title 不確実性下の意思決定理論 : 確立的アプローチ … (270)...

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Title 不確実性下の意思決定理論 : 確立的アプローチと Shackleの理論 Author(s) 竹治, 康公 Citation 經濟論叢 (1988), 141(4-5): 270-285 Issue Date 1988-04 URL https://doi.org/10.14989/134232 Right Type Departmental Bulletin Paper Textversion publisher Kyoto University

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Page 1: Title 不確実性下の意思決定理論 : 確立的アプローチ … (270) 不確実性下の意思決定理論:確率的 アプローチとShackle の理論 竹治康公 I芹

Title 不確実性下の意思決定理論 : 確立的アプローチとShackleの理論

Author(s) 竹治, 康公

Citation 經濟論叢 (1988), 141(4-5): 270-285

Issue Date 1988-04

URL https://doi.org/10.14989/134232

Right

Type Departmental Bulletin Paper

Textversion publisher

Kyoto University

Page 2: Title 不確実性下の意思決定理論 : 確立的アプローチ … (270) 不確実性下の意思決定理論:確率的 アプローチとShackle の理論 竹治康公 I芹

会必h・香時

第 141巻第4・5号

組織民主主義の会計学・・・・・・ ・.........・高寺貞 男 1

予算制度左政府計岡の評価..............…・・…・池 ト 惇 17

高田保馬・一般均衡理論と硬直賃金・・・・………中 西 泰之 34

経営組織論にみられる労働者の発達の側面……北 JlI 典司雄 52

不確実性下の意思決定理論:確率的

アプローチと Shackleの理論…...・H ・..………竹治 康公 68

価値の実体としての抽象的人間労働に

関する一考察・・・・・ -・・・…………・・…・・伯 井 泰 彦 84

昭和 63年 4・8月

東郡大事経:舟事奮

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68 (270)

不確実性下の意思決定理論:確率的

アプローチと Shackleの理論

竹 治 康 公

I 芹

Knightによれば, 現在の行為から発生する将来の結果が不確定であるよ弓

な状態には一種類あり,不確定な結果に対して確率分布を付与できる場合とで

舎ない場合に分かれる九前者は riskと呼ばれ,後者は uncertalnty と呼ば

わる。 Knightは確率先、布を客観的相対頻度と同一視するので, 確率的アプロ

ーチを用いて分析できるのは,繰り返し可能な行為の意思決定問題に限られる

ことになる。従って,企業の月々の生産量の決定のような意思決定問題には確

率的アプローチを援用できるが,設備投資の決定問題等には確率的アプロ チ

は援用できないことになる。

Knightが確率を客観的相対頻度と同一視するのに対して, 主観的確率を許

容する立場に立ち uncertaintyの場合にも確率的アプローチは有効であると

する考え方がある。 Ramseyに端を発し, von Neumann と Morgenstern を

経て, Savageによって完成された期待効用理論が客観的確率分布を前提せず

に主観的確率主導出していることは,主観的確率を許容する立場に理論的恨拠

を与えており,この立場は経済学においーて主流を占める立場になっている幻。

一方 uncertaintyの場合に確率的アプローヲを拒絶し続ける立場としては,

モデノレ分析を放棄してしまうのが通例であり, このことが主観的確率を討容す

1) Knight (7).第7章2) Savage (12),また, Savageの解説論文左して Arrow (2)ー

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不確実性下町払思決定理論確率的アプローチと Shackleの理論 (271) 69

