[pva-paa]ゲ ルの力学的特性に対する paa混 入率の影響について

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Page 1: [PVA-PAA]ゲ ルの力学的特性に対する PAA混 入率の影響について

「材 料 」(J. Soc. Mat. Sci., Japan), Vol.44, No.503, pp . 1041-1046, Aug. 1995

論 文

[PVA-PAA]ゲ ルの力学的特性 に対する

PAA混 入率の影響 について

佐 藤 嘉 憲 久 保 光 徳 青 木 弘 行

鈴 木 邁 吉 田 旺 弘

On the Effect of PAA Concentration on

Tensile Properties of [PVA-PAA] Gels

by

Yoshinori SATO*, Mitsunori KUBO**, Hiroyuki AOKI

Tsutomu SUZUKI**** and Akihiro YOSHIDA

Recently, a contractile [PVA-PAA] gel that responds to electric potential was developed. For various

applications of the [PVA-PAA] gel, it is important that the tensile properties and the structure of the gel are

clarified. In this paper, the effect of PAA concentration was examined to obtain the relationship between the

tensile property and the structure. [PVA-PAA] aqueous solutions were gelled by freezing-thawing cyclic

processing (freezing: -60•Ž/5hr, thawing: +15•Ž/5hr, number of freezing-thawing cycles: 5 cycle).

The results obtained are summarized as follows:

(1) All of the initial Young's modulus, apparent Young's modulus and maximum stress decreased as the

PAA concentration increased. These behaviors are attributable to not only the decrease of cross-linking

density in PVA polymer chains by mixed PAA but also the hindering of orientation of PVA polymer chains

by PAA under the deformed condition.

(2) Both the strain energy and the maximum strain reached maximum at PAA concentration: 5wt%.

This behavior is observed at the PAA/PVA molar ratio smaller than 0.3.

(3) PAA contributes to the degeneration of tensile property at an infinitesimal deformation region and

to the improvement of elongation of PVA polymer chain at a large deformation region. At the break point,

the decrease of tensile property was due to the decrease of cross-linking density by PAA.

(4) From the above results, it is suggested that [PVA-PAA] gels form phase-separated networks.

Key words: Poly (vinyl alcohol), Poly (acrylic acid), [PVA-PAA] gel, Phase-separated networks,

Tensile property

1 緒 言

ポリビニルアルコール(PVA)水 溶液を常温に放置す

ると,時 間とともにその粘度が増大 し,最 終的にゲル化

することはよく知 られている.PVAに 代表 される高分

子ゲルは,生 体適合性などの観点からきわめて有望な材

料とされているが,力 学的特性が乏しいためにその用途

が制限されている.

近年,南 部はPVA水 溶液を凍結 ・真空乾燥すること

により強力なゲルを,一 方,渡 瀬らはPVA水 溶液を凍

結 ・解凍することによって均質なゲルを作成 している.

これらのPVAゲ ルは,他 の水溶性高分子にはみられな

い特異な性質を示 し,特 に後者のゲルは,高 強度 ・高弾

性率を有 している.ま た,こ のPVAゲ ルに高分子電解

質であるポ リアクリル酸(PAA)を 混入 して冷解凍を繰

返すことにより,刺 激応答伸縮性を有 した[PVA-PAA]

ゲルが得 られる.こ のゲルは,電 場などの外部刺激や周

辺溶液のpH6)と いった環境変化に応答 し,メ カノケミカ

ル反応によって化学的エネルギーを力学的エネルギーに

効率よく変換するため,ア クチュエータや人工筋肉,そ

の他さまざまな利用法が提案され,注 目を集めている.

高分子ゲルの利用範囲を拡大するためには,ゲ ルが有

する力学的特性を解明することが重要である.渡 瀬は,

反復冷解凍 によって作成 したPVAゲ ルのレオロジー的

性質を,[重 合度 ・ケン化度 ・濃度]の 観点か ら検討 し

ている.し かしながら,一 般に,ゲ ルの力学的特性解明

は微小変形領域に限定 されており,大 変形領域の挙動に

関してはほとんど検討 されていない.ま た,刺 激応答性

ゲルとして知られるポリアクリルアミドゲルは,架 橋剤

† 本 報 を 「[PVA-PAA]ゲ ル の 特性 と構 造 に関 す る研 究(第1報)」(Study on the Properties and the Structure of [PVA-PAA] gels, I)と す

る.

