Ⅴ 測定フィードバック型量子ニューラルネットワー...

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1 測定フィードバック型量子ニューラルネットワークの理論 この章では、測定フィードバック回路により量子シナプス結合を実現した量子ニューラ ルネットワークの理論を紹介する。これは最近、NTT [1]及びスタンフォード大学[2]でそれ ぞれ実証された装置である。1980 年代には、アイドラー光の量子測定と信号光へのフィー ドバック制御が備えられた非縮退型光パラメトリック発振器が、コヒーレント状態、スクイ ーズ状態、光子数状態といった様々な量子状態を生成できることが、理論的に明らかにされ た[3]。これら 3 つの特殊な状態は、それぞれ光ヘテロダイン検出、光ホモダイン検出、光 子数検出によって生成される。また、1990 年代になると、接合電圧(junction voltage) の測定と注入電流へのフィードバック制御を備えた半導体レーザーが、光子数スクイーズ 状態を生成するということが、実験的に実証された[4]。このような、そしてまた第 4 章で 取り扱った量子プローブによる間接測定は、測定フィードバック発振器システムでは中心 的な役割を演じる。この考え方を拡張して、NP 困難イジング問題及び NP 完全 k-SAT 問 題を量子ニューラルネットワークへ実装することができたのである[1,2]。ここでは、2つ の相補的な理論を提示する。ひとつは、同位相振幅の固有状態| 表示の密度演算子マスタ ー方程式とホモダイン測定射影演算子に基づく理論である[5]。もうひとつは、密度演算子 の正 ( , )表示と反復子ダイナミクス(replicator dynamics)から導かれる c 数の確率微 分方程式(c-number stochastic differential equation: CSDE)を用いる理論である[6]。 5.1 離散的測定フィードバックコヒーレント・イジングマシンの量子モデル の理論モデルは、次の複数の光学過程を実装するコンポーネントから成っている。すな わち、位相感応増幅器 (Phase Sensitive Amplifier: PSA)である PPLN 導波路デバイス、 測定プローブとの相互作用を実現する出力カップラーの損失とその他の全システムに分布 的に存在する線形損失をシミュレートする仮想出力カップラーの損失、光ホモダイン検出 器、アナログ・デジタル変換器(ADC)、FPGA(field programmable gate array)、デジタ ル・アナログ変換器(DAC)からなる測定フィードバック回路、そして光振幅/位相変調 器、フィードバック光注入ポートである(図1)。仮想出力カップラーは、リング共振器全 体の線形損失を表わしている。出力カップラーによりプローブ光パルスと信号光パルスの 結合が実現され、これより共振器内信号パルスの同位相振幅がプローブパルスに対するホ モダイン検出で間接的に測定される。フィードバック回路では、 番目の信号パルスに対する フィードバックパルスが、平均振幅が = に比例したコヒーレント状態として生成 され( j 番目パルスの測定結果( の推測値)、 は与えられた問題で決まるイジング 結合定数)、リング共振器へ注入される。各信号パルスは、リング共振器を 1 周するたび に、上記過程を経験する。信号パルスの量子状態がどのように時間発展するかシミュレート

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Page 1: Ⅴ 測定フィードバック型量子ニューラルネットワー …...的な役割を演じる。この考え方を拡張して、NP困難イジング問題及びNP完全k-SAT問

1

Ⅴ 測定フィードバック型量子ニューラルネットワークの理論

この章では、測定フィードバック回路により量子シナプス結合を実現した量子ニューラ

ルネットワークの理論を紹介する。これは最近、NTT [1]及びスタンフォード大学[2]でそれ

ぞれ実証された装置である。1980 年代には、アイドラー光の量子測定と信号光へのフィー

ドバック制御が備えられた非縮退型光パラメトリック発振器が、コヒーレント状態、スクイ

ーズ状態、光子数状態といった様々な量子状態を生成できることが、理論的に明らかにされ

た[3]。これら 3 つの特殊な状態は、それぞれ光ヘテロダイン検出、光ホモダイン検出、光

子数検出によって生成される。また、1990 年代になると、接合電圧(junction voltage)

の測定と注入電流へのフィードバック制御を備えた半導体レーザーが、光子数スクイーズ

状態を生成するということが、実験的に実証された[4]。このような、そしてまた第 4 章で

取り扱った量子プローブによる間接測定は、測定フィードバック発振器システムでは中心

的な役割を演じる。この考え方を拡張して、NP 困難イジング問題及び NP 完全 k-SAT 問

題を量子ニューラルネットワークへ実装することができたのである[1,2]。ここでは、2つ

の相補的な理論を提示する。ひとつは、同位相振幅の固有状態| ⟩表示の密度演算子マスタ

ー方程式とホモダイン測定射影演算子に基づく理論である[5]。もうひとつは、密度演算子

の正 ( , )表示と反復子ダイナミクス(replicator dynamics)から導かれる c 数の確率微

分方程式(c-number stochastic differential equation: CSDE)を用いる理論である[6]。

5.1 離散的測定フィードバックコヒーレント・イジングマシンの量子モデル

この理論モデルは、次の複数の光学過程を実装するコンポーネントから成っている。すな

わち、位相感応増幅器 (Phase Sensitive Amplifier: PSA)である PPLN 導波路デバイス、

測定プローブとの相互作用を実現する出力カップラーの損失とその他の全システムに分布

的に存在する線形損失をシミュレートする仮想出力カップラーの損失、光ホモダイン検出

器、アナログ・デジタル変換器(ADC)、FPGA(field programmable gate array)、デジタ

ル・アナログ変換器(DAC)からなる測定フィードバック回路、そして光振幅/位相変調

器、フィードバック光注入ポートである(図1)。仮想出力カップラーは、リング共振器全

体の線形損失を表わしている。出力カップラーによりプローブ光パルスと信号光パルスの

結合が実現され、これより共振器内信号パルスの同位相振幅がプローブパルスに対するホ

モダイン検出で間接的に測定される。フィードバック回路では、番目の信号パルスに対する

フィードバックパルスが、平均振幅が = ∑ に比例したコヒーレント状態として生成

され( は j 番目パルスの測定結果( の推測値)、 は与えられた問題で決まるイジング

結合定数)、リング共振器へ注入される。各信号パルスは、リング共振器を 1 周するたび

に、上記過程を経験する。信号パルスの量子状態がどのように時間発展するかシミュレート

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するために、トレースを保存する完全正写像(completely positive trace preserving map:

