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+ HA Mitsunobu Mitsunobu Mitsunobu Reagents Mitsunobu Reagents TMAD CMBP CMMP TMAD N C N N C Me Me Me O O PBu 3 NC NC NC PMe 3 NC N C N N C N O O N C N N C N Me N Me Me Me Me O O PBu 3 NC NC NC PMe 3 NC CMBP CMMP R OH R A New ADDP ADDP N C N N C N O O

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  • + HAMitsunobuMitsunobu

    Mitsunobu Reagents Mitsunobu Reagents

    TMAD

    CMBP

    CMMP

    TMAD

    N C N N C

    Me

    Me

    Me

    O O

    PBu3NC

    NC

    NC

    PMe3NC

    N C N N C N

    O ON C N N C N

    MeN

    Me

    MeMe

    Me

    O O

    PBu3NC

    NC

    NC

    PMe3NC

    CMBP

    CMMP

    R OH R A

    New

    ADDPADDP

    N C N N C N

    O O

  • 2

    2004. 7 number 123

    寄稿論文

    新光延試薬

    徳島文理大学 薬学部教授 角田 鉄人助手 加来 裕人

    名誉教授 伊東  椒

    1. はじめに

     ジエチルアゾジカルボキシレート(DEAD)とトリフェニルホスフィン(TPP)の存在下に,アルコールと活性プロトンを持つ多種多様な求核剤(HA)とを脱水的に縮合させる光延反応は,有機合成化学を支える重要な素反応の一つとして不動の地位を占めている(スキーム1)。1,2)

    OBz

    TfNMe

    87%

    TfNHMe

    DEAD-TPPOBz

    OH

    Scheme 2.

    O PPh3

    HN3

    COOH

    OH

    Oxygen

    PPh3

    +

    SulfurCarbon

    Nucleophiles (HA)

    Nitrogen

    HA

    ex.

    HTsNMe

    TfNMeH

    2

    1

    R OH R A

    HN

    O

    O

    O O

    HO

    SH

    CN

    CNH

    H

    EtO C

    O

    NH

    NH

    C

    O

    OEtEtO C

    O

    N N C

    O

    OEt

    Scheme 1.

     この反応では,TPPはホスフィンオキシド1に酸化され,DEADはヒドラゾ化合物2に還元される。同時にアルコールと求核剤とが脱水縮合する。脱水縮合と言いながら水分子は生成せず,アルコールの酸素はTPPに,アルコールの水酸基上のプロトンと求核剤の活性プロトンはDEADに移動する酸化還元縮合(redox condensation)2) である。反応は,温和な条件下でアルコールを直接系内で活性化して,その炭素-酸素結合を開裂させるという点で際だっている。また2級アルコールの場合には,そのカルビニル炭素の立体配置を完全にWalden反転できる反応として,高く評価されている(例:スキーム2)。3)

  • 3

    2004. 7 number 123

     このような光延反応の優れた特徴は,有機合成化学者に多くの恩恵をもたらしてきた。しかし,完成し尽くされた感のあった光延反応にも克服し難い限界があった。「光延反応の収率は求核剤として用いる化合物の酸性度に大きく依存する」,とりわけ「pKaが10~13の求核剤では収率は低下し,さらにpKa値が13以上の求核剤では反応しなくなる」1,2,4) という制約がその一つである(例:スキーム3)。我々の研究室では,このような制約を緩和ないし克服できる「新しい試薬」を開発してきたが,5) 本稿ではそれらの成果をかいつまんで紹介したい。

    (pKa = 8.3)

    +H

    (pKa = 11.7)

    +

    +

    (ii) 11 < pKa < 13

    (i) pKa < 11

    TsNMe

    (pKa = 13.3)

    0%

    EtOH

    51%

    (iii) pKa > 13

    91%

    DEAD-TPP

    DEAD-TPP

    DEAD-TPP

    HN

    O

    O

    Me OH

    OH

    N

    O

    O

    Et

    Me NTs

    Me

    OEt

    OEtO

    OOEt

    OEtO

    O

    HH

    Scheme 3.

    2. 新しい光延試薬の創製

    2.1. 新しいアゾ系試薬

     我々は先ず,新試薬開発のために光延反応と副反応の反応機構を考察した。現在受け入れられている基本的な機構をスキーム4に示すが,2) 反応が順当に進行する場合には path aをとおる。

    Scheme 4.

    EtO N

    O

    OEt

    O

    EtO

    Ph3P

    N

    O

    OEt

    O

    EtO N

    O

    OEt

    O

    N

    NH NH

    OR PPh3 OR PPh3AH AH

    HA RA

    ROH

    PPh3+

    desired reaction side reaction

    + ++ +

    1 22

    3

    5

    4

    5

    4

    (path a) (path b)

    6

    EtO C NH

    NR

    C OEt

    OO

    EtO C N N C OEt

    OO

  • 4

    2004. 7 number 123

     しかしHAの酸性度が小さい場合には,4によるHAからのプロトン引き抜きが抑えられ,これに代わって4が5を直接攻撃してアルキル化されたヒドラゾ体6を生じる(path b)。従って,この副反応を抑えることができれば,「pKaの制約」を乗り越えられると考えた。具体的には,酸性度の小さいHAからプロトンを引き抜けるように,4の塩基性を高めればよさそうである。そのために,DEADのアルコキシ基末端を電子供与性のより大きなアミノ基に換えた 7を反応中間体として考案した(スキーム5)。6,7) さらに窒素上のアルキル置換基の大きさが反応の効率などに影響することも考慮した。こうして誕生したのがアゾジカルボキサミド類,N,N,N',N'-tetraisopropylazodicarboxamide(TIPA),8) 1,1'-(azodicarbonyl)dipiperidine(ADDP),7) N,N,N',N'-tetramethylazodicarboxamide(TMAD)8,9) である。

    Scheme 5.

