日本における医療観光日本、医療観光、メディカル・ツーリズム、外国人患者...

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21 キーワード 日本、医療観光、メディカル・ツーリズム、外国人患者 .はじめに 2003月に当時の小泉首相が施政方針演説において「観光立国」構想を示 して以来、政府はその実現へ向けて、海外における積極的な訪日プロモーショ ンを実施するとともに、日本国内における新たな観光資源の発掘、ならびに日 本の新しい魅力創出に向けた様々な取組みを行っている。こうした中、外国人 患者が日本の医療機関で治療、健診を受ける目的で訪日し、併せて日本国内の 観光も行うという医療観光は、国際交流や国際貢献だけでなく、地域経済の活 性化にも繋がるものとして大きな期待が寄せられている。 医療観光は「メディカル・ツーリズム(medical tourism)」や「医療ツーリ ズム」とも呼ばれ 1、近年、国内外のメディアで頻繁に取り上げられるように なったが、その厳密な定義はまだ存在しない。日本では観光庁が「医療サービ スの受診・受療を行う目的で他国を訪問し、併せて国内観光を行うこと」 2と説 明しており、文字通り、医療と観光がセットになっているというのがその特徴 である。医療観光で扱う医療サービスは人間ドック等の健診、予防医療や美容 )本稿では基本的に「医療観光」を用いることにするが、引用文中では原文通りとす る。 )観光庁国際観光政策課『医療観光に関する取り組み』201010月、ページ。 〔論 文〕 日本における医療観光 ―外国人患者受け入れの現状と課題― 〔論 文〕

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Page 1: 日本における医療観光日本、医療観光、メディカル・ツーリズム、外国人患者 Ⅰ.はじめに 2003年1月に当時の小泉首相が施政方針演説において「観光立国」構想を示

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キーワード

日本、医療観光、メディカル・ツーリズム、外国人患者

Ⅰ.はじめに

 2003年1月に当時の小泉首相が施政方針演説において「観光立国」構想を示

して以来、政府はその実現へ向けて、海外における積極的な訪日プロモーショ

ンを実施するとともに、日本国内における新たな観光資源の発掘、ならびに日

本の新しい魅力創出に向けた様々な取組みを行っている。こうした中、外国人

患者が日本の医療機関で治療、健診を受ける目的で訪日し、併せて日本国内の

観光も行うという医療観光は、国際交流や国際貢献だけでなく、地域経済の活

性化にも繋がるものとして大きな期待が寄せられている。

 医療観光は「メディカル・ツーリズム(medical tourism)」や「医療ツーリ

ズム」とも呼ばれ1) 、近年、国内外のメディアで頻繁に取り上げられるように

なったが、その厳密な定義はまだ存在しない。日本では観光庁が「医療サービ

スの受診・受療を行う目的で他国を訪問し、併せて国内観光を行うこと」2)と説

明しており、文字通り、医療と観光がセットになっているというのがその特徴

である。医療観光で扱う医療サービスは人間ドック等の健診、予防医療や美容

1)本稿では基本的に「医療観光」を用いることにするが、引用文中では原文通りとす

る。

2)観光庁国際観光政策課『医療観光に関する取り組み』2010年10月、2ページ。

〔論 文〕

日本における医療観光―外国人患者受け入れの現状と課題―

岸 脇   誠

〔論 文〕

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整形から、がん、心臓病等の手術に至るまで広範囲に及んでいる。

 世界的に見て、アジアは医療観光者の受け入れが最も盛んな地域で、タイの

140万人(2006年)、シンガポールの57万人(2007年)、インドの45万人(2007

年)という受け入れ者数はアメリカの約43万人(2008年)という実績を凌駕し

ている3)。アジア最大の医療観光規模を誇るタイでは、外国人患者向けに高級

ホテルのようなアメニティを備えた病院において、欧米への留学経験を持つ医

師たちが先進国に引けをとらない医療サービスを提供している4)。さらに、そ

のような医療サービスが安価で受けられるのも特筆すべき点で、例えば、アメ

リカで心臓バイパス手術を受けると7~13.3 万ドルかかるが、タイでは2万ド

ル程度で済むと言われている5)。このように、タイをはじめとするアジア諸国

では高水準の医療サービスが低価格で受けられるということもあって、世界中

の医療観光者たちはアジアを渡航先の有力な候補としているのである。

 以上のように医療観光の隆盛が伝えられるアジア諸国に対して、日本の医療

観光はどのような状況にあるのだろうか。本稿では政府や自治体、医療観光関

係者の取り組みと医療観光に関する複数の調査結果を検討することによって、

日本の医療観光の現状と課題を明らかにしたい。なお、日本の医療観光には日

本の医療機関が外国人患者を受け入れるという側面とともに、日本人が海外で

医療サービスを受けるという側面も存在するが、本稿では日本における外国人

患者の受け入れに限定して考察していくことにする。

3)同上、3ページ。

4)真野俊樹『グローバル化する医療:メディカルツーリズムとは何か』岩波書店、2009

年、8-11ページ参照。

5)工藤高「バンコクの病院のメディカル・ツーリズム」『クリニックマガジン』36巻4

号、2009年4月、33ページ参照。

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Ⅱ.医療観光に対する政府の方針と各省庁の取り組み

1.政府の方針

 医療観光は、菅政権下の2010年6月18日に閣議決定された『新成長戦略~「元

気な日本」復活のシナリオ~』において政府が取り組むべき重要分野の一つで

あるとの位置づけがなされ、その振興に向けて本格的な取り組みが開始された。

『新成長戦略』は東日本大震災の後、大規模な見直しが進められたが、医療観光

に関わる政策およびその目標等については基本的に堅持、継承されている6)。

 『新成長戦略』では戦略分野の一つとして「ライフ・イノベーションによる

健康大国戦略」が掲げられた。日本の高齢化は否定的なイメージで語られるこ

とが多いが、政府はそれを新たなサービス産業を育てるチャンスであると捉え

ている。医療・介護・健康関連産業は今後、高齢社会を迎えるアジア諸国にお

いても高い成長が見込まれるため、医薬品等の海外販売やアジアの富裕層を対

象とした健診、治療等の医療および関連サービスを観光とも連携して促進して

いくことができるとしている7)。

 また、『新成長戦略』においては各戦略分野での成果を確実なものとするた

め、有効だと考えられる施策が複数選定されている。そのうち、経済成長に特

に貢献度が高いと考えられる施策を国家戦略プロジェクトとして強力に進める

こととしているが、そのプロジェクトの一つとして「医薬品・医療機器・再生

医療等のライフサイエンス分野」が選ばれている。その具体的な取り組みとし

て、国際医療交流、外国人患者の受け入れが挙げられている。これはアジア諸

国で急増する医療ニーズに対し、最先端の機器による診断やがん・心疾患等の

治療、滞在型の慢性疾患管理等において日本の医療の強みを生かしながら、国

際交流と医療の更なる高度化に繋げようというものである。そのため、いわゆ

6)『日本再生のための戦略に向けて』2011年8月5日閣議決定、14ページおよび『日本

再生の基本戦略~危機の克服とフロンティアへの挑戦~』2011年12月24日閣議決定、25

ページ参照。

7)『新成長戦略~「元気な日本」復活のシナリオ~』2010年6月18日閣議決定、18ペー

ジ。

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る「医療滞在ビザ」を設置し、在留資格の取扱を明確化して渡航回数、期限等

を弾力化する他、外国人医師・看護師による国内診療を可能とするなどの規制

緩和を実施するとしている。また、医療機関の認証制度や医療機関ネットワー

クを構築することで、外国人患者の円滑な受け入れを図るとともに、海外プロ

モーションや医療通訳の育成を進めるほか、海外の医療機関等との連携に対す

る支援も行うとしている8)。

 『新成長戦略』には、「訪日外国人3,000万人プログラム」に関連して次のよ

うな記述も見受けられる。すなわち、中国人訪日観光査証の取得容易化を実現

し、同時に医療と連携した観光の促進、受け入れ体制の充実等に取り組むこと

で、訪日中国人旅行者数の大幅な増加を図り、2020 年初めまでに訪日外国人

2,500 万人、将来的には3,000 万人の達成に向けた取組を進めるというものであ

る9)。つまり、政府は訪日外国人の増加を図るために、主として中国からの観

光客を取り込みたいと考えており、その手段の一つとして医療観光を想定して

いるのである。

2.観光庁の取り組み

 観光庁では医療観光の振興を図るために、医療関係者や法曹関係者、旅行会

社等の参画の下、2009年7月から「インバウンド医療観光に関する研究会」を

開催し、医療と連携した観光の新しい可能性について議論を進めている。この

研究会で検討された内容は先に見た『新成長戦略』にも部分的に盛り込まれて

いる。

 研究会では次の3場面における具体的な検討課題が挙げられている10)。すな

わち、①受け入れに関する課題、②トラブルが発生した際の対応、③海外への

情報発信・プロモーションの3つである。受け入れに関しては、「院内表示の多

言語化」、「医療通訳の確保、育成」、「患者およびその家族の宿泊、国内観光」、

「医療査証発給等の入国管理」、「医療費の決済、海外からの送金」、「医療連携

8)同上、40ページ参照。

9)同上、45ページ。

10)観光庁国際観光政策課〔2010〕、17ページ参照。

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(外国医療機関とのカルテの共有化等)」といった点が具体的に検討されている。

