6.遺伝子の発現制御 - mbl...me ac lys lys me me me me 6.遺伝子の発現制御...

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Me AC Lys Lys Me Me Me Me 6. 遺伝子の発現制御 遺伝子はいつどこで発現するか? 6-1. ここはどこになる?体の場所を決める遺伝子 「ホメオティック遺伝子」 動物の体は、受精卵から卵割・細胞分裂を経て作られていきます(発生)が、 この過程における体つくりで中心的な役割を果たしているのが、ホメオティッ ク(ホメオボックス)遺伝子です。この遺伝子はハエからヒト ※1 に至るまで、 進化の過程で受け継がれてきたことが明らかになっています。 ホメオティック遺伝子は、発生の過程で、時間的・空間的に一定のパター ンで発現します。ホメオティック遺伝子には、ホメオドメインという、60 個 のアミノ酸からなる DNA に結合するドメイン(参照:5-2.「タンパク質の 相互作用」p.56)がコードされています。ホメオティック遺伝子がコードす るタンパク質は、器官形成の過程で階層的に発現する遺伝子の DNA に、ホメ オドメインで結合し、転写調節因子として働きます。つまり、その領域にホ メオボックス転写因子が結合した細胞がどんな器官になるか(頭になるか、 手足になるかなど)の運命を、最初に決定する重要な役割を果たします。 また、ホメオティック遺伝子は 3' 側に位置する遺伝子ほど、発生の早い時 期に、体の前方(頭部側)で発現するという特徴があります。 6-2. DNA の塩基配列によらない遺伝子発現の制御 「エピジェネティクス」 一人の人間の肝臓の細胞と皮膚の細胞は、同じ DNA 配列を持っています。 しかし、肝臓の実質細胞は細胞分裂して増殖すると同じ実質細胞 ※2 になり、 皮膚の細胞も皮膚の細胞として増殖していきます。一個体の全ての細胞が同 ※ 1 ヒトのホメオティック遺伝子に相当する 遺伝子は Hox 遺伝子と称されます。 ※ 2 実質細胞とは肝臓を構成する主要な細胞 で、肝細胞とも呼ばれ、肝臓で行われる 代謝のほとんどを引き受けています。 68

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Page 1: 6.遺伝子の発現制御 - MBL...Me AC Lys Lys Me Me Me Me 6.遺伝子の発現制御 遺伝子はいつどこで発現するか?6-1.ここはどこになる?体の場所を決める遺伝子

MeMeMe

AC Lys

Lys

Me

Me

Me

Me

6.遺伝子の発現制御遺伝子はいつどこで発現するか?

