日 内 分 泌 会 誌,(Folia Endocrinol.)68.765～772.1992 765

S状 結腸癌の甲状腺転移の1例

兵 庫 県立尼 崎病 院 内科1),大 阪赤十 字病 院 内科2),京 都 大学 臨床 検査 医学3)

渋 谷 雄 平1),井 上 大 輔1),横 田 敏 彦2),

奥 田 譲 治3),森 徹3)

Metastatic Carcinoma of the Sigmoid Colon to the Thyroid Gland

Yuhei SHIBUTANI 1) , Daisuke INOUE 1) , Toshihiko YOKOTA 2), Jyoji OKUDA3) and Toru MORI3)

1) Department of Internal Medicine, Hyogo Prefectural Amagasaki Hospital

2) Department of Internal Medicine , Osaka Red Cross Hospital3) Department of Clinical Laboratory and Medicine , Kyoto University School of Medicine

A case of metastatic thyroid cancer from sigmoid colon cancer is presented.

A 52-year- old woman had a sigmoidectomy due to adenocarcinoma of the sigmoid

colon in April 1988. Serum carcinoembryonic antigen (CEA) levels gradually rose from July

1990 along with multiple metastatic lesions which appeared in the lung. They were resected

in January 1991. Two months later the subject noticed a painless and firm lump on the left

anterior neck. She was found to have a solitary mass in the left thyroid lobe. Thyroid

function remained within normal range. Cytological findings obtained by fine-needle

aspiration biopsy showed tall columnar carcinoma cells with an acinar pattern. Subtotal

thyroidectomy was performed, and histological examination revealed metastatic

adenocarcinoma from colon cancer. Immunohistochemical staining by anti-CEA was

positive but anti-thyroglobulin was negative.

Key words : Thyroid metastasis, Sigmoid colon cancer

緒 言

甲状腺の悪性腫瘍はそのほとんどが原発性の甲状腺癌であり,他 臓器原発癌が甲状腺へ転移し,

臨床的に甲状腺腫を触知する例はきわめて稀である。今回,S状 結腸原発癌の甲状腺転移と確診さ

れた症例を経験したので,若 干の文献的考察を加えて報告する。

症 例

患者:52才,女 性

主訴:左 頚部腫瘤

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766 S状 結腸癌の甲状腺転移 の1例(渋 谷,他4名)

家族歴:特 記 すべ きこ とな し

既往歴:39歳 子宮 筋腫,47歳 急性 肝炎

現 病歴:昭 和63年4月 に腹痛,下 血 にて 当院 外科 を受診 し,注 腸透 視検 査 でS状 結腸 にapple core

signを 認 めた(Fig.1)。 生検 でgroupV.S状 結腸 癌 と診 断 され,切 除術 を受 けた。 病理組 織所 見

で は,高 円柱 状腫 瘍 細胞 が乳頭 状腺 管 構造 を示 す 高分化 型 腺癌 で あ った(Fig.2)。 そ の後,平 成2

年7月 頃 よ りCEAが 徐 々 に上 昇 し,両 側 肺野 に転移 巣 を認 め た ため(Fig.3),平 成3年1月 に右 肺

のS6,S8,お よび左 肺 のS3の 区域 切 除 が施行 され た。 病理組 織 で は結 腸 由来 の高 分化 型腺 癌 と診

Fig. 1 Ba enema showing apple core sign in the sigmoid colon (April 1988).

Fig. 2 Histologic section of the tumor in the sigmoid colon showing

well-differentiated adenocarcinoma (Hematoxylin and eosin;•~200).

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日 本 内 分 泌 学 会 雑 誌 767

断 され た。 さ らに3月 初 め頃 よ り左頚 部腫 瘤 を 自覚す る よ うにな り,急 速 に増 大傾 向 を示 したた め

精査 目的 にて内科 へ紹 介 され た。

現 症:身 長166cm,体 重62kg,血 圧120/78mmHg,脈 拍78/分 で整,結 膜 に黄 疸 ・貧血 な し。 心肺

に異 常 な く,肝 脾 を触 知 せず。 頚部 の触 診 では 甲状腺 左葉 全体 に一致 して,比 較 的表 面平 滑 で硬 い

腫 瘤(2.5×4.0cm)を 認 め た。 リンパ節 は触知 しなか った。

入院 時検 査成 績:一 般 検血 お よび生 化学 検査 で は特 に異常 値 はみ られ な か った。 腫瘍 マ ー カーで は

αフ ェ トプ ロテ ィ ソは正 常 範囲 な が ら,CEAとCA19-9は 非 常 に高値 であ った。 サ イ ロ グ ロブ リ

ソはや や 高値 なが ら,カ ル シ トニ ンの 上昇 は認 め られ な か った。 甲状 腺 機 能 はeuthyroidで,抗

甲状 腺抗 体 は陰性 で あ った(Table.1)。

Fig. 3 Chest X-ray showing multiple metastatic lesions in

the lung (January 1991).

