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2014年4月10日 日本銀行大分支店 大分県における産業クラスターの 更なる発展に向けて 本稿の内容について、商用目的で転載・複製を行う場合は、予め日本銀行大分支店まで ご相談ください。 転載・複製を行う場合は、出所を明記してください。 本稿は、宗像晃が作成しました。内容に関する照会は、日本銀行大分支店総務課・大田進、 宗像晃(TEL:097-533-9106 FAX:097―538-7085)までお寄せください。尚、本稿の 作成に際しては、大分県商工労働部および下田憲雄教授(大分大学)から貴重なコメント を頂戴しました。ここに感謝の意を表します。 本稿はインターネット(http://www3.boj.or.jp/oita/ )からもご覧いただけます。 OITA

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2014年4月10日

日 本 銀 行 大 分 支 店

大分県における産業クラスターの

更なる発展に向けて

本稿の内容について、商用目的で転載・複製を行う場合は、予め日本銀行大分支店まで

ご相談ください。

転載・複製を行う場合は、出所を明記してください。

本稿は、宗像晃が作成しました。内容に関する照会は、日本銀行大分支店総務課・大田進、

宗像晃(TEL:097-533-9106 FAX:097―538-7085)までお寄せください。尚、本稿の

作成に際しては、大分県商工労働部および下田憲雄教授(大分大学)から貴重なコメント

を頂戴しました。ここに感謝の意を表します。

本稿はインターネット(http://www3.boj.or.jp/oita/)からもご覧いただけます。

OITA

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【要 旨】

大分県では、1960 年代以降、大手メーカーの相次ぐ工場進出や積極的な設備増強が経

済成長を牽引してきた。もっとも、近年では、最終製品の販売不振を受けた大手メーカ

ーの生産低迷等によって、当地の生産の回復は全国と比べて遅れており、今後の県内の

製造業の動向が注目されている。こうした中、当地では、産学官の連携によって、自動

車部品産業および医療機器産業において新しい産業クラスターの形成を推進する動き

がみられており、これらが大分県の新たな経済成長のドライバーとなることが期待され

ている。

一般的に、産業クラスターでは、類似業種の企業が地域的に集積し、企業間が活発に

競合する一方で多様な協力関係のネットワークを形成すること等によって、産業全体の

競争力が底上げされ、そうした効果を享受するために一段と企業集積が加速するという

「成長の循環」が期待されている。一方、当該産業全体に対する需要が減退した場合や、

他地域とのコスト競争や新技術の開発競争に対応できなかった場合は、産業クラスター

全体が急速に衰退するというリスクもある。

本稿では、こうした認識を踏まえ、大分県における上述の 2 つの産業クラスターの現

状を、①密度と競争力、②業種の幅、③成長の段階、④事業環境と成長の方向性、⑤イ

ノベーション創出能力という 5 つの評価軸から統計等を用いて分析した。この結果をみ

ると、どちらの産業クラスターでも集積が進みつつある兆しが確認できる一方、国内外

の他地域の同業種における産業クラスターと比較すると、事業所数からみた集積度や関

連業種の幅、イノベーション創出能力などの面で、様々な課題が窺われる。

当地の産業クラスターが、これらの課題を克服するためには、①一段の集積の進展に

よる競争環境の活発化や、②企業同士の多様な協業の活発化、③企業・大学間の協力関

係の構築などが重要だと考えられる。もっとも、既に当地ではこうした取り組みの一端

がみられているほか、こうした取り組みを後押しする行政の動きも活発化している。当

地の産業クラスターはまだ歴史が浅いこともあって、こうした努力が実を結び、高い競

争力を有する産業クラスターに育つまでには、相応の時間がかかるとみられるが、産学

官が一体となった取り組みを長期的に継続していくことで、将来的には、これらの産業

クラスターが当地の経済成長のドライバーとなっていくことが期待される。

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2

0

5

10

15

20

25

30

35

60 65 70 75 80 85 90 95 00 05 10

大分県

全国

(%)

(年度)

(出所)総務省「県民経済計算」

-20

0

20

40

60

80

100

120

140

60 65 70 75 80 85 90 95 00 05 10

その他

建設業

製造業

農林水産業

県内総生産

(%)

(年度)

(出所)総務省「県民経済計算」 (注)全国の直近(14/2 月)は速報値。

(出所)経済産業省「鉱工業指数統計」

(注)進出時と現在の社名が異なる場合は、現在の社名を明記。

(出所)各社ホームページ情報より日本銀行大分支店で作成。

年 業種 進出企業の営業開始等

1964

1964 素材 JX日鉱日石エネルギー・大分製油所 営業運転開始

1964 加工 川澄化学工業・佐伯工場 生産開始

1969 素材 昭和電工・大分石油化学コンビナート 営業運転開始

1970 加工 パナソニックSN九州・大分工場 設立

1970 加工 東芝・大分工場 設立

1971 素材 新日鐵住金・大分製鐵所 発足

1973 加工 日本テキサス・インスツルメンツ・日出工場 操業開始

1975 加工 旭化成メディカルMT・大分工場 設立

1981 加工 三井造船・大分事業所 操業開始

1982 加工 大分キヤノン 設立

1984

1984 加工 ソニーセミコンダクタ・大分テクノロジーセンター 創立

1998 加工 大分キヤノンマテリアル 設立

2004 加工 ダイハツ九州・大分(中津)工場 生産開始

新産業都市指定

県北国東テクノポリス指定

85

90

95

100

105

┗ 11 ┛┗ 12 ┛ ┗ 13 ┛┗ 14

大分

全国

(2010年=100)

(年)

1. はじめに

○ 大分県では、1960 年代以降、「新産業都市」に指定された臨海工業地帯に大規模な素

材産業が集積したほか、1970 年代以降、行政の積極的な企業誘致活動等によって加工

業種を中心に企業集積が進む等、県外の大手メーカーが相次いで進出してきた【図表 1】。

この結果、大分県の産業全体に占める製造業のウェイトは全国と比べて大きくなって

おり、製造業による生産活動が当地の経済成長の牽引役の一つとなってきた【図表 2、

3】。もっとも、最近では、一部の加工業種における最終製品の販売不振等によって、大

分県の生産の回復テンポが全国と比べて遅れているほか、県内拠点を閉鎖する先もみら

れており、こうした企業に過度に依存しない新たな地場産業を創出していくことの重要

性が高まっている【図表 4】。

【図表 1】大手製造業企業の県内への進出 【図表 2】域内総生産に占める製造業のウェイト

【図表 3】大分県経済成長率の経済活動別寄与度 【図表 4】最近の鉱工業生産指数の推移

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○ こうした中、当地では、産学官の連携によって、大分県自動車関連産業振興プログ

ラム(自動車部品産業)や東九州メディカルバレー構想(医療機器産業)など、新し

い産業クラスターの形成を推進する動きがみられている。

(事例 1)大分県で産業クラスターを推進する活動の概要

大分県自動車関

連産業振興プロ

グラム

(2006 年策定)

<設立の背景>

・1970 年代以降、県北地域および福岡県に複数の完成車メーカー(ダイハツ九

州、日産自動車九州、トヨタ自動車九州等)や大手部品メーカーが進出してき

ており、近年になって生産能力を一段と増強している先もみられる。また、自

動車には、金属製品、プラスチック製品、電子部品、各種機械類など、多様な

部品が使われており、産業としての裾野が広いため、自動車関連産業が県内に

集積するメリットは大きいと考えられる。

<具体的な取り組み>

・世界規模での価格・品質競争が続く自動車産業では、地場部品メーカーに求

められる企業努力(コスト削減や品質向上等)の水準が高い。一方で、情報不

足等によって自動車産業への参入が難しいと考える地場企業も多いとみられて

いる。こうした問題意識の下、同プログラムでは、地場企業の自動車部品産業

への参入促進や完成車メーカーと部品メーカーの取引関係の活発化に向けた活

動を進めている。

東九州メディカ

ルバレー構想

(2011 年策定)