6-1.ここはどこになる?体の場所を決める遺伝子「ホメオティック遺伝子」

動物の体は、受精卵から卵割・細胞分裂を経て作られていきます(発生)が、

この過程における体つくりで中心的な役割を果たしているのが、ホメオティッ

ク(ホメオボックス)遺伝子です。この遺伝子はハエからヒト※ 1 に至るまで、

進化の過程で受け継がれてきたことが明らかになっています。

ホメオティック遺伝子は、発生の過程で、時間的・空間的に一定のパター

ンで発現します。ホメオティック遺伝子には、ホメオドメインという、60 個

のアミノ酸からなる DNA に結合するドメイン(参照:5-2.「タンパク質の

相互作用」p.56)がコードされています。ホメオティック遺伝子がコードす

るタンパク質は、器官形成の過程で階層的に発現する遺伝子の DNA に、ホメ

オドメインで結合し、転写調節因子として働きます。つまり、その領域にホ

メオボックス転写因子が結合した細胞がどんな器官になるか(頭になるか、

手足になるかなど)の運命を、最初に決定する重要な役割を果たします。

また、ホメオティック遺伝子は 3' 側に位置する遺伝子ほど、発生の早い時

期に、体の前方(頭部側)で発現するという特徴があります。

6-2.�DNA の塩基配列によらない遺伝子発現の制御「エピジェネティクス」

一人の人間の肝臓の細胞と皮膚の細胞は、同じ DNA 配列を持っています。

しかし、肝臓の実質細胞は細胞分裂して増殖すると同じ実質細胞※ 2 になり、

皮膚の細胞も皮膚の細胞として増殖していきます。一個体の全ての細胞が同

※ 1  ヒトのホメオティック遺伝子に相当する

遺伝子は Hox 遺伝子と称されます。

※ 2  実質細胞とは肝臓を構成する主要な細胞

で、肝細胞とも呼ばれ、肝臓で行われる

代謝のほとんどを引き受けています。

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Me

AC Lys

Lys

Me

Me

Me

Me

じ DNA の塩基配列を持つにも関わらず、別々の機能や形態を持つ細胞になる

ことが出来るのは、発生・分化の過程で DNA やヒストンに付けられた修飾に

より、細胞ごとに、異なる遺伝子の発現を促進したり抑制したりするためで

す。その仕組みをエピジェネティクスといいます。

6-3.つかう遺伝子とつかわない遺伝子についた目印「修飾核酸」

ヒストンの修飾

ヒストンタンパク質のコア領域からはみだした N 末端側のヒストンテイル

と呼ばれる領域がアセチル化、メチル化、リン酸化、モノユビキチン化など様々

な修飾を受けていることが報告されています。

ヒストンアセチル化

一般に、ヒストンのアセチル化は、遺伝子の発現を促進する方向に働きます。

ヒストンアセチル基転移酵素によって、アセチル基がヒストンテイルに付加

されると、ヒストンの正電荷が減少し、ヒストンと DNA の間の電気的な相互

作用が減少するために凝集したヌクレオソーム構造が緩み、RNA ポリメラー

ゼがプロモーター領域に結合しやすくなるためです。

逆に発現を抑制する場合は、ヒストン脱アセチル化酵素によってアセチル

基が除去され、その結果、ヒストンと DNA の結合が強固になり、遺伝子の発

現は抑制されます(図.ヒストンアセチル化によるクロマチン構造の変化)。

がんでは、ヒストンの脱アセチル化によってがん抑制遺伝子の発現が負に

プロモーター

RNA ポリメラーゼがプロモーターに結合する

AcAc

Ac

Ac

Ac

Ac

Ac

AcAc

Ac

Ac

Ac

ヒストンアセチル基転移酵素

アセチル化されたヒストンテイル

ヒストンアセチル化によるクロマチン構造の変化

Pick Up from MBL

抗修飾ヒストン抗体

株式会社モノクローナル抗体研究所

では修飾ヒストン ( アセチル化・メ

チル化・リン酸化)を認識する抗体

を多数取り揃えております。

ウェスタンブロッティング、免疫染

色、そしてクロマチン免疫沈降で反

応することが確認されております。

Pick Up from MBL

ヒストンアセチル化測定キット

アセチル化ヒストンを認識する抗体

を用いて、細胞内のヒストンのアセ

チル化レベルを Cell ELISA 法によ

り測定するキットです。細胞内のヒ

ストンアセチル化への薬理作用効果

をモニターすることが可能です。

株式会社サイクレックスは、アセチ

ル化部位特異的抗体を用いたアセチ

ル化関連酵素活性およびアセチル化

レベルの測定原理について、米国特

許を取得しています。

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制御されている例が報告されており、ヒストン脱アセチル化酵素は抗がん剤

の標的として注目されています。ヒストンアセチル基転移酵素、ヒストン脱

アセチル化酵素ともに多くの種類が知られています。

�ヒストンメチル化

ヒストンのメチル化は、ヒストン分子のアルギニンやリジン残基に生じ、

遺伝子発現の促進、抑制、どちらにも働きます。

例えば、Set1 というヒストンメチル化酵素がヒストン H3 の 4 番目のリジ

ンをメチル化すると、遺伝子の発現が促進されます。一方、Suv39h1 などの

ヒストンメチル化酵素によって 9 番目のリジンがメチル化されると、HP1 と

呼ばれるタンパク質が結合し、ヌクレオソームが凝縮し、ヘテロクロマチン

の形成が促進されるため、転写が抑制されます。※ 1 ヒストンメチル化酵素も

多くの種類があります。

DNAメチル化(シトシンのメチル化)

