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技術論文 52 富士ゼロックス テクニカルレポート No.25 2016 定着装置における用紙カールのシミュレー ション技術 Simulation Technology for Paper Curl in Fusing Systems 富士ゼロックスでは、開発プロセス改革の一環とし て開発フェーズの早い段階で設計根拠を明確にし、手 戻りによるムダをなくすための数値シミュレーショ ン、計測、分析などの解析技術の構築を進めている。 電子写真装置の主要課題の一つである用紙カールは、 これまで現象のメカニズムが十分に解明されておら ず、メカニズムの解明とシミュレーション技術の構築 が望まれていた。そこでその発生源である定着装置に おける用紙カールについて、高温高含水率条件下の用 紙の物性計測技術を開発し、変形メカニズムを明らか にした。さらに、粘弾塑性変形および用紙内部の水分 移動を考慮したカール予測シミュレーション技術を 構築した。本技術により、定着装置の設計パラメー ターに依存して変化するカール量を、精度よく予測す ることが可能となった。本技術を新規定着装置の開発 に適用することで、試作レスで定着装置、デカーラ装 置の仕様検討を実現し、設計工数を省力化した。 Abstract Fuji Xerox, in one of its development process innovations, is proceeding with the development of analysis technologies (e.g., numerical simulation) to clarify the design basis for reducing reworks. Paper curl is a major issue of xerographic machines. However, the mechanism by which it occurs was not fully understood, and there were needs to clarify that mechanism and develop simulation technologies. Fuji Xerox has developed a technology to measure paper properties under conditions of high temperature and high moisture content, and clarified the paper deformation mechanism. We have also developed a simulation technology to predict the amount of paper curl affected by paper viscoelastoplasticity and changes in paper moisture content. With this technology, the amount of curl, which varies depending on the design parameters of fusing systems, can be accurately predicted. Moreover, design man-hours needed for the development of new fusing systems can also be reduced, as specifications can be studied without having to make prototypes. 執筆者 安藤 正登(Masato Ando荻野 孝(Takashi Ogino伊藤 朋之(Tomoyuki Ito研究技術開発本部 基盤技術研究所 Key Technology Laboratory, Research & Technology Group【キーワード】 電子写真、ゼログラフィー、定着装置、用紙変 形、カール、シミュレーション Keywordselectrophotography, xerography, fusing unit, paper deformation, curl, simulation

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技術論文

52 富士ゼロックス テクニカルレポート No.25 2016

定着装置における用紙カールのシミュレーション技術 Simulation Technology for Paper Curl in Fusing Systems

要 旨

富士ゼロックスでは、開発プロセス改革の一環とし

て開発フェーズの早い段階で設計根拠を明確にし、手

戻りによるムダをなくすための数値シミュレーショ

ン、計測、分析などの解析技術の構築を進めている。

電子写真装置の主要課題の一つである用紙カールは、

これまで現象のメカニズムが十分に解明されておら

ず、メカニズムの解明とシミュレーション技術の構築

が望まれていた。そこでその発生源である定着装置に

おける用紙カールについて、高温高含水率条件下の用

紙の物性計測技術を開発し、変形メカニズムを明らか

にした。さらに、粘弾塑性変形および用紙内部の水分

移動を考慮したカール予測シミュレーション技術を

構築した。本技術により、定着装置の設計パラメー

ターに依存して変化するカール量を、精度よく予測す

ることが可能となった。本技術を新規定着装置の開発

に適用することで、試作レスで定着装置、デカーラ装

置の仕様検討を実現し、設計工数を省力化した。

Abstract

Fuji Xerox, in one of its development process innovations, is proceeding with the development of analysis technologies (e.g., numerical simulation) to clarify the design basis for reducing reworks. Paper curl is a major issue of xerographic machines. However, the mechanism by which it occurs was not fully understood, and there were needs to clarify that mechanism and develop simulation technologies. Fuji Xerox has developed a technology to measure paper properties under conditions of high temperature and high moisture content, and clarified the paper deformation mechanism. We have also developed a simulation technology to predict the amount of paper curl affected by paper viscoelastoplasticity and changes in paper moisture content. With this technology, the amount of curl, which varies depending on the design parameters of fusing systems, can be accurately predicted. Moreover, design man-hours needed for the development of new fusing systems can also be reduced, as specifications can be studied without having to make prototypes.