<設立の背景>

・大分県および宮崎県には、血液浄化や血管医療関連の製品において国内外で

高いシェアを有する医療機器メーカー3 社(旭化成メディカルMT、川澄化学

工業、東郷メディキット)の生産拠点や、医療機器開発をサポート可能な大学

等が立地している。また、医療機器産業は、需要が景気の動向に大きく左右さ

れにくい安定した産業として知られているほか、今後の高齢化進展を受けて一

段と需要が高まることが見込まれており、同産業の集積による県内経済の活発

化が期待されている。

<具体的な取り組み>

・同構想では、宮崎県と共同で、医療機器関連の研究開発の促進や、高度医療

技術人材の育成、地場企業の育成と新たな企業誘致等によって、医療機器産業

の一段の集積に向けた取り組みを進めている。また、2011 年 12 月に同構想が

地域活性化総合特別区域に指定されたことにより、こうした取り組みをサポー

トするための様々な規制緩和や財政・金融上の措置も検討されている。

○ 次章で解説するように、産業クラスターでは、多数の企業が地域的に集積し、企業

間が活発に競合する一方で多様な協力関係のネットワークを構築すること等によって、

産業全体の競争力が底上げされ、そうした効果を享受するために一段と企業集積が加速

するという「成長の循環」が期待されている。もっとも、他地域で推進されてきた産業

クラスターの中には、自律的な発展に結びついていないケースがあるほか、かつて栄

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えていた産業クラスターが様々な要因によって衰退したケースも数多く知られている。

○ 本稿では、各種統計や国内外における他の産業クラスターとの事例比較を通じて、

大分県における自動車部品産業および医療機器産業の現状について多角的に分析する

ことで、当地の産業クラスターの強みを確認しつつ、今後の中長期的な課題を整理す

る。この結果を踏まえ、当地の産業クラスターがそれらの課題を克服して更なる発展

を遂げるために重要となる企業の取り組みを検討するとともに、既に当地でみられて

いる企業・大学間の連携の動きや行政による支援策を紹介したい。

2.産業クラスターとは

(1)産業クラスターの成長

○ 「類似産業に属する企業が地理的に近接した地域に集積する」という現象は、世界

中の至る所にみられており、一部の産業クラスターは世界的に高い産業競争力を有し

ていることが知られている。

(事例 2)世界的に競争力が高い産業クラスターの事例

米ハリウッドの

映画産業

・米ハリウッドでは、映画の製作会社や編集会社、大道具・小道具の

制作会社、レンタルスタジオ、配給会社など、映画産業に関わる多様

な企業が集積しているほか、映画監督、脚本家、俳優、音楽家など、

多様な人材が集まっている。こうした企業や人材は、互いに激しく競

争しつつ、映画のプロジェクト毎に様々な協力関係を構築しており、

結果として同地域は世界をリードする映画産業クラスターとなって

いる。

米シリコンバレーの

IT 産業

・米サンフランシスコ近郊にあるシリコンバレーと呼ばれる地域で

は、1970 年代以降、半導体やコンピュータ関連のハイテク産業が集積

してきたほか、1990 年代以降はインターネット関連企業の集積が進ん

でおり、世界的にハイテク産業のメッカとして認知されている。同地

域では、企業間や産学間のネットワークが発達し、活発な起業によっ

て企業同士が激しく競合する一方、共同での技術開発等によって多様

なイノベーションが創出されており、急成長する企業が相次いで生ま

れている。

○ こうした事例をみると、類似業種の企業が集積し、地理的に近接した企業間に様々

なネットワークが形成されると、各企業が単独で存在する場合と比べて、企業の競争

力が底上げされるという効果が生じ得ると推察される【図表 5】。実際、国内の産業集

積地でも、「同業・関連業者との近接性」に対してメリットを感じる企業は多い【図表

6】。このような近接性に基づく「競争力の底上げ」という効果は、以下のようなメカ

ニズムで説明されている。

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① 地域内における激しい競合に直面した企業が、競争に勝ち抜くために新製品・技

術の開発を加速させる結果、イノベーションの創出が活発化する。この際、地域内

や近傍の大学等の研究機関が企業と共同で研究開発することにより、一段とイノベ

ーションが促進される場合もある。

② この間、企業同士が地域内で頻繁に取引・交流をする中で様々な協力関係を構築

する結果、企業間ネットワークが形成される。こうしたネットワークの発達は、経

営の効率性の向上に寄与するほか、イノベーションの創出を促進する場合もある。

具体的な協力関係の例としては、各企業の分業が進むことで委託・受託の取引関係

が活発化することや、共同での製品受注、個々の企業が単独で実施することが困難

な域外・海外への販売促進活動、インフラ投資、新技術開発などが挙げられる。

○ 更に、一度こうした「競争力の底上げ」が発生すると、そのメリットを享受するた

めに一段と企業が集積し、それとともに人材・資本の流入も進むことで、結果として

更なる「競争力の底上げ」に繋がるという「成長の循環」が期待できる【図表 7】。

【図表 5】産業クラスターにおける「競争力の底上げ」

の概念図

(注)二神恭一「産業クラスターの経営学: メゾ・レベルの経営学

への挑戦」(中央経済社、2008)の図表 3-5 を参考に、日本銀行大

分支店が作成。

競争力の底上げ

産業クラスター内 産業クラスター外

C 社

B 社 A 社

【図表 6】産業集積地において重視する

メリット

(注)複数回答のため、合計は 100 を超える。

(出所)中小企業庁「中小企業白書」(2005 年版)、

独立行政法人経済産業研究所「平成 16 年度

地域経済における企業集積の実態に係る調

査研究」

0 5 10 15 20 25 30

同業・関連業者

との近接性

技術的な基盤・

蓄積

交通・通信環境

の整備

質の高い労働力

の供給

地域内企業間の

情報共有

地域ブランド・

知名度

公的支援施設の

利便性

関連する研究・

教育機関

大量の労働力の

供給

(%)

【図表 7】産業クラスターにおける「成長の循環」の概念図

企業集積 人材・資本の流入

競争環境の活発化 企業間ネットワークの発達 産学連携等

競争力の底上げ イノベーション創出 経営の効率化等

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(事例 3)産業クラスターの成長の事例

スウェーデン・ア

リエプローグ地方

の自動車テスト産

・産業クラスターが成長の循環を通じて発展した例として、スウェーデ

ン・アリエプローグ地方の自動車テスト産業が挙げられる。寒さが厳し

く、積雪も多い同地方は、元々の主要産業であった製材や鉱業等の需要

減少によって、経済の低迷が深刻化していた。そうした中、過酷な条件

下での自動車のテストコースを探していた欧州の自動車メーカーが、同

地域で自動車のテストを始めると、地元の起業家によって、これに関わ

るサービス(コースの運営・整備)を手掛ける企業の設立がみられるよ

うになった。その後、同分野への進出企業の増加によって競合が激しく

なる一方、企業同士が様々な協力関係を結ぶことで、テストの代行や車

の整備、ビジネス客の宿泊や観光に関わるサービス等、多様なサービス

が可能になると、世界中の自動車メーカーが同地域を利用するようにな

り、需要増加を受けて一段と起業が活発になる等、「成長の循環」が発生

した。この結果、現在では同地域は世界有数の自動車テスト産業クラス

ターとして知られている。

(2)産業クラスターの衰退

○ もっとも、産業クラスターの成長の循環は永遠に続く訳ではなく、時代とともに衰

退していったものも多い。こうした産業クラスターの衰退には、主として以下のよう

な理由が考えられる。

① 他地域での抜本的な技術革新等によって、当該産業クラスターの競争力が低下す

ることで、衰退するケースが多い。このほか、ある産業クラスターが当該産業内で

高い競争力を維持していても、当該産業全体に対する需要が減退することで、衰退

に追い込まれることもある。

② 一方、少数の大企業のウェイトが大きい産業クラスターにおいては、主要企業の

域外への移転によって取引量が急激に低下することで、衰退していくケースもある。

○ こうした理由によって産業クラスターに大きな負のショックが発生した場合、企業

の退出や廃業が増加し始めると、前述した「成長の循環」が逆方向に働くことで、シ

ョックが増幅され、産業クラスターの衰退が急激に進む可能性もある。もっとも、こ

うしたショックに見舞われる中、それまで培ってきた技術や人材の蓄積等を活用しな

がら、イノベーションを創出し、新たに需要が見込まれる分野へ進出することで一段

と発展した産業クラスターも存在する。

(出所)Solvell, Orjan. Clusters: balancing evolutionary and constructive forces. Ivory Tower, 2009.