Table 1 Laboratory data on admission

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768 S状 結腸癌の 甲状腺転移の1例(渋 谷,他4名)

甲状 腺 シ ソチ(Fig.4)で は,99m TCO4-で 左葉 部 は抽 出 され な か った。201T1の 左葉 への 集積 も不 良

で,不 均一 な像 を示 し,delayed scanで はwash outさ れ た。67Gaの 集 積 は認 め られな か った。 頚

部CTで は,左 葉 全体 を 占め るlowdensityareaを 認 め た(Fig.5)。 超 音 波検査 で も左 葉全体 と峡

部 にかけ て 内部 エ コー がや や不均 一 で,hypoechoicな 充 実性 腫瘤 を認 め た。 尚,頚 部 単純 レ線 や

超 音波 検査 で も石灰 化 はみ られ なか った。

同部 位 の穿刺 吸 引細胞 診 で は,腺 管 構 造 を呈す る高 円柱状 の癌 細 胞 がみ られ,原 発 性 の甲状腺 癌

よ りも転移 性 甲状腺 癌 を示 唆す る所 見 と考 え られ た(Fig.6)。

臨床経 過:甲 状 腺 左葉,峡 部 お よび右葉 の一 部 を含 めた亜 全摘 を お こな った。頚 部 に腫 大 した リン

パ節 はみ られ な か った。

病理 組 織所 見 は,高 円柱 状腫 瘍細 胞 が乳頭 状腺 管 構造 を示す 高分 化型 腺癌 で あ った(Fig.7)。 免

疫組 織化 学 的検 査 で は,サ イ ロ グロ ブ リン染 色 は陰 性 で,CEA染 色 は陽性 で あ った(Fig.8)。 以

上 よ り原 発 のS状 結 腸,お よび肺 と甲状腺 の病 巣 の組 織所 見 はす べ て同一 の 高分 化型 腺癌 で あ り,

S状 結腸 癌 の 甲状 腺転 移 と診断 した。

術 後化 学療 法 がお こなわれ た が,全 身性転 移 のた め8カ 月後 に死 亡 した。

Fig. 4 99mTc - pertechnetate and 201T1- chloride scintiscan of the thyroid.

Fig. 5 CT scan of the thyroid showing low density area in

the left lobe.

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日 本 内 分 泌 学 会 雑 誌 769

Fig. 6 Fine-needle aspirate from the tumor in the thyroid showing tall

columnar carcinoma cells with an acinar pattern (Papanicolaou; •~ 200).

Fig. 7 Histologic section showing metastasis from adenocarcinoma of the colon to

the thyroid (Hematoxylin and eosin; •~ 200).

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770 S状 結腸癌の甲状腺転移 の1例(渋 谷,他4名)

考 察

悪性 腫瘍 の剖 検 例 の検 討 では,甲 状腺 へ の転 移 の頻度 は1.9-9.5%と 報 告 され てお り1)2)3),あま

りめず ら しい もの では ない。 しか し,臨 床 上 問題 とな る他臓 器原 発癌 の 甲状 腺 へ の転移 は極 めて少

な く,Wychulisら の報 告のでは,甲 状腺 の 手術症 例20,262例 中10例(0.05%)で あ った。Elliottら5)

の転移性 甲状 腺腫瘍58例 の集計 によれば,そ の原発巣 は腎癌 が33例 と最 も多 く,次 い で消化器 系癌,

肺 癌,乳 癌 の順 とな って い る。MayoClinicで は,1946-1982の36年 間 に30例 の 転移性 甲状腺 腫瘍

を経験 して お り,原発 巣 は 同様 に腎癌,乳 癌,肺 癌 が 多 く,そ の3疾 患 で全 体 の7割 以 上(23例)を 占め て

いた6)。大腸癌 の 甲状 腺転 移 の報告 例 は少 な く,また その原 発巣 は いず れ も直腸癌 で あ り4)5)7)8)9)10),本

Fig. 8 Thyroglobulin (TG) and CEA staining ( x 40) . Positive staining for TG is

observed in normal thyroid follicles and positive staining for CEA is observed in focus of adenocarcinoma.

