b777型 機のフライト・コントロール・システムと その操縦性に …

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28 日本 航 空宇 宙 学会 誌 第44巻 第504号(1996年1月) -特 集- B777型機 の フ ラ イ ト ・コ ン トロ ー ル ・シス テ ム と そ の 操 縦 性 に つ い て*1 治*2・平 之*2 Key Words:Aircraft, Handling Qualities 1.概 全 日空では1990年末 にB767型機 とB747型機 の 中 間 機 材 と し てB777型機(第1,2図)の導 入 を 決 定 し さ1995年12月 か らの 国 内 初 就 航 に 向 け て 諸 準 備 を 進 め て い る. この 機 体 の外 観 は 当 社 のB767型機 と同 様 の形 状 を して い るが,翼 幅 がB747SR型機 よ り約1m広 く, 全 長 で も7m弱 短 いだ け であ り,双 発 機 と して は非 常 に 大 きな 機 体 に仕 上 げ られ て い る(第3図).ま た こ の機 体 にはB767型機 やB747-400型 機以上に新技術 が多 く採 用 されてお り,中 で もボーイ ング社 の民間機 として初めてフライ ・バイ ・ワイヤによるフライ ト・ コントロール ・システムが装備されている.つ まりフ ラ ッ プ,ス ラ ッ トを含 め て エ ル ロ ン,エ レベ ー タ,ラ ダー のすべ ての フ ライ ト ・コ ン トロー ル ・シス テムが 電 気信 号 によ り作動 す る. このフライ ト・コン トロール ・システムに焦点を絞 り,在 来機 との相違 も含 め てその概 要 お よび機 能 を紹 介 す る と と も に,そ の 操 縦 性 に つ い て パ イ ロ ッ トの 立 場 か ら解 説 す る. 2.フ ラ イ ・バ イ ・ワイヤ の選定 理由 ボ ー イ ン グ 社 がB777型機 に フ ラ イ ・バ イ ・ワイ ヤ を 選 定 した 理 由 は以 下 の と お りで あ る. (1) ケ ー ブ ル や プ ー リー,リ ン ク等 の メ カ ニ カ ル機 構 を減 少 させ る こ とに よ り,構 造 が 単 純 に な り, 製 作 上 の 利 点 が あ る. (2) コ ン ピ ュ ー タ に よ る正 確 で 精 密 な コ ン ト ロ ー ル を使用 して機体 の静安定 を確保 しているため, 水平・垂直尾翼 を機体の大 きさに比べて小 さくで き,機 体 全 体 の 重 量 軽 減 が 可 能 で あ る. (3) コ ン トロール ・モー ドの設 定や プ ロテ クシ ョンの 追 加が容 易 であ り操縦 性 と安全性 が向上 す る. (4) 機 械 的 な可 動 部 分 の 減 少 に 加 え,電 気 的 な リダ ンダ ンシー を持 た せ る こ とに よ り信頼 性 と整備 性 の 向 上 を図 る こ とが で き る. 3.フ ライ ト・コン トロール ・システムの 概 要(第4図) エ レベ ー タ,エ ル ロ ン,ラ ダ ー お よ び ス ポ イ ラ等 機 体 の ピ ッチ,ロ ー ル,ヨ ー 方 向 の コ ン トロ ー ル を行 う 舵 面 は プ ラ イ マ リ ・フ ラ イ ト ・コ ン トロ ー ル ・シ ステ ム と呼 ばれ てい る.こ の プ ライマ リ ・フ ライ ト ・コン トロー ル ・シス テム は3台 のプ ライマ リ ・フ ライ ト ・ コ ン ピ ュ ー タ(PFC)で す べ て コ ン トロ ー ル さ れ て お り,在 来 機 に お い て は独 立 し た 別 個 の シ ス テ ム で あ っ た ス ピー ド ・ブ レー キ,ヨ ー ・ダ ンパ,ラ ダー ・レシ オ・チ ェ ンジ ャー(機速 に応 じて ラダー の舵 角 を制 限す る機 能)の各 機 能 も合 わ せ もっ て い る. 一 方,翼 後 縁 に あ る フ ラ ップ お よ び 翼 前 縁 に あ るス *1平成6年10月6日 ,第32回 飛 行 機 シ ンポ ジ ウ ム に て 講 演. 平 成7年7月31日 原稿受理 Flight Control Systemof B777 andIt's Handling Qualities *2全日 本 空 輸(株)運 航 技 術 部 Yoshiharu KOBAYASHI and Hiroyuki HIRANO (28)

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28 日本航空宇宙学会誌 第44巻 第504号(1996年1月)

-特 集-

B777型 機 の フライ ト ・コン トロール ・シス テ ム と

その操縦 性 につ いて*1

小 林 美 治*2・ 平 野 博 之*2

Key Words:Aircraft, Handling Qualities

1.概 要

全 日空 で は1990年 末 にB767型 機 とB747型 機 の

中間 機材 としてB777型 機(第1,2図)の 導入 を決 定

しさ1995年12月 か らの 国内初 就航 に向 けて諸準 備 を

進 め てい る.

