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BiS2系超伝導の発現機構解明に向けて
首都大学東京大学院理工学研究科 水口佳一
1. はじめに
銅酸化物系超伝導体や MgB2 超伝導体、鉄系超伝導体における高温超伝導の
発見は、固体物理分野に大きなインパクトを与えてきた 1-3)。これらの高温超伝
導体は層状の結晶構造を有する層状物質である。そのため、新たな高温超伝導
体の鉱脈を探索する指針の一つとして、層状物質は活発に研究されてきた。層
状超伝導体の魅力の一つは積層構造自由度である。例えば、鉄ヒ素系(FeAs系)
超伝導体では共通の超伝導層であるFeAs層(ユニットセルで表記するとFe2As2
層)を基本構造として、多種多様なブロック層(電荷供給層)と交互積層させ
ることで様々な鉄系超伝導体を合成でき、超伝導特性も積層構造に依存して変
化した 4)。本稿で紹介する BiS2系超伝導体も層状超伝導体であり、2012年の発
見以降、積層構造自由度を生かした新物質探索および超伝導機構解明に向けた
研究が世界中で行われている 5-7)。BiS2系超伝導体においても、共通の BiS2超
伝導層(ユニットセルで記載すると Bi2S4層)を基本構造とし、多様なブロック
層との積層により数多くの新超伝導体が発見されている。本稿では、BiS2 系超
伝導体(より広義に BiCh2 系とも表記)の結晶構造バリエーションを紹介し、
ブロック層および超伝導層の変化と超伝導特性がどのように相関するかを述べ
る。そして、これまでの研究で解明された「BiS2 層に超伝導が発現する条件」
について、キャリアドープと圧力効果の観点から詳細に説明する。また、BiS2
系超伝導の発現機構を理解する上で重要となる最近のトピックスとして、ブロ
ック層での特異な磁性や超伝導状態の揺らぎや異方性、電荷秩序状態など実験
研究の成果を紹介し、理論研究の動向についても簡単に紹介する。
2. BiS2系超伝導体の結晶構造
これまでに発見されている BiS2系超伝導体の結晶構造は、基本的に正方晶系
に属し、BiS2 伝導層とブロック層の積層構造からなる層状物質である。一部、
単斜晶に歪んだ物質も存在し、最近の放射光実験で LaOBiS2もわずかに歪んだ
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単斜晶系であることが報告された 8)。BiS2層は BiS 四角格子と頂点の S から成
り(BiS2層は BiS5ピラミッドが連結したシートとみなせる)、二枚の BiS2層は
ファンデルワールス力で結合している。また、BiS2 層だけでなく、BiSe2 層や
Bi(S,Se)2 でも超伝導が発現することがわかっており 9)、層状ビスマスカルコゲ
ナイド系(BiCh2系)超伝導体として注目されている。
BiS2系超伝導体の結晶構造として、第一図(b-f)に示す通り大きく分けて 5 種
類のブロック層構造を持つ物質が発見されている。各結晶構造を紹介する前に、
FeAs系超伝導体との類似点を強調しておきたい。BiS2系超伝導体のブロック層
は FeAs 系超伝導体と共通のものが多く存在する。第 1 図(a)は代表的な FeAs
系化合物 ROFeAs(R:希土類など。組成式の表記に関して、RFeAsOとするの
が一般的だが、ここでは RO ブロック層と FeAs 伝導層の区別のため ROFeAs
と表記した。)の結晶構造であり、第 1図(b)の BiS2系化合物 ROBiS2と同じ RO
ブロック層を有する。すなわち、FeAs系超伝導研究でのブロック層に関する経
験が BiS2系超伝導体探索にそのまま生かせるわけである。実際に、RO層は様々
な希土類元素(La, Ce, Pr, Nd, Sm, Yb)や Y,Biで置換できる 6,9-18)。また、
FeAs系においても見出された AF層(A:Srや Eu)も BiS2系に応用でき、AF
層と BiCh2層の積層からなる物質が合成されている(第 1 図(c))19-22)。類似点
は結晶構造のみでなく、同様の元素置換(電子キャリアドープ)により超伝導
が発現することも重要な類似点であり、BiS2 系超伝導体開発の重要な指針であ
る(第 2 図(b))。詳細は後述するが、ROBiS2では RO 層の O2-を一部 F-で置換
した RO1-xFxBiS2が超伝導を示し、FeAs系と共通の手法である 3,4,6)。
第 1図(d)のEu3F4Bi2Ch4はEu3F4ブロック層とBiCh2伝導層からなる物質で
あり、Eu価数揺らぎにより元素置換によるキャリアドープ無しで超伝導が発現
する 23,24)。第 1図(e)は最初に発見された BiS2系超伝導体 Bi4O4S3の結晶構造で
あり、母物質は Bi4O4SO4Bi2S4と表記できる 5)。Bi4O4層間に SO4が存在し、こ
れらがブロック層を構成する。SO4サイトが欠損することで BiS2層に電子ドー
プがされ、50%欠損した Bi4O4S3で超伝導特性が最適化される。第 1 図(f)は最
近発見された多層型伝導層を有する類似物質 LaOBiPbS3 である 25)。LaOBiS2
と同様の LaO ブロック層を有し、BiPbS3 伝導層(ユニットセルで表記すると
Bi2Pb2S6層)は Bi3+と Pb2+の混合により電荷の中性を保っている。キャリアド
ープによる超伝導発現は報告されていないが、BiS2 系超伝導体のバリエーショ
ンを拡張するうえで重要な新物質である。
以上、これまでに発見されている BiS2系超伝導体の結晶構造バリエーション
を紹介した。多様なブロック層が開発され、また多層型の超伝導層の可能性も
ある。さらに、FeAs系超伝導体との類似点の多さが特徴的で、今後の新物質開
発も強く期待される層状物質群である。
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第 1図。 (a) FeAs系超伝導体 ROFeAsの結晶構造図。(b-e) BiCh2系層状化合
物の結晶構造図。(f) 多層型化合物 LaOBiPbS3 の結晶構造図。結晶構造図は
