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公法上の債権・私法上の債権 1 自治体が扱う債権はすべて公法上の債権では ない 今日において、都道府県及びすべての市町村におい て滞納問題を抱えていない自治体はないと思います。本 来、自治体の債権である地方税、使用料等を納期限ま でに市民等が納めていれば、強制徴収や強制執行等の 問題が出る幕はありません。しかし、現実にはいずれの 自治体でもかなりの滞納があり、毎年のように不納欠損 額が発生し、行政運営を圧迫しているのが現実です。 自治体の扱う債権は、すべて公法上の債権だけでなく、 私法上の債権もあります。公法上の債権、私法上の債 権の分類が明確にできていないということは、債権の処 理を始め、時効に関する問題が適正になされていないと いうことになります。 2 自治法上の債権 (1) そこで、基本的な問題から説明していきます。 ① 債権は財産権に分類されます。財産権は、私法 の分類からみますと人格権や身分権に対立する概 念として用いられており、これを大別しますと物権と 債権がこれに属するものとされています。 ② 物権は、所有権を代表とするように物を直接的に 支配する権利であり、すべての人に対して主張しう る権利であるのに対し、債権は、特定人(債権者) が特定人(債務者)に対し一定の行為(作為・不 作為・給付)をすることを請求することのできる権 利であり、原則として第三者に権利を主張できない ことから、物権は絶対的権利、債権は相対的権利 といわれています。 ③ 債権は物権と異なり、債権者に対して一定の行 為をなすべき債務者がおり、その負う義務(債務) が存在します。債権者が債務者に対して請求しう る行為を「給付」といい、債務者がその義務を果 たすことを義務の「履行」あるいは「弁済」といい ます。債権の目的は、給付と呼ばれる債務者の行 為であり、その内容は、一定の行為を行う「作為」 と一定の行為を行わない「不作為」があります。 ④ 作為の場合は、「金銭の提供」だけでなく、金銭 以外の「物の提供」あるいは「労務の提供」も含 まれます。また、後者の不作為としては、一定期間、 騒音を出さないといったものなどがあります。その中 で、自治法が扱う債権としては、自治法240条1項に おいて「この章において「債権」とは、金銭の給 付を目的とする普通地方公共団体の権利をいう。」 として金銭債権が、自治法が扱う債権であるとされ ています。 (2) 自治法上の財産としては、公有財産、物品、債 権、基金があります(自治法237条1項)。地方公共団体 が関係する債権も本質的には前記(1)の債権と変わる ものではありませんが、地方公共団体の債権管理の対象 となっているのは、金銭給付を目的とする権利に限定され ています。その理由は、金銭債権の定型性、しかも、そ の財産権としての重要性に着目したものであるといわれて います。また、金銭債権に限定して債権管理を規定する 立法方法は、国における「国の債権の管理等に関する法 律(債権管理法)」2条1項において「この法律において 「国の債権」又は「債権」とは、金銭の給付を目的とす る国の権利をいう。」とされているところです。 金銭給付を目的とする地方公共団体の権利であること から、①地方税、分担金、使用料、手数料等の公法上 の収入金に係わる債権、②物件の売払代金、貸付料等 の私法上の収入金に係わる債権、③歳出の誤払い又は 過払いに基づく返還金に係わる債権が含まれます。 3 自治法240条2項の規定の意義 (1) 自治体が扱う債権について滞納問題が発生した 場合は、自治法240条2項の規定により首長は、まず督 促をし、その後に強制執行その他その保全及び取立に 関し必要な措置をとらなければならないとされています。 この行為は長の自由裁量行為ではありません。 Again 市町村アカデミー 講義 自治体債権の管理に係る 基礎知識 市町村アカデミー客員教授  大塚 康男 vol.112 26