     さらに,研究途上,試薬が自滅してしまう新たな競争的副反応が見つかった。反応が思うように進行しない場合,第一段階で生成したベタイン8が分子内閉環して,オキサジアゾール9を与えてしまう時がある(スキーム6)。8) この副反応を抑制するために,閉環しにくい中員環状アゾ化合物1,6-dimethyl-1,5,7-hexahydro-1,4,6,7-tetrazocin-2,5-dione(DHTD)も開発した。10) 尚,アゾジカルボキサミド類はDEADよりマイケル受容体としての反応性が低下したので,求核力の高いトリブチルホスフィン(TBP)と組み合わせた。

    NN

    N

    N

    O

    O

    Me

    Me

    TMADADDPTIPA DHTD

    δ+

    δ −

    4 7

    N C N N C NO O

    N C N N C NO O

    N C N N C N

    Me

    MeMe

    Me

    O O

    N NH

    OEt

    O

    EtO

    O

    N NH

    NR'2

    O

    N

    O

    R'

    R'

    R2N

    O

    PBu3

    N

    R2N

    NR2 O N

    PBu3

    N

    OO

    N

    NR2

    N

    O

    R2N

    O NR2

    PBu3

    NR2R2N

    N N

    O

    N +

    8 9

    Bu3P O

    Scheme 6.

    2.2. ホスホラン系試薬

     アゾ系試薬の改良と同時期に,アゾ部分を炭素炭素二重結合に置き換えたマレイン酸,フマル酸誘導体がベンジルアルコールとトシルアミド10との脱水縮合をDEADと同じ位促進することを見出した(例:スキーム7)。6)

    Scheme 7.

    CH

    CH

    MeO OMe

    O

    PBu3

    62%

    100 °C, 24 h

    -

    TsNMe(1.5 equiv.)

    Ar, dry PhH

    +

    (1.5 equiv.)

    10 (pKa = 11.7)in sealed tube

    O

    HPh OHTsNMe

    Ph

  • 5

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     残念なことに再現性のあるデータが得にくいことと,目的物を夾雑物から精製することが困難なため,この研究は頓挫してしまった。しかし,反応系には本来の光延反応の中間体3の代わりに,ベタイン 11が生成していることになる(スキーム8)。11は容易に 12に変化するはずである。これを一般化すれば 13となるが,これはリンイリド即ちホスホランであることに気がつく。結局,アゾ化合物とホスフィンとの組み合わせである光延試薬は,イリド単独の試薬に置き換えられそうである。

    R"CR'O

    O

    PR3

    CHX

    PR3

    CHX

    PR3

    11Ylide

    1312Phosphorane

    CH

    PR3

    CH

    OR'

    O

    R'O

    O

    C

    PR3

    CH2

    OR'

    O

    R'O

    O

    Scheme 8.

     イリドすなわちホスホランが期待通りの光延型反応をするとすれば,その反応経路はスキーム9のようになると思われる。酸塩基平衡の問題を除いて考えると,ホスホランがアルコールからプロトンを引き抜き,生成したアルコラートの攻撃により,アルコキシホスホニウムが生成する。更に,脱離するX置換されたメチルアニオンが求核剤HAからプロトンを引き抜き,その共役塩基A–がアルコキシホスホニウムのアルキル基を攻撃し,目的物A-R'とホスフィンオキシドになる。5,6,11)

    Scheme 9.

     この様な作業仮説をもとに,幾つかのホスホランの反応性を検討した結果,6 )

    (cyanomethylene)tributylphosphorane(CMBP)6,11)及び立体障害をさらに小さくした(cyanomethylene)trimethylphosphorane(CMMP)6,12,13) が十分な反応性を保持していることが分かった(スキーム10)。ことにCMMPの反応性は申し分なかった。以下,具体的な反応を例にとり,アゾ系試薬も含めて新試薬の特徴を紹介する。

    H OR'O PR3

    X PR3 R' O PR3

    X CH3

    +A

    A R'

    A H

    Scheme 10.