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(事例 4)産業クラスターの衰退と、その後のイノベーション創出による発展の事例

米ボストン・ル

ート 128 のミニ

コンピュータ産

<衰退前の状況>

・米マサチューセッツ州・ボストンを取り囲む環状道路「ルート 128」沿

いには、1970 年代、ミニコンピュータなどのハイテク産業における大手メ

ーカーが集積しており、豊富な国防関連予算による活発な研究開発や、近

隣に立地している世界的に有名な大学群からの高度技能人材の供給等を

背景に、世界をリードするハイテク産業クラスターが形成されていた。

<事業環境の変化へ対応>

・1980 年代に入ると、国防関連予算が縮小するとともに、日本勢の台頭を

はじめとしてグローバル競争が激化した。また、コンピュータの技術的な

進化が加速し、新製品の開発競争も一段と厳しくなっていった。こうした

中、同クラスターの企業は、開発から部品調達、組立までの多くの製造工

程を自前で行おうとする「垂直統合的」な企業文化を有していた先が多か

ったこともあり、激しい事業環境の変化や他地域との開発競争への対応が

次第に遅れていき、競争力を失っていった。

米北カリフォル

ニア・シリコン

バレーのミニコ

ンピュータ産業

<衰退前の状況>

・米カリフォルニア州・シリコンバレーのミニコンピュータ産業のクラス

ターも、上述のルート 128 沿いの産業クラスターと同様に、国防関連予算

を利用した活発な研究開発や、近隣の有名大学群からの高度技能人材の供

給等を背景に、ハイテク産業クラスターが形成されていた。

<事業環境の変化への対応>

・1980 年代には、ルート 128 沿いの産業クラスターと同様の事業環境の変

化に直面した。もっとも、同地域では、ルート 128 沿いの企業と異なり、

各企業が自分の得意な工程に特化し、それ以外の工程は積極的に外注する

という分業が活発であったため、変化の激しい事業環境へ対応しやすかっ

た。加えて、企業間の垣根が低く、人材の交流が活発だったことがイノベ

ーションの創出を促進したこともあって、同産業クラスターは高い競争力

を維持することができた。この結果、米シリコンバレーの産業クラスター

は、1990 年頃にはルート 128 沿いのクラスターに取って代わり、世界をリ

ードするハイテク産業クラスターとして認知されるようになった。

3.大分県における産業クラスターの現状

○ 前章でみたように、産業クラスターでは、産業が集積して競争環境が活発化するとと

もに、企業間の様々な協力関係のネットワークが発達すること等によって、「競争力の底

上げ」が発生し、その結果として「成長の循環」が発現することが期待されている。こ

うした「成長の循環」を評価するためには、「企業間の競合状況」や「協業のネットワー

ク」をより正確に分析する必要があるが、データ制約の問題等からその深度に限界があ

(出所)Saxenian, AnnaLee. “Inside-out: regional networks and industrial adaptation in Silicon Valley and Route

128.” Cityscape (1996): 41-60.

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る。もっとも、これらの発現において重要な前提条件である「産業集積」という現象に

ついては、これまで経営学や経済学をはじめとする様々な視点から活発に研究されてお

り、既に幾つかの評価軸も提案されている。ここでは、そうした学問における知見を参

考にしつつ、大分県の自動車部品産業および医療機器産業について以下の 5つの評価軸1

から分析し、当地の産業クラスターの現状を確認することとしたい。

(1)密度と競争力

○ 一般に、産業クラスターにおいて、多数の企業が集積し、活発な生産活動が行われて

いる(すなわち、「密度が濃い」)ことは、企業同士の競争を促し、「競争力の底上げ」に

大きく寄与すると考えられる。ここでは、企業の数や生産規模など、当地における当該

産業の集積の度合いを表す指標(産業クラスターの密度)や、労働生産性等からみた産

業の競争力を確認する。

(自動車部品産業)

○ 大分県の自動車部品メーカーの事業所数や生産額を他都道府県と比較してみると、事

業所数で全都道府県中第 31 位、生産額では同第 29 位に止まっている。また、同産業に

おける大分県の事業所数および生産額の全国シェアは、製造業全体(事業所数:0.74%、

生産額:1.50%<2010 年時点>)と比べても低く、こうした統計からみる限り、当地の

自動車部品産業クラスターの「密度が濃い」とは言い難い【図表8】。この間、労働生産

性(従業員 1人あたりの付加価値額)も全都道府県中第35位と低位にあり、産業競争力

の点からみても課題が窺われる【図表 9】。

── 大分県の自動車部品産業の労働生産性が低い理由としては、同一製品のコスト競

争力が他県と比べて劣位にあることに加え、製造品目が付加価値の低い製品に偏っ

ている可能性も指摘できる。実際、大分県における自動車部品の品目別出荷額の全

国シェアをみると、自動車のコア技術に関わる高付加価値部品(内燃機関部品や駆

動・電動・操縦装置等)のウェイトがとりわけ低いことが確認できる【図表10】。

1 これらの評価軸を選定する上では、以下の二つの文献を参考にした。①Enright, Michael J. “Regional clusters: what we know and what we should know.” Innovation clusters and interregional competition. Springer Berlin Heidelberg, 2003. 99-129. ②湖中齊「都市型産業集積の

新展開: 東大阪市の産業集積を事例に」(御茶ノ水書房、2009).

<事業所数> <生産額>

【図表 8】自動車部品製造事業所数および生産額のランキング

(注)2010 年時点。

(出所)経済産業省「工業統計調査」

順位 都道府県 事業所数 全国シェア(%)

1 愛知県 1751 22.41

2 静岡県 1094 14.00

3 埼玉県 533 6.82

4 群馬県 485 6.21

5 神奈川県 444 5.68

31 大分県 28 0.36

順位 都道府県 生産額(兆円) 全国シェア(%)

1 愛知県 8.19 36.98

2 静岡県 2.55 11.53

3 群馬県 1.41 6.35

4 神奈川県 1.19 5.37

5 埼玉県 1.05 4.72

29 大分県 0.09 0.39

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9

(注)2012 年時点。

(出所)厚生労働省「薬事工業生産動態統計年報」

(注)2012 年時点。

(出所)厚生労働省「薬事工業生産動態統計年報」

順位 都道府県 生産額(億円)

1 静岡県 3,652

2 栃木県 1,886

3 東京都 1,247

4 福島県 1,089

5 埼玉県 1,085

6 大分県 1,031

7 茨城県 993

8 千葉県 921

9 山梨県 582

10 兵庫県 539

都道府県 事業所数 受託額(億円)

静岡県 52 147

栃木県 29 16

東京都 565 29

福島県 27 293

埼玉県 151 145

大分県 10 0

茨城県 43 20

千葉県 90 6

山梨県 16 2

兵庫県 80 31

(医療機器産業)

○ 当地には、一部の製品において国内外で高いシェアを有する企業の生産拠点が立地し

ていることから、2012年の医療機器生産額が全都道府県中第6位となっている【図表11】。

もっとも、医療機器生産額が大きい他県と比べ、事業所数が少ないほか、他企業から製

造工程の一部を受託する企業等も立地していないなど、企業の集積はそれ程進んでいな

い【図表12】。

── 産業が集積し、企業同士の取引関係が活発化した地域では、生産拠点の周辺に受

託企業の集積が進むことが多く、実際、都道府県別の医療機器生産額と受託額の間

には明確な相関が確認される【図表 13】。このため、当地の医療機器産業でこうし

た受託企業がみられないことは、県内企業同士の取引関係が活発でない可能性を示

唆している。

【図表 9】自動車部品産業の労働生産性

のランキング

(注)2010 年時点。

(出所)経済産業省「工業統計調査」

順位 都道府県 労働生産性(万円)

1 奈良県 1,888

2 滋賀県 1,638

3 山口県 1,537

4 愛知県 1,520

5 神奈川県 1,382

35 大分県 676

【図表 10】大分県における自動車部品の品目

別出荷額の全国シェアと順位

(注)2011 年時点。

(出所)経済産業省「工業統計調査」

全国シェア(%) 順位

内燃機関の部分品・取付具・附属品 0.47 25

駆動・伝導・操縦装置部品 0.19 33

懸架・制動装置部品 1.06 19

シャシー部品、車体部品 0.80 17

カーエアコン 1.18 9

【図表 11】医療機器生産額のランキング 【図表 12】医療機器産業の事業所数と受託額

Page 11: OITA - Bank of Japan2 0 5 10 15 20 25 30 35 60 65 70 75 80 85 90 95 00 05 10 大分県 全国 (%) (年度) (出所)総務省「県民経済計算」 -20 0 20 40 60 80

