日本語教育における「情意表現」習得理論と 教授法への応用 ... · 2012. 6....

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Journal CAJLE, Vol. 12 (2011) 116 日本語教育における「情意表現」習得理論と 教授法への応用―擬情語を中心に― 馬場 順子 サウスカロライナ大学 要 旨 本稿は日本語教育における情意表現の指導法について論じる。情意表 現は広義の意味での語気の強弱やニュアンスにより、話者の意思や態度な どを表す主観的な言語表現である。本稿では情意表現の習得過程の仮説を 提示し、例としてオノマトペの擬態語の一部である擬情語を中心に論じ、 上記仮説にもとづき授業を実践した際の結果報告を行う。擬情語は内面的 な心理状態を示し抽象性が高いため、外面的な具象性の高いその他の擬態 語とは異なるものとして分類する。擬情語の学習にはコンテキストは必須 であるが、さらに(1)シナリオ上の対人間の摩擦を含む劇的な場面やそ の展開、(2)絵コンテの中の登場人物の表情の誇張、(3)学習者の登場人 物への感情移入しやすいストーリーの設定などが、擬情語を記憶する際に 効果的であることが観察された。情意表現習得の理論体系に関しては、認 知心理学や SLA 理論、及びドラマ演出理論の見地から外国語学習者の情 意表現の習得プロセスを仮定し、学習者からの実践授業後のフィードバッ クを含めて考察する。 1. はじめに コミュニカテブメソッドが外国語教育の主流となり、実際のコミュニ ケーションで使える言語能力の必要性が強調されてきたにも関わらず、日 本語教育においては未だに知識偏重型の教育が行われており、学習者に対 する積極的な情意表現の指導は軽視されてきたのではないだろうか。情意 表現とは「話し手の主観的な働きかけ」を言語上表すこと(松村 1971: 324)と定義されている。本稿ではさらに、語気の強弱やニュアンスなど

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116

日本語教育における「情意表現」習得理論と

教授法への応用―擬情語を中心に―

馬場 順子

サウスカロライナ大学

要 旨

本稿は日本語教育における情意表現の指導法について論じる。情意表

現は広義の意味での語気の強弱やニュアンスにより、話者の意思や態度な

どを表す主観的な言語表現である。本稿では情意表現の習得過程の仮説を

提示し、例としてオノマトペの擬態語の一部である擬情語を中心に論じ、

上記仮説にもとづき授業を実践した際の結果報告を行う。擬情語は内面的

な心理状態を示し抽象性が高いため、外面的な具象性の高いその他の擬態

語とは異なるものとして分類する。擬情語の学習にはコンテキストは必須

であるが、さらに(1)シナリオ上の対人間の摩擦を含む劇的な場面やそ

の展開、(2)絵コンテの中の登場人物の表情の誇張、(3)学習者の登場人

物への感情移入しやすいストーリーの設定などが、擬情語を記憶する際に

効果的であることが観察された。情意表現習得の理論体系に関しては、認

知心理学や SLA 理論、及びドラマ演出理論の見地から外国語学習者の情

意表現の習得プロセスを仮定し、学習者からの実践授業後のフィードバッ

クを含めて考察する。

1. はじめに

コミュニカテイブメソッドが外国語教育の主流となり、実際のコミュニ

ケーションで使える言語能力の必要性が強調されてきたにも関わらず、日

本語教育においては未だに知識偏重型の教育が行われており、学習者に対

する積極的な情意表現の指導は軽視されてきたのではないだろうか。情意

表現とは「話し手の主観的な働きかけ」を言語上表すこと(松村 1971:

324)と定義されている。本稿ではさらに、語気の強弱やニュアンスなど

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の言語上の表現を含め、語彙・文法・談話の全ての言語レベルを包括した

ものまで広げて、情意表現とする。例として、語彙レベルでは、強調や躊

躇など話者の語気の強弱を表すものがあり、文法レベルでは、倒置構文や

迷惑受身などがあり、談話レベルでは話者と聞き手との心理的な距離の調

節を図る丁寧度の切り替えなどがある。

オノマトペは言語によって表出される情意表現の一つである(Ochs &

Shieffelin 1989: 14; Besnir 1990: 494)。日本語の場合は語気の強弱を表す

だけではなく、感情のニュアンス、さらには心理状態や意思及び態度を表

すという重要な役割がある。一般的にオノマトペは、実際の音を言語化し

た擬音語と、音を伴わない状況や状態などを言語化した擬態語とに大きく

二分類されることが多い(1)。本稿においては、この擬態語の中でも、何ら

かの経験に起因する心理状態を表し(2)、形態統語上、サ行変格(以下サ変)