    3. 新光延試薬の全般的な特徴

    3.1. アゾ系試薬

     新しいアゾ系試薬は全て再結晶により精製可能で,蒸留精製するDEADに比べてはるかに取り扱いやすい。デシケーター内で長期間保存できるが,求核性のある溶媒中(水,アルコールなど)では徐々に分解してアミンが遊離する。

    ( CMMP )( CMBP )

    (cyanomethylene)tributylphosphorane (cyanomethylene)trimethylphosphorane

    PBu3NCPMe3NC

  • 6

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     反応は,通常無水条件,アルゴン雰囲気下で0 ℃から室温で行う。結果が思わしくない場合,原因の一つとしてスキーム6のタイプの反応が併発している可能性がある。その場合には,DEADも含め,試薬を過剰量用いても,また加熱しても状況は改善されない。目的物の精製はカラムクロマトで行うが,DEADの反応では,副生する2及びトリフェニルホスフィンオキシド(1)ともに中程度の極性を持ち,さらに中途半端に結晶化するので目的物との分離が悪く,取り除くのに大変苦労する。一方,新しいアゾ試薬を用いた反応では,アゾ化合物の還元体14~17,及びトリブチルホスフィンオキシドのいずれもかなり極性が高いために,カラムクロマトにより簡単に取り除ける。さらに14~17は結晶性が高いために,溶解能の低い溶媒(ヘキサン,エーテルなど)を加えて析出させると,ろ別でその大半を取り除ける。また,16,17は水溶性なので分液操作で取り除く方法もある。この様にして取り除いた還元体は再酸化して再利用できる。

    Scheme 11.

    3.2. ホスホラン系試薬の場合

     CMBPは液体で,減圧蒸留して精製する。一方,CMMPは固体で,ベンゼン(トルエンは不適)から再結晶している。いずれも酸素,湿気に非常に弱い。しかし,アルゴン雰囲気下,冷蔵庫内で厳重に保管しておけば数ヶ月間は問題なく利用できる。CMBPはシリンジで必要量を計量できるが,固体であるCMMPの複数回にわたる計量は避けた方がよい。筆者らは,1~10 mmol程度を小バイアル瓶に小分けして保存しておき,必要時に一瓶全てを使い切るようにしている。別法として,THFあるいはベンゼン溶液(保存中に結晶化するので注意されたい)としてアンプル中に保存し,シリンジで必要量を計量する方法もある。13) 当然のことながら,Wittig試薬であるからケトン類との反応には注意すべきである(ときにはエステルさえもが反応する)。14)

     反応は全て無水条件,アルゴン雰囲気下で行う。ホスホランは熱に対してかなり安定な物質なので,加熱した反応も可能になった。その際,筆者らはテフロン栓で密閉できる封管容器を用いた(トルエン,キシレンなどを用い,冷却管を付けた通常の方法でも別段問題はない)。ホスホランを用いた反応では,試薬から発生する副産物はトリブチルないしトリメチルホスフィンオキシド,及びアセトニトリルである(スキーム12)。アセトニトリルは溶媒留去すればよいし,ホスフィンオキシドは極性が高いためにシリカゲルカラムクロマトで簡単に取り除けることから,目的物の精製は従来の光延試薬に比べて非常に楽になった。さらに,CMMPを用いた反応の場合には,水溶性の高いトリメチルホスフィンオキシドが分液操作で除去できることも,大きな特徴の一つとして挙げられる。

    14 15 16 17

    HN

    HN

    N

    N

    O

    O

    Me

    Me

    N C

    O

    NH

    NH

    C

    O

    N N C

    O

    NH

    NH

    C

    O

    N Me N

    Me

    C

    O

    NH

    NH

    C

    O

    N

    Me

    Me

    Scheme 12.

    HA O PR'3CH3CNROH RA + + ++ PR'3NC

    CMBP: R = BuCMMP: R = Me

  • 7

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    4. 各種求核剤との反応

    4.1. 窒素求核剤との反応

     スルホンアミド類は,アミン類を効率的に合成するための基質として利用されている。一般的には,塩基共存下にアルキル化剤と反応させた後に,適当な段階で脱スルホン化してアミンを得ている(スキーム13)。

    Scheme 13.

     ところで,スルホンアミドは一般的に11前後の pKaを持つことから,光延条件下にアルコールと縮合できる。ただし,前述したようにpKaの制約をうけているために,収率は期待したほどには高くない。このような中,新試薬はpKaの制約を緩和するので,新たな可能性が生まれた。例えばDEADでは中程度の収率にしかならなかったアミド 10(pKa = 11.7)の反応は,15) 表1に示したように大幅に改善された。TIPA,ADDP,TMADは一級アルコールに対して効果的に作用したし,DHTD,CMBP,CMMPになると2級アルコールにも有効な試薬であることがわかった。さらに,CMBPよりも立体障害をさらに小さくしたCMMPは室温でも十分な反応性を持つことがわかった。5̃12)

         Table 1. Reaction of N-Methyl-p-tosylamide (10).

    1) Base

    2) R''-XRSO2

    H

    NR' RSO2R''

    NR' H

    R''

    NR'

    OH

    OH

    Redox system temp.

    R-OHDEAD-TPP*)

    Ph OH

    r.t. r.t. r.t. r.t. r.t. 100 °C

    CMBP

    r.t.

    OH

    TIPA-TBP ADDP-TBP TMAD-TBP DHTD-TBP

    Redox system (1.5 equiv.)

    10 (1.5 equiv.)

    +

    (pKa = 11.7)

    TsNMeH

    66

    53

    65

    51

    97

    85

    97

    40346

    998698

    1009070

    100

    100

    99 96 100

    9889

    99

    83

    60

    100

    95

    10081

    r.t. 80 °C

    CMMP

    % yield

    PhH, temp., 24 h

    *) The reaction was carried out in THF.

