土壌生産力の支配因子を求めてがはっきり確認される(photo 5)....

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J. Jpn. Soc. Soil Phys. 土壌の物理性 No. 141 p.33 39 (2019) シンポジウム特集 Lectures 土壌生産力の支配因子を求めて 水野直治 1 The exploration of factors that determine soil productivity Naoharu MIZUNO 1 1. はじめに 本研究に至るきっかけは少年期に遡る.日本の敗戦 後,多くの人が開拓農業に従事したときである.開拓地 には農業に不適なところも多く,場所によってはいく ら土壌改良をしてもよくならない土壌まで散在した.一 方,中学校卒業後牧夫となって働いた石狩川沖積地帯は 豊かな生産が認められた.このように同じ管理をしても なぜ生産力に差が生じるのか興味を持ったのが始まりで ある. 北海道立農業試験場に赴任して最初に携わったのが蛇 紋岩地帯のニッケル過剰障害対策であった.現在のよう に原子吸光光度計や ICP もない時代で分析法の開発か らの出発であった(水野 · , 1967).このようにして重 金属の過剰および欠乏と作物の関係の研究に携わりはじ めた. 2. ニッケル過剰障害対策 2.1 超塩基性岩はマグマの岩石 カンラン岩や蛇紋岩は超塩基性岩に入る.カンラン岩 が水の作用を受けてできたのが蛇紋岩である.ケイ酸含 有率が低く比重の重いこの岩石はニッケルやクロム含有 率が一般の安山岩や花崗岩の 100 倍もある.そのため この岩石の風化土壌では植生が著しく悪く,古くから注 目されてきた(Brooks, 1987).そしてその主要な原因が Mg Ni の過剰であることが 20 世紀の中ごろに明らか にされた. 2.2 植物のニッケル過剰障害は土壌中の全ニッケルで はなく交換性ニッケルによって支配される Photo 1 には北海道における蛇紋岩質土壌で発生する ニッケル過剰障害の症例を示した.上の段に並ぶエンバ クはムギ類の中でも過剰障害に弱く,交換性ニッケルで 10 mg kg -1 付近から症状が現れる.アブラナ科のキャ 1 4-157-3, Chuo, Kuriyama, Yubari, Hokkaido 069-1511, Japan. Corre- sponding Author: 水野直治. 2019 1 10 日受稿 2019 2 10 日受理 ベツはさらにニッケル抵抗力がなく,5 mg kg -1 あたり から障害症状が発現する.もちろん,同じ交換性ニッケ ル濃度でも同じに症状が発現するとは限らない.植物体 内における鉄または銅含有率によってその症状は変わっ てくる(Mizuno, 1968; Mizuno and Nosaka, 1992).した がって,蛇紋岩質土壌地帯に発生するニッケル過剰障害 は土壌中の全ニッケルの高い蛇紋岩体の上ではなく,可 溶性の交換性ニッケルの高い土壌で発生する.そして交 換性ニッケルは土壌 pH の低下によって高まる(Fig. 1). それゆえ,植物のニッケル過剰障害は pH の高い蛇紋岩 上の地帯ではほとんど見られない.なぜなら蛇紋岩その ものはマグネシウム含有率が著しく高く,pH 7 以上 の高い値を示すためである.障害の発生する土壌は蛇紋 岩が風化して母岩から流出し,再堆積して長い年月の間 にマグネシウムが流亡し, pH が低下した土壌である(水 , 1979). 蛇紋岩を粉砕し,ガラス管につめ,上から炭酸飽和水 を流し,溶出してくるイオンや pH がどのように変化す るか調べた.その結果, pH 8 以上の初期の段階では Ni はほとんど溶出せず,Ca Mg が溶出し,溶液の pH Fig. 1 土壌 pH と交換性ニッケルの関係.

