「アクション・リサーチにつながる授業評価論」に立脚し...

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「アクション・リサーチにつながる授業評価論」に立脚したFDを 1 福島大学名誉教授 FDが「授業」を対象として行われるならば「授業分析・評価」についての認識が前提となる。 そのために必要なアクション・リサーチにつながる授業分析・評価の枠組みモデル<model>を提 案する。FDプロジェクトを進めるためには授業を分析し評価するとは如何なる営みなのかについ ての基礎的知識と方法論の理解を教員と学生の両方に確立することが必要である。最近授業分析と 評価論の研究が国内外の学会で盛んに行われ,その分野の研究活動が極めて活発化している。「授 業評分析のありかたは元来教科教育学の研究領域に属するこの領域の知識<sophistication> をフルに,シラバスや授業アンケートの作成には言うにおよばずFDのあらゆる段階で活用すべき ではなかろうか。大学がすでに内蔵,蓄積し,発展させている専門的教育方法研究の成果を大学の 授業改善に活かして欲しい。 (文中,授業論の用語でその日本語訳が定まらない用語,強調したい用語は< >,( )内に英 語を挿入した。) キーワード〕FD  振り返り  アクション・リサーチ  授業分析・評価論 「アクション・リサーチにつながる授業評価論」に立脚したFDを ―外国語としての英語(EFL)の授業を事例として― 吉 田   * 0. 教 員 は 授 業 の 目 的 <goal> に 沿 っ た 内 容 <contents>とその提示順序<sequence>及び方法 をシラバス(毎次の授業ごとの教案<syllabus>及び 学期ごとの教授計画<SYLLABUS>)として準備す る。<SYLLABUS>は当該年次の「授業・講義綱目」 として教員とその授業を受ける学生達に学期初めに 公表・配布される。日常的には,教員は前の授業の <syllabus>を振り返り,改良すべき点を取り出し, <syllabus>を改め次の授業にのぞむ。当該学期終了 時,学生達に「授業改善のためのアンケート」(本稿 に<資料>として添付)が配布され,その集約結果 が教員にフィードバックされる。教員は年間にわたっ て蓄積した<syllabus>の改善点を土台とした自己評 価と「授業改善のためのアンケート」による学生側 からの評価とを次年時のシラバスに反映する。これが 概略,現行の福島大学の授業を中心とした<Faculty Development>(以下FD)の手続きである。本稿は, 教員が<syllabus> 及び<SYLLABUS>を改善する 際の授業分析・評価の方法論をアクション・リサーチ と結びついた授業分析モデル(Figure 1)として提案 する。関連して,現行の「授業改善のためのアンケー ト」のあり方にも言及する。 1.アクション・リサーチ<Action   Research>(以下AR)とは: ARは授業評価論のキーワードのひとつである。授 業 を 実 施(action) し な が ら, 改 良 の た め の 仮 説 (hypothesis)を立て,その仮説を次の授業で実践・ 検証する(research)。そのサイクルを授業が続く限 りスパイラルにくり返す。仮説づくりの際のデータ は後述する授業分析<Classroom Process Research> (以下CPR)とアクション・リサーチを結びつけたモ デル<CPR and AR Model>で示した諸変数から得ら れる結果を,短期的には各授業ごとに,長期的には各 学期・学年ごとに集約したコーパス<corpus>からな る。リサーチの結果は,FDの授業改善の際の中核的 資料として,次ぎの授業の<syllabus>,次学期・学 年度の<SYLLABUS>に反映される。その際に学生 達による「授業改善のためのアンケート」の結果も活 かされる。FDは抽象的な目的論ではなく,又各教員 個人が恣意的に実施するものでもなく,一定の枠組み モデルと方法論に従って行われなければならない。 2.CPR とARのためのモデル (Figure 1): 授業分析の枠組みモデルとなるアクション・リサー チは,Nunan(1989),Allwright and Bailey (1991), Wallace(1991),Richards and Lockhart(1994), Stringer(2004), 佐野(1992,2000,2002-2003,2005), Ellis(2008)等で様々な理論と実践例が示されている。 基本的な枠組みはAllwright and Bailey (1991)に依っ ているが,私は授業分析に適用しやすく,かつアクショ ンしやすいように彼等のモデルをいくつかの点で修 正,拡張した(Yoshida(2006)。本稿では拡張され