執筆者 安藤 正登(Masato Ando) 荻野 孝(Takashi Ogino) 伊藤 朋之(Tomoyuki Ito) 研究技術開発本部 基盤技術研究所 (Key Technology Laboratory, Research & Technology

Group)

【キーワード】

電子写真、ゼログラフィー、定着装置、用紙変

形、カール、シミュレーション

【Keywords】

electrophotography, xerography, fusing unit,

paper deformation, curl, simulation

技術論文

定着装置における用紙カールのシミュレーション技術

富士ゼロックス テクニカルレポート No.25 2016 53

1. はじめに

富士ゼロックスでは、研究、技術、開発、生

産の各プロセスを一貫したデジタル情報でつな

ぐ富士ゼロックスデジタルワークェイ1)を構築

している。その主要施策の一つとして、早い段

階で設計根拠を明確にし、各開発フェーズでの

手戻りによるムダをなくすフロントローディン

グ開発を実践するため、数値シミュレーション、

計測、分析などの解析技術を構築している。

我々は、主要事業の一つとして、電子写真装

置の印刷市場への拡大を進めている。それに伴

い、印刷物の品質に対するニーズが多様化して

用紙の残留変形に起因するカール、しわなどの

問題解消の要求が高まり、それらの発生源であ

る定着装置の開発段階で、用紙の残留変形を抑

制する重要性がこれまで以上に増している。し

かし、用紙が残留変形するメカニズムは十分に

解明されておらず、フロントローディング開発

の大きな課題となっていた。特にカールは、重

要な品質課題であるにもかかわらず、精度よく

予測することが困難であった。カールは、用紙

が円弧状に丸まる現象であり、印刷物の外観を

損ねるだけでなく、用紙搬送不良や製本時の不

具合を引き起こす。また、用紙の搬送経路の影

響を受けるため、機内のレイアウト決定後に顕

在化することが多い。そのため、開発プロセス

の後期で全体レイアウトの再検討の原因となり、

開発期間やコストに大きなインパクトを与えて

いた。そのカールの対策として、高速機ではデ

カーラ装置(用紙カールを矯正する機構)を設

置して、カールを矯正しているが、用紙の種類

や矯正すべきカール量に応じてパラメーターを

最適化する必要があり、膨大な設計工数を要し

ていた。

この課題に対して、我々はこれまで、定着後

の搬送経路で発生するカール量やデカーラ装置

で発生するカール量を精度よく予測できるシ

ミュレーション技術2)-4)を構築し、開発期間の

短縮と品質向上を図ってきた(構築したシミュ

レーション技術とカール発生原因との対応を図

1に示す)。しかし、カールの発生源である定着

装置によって発生するカール量が予測できてお

らず、一貫したフロントローディング開発のた

めにそのシミュレーション技術の構築が望まれ

ていた。

本稿では、新たに開発した定着装置における

高温高含水率条件下の用紙の物性計測技術に

よって明らかにした用紙の残留変形メカニズム

について説明する。さらに、用紙の熱や水分移

動、力学変形などの物理現象を統合的に扱うこ

とで、定着装置の開発時に考慮すべきシステム

構成、レイアウト、環境変化、用紙種類の変更

に伴うカール量の変化を精度よく予測する技術

について説明する。

2. カール発生メカニズム

定着装置におけるカールは、用紙が受ける圧

力による曲げ変形や引っ張り変形と、乾燥時の

表裏収縮寸法差による変形に加え、熱による用

紙厚さ方向への水分移動や温度変化による物性

定着装置

用紙

搬送経路

デカーラ装置定着後カール

搬送経路カール デカーラ後カール

過去に構築した技術で予測可能

図1 用紙カールの発生原因と構築済みの技術との関係 Relationship between existing simulation technologies and mechanisms of paper curl occurrence

技術論文

定着装置における用紙カールのシミュレーション技術

54 富士ゼロックス テクニカルレポート No.25 2016

変化など、複数の現象が相互作用した結果とし

て生じる。そのためメカニズムが複雑で解明が

困難であった。定着装置におけるカールは、こ

れまで多くの研究がなされており、粘弾性によ

る変形5)や、水分移動と応力緩和による変形6)

