title エレベーターかご横振動のアクティブ制振技術に関する...
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Title エレベーターかご横振動のアクティブ制振技術に関する研究( Dissertation_全文 )
Author(s) 宇都宮, 健児
Citation 京都大学
Issue Date 2015-09-24
URL https://doi.org/10.14989/doctor.k19306
Right
Type Thesis or Dissertation
Textversion ETD
Kyoto University
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エレベーターかご横振動の
アクティブ制振技術に関する研究
2015
宇都宮 健児
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i
目 次
第 1 章 緒 言 ............................................................................................................... 1 第 2 章 エレベーターのかご横振動要因とモデリング .................................................... 3
2.1. 緒論 ........................................................................................................................ 3 2.2. 24 自由度かご横振動モデル ................................................................................... 3
2.2.1 高速エレベーターの支持構造 2.2.2 24 自由度 3 次元横振動モデル
2.3. ローラーガイドの状態遷移による特性変動 ........................................................... 9 2.3.1 かご静止時の特性 2.3.2 かご走行時の特性 2.3.3 ローラーガイドの動作状態による動特性変化 2.3.4 減衰特性の同定
2.4. かご横振動モデルの精度評価 ............................................................................... 12 2.5. 結論 .......................................................................................................................... 13 第 3 章 消費電力低減を考慮した高速エレベーター用アクティブ制振装置 .................. 14
3.1. 緒論 ...................................................................................................................... 14 3.2. かご横振動要因の特性 .......................................................................................... 14 3.3. 消費電力低減に最適なアクチュエータ配置 ......................................................... 16 3.4. アクチュエータ方式の選定 .................................................................................. 20
3.4.1 要求性能と方式選定 3.4.2 構造最適化設計条件 3.4.3 電磁石の最適設計 3.4.4 VCM の最適設計 3.4.5 電磁石と VCM の比較 3.4.6 VCM の試作
3.5. 制御アルゴリズム ................................................................................................. 32 3.6. 加速度センサのノイズ処理アルゴリズム .............................................................. 33 3.7. 実機試験による制振性能評価 ................................................................................ 36 3.8. 結論 ...................................................................................................................... 39
第 4 章 アクティブ制振装置へのロバスト制御適用検討 4.1. 緒論 ...................................................................................................................... 41 4.2. 制御設計用エレベーターモデル ........................................................................... 42
4.2.1 エレベーターの簡易モデル 4.2.2 状態方程式
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ii
4.2.3 制御目標と一般化プラント 4.3. μ設計の適用 ........................................................................................................ 46 4.4. かごの質量変動に対する検討. ............................................................................... 49 4.5. 試験機による検証. ................................................................................................. 51
4.5.1 試験機の概要 4.5.2 コントローラの低次元化 4.5.3 実験結果
4.6. 結論 ...................................................................................................................... 56 第 5 章 超高速エレベーター向けアクティブ制振装置 .................................................. 58
5.1. 緒論 ...................................................................................................................... 58 5.2. 超高速走行時の振動特性 ...................................................................................... 58
5.2.1 高速エレベーターの構成 5.2.2 アクティブローラーガイド 5.2.3 床下アクティブ制振方式
5.3. 可変減衰制御方式の適用 ....................................................................................... 65 5.3.1 可変減衰制御 5.3.2 レール変位外乱に対する制振性能 5.3.3 風圧変動に対する制振性能
5.4. かご床加速度検知式アクティブ制振装置の適用 .................................................. 70 5.4.1 制御対象のモデル化 5.4.2 検証用かご加振試験装置 5.4.3 μ設計 5.4.4 μ設計の簡易化 5.4.5 試験による性能検証 5.4.6 実機走行試験
5.5. 結論 ...................................................................................................................... 81 第 6 章 結 言 ............................................................................................................. 82 謝 辞 ............................................................................................................................... 84 参 考 文 献 ............................................................................................................... 85
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第 1章 緒言
エレベーターの乗り心地指標の一つとして,かごの横振動がある.かごの横振動は,昇
降路内に設置されるガイドレールの加工誤差による曲がりや,ガイドレール継ぎ目部分の
据付誤差で生じる段差等によって,かごが強制変位加振されて生じる.高速エレベーター
では,かごの上下左右4個所に設置されるローラーガイドのばね剛性と減衰を適正に調整
することで,かごの横振動を低減している. エレベーターが高速化すると,このような剛性・減衰といったパラメータの最適化のみ
では,かご横振動を十分に低減することが困難となる.この問題に対してエレベーターの
製造では,振動要因となるガイドレールの曲がりや段差を加工時と据付時に厳しく管理す
ることで良好な振動性能を達成している.しかし,加工精度や据付精度による管理は非常
に高いレベルの熟練技術を必要とする.そのため,急激な都市化に伴いエレベーターの需
要が急増している中国や新興国等では,据付熟練者の不足により日本国内と同等な乗り心
地性能を維持することが難しいといった課題がある.また,ガイドレールは建築物の歪み
とともに経年的に曲りが大きくなることが指摘されており,それに伴い乗り心地も経年的
に悪化するといった課題もある.さらには近年,高さが 500~1000m に及ぶ超高層ビルの建設計画が次々と予定されており,超高層ビルで十分な交通量を確保するためにはエレ
ベーターにも更なる超高速化が要求され,熟練の加工・据付技術があっても良好な乗り心
地の確保が難しくなることも想定される. このようなかご振動に対する課題を解決する有効な手法として,かご振動をセンサで検
出し,外部からかごに力を付加して振動を低減するアクティブ制振技術があり,これまで
にも多くの手法が検討されている.制振のための手法としては,かごの床下に設けたボー
ルねじとモータによりかご振動を低減する手法 1)3)4)や,ガイド部に設けた電磁石の吸引力
によりかご振動を低減する手法 2),アクティブマスダンパを用いた手法 5)~14)などが検討さ
れている. 一方,中国や新興国等も含めグローバル的かつ工業的に広く使用するためには,既存の
エレベーター設備仕様を変更せずに設置しなければならないという課題がある.そのため
には,消費電力を抑え電源設備の負担を減らすとともに,他機器とのスペース的干渉防止
の観点から小型であることが必要になる.すなわち,消費電力の低減と小型化に着目した
制振技術を研究開発することは,制御理論の応用を電器機械産業の要請に結び付ける上で
意義深いものである.また,さらなるエレベーターの超高速化に備え,超高速走行時の振
動要因を分析し,それに対応した制振技術を研究開発することも,今後の都市開発に大き
く貢献できるものである. 本研究では,一般の高速エレベーターに広く普及させるための技術として,消費エネル
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2
ギーの最小化に着目したアクティブ制振技術を開発することを目的とする.エレベーター
の振動要因となるガイドレールの特性を考慮したアクチュエータの最適配置,アクチュ
エータの構成を定性的かつ定量的に比較検討することで,消費電力低減と小型化を両立す
る高速エレベーター向けアクティブ制振システムを実現する.さらに,エレベーターが超
高速化した時の課題を振動の観点から明らかにし,課題を解決するための新たな制振シス
テム構成を提案する.提案システムに,ロバスト制御の一つであるμ設計を活用した制御
アルゴリズムを搭載し,超高速エレベーター向けのアクティブ制振システムを実現する. 本論文の構成は以下のとおりである.第 1 章の緒言に続いて,第 2 章ではまず,エレベー
ターの振動要因分析や制振技術の性能評価を定量的に実施可能とするための高精度かご横
振動モデルの構築について述べる.第 3 章では,消費電力と小型化の観点から,高速エレベーターに最適な制振システムとアクチュエータ構成,および制御アルゴリズムについて
検討し,実際のエレベーターで評価した結果について述べる.第 4 章では,制御アルゴリズムの最適化の観点からロバスト制御の一つであるμ設計を用いたアプローチについて検
討し,第 3 章で示した制振システムの構成に起因する問題点について明らかにする.第 5章では,超高速走行時になって初めて問題となる振動モード特性について明らかにし,超
高速エレベーターに適した制振システムを提案し,実際のエレベーターで検証した結果に
ついて述べる.最後に第 6 章で結言を述べる.
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3
第 2章 エレベーターのかご横振動要因とモデリング
2.1. 諸論
エレベーターの乗り心地を決定する要因の一つにかご横振動が挙げられる.エレベー
ターのかご横振動は,昇降路内に据え付けられたガイドレールの微小な曲りや据付誤差に
よって,エレベーターのかごが強制変位加振されることにより主に生じる.これまでレー
ル変位に対するかご横振動を表現するモデルとして,かご室とかご枠を 2 質点のばね・マ
ス系で表現するモデル 1),4 ヶ所のガイド装置からの変位加振を考慮した加振モードごとの
独立モデル 2) 等の検討が行われている.しかしこれらは,正弦波加振を前提とした周波数
領域での評価・検討に主眼をおいており,実際のレール変位を考慮した時間領域における
走行振動波形に基づいた検討や,実測値との比較検証については行われていない.特に,
振動要因となるレール曲がりの横振動への影響を定量的に評価することができないため,
振動低減対策に簡易シミュレーションと実験のトライアンドエラーを必要とし,多大な時
間と労力を要すという問題があった.
