「超大国」としてのアメリカ合衆国と隣国カナダ...まず,コカ・コーラ,マクドナルドの2社から食べ物...

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はじめに 地理Aの目標は,学習指導要領では「現代世界の地理 的な諸課題を地域性や歴史的背景,日常生活との関連を 踏まえて考察し…」とされている。世界の地理的事象を 系統地理的に“がっつり”学ぶ地理Bのダイジェスト版で はなく,現実に目の前にある問題を,日常生活の中から 見つけ出す,というところがポイントである。どうして も地誌分野は地域の姿を箇条書き的に羅列する授業にお ちいりやすいが,アングロアメリカという地域が私たち の日常生活にどれだけかかわっているか,かかわりの中 からどのような問題を見いだすか,を意識した授業を展 開していきたい。 国際社会の中のアングロアメリカ 2017年1月に,ドナルド=トランプがアメリカ合衆国 (以下,U.S.A.)第45代大統領に就任したことは記憶に 新しい。U.S.A.内だけでなく,日本をはじめ世界中がこ の選挙戦を見守り,その後の一挙手一投足までが全世界 で報道されているところに,国際社会におけるU.S.A.へ の関心の高さをあらためて感じさせられる。これまでの オ バ マ 政 権 の 政 策 を 次 々 と く つ が え し,「America First」のスローガンのもとに「偉大なアメリカ」の復 権を掲げての選挙戦勝利である。しかし,トランプ大統 領の姿勢はグローバル化の進む国際情勢に逆行している, 必ずしもU.S.A.の経済の復活ないし強化にはつながらな い,との指摘もある。トランプ政権は,移民や安価な輸 入品の流入を防ぐためにNAFTA(北米自由貿易協定) の見直しをさかんに主張しているが,カナダはアメリカ 製品の重要な「お得意様」であり,また主要な原料供給 地でもある。めだった貿易摩擦も移民問題もないためか, 対カナダ貿易に対してはほとんど触れていない。 U.S.A.は面積ではロシア,カナダにつぐ世界第3位, 人口も中国,インドについで第3位である。昨今の中国 の急速な経済成長により,U.S.A.が生産統計の第1位に あるのはとうもろこしや大豆,バイオエタノール,牛肉, 使用教材 : 平成29年度版『高等学校 新地理A』 平成29年度版『新詳高等地図』 牛乳とチーズ,原木・パルプなど限られたものである。 とはいえ,U.S.A.は建国の歴史は浅いものの世界でも例 を見ぬ超大国であり,経済,軍事,文化のほかあらゆる 面で国際社会への影響力が大きいことは否めない事実で ある。 日本は明治維新後,積極的に開拓移民を送り込んだこ とや,1945年から1952年まで,連合国(実質的にU.S.A.) の占領下におかれた歴史的な経緯も含め,アングロアメ リカ・EU・日本・中国の4大経済圏の中でもとりわけ 強い関係を構築している国際社会のパートナーであるこ とを押さえておきたい。 産業からアングロアメリカを俯瞰する 一般的に地誌分野では,自然環境(地形・気候),民 族・文化,農業,鉱工業,経済・対日関係……と,系統 地理分野と同じ順で展開することが多い。しかし,アン グロアメリカは安定陸塊から新期造山帯,熱帯から寒帯 まで多岐にわたる自然と,サラダボウルに例えられる複 雑な人種・民族からなる多様性ある地域であるといえよ う。だからこそ,アングロアメリカの多様性を理解する ためにそれぞれの要因をとらえるようにしていきたい。 かつてこの地域は「人種のるつぼ」といわれていた。 U.S.A.やカナダは世界中のさまざまな地域からの移民に よって建国され,現在も多くの移民の流入が続いている。 それが完全に一つの器の中で均一化されてとけ込んでい るのではなく,あたかもサラダボウルの中でキャベツと きゅうりとトマトがそれぞれの原型を保ちながら一つの 容器(ボウル)にはいっているように,移民の多くが母 国の文化を維持しつつ,たがいに尊重しながら生活して いるのである。 まず,生徒はアングロアメリカ(とくにU.S.A.)を生 活体験の中でどのようにとらえているだろうか。 〈 発 問 〉 ①身近にある「アメリカ企業」をあげてみよう。 ②身近にある「アメリカらしいもの」をあげてみよう。 ③身近にある「アメリカ製品」をあげてみよう。 静岡理工科大学静岡北高等学校 野中 規夫 いきいき 授業実践 地理A 「超大国」としてのアメリカ合衆国と隣国カナダ ― アングロアメリカの生活・文化 ― 14 地理・地図資料  2017年度 2 学期 ①号

