日本語学習者の書く文章のわかりにくさについて : 言語的側面と...

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九州大学学術情報リポジトリ Kyushu University Institutional Repository 日本語学習者の書く文章のわかりにくさについて : 言語的側面と認知的側面からの原因分析 金, 宥暻 立命館アジア太平洋大学・九州情報大学 http://hdl.handle.net/2324/8510 出版情報:ポリグロシア. 22, pp.47-59, 2006-12-25. 立命館アジア太平洋研究センター バージョン: 権利関係:

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九州大学学術情報リポジトリKyushu University Institutional Repository

日本語学習者の書く文章のわかりにくさについて :言語的側面と認知的側面からの原因分析

金, 宥暻立命館アジア太平洋大学・九州情報大学

http://hdl.handle.net/2324/8510

出版情報:ポリグロシア. 22, pp.47-59, 2006-12-25. 立命館アジア太平洋研究センターバージョン:権利関係:

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日本語学習者の書く文章のわかりにくさについて  一言語的側面と認知的側面からの原因分析一

金 宥 曝

要旨

 日本語学習者の文章の分かりにくさについては、言語的側面から「文章の構造、文と文の連接、文の長さ、文

の構造、結束性」の問題点を探るものが多い。しかし、文章の分かりやすさ/分かりにくさは、読み手の認知的

判断であることから、本研究では「認知的側面からみた文章理解の観点」についての研究も考察した。その結

果、次のようなことが明らかになった。読み手にインプットされた文章の情報は、短期記憶、長期記憶の順に処

理される。長期記憶の中には、形式スキーマと内容スキーマがあり、形式スキーマを活性化させる段階で理解を

妨げる要因がなければ、読み手は文章に関する内容スキーマを活性化し、推論を行う。その後、情報は、必要に

よってリハーサルを通して長期記憶として貯蔵され、さらにスキーマとして蓄積される。しかし、形式スキーマ

の段階で読み手の理解を妨げる要因があれば、内容スキーマを活性化することができなくなる。すなわち、読み

手が内容スキーマを有していると仮定すれば、読み手が読みにくいと判断するのは「形式スキーマ」の段階であ

る。また、形式スキーマを活性化する段階で読み手が分かりにくい状態に陥る原因は「結束性」という言語的要

素である。

キーワード1韓国入日本語学習者、文章、分かりにくさ、言語的側面、認知的側面

璽.問題の所在

 学術論文や評論で論理性の高い文章を書くためには、文法や語彙の知識を正確に運用できるという

だけでは不十分である。それは、日本語母語話者なら誰でも上手に日本語の文章が書けるわけではな

いということからも明らかであろう。同様の指摘は日本語教育の観点からも見られ、日本語学習者が

書いた文章は、統語規則や語彙の間違いはみられないが、一読しただけでは何を述べたいのか分から

ないものがある(樋口1996、田代2005他〉という。このような文章を先行研究では「分かりにくい」

または「理解不能となる文章」としているが、その原因についてはあまり具体的には論じられていな

い。そこで、本研究では学習者の文章の分かりにくさを言語的側面と認知的側面の両方から分析、考

察する。

2.先行研究

2.遷言語的側面からみた学習者の文章の分かりにくさ

 最近の日本語教育研究においては、学習者の文章の分かりにくさの原因を「文章の構成」、 「文と

文の連接」、 「文の長さ」、「文の構造」、 「結束性」の側面から探るものが多い。

2.1.雲文章の構成

 「文章の構成」については、 「文化の視点」や「第二言語(以下、L2)の言語能力の視点」から

論じるものが多い。文化の視点としては、Kap夏躍(1966)を始め多くの研究で学習者の作文を分析し

て英語は線形、東洋言語は渦巻型といった類型化を論じるものが多かった。L2の言語能力の視点と

しては(至)言語に関係なく普遍的言語能力が存在し、文章に影響を与える(C鷲m癬欝1981、H蜘se

一47一

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ポリグロシア 第12巻(2006年12月)

我S&sa短1994、 Sasaki&葺{ir。se 1996)、 (11)L2の言語能力はL2の文章の質を高める(C聡艶翻簸g

1989、靴魏加g鉛簸&So 1993>など、さまざまである。

 以上のような文章の構成についての研究を調査方法によって分けると、次の通りである。

  (1)非母語話者のL2の文章を分析することで第一言語(=L1)、L2の文化的特徴を調べ

     た研究(K聯茎踵1966他)

  (2)異なる母語の被験者が書いたL1の文章とL2の文章を比較してL1、L2の文章の特徴を

     調べた研究(Oi 1986他)

  (3)同一の被験:者が書いたLユとし2の文章を比較して文章構成を分析した研究(K難船     1998、 H:i罫◎se 20034也)