この機体 の外 観 は当社 のB767型 機 と同様 の形 状 を

して い るが,翼 幅 がB747SR型 機 よ り約1m広 く,

全 長 で も7m弱 短 いだ け であ り,双 発 機 と して は非

常 に大 きな機体 に仕上 げ られて い る(第3図).ま た こ

の機 体 にはB767型 機 やB747-400型 機 以上 に新技術

が多 く採 用 されてお り,中 で もボーイ ング社 の民間機

として初 め てフ ライ ・バ イ ・ワイヤ によ るフライ ト・

コ ン トロール ・システムが装 備 されて い る.つ ま りフ

ラ ップ,ス ラ ッ トを含 めて エル ロ ン,エ レベ ータ,ラ

ダー のすべ ての フ ライ ト ・コ ン トロー ル ・シス テムが

電 気信 号 によ り作動 す る.

この フライ ト ・コン トロール ・シ ステム に焦 点 を絞

り,在 来機 との相違 も含 め てその概 要 お よび機 能 を紹

介す る と ともに,そ の操 縦性 に ついてパ イ ロ ッ トの立

場 か ら解説 す る.

2.フ ラ イ ・バ イ ・ワイヤ の選定 理由

ボーイ ング社がB777型 機 に フライ ・バ イ ・ワイヤ

を選定 した理 由 は以 下の とお りで あ る.

(1) ケー ブル や プー リー,リ ン ク等 の メ カ ニカ ル機

構 を減 少 させ る こ とに よ り,構 造 が単純 にな り,

製 作上 の利点 が ある.

(2) コ ン ピュー タに よ る正 確 で精 密 な コ ン トロール

を使 用 して機体 の静 安 定 を確保 して い るた め,

水 平 ・垂直 尾翼 を機体 の大 きさに比 べて小 さくで

き,機 体 全体 の重量軽 減 が可能 で あ る.

(3) コ ン トロール ・モー ドの設 定や プ ロテ クシ ョンの

追 加が容 易 であ り操縦 性 と安全性 が向上 す る.

(4) 機 械 的 な可 動部 分 の減 少 に加 え,電 気 的 な リダ

ンダ ンシー を持 た せ る こ とに よ り信頼 性 と整備

性 の向上 を図 る こ とがで きる.

3.フ ライ ト・コン トロール ・シ ステ ムの

概要(第4図)

エ レベ ー タ,エ ル ロン,ラ ダー お よびス ポイ ラ等機

体 の ピ ッチ,ロ ー ル,ヨ ー方 向の コ ン トロール を行 う

舵 面 はプ ライマ リ ・フライ ト ・コ ン トロー ル ・システ

ム と呼 ばれ てい る.こ の プ ライマ リ ・フ ライ ト ・コン

トロー ル ・シス テム は3台 のプ ライマ リ ・フ ライ ト ・

コ ン ピ ュー タ(PFC)で す べ て コ ン トロ ー ル され て お

り,在 来 機 にお いて は独 立 した別個 の シ ステム であっ

た ス ピー ド ・ブ レー キ,ヨ ー ・ダ ンパ,ラ ダー ・レシ

オ・チ ェ ンジ ャー(機 速 に応 じて ラダー の舵 角 を制 限す

る機 能)の 各機 能 も合わ せ もって い る.

一 方,翼 後 縁 にあ るフ ラ ップ お よび翼前 縁 にあ るス

*1平 成6年10月6日,第32回 飛 行 機 シ ンポ ジ ウ ム に て 講 演.