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はじめに1

 地理Aの目標は,学習指導要領では「現代世界の地理

的な諸課題を地域性や歴史的背景,日常生活との関連を

踏まえて考察し…」とされている。世界の地理的事象を

系統地理的に“がっつり”学ぶ地理Bのダイジェスト版で

はなく,現実に目の前にある問題を,日常生活の中から

見つけ出す,というところがポイントである。どうして

も地誌分野は地域の姿を箇条書き的に羅列する授業にお

ちいりやすいが,アングロアメリカという地域が私たち

の日常生活にどれだけかかわっているか,かかわりの中

からどのような問題を見いだすか,を意識した授業を展

開していきたい。

国際社会の中のアングロアメリカ2

 2017年1月に,ドナルド=トランプがアメリカ合衆国

(以下,U.S.A.)第45代大統領に就任したことは記憶に

新しい。U.S.A.内だけでなく,日本をはじめ世界中がこ

の選挙戦を見守り,その後の一挙手一投足までが全世界

で報道されているところに,国際社会におけるU.S.A.へ

の関心の高さをあらためて感じさせられる。これまでの

オバマ政権の政策を次々とくつがえし,「America

First」のスローガンのもとに「偉大なアメリカ」の復

権を掲げての選挙戦勝利である。しかし,トランプ大統

領の姿勢はグローバル化の進む国際情勢に逆行している,

必ずしもU.S.A.の経済の復活ないし強化にはつながらな

い,との指摘もある。トランプ政権は,移民や安価な輸

入品の流入を防ぐためにNAFTA(北米自由貿易協定)

の見直しをさかんに主張しているが,カナダはアメリカ

製品の重要な「お得意様」であり,また主要な原料供給

地でもある。めだった貿易摩擦も移民問題もないためか,

対カナダ貿易に対してはほとんど触れていない。

 U.S.A.は面積ではロシア,カナダにつぐ世界第3位,

人口も中国,インドについで第3位である。昨今の中国

の急速な経済成長により,U.S.A.が生産統計の第1位に

あるのはとうもろこしや大豆,バイオエタノール,牛肉,

使用教材 : 平成29年度版『高等学校 新地理A』 平成29年度版『新詳高等地図』

牛乳とチーズ,原木・パルプなど限られたものである。

とはいえ,U.S.A.は建国の歴史は浅いものの世界でも例

を見ぬ超大国であり,経済,軍事,文化のほかあらゆる

面で国際社会への影響力が大きいことは否めない事実で

ある。

 日本は明治維新後,積極的に開拓移民を送り込んだこ

とや,1945年から1952年まで,連合国(実質的にU.S.A.)

の占領下におかれた歴史的な経緯も含め,アングロアメ

リカ・EU・日本・中国の4大経済圏の中でもとりわけ

強い関係を構築している国際社会のパートナーであるこ

とを押さえておきたい。

産業からアングロアメリカを俯瞰する3

 一般的に地誌分野では,自然環境(地形 ・気候),民

族・文化,農業,鉱工業,経済・対日関係……と,系統

地理分野と同じ順で展開することが多い。しかし,アン

グロアメリカは安定陸塊から新期造山帯,熱帯から寒帯

まで多岐にわたる自然と,サラダボウルに例えられる複

雑な人種・民族からなる多様性ある地域であるといえよ

う。だからこそ,アングロアメリカの多様性を理解する

ためにそれぞれの要因をとらえるようにしていきたい。

 かつてこの地域は「人種のるつぼ」といわれていた。

U.S.A.やカナダは世界中のさまざまな地域からの移民に

よって建国され,現在も多くの移民の流入が続いている。

それが完全に一つの器の中で均一化されてとけ込んでい

るのではなく,あたかもサラダボウルの中でキャベツと

きゅうりとトマトがそれぞれの原型を保ちながら一つの

容器(ボウル)にはいっているように,移民の多くが母

国の文化を維持しつつ,たがいに尊重しながら生活して

いるのである。

 まず,生徒はアングロアメリカ(とくにU.S.A.)を生

活体験の中でどのようにとらえているだろうか。

〈 発 問 〉①身近にある「アメリカ企業」をあげてみよう。②身近にある「アメリカらしいもの」をあげてみよう。③身近にある「アメリカ製品」をあげてみよう。

 

