vol28 ザ・サヴォイ the savoyohtapub.co.jp/wlh200/wlh028.pdf“the...

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2012.7.27 22 筆者 小原康裕 ホテルジャーナリスト。 慶応義塾大学法学部法律学科卒。74年 Munich Re入社。85年築地原健㈱代表 取締役。2001年投資顧問会社原健設立、 代表取締役CEO。JHRCA、日本ホテル レストランコンサルタント協会理事。 ※現在、著者のホームページで「世界のリ ーディングホテル」を連載中。多くの美し い写真と興味深いコメントで、世界中の ホテルとそれら関連都市を紹介。 www.jhrca.com/worldhotel 正面エントランス。改修後はガラリと雰囲気がモダンになっている ザ・サヴォイの象徴であるサヴォイ伯ピーターの黄金像が、頭上からそ の圧倒的存在感を放つ ストランド 大 通りから 奥 に 延 び るエントランスア プ ロー チ「 S a v o y Court」。右手にホテル発祥の地であるサヴォイ劇場が見える ザ・サヴォイ The Savoy 世界にはまだまだ日本人が訪れていないホテルがある。このコーナー ではホテリエが知っておくべき「世界のリーディングホテル」を紹介する。 これまで多くのホテル紹介本が出版されてきたが、そのほとんどが現地 のホテルと事前に取材の連絡を取り合い、プロのカメラマンや通訳、そ のほか大勢を連れ立っての大名取材であり、宿泊は省略といったことも 多々であった。本連載では、著者自身が長年にわたる個人旅行中に自 分の目で感じ取り、コメントを書き込み、自分のカメラで思いのままを 撮ってきた写真を掲載する。 ※本連載は毎月2・4週号掲載 世界のリーディングホテル VOL28 ザ・サヴォイの代表的な光景である「Savoy Court」から望む正面ファサード。イギリス国内で唯一の“右側通 行の道路”といわれている不思議な空間でもある 巨大な絵画が掛け てあるゴージャス なロビーラウンジ のコーナー。右手 奥の部屋がレセプ ションルームにな っている 2012.7.27 23 “The Savoy”、すべてはこのホテルから始まった。 サヴォイ伯ピーターの黄金像が圧倒的存在感を放 つ、ザ・サヴォイのエントランス・アプローチ右手に サヴォイ劇場がある。この劇場こそがサヴォイの 原点であり、劇場のオーナー兼興行主で「ギルバ ート・アンド・サリバン・オペラ」の創始者であるリ チャード・ドイリー・カートが、1889年に開業したホ テルがザ・サヴォイである。進取の気性に富むカ ートは、視察に出かけたニューヨークを始めとして アメリカ滞在中に体験した先進的なホテルとレス トランを、ロンドン社交界に持ち込むことを決意 する。当時の英国上流社会はホテルを社交の場と するコンセプトが無く、ホテルはあくまで旅先の宿 泊施設であり、外食も男性だけの所業とされてい た時代であった。野心に燃えるカートはさっそくホ テル建設に取り掛かり、バスルーム付き客室、エ レベーター、世界初の防火床、自家用発電など当 時の最先端技術を取り入れた近代的ホテルを完成 させる。 さらにカートはホテルのソフトの部分にも最大限 の配慮を注いだ。彼が求めたのは接客の天才であ り料理の名人であった。その適材をドイツのバーデ ンバーデンで見つけ出し、強引に口説いてホテル の総支配人に抜擢してしまう。この人物こそ、後に “世界のホテル王”となるセザール・リッツである。 総支配人になったリッツは料理の名人、ジョルジ ュ・オーガスト・エスコフィエを連れてホテルに乗り 込み、サヴォイの名声をいやがうえにも高らしめて 行くことになる。こうしてマネージメントはリッツ、料 理はエスコフィエ、専属オーケストラの指揮がヨハ ン・シュトラウスという豪華メンバーが勢揃いする訳 となる。さらにロビーでは、ガーシュインが「ラプソ ディー・イン・ブルー」をソロでピアノを弾くというお まけまで付き、この話題は瞬く間に広がりロンドン 社交界の様相は一変することになる。今日では普 通に見られる、一般の男女が観劇後にホテルでディ ナーというエレガントな夕べのスタイルが、この時 に初めて確立した訳である。このことからサヴォイ は「近代グランドホテルの祖」と呼ばれる記念碑的 存在のホテルとして認知されている。 ザ・サヴォイは、長い間サヴォイグループのフラ ッグシップとしてクラリッジズ、コノート、バーク レーの名門ホテルを束ねてきたが、2005年にサウ ジのアルワリード王子率いるフェアモントグループ に買収された。07年12月から2億2千万ポンドの 金額を投入して大改修を断行し、10年10月にチャ ールズ皇太子を招いてオープニングセレモニーを 盛大に挙行した。現在、ザ・サヴォイは“フェアモ ント・マネージド・ホテル” 「The Savoy, A Fairmont Managed Hotel」として運営されている。一方、ク ラリッジス以下3ホテルは“メイボーン・ホテルグル ープ”「Maybourne Hotel Group」によって所有、 運営されている。 今回はサヴォイの歴史を解説したが、次回はサ ヴォイ後編として客室やレストランなど施設全般の 詳細を述べたい。 ドレープカーテンが美しいベッドルームのシッティン グエリア 玄関ホワイエから俯瞰したアールデコ調のクラシカ ルなバスルーム 歴史の重みを感じさせ重厚な雰囲気が漂う客室廊下 ベッドルームから俯瞰した居間のライティングデスク クラシカルなエドワーディアン・スタイルのベッドルーム。この部屋はコートヤードにある寝室と居間が分か れたジュニアスイートで、約45㎡の広さがある テムズ川公園側に新装なったモダンなスタイルのリ バーサイド・エントランス テムズ川沿いに広がるビクトリア・エンバンクメント 公園側から俯瞰したリバーサイドビューの建物

