日本のgdpとgni及び対外資産負債について*...― 77―...

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77 商学論集 第 79 巻第 4 号  2011 3 論 文 日本の GDP と GNI 及び対外資産負債について* 大 野 正 智 1. はじめに 本論文は,日本の GDP(国内総生産)と GNI(国民総所得)の量的ギャップ,及び,このフロー 変数間のギャップを形成しているストック側の日本の対外資産負債に関する現状について概観す る。大野(2010)の指摘にあるように,日本では,所得収支の増加によって,GNI GDP との開 きが大きくなっている。そこで,本論文では,このギャップの増大に伴い,GDP GNI の相関係 数が低下していることを指摘する。また,ギャップの大きさは,他の国々と比較しても最も大きい 状況であることも示す。次に,対外資産の動きをみる。これによると,その主要な動きは,非銀行 系の民間部門(法人・家計)による「債券及び手形資産」の保有,銀行部門による「短期貸出」, そして,「外貨準備」の 3 つといえる。一方,対外負債側では,「株」及び「短期借入」が主要項目 であり,借入の受け入れ先は,銀行部門及び非銀行系の民間部門であることがわかった。日本を 1 つの金融機関として捉えれば,「株」及び「短期借入」で資金調達をし,債券購入や短期貸出で運 用を行っており,「短期借りの長期貸し」や「長期借りの短期貸し」といったような資産の期間変 換機能は,必ずしも顕著ではないことが明らかになった。以上のような内容の詳細を,以下,GDP GNI について第 2 節で,対外資産負債について第 3 節で見ていくことにする。 2. GDP GNI のギャップ 2 - 1. 時系列から見たギャップ GDP GNI の相違は,名目値ベースで見ると,(1)式にあるように「海外からの所得の純受取」 である 1 1) GNIGDP= 海外からの所得の純受取 1 は,日本について,この両者の時間的推移を示したものだが,2000 年以降,乖離が生じて きている。これに関連する論文として,大野(2010)では,我が国の国際収支において,所得収支 * 本稿の作成に当たって,匿名レフェリーより有益なコメントを頂いた。記して感謝の意を表したい。 1 実質値ベースでの両者の相違には,「海外からの所得の純受取」に加え,交易利得がさらに含まれる。本論文 では「海外からの所得の純受取」を議論の対象とし,名目値ベースでの分析を行う。

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Page 1: 日本のGDPとGNI及び対外資産負債について*...― 77― 大野:日本のGDPとGNI及び対外資商産学負論債集につ第い79て巻第4号 2011年3月 【 論 文

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大野 : 日本の GDPと GNI及び対外資産負債について商学論集 第 79巻第 4号  2011年 3月

【 論 文 】

日本のGDPと GNI 及び対外資産負債について*

大 野 正 智

1. は じ め に

 本論文は,日本の GDP(国内総生産)と GNI(国民総所得)の量的ギャップ,及び,このフロー変数間のギャップを形成しているストック側の日本の対外資産負債に関する現状について概観する。大野(2010)の指摘にあるように,日本では,所得収支の増加によって,GNIと GDPとの開きが大きくなっている。そこで,本論文では,このギャップの増大に伴い,GDPと GNIの相関係数が低下していることを指摘する。また,ギャップの大きさは,他の国々と比較しても最も大きい状況であることも示す。次に,対外資産の動きをみる。これによると,その主要な動きは,非銀行系の民間部門(法人・家計)による「債券及び手形資産」の保有,銀行部門による「短期貸出」,そして,「外貨準備」の 3つといえる。一方,対外負債側では,「株」及び「短期借入」が主要項目であり,借入の受け入れ先は,銀行部門及び非銀行系の民間部門であることがわかった。日本を 1

つの金融機関として捉えれば,「株」及び「短期借入」で資金調達をし,債券購入や短期貸出で運用を行っており,「短期借りの長期貸し」や「長期借りの短期貸し」といったような資産の期間変換機能は,必ずしも顕著ではないことが明らかになった。以上のような内容の詳細を,以下,GDP