静岡理工科大学静岡北高等学校 野中 規夫

いきいき授業実践地理A

「超大国」としてのアメリカ合衆国と隣国カナダ ― アングロアメリカの生活・文化 ―

14 地理・地図資料  2017年度 2学期①号 15地理・地図資料  2017年度 2学期①号

 発問の順は,「具体的なものから一般化する」

ために①→②とし,③は牛肉や小麦といった農産

物の輸入は多いものの,身近な工業製品は今や中

国製ばかりでMADE IN U.S.A.はめったに見当た

らないのであと回しにすることとする。U.S.A.に

本社のある企業といえば,まっさきにコカ・コー

ラ,マクドナルド,アップル,マイクロソフト,

グーグル,アマゾン…といった企業があがってく

るだろう。これを各分野に結びつけて解説していく。

 なお,自然環境については,農業・鉱工業分野で必要

に応じて織り込んでいくこととする。

(1)アングロアメリカの農牧業 まず,コカ・コーラ,マクドナルドの2社から食べ物

→農業へと話を運ぶことにする。さらに,発問②に関連

させて,U.S.A.らしい食べ物としてハンバーガーと,や

や強引であるがU.S.A.発祥の服としてのジーンズをあげ

ておく。ハンバーガーの材料産地に加え,ジーンズ(デ

ニム生地)の原料である木綿(綿花)も含め,『新詳高

等地図』(以下,地図帳)p.77「①農業地域区分」(図1)

と関連させ,多様な地域性に適合させて膨大な農業生産

をあげていることをとらえさせたい。なお,『新地理A』

(以下,教科書)p.126 ③の図もほぼ同じであるが,極力

地図帳を開く習慣をつけさせたい。

 ここではまず,ハンバーガーがファストフードとして,

またジーンズやTシャツがファストファッションとして

安価に大量生産される背景をとらえさせたい。そして,

それには穀物メジャーによる大規模な機械化だけでなく,

移民による安価な労働力も寄与していることを地図帳

p.76「③世界中から移民が集まるアメリカ合衆国」(図2)

を使って説明したい。

 国境を接するメキシコ,カリブ海といった対岸諸国か

らのヒスパニックは,非正規の季節労働者として農場で

働いていることが多い。また,かつて南部に綿花のプラ

ンテーションが開かれた際には,多くのアフリカ系奴隷

が送り込まれ,現在でも彼らの子孫が多く居住している。

発問②で「ジャズ」をあげる生徒がいればしめたもので

ヨーロッパへ

(小麦)(夏季)

ヨーロッパへ

(小麦)

ヨーロッパへ

(綿花・たばこ)

ヨーロッパへ(綿花)

南米へ

(綿花)

日本へ(果実)

日本・中国へ(小麦・大麦)

南米へ(小麦)

ヨーロッパ・インドへ(小麦)

Y

Y

YY

YYY

YY

50゜

50゜

30゜

70゜

80゜90゜

90゜ 80゜60゜

60゜ 50゜

40゜

60°

130゜

120゜

110゜

140゜

100゜

40゜

非  農  業  地  帯

放牧

放牧

企業的牧畜(フィードロット)

かんがい

冬小麦地帯

酪   農        地   帯

混合農業

園芸農業

園芸農業

地中海式農業(灌漑農業)

