第11章 健全な水循環系の構築 - mlit.go.jp · 3...

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第Ⅲ編 11 健全な水循環系の構築 197 11 健全な水循環系の構築 健全な水循環系構築の必要性 これまでの都市への人口や産業の集中,都市域の拡大,産業構造の変化,過疎化,高齢化等 の進行,近年の気象変化等を背景に,平時の河川流量の減少,湧水の枯渇,各種排水による水 質汚濁,不浸透面積の拡大による都市型水害等の問題が顕著となってきている。 具体的には,人間の生活や社会経済活動による水利用,都市化等に伴う流域の地下浸透・か ん養機能の低下により,河川等の平常時の流量が減少し,その水質や水生生物の生育・生息環 境に影響を与えている場合がある。また,地下水の過剰採取による地盤沈下は,全国的には沈 静化の傾向にあるものの,いまだ地下水位が回復していない地域があるほか,地下水のかん養 量の減少の影響等も受け,湧水の枯渇がみられる地域がある。 「水質汚濁に係る環境基準」について,「人の健康の保護」に係る項目は達成率が次第に高 まっているが,有機汚濁等の「生活環境の保全」に係る項目については,特に閉鎖性水域にお いて改善が十分に進んでいない。一方,健康志向や安全・安心への関心の高まりの中で,良質 で安全な水供給への要請は更に増大している。 また,都市化や護岸整備等により,その水辺地の水環境が損なわれ,水辺地が持つ水質浄化 機能や水生生物等の生育・生息環境としての機能が低化・消失し,また,人と水とのふれあい の場としての活用が困難な地域が見られる。 水源地域では過疎化や高齢化の進行のため適切な森林管理が困難な状況となっており,森林 の荒廃等が進んでいる。 このような問題に対処するためには,流域を中心とした水循環の場において,いわゆる全な水循環系の構築が求められている。 なお,「健全な水循環系」とは,「流域を中心とした一連の水の流れの過程において,人間の 営みと環境の保全に果たす水の機能が,適切なバランスの下に確保されている状態」と定義さ れている。

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Page 1: 第11章 健全な水循環系の構築 - mlit.go.jp · 3 健全な水循環系構築のためのガイドラインの策定 地域におけるこれらの具体的な施策の展開に際しては,水循環系の実態把握や水循環に関す

第Ⅲ編 第11章 健全な水循環系の構築

-197-

第11章 健全な水循環系の構築

1 健全な水循環系構築の必要性

これまでの都市への人口や産業の集中,都市域の拡大,産業構造の変化,過疎化,高齢化等

の進行,近年の気象変化等を背景に,平時の河川流量の減少,湧水の枯渇,各種排水による水

質汚濁,不浸透面積の拡大による都市型水害等の問題が顕著となってきている。

具体的には,人間の生活や社会経済活動による水利用,都市化等に伴う流域の地下浸透・か

ん養機能の低下により,河川等の平常時の流量が減少し,その水質や水生生物の生育・生息環

境に影響を与えている場合がある。また,地下水の過剰採取による地盤沈下は,全国的には沈

静化の傾向にあるものの,いまだ地下水位が回復していない地域があるほか,地下水のかん養

量の減少の影響等も受け,湧水の枯渇がみられる地域がある。

「水質汚濁に係る環境基準」について,「人の健康の保護」に係る項目は達成率が次第に高

まっているが,有機汚濁等の「生活環境の保全」に係る項目については,特に閉鎖性水域にお

いて改善が十分に進んでいない。一方,健康志向や安全・安心への関心の高まりの中で,良質

で安全な水供給への要請は更に増大している。

また,都市化や護岸整備等により,その水辺地の水環境が損なわれ,水辺地が持つ水質浄化

機能や水生生物等の生育・生息環境としての機能が低化・消失し,また,人と水とのふれあい

の場としての活用が困難な地域が見られる。

水源地域では過疎化や高齢化の進行のため適切な森林管理が困難な状況となっており,森林

の荒廃等が進んでいる。

このような問題に対処するためには,流域を中心とした水循環の場において,いわゆる‘健

全な水循環系の構築’が求められている。

なお,「健全な水循環系」とは,「流域を中心とした一連の水の流れの過程において,人間の

営みと環境の保全に果たす水の機能が,適切なバランスの下に確保されている状態」と定義さ

れている。

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背  景

・気象の変化・都市への急激な人口・産業の集中及び都市域拡大

・産業構造の変化・多消費型社会への変化・経済の高度化,効率性重視

・過疎化,高齢化,少子化の進行

・国民ニーズの多様化 等

要  因

・少雨化傾向,多雨・少雨の較差拡大・流域のかん養機能,保水・遊水機能,自然浄化機能の低下・渇水に対する社会・経済の弾力性低下・各種用水需要の増大・水質汚濁負荷の増大,汚濁物質の多様化・安全な水,おいしい水のニーズの増大・各種施設の整備等による水循環系の変化・水面・水辺空間・緑地空間の減少・地下水の過剰採取・地域における水管理体制の弱体化 等