と GNIについて第 2節で,対外資産負債について第 3節で見ていくことにする。

2. GDPと GNIのギャップ

2-1. 時系列から見たギャップ

 GDPと GNIの相違は,名目値ベースで見ると,(1)式にあるように「海外からの所得の純受取」である1。

(1) GNI-GDP=海外からの所得の純受取

 図 1は,日本について,この両者の時間的推移を示したものだが,2000年以降,乖離が生じてきている。これに関連する論文として,大野(2010)では,我が国の国際収支において,所得収支

* 本稿の作成に当たって,匿名レフェリーより有益なコメントを頂いた。記して感謝の意を表したい。 1 実質値ベースでの両者の相違には,「海外からの所得の純受取」に加え,交易利得がさらに含まれる。本論文では「海外からの所得の純受取」を議論の対象とし,名目値ベースでの分析を行う。

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の金額が貿易収支のそれを 2005年に超えたことに着目し,この所得収支の拡大が及ぼす,GDPとGNIのギャップについて,最近の状況を概観した。これによると,海外からの所得の純受取のほとんどが所得収支であること。そして,GNIと GDPの差が,対 GDP比で,2007年,3.3%まで上昇してきており,東京都と大阪府を除く 45府県の平均県内総生産の約 2倍に相当する大きさであることを指摘している。 そこで,本論文では,GDPと GNIの動きを相関係数の変化で見た。これによると,1980~1994

年の 15年間で 0.999995であったのに対し,1995~2008年の 14年間では 0.928037と低下している。これら 2つの相関係数の相違を,狩野の「2つの相関係数の相当性を検定する」にしたがって,検定統計量 zを求めると,11.54となり2,標準正規分布の累積分布関数の値は 1(つまり,p値はゼロ)となる。したがって,2つの相関係数は同じであるという帰無仮説は有意水準 1%で棄却される。この GDPと GNIの相関係数の低下は,国内生産による景気変動と国民の所得動向との一致性が弱くなってきていることを意味している。つまり,国民の所得動向を見るために,財・サービスの輸出入を含めた GDPの動向を見たとしても,所得収支も見ない限り,GDPだけでは,不十分になってきているということである。 また,大野(2010)では,日本が,1996年以降,対外資産の利回りが対外負債の利回りを上回るようになり3,我が国自体が対外資産負債において,金融機関のように利ざやを稼いでいる状態となっていることを指摘している。これらを,国際収支発展段階説4の観点で見れば,日本が以前よりも対外的な純債権国の程度を強めており,国際比較においても日本の GNIと GDPのギャップはすでにかなり高い位置にあることを紹介した。

2 2つの母集団間の相関係数の相当性(対応がない場合)の z値。 3 この頃,IMF統計で改訂が行われており,利回りの逆転現象はこの影響も考えられるが,その後の新統計においても,利回りの相違は拡大していることが,大野(2010)の図 4に示されている。

4 国際収支発展段階説については,その分類方法は,Crowther(1957),及び, Kindleberger (1958),理論的検討は Onituska(1974),日本については堀部(2002),世界各国の比較については経済産業省(2002)を参照。

図 1. 日本の GDPと GNI(単位 : 10億円) 資料 : 内閣府

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大野 : 日本の GDPと GNI及び対外資産負債について

表 1. GNI・GDPギャップについて(1)a) (2)

順位 国(地域)名2008年

順位 国(地域)名2008年

(GNI-GDP)/GDP

GNI-GDP(in mill. SDR)

1 Mongolia 12.3% 1 Japan 104,616.632 Philippines 10.6% 2 Germany 37,224.243 Bangladesh 8.9% 3 United Kingdom 33,943.864 Kuwait 6.8% 4 United States 26,212.915 China, P.R. : Hong Kong 4.9% 5 France 11,860.756 Bahrain, Kingdom of 4.4% 6 Philippines 11,438.047 Anguilla 3.4% 7 China, P.R. : Hong Kong 6,712.278 Japan 3.3% 8 Kuwait 6,352.749 Pakistan 2.2% 9 Sweden 6,287.39

