亜鉛欠乏によって生じる開口部・四肢末端の皮膚炎...

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I.はじめに 亜鉛は細胞の増殖および発生・分化に必須 な微量元素で,300 種類を超える酵素の構造維 持や機能に関与するとともに,2,000 以上の転 写調節因子の発現や機能にも関与する 24。ま た近年,樹状細胞や肥満細胞において,亜鉛 は細胞外刺激を細胞内に伝達する細胞内セカ ンドメッセンジャーとしても機能することが 明らかとなってきている 5。亜鉛欠乏は先天的 なもの(腸管における亜鉛の細胞内への取り 込みに重要な特異的輸送蛋白 ZIP4 をコードす SLC 39 A 4 における遺伝子変異)と後天的な もの(吸収不良症候群,経中心静脈栄養,慢性 肝腎疾患,悪性腫瘍,過度のアルコール摂取, AIDS などによる)とに分かれ,前者の発生 頻度が約 50 万人にひとりであるのに対し,後 者は発展途上国を中心に世界で約 20 億人存在 するといわれる 610。必須微量元素である銅, 鉄,セレニウムなどの金属欠乏症(Wilson 病, Plummer-Vinson 症候群,克山病)では皮膚症 状はほとんど認められないが,先天的および後 天的亜鉛欠乏症(血清亜鉛濃度< 65 μ g/d)で は様々な程度で眼,口,鼻孔,耳孔,肛門など の開口部周囲および四肢末端に皮膚炎がみら れ,この特異な皮膚炎は腸性肢端皮膚炎と呼ば れる(図 1)。 亜鉛が欠乏すると皮膚炎のほかに,感染症, 持続性の下痢,羞明,味覚障害,嗅覚異常,慢 性疼痛,舌痛症,夜盲症(暗順応障害),創傷 治癒の遅延,発育遅延などの全身症状もみら, さらに T 細胞や B 細胞,NK 細胞などの細胞 数が減少し,加えて T 細胞, B 細胞, NK 細胞, 好中球,単球,マクロファージの免疫学的機能 も低下するため,結果として細胞性免疫ならび 山梨医科学誌 301),15 192015 亜鉛欠乏によって生じる開口部・四肢末端の皮膚炎 ─その驚くべき発症メカニズム─ 川 村 龍 吉 山梨大学医学部皮膚科学講座 要 旨:亜鉛は細胞の増殖および発生・分化に必須な微量元素で,300 種類を超える酵素の構造維 持や機能に関与するとともに,2,000 以上の転写調節因子の発現や機能にも関与する。Prasad 博士 らにより亜鉛欠乏症症例が初めて示唆されてから半世紀以上が経つが,なぜ亜鉛が欠乏すると境界 明瞭な紅斑が開口部や四肢末端に限局して繰り返し出現するのかという“謎”については,古くよ り精力的な研究がなされてきたにもかかわらず長らく不明であった。最近我々は,この皮膚炎の本 態が実は一次刺激性接触皮膚炎(かぶれ)であり,その皮膚炎発症には表皮内ランゲルハンス細胞(樹 状細胞の一亜群)の減少・消失が深く関与していることを明らかにした 1。本稿では,亜鉛欠乏に 伴う皮膚炎の発症メカニズムについて概説する。 キーワード 亜鉛欠乏症,腸性肢端皮膚炎,一次刺激性接触皮膚炎,ランゲルハンス細胞,アデノ シン三リン酸 総  説 409-3898 山梨県中央市下河東 1110 番地 受付:2014 11 4 受理:2014 11 7

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Page 1: 亜鉛欠乏によって生じる開口部・四肢末端の皮膚炎 …...亜鉛欠乏によって生じる開口部・四肢末端の皮膚炎 17 細胞(keratinocyte; KC)に細胞障害を与え,障害を受けたKC

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I.はじめに

 亜鉛は細胞の増殖および発生・分化に必須な微量元素で,300種類を超える酵素の構造維持や機能に関与するとともに,2,000以上の転写調節因子の発現や機能にも関与する 2–4)。また近年,樹状細胞や肥満細胞において,亜鉛は細胞外刺激を細胞内に伝達する細胞内セカンドメッセンジャーとしても機能することが明らかとなってきている 5)。亜鉛欠乏は先天的なもの(腸管における亜鉛の細胞内への取り込みに重要な特異的輸送蛋白 ZIP4をコードする SLC39A4 における遺伝子変異)と後天的なもの(吸収不良症候群,経中心静脈栄養,慢性肝腎疾患,悪性腫瘍,過度のアルコール摂取,AIDSなどによる)とに分かれ,前者の発生