VESTAにより描画した 26)。
3. キャリアドープ
上述の通り、これまでに多様な結晶構造の BiS2系超伝導体が発見されている
が、超伝導発現の条件には共通性がある。基本的に、母物質(キャリアドープ
をしていない物質)はバンドギャップを持つ半導体である。ここでは、典型的
な母物質である LaOBiS2(第 1図(b))を例に、キャリアドーピングによる超伝
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導発現条件を説明する。
第 2図(a)に LaOBiS2のバンド構造を示す 27)。ここから、LaOBiS2が 1 eV弱
のバンドギャップを持つ半導体であることがわかる。実際に、電気抵抗率の温
度依存性を測定すると、第 2 図(c)のように半導体的なふるまいが観測される。
フェルミエネルギー(EF)直上のバンドは主に Bi-6p 軌道(pxおよび py軌道)
からなり、共に伝導層を形成する Sの 3p軌道と混成している。よって、電子キ
ャリアをドープすることができれば、BiS2 層が金属化することが期待できる。
LaOBiS2の場合、LaO1-xFxBiS2のようにブロック層の O2-を F-で部分置換する
ことで BiS2層に電子キャリアがドープされる。その結果、電気抵抗率は大幅に
減少し、第 2図(c)に示す通り、LaO0.5F0.5BiS2は超伝導転移温度 Tczero = 2.5 K
の超伝導を示す。第 2図(d)は磁化率(規格化磁化率 4)の温度依存性であり、
Tc = 2.5 K以下で反磁性シグナルが観測される。しかし、ゼロ磁場冷却(ZFC)
の反磁性シグナルにおいても体積分率は 20%弱と低く、LaO0.5F0.5BiS2の多結晶
試料全体が均一に超伝導状態を示していないことを示している。この現象は、
試料の質や F 置換量(第 2 図 (d))に起因するものではなく、本質的に
LaO0.5F0.5BiS2が超伝導発現条件の境界にいることによると考えられる。すなわ
ち、BiS2 系超伝導体は、単純にキャリアドープをするだけでは超伝導が発現し
ない。他に満たすべき条件が存在する。この点に関しては次に詳細に述べるが、
圧力効果(外部圧力または化学圧力の効果)によりバルクな超伝導が発現する。
ここで、LaOBiS2における Oサイトの F置換以外のキャリアドープ手法につ
いて第 2 図(b)にまとめた。LaOBiS2 においては、La1-xTixOBiS2 のように、ブ
ロック層の La3+を Ti4+, Zr4+, Hf4+, Th4+で部分置換することでも BiS2層に電子
キャリアがドープされ超伝導が発現する 28)。また、他の RO ブロック層を持つ
ROBiS2においても、同様の F置換によるキャリアドープにより超伝導が発現す
る。フッ化物のブロック層(AF)を有する AFBiS2(A = Sr, Ca, Eu)において
は、A2+サイトを R3+で部分置換することでキャリアがドープされ、BiS2層で超
伝導が発現する 19)。Euを含むEuFBiS2とEu3F4Bi2S4の多結晶試料においては、
元素置換をしていない母物質自体が金属的な電気伝導を示し、低温で超伝導を
示す 21,23)。これは Euの価数が 2+から揺動しており、実質的に BiS2層にキャリ
アがドープされているためであると考えられている。一方、最近得られた
EuFBiS2単結晶においては Euが 2+であり、半導体的な電気伝導が観測されて
いる 29)。現時点では、Eu価数揺動が本質的に存在するのか、もしくは多結晶に
おける局所的結晶ひずみなどの影響によるものなのかは解明されていない。
Bi4O4SO4Bi2S4は Bi4O4S3の母物質であり、ブロック層の SO4サイトが 50%欠
損することで Bi4O4S3超伝導相となる 5)。Bi4O4S3は単結晶育成が達成されてお
らず、ブロック層の詳細構造を完全に確定できていない 5,30)。筆者は Bi4O4S3
5
超伝導体発見時に、BixOySzとして 100以上の試料を合成したが、超伝導を示す
相(Bi4O4S3相)は安定して生成すると感じている。母物質よりもキャリアドー
プした相の方が生成されやすいことは不思議であり、また、3 価と 5 価を好む
Bi が 2.5 価近傍を好んでいることも不思議である。しかし、キャリアドープし
た Bi2.5+近傍の組成が生成されやすい特徴は全ての BiCh2 系超伝導体に共通の
性質に見える。ここまで、バンドギャップを持つ BiS2系母物質への電子キャリ
アドープについて紹介した。しかし、キャリアドープした LaO1-xFxBiS2では完
全な超伝導が発現せず、NdO1-xFxBiS2 などではバルク超伝導が観測される。こ
れは、BiS2 系の超伝導を完全な状態(バルク超伝導)にするためには、キャリ
アドープの他に圧力効果を最適化する必要があるためである。次に、外部圧力
と化学圧力の効果を順に説明し、それらの結果からわかってきた「面内化学圧
力の重要性」について説明する。
第 2図。(a) LaOBiS2のバンド構造。(b) BiS2系超伝導体におけるキャリアドー
プ法。 (c) LaOBiS2 と LaO0.5F0.5BiS2 の電気抵抗率の温度依存性。 (d)
LaO0.5F0.5BiS2の規格化磁化率の温度依存性。ZFC、FC はそれぞれゼロ磁場冷
却、磁場中冷却。挿入図は LaO1-xFxBiS2の Tcの F置換量(x)依存性。
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4. 圧力効果
4-1.高圧合成による Tc上昇
高圧を印加すると、常圧下とは異なる結晶構造や電子状態が実現することが
期待できるため、高圧の効果を議論することは超伝導発現機構を理解する上で
重要な要素の一つである。BiS2系超伝導体は“圧力に敏感な超伝導体”であり、
高圧合成により試料を合成することや、高圧を印加して測定することで、常圧
相とは全く異なる超伝導状態が発現する.ここでは,高圧合成の効果と高圧下
測定の結果をあわせて議論することで,BiS2系超伝導の本質に迫る.