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Page 1: 土壌生産力の支配因子を求めてがはっきり確認される(Photo 5). コムギの銅欠乏は植物体の銅の含有率で判定できな い.なぜならFig

J. Jpn. Soc. Soil Phys.土壌の物理性No. 141 p.33 ∼ 39 (2019)

シンポジウム特集

Lectures

土壌生産力の支配因子を求めて

水野直治 1

The exploration of factors that determine soil productivityNaoharu MIZUNO1

1. はじめに

本研究に至るきっかけは少年期に遡る.日本の敗戦

後,多くの人が開拓農業に従事したときである.開拓地

には農業に不適なところも多く,場所によってはいく

ら土壌改良をしてもよくならない土壌まで散在した.一

方,中学校卒業後牧夫となって働いた石狩川沖積地帯は

豊かな生産が認められた.このように同じ管理をしても

なぜ生産力に差が生じるのか興味を持ったのが始まりで

ある.

北海道立農業試験場に赴任して最初に携わったのが蛇

紋岩地帯のニッケル過剰障害対策であった.現在のよう

に原子吸光光度計や ICP もない時代で分析法の開発からの出発であった(水野 ·林, 1967).このようにして重金属の過剰および欠乏と作物の関係の研究に携わりはじ

めた.

2. ニッケル過剰障害対策

2.1超塩基性岩はマグマの岩石カンラン岩や蛇紋岩は超塩基性岩に入る.カンラン岩

が水の作用を受けてできたのが蛇紋岩である.ケイ酸含

有率が低く比重の重いこの岩石はニッケルやクロム含有

率が一般の安山岩や花崗岩の 100 倍もある.そのためこの岩石の風化土壌では植生が著しく悪く,古くから注

目されてきた(Brooks, 1987).そしてその主要な原因がMgと Niの過剰であることが 20世紀の中ごろに明らかにされた.

2.2 植物のニッケル過剰障害は土壌中の全ニッケルではなく交換性ニッケルによって支配される

Photo 1 には北海道における蛇紋岩質土壌で発生するニッケル過剰障害の症例を示した.上の段に並ぶエンバ

クはムギ類の中でも過剰障害に弱く,交換性ニッケルで

10 mg kg−1 付近から症状が現れる.アブラナ科のキャ

14-157-3, Chuo, Kuriyama, Yubari, Hokkaido 069-1511, Japan. Corre-sponding Author: 水野直治.2019年 1月 10日受稿  2019年 2月 10日受理

 

ベツはさらにニッケル抵抗力がなく,5 mg kg−1 あたり

から障害症状が発現する.もちろん,同じ交換性ニッケ

ル濃度でも同じに症状が発現するとは限らない.植物体

内における鉄または銅含有率によってその症状は変わっ

てくる(Mizuno, 1968; Mizuno and Nosaka, 1992).したがって,蛇紋岩質土壌地帯に発生するニッケル過剰障害

は土壌中の全ニッケルの高い蛇紋岩体の上ではなく,可

溶性の交換性ニッケルの高い土壌で発生する.そして交

換性ニッケルは土壌 pHの低下によって高まる(Fig. 1).それゆえ,植物のニッケル過剰障害は pHの高い蛇紋岩上の地帯ではほとんど見られない.なぜなら蛇紋岩その

ものはマグネシウム含有率が著しく高く,pH は 7 以上の高い値を示すためである.障害の発生する土壌は蛇紋

岩が風化して母岩から流出し,再堆積して長い年月の間

にマグネシウムが流亡し,pHが低下した土壌である(水野, 1979).蛇紋岩を粉砕し,ガラス管につめ,上から炭酸飽和水

を流し,溶出してくるイオンや pHがどのように変化するか調べた.その結果, pHが 8以上の初期の段階ではNiはほとんど溶出せず,CaやMgが溶出し,溶液の pH

Fig. 1 土壌 pH と交換性ニッケルの関係.