水循環系の問題点

・通常時の河川流量の減少・水需給の逼迫,渇水の頻発・都市型水害の多発・洪水・渇水被害ポテンシャルの増大

・非常時の用水確保の困難化・水質汚濁の進行と新たな水質問題の発生

・地下水位低下,湧水枯渇,地盤沈下

・都市におけるヒートアイランド現象の一因

・生態系への悪影響・親水機能の低下,水文化の喪失 等

図11-1-1 水循環系を取り巻く状況変化と問題点

《都市化に伴う様々な問題》 ○ 平常時の河川流量の減少 ○ 雨天時の河川流出量の増加 ○ 水供給施設の安定供給能力の低下 ○ 水質の悪化 ○ 湧水の枯渇 ○ 地盤沈下   など

水循環系の健全化が必要○ 安全でおいしい水の確保○ 都市型水害の回避○ 平常時の河川流量の確保○ 渇水被害の軽減○ ヒートアイランド現象の緩和○ 多様な生態系の確保  など

降水

貯水蒸発

浸透

河川流出

水利用

水処理

地下水汲み上げの適正化

水田の保全

取排水地点の再編

高度処理

高度処理

雑用水利用

上水道噴水・洗車

植栽

雑用水水槽

上水系水槽

浸透桝の設置

水面の確保緑地整備

浸透施設の設置

回収水利用

森林の保全

農業用水

生活用水

浄水場

下水処理場

下水処理場

工業用水

健全な水循環系の構造

図11-1-2 健全な水循環系構築のイメージ

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第Ⅲ編 第11章 健全な水循環系の構築

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2 健全な水循環系構築に向けた取り組み

流域における健全な水循環系の構築に関しては,河川審議会答申(総合政策小委員会水循環

小委員会:平成10年7月),社会資本整備審議会都市計画部会下水道小委員会(平成19年6月),

中央環境審議会意見具申(平成11年4月)の中でその基本的考え方が示されている。加えて,

中央環境審議会意見具申を受けて閣議決定された第二次環境基本計画(平成12年12月)及び第

三次基本計画(平成18年4月)においても,今後重点的に取り組むべき戦略的プログラムの一

つとして位置付けられ,流域を単位とした水循環計画の策定の必要性が示されている。

(1)河川審議会答申(総合政策小委員会水循環小委員会)(平成10年7月)

河川審議会答申(総合政策小委員会水循環小委員会:平成10年7月)では,理想的な水循環

系とは,水循環系を構成している全ての場における一連の水の流れにおいて,環境面やエネル

ギー面の負荷が総計として少なく,安全で快適な生活と持続可能な発展を実現する水循環のシ

ステムであるとしている。また,こうした考えに立って,今までの流域や社会構造の変化に

よって生じた弊害を克服し,水循環を健全化していかなければならなく,このためには,以下

に述べる3つの基本的考え方を徹底すべきとしている。

○国土マネージメントに水循環の概念の導入

○河川・流域・社会が一体となった取り組み

○水循環を共有する圏域毎の課題を踏まえた取り組み

(2)社会資本整備審議会都市計画部会下水道小委員会(平成19年6月)

下水道小委員会報告(平成19年6月)では,健全な水・物質循環系の構築に向けた総合的な

取り組みについて積極的に貢献することが重要であるとの観点から,水量・水質の両面からの

良好な水環境創出のために,具体的には以下の施策を示している。

○健全な水循環系の構築に資する雨水や処理水を活用した取り組みを推進するため,関係行

政機関や住民・NPO等がそれぞれの役割分担を調整・検討する場を設置し,ビジョンや

目標を共有する仕組みを構築する。

○役割分担に基づく地域の取り組みにおいて,計画段階からの住民の参画,地域が有する人

材や組織力の活用,地域の多様な工夫や柔軟な発想の活用,試行的な取り組み等に対する

支援措置を講ずる。

○排水施設における貯留浸透機能の標準化を図るとともに,民間の貯留浸透施設の設置を誘

導しつつ,貯留浸透機能を担保する協定等の仕組みを構築する。

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(3)第三次環境基本計画(平成18年4月)