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公法上の債権・私法上の債権

1 自治体が扱う債権はすべて公法上の債権ではない今日において、都道府県及びすべての市町村におい

て滞納問題を抱えていない自治体はないと思います。本来、自治体の債権である地方税、使用料等を納期限までに市民等が納めていれば、強制徴収や強制執行等の問題が出る幕はありません。しかし、現実にはいずれの自治体でもかなりの滞納があり、毎年のように不納欠損額が発生し、行政運営を圧迫しているのが現実です。自治体の扱う債権は、すべて公法上の債権だけでなく、私法上の債権もあります。公法上の債権、私法上の債権の分類が明確にできていないということは、債権の処理を始め、時効に関する問題が適正になされていないということになります。

2 自治法上の債権(1) そこで、基本的な問題から説明していきます。① 債権は財産権に分類されます。財産権は、私法の分類からみますと人格権や身分権に対立する概念として用いられており、これを大別しますと物権と債権がこれに属するものとされています。② 物権は、所有権を代表とするように物を直接的に支配する権利であり、すべての人に対して主張しうる権利であるのに対し、債権は、特定人(債権者)が特定人(債務者)に対し一定の行為(作為・不作為・給付)をすることを請求することのできる権利であり、原則として第三者に権利を主張できないことから、物権は絶対的権利、債権は相対的権利といわれています。③ 債権は物権と異なり、債権者に対して一定の行為をなすべき債務者がおり、その負う義務(債務)が存在します。債権者が債務者に対して請求しうる行為を「給付」といい、債務者がその義務を果たすことを義務の「履行」あるいは「弁済」といい

ます。債権の目的は、給付と呼ばれる債務者の行為であり、その内容は、一定の行為を行う「作為」と一定の行為を行わない「不作為」があります。④ 作為の場合は、「金銭の提供」だけでなく、金銭以外の「物の提供」あるいは「労務の提供」も含まれます。また、後者の不作為としては、一定期間、騒音を出さないといったものなどがあります。その中で、自治法が扱う債権としては、自治法240条1項において「この章において「債権」とは、金銭の給付を目的とする普通地方公共団体の権利をいう。」として金銭債権が、自治法が扱う債権であるとされています。

(2) 自治法上の財産としては、公有財産、物品、債権、基金があります(自治法237条1項)。地方公共団体が関係する債権も本質的には前記(1)の債権と変わるものではありませんが、地方公共団体の債権管理の対象となっているのは、金銭給付を目的とする権利に限定されています。その理由は、金銭債権の定型性、しかも、その財産権としての重要性に着目したものであるといわれています。また、金銭債権に限定して債権管理を規定する立法方法は、国における「国の債権の管理等に関する法律(債権管理法)」2条1項において「この法律において「国の債権」又は「債権」とは、金銭の給付を目的とする国の権利をいう。」とされているところです。金銭給付を目的とする地方公共団体の権利であること

から、①地方税、分担金、使用料、手数料等の公法上の収入金に係わる債権、②物件の売払代金、貸付料等の私法上の収入金に係わる債権、③歳出の誤払い又は過払いに基づく返還金に係わる債権が含まれます。

3 自治法240条2項の規定の意義(1) 自治体が扱う債権について滞納問題が発生した場合は、自治法240条2項の規定により首長は、まず督促をし、その後に強制執行その他その保全及び取立に関し必要な措置をとらなければならないとされています。この行為は長の自由裁量行為ではありません。