る立場をさらに強固にしている。これに対して,確率的アプローチに対する代

替的な分析手段を提示した Shackleの研究は注目に値するであろう"。

Shackleの意思、決定理論の特徴は,端的に言えば,確率とP決別である。特

に,確率の持つ加法性からの決~IJは Shackle の意思決定理論のまさに中核を

なしているといえる。しかし,従来, Shackleの意思決定理論が論じられると

き,確率との決別ということが漠然と担えbれることが多かった。そのために,

Krelle 宇 Ford といコた論者たちは, Shackleが導入した potentialsurprise

という概念を主観的確率と同一視する Fいう誤りを犯しているへこれは,彼

らが加法性との決別という重要な点を見落していることに原因がある。そのた

めに,彼らは,決して Shackle の理論とは相入れない期待値あるいは期待効

用などに代表される加重平均概念を用いて, Shackle の理論を発展きせてい

る日。このような状況の中で,最近, potential surpriseと確率の差異を詳細に

検討した Katznerの議論は注目に値するヘKatznerの研究によって. poten-

tial surprise と確率はまったく異る構造をもっていることが明らかになった。

そして,その構造の差異をもたらす最大の要因は加法性の有無であるといって

よし、。このことは極めて重要であわ,加法性の有無について詳細に議論するこ

とによって,確率的アプローチの性格を明らかにすることができ, Shackleの

理論の発展すべき方向を正しく見極めることができる。

以下, 第E節では簡単な資産選択問題を例にして Shackle の意思決定理論

を概観する。第E節では Katzner の議論の中核である加法性の有無に注目し

て, Krelleによる potentialsurprise が確率と相互変換可能であるとL、う議

論が誤りであることを明らかにする。第IV節では期待値という概念の持つ意味

を明ら古、に L Shackleの理論との関連を明らかにする。そして, Fordによ

ってなされた Shackleへの批判に耐え得るように Shackleの理論を発展させ

3) Shackle [13J, [l4J 4) K"lle (8), Fo,d (5),第4章

5) K"lle (9), Fo,d (5),第5章6) Ka.tzner (6 J

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70 (272) 第 141巷第十5号

ることが可能であることを示す。第V節で本稿の主要な結論をまとめ,今後の

課題について簡単に触れる。

II Shackleの意思決定理論

いま,ある経済主体が資産んと資産 A2の選択に直由しているものとする。

ただし,んとん は 1単位当りの価格は等しく, 当該主体の予算制約はその

価格に等しいものとする。さらに,んと A,は両方とも,i-れが将来もたら

す収益は不確定であるとする。

この場合,期待効用理論によればp 両資産のもたらす期待効用の大小によっ

て A,かんかの選択がなされることになる o 従って,例えぽ, Aι の期待効

用〉んの期待効用となるi晶子寺には A,が選択される。

ところで,このような意思決定基準の背後には, A,とんの収益を決定す

る環境状態が特定化され,その環境状態のそれぞれに,客観的であるにせよ主

観的であるにせよ,確率が与えられており,収益の確率分布が存在しているこ

とは明らかである。これに対して,確率と決別 Lt~ Shackle は, その分析概

念として, (1) potential surprise 不確信度), (2) focus elements (焦点要素〉

という 2つの概念と (3)ascendancy function (世関数〕但)gambler prefer

ence map (投機選好表) という 2つの分析装置を導入して, 代替的な意思決

定理論を提示する。以下, Shackleの理論を概観しておこう。

且-1 干惟信度 (potentialsurprise)

A,あるいは A,を保有した結果, ある収益水準あるいは損失水準が実現し

たとき,当該経済主体はどれくらい驚〈であろうか。その驚ぎの程度を数量化

したものが po回 ntialsurpriseである。従って, potential surpriseば「不確

信の程度」の数量化であり J 以下では「不確信度」と呼ぶ。

ところで, Shackleが,理論構築の基礎概念として確信の程度ではな〈不確

信の程度を用いるのは何故だろうか。確信の程度を不確信の程度と同様に, J菅

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不確実性下町意思決定理論確率的アプローチと Shackleの理論 (273) 71