綿花地帯

春小麦地帯

500mm以上

とうもろこし・大豆地帯

500m

m以上

アサバスカ湖

ウィニペグ湖

メキシコ湾

ミシ

シッピ川

エリー湖

オンタリオ湖ミヒュ

ンロ

湖シガン湖

コロラ

ド川

リオグラ

ンデ川

西

グレートスレーヴ湖

ハドソン湾

セントローレンス川

スペリオル湖

エドモントン

リジャイナ

カンザスシティデンヴァー

シカゴ

ウィニペグ

ボストンオタワ

モントリオールケベック

チャールストン

ジャクソンヴィル

ニューオーリンズ

ガルヴェストン

ボルティモアフィラデルフィアニューヨーク

シアトル

ポートランド

サンフランシスコ

ロサンゼルス

ヴァンクーヴァー

チャーチル

稲  作  地1月の気温10℃年降水量 500mm

春小麦栽培冬小麦栽培とうもろこし・大豆栽培混合農業地中海式農業園芸農業酪農企業的牧畜放牧(おもに牛)綿花栽培たばこ栽培各種農業その他農業・林業非農業地

最終氷期の氷河の最大範囲

Y

ユー コン川

アンカレジ

アラスカ湾

非農業地帯

500mm以上

140゜160゜ 150゜

0 500km

1:36 000 0000 1000km

〔Goode's World Atlas 2010,ほか〕

ブラジル10.0カナダ11.1

その他41.0

その他29.4

12.2 インド24.6

その他28.2

11.4

オーストラリアロシア

〔FAOSTAT〕

ウクライナ

7.8

アルゼンチン

ブラジル 21.4%

6.013.5

16.2

農産物の輸出に占めるアメリカ合衆国の割合-2013年-小麦

1億7985万t

18.7%

アメリカ合衆国

1億2422万t アメリカ

合衆国19.5

綿花

962万t29.0%

アメリカ合衆国

とうもろこし

フランス

オーストラリア

① 農業地域区分

図1 アングロアメリカの「適地適作」(農業地域区分) 『新詳高等地図』p.77

は冬小麦と春小麦の2地帯でさかんにつくられ

る。肉牛はとうもろこしや大豆といった濃厚飼

料を,運動させずに大量に与えるフィードロット

で早期肥育が行われている。牧草をさほど必要

とせず,年降水量500㎜未満の乾燥地でも肥育

可能となる。酪製品であるチーズは,U.S.A.・

カナダ東部国境周辺の酪農地帯を中心に生産さ

れる。この地帯は寒冷で,氷食を受け土地がや

せているものの,大都市に近いという条件を生

かして酪農が発展した。野菜は地中海式農業・

チーズバーガーセットと ジーンズの材料は?産地は?

●①

●⑤●⑦●⑦●⑥

●②●③

●①

●⑤

●⑥●② ●③

●④

●④

●④

●⑦

●① ●⑥

図2 世界中から移民が集まるアメリカ合衆国『新詳高等地図』p.76

(2)アングロアメリカの民族

スウェーデンノルウェー

ハンガリー

オーストリア 1.9

イタリアギリシャ

ドイツ

アイルランド

ポーランド

フランス

ポルトガル

イギリス

国別移民数単位:百万人 (1820~2009年の合計)

5.4

0.9

5.5

1.7

4.8

0.81.3

0.9

0.7

0.5

7.3

メキシコ

7.7キューバ

1.2

ドミニカ共和国1.1

ハイチ0.6ジャマイカ

0.7

エルサルバドル0.7

コロンビア0.6(1820~2009年の合計)(国別移民数 単位:百万人)

(1820~2009年の合計)(国別移民数 単位:百万人)

インド

中国1.9

ベトナム1.0

フィリピン2.0

韓国1.0 日本

0.6

1.3

(     )0 2000km

0 1000km

0 1000km

デトロイト

オセアニアから32万人アジアから

1173万人

カナダから473万人

ラテンアメリカから1678万人

*アフリカの人数には 奴隷は含まれていない。

アフリカから*

139万人

ヨーロッパから3962万人

シアトル

サンフランシスコアラスカ

ハワイ

ロサンゼルス

エルパソヒューストン メンフィス

ワシントンD.C.

ニューヨークシカゴ

ホノルル

ニューオーリンズ

白人が60%以上の地域ヒスパニックが15%以上の地域アフリカ系が15%以上の地域アジア系が5%以上の地域ネイティブアメリカンが10%以上の地域

おもな都市別の割合 ー2014年ー

(1820~2009年の合計)

