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1. はじめに 201911月、ポルトガル共和国リスボンで欧州最大級のテックカンファレンス「Web Summit 2019」が開催された(2019/11/42019/11/7)。 Web Summit2010年にアイルランドのダブリンで初めて開催され、 2016年より開催地をリ スボンに移して今回が通算10回目となる比較的新しいイベントではあるが、 Forbes誌に“the best technology conference on the planet”と評されるなどその質の高さから近年注目を集 めて急成長を遂げている。今年も世界160ヵ国以上から7万人以上が参加しており、CESMWCMobile World Congress)といった代表的なテック系カンファレンスに次ぐ規模のイベ ントとなっている(図表1-1)。 開催期間中は人口55万人程度のリスボンに7万人もの人が参加するイベントとあって、街全 体が大きな熱気に包まれている。リスボンは欧州各国との誘致合戦を勝ち抜いて2028年ま での開催権を獲得しており、国家をあげてイベントを盛り立てている(図表1-21-3)。 本稿では、Web Summitの概要と特徴を紹介した上で、全体の講演や展示内容などを踏ま えた潮流を考察したい。 Web Summit 2019調査報告 イベント名 CES 2019 MWC 2019 Web Summit 2019 開催地 米国・ラスベガス スペイン・バルセロナ ポルトガル・リスボン 開催時期 2019/1/81/11 2019/2/252/28 2019/11/411/7 参加者数 17.5万人以上 10.9万人以上 7万人以上 出展企業数 4,400社以上 2,400社以上 2,150社以上(スピーカー数 1,094350人以上 1,206(出所)各公式ウェブサイトより (図表1-1)代表的なテック系カンファレンスの比較 Web Summitはスタートアップの出展数 (出所)Web Summit 2019にて筆者撮影 (図表1-2)市内には各所に看板が設置 (図表1-3)ポルトガル大統領も登壇 2019121 201912企業金融第2部

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Page 1: Web Summit 2019調査報告 - DBJ · 2020-03-26 · 2. Web Summitの概要と特徴 • Web Summitの会場はメインの講演会場であるセンターステージと、テーマ別カンファレンス

1. はじめに

• 2019年11月、ポルトガル共和国リスボンで欧州 大級のテックカンファレンス「Web Summit 2019」が開催された(2019/11/4~2019/11/7)。

• Web Summitは2010年にアイルランドのダブリンで初めて開催され、 2016年より開催地をリスボンに移して今回が通算10回目となる比較的新しいイベントではあるが、 Forbes誌に“the best technology conference on the planet”と評されるなどその質の高さから近年注目を集めて急成長を遂げている。今年も世界160ヵ国以上から7万人以上が参加しており、CESやMWC(Mobile World Congress)といった代表的なテック系カンファレンスに次ぐ規模のイベントとなっている(図表1-1)。

• 開催期間中は人口55万人程度のリスボンに7万人もの人が参加するイベントとあって、街全体が大きな熱気に包まれている。リスボンは欧州各国との誘致合戦を勝ち抜いて2028年までの開催権を獲得しており、国家をあげてイベントを盛り立てている(図表1-2、1-3) 。

• 本稿では、Web Summitの概要と特徴を紹介した上で、全体の講演や展示内容などを踏まえた潮流を考察したい。

Web Summit 2019調査報告

イベント名 CES 2019 MWC 2019 Web Summit 2019

開催地 米国・ラスベガス スペイン・バルセロナ ポルトガル・リスボン

開催時期 2019/1/8~1/11 2019/2/25~2/28 2019/11/4~11/7

参加者数 17.5万人以上 10.9万人以上 7万人以上

出展企業数 4,400社以上 2,400社以上 2,150社以上(※)

スピーカー数 1,094人 350人以上 1,206人

(出所)各公式ウェブサイトより

(図表1-1)代表的なテック系カンファレンスの比較

(※)Web Summitはスタートアップの出展数

(出所)Web Summit 2019にて筆者撮影

(図表1-2)市内には各所に看板が設置 (図表1-3)ポルトガル大統領も登壇

2019年12月 1

2019年12月企業金融第2部

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2. Web Summitの概要と特徴

• Web Summitの会場はメインの講演会場であるセンターステージと、テーマ別カンファレンスセッションの開催と企業展示ブース中心の5つのパビリオンで構成されている(図表2-1)。

• カンファレスセッションは23のステージ(一部は日替わり)があり、自動運転やフィンテック、ヘルスケア、VC投資家など、多岐にわたるテーマで同時並行的にセッションが開催されている(図表2-2)。

• スタートアップ企業はAlpha(調達額$1Mまでのシード・アーリー)、Beta(調達額$1M~$3M)、Growth(調達額$3M以上)という規模別、またFintechやAIなど分野別に分類されており、参加者の関心ある分野のスタートアップ企業を探しやすくする工夫がなされている(図表2-3、2-4)。スタートアップ企業は主催者によるセレクションを経て参加しており、連日開催されるピッチコンテストは大いに盛り上がりを見せる。

