞれ1.5 g L-1となるようスラリーを調製した。2つの

スラリー中の種結晶の平均粒径とdip coating を行った際の担持重量の測定結果を表1に示す。また

2 回dip coating を行った後の支持体を観察したSEM 像を図3に示す。平均粒径と種結晶の担持量は

それぞれ、水中分散スラリーでは104 nmと1.5 g m-2、エタノール中分散スラリーでは108 nmと0.8 g

m-2となった。またエタノール中分散スラリーを用いた場合の方が、断面から見た種結晶層の厚みが大

きかった。これらの結果より、平均粒径がほとんど変わらないにも関わらず、エタノールよりも水を

分散媒としたスラリーの方が多く支持体内に種結晶が担持されていることから、毛細管力によって種

結晶が支持体内に引き込まれていることが強く示唆された。これまでの結果を踏まえると、支持体表

面に堆積しうる種結晶の量よりも、支持体内部に進入しうる種結晶の量の方が多いと考えられる。

スラリーの分散媒の表面張力が大きいほど、毛細管力によって種結晶が強く引き込まれ、支持体内

部に多く担持されることがわかった。また凝集性や毛細管力によって支持体内部に多く種結晶が担持

される状況では、支持体外表面に担持される場合よりも、種結晶が多く担持されやすいことが示唆さ

れた。

表1 種結晶スラリーと支持体のゼータ電位測定結果

dip coating 1回 dip coating 2回

0.06 0.080.06 0.080.06 0.150.09 0.15

支持体外表面に担持された割合 / %

> 90

担持重量 / mg cm-2

分散媒 濃度 / g L-1 pH 粒子径 / nm

< 10104

H2O 1.5 8

108EtOH 1.5

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分散媒EtOH

5m

Support

Seed layer

分散媒H2O

2m

図3 2回dip coatingを行った後の支持体のFE-SEM像。

3.3 結晶成長の観察

一般にsilicalite-1はコフィン型の形態をとる場合が多い。棺桶の深さ方向がストレートチャンネ

ルを持つb軸、長さ方向がc軸となっている。コフィン型のMFIがたゼオライトの模式図をFig. 2-14

に示す。このような silicalite-1 結晶を成長させると、c 軸方向の成長が早いことが知られている。

そのため結晶を成長させようとすると、c 軸方向に長い棒状結晶になりやすい。支持体上に無秩序に

種結晶を担持し2 次成長法によって製膜する場合、成長後の結晶のアスペクト比が小さい方が、粒界

は残りにくいと考えた。そこで、アスペクト比の小さい形態の結晶を得るために必要な合成条件の探

索を行った。

合成ゲルの調製には蒸留水と水酸化ナトリウム(Kanto Chemical Co. Inc.) ,

tetrapropylammoniumbromide (Tokyo Chemical Industry Co., LTD.)(以下、TPABr),colloidal silica

ST-S (30 - 31 %(wt.) SiO2, <0.6 %(wt.) Na2O, Nissan Chemical Ind. LTD.)を用いた。合成ゲルの