また、医療事故等のトラブルが発生した際の保険、および相談窓口、さらには

訴訟の可能性についても議論が行われている。

 さらに、観光庁では2009年度に医療観光のケース・スタディーとして7医療

機関の協力の下、渡航・受け入れ体制に関する現状および具体的課題の検証の

ために実証事業を行っている。この実証事業の類型化モデルやルートを踏まえ、

各種プロモーション実施による効果検証を行い、その後の取り組みに繋げると

している11)。

 また、観光庁は医療観光に関する国際組織 MTA(Medical Tourism

Association)と連携することで、医療観光先進国における取り組み事例や世界

のトレンドに関して情報収集するとしている12)。MTA は医療観光および医療

産業に関する国際的な非営利協議会で、その構成メンバーは医療機関、ファシ

リテーター、保険会社等である。本部はアメリカのフロリダ州に置かれており、

欧州、中東、アジア、ラテンアメリカにも事務局がある13)。

 他方、医療観光のプロモーションという面からは、外国人患者の誘致に意欲

的に取り組む各主体のプロモーション支援、情報共有および現況把握のため、

関係者の幅広い参画の下、「医療観光プロモーション推進連絡会」が2010年に設

置されている。また、医療観光における日本ブランド形成に向けて、認知度の

向上、質の高さ、利用可能性およびアクセスのしやすさという視点から各種プ

ロモーションも実施している14)。具体的な取り組みとしては、「旅行博等のイベ

ントに併せたドクター・プロモーションの実施」、「個人観光査証緩和に併せた

旅行会社との共同広告等の展開」、「観光庁のホームページや日本政府観光局の

ホームページとのリンクによる情報発信、各種ロゴ使用等の支援」、「映像・パ

ンフレット等の作成および既存メディア・コンテンツの外国語化」、「海外の旅

11)同上、19ページ参照。

12)同上、19ページ参照。

13)MTA ホームページを参照。

  http://www.medicaltourismassociation.com/en/officers-staff-locations.html 、

2012年9月28日アクセス確認。

14)観光庁国際観光政策課〔2010〕、20ページ参照。

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行会社や医療機関関係者等との商談会の開催」等が挙げられている。

3.経済産業省の取り組み

 経済産業省では2009年1月に東京の主要病院院長等をメンバーとする「サー

ビス・ツーリズム(高度健診医療分野)研究会」を設置し、医療の国際化およ

び関連サービス産業との連携について検討を行っている。日本の医療を国際ブ

ランドとして確立し、国際市場を開拓することで、サービス産業としての医療

を振興するとともに、医療機器や医薬品等関連産業の国際競争力向上の基盤を

構築しようというのが経済産業省のねらいである。研究会は2009年6月までに

6回開催され、『サービス・ツーリズム(高度健診医療分野)研究会とりまと

め』が2009年7月に発行されているので、以下ではその内容を概観する15)。

(1)検討の背景・視点

 国際的にも日本の医療の費用対効果は大きく、技術的水準も高い。また、日

本の食生活・食習慣や健診制度も国際的に評価されている。健康に関わる日本

的な文化やそれに立脚した日本の医療を海外に発信することは、ものづくり以

外の分野での国際貢献と国内における関連産業の活性化に繋がると期待される。

また、外国からの需要に注意深く応えることが日本の医療への新しい視点を得

る機会にもなると考えられる。特に先端医療分野の推進には有意義な面がある。

 医療の国際化は、国際共同治験の推進に見られるように大きな流れである。

健診や先端的医療等、日本の公的医療保険制度と強い関わりのない分野から外

国との繋がりを拓き、日本と外国双方の医療サービスの向上に向けた好循環を

生み出す努力も必要である。また、医療の国際化は、外国人が利用し易い国内

の医療およびその周辺サービスの整備にも繋がり、優れた外国の人材が安心し

て日本に滞在することができる環境を実現する。

 医療は日本のサービス産業を外国に提供する際の柱の一つであるが、観光、

スポーツ、エンターテイメント、伝統文化関連コンテンツ等と連動させ、全体

15)経済産業省ホームページ、http://www.meti.go.jp/press/20090804005/20090804005.html

を参照、2012年9月28日アクセス確認。

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として日本独自の質の高いコンテンツを構築する努力も重要である。アレンジ

産業の振興は、医療機関における外国人へのサービス向上という点で重要であ

るだけでなく、このような努力の横串として重要な鍵となる。具体的には言語、

文化生活習慣の相違、外国人への情報提供、ビザ等にかかわる対応が期待され

る。

(2)サービスの提供範囲

 医療の国際的提供は、日本国内の医療機関の診療体制に不適当な影響を与え

ないよう、例えば、以下に想定されるケース毎にその影響を見極めながら実施

する必要がある。本とりまとめでは、医療サービス提供の範囲として、基本的

に下記のケース1、2および3を念頭に置いている。

ケース1 健診サービスの提供

 ・観光、スポーツ、エンターテイメント、伝統文化関連コンテンツ等を組み

合わせた来日パッケージの中で、日本の医療機関による健診サービスを受

ける場合。(具体的ニーズとしては健常者のネガチェック的な健診で、例え

ば、年1回程度、家族を伴い来日し、観光、スポーツ、エンターテイメン

ト等のコンテンツとの組み合わせを家族にそれぞれに提供するパッケージ・

ツアーが想定される。)

 ・外国人居住者が、長期間にわたる日本滞在の機会(赴任等)を生かし、日

本の健診サービスを受ける場合。

ケース2 健診、およびそれに関連した治療サービスの提供

 ・健診により治療の必要性が判明し、その治療を日本国内で行う場合。

 ・健康に具体的な不安を有する外国人が、より明確に問題点を見つけるため

に健診を受け、必要に応じ関連する治療を日本国内で行う場合。

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ケース3 先端的な医療サービスの提供

 ・当該先端技術、装置が日本国内に存在し、現状、外国では当該医療サービ

スの提供が困難な場合。

 ・例えば、重粒子線治療、遺伝子診断、再生医療等。国内においても需要が

高いものに関しては国内向けの提供が徒に少なくならないよう留意しつつ、

設備稼働率の向上、症例確保等の視点も考慮し、バランスのとれた対応を

行うべきである。将来的には先端医療分野毎に何らかのルールの検討も視

野に入れておく必要がある。

 ・当面は、海外の医療機関、医師の知人等の紹介で来日する者が想定される。

(3)想定される外国人

 健診サービスの対象は定められた対価を支払うことのできる外国人である。

対象国は、アジア、極東ロシアを中心に想定し、サービスの対応言語は、英語、

中国語を一義的に念頭に置き、需要に応じて、韓国語、ロシア語を想定すべき

である。他方、健診サービスに関心を持ちながら他のコンテンツやサービスを

組み合わせて、日本を訪れようとする外国人は、基本的には英語を話すことが

可能と考えられるので、まず、英語での対応を円滑に行うことができるよう検

討すべきである。

 先述の各ケースや医療機関の所在地域によって、サービスの対象として想定

される外国人は異なると考えられる。日本の医療機関や、アレンジ事業者がビ

ジネスモデルを確立する上でも、まずは、アジア、近隣諸国・地域を念頭に、

例えば、中国、台湾等からの顧客に関し、いくつかの来日ルートを具体的に念

頭に置いて検証することが有意義と考えられる。また、日本海側ではロシア、

韓国について検証することが考えられる。

(4)サービスの提供体制

 外国人向けの健診サービス等の提供は、基本的には、各医療機関が独自の経

営判断に基づいて行うべきものであるが、日本の医療を背景とした統一的な「ブ

ランド」イメージの構築、料金水準、国内の医療保険制度との関わりの整理等、

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様々な点において、可能な限り、日本全体として一定の目処を形成しておく必