など、その発生メカニズム要因の解明が進んで

いる。

カールの発生メカニズムは、力学的な残留変

形と水分収縮による変形の2つに大別できる。

まず、力学的な残留変形は、曲げなどの外力

履歴に応じて、用紙が粘弾塑性変形したあとに

残留変形が残る現象である。この粘弾塑性特性

は、温度と含水率に対する依存性を持ち、高温、

高含水率となることにより変形が残留しやすい

性質を示す。

水分収縮による変形は、用紙内繊維の吸脱湿

による含水率変化量に比例して用紙が伸縮する

現象によってもたらされる。特に密閉された定

着ニップ内では用紙の厚さ方向に温度差が生じ、

図2に示すように高温側で脱湿した水分が用紙

の空隙内を移動して低温側の繊維に吸湿されて

大きなひずみ差が生じる。

定着ニップ内では、これら2つの現象による

相互作用の結果としてカールが発生する。そこ

で、カール量を精度よく予測するため、2つの

物理現象をそれぞれモデル化し、連成*1して解

くシミュレーション技術を構築した。

*1 連成:別々の支配方程式で表される物理現象が互いに関

係を持つような複雑な現象を、それぞれの方程式を関連

づけて解くこと

3. 定着ニップカール予測モデル

3.1 力学変形シミュレーション技術

3.1.1 力学変形のモデル化

まず、用紙の粘弾塑性特性と含水率変化に伴

う伸縮特性をモデル化する。定着装置内では熱

に加え、正負の曲げモーメントが繰り返し与え

られる。そのため、温度と含水率で変わる粘弾

塑性特性と繰り返し応答を考慮できる力学変形

モデルを構築する必要がある。

それらを表現するため、用紙の弾塑性特性と

繰 り 返 し ひ ず み の 履 歴 7) を 表 現 で き る

Ramberg-Osgoodモデル8), 9)に、粘性項と水

分伸縮項を加えることで応力-ひずみ関係を表

現した。繰り返し応答については、その応力-

ひずみ関係を初期負荷時の挙動(図3中①)と

除荷したあとの挙動(図3中②)に分け、それ

ぞれを骨格曲線、履歴曲線として表現する。除

ひずみ

応力 骨格曲線

履歴曲線

0

除荷

再負荷

骨格曲線

用紙 水分

初期状態 定着ニップ内

高温側

定着装置

低温側

定着装置

脱湿により収縮

吸湿により膨張

図2 定着ニップにおける用紙内の水分移動 Moisture migration within paper in fusing nip

図3 繰り返し応答を考慮した弾塑性モデル Mechanics model with response iteration

技術論文

定着装置における用紙カールのシミュレーション技術

富士ゼロックス テクニカルレポート No.25 2016 55

荷したあとであっても、履歴曲線上の応力が骨

格曲線上の応力を超える場合は、骨格曲線上に

応力-ひずみ関係が戻るものとして計算する(図

3中③)。粘性項については、図4に示すように、

2モードの一般化Maxwellモデルを採用する2)。

また、カール量を予測するためには厚さ方向の

応力分布を計算する必要があり、図4のように

力学変形モデルの要素を厚さ方向に並列につな

ぐことで応力分布を表現した。その用紙の力学

変形モデルは次式で表すことができる。

dtdW

dtd

En

dtd

Edtd

W

n

y

j

jj

j

ασσσ

μσσε

+⎟⎟⎠

⎞⎜⎜⎝

⎛+

+=

−1

73

1

   

(1)

dtdW

dtd

En

dtd

Edtd

W

n

y

M

j

jj

j

ασσσσ

μσσε

+⎟⎟⎠

⎞⎜⎜⎝

⎛ −+

+=

−1

273

1

   

(2)

21 EEE += (3)

21 σσσ += (4)

ここで、jは一般化Maxwellモデルのモード番

号、tは時刻、εはひずみ、σは応力、Eはヤング

率、μは粘性係数、nは硬化指数、σyは降伏応力、

αWは水分収縮率、Wは含水率である。また式(1)

は骨格曲線上、式(2)は履歴曲線上の応力-ひ

ずみ関係を表し、σMは応力-ひずみ関係が折り

返す点の応力を表す。

物性の温度と含水率に対する依存性を考慮す

るため、各物性値を次の指数関数で表現した。

⎟⎟⎠

⎞⎜⎜⎝

⎛−⎟⎟

⎞⎜⎜⎝

⎛−=

WTET

WTEEττ

expexp0 (5)

⎟⎟⎠

⎞⎜⎜⎝

⎛−⎟

⎟⎠

⎞⎜⎜⎝

⎛−=

WT

WT

μμ ττμμ expexp0 (6)

⎟⎟⎠

⎞⎜⎜⎝

⎛−⎟⎟

⎞⎜⎜⎝

⎛−=

nWnT

WTnnττ

expexp0 (7)

⎟⎟

⎜⎜

⎛−

⎟⎟

⎜⎜

⎛−=

WTyy

yy

WT

σσ ττσσ expexp

0 (8)

ここで、Tは温度である。また、E0、μ0、n0、σy0とτは各物性の温度と含水率に対する依存性

を表現するための定数であり、後述するように

カーブフィッティングを用いて実験結果から同

定する。本モデルを用いて、用紙温度25℃、含

水率1.8wt%における用紙の応力-ひずみ関係

の予測結果と実験結果を比較した。結果を図5

に示す。図5より、除荷、再負荷の挙動を含め

て応力-ひずみ関係を精度よく予測できている

ことがわかる。

3.1.2 用紙力学特性の測定技術

次に温度、含水率に依存する用紙の粘弾塑性

特性を定量化する。定着装置内では、密閉され

た状態で用紙が100℃以上の温度に加熱され

る。その定着装置内と同じ条件下で、用紙の機

械物性を測定するため、用紙を高温高含水率に

制御した状態で、応力-ひずみ関係を測定できる

装置を開発した(図6)。本装置は、ヒーター、

加湿装置、ファンを用いてチャンバー内の温湿

度を均一に調整し、用紙温度25~85℃、含水

1E

2E 2μ

1μWαyn σ,

・・・

水分収縮要素用紙厚さ方向 塑性要素ダンパバネ0

10

20

30

40

50

60

0% 1% 2% 3%

応力

[MP

a]