モル組成はzNa2O:8TPABr:100SiO2O3:250zH2O (z = 8, 25.6)、結晶化温度は443 K, 結晶化時間24 h

とした。

z = 8の組成で合成した結晶のSEM像を観察したところ、直径10 m程度の、ツイン型結晶が成長し

た球形の結晶が確認された。しかしz = 8 の合成ゲルは、静置しておくと沈殿する濃いゲルであった

ため、2次成長法を用いた膜合成には適さないと考えられる。そこでより薄いゲルとしてz = 25.6の

組成でゲルを調製し結晶化を行った。さらに2 次成長法における種結晶の影響を検討するため、合成

ゲルに種結晶を添加して結晶化を行った。

一般に結晶は薄いゲルで結晶化した方が大きく成長する傾向にあるが、z = 8 の濃いゲルで合成し

た結晶の方は直径約8 m、z = 25.6の薄いゲルでは約4 mとなった。濃いゲルでは結晶成長が速く、

大きく成長したと考えられる。次に種結晶の影響についてみると、種結晶を加えた場合は直径約500 nm

と小さくなった。これは種結晶を加えたことで結晶数が大幅に増加したため、個々の結晶が小さくな

ったと考えられる。また結晶化を行った全ての条件において、球状の多結晶体が得られた。以上、同

じ結晶化温度・時間の場合、濃いゲルを用いた方が結晶は大きく成長した。また種結晶を添加するこ

とで、結晶数が増え個々の結晶は小さくなった。

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3.4 種結晶の担持状態が膜構造に与える影響

前項目の方法で調製した担持状態が異なる支持体に対し、xNa2O:8TPABr:100SiO2O3:yH2O (x = 20,

25.6, 30)(y = 6400, 10000)の合成ゲルを用いて結晶化を行い、種結晶の担持状態が膜構造に与える

影響を検討した。

まずx = 25.6, y = 6400のゲルで合成した膜では、どちらもMFI構造に起因する回折線と支持体由

来の-アルミナの回折線が確認された。一方膜の様子は大きく異なり、エタノールスラリーを用いて

種結晶を支持体外表面に多く担持した場合は膜表面の凹凸が大きいのに対し、水スラリーによって内

側に担持した場合は膜表面が比較的平滑になった。

H2O slurry EtOH slurry

10m

5m5m

10m

図4 種結晶の分散媒(水およびエタノール)が膜のモルフォロジーに及ぼす影響。

先に述べたように、種結晶の分散媒を変えると支持体への種結晶の担持箇所が異なる。このことに

より、膜表面の凹凸や不均一核発生数が変化したものと考えられる。支持体外表面に担持された種結

晶は、結晶化時に支持体からの剥離や溶解が起こりやすく、結果として、支持体内に担持された種結

晶が、膜形成に重要であるためと考えられる。

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3.5 透過分離性能

種結晶の担持状態が異なる支持体を用いて、x = 25.6, y = 6400のゲルで合成した2種類の膜につ

いて、C6異性体透過分離試験を行った。透過試験は473 – 653 Kの範囲で、n-Hexane、2-Methylpentane、

2,2-Dimethylbutaneの混合蒸気を33.7 kPaずつ膜に供給した。

透過試験結果を図4に示す。どちらの膜においてもn-Hexaneおよび2-Methylpentaneの透過度は、

どちらも膜温度の上昇に伴って増加した。これは、この温度域において拡散が支配的に影響している

ためと考えられる。

Pe

rme

anc

e/ 1

0-1

1m

olm

-2s-1

Pa

-1

Temperature / K

10

100

1000

473373 5731

10000

図4 C6異性体の上記透過分離性能。凡例の括弧の中には、種結晶の分散媒を示した。

水スラリーを用いて合成した表面が平滑な膜において、n-Hexane と 2-Methylpentane、

2,2-Dimethylbutaneの473 Kでの透過度はそれぞれ、8.92×10-9、1.94×10-9、1.02×10-9 mol m-2 s-1

Pa-1であった。573 K での透過度はそれぞれ、3.65×10-8、5.94×10-9、8.82×10-10 mol m-2 s-1 Pa-1で

あった。653 Kでの透過度はそれぞれ、3.88×10-8、7.78×10-9、7.90×10-10 mol m-2 s-1 Pa-1であった。

n-Hexane / 2-Methylpentaneの分離係数は、473 Kでは4.61、573 Kでは6.14、653 Kでは4.98であ

った。またn-Hexane/2,2-Dimethylbutaneの分離係数は473 Kでは8.77、573 Kでは41.3、653 Kで

は 49.1 であった。一方、エタノールスラリーを用いて合成した膜において、n-Hexane と

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Page 10: ゼオライトを材料とするC6炭化水素等分離膜部材の …Merck KGaA)(以下、TEOS)を用いた。合成ゲルのモル組成は5SiO 2:TPAOH:300H2O:30EtOHとした。