高圧合成は常圧下で得られない物質の合成に用いられる手法であり、目的物
質が常圧合成で得られる場合、高圧合成をあえて用いる利点はない。しかし、
BiS2系超伝導体 LaO1-xFxBiS2においては、高圧合成が高 Tc相の発現に有用で
ある。図 3図(a)に LaO0.5F0.5BiS2 (x = 0.5)の常圧相および高圧合成試料の磁化
率の温度依存性を示す。常圧相は Tc = 2.5 Kの超伝導転移を示し、小さな反磁
性シグナルを示す。ここで示す磁化率はゼロ磁場冷却(ZFC)後に測定したも
のであり、超伝導状態でのシールディング体積分率が非常に小さいことがわか
る。すなわち、最適に電子キャリアをドープした LaO0.5F0.5BiS2 は、完全な超
伝導状態を発現できていないと考えられる。一方、高圧合成試料は大きな反磁
性シグナルを示し、完全な(バルクな)超伝導状態を示している。さらに、Tc
が大幅に上昇し、7 K以下で大きな反磁性シグナルを示している。電気抵抗率測
定からは、8 K以上でゼロ抵抗状態を観測し、超伝導転移のオンセットは 10 K
以上まで上昇している 6,31,32)。これらの結果から、LaO0.5F0.5BiS2の本質的な超
伝導が高圧合成の効果により誘起されたと考えられる。ところが、超伝導特性
にこれだけ大きな変化があるにもかかわらず、X 線回折(XRD)パターンに劇
的な変化は観測されない。一方、XRDピークのブロード化が観測され、特に(00l)
ピークが非対称にブロード化し、c軸方向の一軸収縮が観測された 39)。最近では、
中性子回折と原子対相関関数解析から、長周期的には正方晶である
LaO0.5F0.5BiS2の結晶構造が、短距離的には面内ひずみモードを有していること
が示されており、高圧合成試料でそれは顕著になることがわかった 38)。BiS 面
内で S が大きく変位することで、局所的には正方晶の対称性が破れた領域が形
成され、それが高 Tc相発現に重要な鍵となる。これは、次に説明する高圧下測
定結果からも支持される結果であり、単斜晶的に格子が歪むことで
LaO0.5F0.5BiS2 の高 Tc 相が発現する。初めに述べた通り、一般的な無機化合物
では高圧合成によって格子が歪んだり格子定数が変わったりすることは稀であ
る。BiS2系超伝導体の高圧合成で上述の格子変化が生じることは、BiS2層がそ
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もそも乱れている(ガラスに近いような)性質を有するためだと考えられる。
4-2.高圧下測定による Tc上昇
LaO0.5F0.5BiS2の常圧相(Tc = 2.5-3 K)の高圧下物性を評価すると、1 GPa
以上の圧力領域において、高圧合成と同様に高 Tc相が得られる 34-36)。第 3図(b)
に示す通り、LaO0.5F0.5BiS2(図中の赤丸)の Tcは 0.5 GPa 付近で急激に上昇
していることがわかる。高圧下での XRDから、この急激な変化は構造相転移に
対応していることがわかっている 34)。常圧下では正方晶(P4/nmm)だが、2 GPa
以上では単斜晶(P21/m)に相転移する。これら二つの結晶構造を第 3 図(c,d)
に示す。基本的な層状構造は維持しつつ、面内の Bi-Sネットワークが変化する。
具体的には、Sが大きく変位し、2種類の Bi-S間距離(約 2.7 Åと約 3.0 Å)が
生じる。短い Bi-S結合がジグザグ鎖を組んでいるととらえることもできる。ま
た、BiS 面のスライディングにより、c 軸方向の結合(Bi-Bi 間距離)も変化す
る。これらの効果から単斜晶相では電子状態が変化し、フェルミ面の形状およ
び異方性(kx、kyに関する異方性)が生じる 40)。今後、単斜晶相の電子状態と
高 Tc相の発現機構を結びつけることができれば、BiS2系超伝導の機構解明およ
びさらなる高 Tc化につながると期待する。
ここで、LaO0.5F0.5BiS2 高圧合成試料を用いた高圧下測定の結果にも触れる。
上述の通り、高圧合成試料はTc ~ 8 Kの高Tc相がすでに誘起されているが、XRD
パターンから物質が単斜晶にひずみ切っていないことが示されており、相転移
の途中のような状態といえる。ここに、高圧を印加していくと、Tcは約 10 Kま
で上昇する。興味深いことに、1 GPa 以上の Tc の圧力依存性は、常圧相の
LaO0.5F0.5BiS2に高圧を印加した場合ときれいに一致する。つまり、高圧合成に
より生じた局所構造ひずみは、高圧下測定で見出された単斜晶への構造相転移
と同種のものであると考えられる。これは、原子対相関関数解析による局所的
面内ひずみの示唆と矛盾しない。
では、La 系で観測された圧力依存性は、他の RO1-xFxBiS2でも観測されるの
か。これまでの研究では、R = La, Ce, Pr, Ndにおいて同様の圧力誘起相転移の