の「―する動詞」や形容動詞の「―だ形」をとることが可能であるものを、

擬情語として定義する。

日本語のオノマトペは日本語特有の「生き生きとした臨場感のある、微

妙な描写を実現」している(田守・スコウラップ 2005)。特に擬情語は

日本人の日常生活に欠かせないことから、日本人と日本文化の理解に重要

であると指摘されている(Hasada 2001: 217)。このことからも、擬情語

をはじめとするオノマトペは日本語教育おいて重要な学習項目と言える(3)。

しかし、英語圏の日本語学習者にとっては英語にもある擬音語以外は比較

的理解が難しい点に加え、一般的に英語ではオノマトペが幼稚な表現だと

認識されている。そこで、日本語の場合は、オノマトペが大人の日常会話

に使われるだけでなく、「文学作品、新聞、雑誌等に幅広く用いられてい

る」(同上)という事実を踏まえた上で、コンテキストの中で指導をする

必要があると考える。

本稿では、情意表現を言語学、認知心理学、そして演劇理論の観点から

論じると共に、情意表現の一つであるオノマトペの習得プロセスを提示し、

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このプロセスにもとづいて作成された教案を実践した授業の結果報告を行

う。

2. 情意表現

2.1 情意表現の分類

社会言語学や文化人類言語学における異文化コミュニケーションの分野

では、感情表現をはじめとする情意表現は社会的な制約を受けるという観

点からの研究がなされてきている(Irving 1982; Ochs & Shieffelin 1989;

Besnir 1990 他)。Ochs & Shieffelin (1989: 7)は affect(情意)を“feeling,

moods, dispositions, and attitudes associated with persons and/or situations”と定

義し、さらに、“linguistic expression of affect”(情意表現)を「話者が社会

的コンテキストの制約の中で対話の相手や状況を判断した上で、その場に

ふさわしい感情や態度を言語により表す表現」としている。

また、このような情意表現には、(1)語気の強弱機能(intensifier)、

ならびに(2)話者の喜怒哀楽の感情や微妙な意図などのニュアンス機能

(specifier)といった二種類の機能があるとしている。語彙レベルにおけ

る(1)の例としては、「本当に」などの強調語や「~けど…」のような

躊躇(hedging)を表す語句により話者の語気の調整を図るものがあり、

(2)の例としては、話者のなげやりな態度を表す「どうせ」などがある。

情意表現は語彙レベルにとどまらず、形態統語的レベルでは、「食べて、

これ!」のような倒置構文や「妻に逃げられた」などの日本語特有の迷惑

受身がある。また、談話レベルの情意表現としては、話者が聞き手との心

理的な距離を状況に応じて調整するために行われる敬語とくだけた表現の

間での切り替え(code switch)などがあげられる(Dunn 1999; Oochi

1999)。

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心理学の分野では、「感情」とは「喜び、悲しみ、怒り、憎しみといっ

たような体験」と定義されている(外林他 1989)。ゆえに本稿では、喜怒

哀楽などの心理状態そのものを示す場合を「感情表現」とする。

2.2 オノマトペと情意表現

ここで、オノマトペがいかに情意表現たりうるかに焦点をあてて論じる

ことにする。オノマトペは一般的な語彙と異なり、基本的には音や外に現

れる状況や様子などを描写する働きがある。さらに、「音象徴」(sound

symbolism)として扱われることからメタ言語的特徴(田守・スコウラッ

プ 2005: 75)があるとされている。音象徴とは、音声が「特定の語句がも

つ固有の意味とは別の象徴的な意味」と定義される(同上、2005:7)。音

楽が聞き手の心の中に特定の感情を喚起することは実証されているが(山

崎 2009: 222)、同様にオノマトペの音象徴において、種類の異なる音素

が、快・不快などの感じ方を刺激し聞き手の感情を喚起することが考えら

れる。例として、母音/e/の音素を含む「ケッケと笑う」や「ゲーゲー吐く」

などの擬音語は下品さ(vulgarity)を表すことが多いとされる (Hamano

1998: 79)。

筧(1993: 39)はオノマトペの言語上の特徴として、(1)意味的には

「抽象度が低い」、(2)統語的には「他の要素より切り離された形をと

り、その意味では間投詞に似たところがある」という二点を挙げている。

このように一般的な具象性が高いオノマトペは「引用として括弧内にはい

るか、引用を示す助詞の「と」をとることが多い」としている。しかし、

一方で抽象性の高いものも存在し、それらは形態上、サ変の「―する動詞」

や形容動詞としての「―だ形」をとることが可能であり、その過去形の

「―した」や「―だった」のように、「時制の変化を示す活用」ができる

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としている。前者の例では「動き様態の副詞」(4)としての擬音語や擬情語