Again市町村アカデミー 講義

自治体債権の管理に係る基礎知識

市町村アカデミー客員教授 大塚 康男

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大塚 康男(おおつか やすお)〔経歴〕昭和45年日本大学法学部卒、同48年市川市職員、同市総務部法規係長、同部文書課主幹、企画部企画課課長補佐、環境部指導調整室長、総務部法務室長、総務部次長、議会事務局長、教育次長。平成19年4月から市町村職員中央研修所(市町村アカデミー)客員教授(「行政訴訟の実務」「住民監査請求」「議会事務」「危機管理」「債権管理」)。その他、自治大学校、全国市町村国際文化研修所等の自治体が行う職員・議員研修の講師〔主な編著書〕「実務住民訴訟」(ぎょうせい)、「議会人が知っておきたい危機管理術」(ぎょうせい)、「Q&A地方公務員のための債権回収」(加除式、ぎょうせい)、「Q&A地方公務員のための訴訟百科」(加除式、ぎょうせい)、「Q&A議会人の危機管理」(加除式、ぎょうせい)、「自治体職員が知っておきたい債権管理術」(ぎょうせい)、「新版自治体職員が知っておきたい危機管理術」(ぎょうせい)、「議会人が知っておきたい財務の知識」(ぎょうせい)、「自治体職員が知っておきたい財務の知識」(ぎょうせい)。

(2) この規定は首長をはじめ債権を管理する職員にとっては非常に重要な規定です。これに関し、最高裁平成16年4月23日第二小法廷判決(はみ出し自販機住民訴訟事件、民集58巻4号892頁・判時1857号47頁)は、「地方公共団体が有する債権の管理について定める地方自治法240条、地方自治法施行令171条から171条の7までの規定によれば、客観的に存在する債権を理由もなく放置したり免除したりすることは許されず、原則として、地方公共団体の長にその行使又は不行使について裁量はない」と判示しています。この規定を長等が無視して差し押さえるべき財産があるのにかかわらず、強制徴収等をせず、時効期間が満了し、不納欠損処分をした場合には、「公金の賦課・徴収を怠る事実」あるいは「財産の管理を怠る事実」として、住民監査請求・住民訴訟が提起され、長等の個人責任が追求されることがあります。(3) その事例として、浦和地裁平成12年4月24日判決(判例自治210号35頁)は、市の納税課職員が市民税の徴収を懈怠して、その徴収権を時効消滅させたとして同職員の指揮監督権者である市長個人に対する損害賠償代位請求の住民訴訟において、徴収権の時効消滅について市長に指揮監督上の重大な過失があったとして、市長個人に対する損害賠償請求が認容されたものがあります。

4 公法上の債権・私法上の債権の性質債権を性質別に見ますと、①私法上の収入金に係わ

る債権は、自治法240条4項に規定された地方税法の規定に基づく徴収金に係わる債権、過料に係わる債権、証書に化体されている債権、電子記録債権、預金に係る債権、歳入歳出外現金となるべき金銭の給付を目的とする債権、寄付金に係る債権、基金に属する債権を除き債権管理の規定が適用されます。公法上の収入金に係る債権については、次の②~④

の3分類にされ、②地方税については、債権管理の適用はなく、地方税法の定める手続により処理され、通常の

民事訴訟の手続によらずに強制的に徴収することができます。また、③分担金、加入金、過料、法律で定める使用料等の公法上の債権については、自治法231条の3の規定により督促を行うほか、地方税の滞納処分の例により処分することができます。さらに、④法律で強制徴収をすることができる旨の定めのない使用料等の公法上の債権については、督促及び延滞金の徴収を自治法231条の3第2項の規定によりすることができますが、同条3項の適用は受けないため地方税の滞納処分の例による強制徴収をすることはできず、通常の民事訴訟の手続によることになります。したがって、公法上の収入金に係わる債権又は私法上の収入金に係わる債権の区分によって単純に債権管理の適用を判断することはできないことになります。

強制執行・強制徴収

1 強制執行・強制徴収滞納等が発生した場合の基本的な対処方法として、

強制執行又は強制徴収の方法をとることになりますが、公法上の債権であれば強制徴収、私法上の債権ならば強制執行と単純に区分することにはなりません。図表を参照してください。私法上の債権はすべて強制執行で対応することになり

ますが、公法上の債権の中では、強制徴収できる債権とできない債権があります。ここで問題になるのが、どの債権が公法上の債権か私法上の債権を区分する基準ですが、当然のことながら、法律名にいずれの債権であるかは明記されてはいませんので、当該債権の性格、内容等から判断せざるを得ません。一般的には公法関係は上下関係を律し、私法関係は対等な当事者間の関係を規定しているとされ、地方税が公法上の債権であることは明白ですが、多くの債権がいずれであるかは難しいものがあり、最終的には、最高裁の判決等の判断によることとなります。後記する水道料金や公立病院の診察料がその例といえます。