DNA メチル化は、ほとんどがシトシン(C)で生じ、遺伝子発現を抑制し

ます。特に、CG という配列が集中して存在する領域(CpG アイランド)の

70% − 80% 程度のシトシンがメチル化されています。遺伝子プロモーター

領域の CpG アイランドは、最初はメチル化されていないことが多いですが、

発生や分化に伴ってメチル化を受け、遺伝子発現が抑制されます。がん細胞

では、がん抑制遺伝子の発現が CpG アイランドの異常なメチル化によって抑

制されています。※ 2

ヒストンメチル化によるクロマチン構造の変化

Me

Me Me Me Me

MeMe Me MeMe

MeMe Me MeMe

ヒストンメチル化酵素

HP1がメチル基に結合

Me

HP1どうしが結合

ヌクレオソームも凝縮

※ 1  クロマチン線維がしっかりと凝縮し、RNA

ポリメラーゼや転写因子が近づけないため、

転写は起こりません。電子顕微鏡などで核

をみると黒い塊として観察できます。

※ 2  がん治療薬の中にはがん細胞の異常なメチ

ル化を抑制することで、治療効果をあげて

いるものもあります。次ページで紹介する

MBD タンパク質の阻害剤が代表的です。

Pick Up from MBL

抗修飾核酸抗体

MBL では多数の、DNA/RNA の修

飾塩基・ヌクレオシドの検出に役立

つ抗体を取り揃えております。

パ ラ フ ィ ン 包 埋 組 織 切 片・ 培 養

細 胞 の 免 疫 染 色、RNA-IP、Dot

blotting、hMeDIP などの各用途に

使用可能です。

抗ヒドロキシメチルシトシン抗体の

使用例

その他の修飾核酸に対する抗体の

使用例

抗原添加による阻害

5hmC mAb(Code No. M218-3)

0.02 μg/mL

5hmC pAb(Code No. PM077)

0.4 μg/mL

m5C mAb*(Code No. D346-3)

0.25 μg/mL

*DNA中の5mC、RNA中のm5C両方を認識します。

組織:マウス脳(海馬領域よりやや前方) 13-14週齢 オス賦活化:熱処理(95℃、40分)

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Pick Up from MBL

MethylHunter�MBD1-based�Methylated�DNA�Enrichment�Kit

His-tagged MBD1 を用いてメチル

化 DNA 断片を回収するキットです。

ヒストン脱アセチル化酵素(HDAC・SIRT)活性測定キット

ヒストン脱アセチル化酵素の活性を

高感度かつ簡便に測定できます。

阻害剤や活性化剤のスクリーニング

にも有用です。

METTL13�(FEAT)�抗体

Me th y l t r a n s f e r a s e l i k e 13

(METTL13) は、 FEAT や KIAA0859

とも呼ばれ、メチルトランスフェラー

ゼスーパーファミリーに属する 699

アミノ酸タンパク質です。

MBDタンパク質による転写抑制

DNA のメチル化によって転写因子の結合が阻害されますが、さらに、メチ

ル化 DNA を特異的に認識するタンパク質によって、転写不活性なクロマチン

状態が形成されることにより、より安定的に遺伝子発現が抑制されます。

このようなタンパク質のメチル化 DNA 結合ドメインとして、最初に同定

されたドメインが、MBD(Methyl-CpG-binding domain)です。MBD をも

つタンパク質(MBD タンパク質)は、ヒストン脱アセチル化酵素 (HDAC や

SIRT など ) や、ヒストン H3 の 9 番目のリジンをメチル化する酵素などと相

互作用し、クロマチン凝集を引き起こすことで、転写を抑制します(図.メ

チル化 DNA・MBD タンパク質・HDAC によるクロマチン構造の変化)。

哺乳類では、MeCP2、MBD1、MBD2、MBD4 の、4 種類の MBD タンパ

ク質があります。

核酸修飾が次世代の細胞に受け継がれるメカニズム

DNA やヒストンの修飾は、核酸修飾酵素などの働きによって、細胞が分裂

しても引き継がれていきます。

DNA 複製直後、鋳型となった元の DNA 鎖のはメチル化されていますが、

新生された DNA 鎖ではまだメチル化されていません(ヘミメチル化)。この

ヘミメチル化二本鎖 DNA に、UHRF1 や DNMT1 などのタンパク質が結合し

て、新生鎖を鋳型鎖と同様にメチル化します。 このようなメチル化パターン

の継承を DNA の維持メチル化といいます(図.複製後の DNA メチル化パター

ンの継承)。さらに、DNA に結合するヒストン量も 2 倍に増え、ヒストン修

飾も受け継がれます。

メチル化 DNA・MBD タンパク質・HDAC によるクロマチン構造の変化

Ac Ac

MeMe

Ac

Ac Ac

Ac

MeMe

シトシンのメチル化

メチル化 DNA結合タンパク質 (MBDタンパク質 )