    R NMe

    TsR OH

     さらに重要なのは無置換トシルアミド18の反応である。18のpKaは10.2で,16) 光延反応可能な酸性度を持っているが,実際にはホスフィンと反応してホスフィントシルイミド 19を生成してしまいアルキル化されない(スキーム14)。15,17,18)

    PPh3TsNTsNH2

    98%

    + PPh3DEAD

    THF, 0 °C18 19

    Scheme 14.

  • 8

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     新試薬により18が利用できるようになれば,既知の脱スルホニル化反応15,19) と組み合わせることによって,新しい1級アミン合成法が開発できるばかりでなく,第二のアルキル化(前述)によるN,N-ジ置換スルホンアミド合成と組み合わせてジアルキルアミンの良い合成法となる。残念なことに,全てのアゾ系試薬および CMMPでは問題解決できなかったが,CMBPを用いた場合,期待した反応が効率よく進行した。結果を表2にまとめた。18) 1級アルコールの反応は室温で収率良く進み,目的とするアルキル体が得られた。反応性の高いベンジルアルコールやファルネソールのような活性アルコールではジアルキル体が副生するものの,まずまずの結果だった。2-オクタノールの場合,室温での収率は低かったが80 ℃に加温すると向上した。尚,この反応で立体化学が100%反転していることを確認している。

    Table 2. Reaction of p-tosylamide (18).

    4.2. 炭素求核剤との反応

     光延反応を炭素-炭素結合形成法として利用する試みは,既に光延自身の手によって行われている。pKa = 11.2のマロノニトリル(20)と反応では50%程度の収率でアルキル体が得られるが,4) 同程度の pKaを持つ 21ではO- アルキル体が主生成物となり,4) 更に pKaが13を越える22では目的物は殆ど得られない(スキーム15)。4) 炭素求核剤の反応は多くの研究者の熱望するものだったが,合成化学的に重要な求核剤の多くが“pKaの制約”を克服できず,またかろうじて反応する求核剤もO-アルキル化などの副反応を伴うため,満足できるものではなかった。

    OH

    Ph OH

    OH

    O

    O

    OH

    OH

    + ROHPhH, temp., 24 h

    TsNHR + (TsNR2)(1.5 eq)

    85 (12)

    ROHr.t. 80 °C

    70 (22)

    93

    89

    a)

    a) – : no experimental result.

    88

    yield (%) yield (%)

    45

    CMBP (1.5 equiv.)18

    Scheme 15.

    OEt

    OH

    O

    OEt

    OEt

    O

    O

    OEt

    H

    OH

    OH

    O

    OEt

    H

    O

    O

    OEt

    O

    OOEt

    OHCN

    CN

    CN

    CN

    H

    H

    OH

    +

    +

    22 (pKa = 13.3)

    21 (pKa = 10.7)

    +

    +

    20 (pKa = 11.2)

    42%

    0%

    51%

  • 9

    2004. 7 number 123

     そのような中,新試薬はフェニルスルホニルアセトニトリル(23, pKa = 12.0)の反応を劇的に改善した。その結果を表3に示した。5,10,12) カッコの中はジアルキル体の収率である。1級アルコールの場合,アゾ系ではDHTDが特に優れた効力を発揮した。CMBPは室温では反応性が低いものの,100 ℃でDHTDと同程度の反応性を示した。反応性の高いベンジルアルコールの場合に 25がかなり生成してしまうことを除けば,十分満足できる結果である。2-オクタノールになるとアゾ系試薬はDHTDを含め,すべてが不満足であった。一方,ホスホラン系試薬CMBPは120 ℃で目的物を79%の収率で与え,CMMPにすると収率は94%に及んだ。このように,炭素-炭素結合反応にはCMMPが最も適していた。 23の反応で25が得られるという事実は,活性メチン化合物も光延反応における求核剤になりうることを示している。事実,3-メチル -2-フェニルスルホニルノナンニトリル(26)はCMMP存在下にブタノールと反応した。さらに,CMMP存在下 23をジオール 27と反応させると炭素環が形成された。この反応生成物が cisデカリン骨格を持っていたことから,炭素-炭素結合形成時に光延反転していることも確認できた。(スキーム16)。12)

    Table 3. Reaction of Phenylsulfonylacetonitrile (23).

    Scheme 16.

    % yield

    SO2Ph

    CN

    SO2Ph

    CNR

    (1.5 equiv.)

    23 (pKa = 12.0)

    CN

    SO2Ph

    R

    R

    Ph OH

    OH

    OH

    Hex

    OH

    PhOH

    r.t.ROH

    CMBP

    59 (3) 75 (21)

    63 66

    4

    95

    76

    r.t. r.t. 100 °C

    1)

    96

    64 (16)

    6629

    89

    85 83

    1) – : no experimental result.

    46 (51)

    97

    52 (22)

    94

    6723

    r.t.

    57 (22)

    120 °C

    72 (28)

    79

    CMMP

    100 °C

    94

    PhH, temp., 24 h

    Redox system

    24 25

    DEAD-TPP TMAD-TBP DHTD-TBP

    +Redox system (1.5equiv.)

    +R OH

    SO2Ph

    CN

    CMMP (1.5 equiv.)

    (1.5 equiv.)