Page 2: 土壌生産力の支配因子を求めてがはっきり確認される(Photo 5). コムギの銅欠乏は植物体の銅の含有率で判定できな い.なぜならFig

34 土壌の物理性 第 141号  (2019)

Photo 1 蛇紋岩と作物のニッケル過剰症

が低下してくると徐々に Ni の溶出が始まる.蛇紋岩はNiが 0.2 ∼ 0.3 %( 2000 ∼ 3000 mg kg−1),Mgが 20 ∼30 % ほど存在する.すなわち Ni は Mg の約 1/100 程度である.ニッケル過剰障害の発生する土壌ではMgが岩石の 1/10 程度に減少した土壌で,全ニッケル含有率は 300 ∼ 1000 mg kg−1 の範囲にある.このように土壌

中元素の溶出や固定はその要素含有率単独のみで変動す

るのではなく,他の要素の存在形態と密接に関係して変

動する.

一方,植物のニッケル過剰障害程度も植物体内のニッ

ケル濃度のみでは決定されない.さきにも述べたよう

に,そこには植物体内の Fe/Ni 比と密接な関係があり,Fe/Ni比が 5 ∼ 10以下になると障害が発生する(Mizuno,1968).そのため鉄含有率の高いイネは自然界で障害発生が観察されない.また近年,植物の鉄とニッケルの輸

送体が同じであり,ニッケル処理をすると鉄欠乏がさら

に助長されることが明らかになっている(Nishida et al. ,2012).蛇紋岩土壌ではニッケル過剰障害が発生しなくても,

土壌中の元素組成はアンバランスであることから,一般

の植物は生育できない.そのため蛇紋岩土壌では超塩基

性岩地帯のみに生育する特生植物が国内で 46 種も確認されている(堀江, 2002).このように極端な土壌は地質的な環境が隣接地と大きく異なることから,まるで大

海の中の小島のように周りと隔絶された状態となる.北

海道のある蛇紋岩地帯のアキノキリンソウの例を挙げる

と,花を訪れる昆虫は同じ系統の花粉しか運べないので,

早咲きと遅咲きの系統の間で遺伝的な変化が起きるとい

う.まるでガラパゴス諸島のように多くの種が誕生する

原因であろう(Sakaguchi et al., 2017).なお,さらに世

界の蛇紋岩植生や生態学に関しては Brooks(1987)とRoberts and Proctor編(1992)に詳しく述べられている.

Photo 2 はカリフォルニアのデイビスで大会があったときの蛇紋岩生態学の著者らの記念写真である.Dr.Brooks(ニュージーランド ·マセイ大学), Dr. Kruckeberg(ワシントン州立大学),Dr. Robrts(カナダ林野庁)はいずれも国際的な研究者であるが,3人とも北海道の蛇紋岩地帯を訪れている. Dr. Vergnano は小柄な女性研究者であるが,1950年代の蛇紋岩地帯植物のニッケル障害が明らかになった初期の研究で世界をリードしてきた.現

在イタリアでは日本の猿橋賞のようにすぐれた女性科学

者には彼女の名前を冠した賞が贈られている.

Photo 2 The Ecology of Areas with Serpentinized Rocks出版の著者たちの記念写真.カリフォルニアの蛇紋岩地帯.左端

が著者.その右前隣が Dr. R.R. Brooks, Dr. A.R. Kruckeberg,Dr. O. Vergnano Gambi, Dr. B.A. Roberts, DR. J. Proctor andDR. W.G. Lee(後列).