そこで,近年進歩してきた時間領域でのマルチボディシミュレーション技術を活用し,
エレベーターの 24 自由度振動モデルを開発する.本モデルでは,かごを支持・案内するロー
ラーガイド装置の動特性が走行速度によって変化するというエレベーター特有の事象を明
らかにしモデル化する.これにより,走行開始時から停止時までのかご横振動の時間的変
化を高い精度で再現可能な 3 次元横振動シミュレーターを開発する.このシミュレーター
による横振動の計算結果を,複数のビルにおける実際のエレベーター振動の計測結果と比
較する.
本シミュレーターにより,実際のレール変位外乱データやかごパラメータのばらつきを
含めた高精度な低振動化検討や,試験塔試験が困難な仕様(例えば, 超高速・大容量)で
のエレベーターの乗り心地評価がシミュレーション上で可能となる.また,繰り返し実験,
試作回数の削減による開発期間短縮・開発コスト低減や,適切な据付精度の検討などが期
待できる.
2.2. 24 自由度かご横振動モデル
2.2.1 高速エレベーターの支持構造
図 2-1 に,高速エレベーターにおける支持構造の概略図を示す.昇降路内に設置されたガイドレール上を,かご枠に取り付けられたローラーガイドが案内されることにより,かご
が昇降を繰り返す.このようなエレベーターの支持機構要素は,ローラー支持ばね,振れ
止めゴム,床下の防振ゴムとばねである. 図 2-2 にローラーガイドの拡大図を示す.図に示すように,ローラーを回転支持するレ
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4
バーは,ローラー支持ばねによりかご枠に対して揺動可能に支持されている.つまり,支
持ばねは(1)ガイドレールから伝わる振動を緩和する免振機構としての役割と,(2)ガ
イドレールに対するかご全体(かご枠+かご室)の傾きを抑える支持機構としての役割を
持つ.振れ止めゴムは,かご室がかご枠に対して倒れないように,かご室とかご枠の間に
設置されている.
ガイドレール
かご室
かご枠 ローラー支持ばね
図 2-1 高速エレベーターの支持構造
ロープ
振れ止めゴム
床下防振系
(防振ゴム+馬蹄形ばね)
ローラーガイド
図 2-2 ローラーガイドと支持機構
支持ばね
ローラー
ストッパー
レバー
フレーム
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かご枠とかご室床の間には,防振ゴムと馬蹄形ばねを直列に接続した防振系が用いられ
る.防振系には,(1)かご枠から伝わる振動を遮断する免振機構としての役割と,(2)
かご室をかご枠に対して支持し,極度の沈み込み現象が生じないようにするための支持機
構としての役割を持つ.床下防振系の剛性は,免振機構としての役割からは低いほうが望
ましいが,あまり剛性を低くすると沈み込みにより着床精度が悪化するなどの問題がある
ため,そのトレードオフ関係から剛性が決定されている.
2.2.2 24 自由度 3次元横振動モデル
図 2-3 に,開発した 24 自由度の 3 次元横振動モデルを示す.運動方程式の導出に際し以下のような条件を設定した. 【モデル化条件】
(1)かご室,かご枠はともに剛体であるとし,自由度として,かご室の 3 軸並進成分とその並進軸周りの回転成分 [ Xcg Ycg Zcg xcg ycg zcg, , , , , ]と,かご枠の 3 軸並進成分とその並進軸周りの回転成分 [ Xfr Yfr Zfr xfr yfr zfr, , , , , ]と,ローラーレバーのかご枠に対する相対回転角 [ 1 1 1 2 2 2 3 3 3 4 4 4c f b c f b c f b c f b, , , , , , , , , ,, ]の24自由度
を考えた. なお,回転角の添え字は 1 文字目がガイド位置(1:左上,2:右上,3:左下,4:右下)を,2 文字目が各ガイドにおけるローラーの位置(c:中心,f:前側,b:後側)を表す.
(2)かご重量の前後左右のアンバランスについては考慮せず,前後左右対称構造である
と仮定した. (3)外乱入力はガイドレールによる変位加振として与えるものとし,上下左右 4 ヶ所の
ガイドローラー部におけるレール変位を [ dbg dfb dbg dfb dbg dfb dbg dfb1 1 2 2 3 3 4 4, , , , , , , ]とした.(bg)は左右方向の変位を,(fb)は前後方向の変位を表す.
(4)床下防振系は床下の 4 隅に配置されているものとし,z 方向剛性(一般には防振ゴム圧縮剛性と馬蹄形ばね剛性の直列和)をK pr C pr2 2, , x 方向及び y 方向の剛性(一般には防振ゴムのせん断剛性)をK pe C pe2 2, とした.
(5)ローラーガイド周りの剛性として,ローラーレバーの回転を支持する支持ばね剛性
Kr Cr** **, とローラー表面ゴムの圧縮剛性Kgr Cgr** **, の他に,振動方向と直行方向に揺動されるローラーの表面ゴム(左右方向の時は前側と後側のローラー,前後方向の
時は中心のローラー)のせん断剛性Kgs Cgs** **, を考慮した.添え字(**)については(1)と同様である.
(6)ガイドローラーは常にガイドレールと接して走行するものとした.
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6
Xcg
Zcg
Xfr
Zfrθycg
θyfr
M cg,Jxcg,Jycg,Jzcg
M fr,Jxfr,Jyfr,Jzfr
K1,C1
H fr1
H fr3
K2pr,C2pr
K2pe,C2peW fr
W cg
H fk
H ck
H flH cl
Ycg
Zcg
Yfr
Zfr
θxcg
θxfr
K1,C1
K2pe,C2pe
K2pr,C2pr
Dcg
Lr1Lr2
φ2c
Kr2c,C r2c
Kgr2c,C gr2cM r,Jr
Kgs2f+Kgs2bC gs2f+C gs2b
dbg2
S0
dfb2
Kr2b,C r2b
Kgr2b,C gr2b
Kgs2c,C gs2c
M r,Jr
Kr2f,C r2f
M r,Jr
φ2f φ2b
Kgr2f,C gr2f
S0
正面図 側面図
XcgXfr
Ycg,Yfr
θzcgθzfr
K2pe,C2pe
下面図
Gcg
Gfr
Gcg
Gfr
図 2-3 エレベーター24 自由度 3 次元振動モデル
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表 2-1 に各機械系パラメータの説明を示す.
表 2-1 パラメータ諸元 重量 Mcg:かご室質量 Mfr:かご枠質量 Jxcg:かご室 x 軸周り慣性モーメント Jxfr:かご枠 x 軸周り慣性モーメント Jycg:かご室 y 軸周り慣性モーメント Jyfr:かご枠 y 軸周り慣性モーメント Jzcg:かご室 z 軸周り慣性モーメント Jzfr:かご枠 z 軸周り慣性モーメント Mr:ローラー質量 Jr:ローラー慣性モーメント 剛性 K1:振れ止めゴム圧縮剛性 K2pr:床下防振系 z 軸方向剛性 K2pe:床下防振系 x,y 軸方向剛性 Kr*c:左右方向ローラー支持ばね剛性 Kr*f,Kr*b:前後方向ローラー支持ばね剛性Kgr**:ローラー表面ゴム圧縮剛性 Kgs**:ローラー表面ゴムせん断剛性 減衰 C1:振れ止めゴム圧縮減衰 C2pr:床下防振系 z 軸方向減衰 C2pe:床下防振系 x,y 軸方向減衰 Cr*c:左右方向ローラー支持ばね減衰 Cr*f,Cr*b:前後方向ローラー支持ばね減衰 Cgr**:ローラー表面ゴム圧縮減衰 Cgs**:ローラー表面ゴムせん断減衰 距離 Hfr1:かご枠重心と左上ローラーレバー支持点との距離
Hfr2:かご枠重心と右上ローラーレバー支持点との距離
Hfr3:かご枠重心と左下ローラーレバー支持点との距離
Hfr4:かご枠重心と右下ローラーレバー支持点との距離
Hck:かご室重心と振れ止めゴム位置の距離 Hfk:かご枠重心と振れ止めゴム位置の距離 Hcl:かご室重心とかご床の距離 Hfl:かご枠重心とかご床の距離 Wcg:かご室幅 Wfr:かご枠縦柱間距離 Dcg:かご室奥行き Lr1:ローラーレバー支持点とローラー中心の距離
Lr2:ローラーレバー支持点とローラー支持ばねとの距離
図 2-3,表 2-1 に示した横振動モデルよりラグランジュ関数を求め,運動方程式を導出す
る.
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8
【運動エネルギー】
T T T T T Ttotal cg fr rjc rjf rjbj
( )
1
4
Tcg :かご室, Tfr :かご枠, T T Trjc rjf rjb, , :ガイドローラー
【ポテンシャルエネルギー】
U U U U U U U U U U U
U U U U U U U
total k l k r k pr lf k pr rf k pr lb k pr rb k pe lf k pe rf k pe lb k pe rb
r grjcj
grjf grjb gsjc gsjf gsjb
1 1 2 2 2 2 2 2 2 2
1
4
_ _ _ _ _ _ _ _
( )
U Uk l k r1 1, :振れ止めゴム, Uk pr lb2 _ ~Uk pe rb2 _ :床下防振系, Ur :ローラー支持ばね, U grjc ~U gsjb :ローラー表面ゴム
【散逸関数】
F F F F F F F F F F F
F F F F F F F
total k l k r k pr lf k pr rf k pr lb k pr rb k pe lf k pe rf k pe lb k pe rb
r grjcj
grjf grjb gsjc gsjf gsjb
1 1 2 2 2 2 2 2 2 2
1
4
_ _ _ _ _ _ _ _
( )
F Fk l k r1 1, :振れ止めゴム, Fk pr lb2 _ ~ Fk pe rb2 _ :床下防振系, Fr :ローラー支持ばね, Fgrjc ~ Fgsjb :ローラー表面ゴム
この時,ラグランジュ関数 Lは L T Utotal total
となり,式(2-1)によりラグランジュの運動方程式が導かれる.
ddt
Lq
Lq
Fqj jtotal
j(
)
0 (2-1)
ここで,q j は本モデルにおける 24 個の座標[ Xcg Ycg Zcg xcg ycg zcg, , , , , ...]を表す.