  (4)同一の被験者に文配列課題を課して文章構成を分析した研究(杉田1994、金2006>

 (1)の調査方法は、L2の文章が、 L 1の文構成能力だけでなく、L2の教育や、乙2の言語能

力、L2で書いた文章だけに用いるストラテジーの影響が生じる可能性など多様な要因に影響される

ことから、L1の文化的特徴を論じるのには非合理的であると考える。また、 (2)の調査方法は被

験者が異なっても母語話者聞には類似性があることを前提としているが、文章構成能力は音声や形態

論のように普遍化することが難しく、より範囲が広いものと考える。また、被験者要因も多いことか

ら、異なるグループ問の結果を基に各言語の文章の特徴を論じるのは無理がある。また、 (3)の調

査方法は、同一の被験者に同一の話題を基に調査する点で(1) (2)より合理性の高いものと考え

られるが、調査対象となっているのが文章であり、分析対象を文の溝成能力に絞ることができない、

被験:者が用いる材料が統一していない、などの問題がある。さらに、 (ユ) (2) (3)の研究の場

合、L2として日本語は扱っていない。一方、(紛の杉田(1994)と金(2006)の研究は、それぞ

れ同一の被験者(日本語母語話者と韓国入日本語学習者)による文配列課題の結果を分析している。

しかし、両研究は同じ課題を基に同じ方法で実験調査をしているにもかかわらず、異なる結果を示し

ている。すなわち、杉田(1994)は、日本語母語話者の日本語と韓国入日本語学習者の日本語は文章

の構造が異なると主張している。一方、金(2006>は、学習者の日本語能力が上位である場合、文配

列パターンに差がないと主張している。金(2006)の研究から、日本語母語話者の日本語の文章構成

と上級レベルの韓国人日本語学習者の日本語の文章構成は類似するため、読み手である円本語母語話

者が上級レベルの韓国入日本語学習者が書いた文章を読んだとき、文章構成の違いから読みにくくな

るということはないといえる。

2.唱.2文と文の連接

 「文と文の連接」の研究については、文と文をつなげる接続詞や指示詞の役割を論じるものが多

い。

 浅井(2002)は文脈の展開に重要な役割をもつ文の連接には接続語句と指示詞がある(市州1987)

が、中でも、接続語句には接続詞、接続詞的機能を持つ語句、接続助詞、接続助詞的機能を持つ語句

があり、これらは文と文、あるいは節と節の論理関係を示し前後を接続するとしている。さらに、浅

井は論説文の言語的特徴には語彙や文の連接関係、文章構造などいろいろあるが、文の連接関係を示

す接続詞は読み手が後文の内容をある程度予期できるとし、β本語母語話者と日本語学習者の書いた

日本語の文章に現れた接続詞を分析し、日本語学習者の接続詞の使用に特微があるかを観察した。

 分析は、日本語母語話者30名、日本語学習者32名(中国語母語話者)に「ゴミ問題の現状と解決

法」というテーマを基に800字程度に書かせた文章を基に行った。

 その結果、次のようなことが分かった。①母語話者では添加型(46.6%)、逆接型(25.4%)、

同列型(11.9%)の順で、学習者では添加型(34.4%)、逆接型(20.ユ%)、順接型(ユ6.9%)