2-Methylpentane、2,2-Dimethylbutaneの473 Kでの透過度はそれぞれ、6.10×10-9、4.91×10-9、4.71

×10-9 mol m-2 s-1 Pa-1であった。573 Kでの透過度はそれぞれ、1.23×10-8、5.17×10-9、4.47×10-9 mol

m-2 s-1 Pa-1であった。653 Kでの透過度はそれぞれ、1.26×10-8、4.00×10-9、3.39×10-9 mol m-2 s-1 Pa-1

であった。n-Hexane / 2-Methylpentaneの分離係数は、473 Kでは1.24、573 Kでは2.39、653 Kで

は3.14であった。またn-Hexane/2,2-Dimethylbutaneの分離係数は473 Kでは1.30、573 Kでは2.76、

653 Kでは3.70であった。

このように水スラリーを用いて合成した表面が平滑な膜の方が、C6 異性体蒸気透過分離試験におい

て高いn-Hexane選択性を示した。

同様に2種類の膜を用いて、キシレン異性体透過分離試験を行った。透過試験は473 Kで、m-キシ

レン、p-キシレンの混合蒸気を0.4 kPaずつ膜に供給した。

透過試験結果Table 2-9 に示す。水スラリーを用いて合成した表面が平滑な膜において、p-キシレ

ンの473 Kでの透過度は8.55×10-8 mol m-2 s-1 Pa-1であった。m-Xyleneの透過度は検出限界(2×10-10

mol m-2 s-1 Pa-1)以下となった。そのため分離係数は、40.2 以上であった。一方、エタノールスラリ

ーを用いて合成した膜において、m-キシレンとp-キシレンの473 Kでの透過度はそれぞれ、3.03×10-9、

4.27×10-9、8.27×10-9 mol m-2 s-1 Pa-1であった。分離係数は、2.73であった。

このように水スラリーを用いて合成した表面が平滑な膜は、キシレン異性体蒸気透過分離試験にお

いて比較的高い選択性を示した。

4.まとめ

種結晶の担持状態と結晶成長条件を詳細に検討することで、管状支持体上に一段で炭化水素分離性

能を持つsilicalite-1膜を合成することができた。

種結晶の結晶径を変化させdip coatingを行うことで、結晶径が担持状態に与える影響を検討した。

その結果、dip coating による種結晶の担持においては、スラリー中の結晶は小さい方が支持体上に

均一に担持でき、製膜に適していることが示唆された。次に、種結晶スラリーのゼータ電位が担持状

態を与える影響を検討するためにスラリーの pH を変化させ dip coating を行った。その結果、dip

coating により種結晶を担持する場合、種結晶と支持体間の静電的相互作用よりも種結晶同士の静電

的相互作用の方が、担持状態に大きく影響することが示唆された。これは、スラリーの分散媒による

毛細管力が強く働くことで、静電的相互作用が無くとも種結晶が支持体に強く引き込まれるためであ

ると考えられる。更に、スラリー分散媒が担持状態に与える影響を検討するために、分散媒を変化さ

せてdip coating を行った。その結果、スラリーの分散媒の表面張力が大きいほど、毛細管力によっ

て種結晶が強く引き込まれ、支持体内部に多く担持されることがわかった。また凝集性や毛細管力に

よって支持体内部に多く種結晶が担持される状況では、支持体外表面に担持される場合よりも、種結

晶が多く担持されやすいことが示唆された。

小さな種結晶を多く担持し、アスペクト比を小さく成長させて得た silicalite-1 膜は、Hexane 異

性体蒸気透過試験分離において、分離係数50以上と高いn-Hexane透過選択性を示した。またキシレ

ン異性体蒸気透過分離試験において、分離係数40以上と高いp-キシレン透過選択性を示した。

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