「人権の保障と公共の福祉」 · 16 福島県公立中学校教諭...

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16 福島県公立中学校教諭 「人権の保障と公共の福祉」 〜言語活動の充実をめざした授業〜 1 はじめに 学習指導要領の改訂の大きな柱の一つとし て「言語活動の充実」が挙げられている。社 会科においても、社会的な見方や考え方を養 うことをより一層重視する観点から、言語活 動にかかわる学習の充実が求められている。 とくに公民的分野では、「対立と合意」、「効 率と公正」という現代社会をとらえるための 見方や考え方を養うために、習得した知識、 概念や技能を活用して、社会的事象について 考えたことを説明したり、自分の考えをまと めて論述したり、議論を通して考えを深めた りすることが大切である。 このことをふまえながら授業を展開するに あたり、右の図のような授業構想をもとにし ていきたい。図で示した「課題把握」から「ま とめ」までの流れは、1時間単位に限らず、 授業の内容によっては単元単位でも活用でき るものである。 「言語活動の充実」を図るために、学習の 流れのなかに「習得」・「活用」を重視した段 階をそれぞれ設定する。「習得」を重視した 段階とは、「自ら学ぶ」ことを中心とした段 階のことである。ここでは、基礎的・基本的 な知識および技能を定着させ、それらをもと に課題に対する自分の考えをもつことを目標 とする。「活用」を重視した段階とは、他者 とペアやグループ・学級単位で「ともに学ぶ」 ことを中心とした段階である。ここでは、話 し合いや発表などの言語活動を通して、自分 の考えを伝えたり、他者の意見と比較しなが ら自分の考えを深め、課題を解決することを 目標とする。 このような「自ら学ぶ」と「ともに学ぶ」 という二つの学習活動を通して、言語活動の 充実を図っていきたい。 2 単元の構想と計画 日本国憲法について学習する本単元では、 憲法の基本的原則である「基本的人権の尊 重」、「国民主権」および「平和主義」につい て理解させることをねらいとしている。本稿 では、本テーマに関連する基本的人権の内容 に限定してまとめる。

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Page 1: 「人権の保障と公共の福祉」 · 16 福島県公立中学校教諭 「人権の保障と公共の福祉」 〜言語活動の充実をめざした授業〜 1 はじめに

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福島県公立中学校教諭

「人権の保障と公共の福祉」〜言語活動の充実をめざした授業〜

1はじめに

 学習指導要領の改訂の大きな柱の一つとして「言語活動の充実」が挙げられている。社会科においても、社会的な見方や考え方を養うことをより一層重視する観点から、言語活動にかかわる学習の充実が求められている。とくに公民的分野では、「対立と合意」、「効率と公正」という現代社会をとらえるための見方や考え方を養うために、習得した知識、概念や技能を活用して、社会的事象について考えたことを説明したり、自分の考えをまとめて論述したり、議論を通して考えを深めたりすることが大切である。 このことをふまえながら授業を展開するにあたり、右の図のような授業構想をもとにしていきたい。図で示した「課題把握」から「まとめ」までの流れは、1時間単位に限らず、授業の内容によっては単元単位でも活用できるものである。 「言語活動の充実」を図るために、学習の流れのなかに「習得」・「活用」を重視した段階をそれぞれ設定する。「習得」を重視した段階とは、「自ら学ぶ」ことを中心とした段階のことである。ここでは、基礎的・基本的な知識および技能を定着させ、それらをもとに課題に対する自分の考えをもつことを目標とする。「活用」を重視した段階とは、他者

とペアやグループ・学級単位で「ともに学ぶ」ことを中心とした段階である。ここでは、話し合いや発表などの言語活動を通して、自分の考えを伝えたり、他者の意見と比較しながら自分の考えを深め、課題を解決することを目標とする。 このような「自ら学ぶ」と「ともに学ぶ」という二つの学習活動を通して、言語活動の充実を図っていきたい。

2単元の構想と計画

 日本国憲法について学習する本単元では、憲法の基本的原則である「基本的人権の尊重」、「国民主権」および「平和主義」について理解させることをねらいとしている。本稿では、本テーマに関連する基本的人権の内容に限定してまとめる。

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公 民

公 民中学生の

地 理

歴 史

地 図

社会科

 人権学習については、『社会科 中学生の公民』(以下、教科書)の内容に沿って8時間で構成した(単元指導計画参照)。時間ごとに学習課題を設定し、「自ら学ぶ(習得)」段階と「ともに学ぶ(活用)」段階の二つの学習活動を通して課題解決にあたらせる。その際、考えたことを説明したり、自分の考えをまとめて論述したり、議論を通して考えを深めたりする学習を取り入れていきたい。 第1~3時の平等権の学習では、現代社会に残る差別について具体的な例をもとに学習し、差別や偏見をなくすためには、国民一人ひとりが人間を尊重することが大切だと気づかせたい。 第4時の自由権の学習では、自由権の内容を理解させた後、死刑制度の是非について、教科書p.49のコラムを活用して議論し、考えを深めさせたい。 第5時の社会権の学習では、「桶川クーラー事件」(教科書p.50)を例に、生存権について考えさせるとともに、人間らしい生活をするためにどのような権利が保障されているか理解させたい。 第6時の新しい人権の学習では、社会の変化によって保障された人権の内容を学習した後、教科書p.53のコラムを活用して、タレントのプライバシーを守る権利について考えさせたい。 第7時の人権を守るための権利の学習では、

「隣人訴訟」を取りあげ、誰に責任があるのか考えさせることを通して、人権を守るための権利の内容について理解させたい。 第8時については、これまで習得してきた知識を活用しながら、人権保障と公共の福祉について考えさせたい。以下、「授業の実際」として紹介したい。