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日 本 内 分 泌 学 会 雑 誌 771

症 例 の よ うにS状 結腸 癌 の 甲状 腺転 移 は ほ とん ど報 告 され て い ない。 大腸 癌 の遠 隔 臓器 再 発 の検

討11)では,結 腸 癌 は肝 が多 く,直 腸 癌 と比 べて肺 に転 移 す る ことが少 な い ことが指 摘 され てい る。

解剖 学 的特 徴 と して,結 腸 は単一 動脈 系 に支配 され,静 脈 は 門脈 に向 か うの に対 し,直 腸 は複数 動

脈 系 に支配 され,静 脈 は門脈 と大静 脈 の両 方 に流 れ てい ることが その理 由 の一 つ と考 え られ る。 転

移 性 甲状腺 腫瘍 では 同時 期,あ る いはそ れ以 前 よ り肺 転 移 を高頻 度 に認 め る こ とか ら6),肺 へ の転

移 の少 な い結腸癌 で は 甲状 腺転 移 の可能 性 は極 めて稀 で あ るこ とが推 察 され る。

一般 に甲状 腺 へ の転移 が少 な い理 由 と しては,古 くか らWillis12)に よ り2つ の仮 説 が提 唱 され て

い る。 そ の1つ はmechanical factorと して,甲 状 腺 が560ml/100g甲 状 腺組 織/分 とい う極 めて 豊

富 な動脈 血 の供給 を受 け てい る臓器 で あ る ことであ る。そ の速 い血流 速度 が甲状腺 におけ る腫 瘍 細

胞 の定 着 を妨 げて い る と考 え られ て い る。 さ らにchemicalfactorと して,甲 状 腺組織 にお け る高

酸素 飽和 度,お よび 高 ヨー ド含 有量 が腫瘍 細 胞 の発育 を妨 げて い る可 能性 が示 唆 され てい る。 した

が って,甲 状 腺 に器質 的 な障害 が あ る場 合,動 脈血 流量 の減 少,低 酸 素,あ るい は低 ヨー ド容 量状

態 に陥 り,転 移 を来 た しやす い こ とが考 え られ る。 実際,Smithら13)は,転 移性 甲状 腺腫 瘍19例 中

11例 に以前 か らadenomatous,multinodular,あ るい はlymphocytic goiterの 存 在 が認 め られ て

い た こと を報 告 して い る。 また,直 腸癌 の 甲状 腺転 移 の4例 の集計7)で も,2例 に橋 本 病 の合併 が み

られ てお り,Willisの 仮説 を支 持す る所見 と思 われ る。 しか し,本 症例 で は抗 甲状 腺抗体 は陰 性 で,

組織 で もadenomatous changeや 慢性 の炎症 像 はみ られ な か った。

転 移性 甲状 腺腫瘍 の特徴 と して は,本 症 例 の ご と く一 見未 分化癌 を疑 わせ る様 な硬 い腫 瘍 とそ の

急 速 な増 大 が挙 げ られ る14)。画 像診 断 で は,頚 部単 純 レ線 で石灰 化像 がほ とん どみ られ ない こと も

一 つの特 徴で あ る7)14)15)。 また,本 症 例 の 甲状 腺 シ ソチで,99TcO4-が 欠損 を示 した左 葉部 へ201T1と

67Gaの 有 意 な集積 が認 め られ なか った こ とも甲状腺 原発 の分 化癌 や未 分化癌 に合致 し難 い所見 で あ

る。 原発 性 と転移 性 の 甲状 腺腫瘍 の鑑 別 には穿 刺 吸引 細胞 診 が有用 で あ る13)14)。原 発巣 に よって若

干異 な るが,本 症例 の よ うに乳頭 状腺 管構 造 を呈す る高 円柱 状 の腫 瘍 細胞 がみ られ た場合,結 腸 由

来 を示 唆 す る所 見 で あ り,穿 刺 吸引細 胞診 の診 断的 価値 は高 い。 しか し,甲 状腺 乳頭 癌 の中 には大

腸 原 発 の腺癌 に類似 した組織 像 を示 す円柱 細胞 亜型"columnar-cell variant"の 報 告16)もあ り,確

定 診 断 には免疫 組織 化学 的 に サイ ロ グロブ リンの確 認 が必要 と考 え られ る。本症 例 では サ イ ログ ロ

ブ リンは陰性 で,CEAが 陽性 で あ った。

予後 につ いては,原 発 巣 の悪性 度 と甲状 腺以 外 の臓器 へ の転移 の有 無 に よって異 な る。 腎細 胞癌

は比較 的 悪性 度 が低 く,さ らに は肺 を介 さず にvertebral venous systemに よ って 甲状 腺 へ単 独転

移 す るこ とも報 告 され て お り15)17),その よ うな症 例 で は外 科 的切 除 に よ り良好 な予後 が期 待で きる。

それ に対 して,肺 癌 や消 化器 系癌 の 甲状 腺転移 はす で に他臓 器 への転移 を来 た してい る ことが多 く,

予 後 は極 めて不 良 で あ る。 直腸癌 の報 告例7)8)では,血 行 性 に肺 を介 して 甲状 腺 へ転移 し,そ のほ と

ん どが手術 後数 ケ月以 内 に全 身性 転移 の ため死 亡 して い る。 手術適 応 に ついて は原発 巣 の部位,他

臓 器 への転 移 の程度,全 身状 態,お よび局 所圧 迫症状(呼 吸 ・嚥 下困 難等)の 有 無 を考慮 し,慎 重

に対処 す べ き ことと思 われ る

結 語

S状 結腸 癌 の 甲状 腺転 移 がみ られ た稀 な症例 を報 告 した。 臨床 的 に は甲状腺 の悪 性腫 瘍 はそ の ほ

とん どが原 発性 の 甲状腺癌 で,転 移性 甲状 腺腫瘍 は極 めて少 な い。 しか し,本 症 例 の よ うに臨床 経

第68巻 第8号

772 S状 結腸癌の甲状腺転移 の1例(渋 谷,他4名)

過はしばしば急速で予後不良のことが多いので,そ の存在も日常診察上留意すべきことと思われた。

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