10 Sweden 2.2% 10 Bangladesh 4,511.2611 United Kingdom 2.2% 11 Denmark 4,407.1812 Denmark 2.1% 12 Korea, Republic of 3,918.9313 Mauritius 1.8% 13 Norway 2,407.5314 New Zealand 1.8% 14 Pakistan 2,141.1915 Germany 1.6% 15 New Zealand 1,411.9316 Norway 0.9% 16 Belgium 1,340.1817 France 0.7% 17 Bahrain, Kingdom of 592.1718 Korea, Republic of 0.7% 18 Mongolia 350.3619 Belgium 0.4% 19 Netherlands 283.4520 United States 0.3% 20 Venezuela, Rep. Bol. 236.7221 Venezuela, Rep. Bol. 0.1% 21 Mauritius 104.8122 Netherlands 0.1% 22 Anguilla 6.3423 Saudi Arabia 0.0% 23 Saudi Arabia 0.0024 Kenya -0.1% 24 Burundi -2.7725 Burundi -0.4% 25 Dominica -10.6826 Finland -0.7% 26 St. Vincent & Grens. -18.4427 Bahamas, The -0.7% 27 Grenada -20.6528 Ukraine -0.9% 28 St. Kitts and Nevis -20.6729 Canada -0.9% 29 Kenya -28.6230 Italy -1.4% 30 Bahamas, The -35.3831 Austria -1.5% 31 El Salvador -39.2632 Bulgaria -1.5% 32 St. Lucia -45.3233 Israel -1.6% 33 Antigua and Barbuda -48.7034 Uruguay -1.7% 34 Malta -154.3735 Latvia -2.1% 35 Honduras -226.9636 Slovenia -2.2% 36 Uruguay -312.8737 El Salvador -2.4% 37 Latvia -443.0938 Honduras -2.5% 38 Jamaica -454.9939 Brazil -2.5% 39 Bulgaria -465.5240 Costa Rica -2.6% 40 Costa Rica -501.0141 Argentina -2.7% 41 Trinidad and Tobago -569.0742 Singapore -2.7% 42 Slovenia -758.4343 Lithuania -2.8% 43 Zambia -774.8844 Malta -3.0% 44 Lithuania -844.0345 South Africa -3.2% 45 Ukraine -877.0246 Greece -3.3% 46 Estonia -932.2447 Vietnam -3.3% 47 Finland -1,178.7448 Malaysia -3.4% 48 Yemen, Republic of -1,196.6049 Indonesia -3.6% 49 Vietnam -1,889.8350 Trinidad and Tobago -3.7% 50 Congo, Republic of -1,928.2251 Australia -3.9% 51 Israel -1,978.6052 Thailand -4.6% 52 Singapore -3,128.4153 Dominica -4.7% 53 Iceland -3,248.8854 St. Vincent & Grens. -4.8% 54 Austria -3,760.9555 Grenada -5.0% 55 Malaysia -4,707.3156 Jamaica -5.2% 56 Argentina -5,490.4057 St. Kitts and Nevis -5.8% 57 South Africa -5,885.8758 Antigua and Barbuda -6.2% 58 Greece -7,206.3559 Estonia -6.4% 59 Thailand -7,831.2060 Yemen, Republic of -6.5% 60 Chile -8,334.0661 St. Lucia -6.9% 61 Canada -8,550.6362 Czech Republic -7.1% 62 Czech Republic -9,010.7363 Chile -8.2% 63 Indonesia -11,078.4364 Zambia -9.4% 64 Italy -20,070.6365 Ireland -14.2% 65 Brazil -22,444.5866 Congo, Republic of -24.6% 66 Australia -22,785.0067 Iceland -31.4% 67 Ireland -23,738.94