脱アセチル化酵素(HDAC)

ヌクレオソーム凝縮

Me Me

ヒストンのアセチル化

ACGGGAACGCACGT

MeMeMe

T GCCC T TGCGTGCAMeMeMe

T GCCC T TGCGTGCAACGGGAACGCACGT

MeMeMe

MeMeMe

T GCCC T TGCGTGCA

MeMeMe

MeMeMe

A CGGGAACGCACGT

複製

TGCCC T TGCGTGCAMeMeMe

A CGGGAACGCACGT

ACGGGAACGCACGT

MeMeMe

T GCCC T TGCGTGCA

複製されたDNA の CpG 配列のシトシンのメチル化

複製後のDNA メチル化パターンの継承

新生DNA鎖

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6-4.タンパク質をコードしない RNA「ノンコーディング RNA」

ゲノム解析により、大量の、タンパク質をコードしない RNA(ノンコーディ

ング RNA)の存在が明らかになりました。当初は「ゲノムのがらくた」とさ

れていましたが、近年、発生、分化、代謝などで、さまざまな機能を果たす

ことが明らかとなっています。

RNA干渉(RNAi)

RNA 干渉(RNAi)は、短い 21 〜 25 ヌクレオチドの長さの二本鎖 DNA が、

同じ塩基配列をもった遺伝子の発現を抑制する現象です。

RNAi に関わる短い RNA の一つに、miRNA (microRNA) があります(図.

miRNA による遺伝子発現調節)。miRNA は、従来遺伝子機能はないと考え

られていた DNA 領域から転写され、キャップ構造やポリ A が付加されます。

この転写産物を、pri-miRNA (primary miRNA)といいます。pri-miRNA は部

分的に二本鎖となってヘアピン構造をとっており、切断酵素でヘアピン部分

だけが切り出されて、pre-miRNA となり、細胞質へ輸送されます。細胞質で、

さらに切断酵素により 22 塩基程度の短い二本鎖 RNA(miRNA duplex)に

なります。この短い二本鎖 RNA は、RISC とよばれる RNAi で中心的な役割

を果たすタンパク質複合体に取り込まれ、二本鎖のうちの片方が除去されま

す。その後、RISC 中に残った一本鎖の miRNA は、相補的な塩基配列をもつ

mRNA に結合し、分解や翻訳の抑制を引き起こしてタンパク質合成を低下さ

せます。すなわち、miRNA を介して mRNA レベルで遺伝子発現が調節され

ています。

RNAi は、発生や分化の過程だけでなく、がん、ウイルス感染症、関節リ

ウマチ、糖尿病、循環器疾患などの病気にも関係しています。目的とする

mRNA の相補配列をもつ siRNA (short interfering RNA) や shRNA (short

hairpin RNA)などの二本鎖 RNA を細胞に導入すると、miRNA と同じように

RISC に取りこまれて目的の mRNA だけを分解できます。がんやウイルスの

遺伝子の働きを止めることができる方法として、創薬の分野で期待されてい

ます。

長鎖ノンコーディングRNA(lncRNA)