以外の擬態語が挙げられ、後者の例には擬情語が挙げられる。

オノマトペは一般に動作を伴う動詞を形容することが多いと報告されて

いる(Hamano 1998: 12)。この用法は「動き様態の副詞」として用いら

れる擬音語や擬情語以外の擬態語に多く、これはジェスチャーとの併用も

多いということとも関係があると考えられる(Kita 1997: 392-394)。例と

して、「バタンと戸を閉める」の「バタン」という擬音語や「ぺこりとお辞

儀をした」の「ぺこり」という擬態語などは、助詞「と」を伴って動詞を

修飾する「動き様態の副詞」であり、各々「共起性のある動作を強調する

働きがある」(Martin 1975: 1025)とされている。

他方、擬情語は心理状態(怒り、心配、喜び、驚き他)を示し、怒り方

でも「いらいら」、「かんかん」、「むかむか」などのように怒りの程度

により微妙なニュアンスの違いを表すことが可能である。感情は表情や態

度に表れることもあるが、たいてい外からは観察しにくい場合が多いから

抽象性が高い。上記の擬情語は「いらいらする」、「かんかんだ」や「む

かむかする」のようにサ変の「―する動詞」や「―だ形」を伴う形容動詞

や、さらには、その過去形などの時制を表すことが可能となる。

羽佐田(2005)は擬情語に関し、心理状態が内面だけに現れる場合と、

心理状態が身振りその他の身体的反応として外に現れる場合とでは、統語

上の違いが見られるとしている。内面のみの心理状態の場合は、「―する」

の形でしか表されないものが多いのに対し、外に現れるものに関しては、

「と」を伴って「『副詞的』に述語を連用修飾することが多い」(羽佐田

2005: 192)としている。例として、「そわそわと身支度する」などの例

を挙げているが、「そわそわする」のように「―する」の付随が可能であ

るため基本的には擬情語として分類できるとしている。ここで注意すべき

ことは、擬情語とは違い、心理状態が動作を伴って外に現れる場合に限る

その他の擬態語、例えば「とぼとぼと歩く」の「とぼとぼ」などは意気消

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沈している心理状態を歩き方で表すが、「―する」や「―だ」の形にはな

らないという点である。(*とぼとぼする。*とぼとぼだ。)

最後に、オノマトペの分類の際には、同一のオノマトペが擬音語・擬態

語及びその一部の擬情語として用いられることが可能な場合がある点に関

しても注意が必要である。筧(1993)は、同一のオノマトペが具象から抽

象への比喩的な転移はあるが、その逆はないとし、擬音語から擬態語、さ

らには擬態語の中でも擬情語の用法への比喩的な転移が考えられるとして

いる。例えば、缶をたたく騒音として擬音語である「カンカン」は、擬態

語の中でも「かんかん照り」から、さらに「親父はかんかん」などの擬情

語にもなる。これは怒りに伴う騒音や太陽が灼熱化する様子が、赤面して

怒る様子への描写として比喩的に使われて擬情語へと発展したものと考え

られる。

以上の点から、本稿では、擬情語とはコンテキストの中で心理状態、意

思や態度などの意味として解釈ができると同時に、形態統語上において、

サ変「―する動詞」や形容動詞として「―だ形」をとることが可能となる

オノマトペである点を考慮に入れて分析する。

3. 情意表現の習得理論における仮説

ここで、情意表現の習得を SLA の点から考察してみたい。特に学習者

の情意面に焦点を当てて論じる。

学習の予備段階において、学習者がリラックスした状態で、心理的な障

壁も低くなっている方がインプットが成功しやすいとする情意フィルター

(affective filter)仮説(Krashen 1982)は学習の予備段階の外国語不安

(Horwitz & Young 1991)を軽減する学習条件としては妥当だと考えられ

る。

実際の学習においては、教師が学習者の情意面に積極的に働きかけるも

のとして、Schmidt の「気づき仮説(noticing hypothesis)」等がある。

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Schmidt(1995: 20)は、気づき仮説を“what learners notice in input is what

becomes intake for learning”と定義し、インプットの中で学習者が「気づ

いた」点が習得されると考えている。この「気づく」という、意識化する

行為は、ドラマ演出理論や認知心理学上で議論されている感情が記憶にお

いて果たす役割に関する「感情記憶(emotion memory)」の理論とも一致

するものであり、詳細は後述する。

小柳(2004: 144)は、SLA の言語習得のメカニズムを学習者の情意面

に注目した動機付けと認知的レデイネスを含めて「インプット→気づき→

理解→インテイク→統合→アウトプット」というフローチャートで示して

いるが、この図式を簡略化したものに予備段階を付け加え、「学習予備段

階」、「インプット段階」、「アウトプット段階」の三段階に分けて考察

する(表 1)。

表 1 情意表現の習得プロセス

予備段階 インプット段階 アウトプット段階

リラックス 感情移入 → 感情記憶 情意表現練習

表 1 に示すように、予備段階ではまず外国語に対する不安をなくし、リ

ラックスすることが与えられたインプットを習得につなげる前提となる。

次にインプット段階において登場人物間の軋轢や摩擦が刺激となって感情

が自然と沸き起こり、登場人物への感情移入をとおして情意表現が習得さ

れると考えられる。

アウトプットの段階では、学習者が同じ話を土台にしてロールプレイや

即興ドラマを演じたりする活動が考えられるが、教室外でも実際に情意表

現が使用可能になるために、この段階では学習者が社会的にも状況的にも

相応しい情意表現ができるように、適切な指導がなされるべきだと考える

(5)。

表 1 で提示した情意表現の習得プロセスは役柄への感情移入及び感情表

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現が中核となる演出理論からヒントを得たものである。次章では、この演