きの程度で表現するならば iある収益水準あるいは損失水準が実現しなかっ

たとき, どれくらい鴬くか」ということになる。 i実現したときの驚き」がそ

の収益水準あるいは損失水準に固有の性質であるのに対して, i実現しなかっ

たときの驚き」はその収益水準あるいは損失水準に固有の性質ではない"。そ

して,以下で議論するように, Shackleの意思決定理論は多〈のJil1捺水準と損

失水準の中からそれぞれ 1つを選ぴとるものであり, iその 1つの水準」に固

有の性質が重要になるわけであるn

数学的には,収益水準 !(E[0,∞]および損失水準 IE[O, ∞jから不確信度

.yE[O, yJへの写象を考えればよい。ただし yは任意の正数であり,不確信度

の上限である。 y(g)=yあるいは y(l)=yとなるようなgや 1は impossible

と呼ばれるc 一方 y=Oは不確信度の下限であり ,y(g) =0あるいは y(l)=0

となるような Eや Jは perfectlypossible と呼ばれる。

図 lは不確信度ーをグラフ化したものである。ここで,注意すべき点が3つあ

る。まず,図 1で横軸が 0を中心として収益側と損失倒lに分かれていることで

、¥¥¥

loss O

図 1

g gam

7) I実現したとき, どれくらい驚かないか」という考え方で確信の程度を考えることもでき,例えば, Katzner (6 J 0) potential con白matlOn とL、う概告はこれに対応する。しかし,こ目方向から考えた確信の程度は potentialsurprょ"そのもりである。

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72 (274) 第 141巻第4・5号

ある。 Shackleは将米の収益水準あるいは損失水準が不確定であるような資産

を評価する場合に,投資家はその資産がもたらずであろう収益と損失の二面に

注目すると考えるヘそのために,横軸を収益側と損失自Iに分円て考えるので

ある。第二の点は y(・〉の形状である。一般に,異常に大きな収益水準や損失

水準が実現するととは考えに〈いから,図 1の形状はもっともらしいと考えら

れる。 Lか~, y(・〉が必ずこのような形状にならなければな bないというこ

とはない。第三の点は y=Oの解釈であるoy=Oに対抗する収益水準や損失

水準は perfectlypossibleと呼ばれるが, perfectly po抽出le と certaintyは

同一概念ではない。 certaintyは perfectlypossibleであるが,逆は成り立た

ないことに注意しておかなければならない。

11-2 o関数 Cascendancyfunction)

通常の確率的アプローチではJ 資産は,それが将来もたらすであろう収益と

損失の期待効用あるいは期待値で評価され石。 しかし, Shackleは確率的ア

プローチを拒絶して, 期待効用や期待値の代替概念, i焦点要素(focusele-

menttl)Jを導入する。焦点要素は「焦点収益(focusgain) Jと 1焦点損失 (fo-

cus 10田 )Jから成る。すなわち,資産を収益側の l点(=焦点、収益)と損失側

の 1点(一焦点損失)のベアで評価するわけである。そして,焦点要素を選択

するために e関数 Cascendancyfunct:ionまたは世 function)が導入される。

まず,特定の資産は y(g)とy(l)で特徴付けられている。そして,y(g)と

y(l) を所与として, 投資家を最も強〈引きつける JとEを選んでやる。そり

Jとgが焦点要素であり,投資家を引きつける強さの順序付け者与えるのが e

関数である。一般に,不確信度が等しければ gや Jはその絶対値が大きい程,

投資家を引きつける力は強い。また, g-'t 1の水準が等しければ,不確信度が

低い程,投資家を引きつける力は強い。

8) Arrowは,収益と損失の境界, すなわち, 図 1'"横軸", 0をうまく定義できないj という批判を行なっている (Arrow(1))。しかし.Shackleの理論は,そ白ような境界。客観的基準を必要と LないG

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不確実性下白書足、決定理論確率的アプローチと Shackle(J)理論 (275) 73

数学的には次のような関数が導入される。

(1)が=世(g,YJ,グ=世(1,y)