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Page 1: VOL28 ザ・サヴォイ The Savoyohtapub.co.jp/wlh200/WLH028.pdf“The Savoy”、すべてはこのホテルから始まった。サヴォイ伯ピーターの黄金像が圧倒的存在感を放

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筆者 小原康裕ホテルジャーナリスト。慶応義塾大学法学部法律学科卒。74年Munich Re入社。85年築地原健㈱代表取締役。2001年投資顧問会社原健設立、代表取締役CEO。JHRCA、日本ホテルレストランコンサルタント協会理事。※現在、著者のホームページで「世界のリーディングホテル」を連載中。多くの美しい写真と興味深いコメントで、世界中のホテルとそれら関連都市を紹介。www.jhrca.com/worldhotel

正面エントランス。改修後はガラリと雰囲気がモダンになっている

ザ・サヴォイの象徴であるサヴォイ伯ピーターの黄金像が、頭上からその圧倒的存在感を放つ

ストランド大通りから奥に延びるエントランスアプローチ「SavoyCourt」。右手にホテル発祥の地であるサヴォイ劇場が見える

ザ・サヴォイThe Savoy

世界にはまだまだ日本人が訪れていないホテルがある。このコーナーではホテリエが知っておくべき「世界のリーディングホテル」を紹介する。これまで多くのホテル紹介本が出版されてきたが、そのほとんどが現地のホテルと事前に取材の連絡を取り合い、プロのカメラマンや通訳、そのほか大勢を連れ立っての大名取材であり、宿泊は省略といったことも多々であった。本連載では、著者自身が長年にわたる個人旅行中に自分の目で感じ取り、コメントを書き込み、自分のカメラで思いのままを撮ってきた写真を掲載する。 ※本連載は毎月2・4週号掲載

