smad の立体構造 - 東京大学park.itc.u-tokyo.ac.jp/yojokun/smad-review/smad... · 2021. 1....
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TGF-βシグナル伝達系の主要転写因子
SMAD の立体構造
TGF-βスーパーファミリーは、TGF-β、Nodal、Activin、BMP等のサイトカインからなり、細胞の様々
な機能の制御を行っている。そのため、それらの機能不全はがんをはじめとする様々な重篤な疾病へと
つながることが知られている。転写因子 SMAD(SMAD1, SMAD2, SMAD3, SMAD4, SMAD5, SMAD6, SMAD7,
SMAD8)は、細胞内 TGF-βシグナル伝達系において中心的な役割を果たすタンパク質群である。本稿で
は、これまでに明らかにされている SMAD 構造および機能について、構造生物学的な観点からまとめ
た。
1.TGF-β/SMAD経路の概要
Transforming growth factor-β(TGF-β)、
Nodal、Activin、BMP等は、TGF-βスーパーファ
ミリーに属するサイトカインで、細胞の様々な機
能を調節する。TGF-βスーパーファミリーによっ
て制御される生命現象は、細胞の増殖抑制、分
化、細胞死、血管新生、免疫、細胞外マトリック
ス産生、老化等、多岐にわたる(Massagué, 2012;
Zhang et al., 2016)。そのため、TGF-βシグナ
ル伝達系の機能不全はがんや線維症といった疾病
や(Ikushima and Miyazono, 2010; Meng et al.,
2016)、マルファン症候群、シュプリツェン・ゴ
ールドバーグ症候群、ブシュケ・オレンドルフ症
候群などの遺伝病の原因となる(Doyle et al.,
2012; Hellemans et al., 2004; Neptune et
al., 2003)。細胞外で機能する TGF-βスーパー
ファミリーの刺激を受けた細胞は、細胞膜上でそ
の刺激を転写因子 SMADのリン酸化へと変換す
る。TGF-βスーパーファミリーは、TGF-β
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/Nodal/Activin からなるグループと、BMP からな
るグループへと大まかに分けられるが、TGF-β
/Nodal/Activin の刺激は、SMAD2 および SMAD3
(SMAD2/3)のリン酸化へと、BMP の刺激は、
SMAD1、SMAD5および SMAD8(SMAD1/5/8)のリン
酸化へと変換される。これらの SMAD
(SMAD1/2/3/5/8)は、R-SMAD (receptor-
regulated SMAD)と呼ばれる。TGF-βスーパーフ
ァミリーの刺激依存的にリン酸化された R-SMAD
は、Co-SMAD (common-mediator SMAD)と呼ばれる
SMAD4とヘテロ 3量体を形成し、核内へと移行
し、様々な遺伝子発現の調節(活性化や抑制)を
することが知られている(Massagué et al.,
2005)。また R-SMADや Co-SMADとは別に、TGF-β
スーパーファミリーの機能を負に制御する I-
SMAD(inhibitory SMAD, SMAD6 SMAD7)も存在す
る(Figure 1)(Miyazawa and Miyazono,
2017)。
SMAD は、細胞内 TGF-βシグナル伝達系で働く
主要転写因子であり、基本的には、N末端側に
DNA結合性の MH1 (MAD homology 1)ドメイン、C
末端側に多量体形成にかかわる MH2ドメインを持
つ(Figure 2)。これらの二つのドメインは、一
定の二次構造をとらないリンカー領域によってつ
ながれている。ここで「基本的には」と記したの
は、1.SMAD2の主要なアイソフォームでは、
MH1ドメインにループの挿入があり配列特異的な
DNA結合能が失われている(別のアイソフォーム
では、このループの挿入は欠失しており、他の
SMADと同様の DNA結合能を持つ)、2.I-SMAD
である SMAD6 および SMAD7では、MH1ドメインと
相同性のある領域が存在するものの、塩基配列認
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識にかかわる領域のアミノ酸配列は保存されてお
らず、その DNA結合能もあまり知られていない、
からである。
各 SMAD の配列類似性に関して Figure 3にまと
めた。Figure 3 からわかる通り、同じグループ
のサイトカインで刺激を受ける SMAD2と SMAD3