長 鎖 ノ ン コ ー デ ィ ン グ RNA(long noncoding RNA; lncRNA) と は、

miRNA や siRNA の短い RNA(small RNA)に対し、100 〜 200 塩基以上

のノンコーディング RNA のことです。small RNA に比べ、研究が遅れていま

したが、最近では、遺伝子発現解析や次世代シーケンサーによる解析が進み、

遺伝子発現制御に関わることが明らかになってきました※ 1。 lncRNA は、細

胞内でタンパク質と複合体を形成し、遺伝子発現の促進や抑制をしたり、ク

ロマチン構造へ作用したりしています。 

Pick Up from MBL

遺伝子発現の転写後調節の解析ツールRiboCluster�ProfilerTM

RiboCluster と は、 あ る 特 定 の

疾 患 や 機 能 に 関 連 し た mRNA や

miRNA などの RNA と RNA 結合タ

ンパク質(RBP)が集合体(クラ

スター)として機能していると考

える概念です。MBL のホームペー

ジ(http://ruo.mbl.co.jp/product/

epigenetics/RNAworld.html)では、

RNA ワールドの多彩な機能や調節

機構を解説するとともに、MBL 独

自に開発した高品質な RBP 抗体に

ついて RBP の機能ごとに

ご紹介しています。

RiboCluster�ProfilerTM

RIP�Assay�KitRNA 結合タンパク質に対する抗体

を用いて、RBP に結合している機能

的に関連したmRNAを回収するキッ

トです。RISC に対する抗体を用い

て、microRNA のターゲット mRNA

を回収することもできます。

RiboCluster�ProfilerTM

RIP�Assay�Kit�for�microRNA

ターゲット mRNA に加え、 miRNA

も同時に抽出可能なキットです。

実験デザインに合わせて、 3 つの抽

出方法を選択することができます。

さらに RNA 抽出ステップではフェ

ノール溶液を使用しないため、廃液

処理の手間も省けます。

※ 1  lncRNA の中で、最初に機能が明らかにさ

れたのは、Xist RNA です。Xist RNA はほ

乳類の雌における X 染色体の不活性化に関

わります(参照:6-5「発生とエピジェネティ

クス」p.74)。

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キャップ

ポリA 鎖

pri-miRNA

DNA

核膜孔

RISC

RISC

miRNA による遺伝子発現調節

mRNA 分解 翻訳の減少, mRNA 隔離後分解

AAAAA

AAAA… AAAA…mRNA

リボソーム

細胞質

pre-miRNA

Dorhsa(切断酵素)

Dicer(切断酵素)

二本鎖 miRNA

転写

Pick Up from MBL

RNAの安定性や半減期を

解析するツール

BRIC�Kit

BRIC (5-bromouridine immunoprecipi

-tation chase) は、転写阻害剤の

かわりに 5-bromouridine (BrU) を

細胞にパルスし BrU 標識された新生

RNA を回収する方法です。悪影響

の少ない穏やかな条件下で細胞内の

RNA の安定性や半減期を解析できる

手法として注目されています。BRIC

Kit と RT-qPCR、マイクロアレイ、

シーケンシングを組み合わせること

で、細胞内の目的 RNA 量の変化の解

析や新規機能分子の探索が可能にな

ります。

新規のバイオマーカーや創薬ター

ゲット探索、RNA 分解制御に着目

した新しい経路の発見、lncRNA や

新規転写産物の解析などに、おすす

めです。

BrU

RNA

BrUでのパルスラベリング

各経時点での細胞回収

total RNAの回収

免疫沈降 Spike-in control (BrU-labeled lacZ RNA)�外部標準 RNA の添加

BrUラベルされたRNAの抽出

RT-qPCRおよびdeep-seq (RNA-seq) など

細胞

Anti-BrdU mAb

miRNAによる遺伝子発現調節

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6-5.子孫に受け継がれる修飾「発生とエピジェネティクス」