の順で多く使われ、順接の接続詞の使用頻度の違いが顕著であった(母語話者5例、学習者26例)。

一∠茎8一

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日本語学習者の書く文章のわかりにくさについて

②接続詞別の使用数は、母語話者、学習者ともに添加の「また」、逆接の「しかし」が多く使われて

おり、大きな違いはなかった。③使用している接続詞の種類は、学習者の方が多様であった(母語話

者:30種類、学習者:42種類)。浅井はこれらの結果を基に学習者の方が文と文のつながりに接続詞

を用いることが多く、文の論理関係を明示的にしていると主張している。

 浅井の研究結果から、学習者は接続詞の使用頻度が高く、中でも、順接の使用頻度が高いことが分

かる。しかし、浅井の研究結果は量的分析であり、適切に接続詞を使っているかどうかという質的分

析ではないため、接続詞の使用が分かりにくさの原因であるとは言い難いと考える。

2.署.3文の長さ

 文の長さについては、先行研究においてMLC(M¢鶴L鐙g癒U麓e鞭薫ce)を用いて測定したもの、節

の数を基準として数量的に測ったものなどがある。

 田代(2005)は、国立国語研究所のライティングコーパスの中から、中級レベルの中国語母語話者

(33編)と韓国語母語話者(40編)、日本語母語話者(44編)による「喫煙規制」に関する意見文を

基に、r文章の長さ!」、「1文の長さ」、「1文に含まれる節の数」を計上し、有意差検定を行っ

た。その結果、①文章の長さ・1文の長さにおいては、中国語母語話者と韓:国語母語話者の文章は日

本語母語話者より短く、膚意差があった。②1文に含まれる節の数においても中国語母語話者と韓国

語母語話者とも日本語母語話者より少なく、有意差があった。この結果を基に、田代は、1文が長

く、従属節が多いと、文が複雑になり、さまざまな問題点が起きやすいが、中国語母語話者・韓国語

母語話者の文章は日本語母語話者より1文が短く、節も少ないことから、1文の長さや節の数は分か

りにくさの原因ではないとしている。

 浅井(2002)は、日本語母語話者と学習者(中国語母語話者)の日本語の文章を「文の連接の分

析」に加えて、「文節数による文の長さと作文中の文、節の数」も分析した。その結果、「1文章あ

たりの文節数2」は母語話者と学習者の間に有意差がなかったが、「1文あたりの文節数」は母語話

者の方が学習者より多かった。浅井はこの結果から、これまで読みやすさの尺度として文の長さが取

り上げられてきたが、文節数が少なくても読みにくい文は存在するし、母語話者の文が長いから分か

りにくいというわけではなく、単に「文節数が少ないから読みやすくなる」ことでもないとしてい

る。また、1文あたりの節数の平均は、どちらも約3節で、母語話者と学習者は同程度の構文的複雑

さをもつ文章を産出していることが分かった。

 以上の研究は、被験:者が中級レベルの学習者が多く、日本語能力が十分上達していない学習者と日

本語母語話者の文を比較して長さを計っているため、学習者の方が文の長さや節の数において母語話

者より少ないことは当然ともいえる。また、浅井(2002)、田代(2005)においても指摘されている

ように、読み手の理解の観点から考えてみると、長さはそれほど大きな影響を与えるとは考えにく

い。

2.1.尋文の構造

 文の構造に関しては、以下のような研究が多い。

 浅井(2002>は、前述した「文と文の連接」 「文の長さ」に加えて「文の構造」を、「節の統語的

な役割ごとの使用頻度」、「節の埋め込みの深さと拡がり3」の観点から分析している。その結果、

①「節の統語的な役割ごとの使用頻度」については、(i)並列節、補足節においては日本語母語話

者と学習者の問に有意差が観察されなかった。 侮)連体節においては、学習者が8.38節、母語話

者が12.3節で母語話者の方が多く用いた。さらに、連体節は補足語修飾節と内容節に2分類起した

結果、使用率においては、日本語話者は、補足語修飾節78。8%、内容節21.2%で、日本語学習者は

それぞれ79.1%、20.9%であった。この結果から、連体節の使用率は両者の問に差がなく、習得し

にくいと思われる内容節を学習者が回避しているということはないとしている。また、主節のどの要

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ポリグロシア 第12巻(2006年12月)