ひずみ

予測結果

実験結果

図4 用紙力学変形モデル Mechanical model of paper deformation

図5 用紙の応力-ひずみ関係の実験結果と予測結果

Experiment results and predicted results of thepaper stress-strain relationship

技術論文

定着装置における用紙カールのシミュレーション技術

56 富士ゼロックス テクニカルレポート No.25 2016

率2~10wt%での計測が可能である。本装置を

用いて用紙の応力-ひずみ関係を測定した結果

例を図7に示す。図7より、温度や含水率の上昇

に伴い強度が弱くなり、塑性変形しやすい状態

になっていることがわかる。また、測定結果か

ら得られたヤング率を図8に示す。式(5)~(8)

を用いたカーブフィッティングにより、測定結

果から、物性の温度、含水率依存性を表す定数

を同定することができる。

3.1.3 力学変形モデルによるカール量予測

シミュレーションの検証

構築した力学変形モデルの妥当性を検証する

ため、カール量の計算値と実験値を比較した。

検証には、2-Rollの定着ベンチを用い、用紙の

力学変形への影響が大きい、定着温度と用紙含

水率とを因子とした。定着温度は用紙通過前の

ローラーの温度と定義し、2つのローラーは同

一温度とした。

まず、定着装置内での用紙の曲率履歴や用紙

が受ける力を定量化するため、汎用有限要素法

解析ソフト、ダッソー・システムズ社製の

Abaqus®10)を用いて構造解析を行った。検証

対象の概念図と位置に対する用紙の曲率履歴の

計算結果を図9に示す。図9より、定着ニップ中

央付近で最大の曲率となっていることがわかる。

この結果を、力学変形モデルに与えて、カール

量を計算した。カール量は曲線の曲がり具合を

表す曲率を用いて表現し、定着装置の下側にあ

るローラーを内側にして丸まる(下方向に丸ま

る)場合をプラスの曲率として定義した。

図10にカール量の実験値と計算値の要因効

果を比較した結果を示す。構築した力学モデル

により、各因子に対してカール量を精度よく(相

関係数0.98)予測することができた。

-10

-8

-6

-4

-2

0

25 75 100 160 5.5 9.5

定着温度[℃] 含水率[wt%]

カー

ル量

[m-1]

実測値

計算値

0

5

10

15

20

25

30

0% 1% 2%

応力

[MP

a]

ひずみ

0

5

10

15

20

25

30

0% 1% 2%

応力

[MP

a]

ひずみ

水分率:8.0wt% 温度:25℃

25℃

55℃

85℃

2.5wt%

7.8wt%

13.8wt%

0

1000

2000

3000

4000

5000

0 5 10 15

ヤン

グ率

[M

Pa

含水率[wt%]

25℃

55℃

85℃

ヒーター

チャンバー

ファン

加湿装置

15

0m

m

用紙

ロードセル

ローラーゴム層(厚み小)

ゴム層(厚み大)

ローラー

用紙

1ニップ内のパス

-20

-15

-10

-5

0

50 5 10

用紙

の曲

率[m

-1]

ニップ入口からの距離[mm]

入口

中央

出口-

図6 開発した引っ張り試験装置 The developed tensile tester

図7 用紙の応力-ひずみ関係測定結果 Measurement results of the paper stress-strainrelationship

図8 ヤング率測定結果 Young’s modulus measurements

図9 2-Roll定着ベンチとニップ内曲率履歴の計算結果 2-roll fusing bench and calculation results of the nipcurvature history