出理論について考察を行う。

4. ドラマ演出理論と感情について

まず予備段階でのリラックスであるが、役者も舞台での緊張を避けるた

めに種々のゲームや発声法などを用いリラックスするトレーニングを行っ

ている(Spolin 1986)。

演技の良し悪しは役者が役柄を演じる際、暗記したセリフを用いた上で

いかに自然に感情を表現するかが決め手となるため、演出理論では役柄の

感情表現に焦点をあてている。まず、演劇の土台となる脚本には、感情表

現が自然となるコンテキスト、さらには登場人物間の摩擦がドラマには不

可欠である点を論じる。次に役者の演技の中核となる役柄への感情移入の

方法についての主な演出理論を以下に紹介する。

4.1 ドラマのコンテキストと感情

平田(1998: 182)は劇作家の立場から、状況その他のコンテキストの

設定がドラマの演出にとって非常に重要であることを強調し、「話者は環

境によって話をさせられている」と述べている。橋本(2003: 48)も「コ

ンテキストのない文に感情をくっつけることはできない」とし、感情を伴

うコンテキストは「話者と相手との関係性によって構築される」としてい

る。

さらに、Way(1966: 192-193)は対人間の摩擦はドラマの基本であると

し、DiPietro(1987)は、特に日常的に起こり得る利害関係の対立などを

含むトラブルを“struggle between the intension of one role and another”として、

ドラマに不可欠な要素であるとしている。このような緊張を伴う劇的な場

面は、最も感情が高まるシーンであるため、役者にとっても感情を誇張し

た言語表現によって台詞が覚えやすく、また役柄を演じやすくなるとして

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いる。この見解は、強い感情を伴うエピソードは記憶に残りやすいという

ものであり、現在脳科学の分野でも盛んに研究が行われ実証されてきてい

る(6)。

4.2 ドラマ演出理論と感情移入

Konjin(2000: 85)は、役者にとっては役柄への同一化や感情移入が不

可欠だとしているが、ここで感情移入に関する二大理論として、(1)行

動が先行して感情がそれに伴うとする Stanislavsky の理論と、(2)役者

が自分の過去の感情記憶に重ねて演じる役柄に感情移入を行うとする

Strasbergの理論を紹介する(7)。

Stanislavsky の行動主体の感情喚起方法は行動が感情に先行するという

認知心理学の James-Lange 理論に基づくもので、森で熊に出会った時必死

で逃げ切ったあとに怖かったという感情が沸くのである、といった例を挙

げている(Kase-Polisini 1988: 72-73)。現在、この理論は行動や体調が感

情に影響を及ぼすという点において脳科学の分野で実証されている

(Lang 1994)。SLA 理論及びその実践分野では、TPR(Total Physical

Response)で知られる Asher(1969)や Lindstromberg & Bores(2005)ら

による、体で覚えた記憶は持続するという実証実験の結果報告があるが、

体を動かすことで感情を刺激し記憶促進につながると仮定すれば、この記

憶促進に感情も貢献していると言える。また上述の行動に伴う様態副詞と

しての擬音語や擬態語の習得過程を考える上で、この体を動かすことによ

る記憶の促進という現象が参考となる。

感情移入の第二の方法として、Strasberg は、役者自身の過去の感情記憶

(affective memory)の再生も役柄への感情移入に不可欠だとしている

(Schickel 2005: 12)。LeDoux(1996: 212-213)は、脳科学の分野において

も疑似体験などが、過去の感情と一致した場合に記憶として残りやすいと

して、Strasberg の感情記憶の理論に共通した見解を科学的に実証している。

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この感情記憶のコンセプトを情意表現の教材として用いるコンテキスト