ヒスパニックアジア系・太平洋諸島民

アフリカ系ヨーロッパ系

地域別移民の数※複数の条件に当てはまる場合,総人口が少ない

 人種・民族を優先している。

0 500km

0 500km

0 250km

1:40 000 000

〔U.S. Census Bureau,ほか〕

③ 世界中から移民が集まるアメリカ合衆国

園芸農業地帯など,ジュースの原料となるオレ

ンジは地中海性気候のカリフォルニアや温暖な

フロリダが中心だ。じゃがいものおもな産地は

東部から中部に広がる混合農業地帯である。

 また,ジーンズの原料となる綿花は,本来は

亜熱帯性の作物なので,温暖な南部が主要生産

地となっている。

 このようにU.S.A.では,自然環境に適した作

物を栽培する適地適作が行われている。

 チーズバーガーは,パン(小麦),牛肉,チー

ズ,トマトやレタスなどの野菜,ドリンクの

ジュースはオレンジ,フライドポテトはじゃがい

もと油(大豆・とうもろこし由来)がおもな材料

だ。U.S.A.は小麦や牛肉の輸出大国で,小麦

●③●⑤

●③

14 地理・地図資料  2017年度 2学期①号 15地理・地図資料  2017年度 2学期①号

ある。ジャズ発祥の地ニューオーリンズや,「風と共に

去りぬ」の舞台ジョージア州(主人公の乳母マミーなど

奴隷の存在)を例に,アメリカ社会の中にアフリカ由来

の民族や音楽がとけ込んでいることを理解させたい。

 U.S.A.の第1次産業従事者が1.6%程度となった現在で

は,工場や建設現場など,「汗と油にまみれる職場」が

非ヨーロッパ系移民によって支えられていることも押さ

えておきたい。

 U.S.A.ではヒスパニック,アフリカ系だけではなく,

アジア系移民もみられ,近年その割合を増してきている。

ゴールドラッシュによる中国系移民はサンフランシスコ

にチャイナタウンをつくり,太平洋航路の中継点ハワイ

には日本から多くの移民がわたった。ラテンアメリカに

接したU.S.A.南部にヒスパニックが多く,太平洋を挟ん

でアジアに面した西海岸にアジア系移民が多いのは図2

に示された通りであるが,カナダ国境に近いシアトルは

太平洋横断の大圏航路が最短距離になる地点であり,日

系移民で栄えた町でもある。

 カナダは白豪主義を撤廃したオーストラリアより早く,

1971年に多文化主義政策を導入している。これはフラン

ス語圏のケベック州民の不満への対応が発端であったが,

先住民やその他の移民の文化を尊重することにつながっ

た。しかし,U.S.A.と違い,ラテンアメリカから距離的

に離れており,ヒスパニックは少なく,もともとアフリ

カ系移民も少ない。一方で,旧イギリス領の地域に多い

インド系移民は,近年も増加の一途である。また,1997

年にホンコンがイギリスから中国に返還される際に多く

の住民がヴァンクーヴァーに移住したこともあり,東ア

ジア系では中国にルーツをもつ移民がめだつ。

 前項でシアトルに言及したところで,U.S.A.の第2次・

第3次産業に結びつけていく。

 ワシントン州シアトルは人口70万足らずの地方都市で

あるが,近隣都市を含めて日本でもなじみの深い多国籍

企業が拠点を置いていることが特筆される。発問①に関

連すれば,

などがあげられる。また,一時期メジャーリーグのシア

トル・マリナーズのオーナーでもあったニンテンドー・

オブ・アメリカもマイクロソフトと同じレドモンドに本

社を置いている。

 さて,日本人になじみのあるU.S.A.企業といえば,近

年はICTや流通,サービス業がめだち,よほど車好きの

生徒でない限りGM(ゼネラルモーターズ)・フォード・

クライスラーの自動車ビッグ3を出すことも少ないであ

ろう。電機メーカーのGE(ゼネラルエレクトリック),

時計メーカーのTIMEX,写真用品のコダックやポラロ

イドなどは,簡単には思い浮かばないかもしれない。

 ここで重要なのは,「身のまわりの商品のメーカーが

簡単に思い浮かばないこと」である。U.S.A.の経済は第

3次産業が主であり,その中でもとくにU.S.A.が得意と

するコンピュータ分野は世界をリードしている。しかし,

U.S.A.国内では製品の企画,デザイン,ソフトウェアの

開発が中心となっており,実際の製造はアジアに委託し

ているのである。

 U.S.A.の工業に関しては,ここまで述べたように先端

技術産業がめだつ。これはばくだいな国防予算から捻出

される研究費によって,いわゆる軍産複合体とよばれる

産業分野が成長してきたものであり,コンピュータ,航

空機,無線通信,GPSなど,軍事技術から転用された技

術が商品に生かされている。しかし,先端技術産業ばか

りでなく,豊富な資源に支えられた重化学工業はU.S.A.の

産業の基盤となっている。地理Aでは,地理B(例えば

平成29年度版『新詳地理B』のp.138③)で扱うような工

業の立地指向までは扱わないものの,資源の産出地と製

造拠点となる工業都市,おもな市場としての特徴をもつ

地域との関連について,教科書p.123④の図(図3)と

p.128①の図(図4)を対比させて確認しておきたい。

むすびにかえて4

●豊かさの裏にある問題点は何だろうか? アングロアメリカが世界をリードするだけの力をもつ

地域であることはいうまでもない。しかし,豊かさの裏

インド系移民のトロリーバス運転手(2012年 ヴァンクーヴァーにて 筆者撮影)

●スターバックスコーヒー,タリーズコーヒー(シア トル系カフェの本場)●創業間もないころのマイクロソフト(現在も創業 者ビル=ゲイツが居住。現在の本社は近郊のレドモ ンド)●ボーイング(主力工場が隣町エヴァレット)●新業態流通大手のコストコ,アマゾン

(3)アングロアメリカの鉱工業

16 地理・地図資料  2017年度 2学期①号 17地理・地図資料  2017年度 2学期①号

先端技術産業の資源はどこから?