(3-1)式を実際に展開した式は割愛するが,まとめると(2-2)式のようになる.
M C K P u{} { } { } { } (2-2)
Tbfcbfcbfcbf
czfryfrxfrZfrYfrXfrzcgycgxcgZcgYcgXcg],,,,,,,,,,
,,,,,,,,,,,,,[}{
44433322211
1
{ } [ , , , , , , , , , , , , , , , ]u dbg dfb dbg dfb dbg dfb dbg dfb dbg dfb dbg dfb dbg dfb dbg dfb T 1 1 2 2 3 3 4 4 1 1 2 2 3 3 4 4
M C K R, , 24 24 , P R 24 16
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2.3. ローラーガイドの状態遷移による特性変動
2.2 節で導出したモデルの妥当性を実験で検証する中で,エレベーターの横振動特性が,かごが静止している時と走行している時とで異なる特性を示すことがわかった.その要因
はローラーガイドのローラー表面ゴムの特性の変動であり,以下でこれを考慮した次の二
つのモデルを考える. 【モデル 1】ローラーガイド表面ゴムのせん断剛性あり 【モデル 2】ローラーガイド表面ゴムのせん断剛性なし
2.3.1 かご静止時の特性
かご静止時に,ガイドローラー部に取り付けたアクチュエータによるかごの加振試験を
実施した.アクチュエータ加振力からかご枠の左右方向加速度までの伝達関数についての
実測値と,【モデル 1】【モデル 2】による計算値を図 2-4 に示す.図 2-4 より,ローラー表面ゴムのせん断剛性を考慮した【モデル 1】は実測値と同様の特性を示しているが,【モデル 2】は 1 次の振動モード周波数から実測値と異なっていることがわかる.
2.3.2 かご走行時の特性
次に,走行時のかご振動波形による比較を行う.実測値とモデル 1 による計算結果とのかご横振動パワースペクトル比較を図 2-5 に,実測値とモデル 2 による計算結果の比較を図 2-6 に示す.
図 2-5 より,モデル1における計算結果は 1 次のモード周波数が実測値と一致していないことがわかる.逆に図 2-6 より,モデル 2 における計算結果は実測値とよく一致していることが確認できる.
100
101
-40
-20
0
20
40
Frequency[Hz]
Gai
n[d
B]
実測値
モデル1
モデル2
図 2-4 伝達関数による実測値との比較
(せん断剛性あり)
モデル2 (せん断剛性なし)
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10
2.3.3 ローラーガイドの動作状態による動特性変化
2.3.1 節,2.3.2 節より,かご静止状態における加振試験ではモデル 1 が実測とよく一致し,走行状態ではモデル2が実測とよく一致することがわかった.これは,振動方向と直
交する方向のローラーガイドが,エレベーターが停止状態から走行状態へ遷移することに
より異なった特性を示すためである.つまり図 2-7 に示すように,静止状態では左右方向に振動しようとして,前後方向のローラー表面ゴムの変形によるせん断剛性が支配的になる.
これに対し,エレベーターが運転を開始し速度が速くなるにつれて,前後方向のローラー
はガイドレールに対してすべりを生じるようになり,摩擦減衰が支配的になっていくため
100
101
0
200
400
600
800
1000
PSD
(BG
)
100
101
0
100
200
300
400
500
Frequency [Hz]
PSD
(FB
)
2000年9月4日17時24分6秒出力
実測値
実測値
モデル1
モデル1
かご床加速度(左右方向)
かご床加速度(前後方向)
図 2-5 モデル 1(せん断剛性あり)と実測値とのかご横振動パワースペクトル比較
実測値
実測値
モデル 1
モデル 1
左右方向
前後方向
Frequency[Hz]
Power
Sp
ect
rum
Power
Sp
ect
rum
100
101
0
200
400
600
800
1000
PSD
(BG
)
100
101
0
100
200
300
400
500
Frequency [Hz]
PSD
(FB
)
2000年9月4日17時23分52秒出力
実測値
実測値
モデル2
モデル2
かご床加速度(左右方向)
かご床加速度(前後方向)
図 2-6 モデル 2(せん断剛性なし)と実測値とのかご横振動パワースペクトル比較
実測値
実測値
モデル 2
モデル 2
左右方向
前後方向
Frequency[Hz]
Power
Sp
ect
rum
Power
Sp
ect
rum
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と推定できる.
図 2-8 に,実測によるかご走行速度とかご横振動の 1 次固有振動数の関係を示す.加減
速時間が短いため,パワースペクトル解析の周波数分解能が 0.25Hz と粗くなっているが,かご停止時(かご速度ゼロ)では,かご固有振動数が 3Hz となっており,ローラー表面ゴ
振動方向
表面ゴムの変形によるせん断剛性が作用
振動方向
表面ゴムのスライドによる摩擦減衰として作用
振動方向 振動方向
表面ゴム変形によるせん断剛性が作用
停止状態 走行状態
図 2-7 直交方向ローラー特性の遷移
ゴムのスライドによる摩擦減衰として作用
0
1
2
3
0 2 4 6
かご速度[m/s]
周波
数{H
z]
図 2-8 走行速度とかご横振動周波数の関係
滑り領域せん断変形領域
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ムがせん断変形していると考えられる.かご速度が 0~2m/s の間は,表面ゴム・レール間の滑りとせん断変形が同時発生している遷移領域であり,固有振動数が速度にあわせ徐々
に低くなっている.2m/s 以上の速度領域ではローラー表面ゴムが完全に滑り,せん断変形が発生せず,固有振動数が約 2Hz に静定したものと考えられる.なお,かご速度が 6m/sで低い固有振動数が現れるのは,ガイドレールからの強制加振による強制振動が支配的に
なっているためである.このように,上述したローラー表面ゴムとレールの間の減衰は摩
擦減衰であるため本来非線形であるが,モデルを簡略化するためかご横振動速度に比例す
る粘性減衰に置き換えた.
2.3.4 減衰特性の同定
質量や剛性等のパラメータは一般にある程度既知であることが多いが,減衰特性はデー
タがないことが多い.そこで,2.3.3 節で求めた動特性の変化を考慮し,次のように減衰を同定した. (1)走行時のローラー表面ゴムの滑り摩擦以外の減衰特性は,かご静止状態における加
振試験において得られた伝達関数の各振動モードピークの高さから導出する. (2)滑り摩擦の減衰特性は,その他の減衰特性が停止時と同じ条件で走行シミュレーショ
ンを実施した時の走行波形より同定する. 2.4. かご横振動モデルの精度評価
シミュレーションモデルによるかご横振動計算結果と実際のエレベーターで実測したか
ご横振動データの比較を図 2-9~2-10 に示す.
6 8 10 12 14 16-8
-4
0
4
8
Acc. [c
m/s*
s]
6 8 10 12 14 16-8
-4
0
4
8
Time [sec]
Acc. [c
m/s*
s]
Experimental result (bold line)
Simulation result (fine line)
Simulation result (fine line)
Experimental result(bold line)
図 2-9 シミュレーション結果と実験結果のかご振動波形比較1
左右方向
前後方向
シミュレーション結果
シミュレーション結果
(細線)
(細線)
実験結果(太線)
実験結果(太線)
Time [s]
-
13
図 2-9 は速度 5m/s のエレベーターの例,図 2-10 は速度 6m/s のエレベーターの例である
が,どちらもシミュレーション結果と実験結果が良く一致していることが確認できる. 2.5. 結論
エレベーターのかご横振動を,時間領域で定量的に評価可能な 24 自由度 3 次元モデルを構築した.かごを案内するローラーガイド装置のローラー表面ゴムが,かご走行速度に応
じて挙動が変化することを実測と解析の比較により初めて明らかにした.本挙動の変化を
横振動シミュレーションモデルに組込むことで,かごの走行開始から停止するまでのかご
横振動波形を高い精度で再現可能とした. 本シミュレーションモデルを用いることで,エレベーターのかご横振動を定量的に評価
可能になるため,これまでのような簡易シミュレーションと実験のトライアンドエラーに
よる振動低減対策が不要となり開発期間が短縮できる.また,試験が困難な仕様(例えば,
超高速・大容量)でのエレベーターの乗り心地評価もシミュレーション上で可能となる.
本モデルを用いて,以降の章で示すアクティブ制振技術の性能評価を実施していく.