図10 2-Roll定着ベンチにおけるカール量の要因効果

Factorial effects on curl amount with 2-roll fusingbench

技術論文

定着装置における用紙カールのシミュレーション技術

富士ゼロックス テクニカルレポート No.25 2016 57

3.2 水分移動シミュレーション技術

3.2.1 水分移動によるカールメカニズム

定着装置では、定着部材に温度差がある場合、

温度が低いほうを内側にしてカールする現象が

知られており、図2に示したように、用紙の厚

さ方向の水分移動が関係していることが確認さ

れている6)。定着装置内での水分移動がカール

として発現するメカニズムは次のとおりである

(図11)。

① 初期状態~定着ニップ内

用紙内部の高温側の圧力が高くなり、低温側

に水分が移動する。

② 定着ニップ内

用紙の高温側は含水率が低下することで収縮

するが、定着部材に挟まれて拘束された状態

のため、元の形状を保持しようと引っ張り方

向に応力が働く。一方、用紙の低温側は含水

率が増加することで膨張し、高温側とは逆に

圧縮方向に応力が働く。そのため、高温側と低

温側の双方で力学的な残留ひずみが発生する。

③ 定着ニップ排出後

定着ニップ排出から一定時間経過後、用紙内

が均一な含水率分布となると、定着ニップ内

で発生した残留ひずみにより、低温側を内側

とするカールが発生する。

つまり、定着装置内での水分移動によるカール

量を予測するためには、温度差による水分移動

と力学変形の双方を考慮して解く必要がある。

用紙は繊維と空隙で構成される多孔質媒体で

ある(図12)。水分の移動経路は繊維-空隙間と

空隙内の2つが支配的である。繊維-空隙間の水

分移動は繊維の乾燥で、空隙内の水分移動は水

蒸気の透過拡散で表現できると考え、それぞれ

のモデルを構築した。

3.2.2 繊維-空隙間の吸脱湿モデル化

用紙は、含水率が高い状態では脱湿速度が速

く、含水率が低くなると脱湿速度が低下する減

率乾燥特性を示す。繊維の吸脱湿速度は、繊維

が接している用紙空隙の水蒸気分圧Pと、繊維か

ら水分が離脱しようとする圧力PSの差に比例す

る次式で表すことができる11)。

( )SPPkdtdW

−= (9)

低温側

初期状態 定着ニップ排出後定着ニップ内

水分移動

塑性要素

ダンパ

バネ

用紙

水分

水分収縮要素

低温側

力学変形

定着装置(低温側)

定着装置(高温側)

定着装置(低温側)

定着装置(高温側)

脱湿による収縮で粘塑性変形が発生

高温側より多く水分が脱湿

20μm

用紙繊維

用紙空隙

図11 水分移動によるカール発生メカニズム Mechanism of paper curl occurrence due to moisture migration

図12 用紙の拡大写真 Micrograph of paper

技術論文

定着装置における用紙カールのシミュレーション技術

58 富士ゼロックス テクニカルレポート No.25 2016

ここで、kは物質移動係数である。用紙空隙の水

蒸気分圧はBoyle Charle’s lawにより次式とな

り、空隙中の絶対湿度HVHと用紙温度Tに比例する。

TRHP WVH= (10)

ここでRWは水蒸気のガス定数である。

次に、PSの定式化を考える。液滴表面からの

蒸発のように、水分子の集合から大気中に離脱

する場合、PSは飽和水蒸気圧P*となる。これに

対して、用紙内の水分子は繊維と結合している

ため、結合力によりPSが飽和水蒸気圧より低く

なると考えられる。また、含水率によって乾燥

面の単位面積あたりの水分子量が変化すること

も考えられる。以上より、PSは温度と含水率に

依存する関数で表現可能と考えた。PSと温度、

含水率の関係を定量化するため、一定の温湿度

条件下に用紙を設置し、十分に時間が経過した

あとの含水率を測定した。その状態は式(9)

の左辺=0の平衡状態であると仮定し、下式が成

り立つと考えた。

SPP = (11)

図13は各温湿度条件下での測定結果である。

横軸に相対湿度HRHを、縦軸に含水率を示し、温

度25、55、85℃の測定結果をシンボルで示す。

ここで、相対湿度は、次式のように飽和水蒸気

圧P*と水蒸気圧Pの関係で定義され、平衡状態の

水蒸気圧を飽和水蒸気圧で正規化した値である。

*PPH RH = (12)

測定結果より、仮説どおりPSは温度と含水率

に依存性を持つことがわかった。次に、この依

存性を定式化するため、含水率、湿度、温度の

関係を次式で表現し、カーブフィッティングを用

いて測定値から、定数WT0H0、T0、H0を決定した。

( ) ⎟

⎟⎠

⎞⎜⎜⎝

⎛−

=000

0*

expln

TTWWHPP

HTS (13)

回帰結果を図13の破線に示す。回帰結果は、

測定結果をよく近似できていることがわかる。

3.2.3 空隙中における水蒸気の透過拡散モ

デル化

繊維からの脱湿により空隙に放出された水蒸

気の移動をモデル化する。水蒸気は、温度差に

よって生じる圧力差と、水蒸気の濃度(湿度)