 メキシコ湾岸の原油,ロッキー山脈で産出される銅や金・銀など,電気電子・ハイテク製品に必要な原

料は南部や西部での産出が多い。さらに晴天が多く航空機のテスト飛行や実際に飛行して出荷しやすいこ

とから,地中海性気候の西海岸では航空機産業が発達した。

 先端技術産業は鉱産資源の原料をあまり必要とせず,優秀な人材確保が第一条件となる。温暖で生活

費の安い西部や南部が優秀な若者や留学生・移民を集めやすいことも先端技術産業集積の一因となって

いることに気づかせたい。

ぱい食べ物を食べることができるのもアングロアメリカ

による部分が大きい。教科書の巻末4・5で説明されて

いるように,大規模耕作のために利用されている地下水

についても枯渇が懸念されており,この地域で生産され

る農産物に依存している日本にとっても,決してひとご

とではないということを生徒に伝えたい。将来にわたっ

て繁栄が続き,豊かさを共有できるかは,トランプ政権

やU.S.A.国民,NAFTA地域住民にまかせるのではなく,

地球市民全体として見守っていきたいところである。

アラスカ湾

ノーススロープ

アメリカ合衆国

カナダ

Ag

Ag

Ag

Ag

U

U

Zn

Zn Zn

Zn

Zn

ZnZn

Zn

ZnAu

Au

Au

Au

Au

AuAu

Au

Cu

Cu

Cu

CuCu

Cu

Cu

Cu Cu

U U

U

Ag

ウィニペグ湖

スペ

オンタリオ湖

リー湖

リオル湖

メキシコ湾

洋西

アサバスカ湖

ハドソン湾

ミヒュ

ンロ湖シ

ガン湖

37°鉄鋼

石油精製・機械機械・化学

エレクトロニクス・化学・食品

食品

航空機・宇宙産業

化学・石油精製

エレクトロニクス・航空機

鉄鋼

機械

自動車

繊維・自動車

機械・エレクトロニクス

製紙・木材

メキシコ湾岸油田石油精製・宇宙産業

食品

自動車食品

機械・化学・食品

機械・エレクトロニクス機械・食品

航空機・エレクトロニクス

機械・金属 食品

石油精製・食品

化学・石油精製

航空機・宇宙産業

機械・エレクトロニクス

エレクトロニクス

化学・石油精製

航空機・造船

木材・製紙

シリコンデザート

シリコンヴァレー

シリコンプレーン

エレクトロニクスベルト

リサーチトライアングルパーク

エレクトロニクスハイウェー

内陸

アパラチア

カリフォルニア油田

ケベックラブラドル鉄鉱床

カ  ナ  ダ

ア メ リ カ 合 衆 国

ダラム

ボルティモアフィラデルフィアニューヨーク

ボストン

ポートランド

オーランドニューオーリンズ

アトランタバーミングハム

ピッツバーグクリーヴランドデトロイト

トロント

モントリオール

ケベック

ヒューストン

フォートワースダラス

セントルイスカンザスシティ

オマハシカゴ

ミルウォーキー

ミネアポリス

デンヴァーソルトレークシティビンガム

メサビ

ウィニペグリジャイナ

エドモントン

エルパソ

サンディエゴロサンゼルス

サンノゼサンフランシスコ

シアトル

ヴァンクーヴァー

サ ン ベ ルト

オイルサンドシェールガス田

原油パイプライン天然ガスパイプラインおもな工業都市先端技術産業集積地

石 炭原 油天然ガス鉄 鉱 石銅

鉛・亜鉛ウ ラ ン金銀

Cu

Au

Zn

Ag

U

0 1000km