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2 強制執行手続が基本的対応(1) 滞納があったときは、強制執行で対応するのが基本です。私人間同士や民間企業の金銭消費貸借等における滞納の場合などです。具体的には、AさんがBさんに100万円貸した。Bさんが期限までに返してくれないときに、AさんがBさんの家へ行って力ずくで自動車やテレビ等の財産を押さえてきてしまう。これを自力救済といい、これは禁止されています。これを「自力救済の禁止」といいます。このような場合は、今日の世界中の司法国家では、裁判所に訴えて救済を求めることが基本となります。AがBを相手に裁判所に訴え、Aの主張が認められれば最終的にはAの勝訴判決が出ます。Aが勝訴して確定しますと、確定判決に基づき債務名義を得ることができます。(2) 債務名義というのは、判決が確定すると「強制執行することができる」というお墨つきの文書です。この債務名義を持って、執行官がBの家に行って、Bの財産を押さえる。そして、競売に付すことになります。動産とか不動産を現金に換えて、相当分の現金をAが取得する。余ったものはBの分ですから戻します。これが民事裁判の基本形です。債務名義は前記した①確定判決のほかに、②仮執行宣言を付した判決、③仮執行を付した支払督促、④執行証書などがあります。

3 強制徴収ができるための要件(1) これには例外があって、強制徴収というやり方があります。強制徴収というのは、私人間同士や民間企業の場合には認められません。例えば、Cさんは100万円の税金を納めなければなりませんが納期までに払わない。そういうときには、督促後に自治体の職員が、裁判所の手続きを経ずに、自ら滞納者のところへ行って、滞納額相当分のCの財産を差し押さえる。差し押さえて、競売に付します。公の場合には、公売と言います。そして、現金化して、滞納分の100万円プラス利息等を自治体が

取得するというやり方です。これが強制徴収です。しかし、前記したように原則は強制執行であり、自治体の職員が、裁判所の手続きを借りず、自ら滞納者のところへ行って、Cの財産を差し押さえるということは、自治体自らが自力救済の禁止を行っていることになります。(2) したがって、強制徴収できるためには、厳格な2つの要件が必要になります。① 第1は、強制徴収を行う主体は必ず、国あるいは地方公共団体であることです。国や地方公共団体以外は、強制徴収できません。民間企業や私人間ではできません。② 第2は、「強制徴収することができる」あるいは「国税徴収法の例による」等の文言が法律の中に明記されていることが必要です。この法律とは国会で制定される狭義の法律であり、条例等は含まれません。例えば地方税、保育料、国民健康保険、介護保険などは個別の法律の中に、また下水道料金の場合は、一般法である自治法附則6条3号に明記されています。

(3) 公法上の債権は、前記したようにすべて強制徴収できるわけではありません。公法上の債権でも、法律の中に、強制徴収することができる文言がない限りは、強制徴収できないわけですから、規定がなければ基本に戻って強制執行というやり方になります。以前は、公法上の債権が全部強制徴収できるような解釈が採られたことがあり、混乱した時期がありましたが、現在は2つの要件がなければならないことで解決が図られています。したがって、強制徴収できるのは、図表に記載されている地方税、国民健康保険、介護保険料、保育園保育料、下水道料金などとなります。