ふるまいが観測されている 35,36)。代表的な結果を第 3図(b)にプロットするが、
注目すべきは相転移を起こす臨界圧力がシフトすることである。Tc が大きく変
化する領域の中点をとると、臨界圧力は La, Ce, Pr, Ndの順に高圧側にシフト
する。この順序は、R サイトのイオン半径と対応しており、R イオン半径が大
きく、格子定数の a 軸が大きいほど単斜晶への構造相転移を起こしやすいこと
を示している。この仮説を裏付ける結果として、EuFBiS2 においても同様の高
圧下測定においても単斜晶への構造相転移が確認され、その臨界圧力は約1 GPa
8
である 37)。LaO0.5F0.5BiS2と EuFBiS2の a 軸長はほぼ同程度であり、a 軸長と
臨界圧力は相関すると考えられる。このように、BiS2 系超伝導では格子体積の
大きさにより超伝導の性格が変わってくる。それは、連続的な元素置換による
化学圧力の効果にも顕著に表れる。次に、RO0.5F0.5BiCh2構造における化学圧力
と超伝導の相関を説明する。
第 3図。(a) LaO0.5F0.5BiS2の常圧相および高圧合成試料の磁化率(ZFC:ゼロ
地場冷却測定結果)の温度依存性。(b) BiS2系超伝導体の Tcの圧力依存性。(c,d)
LaO0.5F0.5BiS2の常圧相(低 Tc相)と高圧相(高 Tc相)の結晶構造図。
4-3.化学圧力による超伝導の発現
ここまでは、物理的な外部圧力の印加による結晶構造変化とそれに伴う超伝
導特性の変化を議論してきた。同様の格子体積の制御は、同価数元素の置換に
よる化学圧力によっても実現できる。ここでは、RO0.5F0.5BiCh2系の物質におい
て、超伝導と化学圧力効果の相関を議論する。
まず、RO0.5F0.5BiS2 における超伝導の発現を説明する。以下の議論で扱うす
べての組成はブロック層の Oを Fで 50%置換しており、BiS2系の最適ドープ領
9
域に固定している。R サイトを La(イオン半径が 116 pm), Ce(114 pm), Nd
(112 pm), Sm(108 pm)と固溶することで、格子体積が連続的に変化させる
ことができる 15,41-43)。すなわち、仕込みの電子ドープ量を変化させずに格子を
連続的に収縮しており、高圧の印加と状況がよく似ている。R サイト置換によ
る化学圧力効果を議論するために、第 4図(a)に Rサイトの平均イオン半径を横
軸にした超伝導相図をプロットした。出発点は LaO0.5F0.5BiS2 であり、3.キ
ャリアドープで述べた通り不完全な超伝導状態(Tc = 2.5~3 K)である。Laを
Ceで置換していくと、この不完全な超伝導は一度消失する。R = Ceになっても
超伝導は現れず(Ce系の常圧合成試料は F-70%ドープにおいて弱い超伝導シグ
ナルを示し、高圧合成により完全な超伝導状態を示す 10,44)。)、R = Ce0.6Nd0.4で
バルクな超伝導が発現する 41)。その後、より化学圧力を印加していくと、R =
Nd0.4Sm0.6まで Tcが上昇を続け、R = Nd0.2Sm0.8で超伝導は消失する。第 4図
(b)に RO0.5F0.5BiS2における ab 面(BiS 面)方向の格子収縮と化学圧力の概念
図を示す。BiS2 層の構成は変化しないが、R イオン半径の減少によりブロック
層体積が減少し、BiS面が収縮する。これが矢印で示した有効的な面内化学圧力
を生じていると考えられる。この面内化学圧力効果によって、バルク超伝導が
誘起され、Tcが上昇したことになる。以上のシナリオに基づくと、R = La で不
完全な超伝導を生じること自体がおかしい。これは、超伝導面内の局所構造の
乱れから生じている局所的な超伝導であると考えられる 38)。高圧下測定の結果
から見出された正方晶-単斜晶相転移の臨界圧力は La系で最も低く、正方晶構
造が不安定であることが分かっている。また、LaOBiS2 単結晶を放射光で構造
解析したところ、わずかに歪んだ単斜晶(P21/m)であると報告されており 8)、
LaO0.5F0.5BiS2においても局所的な面内乱れが存在してもおかしくない。
さて、これらの仮説を検証するためには、R サイト置換とは異なる元素置換
による面内化学圧力効果の検証が重要であり、次に、BiS2層の Se置換を説明す
る。
ROBiS2構造(第 1図(b))の Sサイトは Seで置換することができる 9,11,14,45)。
LaO0.5F0.5BiS2-xSexは第 4 図(c)のような超伝導相図を示し、Se 置換によりバル
ク超伝導が発現し、Se 置換により Tcが上昇する 45)。この振る舞い(超伝導相
図の概形:Tcの元素置換依存性)は、第 4図(a)とよく似ている。一方、Seは S
よりもイオン半径が大きいため、Se置換は格子体積の膨張をもたらす。よって、
高圧の印加とは正反対の状況を作り出しているように、一見感じる。ここで、