0 500km

❶アングロアメリカの鉱工業〈Diercke Weltatlas 2008,ほか〉

B

Aロ

ドラコ

ウィニペグ湖

ハドソン湾

ベーリング海峡

五大湖

シミ

ズリー川

ミアビン

ロコ

極海

メキシコ湾

西

セントロレン ス

リオグ ンデ川

ラカリフォルニア湾

シッピ川

グレートプレーンズ

グリーンランド

プレーリー

脈山アチラパア

180° 160° 140° 120°100°

80°

60°

40°

20°

60°

80°

40°

北回帰線

バッフィン島アリューシャン列島

高原ラブラドル

中央平原

フロリダ半島

ニューヨークオタワ

ワシントンD.C.

モントリオール

サンフランシスコ

カルガリー

ロサンゼルス

アンカレジ

ラスヴェガス

北極圏

*丸数字は写真番号を示す

カリメア 合 衆 国

アメリカ合衆国

カ ナ ダ

シカゴ

ニューオーリンズ

マイアミ

シアトル

グランドキャニオンカリフォルニア半島

0 1000km

02005001000200030004000

陸高(m)

氷雪地

❹アングロアメリカの自然環境図3 アングロアメリカの自然環境 『新地理A』p.123

図4 アングロアメリカの鉱工業 『新地理A』p.128

返しにある大量生産・大量消費・大量廃棄は,自然・社

会環境の破壊と背中合わせであることを生徒にも気づか

せたい(教科書1部4章「地球的課題と私たち」)。

 プレーリーでの大規模な機械を導入した企業的耕作が

土壌侵食を招き,流出した土壌はミシシッピ川河口に猛

烈な勢いで堆積して鳥趾状三角州を形成する一因にも

なっている。これによりニューオーリンズなどの沿岸の

都市では高潮被害が増加し,2005年のハリケーン・カト

リーナではメキシコ湾岸の油田が被害を受け,原油価格

の高騰を招いた。

 また,U.S.A.での大量消費をまかなうため農業企業がブ

ラジルをはじめとするラテンアメリカ諸国で,牧場や油

脂原料のパームやし,コーヒー,さとうきびなどのプラ

ンテーションを乱開発することによる森林破壊も発生し

ている。

 教科書p.129で述べられているオイルサンドやシェール

ガスは,大消費地域での生産拡大により石油・天然ガス

の国際価格の高騰の歯止めになっている一方で,温室効

果ガスを排出する化石燃料であることには変わりがない。

 大企業主導のもと,経済の合理化や多文化共存の名目

の下での世界の画一化も“社会環境問題”として懸念される。

●今後の国際社会でのアングロアメリカの役割は? 日本も中国も経済的に発展しているのはアングロアメ

リカへの輸出額が大きいからであり,日本人がおなかいっ

 U.S.A.の重工業は北東部

〔スノーベルト(フロストベル

ト)〕において,スペリオル湖

西岸のメサビ鉄山やアパラチア

山脈から産出される石炭を背

景に鉄鋼業が発達した。五大

湖の水運もあいまって,エリー

湖岸のデトロイト(自動車),

コーンベルトをひかえたミシガ

ン湖岸シカゴでの農業機械生

産がさかんになったが,メサ

ビ鉄山の枯渇や重工業の衰退

によりラストベルト(さびた地

帯)ともよばれるようになった。

アングロアメリカの資源と工業地域の

立地をとらえてみよう

16 地理・地図資料  2017年度 2学期①号 17地理・地図資料  2017年度 2学期①号