a) 大野(2010)による。資料:IMF-IFS

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2-2. クロスカントリーからみたギャップ

 本節では,GDPと GNIのギャップについて,国際比較を行う。表 1は,このギャップについて2種類の指標を使って提示している。第(1)列には GDP比を %表示で,第(2)列には,差そのものを SDR単位で測ったものを示している。第(1)列は,大野(2010)の表 4と同じである。この(1)列で見ると,日本より上位の 7カ国は,いずれも経済規模が小さい国(及び,地域)である。GDPが小さいと,対 GDPの比率も,大きくなりがちであるといえる。そこで,今回は,(1)列の分子にあたる “GNI-GDP”の値だけを,(2)列に示し,あらためて,その規模を比較した。なお,IMFの International Financial Statistics (以下,IFSと略す)では,GNI,GDPとも,各国の通貨単位で表示されているので,これらを SDR単位に換算した5。第(2)列によると,最もギャップの額が大きいのが日本であり,5位までは G7に所属する国々が続く。ただし,日本と 2位のドイツとは,3倍弱の開きがあり,日本の GNI・GDPギャップの大きさが顕著であることがわかる。

 図 2は,さらに(1)列と(2)列の関係を散布図で示したものであるが,日本が右上方に位置し,その他の国々と比べても突出している状態であることがわかる。The Economist (2010a, b)では,日本の人口減少や高齢化が,経済成長に今後ともマイナス要因になり続けることを指摘している。しかしながら,予想通りに GDPの低下が起きたとしても,GNIがどの様な動きをするのかも留意していく必要がある。ただし,上記のように,他の国々と比較しても,日本の GNI・GDPギャッ

5 IFSで示されている対 SDR自国通貨レートについて,2007年末レートと 2008年末レートの平均値を使って,2008年の GDI,GDPを SDR表示に換算した。なお,米ドル表示にするには,この SDR表示に,対 SDR米ドルレートの 2007年末レートと 2008年末レートの平均値 1.56を乗じればよい。図 2で言えば,散布図の各点が,横軸上で 0から左右に,1.56倍広がることになる。

図 2. GNI・GDPギッャプの差額と対 GDPの関係

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プがすでに顕著な大きさであることを考えると,日本で GNIがさらに増加し,GDPのさらなる停滞(ないし,減少)を補完する程までになると期待するのは難しいであろう。

3. 日本の対外資産負債について

 本節は,大野(2010)では,必ずしも明らかにされていなかった,対外資産,及び,対外負債の内訳を見ることにより,日本が純債権国の成熟度を高めているプロセスが,どのような項目で大きく生じているのかを観察する。

 図 3にあるように,日本の対外資産や対外負債は,いずれも対 GDP比で,1980年代前半は約20%であったのに対し,その後増減を経験しながら趨勢的に拡大し,2005年を過ぎた頃から,対外資産は 100%超の水準となり,対外負債は 60%を超える水準となった。したがって,その差約40%が純債権となっている。この開きによって生じる所得収支の拡大が,GDP・GNIギャップの拡大につながっている。

3-1. 対外資産の内訳

 本節では,対外資産について見ていくことにする。図 4において,対外資産の内訳を見ると,1980年代後半以来,「ポートフォリオ投資資産(PORTFOLIO INVESTMENT ASSETS)」の増加が顕著である。「対外直接投資残高(DIRECT INVESTMENT ABROAD)」は,趨勢的に上昇はしているが,「ポートフォリオ投資資産」の上昇ほどではない。「準備金(RESERVE)」の伸びは,1990

年代より見られ,「その他の投資資産(OTHER INVESTMENT AS)」は,1990年代末までは最も大きな項目であったが,それから 2000年代前半に一時的な低下が見られるものの,近年,再び,上昇している。そこで,以下,「ポートフォリオ投資資産」,「その他の投資資産」,及び,「準備金」についての内訳を見ていくことにする。