10 15 20 25 30-10
-5
0
5
10A
cc. [
cm/s
2 ]
10 15 20 25 30-10
-5
0
5
10
Time [sec]
Acc
. [cm
/s2 ]
Simulation Result (fine line)
Simulation Result (fine line)
Experimantal Result (bold line)
Experimantal Result (bold line)
左右方向
図 2-10 シミュレーション結果と実験結果のかご横振動比較 2
前後方向
シミュレーション結果
シミュレーション結果
(細線)
(細線)
実験結果(太線)
実験結果(太線)
Time [s]
-
14
第 3章 消費電力低減を考慮した高速エレベーター用アクティブ制振装置
3.1. 諸論
エレベーターの乗り心地指標の一つとして,かご横振動がある.かご横振動は,昇降路
内に設置されエレベーターのかごを案内するガイドレールの曲がりや継ぎ目部据付誤差に
より,かごが強制加振されることで生じる.従来の高速エレベーターでは,かごの上下左
右 4 箇所に設けられるローラーガイドのばね剛性と減衰を適正に調整することで横振動を低減している. しかし,エレベーターが高速化すると,このような剛性・減衰の最適化だけでは横振動
を抑えることが難しくなるため,振動源であるレールの曲がりや継ぎ目部据付誤差を加工
時と据付時に厳しく管理することで良好な横振動性能を達成している.しかしこの方法は
非常に高レベルの加工・据付技術を要するため,据付熟練者の不足する海外で国内と同等
な性能を維持することが難しいといった問題がある.また,レールの経年変化により乗り
心地が悪化するといった問題もある. このような背景から高速エレベーターの横振動を低減する新技術へのニーズは大きく,
これまでにも多くの手法が検討されている.特に,かご振動をセンサで検出し,外部から
かごに力を付加して振動を低減するアクティブ制振技術が振動低減に有効な方法として注
目されている.山崎らは,かごの床下に設けたボールねじとモータによりかご振動を低減
する手法 1) 3) 4) について理論と実験で有効性を確認している.また武藤らは,ガイド部に設
けた電磁石の吸引力によりかご振動を低減する手法 2) を検討しており,豊嶋らは,アクティ
ブマスダンパを用いた手法 5)~14)について検討している.
一方,工業的に広く使用するためには,既存のエレベーター設備仕様を変更せずに設置
可能でなければならないという課題がある.そのためには,消費電力を抑え電源設備の負
担を減らすとともに,他機器との干渉防止の観点から小型であることが必要となる.そこ
で本章では,必要エネルギーの最小化に着目したアクティブ制振技術の開発について示す. 3.2. かご横振動要因の特性
3.1 節で述べたように,エレベーターのかご横振動の主要因は,かごを案内するガイドレールによる強制変位加振である.最適な制御方法を検討する場合に,制御対象の特性と
合わせて重要になるのが外乱特性であるため,まずはガイドレール変位の特性について検
討する.ガイドレールの曲がりや据付誤差の代表的なものを表 3-1 に示し,その特徴について以下の(1)~(3)で述べる.
-
15
(1)レール 1 本の一次曲り ガイドレール 1 本の加工誤差に起因するもので,おおよそレール 1 本分が 1 周期の正弦波で近似される.レール 1 本分の長さ rl は 4~5[m]が代表的な値であるから,昇降速度 hv の範囲が 5~10[m/s]とすると,その加振周波数 rf は式 (3-1) のようになる.
rhr lvf / 1.0~2.5[Hz] (3-1)
(2)くの字曲がり ガイドレール継ぎ目部端面の加工誤差や据付誤差に起因するくの字形状の曲がりで三角
波で近似される.レール 2 本で 1 周期となるため,基本加振周波数 rf は式 (3-2) のように
なる. rhr lvf 2/ 0.5~1.25[Hz] (3-2)
(3)段差 レール継ぎ目部の据付誤差に起因するステップ状の外乱である.高速エレベーターでは,
ローラー表面のゴムにより吸収され,ほとんど問題になることがない.
表 3-1 ガイドレールによる基本的な外乱
名称 一次曲り くの字 段差
形状
要因 加工誤差 据付誤差 加工誤差 据付誤差
走行速度 7[m/s]の実エレベーターにおけるガイドレール変位外乱のパワースペクトル密
度を計算した結果を図 3-1 に示す.図 3-1 より,1.75[Hz]とその倍の周波数に明確な成分を確認することができる.このエレベーターのレール 1 本分の長さは 4[m]であり,1.75[Hz]は式(3-1)で計算される一次曲りの周波数に一致する.このような一次曲りの周波数が卓越する特徴は,図 3-1 に示したエレベーターだけでなく,多くのエレベーターで確認されてい
-
16
る. 以上より,高速エレベーターで特に問題となるかご横振動要因はガイドレールの一次曲
りであり,その加振周波数は,高速エレベーターの速度を 5~10[m/s],レール長さを 4~5[m]とすると 1.0~2.5[Hz]となる. 3.3. 消費電力低減に最適なアクチュエータ配置
本節では,3.2 節で導出したガイドレール変位外乱の卓越周波数に対して最適なシステム構成を検討する.
図 2-1 で説明したように,エレベーターのかごは昇降路内に設置されたガイドレールに沿って,かご枠に取り付けられたローラーガイドが案内されることで昇降を繰り返す.か
ごは,ローラー支持ばね,振れ止めゴム,防振ゴムで支持されている.この支持機構は,
ガイドレールから伝わる振動を緩和する防振機構としての役割と,ガイドレールに対する
かごの傾きを抑制する支持機構としての役割を有し,両者のトレードオフで剛性が決めら
れている. 本節ではまず定性的な検討を行うため,図 2-1 に示したモデルを簡易化した図 3-2 の 2
慣性モデルを用いる(簡単のため減衰は無視した).2 慣性モデルに近似した時の高速エレベーターの代表的なパラメータを表 3-2 に示す.
100
101
-300
-250
-200
-150
-100
Frequency[Hz]
PS
D[m
2 /H
z]
100
101
-300
-250
-200
-150
-100
Frequency[Hz]
PS
D[m
2 /H
z]
図 3-1 ガイドレール変位外乱のパワースペクトル密度 (走行速度 7m/s)
左右方向
前後方向
1.75Hz
1.75Hz
-
17
表 3-2 2 慣性モデルのパラメータ m1: かご質量 2300[kg] m2: かご枠質量 3500[kg] k1: ゴム剛性 1.8e7[N/m] k2: ガイド剛性(ばね剛性) 5.9e5[N/m]
アクティブ制御の考え方の一つとして,制御対象の特性をアクティブ制御しやすいよう
に再設計する制御器と制御対象の同時設計がある 15).しかし,かごの剛性パラメータはエ
レベーターに設置された各種安全装置の設定や荷重条件の兼ね合いで最適に決定されてい
る.これを考慮し,仮に制御が停止した場合にもフェイルセーフな構成となるように,か
ごのパラメータは変更しないものとした. 制御方式として以下の 4 種類(1)~(4)を考える.制御の安定性を考慮し,センサ
とアクチュエータの配置がコロケートな方式で検討した.
(1) かごの状態を観測して,かご・かご枠間に取り付けたアクチュエータで制御する方
式.(以下,かご・かご枠間方式:方式 1)
(2) かご枠の状態を観測して,ガイド部に取り付けたアクチュエータで制御する方式.
(以下,ガイド方式:方式 2)
(3) かごの状態を観測して,かごに取り付けたアクティブマスダンパで制御する方式.
(以下,かごマスダンパ方式:方式 3)
図 3-2 簡易 2 慣性モデル
x0 x2 x1
m2 m1k1k2
CabinCar frame
Roller guide Cabin floorsupport rubber +Car hold rubber
Guide rail
かご枠 かご
ガイドレール
ローラーガイド
振れ止めゴム防振ゴム
-
18
(4) かご枠の状態を観測して,かご枠に取り付けたアクティブマスダンパで制御する方
式.(以下,かご枠マスダンパ方式:方式 4) また,制御目標及び制約として以下の(A)~(D)を考える. (A)乗り心地の改善(1 次モードの制振性能) レール外乱の主成分周波数は 3.2 節で導出したように 1.0~2.5Hz である.この周波数帯域にある 1 次振動モードの低減が主目的となる.評価量は,ガイドレール変位外乱 x0からかご変位 x1までの伝達特性(図 3-3)の 1 次モードピークとする. (B)制御エネルギーの低減 本章での検討における主命題である制御エネルギーの低減,特に外乱の主成分が存在す
る低周波域でのエネルギー低減を実現するため,評価量はガイドレール変位外乱→制御力
伝達特性(図 3-4)の低周波ゲイン値とする. (C)偏荷重に対するロバスト性 エレベーターでは,乗客荷重の不均一性や,ケーブル等の周辺機器重量に起因してかご
に傾きが生じる.通常アクティブ制振の振動検出には加速度センサを用いるが,偏荷重に
よる傾きは加速度センサに重力加速度に起因した大きな低周波外乱を発生させる.この低
周波外乱は,無駄なエネルギー消費やアクチュエータのストロークオーバーの原因となる.
エネルギー評価量は(B)と同じとし,ストローク評価量は外乱→ストローク伝達特性(図3-5)を考える.
