溶接割れを視る - 株式会社ihi...ihi 技報 vol.57 no.4 ( 2017 )...

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24 IHI 技報 Vol.57 No.4 ( 2017 ) 株式会社 IHI 溶接割れを視る その場観察手法を用いた高精度な溶接割れ評価 高速度カメラの普及によってさまざまな現象を「 視る 」ことが可能となっている.溶接割れ現象を「 視る 」ことで溶接 割れ発生時の状況や材料の割れやすさをより詳細に知ることができ, 「 割れない溶接 」を目指した溶接施工の一助となる. 株式会社 IHI 技術開発本部 生産技術センター 溶接技術部 阿部 大輔 溶接割れの評価 IHI では,その製品の多くに溶接技術が使われてい る.溶接は文字どおり材料を溶融・凝固させて材料同 士を接合する技術であるが,材料の組み合わせや溶接 の条件によっては,溶接割れと呼ばれるき裂が生じる 可能性がある.製品は所定の検査を行い,溶接割れも 含めて問題となる欠陥がないことを確認した後に出荷 されるが,より健全な溶接部を得るためには,あらか じめ材料の割れやすさを把握し,割れ発生の懸念が小 さい溶接材料,溶接条件を選ぶことが重要である.こ のため, IHI ではさまざまな溶接割れ評価を行っている. 溶接割れ評価では,対象とする溶接割れの種類や評 価の目的( 溶接材料や溶接条件の評価・判定,また は実製品溶接部の健全性の確認 )に応じて適正な試 験方法を選択する.例えば,ステンレス鋼やニッケル 基超合金であれば,高温割れと呼ばれるおおよそ 800℃以上の高い温度域で生じる溶接割れが問題にな ることが多い.高温割れの評価では,実験室的な試験 であるフィッシャベンド試験,バレストレイン試験に より製品溶接に使用する溶接材料の評価・判定を行っ ている.また,実製品における溶接部の健全性の確認 として製品製造時と同じ材料,同じ条件で製作した試 験体を表面から薄く削りこみ,各露出面に溶接割れが ないことを確認する段削り試験などを必要に応じて 行っている. 溶接割れ評価試験では,通常,溶接割れが発生した ( 発生させた )後に,割れの数や長さなどの性状を確 割れ観察イメージ 割れの多い溶接 割れの少ない溶接 500 700 900 1 100 1 300 1 500 7 6 5 4 3 2 1 0 温 度(℃) 付加ひずみ量(%) 溶接条件改善 溶接割れの観察 割れない溶接を 目指す! 割れやすい 温度・ひずみ範囲

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Page 1: 溶接割れを視る - 株式会社IHI...IHI 技報 Vol.57 No.4 ( 2017 ) 27我が社のいち押し技術 その場観察結果から得られた割れやすさ 割れ発生限界ひずみ量

24 IHI 技報 Vol.57 No.4 ( 2017 )

株式会社 IHI

溶接割れを視るその場観察手法を用いた高精度な溶接割れ評価高速度カメラの普及によってさまざまな現象を「 視る 」ことが可能となっている.溶接割れ現象を「 視る 」ことで溶接割れ発生時の状況や材料の割れやすさをより詳細に知ることができ,「 割れない溶接 」を目指した溶接施工の一助となる.

株式会社 IHI技術開発本部 生産技術センター溶接技術部 阿部 大輔

溶接割れの評価

IHI では,その製品の多くに溶接技術が使われている.溶接は文字どおり材料を溶融・凝固させて材料同士を接合する技術であるが,材料の組み合わせや溶接の条件によっては,溶接割れと呼ばれるき裂が生じる可能性がある.製品は所定の検査を行い,溶接割れも含めて問題となる欠陥がないことを確認した後に出荷されるが,より健全な溶接部を得るためには,あらかじめ材料の割れやすさを把握し,割れ発生の懸念が小さい溶接材料,溶接条件を選ぶことが重要である.このため,IHI ではさまざまな溶接割れ評価を行っている.溶接割れ評価では,対象とする溶接割れの種類や評