に応用すると、学習者が過去の自分の感情経験を想起し登場人物に感情移

入しやすいように学習者の生活に即した日常性の高いストーリーであるこ

とが情意表現の記憶促進に必要であると考えられる。

5. 実践報告

この章では、情意表現としてのオノマトペを取り入れた授業の実践報告

を行う。この際、用いた教案は、Baba(2011)で述べている教育ドラマ法

(8)を応用したオノマトペワークショップを通して、習得困難と判明した擬

情語の学習を中心に作成した。通常の日本語教育の現場において時間やス

ペースといった物理的な制限がある中でどうすれば効率的にオノマトペが

教えられるかという点についても工夫を行った。

本研究は、前述の情意表現習得における仮説を前提にしたが、インプッ

トの段階のみの実践報告とする。

5.1 方法

5.1.1 教案及び指導法

実践にあたりストーリーの脚本には、絵コンテと群読を併用した。絵

コンテは映画やアニメ等で用いられるビジュアルな台本でシーンのカット

やストーリーの展開、場面や役者の動きなどを漫画のコマのような形で表

しているものである。

「群読」とは「群れによる声の文化」とされ(家本 2001: 12)、脚本化

した文学作品などを複数でリズムにのってチャンツする(9)「言葉の合唱」

である。「朗読と演劇をつなぐ一種の中間芸術」(同上、2001: 9)とも

解釈されている。現在日本の初等中等教育で国語教育の活性化を目的とし

て導入されているが、皆でリズムにのって大きな声を出すことが気持ちを

リラックスさせるとの指摘もある(同上、2001; 重水 2008)。「群読」

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は学習者の意思や感情を表現できるので、クラス全体で行う「喜怒哀楽の

表現形式として最適」だとされている(家本 2001: 9)。

本稿では、同じ群読の脚本(資料 3 参照)を教師主体の導入時、その後

の学生同士の練習時の両方に用いた。導入の段階では絵コンテを併用しな

がら教師がナレーション部分を読み、オノマトペの箇所については、クラ

ス全体が教師の後に続きリズムにのってチャンツする形をとった。練習段

階では学生同士でペアを作り、上記と同じ方法で一人がナレーション部分、

もう一人がオノマトペを含むコーラス部分をチャンツする練習を交互にさ

せた(10)。前述の「気付き」仮説も考慮に入れて、コーラス部分のオノマト

ペの繰り返し部分をジェスチャーや顔の表情をつけて強調することで感情

を入れながら自然とオノマトペの習得ができるように留意した。作成した

ストーリーは若者が誰でも経験しそうなありふれた日常の一コマを心理ド

ラマ風にしたものである(プロットは以下参照)。

失業中の青年尚(なお)がまたもや職探しに失敗してとぼとぼと帰途

に着く。途中、雷雨に見舞われて散々な思いをして、一人住まいのア

パートに戻る。父親を恐れながらも、仕方なく再度両親に電話をして

送金を頼もうとする。しかし、度重なる借金の要求で機嫌の悪い両親

との間が張り詰めた雰囲気となり、結局は断られてしまい絶望的な気

分になる。最後にふといいアイデアが閃いたところで話が終わる。

先行研究(Baba, 2011)におけるワークショップでは、擬情語の再生率

が悪かったため、今回の実践には登場人物間の摩擦を必要に応じて追加し

た。例えば、前回の実践では、「うんざり」や「がっかり」という感情を

学習者に印象づけるには、失業中の尚が今日も仕事が見つからずに「がっ

かり」と肩を落として「とぼとぼ」と歩いていくという英語のナレーショ

ンを与えたが、それだけでは、インパクトが弱かった(資料 1 参照)。そ

こで、このシーンの前に、今回は登場人物間の衝突を冒頭に追加した。尚

は仕事を探しにある店に立ち寄るが、またもや店長から「結構です」と門

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前払いをくらう。何度も失敗して仕事探しはもう「うんざり」という感情

が生じる因果関係を絵コンテにおいても明らかにした(資料 2 参照)。

さらに、絵コンテの中の登場人物の表情を誇張するとともに学習者には

群読の際に自分の顔も表情を誇張するよう指導するなどの改良を試みた。

5.1.2 被験者・評価方法

今回の実践は、アメリカの大学で、日本語を約 250 時間受講している日

本語学習者 10 名(男 4 名、女 6 名)を対象に行った。授業終了直後と二

週間後の二度、導入したオノマトペを書き出すよう指示した。この再現テ

ストは予告せずに実施し、その結果を「再生率」として、その数値の比

較・分析を行った。宿題及び暗記は一切強要されていないため、再現テス

トの結果は、授業中の口頭練習のみで自然と記憶に残ったものによると考

えられる。さらにデータを補うために匿名によるアンケート調査(資料 4

参照)を 9 名に行った。

5.2 分析

本稿で使用した絵コンテ(資料 3 参照)のストーリーに含まれるオノマ

トペは、表 2 に示すように合計 34 語である。但し、今回新しく加えた擬

態語のうち擬情語 4 語(かっか、がっくり、びっくり、にっこり)とその

他の擬態語(きっぱり)は比較対象がないため、以下、前回のワークショ

ップの結果との比較分析における統計には含めない。

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表 2 オノマトペ導入語(11)

種類 オノマトペ 異なり語数

ピポパピポ・コチコチ・パラパラ・しーん・カチャ

・ひそひそ・バタン・ポツッ・パッ・しとしと・

ゴロゴロ・ザーザー

12

かっか・びくびく・ぎくっ・おどおど・いらいら・

ムッ・がっくり・ぼんやり・にっこり・どきどき・

うんざり・がっかり・びっくり

13

ジー・ジロッ・ピカッ・だらだら・とぼとぼ・チラ

ッ・さっさ・きっぱり・ガーン

9

次に、同じストーリーから抽出されたオノマトペの再生率を、先行研究

のワークショップ練習直後、及び今回の実践直後、そして二週間後の比較

を表 3 に示す。

表 3 オノマトペの再生率の比較

擬音語 擬態語

再現テスト 擬情語 その他

ワークショップ直後 55.5% 14.3% 81.3%

授業直後 80.8% 71.3% 85.0%

授業の二週間後 79.8% 36.7%. 58.5%.