差によって移動すると考えられる。

定着ニップ内で用紙が表面から加熱され、用

紙厚さ方向に温度分布が生じると、用紙の温度

が高い部分では水蒸気の圧力が高くなり、温度

が低く、圧力が低いほうに水蒸気が移動する。

水 蒸 気 の 圧 力 は 式 ( 10 ) に 示 し た 、

Boyle-Charle’s lawにより表すことができる。

圧力差による水分の移動は、多孔質媒体内での

水蒸気の透過として表せる。また、用紙の温度

が高くなると、繊維から空隙への乾燥量が増加

し、近傍空隙の湿度が高くなる。すると、乾燥

量が少ない低温部との湿度差が生じ、水分は湿

度の低いほうに移動する。この現象は水蒸気の

拡散として表すことができる。以上の用紙内で

の水蒸気の透過と拡散を、圧力項を考慮した次

の拡散方程式でモデル化し、空隙内の水蒸気移

動を表した。

dtdW

xPK

xxH

Kxt

H

P

PVH

DVH

ερ

+

⎟⎠⎞

⎜⎝⎛

∂∂

∂∂

+⎟⎟⎠

⎞⎜⎜⎝

⎛∂

∂∂∂

=∂

(14)

ここで、KDは拡散係数、KPは透過係数、ρPは繊維の真密度、εは空隙率である。

0

5

10

15

0 50 100

含水

率[w

t%]

相対湿度[%]

25℃

55℃

85℃

シンボルは実験結果破線は回帰結果

図13 用紙の温度、相対湿度、含水率間の関係を測定した結果

Measurements of the relationship between papertemperature, paper moisture content, and relativehumidity

技術論文

定着装置における用紙カールのシミュレーション技術

富士ゼロックス テクニカルレポート No.25 2016 59

3.2.4 水分移動モデルによる含水率予測シ

ミュレーションの検証

繊維の吸脱湿モデルと空隙中水蒸気の透過拡

散モデルを連成した、用紙の水分移動モデルの

検証を行った。検証は定着器排出後の温度を初

期条件とし、含水率の時刻歴を計算して、実験

結果と比較した。温度計算には、蒸発潜熱と用

紙表面の熱伝達を考慮した下記に示す熱伝導方

程式を用いた。

( ) )(BoundaryTTxT

dtdWL

xT

xtTC Wv

  −=∂∂

−⎟⎠⎞

⎜⎝⎛

∂∂

∂∂

=∂∂

∞αλ

ερλ (15)

ここで、Cvは熱容量、λは熱伝導率、Lは蒸発

潜熱、ρWは水の密度、αは熱伝達係数、T∞は大

気の温度である。

計算時には、繊維の吸脱湿モデルの式(9)

を前進オイラー法で、蒸気移動モデルの式(14)

と伝熱モデル式(15)を後退オイラー法で離散

化し、連成して解いた。検証結果を図14に示す。

図14より、含水率が高い状態では乾燥速度が速

く、乾燥が進み含水率が減少すると乾燥速度が

低下する減率乾燥特性を表現できており、実験

値を精度よく再現できている。

3.3 カール量予測シミュレーションの検証

水分移動モデルと力学変形モデルを組み合わ

せたカール量予測モデルの妥当性を検証するた

め、カール量の計算値と実験値を比較した。検

証には、2-Rollのフラットニップ定着ベンチ

(ニップ内曲率=0m-1)を用いた(図15)。第

3.1.3項と同様に、ニップ通過中に用紙が受け

る変形の曲率と、応力履歴は汎用有限要素法解

析ソフトAbaqus®を用いて算出した。検証は用

紙の水分移動による変形への影響が大きい温度

差、含水率、水分伸縮率を因子として行った。

図16に計算結果の一例を、図17に検証結果を

示す。図16より定着ローラーの温度差によって、

ニップ内の曲率=0ローラー(B)

ローラー(A)

用紙

0

2

4

6

8

10

12

0 1 2

含水

率[w

t%]

時刻[sec]

実験結果(初期含水率11wt%)

計算結果(初期含水率11wt%)

計算結果(初期含水率4wt%)

実験結果(初期含水率4wt%)

0

50

100

150

0 50 100

用紙

温度

[℃]

厚さ方向位置[μm]

初期状態 0.02 秒後 0.04 秒後0.06 秒後 0.08 秒後 0.10 秒後

高温側 低温側

0

0.5

1

1.5

0 50 100

湿度

[kg/m

3]

厚さ方向位置[μm]

-1

0

1

2

3

4

0 50 100

応力

[MP

a]

厚さ方向位置

7%

8%

9%

10%

11%

0 50 100

含水

率[w

t%]

厚さ方向位置[μm]

図14 水分移動モデル検証結果 Verification results of the vapor migration model

図15 2-rollフラットニップ定着ベンチ 2-roll flat nip fusing bench

図16 水分移動モデルの計算結果例 Example of vapor migration model simulation results

技術論文

定着装置における用紙カールのシミュレーション技術

60 富士ゼロックス テクニカルレポート No.25 2016

定着ニップ内で用紙の表裏に温度差が発生し、

それに伴い湿度、含水率、応力に分布が発生し

ていることがわかる。その応力分布に伴い用紙

の表裏で残留ひずみ差が発生してカールとなる。

本モデルを用いて算出したカール量の要因効果

は、含水率、伸縮率、定着温度に対して、実験

結果と高い精度(相関係数0.95)で一致した。

4. 定着ニップカール量予測結果

本研究で構築したカール量予測シミュレー

ションのフローを図18に示す。本モデル構築に

より、トナーや用紙の物性をデータベース化し

ておけば、定着システムや環境条件といった設

計パラメーターに対するカール量の要因効果を

シミュレーションで検討可能となり、搬送経路

途中のカール量測定などの実験を省力化できる。

定着温度 2-roll(160℃/160℃ - 95℃)