価の目的(溶接材料や溶接条件の評価・判定,また

は実製品溶接部の健全性の確認 )に応じて適正な試験方法を選択する.例えば,ステンレス鋼やニッケル基超合金であれば,高温割れと呼ばれるおおよそ800℃以上の高い温度域で生じる溶接割れが問題になることが多い.高温割れの評価では,実験室的な試験であるフィッシャベンド試験,バレストレイン試験により製品溶接に使用する溶接材料の評価・判定を行っている.また,実製品における溶接部の健全性の確認として製品製造時と同じ材料,同じ条件で製作した試験体を表面から薄く削りこみ,各露出面に溶接割れがないことを確認する段削り試験などを必要に応じて行っている.溶接割れ評価試験では,通常,溶接割れが発生した

(発生させた)後に,割れの数や長さなどの性状を確

割れ観察イメージ

割れの多い溶接

割れの少ない溶接

500 700 900 1 100 1 300 1 500

7

6

5

4

3

2

1

0

温 度 (℃)

付加ひずみ量

(%)

溶接条件改善溶接割れの観察

割れない溶接を目指す!

割れやすい温度・ひずみ範囲

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25IHI 技報 Vol.57 No.4 ( 2017 )

我が社のいち押し技術

そこで開発した光学系は,光学系に入射する光を二つに分け,それぞれ波長 850,950 nm のバンドパスフィルタを通した後,高速度カメラの一つの撮像素子に結像する構造としている.得られた二波長の像から計算により温度を算出している.次ページ上図に高速度カメラによる二波長の画像とそこから算出した温度分布を,バレストレイン試験後の外観とともに示す.試験後に割れ長さを評価するうえで十分に広い視野について,高速度カメラ画像と温度分布が得られていることが分かる.本例では,IHI の主力製品である LNG タンク用の材料に対し,バレストレイン試験条件として,アーク電流 200 A,アーク電圧 15 V,トーチ走行速度 1.6 mm/s,付加ひずみ量最大 5.88%を選定した.また高速度カメラの観察条件は,フレームレート 2 000 fps,シャッター速度 1/2 000 s,倍率 100 倍とした.

溶接割れ発生時の様子

バレストレイン試験で発生させた高温割れの,その発生からの状況を捉えた高速度カメラ画像を次ページ下図に示す.幾つか割れが発生したが,参考としてこの試験で生じた最も長い割れを「溶接割れ」として示す.溶融池に浮いたスケールの隙間から割れが発生し,時間の経過(≒付加ひずみ量の増加)に伴い割れが進展する様子が見られる.割れ開始時の付加ひずみ量は 0.35%である.割れ開始から完了まで約 0.03 s

という短時間の現象であるが,高速度カメラを用いて2 000 fps の条件で観察することにより,その一部始

認することで割れやすさを評価している.つまり割れがどのような箇所に発生し,どのように進展するのかは試験からは知ることができない.しかし,割れ発生の瞬間を観察し,割れ発生位置や温度,ひずみなどを詳細に知ることができれば,抜本的な割れ対策を行うことが可能になると期待される.そこで,近年,高速度カメラを用いた溶接割れの観察に取り組んでいる.

二色法温度計測による観察

一例として,高温割れ評価試験の一つであるバレストレイン試験にて発生させた高温割れを,その場観察した結果を紹介する.バレストレイン試験は,評価試験片を TIG アークにより溶融させながら強制的に曲げ変形を与えて,高温割れを再現する試験である.その特徴として,評価試験片の表面に高温割れが再現されるため,上部から高速度カメラで観察するのに適している.本例では,TIG トーチ後方に市販の高速度カメラ

を配置し,さらに,IHI で開発した二色法温度計測に対応した特殊な光学系を取り付け,映像と温度分布を取得できる機構とした.二色法温度計測は特定の二波長の輝度から温度を算出する手法である.通常,放射光 ( I ) は式 ( 1 ) に示すとおり波長 ( l ),温度 ( T ),放射率 ( e ) の関数で表されるが,二波長の輝度比

( I1 / I2 ) をとることで,式 ( 2 ) のとおり放射率 ( e ) に依存しない温度の導出が可能となる.

I f T= ⋅ ( )e l , ……………………………… ( 1 )

I

I

f T

f T1

2

1

2

=⋅ ( )⋅ ( )

e le l

,

, …………………………… ( 2 )

バレストレイン試験の観察模式図

曲げブロック

ヨーク( 曲げ支点 )ヨーク( 曲げ支点 )

試験片

高速度カメラ二色法温度計測用光学系

TIG トーチ溶接方向

溶接方向

曲げブロック

試験片

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26 IHI 技報 Vol.57 No.4 ( 2017 )

終を捉えることができている.また,高速度カメラ画像を基に二色法温度計測によ

り算出した温度分布を次ページ上図に示す.割れ開始点における温度は 1 437℃であり,そこから割れが低温側に進展し,割れの範囲が 1 157℃までであることが分かる.