平 成7年7月31日 原稿 受 理 Flight Control System of

B777 and It's Handling Qualities*2全 日本 空 輸(株)運 航 技 術 部 Yoshiharu KOBAYASHI and

Hiroyuki HIRANO

(28)

B777型 機 の フ ライ ト・コ ン トロール ・シ ステ ム とその操 縦 性 に つ いて(小 林 ・平 野) 29

ラッ トの高揚力装 置 はセ カンダ リ ・フライ ト ・コン ト

ロール と呼 ばれ てお り,2台 の フラ ップ ・スラ ッ ト ・

エレク トロニ ッ ク ・ユ ニ ッ トです べて コ ン トロール さ

れる.第4図 にB777の フライ ト ・コン トロール ・シ

ステム を示す.

B777型 機 の特 徴 と して在 来機 のイ ンボー ド ・エ ル

ロンはフラッペ ロ ンに名称 が 変更 され てい る.こ の フ

ラ ッペ ロンは フ ラ ップ をダ ウ ン した場 合 に イ ンボ ー

ド・フラップ とア ウ トボー ド ・フラ ップ との間 隙 を無

くす ように作動 し,揚 力 の損 失 を極 力 減 少 させ て い

る.B767型 機 にお いて も同様 の機 能 が あっ たが,こ

の機体 にお いてはそ の機 能が さらに拡 大 して い るた め

に この ように呼 ばれ てい る.

また この機 体 の ラダー は1枚 であ るが,ラ ダー の効

果 を大 き くす るため のタ ブが装備 され てい る.

4.プ ライ マ リ ・フ ライ ト ・コ ン トロール ・

システ ム

4.1 在来機 とのシス テム上 の相違 点(第5図) 在

来 機 のマ ニ ュアル ・コ ン トロールで は,操 縦 桿 か らの

入 力 はケ ーブル や リンク機構 を介 して機械 的 に油 圧 ア

第1図  B777型 機 第3図 B777型 機 とB747の サイズ比較

第2図 B777型 機三面図

(29)

30 日本航空宇宙学会誌 第44巻 第504号(1996年1月)

第4図 B777型 機 の フ ラ イ ト ・コ ン トロー ル ・シス テ ム

〈777フ ラ イ ・バ イ ・ワイ ヤ操 縦 装 置 〉

第5図 フライ ・バイ ・ワイヤ と在来 システムの比較

クチ ュエー タのサ ーボ ・バル ブに伝 え られ,こ のサー

ボ・バ ル ブの油道 を切 り換 えて舵 面 を作 動 させて い る.

これ らの システム に はフ ィー ル機 構 が組 み込 まれ てお

り,高 度 ・速 度 ・水 平尾 翼の トリム位 置等 に応 じて操

縦桿 に適切 な重 さ を与 えて い る.ま たオ ー トパ イ ロッ

トの コマ ン ドは操縦 桿 か らの入 力 と同様,ケ ー ブルや

リン ク機構 を介 して油圧 ア クチ ュエー タに伝 え られ る

と ともに,機 械 的 に操 縦桿 に フ ィー ドバ ック として戻

るよ うにな ってい る.

一 方,B777型 機 の フライ ト・コン トロール ・システ

ムに は操縦 桿 と舵面 との機 械的 な つなが りが ない.パ

イロ ッ トの入 力 は電 気信号 に変 え られ,コ ン ピュー タ

で処 理 され た後 に電 気信号 の まま舵 面 を作動 させ る油

圧 ア クチ ュエー タのサ ー ボ ・バル ブ に伝 え られ る.た

(30)

B777型 機 の フラ イ ト ・コン トロ ール ・シ ステ ム とその操 縦 性 に つい て(小 林 ・平 野) 31

だし在来機 と同様 の操舵力 を得 るた めの フ ィー ル機構

や.オ ー トパ イ ロ ッ トの コマ ン ドを操 縦桿 に フ ィー ド

バ ックさせ るた めのバ ック ドライ ブ機構 が 装備 され て

いる.

4.2 設計思 想 ボー イ ング社の プ ライマ リ ・フラ

イ ト・コ ン トロー ル設計 思想 を以下 に示 す

(1) マ ン・マ シー ン間や パ イロ ッ ト間の相 互関係 に悪

影響 がない限 り基本 的 に在 来機 の操縦 感覚 を残 し,ま

た操縦操作 とそれ に対 す る機体 の反 応 は視 覚 ・触 覚 の

両方で認識 すべ きで ある と考 えた.

このためサ イ ド ・ステ ィッ クで はな く在 来 のボー イ

ングの機体 と同様 の操縦 桿 を採 用 した.