原 稿 受 理 平 成6年9月12日Received Sep. 12, 1994

* 学 生 会 員 千 葉 大 学 大 学 院 〒263千 葉 市稲 毛 区弥 生 町,Graduate Student, Chiba Univ., Inage-ku, Chiba, 263

** 千 葉 大 学 自然 科 学 研 究 科 〒263千 葉 市 稲 毛 区 弥生 町,Graduate School of Sci. & Tech., Chiba Univ., Inage-ku, Chiba, 263

* * * 正 会 員 千 葉 大 学 工 学 部 工 業 意 匠 学 科 〒263千 葉 市稲 毛 区弥 生 町,Dept. of Indust. Design, Chiba Univ., Inage-ku, Chiba, 263

* * * * 正 会 員 千 葉 工 業 大 学 工 業 デ ザ イ ン学 科 〒275習 志 野 市 津 田沼,Dept. of Indust. Design, Chiba Inst. of Tech., Tsudanuma, Narashi-

no, 275

* * * * * 正 会 員 東 北 工 業 大 学 工 業 意 匠学 科 〒982仙 台市 太 白 区八 木 山,Dept. of Indust. Design, Tohoku Inst.of Tech., Taihaku-ku, Sendai,

982

Page 2: [PVA-PAA]ゲ ルの力学的特性に対する PAA混 入率の影響について

1042 佐藤嘉憲,久 保 光徳,青 木弘行,鈴 木 邁,吉 田旺弘

(ビスアクリルア ミド)を 用いるためにその分子構造は

明確であるが,[PVA-PAA]ゲ ルのように,2種 類の重

合体を分子間二次結合により架橋する場合(ポ リマーア

ロイ)に は,そ の構造に関 して不明な点が多い.

そこで,本 研究においては,[PVA-PAA]ゲ ルの力学

的特性 とその分子構造の関係を解明することを目的とし

た.特 に,PAA混 入率の引張特性に対する影響を検討

し,本 ゲルの分子構造の解明を試みた.

2 実 験 方 法

2.1 ゲルの作成

実験に使用 したPVA(日 本合成化学/NH-18:重 合度

1700, NH-26:重 合度2600, OKS-9103:重 合度3500)

は,常 法 により分別 ・完全ケン化 し,メ タノールで48

hr連 続か く拌 して精製 した後,48hr減 圧乾燥(10-5

Torr)し て調製 した.な お,PAAは 和光純薬製試薬

(重合度2000)を 使用 した.

ゲルの作成 に使用 した試料溶液は,PVA水 溶液 を

90℃/2hr加 温か く拌 した後,所 定量のPAA水 溶液を

混合 してさらに90℃/2hr加 温か く拌することにより

調製した.注 型した試料溶液は,二 元冷凍機式恒温槽に

お いて反復冷 解凍 法[冷 凍:-60℃/5hr,解 凍:

+15℃/5hr,冷 解凍反復数:5サ イクル]に よりゲル

化 し,蒸 留水中に48hr以 上浸漬 してから以下の試験

に供 した.

2.2 引張強度試験

引張強度試験 に使用 した試験片形状はJIS 2号 型 と

し,定 速緊張型万能試験機(島 津製作所製AG-10TB

型)を 使用 して,動 加重法[試 験速度:50mm/min]に

より測定を行った.検 討 した力学的特性は,応 力-ひ ず

み曲線(S-S曲 線)か ら[初 期弾性率 ・見掛 け弾性率

・最大応力(公 称応力)・ ひずみエネルギー ・最大ひず

み]を 算出し(N=5),以 下の検討に使用 した.

3 実験結果および考察

本研究で作成 した[PVA-PAA]ゲ ルの代表的なS-S

曲線をFig. 1に 示す.本 ゲルが有する力学的特性 は,ゴ

Fig. 1. Stress and strain curve of [PVA-PAA] gel.

ム状物質に特有な,大 変形領域における見掛け弾性率の

増加挙動を有 している.

3.1 PAA混 入による力学的特性変化

3.1.1 初期弾性率 に対す るPAA混 入率の影響

[PVA-PAA]ゲ ルの初期弾性率 とPAA混 入率の関係 を

Fig. 2 (a)に示す.Fig. 2 (a)は,一 例としてPVA重 合度

2600試 料の結果を示 したもので,い ずれのPVA重 合

度試料 において もPAA混 入率の増加に伴 って初期弾性

(a) Relationship between initial Young's modulus

and PAA concentration.