ただし,戸(・,・)および世'(・,・〕は次のような性質を持つ。

o1>' _ ~ oo', ̂ oφ oo' 〔2) 32〉O,苛く0,-az >0,す くO

特に,収益田に注目して,

(3) 世If(g,y) =1J1f : consし

とすれば,

(4 ) ~y = 空当旦>0ag σψ "joy

となる。 (3)式は, i<1l無差別曲線」と呼ばれ, (4)式は 9無差別曲線の傾き

が負であることを示している。図 2の孔が 6無差別曲線である。そして,焦

点収益の決定ノレールとして,次のような最大化問題が与えられる。

y (g)

loss t本 t機事 o g傘撒 g本

図 2

(5) max 世g(g,y) s.t. y=y(g) g, ,

世f

~: /持f

ga】n

問題(引が一意解を持っと仮定して,その解を (g,y)=(g穴y*) とする。 g本

は, i第一次焦点収益 (prirnaryfocus gain) Jと呼ばれる。きらに,

(6) ゆg(g*.yり=φg(g料, 0)

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74 (276) 第 141巻第4.5号

を満たす g**を「標準化きれた焦点収益 (standardizedfocus gain) Jと呼ぶ。

(6)式の操作は,第一次焦点収益を不確信度で割引いていると考えられる。同

様な手続きによって標準化さわした焦点損失 t料を決めてやることができる(図

2参照〕。そして,資監は. g林と J件によって評価されることになる。いま,

A,の評価を (g,料.1,仲).A,の評価を (g,ぺ12**)としよう o ,.まや,んと

んの選択問題を考える準備が整った。

II -3 投機選好表 (gamblerpreference map)

A,土 A,令比較する場合に. g,判>(く)g,帥から/,柑<(> )1,料なら, A,

が (A,が〕選択されると考えてよいであろう9)。しかし, g,叫>(く)g,仲かっ

1,料>(く)12仲の場合,A,とんの選好関係はそれ程自明ではない。そこで

Shackleは次のような関数を導入する。

(7) U=U(g料, 1*η

ただし,

(8) iJU _ ~ oU Og*事 >0,耳元宵くO

であるc ここで,

(9) UCg仲 . 1**) = U : constー

とおけば,

(10) dl判 oUjog料

* >0 dg件 。Uj白地となる。 U(g料, 1*勺は一種の効用関数であり, (日)式で与えられる無差別曲

線群は['投機選好表 (gamblerpreference map) Jと呼ばれる。 (10)式は,

無差別曲線の傾きが正であることを示している。図 3では,図の南束方向に向

かつてUの水準は高くなるo 従って,もしんと A,が図 3のような位置関係

9) Shackleの場合,焦点収益と焦点損失のへアを考えている。これに対L-,主体の予想する最善の結果と最悪の結畏のへアを考え,それらの選好体系を公理論的に構成したものとして, Arrow. HUIWicz [4 Jがある。

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不確実性干の芯思決定理論確率的アプロ チと Shackleの理論 (277) 75

にあれば, A,が選択されることになる。

l市珊

,.l~ O 削除

g2 gi g"

図 3

II -4 本節のまとめ

最後に,いま概観した Shackle の意思決定理論をまとめておこう。まず,

特定の資産は,それが将来もたらすであろう収益あるいは損失の各水準に対応

する不確信度によって特徴付けられる o *,'G ¥.,、て,不確信度を制約とし co関数

を最大化することによって焦点要素が決まる。資産は焦点要素のべアとして評

価され 2つの資産の選好関係は投機選好表土で決定される。

III 不確信度と主観的確率

いま,ある資産が将来生み出すであろう収益または損失,(Xl, X2, ......, x,,)

に対してs 不確信度 (YhY2, ・.. .'Yρが対応しているものとしよう。また,

不確信度の最大値は3であるとしよう。このとき, Krelle は次のような, 不

確信度 y,から確率 π,への写像を考える10'。

(11) π,=一一立ニヱι--,-L.7.,(Y-Y,)

10) K!elle (8)