(2) パ イ ロ ッ トが運 用限界 か ら逸脱 す る こ とを避 け

た り,回 復 す る こと を援 助 す る機 能 の 必 要性 を認 識

し,コ ンピュータ によ るプロテ クシ ョン を設定 した.

具体 的 には ス トール,オ ーバ ー ・ス ピー ド.バ ンク ・

アングル に対 して プ ロテ クシ ョンが設 定 されて お り,

これ らの リ ミッ トに近付 くと対応 す る操 舵力 が次第 に

大 き くな って い くように設計 され て いる.

(3) パイ ロ ッ トは飛 行機 の操 縦 に対 し究 極 的 な権 限

を保持 すべ きであ る との認識 か らパ イロ ッ トが意 図的

に力 を加 えれ ばプ ロテ クシ ョンをオーバ ー ライ ドで き

るようにして い る.

例 えば,ス トール に近付 く とコ ン トロール ・コラム

を引 く力 は次第 に増大 して行 くが,そ の力 に抗 して大

きな力 を加 える こ とに よ り.機 体 をス トー ル させ るこ

とがで きる.通 常の飛 行 であれ ば,も ち ろんパ イロ ッ

トはその ような舵 を使 用 す るこ とはないが.機 体 が危

機的状 態 に陥 った場合,あ えて通 常許容 され た運動 範

囲を超 えるこ とによ り,そ の状況 を回避 で きる可能 性

もあ る.そ の万 が一 の場 合 にお け る選択 の余 地が この

機 体 に は残 され てい る と言 うこ とがで きる.

(3) 自動 化(オ ー トパ イ ロ ッ ト.オ ー トス ロ ッ トル)

の作動 を監 視す るた め,視 覚 ・触 覚 に よる確 認手段 の

必 要性 を重視 し,操 縦 桿 とス ラス ト ・レバ ー にフ ィー

ドバ ックを与 えてい る.

このた めオー ト ・パ イ ロ ッ トが どの ような舵 を コマ

ン ドして い るか,ま たオー ト ・ス ロッ トルが どの程 度

のエ ンジン出力 をコマ ン ドして い るか が,一 目瞭然 で

把握 で きる.

(5) 単純 で信頼性 のあ る代替 機能 の必 要性 を認 識 し,

コン ピュー タや配 線 の高度 な多重性 とともに電 源系 統

に も多重性 を持 たせ て いる(第6図).

3台 のPFCは それ ぞれ別 々の ラ ッ クに分散 して設

置 され て い る.ま た 各々 のPFCは 同 じ計 算 をす る3

つ のチ ャ ンネル で構成 されてい る上 に,そ れ ぞれ のチ

ャンネル は別々 の メー カーで作 られ てい るため異 な る

言語 で処理 され てお り.合 計9個 の チ ャンネル は3系

統 のデ ジタル ・デー タ ・バ ス に よって,そ れぞれ の計

算値 を比較 しなが らア ウ トプ ッ トを決 定 してい る.

また電 源 系 統 は 在 来 線 と同 様 の エ ン ジ ン お よび

APUジ ェネ レー タ,機 体 のバ ッテ リー に加 えて,エ

ンジ ン駆動 のバ ックア ップ・ ジ ェネ レー タ,RAT(ラ

ム ・エ ア・ ター ビン)・ ジ ェネ レー タ(機 速 を利用 して

プロペ ラ を回転 させ るこ とによ りジェ ネレー タの駆 動

力 を得 る装置),フ ライ ・バ イ ・ワイヤ専 用のPMG(パ

ーマ ネン ト・マ グネテ ィ ック ・ジェネ レー タ)が 装備 さ

れて いる 切

4.3 シ グ ナ ル ・フ ロー(第7図) 実 際 の シ グ ナ

ル ・フロー は以 下 の とお りであ る.

マニ ュア ル ・フラ イ トに おけ るパ イ ロ ッ トによ る入

力 は ポジ シ ョン ・トランス デュー サに よ りア ナロ グの

第6図 プ ラ イ マ リ・ フ ラ イ ト ・コ ン ピ ュー タ

(31)

32 日本航空宇宙学会誌 第44巻 第504号(1996年1月)

第7図 シグナル ・フロー

電気 信号 に変換 され る.こ の信 号がACE(ア クチ ュエ

ータ ・コ ン トロール ・エ レク トロニク ス)に 送 られて デ

ジ タ ル 信 号 に 変 換 さ れ,そ の 後PFCに 送 られ る.