素を修飾するかを調べた結果、母語話者では主節のガ格、ヲ格が用いられる語句を修飾する連体節が

連体節全体の27%、19.6%であったのに対し、学習者は36.4%、21.6%であった。合わせて、学

習者の連体節では町回の必須格補足語を修飾することが多かった5が、母語話者では主峯の必須格

補足語のみならず、連体助詞の「の」や手翰の「で」などを伴った名詞を修飾している場合6が多

かった。この結果を基に、学習者の連体節は被修飾要素が限られており、この連体節の被修飾要素の

差がスムーズに読めず、分かりにくい印象につながっている可能性が高いと指摘している。 侮)副

詞節は学習者が全体中U.25節で、母語話者の8。77節を大きく上回っている。副詞節はさらに下位

分類し、次のような相違点を明らかにしている。①学習者は条件の節を多く用いており、特に「と」

が31例、「たら」が22例と高い。一方、母語話者においては「と」が14例、「たら」が3例しか見ら

れなかった。この「と」 「たら」は前件と後件の偶有的な依存関係を表すものとされており、特に

「たら」は実現に重きをおいた表現である。すなわち、母語話者では実際に起きた事柄について「偶

有的な依存関係」があるときのみ「たら」を用い7、論理関係を展開していく際には回避する傾向が

あるといえる。②同じ内容でも学習者は条件節を用い、日本語母語話者は目的節を用いる8。目的節

は、日本語母語話者42例(全体の15.5%)、学習者38例(10.5%)であり、母語話者の方が多く用

いる。このことから、母語話者は「目的一手毅」という論理展開を好んだのに対して、学習者は「条

件一帰結」という論理展開を多く用いているという論理展開の違いが論説的な文章の不自然さ・分か

りにくさにつながる可能性があるとしている。③学習者は逆接の「けれども」などを多く用いている

が、母語話者は接続助詞「が」を用いた並列節で逆接を用いることが多かった。④田代(1995)と同

様に「て」形の使用頻度が高かった。さらに、浅井(2002>は「て」形を「副詞節のて形」と「並列

節のて形」を区別して使用頻度を調べた結果、母語話者は「副詞節のて形」が30例、「並列節のて

形」が17例であるのに対し、学習者はそれぞれ42例9、67例!0で、並列節を多用していることが分

かった。 (lv)「節の埋め込みの拡がりと深さ」については、母語話者と学習者の間で差がなかっ

た。このことから、浅井は、学習者の文の分かりにくさの印象は、節の拡がりと深さの程度に起因す

るのではなく、どのように節が分布しているかなどによるのではないかと推測している。

 また、論説文以外の文章を扱ったものに、樋ロ(1996)と田代α995)がある。

 樋口(1996)は、日本語母語話者38名と学習者U名にSFJの会話のテープを2回聞かせてその内容

を書いてもらい、 「日本語母語話者の文章と初級レベルの学習者(多国籍、韓国入なし)の文章で使

われている文型の比較対照」を行った。その結果、 (1) 「文の構造」では、日本語母語話者の文章

は複文の割合が高く(単文0.8文、複文2.2文〉、その複文中に接続節が5.2節使われている。

さらに、接続節の使用頻度は「並列節(47%〉、副詞節(27%)、補足節(16%)、連体節

(!0%)」の順であった。一方、学習者の文章は、複文の割合が低く(単文3.5文)、 「副詞節、

補足節、連体節」の使用数は日本語母語話者とあまり差がなかったが、 「並列節」の使用数は約2倍

以上少なかった。樋ロはこの結果から、補足節など導入時期が遅い文法風戸が利用できなくても並列

節を増やせばより日本語母語話者に近い文が書ける可能性があるとしている。 (2) 「文型の分析」

では、日本語母語話者の文章で使われたヂて形」のうち約半分は並列節(47%)で、特に動詞「て」

形と動詞連用形が重要な働きをしていることが分かった。また、副詞節において、日本語母語話者は

「ので(理由135回)」、ヂから(理由:0回)」使用しているが、学習者は、すべての文型を同じ

ように扱っていることが分かった。

 田代(ユ995)は、日本語母語話者30名と申国語母語話者(30名)・韓国語母語話者(30名)の中上

級霞本語学習者に10コマ漫画の内容を600字の説明文に書かせた。そして、構文の問題を接続助詞と

捉え、接続助詞を機能別に分類して使用頻度を分析した。その結果、日本語話者や学習者において使

用頻度がもっとも高いのは「て」であった。しかし、「て」の全体に占める割合は日本語話者が38.