(b) Relationship between apparent Young's modulus

and PAA concentration.

(c) Relationship between maximum stress and

PAA concentration.

Fig. 2. Relationship between tensile properties

and PAA concentration.

Page 3: [PVA-PAA]ゲ ルの力学的特性に対する PAA混 入率の影響について

[PVA-PAA]ゲ ルの力学的特性 に対するPAA混 入率の影響 について 1043

率が低下 していくことが判明 した.一 般に,高 分子ゲル

の弾性率は架橋構造 と密接に関連 してお り,こ の初期弾

性率の低下現象は,PAAの 混入によりPVA分 子鎖間

での架橋密度が低下,換 言すれば,PAA分 子がゲルの

骨格 を形成するPVA分 子鎖間に入 り込み,架 橋 を阻害

しているためであると理解することがで きる.

多成分系ゲルの分子構造には,相 互侵入網 目,相 分離

網目,結 合網 目の3種 類の構造が考えられている.倉 内

らは[PVA-PAA]ゲ ルの構造 を,PVAの みによって構

成される3次 元網 目構造に,直 鎖状のPAAが からまり

ついた相互侵入網 目構造であると説明している.し かし

ながら,[PVA-PAA]ゲ ルがこのような構造をとるとす

るならば,PAAを 混入 してもゲルの弾性率 は変化 しな

いはずである.し たがって,本 測定結果に基づ くと,

[PVA-PAA]ゲ ルは,PAA分 子がPVA分 子鎖間に入

り込んだ構造を有 している可能性が示唆される.

3.1.2 見掛け弾性率 に対するPAA混 入率の影響

破断時までの引張試験は,ゲ ルの大変形領域を検討する

ことになる.そ こで,S-S曲 線が最大の勾配 を示す破

断点近傍における弾性率を算出 し,こ れを見掛け弾性率

として検討を行った.得 られた結果の一例(PVA重 合

度3500試 料)をFig. 2 (b)に示す.前 項の初期弾性率と

同様 に,PAA混 入率の増加に伴って見掛け弾性率 も低

下 していくことが明 らか となった.

Flory18)は,引張試験結果 とX線 回折などの測定結果を

考察 し,S-S曲 線上での急激な傾 きの上昇を,分 子鎖

の配向に起因する結晶化によって説明している.つ まり

網目構造 を構成する高分子鎖は無変形状態においてはラ

ンダムな状態にある.と ころが,外 力を受けると配向 し

微結晶点を生成することによって大変形に適合する.こ

のような現象はゴム状弾性体においては一般的な現象で

ある.こ の配向結晶化現象 は,PAA混 入率の増加 に

よって阻害されるものと考えられる.す なわち,大 変形

領域において,PVA分 子鎖が微結晶点を成長させるた

めには,過 剰の隣接分子が必要である.し かしながら,

PVA分 子鎖間にPAA分 子が入 り込んでいるとすれば

PVA分 子鎖間の隣接確率が低下 し,そ の結果,微 結晶

点の生成は困難になる.し たがって,PAA混 入による

見掛け弾性率の低下現象は,PAA分 子がPVA分 子鎖

間に入 り込むことによって,PVA分 子鎖の配向を阻害

しているためであると考えることがで きる.

3.1.3 最大応力に対するPAA混 入率の影響 最

大応力 とPAA混 入率の関係 を,PVA重 合度2600試 料

の場合 を一例 として,Fig. 2 (c)に示す.図 か ら明 らかな

ように,そ の最大応力はPAA混 入率の増加 に伴って低

下してい くことが判明した.一方 これ ら弾性率

,最 大応力に対するPVA混 入率

の影響を検討すると,PVA混 入率の増加 により,お の

おのの特性値が増加することが明らかとなった.こ の原

因は,単 位体積あたりのPVA分 子が増加すること,言

い換えると隣接するPVA分 子が増加することにある.

ゲル内において架橋点を多 く形成するためには,PVA

分子間相互作用が生 じる確率が高 くなければならず,そ

れはPVA混 入率の増加によって達成 される.こ のよう

に,各 特性 に対するPVA混 入率の影響は,ゲ ル部分の

検討によって可能である.