図 3. 日本の対外資産債務    資料 : IFS(IMF’s International Financial Statistics)

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 (「ポートフォリオ投資資産」の内訳) そこで,図 5では,「ポートフォリオ投資資産」の内訳を示した。「債券及び手形資産(PI

BONDS AND NOTES AS)」の動きが,他の 2項目に比して大きく上昇していることがわかる。 図 6は,さらに,「債券及び手形資産」を国内保有部門別に分割した結果である。これによると,伸びを示しているのは,「その他部門による資産(PI OTH SECT BONDS & NOTES AS)」保有である。その他の部門とは,IMF(1993, paragraph 517)6によると,非金融法人,保険会社,年金基金,非預金系金融仲介業,民間非営利団体,及び,家計からなっている。次に,預金取扱い金融機関である「銀行部門による資産(PI BANKS BONDS & NOTES AS)」保有が伸びており,「一般政府部門による資産(PI GEN GOVT BONDS & NOTES AS)」の保有は,ほとんどない。なお,後述するように,準備金としては,政府による証券保有が見られる。

 (「その他の投資資産」の内訳) 次に,図 4において,1990年年代末までは,最も大きい項目であった,「その他の投資資産(OTHER INVESTMENT AS)」について,図 7にその内訳を示した。この内訳によると,「貸出資産(OI LOANS AS)」が常に最も高い水準を維持している。また,2000年代前半の水準低下は,図4における「その他の投資資産」の低下の時期と一致しており,「その他の投資資産」のほとんどが,「貸出資産」の動きで説明できると言える。 そこで,図 8では,貸出資産保有の国内部門別内訳を示した。これによると,「銀行部門による

6 国際収支及び対外資産負債に関する IMF統計は,IMF(1993)であるマニュアル第 5版に従って,現在,作成されている。IMF(1993, page xi)によると,この第 5版への改訂の目的の 1つとして,国民経済計算(SNA : System of National Account)の 1993年の改訂基準(93SNA)との一致をできるだけ達成させる必要があった。

図 4. 日本の対外資産の内訳(in bill. USD)    資料 : IMF-Balance of Payments (EPS…End of Period Stocks)

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大野 : 日本の GDPと GNI及び対外資産負債について

短期貸出資産(OI BANKS AS ST)」が最も高く,2000年代前半の低水準も一致している。したがって,日本の銀行部門は,1990年代末の金融危機以降,対外的な貸出残高を低下させ,不良債権処理が一段落した 2005年頃以降,再び,対外的な貸し出しを高めてきたと言える。これに対し,「銀行部門による長期貸出資産(OI BANKS AS LT)」は,低水準を推移しており,「貸出資産」額の長短期の相違は大きいといえる。

 (「準備金」の内訳) 図 4で,1990年代末以降,3番目に大きくなっている「準備金(RESERVE ASSETS)」であるが,図 9でその内訳を見ると,「外貨(FOREIGN EXCHANGE)」が圧倒的な大きさを占め,準備金全

図 6. 債券及び手形の国内保有分門別内訳(in bill. USD)    資料 : IMF-BOP

図 5. ポートフェリオ投資資産(in bill. USD)    資料 : IMF-BOP (PI…Portfolio Investments, AS…Assets)

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体の動きを現しているといえる。この「外貨」は,IMF(1993,Paragraph 424)の定義によれば,通貨(currency),預金(deposits),証券(securities)7からなっている。一方,財務省の「外貨準備等の状況」によれば8,その内訳は「預金」と「証券」の 2項目であり,ウェブで公表されている2000年末からの状況は図 10のようになる。これによると,「証券」が専ら上昇傾向を示している9。

7 この securitiesは,equities, bonds and notes, 及び,money market instruments and financial derivativesの合計からなっている。