頻度が約 50万人にひとりであるのに対し,後者は発展途上国を中心に世界で約 20億人存在するといわれる 6–10)。必須微量元素である銅,鉄,セレニウムなどの金属欠乏症(Wilson病,Plummer-Vinson症候群,克山病)では皮膚症状はほとんど認められないが,先天的および後天的亜鉛欠乏症(血清亜鉛濃度< 65 µg/dℓ)では様々な程度で眼,口,鼻孔,耳孔,肛門などの開口部周囲および四肢末端に皮膚炎がみられ,この特異な皮膚炎は腸性肢端皮膚炎と呼ばれる(図 1)。 亜鉛が欠乏すると皮膚炎のほかに,感染症,持続性の下痢,羞明,味覚障害,嗅覚異常,慢性疼痛,舌痛症,夜盲症(暗順応障害),創傷治癒の遅延,発育遅延などの全身症状もみら,さらに T細胞や B細胞,NK細胞などの細胞数が減少し,加えて T細胞,B細胞,NK細胞,好中球,単球,マクロファージの免疫学的機能も低下するため,結果として細胞性免疫ならび

山梨医科学誌 30(1),15~ 19,2015

亜鉛欠乏によって生じる開口部・四肢末端の皮膚炎─その驚くべき発症メカニズム─

川 村 龍 吉山梨大学医学部皮膚科学講座

要 旨:亜鉛は細胞の増殖および発生・分化に必須な微量元素で,300種類を超える酵素の構造維持や機能に関与するとともに,2,000以上の転写調節因子の発現や機能にも関与する。Prasad博士らにより亜鉛欠乏症症例が初めて示唆されてから半世紀以上が経つが,なぜ亜鉛が欠乏すると境界明瞭な紅斑が開口部や四肢末端に限局して繰り返し出現するのかという“謎”については,古くより精力的な研究がなされてきたにもかかわらず長らく不明であった。最近我々は,この皮膚炎の本態が実は一次刺激性接触皮膚炎(かぶれ)であり,その皮膚炎発症には表皮内ランゲルハンス細胞(樹状細胞の一亜群)の減少・消失が深く関与していることを明らかにした 1)。本稿では,亜鉛欠乏に伴う皮膚炎の発症メカニズムについて概説する。

キーワード  亜鉛欠乏症,腸性肢端皮膚炎,一次刺激性接触皮膚炎,ランゲルハンス細胞,アデノシン三リン酸

総  説

〒 409-3898 山梨県中央市下河東 1110番地 受付:2014年 11月 4 日 受理:2014年 11月 7 日

Page 2: 亜鉛欠乏によって生じる開口部・四肢末端の皮膚炎 …...亜鉛欠乏によって生じる開口部・四肢末端の皮膚炎 17 細胞(keratinocyte; KC)に細胞障害を与え,障害を受けたKC

16 川 村 龍 吉

に液性免疫が低下することも明らかになっている 11,12)。

II.亜鉛欠乏による皮膚炎の本態が実は一次刺激性接触皮膚炎(かぶれ)

 さて,いわば“免疫不全状態”にある亜鉛欠乏症患者の皮膚になぜ免疫反応が亢進した激しい炎症・皮膚炎が起きるのであろうか? 筆者らは,亜鉛欠乏に伴う皮膚炎は何らかの外界物質との接触が頻繁におきる部位に認められることから,これらの皮疹が一種の“接触皮膚炎(かぶれ)”であるという仮説を立てた 1)。一般に接触皮膚炎は,感作が必要なT細胞性免疫反応であるアレルギー性接触皮膚炎と感作が不必要な主に好中球等による一次刺激性接触皮膚炎に大別される(図 2)13)。まず,低亜鉛食あるいは通常食にて 5週間飼育した亜鉛欠乏マウスおよび亜鉛正常マウスのそれぞれの耳介皮膚にハプテン:DNFBを外用してアレルギー