1 次モード周波数が比較的低いため,ハイパスフィルタ等による大幅な低周波ノイズ除去は難しいと考え,伝達特性の低周波域での傾きが正であることをストロークオーバー防止
の仕様とする. (D)巻上機負荷の軽減(装置重量の制約) 制振装置の重量増大はエレベーターを駆動する巻上機の負荷が増加する原因となり,大
きくなると本論の趣旨に対して本末転倒となる.方式 3 および方式 4 のマスダンパ方式は付加マス重量が大きいほど有利であるが,一般に付加マスの質量比が主系の数%程度であ
ることを考慮し 100[kg]とした. なお本検討では,制振制御への実用例の多いスカイフックダンパ制御(速度フィードバッ
-
19
ク制御)を制御則として適用し,そのゲインは Kp=1.0×105 に統一した.(A)~(C)に示した評価量の伝達特性を図 3-3~3-5 に示し,各制御方式の構成図,運動方程式,評価結果を表 3-3 に示す.
・ かご・かご枠間方式(方式 1)はアクチュエータ設置位置がモードの節となるため,1 次
モードの制振効果とエネルギー効率の点で問題がある. ・ ガイド方式(方式 2)は 1 次モードの制振効果,エネルギー効率ともに優れ,低周波で
の制御ストロークもレール変位外乱と同等以下となる. ・ かごマスダンパ方式(方式 3)は理論上完全なスカイフック特性を実現できるため,1
次,2 次モードともに制振効果に優れ,エネルギー効率も良い.しかし低周波域における制御ストローク特性が-40~-20[dB/dec]となっており,かご偏荷重に対するロバスト性の面で問題がある.
・ かご枠マスダンパ方式(Case4)は制振効果とエネルギー効率の点ではガイド方式と同等であるが,かごマスダンパ方式と同様に制御ストロークの点で問題がある.
10-1
100
101
102
-80
-70
-60
-50
-40
-30
-20
-10
0
10
20
Frequency[Hz]
Cag
e D
isp.
/R
ail D
isp.
[dB
]
図 3-3 伝達特性 (レール変位外乱→かご変位)
(方式 1) (方式 2)
(方式 3) (方式 4)
10-1
100
101
102
60
70
80
90
100
110
120
130
140
150
Frequency[Hz]
Cotr
ol Forc
e/R
ail D
isp.
[dB
] (方式 1)
(方式 2)
(方式 3)
(方式 4)
10-1
100
101
102
-80
-60
-40
-20
0
20
40
60
Frequency[Hz]
Str
oke
/R
ail D
isp.
[dB
]
(方式 1)
(方式 2)
(方式 3)(方式 4)
図 3-4 伝達特性 (レール変位外乱→制御力)
図 3-5 伝達特性(レール変位外乱→アクチュエータストローク)
-
20
表 3-3 制振方式による性能比較 構造 運動方程式 (A)制振効果 (B)制御力 (C)ストローク
1
102221122
121111
)()()(
xKxxkxxkxmxKxxkxm
p
p
×
(20dB)
×
(140dB)
○
(+20dB/dec)
2
202221122
21111
)()(0)(
xKxxkxxkxmxxkxm
p
○
(-5dB)
○
(115dB)
○
(+20dB/dec)
3
13302221122
121111
0)()()(
xKxmxxkxxkxm
xKxxkxm
p
p
○
(-5dB)
○
(115dB)
×
(-20dB/dec)
4
233202221122
21111
)()(0)(
xKxmxKxxkxxkxm
xxkxm
p
p
○
(-5dB)
○
(115dB)
×
(-20dB/dec)
以上の考察より,制御目標である(A)乗り心地,(B)エネルギー効率,(C)偏荷重へ
のロバスト性の全てを満たすガイド(方式 2)を採用した. 3.4. アクチュエータ方式の選定
3.4.1 要求性能と方式選定
前章の検討でアクチュエータをかご枠とレールとの間,つまりガイド部に設けたほうが,
必要制御力を小さくできることがわかった.本章ではガイド部に設置するアクチュエータ
の方式選定および構造の詳細設計を実施する. アクチュエータに要求される主な性能として,次のものが挙げられる.
・ 静変位(偏荷重,床の沈み込みなど)に対する耐久性 ・ 十分な寿命(エレベーターの寿命として約 25 年),メンテナンス性 ・ コスト ・ パワー ・ 最大変位量
本条件から候補に挙げたアクチュエータに対して特徴を纏めると表3-4および図3-6のよ
うになる.
x2 x1
m1m2
k1
k2
x0
x0 x2 x1
m1m2k1
k2
x0 x2 x1
m1m2k1k2
m3
x0 x2 x1
m1m2k1k2
m3
-
21
表 3-4 アクチュエータの候補と要求性能満足度
Act. 静変位
対策 コスト
寿命 メンテ
パワー 変位量 備考
ボールネジ △ △ △ ○ ○ ・静変位対策を行うと,コスト
と寿命が悪化する.
圧電素子 △ × ○ ○ × ・変位量を大きくするのに特殊
加工を行うとコストアップ ・高電圧電源が必要
磁歪素子 △ × ○ ○ × ・変位量を大きくするのに特殊
加工を行うとコストアップ
非接触 電磁モータ ○
△ ○ ○ ○ ・静変位に対する耐久性は方式
によるが,ガイド方式では対策
不要.
シリノイド (*1)
△ ○ × ○ ○ ・コストはかなり低いが寿命が
短すぎる. (*1)回転→直線変換減速機構 シリノイドは商品名
1m1mm1μm
20
10
ストローク
寿 命
(年)
回転→直線 変換機構
実装可能領域
コスト
非接触 電磁モータ
図 3-6 各種アクチュエータの要求仕様満足度
-
22
圧電素子や磁歪素子は,ストロークやコストの点で要求仕様を満たさない.また,ボー
ルねじや回転→直線変換機構などの接触式駆動機構は,寿命・信頼性・メンテナンス性を
考慮すると採用が難しい.以上より,非接触の電磁モータ方式を採用した. 3.4.2 構造最適化設計条件
次に非接触電磁モータにおける具体的な構成を検討する.非接触電磁モータの代表例と
して電磁石とボイスコイルモータ(以下 VCM)がある.そこで既定の寸法条件下で,消費電力最小化の観点から両方式の比較を行う.
ローラーガイド部分の拡大図を図 3-7 に示す.エレベーターの他機器との干渉を考えると,追加するアクチュエータは図 3-7 の点線部に示すように従来のローラーガイドの寸法内に入ることが一つの重要な設計仕様となる. アクチュエータの駆動方向は上下方向で,アームを介してローラーを揺動することでガ
イドレールに対し水平方向の力を伝達するような構成とする. 実際のレール変位データを使用した数値シミュレーションを 2 章に示したかご横振動モ
デルを用いて実施したところ,本構成でのアクチュエータストロークは±2[mm]程度であった.しかし,かご内にかかる偏荷重による変位分を考慮すると±10[mm]のストロークが必要となる. 以上より条件を
・ 駆動ストローク±10 [mm] ・ 外形寸法は WHD=100×140×100 [mm]以内
として,アクチュエータの検討を実施した.
かご
レール
図 3-7 アクチュエータの配置
アクチュエータ ローラー
アーム
ばね
かご枠
-
23
3.4.3 電磁石の最適設計
アクティブ制振用のアクチュエータとして,コの字形電
磁石を用いる場合を考える.消費電力を最小化するため,
前節で示した寸法(WHD=100×140×100)内で,単位電力量での発生力[N/W]が最大となる最適設計を実施する. 図 3-8 に示すコの字形電磁石の磁気吸引力 Fm は簡易的に式(3-3)のようにあらわせる.
220 1)(
4
zNI
SF ym
(3-3)
μ0:空気の透磁率(=4π×10-7[H/m]),Sy:ヨーク断面積[m2], N:コイルターン数,I:電流[A],z:磁気ギャップ[m]
ここで,
lPA
RPI
2 (3-4)
P:電力量[W],R:コイル抵抗[Ω], :抵抗定数,
l:銅線長[m],A:銅線断面積[m2]
ASN c (3-5)
Sc:コイル断面積,σ:占有率 aclSlA (3-6)
la:コイル1ターン分の平均長さ であることに着目すると,
a
ccc
lSP
lASP
lPA
ASNI
222
2)( (3-7)
zSy
Scコイル
ヨーク
図3-8 コの字形ヨーク
-
24
となる.式(3-3)に式(3-7)を代入して単位電力量あたりの磁気吸引力を求めると
a
cym
lSS
zPF 20 1
4
(3-8)
となる.式(3-8)より次のことがわかる. ・ コイル断面積 Scが一定の条件下では,コイルターン数 N や銅線断面積 A を変更して
も,単位電力量あたりの磁気吸引力はほとんど変わらない. ・ 単位電力量あたりの磁気吸引力の最適化問題は,コイル断面積 Sc とヨーク断面積 Sy
のトレードオフ問題になる.(一般に Scを大きくすると Syは小さくなる.) 図 3-9 に示すような電磁石において,単位電力量あたりの磁気吸引力最適化問題を考える.上下に電
磁石があるのは押し引きを実現するためである.こ
こで,次の条件を新たに設定する. ・ ヨーク断面面積 Syは一定. ・ 磁気ギャップ部のコイル面とヨーク面との段
差 e はほぼゼロ. このとき,以下の拘束条件式が成り立つ.