10

(2)業種の幅

○ 成長している産業クラスターには技術者等の人材や資本が流入するため、それらの活

用を企図して関連産業(例えば、化学製品に対して医薬品やプラスチック製品など、必

要となる技術に共通点が多い産業)の集積が同時に進むケースが多い。こうした関連産

業の集積によって、産業クラスター内の取引関係や共同での技術開発が活発化すること

で、産業クラスターの競争力は底上げされると考えられる。実際、産業クラスターにつ

いての実証研究2によると、世界中の代表的な 160 の産業クラスターの中で、一つの業種

のみが集積しているケースは 30%程に止まっていることが知られている。ここでは、当

地の産業クラスターについて、こうした「関連業種の幅」がみられるかどうかを確認す

る。

(自動車部品産業)

○ 自動車部品産業と関連の深い産業としては、金属製品や生産用機械が挙げられる。金

属製品には、ボルト、ナット、スプリングなど、自動車部品として直接利用されている

ものが多いほか、自動車部品以外の用途であっても自動車部品向けと製法が類似してい

るケースも多い。また、生産用機械には、金型や旋盤などのように自動車部品の製造に

直接使われるものがあるほか、自動車の組み立てに欠かせない生産用ロボットなども含

まれている。実際、米国における産業集積の研究3では、自動車産業クラスターが金属製

品や生産用機械におけるクラスターとオーバーラップしているケースが多いことが示さ

れている。

○ こうした考察を踏まえ、これら 2 業種(金属製品と生産用機械)の県内事業所数の全

国シェアをみると、どちらの業種でも自動車部品産業と同様に 0.4%前後と低位に止ま

っており、業種の幅は限定的であると言える【図表 14、15】。因みに、出荷額等でみて

も、大分県のプレゼンスは同様に低位に止まっている。

2 Enright, Michael J. “Survey on the characterization of regional clusters: initial results.” University of Hong Kong (2000).

3 Porter, Michael. “The economic performance of regions.” Regional studies, 37. 6-7 (2003): 545-546.

0.01

0.1

1

10

100

1000

1 10 100 1000 10000

(受託額:億円)

(生産額:億円)

R2 = 0.38

(注)2012 年。大分県などの受託額がゼロである都道府県を除く。

(出所)厚生労働省「薬事工業生産動態統計年報」

【図表 13】都道府県別の医療機器生産額と受託額の関係

Page 12: OITA - Bank of Japan2 0 5 10 15 20 25 30 35 60 65 70 75 80 85 90 95 00 05 10 大分県 全国 (%) (年度) (出所)総務省「県民経済計算」 -20 0 20 40 60 80

11

(医療機器産業)

○ 医療機器産業と関連の深い産業としては、医薬品と分析関連機器4が挙げられる。医薬

品は、医療機器と同様に、医学や生命科学の知見を活用した製品が多いことから、この

2 業種には知識等で共通する面が多い。また、分析関連機器については、例えば、患者

の病状を判断する診断機器の多くでは化学的な手法が援用されており、同様に化学的手

法が使われている分析関連機器は、医療機器とテクノロジーの類似点が多いと考えられ

る。実際、前述の米国における産業集積の研究によれば、医療機器産業クラスターが医

薬品や分析関連機器におけるクラスターとオーバーラップするケースが多いことが示さ

れている。

○ これらの 2 業種(医薬品と分析関連機器)について、大分県の事業所数を他の医療機

器生産額が大きい都道府県と比べると、大分県の事業所数は相対的に少ないことが確認

され、業種の幅は限定的なものに止まっていると判断できる【図表16】。

4 本稿における「分析関連機器」は、前述の参考文献における”Analytical instruments”の定義と合わ

せるため、日本標準産業細分類における「分析機器製造業」のみならず、より広義な「計量器・測定

器・分析機器・試験機・測量機械器具・理化学機械器具製造業」と「光学機械器具・レンズ製造業」

を合わせたものを指すものとする。

(注)2011 年時点。

(出所)経済産業省「工業統計調査」

(注)2011 年時点。

(出所)経済産業省「工業統計調査」

【図表 14】金属製品の事業所数のランキング 【図表 15】生産用機械の事業所数のランキング

順位 都道府県 全国シェア(%)

1 大阪府 14.08

2 愛知県 8.98

3 東京都 7.27

4 埼玉県 7.12

5 神奈川県 5.05

40 大分県 0.46

順位 都道府県 全国シェア(%)

1 愛知県 12.02

2 大阪府 10.20

3 東京都 6.70

4 神奈川県 6.02

5 埼玉県 6.01

42 大分県 0.39

【図表 16】医療機器と関連の深い産業における事業所数の比較

(注)医薬品は 2012 年時点、分析関連機器は 2011 年時点。

(出所)厚生労働省「薬事工業生産動態統計年報」、経済産業省「工業統計調査」

医療機器生産額の順位 都道府県 医薬品製造所数 分析関連機器製造所数

1 静岡県 90 72

2 栃木県 27 77

3 東京都 149 458

4 福島県 32 75

5 埼玉県 67 228

6 大分県 15 2

7 茨城県 43 73

8 千葉県 53 70

9 山梨県 7 21

10 兵庫県 120 55

Page 13: OITA - Bank of Japan2 0 5 10 15 20 25 30 35 60 65 70 75 80 85 90 95 00 05 10 大分県 全国 (%) (年度) (出所)総務省「県民経済計算」 -20 0 20 40 60 80

12

(3)成長の段階

○ 産業クラスターの核となる企業群が何らかの理由で発生した後、第 2 章の「産業クラ

スターの成長」でみたような成長の循環が実現するまで(萌芽期)には長い年月がかか

る。また、成長の循環が実現し、集積が進むことで事業所数や生産額が増加する段階(成

長期)に達した後も、ある程度の年月が経てば、次第に産業クラスターの成長は鈍化し、

成熟期に入る場合が多い。これらの「成長の段階」は、厳密に定義できる概念ではない

ものの、産業クラスターの現状を把握するためには重要な要素であると考えられる。こ

こでは、当地の産業クラスターが「成長の段階」のどの時点に位置しているのかを、比

較的歴史の長い他の産業クラスターとの長期的比較を行うことで推察したい。なお、近

年の短期的な推移や足もとの方向性は、次節(事業環境と成長の方向性)で評価する。

(自動車部品産業)

○ 一般的に、自動車部品産業は、輸送コストの削減や受注変動に対する迅速な対応を企

図して、完成車メーカーの生産拠点の近隣に集積することが多い。実際、前述のように

(図表 8参照)、自動車部品産業が集積している東海地方(愛知県及び静岡県)や関東地

方(埼玉県、神奈川県及び群馬県)では、国内の主要完成車メーカーの生産拠点が立地

している【図表 17】。ここで、これらの地域における輸送機械産業の事業所数の長期的

な推移をみると、完成車メーカーの生産拠点の多くが戦前あるいは戦後間もなく(1960

年代)から立地していたこともあって、1960~70 年代の高度経済成長期において急激に

集積が進んだことが確認できる【図表 18】。

○ 一方、大分県や福岡県などの九州北部地域では、高度経済成長期が終了した1970 年代

以降に主要な完成車メーカーの進出が始まっており、東海・関東地方の自動車産業クラ

スターと比べると歴史が浅い【図表 19】。また、これらの完成車メーカーの多くが、当

地への進出後も、大半の部品を他地域からの調達に依存してきたことから、地場の自動

車関連産業は、東海・関東地方のような急激な成長が進みにくい状況となっていた。こ

【図表 17】東海・関東地方における完成車

メーカーの生産拠点と歴史

(出所)各社ホームページ情報より日本銀行大分支店で作成。

県 完成車メーカー 生産・販売の開始時期

トヨタ 1930年代

三菱(名古屋製作所) 1920年代

スズキ 1950年代

ホンダ(浜松製作所) 1960年代

日産(旧吉原工場) 1960年代

埼玉 ホンダ(埼玉製作所) 1960年代

日産(横浜工場) 1930年代

いすゞ(川崎工場) 1930年代

三菱(川崎工場) 1940年代

群馬 富士重工業 1950年代

愛知

静岡

神奈川

(出所)経済産業省「工業統計調査」

0

500

1000

1500

2000

2500

3000

3500

55 60 65 70 75 80

愛知

静岡

埼玉

群馬

神奈川

(先数)

(年)

【図表 18】東海・関東地方における輸送機

械産業の事業所数の推移

Page 14: OITA - Bank of Japan2 0 5 10 15 20 25 30 35 60 65 70 75 80 85 90 95 00 05 10 大分県 全国 (%) (年度) (出所)総務省「県民経済計算」 -20 0 20 40 60 80