(TGF-β/Nodal/Activinによって活性化)、及
び SMAD1と SMAD5と SMAD8(BMP によって活性
化)の間でアミノ酸配列は高く保存されている。
I-SMAD として作用する SMAD6および SMAD7 は、
他の SMADとの類似性は比較的低い。アミノ酸配
列の保存性が低いとされているリンカー領域であ
るが、SMAD2-SMAD3間および SMAD1-SMAD5-SMAD8
間の保存性は高い。一方、リンカー領域は
SMAD2/3 と SMAD1/5/8の間で最もアミノ酸配列が
異なる領域でもある。
多くの場合、SMAD は他のタンパク質(補因
子)と共同的に作用することが知られている。
SMADの特徴として、その補因子の数が非常に多
いことが挙げられる。タンパク質分子間相互作用
のデータベース BioGIRD4.2(Chatr-Aryamontri et
al., 2017)によると、数百もの補因子が各 SMAD
に結合することが知られている(Figure 4)。こ
れらの補因子は、MH1 ドメイン、MH2ドメイン、
リンカー領域と結合することによって、SMAD の
機能を調節していると考えられる。SMAD に結合
する補因子の多様性は、TGF-βシグナルの多機能
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性(多様な遺伝子発現を制御できる)と強く関係
していると考えられている。
2.MH1 ドメインの構造
SMAD の MH1ドメインは、塩基配列特異的に DNA
に結合するドメインとして作用する。これまで
に、18種類の MH1ドメイン-DNA 複合体構造が
PDB に報告されており、I-SMADである SMAD6/7以
外のすべての MH1ドメインの構造が明らかにされ
ている(Table 1)。以前は、TGF-β
/Nodal/Activin によって活性化される SMAD3、お
よび SMAD4の MH1ドメインは、Smad binding
element (SBE)と呼ばれるコンセンサス配列
(5’-CAGAC-3’(またはその相補鎖である 5’-
Table 1. SMAD MH1 structures in PDB.
PDB ID SMAD Source Resolusion (Å) DOI1MHD SMAD3 Homo sapiens 2.8 10.1016/s0092-8674(00)81600-1 1OZJ SMAD3 Homo sapiens 2.4 10.1074/jbc.C3001342003KMP Smad1 Mus musculus 2.7 10.1093/nar/gkq0463QSV Smad4 Mus musculus 2.7 10.1093/nar/gkr500 5X6M Smad5 Mus musculus 3.2 10.1093/nar/gkv8485X6H Smad5 Mus musculus 3.1 10.1093/nar/gkv8485X6G Smad5 Mus musculus 3.05 10.1093/nar/gkv8485NM9 Smad4 Trichoplax adhaerens 2.43 10.1038/s41467-017-02054-65ODG SMAD3 Homo sapiens 2.12 10.1038/s41467-017-02054-65OD6 SMAD3 Homo sapiens 2 10.1038/s41467-017-02054-65MEZ SMAD4 Homo sapiens 2.98 10.1038/s41467-017-02054-65MF0 SMAD4 Homo sapiens 3.03 10.1038/s41467-017-02054-66H3R SMAD2 Homo sapiens 2.75 10.1101/gad.330837.1196FZS SMAD5 Homo sapiens 2.316FZT SMAD8 Homo sapiens 2.466TBZ SMAD5-SMAD3 chimera Homo sapiens 1.786TCE SMAD5 Homo sapiens 2.926ZMN SMAD3-SMAD5 chimera Homo sapiens 2.33
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GTCT-3’))を認識し、BMPによって活性化され
る SMAD1/5/8の MH1ドメインは、BMP response
element (BRE)と呼ばれる GC-rich配列を認識す
ると考えられていた。しかしながら、SMAD3及び
SMAD4も GC-rich 配列を強く認識できることもわ
かってきており、SMAD1/5/8 および SMAD3/4の