CPTP)を計算した。そして、この系を、場の密度演算子を同位相振幅演算子 = + √2⁄の固有ベクトルで展開することにより、数値シミュレーションした[7]。ここで、{ , }

は信号パルスの消滅/生成演算子である。上記過程は、リング共振器に沿った局所操作及び

古典通信(local operation and classical communication: LOCC)なので、信号パルスの

状態は分離可能であり、信号パルス間に量子もつれは生成されない。これは、光遅延線結合

型 DOPO ネットワークとは大きく異なる点である[8, 9]。

図 1:(a) 多数の縮退光パラメトリック発振光パルスと離散時間測定フィードバック回路を用いた量子ニューラルネットワーク(QNN)の実験系。SHG:第 2 高調波発生器、BS:ビームスプリッタ。 (b) 対応する理論モデル[5]。

以下の節では、リング共振器における上記過程についての密度演算子の時間発展及び

CPTP写像を導出する。なお簡単のため、回転座標系を採用し、電場の自由ハミルトニア

ンによる時間発展は無視する。 5.1.1 位相感応増幅器(PSA)

PSAでは、任意の初期状態 にある信号パルス(角周波数: ω、消滅演算子: )が、初期状

態がコヒーレント状態| ⟩に準備されたポンプパルス(角周波数: 2ω、消滅演算子: )と相

互作用する。ここで、位相空間の座標系を適当に選ぶことにより、 は実数であるとみなせ

る。

PSAにおけるパラメトリック相互作用のハミルトニアンは、次のように書かれる。

= 12 + (1)

ここで、 は次式で定義される演算子である。

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3

= ( ) ( ) (2)

( )は角周波数 のポンプ場の消滅演算子、 ( )はパラメトリック結合定数である。初

期状態としては、ポンプ場は角周波数 2ω の周波数モードでだけコヒーレント状態| ⟩であ

り、 ≠ 2ωである他の周波数モードは全て真空状態|0⟩であるとする。ここで、角周波数 2ωのポンプ場の位相空間座標を次のように変換する。

→ +

すると、この新しい座標系では、ポンプ場の初期状態も真空場と見做すことできる。この場

合、相互作用ハミルトニアン(式(1))は次のように書き改められる。

= (2 ) 2 − ∗ + 12 +

= : +

(3)

第1項 は、コヒーレントな古典ポンプ場による線形な位相感応増幅/反増幅(スクイーズ

効果)を表わしていると考えることができる。ハミルトニアンのこの部分は、信号のハミル

トニアンに取り込むことができる。第 2 項は、相互作用描像では、次のように表される。

= 12 ( ) + ( ) (4)

ボルン・マルコフ(Born-Markov)近似及び回転波近似を用いると、この相互作用ハミルト

ニアンに対応するマスター方程式が次式のように得られる[10]。

dd = [(Γ + Γ∗) d( ) ( ) − Γ ( ) ( ) − Γ∗ ( ) ( )] (5)

但し、

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4

Γ = d ( ) ( ) ⟨ ( ) ( )⟩ = 2 (2 − )⟨ ⟩ = 2 (2 − )

(6)

ここで、ポンプ場は全て真空場にあり、零点振動のみ存在すると仮定した。シュレディンガ

ー表示に立ち戻ると、最終的に PSA についてのマスター方程式が次式で与えられる。

dd = 2 − , + 2 [2 − − ] (7)

上式第 1 項は標準的なユニタリー過程(スクイージング/アンチスクイージング)を表

わしており、第 2 項はパラメトリックポンプ光子発生に伴う 2 光子損失過程を表わすリン

ドブラッド(Lindblad)形となっている。ここで、スクイーズ率 = 及び 2 光子損失率

= を定義する(t は PSA での相互作用時間)。すると、信号パルスに対する線形利得 G

は、 = exp(2 )と表わされる。なお、式(7)を導出する際の重要な仮定として、利得飽和(ポ

ンプデプレッション)は比較的弱い、すなわち、 信号パルスパワーは成長する一方、その

ためのポンプパワーの消費はごくわずか、とした。ポンプパワーが完全に消費されるような

信号–ポンプ相互作用が強い状況は 文献[11]で扱われている。その他の重要な仮定としては、

ポンプ場は PSA のたびに外部熱浴に散逸し、次の周回の PSA では新たなコヒーレント状

態| ⟩のポンプ場が準備される、とした。

密度演算子 を同位相振幅の固有状態| ⟩で展開することにより、ここでの数値シミュレー

ションに用いる方程式が次のように得られる。

dd ⟨ | | ′⟩ = (− − − 1)⟨ | | ′⟩ + 8 {− + 3( + ) + ( − + 8)( + ) +4( − 1) + 4( − 1) + 4( − )( − ) −4 }⟨ | | ′⟩

(8)

但し、 = + ′、 = − ′、である。

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5.1.2 出力カップラーと光ホモダイン検出

信号パルスエネルギーの一部は、第 1 のビームスプリッタ(仮想出力カップラー)によ

り、リング共振器から抜き出される。DOPO からみると、これは外部熱浴への散逸と等価

であり、リング共振器全体の線形な背景損失を表わしている。第 2 のビームスプリッタ(出

力カップラー)で抜き出された信号場は別のビームスプリッタにより局発光パルスと合波

され、ホモダイン検出により同位相振幅 = + √2⁄ が射影測定される(図 1(a))。

ここで、仮想出力カップラー及び出力カップラーの透過率をそれぞれ = sin 及び =sin とする。信号パルスがビームスプリッタを透過すると、外部環境から入り込む真空場