Se置換による結晶構造への影響を考えてみよう。BiS2層には Sサイトが 2つ存
在するが、結晶構造解析の結果から置換された Seは面内の Sサイトを選択的に
占有していることがわかっている 46,47)。面内の S が Se で置換されると、BiSe
面が形成され、BiS 面に比べて大きな a 軸長を持つはずである。一方で、LaO
10
ブロック層の構成元素は変化しない。よって、Sと Seのイオン半径差から単純
に予想される変化よりも a 軸長の伸長は小さい値にとどまる。この状況を示し
た概念図が第 4図(d)である。Se置換により格子は膨張するものの、変化しない
ブロック層の影響により Bi-Ch 面内の充填密度は上昇し、結果として面内化学
圧力が上昇する(図中の矢印)。よって、Rサイト置換(第 4図(b))と Chサイ
ト置換(第 4 図(d))は、格子体積の変化に着目すると逆のふるまいをするが、
面内化学圧力に着目すると同様の効果を生じており、その結果として類似の超
伝導相図を示すと考えられる。このシナリオは、EXAFS(広域 X線吸収微細構
造)からも支持されており、Ce1-xNdxO0.5F0.5BiS2と LaO0.5F0.5BiS2-xSexの両方
の系において、化学圧力の効果により面内の乱れが抑制され、超伝導が発現す
るというシナリオが示されている 48,49)。さらに、常伝導領域における電気抵抗
率の温度依存性も、LaO0.5F0.5BiS2において観測された弱く局在したふるまいか
ら、金属的な振る舞いに変化する 45)。
そこで、面内化学圧力と超伝導の相関をより詳細に議論するために、以下の
手法で面内化学圧力係数を見積もる。Bi2.5+、S2-、Se2-のイオン半径から、第 4
図(f)左図のような基準となる理想的Bi-Ch間距離を想定する。その理想的Bi-Ch
間距離を、実験的に求めた Bi-Ch 間距離で割ることで、面内化学圧力係数を定
義した。化学圧力が上昇すると、第 4 図(f)右図のように軌道混成の増強が期待
できる。この値にどの程度物理的意味を持たせることができているか定かでは
ないが、BiCh2系超伝導を定性的に議論する上ではよい指標になることがわかっ
てきている 47)。軌道混成が増強されることでバンド幅が広がり、電子のホッピ
ング(トランスファー)が増強されるためにより金属的な電気伝導が発現する
というシナリオである。
第 4図(e)に、BiCh2系超伝導体の Tcを面内化学圧力係数の関数としてプロッ
トした 47)。RO0.5F0.5BiS2系も LaOBiS2-xSex系も面内化学圧力係数が 1.01 を超
えた付近からバルク超伝導体となり、面内化学圧力の上昇により Tcが上昇する。
RO0.5F0.5BiS2系では R = Smで超伝導が消失したが、この結果もこの相図から
理解でき、SmO0.5F0.5BiS2の面内化学圧力は 1.01まで減少してしまうのである15)。LaO0.5F0.5BiS2-xSex系は BiS2系とは異なるカーブに乗り、Tcは低めである。
この原因は解明されていないが、従来型の BCS 理論を仮定すると、Se は S よ
り質量が大きく、BiSe面で低い Tcが生じることが予想される。
BiS2系に関して、第 4図(e)では R = Nd0.6Sm0.4よりさらに右側の領域に高 Tc
の領域があると考えられる。しかし、R = Smで化学圧力係数が 1.01に減少し
てしまう事実から考えても、RO0.5F0.5BiS2 の化学圧力効果には限界がある。そ
れは、固溶限界や正方晶構造の限界があるためであると考えられる。その限界
を打ち破る可能性の一つが、高圧下での単斜晶構造への相転移である。第 3図(d)
11
で示した通り、単斜晶相では面内に 2.7 Å程度の Bi-S間距離のジグザグ鎖が形
成されている。この Bi-S間距離と高 Tc相の約 10 Kをプロットすると、第 4図
(e)の超伝導相図の延長線上に位置する。この場合、面内化学圧力ではなく、擬
一次元化学圧力と呼ぶべきかもしれない 47)。現時点では仮説の域を出ないが、
BiCh2層に起こる超伝導は必ずしも二次元ネットワークを必要とせず、擬一次元
的なBi-Chネットワークが最適な結合長で存在すれば高 Tcを生み出せるのかも
しれない。この仮説を検証するためには、正方晶以外の結晶構造を持つ多様な
Bi-Ch 系化合物を開拓し、局所構造と超伝導の相関をより詳細に解明しなくて
はならない。
第 4 図。(a) RO0.5F0.5BiS2における R サイト置換に対する超伝導相図。相図中
の×は 2 K以上で超伝導が観測されなかった点を示す。(b) RO0.5F0.5BiS2におけ
る ab 面方向の格子収縮(点線)と化学圧力(矢印)の概念図。 (c)
LaO0.5F0.5BiS2-xSex における S サイトの Se 置換に対する超伝導相図。(d)
LaO0.5F0.5BiS2-xSexにおける ab 面方向の格子伸長(点線)と化学圧力(矢印)