13

うした背景の下、大分県では、1980 年以降は自動車部品産業の事業所数や生産額が増加

しているものの、そのペースは緩やかなものに止まっているほか、金属製品や生産用機

械など自動車産業と関連の深い産業における事業所数の集積はあまり進んでいない【図

表 20、21】。これらの理由から、当地の自動車部品産業は、本格的な成長の循環が発生

する以前の「萌芽期」、あるいは初期の「成長期」にあると推察される。

(医療機器産業)

○ 自動車産業と異なり、日本の医療機器製造業の国際的な競争力は、必ずしも高いとは

言えない状況にある。すなわち、病状などの診断に用いられる診断系機器では、内視鏡

をはじめとして世界シェアが高い国内製品も多く、輸出額が輸入額を上回っているもの

の、治療に用いられる治療系機器では、ペースメーカーをはじめとして海外からの輸入

品が大半である機器が多く、大幅な輸入超過となっているため、医療機器全体としても

輸入超過が続いている【図表 22】。こうした状況を踏まえ、ここでは、国内の医療機器

産業ではなく、国際的に高い競争力を有する米国の医療機器産業について過去の成長の

歴史をみることで、医療機器産業クラスターの成長の段階について分析してみたい。

【図表 21】大分県金属製品産業および機械産業(除

く輸送機械)の事業所数の長期的推移

(出所)経済産業省「工業統計調査」。

0

50

100

150

200

250

300

350

85 90 95 00 05 10

金属製品

機械類(除く輸送機械)

(先数)

(年)

【図表 20】大分県自動車部品産業の事業所

数と生産額の長期的推移

(注)1990 年の都道府県・産業細分類別データが刊

行されていないため、1992 年のデータで代用。

(出所)経済産業省「工業統計調査」

0

2

4

6

8

10

0

5

10

15

20

25

30

35

80 85 92 95 00 05 10

事業所数

生産額(右軸)

(先数) (百億円)

(年)

【図表 19】九州北部地域における完成車メーカー

の生産拠点と歴史

(出所)各社ホームページ情報より日本銀行大分支店で作成。

県 完成車メーカー 生産・販売の開始時期

日産自動車九州 1970年代

トヨタ自動車九州 1990年代

日産車体九州 2010年代

大分 ダイハツ九州 2000年代

福岡

Page 15: OITA - Bank of Japan2 0 5 10 15 20 25 30 35 60 65 70 75 80 85 90 95 00 05 10 大分県 全国 (%) (年度) (出所)総務省「県民経済計算」 -20 0 20 40 60 80

14

○ 米国において医療機器や医薬品などのバイオ関連産業が大きく発達したのは、1980 年

代前半以降だと言われている。この理由には、①医学や生物学の発展とともに、大学に

おける先進的な研究成果を利用した医療機器や医薬品が開発・製品化されるようになっ

たことや、②1980 年に制定されたバイ・ドール法(Bayh-Dole Act)を受けて、政府に

よる研究資金を用いて大学等が実施した研究の成果について、政府でなく大学が知的財

産権を保持することが許されるようになったことで、大学発ベンチャーが活発化したこ

と等が挙げられる。これらがきっかけとなって、1980 年代以降、カリフォルニア州やマ

サチューセッツ州、ミネソタ州などで、著名な大学や研究機関、研究開発型の民間企業

等で構成される医療機器産業の集積が活発となった【図表23】。

○ こうした米国における過去の産業集積の歴史を参考にしつつ、大分県の医療機器産業

の長期的な推移をみると、1980 年以降、一部の事業所における積極的な生産能力の増強

を主因に、生産額は大幅に増加しているものの、事業所数は振れを伴いつつもほぼ横ば

いで推移しており、2011 年の東九州メディカルバレー構想の策定以前には産業集積のき

っかけとなる出来事がなかったと推察される【図表 24】。この意味で、当地の医療機器

産業は、未だに本格的な「成長の循環」に至っていない「萌芽期」にあると判断できる。

0

200

400

600

800

1000

0

50

100

150

200

250

86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97

マサチューセッツ州

ミネソタ州

カリフォルニア州(右軸)

(先数) (先数)(先数) (先数)

(年)

【図表 23】米国の主要医療機器集積地帯におけ

る事業所数の長期的な推移

(出所)US Census Bureau「County Business Pattern」

0

2

4

6

8

10

12

0

4

8

12

16

20

24

80 85 92 95 00 05

事業所数

生産額(右軸)

(先数) (百億円)

(年)

【図表 24】大分県の医療機器産業の長期的な推移

(注)ここでの医療機器とは、医療用機械器具および医療用

品の合計を指す。尚、1990 年の都道府県・産業細分類別

データが刊行されていないため、1992 年のデータで代用。

(出所)経済産業省「工業統計調査」

【図表 22】国内の医療機器産業の貿易収支

<診断系機器> <治療系機器>

(出所)厚生労働省「薬事工業生産動態統計年報」

-3.0

-2.0

-1.0

0.0

1.0

2.0

3.0

4.0

5.0

08 09 10 11 12

輸出

輸入

収支

(千億円)

(年)

-8.0

-6.0

-4.0

-2.0

0.0

2.0

4.0

08 09 10 11 12

輸出

輸入

収支

(千億円)

(年)

Page 16: OITA - Bank of Japan2 0 5 10 15 20 25 30 35 60 65 70 75 80 85 90 95 00 05 10 大分県 全国 (%) (年度) (出所)総務省「県民経済計算」 -20 0 20 40 60 80

15

(4)事業環境と成長の方向性

○ 前節の「成長の段階」は、産業クラスターの現状を把握する上で重要な要素であるも

のの、先行きの成長の方向性が「成長の段階」のみによって決定する訳ではない。すな

わち、需要動向をはじめとする事業環境の変化や、イノベーション創出の活発度によっ

て、成熟期に達した産業クラスターが成長を続けるケースがみられる一方、萌芽期にあ

る産業クラスターが成長の循環が発現する前に衰退に追い込まれるケースもみられる。

ここでは、当地の産業クラスターの近年の推移をみるとともに、自動車産業および医療

機器産業全体の需要動向などの事業環境を確認することで、当地の産業クラスターにお

ける「成長の方向性」を推察する。

(自動車部品産業)

○ 国内の自動車販売台数の推移をみると、足もとではリーマンショック後の落ち込みか

ら持ち直してきているものの、2000 年代前半の水準まで回復していない【図表 25】。一

方、世界全体の自動車販売台数の推移をみると、新興国を中心に増加を続けており、将

来的にも新興国における需要増を捉えることが出来れば、成長のポテンシャルは高いと

考えられる【図表 26】。加えて、大分県や近隣県に生産拠点を有する完成車メーカーや

大手部品メーカーでは、部品の地場調達比率を引き上げる動きが活発化してきており、

当地における自動車部品産業のビジネスチャンスは拡大していると考えられる。

○ こうした中、大分県の自動車部品産業の近年の動向をみると、大手完成車メーカーが

近年相次いで九州内の拠点において生産能力の増強を進めてきたことを背景に、リーマ

ン・ショック前後の振れを除いてみれば生産額は増加傾向にあり、全国シェアも幾分拡

大している【図表 27】。加えて、大分県が新規参入企業の支援を積極化させていること

等によって、直近(2011 年)では事業所数も増加しており、緩やかながら集積が進む方

向にあるとみられる【図表 28】。こうした状況を踏まえると、当地の自動車部品産業は

先行き「成長していく方向にある」と判断できる。

【図表 25】国内の自動車販売台数の推移 【図表 26】世界の自動車販売台数の推移

0

1

2

3

4

5

6

7

8

9

04 05 06 07 08 09 10 11 12

新興国

先進国

(千万台)

(年)

0

1

2

3

4

5

6

7

00 02 04 06 08 10 12

(百万台)

(年)

(出所)日本自動車工業会 (出所)経済産業省「通商白書」(2013 年版)、

マークラインズ社データベース

Page 17: OITA - Bank of Japan2 0 5 10 15 20 25 30 35 60 65 70 75 80 85 90 95 00 05 10 大分県 全国 (%) (年度) (出所)総務省「県民経済計算」 -20 0 20 40 60 80

16

(医療機器産業)