Page 3: 土壌生産力の支配因子を求めてがはっきり確認される(Photo 5). コムギの銅欠乏は植物体の銅の含有率で判定できな い.なぜならFig

解説:土壌生産力の支配因子を求めて 35

3. コムギの銅欠乏

3.1コムギ銅欠乏の症状ムギ類の銅欠乏の発生は最初オランダやデンマーク

の泥炭土で確認されたが,国内では黒ボク土で報告され

た(黒澤ら, 1965;長谷部 · 水野, 1969).その後ムギ作の衰退が著しく,これらの研究は停滞したが,米余り対

策として水田の畑転換に伴い,ムギの作付が急増し,各

地でコムギの銅欠乏が頻発するようになった(水野ら,1981).銅欠乏の発生したほ場のコムギは登熟期になっても黄

化せず,穂の形はほとんど正常でも子実は入っていない

(Photo 3).これらは枯熟期に入ると急激に枯れ上がり,汚い色となる.さらに激しくなると根元から枯れ上が

り,消えていく.

銅欠乏のコムギは光合成能力が低いため,根元の茎の

ブリックス糖度を計ると,正常なコムギのブリックス糖

度は 25 % にもなるが,銅欠乏の場合は正常なコムギの1/2 以下の 10 % と低い.そのため水分とチッソ含有率は高く組織が弱く浸透圧が低いため,曇天と晴天を繰り

返すと葉先がよじれてくる.ただし,この症状は必ずし

も銅欠乏でのみ発生するのではない(水野 ·土橋, 1982;Mizuno and Kameda, 1982;水野ら, 2018).Photo 4 には銅の施用でコムギの葉は直立し,よじれのなくなるこ

とを示した.また,銅欠乏では正常な花粉にならず,花

粉内デンプンが欠乏し,形も小さく歪になる(海野ら,1984).銅の施用で花粉はきれいな円形となり,花粉内にはデンプンがびっしりつまり,花粉の生殖核と栄養核

がはっきり確認される(Photo 5).コムギの銅欠乏は植物体の銅の含有率で判定できな

い.なぜなら Fig. 2 にも示したように,銅の含有率が0.8 mg kg−1 (ppm)でも結実する一方で,1.5 mg kg−1

(ppm)でも不稔なる場合がある.したがって植物体の銅含有率は不稔になる判定基準にはならないのである.

しかし Fig. 2 にも示したように,植物体内の銅と鉄の比,すなわち Cu/Fe比が 0.008を境に不稔と結実の個体が明瞭に分かれることが明らかになった(Mizuno et al.,1983).Cuが Feの 0.8 %以下になると不稔になるのである.なお,正常なコムギでは Cuは Feの 2~4 %の範囲にある.

このような Cu と Fe の関係はさきに述べた蛇紋岩にニッケル過剰の Fe:Ni と反対の関係にあり,興味の引かれるところである.

3.2対策法対策法はほ場に直接硫酸銅を施用(4 ∼ 8 kg / 10 a, Cuとして 1 ∼ 2 kg)するか,硫酸銅の溶液(硫酸銅 20 ∼ 50g程度を 100 L / 10aの水に溶かす)を葉面散布する.一作で吸収する Cuは 2 ∼ 4 g / 10a程度である.一方,土壌に施用した場合は少なくとも 30 ∼ 40年は効果がある(40 年前の対策地では再発が認められていない).ただし多量要素のように必要とする分を肥料に混ぜて施用し

ても効果はない.一方,葉面散布の場合は毎年実施する

必要があるが経済的でかつ安全である.この方法は幼穂

形成期までに実施すればその効果が期待できる.葉面散

Photo 3 コムギの銅欠乏.緑のところは不稔.右側の写真

はさらに激しい欠乏症である.

Photo 4 コムギの銅欠乏による体内糖含有率の変化.右側

のコムギは銅の欠乏で充分光合成ができず,水分が高く糖の

含有率は低い.左側は銅の施用で正常になり,糖含有率は 2倍ほどになり,乾燥にも強くなった.

Photo 5 コムギ花粉のいろいろ.上の段はヨード ·ヨードカリ染色.不良花粉はデンプンが少ないかない.下段はカーミ

ン染色.正常な花粉(左端)は丸く,大きく中には生殖核 2本と丸い栄養核が見える.不良花粉は小さく変形していて核

がない.