MH1 ドメインに、DNA 配列の認識に違いはない
(少ない)ことが明らかになってきている
(Martin-Malpartida et al., 2017)。SMAD2の主
要なアイソフォームは、その MH1ドメインの DNA
結合領域近傍に他の SMADでは見られないアミノ
酸残基の挿入を持つため、配列特異的な DNA結合
能を持たない。一方、別のアイソフォームではこ
のアミノ酸残基の挿入が欠落しており、配列特異
的な DNA結合能を有することが知られている
(Figure 5)(Aragón et al., 2019)。
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SMAD MH1ドメインは、4本のαヘリックス、3
本の 310ヘリックス、6本のβストランドからな
る構造をとる(Figure 6a)(Martin-Malpartida
et al., 2017)。SMAD MH1の C末端側には、C3H
型の亜鉛結合モチーフが存在しており、MH1ドメ
イン構造の安定化に寄与することが示唆される
(Figure 6b)。SMAD2/3の MH1ドメインと
SMAD1/5/8の MH1ドメインの大きな違いは、α1
ヘリックスの構造である。SMAD2/3では、α1ヘ
リックスは自身の持つα2-α3間の疎水的な溝に
結合するが、SMAD1/5/8のα1は他分子のα2-α3
面と相互作用し、MH1 二量体を形成する(Figure
6c)。α1ヘリックスのアミノ酸配列は R-SMAD
(SMAD2/3及び SMAD1/5/8)で高く保存されてい
るが、α1とα2を結ぶループの長さは、
SMAD1/5/8では SMAD3 と比較して 3残基短くなっ
ている(Figure 5)。このループの短縮により、
SMAD1/5/8のα1ヘリックスは、自己のα2-α3
面と相互作用できなくなっている(BabuRajendran
et al., 2010)。このα1ヘリックスのアミノ酸
配列は SMAD4 では保存されていないが、別の残基
が類似したαヘリックスを形成し、SMAD3 と同
様、自己のα2-α3と相互作用する。SMAD MH1ド
メインは、β2-β3の逆平行βシートを利用し、
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DNA の Major groove 側から塩基配列を認識する
(Figure 6a)。DNAの塩基配列認識には、β2-
β3 領域で高く保存された三つの残基(アルギニ
ン、グルタミン、リジン)の側鎖が利用される
(Figure 6d)。SMAD MH1ドメインは、これらの
残基を利用して GTCT, GGCT, GGCG, GGCC などの
4塩基を直接の水素結合で認識している(一つ目
のグアニン塩基はアルギニンによって、二つ目お
よび三つ目の塩基はリジンによって、4つ目の塩
基はグルタミンによって認識される)(Martin-
Malpartida et al., 2017)。これらの残基は、
SMAD1/2/3/4/5/8 の間で高く保存されているが、
I-SMAD である SMAD6/7の MH1ドメインでは保存
されていない(Figure 5)。そのため、SMAD6/7
は他の SMAD と同様の DNA結合機構をとれない。
塩基認識にかかわる残基とは異なり、亜鉛結合モ
チーフの残基は SMAD6/7を含むすべての MH1ドメ
インで高く保存されている。アミノ酸配列の相同
性や亜鉛結合モチーフの保存性から、SMAD6/7の
MH1 ドメインも他の MH1ドメインと同様のフォー
ルドをとると予想されるが、その構造や機能(配
列特異的な DNA結合能を持つのか、等)に関して
は、明らかにされていない。
Figure 4 の通り、SMADの機能は多くの補因子
によって制御されている。補因子の中には、SMAD
MH1ドメインと相互作用することが知られている
ものも多数存在しているが、それらの補因子がど
のような構造基盤に基づいて SMAD MH1ドメイン
と相互作用するかに関してはまだ明らかにされて
いない(SMAD MH1-補因子複合体の構造は明らか
にされていない)。SMAD MH1ドメインに結合す
る補因子の中には、配列特異的な DNA結合能を持
ち、SMADが結合する DNA配列の特異性を向上さ
せるものも存在する。例えば、SMAD MH1ドメイ
ンは JUN/FOS等と共同的に DNAに対し結合するこ
とが知られている(Zhang et al., 1998)。しかし
ながら、SMAD MH1と他の転写因子による共同的
な DNA結合メカニズムは、あまり明らかにされて
いない。
Table 2. SMAD MH2 structures in PDB.
