1.多価イオンとは? - kobe...

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ポテンシャルエネルギーの 価数依存性 多価イオンのポテンシャルエネル ギーは、価数の2.8乗に比例する 原子とイオンのエネルギー準位 リチウム1価イオンの基底状態はリチウム原子の 基底状態より5.39eV高く、リチウム2価イオンの 基底状態はリチウム原子の基底状態より81.01eV 高い。 1.多価イオンとは? 多価イオンと原子(固体表面)の衝突による電子の移動 多価イオンと表面原子が一定の距離まで近づくと、表面原子の束縛電子が 多価イオンに移動し、表面原子がイオン化される。多価イオンに移った電 子の一部は自由電子となる。距離が近づくに従って、電子の移る準位nが 小さくなる。この過程が何回も繰り返され、結果として多価イオンが表面 に近づくと電子が外(真空中)にどんどん汲み出される。 多価イオンー表面の衝突では「二次電子収率が大きい」 多価イオンが原子に衝突 衝突の途中で電子が移動 1個の電子は位置エネル ギーの低い状態に移り、も う1個の電子はエネルギー の高い自由な状態に移る。 多価イオン 表面原子 中空イオン 生成イオン 多価イオンの2次電子放出率 [F. Aumayr et al., Phys. Rev. Lett. 71 (1993) 1943-1946.] 2.多価イオン-表面衝突における諸現象 3.多価イオン源について 電子ビーム多価イオン源「Tokyo-EBIT電気通信大学レーザー新世代研究センターに設置されている世界最高性能の多価イオン源。電子 ビーム電流300mA、加速電圧300kVで、ウランの裸イオンも生成可能である。 電子ビーム多価イオン源の原理 高エネルギー(30~300keV)、大電流密度(~3000A/cm 2 ) の電子ビームと、ドリフトチューブ内に閉じ込められたイオン との繰り返し衝突により高電離イオンを生成する。 Electron Beam Ion Source あるいは Electron Beam Ion Trap と呼ばれる。 多価イオンの性質 ・束縛電子をわずかしか持たないイオン ・自然界ではたとえば太陽コロナ中に存在 ・運動エネルギー0でも、それ自身が莫大 ポテンシャルエネルギーを持っている ・電子を引きつける力が強い ・物質(原子・分子、表面)との著しい相 互作用 内側の軌道にいる電子ほ ど、追い出すのに高いエ ネルギーが必要 できた多価イオンは、そ れぞれの電子を追い出す のに必要なエネルギー を、追い出した電子につ いて全て加えただけの、 ポテンシャルエネルギー を持っている。 多価イオンが表面に衝突すると、大量の二次電子や表面上の原子・分子イオンが放出 されるとともに、多価イオン入射点近傍の表面構造が変化する。多価イオンに対する 固体の阻止能100keV/nmのオーダーであり、これは多価イオンのポテンシャルエネ ルギーが専ら表面の電子励起に費やされるためである。即ち多価イオンの進入深さは 表面数原子層に限られる。これは、通常の1価イオンにおいて阻止能が固体内原子と の弾性衝突に起因するのと全く異なる。 多価イオン入射により誘起されたグラファイト表面 の「こぶ」のSTM像と、こぶの体積と入射多価イ オンの価数の関係 多価イオン照射グラファイト表面のSTM像と、S TSスペクトル:多価イオン入射点近傍の領域で電 子状態が周囲と著しく異なる構造に変化している。 [T. Meguro et al., Appl. Phys. Lett. 79 (2001) 3866- 3868.] 水素終端シリコン表面に多価イオンを照射し、水 素を剥した後酸素に曝すことで、酸化シリコンの ナノドットを生成させた例。[G. Borsoni et al., J. Vac. Sci. Technol. B18 (2000) 3535-3538.]

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Page 1: 1.多価イオンとは? - Kobe Universitymsakurai/EBIS/KobeUniv_poster01.pdfギーは、価数の2.8乗に比例する 原子とイオンのエネルギー準位 リチウム1価イオンの基底状態はリチウム原子の

ポテンシャルエネルギーの

価数依存性多価イオンのポテンシャルエネルギーは、価数の2.8乗に比例する

原子とイオンのエネルギー準位リチウム1価イオンの基底状態はリチウム原子の基底状態より5.39eV高く、リチウム2価イオンの基底状態はリチウム原子の基底状態より81.01eV高い。

1.多価イオンとは?

多価イオンと原子(固体表面)の衝突による電子の移動

多価イオンと表面原子が一定の距離まで近づくと、表面原子の束縛電子が

多価イオンに移動し、表面原子がイオン化される。多価イオンに移った電

子の一部は自由電子となる。距離が近づくに従って、電子の移る準位nが

小さくなる。この過程が何回も繰り返され、結果として多価イオンが表面

に近づくと電子が外(真空中)にどんどん汲み出される。 ⇒ 多価イオンー表面の衝突では「二次電子収率が大きい」

多価イオンが原子に衝突

衝突の途中で電子が移動

1個の電子は位置エネルギーの低い状態に移り、もう1個の電子はエネルギーの高い自由な状態に移る。

多価イオン

表面原子

中空イオン

生成イオン

多価イオンの2次電子放出率[F. Aumayr et al., Phys. Rev. Lett. 71(1993) 1943-1946.]

2.多価イオン-表面衝突における諸現象

3.多価イオン源について

電子ビーム多価イオン源「Tokyo-EBIT」電気通信大学レーザー新世代研究センターに設置されている世界最高性能の多価イオン源。電子ビーム電流300mA、加速電圧300kVで、ウランの裸イオンも生成可能である。

電子ビーム多価イオン源の原理高エネルギー(30~300keV)、大電流密度(~3000A/cm2)の電子ビームと、ドリフトチューブ内に閉じ込められたイオンとの繰り返し衝突により高電離イオンを生成する。Electron Beam Ion Source あるいは Electron BeamIon Trap と呼ばれる。

多価イオンの性質

・束縛電子をわずかしか持たないイオン

・自然界ではたとえば太陽コロナ中に存在

・運動エネルギー0でも、それ自身が莫大なポテンシャルエネルギーを持っている

・電子を引きつける力が強い

・物質(原子・分子、表面)との著しい相互作用

内側の軌道にいる電子ほど、追い出すのに高いエネルギーが必要

できた多価イオンは、それぞれの電子を追い出すのに必要なエネルギーを、追い出した電子について全て加えただけの、ポテンシャルエネルギーを持っている。

多価イオンが表面に衝突すると、大量の二次電子や表面上の原子・分子イオンが放出されるとともに、多価イオン入射点近傍の表面構造が変化する。多価イオンに対する固体の阻止能は100keV/nmのオーダーであり、これは多価イオンのポテンシャルエネルギーが専ら表面の電子励起に費やされるためである。即ち多価イオンの進入深さは表面数原子層に限られる。これは、通常の1価イオンにおいて阻止能が固体内原子との弾性衝突に起因するのと全く異なる。

多価イオン入射により誘起されたグラファイト表面の「こぶ」のSTM像と、こぶの体積と入射多価イオンの価数の関係

多価イオン照射グラファイト表面のSTM像と、STSスペクトル:多価イオン入射点近傍の領域で電子状態が周囲と著しく異なる構造に変化している。[T. Meguro et al., Appl. Phys. Lett. 79 (2001) 3866-3868.] 水素終端シリコン表面に多価イオンを照射し、水

素を剥した後酸素に曝すことで、酸化シリコンのナノドットを生成させた例。[G. Borsoni et al.,J. Vac. Sci. Technol. B18 (2000) 3535-3538.]