PFCに はエア ・デー タ,イ ナ ー シャル ・デー タ,フ ラ

ップ ・ス ラ ッ トポ ジシ ョン,エ ン ジン ・スラス ト,電

波高 度計 等 の各 機 体 シス テム か らの デ ー タが デ ジ タ

ル ・デー タ ・バ スを介 して常時送 られて お り,こ こで

舵面 を作動 させ るため のア ウ トプ ッ トが フラ イ ト ・コ

ン トロール ・ローに基 づいて決 定 され る.こ の ア ウ ト

プ ッ トが再 度ACEに 送 られ,ア ナ ロ グ信 号 に変換 さ

れ て,舵 面 を作 動 させ る,PCU(パ ワー ・コ ン トロ ー

ル ・ユ ニ ッ ト)にイ ンプ ッ トされ る.

オー ト ・パ イ ロ ッ トにお いて はAFDC(オ ー トパ イ

ロ ッ ト・フ ライ ト・デ ィ レクタ ・コ ン ピュー タ)で 作 ら

れ た コマ ン ドが マ ニ ュア ル の 場 合 と同様 にPFC,

ACE,PCUを 介 して舵 面 を作 動 させ るの と同 時 に,

同一 の コマ ン ドがバ ック ・ドライ ブ ・サ ーボ に送 られ

て,フ ィー ル ・ユ ニ ッ トを介 して機械 的 な動 きに変換

され,リ ンク機 構 を通 して コン トロール ・コラム にフ

ィー ドバ ックされ る とい う流 れで あ る.

5.フ ライ ・バ イ ・ワイ ヤの操縦 性

5.1 コン トロー ル ・モー ド(第1表) フライ ト・

コン トロール・ シス テムの コ ン トロー ル ・モー ドには

関連 す るセ ンサ や コン ピュー タの作動状 態 に応 じてノ

ーマル ,セ カンダ リお よびダイ レ ク トの各 モー ドがあ

る.

5.1.1 ノー マル ・モー ド(第8図) ノーマ ル ・モー

ドはすべ て のセ ンサ や コ ンピュー タが正常 に作 動 して

い る場 合 の モ ー ドで あ り,PFCに よ りコ ン トロール

され,オ ー トパ イロ ッ トも この モー ドで作動 す る.

ロールお よび ヨー方 向の コン トロー ル につい ては在

来機 同様,操 縦桿 の入 力 とエル ロ ンお よび ラダーの応

答 には直接 的 な関係が あ る.

一 方,ピ ッチ方向 につ いて は高速域 で は主 として垂

直加 速度 を,ま た低速 域 で は主 として ピ ッチ ・レー ト

をフ ィー ドバ ック ・パ ラメ ータ として エ レベ ー タが コ

ン トロー ル され る(C*コ ン トロー ル ・ロー).こ のた

めス ラス ト.ラ ンデ ィ ング ・ギ アお よび フ ラ ップ等の

コ ンフ ィグ レー シ ョンの変化 や ター ビュラ ンス等の外

的要 因 に対 しては 自動 的 にエ レベー タの舵 角 が補正 さ

(32)

B777型 機 の フラ イ ト ・コン トロ ール ・シ ステ ム とその操 縦 性 に つ いて(小 林 ・平 野) 33

第1表 フ ラ イ ト ・コ ン トロ ー ル ・モ ー ド

第8図 ノー マ ル ・モ ー ド

れ,操 縦桿 に よる入 力が行 われ ない限 り飛行 経路 が保

たれ ることにな る(第2表).

また ス ピー ドの変 化 をパ イ ロ ッ トに認 識 させ るた

め,上 記の ピ ッチ ・コ ン トロー ルに ス ピー ド・フ ィー

ドバ ック を追加 して在 来機 と同様 な操縦 感覚 を再 現 し

ている(C*Uコ ン トロール ・ロー).

このためス ピー ドが 変化 した状 態で それ までの 飛行

経路 を維持 しよ うとする と,ス ピー ドの変化 に対応 し

た重 さが操 縦桿 に生 じる.こ の重 さを相殺 す るた め に

は在来機 同様,ピ ッチ トリム を取 る必 要が あ る.言 い

換 える とこの機体 で は機体 の トリム状態 に対 応 した ス

ピー ドを維 持 しよ う とす る とい う こ とで あ る(ボ ー イ

ング社 で は これ を トリム ・リフ ァレ ンス ・ス ピー ドと

呼 んで い る).