8 財務省 <http://www.mof.go.jp/1c006.htm>を参照。 9 証券の内訳までは公表されていないが,実質的には米国財務省証券であると言われている(日興コーディアル証券 <https://www.nikko.co.jp/terms/japan/ka/J0333.html>参照)。

図 7. その他の投資資産の内訳(in bill. USD)    資料 : IMF-BOP(OI…Other Investment)

図 8. 貸出資産保有の国内部門別内訳(in bill. USD)    資料 : IMF-BOP (ST…Short term, LT…Long Term)

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 (資産についてのまとめ) 以上をまとめると,1990年代末から今日に至る日本の対外資産の増加は,IMFでは,「その他部門」と分類される,非金融法人,保険会社,年金基金,非預金系金融仲介業,民間非営利団体,及び,家計からなる部門による「債券及び手形」の保有の増加によるところが大きい。次に,銀行部門の「短期的な貸出残高」の 2000年代前半の一時的低下からの持ち直し,そして,3番目に政府の「準備金」の「外貨証券残高増」の加速化があげられる。「対外直接投資残高」はその次に挙げられ,上昇傾向を持続してはいるが,その程度は,上記の 3項目に比べると緩慢なものとなっている。

図 9. 準備金の内訳(in bill. USD)    資料 : IMF-BOP

図 10. 外貨準備の外貨の内訳(in bill. USD)    資料 : 財務省

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3-2. 対外負債の状況

 本節では,対外負債の状況について概観する。図 11は,対外負債の内訳を時系列に示したものである。これによると,「ポートフォリオ投資負債(PI PORTFOLIO INVESTMENT LB)」と「その他の投資負債(OTHER INVESTMENT LB)」の 2項目が,全体の中で主要な変化を形成している。そこで,以下では,「ポートフォリオ投資負債」と「その他の投資負債」の内訳を見ていくことにする。

 (「ポートフォリオ投資負債」の内訳)

図 11. 日本の対外債務の内訳(in bill. USD)    資料 : IMF-BOP

図 12. ポートフェリオ投資負債(in bill. USD)    資料 : IMF-BOP (PI…Portfolio Investment)

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 図 12に見られるように,「ポートフォリオ投資負債」の内訳は,「株(PI EQUITY SECURITIES

LB)」がその大きな動きを形成しており,図 5で示した「ポートフォリオ投資資産」の内訳で「債券及び手形資産(PI BONDS AND NOTES AS)」の動きが主要であったのとは対照的である。

 (「その他の投資負債」の内訳) 図 13は,図 11で示されたもう一つの主要な負債項目である「その他の投資負債」の内訳を示し

ている。これによると,「借入残高(OI LOANS LB)」が圧倒的な大きさを示している。 そこで,図 14では,「借入残高」を部門別に示している。これによると,「銀行部門による短期借入(OI LOANS BANKS LB ST)」が,常に,最も大きな金額を占めており,「銀行部門による長

図 13. その他の投資負債の内訳(in bill. USD)    資料 : IMF-BOP (OI…Other Investment)

図 14. 借入残高の国内部門別内訳(in bill. USD)    資料 : IMF-BOP

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期借入(OI LOANS BANKS LB LT)」と比べるとその差は,約 3~6倍の大きさとなっている。2番目に多いのは,「その他の部門による短期借入(OI LOANS OTH SECT LB ST)」であるが,「その他の部門による長期借入(OI LOANS OTH SECT LB LT)」と比べると,その差は約 2~5倍の大きさとなっている。このように,銀行部門及びその他の部門とも,長期よりも短期による借入が主要な負債となっている。