性接触皮膚炎を惹起したところ,予想通り,免疫不全状態にある亜鉛欠乏マウスにおいて皮膚炎反応は有意に減弱していた。しかし,耳介皮膚に刺激物質であるクロトンオイルを外用して惹起される一次刺激性接触皮膚炎は亜鉛欠乏マウスで逆に炎症反応の著明な増強と遷延化が認められた 1)。さらに興味深いことに,亜鉛欠乏マウスのクロトンオイル外用病変部を病理組織学的に検討したところ,ヒトの腸性肢端皮膚炎に特徴的な組織像,すなわち表皮細胞の変性像(空胞化や裂隙形成)および異常角化(アポトーシス)細胞,染色性の低下(pale staining)が観察され 1),亜鉛欠乏による皮膚炎の本態が一次刺激性接触皮膚炎であることが強く示唆された。

III.亜鉛欠乏による皮膚炎発症メカニズム~その 1~

 一次刺激性接触皮膚炎では,刺激物質が表皮

図 1.先天的亜鉛欠乏症患者における開口部周囲および四肢末端の皮膚炎

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17亜鉛欠乏によって生じる開口部・四肢末端の皮膚炎

細胞(keratinocyte; KC)に細胞障害を与え,障害を受けた KCから放出されたアデノシン三リン酸(adenosine 5’triphosphate; ATP)が炎症起因物質として働くことが知られている 14)。そこで,亜鉛正常マウスと亜鉛欠乏マウス耳介皮膚に刺激物質であるクロトンオイルを外用した後にそれぞれの耳介皮膚を切除して培養液に浮かべ,培養皮膚組織から放出される ATP量を比較したところ,亜鉛欠乏マウス由来皮膚からより多量の ATPが放出されることがわかった 1)。また,in vitroの KC(Pam212)の培養系においても,亜鉛キレート剤(TPEN)によって培養液中の亜鉛を極端に減少させると,クロトンオイル添加によって誘導される KCからの ATP放出量がさらに多くなることも明らかとなった 1)。以上の結果から,亜鉛欠乏症では,外界の刺激物質の皮膚曝露によってより多くの ATPが KCから産生されるため一次刺激性接触皮膚炎を発症しやすく,また同皮膚炎が増悪・遷延化しやすいと考えられた(図 3)。

IV.亜鉛欠乏による皮膚炎発症メカニズム~その 2~

 前述の如く,細胞外に放出された ATPは,一次刺激性接触皮膚炎において炎症起因物質(あるいは danger signal)として重要な役割を果たす。一方,表皮内に存在する樹状細胞の一亜群であるランゲルハンス細胞(LC)は,ATPを不活化できる分子:CD39を発現しており,ATPによる炎症に対して抑制的に働くことでいわば“火消し役”的な役割を果たしている 14)。そこで,亜鉛欠乏マウス表皮内における LC数を正常マウスと比較したところ,驚くべきことに,低亜鉛食にて飼育したマウス表皮内の LC数は週を追うごとに減少し,低亜鉛食飼育 6週目のマウス表皮では LCが完全に消失していることがわかった 1)。さらにヒトの腸性肢端皮膚炎患者 5例の病変部の LC数についても免疫染色にて組織学的に検討したところ,全例で表皮内 LCの消失が観察された 1)。これら

図 2. アレルギー性接触皮膚炎と一次刺激性接触皮膚炎の違いと原因物質 アレルギー性接触皮膚炎は感作が必要なT細胞性獲得免疫反応であるのに対し,一次刺激性接

触皮膚炎は感作が不必要な自然免疫反応である.

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18 川 村 龍 吉

図 3. 亜鉛欠乏による皮膚炎発症メカニズム~その 1~ 正常皮膚では一次刺激物質は表皮細胞(KC)からアデノシン三リン酸(ATP)の放出を誘導し

て一次刺激性接触皮膚炎を惹起する.一方,亜鉛が欠乏すると一次刺激物質によって KCからより多くの ATPが放出されるため,一次刺激性接触皮膚炎を発症しやすい.