    PhH, 100 °C, 24 h

    26

    SO2Ph

    CNOH

    85%

    NC SO2PhOH

    OH

    CMMP (3 equiv.)

    PhH, 100 °C, 24 h

    73%

    +

    + 23(1.5 equiv.)

    27

  • 10

    2004. 7 number 123

     ホスホラン系試薬を用いれば,20を越える pKaを持つ求核剤も反応することが明らかになった。例えば,pKa = 23.4のMTスルホン(28)の反応である。28の pKaは大きすぎるため,予想したようにアゾ系試薬は利用できなかった。しかし,ホスホランを用いた場合には反応し,温度をかけると収率良く目的物が得られた。2-オクタノールとの反応収率もCMBPのとき150 ℃で85%,CMMPになると100 ℃でも88%と良好だった(表4)。ベンジルアルコールの収率が悪いのは,ジベンジルエーテルが生成してしまうためである。5,10) 

    Table 4. Reaction of MT Sulfone (28).

     新試薬は 28以外にも様々な炭素求核剤を活性化できた。一つはアリールメチルフェニルスルホン類で,芳香環とスルホニル基とによって活性化されている炭素求核剤である。そのpKaは16から23までと幅広いが,いずれも良好な収率でアルコールと反応した(スキーム17)。20)

    % yield

    Redox system (1.5equiv.)

    PhH, temp., 24 h

    SMe

    SO2Tol

    SMe

    SO2TolR+ROH

    28 (pKa = 23.4)

    (1.5 equiv.)

    Ph OH

    OH

    OH

    Hex

    OH

    OHPh

    2)40

    1)

    0

    68

    0

    73

    150 °C120 °C

    2

    ROHCMBP

    r.t. r.t.

    6

    2

    12

    44 71

    50

    2 56

  • 11

    2004. 7 number 123

     さらに,pKaが23程度と予想されるプレニル基,ゲラニル基のような三置換オレフィンをもつアリルフェニルスルホン類もCMMP存在下に,効率よく反応した。スキーム18にゲラニルフェニルスルホンの反応結果を示しておく。21)

    Scheme 18.

     23を含め今回紹介した炭素求核剤は,従来,塩基存在下にカルバニオンに変換された後,ハロゲン化アルキルのようなアルキル化剤と反応させる基質として用いられてきた。しかし,2級のアルキル化剤との反応では脱離反応が競争的に進行するために,収率的にかなり問題を残していた。また,完全なWalden反転を実現することも困難だった。しかし,上述したように,新試薬の誕生により,新たな炭素-炭素結合法が開発できた。今後合成化学の世界で,汎用される手法になることが期待される。

    4.3. 酸素求核剤との反応

     これまではpKaの大きな求核剤の光延反応について考えてきたが,pKaの小さなカルボン酸の反応についても述べてみたい。この反応はアルコールを一度エステル化し,加水分解又はヒドリド還元により逆の立体化学をもつアルコールに導く最も確実な方法として多用されている(スキーム19)。2)

    SO2Ph SO2Ph

    BuOH

    Hex OH SO2Ph

    Hex

    +CMMP (1.5 equiv.)

    DME, 100 °C, 24 h(1.5 equiv.)

    100%

    76%

    CMMP (1.5 equiv.)

    DME, 120 °C, 24 h

    Scheme 19.

     しかし,収率はアルコール側の立体障害のために著しく低下することがある。例えばコレスタノールと安息香酸との反応は100%進行するの対し,メントール(29)の場合では27%,立体障害のさらに大きくなったフェニルメントール(30)では目的物は得られないことが報告されている(スキーム20)。22) 問題の解決策として,ベンゼンを反応溶媒に用いたり,23)

    安息香酸よりpKaの小さなカルボン酸を用いる方法が相次いで報告されたが,22,24) 完成されたものにはなっていなかった。

    R

    OHO

    OHO

    R'R R'

    R R'

    CRRCOOHOH

    HorDEAD-TPP

    Scheme 20.

    OH

    no reaction

    OH

    PhCOOH

    27%

    PhCOOH

    DEAD-TPP

    DEAD-TPP

    29

    30

    Ph

    OBz

  • 12

    2004. 7 number 123

     そこで,新試薬の働きを確かめたところ,立体障害の大きなアルコールに対してはTMAD存在下に,p- メトキシ安息香酸を用いる組み合わせが良いことがわかった。例えば,29はp-メトキシ安息香酸と高収率で反応し,対応するエステルに変換された。但し,p-メトキシ安息香酸よりpKaの小さなp-ニトロ安息香酸では,収率が低下するだけでなく,立体化学も完全には反転しなくなった(スキーム21)。DEADを用いた場合,収率が低いときでも立体化学は完全に光延反転することと比べ,対照的な結果である。尚,立体障害の大きい 30の立体反転はTMADとp-メトキシ安息香酸との組み合わせを用いても収率39%に留まった(スキーム22)。とは言え,DEADを用いた場合には全く反応させられなかったことを考えると大きな前進である。6,25)

    Scheme 21.

    Scheme 22.