要がある。また、潜在的な外国人顧客に対し、魅力ある多様なサービスを提示

する必要があるものの、当初は、一つの医療機関で想定される全てのニーズに

応えるのは困難と考えられる。そのため、外国人向けの医療関連サービスに関

心のある医療機関が連携し、統一的な窓口を設け、対外的にサービス内容の多

様性を確保することも一案である。

 また、このような新しいサービスを提供する場合、アレンジ事業者が、ビジ

ネス面での牽引役と必要な仕事を担い、医療機関、医師は医療行為に専念する

ことができ、全体として効果を最大にする体制が必須である。具体的には、関

心のある医療機関が連携する「国際医療サービス推進コンソーシアム(仮称)」

がアレンジ事業者との統一的な窓口となり、または患者の求めに応じた医療情

報の融通、患者紹介等を整合的に行うことが考えられる。こうした枠組みの下

で、想定される顧客の母国の文化、生活習慣について参加する医療機関へのレ

クチャー、勉強の機会を設けることも重要である。また、訴訟等に備えて、共

同で保険に加入することも検討すべきである。

 健診サービス等を提供する外国人の母国における医療機関との協力関係も重

要であることから、連携組織が外国医療機関と適宜情報交換を行う機能を有す

ることも必要である。外国人が日本で健診を受け、その後、リピーターとして

再度来日する場合、観光等の関心から滞在地域や、受診医療機関の変更を希望

することが考えられる。その場合、外国人顧客の求めに応じ、過去の健診デー

タ等の医療情報を連携に参加する医療機関間で円滑に共有することのできる仕

組みが必要である。個人情報の保護に関しては必要に応じて、プライバシー・

マークの取得等、外国人にもわかりやすい形で規範を示すことを検討すべきで

ある。

(5)アレンジ事業者に期待される事項

 外国人が日本の医療機関を利用して健診サービス等を受けようとする場合、

信頼の置ける医療分野の知識・知見を持つアレンジ事業者は重要な存在である。

事業者は基本的に下記の4項目に関して責任を担うことが期待され、外国人が

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日本国内に滞在する際に求められるサービス全般について責任を負うとともに、

手配、調整を行う。健診等、医療行為に関わる部分は、医療機関が責任を負う。

しかし、医療行為に関わるクレームにおいても通訳による誤りが明確な場合に

は、通訳もしくはアレンジ事業者が一義的な責任を持つことが望ましい。その

場合であっても医療機関の誠意ある協力は不可欠である。アレンジ事業者が医

療機関と結ぶ契約でこのような責任関係を明確にする必要がある。外国人顧客

にもこの責任分担を明確にした上で、クレーム処理の流れについても分かり易

く説明することが望ましい。また、外国の民間医療保険を利用するケースも多

いと考えられることから、医療機関を決済面で支援するアレンジ事業者は、こ

れらの海外の保険にも精通していることが望ましい。

①受付・窓口・事務代行業務(コーディネーション業務)

 医療機関、もしくは「国際医療サービス推進コンソーシアム」の対外国の窓

口として、医療機関が提供する健診内容、メニューの特徴などを外国の顧客に

正確に伝え、顧客側のニーズに合った健診サービス等の紹介を行う。健診メ

ニューの選択を行う際、必要に応じて顧客の相談に応じる(医療アドバイザー

による対応)。また、円滑で満足度の高い医療サービスが実現できるよう、顧客

の希望や嗜好などを把握し、医療機関側に伝達する。外国語での契約書の作成、

締結、料金回収事務の代行を実行することにより、医療機関の負担を軽減する

とともに、患者側の利便性の向上を図る。

②翻訳、通訳業務

 実際の医療サービスが円滑に進むよう、健診の内容、進行の流れ、オプショ

ンサービスの内容、食事・宿泊等の付帯サービスの内容、顧客の問診票など事

前に翻訳を行うとともに、健診時の通訳の派遣、健診結果の通訳、あるいは、

結果の翻訳と送付などの業務を行う。特に、健診に立ち会う通訳、健診結果の

翻訳は、医療知識のある者によるか、もしくはそのような者のチェックを受け

る体制が重要である。

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③広報業務

 全体事業の紹介、各医療機関のサービス内容、料金、申込方法などをとりま

とめ、多様な「口コミ」ルートの開拓と併せ、海外の医療機関、企業、旅行代

理店、国内で外国人駐在員を多く有する企業、国内旅行代理店・ツアーガイド

などに情報を提供し、当該サービスを国内外に周知する。また、相手国の実状

に合った周知の方法も検討する。国内外の雑誌・新聞・ホームページ等も活用

する。また、海外の旅行博、顧客となり得る層が関心を有するイベントなどへ

も参加し、当サービスを直接アピールする。

④旅行関連業務

 医療サービスに加え、観光、スポーツ、エンターテイメント、伝統文化関連

コンテンツ等の希望に対応する。海外からのビザ等の手配、国内宿泊施設の手

配、国内観光施設・エンターテイメントなどの手配、国内移動の手配等を、独

自、あるいは関係団体と提携して行う。

(6)事業の展開

 外国人向け健診サービス等の実施にあたっては、まず、本ガイドラインをよ

り実践的で普遍性のある内容に修正していくための実証調査事業を行うことを

検討すべきである。その場合、地域特性等を踏まえ、いくつかのパターンを踏

まえて実施することが必要である。

 具体的には、関心を有する日本の医療機関およびアレンジ事業者が連携して、

本とりまとめを基に具体的ルールの詳細を策定するとともに、日本の医療機関

が海外の顧客が個別の好みに応じて選択できる健診サービスを開始したことを

説明する資料、連携に参加する医療機関を紹介する資料等を作成する必要があ

る。例えば、全体事業概要パンフレット(外国人に対し、日本の健康に関する

文化、習慣、日本の医療を分かり易く説明しつつ、健診サービス等をアピール

できる内容とし、言語は英語、中国語、ロシア語等をイメージ)、健診内容説明

書(外国人に安心して受診してもらうために健診の流れ等を全体的に詳しく紹

介したもの)、統一的な契約書(英語、中国語、ロシア語)等である。併せて、

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海外への宣伝手法、インバウンド誘致の実効性、外国人顧客向けサービスの契

約内容、サービス内容の品質向上・管理、医療機関とアレンジ事業者との関係

のあり方、このような医療の国際化に必要な人材育成のあり方等に関し、検討

を行うべきである。

 以上が『サービス・ツーリズム(高度健診医療分野)研究会とりまとめ』の

概要である。政府の方針や観光庁の取り組みに比べて、個別の具体的な内容ま

で踏み込んでいて、実践的であるという印象を受けるが、それは次節で検討す

る実証調査のたたき台となっているからである。

Ⅲ.各種調査結果の検討

 この節では日本における医療観光の現状と課題について以下の3種類の調査

結果をもとに考察する。一つ目は経済産業省が野村総合研究所に委託して実施

した2010年の「国際医療ツーリズム(高度健診医療分野)調査事業」である。

二つ目は経済産業省が日本経済研究所に委託し、2010年から2011年にかけて実

施した「サービス産業イノベーション促進事業(国際医療交流調査研究事業)」

である。そして、最後は三菱 UFJ リサーチ&コンサルティング株式会社が2011

年に実施した「外国人患者の受け入れに関するアンケート調査」である。

1.経済産業省「国際医療ツーリズム(高度健診医療分野)調査事業」

 先に見た『サービス・ツーリズム(高度健診医療分野)研究会とりまとめ』

の(6)事業の展開にあるように、「外国人向け健診サービス等の実施にあたっ

ては、まず、本ガイドラインをより実践的で普遍性のある内容に修正していく

ための実証調査事業を行うことを検討すべき」との観点から、経済産業省では

「国際医療ツーリズム(高度健診医療分野)調査事業」16)を実施している。具体

的には、医療観光に関心を有する日本の医療機関および国際医療サービス支援

16)この調査事業の結果は『経済産業省平成21年度サービス産業生産性向上支援調査事

業 国際メディカルツーリズム調査事業報告書』野村総合研究所、2010年3月にまと

められている。

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センターが連携して実証実験を行うことで、医療観光の継続的実施に向けて医