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欝本語学習者の書く文章のわかりにくさについて

7%であるのに対して中国入学習者は64.5%、韓国入学習者は51。5%であった。さらに、学習者が

書いた文の中の「て形」を検討し、学習者の書いた文には「一文中で動作主体が交代する際、 「て」

の接続では不自然になる場合が見られたという!1。

 「文の構造」の側面における以上の研究においては、浅井(2002)の研究から、上級日本語学習者

は節の数において母語話者と違って連体節が少なく、副詞節を多く用いることが分かった。また、節

の機能の側面では連体節における被修飾要素の違い、同じ内容の副詞節でも学習者は条件節を好み、

日本語母語話者は目的節を好むという違いが分かりにくさの原因となることが分かった。さらに、樋

口(1996)、浅井(2002>、田代(ユ995)に共通する学;習者の文章の分かりにくさの原因として、

「て形」の問題があることが分かった。ただ、「て形」の機能についてはそれぞれ異なる見解を示し

ている。田代(1995)は、学習者は副詞節の「て形」と並列節の「て形」を区別せず、使用頻度が高

いことから、不自然さにつながると指摘している。浅井(2002)は、学習者は付帯状況や理由を表す

副詞節の「て形」より並列や継起の並列節の「て形」を多用し、日本語母語話者のように連用形を用

いる傾向が見られないとしている。

2.1.5結束性 複数の文からなる文章あるいはテクストとは、文の単なる羅列ではなく、テクスト中の文が表すア

イデアが相互に意味的な関連性を持ったものである(阿部・桃内・金子・李1994)。この意味的な関

連によるまとまりを石井(2005)では「結束性」と定義しており、本研究においても石井の結束性の

定義に従うこととする。

 黒岩(1994)は、文脈は文と文を連結させることによって展開していくが、この連接がスムーズに

行われないと、文章は分かりにくいものになってしまうとし、日本語学習者の文と文の連接を結束性

という観点から問題点を明らかにしている。

 黒岩はまず朝日新聞の「天声人語」 (700字〉と「窓」 (750字〉の連接関係を比較分析し、次に中

級日本語学習者(中国、韓国、台湾の10名)に「私の出会った日本」というテーマを基に書かせた

400字から700字の文章を分析した。

 その結果、 (1)使用率において天声入隊は「同義、類義語反復」、「前後関係」、「同語反

復」、 「指示語」、 「接続語句」、 「助詞」の順であったのに対し、学習者は「同義、類義の反復」

「前後関係」 「接続語句」 「同語反復」 「指示語」 「助詞」の順であった。 (2)天声人語では2文

の結束性を保つために胴部、類義語の反復」が最も多く用いられている(43%)が、日本語学習者

はそれほど用いられていない(19.7%)。 (3) 「前後関係」において、学習者がよく用いている

ものは、「特に、はじめに、次に…第一に、第二に…」であり、パターン化されている。 (4)天声

諸語で使用した結束性を支えるための言語形式は101、1%であるのに対して、学習者の使用した言語

形式の合計は76.6%であることから、学習者の文章は二文間の結束性に問題がある。

 黒岩はこれらの結果を基に、日本語母語話者が書いたものを使って日本語の文の連接がどうなって

いるのかを見ていくことや、初級レベルでの基本的な文接続の練習をさらに進めて論理的な文脈展開

を目指した接続の練習を取り入れていくべきであるという観点を提示している。

 田代(2005)は、日本語学習者の書いた「喫煙規制」に関する意見文(韓:国入140篇、中国入133

編)を日本語母語話者の意見文(44編)と比較し、論理を展開する文の要素及び結束性を支える要素

の分析に焦点を当てた。その結果、 (1)従属節の使用状況について、 ω 「原因・理劇を表す

文は、有意差が見られなかった。しかし、「~からです」までを計上すると、中国入において有意差

がみられた。また、日本語母語話者は「理由は」などを用いて明示的に表現するのに対して、学習者

にはそういったことが少なかった。 (ii)「譲歩、逆接」文は、有意差がなかった。 (灘)「条件」

文は、韓国人だけ有意傾向があった。 (2)結束を表す接続詞や指示詞の使用率について、 (1)接

一5!一

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ポリグロシア 第12巻(2006年12月)