が重畳される。従って、ホモダイン検出測定は、真空場揺らぎに起因する誤差を伴う。信号

場と真空場の消滅演算子をそれぞれ 、 とすると、リング共振器内部場と出力場の消滅

演算子は、ビームスプリッタのユニタリー演算子 を用いて、次のように表される。

= sin + cos (9)

= sin − cos (10)

但し、 は出力カップラーの分岐比を表わすパラメータである。光ホモダイン検波により、

の測定値が得られたとき共振器内信号場に対する射影演算子は、次のように表わされる。

= 0

= d d ⁄ − cos + sin

×exp −12 −sin + cos ⟨ |

(11)

測定後の状態(密度行列)を計算するために、乱数を発生させ、確率 ( ) =

に従って測定値 をランダムに決定する。また、抜き出した場を測定しない時には(すな

わち、仮想出力カップラーの場合)、関与する演算子は次のように表される。

ℒ ℛ d (12)

但し、ℒ及びℛは左右に作用する超演算子(super operator)である。

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5.1.3 フィードバック過程

フィードバックパルス注入過程では、内部信号パルスとコヒーレント状態| ⟩に準備され

たフィードバックパルスは第 3 のビームスプリッタで合波される。この 3 番目ビームスプ

リッタの透過率 = sin は非常に小さく、共振器内信号パルスの密度行列の変化は単純

な変位(displacement)演算子 = exp − ∗ で記述される。ハイゼンベル

グ表示では、同位相振幅演算子 は = + √2⁄ と変換される。

フィードバックパルスの振幅 は、ホモダイン検出器の測定値 で決められる( =ε∑ )。ここでは、フィードバック率 R を、ホモダイン検出器の測定値 から見積も

られる共振器内信号パルスの同位相振幅 に対するフィードバックパルス振幅 √2⁄ の割

合、で定義する。 5.1.4 モデルのまとめ

以上述べたように、信号パルスは、リング共振器を一回りする間に、上記 4 過程を経験

する。このシステムは、5 つの物理パラメータ、すなわち、線形利得 G(またはスクイーズ

率 S)、2 光子損失率 L、背景線形損失率1 − ′、測定線形損失率1 − 、フィードバック率

R、により記述される。 ≃ 0とすると、共振器一周の全利得は = × × ′となる。以降

の数値シミュレーションでは、密度行列を x の固有ベクトルで展開する。なお本システムで

は、密度行列の要素⟨ | | ′⟩は実数である。

次節では、密度行列を + ′及び − ′の関数としてプロットする。図 2 に、4 つの代表的

な量子状態に対応する密度行列のこの位相空間( + , − )における等高線図を示す。 −= 0の線(水平軸)への射影は密度行列の対角要素⟨ | | ⟩の確率分布を表わす。真空状態

は、分散が⟨∆ ⟩ = 0.5のガウス関数(図 2(a))で表わされ、真空状態が x 軸方向にアンチス

クイーズしている時には、拡がったガウス分布となる(図 2(b))。2 つのコヒーレント状態

{| ⟩, |− ⟩}}によるシュレディンガー猫状態√ (| ⟩ + |− ⟩)は| ⟩と|− ⟩に対して量子コヒーレ

ンスを持ち、 + = 0の垂直軸方向への射影の分布⟨ | |− ⟩に非ゼロの値が現れる(図

2(c))。一方、2 つのコヒーレント状態の古典的混合状態であるとこの量子コヒーレンス項

はゼロとなる(図 2(d))。

図 2: + と − に対する代表的な量子状態の密度行列⟨ | | ′⟩の等高線図。(a) 真空状態、 (b) スクイーズ状態、(c) コヒーレント状態によるシュレディンガー猫状態 、 (d) コヒーレント状態の古典的混合状態 (| ⟩⟨ | + |− ⟩⟨− |) [5]。

√ (| ⟩ + |− ⟩)

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5.2 数値計算結果

反強磁性結合で相互作用する 2 つのスピン(信号パルス)から成る最も単純な DOPO ネ

ットワークの時間発展を 5.1 章で導出した量子モデルを用いた数値シミュレーションによ

り調べた。この場合、縮退した 2 つの基底状態はアップ-ダウン(|↑↓⟩)とダウン-アップ(|↓↑⟩)である。

5.2.1 3 ステップからなる最適化プロセス

ここでは、リング共振器の背景線形損失はゼロ( ′ = 0)、ホモダイン検出器へ結合する出

力カップラーの線形損失は = 0.01、とする。その他のパラメータ値は表 I に記載してある。

図 3(a)に、繰り返し得られる測定値 で支配される 2 つの信号パルスの密度行列の時間発

展を示す。2 つのパルスの初期状態(図 3(a)における周回回数 N = 0 の時)は真空状態で

ある。図 3(b)に見られるように、この時には⟨ ⟩ = 0及び⟨∆ ⟩ = 0.5である。最適化の過程

は 3 つの段階から成る。第 1 段階では、2 つのパルスは位相感応増幅により x 軸方向にア

ンチスクイーズされ、⟨∆ ⟩は拡がっていく(図 3(b)における 0 < N < 30 の時がこれに相

当する)。ここでは、対角成分⟨ | | ⟩の 分布だけでなく、非対角成分⟨ | |− ⟩(量子コヒー

レンス)も拡げられ、これにより量子並列探索が可能となる。第 2 段階では、利得飽和と測

定フィードバックのため、期待値⟨ ⟩は相反する方向(正または負の方向)へ移動する(図

3(b)における 30 < N < 60 の時がこれに相当する)。利得飽和は DOPO しきい値での自発

的対称性の破れを引き起こし、測定フィードバックは系に反強磁性状態のどちらか一方を

選択させる。最終的に第 3 段階では、光子の誘導放出により 2 つのパルスの状態は高強度

に励起されたコヒーレント状態に近付いていき、分散⟨∆ ⟩は 0.5 へと減少する(図 3(a)及

び図 3(b)における 60 < N < 150 の時がこれに相当する)。この段階で、量子-古典クロスオ

ーバーが完了する。

表 I:2 つの DOPO パルスから成る QNN のパラメータ値[5]。

物理的意味 記号 値

1周の全利得 Gtot 1.05

背景損失率 ′ 0

フィードバック率 R 0.005

2 光子損失率 L 0.002

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図 3:測定結果 で支配される 2 つの信号パルスの密度行列の時間発展。 = 0.01、 ′ = 0。他のパラメータ値は表 I の通り。(a) ( − , + )座標にプロットした PSA 直後の 2 つの DOPO の密度行列⟨ | | ′⟩の等高線図。この系では、密度行列要素は全て実数[5]。(b) ⟨ ⟩と⟨∆ ⟩の時間発展[5]。