療機関と国際医療サービス支援センターに求められる機能、医療機関と国際医

療サービス支援センターの関係のあり方、日本における今後の医療観光の可能

性等について検討がなされている。以下では、実証調査事業の内容とその結果

について概観する。なお、この調査は2010年2月10日~3月8日に実施された。

外国人顧客の受け入れ数は24名で、受け入れた医療機関は9機関であった。外

国人顧客の受け入れ実績は表1の通りである。なお、表中の14~18の顧客はロ

シア出身であるが、東京に駐在している人たちである。また、被験者となった

24名全員が健診受診希望であり、治療を希望する顧客は存在しなかったという

ことである17)。

 調査事業報告書によると、この調査を通じて明らかとなった医療ツーリズム

推進上の課題は、以下の3つの場面、すなわち(1)来日前、(2)日本滞在

中、(3)帰国後におけるものに集約されるという18)。

(1)来日前の課題

①プロモーション

 国際医療サービス支援センターから、既存の旅行代理店のチャネルでは、中

国・ロシアの富裕層に対して直接アプローチすることは困難であるとの指摘が

あった。そのため、医療ツーリズムに対するニーズが高い現地の人にアプロー

チするには、現地に進出している日系企業と連携するなど、これまでとは異なっ

たプロモーションの方法を検討すべきとの意見が出された。

②外国人顧客からの情報収集

 医療機関から、本事業で受け入れた外国人顧客が、来日前に国際医療サービ

ス支援センターから伝達されたものとは異なる健診ニーズを有していたケース

があったこと、健診ニーズだけでなく、氏名や生年月日といった基礎情報につ

いても、誤った情報収集が行われていたとの指摘があった。

17)同上、12ページ。

18)同上、13-16ページ。

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表1 外国人顧客の受け入れ実績

性別 出身国/都市名 年齢 病院名 受診日程 希望コース

1. 男 ロシア/ハバロフスク

50代 A病院 3月3日~5日

PET-CT検査+1泊人間ドック

2. 男 ロシア/ハバロフスク

50代 B病院 2月24日 日帰り健診(バリウム)

3. 女 ロシア/ハバロフスク

20代 B病院 2月24日 日帰り健診(バリウム)

4. 男 中国/北京 30代 C病院 2月22日 日帰り健診(上部消化内視鏡コース)

5. 男 中国/北京 30代 C病院 2月22日 日帰り健診(上部消化内視鏡コース)

6. 男 アメリカ/ロサンゼルス

40代 C病院 2月26日 日帰り健診(上部消化内視鏡コース)

7. 男 アメリカ/ロサンゼルス

30代 D病院 2月26日 日帰り健診

8. 女 アメリカ/ロサンゼルス

30代 A病院 2月26日 日帰り健診(上部消化内視鏡コース)

9. 女 韓国/ソウル 50代 E病院 2月18日 日帰り健診

10. 男 韓国/ソウル 50代 A病院 2月10日 日帰り健診

11. 女 中国/北京 20代 F病院 2月25日 日帰り健診

12. 男 中国/北京 40代 A病院 2月18日~19日

PET 健診+人間ドック

13. 女 中国/北京 40代 A病院 2月18日~19日

PET 健診+人間ドック

14. 男 ロシア/東京駐在

50代 F病院 2月23日 日帰り人間ドック

15. 男 ロシア/東京駐在

50代 B病院 3月3日 日帰り人間ドック(バリウム)

16. 女 ロシア/東京駐在

40代 B病院 3月3日 日帰り人間ドック(バリウム)

17. 男 ロシア/東京駐在

50代 F病院 2月23日 日帰り人間ドック

18. 女 ロシア/東京駐在

40代 A病院 3月4日 日帰り人間ドック(バリウム)

19. 女 ロシア/モスクワ

20代 B病院 3月8日 日帰り健診(バリウム)

20. 女 ロシア/モスクワ

50代 F病院 2月23日 日帰り人間ドック

21. 女 韓国/ソウル 30代 G病院 2月25日 脳ドック

22. 男 中国/上海 30代 H病院 2月22日 日帰り人間ドック(胃カメラ)

23. 男 中国/上海 30代 I病院 3月8日 日帰り人間ドック

24. 男 中国/北京 50代 A病院 3月3日 日帰り健診(胃カメラ)

〔注〕年齢は受診日時点。〔出所〕『経済産業省平成21年度サービス産業生産性向上支援調査事業 国際メディカ

ルツーリズム調査事業報告書』野村総合研究所、2010年3月、12ページ。

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35-  -

③外国人顧客への情報提供

 医療機関から、外国人顧客が各医療機関の強みや特色、健診の目的や内容を

十分に理解しない状態で来院しているケースが見られたとの指摘があった。保

有する先進的な医療機器を活用せず、一般的な健診のみを提供したケースも存

在した。加えて、各医療機関指定の申込書・検査内容の説明書などの事前説明

に関しても不十分であったとの指摘が医療機関側からあった。これらの文書は

日本語版のみを整備している医療機関が多いことから、各国語の翻訳版を作成

した上で事前送付することが望ましいとの意見も寄せられた。

④国際医療サービス支援センター窓口の医療知識

 医療機関から「外国人顧客からの健診ニーズに関する情報収集が不十分」、「外

国人への情報提供が不十分」といった課題が表出した背景には、国際医療サー

ビス支援センター窓口の医療知識が不足していたために、十分な情報収集、情

報提供を行うことができなかったからではないかという指摘があった。また、

各医療機関の強み(保有する医療機器や医師の専門性)を十分に考慮したとは

考えにくい顧客からの要望も、ごく一部ではあるが見られた。以上のようなこ

とから、国際医療サービス支援センターによる情報提供の遅れや不正確さを指

摘する意見が出されたものと推測される。

⑤国際医療サービス支援センターの体制

 国際医療サービス支援センターによる情報提供の遅さ・不正確さをもたらし

た別の原因として、人員不足を指摘する意見が医療機関から出された。具体的

には、医療機関側が問い合わせを行った際、担当者が不在との回答があり、そ

の後の返事が遅かったとの声が聞かれた。また、人員不足が原因で、医療機関

からの問い合わせへの対応が遅れたのではないかとの指摘もあった。

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(2)日本滞在中の課題

①言語・文化・生活習慣の違い

 言語面では、院内の表記が日本語中心で、通訳のサポート無しでの移動が困

難との意見が外国人顧客から出された。文化・生活習慣の違いに関しても、主

に問診票の内容および健診内容に関して、自国における疾病構造や食習慣との

違いを指摘する声が外国人顧客から聞かれた。また、現場で対応した医師から

は、文化・生活習慣の違い故の生活指導の難しさを指摘する意見が出された。

②医療通訳によるサポート

 本実証事業中、医療機関から最も多くの課題指摘があった領域の一つが医療

通訳に関するものである。中国語、ロシア語での医療通訳のレベルについては、

医療機関のスタッフではその質を判断しづらいため、語学力および医療知識を

総合的に判定するための何らかのレベル認定を行って欲しいとの要望が出され

た。また、一部のケースでは、日本語でのコミュニケーションに難がある通訳

がいたとの指摘があった。

 語学力・専門性以外の領域では、健診の進行をサポートする役割に関する課

題指摘があった。具体的には、バリウム検査や肺活量検査などにおいて求めら

れる即時性の高い指示出しや、PET-CT 検査19)等における通訳の被爆リスク等

への対応であった。

 上記課題への対応策としては、日本人医師・看護師等が中国・ロシア語の簡

単な指示用語を学習して直接指示するべき、また医療通訳が健診の流れを理解

したうえでサポートすべき等の意見が医療機関現場調査時に現場の医師から出

された。

19)PET は positron emission tomography の略で、「陽電子放射断層撮影」を意味す

る。また CT は computed tomography の略で、コンピューター断層撮影装置を指す。

PET-CT 検査では、PET の機能(糖代謝)画像と CT の形態画像との融合画像が得ら

れ、診断精度の向上が期待できる。

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③外国人に対するサービスの在り方

 シンガポールやタイの有名医療機関におけるサービスを経験しているアメリ

カ人顧客からは、富裕層向けの手厚い対応を期待する意見も寄せられた。具体

的には、食事の種類が限られていることや、日本流の健診の進め方、例えば、

ロッカーで着替える、(個人情報保護の観点から)番号で呼ばれる、流れ作業的

に健診が進行するため医師とのコミュニケーション機会が限られる等に対する

違和感が指摘された。

④外国人受け入れに伴うリスク管理

 本実証事業においては、原則として各医療機関が通常用いている申込書・各

種検査説明書・同意書等を用いて診断を行い、報告書作成時点では大きなトラ

ブルは発生していない。しかし、医療機関からは、医療サービスに対する考え

方が異なる外国人受け入れにあたっては、明確なリスク管理の徹底が必要であ

るとの指摘があった。具体的には、法的リスクを低減するため契約書および保

険の整備に関する必要性が指摘された。

(3)帰国後の課題

①医療機関外部で診断書翻訳を行うことに対する信頼性の確保

 本実証事業においては、各医療機関が日本語による診断書を発行した後、そ

れを国際医療サービス支援センター内にて英語・中国語・ロシア語に翻訳した

上で、国際医療サービス支援センターから患者宛に送付するという対応を行っ

た。しかしながら、医療機関からは、この翻訳実施に関して以下のような課題

指摘があった。

 ・翻訳の質の担保が困難であるため、翻訳結果に起因するトラブルが不安で

ある。

 ・究極の個人情報とも言える診断書を、第三者に提供することに対する不安

がある。

 ・本来医療機関が送付すべき診断書を、国際医療サービス支援センターから

送付することに違和感がある。

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 個人情報保護の観点から、一部の医療機関では、独自に診断書の第三者への