しかしながら,こ れら弾性率や最大応力の挙動変化-

PAA混 入による力学的特性の低下現象-を 考察する場

合には,ゲ ル部分の構造のみの検討では不十分であり,

ゲル構造内に存在するゾル部分の影響についても併せて

検討する必要がある.す なわち,ゲ ル内にゾル部分が存

在する場合,極 端な架橋密度変化がゲルとゾルの界面に

出現する.ビ ニルアルコール成分とアクリル酸成分のブ

ロック共重合体である高吸水性ゲルの顕微鏡観察結果 よ

り,そ の分子構造は,[-COOH]基 により凝集したアク

リル酸成分をビニルアルコール成分がその周囲で包含 し

ていることが確認 されてい る.こ のこ とと併せて,

PAA分 子がゲル内 よりも溶液状態において移動 しやす

いことを考えると,PAA分 子の凝集は溶液調製段階に

おいてすでに生 じていると考えることがで きる.ま た,

ゲル化過程 において,PVA-rich相 とPVA-poor相 が

生成 されると考 えられ,凝 集 したPAAはPVA-poor

相に存在すると考えられる.

予備試験 の冷解凍処理(9サ イクル)に おいて,

PAA水 溶液(25wt%)は 固化 しないことが確認 され

ていることから,PAA分 子間相互作用は非常 に弱 く,

ゾルのような挙動 を示すと考えられる.ゾ ルの存在によ

りもたらされる架橋密度の急激な局所的変化は,架 橋構

造の力学的特性になんらかの影響 を与えると考えられて

いる.こ れらから,PAA分 子 はゾル状の塊 を形成 し,

PVAに よる架橋 を阻害 していると考 えられる.ま た,

混合系ゲルの力学的特性と分子構造の検討において,渡

瀬や森高らはゼラチンとアガロースの混合ゲルを調べ,

アガロースのゲル化がゼラチンにより阻害されるものと

推論 しており,こ のゲルは相分離網目構造を有 している

と結論づけている.

以上の検討結果に基づ くと,反 復冷解凍処理によって

作成 した[PVA-PAA]ゲ ルの分子構造は,以 下のよう

な分子構造を有 しているものと結論づけることができる

すなわち,水 溶液段 階でPAA分 子が凝集す ることに

よって,[PVA-PAA]混 合水溶液は,PVA部 分 とPAA

部分に相分離する.そ して,こ の状態で反復冷解凍処理

が施 されると,主 としてPVA部 分のみが強固な骨格を

形成 し,そ の隙間に残されたPAA分 子塊はPVA分 子

のゲル化 を阻害する.そ の結果作成された[PVA-PAA]

ゲルは相分離網目構造 をとると考えられる.

3.1.4 ひずみエネルギーに対するPAA混 入率の

影響 ひずみエネルギー*1とPAA混 入率の関係を検討す

ると,PAA混 入率:5wt%で 最大 となることが判明し

た.そ こで,こ の挙動を検討するために,ひ ずみエネル

ギーと初期弾性率の関係を検討 した(Fig. 3).そ の結果

*1弾 性体 に変形 を起 こさせ るため には,変 形 に付 随す る応力 に対 し

て仕事 を しなければ ならない.こ の仕事 は伸 長 された弾性体 の中

にエネ ルギー として蓄 えられる.と くに物体 の単位体積 中に蓄え

られたエネルギーをひずみエネルギー24)とよぶ.

Page 4: [PVA-PAA]ゲ ルの力学的特性に対する PAA混 入率の影響について

1044 佐藤嘉憲,久 保光徳,青 木弘行,鈴 木 邁,吉 田旺弘

Fig. 3. Relationship between E0 and strain energy.

PAA混 入の有無によって大別 して二つの領域が存在 し,

PVAゲ ル(PAA混 入率:0wt%)は,そ のひずみエネ

ルギーに比較 して初期弾性率が大 きな領域に位置 してい

ることが明 らかとなった.こ れに対 して,[PVA-PAA]

ゲル(PAA混 入率:5~15wt%)に おいては,PAA混

入率の増大に伴 ってひずみエネルギー値が減少 した.

[PVA-PAA]ゲ ルのひずみエネルギーと初期弾性率の間

には正の相関(相 関係数:0.919)が 存在する.

PAA混 入の有無によりこのような二つの領域が出現

したことは,両 ゲルの分子構造が異なることを示唆 して

いる.す なわち,架 橋密度が高 く,伸 長変形 しにくい

PVAゲ ルにPAAを 混入す ることにより,ゲ ル内に

PVA分 子 とPAA分 子がそれぞれ独立に存在する領域

が生起 し,相 分離網 目構造が形成されるものと考えるこ

とができる.PVA分 子 と比較すると,PAA分 子の強

度は無視 し得るほど小 さく,ま たPAA混 入率が低いと

PVA分 子鎖の配向はほとんど阻害されず,結 果 として

[PVA-PAA]ゲ ルは容易に伸長することが可能となる.