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  • 「アクション・リサーチにつながる授業評価論」に立脚したFDを 1

    *福島大学名誉教授

     FDが「授業」を対象として行われるならば「授業分析・評価」についての認識が前提となる。そのために必要なアクション・リサーチにつながる授業分析・評価の枠組みモデル<model>を提案する。FDプロジェクトを進めるためには授業を分析し評価するとは如何なる営みなのかについての基礎的知識と方法論の理解を教員と学生の両方に確立することが必要である。最近授業分析と評価論の研究が国内外の学会で盛んに行われ,その分野の研究活動が極めて活発化している。「授業評価・分析のありかた」は元来教科教育学の研究領域に属する。この領域の知識<sophistication>をフルに,シラバスや授業アンケートの作成には言うにおよばずFDのあらゆる段階で活用すべきではなかろうか。大学がすでに内蔵,蓄積し,発展させている専門的教育方法研究の成果を大学の授業改善に活かして欲しい。 (文中,授業論の用語でその日本語訳が定まらない用語,強調したい用語は< >,( )内に英語を挿入した。)〔キーワード〕FD  振り返り  アクション・リサーチ  授業分析・評価論

    「アクション・リサーチにつながる授業評価論」に立脚したFDを―外国語としての英語(EFL)の授業を事例として―

    吉 田   孝*

    0.教員は授業の目的<goal>に沿った内容<contents>とその提示順序<sequence>及び方法をシラバス(毎次の授業ごとの教案<syllabus>及び学期ごとの教授計画<SYLLABUS>)として準備する。<SYLLABUS>は当該年次の「授業・講義綱目」として教員とその授業を受ける学生達に学期初めに公表・配布される。日常的には,教員は前の授業の<syllabus>を振り返り,改良すべき点を取り出し,<syllabus>を改め次の授業にのぞむ。当該学期終了時,学生達に「授業改善のためのアンケート」(本稿に<資料>として添付)が配布され,その集約結果が教員にフィードバックされる。教員は年間にわたって蓄積した<syllabus>の改善点を土台とした自己評価と「授業改善のためのアンケート」による学生側からの評価とを次年時のシラバスに反映する。これが概略,現行の福島大学の授業を中心とした<Faculty Development>(以下FD)の手続きである。本稿は,教員が<syllabus> 及び<SYLLABUS>を改善する際の授業分析・評価の方法論をアクション・リサーチと結びついた授業分析モデル(Figure 1)として提案する。関連して,現行の「授業改善のためのアンケート」のあり方にも言及する。

    1.アクション・リサーチ<Action     Research>(以下AR)とは: ARは授業評価論のキーワードのひとつである。授業を実施(action)しながら,改良のための仮説

    (hypothesis)を立て,その仮説を次の授業で実践・検証する(research)。そのサイクルを授業が続く限りスパイラルにくり返す。仮説づくりの際のデータは後述する授業分析<Classroom Process Research> (以下CPR)とアクション・リサーチを結びつけたモデル<CPR and AR Model>で示した諸変数から得られる結果を,短期的には各授業ごとに,長期的には各学期・学年ごとに集約したコーパス<corpus>からなる。リサーチの結果は,FDの授業改善の際の中核的資料として,次ぎの授業の<syllabus>,次学期・学年度の<SYLLABUS>に反映される。その際に学生達による「授業改善のためのアンケート」の結果も活かされる。FDは抽象的な目的論ではなく,又各教員個人が恣意的に実施するものでもなく,一定の枠組みモデルと方法論に従って行われなければならない。

    2.CPR とARのためのモデル  (Figure 1): 授業分析の枠組みモデルとなるアクション・リサーチは,Nunan(1989), Allwright and Bailey (1991), Wallace(1991), Richards and Lockhart(1994), Stringer(2004), 佐野(1992,2000,2002-2003,2005),Ellis(2008)等で様々な理論と実践例が示されている。基本的な枠組みはAllwright and Bailey (1991)に依っているが,私は授業分析に適用しやすく,かつアクションしやすいように彼等のモデルをいくつかの点で修正,拡張した(Yoshida(2006)。本稿では拡張され