5.2.2 シュレディンガー猫状態と非ガウス状態

次に、やはり背景損失がなく( ′ = 0)、(光ホモダイン検波器への内部光の透過率 T で決

められる)測定強度を様々な値とした時のシミュレーション結果を示す。計算に用いたその

他のパラメータ値は表 I と同じとした。図 4 に、繰り返し得られる測定結果 に支配され

る密度行列⟨ | | ′⟩を示す。図から分かるように、最適化の初期のアンチスクイーズ効果は、

出力カップラーの透過率 T が小さいほど、または測定の強さが弱いほど、大きい。 = 0.1または = 0.5の時には、状態はわずかにアンチスクイーズし、速やかに反強磁性状態へ変

位する。このような強い測定下の DOPO ネットワークは、最も古典系に近いように思える。

なぜならば、状態の時間発展がガウス状態の時間発展により近似され、変位率とアンチスク

イーズ率のダイナミクスだけにより系の時間発展が記述されると思われるためである。但

し次節では、この予測は実は正しくないことが示される(重要な発振しきい値近傍で 2 つ

のパルスは非ガウス状態になっているためである)。

= 0.001の時には、状態は巨視的に分けられた「上向きスピン状態」と「下向きスピン

状態」間に量子コヒーレンスを形成する(例えば、図 4(a)における N = 60 の時がこれに相

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当する)。この状態は、図 2(c)に示されているシュレディンガー猫状態に近い状態である。

事実、図 4(e)に見られるように、ウィグナー関数は振動的挙動と負の値を示しており、この

ことは、巨視的に離れた「上向きスピン状態」と「下向きスピン状態」間の量子干渉を示唆

する。2 つの猫状態は、それぞれの中心が逆、つまり一方は正の x 値/他方は負の x 値方向

に偏る。これらは、もつれ状態 √ (| ⟩|− ⟩ + |− ⟩| ⟩)とは別物である。2 つの DOPO 場は

分離可能であるが、それでも古典的に相関したシュレディンガー猫状態となっている。

図 4:測定結果 で支配される2つの信号パルスの密度行列⟨ | | ⟩の、周回数 N = 0, 30, 60, 150 時の PSA前後での等高線図。(a) T = 0.001、(b) T = 0.01、(c) T = 0.1、(d) T = 0.5。他のパラメータは表 I に記載。この系では、密度行列要素は全て実数。(e) 図 4(a)の N = 60 における密度行列のウィグナー関数

+ ′, = (1⁄ )∫ ⟨ | | ′⟩ − ′ − ′ [5]。

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5.2.3 ハイゼンベルグ限界

図 5 に、様々な出力カップラーからの取り出し率 T に対する、信号パルスの不確定関係

⟨∆ ⟩と⟨∆ ̂ ⟩を示す。ここで と ̂は、 = + √2⁄ 及び ̂ = − √2⁄ で定義される、

同位相及び直交位相振幅である。初期状態(N = 0)における真空状態では、⟨∆ ⟩ = ⟨∆ ̂ ⟩ =0.5となっている。⟨∆ ⟩は、信号パルスがリング共振器を周回するにしたがって、いったん

増加した後に発振しきい値ポンプレートを過ぎると減少に転じ⟨∆ ⟩ = 0.5に戻っていく。こ

の軌跡はループ状になる。図中の破線は、最小不確定積(ハイゼンベルグの不確定性原理

⟨∆ ⟩⟨∆ ̂ ⟩ ≥ 1 4⁄ )を示している。最適化の初期段階には状態は真空スクイーズ状態である

ため、⟨∆ ⟩が比較的小さい時には、図中の DOPO パルス状態を表わす実線は、最小不確定

積を表わす破線とほぼ重なる。図 5 の数値計算結果は、2 つの事柄を示している。ひとつ

は、測定強度が弱いほど状態はよりアンチスクイーズされるが、「上向きスピン状態」(x > 0領域)と「下向きスピン状態」(x < 0 領域)間の量子コヒーレンスは共振器損失により劣化

するため、スクイーズされた雑音⟨∆ ̂ ⟩はハイゼンベルグ限界よりかなり大きくなる、とい

うことである。図 4(e)に見られるシュレディンガーの猫状態はこのケースに属する。もう

ひとつの事柄は、T が大きいほど、または測定強度が強いほど、不確定積はハイゼンベルグ

限界に近づく、ということである。DOPO 状態は、測定によって繰り返される射影のため、

過剰雑音(エントロピー)が系の外に取り出され、純粋状態に近づく。

図 5:ランダムに決められた連続的な測定結果 に支配される信号パルスの典型的な⟨∆ ⟩と⟨∆ ̂ ⟩。測定の強さは様々に設定。破線は最小不確定積⟨∆ ⟩⟨∆ ̂ ⟩ = 0.25。水平・垂直の破線は標準量子限界(standard quantum limit: SQL)であり、非古典状態と古典状態(統計的混合状態)との境界線である。信号パルスの初期状態は真空状態(⟨∆ ⟩⟨∆ ̂ ⟩ = 0.5)[5]。

