有機スピントロニクスの開拓 有機発光材料を用いた ·...

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北陸先端科学技術大学院大学 マテリアルサイエンス研究科 仕幸 英治 助教 北陸先端科学技術大学院大学 研究者レポート ジャイスター 科学技術のフロンティアを拓く Vol. 43

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Page 1: 有機スピントロニクスの開拓 有機発光材料を用いた · 有機エレクトロニクスと スピントロニクスを融合 今日のエレクトロニクス産業を支えるのは、

北陸先端科学技術大学院大学

マテリアルサイエンス研究科

仕幸 英治助教

北陸先端科学技術大学院大学 研究者レポート ジャイスター

有機発光材料を用いた

有機スピントロニクスの開拓

科学技術のフロンティアを拓く

Vol.43

Page 2: 有機スピントロニクスの開拓 有機発光材料を用いた · 有機エレクトロニクスと スピントロニクスを融合 今日のエレクトロニクス産業を支えるのは、

Japan Advanced Institute of Science and TechnologyAnnouncement of Researchers

有機電子デバイスの開発が、NEDOの産業技術研究助成事業に採択紙のように薄くフレキシブルなディスプレイから飛び出す立体画像―。夢のような技術が、夢でなくなる日はそう遠くはないかもしれない。このインパクトのある応用例を掲げて研究を進めているのが仕幸英治助教(マテリアルサイエンス研究科藤原研究室)である。彼が展開する研究テーマ「スピントロニクス技術を用いた有機電子デバイスの開発」は、NEDOの平成19年度の産業技術研究助成事業に採択されるなど、熱い注目と期待を集めている。専用の眼鏡をかければ立体的な映像が見られるシステムや、眼鏡がなくてもある角度の範囲内なら3D画像が見えるディスプレイはすでに開発されているが、彼の研究のオリジナリティであり高く評価されている点は、電子ペーパーでこれが実現できるという点である。これを可能にする基盤技術が、“スピントロニクス”と“有機エレクトロニクス”を融合させたフロンティア分野“有機スピントロニクス”であるという。

有機エレクトロニクスとスピントロニクスを融合今日のエレクトロニクス産業を支えるのは、半導体工学と磁気工学である。電子は電荷とスピンという2つの自由度を持つ。トランジスタに代表される半導体デバイスは電荷を利用するものであり、ハードディスクなどに代表される磁性デバイスはスピンを利用してきた。次世代のキーテクノロジーと目されているのが、電荷とスピンの相乗効果を利用する“スピントロニクス”と呼ばれる分野であり、現在世界中で活発な研究開発が行われている。半導体メモリDRAMの代替として期待されている不揮発性の磁気メモリMRAMの実用化に向けた研究もその一例である。一方、地球資源の確保と再利用が全世界的に求められている中で、科学技術においても従来利用されてこなかった新しい材料による研究が注目されている。金属材料、無機半導体材料をベースとしたデバイス開発が主流となっているスピントロニクスも例外ではない。ここに彼が展開する有機スピントロニクスは大きな意味を持つ。さらに彼は「無機物から有機物への

有機発光材料を用いた有機スピントロニクスの開拓電子の電荷自由度とスピン自由度を制御するスピントロニクス。有機半導体を中核とした新しい技術である有機エレクトロニクス。両者の融合により、革新的な発光デバイスの開発を目指す。

北陸先端科学技術大学院大学マテリアルサイエンス研究科 仕幸 英治 助教 ● ● ●

Profile

北陸先端科学技術大学院大学マテリアルサイエンス研究科

助教 仕幸 英治Assistant Professor Eiji Shikoh

<学位>東北大学工学士 (1997)東北大学修士(工学)(2001)東北大学博士(工学)(2004)

<職歴> 新日本製鐵株式會社 LSI事業部半導体デバイス研究開発センター 研究員(1997-1998)日本学術振興会 特別研究員(2002-2004)北陸先端科学技術大学院大学 助手(2004-2007)北陸先端科学技術大学院大学 助教(2007- )