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76 (278) 第 141巻第十5号

(11)の写像は, (i) 2:; 7~,,,, =1 であれ(日)πz のヲングは y, のラ γ クを保存し

ている目。このことによって, Krelle は,不確信度から確率への還元に成功

したと考える。さらに Krelleは,引から y,への写像,

(12) y,=可缶x-y(l-mriffi叫ザ(l-n吋

を考えて,確率から不確信度への還元も可能であるとしている。さらに, Ford

が議論したように, Shackleの意思決定理論において,不確信度のかわりに,

(11)の写像によって還元された確率を使っても,まったく同値な議論を行なう

ことが可能である。従って,少くとも数学的,形式的には不確信度と確率は同

値な概念と考えてよさそうであるo しかしながら, Krelleや Fordは重犬な誤

りを犯している。それは, Krelleや Fordが Shackleの公理(6)を見逃してい

ることによる>2,。

次のような例を考えてみよう。

収益 Xl Xz Xa

不確信度

(11)による確率

。 2 (ニy)

2

3

1

1

一3。

このとき IX,または h が実現する」とか, 1日または X3が実現する」

確率はどうなるであろうか。

X, U~ ~U~ ~U~ ~UX2U~

確率 l 2 3

1 3

1

となる。一方, Shackleの公理(6)によれば, Ux,.の不確信度は

1

z

f

n

n

m4

=z

〕Z

U同

(

y

)

qO

1

11) Shackleは(U)式の分母に意味を問うことから拍めて』こ申ような和をとること自体がShackleの考える芯思決定様式とはE反対白心理状態を表現していると論じている倍加ckle(13), p. 92). しかし, (U)式分母由最大の間嵐長は驚き白程度を足L合わせることに解釈可能な意味付けを与えることができないということにあるように思われる。

12) Shackle [1.'3), p. RO.

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不確実性下の意君、決定理論確率的アフロ チと Shackleの理論 (279) 77

で決まるので,

x,Ux, x, U~ X,UX3 X , U~U~

不確信度 。 。 1 。となり,不確信度と確率は対応しない。すなわち> Xj とめが相互に排他的な

場合に,日Xj の確率は

(14)π(日xJ=亙π(Xj)

となる。(13)式と(14)式を対比させれば> Krelle による不確信度と確ネの相

互還元に関する議論は誤りであることが明らかになる。

このように,不確信度と確率の相互還元は両者の構造の差異によって,不可

能であると正が明らかになったが,両者の差異は収益水準を連続的なものと考

えるときより鮮明になる o いま,不確信度がXE[JC R上で定義された関数

y=y(x)で与えられているとしよう。さらに yの値域を yE[O,yJとしよ

う。このとき,f,[y-y(x)Jd,τ が存在すると仮定して,

(15)

とすれしば,

(16)