続詞の使用は、中国入や韓国人の方が多く、有意差があった。ただし、日本語母語話者の理由を示す

「なぜかというと」や、反論を導く「だからといって」のような接続詞の使用はほとんど見られな

かった。 (ii)指示詞は日本語母語話者の使用が多いことから、日本語母語話者は指示詞によって結

束性を支えることが多いとしている。

 また、樋ロ(1996)は、本研究で対象としている論説文ではないが、会話のテープを聞いて文章を

書かせる方法を用いて日本語母語話者の文章と日本語学習者の文章で使われている文型の違いが談話

レベルの問題とどのように関連しているかを考察している。

 その結果、学習者の作文は、単文が多く同一語句の反復が目立つのに対して、日本語母語話者の作

文は文の構造が重層的で複雑であり、関連語句や上位下位的な語句が使われていることが明らかに

なった。また、これらのことを作文全体のまとまりとの関連から池上(1983)の結束性に結び付けて

いる。池上(1983)は「テクスト性」を支える構造的要因の一つである「結束性」について、情報の

連続性を示すために「既知の情報」を踏み台にして「新出の情報」をつけくわえるという形で、現実

のテクストの構成は展開されると述べている(池上1983110-11)。このことから、樋口は、初級学

習者の文章が分かりにくいのは、同一語句の繰り返しなどの慨知の情報」の量から読み手が期待す

る一文あたりの「新出の情報」の量に比べて学習者が実際に提供する「新出の情報」の量の極端な少

なさであるとしている。また、日本語母語話者の文章では文の構造と語彙の両方の手設を使って情報

が圧縮されており、 「既知の情報」と「新出の情報」の適度なバランスが意味理解を容易にしている

のであると結論付けている。

 同様に、筒井(1995)も、学習者の文章は語彙の問題はあるものの文法的には間違いがみられない

が、読みやすさの点から、まとまりが感じられないのは、省略という結束性に欠けていることが原因

であると指摘する。筒井によれば、主題の省略は次の主題に移るまでずっと続けられていいわけでは

なく、同じ主題でも述べる内容の性質が変わる場合は主題を再提示しなければならないという規則に

かなっているという。さらに、内容が変わる都度主題が提示されることによって、それぞれが同じ主

題を共膚することで結束性を保ちながら全体を構成しているということが読み手に認識されるとい

う。次に、論理展開については、説明文では文章の論理構造が明快でなければ読み手を説得すること

はできないため、ある結論に至った理由を説明する際にはその結論との関係を明示的に示し、論理的

に一貫性を持った展開にする必要があると主張する。さらに、このような技術は文型教育では導入で

きない学習項目であり、効果的な文章作成教育のためには談話レベルの文章作成技術を学習項目とす

る独自のシラバスを作成する必要があると提案している。

 以上の研究をまとめると、分かりやすい文章を書くためには、 (1)岡義、類義語の反復」 (黒

岩1994)、 (2)指示詞による結束性維持(田代2005)、 (3)結束を表す接続詞や指示詞の使用だ

けでなく、「なぜかというと」や、反論を導く「だからといって」のような接続語句を使用する(田

代2005)、 (4) 「既知の情報」と「新出の情報」の適度なバランス(樋ロ1996)、 (5)省略とい

う結束性を用いる(筒井ユ995)、などが重要であることが分かる。

2.2先行研究の再検討から考えられる学習者の文章の分かりにくさの原因

 以上の先行研究から、学習者の文章の分かりにくさの原因は、文章の構造、文と文の連接、文の長

さの三つの要素ではないことが分かった。ただし、文と文の連接については使用頻度のみを分析対象

としており、質的分析も加える必要がある。すなわち、分かりにくさの原因を「文の構造、文と文の

連接、結束性」の3つの要因から探る必要があると言える。

 特に結束性については、様々な見解が見られる。石井(2005)は、結束性は、接続詞などによって

明示される場合もあるが、明示されていなくても入は推論によって結束性を見出すことができ、省略

や語彙的関連によっても相互に関係があることが示されていると指摘している。同様の指摘は、澤田

一52一

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日本語学習者の書く文章のわかりにくさについて

(1983)にもみられ、文章の統一とつながりで大切なのは、文中の先行する名詞(ないし節や句)と

後出の代名詞とのつながりであるとしている。

 ハリデー・ハッサン(1991)は、結束性は結東作用によって保たれるとし、結束作用をテクストの

ある部分を他に結びつけるために、すべての言語に備わっている一組の言語的手段であるとしてい

る。また、結束作用の手段として、 「指示、代用と省略、接続、語彙的結束作用」の四つを挙げてい

る。

 また、Sc齪ce訟&10xfb羅(1997)においては、 「文章作成能力=文法能力+方略的能力+社会言語

学的能力+談話能力(結束性、一貫性)」という指摘があり、結東作用の適切な使用は、テクストの

全体的一貫性に貢献するとし、結束作用の重要性を挙げている。

2.3書き手と読み手のインターアタシ鴛ンの重要性

 以上では、言語的側面から学習者の文章の分かりにくさの原因を考察した。ここで、本研究の重要

用語である「分かりにくい」という言葉の意味について再検討するために、R醐曲麟(1981)の

「テクストが正しく理解できない要因」についてまとめると次の通りである!2。 (1)読み手が適切

なスキーマを持っていない場合、 (2)読み手は適切なスキーマを持っているが、著者がそのスキー

マを示唆するに十分な手がかりを提供していない場合、 (3)読み手はテクストの一貫した解釈を見

出すが、それは著者によって意図されたものとは異なる場合。このうち、読み手(篇日本語母語話

者〉が書き手(=日本語学習者)と共通のスキーマを持っていると仮定すれば、(2>と(3)を分

かりにくさとして定義することができる。(2)と(3)の定義から、説得力のある議論は単に話し

手や話の内容にあるのではなく、かなりの程度聞き手のもつ期待や信条にある(コンドン1980)こ

とが分かる。すなわち、書き手が文ならびに文章を分かりやすく書くためには、読み手が能動的に関

わり、書き手が伝えたいと意図する内容、情報などをどのように理解していくかを解明する必要があ

る。

 内田(1995)によれば、文章理解と文章産出とは現象面では正反対の活動にみえるが、インターーア

クションで成り立っているという。また、文章理解は外から与えられた情報を内部に取り込んで意味

表象を構成する活動であるのに対して、文章産出は個人の既有知識を材料にして表象を構成しそれを

表出する。材料が外から与えられるか否か、最終産物を言語表現として表面化するか否かという点で

も異なっている。しかし、内部過程は、理解が成立するために、命題同士の関係付けをしたり、表現

と既有知識とを関係づけなくてはならないと指摘している。

 同様に、Ma醜聞(1997)においても、背景の異なる書き手と読み手は共有する談話の共同体の中

で相互関係の高い双方向性を持ち、互いに変容していくとする動的モデルを提案し、コミュニケー

ションの重要性を指摘している。また、翫◎無職(2001)は、有能な書き手は読み手が得たい情報

の種類と読み手が文章を読んで抱くだろうと予測される疑問を二度予測できると指摘している。

D窺囎(1999)も学術論文のような長い文章は、一貫性を保ち、書き手が読み手に常に訴え続けるこ

とが重要であると指摘している。

 読み手の立場からの分かりやすさの重要性は、学習者の作文を評価する立場からも指摘されている

(田中2005、田中・長息2004、C◎撒or&M紘ye 2002)。田中(2005)では日本語教育における文章

の評価は全体的に「文法」「語彙」などの「L2能力」が中心であり、また、「内容」「構成」と

いったクライテリアはあっても「読み手」というクライテリアを設けているものはないと指摘してい

る。また、田中(2005)と田中・求心(2004)では、文章評価のクライテリアの一つに「読み手」を

いれることを提案している。C◎難◎r&Mbaye(2002)もこれまでの多くの評価方法に欠けていたも

のとして、「読み手の意識」、「読み手へのアピール」を挙げている。

 以上のような文章作成における書き手と読み手のインターアクションの重要性から、以下では読み

一53一

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ポリグロシア 第!2巻(2006年!2月)