Hzhh cy 0243 (定数) (3-9) Whw cy 2 (定数) (3-10) Dhd yc 2 (定数) (3-11)
ただし,z0は初期ギャップである.式(3-9)~(3-11)より設計変数 hc, dc, wyを hyで表すと,
432 0 y
c
hzHh
(3-12)
yc hDd 2 (3-13)
232 0 y
y
hzHWw
(3-14)
となる.したがって,
Sy
Sy
Sy
Sc
hywy
hcdc
z0e
図 3-9 電磁石形状
-
25
223
232
020 HzWhh
hzHWhwhS yy
yyyyy (3-15)
)2(44
322
3)2(4
3200
20 zHDhDHzhhDhzH
dhS yyyy
ccc
(3-16)
WhhzHWhzHhhwhhl
y
yyycycya
22)32(2)32(2)(2)(2 00
(3-17)
式(3-8)に式(3-15)~(3-17)を代入して整理すると
WhWHzhHzhDhh
kPF
y
yyyym
)223)(23)(2( 00 (3-18)
となる.ただし,2
0 164
zk
である.
初期ギャップ z0=3[mm], 10[mm]とした場合(また,z=z0)の計算結果例を図 3-10 と図 3-11に示す.
初期ギャップ z0 に対する最適ヨーク高さ hy を数値計算ソフト Matlab 内の関数fminsearch(Nelder-Mead シンプレックス(直接)法を使用)を用いて求めた結果を図 3-12に示す.また最適設計を行った場合の単位電力量あたりの磁気吸引力を図 3-13 に示す. 電磁石方式では,アクチュエータストロークが磁気ギャップとなるため,図 3-13 に示す
ようにストロークが短い場合は力定数を大きくできるが,ストロークが長くなると非常に
不利となる.
図 3-10 力定数(z0=3mm) 図 3-11 力定数(z0=10mm)
0 0.005 0.01 0.015 0.02 0.025 0.03 0.035 0.040
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
ヨーク高さ(hy)[m]
力定
数[N
/W]
0 0.005 0.01 0.015 0.02 0.025 0.03 0.035 0.040
0.1
0.2
0.3
0.4
0.5
0.6
0.7
0.8
ヨーク高さ(hy)[m]
力定
数[N
/W]
-
26
3.4.4 VCM の最適設計
次に,アクティブ制振用のアクチュエータとして,VCM を用いる場合を考える.設計目標を以下に示す.消費電力を最小化するため,所定寸法(WHD=100×140×100)内で,単位電力量での発生力[N/W]が最大となる最適設計を実施する.
図 3-14 に示すようなショートコイル型の VCM 形状を想定する.また永久磁石には住友特殊金属製のネオジウム系磁石であるNEOMAX-46BH(最大エネルギー積:約360[kJ/m3])を用いる.
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10
x 10-3
0
2
4
6
8
10
12
14
16
18
20
初期磁気ギャップ[m]
力定
数[N
/W]
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10
x 10-3
0.0165
0.017
0.0175
0.018
0.0185
0.019
初期ギャップ[m]
最適
ヨー
ク高
さ(h
y)[
m]
初期ギャップでの力定数
最も離れた場合の力定数
図 3-12 最適ヨーク高さ 図3-13 最適設計時の力定数
H
DW磁石
ヨーク
コイル
アーム
図 3-14 VCM 形状図
Sy
dy
hyhghc
wczcmzcm
zh
zh
wghazh
zyc
図 3-15 解析モデル
-
27
簡単のため,図 3-15 に示すようなハーフモデルを解析に用い,下記の前提条件を設定する. 【前提条件】(寸法) ・ ハーフモデルのヨークは一様断面積(Sy=dy×wg)を有する. ・ 磁石は高さ方向のヨークとの隙間はゼロ.(実際にはゼロでない.) ・ アーム高さ(ha=14[mm]),W 方向ヨーク-コイル間距離(zyc=7[mm]),コイル-磁石間
ギャップ(zcm=1.5[mm]),コイルストローク(zh=10[mm])は固定. ・ コイル厚さ wcとヨーク厚さ dyを初期設計変数として与える. このとき,所定寸法による拘束条件から,式(3-19)が成り立つ.
2/22 Ddzwd gcmcy Wwzw gycc 22 (3-19)
Hhhzd achy 32
式(3-19)より,各寸法が次のように求められる. ■マグネット寸法 yccg zwWw 22 (3-20) ccmyg wzdDd 222/ (3-21) ahyg hzdHh 2 (3-22)
■ヨーク寸法 ahy hzHh (3-23)
■コイル寸法 ahyc hzdHh 32 (3-24)
VCM における磁界解析において,次の前提条件を設定する. 【前提条件】(磁界解析) ・ ヨーク材の飽和磁束密度を Bymax=1.6[T]とする. ・ ヨーク中の磁束密度 Byの分布は一定とする. ・ Byが 1.6[T]以下では磁路の漏れ係数ρが 1.1 になるとする.
-
28
・ By が飽和に達している場合では,飽和に起因する漏れ磁束のみが生じるとし,それ以外の漏れ磁束は無視する.
・ 起磁力損失係数 f は 1.2 とする. ・ 磁石表面積(Am=wg×dg)とギャップ部有効面積 Agは等しい. 【永久磁石の減磁特性】 永久磁石表面の磁束密度 Bmと磁界の強さ Hmとの関係は,NEOMAX-46BH のカタログに表記された減磁特性曲線より,式(3-25)のように直線近似できるものとした.(実際にパーミアンス係数が 0.1 以下の非常に小さい場合を除けば,ほぼ直線の特性となっている.)
bhmbhm bBaH (3-25)
(abh=7.64×105, bbh=1.04×106) 【漏れ係数の導出】 パーミアンス係数 p の関係式より式(3-26)が導かれる.
pcmc
ccmy
m
m
g
g
m
m Kfzw
wzdDfA
llA
HBp
2
222/)( 00 (3-26)
式(3-25)~(3-26)より表面磁束密度 Bmを導出すると,
1
pbh
pbhm Ka
KbB (3-27)
ヨーク中の磁束密度を Byとすると, yygm dBhB 2 (3-28)
であるから,
112
22
pbh
bypbh
pbh
pbh
y
ahym
y
gy Ka
KKbKa
Kbd
hzdHB
dh
B (3-29)
y
ahyby d
hzdHK
22
となる. maxyy BB なる関係から,漏れ係数ρについて解くと式(3-30)を得る.
11
maxy
bypbh
pbh BKKb
Ka (3-30)
-
29
したがって前提条件より,式(3-30)の右辺が 1.1 以下の時は =1.1 となり,1.1 以上のときは は式(3-30)の右辺に等しくなる.
1.11111
1.1111.1
maxmax
max
y
bypbh
pbhy
bypbh
pbh
y
bypbh
pbh
BKKb
Kaif
BKKb
Ka
BKKb
Kaif
(3-31)
【ギャップ部磁束密度の導出】 漏れ係数 が定まったので式(3-27)より磁石
表面での磁束密度 Bmが求まる.さらに,磁気回路の基礎式である ggmm BABA (3-32)
より,ギャップ部の磁束密度 Bg が Bg=Bm/ρとして導きだされる.コイル厚さ wcを 1~20[mm]の範囲で,ヨーク厚さ dyを 5~25[mm]の範囲でふった場合の計算結果を図 3-16 に示す. ・ コイル厚さ dyが薄いほうが磁束ギャップが小さくなるので,磁束密度 Bgは大きくなる. ・ ヨーク厚さ wcが薄すぎると,漏れ磁束が多くなり効率が悪くなるため,磁束密度 Bgは
小さくなる.逆に,ヨーク厚さ wc が厚すぎると寸法制限上から磁石が薄くなるため磁束密度 Bgは小さくなる.それぞれのコイル厚さに対して最適なヨーク厚さ(磁石厚さ)が存在する.(パーミアンス係数がほぼ 1 となる付近に最適形状がある.)
図 3-14 および図 3-15 に示したようなボイスコイルモータに発生する力 Fvは式(3-33)のように表せる. NLIBF gv (3-33)
(I:電流[A],N:ターン数,L:コイル有効長さ[m]) 【ターン数】 コイルの線径をφ[m]とすると,ターン数 N は式(3-34)のように近似できる.
2)2/(cchwN (3-34)
(σ:占有率.本検討では 0.75 で一定とした. 3.4.3 節で示した電磁石最適設計時の占有率と同じ.)
0.005
0.01
0.015
0.02
0.025
0
0.005
0.01
0.015
0.020
0.1
0.2
0.3
0.4
0.5
0.6
0.7
0.8
ヨーク厚さ[m]コイル厚さ[[m]
ギャ
ップ
磁束
密度
[T]
図 3-16 ギャップ磁束密度
-
30
【コイル抵抗】 コイルの抵抗 R は,式(3-35)のようになる.
2)2/(ave
r
NlR (3-35)
ただし, avel は 1 ターンあたりのコイル平均長さであり,
)22(2 cmyave zdWl (3-36)
と近似できる. 【力定数】
3.4.3 節に示した電磁石の設計では,発生力 Fmが電流の 2 乗に比例するため,単位電力量あたりの発生力 Fm/P [N/W]を電流 I によらず求めることができた.しかし,ボイスコイルモータでは発生力 Fvが電流そのものに比例するため,力定数 Fv/P [N/W]は電流依存となる.(単位電流あたりの発生力 Fv/I [N/A]は電流に依存しない.) そこで本検討では,事前の横振動シミュレーションでおおよその必要制御力として導出
した Fv=Fo(=100[N])となるような電流が流れる場合の力定数 Fv/P [N/W]を最大にすることを設計目的とする. 力 Foを発生する時の電流値 Ioは,
NLBFIg
oo (3-37)
となる.したがって力定数は
RN
FLB
RFNLB
RINLB
RIF
o
g
o
g
o
g
o
v222
2
)()( (3-38)
となる.式(3-38)に式(3-34)および(3-35)を代入して整理すると,
aver
cc
o
g
o
v
lhw
FLB
RIF
2
2
)( (3-39)
となる.