<専門分野> 固体物理学、磁性物理学、スピントロニクス

School ofMaterials Science

Page 3: 有機スピントロニクスの開拓 有機発光材料を用いた · 有機エレクトロニクスと スピントロニクスを融合 今日のエレクトロニクス産業を支えるのは、

円偏光生成には発光過程のスピン軌道相互作用が必要です。その大きな相互作用を持つ既存分子はIr錯体やPt錯体ですが、発光色を細かく選択できるよう、様々な分子の開発を担っていただける材料開発メーカーとのコラボレーションを希望します。私の研究テーマを既存技術に応用するならば、円偏光を利用することで、有機ELディスプレイの偏光板を一枚少なくし、より薄型化を図ることが考えられます。新たな応用分野としては、3次元フレキシブルディスプレイのほか、円偏光を認識できる検出素子を使ったキーロック解除システムなど、セキュリティ技術への対応も可能です。(談)

単なる材料の置き換えが目的ではないんです」と強調する。有機分子は1分子単位で機能を発現させることが可能な究極のナノテク材料であり、3次元フレキシブルディスプレイを実現に結びつける低価格、軽量、柔軟性といった要素は、有機分子を用いるからこそ得られるものである。

夢を実現させるための3つの課題近年実用化が始まった有機EL素子は有機電子デバイスの一つである。その発光のメカニズムが分子内の電子スピン状態と密接に関係があることが分かっているが、スピン情報を発光特性に結びつけようとする研究は世界的にも極めて少ないという。彼はこの点に着目し、現在3つの課題に取り組んでいる。第1にデバイスの電極となる強磁性体から新機能発現の源となる有機分子材料へのスピン注入機構を解明すること、第2に有機分子材料中のスピン輸送機構を解明すること、第3に有機分子材料からのスピン機能を創出することである。スピン注入により創出をねらう機能は円偏光発光である。円偏光には右・左の2種類があ

り、これが立体視を生み出すもとになる。すでに円偏光の観測に成功しており、今後はスピンの注入・輸送の効率化と、発光分子の選択という点に焦点を当てて研究を進化させていく。スピンを操作することで円偏光を制御するという例は、低温下かつ赤外光という条件ですでに技術が確立している。しかし彼がトライするのは室温かつ可視光であり、前例はない。「思いついたら即行動に移すタイプ」という彼も、前人未踏のフロンティア

だけに、しばし立ち止まってしまうこともあるという。小学生の頃の文集には天文学者になりたいと綴っていたという仕幸助教。分野は違えど研究者になりたいという少年の頃の夢は叶った。今は有機材料を用いたスピントロニクス・デバイスを創出し、新しい有機スピントロニクスの世界を切り拓くという夢を実現するステージを迎えている。

V O I C E- 企業へのメッセージ -

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使用装置 単チャンバー真空蒸着装置(金属材料成膜用)、マルチチャンバー真空蒸着装置(有機デバイス作製用)、DCスパッタリング装置、 RFスパッタリング装置、電子線リソグラフィ装置、光リソグラフィ装置、Arイオンミリング装置、プラズマアッシング装置、ELスペクトル測定装置、 PLスペクトル測定装置、円偏光特性測定装置、電気伝導特性評価装置、磁気抵抗効果測定装置、真空プローバー、 半導体パラメータアナライザー、ESR、AFM、XPS

キーワード スピントロニクス、有機スピントロニクス、有機EL素子、有機FET、スピン注入、スピン拡散長、円偏光発光

Research Interests 北陸先端科学技術大学院大学マテリアルサイエンス研究科 仕幸 英治 助教 ● ● ●

J A PA N A DVA N C E D I N ST I T U T E O F S C I E N C E A N D T EC H N O L O G Y

国立大学法人 北陸先端科学技術大学院大学〒923-1292 石川県能美市旭台1-1  http://www.jaist.ac.jp

先端科学技術研究調査センターTEL:0761-51-1070 FAX:0761-51-1427E-mail:[email protected]アドレス:http://www.jaist.ac.jp/ricenter/index.html