ω三 0[3'二y結dx

S"f(x)dx=l

であり ,v:rEQに対して, f(x) "20であるから,f(x) を確率儒度関数として

解釈できるかも知れなし、13)0 Lか L,f(x)の各点と y(x) の各点、の問に対応

をつけるととはできるが,周知のように,f(めはZ の確率ではな, '0 かくし

て, (15)式の分母を無批判に受け入れるとしても,不確信度と確率の聞に対応、

をつ円ることは不可能であることが明らかになった。

IV 焦点要素と期待値

不確信度と確率の相互還元が不可能であるにも拘らずI Fordが指摘するよ

13) (5)式の分母の積骨についても(11)式η分母と同様の問題を持つ。

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78 (280) 第 141巻第十5号

ラに,それらのし、すよれを用いても Shackle の意思決定理論はまったく同値な

結論を導く。この点に注目して, Fordは Shackleの意思決定理論から不確信

度を排除して,確率で主きかえた。さらに Fordは,一種の期待値のような加

重平均概念を用いて Shackle の意思決定理論を再構成している山。 しかしな

が 0. Ford心議論は以下に議論するように承服し難いもり℃ある。

まr,期待値概念について簡単に検討してお乙う。次のような例を考える。

資産A 収益 Xl Xz 勾 叫

確率 0.2 0.3 0.3 0.2

Aの期待収益はJ

(17) E(x;) =0.2x, +0.3X2+0.3x3+0.2x, である。従って,

(18) 10E(x;)ニ 2Xl+3x2十3X3+2x4

となる。もL.,確率が客観的相対頻度であるなら, (18)式には iAに10回投資

したときに得られる収益」という解釈を与えることができる。従って, (17)式

で与えられる期待収益は, i Aに対する投資 1回当りの平均収益」と考えるこ

とができる。 しかL 再起性のない行為の場合に,期待値はどのような意味を

持つのであろうか。 Aに対する投資を 1回限りしか行なえないとすれば, Aの

もたらす収益は Xlor X2 or X3 or X4である。これに対して, (18)式の解釈

から明らかなように,期待値とし寸概念は, Xj & X2 & X3 & X4という事態

に対応するものである。 iα十bJ を ia& bJと読む乙とは可能であるが ia

or bJ と読むことは不可能である。この点は,再起性のない行為の意思決定分

析にE宣言ド的アプロ一千を用いることを支村:する論者たちも認めるところである。

それにも拘らず,彼らが確率的アプロ一千を支持するのは何故であろうか。ひ

正つには,ヂの上弓なアプローチによって,いぐっかのも可左もら Le、結論が

得られるとL、う事実があか,これが最大の理巾であると思われる。 しかし

Shackleの意思決定理論との関連で重要な意味を持つのはJ 以下で議論する点

14) Ford [5 J,第5章。また, Krelle [9 Jでも類似の接近がとられているn

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不確実性下の意思決定::ffIU論確率的アフローチと Shackleの理論 (281) 79

である。すなわち, Shackleの意思決定理論が情報の無駄使いを犯しており,

そのために不自然な結論を導くというのである。次のような,ふたつの資産を

考えよう'"。

資産 A, 収益 10 6 2 l

不確信度 。 1 2 3 く5'=4)

(11)式による変換 日4 0.3 0.2 0.1

資産 A, 収益 10 5 2 1

不確信度 。 1 2 3 (y=4)

(ll)式による変換 0.4 03 0.2 0.1

このように A,および A,が与えらわた王寺. Von Neurnann-Morgenstern

の基準に従えば,それぞれの期待効用は,

EUA,=O.4U(lO) +0.3U(6) +0.2U(2) +O.lU(l)

EUA.ニ 0.4U(10)十0.3U(5)十0.2U(2)十日ーlU(l)

となり ,U が U'>Oを満たしていれば,明らかに EUA,>EUA.となり, A,

が選択されることになる。

これに対して, Shackleの基準に従えば o関数が(2)の第3式,第4式を満

たす限り,

(g,ぺy,*)= (10, 0)

(g,へy,*)= (10, 0)

となり,従って,

g,判 =g2仲 =10

となるから, Al e A~ は無差別となる。しかし, ぞれは不自然な結果をあり,

当然, A,が選択されると考えるべきであろう。そして, Shackle の基準に従

うとき,不自然な結果が導かれるのは, (10, 0) !ゴ外の情報を浪費したからで

あり,これに対Lて VonNellmann.1vIorgensternの基準はすべての情報を

15) 以下.収益面のみに注目して議論をすすめるが,ここでの議論にとっては損失荷を考慮する必要はないu

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80 (282) 第 141巻第4・6号

利用して, もっともらしい結論を導くことができる。従って, Shackleの意思

決定理論よりも確率的アプローチの方がすぐれており,前者ーを捨てて後者を採

るべきである, というニとになる山。

しかし,このような Shackle の意思定理論に対する批判はp あまりにも短

絡的であり,重要な点を見落とし口、る。たしかに, Shackleの基準に従えば,

んとんは無差別である。しかし,無差別であるということは, A,とんの

どちらを選択すべきか決められない, ということである。従って A,と A,

の選択を決定するには g,仲と g,特による比較以外の比較方法を考えなけれ

ばならない。そこで,次の土うな方法を考えてみ工号。い主,んとんの選

択に関して,両者の(10,0)という情報では選択は決まらなかったmoそこで,

両者から (10,0)という情報を除外して,再び焦点要素を決定し,その焦点要

素によって, A,とんを比較することにしよう。九およびんから (10,0)