4 強制徴収できない公法上の債権・私法上の債権公法上の債権であっても法律の規定に「強制徴収す

図表 自治体が扱っている代表的債権

債権の種類 公法上の債権又は私法上の債権

強制徴収又は強制執行 消滅時効の期間 時効援用

の要否地方税 公法上の債権 強制徴収 5年 不要国民健康保険税(料) 公法上の債権 強制徴収 5年(2年) 不要介護保険料 公法上の債権 強制徴収 2年 不要保育園保育料 公法上の債権 強制徴収 5年 不要幼稚園保育料 公法上の債権 強制執行 5年 不要公立学校授業料 公法上の債権 強制執行 5年 不要学校給食費 私法上の債権 強制執行 2年(民法173条3号) 必要水道料金 私法上の債権 強制執行 2年(民法173条1号) 必要下水道料金 公法上の債権 強制徴収 5年 不要公立病院の診察料 私法上の債権 強制執行 3年(民法170条1号) 必要公営住宅の家賃 私法上の債権 強制執行 5年(民法169条) 必要住民等に対する貸付金制度 私法上の債権 強制執行 10年(民法167条) 必要

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ることができる」旨の規定のないものは、強制徴収は認められません。その代表的なのは、公立学校の授業料や公立幼稚園の保育料です。そのほかに、私法上の債権である水道料金、公立病院の診察料、公営住宅の家賃等も強制徴収することはできません。

5 行政実例と判例の関係(1) 従来は行政実例等により、公法上の債権であった水道料金は、平成15年10月10日の最高裁の判決により私法上の債権に変更されとことにより行政実例も変更されました。また、公立病院も、同様に平成17年11月21日に最高裁の判決により私法上の債権になったことから行政実例も変更されています。基本的には、最高裁の判例が出た場合は、それ以降は自治体を含めて行政はこれに従った対応を図るのが基本となります。判例というのは、すべての裁判所が出す判決が判例

ではありません。最高裁判所が出す判決を判例といいます。高等裁判所とか地方裁判所等が出す判決は、裁判例あるいは下級審判決といいます。行政実例と異なる下級審判決が出ても、行政実例は変更しません。しかし、最高裁判所の判決が出た場合は、前記したように必ず行政実例は変更されることになります。したがって、実務上の処理としては、判例があればそれに従い、ない場合は行政実例によって処理されることになります。

消滅時効

1 消滅時効の期間(1) 時効は、取得時効と消滅時効があります。取得時効というのは簡単に言うと、Aがある土地を自

分の物として使用している状態が一定の期間(10年又は20年)継続したときには、その土地が真実はBの所有地であった場合でも、Aは時効によって所有権を取得するものとされます。これを取得時効といいます。ただし、取得時効が自治体において問題になることはほとんどありません。自治体で問題になるのは、消滅時効です。(2) 消滅時効に関しては、基本的には、公法上の債権と私法上の債権で、時効期間が異なります。図表を参照してください。① 公法上の債権は、一般法としての自治法236条及び地方税法等で基本的には消滅時効は5年です。ただし、国民健康保険を「料」でとっている場合や介護保険料は2年です。それ以外は大体、5年と理解してもらっていいと思います。② 私法上の債権は、原則10年(民法167条1項)ですが、それ以外の期間が設けられているものが多くあります。例えば、学校の給食、水道料金、公立病院、公営住宅などです。原則通りの10年は、図表の一番下にある貸付制度です。それ以外ものとしては、民法の短期消滅時効の適用によって、例外として1年、2年、3年、5年のものがあります。自治体が扱う債権で、1年のものはほとんどありません。

2年の短期消滅時効の場合としては、民法の172条・173条が適用されて、学校給食(173条3号適用「学芸又は技能の教育を行う者が生徒の教育、衣食又は寄宿の代価について有する債権」)や水道料金(173条1号適用「生産者、卸売商人又は小売商人が売却した産物又は商品の代価に係る債権」)が該当します。そして公立病院の診察料等は、短期消滅時効の民法170条(同条1号適用「医師、助産師又は薬剤師の診療、助産又は調剤に関する債権」)により3年になります。公営住宅は民法の169条(年又はこれより短い時期によって定めた金銭その他の物の給付を目的とする債権)の適用により5年の短期消滅時効になります。