  • 2011- 12 福島大学総合教育研究センター紀要第10号

    たモデルを提案し(Figure 1),そのモデルを構成する変数(variable)を解説し,そのモデルがアクション・リサーチのサイクルのオンラインとしてどのようにスパイラルに機能するか外国語(Teaching English as a Foreign Language)<TEFL>の例を踏まえて論究する。 表(Figure 1)中二重線枠はClassroom内の授業中の事象を示している。矢印→は,その左項が右項として展開されることを,⇨は右項が結果として生成されることを,ACTION RESEARCHから派生して授業と結びついてる矢印→→→→は繰り返し実施されるARのサイクルを意味している。大文字,小文字,数字によってそれぞれがどの過程に入るのか用語上の使いわけがなされている。

     各授業の特異性(例,講議中心の認知<cognitive>面を主とするか,実技中心の運動<motor>面を主とするか,情意<aff ective>面を中心とするか,それらの組み合わせなのか)によって,モデルに含まれる変数<variable>の項目数と種類が当然異なるが基本的な枠組みモデルは共通で,また,授業コースの毎時間単位(短期的)<syllabus>,及び学期・年間単位(長期的)<SYLLABUS>の両方にあてはまる。(なお,本稿で示したFigure 1は説明を具体的にするために外国語教育の場合を例として示したものなので,COMMUNICATIVE COMPETENCE(外国語のコミュニケション能力)など他の教科にはない項目が含まれている。)

    モデル中の用語解説:APPROACH:短期的には各授業ごとの目標,長期的には各コースごとの授業目的。

    DESIGN:APPROACHを具体的な教授法として持ち込むための計画。

    PROCEDURE:DESIGN実施の具体的な授展展開。「観察」が可能である。

     これら3レベルは階層的<hierarchal>でDESIGNはAPPROACHに,PROCEDUREはDESIGNに矛盾するものではない。(Anthony(1965))

    3レベルそれぞれの具体的内容:DESIGN(計画): Syllabus = 授業内容とその配列<sequence>計画。Method = 教授方法計画。外国語教育から例示すると:Grammar Translation Method, The Direct Method,The Audio Lingual Method, Commu-nicative Method,The Eclectic Method等。教員は計画段階でそれぞれの授業に適切であると考える教授方法を選択して授業に臨む。

    Learning Strategies ⑴ = どのような勉強方法・学習方略を教えるかに関する計画。(学習方略:「学

    習者が自律(立)的な学習者となるために様々な学習段階や学習面での具体的タスクごとに,意識的に選択し,適用する学習促進術(わざ)や計画のことであり基本的な学習方略は,教授者が指導することが望ましい。」(吉田(2006)) 

     学習方略の代表的例:1)認知的方略<cognitive strategies> 例,記憶術<mnemonics>,反復練習<repetition>,文脈化<contextualization>,連想<association>等。

    2)メタ認知的方略<meta-cognitive strategies>例,学習内容を学習し易いように組み立て直す<advance organizers>,学習内容のしぼり込み<selective attention>,学習の自己観察<self-monitoring>,学習の自己評価<self-evaluation>等。(O’Malley and Chamot(1990))教員は学生に与えるのに適切と思う学習方略を計画的に選択して教室に臨む。

    Atmosphere = 教員と学生達との対人関係<social relationship>。 例えば,教室での教員の学生達に対する立場

    [APPROACH]⇨ [DESIGN]⇨[PROCEDURE]

    Classroom

    ACTIONRESEARCH

    [COMMUNICATIVE COMPETENCE]

    [LEARNING STRATEGIES ⑶]

    [RECEPTIVITY][MOTIVATION]

    [Syllabus][Method]

    [Learning Strategies ⑴]

    [Atmosphere]

    ClassroomInteraction

    [Input][Practice Opportunities]

    [Learning strategies ⑵][Receptivity]

    [Motivation]

    Figure 1 Allwright and Bailey(1991)remodelled by Yoshida(2006)

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    と役割<role>が権威者(authority fi gure),指導者(director),知識を与える者(knower)なら,教え・学ぶ,指揮し・指揮され,管理・被管理といった関係となり,教員中心<teacher-centered atmosphere>の雰囲気となる。他方その役割が相談相手(counselor), 案内者(guide),友(friend),自信を与えてくれる者(confi dent),さらに親(的)存在(parent)なら教室はおのずと学生中心<student-centered>の雰囲気となるであろう。(Brown(1994)) 教員はどのような自己の役割を意識・計画して授業に臨むのであろうか。 この計画は次に述べる授業中のやりとり<Classroom Interaction>として実現される。その結果が学生達の授業評価に大きな影響を与えることは容易に想像出来る。