図 4.亜鉛欠乏による皮膚炎発症メカニズム~その 2~ 正常皮膚ではランゲルハンス細胞(LC)に発現される CD39が一次刺激物質により KCから放

出された ATPによる炎症を抑制している.一方,亜鉛が欠乏すると,一次刺激物質によってKCからより多くの ATPが放出されること(図 3)に加えて,LCが減少・消失しているためATPによる炎症を抑制できず,一次刺激性接触皮膚炎が増悪あるいは遷延化しやすい.

Page 5: 亜鉛欠乏によって生じる開口部・四肢末端の皮膚炎 …...亜鉛欠乏によって生じる開口部・四肢末端の皮膚炎 17 細胞(keratinocyte; KC)に細胞障害を与え,障害を受けたKC

19亜鉛欠乏によって生じる開口部・四肢末端の皮膚炎

の実験結果により,亜鉛欠乏による皮膚病変部では,ATPによる炎症に対して“火消し役”として働く LCが減少・消失しているために刺激物質による炎症を抑制できず,このため一次刺激性接触皮膚炎が増悪あるいは遷延化しやすいことが示唆された(図 4)1)。

V.おわりに

 我々の研究結果は,亜鉛欠乏による皮膚炎の本態が実は一次刺激性接触皮膚炎であり,刺激物質が腸性肢端皮膚炎の「引き金」であることを示唆している。すなわち,臨床的には眼囲や口囲,外陰部,肛門周囲,四肢末端の皮膚炎はそれぞれ眼脂や食べ物,し尿,生活環境内における化学物質などが刺激物となって引き起こされた一次刺激性接触皮膚炎と考えられる。また,T細胞が存在しない免疫不全(nude)マウスにおいて一次刺激性接触皮膚炎反応が正常に認められるという研究結果 15)から,“免疫不全状態”にある亜鉛欠乏症患者に激しい皮膚の炎症が起きるというパラドキシカルな現象も我々の仮説:「亜鉛欠乏による皮膚炎=一次刺激性接触皮膚炎」によりうまく説明がつく。今後,より詳細な皮膚炎発症メカニズムについてさらなる研究が期待される。

文  献

1) Kawamura T. et al.: Severe dermatitis with loss of epidermal Langerhans cells in human and mouse zinc defi ciency. J Clin Invest. 122: 722–732, 2012.

2) Prasad AS: Zinc: an overview. Nutrition 11: 93–99, 1995.

3) Vallee BL. Auld DS: Cocatalytic zinc motifs in enzyme catalysis. Proc Natl Acad Sci U S A 90: 2715–2718, 1993.

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5) Murakami M. Hirano T: Intracellular zinc home-ostasis and zinc signaling. Cancer Sci 99: 1515–1522, 2008.

6) Kury S. et al.: Identifi cation of SLC39A4, a gene involved in acrodermatitis enteropathica. Nat Genet 31: 239–240, 2002.

7) Wang K. et al.: A novel member of a zinc trans-porter family is defective in acrodermatitis en-teropathica. Am J Hum Genet 71: 66–73, 2002.

8) Kury S. et al.: Mutation spectrum of human SLC39A4 in a panel of patients with acroder-matitis enteropathica. Hum Mutat 22: 337–338, 2003.

9) Nakano H. et al.: Novel and recurrent nonsense mutation of the SLC39A4 gene in Japanese pa-tients with acrodermatitis enteropathica. Br J Dermatol. 161: 184–186, 2009.

10) Maverakis E. et al.: Acrodermatitis enteropathica and an overview of zinc metabolism. J Am Acad Dermatol 56: 116–124, 2007.

11) Rink L. Haase H: Zinc homeostasis and immu-nity. Trends Immunol 28: 1–4, 2007.

12) Prasad AS: Effects of zinc defi ciency on Th1 and Th2 cytokine shifts. J Infect Dis 182 Suppl 1:S62–68, 2000.

13) 川村龍吉,島田眞路:【皮膚の病気のすべて】かぶれ(接触皮膚炎).からだの科学 262号Page26–29, 2009.

14) Mizumoto N. et al.: CD39 is the dominant Lang-erhans cell-associated ecto-NTPDase: modula-tory roles in infl ammation and immune respon-siveness. Nat Med 8: 358–365, 2002.

15) Zhang L. Tinkle SS: Chemical activation of innate and specifi c immunity in contact dermatitis. J In-vest Dermatol 115: 168–176, 2000.