2 時効の起算点(1) 次の問題として時効の起算点があります。実務サイドとして一番大事なのは、どこから時効の期

間を数えるかです。起算点が分からなければ、当然に満了日は分かりません。そこで、起算点というのはどうやって考えるかというと、時効というのは何かということに帰結します。時効というのは、いくつかの存在理由があります。①長期にわたって継続した事実状態を法律上も尊重することによって法律関係全体の安定を図ることが必要であること、②「権利の上に眠っている者(権利を有しながらそれを行使しようとしない者)」は、法の保護を受けるに値しないこと、③長期にわたって権利を行使しないことにより、権利関係の立証が困難になりがちであるので、時効によって法律関係を明確にし、この新たな法律関係を法定の証拠として裁判を行わせることが望ましいこと、なのがあります。時効の起算点を考える場合は②の考えを踏まえますと、権利行使ができる状態にありながら、権利行使をしなかった場合は、それが一定期間継続したら、もう権利者を保護する必要はないのではないかということになります。(2) そうすると、権利行使ができるのにしないということは、時効の起算点も、権利行使ができるところから数えなくてはなりません。公法上の債権は一般的には、納期限の定めがあります。例えば国民健康保険では、各自治体で4期、6期、8期とか具体的に納期が定められています。保育料や公営住宅であれば、月額ですので毎月納期期限が定められます。期限までに納めれば、滞納の問題は起きません。期限を過ぎれば、滞納ということです。自治法240条2項で、税や使用料等の滞納があった場合は、まず長は督促をして、強制執行等をしなければならないと定められています。したがって、滞納が出た時点から、自治体側としては、しかるべき強制執行等の措置をする段階に入るわけです。ですから、いわゆる法的手段がとれるというのは、その権利行使ができるということです。一般に公法上の債権の場合には、納期限の翌日から消滅時効の起算が始まります。(3) 私法上の債権はどうでしょう。例えば、9月6日に

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AがBに100万円貸し、1か月後に返済する契約をした場合の時効の起算はどこから数えますか。9月6日に貸した場合の起算日は、当日から数えるのではなく、翌日から数えます。これを「初日不算入の原則」あるいは「翌日起算主義」といい、これが基本です(民法140条)。翌日ですから、9月7日から数えて10月6日が満了日です。「1か月後に返してください。」と言った場合は、今日借りて、来月6日までに返せば滞納問題は起きません。そうすると、来月6日を過ぎた10月7日から滞納が起きると同時に、時効も進行するわけです。一般的には10年経った時点で、100万円の債権は消滅時効となります。例外として、夜中の午前0時に契約を行えば、それはその日から数えていいのですが、自治体の契約では考えにくいことでしょう(民法140条ただし書)。

3 時効の中断(1) 時効の中断という問題があります。公法上の債権の場合は、時効は納期限の翌日から数

え始めます。一般には5年です。5年経った時点で満了になって、消滅時効になります。時効の中断というのは、その時効が進んでいる間に一定の行為(中断事由)がなされると、進んでいる時効が中断し、それまで進行していた期間がご破産になって期間の進行が振り出しに戻ってしまいます。そして、新たに時効が進んでいきます。これが中断の効果です。そこで、中断事由としてどのようなものがあるかです。如何なるものでも中断になるわけではありません。中断事由は民法と自治法に規定されています。(2) 民法の中断事由として、民法は147条で3つが法定化されています① 第一は、「請求」です。請求には、裁判上の請求と裁判外の請求があります。その中で代表的なものは、裁判所に訴えを提起することです。例えば、AがBにお金を貸したが返してくれない。そのまま長期間放置すれば消滅時効になります。そのため訴訟を起こせば、その時点で時効は止まります。訴えを起こしている間は、ずっと時効は止まっています。ただし、訴えの提起をしても却下された場合又は取り下げた場合は中断とはなりません。また、裁判外の請求には「催告」があります。催告は相手方の義務の履行を求めるものですが、それだけでは確定しません。催告から6か月以内に裁判上の請求や差押等がなされないとその効力は失うことになります。この催告は、時効期間満了直前になっても正式な中断手続きを直ちに取ることができない場合などに多く用いられます。② 第2は「差押、仮差押、仮処分」です。訴えを提起するとか差押等は、裁判所の手を借りて行うため、一般的には法律の専門家(顧問弁護士等)の知識と協力が必要となりますので、中断の効果としては優れていますが、時間、費用等の問題が