まずワークショップと授業直後の再生率を比較すると全体的に今回の授業

後の再生率の方が高いことがわかる。動作が伴いやすい擬情語以外の擬態

語は、どちらの結果においても最も再生率が高く、両者にほとんど差がな

かった(前回 81.3%、今回 85.0%)ことから、ジェスチャーなどを取り入

れた擬態語の練習が効果的であったと言える。擬情語はワークショップ直

後と比較し 57%の著しい増加率(前回 14.3%、今回 71.3%)が見られたこ

とから、登場人物間の摩擦などの場面設定の追加や絵コンテ上の表情の誇

張など今回の改良点の効果が得られたと考えられる。

アンケート調査(資料 4 参照)においても、この「登場人物間の摩擦や、

絵コンテ上の登場人物の表情の誇張などが、擬情語を理解し記憶する上で

役立ったか」という質問に対して「役に立ったと思う」または「たいへん

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役に立ったと思う」との回答が全体の約 90%を占めた。一方、単に

「『強い感情』を表す語は覚えやすいか」という質問に対しては「覚えや

すい」との回答は 66.7%にとどまり、劇的な場面によって引き起こされる

強い感情表現が必ずしも習得を促進するとはかぎらないようだと言える。

ここで、さらに前回と今回に共通して導入した擬情語9語について考察を

行ってみる(表 4 参照)。

「ガーン」という語で表される強い衝撃を受ける様子を示す擬態語は先

行研究のワークショップ直後と今回の実践直後ともに(前回 57.1%、今回

90%)最も再成率が高かった。但し、今回、登場人物間の摩擦や表情の強

調を行った結果、「うんざり」(90%)も高い再生率を記録し、「どきど

き」「びくびく」「いらいら」など登場人物間の対立が原因で生じる、緊

張感や不安、苛立ちなども 80%の高い数値を示している。比較的弱い感

情表現である「ぼんやり」「おどおど」「ムッ」といった擬情語も表情を

加えるなどの改良により 70%まで上昇が見られた。

表 4 擬情語の再生率の比較

擬情語

ワークショップ

直後(%)

授業

直後(%) 二週間後(%)

1 がっかり 28.6 40 10

2 うんざり 14.3 90 50

3 びくびく 14.3 80 10

4 いらいら 0 80 60

5 おどおど 0 70 20

6 どきどき 14.3 80 40

7 ぎくっ 14.3 60 40

8 ぼんやり 14.3 70 60

9 ムッ 28.6 70 40

平均 14.3 71.3 36.7

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アンケート調査の結果では、登場人物への感情移入による疑似体験が擬

情語の学習に役立ったとの回答が 77.8%あり、お金をめぐっての親との対

立というケースはよくある話(“I’m sure most teens have experienced it.”)

だから共感が持てるという意見もあった。オノマトペの中でも特に擬情語

のように単に意味だけでなく、共感することがある点で他の単語より学び

やすいという意見もあった(“It involved thinking about more than just the

meaning . . .”)。また、「学習後に日常生活の中で、似たような感情を経

験した時に擬情語を思い出したか」という問いに対しては 66.7%が「ある」

と答え、中でも「ガーン」や「ムッ」のような擬情語を含む擬態語は単に強い

感情を伴う語であるというだけでなく自分自身の生活の中でもよく経験す

ることのある感情だ、というコメントもあった(“They are most dramatic

and also most applicable to my life.” )。

これらのコメントから、擬情語の体得には、以下の条件が必要と考えら

れる。まず、(1)学習者がストーリー中の登場人物へ感情移入ができる

こと。さらには、(2)実際の生活の中で学習者が、自分の感情に擬情語

がマッチする経験を有し、そのために擬情語を自然に使えるようになるこ

とである。これらの条件が満たされて初めて、擬情語が体得できると解釈

できる。絵コンテ上の登場人物の表情の誇張、グループで音読する群読、

ジェスチャーを伴った感情表現の反復練習などの学習効果に関しては、絵

コンテ(88.8%)、群読(77.7%)、ジェスチャー(66.7%)の順で各々

「暗記に役立ったと思う」という結果が得られたことからも、その効果が

明らかになった。

前掲の表 2 にあるように二週間後に行った再現テストの結果を見ると二

週間後(39.3%)でさえ擬情語の再生率は先行研究のワークショップ(Baba,

2011)の練習直後(14.3%)より 22.4%高いことから、今回の実践におけ

る教案の改良が持続的な記憶にも効果があったと言えるのではないだろう

か。但し、前掲の表 3 にあるように二週間後に行った最終テストの結果を

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見ると、擬音語の再生率は授業直後とほぼ同じで 1%の減少にとどまって