平成18年4月7日に閣議決定された第三次環境基本計画においては,「環境保全上健全な水

循環の確保に向けた取組」が重点分野政策プログラムに位置付けられ,①国は流域の地方公共

団体等による環境保全上健全な水循環の構築に向けた計画の作成・実行の促進,②国の地方組

織は流域協議会等を通じ,地方公共団体や関係者との調整・連携の推進等を図るとして,国の

役割が示されている。また,プログラムの進行管理を行うことが新たに位置付けられ,水質の

環境基準の維持・達成状況や,環境保全上健全な水循環の構築に関する計画の流域ごとにおけ

る作成・改訂指数を指標とすることとなり,より一層の効果的な施策展開を図っていくことが

盛り込まれている。

3 健全な水循環系構築のためのガイドラインの策定

地域におけるこれらの具体的な施策の展開に際しては,水循環系の実態把握や水循環に関す

る情報の共有化,健全性の評価手法の確立等検討すべき課題も多い。

具体的には,流域の水環境の現状に対する認識を流域住民,事業者,民間団体,地方公共団

体,国等の関係者が広く共有することが重要であること,さらには,流域の水循環機構を解

明・把握し,問題点を抽出し,関連情報を共有することが不可欠であり,目標となる望ましい

水循環系の姿を関係者の間で十分に議論し,広く共有できるよう,わかりやすい目標を設定

し,各主体の取り組みが,効果的,効率的,継続的に進むような仕組みとする必要がある。

水循環に関する施策や方策については,一般化された手法や体系化された方法はなく,試行

錯誤を続けている段階ではあるが,各地域における事例を含め,水循環に関する現時点での知

見をとりまとめて情報発信していくことは,行政担当者をはじめとする関係者への取り組みの

糸口を提供することとなる。

このような状況を踏まえ,「健全な水循環系構築に関する関係省庁連絡会議」(厚生労働省,

農林水産省,経済産業省,国土交通省,環境省)は,これまでの検討の成果も含め,平成15年

10月に「健全な水循環系構築のための計画づくりに向けて」を取りまとめ,全国の様々な地域

で流域の水循環系健全化に向けた取り組みを実践している主体者(住民,NPO,事業者)や

行政(国,地方機関,都道府県,市町村)等を対象として,どのような目標を立て,どのよう

なプロセスで取り組むべきかについて,各主体が主体的に考え,具体的な施策を導き出すため

の方向をとりまとめた。

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第Ⅲ編 第11章 健全な水循環系の構築

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アンケート対象機関 該当自治体・事務所数 策定済計画数国土交通省河川事務所対象:84事務所 4 3

都道府県対象:47自治体 26 56

市町村対象:11自治体 9 13

合 計 - 72

表11-4-1 水循環計画の策定状況

4 健全な水循環系構築のための計画策定状況

平成18年1~3月にかけて環境省が全国の都道府県及び国土交通省の河川事務所等を対象と

したアンケートで把握した水循環計画の策定状況をとりまとめた報告書によると,回答のあっ

た44河川事務所,47都道府県及び11市町村のうち,既に水循環計画を作成したと回答したのは

39機関,72計画であった。なお,計画策定数が機関数を上回っているのは複数の計画を策定し

ている機関があるためである。

このことから,水循環系構築のための計画はガイドライン策定以来,着実に計画策定が進ん

でいる。

5 水資源の「政策レビュー」における展開方向

国土交通省が平成17年度にとりまとめ,平成18年6月に総務省を通じて閣議決定・国会報告

された水資源の「政策レビュー」においては,健全な水循環系構築に関する各主体の取り組み

が,効果的,効率的,継続的に進むような仕組みとする必要があることから,①国等に蓄積さ

れた知見の活用と関係者の連携,②安全で良質な水の確保,③河川環境・地域環境の保全,④

地下水の適正利用,⑤水源地域の森林の保全という5つの柱を中心に施策の展開を図っていく

こととしている。

なお,①から⑤の具体的な展開方向は以下のとおりである。

ア 国等に蓄積された知見の活用と関係者の連携

国の関係機関が連携して地域における健全な水循環系の構築に向けた取り組みが一層推進さ

れるよう,計画の作成・実行を支援する。

イ 安全で良質な水の確保

国民のニーズに応じた水質を確保するため,良質な水の保全,水質改善策について検討を進

める。

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ウ 河川環境・地域環境の保全

地域での合意に基づき,必要に応じて,未利用水等の活用を図り,環境保全のために必要な

水として環境用水を確保し,河川環境及び地域環境の保全・回復創造を図る。

エ 地下水の適正利用

国及び地域の関係機関を中心として,流域全体を通じて貯留浸透・かん養能力の保全・向上

を図り,単に地下水利用を抑制するのではなく,災害時の水源としての意義や地域の特性を踏

まえつつ,適切な利用と保全のため,適正利用量の把握,利用・管理等に係る計画及び管理・

監視体制の構築に向けた検討を行うとともに,湧水の保全・復活に取り組む。

この際,地下水はいったん汚染されるとその浄化が困難であることから,水質の保全につい

て特に留意する。

オ 水源地域の森林の保全

水源地域の水源かん養機能の持続的な発揮を図るため,流域関係者の連携やNPOを活用し

つつ,多様で健全な森林の適正な整備や保全を図る。