手の認知的側面から学習者の文章の分かりにくさの原因を探る。

2.尋認知的側面からみた学習者の文章の分かりにくさ

 文章理解を認知的側面から分析した研究としては、「ボトムアップ処理(Bs鑑ey ig88、 G鋤e 1988

他)、トップダウン処理およびスキーマ理論(G◎od搬餓1988)」、 「認知モデル研究における短期

記憶・長期記憶・ワーキングメモリの関係(海保1988、市川1997、石井2005)」、「読み手が文章を

読む際の心理を取り扱う認知心理学(内田ユ995、石井2005、森他1995、市川!995)」がある。

2.4.竃ボトムアップ処理、トップダウン処理およびスキーマ理論

 読み手が結束的表象を形成する際に利用するものは、テクストの修辞構造に関する知識、接続詞な

どの言語的な手がかり、そしてテクストを構成する概念の意味的関係の三つがあると考えられる。

トップダウンかボトムアップかという論点となっているのは、内容の意味的関係、スキーマで言えば

内容スキーマに相当する(石井2005、夢.129)。

 文章理解がどのような殺階を経るかについては、まず、一般的、抽象的な知識であるスキーマが必

要であり、文章の理解において使う知識体系であるスキーマを持たなかったり、もっていてもうまく

呼び出しができない場合にはほとんど理解も記憶もできないということになってしまう(市川1995、

!997>とし、スキーマの重要性を強調している。

 臨key(1988)は、そもそも下位の言語処理が出来なければ読みは成立しないのであって、いかに

トップダウン処理を働かせようとも、読み手の持つ世界知識が果たす役割には限界があると指摘して

いる。

 G紬eq988)においても次のようにトップダウン処理を批判している。 (1)劣った読み手の中

には、予測などの推論を活発に行い、過剰にトップダウン処理をすることで読み誤っているものがい

る、 (2)逆に優れた読み手は内容語のほとんどを読んでおり、文脈からの予測をほとんど行ってい

ない、 (3)単語認知研究によると、文脈からの予測を活性化するのに必要な時間よりも、語彙の形

を認知する時間の方が短い、などの事実は、スキーマ理論によるトップダウン処理の有効性と矛盾す

るという批判をしている。

 以上のようなトップダウン処理とボトムアップ処理のうち、どちらで読み手は文章を理解するかを

論じることはあまり生産的なものとは思えない。それは、リーディングを行う時には、両方が別個と

して成り立つのではなく、相互作用的な関係にあると考えるからである(石井2005)。

2.魂.2認知モデル研究からの知見

 海保(ユ988)は、コンピュータによる情報処理の用語を駆使して、入間の頭の中で行われる情報の

符号化、貯蔵、検索などを次のようにモデル化している。短期記憶の働きは、短期間の情報処理が行

い、外からの情報を入間が処理できる符号に変換する、処理のコントロールの3段階を経ることであ

る。長期記憶の働きは短期記憶で処理するために必要な情報を提供し、そしてそこで処理された情報

を長期間にわたり蓄えておくことである。

 短期記憶内にとどめておける情報量の上限は、7±2であり、情報の単位を目立たせるようにすれ

ば、みかけ以上にたくさんの情報を記憶できるとし、この単位をチャンク(廠羅kかたまり)と呼ん

でいる。さらに、海保(!988)は、情報を提示する時にチャンク化しやすいように工夫してやると情

報の受け手は処理が楽になるとし、そのポイントとして、「似たもの」 「意味的にまとまったもの」

「大事なもの」が見た騒に一まとまりになるようにすることを挙げている。これら3つのポイントは

作文教育にも応用できるものであると考える。また、短期記憶の中に符号化されるためには、長期記

憶のなかに符号化に必要な知識があらかじめ貯蔵されている必要があるという。たとえば、短時間覚

えておけばいいのなら長期記憶は不要であるが、ある判断をするために足りない情報があれば、外か

ら或いは貯蔵されている知識の中から取り出してこなければならないということになる。すなわち、

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日本語学習者の書く文章のわかりにくさについて

短期記憶と長期記憶の間の両方向の情報の転送がスムーズに行われないと、支離滅裂な文章や話に

なってしまうことになると海保(1988)は主張する。

 寺内(2004)は、読み手がリーディング活動に着手した乾球から、読み手の頭のなかでリーーディン

グに関する様々な認知的活動が遂行されるという。たとえば、読み手は、まず当該の文字ならびに単

語の認識・識別に着手し、語彙処理からチャンキングなどに基づく句単位の処理を経て、談話処理、

談話理解を経て、文章処理・文章理解や文脈処理へと進んでいく。これらの一連の認知的活動では、

例えば読み手の認知能力はもとより、テクストの文脈情報などに基づく意味の適切な推論や長期記憶

に蓄えられている様々なスキーマの活性化などが同時駆動的にあるいは相補的に機能し、語彙や文意

の効率的な推定や単語処理、談話処理、意味処理、文脈処理などが適切に遂行されるという。

 文章理解の過程における認知モデルについては、石井(20051131一ユ32>にも見られる。文章理解

の過程には、言語処理や推論などの多様でかつ複雑な認知処理が含まれているが、処理をするために

は情報の記憶保持が必要である。例えば、指示詞が指す先行部の特定という処理をするためには、先

行部が含まれる文または先行部を保持していなければならない。このような保持と処理を行う場が

ワーキングメモリ(WM)である。保持のユつは、新しい情報の一時的保持である。ただし、 WMは

情報をいつまでも保持しておくことはできず、一定時間が過ぎると忘れ去られてしまうかまたは必要

なものであれば長期記憶に送られる。そのため、指示詞の先行部が以前に処理されたものであれば、

それを長期記憶から取り出して(これを想起という)保持する。また、すでに自分が知っている知識

は長期記憶に貯蔵されているが、そのままでは使うことができないので、やはり取り出してWM内に

保持する。このようにしてはじめて新しい情報と既有知識を照らし合わせるような操作が可能とな

る。

2.羅.3認知心理学研究からの知見

 西林(2005)は、読み手がどのような時に「分からない」状態に陥るのかについて次のようにまと

めている(夢.35)。

  ①文章や文において、その部分間に関連がつかないと、「分からない」という状態を生じる。

  ②部分間に関連がつくと「分かった」という状態を生じる。

  ③部分間に関連が以前より、より緊密なものになると、はり分かった」「よりょく読めた」

   という状態になる。

  ④部分間の関連をつけるために、必ずしも文中に記述のない事柄に関する知識を、また読み手

   が作り上げた想定・仮定を、私たちは持ち出してきて使っている。

 西林の研究結果から、「分かる」状態になるためには「部分間の関連が重要」であるといえる。

 また、文章を読み手の理解という観点から指摘している研究もみられる。秋田・久野(2001)は、

文章理解のプロセスでは、命題間の重なりや因果関係を把握することが重要とされるが、このような

語句と語句、文と文あるいは段落と段落といった文章中の成分のつながりを連接性と定義している。

この連接性は文章中の成分の大きさによって分けられ、文章全体に関わるつながりを全体レベルの連

接性、語句と語句や文と文などより細分化されたレベルでのつながりは局所レベルの連接性とされ

る。

 石井(2005)は、省略や語彙的関係によって相互に関係があることが示されるとし、結東作用の重

要性を指摘している。また、市川(1995)は、読み手の記憶の負担を著しく減らす方法として、 「概

念や命題の問の関係を明らかに」して整理することと、命題Aからごく当然のこととして命題Bが導

き出されるという「連鎖」を提示している。

 西林(2005)らの研究結果から、文章が分かりやすい状態になるためには部分間の連続性が重要で

あることが分かった。この「部分間の連続性」は文章のある部分を他に結びつけるという意味で

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ポリグロシア 第12巻(2006年ユ2月)