今,巡 航 中に スラス トを減 じた場合 を想定 してみ る

と,ス ラス トを減 じた 当初 は ピッチ の補 正 は必 要 ない

が,そ の結果 ス ピー ドが減 って くる と機 体 は トリム状

態 に応 じた以 前の ス ピー ド(ト リム ・リファ レンス ・ス

ピー ド)に戻 ろ う として機首 下 げの モ ーメ ン トを発 生

させ る.こ の時 に飛 行経路 を保 とう とす る と,コ ン ト

ロール ・コラム を支 えてお く力 が必 要に なる.こ の力

を除去 す るため にパ イ ロ ッ トは トリムを使用 して,減

少 した ス ピー ドに見合 った トリム状態 を設定 し直 す必

要 が あ る.

加 えて この ノー マル ・モー ドに はス トー ル.オ ーバ

ース ピー ド.バ ン ク ・ア ングルに対 す るプロテ クシ ョ

ンが組 み込 まれて お り,構 造 や空力 の限界 を越 える こ

とを防止 してい る.

ス トール ・プ ロテ クシ ョンはス トール に近 付 いて い

る こ とをパ イ ロッ トに よ り強 く認 識 させ る ことに よっ

て,ス トール に なる迎 え角 を不 注意 に超 えて し まうこ

とを防止 してい る.

オーバ ー ス ピー ド・プロテ ク シ ョンはVMOやMMOに

達 した場 合 に作動 し,ト リム ・リフ ァレ ンス ・ス ピー

ドを制 限 し,機 体 の ピ ッチ ・ダ ウン方向 への トリム を

制 限す る.

バ ン ク ・ア ングル ・プ ロテク シ ョンは気 流の乱 れや

(33)

39 日本航空宇宙学会誌 第44巻 第504号(1996年1月)

第2表 パ イ ロ ッ トに よ るPitch Commandの 要 ・不 要

機 体 の システ ム の不 具 合等 に よ り,定 め られ た バ ン

ク ・ア ングル を逸脱 す る こ とを防止 して いる.

5.1.2 セ カ ンダ リ・モー ド 各 セ ンサや コ ンピ ュー

タの一 部 に不具合 が生 じた場 合(設 計 上10-7以 下 の確

率で発 生 す る)に はセ カ ンダ リ・モ ー ドにな る.こ のモ

ー ドで はPFC内 部 にバ ックア ップ と して装 備 され て

いるデ ジタル ・コン ピュー タに よ り在 来機 と同様 の コ

ン トロー ル ・ロー を使 用 して コン トロー ル され る.こ

のモー ドで は操 縦桿 か らの入 力 と舵面 の応 答 は直 接 的

な関係 とな るため,コ ンフ ィグ レー シ ョンの変化 や タ

ー ビュラ ンス等 の外 的要因 に対 して は在 来機 同様,適

宜補 正 を行 わ な けれ ばな らない また オー トパ イ ロ ッ

トや各種 プロテ クシ ョンは不 作動 にな る.

5.1.3 ダ イ レク ト・モー ド 3台 装 備 され てい る

PFCが すべ て不作 動(設 計 上10-10以 下 の確 率 で 発 生

す る)に なった り.コ ック ピ ッ トに装備 され て い るス

イ ッチ に よ りPFCを 強 制 的 に切 り離 ・す とダ イ レ ク

ト・モー ドに な り.PFCは コン トロールか ら切 離 され

る。 このモ ー ドで はパ イ ロ ッ トの入力 はACEを 介 す

るだ けで直接 舵面 を作動 させ るア クチ ュエ ー タに伝 え

られ るが,ACE内 部 にバ ックア ップ として装 備 され

てい るアナ ログ ・コ ンピ ュータ によ り在 来機 と同様の

コ ン トロール ・ロー を使 用 して コ ン トロール され る.

この ため操縦性 はセ カンダ リ ・モ ー ドの場 合 と同等で

あ る.

5.1.4 メカニ カル ・コ ン トロー ル なお一対 の スポ

イ ラ とス タ ビライザ には在来機 同様 の ケー ブル による

コン トロー ル ・パ スが残 され て いる.た だ しこれ らは

長時 間飛 行 す るた めに装 備 され て い るわ けで はな く,

バ ックア ップの電源 系統 が作動 し始 め る,ま た は電源

系統 が切 り替 わ る場 合 の一時 的 な使 用 のた めに装備 さ

れ てい る.