受精卵や発生初期のゲノムでは、ほとんどメチル化されておらず、全ての

遺伝子が発現できる状態になっています。この時期の細胞は全能性をもって

いますが、発生が進んで体細胞が分化するにしたがって、エピジェネティッ

クな変化が加わり、特定の遺伝子以外は発現しないようになります。発生過

程は、エピジェネティック制御がダイナミックに進行する過程でもあります。

ゲノムインプリンティング

通常、常染色体では、遺伝子は母親由来と父親由来の 2 コピーがあり、2

コピー両方発現するか、両方発現しないかで遺伝子発現が制御されています。

しかし、一部の遺伝子では、母親由来と父親由来のどちらか一方のみが発現

するように生殖細胞であらかじめ刷り込まれていることがわかってきました。

このような現象は多くの哺乳類でみられ、ゲノムインプリンティングと呼び

ます。受精卵から分化が進んだ体細胞では、メチル化などエピジェネティッ

クな修飾が進行しますが、生殖細胞系の分化系列では始原生殖細胞から生殖

細胞(卵子や精子)ができていく過程で、一度完全に全てのエピゲノム情報

が消去され、改めてゲノムインプリンティングが行われます。卵子や精子に

なる細胞は、ゲノムインプリンティングされた状態で次の世代に引き継が

れます。例えば、ヒトの 15 番目の染色体上にある遺伝子では、母親由来の

DNA だけがメチル化されているので、父親の遺伝子だけが発現することにな

ります。このとき父親の DNA 配列に変異があると、子供は「プラダー・ウィ

リー症候群」※ 1 という病気を発症するリスクがあります。

※ 1  プラダー・ウィリー症候群:筋力低下、性

腺発達障害、精神発達障害、肥満などを

特徴とします。

体細胞B体細胞分化

体細胞C

体細胞 A

生殖細胞へ分化

母親由来父親由来

Me

Me

母親由来染色体

父親由来染色体

受精卵

インプリンティング遺伝子

Me

Me

Me

Me

Me

Me

Me

Me

MeMe

MeMe

MeMe

MeMe

MeMe

MeMe

Me

Me

MeMe Me

MeMeMe

インプリンティング情報の消去

再インプリンティング

精子

卵子

始原生殖細胞

減数分裂

父親由来のみ発現する遺伝子

母親由来のみ発現する遺伝子

ゲノムインプリンティング

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X 染色体の不活性化

哺乳類の雌は X 染色体を 2 本、雄は X 染色体と Y 染色体を 1 本ずつもっ

ています。雌の X 染色体 2 本のうち、1 本は凝集して転写されないことがわ

かっています。この不活性化は発生初期に起こります。子の各々の細胞で父

親由来と母親由来のどちらの X 染色体を不活性するかはランダムに決定され

ます。その後、細胞増殖により各々の細胞で決定された情報が他の細胞にも

伝えられます。X染色体の不活性化には、ヒストンのメチル化と lncRNA で

ある Xist RNA が関係しています。

エピゲノムを介した遺伝、世代をこえて引き継がれる環境の影響

最近、環境によって獲得された形質の一部が、次世代に引き継がれること

が分かってきました。母体で胎児が成長しているときに、母親が十分に栄養

を摂らない状態にあると、その子は出生後、心臓病、糖尿病、肥満になりや

すいという報告があります。胎児期に栄養が不足していると、飢餓対応遺伝

子が活性化し、エピジェネティックな変化がゲノムに記憶されます。成人に

なったとき、同じカロリーの食事を摂っても効率良く利用し、それが肥満を

招くという結果になります。さらに、オランダのコホート研究で、胎児期に

飢饉の影響を受けた女性の子に、出生時の伸長が低く、肥満度が高くなる傾

向がみられました。一方、胎児期に飢饉の影響を受けた男性が父親になった

場合は、ほとんど影響はみられませんでした。このような効果を「おばあちゃ

ん効果」といいます。

6-6.つかえない遺伝子の目印を無理矢理外す「細胞の分化と iPS細胞」

京都大学 iPS 細胞研究所の山中伸弥教授は、皮膚に分化した成人の体細胞

に 4 種類の遺伝子を入れることによって、ゲノムのメチル化やアセチル化な

どのエピジェネティックな情報を初期化(リプログラミング)し、さまざま

な細胞に分化する能力をもつ iPS 細胞(人工多能性幹細胞)を作ることに成

功しました。この 4 種類の遺伝子・転写因子は、山中因子と呼ばれています。

Pick Up from MBL

CytoTune®-iPS�2.0�

CytoTune®-iPS�2.0�L

CytoTune®-iPS 2.0 は、 効 率 的 な

核初期化に必要な、いわゆる山中 4