生じます。③ その点で自治体の職員自らが容易に行えるものとして、第3に「承認」があります。承認というのは、時効によって利益を受ける者が権利者(自治体)に対して権利の存在を認めることをいいます。簡単に言えば、滞納している人が、自分の滞納の存在を認めることです。その承認の代表的なものとして、a例えば10万円の滞納があるが10万円は払えないので、その利息分だけ払う。利息分だけを払っても、元本10万円に対する時効は中断します。b一部弁済です。滞納額10万円の一部の1万円だけ払う。これも残り9万円に対して時効が中断します。c「滞納があるのは認めるが、今、リストラにあって1円も払えないので支払を待ってほしい。」こういう文書をもらうだけでも時効の中断になります。「支払猶予の懇願書」などです。実務上の処理としては、承認制度をもっと積極的に使う必要があると思います。自治体によって名称は異なりますが、要は、滞納者に滞納の存在を認めてもらう書面を書いてもらうことなのです。それで立派な承認になり、時効は中断します。

(3) 次に、自治法特有な時効の中断として「納入通知」と「督促」が自治法236条4項に規定されています。納入通知は自治法231条及び自治法施行令154条2項に規定されているものをいいます。また督促は公法上の債権だけでなく私法上の債権に係わる督促も含みます。ただし、督促の中断の法的効果は、最初の1回だけです。昔は督促を何度もやって、時効が中断するという実務処理をしていた団体がありましたが、現在はそのような取扱いをしている団体はないものと思います。昭和44年2月6日の行政実例においても「法令の規定により普通地方公共団体がする督促は、最初のものに限り時効中断の効力を有すると解される。」としています。ただし、2回目以降に督促を行ってもかまいませんが、それは、あくまでも事実上の行為に過ぎません。

4 時効の援用(1) 時効の援用というのは、自治体の話を基本にすれば、滞納している市民が「もう時効になっていますから、もう払う必要はありませんね。」こういう主張を自治体に向かってするのを時効の援用といいます。したがって、時効の援用権を行使するというのは、債務者側である住民が行うものです。(2) すべての公法上の債権は、時効の援用が不要になっています。時効の援用が不要ということは、5年なら5年、2年なら2年経った時点で、絶対的にその債権は自治体の債権ではなくなります。相手方の主張や意思表示は要りません。したがって、例えば6年目に、滞納者から「支払を忘れていた。気持ち悪いから払うよ。」といっても受領したら、自治体の不当利得になります。自治体には、もうその金銭を受領する権限はないのです。

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(3) しかし、私法上の債権は、時効の援用があって初めて債権は消えます。この場合は、自治体側は援用権を行使する旨の書面を滞納者から受領してください。時効の援用がない限りは、私法上の債権はずっと続いていきます。例えば、公営住宅の消滅時効は5年です。5年経過しても相手方が時効の援用の意思表示をしなければ債権は消えていませんので、5年経ってから滞納した債権を持参したら受領しても問題はありません。(4) それに関連して、援用権を行使しなければ債権は消えないことを自治体側から相手方に教示する必要があるかという問題があります。公法上の債権は、時効期間が満了すれば完全に消滅しますので時効の援用の問題は起きません。私法上の債権については、基本的には、時効の援用を相手方に積極的に教える必要はありません。ただし、やむを得ない場合もあります。例えば、時効期間が満了している滞納者が、高齢者あるいは障害者で今後も収入の見込みが全くない。あと1年、2年待っても払える状況が客観的に見込めない場合などは、やむを得ないものとして、首長までの決裁を得て援用権を行使させるように指導することはあり得ますが、あくまでも例外の措置です。一般的には教える必要はありません。