-
31
式(3-39)の右辺は,磁界解析の章で決めたコイル寸法が一定ならば定数である.すなわち,単位電力量あ
たりの力は,コイル寸法及び磁束密度が一定ならば,
コイルの線径やターン数によらずほぼ一定となるこ
とがわかる.これは電磁石についても同様であった. コイル厚さ wcを 1~20[mm]の範囲で,ヨーク厚さ
dy を 5~25[mm]の範囲でふった場合の計算結果を図3-17 に示す.(図 3-16 と対応)
・ コイル厚さ 8[mm],ヨーク厚さ 14.5[mm],磁石
厚さ 10[mm]で最大力定数 4.9[N/W]を得た. ・ 磁束密度 Bg はコイル厚さが薄いほど大きくなる
が,逆に有効コイル長さ NL は小さくなる.そのトレードオフで最適な形状が存在する.
・ 図 3-17 下図における右上の領域は寸法制限上,成立しない領域である.
・ 証明は省略するが,単位電流あたりの発生力 Fv/I [N/A]は線径φを小さくしターン数 N を増やしたほうが大きくなるのは自明である.また,このときの最適形状はコイル厚さを厚くしヨーク厚さを薄くする方向にずれる.こ
れはターン数を増やすことで多くの電流を流すことが可能となるためである.
3.4.5 電磁石と VCM の比較
アクチュエータのストロークを 1~10[mm]で振った場合の最大力定数を,電磁石と VCMそれぞれについて計算した結果を図 3-18 に示す. アクチュエータストロークが非常に短い場合には電磁石方式が有効であるが,今回のよ
うにストロークが 10[mm]程度の場合は,ストロークによってあまり力定数が変化しないVCM 方式のほうが効率的であることが図 3-18 からわかる.ストローク 10[mm]では,電磁石方式に対し,初期位置にある場合としても約 6~7倍ほど効率が良いことになる(最悪ケースを考えると約 25 倍).
以上より長ストローク条件下でのエネルギー効率に優れた VCM 方式を選択する.
0.005
0.01
0.015
0.02
0.025
0
0.005
0.01
0.015
0.020
1
2
3
4
5
ヨーク厚さ[m]コイル厚さ[[m]
力定
数[N
/W]
0.005 0.01 0.015 0.02 0.025
0.002
0.004
0.006
0.008
0.01
0.012
0.014
0.016
0.018
ヨーク厚さ[m]
コイ
ル厚
さ[[
m]
0.5
1
1.5
2
2.5
3
3.5
4
4.5
図 3-17 力定数
-
32
3.4.6 VCM の試作
以上の消費電力の観点から見た最適計算に基づき高効率な VCM を開発試作した.ただしコイル線径は 0.6[mm]で設計している.写真を図 3-19 に示す.なお試作数 20 個の平均力定数は 4.99 [N/W]で計算結果とほぼ一致しており,最適計算の妥当性を示している.
表 3-5 試作 VCM 特性 抵抗 12.3 [Ω] 力定数 4.99 [N/W] ( 61.4 [N/A] )ターン数 1013 コイル線径 0.6 [mm]
3.5. 制御アルゴリズム
基本的な制御則としては,鉄道や自動車のアクティブ制振装置などに適用例の多いスカ
イフックダンパ方式を用いた.制御基本ループのブロック線図を図 3-20 に示す.
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10
x 10-3
0
2
4
6
8
10
12
14
16
18
20
ストローク[m]
力定
数[N
/W
]
VCM 力定数
電磁石力定数(初期位置)
電磁石力定数 (最も離れた場合)
図 3-18 ストロークによる力定数変化
コイル
ヨーク
永久磁石
アーム
図 3-19 試作 VCM 写真
-
33
かご枠に設置された加速度センサで検知された振動信号はコントローラに送信され,初
段のローパスフィルタとハイパスフィルタによって制御しない高周波数域と低周波数域の
ノイズを除去する.さらに,無駄な電力消費を防止するためのレベルカットフィルタ(詳
細は後述する.)により微小ノイズをカットされた後で積分される.このようにかご枠の絶
対速度に比例した力を VCM で加えることでスカイフック特性を付加し,エレベーターかごに加えられるレール変位外乱に対する感度を小さくしている.
3.6. 加速度センサのノイズ処理アルゴリズム
これまで微小振動(mG レベル)制御用には,高精度なサーボ式加速度計が用いられるこ
とが多かった.しかしサーボ加速度計は一般に高価であるため,本システムでは近年半導
体技術の進展により進歩が著しい半導体型静電容量式の加速度センサを適用した.これら
のセンサは自動車制御用として適用範囲が広がっているが,エレベーターは自動車と比較
して小さな振動を検知,制御する必要があるため,適用には新たな信号処理技術を必要と
した. 図 3-21 左下に静電容量式加速度センサ信号の一例を,右下の破線でそれを積分した信号
を示す.このようにフィルタによって除去しきれない低周波ノイズが積分により拡大され
大きな信号となって現れている.このような低周波ノイズによる制御指令は,かご静止時
のフワフワ感として乗り心地に悪影響を及ぼすだけでなく,電力を無駄に消費してしまう
ため,これを防止する技術としてレベルカットフィルタを開発,適用した. 従来の低周波ノイズを低減する方法として,ハイパスフィルタの次数を上げる方法や,
カットオフ周波数を上げる方法が考えられる.しかし,かごの 1 次振動モード周波数が低いため,位相まわりによる制御の不安定化が課題となり,両方法ともに適用は難しい.
一方,レベルカットフィルタでは,加速度信号に対して一定レベル以下の信号を図 3-21上段のようにゼロ出力する.その後に低域周波数カットを含めた積分を行うと,図 3-21 右下実線のように停止中の信号は必ずゼロに収束する.このときの低域カット周波数は非常
Elevator Accelerometers Voice coil motor
Rail disturb.
int
1s lp
lp
s In
OutKp
Low-pass-filter Level-cut-filterIntegrator Gain
hpss
High-pass-filter
Amplifier
図 3-20 制御ブロック線図
-
34
に低い周波数で良いため,制御の安定性には悪影響を及ぼさないというメリットがある.
また,微小成分のみ除去するため走行中の信号には大きく影響しない. このようにレベルカットフィルタと積分後のハイパスフィルタを組み合わせることで,
安定性を確保しつつ,無駄な電力消費を防止することを可能とした.
2 章で示した高速エレベーター横振動シミュレーターを用いてレベルカットフィルタの効果を評価する.評価には,昇降速度 3m/s,かご容量 1600kg のエレベーターのかごパラメータと実測のレール変位データを用いた. シミュレーション結果を図 3-22~3-24 に示す.各図の説明は以下のとおりである.
【図 3-22】アクティブ制御なしの場合のかご振動 【図 3-23】アクティブ制御あり,レベルカットフィルタなしの場合のかご振動 【図 3-24】アクティブ制御あり,レベルカットフィルタありの場合のかご振動
0 5 10 15 20 25 30-8
-4
0
4
8
Time [s]
Accele
ration [
cm
/s2
]
0 5 10 15 20 25 30-2
-1
0
1
2
Time [s]
Velo
city
[cm
/s]
0 5 10 15 20 25 30-8
-4
0
4
8
Time [s]
Accele
ration [
cm
/s2
]
Integrate
IntegrateFiltering
Figure 6. Effect of Noise Cancel Filter
With filterWithout filter
(a) Acceleration Signal (c) Velocity Signal
(b) After FilteringStopping StoppingTravelling
図 3-21 レベルカットフィルタの効果
-
35
図 3-22~3-24 に示したシミュレーション結果より次のことが言える. ・図 3-22 と図 3-23 より,レベルカットフィルタを用いない場合,かご走行時の振動を低く抑えることはできるが,かご停止時にはノイズの影響によりかご振動が生じる.
・図 3-24 より,レベルカットフィルタを用いることにより,かご停止時の振動励起を防止できている.また,走行時の振動はレベルカットフィルタを用いない場合と比べてもほ
とんど劣化しない.
0 5 10 15 20 25-10
-5
0
5
10
Time[sec]
Acc
.[ga
l]
0 5 10 15 20 25-10
-5
0
5
10
Time[sec]
Acc
.[ga
l]
図 3-22 非制御時かご振動
左右方向 前後方向
0 5 10 15 20 25-10
-5
0
5
10
Time[sec]
Acc.
[gal
]
0 5 10 15 20 25-10
-5
0
5
10
Time[sec]
Acc.
[gal
]
図 3-23 制御時,レベルカットフィルタなしの場合のかご振動
左右方向 前後方向
0 5 10 15 20 25-10
-5
0
5
10
Time[sec]
Acc.
[gal
]
0 5 10 15 20 25-10
-5
0
5
10
Time[sec]
Acc.