撫互1iぬy&Has躁の「結束性」としてとらえることができる。

3.結論

 以上の読み手の観点を図式化すると以下の図の通りである。

 読み手は文章に接した瞬間から文章理解のために言語処理や推論などの多様でかつ複雑な認知処理

を行う。この時、一旦短期記憶として処理された情報は、必要によってリハーサルを通して長期記憶

となったり、さらにスキーマとなったりする。また、短期記憶における処理の際に読み手がすでにテ

クストに関するスキーマを有していると、スキーマから当該知識を取り出して推論を行う。このよう

な処理が多様に行われることにより、はじめて新しい情報と既有知識を照らし合わせる操作が可能と

なる。さらに、この形式スキーマにおいてもっとも重要な役割を占めるのが言語的側面に含まれる

「結束性」であり、この「結束性」に欠けると読み手は内容スキーマを活性化する段階まで至らなく

なる。また、「結束性」を持たせるためには、全体レベルの連鎖と局所レベルの連鎖が重要であり、

局所レベルの連鎖には接続詞の消去、代名詞、省略などの結束的要因がある。

〈図〉 読み手による理解の過程

文章∴,T_恥跡キー∴内容スキーマ轟作文

亡=±三L二二1一

縄.今後の課題

 本研究では、学習者の文章の分かりにくさを究明するため、言語的側面と認知的側面の両方から分

析、考察した。その結果、読み手の内容スキーマ、形式スキーマに反するときに学習者の文章が分か

りにくくなるという結論に達した。特に、形式スキーマに欠けると読み手の内容スキーマを活性化す

ることさえできない。さらに、この形式スキーマには「結束性」が最も重要な働きをすることが分

かった。しかし、この結果は、先行研究からの知見であり、実際に学習者の文章が結束性に欠け、ま

た、読み手は結束性がない文章に接したとき、分かりにくい状態に陥るかどうかについてはまだ不明

確なままである。これらのことは次の課題とし、調査を通して明確にしていきたい。

ユ.田代(2005)における文章の長さとは、文章全体の量を指すものと考える。

2.浅井(2002)における1文章あたりの文節数とは、文章全体に対する文節数の割合を指すものと考える。

3。節の拡がり1馬鞭が並列型と結び付けられるごとに大きくなる。

 節の深さ1副詞節、連体節、補足節が主節に埋め込まれるごとに深くなっていく。

4。補足語修飾節1「この小説を書いた作家」のように被修飾名詞が連体節中の述語に婦する補足語の関係にある

  もの。

  内容節:「政治家が賄賂をもらった事実」のように被修飾名詞が指し示す紺象の内容を表すものである。

5.・いま日本の新聞にはいつもゴミ処理の問題について論じる文章がある。

 ・何百何千年後、私たちの子孫は、きっとこんなゴミを埋めてしまった私たちを非難するだろう。

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蔵本語学習者の書く文章のわかりにくさについて

6.・「環境を守る」というあまりに大きな目標のため、「自分一人が何かしても… 。」というあきらめにも似                    鳩  た黙認の態度もあるだろう。(連体助詞)

 ・これには社会的合意に基づく法的規制で対処すれば良い。(手段)

7.粗大ゴミを出すのにお金を払わなければならなくなったら粗大ゴミの量が減ったらしい。

8.学:買い物の時、自分が袋を持っていれば、ごみの量が必ず減っていくと思う。

  臼:ごみを増やさないためには、再利用可能なモノ、もしくは土へ還るモノを消費すればよいのだが、この

 膿まず障害となるのはコストである。

9.上海も日本の方法を参考にしていろんな対策を考えています。(付帯状況)

10.我々は日常生活にもっと心をかけて、ゴミをそれ以上に生み出さないで、ゴミの問題をもっと真剣に考え                噛                                                    (ノヘノ

 て、それでゴミの問題をいっかに解決できると思う。(並列)

 晒!!.例)韓国人学習者の文

 いもうとはそれを自分の好きな入につたえるつもりで、砂場へ行って好きな男の子を見つけて、それをあた

  えたが男の子がゆだんして、その風船が二入の手からすべて、空中へ飛び込んでしまった。

 例)日本語母語話者の文

  自分の風船をプレゼントした妹は怒って、その子をなぐり、男の子は泣き出してしまいました。

 女の子は怒って、友だちの頭を…國たたいてそのまま帰ってしまい、残された友だちは砂場でわんわん泣い

 ていました。

 →田本語話者は一文中で動作主体が変わった場合、並列としての意味をもつ「連用接続」で接続している。

12.(この訳は、Carre難&好量s搬薮olδ(1983/1988)の定義を石井(2005)が行ったものである。〉

 スキーマ理論では、文章処理に関与するスキーマとしては、内容スキーマと形式スキーマの2つが想定され、

 研究が進められてきた。内容スキーマとはテクストの内容領域に関係する背景知識のスキーマ、形式スキー

 マとはテクストの多様なタイプの形式的修辞的組織化の構造に関する背景知識と定義されている。

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