遺 伝 子(OCT3/4、SOX2、KLF4、

cMYC)をセンダイウイルスベク

ター(SeV ベクター)に搭載した製

品です。センダイウイルスの最大の

特長は、RNA をゲノムとしますが、

レトロウイルスと異なり RNA のま

ま細胞質に留まり、そこで複製・転

写・翻訳が行われることです。細胞

核内に遺伝情報が入り宿主の DNA

配列の中に組み込まれないため、染

色体に傷を付けることがありませ

ん。レトロウイルスベクターを用い

たことによる発がんの好ましくない

形質転換を考慮する必要がありませ

ん。比較的 DNA が組み込まれにく

いベクターであるアデノウイルスや

アデノ随伴ウイルス(AAV)、プラ

スミドを用いても、DNA を用いる

限りこの危険性が伴います。センダ

イウイルスの特長を利用してデザイ

ンされた全く新しいタイプのベク

ターが CytoTune®-iPS 2.0 です。

さらに、CytoTune®-iPS 2.0 を改

良し、癌化リスクの少ないL-MYC

を 搭 載 し た iPS 細 胞 誘 導 キ ッ ト

CytoTune®-iPS 2.0 L を発売しまし

た。

いきものコラム 「 三毛猫はメスばかり」

X 染色体の不活性化の代表例として

三毛猫の模様があります。

三毛猫には雌しかいません。ネコの

体毛が黒か茶色になる遺伝子は X 染

色体上にあり、白毛の斑入りになる

遺伝子は常染色体上にあります。体

毛を決める遺伝子が父親と母親で異

なると、X 染色体を不活性化したと

きの状態が模様となって現れます。

発生初期の段階で母親由来の X染色体が不活性化した細胞

発生初期の段階で父親由来の X染色体が不活性化した細胞

白斑の大きさは別の遺伝子が決めている。

三毛猫のX 染色体の不活性化

遺伝子の導入

転写翻訳

タンパク質の発現

センダイウイルスベクター

ベクターが核に入らず、細胞質内にRNAで存在するため、染色体にダメージを与えない

75

Page 9: 6.遺伝子の発現制御 - MBL...Me AC Lys Lys Me Me Me Me 6.遺伝子の発現制御 遺伝子はいつどこで発現するか?6-1.ここはどこになる?体の場所を決める遺伝子

6-7.体内時計は遺伝子レベルで存在する「概日リズム」地球上の生物は地球の自転によってもたらされる約 24 時間の明暗周期に

その活動を同調させています。このような生物リズムは、概(おおむ)ね 1

日周期という意味で概日(がいじつ)リズムと呼ばれており、単細胞生物や

培養細胞株あるいは各組織を構成する細胞の一つ一つが概日時計を有してい

ます。

動物においては大脳視床下部に位置する視交叉上核(SCN)から、神経あ

るいは体液性のシグナルを介して、各組織における細胞の概日リズムが同期

されています。SCN が有する時計は中枢時計、各組織が有する時計は末梢時

計と呼ばれています。

近年、概日リズムの発振の分子機構が解明され、ほぼ全ての細胞で発現

する時計遺伝子の転写・翻訳フィードバックループによって約 24 時間のリ

ズムが生じていることが分かってきました。特に BMAL、CLOCK、PERs、

CRYs は概日リズムの発振において中心的役割を持っており、またその下流

の遺伝子(以後、CCG = 時計制御下遺伝子と呼ぶ)の発現をリズミカルに制

御しています。

肝臓と心臓においては、発現する全遺伝子の約 10% が CCG だとされてい

ます。これら時計遺伝子が安定的に発現振動することで、約 24 時間周期の

睡眠 / 覚醒、血圧、体温、ホルモン分泌など多くの生命活動の調整が行われ

ています。また、概日リズムの破綻や概日関連遺伝子の多型は高血圧や糖尿病、

睡眠障害など多くの疾患との関連性が報告されています。さらに、直接的な

創薬ターゲットとしてだけでなく、薬の代謝効率の観点からも研究が盛んに

行われています。

Pick Up from MBL

概日リズム関連製品

MBL では、概日リズム関連タンパ

ク質に対する抗体を取り揃えており

ます。

詳細は MBL ライフサイエンスサイ

ト(http://ruo.mbl.co.jp/product/

circadian/index.html)

をご覧下さい。

SCN= 中枢時計

末梢時計

神経または体液性因子を介した同調

時計出力= CCG の発現

時間

CC

G遺

伝子

の発

現レ

ベル

概日リズムの破綻等の関連疾患 ・癌 ・うつ病  ・不妊  ・睡眠障害 ・メタボリックシンドローム

概日リズムと疾患

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