    PROCEDURE (授業展開):Classroom Interaction = 授業中の教員と学生,学生同士のやりとり,相互作用。

    Input = 相互作用の結果学生達に与えられる学習インプット。   

    Practice opportunities = 相互作用によって与えられる学習機会。   

    Learning strategies ⑵ = 相互作用によって教えられる学習方略。

    Receptivity = 相互作用よって喚起される学習内容への関心・意欲・態度。   

    Motivation = 相互作用によって喚起されるその授業の学習目標への動機付け。

    (当然,授業の種類とタイプによって項目の追加,削除,細分化がなされなければならない。これらの項目は学生側からのFDのための「授業改善アンケート」及びポートフォリオの項目とされる。(後述)) 

    COMMUNICATIVE COMPETENCE = 短期的(各授業),長期的(学期・年間)授業の結果派生する外国語使用能力(含,語用論的能力)。  

    LEARNING STRATEGIES ⑶ = 短期的,長期的授業の結果派生する学習方略。  

    RECEPTIVITY = 短期的,長期的授業の結果派生する学習内容への関心・意欲・態度。    

    MOTIVATION = 短期的,長期的授業の結果派生する学習内容への動機付け。外国語教育からの例,1外発的動機<extrinsic motivation>:一体化動機

     <integrative motivation>(英語社会の一員として永続的にその社会の一員になりたいための英語学習)/道具的動機<instrumental motivation>(受

     験,就職などなんらかの目的達成に英語を手段として利用するための英語学習)(Gardner and Lambert(1972))/社会・文化的動機<social-

    cultural motivation> (一時的な一体化動機,例えば英語社会への留学のための英語学習)(吉田(2006)) 2内発的動機<intrinsic motivation>:課題的動機 <task motivation>(授業中与えられる英語の課題を遂行したいとすることから生ずる動機)/伝達的動機<communicative motivation>(英語でメッセージを伝えることが出来るようになりたいとすることから生ずる動機)(Crooks and Schmidt(1991),Williams and Burden(1997))3こ と ば 的 動 機 <meta-linguistic motivation> (発音・文法・意味構造・談話のありようなどことばとしての英語についての興味・関心から生ずる学習動機)(吉田 (2006))(授業のタイプによって細分化や,新たな変数の追加やや削減等がなされ,教員側が授業を対象としてFDを行う場合「自己評価」の項目となる。)

    3.ACTION RESEARCH(AR) : モデル中のARとそこから派生する矢印の意味を外国語の授業を例として説明したい。短期的ARの場合は日常行なわれる授業の前・後,長期的ARの場合は一定期間の授業の開始前・終了後,大文字で示したCOMMUNICATIVE COMPETENCE,LEARNING STRATEGIES,RECEPTIVITY, MOTIVATIONそれぞれの習得の度合いをテスト・試験によって調査し,授業前(before)と後(after)の差<diff erence>を求める。観察された差,つまり教授行為の成果はClassroom Interaction が学生達に与えた(→)変数(Input, Practice Opportunities, Learning strategies⑵,Receptivity, Motivation) の い ず れ か, 若 しくはその組み合わせに依存したものとして仮定され,数学的な検定の対象とされる。 before vs. afterの結果を比較し,ネガティヴな差が有意な差として認められたならその原因と仮定された変数を中心に新たな教案が工夫される。それはDESIGN の新た な 変 数(Syllabus, Method, Learning Strategies ⑴, Atmosphere) と し て 計 画 さ れ,Classroom InteractionのPROCEDUREの 新 た な 変 数(Input, Practice Opportunities, Learning strategies ⑵, Receptivity, Motivation)として展開される。 その成果は新たなCOMMUNICATIVE COMPETENCE, LEARNING STRATEGIES ⑶, RECEPTIVITY, MOTIVATIONとして派生(⇨)する。このように,特定の変数に授業後(after)の学習内容の修得変化が依存するものと仮定しながら(「仮説の生成」),矢印(→→→→)で示した循環(サイクル)をスパイラルに繰り返すのがARである。 例えばCOMMUNICATIVE COMPETENCE中 の英語の語彙力を評価するテストの結果がbeforeと比較し思わしく無い場合,その原因がInputの与え方

