つらさの包括的評価と 症状緩和 - jspm-peace.jp · 死への恐怖 自責の念...

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1 The PEACE project ⓒ JSPM 2009 Palliative care Emphasis program on symptom management and Assessment for Continuous medical Education Palliative care Emphasis program on symptom management and Assessment for Continuous medical Education つらさの包括的評価と 症状緩和 メッセージ 病気の治療のみでなく、痛みをはじめとする 苦痛(つらさ)にも目を向ける 患者は苦痛を訴えることが難しいことがある 苦痛をスクリーニングしたのち、包括的に評 価し、適切に対応することが不可欠である 多様な苦痛に対処するため、チームアプロー チが重要である 患者さんの声を聞いてみましょう 苦痛(つらさ)に目を向ける 苦痛(つらさ)に目を向ける 患者さんの抱えている苦痛をどのように 捉えていったらよいでしょうか? まずどのように問いかけますか?

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Page 1: つらさの包括的評価と 症状緩和 - jspm-peace.jp · 死への恐怖 自責の念 スピリチュアルペイン 身体的苦痛 •痛み 呼吸困難 •倦怠感 •口内炎、悪心

1 The PEACE project ⓒ JSPM 2009

Palliative care Emphasis program on symptom management and Assessment for Continuous medical Education

Palliative care Emphasis program on symptom management and Assessment for Continuous medical Education

つらさの包括的評価と 症状緩和

メッセージ

• 病気の治療のみでなく、痛みをはじめとする

苦痛(つらさ)にも目を向ける

• 患者は苦痛を訴えることが難しいことがある

• 苦痛をスクリーニングしたのち、包括的に評

価し、適切に対応することが不可欠である

• 多様な苦痛に対処するため、チームアプロー

チが重要である

患者さんの声を聞いてみましょう

苦痛(つらさ)に目を向ける

苦痛(つらさ)に目を向ける

• 患者さんの抱えている苦痛をどのように

捉えていったらよいでしょうか?

• まずどのように問いかけますか?

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2 The PEACE project ⓒ JSPM 2009

Palliative care Emphasis program on symptom management and Assessment for Continuous medical Education

開かれた質問から始める

• まず「開かれた質問」で患者が心配して

いることを聞く

困っていることは 何ですか?

開かれた/閉じられた質問を組み合わせる

• 開かれた質問 (open-ended question)

「今、困っていらっしゃることは何ですか?」のように、はい・

いいえで答えることができず、受け手の自由な応答を促す質問

• 閉じられた質問 (closed question)

「痛みがありますか?」など、はい・いいえで答えられる質問

特定の問題についての情報を収集するために有用

痛いですか?

痛みはだいじょうぶ。 でも実は違う心配が あるんだけどなあ…

生活の支障を聞く

• 症状が生活に及ぼしている支障を聞き、

症状緩和の目標設定を行う

(その症状のために)生活でど

んなことに困っていますか?

苦痛のスクリーニング

苦痛のスクリーニング

• 緩和ケアががんと診断された時から提供されるよう、がん診療に携わる全ての診療従事者により、以下の緩和ケアが提供される体制を整備すること

– がん患者の身体的苦痛や精神心理的苦痛、社会的苦痛等のスクリーニングを診断時から外来及び病棟にて行うこと。また、院内で一貫したスクリーニング手法を活用すること

– 緩和ケアチームと連携し、スクリーニングされたがん疼痛をはじめとするがん患者の苦痛を迅速かつ適切に緩和する体制を整備すること

平成26年1月 がん診療連携拠点病院等の整備に関する指針

スクリーニングの方法

• スクリーニングに用いる調査票 – 生活のしやすさに関する質問票

– Edmonton Symptom Assessment System (ESAS)

– Palliative Care Outcome Scale (POS)

– MD Anderson Symptom Inventory (MDASI)

• スクリーニングを行う場所

– 入院

– 外来

– 化学療法室

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3 The PEACE project ⓒ JSPM 2009

Palliative care Emphasis program on symptom management and Assessment for Continuous medical Education

スクリーニングに用いる調査票

• ここに各施設で使用されているスクリー

ニングツールを貼り付ける

• 必要に応じて、巻末に資料としても挟む

生活のしやすさに関する質問票

ESAS-r-J スクリーニングの課題

• スクリーニングの後、適切なマネジメン

トを行うことが不可欠 Bultz BD. J Natl Compr Canc Netw 2013

• スクリーニングで終わらせない

–スクリーニングされた苦痛について包括的な

評価を行う

–評価した苦痛に対処(症状緩和)を行う

スクリーニングで終わらせない

鈴木さん66歳

つらい…

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4 The PEACE project ⓒ JSPM 2009