○ 国内の医療機器産業の近年の状況をみると、少子高齢化の進展を背景とした医療サー

ビスの需要拡大を受けて、医療機器生産額が増加傾向にある【図表 29】。また、医療機

器産業への参入障壁の一つであった長期間かつ複雑な承認プロセスが、2014 年秋頃に施

行予定の「医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律」によ

ってスピードアップすることが期待されており、将来的に中小企業が同産業に一段と参

入しやすくなると考えられる。更に、米国や新興国を中心とする海外市場の規模は将来

的に拡大を続けると予想されており、国際的な競争に打ち勝って海外需要を取り込むこ

とが出来れば、国内の医療機器産業が大きく成長する可能性もあると考えられる。

○ こうした中、大分県の医療機器産業の動向をみると、2011 年のタイの大洪水の影響等

もあって生産額が伸び悩んでいるほか、事業所数もほぼ横ばいで推移しており、少なく

とも 2012 年時点の統計からは集積が進んできたとは評価し難い【図表 30】。但し、足も

とでは、県による積極的な医療機器分野への参入支援策が奏功し、医療機器製造業許可

の届出施設数が増加しつつあるほか、大分県医療機器新規参入研究会には多数(2014 年

1月時点で 88先)の事業所が参加しており、集積が進む兆しがみられている【図表 31】。

現時点では、これらの新規参入した企業の生産が当地の医療機器産業全体に占めるウェ

イトは限定的とみられるが、将来的には集積の進展が持続すれば、生産額も徐々に増加

していくとみられる。こうした状況を踏まえると、大分県の医療機器産業は、先行き「成

長していく方向にある」と推察される。

20

25

30

35

40

05 06 07 08 09 10 11

(先数)

(年)

【図表 28】大分県自動車部品産業の事業所数

(出所)経済産業省「工業統計調査」

【図表 27】大分県自動車部品産業の生産額と

全国シェア

(出所)経済産業省「工業統計調査」

0.0

0.1

0.2

0.3

0.4

0.5

0

200

400

600

800

1000

05 06 07 08 09 10

大分

全国シェア(右軸)

(億円) (%)

(年)

【図表 29】国内の医療機器生産額の推移 【図表 30】大分県の医療機器生産額と事業所数の推移

1.5

1.6

1.7

1.8

1.9

2.0

06 07 08 09 10 11 12

(兆)

(年)

(出所)厚生労働省「薬事工業生産動態統計年報」 (出所)厚生労働省「薬事工業生産動態統計年報」

0

2

4

6

8

10

12

0

200

400

600

800

1000

1200

1400

06 07 08 09 10 11 12

生産額

事業所数(右軸)

(億円) (先数)

(年)

Page 18: OITA - Bank of Japan2 0 5 10 15 20 25 30 35 60 65 70 75 80 85 90 95 00 05 10 大分県 全国 (%) (年度) (出所)総務省「県民経済計算」 -20 0 20 40 60 80

17

(5)イノベーション創出能力

○ 第 2章の「産業クラスターの成長」で見た通り、「成長の循環」が発現している産業ク

ラスターでは、イノベーションの創出が競争力の底上げの重要な要因となる。また、「産

業クラスターの衰退」の事例 4 で見た通り、衰退の危機に瀕していたにも関わらず、イ

ノベーションの創出によって新たな分野への進出を果たし、更なる発展を遂げた米シリ

コンバレーのような例もある。こうしたイノベーションを創出する能力は、定量化し難

い面があるものの、ここでは限られた統計から当地のイノベーション創出の現状を推察

してみたい。

○ イノベーションの創出に繋がる研究開発活動の度合いを定量的に評価するために利用

される主要な統計が、特許の出願・登録件数である。但し、特許登録される発明の価値

は様々であり、新しい産業を創出するようなインパクトの大きい発明がある一方、実

際の製品化には至らないような発明もある。そのため、特許件数を用いてイノベーシ

ョンの度合いを把握しようとする場合、同統計では発明毎の価値が評価されないとい

う点には留意する必要がある。また、イノベーションの内容が公開されることを回避

するために、特許制度が利用されないことも多い。こうした統計の限界を踏まえた上

で、2010-12 年の都道府県別特許出願・登録件数(人口千人当たり)をみると、大分県

は出願件数では全都道府県中第 39 位、登録件数では同 43 位となっている【図表 32】。

この間、大分県の経済規模を表す県内総生産(人口一人当たり、2010 年時点)が全都

道府県中第 18 位であることなどを踏まえると、当地の経済力と比して、特許出願・登

録件数は低位に止まっていると評価できる。もちろん、企業によって特許戦略は異な

り、「研究開発活動が盛んなほど特許出願・登録件数が多い」とは一概に言えないもの

の、こうした統計からは、当地において研究開発活動があまり活発でない可能性が示

唆される。

── 但し、県内に進出している大手企業の中には、当地の拠点での研究開発に基づ

く発明に関して、大分県外に立地している本社等が一括して特許を出願する先も

みられるため、こうした先による特許出願・登録件数が大分県の計数としてカウ

ントされていない点には留意が必要である。

【図表 31】大分県における医療機器製造業許可の届出施設数の推移

(注)各年度末時点における計数。

(出所)厚生労働省「衛生行政報告例」

0

4

8

12

16

20

05 06 07 08 09 10 11 12

(先数)

(年度)

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18

○ このほか、近年、全国では、イノベーションの創出を企図して、民間企業が大学等の

研究機関と共同で研究開発を実施する動きや、研究機関に研究開発を委託する動きが活

発化している。このような産学連携を活用した研究開発は、医学などの学問分野の知識

が活用される医療機器産業ではとりわけ重要であるほか、自動車産業でも、電気自動車

や燃料電池車など様々な新技術が発現しつつあることから、重要性を増していると考え

られる。もっとも、大分県内に立地する大学等と民間企業との研究開発における連携状

況をみると、件数ベースおよび研究費受入額ベースのいずれをみても足踏みしており、

増加傾向にある全国の動きとは違いがみられる【図表33】。

○ このように、特許件数や産学連携の状況などの統計からみる限り、当地のイノベーシ

ョン創出能力に強みがあるとは言い難い。

順位 都道府県 件数

1 東京都 33.43

2 大阪府 14.85

3 愛知県 10.83

4 京都府 10.40

5 神奈川県 5.89

6 愛媛県 3.49

7 兵庫県 3.23

8 静岡県 3.09

9 山口県 3.09

10 長野県 2.77

39 大分県 0.49

【図表 32】特許出願・登録件数のランキング(人口千人当たり)

<出願> <登録>

(注)特許件数は 2010~2012 年の平均値。人口は、2012 年 10 月 1 日時点の推計値。

(出所)特許庁「特許行政年次報告書」、総務省「人口推計」

順位 都道府県 件数

1 東京都 23.90

2 大阪府 9.76

3 愛知県 7.76

4 京都府 6.47

5 神奈川県 4.40

6 広島県 2.40

7 静岡県 2.36

8 兵庫県 2.31

9 愛媛県 2.29

10 長野県 1.95

43 大分県 0.22

【図表 33】大学等と民間企業との共同・受託研究の状況

<大分県> <全国>

(注)「大分県」とは大分県内に立地する大学や高等専門学校についての集計結果を表す。

(出所)文部科学省「大学等における産学連携等実施状況について」

60

70

80

90

100

110

120

60

70

80

90

100

110

120

09 10 11 12

件数

受入額(右軸)

(件) (百万円)

(年度)

39

40

41

42

43

44

20

21

22

23

24

09 10 11 12

件数

受入額(右軸)

(千件) (十億円)

(年度)