    5. 合成への応用

     この様にして開発できた新しい反応を用いて,様々な化合物が効率的に合成されている。その一部を筆者の研究室で行われたものを中心に以下に紹介する。33,34はスクワレン合成阻害活性を目的としてPrashadらによって提案されたものであるが,26) CMBP存在下に対応するアルコールと反応させた後,トシル基を除去して簡単に合成できた。二種類のアルコールを順次加える手法で,非対称二級アミンの合成も可能になった(スキーム23)。18)

    COOHR

    TMAD-TBP (1.5 equiv.)

    0 °C, 10 min, then 60 °C, 24 h

    O

    29PhH

    OR

    +

    R = MeO- : 98% (31 / 32 > 99.5 / 0.5)31 32

    R = O2N- : 28% (31 / 32 = 45 / 55)

    O

    OR

    30

    COOHMeO

    0 °C, 10 min, then 60 °C, 24 hPhH Ph

    O

    OMeO

    39%

    TMAD-TBP (1.5 equiv.)

    Scheme 23.

    NTs

    NH

    OH

    NOH

    OH

    N

    Ts

    N

    HN N

    CMBP (3 equiv.)PhH, r.t.

    2

    (2 equiv.)

    71%

    PhH, r.t.

    (1 equiv.)

    CMBP (1.5 equiv.)PhH, 100 °C

    CMBP (1.5 equiv.)

    (1 equiv.)

    18

    18

    2

    71%

    33

    34

  • 13

    2004. 7 number 123

     新しい炭素-炭素結合形成法はフェロモン類縁体35, 27) 36 28) の立体選択的な形式合成に利用された。この合成により,炭素求核剤を用いた光延反応においてもカルビニル炭素上でのWalden反転を確認できた。結局,安価で入手しやすい(S)-2-オクタノールの持つ立体化学を利用して,光学純度の高いフェロモン類縁体を簡単に合成でき,新試薬の有用性を示せた(スキーム24)。5,6,10)

    Scheme 24.

     海綿より単離された海洋天然物で,興味深い生物活性を示すピリジンアルカロイドも,29)

    炭素-炭素,炭素-窒素結合形成法を組み合わせて簡単に合成できる(スキーム25)。5,20)

    C6H13

    OH

    C6H13

    OH

    CMBP

    79%

    120 °C, 24 h, PhH >95% ee98% ee

    23

    35

    71%98% ee98% ee

    36

    28

    120 °C, 24 h, PhHCMBP C6H13

    C6H13

    CN

    C6H13

    SMeTolSO2

    C6H13

    CNPhSO2

    C6H13

    HO

    OH

    CHO

    C6H13

    Scheme 25.

    NTs

    HO OTBS

    N

    SO2Ph

    N

    OTBS

    SO2Ph

    N

    SO2Ph

    N

    OH

    SO2Ph

    TMAD-PBu3

    N

    OH

    HN

    O

    O

    N

    N

    O

    O

    TMAD-PBu3

    N

    NHMe

    N

    NH2

    CMMP (1.5 equiv.)

    THF, 100 °C, 24 h

    91%TsNHMe

    Me11

    PhH, r.t., 24 h100%

    11

    12

    11

    Theonelladine D

    Theonelladine C

    11

    Tol., r.t.

    11

    84%

     norfaranal の合成では三回ほど光延型反応を利用しているが,その全てで立体化学の反転を伴っている。norfaranal のもつ anti-ジメチル構造を光学活性体として構築することは,なかなか難しい課題であり,従来の合成では多段階を要していた。30) 今回,容易に入手できる2S, 3Sの立体化学を持つ2,3-ブタンジオールを出発物質とすることで,この問題を解決した。新試薬が合成化学に大いに役立っていることがわかる(スキーム26)。21)

  • 14

    2004. 7 number 123

    Scheme 26.

     新試薬は,固相合成の分野でも盛んに使われている。2項でふれたように,副生成物の除去が従来試薬より容易なこと,収率が高いことなどがその理由としてあげられている。スキーム27に二例ほど使用例を示しておく。31,32)

    MPMOOH

    MPMO SO2Ph

    CN

    HOH

    OO

    HOH

    OO

    SO2Ph

    H

    OOSO2Ph

    H

    OOH

    O

    Hex. / PhH (1 / 3)2) 1N NaOH, MeOH

    79%

    Tol., 100 °C, 24 h

    54%

    norfaranal

    98% 100 °C, 24 h

    23

    CMMP

    CMMP

    1) DEAD-PPh3, PhCOOH

    Scheme 27.

    6. おわりに

     以上,新しい光延試薬の開発の経緯から始まり,それらが従来試薬では不満足だった様々な反応を仲介することを述べてきた。そして,試薬ごとに反応性が大きく異なることも見てきた。選択性や特異性といった微妙な反応制御を求める合成化学の分野で,「試薬の使いわけ」が可能になり,光延反応の持つ広い一般性をさらに高められたと考えている。本稿が試薬選択の指針になることを願って止まない。 本研究は徳島文理大学薬学部薬品化学教室の staff,院生諸君,さらに多くの3,4年生の努力の賜物であり,ここに深く感謝します。また研究の一部は文部省科学研究費補助金,SUNBOR GRANT,有機合成化学協会「三共研究企画賞」に支えられたことを記して深謝します。