Page 4: 土壌生産力の支配因子を求めてがはっきり確認される(Photo 5). コムギの銅欠乏は植物体の銅の含有率で判定できな い.なぜならFig

36 土壌の物理性 第 141号  (2019)

Fig. 2 コムギ不稔に対する植物体中 Cu 含有率と植物体中Cu/Fe値の関係.銅欠乏の発生は Cu含有率では判定できず,Cu/Fe 値が明瞭な判定基準となる.

布に濃い溶液を使うと薬害を起こすので注意を要する.

銅欠乏はムギ類にのみ発生するのではない.これは

動物にも発生する(Shorrocks and Alloway, 1985).1983年頃,ロンドン大学のクイーン · メリーカレッジの Dr.Alloway教授から手紙をもらった.そこには「ここの大学院の卒業生は世界中の現場に赴く.そこで使える銅

欠乏に関するデータと写真を送ってくれ」というもので

あった.幾つかのデータと写真を送ったが,冊子には三

笠市丘陵地帯で大規模に発生したコムギ銅欠乏の写真が

掲載されている.銅欠乏にはムギ類だけでなく,敏感な

作物としてニンジン,アルファルファ,ホウレンソウな

どもあげられている.しかし日本ではムギ以外の他の作

物の研究はない.

銅欠乏の発生土壌は各国でおおむね 1割は存在するようである.日本国内は当時まだ把握していなかったので

報告していない.しかし,北海道の土壌(水野ら, 1977)で見ると,黒ボク土の 50 % は欠乏土壌と推定される.銅欠乏土壌は黒ボク土のみでないので,かなりの面積が

存在するであろう.日本では昭和 45 年の公害国会のあと重金属の過剰問題のみに敏感になり,欠乏問題は蔑ろ

にされてきた.

銅は人間を含む動物にも重要な元素であり,アメリカ

(NRC)飼養標準では牛馬とも乾物飼料中 Cu は 10 mgkg−1 と示されている.これまで多くの植物体の分析を

行なってきたが,この基準を満たす飼料はきわめて少な

いであろう.現在,牧草生産は量の生産に重点が置かれ

ているが,質に重点が移ると銅の含有率だけでなく,嗜

好に影響する糖の含有率でも問題になるであろう.

4. ジャガイモそうか病

4.1ジャガイモそうか病の抑制因子1990 年に東京農大網走寒冷地農場に赴任して,最初にほ場でジャガイモそうか病を見たときはさすがに驚い

た.それほど激しいジャガイモそうか病を見たことがな

かったからである.しかし植物病理研究者でない自分に

は関係のない問題だと思っていた.その後,本病の抑制

因子が何であるかの究明の依頼を受けたとき,最初に頭

にうかんだのがアルミニウムイオンである.

1980 年代にヨーロッパを中心に発生した酸性雨の影響で土壌のアルミニウムが溶け出し,森林破壊や湖沼の

生物の絶滅が起こっていたからである.土壌微生物も生

物である以上この影響を受けないはずがないとの確信が

あった.そこでこの時点で土壌のアルミニウム活性の尺

度である交換酸度 y1 に注目した.

ジャガイモそうか病の病原菌は 19 世紀の中ころには判明していた.しかし,土壌によって発生度合いは異

なるにも関わらず,その抑制因子は不明のままであっ

た.これが明らかになったのは 1993年である(Mizunoand Yoshida, 1993).ジャガイモそうか病の抑止土壌では「pH 5.3 以下で抑制される」ことが明らかにされていた.

交換酸度 y1 は当初置換酸度 y1 と述べていたが,この

方法は大工原銀太郎(1910)によって開発された優れた土壌中アルミニウム活性の測定法である.そのため土壌

調査報告書(畑土壌)には必ず記載されている.残念な

がら本研究を始めた 1992 年頃はあまり注目されるデータではなかった.われわれはこれに目をつけ,研究を開

始した.