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4.今後の中長期的な課題とその克服に向けた取り組み

○ 前項までの内容を踏まえ、大分県の産業クラスターの現状評価を行うと、以下の通り。

大分県の産業クラスターは、いずれもまだ歴史が浅く、成長の段階としては萌芽期あ

るいは初期の成長期にあるとみられるものの、足もとでは事業所数等が増えており、先

行きも成長していく方向にあると評価できる。もっとも、これらの産業クラスターの現

状については、様々な課題も窺われる。すなわち、自動車部品産業クラスターは、密度

や産業競争力が国内の他の自動車産業クラスターと比べて低位に止まっているほか、生

産品目や業種の幅の拡がりも限定的である。また、大分県の医療機器産業クラスターで

は、一部に競争力の高い企業の生産拠点がみられるものの、国内の他の医療機器産業集

積地と比べると、事業所数からみた集積度が限定的であるほか、業種の幅の拡がりも乏

しい。この間、産業クラスターの発展にとって重要であるイノベーション創出能力は、

特許件数や産学連携など限られた統計からみる限り、当地に強みがあるとは言い難い。

○ 当地の産業クラスターがこれらの課題を克服し、将来的に大分県の経済成長のドライ

バーとなるためには、企業参入の一段の促進によって競争環境を活発化させるとともに、

企業同士が競争しつつも多様な協業を推進していくことで、当地の産業競争力を高めて

いくことが重要である。加えて、企業・大学間の連携が活発化すれば、企業の新製品開

発が活発化し、更なる産業競争力の向上に寄与すると考えられる。本章では、他地域の

事例を参考にしながら、当地の産業クラスターが将来的に発展を遂げる上で重要となる

企業の取り組みを検討するとともに、既に当地でみられている企業・大学間の連携の動

きや行政による支援策を紹介したい。

(1)参入の増加による競争環境の活発化

○ 第 2 章の「産業クラスターの成長」でみた他産業クラスターの事例から推察されるよ

うに、世界的に高い競争力を有する産業クラスターでは、地域内における激しい競争が

産業全体の競争力を高める重要な原動力になっていると考えられる。一方、上述したよ

うに、当地の産業クラスターでは事業所数が限定的であることから、地域内での競争は

他地域と比べて活発ではない可能性が示唆される。このため、当地の産業クラスターの

一段の発展のためには、他業種の企業がこれらの産業に積極的に新規参入する、あるい

は起業が活発に行われることで、競争環境が活発化していくことが重要となる。

○ 当地でこれらの産業クラスターに参入を図っている企業の例としては、1970 年代以降

に当地に進出してきた加工業種(半導体や電気機械関連)における大手メーカーの地場

下請企業が挙げられる。こうした企業では、近年の大手メーカーの生産低迷を受けて受

注の減少に直面する中、生き残りをかけて他業種への新規参入を積極化している先が多

い。また、これらの先は、電子部品や組み込み基板の開発・設計・生産や、様々な材料

の設計・精密加工など、多様な技術を蓄積してきており、こうした技術を応用した独自

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のアイディアや、後述する他企業・大学との協力関係の構築などによって、付加価値の

高い自動車部品や医療機器の開発・製造を行うことも可能であると考えられる。

○ この間、地場企業による当地の産業クラスターへの新規参入の動きを支援するため、

大分県では、行政が産学と連携する形で様々な取り組みを行っている。

(事例 5)大分県における新規参入を支援する取り組み

大分県自動車関

連企業会

・県内自動車部品産業の発展のため、完成車メーカーや大手部品メーカー側の

ニーズと県内企業の有する技術をマッチングさせるためのセミナーや商談会を

開催している。加えて、県内大手自動車メーカーが主導する「新規参入支援プ

ロジェクトチーム」と連携し、技術指導や大手部品メーカーとのマッチング等、

県内企業を個別・集中的に支援している。

大分県医療産業

新規参入研究会

・県内医療機器産業の一段の集積を企図して、医療現場や福祉現場におけるニ

ーズを紹介するセミナーを開催している。また、薬事法等に基づく規制が医療

機器産業への参入障壁の一つとなっていることを踏まえ、こうした規制に対す

る知識の習得を促進するために、同産業への参入を希望する企業に対して薬事

に関する専門家を派遣している。

(2)企業同士の協業の活発化

○ 「成長の循環」が発現している産業クラスターでは、地域内で企業同士が激しく競争

すると同時に、様々な協力関係を構築しているケースが多く、こうした企業間ネットワ

ークの発達も、競争環境の活発化と同様に、地域産業の競争力の底上げのために重要な

要素であると考えられている。具体的な企業間の協業としては、以下のような例が挙げ

られる。

①(委託・受託や共同受注による取引関係の活発化)製造業を中心とした産業クラスタ

ーでは、類似業種のメーカーが集積した結果、委託・受託取引の活発化によって社会

的な分業構造が発達するというケースが頻繁にみられる。こうした構造は、受託企業・

委託企業の双方にとってメリットとなる。すなわち、受託企業にとっては、産業クラ

スター内に集積しているメーカーと距離的に近い場所に拠点を置くことで、受注機会

の確保や輸送コストの削減が期待できる。他方、委託企業にとっては、高度な専門技

術を有する受託企業に製造工程の一部を外注することで、高価な設備投資や人材育成

のためのコストを節約できるほか、急激な受注増加等の際には、外注を増やすことに

よって、迅速な対応を行うことができる。このほか、下記の事例のように、普段は(受

託企業や委託企業という業態に明確に分かれておらず)同業者として競合する複数の

企業間においても、個々の企業では技術的に難しい製品等を共同受注し、各企業が生

産工程の一部(自社の得意分野)に特化することで、共同で製品を製造するといった

ケースもみられる。

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この間、大分県では、大手企業の下請として製造工程の一部に特化してきた企業も

多いとみられ、これらの企業が新たなアイディアを創出したとしても、生産能力の問

題から製品化に結び付けることが難しいケースも考えられる。こうした場合、「別の得

意分野を有した複数の企業が製品を共同で受注し、製造工程を分担する」という協業

が活発化すれば、産業クラスターへの新規参入の活発化や各企業の受注の増加に繋が

ると考えられる。

(事例 6)産業クラスターにおける同業者間の共同受注の事例

京都府の

試作品製造産業

・京都府では、金属の板金加工、化学製品、メッキ、電子機器メーカー、専門商

社など、幅広い企業が共同で試作品を受注・製造する「京都試作ネット」という

活動がみられている。この活動では、中核的な運営組織である「京都試作センタ

ー株式会社」が、顧客の一元的な窓口となり、顧客からの幅広い試作品のニーズ

と京都試作ネット加盟企業とを結び付けるという役割を果たしており、これまで

機械加工部品や半導体実験設備からアート作品まで、多様な試作品を受注してき

た実績を有している。

福井県・鯖江市の

チタン加工

・福井県鯖江市は、伝統的な眼鏡産業の産地であることから、眼鏡フレームに利

用されるチタンの加工技術が発達してきた。チタンは、優れた耐熱性や高い強度

を有しているが故に、加工が難しい材料であるが、近年は航空機部品から医療機

器まで、多様な製品への利用が進んでいる金属である。こうした中、鯖江市では、

チタンの切削、プレス、研磨、表面処理などの異なる工程を得意とする眼鏡メー

カーが集まって、「チタンクリエーター福井」を設立した。同団体では、チタン

製品の製造を共同受注することで、各加盟企業が自社の得意とする製造工程に特

化することができ、高度な製品の製造が可能となっている。

②(共同での技術開発や海外への販売促進活動などの事業活動)多くの産業クラスター

では、関連業種における企業が集積した結果、共同受注以外にも様々な協業が進めら

れている。例えば、各企業が蓄積してきた技術を活かしつつ、足りない技術を補完し

合う形で、共同で新技術の開発に当たるケースが考えられる。実際、中小企業の共同

研究開発における社外の連携相手をみると、顧客・クライアントや同業他社と連携す

るケースが多く、こうした先と親密な関係を築いている産業クラスター内では共同で

の研究開発が進めやすいと考えられる【図表 34】。こうした新技術開発における協力

関係の活発化は、イノベーションの創出を通じて産業競争力を引き上げるために、重

要な要素であると考えられる。

このほか、産業クラスターでは、同業者が様々な事業活動を共同で行うことで、コ

スト面や効率面でのメリットが生まれる場合がある。例えば、原材料の購入に際して

は、多数の企業が一括で購入すればコストが削減できるほか、多大なコストを伴う設

備投資などは、共同で実施するメリットが大きいと考えられる。また、中小企業単独

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では難しい海外への販売促進活動なども、複数の企業が共同実施することで、より高

い効果が期待できるようになる。

この間、大分県では、中小企業の経常利益(従業員一人あたり)や赤字法人率の改

善が全国と比べて遅れているため、県内中小企業には、コストのかかる新製品開発や

設備投資を単独で実施する余裕がない先も多いと考えられる【図表 35、36】。こうし

た中でも、複数の企業がコストを分担しながらこれらの活動を展開していくことで、

個々の企業の収益の回復ペースが速まるとともに、当地の産業クラスターの活発化に

繋がることが期待される。

0

10

20

30

40

50

顧客・クライアント

大学・高等教育機関

同業他社

政府、公的研究機関・支援

機関

異業種他社

サプライヤ

商社

営利研究所/研究開発会

社・支援サービス供給者

民間非営利研究機関

金融機関

その他

(%)

【図表 34】中小企業の研究開発における社外との連携の状況

(出所)中小企業庁「中小企業白書(2009 年版)」

0

10

20

30

40

50

60

05 06 07 08 09 10 11

全国

大分県

(万円)