    SNH

    O

    O

    OO1) BnOH, TMAD-TPP, CH2Cl2

    NO2

    NHO

    O Bn

    MeO SO2HN

    O NH

    OO

    HN

    OMeMeO

    MeO SO2

    N

    O NH2

    2) PhSH, K2CO3, DMF

    1) BnOH, TMAD-TBP, THF

    2) 95% TFA / water

    high yield

    > 95%

  • 15

    2004. 7 number 123

    参考文献

    1) O. Mitsunobu, Synthesis, 1981, 1.2) D. L. Hughes, The Mitsunobu Reaction. “Organic Reactions”, Vol. 42, eds. by P. Beak, et al.,

    John Wiley & Sons, Inc., New York, 1992, p. 335.3) M. L. Edwards, D. M. Stemerick, J. R. McCarthy, Tetrahedron Lett., 31, 3417 (1990).4) M. Wada, O. Mitsunobu, Tetrahedron Lett., 13, 1279 (1972).5) S. Itô, T. Tsunoda, Pure & Appl. Chem., 71, 1053 (1999).6) 角田鉄人 , 伊東 椒 , 有機合成化学協会誌 , 52, 113 (1994).7) T. Tsunoda, Y. Yamamiya, S. Itô, Tetrahedron Lett., 34, 1639 (1993).8) T. Tsunoda, J. Otsuka, Y. Yamamiya, S. Itô, Chem. Lett., 1994, 539.9) T. Tsunoda, H. Kaku, N,N,N',N'-Tetramethylazodicarboxamide. “Electronic Encyclopedia of

    Reagents for Organic Synthesis” eds. by L. A. Paquette, et al., Wiley, 15 October 2003.10) T. Tsunoda, M. Nagaku, C. Nagino, Y. Kawamura, F. Ozaki, H. Hioki, S. Itô, Tetrahedron

    Lett., 36, 2531 (1995).11) T. Tsunoda, F. Ozaki, S. Itô, Tetrahedron Lett., 35, 5081 (1994).12) T. Tsunoda, C. Nagino, M. Oguri, S. Itô, Tetrahedron Lett., 37, 2459 (1996).13) I. Sakamoto, H. Kaku, T. Tsunoda, Chem. Pharm. Bull., 51, 474 (2003).14) T. Tsunoda, H. Takagi, D. Takaba, H. Kaku, S. Itô, Tetrahedron Lett., 41, 235 (2000).15) J. R. Henry, L. R. Marcin, M. C. McIntosh, P. M. Scola, G. D. Harris, Jr., S. M. Weinreb,

    Tetrahedron Lett., 30, 5709 (1989).16) G. Dauphin, A. Kergomard, Bull. Soc. Chim. Fr., 1961, 486.17) S. Bittner, Y. Assaf, P. Krief, M. Pomerantz, B. T. Ziemnicka, C. G. Smith, J. Org. Chem., 50,

    1712 (1985).18) T. Tsunoda, H. Yamamoto, K. Goda, S. Itô, Tetrahedron Lett., 37, 2457 (1996).19) S. Ji, L. B. Gortler, A. Waring, A. Battisti, S. Bank, W. D. Closson, P. Wriede, J. Am. Chem.

    Soc., 89, 5311 (1967); J. Kovacs, U. R. Ghatak, J. Org. Chem., 31, 119 (1966); E. H. Gold, E.Babad, J. Org. Chem., 37, 2208 (1972); E. Vedejs, S. Lin, J. Org. Chem., 59, 1602 (1994).

    20) T. Tsunoda, K. Uemoto, T. Ohtani, H. Kaku, S. Itô, Tetrahedron Lett., 40, 7359 (1999).21) K. Uemoto, A. Kawahito, N. Matsushita, I. Sakamoto, H. Kaku, T. Tsunoda, Tetrahedron Lett.,

    42, 905 (2001).22) S. F. Martin, J. A. Dodge, Tetrahedron Lett., 32, 3017 (1991); J. A. Dodge, J. I. Trujillo, M.

    Presnell, J. Org. Chem., 59, 234 (1994).23) H. Loibner, E. Zbiral, Helv. Chim. Acta, 60, 417 (1977).24) M. Saïah, M. Bessodes, K. Antonakis, Tetrahedron Lett., 33, 4317 (1992).25) T. Tsunoda, Y. Yamamiya, Y. Kawamura, S. Itô, Tetrahedron Lett., 36, 2529 (1995).26) M. Prashad, F. J. Kathawala, T. Scallen, J. Med. Chem., 36, 1501 (1993).27) T. Suzuki, J. Ozaki, R. Sugawara, Agric. Biol. Chem., 47, 869 (1983).28) E. Hedenström, H.-E. Högberg, A.-B. Wassgren, G. Bergström, J. Löfqvist, B. Hansson, O.

    Anderbrant, Tetrahedron, 48, 3139 (1992).29) J. Kobayashi, T. Murayama, Y. Ohizumi, T. Sasaki, T. Ohta, S. Nozoe, Tetrahedron Lett., 30,

    4833 (1989).30) K. Mori, H. Ueda, Tetrahedron Lett., 22, 461 (1981); K. Mori, H. Ueda, Tetrahedron, 38, 1227

    (1983); L. Poppe, L. Novák, P. Kolonits, Á. Bata, C. Szántay, Tetrahedron, 44, 1477 (1988).31) S. R. Chhabra, A. Mahajan, W. C. Chan, J. Org. Chem., 67, 4017 (2002).32) J. J. Scicinski, M. D. Barker, P. J. Murrary, E. M. Jarvie, Bioorg. Med. Chem. Lett., 8, 3609

    (1998).