しかしながら,ゲ ルの力学的特性は基本的には骨格構造

の架橋密度に支配 されるために,5wt%以 上 という大

量のPAAの 混入は,[PVA-PAA]ゲ ルの架橋密度の低

下現象をもたらし,ひ ずみエネルギー値を低下させた も

のと結論づけることができる.

3.1.5 最大ひずみに対 するPAA混 入率の影響

最大ひずみの検討結果 も,前 項のひずみエネルギーと同

様,PAA混 入率:5wt%で 最大 となった.そ こで,こ

の現象をさらに詳細に検討するために,最 大応力 と最大

ひずみの関係 を図示す ると(Fig. 4), PAA混 入率:0

wt%, 5wt%,そ して[10~15wt%]の3領 域が存在す

ることが判明 した.そ の原因は以下のように考えること

ができる.す なわち,PVAゲ ル内では,架 橋密度が高

く,PVA分 子鎖の伸長変形が困難であるが,PAAを

混入することによって相分離が生 じ,伸 長が容易になる

しか しなが ら,PAA混 入率の増加 によって,PVA分

子間で架橋生成の確率が低下する.し たがってPAAが

Fig. 4. Relationship between maximum stress

and maximum strain.

もたらすものは,(1) PVA分 子鎖の伸長の容易 さの増大

と,(2)ゲ ル全体 における架橋密度の低下であ り,PAA

混入率が増大することによって(1), (2)と もにその傾向

が著 しくなる.(1)は 特性値の増大をもたらし,(2)は 特

性値を低下 させるため,PAA混 入率が増大することに

よって,特 性値を増大する作用 と低下する作用が同時に

顕著になる.

PAA混 入率:5wt%以 下の場合には,(1)が 有効に作

用 し,ゲ ルの伸長が容易であることか ら,結 果としてひ

ずみエネルギーならびに最大ひずみが増大する.こ れに

対 して,混 入率が10~15wt%に 増大すると(2)が 大き

く寄与することによってゲルの架橋密度が低下 し,結 果

として,最 大応力 ・最大ひずみの両値が低下 したものと

考えることができる.

PAA混 入率:5wt%に おけるPVAとPAAの モル

比(モ ノマー単位)は0.3で あるので,PAA混 入によ

るひずみエネルギーや最大ひずみ値の増大現象 は,

PVA/1molに 対 してPAA/0.3molま での範囲 となる

このことか ら,PVA:PAA=1:0.3(mol)を 境にPAA

混入率がそれ以下では(1)が 有効 に作用 して特性値を向

上 し,そ れ以上PAA混 入率が増加すると(2)が 大きく

寄与することによって特性値を低下すると考えることが

できる.

以上の結果 を分子構造 との関連において検討すると,

以下のように要約す ることができる.す なわち,PVA

ゲルにPAAが 混入されると,PAA塊 の存在によって

相分離網 目構造が形成 される.こ れにより,PVA分 子

鎖間には距離が生 じることになる.PAA分 子塊内での

相互作 用 は非 常 に弱 い こ とか ら,伸 長下 にお ける

[PVA-PAA]ゲ ル内では,PVA分 子鎖はPAA分 子に

邪魔されずに動 くことが可能であ り,大 変形に応 じて伸

長ないしはPVA分 子鎖の変形方向への配向が容易に進

行するものと考えられる.

3.2 [PVA-PAA]ゲ ルの分子構造と変形挙動

Page 5: [PVA-PAA]ゲ ルの力学的特性に対する PAA混 入率の影響について

[PVA-PAA]ゲ ルの力学的特性に対するPAA混 入率の影響 について 1045

本研究結果に基づいて,[PVA-PAA]ゲ ルの分子構造

を検討すると,Fig. 5に 示すように模式化することが

できる.PAA分 子 は溶液調製段階から[-COOH]基 に

よって凝集 し,PVA分 子 と相 を隔てている.こ の溶液

に対 して冷解凍処理 を施すことにより,PVA分 子が分

子間水素結合 によって架橋点を生成する.ま た,Dani-

liucら に よ り,加 熱 架 橋 処 理 した[PVA-PAA]ゲ ル に

Fig. 5. Microstructure model of [PVA-PAA] gel.