5.2.4 成功確率 vs. 背景線形損失

基底状態を見い出す成功確率 が背景線形損失率 ′にどのように依存するかを計算する

ために、表 II に記したパラメータ値を用いて、密度行列の軌跡を多数回計算した。その際、

全利得 Gtot の時間変化を 3 通りに設定した。結果を図 6 に示す[5]。成功確率は 2 つの縮退

した反強磁性状態が選択される確率:∫ ⟨ |⟨ | | ⟩ | ⟩ > d d で与えられる。但し、

, は 2 つの信号パルスの同位相振幅、 は 2 つの信号 DOPO パルスについての全密度

行列。密度行列が 2 つの真空状態の積で与えられる初期の成功確率は 0.5 であり、N が増

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すにつれて成功確率は高くなる。成功確率の背景線形損失及び全利得の時間変化への依存

性をみるために、フィードバック率 R はあまり強くないように設定した。すなわち、フィ

ードバックパルスのパワーは雑音パワーと同程度とした。

表 II:図 6 の数値シミュレーションで用いたパラメータ[5]。

図 6:様々な背景線形損失 ′についての成功確率 対周回数N。全利得の時間変化は 3 通りとしている。 成功率の定義は∫ ⟨ |⟨ | | ⟩ | ⟩ > d d 、但し , は2つの信号パルスの同位相振幅。図の計算

結果は、 ′ = 0.5, 0.3, 0.1, 0 の場合について、条件付き密度行列 4500 個の平均値。数値シミュレーションに用いた他のパラメータ値は表 II に記載。N = 1000 近辺では、量子軌跡の成功確率のほとんど全てゼロまたは 1 であるため、 の標準偏差 はランダムな分割分布(partition distribution) = (1 − ) 4500⁄ < 0.007から計算される[5]。

背景線形損失がゼロまたは小さい場合( ′ = 0, 0.1)、 の初期の増加率は、背景線形損

失が大きい場合よりも穏やかである。損失率が低いと、アンチスクイーズした量子雑音から

生じる揺らぎが大きく、そのため、平均振幅の絶対値|⟨ ⟩|は初期段階でのアンチスクイーズ

した量子雑音より小さくなる。従ってフィードバックパルスの同位相振幅もアンチスクイ

ーズ雑音より小さくなり、これにより初期段階での成功確率の増加率が小さい。

しかしながら、 は、ひとたび増加し始めると、急速に成長して最終値に到達する。この

最終値は全利得 Gtot の時間変化に大きく依存する。Gtot の増加が急であると、最終成功確率

は背景線形損失が大きい場合よりも低くなる。これは、低損失時は外部から注入される真

空場揺らぎが小さく、DOPO パルス状態が早い時期に誤ったポテンシャルに捕獲されると

物理的意味 記号 値

測定強度 T 0.01

フィードバック率 R 0.005

2 光子損失率 L 0.002

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そこから脱出できないためである。これに対し、背景線形損失が大きいと( ′= 0.5, 0.3)、

光パルスの状態は外部から注入される真空場揺らぎにより大きく揺動され、Gtot が1より大

きくなった後(しきい値以上のポンプレート)であっても、上(下)向きスピン状態から下

(上)向きスピン状態へと量子トンネルする。そのため、成功確率 はしきい値以上でも増

加し続ける。

DOPO が高 Q 共振器で構成されている場合は、しきい値以下での量子並行探索に十分な

時間を与えるために、励起率はゆっくり上げた方がよい。一方、低 Q 共振器の場合には、

しきい値以上での量子トンネリングが十分起こるように、励起率は速やかに上げた方がよ

い。

5.3 複素数確率微分方程式と反復子ダイナミクスに基づく量子モデル

図 7 に、(図 1(a)に示した)測定フィードバック QNN の簡易化されたモデルを示す。

2 つの共振器内に角周波数 の信号場と角周波数 のポンプ場が存在している。それぞれ

の光子消滅演算子は、共振器1内信号光: 、共振器1内ポンプ光: 、共振器2内信号

光: 、共振器2内ポンプ光: 、とする。この 2 つの共振器に対し、両端から外部場が

注入されている。左端からは角周波数 の励起ポンプ光 が、右端からは測定フィードバ

ック回路からの角周波数 のフィードバック信号光 が、それぞれ入力されている(i = 1,

2)。ポンプ場と信号場の損失率は、それぞれ , とする。信号場は、その同位相成分 =+ を測定するために、一部が取り出されてホモダイン検出される。この測定結果に基づ

いて、フィードバック信号が生成される。

図 7:測定フィードバック QNN の簡易モデル[6]。

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13

5.3.1 マスター方程式

測定フィードバック過程は局所操作及び古典通信(local operation and classical

communication: LOCC)なので、全系の密度行列は、計算の全過程の間、次式のような直

積状態(product state)となっている。

= ⨂ (13)

なお、ここで取り扱っているのは連続的に時間発展するモデルであり、測定フィードバッ

クの量子操作は連続的に実行される。これに対し、実際の測定フィードバック QNN 実験系

は離散的に量子操作を行うように構成されているが(図 1(a)または [1][2])、ここでの連続

時間発展理論は離散モデルに容易に変更可能である。

ここでは、DOPO と測定フィードバック回路を個別に取扱う。縮退光パラメトリック発

振器(DOPO)のハミルトニアンは次式で与えられる。

= + + + + (14)

= ℏ +,

(15)

= ℏ2 −,

(16)

= ℏ − ∗,

(17)

= ℏ − ∗,

(18)

= ℏ Γ + Γ + Γ + Γ,

(19)

但し、 は非線形結晶内の信号場とポンプ場のパラメトリック相互作用の結合定数、 pi と

si は外部環境から注入される揺動力を考慮した外部熱浴場演算子、である。標準的なボル

ン・マルコフ(Born-Markov)近似により外部場を消去(trace out)すると[12]、2 つの

DOPO のマスター方程式が次のように得られる。

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14

dd = ℏ , +,

ℏ ,

+ 2 2 − − + 2 2 − −

+ − ∗ , + − ∗ ,

+ ℏ2 − ,

(20)