PDB ID SMAD Source Cofactor Resolusion (Å) DOI1YGS SMAD4 Homo sapiens - 2.1 10.1038/404311DD1 SMAD4 Homo sapiens - 2.62 10.1016/s0969-2126(00)88340-91DEV SMAD2 Homo sapiens SARA 2.2 10.1126/science.287.5450.921G88 SMAD4 Homo sapiens - 3 10.1038/849951KHU SMAD1 Homo sapiens - 2.5 10.1016/s1097-2765(01)00417-81KHX SMAD2 Homo sapiens - 1.8 10.1016/s1097-2765(01)00421-x1MJS SMAD3 Homo sapiens - 1.91 10.1101/gad.10020021MK2 SMAD3 Homo sapiens SARA 2.74 10.1101/gad.10020021MR1 SMAD4 Homo sapiens SKI 2.85 10.1016/s0092-8674(02)01006-11U7F SMAD3 Homo sapiens SMAD4 2.6 10.1016/j.molcel.2004.07.0161U7V SMAD2 Homo sapiens SMAD4 2.7 10.1016/j.molcel.2004.07.0163DIT Mad Drosophila melanogaster - 3.2 10.1107/S17443091080330343GMJ Mad Drosophila melanogaster - 2.8 10.1007/s11427-009-0080-x5C4V SMAD4 Homo sapiens SNON 2.6 10.1038/srep463705XOD SMAD2 Homo sapiens SKI 1.85 10.1126/scisignal.aao72275XOC SMAD3 Homo sapiens FOXH1 2.4 10.1126/scisignal.aao72275ZOJ SMAD2 Homo sapiens MAN1 2.79 10.1093/nar/gky9255ZOK SMAD1 Homo sapiens MAN1 2.85 10.1093/nar/gky9257CD1 SMAD7 Mus musculus 1.9 10.1016/j.jsb.2020.107661
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3.MH2 ドメインの構造
SMAD の MH2ドメインは他のタンパク質との多
量体形成に利用されるドメインであり、R-SMAD
と Co-SMADによるヘテロ 3量体形成や、他の補因
子との相互作用に利用される。これまでに、19
種類の SMAD MH2ドメインの構造が PDB に登録さ
れている(Table 2)。R-SMADである
SMAD1/2/3/5/8は、シグナル依存的にリン酸化さ
れ SMAD4 とヘテロ 3量体を形成する。これまで
に、TGF-β/Nodal/Activin の刺激によって形成
される SMAD2-SMAD4ヘテロ複合体
(SMAD2:SMAD4=2:1)および SMAD3-SMAD4ヘテロ
複合体(SMAD3:SMAD4=2:1)の構造が報告されて
いるが(Chacko et al., 2004)、BMPの刺激によ
って形成されるヘテロ複合体(SMAD1/5/8-SMAD4
複合体)に関しては、いまだ明らかにされていな
い(R-SMAD MH2ドメインのアミノ酸配列保存性
は高いため(Figure 3)、おそらく SMAD2/3-
SMAD4複合体と同様の構造をとるものと考えられ
る)。MH2ドメインは、R-SMADと Co-SMAD のヘテ
ロ複合体形成に利用されるだけでなく、多様な補
因子との相互作用にも利用される。TGF-β
/Nodal/Activin の刺激によって活性化される
SMAD2/3 およびその SMAD4 複合体には、リン酸化
促進因子 SARA、転写因子 FOXH1、転写活性化因子
CBP/p300、転写抑制因子 SKI、脱リン酸化促進因
子 MAN1 をはじめとする、非常に多様なタンパク
質が結合することが知られており、これらのタン
パク質の機能によって TGF-β/SMADシグナルは厳
密に制御されている。SMADとこれら補因子の複