4.2ジャガイモそうか病の多発地帯ジャガイモそうか病は瘡蓋病とも書き,塊茎の表皮に

カサブタのできる土壌病害である.

本研究の依頼を受けた 20 世紀末の段階では,植物の必須要素と本病との関係はすでに明らかにされ,いずれ

の必須要素とも関係のないことがわかっていた(Keinathand Loria, 1989).しかしながら、それらの研究では必須元素でなかったこともあるが、アルミニウムイオンと本

病との研究は欠落していた.長い間環境に関わる研究に

従事してきた者にとってこれには疑問を感じた.なぜな

ら酸性雨が世界的に騒がれ,また多くの地帯で生物が酸

性雨によるダメージを受けており,病原菌(放線菌)も

この一つであることによる.

当時,在籍していた東京農大の網走寒冷地農場はジャ

ガイモそうか病の多発地帯にランクされていた.しかし

はじめはアルミニウムイオンと断定するのに躊躇した.

なぜならこの地帯はアロフェン土壌地帯であった.当時

の土壌学の教科書には,「アロフェン土壌地帯はアルミニ

ウム活性の高い土壌」である旨記載されていた.しかし

念のために交換酸度 y1 を測定して驚く結果に遭遇した.

これらの多発土壌ではまったく交換酸度 y1 が上がらな

かった.このことはこれまで間違った土壌学を信じてい

たことになる.

4.3 アルミニウムイオン活性とジャガイモそうか病の関係

そこで道立農試から全道の土壌調査報告書を借り出

し,畑土壌の pHと交換酸度 y1 の関係を多発土壌と抑止

Page 5: 土壌生産力の支配因子を求めてがはっきり確認される(Photo 5). コムギの銅欠乏は植物体の銅の含有率で判定できな い.なぜならFig

解説:土壌生産力の支配因子を求めて 37

土壌にわけて求めた.結果は Fig. 3のとおりである.植物病理学者たちが抑止土壌と示したジャガイモそうか病

が抑制される土壌 pH(5.3)の交換酸度 y1 は 7 ∼ 8 であり,多発土壌で同じ交換酸度 y1 にするには土壌 pHを 4.5まで下げなくてはならないことがわかった.あとはそれをほ場実験で証明するだけであった(Mizuno andYoshida, 1993).

4.4アロフェンの分析データがないなぜこのようなことになったか,それは北海道におけ

る火山灰土のアロフェンの分析データもなく,それまで

アルミニウムイオン活性の検討もされていなかった.網

走地方の東南部は 34,000 年前に膨大な量の屈斜路湖の火砕流(Kpfl)が堆積している.そしてこの火砕流は長い年月でガリ侵食をうけ,高低差の大きい農地になって

いった.これらの傾斜地はトラクタ運行には危険であっ

たため,昭和の後期になってから勾配修正の工事が行わ

れてきた.その結果,アロフェンの高い下層土が表面に

出てきたのである.そこでアロフェンと水溶性アルミニ

ウムがどのような関係があるか Table 1 に示した.これからも明らかなように,非アロフェン質黒ボク土の水溶

性 Alの濃度は平均では 0.2 mg L−1 であるが,これはア

ロフェン質黒ボク土の 4倍近い値であった.このようにジャガイモそうか病の多発性土壌であるアロフェン質黒

ぼく土と抑止土壌である非アロフェン質黒ボク土の大き

な違いは水溶性 Al濃度の違いであることがわかった.

Fig. 3 ジャガイモそうか病の多発土壌と抑制土壌の土壌 pHと交換酸度 y1 の関係の比較.

4.5 アロフェンの高い土壌は農地の勾配修正で拡大した

古老に聞いても昭和 40 年代までそうか病は多発しなかったという.なぜ現在のようになったか,それはアロ

フェンが高い土壌が下層から入ったためである.