Palliative care Emphasis program on symptom management and Assessment for Continuous medical Education

鈴木さんは2年前から大腸がんの治療を受けています。

現在行っている抗がん剤により、口内炎と悪心が出てい

るようです。最近、腰椎の転移が見つかり、今後、放射

線の治療を予定しています。腰部の痛みがあるため、妻

に支えられて歩いています。食欲低下があるようで、食

事量が減っています。倦怠感のためか、横になっている

ことが多くなっています。夜間は十分眠れていないよう

です。

鈴木さんが「つらいです」と言ってきました。

鈴木さん66歳

全人的苦痛 Total Pain

全人的苦痛

痛み

他の身体症状

日常生活動作の支障

身体的苦痛

不安

いらだち

うつ状態

精神的苦痛

経済的な問題

仕事上の問題

家庭内の問題

社会的苦痛

生きる意味への問い

死への恐怖

自責の念

スピリチュアルペイン

鈴木さん 担当医に対して

「とにかく口の中の痛みと、吐き気ですね。それさえなけ

れば楽なんですけどね。あとは仕方ないと思ってます。

頑張ってもっと食べなければと思ってるんですが、それ

がなかなか。腰も痛いし、なんだかだるくて。今は動く

気になりませんが、治療すれば良くなるって期待してい

ますよ。」

鈴木さん 看護師に対して

「痛いし、吐き気もつらい。こんなにつらい思いをすると

は思っていなかった。お金を払ってこんなつらい思いを

するなんてね。退職金も切り崩してるんです。こんなこ

となら治療しないで、早く逝ったほうが家族のためなん

じゃないかって思うときもあります。少しでもお金を残

すほうが、家族のためなんじゃないかって。でも、死ぬ

のは恐いよ、死にたくないとも思う。人間って勝手です

よね。こんなことは家族には言えないよね、心配かけた

くないから。」

鈴木さん 理学療法士に対して

「痛いし、だるいし、動きたくても動けないんですよ。こ

うやって出来ない自分にいらいらするんです。もう高望

みはしないので、せめて1人でトイレに行きたい。人に

頼らず自分のことは自分でするって大事だと思うんです。

これまでそうしてきたから。あまり妻に負担をかけたく

ないんです。妻はよくやってくれています。私の世話と

家のことと。先月、娘夫婦に子供が生まれましたので、

そのこともありますし。孫のことが唯一、希望の光です

よ。」

痛み 不安 申し訳 なさ

抑うつ 家族の 心配

鈴木さんの苦痛

だるさ

金銭面 死の恐怖

吐き気 不眠 口内炎

後悔 食欲不振

心配かけ たくない

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5 The PEACE project ⓒ JSPM 2009

Palliative care Emphasis program on symptom management and Assessment for Continuous medical Education

全人的苦痛 Total Pain

全人的苦痛

痛み

他の身体症状

日常生活動作の支障

身体的苦痛

不安

いらだち

うつ状態

精神的苦痛

経済的な問題

仕事上の問題

家庭内の問題

社会的苦痛

生きる意味への問い

死への恐怖

自責の念

スピリチュアルペイン

身体的苦痛

• 痛み

• 呼吸困難

• 倦怠感

• 口内炎、悪心

• 不眠

• 歩行困難

• 関節炎による膝痛

• …

精神的苦痛

• 気分がすぐれない

• いらいらする

• そわそわして何も手につかない

• この先どうなるか不安だ

• とにかく元気がでない

• 心配はかけたくない

• 妻に申し訳ない

• 家族の今後が心配

• …

社会的苦痛

• 治療費が払えるかどうか

• 病気のために仕事に行けない

• 家のローンが払えるのか

• 病院での生活が苦手

• 新たな人間関係がわずらわしい

• 家で過ごしたいが可能だろうか

• 子供に病気をどう伝えたらいいだろうか

• …

スピリチュアルペイン

自分の存在や意味を問うことに伴う苦痛

• 死ぬのがこわい

• 自分の人生に価値があったのか

• あの時ああしておけばよかった(後悔)

• 優しくしてもらえる人間ではない(罪責感)

• 迷惑をかけるばかりだ

• なぜ私だけが?