5.2 在来 機 との操縦性 の相 違 第9図 は在来機 と

異 な る特性 を持 つ ノーマル ・モ ー ドにお け るピ ッチ方

向 の操縦性 を例 に とって操縦 桿 か らの入力 に対 する応

答 を比 較 した もので あ る.在 来機 で は操縦 桿の入力 と

エ レベー タの応 答 は直 接的 な関係 にあ るが,同 じ入力

をB777型 機 に与 えた場合,エ レベ ー タの応答 は非常

に複 雑 な動 きにな ってい る.

一 方 ピッチ ・レー トを比 較す る と,在 来 機で は非常

に複 雑 な動 きに なっ てい るが,B777型 機 で は操縦桿

の入力 とピ ッチ ・レー トが ほぼ同 じ関係 にな っている

ことが判 る.

在来機 にお ける実 際 の操 舵 で は,乗 りごこち を考え

て ピ ッチ ・レー トが一定 の割合 で変 化 す るよ うにパイ

ロ ッ トが感 覚 的 に 予測 し,B777型 機 のPFCが 行 う

複 雑 なエ レベ ー タの動 きに近 くなる よ うに,労 力 を費

や して操縦桿 を操 作 して いる.

B777型 機 で は上記 の操 作 が不 要 に な り,単 純 な入

力 だけで所 望 の ピッチ ・レー トが得 られ るため操縦性

が大 幅 に改善 されて い る ことが判 る.

次 に操縦 桿 を元 に戻 す と,在 来 機 で はエ レベ ータは

ニ ュー トラル ・ポ ジ シ ョン にな るが,B777型 機 では

第9図 在来機との操縦性の相違

(34)

B777型 機 の フ ライ ト ・コン トロ ール ・シ ステ ム とそ の操 縦性 に つい て(小 林 ・平 野) 35

入力 と逆の動 きとな る.こ の ことか ら機 体 の固有安 定

のみで もとの姿勢,速 度 に緩や か に戻 ろう とす る在 来

機 に比べ て,こ の機体 で は機 体 の固有安 定 とコン ピュ

ータのコン トロー ルに よ り積 極 的 に もとの姿勢,速 度

に戻 ろ うとす るこ とが判 る.

5.3 フ レア ・コ ンペ ンセ イシ ョン 在来 機 では着

陸時 に地面 に近付 くと,地 面効 果 に よ り主 翼か ら水 平

尾翼へ吹 き下 ろす空 気 の流れが 減少 し,水 平尾翼 にか

かる下 向 きの力が減 少 す るた め,機 首 下 げモー メ ン ト

が発生 する.パ イ ロッ トは適正 な接地 姿勢 を とるた め

の引き起 こし操作(フ レア操作)の なかで この動 きも制

御 して いる.し か しこの機体 で はPFCが 飛 行 経路 を

一定 に保 と う として ,こ の 地面 効 果 も補 正 して し ま

う このため フレア ・コ ンペ ンセ イ シ ョンとい う機能

を装備 して,地 面 に近付 くと人 工的 に機首 下 げのモ ー

メン トを発 生 させ て在来 機 と同等 の操 縦感 覚が得 られ

るようにな ってい る.

5.4 ター ン ・コ ンペ ンセ イシ ョン 在 来機 にお い

ては機体 を水平 に保 った ままター ン を行 うた めに はバ

ンク角 に応 じた揚 力 を加 えな けれ ばな らない ので,若

干 コン トロール ・コラム を手前 に引い て,機 首 上げ の

コマ ンドを与 える必要 が あった.し か し この機体 にお

いて はバ ン ク角 が30度 以 内 で あ れ ば,コ ン トロ ー

ル ・ホイール だけの入力 で定 常旋 回が可能 にな って い

る.な お30度 を超 えた ター ンで は在 来機 同様,次 第

にコン トロール ・コラムが重 くなって い くた め,補 正

が必要 にな る.

5.5 ホ イール ・トゥー ・ラ ダー ・ク ロス タイ 「空

中でエ ンジ ンの不 具合 に よ り,ヨ ー方向 のア ンバ ラ ン

スが発生 した場合,パ イ ロ ッ トは直 感的 に ラダーで な

くコン トロール ・ホ イール を作 動 させ る」とボーイ ング

社では分析 してい る.そ の分析 に基づ き,空 中で210

ノッ ト以下 の場合 にヨー方向 の ア ンバ ラ ンスが 発生 す

ると,コ ン トロール ・ホイー ルだ けの イ ンプ ッ トに よ

りラダー も連 動 す るよ うに設計 されて い る.