単元指導計画(8時間)

時間 ○おもな学習活動・内容

123

差別や偏見をなくすためにどのような努力がなされているのだろう?○日本国憲法では、平等権についてど

のように保障しているか調べる。・憲法第 14 条 法のもとの平等・男女平等・現代社会に残る差別

死刑制度は、廃止すべきだろうか?○日本国憲法では、どのように自由権

を保障しているか調べ、死刑制度の是非について話し合う。

・精神の自由・生命・身体の自由・経済活動の自由

健康で文化的な最低限度の生活を送るために何が必要なのだろう?○人間らしく生きるために、どのよう

な権利があるのか調べる。・生存権・教育を受ける権利・勤労の権利、労働基本権

タレントにもプライバシーはあるのだろうか?○社会の変化によって、どのような権

利が認められたか調べる。・環境権・プライバシーを守る権利・知る権利・自己決定権

この事件、誰に責任があるのだろうか?○人権を守るために、どのような権利

が認められているか調べる。・人権を守るための権利・国民の義務

Aさんは、青果店を閉店し、立ちのくべきなのだろうか?○人権保障と公共の福祉について考え

る。・人権保障の公共の福祉による制限

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3授業の実際

(1)学習課題の把握Aさんは、青果店を閉店し、立ちのくべきなのだろうか? はじめに、教科書p.56の「1道路建設をめぐって」の概要を読み、上記の学習課題を把握する。

(2)「自ら学ぶ」段階 次に「自ら学ぶ」段階として、上記の学習課題について裁判官になったつもりで、「立ちのくべきか」「立ちのかなくてもよい」のか、自分の考えを憲法の条文を根拠としてまとめさせる。<生徒の記述例>・憲法29条③に「私有財産は、正当な補償の

下に、これを公共のために用ひることができる。」とあるので、Aさんは立ちのくべきだ。

・国民には、経済活動の自由があり、憲法22条に、「居住、移転及び職業選択の自由を有する。」とあるので、Aさんは立ちのかなくてもよい。

 生徒は、これまでに習得した知識をもとに自分の考えをまとめるが、ここで問題となるのは、「公共の福祉」のとらえ方である。「公共の福祉って何?」という疑問が生徒のなか

から出てくる。公共の福祉とは、個々の人間の個別利益に対して、それをこえ、ときにそれを制約する社会全体の利益のことであるが、これを生徒にきちんと理解させることが何よりも大切である。ややもすると「個人よりも社会公共の利益の方が上で一人ぐらい犠牲になってもしかたがない。」と誤って理解してしまい、日本国憲法の「個人の尊重」(第13条)という基本的価値を見失ってしまうことになりかねない。「公共の福祉」による制限は、あくまでも別の個人の人権保障によるもので、すべての人の人権がバランスよく保障されるように、人権と人権の「対立」を調整し、「合意」に導くことが目的であることを理解させたい。

(3)「ともに学ぶ」段階 このような「公共の福祉」についての理解をもとに、憲法第29条の視点から、道路建設について検証する。論点は次の二つである。一つは、この道路建設が「公共の福祉」にあたるのかどうか。もう一つは、Aさんへの補償が「正当な補償」にあたるのかどうかである。この二点について4人ごとの学習班で「効率」と「公正」の見方・考え方を生かして検討させる。「公共の福祉」にあたるのか検討させる際には、これまで習得してきた人権保障についての知識を活用させるとともに、教科書p.57にある「人権」・「経済」・「環境」・

「社会の発展」という四つの視点からの考え

『社会科 中学生の公民』p.56

『社会科 中学生の公民』p.56

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公 民

公 民中学生の

地 理

歴 史

地 図

社会科

も総合的に判断する際の材料にさせる。各班の考えは、発表用ホワイトボードにまとめさせ、発表させる。

<生徒の記述例>・道路がせまく事故が起きているということ

は、住民の生命がおびやかされていることになるので、社会全体のことを考え、Aさんは立ちのくべきだ。

・土地の代金だけでは正当な補償とはいえない。店を再オープンできるまでの代金を補償すべきだと思うので、Aさんは立ちのかなくてもよい。

・Aさんの財産権を補償すべきだし、高齢者にとっては店が無くなると、生活が不便になり生存権をおびやかすことになってしまうので、立ちのかなくてもよい。

(4)まとめと評価 以上のような学習をふまえて、学習のまとめとして再度、学習課題について自分の考えをまとめさせる。その際、話し合いを通して得た考えを取り入れながらまとめさせるようにする。また、学習のはじめに記述した内容とまとめで記述した内容を比較して、自分の考えの変容や深まりをとらえさせたい。評価については、自分の立場を明確にして、「対立」、「合意」、「効率」、「公正」の視点から多面的・多角的に課題について考察し、まとめることができているのかをみていきたい。「公

共の福祉」を考える際には、個人の尊重という視点から、最大限バランスよく人権が保障されるように配慮して合意に結びつけているかをポイントとする。<ワークシート例>

4おわりに

 社会科の学習では、社会に目を向け、現在私たちが直面している問題に対して自分の考えをしっかりもち、それを他者に発信することを大切にしたい。そのためにも、日々の授業のなかで、言語活動の充実を図りながら生徒の考えを引き出し、深めさせるような授業を実践していくことが大切であると考える。

参考資料「『言語活動の充実』を図る学習指導の在り方」福島 県 教 育 セ ン タ ー H P http://www.cms-center.gr.fks.ed.jp/index.php?page_id=1204伊藤真 『中高生のための憲法教室』 岩波ジュニア新書 2009 年

『社会科 中学生の公民』p.57