提供に関する同意書を作成し、外国人顧客に対してサインを求めた例も見られ

た。

②健診後のフォロー体制

 本実証事業においては、健診において何らかの異常が発見された場合は、日

本人に通常対応しているのと同じ体制での対応を求めた。結果として、今回受

け入れた24人の中に、緊急対応が必要な異常は発見されなかったが、医療機関

からは、以下のようなケースへの対応方法の整備の必要性が指摘された。

 ・旅行ビザで短期滞在している場合の対応

 ・診断結果が出た時点で、帰国してしまっている場合の対応(現地医療機関

と連携するのか、再来日してもらって対応するのか等)

 ・健診を担当した医療機関では十分に対応しきれない疾患が発見された場合

の対応

 また、外国人顧客帰国後の対応についても、以下のような指摘があった。

 ・患者からの問い合わせがあった場合、一次対応を誰が行うのか

 ・現地の医療機関との診断結果の共有体制をどのように確立するか、という

ものである。

 以上が「国際医療ツーリズム(高度健診医療分野)調査事業」の概要である。

この調査事業では受け入れ終了時点でフォローが必要となる事案は発生しなかっ

たが、仮に健診で異常が発見された場合、どのように対応するか等、残された

課題は多いと言える。

2.経済産業省「サービス産業イノベーション促進事業(国際医療交流調査研

究事業)」

 経済産業省では日本経済研究所に委託し、2010年から2011年にかけて国内医

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療機関における国際医療交流への取り組み実態を調査している20)。これは国内

の医療機関における国際医療交流の現状、特に外国人受け入れの実態およびそ

の実施に伴う課題、今後の国際医療交流に対する取り組みの意向等を把握する

ことを目的としている。具体的には約8,000の医療機関を対象としたアンケート

調査を行い、最終的に2,353医療機関より回答を得ている。なお、調査は2010年

11月26日~12月17日に行われた。また、このアンケート調査の結果を踏まえて、

既に外国人患者の受け入れを行っているか、もしくはこれから受け入れを開始

する予定がある医療機関を対象としたヒアリング調査も行い、我が国における

国際医療交流の可能性についての検討を行っている。ヒアリング調査の期間は

2011年2月8日~2月25日である。以下では、その調査結果について概観する。

(1)外国人患者の受け入れ方針

 図1によると、外国人患者の受け入れを「すでに実施している」と回答した

医療機関は5.2%であった。「すでに実施している」に「実施する予定で具体的

な計画がある」、「具体的な計画はないが実施する予定」を加えた外国人患者の

20)『平成22年度サービス産業イノベーション促進事業(国際医療交流調査研究事業)報

告書』野村総合研究所、2011年3月、第2章参照。

図1 外国人患者受け入れに対する関心(N=2,352)

〔出所〕『平成22年度サービス産業イノベーション促進事業(国際医療交流調査研究事業)報告書』野村総合研究所、2011年3月、13ページ。

15

おける国際医療交流への取り組み実態調査を実施している19。これは国内の医療機関におけ

る国際医療交流の現状、特に外国人受け入れの実態およびその実施に伴う課題、今後の国

際医療交流に対する取り組みの意向等を把握することを目的としている。具体的には約

8,000 の医療機関を対象としたアンケート調査を行い、最終的に 2,353 医療機関より回答を

得ている。なお、調査は 2010 年 11 月 26 日~12 月 17 日に行われた。また、このアンケー

ト調査の結果を踏まえて、既に外国人患者の受け入れを行っているか、もしくはこれから

受け入れを開始する予定がある医療機関を対象としたヒアリング調査も行い、我が国にお

ける国際医療交流の可能性についての検討を行っている。ヒアリング調査の期間は 2011 年

2 月 8 日~2 月 25 日である。以下では、その調査結果について概観する。 (1)外国人患者の受け入れ方針 図1によると、外国人患者の受け入れを「すでに実施している」と回答した医療機関は

5.2%であった。「すでに実施している」に「実施する予定で具体的な計画がある」、「具体的

な計画はないが実施する予定」を加えた外国人患者の受け入れに積極的な回答は 229 件(9.7%)、他方「実施する予定はない」、「検討中・未定」と回答した医療機関は 2,111 件(89.8%)であった。ただし、「すでに実施している」と回答した医療機関の中には、日常

診療の一環として在日外国人の治療にあたっている機関も含まれていたため、以下では、

それらの医療機関を除き、外国から治療等を目的に日本を訪れる患者の受け入れに積極的

な 210 医療機関を「受け入れ実施機関」として絞り込んだ分析が行われている。 図1 外国人患者受け入れに対する関心(N=2,352)

〔出所〕『平成 22 年度サービス産業イノベーション促進事業(国際医療交流調査研究事業)

19 『平成 22 年度サービス産業イノベーション促進事業(国際医療交流調査研究事業) 報告書』野村総合研究所、2011 年 3 月、第 2 章参照。

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受け入れに積極的な回答は229 件(9.7%)、他方「実施する予定はない」、「検

討中・未定」と回答した医療機関は2,111 件(89.8%)であった。ただし、「す

でに実施している」と回答した医療機関の中には、日常診療の一環として在日

外国人の治療にあたっている機関も含まれていたため、以下ではそれらの医療

機関を除き、外国から治療等を目的に訪日する患者の受け入れに積極的な210

医療機関を「受け入れ実施機関」として絞り込んだ分析が行われている。

(2)外国人患者の受け入れ状況

 診療分野別にみた外国人患者の受け入れ実績は、「検診・健診」が46.6%と最

も多い。将来的な展望として2012 年までに受け入れに注力していくことを予定

している診療分野については、「検診・健診」がやはり55.3%と最も多く、「が

ん治療」(22.9%)、「循環器」(17.9%)、「整形(身体機能代替等)」(12.3%)、

「内視鏡治療/鏡視下手術(がんを除く)」(10.1%)の順であった。

 2009 年度の受け入れ人数の割合を国別にみると、新外来患者は、「中国」が

39.0%と最も多く、次いで「その他のアジア地域」が26.0%となっており、ア

ジア地域からの受け入れが多数を占めている(図2参照)。

 新入院患者についても、2009 年度の実績値では「中国」が32.4%、「その他

図2 国別新外来患者数の割合(N=68、複数回答)

〔出所〕『平成22年度サービス産業イノベーション促進事業(国際医療交流調査研究事業)報告書』野村総合研究所、2011年3月、25ページ。

16

報告書』野村総合研究所、2011 年 3 月、13 ページ。 (2)外国人患者の受け入れ状況 診療分野別にみた外国人患者の受け入れ実績は、「検診・健診」が 46.6%と最も多い。将

来的な展望として 2012 年までに受け入れに注力していくことを予定している診療分野に

ついては、「検診・健診」がやはり55.3%と最も多く、「がん治療」(22.9%)、「循環器」(17.9%)、

「整形(身体機能代替等)」(12.3%)、「内視鏡治療/鏡視下手術(がんを除く)」(10.1%)

の順であった。 2009 年度の受け入れ人数の割合を国別にみると、新外来患者は、「中国」が 39.0%と最

も多く、次いで「その他のアジア地域」が 26.0%となっており、アジア地域からの受け入

れが過半数を占めている(図2参照)。 図2 国別新外来患者数の割合(N=68、複数回答)

〔出所〕『平成 22 年度サービス産業イノベーション促進事業(国際医療交流調査研究事業)