• GoogleやAmazon、Siemensといった大企業による出展では、自社サービスの紹介やスタートアップとの連携といった観点での展示が行われている。

• 大きな特徴の一つに公式アプリの利便性が挙げられる。公式アプリでは、カンファレンススケジュールを確認できるほか、全参加者のリストを検索し、チャットによるコミュニケーションを行うことができる。また、音声自動認識による文字起こしサービス「Otter」や、カンファレンス会場でのQ&Aやライブ投票サービス「Slido」も統合されており、会場内で必要な情報の取得からネットワーキングまで、公式アプリ一つで完結する仕組みとなっている。

• また、会場には「テクノロジーは世の中を良くすると思うか?」といった質問ボードが複数設置されており、参加者同士でディスカッションを行いながら投票する場面が見られた(図表2-5)。

2019年12月 2

(図表2-1)会場マップ (図表2-2)23のセッションテーマ

(図表2-3)スタートアップの分類 (図表2-4)展示ブースの様子 (図表2-5)参加者への問い

(出所)図表2-1~2-2 公式ウェブサイトより、図表2-3~2-5 Web Summit 2019にて筆者撮影

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3. 投資家や政府機関も多数参加

• Web Summitにはスタートアップのみならず、VCやLP投資家、エンジェル投資家など、多数の投資家も参加しており、主催者発表によれば今年は1,221の投資家が参加した。

• かつてUber(米)やStripe(米)といった有力スタートアップがWeb Summitに参加し、大型の

資金調達を成し遂げたといった実績もあり、ピッチコンテストはスタートアップの登竜門としてはもちろん、投資家にとっても有力な投資先を発掘する場として大いに盛り上がりを見せていた(図表3-1)。

• また、カンファレンスセッションの1つに「Ventureステージ」が設けられており、世界を代表するVCやCVCのキャピタリストが登壇し、投資家から見たテクノロジーの潮流や、スタートアップの資金調達を取り巻く環境についての議論が繰り広げられていた(図表3-2)。

• “Investor”のカテゴリで参加した投資家は、事前に選定したスタートアップとのスモールミーティングの実施や、会場に設置されたInvestor Lounge(図表3-3)で投資家同士でのネット

ワーキングを行えるほか、投資家に対しては公式アプリを通じてスタートアップから多数のメッセージが届くなど(図表3-4)、投資先候補について効率よく情報収集を行う環境が整っているといえる。

• このほか、政府機関の参加が多い点も特徴の一つとして挙げられる(図表3-5)。各政府機関

のブースでは、出展サポートを受けたスタートアップが展示を行っていたり、各国におけるスタートアップ支援政策についての情報を得ることができる。日本からは後述の通り、経済産業省が推進する「J-Startup」がパビリオンを設置していた。

2019年12月 3

(図表3-1)ピッチコンテストの様子 (図表3-2)Ventureステージの様子 (図表3-3)Investor Lounge

(出所)Web Summit 2019にて筆者撮影

(図表3-5)政府機関のブース(一例)

イギリス フランス デンマーク

(図表3-4)多数のメッセージ

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4. 「欧州」らしいテーマ性

• 会期中は、「プライバシー」や「サステナビリティ」といった社会的課題を、テクノロジーの進展と共にどのように克服するか、といったテーマが随所で取り上げられていた。

• センターステージの講演において、オープニングキーノートにエドワード・スノーデン氏が登場し、 終日を締めくくったのがマルグレーテ・ベステアー氏であったのは、プライバシー問題に関心の高い欧州ならではといえよう。アメリカ国家安全保障局(NSA)の元局員スノーデン氏

は亡命先のロシアからビデオ中継で登場し、プライバシー問題はデータ保護ではなくデータ収集にあるとし、GDPR(EU一般データ保護規制)の問題点を指摘した(図表4-1) 。

また、 終日のファイナルセッションに登場した欧州委員会の競争政策担当委員マルグレーテ・ベステアー氏は、米国巨大テック企業に対する規制主張の急先鋒として知られるが、イノベーションを促進するためには競争が必要であり、技術の進展に応じて適切な規制を行っていくことの重要性を述べた(図表4-2)。

• 地球環境に関するカンファレンスや展示も多く、Googleなどの大企業から環境問題に取り組

むスタートアップに至るまで、数多くの議論が行われた。脱プラスチックに関連するスタートアップなども多く、会場においてもウォーターサーバーが各所に設置されており、マイボトルの持ち込みが推奨されていた(図表4-3)。

2019年12月 4

(図表4-1)元NSA・スノーデン氏 (図表4-2)欧州委員会・ベステアー氏

(図表4-3)Web Summitの会場各所にはウォーターサーバーが設置されていた

(出所)Web Summit 2019にて筆者撮影

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5. 日本からの出展・参加状況

• 全体に占める日本企業の出展や日本からの参加者の割合はまだまだ少ないながらも、出展企業や参加者へヒアリングしたところ、イベントに対する満足度は非常に高く、参加する意義が大きいとの声が多く聞かれた。

• 大型のスポンサードブースでは、経済産業省が推進するスタートアップ企業の育成支援プログラム「J-Startup」がパビリオンを設置し、日系スタートアップ16社の出展支援を行っていたほか(図表5-1)、日本の大企業としては初めて富士通がブースを出展し、今年新たに開始した欧州版アクセラレーションプログラムの参加企業22社と共に展示を行った(図表5-2)。