いるのにも関わらず、擬態語は共に 30%前後(擬情語 34.6%、その他

32.9%)の大幅な減少が見られる。今後の課題としては擬音語同様に擬態

語を長期記憶に持っていくことができるかどうかという点にある。

6. まとめと課題

本稿では、SLA 理論を参照しながら、ドラマ演出理論及び認知言語学、

そして脳科学で用いられている理論を基に、情意表現の習得プロセスを提

示し、その例としてオノマトペの中でも擬情語を中心とした授業の実践報

告を行った。

実践報告では心理状態を示す擬情語習得の問題点とその改良点を、演出

理論と認知心理学の見地から感情喚起や登場人物への感情移入など学習者

の感情面に焦点をあてて教案を改良し、その改良の効果を得て、本稿仮説

が立証できた。実践から明らかになった点として、ストーリーを構築する

上においての留意点は、(1)登場人物間の摩擦が必須であること、(2)

絵コンテの中の登場人物の表情を誇張して表現すること、(3)学習者が

感情移入しやすいような馴染みのあるストーリーの構築が感情記憶の推進

につながるということがあげられた。

最後に、「情意表現」を外国語教育に導入することで、より普遍的な人間

味のあるコミュニケーションが可能となり異文化理解が深まるのではない

だろうかと考える。本稿はインプット段階に重点を置いた擬情語を中心と

したオノマトペの授業における実践報告であった。アウトプット段階でい

かに学習者が社会的コンテキストや状況に応じて適切な情意表現が使える

ようになるかという点が今後の研究課題と考える。

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* 本稿は 2006 年にカナダのヴィクトリア大学で開催された Performing

Language: International Conference on Drama and Theater in Second Language

Education(第二外国語教育におけるドラマと演劇国際学会)での発表をき

っかけに、2009 年 International Linguistics の学会での二度にわたる発表の一

部にアクションリサーチを重ねた結果にもとづいている。この研究のきっ

かけを提供してくださった学会主催者である野呂博子先生、キーノートス

ピーカーである平田オリザ先生や発表者の橋本慎吾先生に感謝の念を表し

たい。執筆にあたり、査読者の先生方、またきめ細かな校正にあたってく

ださった編集担当の先生方各位の貴重なご意見やアドバイスには感謝の念

に耐えない。

1. オノマトペの分類に関しては、研究者によってもかなりのばらつきがある

との指摘があるが、詳細は羽佐田(2005)を参照。オノマトペの表記に関

しては、一般に擬音語はカタカナで書かれることが多くそれ以外はひらが

なも用いられるが、表記は一定していないとされる(松村 1971: 157)。

2. 影山(2006: 83-84)は擬情語(がっかり・びっくり・ひやひや・いらいら)

は「主語が被る特定の心理状態の様子を表現する」とし、この主語は経験

者(EXPERIENCER)であるとしている。

3. Makino & Tsutsui(1986: 50)はオノマトペを日本語の単語学習の一部として

学習することが不可欠(vital importance)であるとし、守山(2006)にも日

本語能力試験の一級と二級にオノマトペが約 60 語出題されているとの報告

がある。日本語学習におけるオノマトペの重要性を英語圏の学習者に明確

に伝えることは重要である。

4. 仁田(2002: 36) はこのような副詞を「動き様態の副詞」と仮称し、「ゆっ

くり下がる」などの例を挙げ以下のように説明している。動きの展開過程の

局面を取り上げ、それに内属する諸側面[例:ゆっくりなど]のありよう

を言及することによって、事態の実現のされ方を限定し特徴づけているも

のである。これが典型的で代表的な様態の副詞である。

5. アウトプットに関する社会言語的要因の考察に関しては、Baba(2003)を

参照。なお教授法への応用に関しては今後の課題とする。

6. エピソード記憶に関しての詳細は Christison(1999: 8)を、脳科学の研究に

おいては Bower(1981)の「感情記憶(emotion memory)」を参照されたい。

7. Konstantin Stanislavsky(1863-1938):演出家・役者・作家、また Moscow

Art Theatre の共同創立者であるロシアの演出家である。過去の人為的な演劇

理論を否定し、リアルで心理的な演劇理論を推奨した。1923 年にアメリカ

に移住した後もこの演劇理論を実際の演劇に応用した。Lee Strasberg を始め、

現代演劇の演出理論は Stanislavsky の理論から派生していると言える。Lee

Strasberg(1901-1982):演出家。ポーランドに生まれ 7 歳でアメリカに移

住。その後時をおかずして演劇に興味を持ち始めアメリカ実験劇場等で演

劇の勉強をする。特に 1948 年設立の Actors Studio における活動が有名であ

るが、この活動の中で彼は Stanislavsky の演劇理論をさらに発展させ、役者

自身の内面の感情喚起に注目した演劇方法論を確立した。彼の指導のもと

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に、ハリウッドスターになった役者は数多い(Bordman & Hischak 2004 参