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    にあると仮説化され,より効果的なInputを与えるべく語彙学習のSyllabusやMethodが改善され,新たなClassroom Interactionへと反映される。その結果はCOMMUNICATIVE COMPETENCE中の語彙力の新たな,そしてポジティヴな成果として現れると仮定される。  もう1例を挙げるなら,短期的もしくは長期的授業の後に実施されたLEARNING STRATEGIESのbefore vs. afterの比較調査の結果,適切な学習方略を使う能力が十分に伸びていないことが判明した場合,その原因を授業中の学習方略(Learning strategies ⑵)の指導のあり方に求め,より効果的な指導を可能にするべく計画段階の学習方略(Learning Strategies ⑴)の指導の仕方に焦点を当ながらSyllabus,Methodなどにも改良を加え,改められたLearning strategies ⑵)は新たなClassroom Interactionとして実現される。その結果はLEARNING STRATEGIES ⑶のポジティヴな変化として現れ,それは学習方略指導の改良を求める際に考えた仮説を検証するのに使われる。 日常的な授業の場合は,その成果の判断は教授者の直感に委ねられるのが現実的であるが,テスト・試験が授業ごとに実施されたものなのか,学期末に実施されたものなのかは,コーパスのサイズに大小の違いがあるだけであって,矢印(→→→→)で示されたARの方向性・サイクルのあり様自体は同じである。コーパスを統計的に処理する際には例えばInputは独立変数(independent variable),テストの結果は依存変数(dependent variable)と解釈される。統計処理としては,帰無仮説の検定として一般に用いられている簡単なT-検定の計算で有意差<statistically signifi cant diff erence>を求めれば十分であろう。(計算にはExcelが利用出来る。)このサイクルによる研究(research)が授業の進行(action)と同時平行的に授業が続く限り繰り返されるのがFDを目途としたARの真髄である。 「FDは抽象的な目的論ではなく,又各教員個人が恣意的に実施するものでもなく,一定の方法論に従って行わなければならない」ことは前述した。モデルの説明を通じて提案したいことは従来から「ふりかえり」,「ふり返り」,「振り返り」等と言及されている授業評価の際には,振り返り前(before)と振り返り後(after)の比較・対照のための諸変数の確定,及びその操作可能性<operationality>ということに尽きる。操作可能な授業分析・評価があればその仕組みによってFDそのものの有効性のみならず学生達からの「授業改善のためのアンケート」にも具体的な対応が可能になるからである。

    4.FDに用いられている福島大学の現行  の「授業改善のためのアンケート」  の問題点:1)コメントが授業分析・評価論に無知の学生側からの思いつき的,一方的な記入・記述が多い。2)アンケートは回収,集約,一定の統計的処理後授業担当教員にフイードバックされるものの教員側からの反論の機会が無い。授業改良の生命である相互作用的<interactive>なやりとりになってない。3)記入者の特定化を避ける無記名方式は問題である。昨今問題のネットの「顔無し投書」,「暗闇から矢を放つ」の類いの記入を許していることは教育的でない。(いわゆるきびしい教員に対して無礼なコメントが散見される。)氏名を記入させ己のことば,己の意見に責任を持たせ無責任な書き方をさせないことが授業批判・評価の際の学生達との相互作用をフェアで建設的なものにするために大事である。記名方式のメリットと比べ無記名方式のメリットはスリムではなかろうか。4)総合評価についての学生の「自由記述」も総花的なコメント,情意的<aff ective>な感想に流れやすい。そのため教育改善のための焦点のしぼり込みとARのための仮説つくり<hypothesis generation>が難しい。5)アンケートの設問(教員の姿勢,教育方法,授業内容)は観点がそれぞれに例示されてはいるが具体的ではなく,短期・長期的授業展開の枠組み中での相対的位置付けがなされてない。

    5.「授業改善のためのアンケート」項  目例示とポートフォリオ:  項目:本稿で提案した<CPR and AR Model>の各変数<variable>と結びつけることが出来るFDのための「授業改善アンケート」を準備する際の項目を例示したい。APPROACH: 1. 授業の目的・目標は明確かつ具体的であるか。DESIGN: 以下の各項目について学期を振り返り, Syllabus: 2. 授業内容は満足したか。      3. その展開の順序は適切だったか。Method: 4. 教員が使った教授法(例,翻訳・文法指導法,英語によるコミュニケーション中心の指導法など)にはなじむことが出来たか。