在来機 で はラダーの イ ンプ ッ トが 若干遅 れ気 味 にな

り,機 体 の姿勢が乱 れ て しま うが,こ の機 体 で は姿勢

の乱れ は少 な くな って い る.な お この機能 で は ヨー ・

ダンパ と同様 にラダー ・ペ ダルへ の フィー ドバ ックは

ない.

5.6 ス ラス ト ・アシ メ トリ ・コ ンペ ンセ イシ ョ ン

前述の ホイール ・トゥー ・ラダー ・クロス タイの機能

とは別 にスラス ト ・ア シメ トリ ・コ ンペ ンセ イ シ ョン

とい う機能が 装備 されて い る.こ れ は空 中で の過 大 な

スラス ト・ア シ メ トリをPFCが 検 知 す る と,自 動 的

にラダー ・トリム を作動 させ て ヨーイ ング を防 止す る

もので あ る.こ の機能 では ラダー ・ペ ダルへ の フィー

ドバ ツクが ある.

在 来機 で はス ラス ト ・ア シメ トリが発生 した場 合 に

は,ヨ ー方 向の ア ンバ ラ ンスを修正 す るた めに ラダー

をそのア ンバ ラ ンス に合 わせ て踏 み込 んでい くが.こ

の操作 は簡単 で はな いため,訓 練 に十 分 な時間 をか け

て いる.ま た相 当大 きな力 でラ ダー を踏 み続 けな けれ

ばな らな いため,パ イロ ッ トの大 きな負担 に なって い

る.こ の 負 担 を軽減 して い るのが この シス テ ム で あ

る.た だ し この機 能 もパ イ ロ ッ トのイ ンプ ッ トをア シ

ス トす る とい う位 置付 けのた め,パ イ ロ ッ トが イ ンプ

ッ トを与 えない と機体 は徐 々 に偏 向 して い くこ とにな

る.

5.7 ガス ト ・サ プ レ ッシ ョン ガ ス トや ター ビュ

ランスに よ り,垂 直尾翼 の両側 に圧 力差 を生 じる と自

動 的 にラ ダーが作 動 し,ヨ ー方向 のモー メ ン トを打 ち

消す機 能 も装 備 され てい る.

6.セ カ ンダ リ ・フ ライ ト ・コ ン トロール

フラ ップ,ス ラ ッ トのセ カ ンダ リ ・フライ ト ・コン

トロール ・シス テム には油圧 で作動 す るプ ライマ リ ・

モー ド.電 気モ ータで作 動 す るセ カ ンダ リお よびオ ル

タネ ー トの モー ドが あ る.ス ラ ッ トに はテ イ ク オ フ

(シール ド・ポジ シ ョン)と ラ ンデ ィング(ギ ャ ップ ド・

ポ ジ シ ョン)の2つ のポ ジ シ ョンが あ る.こ れ らは コ

ンピュー タに よ り在来機 と同様 に作 動す る.

B777型 機 の特 徴 はス トー ル に近 付 くと,テ イ クオ

フ ・ポ ジシ ョンか らラ ンデ ィング ・ポ ジシ ョンに 自動

的 に変 り,ス トール に近 付 いた ときの操縦 特性 が よ く

な る ようにな ってい る こ とが挙 げ られ る.

7.む す び

以 上 が21世 紀 に 目 を 向 け たB777型 機 の フ ラ イ

ト ・コン トロー ル ・シス テムの概 要で あ る.こ の機体

の設計 当初 にはサイ ド・ステ ィ ックを要 求 したエ アラ

イ ン もあ ったが,ボ ーイ ング社 で は敢 えて コ ン トロー

ル ・ホイ ール を選 択 した.多 くのパ イロ ッ トが従来 の

コン トロール の機 体 で経験 を重 ねて い る以上,非 常 に

保守 的で斬 新 さに は欠 ける もの の,パ イ ロ ッ トには優

しい選 択 で あった と考 える.在 来 機同様,パ イ ロ ッ ト

に操縦 してい る とい う充実感 を与 え,ま た一 方で最 新

の フ ライ ・バ イ ・ワイヤ の採用 に よ り,安 全 性 の向上

も達成 し よう とボー イ ング社 は考 えてい る.

当社 で は この ような新技 術 を多 く装 備 したB777を

安全 かつ スム ーズ に運 航 で きる ように十分 な体制 を整

えてお きた い と考 えて いる.

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