照)。

8. 教育ドラマ法はアメリカやイギリスの初等教育で文学その他の科目の読み

書きの理解を深める目的として考案された教授法である。舞台を目標にす

る演劇とは違い、演劇の創作プロセスに重点を置き、教師を中心とした、

ゲームやパントマイムなどのウォーミングアップの後、教師が中心となっ

て進めるアドリブで行うドラマを生徒が一緒に演じる。文学作品または他

の科目の理解を深める目的で考案されたものである。詳細は Baba(2011)

を参照のこと。

9. 英語教育では、「ジャズ・チャンツ」の形で定着し、その提唱者は C.

Graham とされている。ジャズ・チャンツは『英語教育用語辞典』(白畑他

2009)において「リズムに合わせて、英語のイントネーションや強勢、リ

ズムを自然に学習させようとする指導法」と定義されている。これは、単

調なメロデイーが多い点で、歌とは異なる。

10.教師の後について学生一同が繰り返す群読は「やまびこ読み」(重水 2008)

と呼ばれ、ペアを組ませての群読は「二人読み」(家本 2005)と呼ばれる。

「やまびこ読み」では、資料 3にある群読のソロ部分をまず教師が読み、オ

ノマトペの繰り返し部分を複数の学生がコーラスするという形をとった。

「二人読み」では学生の一人がソロ部分を、もう一人がオノマトペの繰り

返しの部分を読むという形をとった。

11. 「ピポパピポ」はプッシュホンや携帯電話のタッチ音で、「コチコチ」は

柱時計などの時計の音を示す。「がっくり」は、広辞苑(新村(編)1991)

に「張り詰めた気持ちが急にゆるむさま。また、落胆するさま」と定義が

あり、その用法にも「子に死なれてがっくりする」や「がっくりだった」

(山口 2003)の例があるように、「-する動詞」や「-だ形容動詞」の形

をとれるため、擬情語として扱う。「ガーン」は精神的に打撃を受ける様

子を示すものの、心理状態そのものを表してはいないため、擬情語以外の

擬態語として扱う。

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くろしお出版

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資料 1 絵コンテ#1(ワークショップ用)

資料 2 絵コンテ#2(追加部分例)

イラスト Cassandra Wedeking Copyright©2009 Junko Baba

資料 3 「群読やまびこ読み」「二人読み」の例

ナレーター コーラス

1 店長はきっぱり言いました。 きっぱり、きっぱり、きーっぱり

2 それからドアがバタン! バタン、バタン、バターン!

3 もう、仕事探しはうんざりだ! うんざり、うんざり、うーんざ

り!

4 今度はいいと思ったのに

がっかりだ。

がっかり、がっかり、がーっかり

5 それから尚はとぼとぼと歩いて

く。

とぼとぼ、とぼとぼ、とーぼとぼ

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資料 4 アンケート調査

A. How much do you agree/disagree that each of the following were effective in your

Learning of Japanese Mimetics?

1. Manga storyboard. in sequence: (1) Strongly Disagree (2) Disagree (3) Neutral (4) Agree (5) Strongly Agree

2. Gestures and facial expressions: (1) Strongly Disagree (2) Disagree (3) Neutral (4) Agree (5) Strongly Agree

3. Chanting repetition with the instructor and your partner in the introductory learning:

(1) Strongly Disagree (2) Disagree (3) Neutral (4) Agree (5) Strongly Agree

B. How much do you agree/disagree with the following elements that helped you to

empathize with characters and to better understand/remember EMOTION MIMETICS?

1. Conflict between characters

(1)Strongly Disagree (2) Disagree (3) Neutral (4) Agree (5) Strongly Agree

2. Dramatic expression of the face

(1) Strongly Disagree (2) Disagree (3) Neutral (4) Agree (5) Strongly Agree

3. Identify with your personal experience

(1) Strongly Disagree (2) Disagree (3) Neutral (4) Agree (5) Strongly Agree

4. Intensified emotional moments:

(1) Strongly Disagree (2) Disagree (3) Neutral (4) Agree (5) Strongly Agree

5. Story Narration:

(1) Strongly Disagree (2) Disagree (3) Neutral (4) Agree (5) Strongly Agree

C. QUESTIONS: Please answer the following questions:

1. Which of the following mimetics did you find most difficult to learn /remember?

a. Giongo (sound) b. Gitaigo (physical state) c. Gijoogo (emotion)

2. What are your favorite Mimetics?

3. Have you recalled any of the EMOTION mimetics in your day to day life when you have

had any emotional moments?

4. Have you recalled any of the other Mimetics in your day to day life when you have been

in similar situations of the story? If YES, then what are the words?