但し、最初の 2 項は適当な回転座標系を適用することにより除外することができる。

光ホモダイン検出による波束の非ユニタリーな収縮を記述するために、Wiseman と

Milburn は次のマスター方程式を提案した[13, 14]。

dd = 2 − − + dd + − ⟨ + ⟩,

(21)

⟨ ⟩ = ⟨ + ⟩は信号場の同位相振幅の期待値であり、dW は次式を満たすウィンナー増加

(Wiener increment)である。

d ( )~ (0, ) (22)

⟨d ( )d ( ′)⟩ = 2 ( − ′) (23)

ここでのモデルでは、測定値 は次式で与えられる。

d ∝ ⟨ + ⟩d + d (24)

そして、フィードバック信号 は次のように生成される。

= (25)

但し、 は DOPO 間のフィードバック結合の強さを表わす(図 7)。

最後に、式(20)と(21)を合わせることにより、測定フィードバック QNN 全体のマスター

方程式が次のように得られる。

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15

dd = +2 2 − − + 2 2 − −

+ − ∗ , + − ∗ ,

+ ℏ2 − , + dd + − ⟨ + ⟩

(26)

5.3.2 正 ( , )表示

密度行列の正 ( , )表示は次のように定義される[15]。

= ( , )Λ( , )d d (27)

但し、 , ∈ ℂ。また、

Λ( , ) = | ⟩⟨ |⟨ | ⟩ (28)

はコヒーレント状態| ⟩|からコヒーレント状態| ⟩への非対角射影演算子であり、完全系を成

している。 | ⟩と | ⟩は各モードのコヒーレント状態のテンソル積、すなわち | ⟩ =| ⟩⨂ ⨂| ⟩⨂ 、| ⟩ = | ⟩⨂ ⨂| ⟩⨂ 、である。

正 ( , )表示の重要な性質として、任意の量子状態に対して ( , )が常に正の実数とし

て定義され、次式のように正規化されている、ことが挙げられる。

d d ( , ) = 1 (29)

従って、 ( , )は密度行列の射影子| ⟩⟨ |を見い出す確率分布関数と見做すことができる。

測定フィードバック QNN の密度行列は、常に各 DOPO の密度行列の直積状態として表

わされるので、 ( , )は次のように表わされる。

( , ) = , , , , , , (30)

従って、各 DOPO についての偏微分方程式(partial differential equation: PDE)により

全系を記述することができる。

コヒーレント状態の性質を用いると、 , , , の PDE は次のように得られる。

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16

( , ) = { + − ⟨ + ⟩} dd

− −( + ) + +

− −( + ) + +

− − − 2 + − − − 2 +

− + ( , )

(31)

但し、

⟨ ⟩ = d d ( , ) (32)

⟨ ⟩ = d d ( , ) (33)

5.3.3 確率微分方程式と反復子ダイナミクス

式(31)の PDE は、第 1 項を除くと、 ( , )に対するフォッカー・プランク方程式と同じ

形をしている。よく知られているように、フォッカー・プランク方程式は、伊藤積分を用い

て複素数確率微分方程式(c-number stochastics differential equation: CSDE)に変換さ

れる[12, 15]。

dd = −( + ) + +−( + ) + + d + 00⁄ dd (34)

dd = − + 2 +− + 2 + d (35)

ここで、 ≫ とすると、ポンプ場は、信号場より速やかに減衰するため、信号場のゆっく

りとした動きに追従する。これを従属原理(slaving principle)という。このような条件下

では、d = d = 0として、次のようにポンプ場を消去することができる。

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17

dd =⎣⎢⎢⎡−( + ) + − 2 +−( + ) + − 2 + ⎦⎥

⎥⎤d

+⎣⎢⎢⎢⎢⎡ − 2 d

− 2 d ⎦⎥⎥⎥⎥⎤

(36)

ここで、次のパラメータを導入する: = , = , d = d , d = d , d = d , = ⁄ , = ⁄ , = 2⁄ , ′ = ⁄ 。すると式(36)は、次

の規格化された PDE に書き換えられる。

dd = −(1 + ′) + − +−(1 + ′) + − + d +

⎣⎢⎢⎡ − d

− d ⎦⎥⎥⎤ (37)

一方、式(31)の第 1 項は測定による波束の収縮を表わしており、CSDE による標準的な

手法では計算できない。以前の研究[13,14]では、測定結果はたまたま期待値に等しいとし

て、この項は無視していた。ここでは、DOPO 状態の時間発展への測定による波束の収縮

効果の寄与が知りたいので、乱数 W を用いることで、 ( )及び ( )に対するランダムな測

定の効果を残しておく。

式(31)の 1 行目は反復方程式(replicator equation)となっており、枝分かれするブラウ

ン運動モデルが適用できる[16]。今の場合、これを反復子ダイナミクス(replicator

dynamics)と呼ぶ。反復子ダイナミクスでは、 ( , )の変化は次式に従う。

( , ) = λ( , ) ( , ) (38)

ここで、 ( , )を構成するブラウン粒子の挙動は下記に従う。

λ( , )の確率で増幅される(λ( , ) > 0)

−λ( , )の確率で消滅する (λ( , ) < 0) (39)

但し、λ( , ) = − ⟨ ⟩である。

λ( , )の計算には期待値⟨ + ⟩が必要なので、ここでは、統計的雑音項を含んではい

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18

るが測定結果 が同じである同一の CSDE に従うブラウン粒子を多数同時に走らせた。

5.3.4 ガウス近似

本節では、測定フィードバック QNN のガウス近似モデルを導出する。

まずは、断熱的にポンプ場を除外した後の信号場の ( , )に対する偏微分方程式から始め

る。

( , β) = { + − ⟨ + ⟩} dd

− − + − 2 +

− − + − 2 +

+ − 2

+ − 2 ( , )