世界のリーディングホテル VOL28

ザ・サヴォイの代表的な光景である「Savoy Court」から望む正面ファサード。イギリス国内で唯一の“右側通行の道路”といわれている不思議な空間でもある

巨大な絵画が掛けてあるゴージャスなロビーラウンジのコーナー。右手奥の部屋がレセプションルームになっている

― 2012.7.27 ― 23

“The Savoy”、すべてはこのホテルから始まった。サヴォイ伯ピーターの黄金像が圧倒的存在感を放つ、ザ・サヴォイのエントランス・アプローチ右手にサヴォイ劇場がある。この劇場こそがサヴォイの原点であり、劇場のオーナー兼興行主で「ギルバート・アンド・サリバン・オペラ」の創始者であるリチャード・ドイリー・カートが、1889年に開業したホテルがザ・サヴォイである。進取の気性に富むカートは、視察に出かけたニューヨークを始めとしてアメリカ滞在中に体験した先進的なホテルとレストランを、ロンドン社交界に持ち込むことを決意する。当時の英国上流社会はホテルを社交の場とするコンセプトが無く、ホテルはあくまで旅先の宿泊施設であり、外食も男性だけの所業とされていた時代であった。野心に燃えるカートはさっそくホテル建設に取り掛かり、バスルーム付き客室、エレベーター、世界初の防火床、自家用発電など当時の最先端技術を取り入れた近代的ホテルを完成させる。さらにカートはホテルのソフトの部分にも最大限

の配慮を注いだ。彼が求めたのは接客の天才であり料理の名人であった。その適材をドイツのバーデンバーデンで見つけ出し、強引に口説いてホテルの総支配人に抜擢してしまう。この人物こそ、後に“世界のホテル王”となるセザール・リッツである。総支配人になったリッツは料理の名人、ジョルジュ・オーガスト・エスコフィエを連れてホテルに乗り込み、サヴォイの名声をいやがうえにも高らしめて行くことになる。こうしてマネージメントはリッツ、料理はエスコフィエ、専属オーケストラの指揮がヨハン・シュトラウスという豪華メンバーが勢揃いする訳となる。さらにロビーでは、ガーシュインが「ラプソディー・イン・ブルー」をソロでピアノを弾くというおまけまで付き、この話題は瞬く間に広がりロンドン社交界の様相は一変することになる。今日では普通に見られる、一般の男女が観劇後にホテルでディナーというエレガントな夕べのスタイルが、この時に初めて確立した訳である。このことからサヴォイは「近代グランドホテルの祖」と呼ばれる記念碑的存在のホテルとして認知されている。ザ・サヴォイは、長い間サヴォイグループのフラ

ッグシップとしてクラリッジズ、コノート、バークレーの名門ホテルを束ねてきたが、2005年にサウジのアルワリード王子率いるフェアモントグループに買収された。07年12月から2億2千万ポンドの金額を投入して大改修を断行し、10年10月にチャールズ皇太子を招いてオープニングセレモニーを盛大に挙行した。現在、ザ・サヴォイは“フェアモント・マネージド・ホテル”「The Savoy, A FairmontManaged Hotel」として運営されている。一方、クラリッジス以下3ホテルは“メイボーン・ホテルグループ”「Maybourne Hotel Group」によって所有、運営されている。今回はサヴォイの歴史を解説したが、次回はサ

ヴォイ後編として客室やレストランなど施設全般の詳細を述べたい。

ドレープカーテンが美しいベッドルームのシッティングエリア

玄関ホワイエから俯瞰したアールデコ調のクラシカルなバスルーム

歴史の重みを感じさせ重厚な雰囲気が漂う客室廊下

ベッドルームから俯瞰した居間のライティングデスク

クラシカルなエドワーディアン・スタイルのベッドルーム。この部屋はコートヤードにある寝室と居間が分かれたジュニアスイートで、約45㎡の広さがある

テムズ川公園側に新装なったモダンなスタイルのリバーサイド・エントランス

テムズ川沿いに広がるビクトリア・エンバンクメント公園側から俯瞰したリバーサイドビューの建物