Free Belt Nip Fuser(95℃ - 170℃)

用紙 普通紙 A, B, C(88μm - 251μm),

コート紙(90μm)

含水率 3.7wt% - 9.9wt%

画像密度 0% - 200%

本モデルを用いて実機のカール量を計算し、

予測精度を検証した。検証は、定着器の種類、

定着温度、用紙の種類、画像密度を因子とした。

表1に因子と水準を示す。定着装置には、方式

が大きく異なる構成として、ローラーのみで構

成される定着器(2-Roll)とベルトを用いた定

着器(Free Belt Nip Fuser12)、図19)の2種

を選択した。評価用紙は、力学変形モデルに影

響が大きい用紙剛性、水分移動モデルに影響が

大きい透気度に着目し、双方の特性の上下限を

ベルト

パッド

ローラー

-25

-20

-15

-10

-5

0

3.7 6.0 9.9 0.10 0.14 0.17 160 /

60

160 /

95

160 /

160

含水率[wt%] 表裏伸縮率差

[%/wt%]

定着温度[℃]

カー

ル量

[m-1] 計算値 実験値

60/160

95/160

定着温度[ローラ(A)/ローラ(B)℃]

シミュレーションモデル

システム/設計パラメーター

定着装置

用紙

トナー

環境

定着温度

プロセス速度

用紙の曲率/外力履歴

トナー物性

用紙物性

用紙初期状態

大気の状態

伝熱

力学変形

繊維の吸脱湿

空隙中水蒸気の透過拡散

用紙カール

図18 カール算出の流れ Flow of paper curl calculation

表1 検証実験の条件 Verification conditions

図19 Free Belt Nip Fuser12)