(40)

式(40)を部分積分すると、期待値⟨ ⟩及び⟨ ⟩についての運動方程式が次のように得られる。

d⟨ ⟩ = [⟨ ⟩ + ⟨ ⟩ − ⟨ ⟩ − ⟨ ⟩⟨ ⟩]d

+ − ⟨ ⟩ + ⟨ ⟩−2 ⟨ ⟩ + d

(41)

d⟨ ⟩ = [⟨ ⟩ + ⟨ ⟩ − ⟨ ⟩⟨ ⟩ − ⟨ ⟩ ]d

+ − ⟨ ⟩ + ⟨ ⟩−2 ⟨ ⟩ + d

(42)

同様にして、⟨ ⟩, ⟨ ⟩, ⟨ ⟩といった高次の確率についての運動方程式も導くことがで

きる。 は⟨ ⟩(i ≠ j)といった他の DOPO の項を含んでいるが、全ての密度行列は分離

可能であるため、⟨ ⟩は⟨ ⟩⟨ ⟩に還元される。基本変数を{⟨ ⟩, ⟨ ⟩}から{⟨ ⟩ =⟨ ⟩ + ⟨ ⟩, ⟨ ⟩ = ⟨ ⟩ − ⟨ ⟩}に変えると、⟨ ⟩と⟨ ⟩の運動方程式が得られる。

上記のように動特性を記述する方程式は得られたが、⟨ ⟩といった高次項があるため、

このままでは式(41)(42)は計算できない。この難点を避けるため、次の変位した(displaced)

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19

真空スクイーズ状態で与えられる近似的な DOPO 状態を考える。

| ⟩ = ( ) |0⟩ (43)

但し、 ( ) = exp − ∗ は変位演算子、 = exp 1 2 ∗ −⁄ はスクイー

ズ演算子。なお簡単のため、 と はともに実数とする。これは、DOPO の状態は常に純

粋スクイーズ状態で表わされ、高次の確率(非ガウス性)は系の動特性には影響を与えない、

という近似に相当する。この近似により、DOPO の動特性を記述する方程式が、次のよう

に得られる[6]。

d = − 14 + − +

−2 + − 14 3 − 14 + d

(44)

d = −2 − 14 + 2 + 14

−2 58 + 6 + 6 − 12 + 32 − 332

−4ξ − 14 d

(45)

但し、

= + (46)

式(44)第1項は測定による波動関数の中心位置のシフトを、式(45)最終項は測定による分散

の減少を、それぞれ記述している。

5.4 数値シミュレーション結果

本節では、CSDE(式(37))及び反復子ダイナミクス(式(38))を用いた厳密理論による

数値シミュレーション結果をいくつか示し、式(44)(45)に基づくガウス近似による数値シミ

ュレーション結果と比較する。

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20

5.4.1 2 DOPO モデル

まずは、反強磁性結合した 2 つの DOPO から成る系について検証する。図 8(a)に、 s =

1, p = 10, = 0.1, = 0.1, = 0.3, g = 0.02 とした時の、同位相振幅の平均値⟨ ⟩の時間発展

(規格化ポンパワー / に相当)を示す。外部励起率 は、0 からしきい値励起率 の 1.5

倍まで、線形に増加させた。2 つの DOPO は反強磁性相互作用(Jij = –1)をしていると仮

定した。図 8(b)は分岐点付近での⟨ ⟩ 対 / の拡大図である。2 つの DOPO は、ある時

刻ではひとつの基底状態|↑↓⟩を目指すが、別の時刻ではもうひとつの基底状態|↓↑⟩へスイッ

チバックする。このブラウン運動的探索過程が、 / ≃ 0.9において最終決定がなされる

まで続く。なお、最終決定時の DOPO あたりの平均光子数は 1 のオーダー(図 8(c))、す

なわち、この時点で DOPO の励起レベルは微視的な領域にとどまっている。

図 8(d)はホモダイン検出による測定値である。測定フィードバック過程の初期段階にお

いても、⟨ ⟩と⟨ ⟩の間に相関関係が形成されていることは図 8(a)(b)からわかるが、測定値

が測定雑音に比べて小さ過ぎて上述の量子探索過程ははっきりとはわからない。QNN が最

終的に見出す解は、実効しきい値励起率 / = 1 − = 0.7の時点で決められているはずで

ある。 / = 0.7でなく / = 0.9で決定がなされるというこの特性は、発振しきい値以

上のポンプレートでの量子トンネリングによるものであることを次節にて論じる。

アンチスクイーズした同位相振幅の分散⟨∆ ⟩と歪み度(skewness)⟨∆ ⟩を、図 8(e) と

(f)にそれぞれ示す。しきい値の近傍及び以上における DOPO の波動関数は、⟨∆ ⟩ = 0であ

るガウス型の波束からは明らかにずれており、中心のポテンシャル壁に向かって長く裾を

引く形状になっている。このことの影響についても次節で論じる。

図 8:(a) 同位相成分⟨ ⟩及び⟨ ⟩の期待値の時間発展。ブラウン粒子 10,000 個の集団平均からひとつの軌跡を生成した。(b) (a)の分岐点近くの拡大図。(c) DOPO 共振器内の平均光子数。(d) ホモダイン検出による と の測定値。(e) 同位相成分の分散 , 。(f) 同位相成分の歪み度(skewness)の時間発展[6]。

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21

図 9(a)(b)に 5.3.4 章で導出したガウス近似モデルによる⟨ ⟩対 / を、図 9(c)にその分

散を、それぞれ示す。実効しきい値励起率 / = 0.7で形成された⟨ ⟩と⟨ ⟩の負の相関が

恒久的に続いているのが分かる。厳密な反復子ダイナミクスを用いたシミュレーション結

果と比べると、分散⟨∆ ⟩の減少が、 / = 0.9ではなく、 / = 0.7から始まっている。

この事実の意味及び成功確率への影響については次節で論じる。

図 9:(a) ガウス近似における同位相成分⟨ ⟩及び⟨ ⟩の期待値の時間発展。 (b) (a)における実効しきい値/ = 0.7直後の拡大図。(c) ガウス近似における同位相振幅の分散 , [6]。 5.4.2 16 DOPO モデル