合体として、これまでに SMAD2/3-SARA複合体
(Qin et al., 2002; Wu et al., 2000)、SMAD4-
SKI 複合体(Wu et al., 2002)、SMAD4-SNON複合
体(Walldén et al., 2017)、SMAD3-FOXH1複合体
(Miyazono et al., 2018a)、SMAD2-SKI複合体
(Miyazono et al., 2018a)、SMAD1/2-MAN1 複合
体(Miyazono et al., 2018b)の構造が報告されて
いる(Table 2)。
SMAD MH2ドメインは、5本のαヘリックスおよ
び 11本のβストランドからなる構造をとる。
SMAD MH2ドメインの構造は、軽く屈曲した
「く」の字型の構造をとり、大まかに、3本のα
ヘリックスからなる Three-helix bundle
region、二枚のβシートからなるβ-Sandwich
region、及び Loop-helix region に分けられる
(Figure 7 and 8a)(Miyazono et al., 2018a,
2018b)。R-SMAD の MH2ドメインの特徴として、C
末端側に保存された SXSモチーフが挙げられる。
このモチーフで高く保存された SSXS 配列のう
ち、二つ目及び三つ目のセリン残基が TGF-βス
ーパーファミリーの刺激依存的にリン酸化を受
け、SMAD4との複合体形成に利用される。これま
でに R-SMAD MH2ドメインの構造として SMAD1、
SMAD2、SMAD3及びそれらの補因子複合体の構造
が報告されているが、SMAD5および SMAD8の構造
はまだ明らかにされていない。SMAD1 の MH2ドメ
インは、SMAD5及び SMAD8 の MH2ドメインと高い
アミノ酸配列相同性を持つため、SMAD5/8の MH2
ドメインは SMAD1の MH2ドメインとほぼ同様の構
造をとると予想される。SMAD4の MH2ドメイン
は、SMAD2 MH2の H3-H4に相当する領域に、他の
SMADでは見られないアラニン残基に富んだ残基
の挿入が存在する(Figure 7 and 8b)。これら
の残基の挿入により、SMAD4の MH2ドメインは、
他の SMADよりも長い H3ヘリックスをとる。I-
SMADである SMAD6および SMAD7のうち、SMAD7 の
MH2ドメインの構造が明らかにされている。アミ
ノ酸配列の保存性を見ると、SMAD6および SMAD7
は共に、Three-helix bundle regionを形成する
αヘリックスのうちの一つ(SMAD2の H5)を形成
するアミノ酸残基を欠失している。その結果とし
て、SMAD7の MH2ドメインは、Three-helix
bundle regionに相当する部分の局所構造を失っ
ている(Murayama et al., 2020)。
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R-SMADの MH2 ドメインの構造:
前述の通り、R-SMADの MH2ドメインは Three-
helix bundle region、β-Sandwich region、
Loop-helix regionからなる構造をとり、シグナ
ル依存的にリン酸化を受け 3量体化する(Figure
8b)。R-SMADの 3量体化は、SMAD4とのヘテロ 3
量体化が優勢であるが、高濃度環境下では、R-
SMAD自身のホモ 3量体化も起きる。R-SMADと
Co-SMAD が形成するヘテロ 3量体では、二つの R-
SMADと一つの Co-SMADが円盤状のヘテロ 3量体
を形成するが、ここで利用される二つの R-SMAD
は同一の SMADである必要はない。実際、TGF-β
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の刺激に応じて、SMAD2-SMAD2-SMAD4複合体、
SMAD2-SMAD3-SMAD4複合体、SMAD3-SMAD3-SMAD4
複合体が細胞内で形成され、遺伝子発現の制御を
行っていることが知られている(Míguez et al.,
2013)(SMAD2と SMAD3では MH1ドメインの能力
に差があるため、これら 3種のヘテロ 3量体は異
なる DNA配列認識能をもつ)。単量体状態の構造
と比較して、3量体を形成した R-SMADの構造
は、若干屈曲する(「く」の字の折れ曲がりが大