 (負債についてのまとめ) 以上,負債についてまとめると,第 1に,1990年代末以降,外国による日本株(Equity Securi-,負債についてまとめると,第 1に,1990年代末以降,外国による日本株(Equity Securi-負債についてまとめると,第 1に,1990年代末以降,外国による日本株(Equity Securi-,第 1に,1990年代末以降,外国による日本株(Equity Securi-第 1に,1990年代末以降,外国による日本株(Equity Securi-,1990年代末以降,外国による日本株(Equity Securi-1990年代末以降,外国による日本株(Equity Securi-,外国による日本株(Equity Securi-外国による日本株(Equity Securi-

ties)の所有が大きくなっている。第 2に,1990年代末までは最も大きな項目であった「その他の投資負債」は,2000年代振幅を繰り返しながらも,株に続く大きな項目となっており,その内訳は,銀行やその他の部門による短期借入が主要項目となっている。

4. ま と め

 資産負債の状況をまとめると,資産側では,第 1に,「債券及び手形資産」をその他の部門(非銀行系金融機関,非金融法人,家計等)10と銀行部門が保有している。第 2に,銀行部門による「短期貸し」,第 3に政府の「準備金」の「外貨証券」保有が主要な動きを形成しているといえる。一方,負債側では,「株」及び「短期借入」が主要項目であり,借入の受け入れ先は,銀行部門及びその他の部門である。仮に,日本を 1つの金融機関として捉えれば,株及び短期借入で資金調達をし,債券・手形や短期貸出し,さらに,政府部門による外貨証券保有で,運用を行っているといえる。 つまり,資産負債両サイドとも,株や債券などの市場性金融商品,もしくは,短期の貸借によるところが大きい。柴沼他(2000)によれば,金融仲介機関の機能として,「短期借りの長期貸し」,あるいは,「長期借りの短期貸し」といった資産の期間変換機能があげられるが,特に,日本の対外資産負債の場合,そのような機能が十分に発揮されているわけではない。こうした流動性の高い資産負債の現在の状況は,国際的な資本の流出入が容易であることを意味し,為替変動を引き起こしやすいと言える。一方,金融危機における資本逃避の発生時には,現在の状況は,バランスシート縮小が容易であることを意味しており,資産負債での長短満期のギャップからくるバランスシート調整の困難性を事前に回避している構造になっているとも言える。 ただし,資産債務での使用通貨のギャップの程度や日本以外の資産負債状況に関する分析,さらには,対外資産負債のあるべき姿としての規範的な議論は,今後の課題である。

参 考 文 献

大野正智(2010)「日本の GDPと GNI及び所得収支について」,『商学論集』,78巻 4号,81-94頁。鬼塚雄丞 編(1985)『資本輸出国の経済学』通商産業調査会。狩野 裕 「2つの相関係数の相当性を検定する」入手先 <http://bm.hus.osaka-u.ac.jp/~kano/lecture/faq/q1.html>(参

10 その他の部門の詳細な定義は 3-1節を参照のこと。

Page 13: 日本のGDPとGNI及び対外資産負債について*...― 77― 大野:日本のGDPとGNI及び対外資商産学負論債集につ第い79て巻第4号 2011年3月 【 論 文

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大野 : 日本の GDPと GNI及び対外資産負債について

照 2009-12-28)。経済産業省(2002)『2002年版通商白書』http://www.meti.go.jp/report/tsuhaku2002/14Tsuushohpdf/index.html。柴沼 武・森 映雄・藪下史郎・晝間文彦(2000)『金融論』(新版)有斐閣。堀部 智(2002)「わが国所得収支の現状と課題について」『調査月報(東京三菱銀行)』4月,No. 73,pp. 26-36。The Economist (2010a). “The Japan syndrome.” Print ed., November 18. (www.economist.com).The Economist (2010b). “On the down escalator.” Print ed., November 18. (www.economist.com).Onitsuka, Y. (1974). “International Capital Movements and the Patterns of Economic Growth.” American Economic

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Kindleberger, C.P. (1958). International Economics. Revised ed., Richard D. Irwin Inc. Homewood.

Crowther, G. (1957). Balances and Imbalances of Payments. Harvard University, Boston.

IMF (1993). Balance of Payments Manual. 5th ed., International Monetary Fund, Washington.