の概念図。(e) BiCh2系超伝導体の転移温度の面内化学圧力係数依存性。(f) BiCh
面における面内化学圧力とイオン半径の概図。
12
5.超伝導と磁性
BiCh2系超伝導体は、伝導層とブロック層の積層構造を持ち。また、二次元的
なフェルミ面を有し、その二次元性は正方晶相だけでなく単斜晶相でも維持さ
れる 27,40)。これは、ブロック層により BiCh2伝導層がよく分離され、理想的な
二次元超伝導が発現していることを意味する。このような環境において、BiCh2
層の超伝導とブロック層の磁性が共存することが報告されている。以下に、超
伝導と磁性の共存が報告された例を紹介する。
Xing らは、LaO1-xFxBiS2の発見直後に、La を Ce で置換した CeO1-xFxBiS2
を合成した 10)。La系同様、F置換により超伝導転移(Tc ~ 3 K)が電気抵抗率
測定により観測された。しかし、磁化率測定においては大きな反磁性シグナル
は得られなかった。この結果は、CeO1-xFxBiS2 では圧力効果が不足しており、
不完全な超伝導状態が発現したと理解できる。一方、磁化率の温度依存性は 5 K
以下で大きく上昇する。Xing らはこの転移をブロック層の Ce の強磁性秩序と
報告した。
この結果を受け、出村らはCeO1-xFxBiS2の高圧合成を行った 44)。LaO1-xFxBiS2
においては、高圧合成によりバルク超伝導が発現した経験があったためである。
高圧合成した CeO1-xFxBiS2は、バルク超伝導(Tc ~ 6 K)を示した。また、常
圧合成試料で観測された強磁性的な磁気転移は高圧合成試料においても観測さ
れ、超伝導が最適化される x = 0.7 では磁気転移温度 TM = 7.5 Kであった。こ
れにより、CeO1-xFxBiS2では BiS2層のバルク超伝導とブロック層の磁性が共存
することが確認された。興味深いことに、F置換量の増加により、Tcと TMがと
もに高温にシフトする振る舞いを見せる。あたかも超伝導と磁性が同時に増強
されているような振る舞いで、不思議である。この現象は、X 線吸収分光で得
られた局所構造と電子状態の観点から説明されている 50,51)。CeO1-xFxBiS2では
ブロック層の Ceが BiS5ピラミッドの頂点 S(S2サイト)が結合しており、ブ
ロック層と伝導面をつなぐ Ce-S2-Bi間のパスが考えられる。ここでの局所構造
が超伝導と磁性の発現に重要なカギとなる。低 F置換領域(x < 0.4)では、S2
が BiS面に近い距離にあり、Ce-S2-Biチャンネルが有効である。一方で、超伝
導と磁気転移の共存が明確に観測される高 F置換領域(x > 0.4)では、S2がブ
ロック層に接近し、その場合 Ce-S2-Ceチャンネルが有効となる。CeO層と BiS
面がより分離され、かつ Ce-S2-Ceにより Ce間相互作用が増強された高 F置換
領域の状況は、超伝導と磁性の共存にとってより好ましいことは理解できる。
最適ドープの CeO0.3F0.7BiS2 高圧合成試料の中性子実験も行われており、強磁
性的な秩序モデルが提案されている 52)。しかし、多結晶を用いた実験であり、
13
また磁場中での秩序方向の特異な変化のため、強磁性秩序の詳細は完全には理
解できていない。三浦らにより超伝導と磁気転移の両方を示す CeO1-xFxBiS2単
結晶が育成されているが 53)、中性子実験を行える大型単結晶は得られていない。
今後、高 F 置換領域の大型単結晶を育成し、磁気秩序の詳細を解明することが
重要な課題である。
CeO1-xFxBiS2系以外にも、様々な BiCh2系において伝導層の超伝導とブロッ
ク層の磁性が共存することが報告されている。同様に Ceを含む Sr0.5Ce0.5FBiS2
(結晶構造は第 1図(c))やそこに Seを置換することでバルク超伝導を発現させ
た Sr0.5Ce0.5FBiS2-xSex、EuFBiS2 に Ce を置換した Eu0.5Ce0.5FBiS2 において
Ce の磁性と超伝導の共存が見いだされている 22,54-56)。また、Bi4O4S3(結晶構
造は第 1 図(e))に Ni を置換した Bi4-xNixO4S3においても、Ni はブロック層に
置換され、強磁性を示すことが報告されている 57)。BiCh2 系では異なる層内で
超伝導と磁性が共存し、基礎物性の観点以外にも、固有ジョセフソン接合など
応用物性の観点からも興味深い。今後、より魅力的な共存状態を有する新物質
が発見されることを期待する。
ここで、ノンドープの CeOBiS2単結晶で見いだされた非従来型量子臨界状態
についても紹介する 58)。東中らは CeOBiS2単結晶の育成に成功し、Ce は 3 価
で 4f 電子が局在状態にあることを報告した。また、低温の比熱測定から、4 K
以下で比熱が-logT に比例した特異な発散を示すことを見出した。この振る舞い