    Learning Strategies ⑴:5. 受講した教科の勉強方法が身に付いたと思うか。

    Atmosphere:6. 担当教員の授業の際の姿勢(例,教授中心または学生中心)は受容出来るものであったか。

    PROCEDURE:各授業を振り返り, Input:授業ごとに与えられた教材について,

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     7.視覚教材(例,板書,印刷された教科書,ハンドアウト,OHP)は適切だったか。

     8.聴覚教材(例,発音,英会話などの口頭練習,ビデオ,教師言語<teacher talk>)は適切だったか。

    Practice opportunities:授業中与えられた練習について,9. あて方,設問の指示は明確だったか。

      10.発問の多様性はどうであったか。Learning strategies ⑵:11. 教員は授業中,勉強方法について指導したか。

    Receptivity:12. 授業中の気持ちの入れ込み(関心・意欲・態度)は維持出来たか。

    Motivation:教科への何らかの学習動機づけが喚起されたか。

     13.率先して応えたいという気持が生じたか。 14.読む,書く,話したいなどコミュニケーショ

    ンをしてみたいという意欲。 15.英語という外国語そのものについて,及びそ

    の背景文化に興味・関心を覚えたか。

     ポートフォリオ:観察・評価項目の観点数は本稿の例示では合計15であるが各授業の種類やタイプによって項目の数と種類の仕分けや細分化,追加が当然なされて然るべきである。各設問項目の<PERFORMANCE>ごとに次のような評価尺度を付記すればその割合(ポイント)を算出出来る。PERFORMANCE:Outstanding(きわめて高度)⑸/Strong(高度) ⑷/Average(普通)⑶/Below average(普通以下)⑵/Weak(低度)⑴。

    COMMENTS(コメント)の欄を設け,授業に関する感想・要望・意見,教育環境の改善点を記述させる。

    あとがき ―操作可能<operational>で学生達との相互作用<interaction>を可能にするFDのために― 授業をどのような角度から見るのか,評価するのか,具体的な授業分析・評価論に立脚した全学共通の枠組みを評価するもの,されるものが互いに確認し共有する必要がある。そのためには,学生と教員の両者に授業分析・評価とはどのようなものかについてのオリエンテーションを授業開始の段階で実施することが望まれる。本稿はそのための一資料である。▲ @本稿の一部は平成21年(2009)第35回全国英語教育学会(8月8日於,鳥取大学)で口頭発表した。

    ReferencesAllwright, D. and K. Bailey. 1991. Focus on the Language

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    Teaching English as a Second Language, A Book of Readings.

    Allen. H. 1965. McGraw Hill, N.Y.Brown, D. 1994. Teaching by Principles --An Interactive

    Approach to Language Pedagogy. Prentice Hall Regents. U.S.A.Crooks, G. and R. Schmidt. 1991. 'Language learning motivation: reopening the research agenda'. Language Learning 41. 469 - 512.Ellis, R. 2008. The Study of Second Language Acquisition. (Second Ed.) : Oxford: Oxford University Press. Gardner, R. and W. Lambert. 1959. A� itudes and Motivation

    in Second Language Learning. Rowley, Mass.: Newbury House.Larsen-Freeman, D. and M. Long. 1991. An Introduction to

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    Second Language Classrooms. Cambridge: Cambridge University Press.William. M. and R. Burden. 1997. Psychology for Language

    Teachers. Cambridge: Cambridge University Press.大関篤英,高梨康雄,高橋正夫著,「授業観察ノート」. 1983. 『英語科教育法』(東京:金星堂).佐野正之編著,2005. 『はじめてのアクション・リサーチ(英語の授業を改善するために)』. (東京:大修館書店).冨田祐一,猪井新一,佐久間康之編, 2001. 『言語心理学と英語教育研究』. 吉田 孝教授退官記念論文集編集委員会. (福島大学生協出版).吉田 孝著, 2006. 『英語教育論集 -理論と実践のインターアクション』(Papers and Essays on Second Language Acquisition - Interaction between Theory and Practice -).(福島大学生協出版).

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    〈資料1〉