報告書』野村総合研究所、2011 年 3 月、25 ページ。 新入院患者についても、2009 年度の実績値では「中国」が 32.4%、「その他のアジア地

域」が 24.3%であり、アジア地域からの患者が過半数(56.7%)を占めている(図3参照)。 図3 国別新入院患者数の割合(N=28)

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のアジア地域」が24.3%であり、アジア地域からの患者が過半数(56.7%)を

占めている(図3参照)。

 各医療機関の年間最大受け入れ人数を外来/入院別にみると、新外来患者数

は、「10~20人未満」が23.2%と最も多く、次いで「1~5人未満」(19.6%)、

「5~10人未満」(12.5%)であり、「20人未満」が過半数を占める。一方、新入

院患者数では、「5人未満」が40.9%と最も多く、次いで「5~10人未満」が

22.7%であり、「10人未満」が6割以上を占める。外国人患者の受け入れにあ

たっては、多言語に対応できる医師・看護師等のスタッフや日程調整、保険対

応といった事務処理能力、さらには病床数や検査機器等の施設・設備面におい

て受け入れ規模が制約を受ける。現時点では多くの国内医療機関でそれらの制

約が大きいことから、外来では年間に20人程度、入院では10人程度を限度とし

ていると想定される21)。

(3)今後の課題

 外国人患者の受け入れを実施している、あるいはその意向がある医療機関を

「積極派」、それ以外の医療機関を「消極派」とすると、積極派が考える受け入

21)同上、27ページ。

図3 国別新入院患者数の割合(N=28)

〔出所〕『平成22年度サービス産業イノベーション促進事業(国際医療交流調査研究事業)報告書』野村総合研究所、2011年3月、26ページ。

17

〔出所〕『平成 22 年度サービス産業イノベーション促進事業(国際医療交流調査研究事業)

報告書』野村総合研究所、2011 年 3 月、26 ページ。 各医療機関の年間最大受け入れ人数を外来/入院別にみると、新外来患者数は、「10~20人未満」が 23.2%と最も多く、次いで「1~5 人未満」(19.6%)、「5~10 人未満」(12.5%)

であり、「20 人未満」が 55.4%を占める。一方、新入院患者数では、「5 人未満」が 40.9%と最も多く、次いで「5~10 人未満」が 22.7%であり、「10 人未満」が 63.6%を占める。

外国人患者の受け入れにあたっては、多言語に対応できる医師・看護師等のスタッフや日

程調整、保険対応といった事務処理能力、さらには病床数や検査機器等の施設・設備面に

おいて受け入れ規模が制約を受ける。現時点では多くの国内医療機関でそれらの制約が大

きいことから、外来では年間に 20 人程度、入院では 10 人程度を限度としていると想定さ

れる20。 (3)今後の課題

外国人患者の受け入れを実施している、あるいはその意向がある医療機関を「積極派」、

それ以外の医療機関を「消極派」とすると、積極派が考える受け入れ実施にあたっての課

題としては、「多言語・異文化への対応」が 61.1%と突出して多い。次いで、「通訳の確保

が困難」(36.6%)、「診察後の対応(患者の帰国先の医療機関との連携等)体制の未整備」

(36.1%)が同程度となっている他、「外国人患者を対象とした民間保険制度の未整備」

(24.5%)、「繁忙」(21.8%)を挙げた回答も少なくない。 一方、消極派においても「多言語・異文化への対応」が 63.8%と最も多い。続いては、「通

訳の確保が困難」(45.7%)、「診察後の対応(患者の帰国先の医療機関との連携等)体制の

未整備」(41.8%)が挙げられていることから、課題については、受け入れに対する姿勢に

20 同上、27 ページ。

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れ実施にあたっての課題としては、「多言語・異文化への対応」が61.1%と突出

して多い。次いで、「通訳の確保が困難」(36.6%)、「診察後の対応(患者の帰

国先の医療機関との連携等)体制の未整備」(36.1%)が同程度となっている他、

「外国人患者を対象とした民間保険制度の未整備」(24.5%)、「繁忙」(21.8%)

を挙げた回答も少なくない。

 一方、消極派においても「多言語・異文化への対応」が63.8%と最も多い。続

いては、「通訳の確保が困難」(45.7%)、「診察後の対応(患者の帰国先の医療

機関との連携等)体制の未整備」(41.8%)が挙げられていることから、課題に

ついては、受け入れに対する姿勢に関わらず共通した認識が存在する。特徴的

な点は、消極派では「医師不足」を指摘する医療機関が27.1%存在することで

ある22)。消極派の医療機関においてはもとより医師不足が課題となっており、

それが外国人患者の受け入れに対しても阻害要因となっている。

3.三菱 UFJ リサーチ&コンサルティング株式会社による調査

 2011年10月19日~10月28日に三菱 UFJ リサーチ&コンサルティング株式会

社が医療機関を対象とした「外国人患者の受け入れに関するアンケート調査」

を実施している。この調査の対象となったのは一般病床を有する4,580の病院で、

507件の回答が得られたという。以下ではその調査結果を見ていくことにする。

(1)外国人患者の受け入れ方針

 回答が得られた507の病院のうち、治療・検査目的で来日する外国人を受け入

れることについて「すでに積極的であり、今後も継続する」いう回答は8.1%、

「現在は積極的でないが、今後については関心がある」が24.7%、一方「関心は

ない」が63.7%であった23)。6割以上の病院が受け入れに消極的であったが、そ

の理由としては「地域住民を対象とした病院であること」、「未収金や文化の違

22)同上、29ページ。

23)三菱 UFJ リサーチ&コンサルティング株式会社政策研究事業本部(東京)『わが国

における外国人医療の現状について』2012年8月、10ページ。なお、無回答があるの

で、合計は100%になっていない。

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い等によるトラブルの懸念」、「病院が小規模であり、受け入れ体制の整備がで

きないこと」、「外国人の少ない土地であり、必要がないこと」等が挙げられて

いる24)。

(2)外国人患者の受け入れ状況

 過去1年間の間に入院、外来、健診・検診のいずれかで、1人以上の外国人

患者を受け入れた実績のある病院の割合は74.6%で、受け入れ実績のない病院

は14.8%であった25)。ただし、その受け入れた外国人患者のほとんどは「日本

在住外国人」であり、「観光目的で来日した」外国人患者は受け入れ外国人患者

全体の0.9%、また「治療・検査目的で来日した」外国人患者は1.0%となって

いる(表2参照)。もともと医療観光が目的ではなく、単に観光目的で来日した

外国人が急に具合が悪くなって、病院に行くというケースも考えられるため、

想定されうる医療観光の実績は「治療・検査目的で来日」した患者にほぼ限定

される。そうなると、医療観光目的の外国人患者は受け入れ外国人患者全体の

わずか1%程度と言える。

 過去1年間に受け入れた外国人患者の出身国は中国が最も多く、次いでアメ

リカ、フィリピン、韓国、ブラジルの順となっている26)。先述したように、外

国人患者のほとんどは日本在住の人であることに注意しなければならないが、

中国を中心としてアジア出身者が多いという傾向は先に見た経済産業省「サー

24)同上、9ページ参照。

25)同上、6ページ。なお、無回答があるので、合計は100%になっていない。

26)同上、7ページ。

表2 過去1年間の外国人患者の受け入れ状況

入 院 外 来 健診・検診 計

日本在住外国人 5.7% 84.9% 7.5% 98.1%

観光目的で来日 0.1% 0.7% 0.1%  0.9%

治療・検査目的で来日 0.1% 0.5% 0.4%  1.0%

計 5.9% 86.1% 8.0% 100.0%

〔注〕受け入れ外国人患者数全体を100%とする〔出所〕三菱 UFJ リサーチ&コンサルティング株式会社政策研究事業本部(東京)

『わが国における外国人医療の現状について』2012年8月、6ページ。

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ビス産業イノベーション促進事業(国際医療交流調査研究事業)」の調査結果と