より健全な溶接技術を目指して

観察で得られた,割れ開始時から割れ完了時までの付加ひずみ量と割れ位置(両端)の温度範囲から,評価材料における割れやすい領域を知ることができる.本マップに基づき,製品の溶接施工時において,割れやすい領域を避ける溶接条件を選定することで,溶接

割れの発生を極力抑えた製品溶接が可能である.本例のように溶接割れを直接観察することで,溶接施工時に割れやすい領域を詳細に知ることができ,これを避けた溶接条件を選定することで,製品溶接部の信頼性を高めることが可能である.また,高速度カメラによる観察は非常に短時間の現象を捉えることが可能であることから,近年,IHI 製品への適用が進みつつあるレーザ溶接など,より速い溶接現象に対しても適用可能である.現状はまだ観察例が少なく,観察結果の検証が不足している部分もあるが,今後,観察例を増やして高温割れ発生メカニズムの理解を深め,より健全な溶接継手が得られる施工技術の確立に役立てていく.

高速度カメラ画像

2 mm2 mm 2 mm 2 mm

溶接割れ

溶融池

溶接割れ

溶接割れ溶接割れ

溶接方向

割れ開始からの時間 :0.000 s付加ひずみ量 :0.35%

割れ開始からの時間 :0.003 s付加ひずみ量 :0.47%

割れ開始からの時間 :0.012 s付加ひずみ量 :1.63%

割れ開始からの時間 :0.032 s付加ひずみ量 :3.26%

株式会社 IHI

バレストレイン試験のその場観察結果の例

2 mm2 mm 2 mm 2 mm

溶接割れ溶接割れ

溶接割れ溶接割れ

溶接方向

( a ) 高速度カメラ画像   ( 850 nm フィルタ )

( b ) 高速度カメラ画像   ( 950 nm フィルタ )

( c ) 二色法処理画像   ( 温度分布 )

( d ) 実体顕微鏡画像   ( 試験終了後 )

:~ 1 000℃:1 001~ 1 100℃:1 101~ 1 200℃:1 201~ 1 300℃:1 301~ 1 400℃:1 401~ 1 500℃:1 501~ 1 600℃:1 601~ 1 700℃:1 701℃~

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27IHI 技報 Vol.57 No.4 ( 2017 )

我が社のいち押し技術

その場観察結果から得られた割れやすさ

割れ発生限界ひずみ量 = 0.35%

温 度 (℃)

付加ひずみ量

(%)

500 700 900 1 100 1 300 1 500

7

6

5

4

3

2

1

0

割れやすい領域

●:各観察時点における付加ひずみ量と割れ両端の温度

問い合わせ先株式会社 IHI

技術開発本部 生産技術センター 溶接技術部電話( 045)759 - 2812

https://www.ihi.co.jp/

二色法温度計測結果

2 mm2 mm 2 mm 2 mm

溶接割れ( 1 437℃ )

溶接割れ

溶接割れ溶接割れ

溶接方向

割れ端温度1 157℃

割れ開始からの時間 :0.000 s付加ひずみ量 :0.35%

割れ開始からの時間 :0.003 s付加ひずみ量 :0.47%

割れ開始からの時間 :0.012 s付加ひずみ量 :1.63%

割れ開始からの時間 :0.032 s付加ひずみ量 :3.26%

:~ 1 000℃:1 001~ 1 100℃:1 101~ 1 200℃

:1 501~ 1 600℃:1 601~ 1 700℃:1 701℃~

:1 201~ 1 300℃:1 301~ 1 400℃:1 401~ 1 500℃

レーザ溶接への適用例

:~ 1 100℃:1 101~ 1 200℃:1 201~ 1 300℃:1 301~ 1 400℃:1 401~ 1 500℃:1 501~ 1 600℃:1 601~ 1 700℃:1 701~ 1 800℃:1 801~ 1 900℃:1 901~ 2 000℃:2 001℃~

高速度カメラ画像 二色法処理画像( 温度分布 )

溶接方向

溶接割れ

溶接割れ