図17 2-rollフラットニップ定着ベンチによる

カール量の要因効果 Factorial effects on curl amount with 2-roll flat nip fusing bench

技術論文

定着装置における用紙カールのシミュレーション技術

富士ゼロックス テクニカルレポート No.25 2016 61

考慮して選択した。ここでトナーについては、

弾性バネと粘性ダッシュポットと熱収縮要素か

ら構成される要素を変形モデルとし、用紙を表

現した要素に並列に接続することで計算した3)。

定着装置通過後のカール量計算値と実験値を

比較した結果を図20に示す。いずれの定着器に

おいても計算値と実験値が、相関係数0.98と高

い精度で一致した。これらの結果から本モデル

は、設計時に考慮すべきパラメーター変更に伴う

カール量の変化を汎用的に精度よく予測できた。

5. 適用事例

本解析手法によるカール量の予測によって、

開発の効率化を実現した事例を示す。新商品の

開発時に、搬送経路の概略レイアウトをもとに

本シミュレーションによりデカーラ装置の仕様

を検討した。試作前段階の実機がない状態でデ

カーラ装置の構成、材料を決めるため、複数種

類の用紙が搬送経路を通過したあとのカール量

をシミュレーションで見積もり、デカーラ部の

曲率によってカール量が抑制可能かを見積もっ

た。カール量の予測値が最大となる紙種に対し

て、デカーラ出口部の曲率と最終的なマシン排

出時のカール量予測値との関係を図21に示す。

この結果から、デカーラ出口部の曲率を50m-1

以上とすればすべての紙種でカールを0m-1に

抑制可能であることがわかった。この結果と構

造解析によるニップ曲率の計算結果とをあわせ

てデカーラ装置の構成と材料パラメーターを決

定した。本解析技術により、試作レスでのパラ

メーター設計を可能とし、フロントローディン

グ開発を実現した。

6. おわりに

フロントローディング開発プロセスを確立す

るため、定着装置の設計パラメーターに依存す

るカール量を、精度よく予測する技術を構築し

た。構築した技術は、高温高湿下における用紙

の機械物性の測定技術と力学変形と水分移動の

2つの物理モデルによるシミュレーション技術

である。

用紙の力学変形を予測する技術として、温度、

含水率によって変化する機械物性を考慮しなが

ら、繰り返し変形を伴う応力-ひずみ関係を表現

できる力学変形モデルを構築した。その用紙の

機械物性を測定するため、定着装置内と同等の

用紙温度25℃~85℃、含水率2~10wt%の状

態で応力-ひずみ関係を測定可能な計測装置を

開発した。本計測技術により、用紙の粘弾塑性

特性の温度、含水率依存性の定量化が可能と

なった。

さらに、水分移動を予測する技術として、用

紙の減率乾燥特性を考慮した繊維の吸脱湿モデ

ルと、空隙内水蒸気の透過拡散モデルを組み合

わせることで、含水率分布を精度よく予測でき

る技術を構築した。構築した力学変形モデルと

水分移動モデルを連成して解くことで、定着装

置通過後のカール量を予測することができた。

本技術により、定着装置の開発時に考慮すべき、

システムの構成やレイアウト、環境条件の変化

や用紙の種類の変更に伴うカール量の変化を、

相関係数0.98と高い精度で予測可能とした。本

技術により、試作レスで定着システムの仕様検

討を可能とし、フロントローディング開発を実

現した。

-40

-30

-20

-10

0

10

-40 -30 -20 -10 0 10

実験

値[m

-1]

計算値 [m-1]

系列2系列1系列3

-40

-30

-20

-10

0

10

-40 -30 -20 -10 0 10

実験

値[m

-1]

計算値[m-1]

系列2系列1系列3

含水率9.9wt%

6.0wt%

3.7wt%

含水率9.9wt%

6.0wt%

3.7wt%

-20

-10

0

10

20

0 20 40 60 80

マシ

ン排

出時

カー

ル曲

率[m

-1]

デカーラ出口部の曲率[m-1]

図20 シミュレーション検証結果 Verification results of curl prediction

(a)2-roll定着装置 2-roll fusing system

(b)Free belt nip fuser

図21 設計パラメーターとカール量の関係 Relationship between a design parameter and the amount of paper curl

技術論文

定着装置における用紙カールのシミュレーション技術

62 富士ゼロックス テクニカルレポート No.25 2016

7. 商標について

Abaqusはダッソー・システムズ社の米国お

よびその他の国における登録商標または商標

です。

その他の商品名、会社名は、一般に各社の商

号、登録商標または商標です。

8. 参考文献

1) 中山信行, 伊藤朋之: “ゼログラフィー解析

—フロントローディング開発支援ツール

—”, 富士ゼロックステクニカルレポート,

No.18, pp.15-26, (2008).

http://www.fujixerox.co.jp/company/

technical/tr/2008/s_02.html (参照日:

2016.03.01)

2) 伊藤朋之ほか: “用紙搬送経路における

カール量シミュレーション”, 日本画像学

会 誌 , Vol.51, No.3, pp.248-254,

(2012). 3) R. Takahashi: “Simulation Model to Predict

Paper Curl Reformation in a Decurler Device”, Journal of the Imaging Society of Japan, Vol.52, No.6, pp.523-529, (2013).

4) 荻野孝, 伊藤朋之, 高橋良輔, 細井清: “ゼロ

グラフィーにおける用紙カールのシミュ

レーション技術”, 富士ゼロックステクニ

カルレポート, No.21, pp.80-90, (2012).

http://www.fujixerox.co.jp/company/

technical/tr/2012/t_02.html (参照日:

2016.03.01)

5) 高橋良輔ほか: “粘弾塑性モデルによる用

紙カール矯正量予測シミュレーション技術

の構築”, 日本画像学会誌, Vol.51, No.1,

pp.22-28, (2012).

6) S. Oohara: “Prediction of Paper Curl Generated by Fusing Process”, Journal of the Imaging Society of Japan, Vol.52, No.6, pp.567-574, (2013).

7) Jennings: “Periodic Response of a General Yielding Structure”, Proc. ASCE, EM2, pp.131-163, (1964).

8) P. Wellmar: “Fracture toughness of paper – development of a test method”, Nordic Pulp Paper Res. J., Vol.12, No.3, pp.189-195, (1997).

9) 小林孝男: “紙の基本特性とその製造方法”, 日本画像学会技術講習会資料, (2010).

10) http://www.3ds.com/ja/

products-services/simulia/products/

abaqus/ (参照日: 2016.03.01)

11) 鈴木善孝: 化学工学の基礎, pp.199-222,

東京電機大学出版局, (2010).

12) 上原康博, 金澤祥雄: “Free Belt Nip Fuser

技術”, 富士ゼロックステクニカルレポー

ト , No.14, pp.82-88, (2002).

http://www.fujixerox.co.jp/company/

technical/tr/2002/03_01.html (参照

日: 2016.03.01)

筆者紹介

安藤 正登 研究技術開発本部 基盤技術研究所に所属

専門分野:機械工学、数値シミュレーション

荻野 孝 研究技術開発本部 基盤技術研究所に所属

専門分野:用紙物性、計測工学

伊藤 朋之 研究技術開発本部 基盤技術研究所に所属

専門分野:機械工学、流体工学