共通している。

(3)今後の課題

 外国人患者受け入れにあたっての課題としては、「多言語化への対応」が最も

多く、93.4%の病院から挙げられており、次いで「治療費の問題」(65.7%)、「院

内の多言語表示」(60.2%)、「文化・習慣の違い」(56.6%)が多くなっている27)。

 多言語化への対応に関して具体的には、「医療従事者の語学能力が不足してい

ること」、「十分な医療通訳を確保できないこと」、「問診票・同意書・検査内容

説明書など各種書類の多言語化が必要」等が課題として挙げられている。治療

費の送金や決済は、日本在住の外国人を含めた外国人に対する医療サービス提

供全般における課題となっており、積極的に外国人患者を受け入れにくい理由

として多くの病院が未収金への不安を挙げている28)。

Ⅳ.医療観光の取り組み事例:「徳島健康・医療クラスター」プロジェクト

1.プロジェクト実施の背景

 徳島県では人口10万人当たりの糖尿病死亡率が都道府県別で見て全国ワース

ト1位という不名誉な状況が1993年から2006年まで続いた。2007年には一時的

にその地位を脱したものの、2008年からは再び3年連続でワースト1位になっ

ている29)。このような状況を改善するために、徳島県では産学官連携事業とし

て糖尿病の治療および予防に取り組んでおり、2007年からは文部科学省の「知

的クラスター創成事業」の一環として「徳島健康・医療クラスター」というプ

ロジェクトを実施中である。こうした取り組みは単に徳島県内の糖尿病死亡率

を改善させるためだけではなく、徳島県を糖尿病研究・治療・予防の世界的拠

27)同上、12ページ。

28)同上、10ページ。

29)「社説 糖尿病死亡率1位 県民はもっと危機意識を」『徳島新聞』2011年6月6日参

照。

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点にまで育て、裾野の広い健康医療関連産業の創成を図ることを目的としてい

る。さらに、一連の研究で得られた先進的な健診方法等を、中国をはじめとし

た海外に積極的に発信することにより、医療観光を推進するとともに、中国と

の友好交流の一環として糖尿病の共同研究を展開するとしている30)。

 経済発展の著しい中国では、食の欧米化等によって糖尿病患者およびその予

備軍が激増している。2010年4月13日、中華医学会糖尿病分科会は中国におけ

る糖尿病に関する調査結果を発表した。それによると、20歳以上の成人のうち、

全国で9,240万人が糖尿病を患っており、1億4,800万人がその予備軍であると

いう31)。こうした状況に対して中国では糖尿病専門医が圧倒的に不足している

という背景があるため、徳島県商工労働部観光企画課では2009年秋から中国を

ターゲットにして健診ツアーの企画を立て始めたそうである32)。多摩大学の真

野俊樹教授は「現在、中国では健診ができる施設の数が急速に増えており、普

通に考えれば外国に行く必要は少なくなるはずです。ところが健康を真剣に考

えている中国の富裕層は、自国の医療水準に不安感を持つ一方、日本の医療に

対する信頼度が高いのです。しかも中国は、サービスマインドが希薄なお国柄

でもありますので、健診というサービス医療には向きません。そうした理由で、

日本を訪れる中国の人は減らないどころか増える可能性すらあると思えます」33)

と語っている。また、徳島県医師会の川島周会長は「中国から健診を受けに来

るようになれば、県民も健診に関心を持つようになり、受診率向上に繋がる」34)と

述べており、中国からの医療観光者がもたらす相乗効果に期待を寄せている。

30)徳島県知事、飯泉嘉門「地域活性化総合特別区域指定申請書」2012年3月29日を参

照。

31)森川富昭・上原英紀「メディカルツーリズム:徳島県の事例」『Healthcare note』No.

10-20、2010年10月13日、3ページ参照。

32)徳島県商工労働部観光企画課、原裕二課長補佐の談話による(松久宗英「糖尿病の

心血管病リスク精査に特化」『クリニックマガジン』38巻5号、2011年5月、19ページ

参照)。

33)真野俊樹「医療ツーリズムの進展は世界的な潮流である」『クリニックマガジン』38

巻5号、2011年5月、11ページ。

34)岩瀬幸代・中村正人「日本版「医療ツーリズム」光と影」『PRESIDENT』2011年1

月3日号、99ページ。

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2.糖尿病健診ツアーの実施概要

 徳島県では2010年3月20日~23日に県の負担により中国からのモニターツアー

を募集し、徳島大学病院において10名の糖尿病健診を行った。また、これを踏

まえ、同年5月22日~25日には第1回目となる健診ツアーに5名の中国人が上

海から訪れた。このツアーはモニターツアーとは異なり、健診を受ける本人の

負担によって実施された。

 健診メニューは以下の通りである。

 ・血圧・腹囲測定

 ・尿検査

 ・CT・内脂肪検査

 ・血管内皮機能検査

 ・心電図・血圧脈波測定

 ・血液検査・糖負荷試験

 ・心エコー・頸動脈エコー

 上記の健診メニューの中で、徳島大学病院が他の糖尿病健診と差別化を図っ

ているのは次の3点である35)。

①遺伝子検査:遺伝子検査をすることで将来どのような疾患に罹患するリスク

が高いかを科学的に示し、その疾患に対し予防策を提供できる。

②糖尿病病態解析:糖負荷試験を詳細に解析し、インスリン作用とインスリン

の分泌量を調べることができる。

③血管内皮機能検査:血管の拡張反応で、早期の動脈硬化がわかる。

 もちろん中国でも受けられる健診内容であれば、わざわざ日本に来てまで健

診を受ける必要がないので、このツアーでは中国で受けることのできない、最

先端の糖尿病検査が実施されたという36)。

35)森川富昭・上原英紀〔2010〕、5ページ参照。

36)同上、6ページ。

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3.今後の課題

 一つ目の課題は通訳の問題である。3月のモニターツアーでは9名の通訳を

雇用し、10名の健診者を3班に分け、それぞれ2名の通訳を同行させ、CT 検

査、血管内皮機能検査、頸動脈エコー検査にそれぞれ一人ずつ通訳を配置した。

また、5月のツアーでは6名の通訳を雇用し、6名の健診者をやはり3班に分

け、それぞれ2名の通訳を同行させ、検査機器ごとには通訳を配置しなかった

という。いずれのツアーにおいても通訳の病院健診に係る一定レベルの知識を

確保するため、用語集を用いて事前研修が実施されている37)。しかしながら、

健診時には「中国人通訳の日本語が不十分であったために、医療従事者とのコ

ミュニケーションが円滑に行われなかった」、「(中国人、日本人通訳ともに)通

訳の医療知識のレベルにばらつきがあった」という問題点が指摘されている38)。

今後は医療に特化した通訳の育成が医療観光を推進する上で急務である。

 二つ目の課題はビジネスモデルとして医療観光が成り立つかどうかという点

である。もちろん医療サービスは病院にとって費用対効果を伴ったものでなけ

ればならない。今回のツアーはいずれも病院休診日である日曜日に実施したた

め、人件費等を考慮すると、通常の診療日に健診ツアーを実施することがビジ

ネスモデル化の必須条件である。また、観光という点でも地元に経済効果がも

たらされるかどうかは重要であろう。徳島県商工労働部観光企画課、原裕二課

長補佐は「今後は関西広域連合内での連携を強化し、徳島の健診と大阪・京都

観光等をミックスする提案を行いたい」39)と述べているが、健診と観光が地理的

に分断してしまっては徳島県内の観光業者からの協力や地元の理解を得ること

は難しくなるだろう。

 三つ目の課題は医療の継続性、すなわち健診で糖尿病が見つかった場合、ど

のようにフォローしていくかという問題である。徳島大学の松久宗英教授は「治

療のための入院は考えていない。中国の糖尿病専門医とのネットワークを構築

し、患者を紹介するのが本筋」と述べ、その理由を「入院医療となると、24時

37)同上、7-8ページ参照。

38)同上、11ページ。

39)松久宗英〔2011〕、21ページ参照。

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間対応できる医療通訳の確保が難しい」としている40)。やはりここでも医療通