きくなる)(Figure 8c)。R-SMADに結合する補
因子の一部は、シグナル依存的に R-SMAD に結合
することが知られている。このような補因子は、
3量体形成に伴う R-SMADの構造変化を認識して
いる可能性が考えられる。
シグナル依存的にリン酸化を受けた SXS モチー
フは、3量体の別のプロトマー(R-SMAD もしくは
SMAD4)との相互作用に利用される。リン酸化を
受けた SXSモチーフはターン状の構造をとり、別
のプロトマーの H1ヘリックスおよび L3ループか
ら形成される正に帯電した分子表面と結合し、3
量体を安定化させる(Figure 8d)。この領域の
塩基性残基は、I-SMADを含むすべての SMADで高
く保存されている(Figure 7)。R-SMADの研究
では、リン酸化偽装型(SXS→EXE)のタンパク質
が実験によく利用されている(Miyazono et al.,
2018a, 2018b)。この変異体は、リン酸化と同様
の作用(多量体化の促進)を持つことが知られて
いる。
TGF-β/Nodal/Activin応答性の SMAD2/3と BMP
応答性の SMAD1/5/8では、それらの MH1ドメイン
の間に、認識する DNA 配列に違いがないことが示
唆されており、SMAD2/3と SMAD1/5/8の機能の差
異(制御する遺伝子の差異)は、結合する補因子
によって制御されると考えられている。MH2ドメ
インのアミノ酸配列は、SMAD2と SMAD3間および
SMAD1と SMAD5と SMAD8間で高く保存されてい
る。しかしながら、SMAD2/3と SMAD1/5/8 とで
は、MH2ドメインのアミノ酸配列は若干異なる
(Figure 3)。このアミノ酸配列の相同性を
SMAD2 MH2ドメインにプロットすると、SMAD2/3
と SMAD1/5/8の間でアミノ酸配列が「保存されて
いる領域」、「保存されていない領域」がクラス
ターを形成している(Figure 8e)。SMAD 補因子
の中には、「SMAD2/3 と SMAD1/5/8を区別するも
の(どちらかのみに結合)」と「SMAD2/3と
SMAD1/5/8を区別しないもの(両方のグループに
結合)」が存在する。各補因子は、これらの保存
領域・非保存領域を利用して SMAD2/3のみ、
SMAD1/5/8のみ、もしくはその両方に結合する
(Miyazono et al., 2018a, 2018b)。
SMAD4の MH2ドメインの構造:
SMAD4 の MH2ドメインは、R-SMAD の MH2ドメイ
ンとほぼ同様の構造をとる。SMAD4の H3へリッ
クスは、R-SMAD と比較しアミノ酸残基の挿入が
あるため、SMAD4 の H3へリックスは、R-SMAD の
H3ヘリックスよりも長い(Figure 8b)。R-SMAD
のホモ 3量体よりも、R-SMAD×2+SMAD4×1の
ヘテロ複合体の方がエネルギー的に安定であるた
め、リン酸化を受けた R-SMADは SMAD4とヘテロ
3量体を形成する。SMAD4の特徴として、MH2ド
メインの上流に保存された SAD (Smad
activation domain)の存在が挙げられる。SADは
それ自身で p300/CBPと相互作用し、転写の活性
化にかかわることが知られているが、結晶構造中
では、H2ヘリックスと L3ループに囲まれた溝で
βストランドを形成し、β-Sandwich region の
β8とβシートを形成している(Qin et al.,
1999)。この位置は、SMAD4の SKI/SNO結合部位
と同様である(Figure 9)(Walldén et al.,
2017; Wu et al., 2002)。
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4.SMAD2/3による補因子の認識
SMAD の特徴として、そこに結合しその機能を
調節する補因子の数が極めて多いことが挙げられ
る。特に、SMAD2/3は結合する補因子の数も多く
(Figure 4)、多くの補因子がその MH2ドメイン
に結合することが知られている。前述のとおり、
これまでに、SMAD2/3-補因子複合体として、
SMAD2/3-SARA(SMAD2/3リン酸化促進因子)複合
体(Qin et al., 2002; Wu et al., 2000)、
SMAD3-FOXH1(転写因子)複合体(Miyazono et
al., 2018a)、SMAD2-SKI(転写抑制因子)複合体