という情報を除外したとき 2つの資産のプロファイルは次のようになる。

A, 収益 6 2 1

不確信度 1 2 3 (Y=4)

A2 収益 5 2 1

不確信度 1 2 3 (31=4)

このとき,それぞれの焦点要素は,

A1: (gt*'. Yl*')ニ (6,1)

A2: (g2*', yz*うー(5,1)

となり, g,帥'>g2**' となるから, A,が選択されることになる。 このような

逐次プロセスによって, I情報の無駄使し、」や「不白然な結果」を排除するこ

とができる。さらに,この方法は期待値のようなか重平均概念を用いていない。

従勺て,意思決定の再起性はまったく問題にならない口

このように,加重平均概念を用いなくても「情報の無駄使い」や「不自然な

16) Fmd [5J,第4章,第5章

17) 情報といっても客観的な情報ではなく,芯居、決定主体の主観的な期待である。

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不確実性下の怠思決定理論確率的アプローチと Shacklet7)理論 (283) 81

結果」を排除することは可能であり, Fordの Shackleに対する批判は早計で

あると言ってよいだろう。

V 結論と課題

意思決定の再起性の有無に拘らず,主観確率は付与可能であると考えられ

る即。さらに,期待効用や期待値のような加重平均概念を用いることによって,

あたかもすべての可能性を考慮したかのようにみえる。このような事情のもと

で,不確実性下の昔、思決定の分析をすべて確率的アプローチで処理しようとす

る態度が一般的になる。しかし,再起性のない意思決定の分析に加重平均概念

を使うということは. rすべての可能性を考慮した」のではなし「絶対にない

可能性に賭けた」と考える方が整合的である。しかし,だからといって,確率

からIJ日法性を排除すれば,それはすでに確率ではなし、'"。実際,そデノレ分析を

行なう場合に,確率的7ブローチが一定のもっともらしい結論を導き, しかも

代替的な分析手法がないのであれば,確率的アプローチは,いま述べたような

問題点を抱えつつも利用され続けるだろう。しかし, もし,より整合的な代替

的分析手法があるとすれば,その分析手法を利用すればよい。ここに, Shackle

の意思決定理論を再検討してみる意義があ品。その場合, Shackleの理論を単

に確率との決別という漠然とした把え方をするのではな<.確率の持つ加法性

とし、う性質との決別という一歩踏み込んだ把え方をしなけれぼ, Shackleの理

論を正確に理解することはできなし、。 Krelleや Fordが犯した誤りも,この点

をあいまいにしていたことにその原因があることは明らかである。そして,不

確信度と確率がまったく相互還元不可能な概念であることが, Katznerによっ

て明らかにされた。木稿では Katzner の議論に現実的意味付けを与えるとと

もに r焦点要素による資産の評価は,情報の無駄使い中不自然な結論をもた

18) 主観的確率といって/"意思決定主体が,考え得る様々 な結果をもたらす環境状態のりストを特定できない場合には付与不可能である。

19) 例えば.(ll)式による木確骨度の変換は, Katzner (6)の polential∞凶rmatlonと呼ばれていあ棋士に近いと考えられo。

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82 (284) 第 141巻第4・5号

らす」という批判に応えるべく Shackle の意思決定理論に修正を施した。 し

かし,本稿で処理できた問題は A,かんかという単純な選択問題にすぎない。

さらに, Shackleの意思決定理論は多くの問題点を抱えている。例えば, (/)関

数による焦点要素の選択自体がすでにひとつの選好体系を形成しており,投機

選好表の選好体系に矛盾するという批判がある。また, Shackleの意思決定埋

論では資産保有の多様化を説明できないという批判もある。このように解決す

べき問題は多様であるが, Shackleの意思決定理論主研究1る乙とは,単に,

確率的アプローチに対する代替手段の研究に留まるのみならず,確率的アプロ

ーチの性格をさらに深く理解するためにも意義あることであると思われる。

(1986年12月6目〕

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