• …

全人的苦痛 Total Pain

口内炎、悪心、腰部の痛み、歩けないこと

食欲低下、倦怠感、眠れない

身体的苦痛

不安

気分がすぐれない

いらだち

申し訳なさ

気丈にふるまう

精神的苦痛

家族の負担

心配をかけたくない

医療費の問題

家族の今後を心配

社会的苦痛

死ぬのが怖い

早く逝ったほうがいいのでは

スピリチュアルペイン

鈴木さんの苦痛を整理してみる

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6 The PEACE project ⓒ JSPM 2009

Palliative care Emphasis program on symptom management and Assessment for Continuous medical Education

チームアプローチ

ただの“分業”ではなく、話し合って有機的

に動くチーム

チームアプローチ

• 鈴木さんの苦痛への対応について医療チームで話し合った

• 主治医は、支持療法を見直すとともに、骨盤の痛みや、他の身

体症状、精神的苦痛について、必要な検査を計画した。放射線

治療医、精神科医などへの相談を検討した

• 看護師は口腔ケアを強化することにした

• 医療費についてMSWに相談することにした

• チームメンバーそれぞれが、鈴木さんの気がかりに、より焦点

をあてて関わることを共有した

• 鈴木さんや、鈴木さんの家族から得られたことについて、情報

共有を密にすることを再確認した

鈴木さんの苦痛

口内炎はひどくならずにすんでいます。薬の調整後、

悪心はほぼなくなり、抗がん治療が続けられています。

腰の痛みは放射線、鎮痛剤、コルセットでだいぶ良く

なり、妻に頼らず歩けるようになりました。抑うつ状

態と診断されましたが、薬を飲みだしてしばらくして

気持ちが軽くなり、食欲も出てきて、倦怠感も軽く

なっています。高額療養費制度を利用し、お金がいく

らか戻ってきました。家族とは病気のこと、これから

のことなど、様々な話題について話せるようになりま

した。

痛み 不安 申し訳 なさ

抑うつ 家族の 心配

鈴木さんの苦痛

だるさ

金銭面 死の恐怖

吐き気 不眠 口内炎

後悔 食欲不振

心配かけ たくない

鈴木さんの苦痛

申し訳 なさ 家族の

心配

死の恐怖

後悔

心配かけ たくない

苦痛の評価だけではなく

• 苦痛は患者さんの一側面

• 患者さん=生活者・人生を生きるひとり

の人間という視点

–希望:孫との関わり

–信念:自律を保ちたい

–価値観:家族のことを気遣う気持ち

–支えとなるもの:家族の存在

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7 The PEACE project ⓒ JSPM 2009

Palliative care Emphasis program on symptom management and Assessment for Continuous medical Education

症状緩和は重要

• まずは、痛みをはじめとする苦痛症状の

緩和をしっかり行う

申し訳 なさ 家族の

心配

死の恐怖

後悔

心配かけ たくない

支援 価値

家族の 支え

生の 喜び

申し訳 なさ

家族の 心配

苦痛を減らすだけではなく

死の恐怖

後悔

心配かけ たくない

まとめ

• 病気の治療のみでなく、痛みをはじめとする

苦痛(つらさ)にも目を向ける

• 患者は苦痛を訴えることが難しいことがある

• 苦痛をスクリーニングしたのち、包括的に評

価し、適切に対応することが不可欠である

• 多様な苦痛に対処するため、チームアプロー

チが重要である

補助スライド

苦痛の評価だけではなく

「あなたの人生の目的は何ですか?」

「家族を愛し、学校づくりを進めることです。」

「それなら、できる限り学校に行きなさい。それがあなたに とって一番の薬です。それが続くように、私も医療面から サポートしますから」

大瀬さんは尋ねた。「入院しなくてもよいのでしょうか?」

「入院して、抗がん剤をやればがんの進行を抑制できるかも しれませんが、副作用が出て、学校には行けなくなるでしょう。 そちらをお望みならそうしましょう」

大瀬さんは少し間を置いた。

「いや、私は学校に行く方を採ります」

神奈川新聞報道部「いのちの授業 がんと闘った大瀬校長の六年間」2005年 新潮社

新設小学校の名物校長が胃がんになり、腹膜播種で再発したとき、 主治医は校長にこう尋ねる…

チームアプローチの意義

• 多職種で多様な問題に対処できる

• 様々な人が関わることで、患者の思いが

表出されやすくなる

• 知識・技術のマンネリ化が起こりづらい

• チーム構成員自身のケアとなる

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8 The PEACE project ⓒ JSPM 2009

Palliative care Emphasis program on symptom management and Assessment for Continuous medical Education

評価と人間的対応のバランス

苦痛の 系統的かつ 詳細な評価

評価せず ひとりの人間 として対応