(Miyazono et al., 2018a)、SMAD2-MAN1
(SMAD2/3脱リン酸化促進因子)複合体
(Miyazono et al., 2018b)の結晶構造が明らかに
されている(Table 2 and Figure 10)。SMAD2/3
の MH2ドメインに結合する補因子は、「共通する
SMAD2/3結合モチーフを持たない」という一風変
わった特徴がある。SMAD2/3補因子の中では、
FOXH、Mixer(転写因子)(Randall et al.,
2002)、TMEPAI(TGF-βシグナル抑制因子)
(Watanabe et al., 2010)の間で、PPNK/R という
配列が SMAD2/3結合モチーフとして保存されてい
るが、他の多くの SMAD2/3補因子の中ではこの配
列は保存されていない。これまでに明らかにされ
た SMAD2/3-補因子複合体構造を見ても、SMAD2/3
に結合する補因子の構造、及び SMAD2/3上の結合
面は非常に多様である(Figure 10)。SMAD2/3
補因子の多くは、様々な立体構造を利用して
SMAD2/3 MH2ドメインの Three-helix bundle
region やβ-sandwich regionに結合する。
SMAD cofactor code:
SMAD cofactor codeは、SMAD2/3-補因子間で
みられる1対多の相互作用(一つのタンパク質に
対し、多様な配列・構造を持った複数種類のタン
パク質が結合する)を説明する考え方(理論)で
ある(Miyazono et al., 2018a, 2018b)。SMAD
cofactor codeでは、SMAD2/3の MH2ドメイン上
に、補因子が結合する可能性のある疎水性の小領
域が 6か所定義されており(疎水性パッチ、A1-
A3, B1-B3)、各補因子は、そこから一つないし
複数を選択し、それらをつなぎ合わせることによ
って、SMAD2/3に対し結合するとされている
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(Figure 11)。実際に、これまでに構造が明ら
かにされている SMAD2/3-補因子複合体の構造を
見ると、すべての補因子は SMAD cofactor code
に従って SMAD2/3に対し結合する様子が見て取れ
る。一般的に、タンパク質-低分子化合物間相互
作用と比較し、タンパク質-タンパク質間相互作
用ではより広い分子表面を利用してその相互作用
が形成されることが知られている。SMAD2/3の
MH2 ドメインでは、タンパク質-タンパク質分子
間相互作用にかかわる領域が分子表面上の広範に
展開されており、その結果として多様な補因子と
の相互作用が可能になっているものと考えられ
る。
〇疎水性パッチの位置と特性
Patch A1:Three-helix bundle regionの H3-H5
面に存在する。すべての R-SMADで保存されてい
る。転写活性化因子・転写抑制因子・SARA等が
結合
Patch A2:Three-helix bundle regionの H2-H3-
H4面に存在する。R-SMADでの保存性は低い。
SMAD2/3 にのみ結合する FOXH1との結合に利用さ
れる。
Patch A3:Three-helix bundle regionとβ-
Sandwich region の境目にある疎水性の溝。R-
SMADで保存されている。転写抑制因子 SKIとの
結合に利用される。
Patch B1:β-Sandwich regionのβシート上に
存在する。R-SMADでの保存性は低い。SMAD2/3に
のみ結合する SARAとの結合に利用される。
Patch B2:β-Sandwich regionのβシート側
面、β8-β9ループ上に存在する。H2ヘリックス
上の一部の疎水性残基を除いて R-SMADでの保存
性は高い。R-SMAD脱リン酸化促進因子 MAN1や、
SARA、FOXH1 との相互作用に利用される。
Patch B3:H2ヘリックスと L3ループで囲まれた
領域。PPNK/R配列等を認識する。すべての R-
SMADで保存性されている。FOXH1や MAN1との相
互作用に利用される。
SMAD2/3 補因子の中には、SMAD2/3のみに結合す
るタンパク質と、SMAD2/3の他に SMAD1/5/8(BMP
応答性 R-SMAD)にも結合するタンパク質が存在
する。前者は SARAや FOXH1など、後者は