(a) Non-deformation

(b) Infinitesimal deformation

(c) Large deformation

(d) Break

Fig. 6. Deformation process of [PVA-PAA] gel.

おいてPVAとPAAと の相互作用が見いだされている

ことを考慮す ると,反 復冷解凍によ り,PVA分 子 と

PAA分 子との界面においてPVA分 子中の[-OH]基 と

PAA分 子中の[-COOH]基 の間で分子間水素結合が生

成され,PAA塊 はPVA分 子が形成するゲル骨格に取

り込まれている(相 分離網目構造)と 理解できる.こ の

相分離網目構造が伸長において変形する過程をFig. 6 (a)~(d)に示す この構造では,単 位体積あた りのPVA

分子が占める割合が少ないため[Fig. 6 (a)],単位体積あ

たりの架橋密度は低下 している.し たがって,微 小変形

領域[Fig. 6 (b)]では,PAA分 子 は初期弾性率の低下 を

惹起する.こ の状態からさらに伸長が進行すると,大 変

形が生 じて[Fig. 6 (c)], PVA分 子鎖は伸長 ・配向する.

PVAゲ ルに比べて[PVA-PAA]ゲ ル内のPVA分 子 は

動きやす く伸 びやすい状態となっている.PAA混 入率:

5wt%に おいてひずみエネルギーや最大ひずみ値が最

大となるのは,こ のような挙動に起因する.し か しなが

ら,隣 接するPVA分 子が少な く,配 向による微結晶点

の生成は困難 となり,PAA混 入率の増加にともなって

見掛 け弾性率 は低下する.最 終的な破断過程[Fig. 6

(d)]に おける最大応力の決定は単位体積あたりのPVA

分子数,す なわち,架 橋密度であることか ら,PAA混

入率の増加は最大応力の低下をもたらす.

以上の結果より,[PVA-PAA]ゲ ルが相分離網 目構造

を有 していることが示唆されたが,こ のことは,刺 激応

答伸縮性ゲルが有する特有な現象の原因解明にせまる可

能性を有 している.例 えば,[PVA-PAA]ゲ ルに電場印

加を繰返すと,疲 労によりやがて応答 しなくなる.こ の

現象 も,相 分離網目構造を前提として考えるならば,伸

縮の繰返 しによる[PVA-PAA]分 子間水素結合の断裂

として説明が可能であると考えられる.こ のように,

[PVA-PAA]ゲ ルの化学構造が相分離網目構造であると

仮定すると,こ れまで原因不明であった現象に対する解

決の糸口を見い出すことが可能である.

4 結 言

PVA重 合度 ならびにPVA・PAA混 入率の異なる

[PVA-PAA]ゲ ルを作成 し,力 学的特性の検討を行った

結果,以 下の結論が得られた.

(1) [初期弾性率 ・見掛け弾性率 ・最大応力]の 各値

は,PAA混 入率の増加に伴 って低下することが判明 し

た.こ れ らの現象 は,PAAを 混入するこ とによ り,

[PVA-PAA]ゲ ルの架橋密度が低下 し,ゲ ル伸長条件下

におけるPVA分 子の配向が阻害 されていることに起因

している.

(2) [ひずみエ ネルギー ・最大ひずみ]の 各値 は,

PAA混 入率:5wt%に おいて最大となり,こ れら特性

値の増大現象は,PVA/1molに 対 してPAA/0.3mol

以下の条件下において確認することがで きる.

(3) 力学的特性に対するPAAの 寄与は,微 小変形領

域 においては特性 を低下 させ,大 変形領域では[PVA-

PAA]ゲ ルの伸長を促進する.そ して,最 終的な破断過

程においては,PAA分 子に起因する架橋密度の低下が

Page 6: [PVA-PAA]ゲ ルの力学的特性に対する PAA混 入率の影響について

1046 佐藤嘉憲,久 保光徳,青 木弘行,鈴 木 邁,吉 田旺弘

力学的特性の低下に関与する.

(4) 各種力学的特性の検討結果 より,[PVA-PAA]ゲ

ルは相分離網 目構造を有 していることが示唆される.

最後に,本 実験 に使用 したPVAは,日 本合成化学工

業(株)より提供 していただ きました.記 して謝意を表 し

ます.

参 考 文 献

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