[gal
]
図 3-24 制御時,レベルカットフィルタありの場合のかご振動
左右方向 前後方向
-
36
3.7. 実機試験による制振性能評価
消費電力最小化の観点から実施した検討をもとに,アクティブ制振用のアクチュエータ
を備えたローラーガイド「アクティブローラーガイド」を試作した. 写真を図 3-25 に示す. 試作したアクティブローラーガイドを用いて,試験塔の実機エレベーターで性能確認試
験を実施した. 表 3-6 に走行試験の結果をまとめて示す.測定条件は以下のとおりである.また実測波形を図 3-26 に示す. なお,単位の[gal]は昇降機加速度の単位であり,1[gal]=0.01[m/s2]である.
【測定条件】 ・かご床中央の左右および前後方向振動を加速度計で測定. ・加速度データは,0.5~30Hz の 1 次ローパスフィルタ処理済み. ・かご仕様(昇降速度:3m/s,かご容量 1000kg)
表 3-6 かご床横振動性能 左右方向上昇時 左右方向下降時 前後方向上昇時 前後方向下降時制御なし 7.3galp-p 6.4 galp-p 11.9 galp-p 16.6 galp-p
制御あり 4.3 galp-p 4.2 galp-p 4.0 galp-p 6.4 galp-p
図 3-25 アクティブローラーガイド
-
37
表 3-6 および図 3-27 より,前後方向下降時の大きな振動(約 17galp-p)に対しては,振
動を 61%低減できていることが確認できる. エレベーターの速度が 3[m/s]とそれほど速くないため,左右方向振動は制御なしでも十
分小さく,振動低減効果は 30~40%と低めである.ただし絶対値としては 4[galp-p]程度であり十分小さい.一般に 10[galp-p]以下では,ほとんど人が感じないレベルとされている. 本走行試験時に VCM に流れた電流量から消費電力を求めた結果を表 3-7 に,電流の時間
波形の代表例として左右方向制振用 VCM の電流波形を図 3-28 に示す.ただし簡易的に,電力量はコイル抵抗値 R に計測した電流量 I の 2 乗をかけた値として導出している.
表 3.7 より,非常に少ない電力量で制御が実現されており,消費電力を低く抑えるという本章の目的が達成されていることが確認できる.
表 3-7 消費電力量(I 2×R) 左右方向 前後方向(左側) 前後方向(右側) 最大値 3.8W 3.7W 1.5W 平均値 0.20W 0.20W 0.06W
制御なし
制御あり
上昇時 下降時
前後
左右
左右
前後
図 3-27 かご床横振動実測波形
-
38
アクティブローラーガイドの制振性能を確認するため,さらに速い実機エレベーターで
の性能確認試験を実施した. 速度 5[m/s]のエレベーターでの制御有無によるかご振動波形の比較を図 3-29 に示す.図
3-29 には実測結果に合わせて 2 章で示したかご横振動シミュレーション技術による計算結果も示している.図 3-29 より,アクティブローラーガイドによって,かご横振動が左右方向,前後方向ともにおよそ半分に低減できていることが確認できる.また,実測結果とシ
ミュレーション結果は,制御がない場合も有る場合も非常によく一致しており,かご横振
動シミュレーション技術の信頼性を確認することができる.
図 3-28 制御時の電流波形(左右方向)
2 4 6 8 10 12 14 16 18 20-10
-5
0
5
10
Accele
ration [
cm
/s2
]
Time [s]
2 4 6 8 10 12 14 16 18 20-10
-5
0
5
10
Time [s]
Accele
ration [
cm
/s2
]
2 4 6 8 10 12 14 16 18 20-10
-5
0
5
10
Accele
ration [
cm
/s2
]
Time [s]
2 4 6 8 10 12 14 16 18 20-10
-5
0
5
10
Time [s]
Accele
ration [
cm
/s2
]
【制御なしの場合】
左右方向
前後方向
: 実験結果 :シミュレーション結果
0.14m/s2
0.12m/s2
0.06m/s2
0.07m/s2
図 3-29 アクティブローラーガイドの制振効果
(走行速度: 5m/s, かご容量: 1600kg)
左右方向
前後方向
【制御ありの場合】
-
39
速度 7[m/s]のエレベーターでの実測結果(左右方向振動)を図 3-30 に示す.本試験では,かごに大きな偏荷重を与えることで意図的に悪い条件とした.この場合でも,アクティブ
ローラーガイドはかご横振動を 0.23[m/s2]から 0.09[m/s2]に低減できており,高い制振性能を確認できる.
また,この試験での消費電力量は最大で 70W,最下階から最上階までの走行における平均では 6W 程度と非常に小さかった.以上より,本アクティブ制振装置が少ない消費電力で,レール外乱によるかご振動を効果的に低減できることを実機試験においても確認する
ことができた.
3.8. 結論
以下に示す手段により,消費電力の非常に小さな高速エレベーター用アクティブ制振装
置を開発することができた. ・ かご特性と外乱特性を考慮に入れた定性的な評価により,制御力最小化の観点から最適
なアクチュエータ配置を決定した. ・ 単位電力量に対する発生力が最大となるアクチュエータ方式を一定の寸法制約の下で
最適設計する手法を示し,高効率な VCM 式アクチュエータを開発した.
6 8 10 12 14 16 18 20 22 24 26 28-20
-10
0
10
20
Time[s]
Accele
ration [
cm
/s2
]
6 8 10 12 14 16 18 20 22 24 26 28-20
-10
0
10
20
Time[s]
Accele
ration [
cm
/s2
]
: 実測結果 : シミュレーション結果
図 3-30 アクティブローラーガイドの制振効果
(走行速度: 7m/s, かご容量: 1600kg)
制御なし
0.23m/s2
0.09m/s2
制御あり
-
40
・ 低周波の加速度センサドリフトノイズに起因する無駄な消費電力を防止するデジタル
フィルタ処理技術を開発した. また,かご振動低減性能と必要消費電力の少なさを実機試験により確認した.
-
41
第 4章 アクティブ制振装置へのロバスト制御適用検討
4.1. 諸論
前章では,小型化と低消費電力性能を両立するエレベーター用アクティブ制振装置「ア
クティブローラーガイド」について検討した. 本装置における制御アルゴリズムは,鉄道や自動車の分野において実績例が多く信頼性
が高いスカイフック制御理論を基本としている.スカイフック制御は高い信頼性だけでな
く,簡便な構成から制御系の調整指針が明確という利点がある.このような特徴を持つス
カイフック制御理論を適用することで,様々な仕様(かご重量,乗客人数,かご速度)を
持つ高速エレベーターに広く適用できるようにした. 一方,エレベーターは乗客の乗り降りによりかご重量が時変的に変動する時変システム
である.今後,ビルの更なる高層化にともない,大容量エレベーターなど大きく重量パラ
メータが変動するケースも予測される.また,アクティブ制振装置の設置を従来想定して
いない既存エレベーターへの適用を拡大するためにも,パラメータ変動や制御設計時のモ
デル化誤差に対する検証が必要である. このようなパラメータ変動やモデル化誤差といった変動要因を制御系設計時に陽に扱う
ことができる手法として,H∞制御やμ設計といったロバスト制御設計手法があり,様々な分野で研究が進められてきた.野波らはアクティブ振動制御系へのμ設計理論の適用につ
いて述べ,H∞制御に対する優位性についてシミュレーションで明らかにしている 15).谷藤らは鉄道車両のアクティブ制振に H∞制御を適用し車体質量のパラメータ変動に対するロバスト安定性の改善を示しており 16),μ設計を用いることで更にロバスト性を改善できる
ことも示している 17).中川らは鉄道車両のアクティブサスペンションに H∞制御を適用し,乗客の増減や柔軟車両の高次振動モード無視によるモデル化誤差に対して有効であること
を示している 18).長瀬らは主塔模型にμ設計を適用し,制振モード変動に対するロバスト
性が得られることを示している 19). このように制振対象のパラメータ変動に対するロバスト性検証に対しては多くの研究が
なされている.特にμ設計を用いることで制御系をより厳密に設計することができ,性能
と安定性を大きく改善できることが示されている.しかし,これらの研究で扱われている
制御対象はいずれも,制御で小さくしたい量を直接検出できる位置にセンサが設置された
もの,つまり制御量と観測量が同じ系に限られている. 一方,3 章で示したエレベーター用アクティブ制振装置「アクティブローラーガイド」は,
エレベーターのかご特性とレール曲がりによる外乱特性を考慮し,消費電力が最小となる
ようにアクチュエータ配置を決定している.次に制御の安定性に影響するアクチュエータ
とセンサのコロケート性の観点からセンサ配置を決めている.その結果,制御量と観測量
-
42
が異なる系となっており,このような系に対するμ設計の適用効果について検討した文献
はあまり見られない. そこで本検討では,開発したエレベーター用アクティブ制振装置にμ設計を適用するこ
とで,制御量と観測量が異なる系においても従来のスカイフック制御より制振性能を向上
できることを示す.また,このような制御量と観測量が異なる系においてパラメータ変動
を取り扱った場合に生じる課題についても検討する. 4.2. 制御設計用エレベーターモデル
4.2.1 エレベーターの簡易モデル
実際のエレベーターのかごは,3 次元の複雑な系である.しかし,複雑なモデルに対して制御系を設計するのは,コントローラ次数の増大,また数値シミュレーションにおける
ill-condition 問題などの観点から望ましくない.そこで,制御設計に用いる簡易モデルを導出する.