CBP/p300、SKI、MAN1 などが挙げられる。
SMAD2/3 のみに結合する補因子は、R-SMADでの保
存性が低い、patch A2や patch B1を利用する。
すべての R-SMAD に結合する補因子は、保存性の
高い patch A1や patch B2, B3を利用して
SMAD2/3 に対して結合する。
SMAD2/3 は TGF-β/Nodal/Activin の刺激により
リン酸化され、SMAD4 とヘテロ 3量体を形成す
る。SMAD2/3補因子の多くは、この SMAD2/3-
SMAD4ヘテロ複合体に対して結合する。SMAD2/3-
SMAD4ヘテロ複合体には、SMAD2/3が二分子含ま
れるため、SMAD2/3-SMAD4 ヘテロ複合体に結合す
る補因子は、「二つ」の SMAD2/3 が持つ疎水性パ
ッチの中から自由に結合部位を選ぶことができる
と考えられる(Figure 12)。実際に、いくつか
の SMAD2/3補因子は、複数の SMAD結合ドメイン
を持つことが知られている。転写因子 FOXH1は、
FMと SIMと呼ばれる二つの SMAD2/3結合領域を
もち、SMAD2/SMAD4複合体と2(SMAD2):1
(SMAD4):1(FOXH1)で結合することが知られ
ている。この結合比を考えると、FOXH1は二つの
SMAD2をまたがるように結合することが予想され
る。また、転写抑制因子 SKI/SNONは、R-SMAD 結
合領域とは別に SMAD4 結合ドメインを持つことが
知られている。SMAD2/3結合領域と SMAD4 結合領
域を併せ持つ補因子に関しても、各プロトマーを
つなぐ形で SMAD2/3-SMAD4ヘテロ複合体に結合す
るモデルが想定される。
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5.終わりに
SMAD は、TGF-βスーパーファミリーによる刺
激を細胞内で伝達する主要転写因子である。SMAD
の構造学的な解析は 2000年代初頭までに盛んに
おこなわれていたが、その機能を十分に説明でき
るほどの情報は集まっていなかった。SMADは MH1
と MH2の二つのドメインからなる転写因子である
が、近年その構造・機能の本質に迫る新たな構造
学的な情報が明らかにされつつある。MH1 ドメイ
ンに関しては、その配列特異性にかかわる構造基
盤の詳細が解明され、SMADが真に認識する塩基
配列と SMAD によって制御される遺伝子の関係が
明らかになりつつある。MH2 ドメインに関して
は、SMADの機能発現に欠かせない補因子との結
合機構が解明され、より実際に機能する形に近い
構造が明らかになりつつある。SMAD の構造生物
学実験は、タンパク質単独の構造解析から、補因
子複合体の構造解析へと展開してきたが、現在で
も実際に細胞内で作用する SMAD を中心とした転
写因子複合体の全体像が明らかになったわけでは
ない。近年の、クライオ電子顕微鏡に代表される
構造解析技術の飛躍的な革新により、より実際に
細胞内で作用する形に近い高次の SMAD複合体の
構造が明らかになることが期待される。
TGF-βシグナルの機能不全は、がんや線維症と
いった重篤な疾病の引き金となる。そのため、
TGF-βシグナル伝達系は、これらの疾病の治療の
重要な創薬ターッゲトとみなされている。タンパ
ク質分子間相互作用は、現在創薬の研究対象とし
ても注目されている。細胞内で形成されるタンパ
ク質分子間相互作用の阻害を通じたシグナル伝達
の制御は、膜受容体での制御と比較し、特定の生
命現象(疾病)に対し高い特異性を持つことが期
待される(多岐に分岐するシグナルの下流での制
御となるため)。このようなタンパク質分子間相
互作用をターゲットとした新規制御剤の開発(創
薬)のためには、そのタンパク質分子間相互作用
にかかわる構造情報が欠かせない。SMAD は多様
な補因子と相互作用することができるタンパク質
であり、その補因子の中には、がんの発生や悪性
化に関与するもが存在する。それらの補因子と
SMADとの複合体構造が明らかになれば、構造に
基づいた新規阻害剤の開発が可能となるため、今
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後も SMAD-補因子複合体の構造解明にかかる期待
は大きい。
6.関連文献
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