5 時効の援用権者が存在しない場合等の対応(1) 時効の援用に関し、私法上の債権には厄介な問題があります。例えば貸付制度として、大学等の入学準備金を貸付し、返済時期に当事者が行方不明になり、時効期間が満了になった場合があります。また、公営住宅の入居者が50万円の家賃滞納の状況で消滅時効が満了したのちに死亡し、相続人がいない場合などです。私法上の債権は、相手方が援用権を行使しない限り、債権は消えません。その状態が5年、10年経っても消えないわけです。そのまま宙ぶらりんの債権が継続するため自治体としても対応に困るわけです。(2) その場合の処置の仕方として2つあります。① 第1は、自治法施行令の170条を受けて、最終的には同施行令171条の7の「免除」に該当させて債権を消滅させる方法です。この場合は議会の議決が不要ですが、これに該当させるためには、非常に要件が厳しいため、実務上の処理としては容易ではありません。② 第2は、自治法96条1項10号の「権利放棄」の議会の議決をとる方法です。例えば貸付制度で100万円貸し付けたということは、自治体には100万円の債権があるわけですから、その債権という権利を、議会に諮って、状況を説明し、議会の議決で権利放棄させてもらうことになります。この議決を得るためには、自治体としてもあらゆる手を尽くしたが所在が分からなかったことや戸籍謄本等で相続人の確認を図った等の十分な証拠づけをして議案の提出を図ることが必要です。このような場合には、個 に々

権利放棄の議決を得ることになりますが、数年前から私債権管理条例等を制定し、権利放棄に該当する項目を条例化している自治体も増えてきています。なお、前記した滞納者が長期間行方不明になった場合や公営住宅の入居者が死亡し、相続人がいない場合などに権利放棄の議決等を経ずに、一定期間を待って不納欠損処分をしている自治体がありますが、その様な処置を行うことはできません。

6 不納欠損(1) 最終的には不納欠損で処理することになります。すでに調定された歳入で徴収ができないと認定されたものを不納欠損額といい、自治法施行規則16条の地方公共団体の歳入決算の調製の様式として示され、通常欠損処分調書を作成して処理されます。不納欠損額の事例としては、次のものがあります。① 地方公共団体の金銭債権について、5年間の消滅時効が完成した場合(自治法236条1項・2項)② 私法上の債権について時効の援用があった場合③ 地方公共団体の職員の賠償責任があると認定されたものについて、その後、議会の同意を得て全部又は一部を免除した場合(自治法243条の2第4項)、④ 地方税の減免を条例の規定に基づき決定した場合(地方税法61条・323条)、⑤ 議会の議決を得て権利(債権を含む)放棄した場合(自治法96条1項10号)、⑥ 法人について清算すべき財産が存在しない状況で破産手続が終了し、法人格が消滅した場合(破産法35条)、⑦ 自治法施行令171条の7により免除された場合(2) また、不納欠損額は法令又は条例の定めによって、地方公共団体の債権が消滅したとき、その債権額を表示して整理するものですから、時効によって消滅した債権、放棄した債権等について行うものです。前記したように単に徴収不納というだけで適宜の認定により整理すべきものでないとされています(行政実例昭和27年6月12日)。(3) したがって、安易な不納欠損の処理を長等がしますと住民監査請求、住民訴訟の問題が起きます。住民訴訟等の中で、一番多く提起されているのは4号請求です。従来は代位訴訟、今日は義務付け訴訟と呼ばれるものです。そして多くは長等の違法な公金の支出等によるものが多く提起されていましたが、最近の傾向としては、債権管理に係るものとして怠る事実としての「公金の賦課・徴収を怠る事実」、「財産の管理を怠る事実」が多く発生しています。そのためには、所管課としては事務処理する債権が公法上の債権・私法上の債権の区分、滞納が生じた場合の処理方法(強制執行・強制徴収)、時効の期間、時効の援用の有無等を明確に判断し、間違いのない適正な処理を行わなくてはなりません。

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