そこで作土と下層土で土壌成分にどのような変化が生

じるのか,過去の土壌として人手の加わっていない林地

土壌の A層を当時の作土とみなし比較して調べた.その結果が Fig. 4である.土壌 pHはむしろ下層土の方が高い.さらにアロフェンは現在の作土が 5 %以上もあるのに,林地の A 層は 3 % 程度である.しかし,B 層では10 % 以上に達した.そして水溶性アルミニウムはアロフェンと正反対になることが明らかになった(Mizuno etal., 1998a; Mizuno et al., 1998b).アロフェンが高いとなぜアルミニウムが溶けないか,

アルミニウムはケイ酸ともっとも安定な化合物を作り,

アロフェン質土壌は可溶性ケイ酸が高いためである.

4.6ジャガイモそうか病の抑制は施肥法改善でどのように本病を抑制するか,これまで農薬で抑制し

ていたがそれらの多くは使用禁止となった.そこでイ

オン交換を利用して土壌中の水素イオンを引き出し,土

壌 pHを一時的に下げる方法を考え出した.この方法によって限られた期間のみ pHを下げるのである.詳しくは過去の報告を参考にされたい(水野ら, 1995; 水野ら,1997).

5. おわりに

少年の時期に経験した開拓地の土壌は道内の火山性土

の中でもっとも水溶性アルミニウムイオンが高い値を示

すことが 21 世紀になってからわかってきた.アルミニウムイオンの他にニッケルや銅,その他の元素でも平均

的な含有率より高すぎても低すぎても弊害が発生する.

また,一部の研究者だけかもしれないが,病原菌は環境

が悪いと発生すると考えている方もいるが,土壌病原菌

も生物であるため,土壌中の金属イオンの影響を植物と

同様に受けていることがジャガイモそうか病の研究など

から明らかになってきた.これらの問題は粘土鉱物の研

究と併せて行うことでより明瞭になってくるものと推察

している.そのため農学の研究はそれぞれの分野に細分

化するだけでなく,統合して見ていく必要があろう.

Table 1 各地点の泥炭層厚,有機物含量および飽和透水係数.

 区分 点数 アロフェン(%) 水溶性 Al(mg L−1)

アロフェン質黒ボク土 69 10.0 ± 5.1 0.05 ± 0.06非アロフェン質黒ボク土(Us含む) 98 1.5 ± 0.9 0.18 ± 0.34非アロフェン質黒ボク土(Us含まず) 94 1.8 ± 1.0 0.20 ± 0.39

注:ここでアロフェン質黒ボク土はアロフェン 5 %以上とし、それ以下を非アロフェン質黒ボク土とした.

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38 土壌の物理性 第 141号  (2019)

Fig. 4 土壌はこの 40 年でどのように変わったか.作土:現在の作土,A 層:昔の作土を想定し,隣地の A層の pH も低くない.昔は pH が低かったのでそうか病がでなかったのでない.

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要 旨

これまで土壌の生産力制限因子を追求してきてつぎのことが明らかになってきた.1)ニッケル過剰ではニッケルに対して鉄が 10 倍以下になるとニッケルの過剰が現れ,コムギの銅欠乏では銅が鉄の 0.8% 以下になると欠乏が発現する.2) 有害または有効の成分は土壌に存在する全元素含有率でなく,溶け出すイオン濃度で決まる.害作用はその平均元素濃度の 5 ∼10倍以上で発現し,欠乏は反対に平均値の 1/5 ∼ 1/10以下で発生する.3)土壌成分の溶解度は全含有率の大小の他に,土壌の pHと酸化還元電位,粘土鉱物の種類および有機物含有率で変化する. 4)アルミニウムイオンは作物の抑制にも土壌病害菌の抑制にも働く.

キーワード:ニッケル過剰障害,超塩基性岩,銅欠乏土壌,ジャガイモそうか病,土壌中アロフェン含

有率