は、絶対ゼロ度に量子臨界点が存在することを示唆している。Ce 磁気モーメン
ト間の超交換相互作用が持つ幾何学的フラストレーションがこの異常の起源と
なっている可能性があり、CeOBiS2 が幾何学的フラストレーションに基づく量
子臨界点を有する世界で初めての磁性体である可能性がある。
6.超伝導機構解明に向けたトピックス
6-1.単結晶育成と超伝導異方性
RO1-xFxBiS2系の単結晶はCsClやKClなどのフラックスを用いることで育成
できる 59,60)。大きいものでは数mm程度の薄板上の結晶が得られ、超伝導物性
を評価する上では十分なサイズである(中性子実験などを行うためにはより大
型の単結晶が求められるが)。長尾らはこの系の単結晶育成に初めて成功し、
RO1-xFxBiS2単結晶の磁場中特性を評価することで、超伝導異方性パラメータ()
を評価した。驚くことに、RO1-xFxBiS2単結晶は銅酸化物級の = 30-40を示し
た 60)。同様の RO ブロック層を有する鉄ヒ素系と比較しても、超伝導異方性は
非常に大きく、BiS面内で生じている超伝導状態の二次元性は非常に高いことが
14
わかる。大きな異方性は固有ジョセフソン素子の実現可能性を示唆しており、
実際に微細加工した PrO1-xFxBiS2単結晶においてジョセフソンボルテックスフ
ローが観測されている 61)。RO1-xFxBiS2系や RO1-xFxBiS2-xSex系の単結晶も育成
されており、超伝導機構解明に向けた研究や超伝導応用を見据えた研究がさら
に進むことが期待される。
6-2.ARPES
RO1-xFxBiS2単結晶を用いた ARPES(角度分解光電子分光)が報告されてた。
基本的に、バンド計算と一致するバンド構造が観測されている。特に、La系で
はよい一致を示し、F置換量から理論的に予想されるフェルミ面とほぼ一致する
フェルミ面が観測されている 62)。また、LaO1-xFxBiS2の ARPES から、バンド
計算結果と実験結果をより近づけるためにはスピン軌道相互作用を考慮する必
要があることが指摘されている。一方、CeO0.5F0.5BiS2では F置換量が 50%(x
= 0.5)であるにもかかわらず、ARPES から見積もられたフェルミ面は、理論
計算における x = 0.22程度であった 63)。同様の結果が NdO0.5F0.5BiS2において
も観測されており、ARPESから見積もったフェルミ面は理論計算における x =
0.16と一致した 64)。この不一致を説明する可能性として、Biサイトの欠損が提
案されている。しかし、Nd 系の STM(走査型トンネル顕微鏡)において見積
もられた Bi欠損は多くとも数%程度であることが指摘されており 65)、Bi欠損の
みで実験と理論の矛盾を解決できそうにない。よって、Ce 系や Nd 系で観測さ
れる小さなフェルミ面の起源は解決すべき課題である。
6-3.超伝導ギャップの直接観測
Bi4O4S3多結晶および NdO1-xFxBiS2単結晶試料を用いた STS(走査型トンネ
ル分光)により、特異な超伝導ギャップが観測されている 66,67)。共通して、非
常に大きな超伝導ギャップが観測され、その値はバルク測定から評価された Tc
を用いた場合にBCS理論から期待される超伝導ギャップの 5倍程度にも達する。
さらに、分光スペクトルから見積もった超伝導のオンセット(ギャップの開き
始める温度)はバルク測定の Tcよりはるかに高く、NdO1-xFxBiS2では電気抵抗
率測定の Tczero ~ 5 Kに対して Tc
STS ~ 26 Kである 67)。この結果は、より高温か
ら超伝導揺らぎが発達しているためであるとされている。この超伝導揺らぎの
正体を理解することは重要な課題である。
超伝導対称性を議論するために、SR(ミュオンスピン回転)と熱伝導度測定
が行われており、超流動密度の温度依存性から対称性が議論されている。
15
Bi4O4S3多結晶試料を用いた熱伝導度測定において、強結合超伝導とフルギャッ
プの s波超伝導であることが示された 68)。また、LaO0.5F0.5BiS2高圧合成多結晶
試料のSR においてもフルギャップの s 波超伝導が提案されているが、超伝導
ギャップの異方性が強いことも提案された 69)。最近の NdO0.71F0.29BiS2単結晶
を用いた熱伝導度測定からも異方的なフルギャップ s 波超伝導であると結論付
けられた 70)。
一方、NdO1-xFxBiS2単結晶を用いた ARPES の結果で、超伝導ギャップの波
数依存性において完全に閉じている領域がある可能性が指摘されており 71)、測
定手法によって結論が統一できていない現状である。
6-4.電荷秩序の可能性
BiS2系超伝導体発見直後から、電荷秩序の可能性が理論的に示されていた 72)。
実際に、EuFBiS2 においては電荷密度波転移とされる相転移が室温直下で観測