学術協力課 連携推進室 産学連携係TEL:0761-51-1906 FAX:0761-51-1427E-mail:[email protected]

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お問い合せ

マテリアルサイエンス研究科棟 IV 5F TEL/0761-51-1553 FAX/0761-51-1149http://www.jaist.ac.jp/̃fujiwara/index-j.html E-mail : [email protected]仕幸 英治

2009年1月発行

 従来のエレクトロニクスは電子の電荷自由度(情報)を制御してデバイス化をおこなってきました。最近スピントロニクスという研究分野が注目されています。スピントロニクスでは電子の電荷自由度とスピン自由度の両方を情報としてデバイスにします。現在、地球資源の確保と再利用が全世界的に求められている中で、新しい材料による研究が注目されています。スピントロニクス分野においても、金属材料、無機半導体材料のみならず、単分子デバイスなどへの発展性を持つ有機分子材料への関心が高まっています。そこには解決していかなければいけない課題が3つあります。1つ目は、デバイスの電極となる強磁性体から新機能発現の源となる有機分子材料へのスピン注入機構の解明です。2つ目は、有機分子材料中のスピン輸送機構の解明です。3つ目が有機分子材料からのスピン機能の創出です。それらの課題解決が私の研究テーマです。

1. 強磁性体から有機分子材料へのスピン注入機構の解明 既存の有機分子材料は金属材料や無機半導体材料に比べると磁気的な性質が弱いので、有機分子材料だけでは磁気的な性質を引き出すことは困難です。そこで有機分子材料を使ったスピン輸送やスピン機能の創出のためには、まずは外部からスピン(情報)を分子材料に入れて磁気的な性質を強くしてあげなければなりません。具体的には磁石などの元となる強磁性体と有機分子材料を接触させ、強磁性体から有機分子材料へ電気的にスピンを流しこみます。そのスピンを流しこむ機構を解明します。

2. 有機分子材料中のスピン輸送機構の解明 強磁性電極から有機分子材料へ注入されたスピン(情報)を利用するためには、分子材料においてスピンを効率よく輸送してあげる必要があります。最終的にスピン機能(新機能)を引き出すためには、機能を引き出せる場所までスピンを輸送させなければなりません。そのスピンが流れていく機構を解明します。

3. 有機分子材料からのスピン機能の創出 強磁性電極から有機分子材料へスピン(情報)を効率良く注入し、分子材料中を効率良くスピン輸送し、分子材料のスピン状態を制御することにより、分子材料からスピン機能(新機能)を引き出すことができます。現在の取り組みは有機EL素子へのスピン注入による円偏光発光の創出です。これまでに強磁性Fe電極を用いた有機EL素子から円偏光を観測しました。現在は円偏光生成原理の解明とともに、効率的な円偏光生成を目指し、異なる発光分子を用いた有機EL素子を利用して研究を行なっています。

■企業向けに想定される応用例・応用分野 ・ 円偏光の利用→有機ELディスプレイの偏光板を1枚少なくすることができる。 ・ 全有機材料によるスピントロニクスデバイス  円偏光発光の左右の偏光成分を利用して、3次元フレキシブルディスプレイ  デバイスを実現。 ・ セキュリティ技術への応用  円偏光を認識できる検出素子を使い、キーロック解除

■過去5年間の外部資金による研究課題 ・ 強磁性体から有機分子へのスピン注入による有機スピントランジスタに関する研究 ・ 強磁性金属から有機電界発光分子へのスピン注入によるスピン偏極発光に 関する研究 ・ スピントロニクス技術を用いた有機電子デバイスの開発 ・ 強磁性体から有機分子へのスピン偏極電荷注入によるスピンエレクトロニクス デバイスの創製 ・ 強磁性金属から有機電界発光分子へのスピン注入による室温スピン偏極発光

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有機スピントロニクスの課題

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主 な 研 究 テ ー マ