(年度)

【図表 35】中小企業における従業員一人当たり

の経常利益の推移

(出所)中小企業庁「中小企業実態基本調査」

60

64

68

72

76

80

07 08 09 10 11 12

大分県

全国

(%)

(年度)

【図表 36】赤字法人率の推移

(注)赤字法人率は、法人税の申告法人数全体に占める

欠損法人数の割合として算出。

(出所)国税局「税務統計」

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(事例 7)共同での技術開発などの事業活動の事例

大分県・宮崎県の

医療・福祉機器産

・企業間における共同研究の動きは、当地でもみられている。例えば、東九州メ

ディカルバレー構想関連のセミナーが県内福祉施設で実施された際、参加企業

は、同施設から平行棒等のリハビリ機器開発のニーズを紹介された。この際、こ

うした機器開発に関心を示した大分県および宮崎県の5社は、行政からの呼びか

けに応じて「リハビリテーション機器開発ワーキンググループ」を設置し、共同

での研究開発をスタートしている。

岐阜県飛騨・高山

市の家具産業

・こうした協業は、医療機器のような比較的新しい産業でのみ実施されている訳

ではなく、伝統的な地域産業の一部でも意欲的な取り組みがみられている。例え

ば、木工家具の伝統的な産地として知られる飛騨高山では、家具メーカーの団体

である「協同組合・飛騨木工連合会」が中心となって、様々な協業を実施してい

る。具体的には、「飛騨の家具」のブランド化を進めるため、日本のみならず台

湾や中国などでも共同で商標登録を行っているほか、仏パリや中国等の見本市へ

の参加や、米ロサンジェルスでの展示会の開催等によって、海外への販路開拓の

ための活動を積極的に実施している。

③(共通する技術などに関するトレーニング機会の創出)人材の確保・育成はどのよう

な産業においても重要な課題であるが、産業クラスターにおいては、同産業の企業が

集積しているというメリットを活かして、共同で人材育成に当たるケースがみられる。

こうした共同での人材育成は、各企業の人材育成にかかるコストを削減するだけでな

く、企業同士の人材の交流を促して、前述のような他の様々な協業を活発化させる効

果もあると考えられる。

とりわけ、大分県では、全国よりも速いペースで少子高齢化が進展する中、これま

で県内製造業に優秀な人材を供給してきた工業高校等が相次いで廃止されており、人

材の育成が一段と重要な課題となってきている。こうした中、企業間の垣根を越えて、

複数の企業が共同で人材育成に取り組むことは、当地の産業クラスターの競争力向上

に大きく資すると考えられる。

(事例8)企業間の共同での人材育成の取り組み

大分県の

自動車部品

・大分県自動車関連企業会では、県内地場部品メーカーの生産性向上を促進する

ため、様々な人材育成の取り組みを続けている。具体的には、経営コンサルタン

トの指導の下、マネジメントスキルを育成する研修を実施しているほか、完成車

メーカーや大学等との連携によって、製造コスト引き下げにつながる技術の習得

を企図した人材育成講座や、自動車産業において必要不可欠であるプレス金型の

保全技術者を育成する研修等を実施している。

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(3)企業・大学間の協力関係の活発化

○ 企業と大学等の研究・教育機関との研究開発における協力も、多くの産業クラスター

の発展に寄与してきた。こうした協力関係は、企業側にとって、高度な知識を有する研

究者をはじめとする人材や高価な実験設備等が活用できるという面で、非常に有益であ

る。とりわけ、本稿で取り上げている自動車関連産業や医療機器産業では、高度な科学

技術が応用される製品が多く、産学間の連携のメリットは大きいと考えられる。また、

世界的に競争力の高い産業クラスターでは、地域内に立地する大学で高度な教育を受け

た卒業生が同地域で起業し、出身大学とのコネクションを活用しつつ新製品を開発する

ことによって、産業の集積と研究開発が同時に促進されるというケースもみられる。

○ 一方、大分県では、第 3 章の「イノベーション創出能力」の節でみた通り、統計情報

からはこうした産学連携の動きが活発化しているとは言えないものの、足もとでは、産

学連携を足がかりにこれらの産業への新規参入を図る企業が複数みられているほか、行

政が補助金の支給によって、産学共同研究による新製品開発を後押しする動きもみられ

ている。

(事例9)産業クラスターにおける産学間の連携の事例

米ボストンの

バイオ関連産業

・米ボストンは、現在、医薬品や医療機器等のバイオ関連産業の集積地として世

界的に有名になっている。同地域には、医学や生物学などの分野で世界的に高い

評価を得ている複数の大学や公的研究機関、研究活動が活発な病院等が立地して

いるほか、多くの研究開発型の医薬品・医療機器関連の民間企業が集積しており、

産学連携が活発に行われている。この背景には、密接な人と人との繋がりがある

とされており、例えば、1980~97年までにボストン地域でバイオ関連産業の起業

をした 131人の起業家のうち、実に54%が同地域内の大学等の出身者であったこ

とが報告されている5。また、これら 131 人のうち 46人は同地域の大学等で研究

室を有する研究者(教授等)であり、大学で開発された技術に基づいた起業(大

学発ベンチャー)も活発となっている。

大分県の

自動車部品

・大分県の自動車関連企業会では、「産学連携共同研究事業費補助金」という事

業で、産学共同による新技術開発を支援しており、同制度によって、23年度には

2社、24年度には 1社に対して補助金を支給。このほか、前述の事例 8で紹介し

た共同での人材育成は、自動車関連企業会が県内の大学と連携しながら実施して

いる。

5 Porter, Kelly, et. al. “The institutional embeddedness of high-tech regions: relational foundations of the Boston biotechnology community.” Clusters, Networks, and Innovation 261 (2005): 296.

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大分県の

医療機器

・同様に、大分県は、県内中小企業が大学等との連携によって医療機器分野での

新製品開発を行う際、補助金を受け取ることが出来る「医療機器研究開発補助事

業」を実施しており、24 年度は 4 社、25 年度には 3 社への助成が採択されてい

る。また、県内に立地する医療機器メーカーの中には、大分大学に「臨床医工学

講座」という寄付講座を開設し、血液・血管に関する医療機器の開発に向けた共

同研究を実施している先もみられる。

・このほか、当地の医療機器産業では人工透析関連機器が主要製品の一つである

ことを踏まえ、県内の産学官が連携し、アジア・アフリカなど海外から政府関係

者や医師・看護師等を招聘して、当地の人工透析技術を説明するという人材交流

事業を実施している。

5. おわりに~今後の大分県の産業クラスターの発展に向けて

○ 本稿で分析したように、大分県の自動車部品および医療機器産業クラスターには、高

く評価出来る面はあるものの、今後の課題と捉えるべき面が多い。もっとも、当地の産

業クラスターは、いずれもまだ歴史が浅く、成熟しているとは言い難いため、その分伸

びしろがあると言うこともできる。加えて、足もとでは、完成車メーカーが地場からの

部品調達比率を引き上げようとする動きや、国内で医療機器分野への参入の障壁となっ

ていた規制が緩和される動きもあり、両産業においてもビジネスチャンスが拡がる可能

性が示唆される。当地の企業は、積極的な事業参入によってこうしたチャンスをつかん

でいくとともに、世界的な競争に勝ち抜くための新製品の開発や、当地の産業集積地と

してのメリットを活かした協業の活発化、大学等の外部研究機関の活用等によって、一

段と競争力を向上させていくこと重要だと考えられる。

○ また、近年は、産業クラスターという概念が欧米やアジアをはじめ世界中で注目され

ており、多くの国において行政が産業クラスターの育成に積極的に取り組んでいる。も

っとも、他地域の事例からも明らかなように、産業クラスターが発展し、世界的に高い

産業競争力を有する地域となるためには、短期的な取り組みに止まらず、長年の持続的

な取り組みが不可欠である。大分県においても、既にみられている産学官による取り組

みを一段と強化するとともに、長期的にこうした取り組みを続けていくことが重要だと

考えられる。こうした取り組みの結果として、大分県の自動車部品産業や医療機器産業

が飛躍し、当地経済の成長をけん引するリーディング産業へと育っていくことを期待し

たい。

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【参考文献】

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2009).

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社、2008).

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Maguire, Karen, and Andrew Davies. Competitive regional clusters: national

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Porter, Kelly, et. al. “The institutional embeddedness of high-tech regions:

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Solvell, Orjan. Clusters: balancing evolutionary and constructive forces.

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以 上