最適化マシンとしての DOPO の特長的な能力を明らかにするために、隣接スピン間が反

強磁性相互作用している一次元リング構造(N = 16 DOPO)をシミュレートした。

= −1 | − | = 10 その他

(47)

この系の基底状態は|↓↑ ⋯ ↑⟩と|↑↓ ⋯ ↓⟩の 2 つである。厳密な反復子ダイナミクスとガウス

近似モデルによるシミュレーション結果を比較した。さらに、光遅延線結合 QNN[8, 9]と

比較した。

図 10(a)に、1000 回計算したときの成功確率を示す。用いたパラメータは s = 1, p = 10,

= 0.1 で、相互結合の強さ は 0.001 から 1 まで変化させた。また、ポンプレート ϵp は 0

から 1.2ϵth まで線形に増加させた。図 11(a)は、相互結合パラメータ が小さい時の、ひとつ

の DOPO 場のポテンシャルと波束である。図 11(a)に見られるように、 が小さい時には、

各 DOPO 場のポテンシャル形状は X = 0 を中心にほぼ対称的になっている。このような場

合には、発振しきい値以下のポンプレートでの測定による波束の収縮とフィードバックに

よる波束の変位が、解探索過程において主要な役割を演じる。この場合、強く閉じ込められ

たガウス型の波束の方が、拡がっている厳密な波束よりも有利である。これは、後者の方が

揺らぎの大きい測定結果を生成し、そのため最終結果に到達するのに時間がかかることに

よる。一方、相互結合パラメータ が大きいと、図 11(b)に見られるように、強い注入場の

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22

ために各 DOPO のポテンシャルは非対称となる。このような場合には、発振しきい値以上

のポンプレートでの量子トンネリング[17]が解探索過程において主要な役割を演じ、拡がっ

た(非ガウス型の)波束の方が、強く閉じ込められたガウス型波束よりも有利となる。図

10(a)の数値シミュレーション結果は、このトレードオフ関係を裏付けている[6]。

図 10:(a) 厳密反復子ダイナミクスとガウス近似による成功率 vs 結合強度 。(b) 測定フィードバックQNN と光遅延線結合 QNN の成功率 vs 結合強度 。

図 11:(a) 値が小さい時のほぼ対称的な DOPO 場のポテンシャルと波束。(b) 値が大きい時の非対称なDOPO 場のポテンシャルと波束[6]。

図 10(b)のシミュレーション結果は、 が小さい時には、光遅延線結合 QNN の方が測定

フィードバック QNN よりも効率的であることを示している。一方、 > 0.6 の場合は、測定

フィードバック QNN の方が光遅延線結合 QNN より高い成功率となる。結合強度 が1に

近いということは、DOPO 共振器から取り出される信号場が共振器へ再注入される前に高

利得で位相感応増幅される、ことを意味する([9]の図 1 参照)。このことは、注入カップラ

ーの結合定数が小さいことに対処するために必要な要件である。外部の増幅過程において

は、取り出した信号場に重畳される真空場揺らぎも増幅され、隣接 DOPO 間の負の相関を

損なうように作用する。このため、光遅延線結合 QNN には、相関度を最大とする最適な結

合強度が存在する( [8]の図 3(b)参照)。この最適結合強度に対応するのが ≃ 0.5 であり、

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この時に成功率が最大となっている。測定フィードバック QNN の場合は、その探索メカニ

ズムが、DOPO 間の相関の形成ではなく、フィードバック信号によって誘起される量子ト

ンネリングであるため、結合強度が強いほど成功率が高い。

5.5 まとめ

第 5 章の主要な結論を以下にまとめる。

1. 測定フィードバック QNN は 2 つ理論モデルで記述される。ひとつは密度演算子のマス

ター方程式の数値積分とホモダイン測定に対する射影演算子に基づくモデルであり、も

うひとつは c 数の確率微分方程式に反復子ダイナミクスを組み合わせたモデルである。

2. 縮退光パラメトリック増幅における同位相固有状態| ⟩表示の密度演算子のマスター方

程式は、次式で与えられる。

dd ⟨ | | ′⟩ = (− − − 1)⟨ | | ′⟩ + 8 {− + 3( + ) + ( − + 8)( + ) +4( − 1) + 4( − 1) + 4( − )( − ) −4 }⟨ | | ′⟩

(8)

光ホモダイン検出による波束の収縮は、次の射影演算子で記述される。

= 0

= d d ∙ ⁄ − cos ∙ + sin ∙

×exp −12 −sin ∙ + cos ∙ ⟨ |

(11)

フィードバックパルス注入は、次の変位演算子で記述される。

= exp − ∗

3. DOPO における増幅・飽和・散逸を記述する c 数確率微分方程式は、次式で与えられる。

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dd = −(1 + ′) + − +−(1 + ′) + − + d +

⎣⎢⎢⎡ ( − )d

( − )d ⎦⎥⎥⎤ (37)

波束の収縮を記述する反復子ダイナミクスは、次式で与えられる。

( , ) = λ( , ) ( , ) (38)

上式中の( , )におけるブラウン粒子の動きは、

λ( , )の確率で増幅される(λ( , ) > 0)

−λ( , )の確率で消滅する (λ( , ) < 0) (39)

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[6] T. Shoji et al., Phys. Rev. A 96, 053833 (2017). [7] 同位相振幅と直交位相振幅を = + √2⁄ と ̂ = − √2⁄ と定義すると、交換

関係が[ , ̂] = となり、不確定性原理は⟨∆ ⟩⟨∆ ̂ ⟩ ≥ 1 4⁄ で与えられる。

[8] K. Takata et al., Phys. Rev. A 92, 043821 (2015).

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25

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和訳:井上 恭

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