されている 21)。一方で、EuFBiS2の高圧下測定においては、Tcと TCDWの圧力
依存性に顕著な相関は見られず 37)、BiCh2 系超伝導と電荷秩序の関連は解決さ
れていない。さらに不可解な現象が RO1-xFxBiS2系の STM で観測されている。
RO1-xFxBiS2系では二枚の BiS面がファンデルワールス結合しており、単結晶を
劈開した場合、ここが劈開面となる。バルク測定で超伝導が観測されている単
結晶試料において、この劈開面でスペクトルをとると、超伝導ギャップではな
く半導体のギャップが開いてしまうのである 67,73,74)。この現象は独立した二つ
のグループにおいて観測されており、本質であると考えられる。興味深いのは、
半導体ギャップが開いている表面において、ストライプ状の構造が観測される
点である 73,74)。これが、何らかの電荷秩序状態と関係している可能性がある。
一方、イオンミリングにより劈開面を削ると、超伝導ギャップが観測される 67)。
これらの事実から、BiS面が二枚あることが超伝導発現に重要であることが予想
され、一枚の BiS 面が表面に露出した場合、電荷秩序などによる絶縁化が生じ
ている可能性がある。
6-5.理論研究の動向
上述の通り、超伝導ギャップの実験的報告からは、電子格子相互作用を媒介
にした従来型の超伝導機構を支持する結果がある一方で、従来型では理解でき
ない実験結果もある。今後、様々な物質系で超伝導ギャップの詳細な観測が進
めば、超伝導対称性に関する統一的な見解が得られると期待される。このよう
な現状であるため、理論的な超伝導対称性の議論も結論には至っていない。
16
BiCh2 系超伝導の理論的な研究動向は、臼井らの最近のレビュー論文 75)に解説
されているが、以下に簡単に述べる。第 3 章(キャリアドープ)でも説明した
が、BiCh2系超伝導体の母物質はバンドギャップを持つ半導体であり、Bi-6p軌
道とS-3p軌道が混成したバンドに電子キャリアをドープすると超伝導が発現す
る。LaO1-xFxBiS2 においては、バンド計算と実験結果がよく一致し、この系に
は強相関系のような強い電子相関は存在しないことがわかっている 62)。一方で,
CeO1-xFxBiS2やNdO1-xFxBiS2においてはバンド計算とARPESの結果が一致し
ておらず 63,64)、面内化学圧力が高い系の電子状態の理解は、今後の重要な解決
課題である。BiCh2系では、電子格子相互作用が強いことが示されており、従来
型超伝導機構に基づく計算から、LaO0.5F0.5BiS2における Tc ~ 10 Kが理論的に
説明できており、従来型の s 波超伝導は有力候補である 72,76-78)。一方で、スピ
ン揺らぎを媒介にした超伝導機構も提唱されている 76,79-81)。また、BiS 面内の
大きな揺らぎに起因した価数揺らぎを媒介にした超伝導機構も提案されている38)。EuFBiS2 系では電荷密度波転移が実験的に観測されていることや、理論的
に電荷秩序状態の安定性が示されていることから 21,72)、電荷揺らぎを媒介にし
た超伝導機構である可能性もある。以上、簡単に理論研究の動向を紹介したが、
やはり実験的な超伝導対称性の議論が不足している現状にあるため、決定的な
理論は定まっていない。今後の実験・理論の両方の進展に期待したい。
7.まとめと今後の展望
2012年に発見された BiCh2系層状超伝導体に関して、結晶構造の多様性を紹
介した。BiCh2伝導層とブロック層の積層構造を基本とし、様々なブロック層を
用いることで多様な BiCh2 系超伝導体が合成されている。母物質は半導体であ
り、超伝導発現にはキャリアドープが必要である。ただし、キャリアドープの
みでは完全な超伝導状態が発現せず、BiCh面内の化学圧力、すなわち面内の軌
道混成を十分に増強させることがバルク超伝導発現に必要である。これまでの
研究で、超伝導を発現させるための条件と、Tc を上昇させるための戦略は明ら
かになりつつあり、BiCh2系超伝導体発見のレシピは出来上がってきている。つ
まり、構成元素や予想される結晶構造から超伝導になるか否かを予想でき、物
質設計指針が容易に立てられる。実際に、本校執筆中にも研究室に配属されて 2
カ月の学部生が、このレシピに従い新しい BiCh2 系超伝導体の発見を達成でき
た。一方、超伝導と磁性の共存現象や超伝導機構の完全な理解には至っておら
ず、今後の実験・理論研究が重要である。BiCh2系超伝導は Biにおこる超伝導
を議論できる限られた舞台である。Bi ならではの非常に強いスピン軌道相互作
17
用やローンペアの影響など、エキゾチックな超伝導機構を見出せる可能性があ
ると考えている。BiCh2 系において、Bi 系超伝導ならではの新しい物理現象を
見出せることを強く期待する。
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