• “Growth lessons from Japan”と題されたカンファレンスでは、戦後の経済成長とその後の

低成長の経験、年功序列や少子高齢化といった日本社会の特徴、問題点についてパネルディスカッションが行われ、多くの観衆を集めていた(図表5-3)。

• また、宇宙関連についてはispace(図表5-4)、Astroscale(図表5-5)、Axelspace(図表5-6)といったスタートアップがカンファレンスやパネルディスカッションに登壇するなど、日本の存在感がとりわけ大きな領域であったといえる。

2019年12月 5

(図表5-1)J-Startupパビリオン (図表5-2)富士通ブース (図表5-3)日本テーマのセッション

(図表5-4)ispace (図表5-5)Astroscale (図表5-6)Axelspace

(出所)Web Summit 2019にて筆者撮影

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6. 出展する大企業にも工夫

• 参加者の数、属性に鑑みれば大企業がブースを構える目的としては、①スタートアップの役職員を含むエンジニアとのコミュニケーションのきっかけ作り、②メディアや投資家への自社製品やサービスのPR、の2点が主立ったものと考えられるが(富士通のように自社の投資先のPRを行う例は希有)、ブース内のコンテンツによって参加者の関心度には差が現れていた。

• 例えば、Google(図表6-1、6-2)やAmazon(Amazon Web Servicesとして出展)(図表6-3、6-4)は、会期を通じて開発者向けのワークショップを開催し、高い集客力を誇っていた。これ

は、自らのプラットフォームへの囲い込みという目的(上記①)を、エンジニアへの積極的な情報提供を通じて達成しようという試みが成功した結果といえる。

(出所)Web Summit 2019にて筆者撮影

2019年12月 6

(図表6-1)Google (図表6-2)Google

(図表6-3)Amazon (AWS) (図表6-4)Amazon (AWS)

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6. 出展する大企業にも工夫(続き)

• 化粧品等を手掛けるLUSHは、カラフルな石鹸をブース内全体に配したコンセプトショップを設置(図表6-5)。ITを活用し包装資材を減らすという取組みを、(そもそも出展自体に意外性があるが、それに加えて)一見するとITとは無関係なブースとすることによって、上手く注目を集め、PRにつなげていた(上述②)。

• この他、体験型のコンテンツを用意していた企業のブース(Huawei(図表6-6、6-7)、Siemensや、アパレルのPVH(図表6-8)など)には比較的人が集まる傾向が見られた。

• 一方で、参加者を巻き込む仕掛けを持たない(製品やパネルを置いただけ、のような)ブースは、有名企業であっても人がまばらで、盛り上がりに欠くものが多かった。

• 今後、日本企業が出展を行う場合、特にスタートアップの役職員を含むエンジニアとのコミュニケーションのきっかけ作りを目的にするのであれば、自社のどういったアセットを、どんな形で活かしたいのか(≒連携する他社にどう活かしてもらいたいのか)、を積極的にアピールするようなコンテンツ(ブース自体の見た目も含む)を用意する必要があるだろう。

(出所)Web Summit 2019にて筆者撮影

2019年12月 7

(図表6-5)LUSH

(図表6-6)Huawei (図表6-7)Huawei (図表6-8)PVH

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7. まとめ

• 今回の調査を通じて、Web Summitが、出展する大企業・スタートアップ及び投資家を含む

参加者の数の観点のみならず、コンテンツのクオリティや参加者のモチベーションの高さからも、欧州 大規模のテック系カンファレンスとしての重要性を認識することが出来た。

• 会期中各所で開催されるセッションには、大企業の幹部、スタートアップの経営者、あるいはベンチャーキャピタリストらが登壇、プレゼンやディスカッションを実施しており、企業が取り組むべき社会課題や、テクノロジーの潮流、スタートアップの資金調達を取り巻く環境等への理解を深めることが出来る。

• 他方、「テック」、「スタートアップ」という共通の土台はあるものの、取り扱われるテーマ、出展者・参加者の属性は広範に亘るため、参加時にその目的をある程度明確化することが必要と考えられる。

• 公式アプリの完成度は高く、参加者間のチャット機能やOtterを活用したセッションの即時書

き起こし機能は、ネットワーキング及び情報収集の観点から大変有用で、(コストの問題はあるだろうが、)他の大規模カンファレンスでも採用が進むことを期待したい。

• Web Summitの特徴をより活かすためにも、今後日本の大企業が出展する際には、スタート

アップとどのような形で連携したいかを打ち出したブース、コンテンツとすることを検討することが望ましいだろう。

• 日本のスタートアップにとっても、日本のVCマーケットが海外投資家とのコミュニケーション機会に富んでいるとは言えない現況を踏まえれば、「J-Startup」等の支援プログラムを利用

した海外カンファレンスへの参加は、海外展開や調達先の多様化の観点から有用だと考えられる。

2019年12月 8

©Development Bank of Japan Inc. 2019

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(お問い合わせ先: 企業金融第2部)