訳の問題がネックとなっている。こうした状況を受けて、徳島大学との共同研

究に参画している(株)徳島データサービスでは、「医療通訳概論」、「糖尿病概

論」、「糖尿病検査(1)~(3)」、「観光講座」、「徳島学講座」「接遇・マナー

講座」等からなる医療観光通訳育成講座を開講している41)。徳島における健診

ツアー後の医療の継続性を担保するためには、医療通訳のような医療観光を担

う人材の育成も同時に進める必要がある。

Ⅴ.おわりに

 日本における医療観光は世界的に見て、まだ認知度が低く、一般的な観光商

品にはなり得ていないが、民間の旅行会社も少しずつ参入してきている。例え

ば、(株)日本旅行は2009年4月から中国の旅行会社および日本国内の医療機関

と提携して、中国人を対象とした 「PET 検診 」と 「観光旅行 」を組み合わせた

オーダーメイドツアーを実施しており、2009年4~12月の取扱実績は約40名、

2010年1~6月は約70名であったという42)。これは1泊2日の検診に国内観光

を組み合わせた4~5日間のツアーで、費用は1人あたり約100 万円となって

いる。ただし、「ツアー参加者は中国の旅行会社へ手数料や航空券代を別に払う

ので、総額では400万円弱になっているのではないか」と同社海外営業部の青木

志郎氏は語っている43)。この金額だけを見ても、ツアーの顧客は中国人の富裕

層であることがうかがえる。

 前節で取り上げた徳島大学は2011年2月に南海電鉄グループの(株)南海国

際旅行と提携した。この旅行社も大阪府内の病院と提携し、脳および心臓の検

診と観光を組み合わせたツアーを中国国内の旅行会社に販売している実績があ

40)同上、21ページ。

41)『企業情報とくしま』No.345、2012年4月、8-9ページ参照。

42)『ニュースリリース 日旅ニュース 「 訪日医療ツーリズム推進チーム 」 の新設につ

いて』(株)日本旅行広報室、2010年6月29日参照。

43)岩瀬幸代・中村正人〔2011〕、99ページ。

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る44)。徳島大学ではそうした実績を持つ旅行社と提携することによって、糖尿

病健診ツアーの更なる展開を目指している。また、徳島県内では徳島大学だけ

ではなく、10余りの医療機関も健診ツアーの受け入れに参加する意向を示して

いるという45)。

 このように日本でも医療観光は少しずつ胎動の兆しを見せているが、これま

での考察で明らかになったように、外国人患者と医療機関の間で意思疎通がう

まくいっていないというコミュニケーション上の問題が存在する。山口大学の

羽生正宗教授による聞き取り調査によれば、医療観光の導入に当たって「外国

語に対応できるスタッフの整備」が必要だと回答した医療機関が最も多かった

という46)。先に見たように、医療通訳を育成する講座も始まってはいるが、羽

生教授はそれだけでは不十分であると指摘する。単に言葉が理解できるだけで

はなく、患者の発する微妙なニュアンスを受け取れるだけの語学力と医療知識

を持ち合わせていることも医療機関のスタッフには必要で、日本でそれを行う

ためには外国人医師・看護師などの活用も視野に入れるべきだという47)。この

点に関して、千葉県にある亀田メディカルセンター(亀田総合病院および亀田

クリニック)は日本の看護師資格を持つ中国人看護師を採用し、さらに日本で

の資格取得を目指しているフィリピン人の看護師候補者も受け入れているが48)、

こうした取り組みは先進事例と言える。

 しかし、日本では亀田メディカルセンターのように外国人向けサービスを行

うために外国人スタッフを雇用している病院はまだまだ少ない。そればかりか、

もとより医師不足が深刻な医療機関では日常業務だけでも多忙を極めており、

44)南海電鉄ホームページ参照。http://www.nankai.co.jp/company/news/

pdf/110228_1.pdf 、2012年9月28日アクセス確認。

45)『企業情報とくしま』〔2012〕、8ページ参照。

46)羽生正宗『医療ツーリズム:アジア諸国の状況と日本への導入可能性』慶應義塾大

学出版会、2011年、76ページ参照。

47)羽生正宗「ツーリズムの受け入れには「言葉の障壁」と「医療制度」の見直しの議

論が必要」『クリニックマガジン』38巻5号、2011年5月、17ページ。

48)「医療観光 受け入れ着々 外国人患者に高水準アピール」『朝日新聞』2010年4月

26日。

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それ以外に医療観光の外国人患者を受け入れる余裕など存在しないであろう。

このような現状を踏まえて、厚生労働省は医療観光に対して「国民の医療を阻

害しない範囲ならば」49)と慎重なスタンスをとっている。さらに、日本医師会の

中川俊男副会長も2010年6月9日の定例記者会見において、医療観光に参入し

た医療機関が外国人患者に対して自由価格を設定して収益を上げ、経営状況が

好転するようになれば、保険診療で受診している多くの日本人患者が後回しに

される可能性を示唆し、医療観光の推進には反対の意向を示している50)。この

ように、行政官庁や医療関係者の中には医療観光の推進に消極的、もしくは反

対の立場の人もおり、日本の医療観光関係者の足並みは揃っているわけではな

い。

 一方、外国人患者を受け入れている医療機関で、その人たちとともに医療サー

ビスを受ける(可能性がある)日本人患者は、医療観光に対してどのような考

えを持っているのだろうか。先にも見た経済産業省の「国際医療ツーリズム(高

度健診医療分野)調査事業」の報告書によれば、調査対象の医療機関に来院し

た日本人に対して、「『医療ツーリズム』という言葉をご存知ですか」と質問し

たところ、全体の77%が「初めて聞いた」と回答し、他方、「知っていた」と回

答し、明確に「医療ツーリズム」を認知していた回答者はわずか6%に留まっ

たという51)。また、「あなたが健診・治療を受けている病院では、外国人患者の

受け入れを検討していますが、ご存知でしたか」という設問に対しては86%の

人が「知らなかった」と回答している52)。このように、日本人患者の間では医

療観光そのものがほとんど認知されておらず、自分が通院している医療機関で

外国人患者の受け入れが検討されていることも知らない人が多かった。

 今後、日本で医療観光を推進していくためには、これまでの調査で指摘され

49)岩瀬幸代・中村正人〔2011〕、100ページ。

50)「混合診療の全面解禁と医療ツーリズムに関する見解を公表」『日医白クマ通信』

No.1288、2010年6月11日、日本医師会ホームページ http://www.med.or.jp/

shirokuma/no1288.html、2012年9月28日アクセス確認。

51)『経済産業省平成21年度サービス産業生産性向上支援調査事業 国際メディカルツー

リズム調査事業報告書』〔2010〕、112-113ページ。

52)同上、113ページ。

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ている問題点や課題を一つ一つ改善していくことは言うまでもないが、医療観

光が地域の活性化に繋がるということを外国人患者を受け入れる地元の人々に

はっきりと見える形で示していく必要があるだろう。本稿で見てきたように、

現状では日本における外国人患者の受け入れ数は他のアジア諸国に比べ、かな

り少ない。そうした段階にもかかわらず、外国人患者を受け入れることで日本

人患者が後回しにされるかもしれないという危惧の念だけが募れば、到底地元

の理解は得られないだろう。医療観光によって生じ得るリスクだけではなく、

医療観光が地域にもたらすメリットも具体的に示す必要がある。

 医療観光のメリットの一つとして挙げられるのは、症例の蓄積とそれを通じ

た治療法の改善である。日本は人口減少局面に入ったため、患者の属性や症状

のバリエーションが少なくなり、症例の蓄積が先細りしていくことが予想され

ている。医療観光を通じて症例の蓄積が進めば、それによって治療法の改善や

新たな医薬品の開発が可能になる。近年は中国や韓国と共同で医薬品の治験を

行うケースも増えており、国際連携を円滑に進める上でも医療観光は有用であ

る53)。また、医療機器の稼働率向上も安定した高度医療の供給に繋がると言わ

れている。例えば、がん治療では放射線の一種である陽子線を照射し、がん細

胞の DNA を破壊するという方法がとられることがある。この治療法は肺がん、

肝臓がん、食道がん等に有効であるとされているが、陽子線治療装置の減価償

却費は1台当たり年間10億円もかかる54)。外国人患者の受け入れによって治療

装置の稼働率が上がれば、装置の維持を含めた病院経営の安定化に繋がり、ひ

いては地域における高度医療の安定供給に繋がるのである。

 以上、本稿では日本における医療観光の現状と課題について考察してきたが、

政府の想定通りに医療観光が地域経済の活性化に繋がるのかどうかについては

今後、さらに個々の事例を検証することが必要だろう。また、医療観光ツアー

がビジネスモデルとして成立するのかという点も重要である。広島国際大学の

江原朗教授が指摘するように、医療にかかる費用という点で、日本は他のアジ

53)高坂晶子「医療観光による地域再生の在り方」『Business & Economic Review』Vol.21

№6、2011年5月、69ページを参照。

54)岩瀬幸代・中村正人〔2011〕、100ページ。

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ア諸国と比較して低いわけではない55)。そうなると、日本が価格面で他国より

優位に立つことは難しく、価格以外の面で外国人顧客を引きつける要素が必要

になる。こうした点を分析するためには、日本の医療観光ツアーと諸外国にお

けるツアーを比較検討することが必要であるが、これについては稿を改めたい。

55)江原朗「医療の国際化」『日本小児科医会会報』No.43、2012年、168ページ。