  • 16

    2004. 7 number 123

    角田試薬 / Tsunoda Reagent

    CMBPCyanomethylenetri-n-butylphosphorane

    1g 11,700円 [C1500]

    執筆者紹介 角田 鉄人 (つのだ てつと) 徳島文理大学薬学部 教授

    [ご経歴] 1977年 東北大学理学部化学第二学科卒業,1980年 名古屋大学大学院理学研究科化学専攻博士前期課程修了,1983年 東北大学大学院理学研究科化学専攻博士後期課程単位修得中退,日本学術振興会奨励研究員(1983~1984),1984年 理学博士取得,米国コロラド大学化学科博士研究員(1985~1986),東北大学理学部化学第二学科助手(1984~1988),東北大学理学部化学第二学科助教授(1988),徳島文理大学薬学部助教授(1988~1996)を経て,1996年から現職。1994年度有機合成化学協会奨励賞及び1995年有機合成化学協会研究企画賞受賞。[ご専門] 有機合成化学,天然有機化学,分子認識化学。

    加来 裕人 (かく ひろと) 徳島文理大学薬学部 助手

    [ご経歴] 1995年 徳島文理大学薬学部卒業,1997年 徳島文理大学大学院薬学研究科博士前期課程修了,1997年から現職。2003年 博士(薬学)取得。2003年第45回天然有機化合物討論会奨励賞受賞。[ご専門] 分子認識化学,有機合成化学。

    伊東  椒 (いとう しょう) 徳島文理大学薬学部 名誉教授

    [ご経歴] 1950年 東北大学理学部化学科卒業。東北大学大学院(特研生,1950~1956),1957年 理学博士取得。東北大学理学部助手(1957~1962),東北大学理学部助教授(1962~1965),東北大学理学部化学第二学科教授(1965~1988),東北大学理学部長,同大学院理学研究科長(1979~1982),徳島文理大学薬学部教授(1988~2000),徳島文理大学薬学部長(1989~2000),2000年9月 徳島文理大学退職。1988年 東北大学名誉教授,2001年 徳島文理大学名誉教授。日本化学会理事(1977~1979),IUPAC有機化学部会部会長(1979~1981),テトラヘドロンレターズ極東地区編集責任者(1984~1995),IUPAC理事(1985~1993)。1985年日本化学会賞受賞。

     TCI関連製品新光延試薬 / New Mitsunobu Reagents

    ADDP1,1'-(Azodicarbonyl)dipiperidine

    25g 27,500円 5g 8,250円 [A1051]

    TMADN,N,N',N'-Tetramethylazodicarboxamide5g 24,600円 1g 8,150円 [A1458]

    N C N N C N

    O O

    N C N N C N

    Me

    MeMe

    Me

    O O

    PBu3NC

  • 17

    2004. 7 number 123

    光学活性メチレンビス(オキサゾリン)配位子 /Chiral Methylenebis(oxazoline) Ligands

    M1401 (+)-2,2'-Methylenebis[(3aR,8aS)-3a,8a-dihydro-8H-indeno[1,2-d]- oxazole] (1a) 500mg 9,400円

    M1402 (–)-2,2'-Methylenebis[(3aS,8aR)-3a,8a-dihydro-8H-indeno[1,2-d]- oxazole] (1b) 500mg 9,400円

     本品 1はキラル二座配位子で,Cu(ClO4)2・6H2O,Cu(OTf)2,Ni(ClO4)2などのルイス酸と安定なキラル金属錯体を形成します。このキラル金属錯体は立体制御に優れた触媒として不斉反応に用いられます。例えば,1bとCu(ClO4)2・6H2Oから調製されるキラル金属錯体触媒の存在下,ジエノフィル2とシクロペンタジエンを反応させると高エナンチオ選択的にDiels-Alder付加体3が得られます1b)。また,1は高エナンチオ選択的不斉ヘテロDiels-Alder反応2a),ラジカル反応 2b),シグマトロピ-転位 2c),リン酸転位 2d)等の不斉反応に用いられるキラル金属錯体触媒の有用な配位子として用いられています。さらに,1のメチレン基は直接置換基の導入が可能であり,配位子として応用範囲の拡大が期待されています 3)。

    文  献 1) Diels-Alder catalysis with a bis(oxazoline) complexa) I. W. Davies, L. Gerena, D. Cai, R. D. Larsen, T. R. Verhoeven, P. J. Reider,

    Tetrahedron Lett., 38, 1145 (1997).b) A. K. Ghosh, H. Cho, J. Cappiello, Tetrahedron : Asymmetry, 9, 3687 (1998).

    2) Applications in catalytic reaction of bis(oxazoline) complexesa) T. Saito, K. Takekawa, T. Takahashi, Chem. Commun., 1999, 1001.b) N. A. Porter, H. Feng, I. K. Kavrakova, Tetrahedron Lett., 40, 6713 (1999).c) X. Zhang, M. Ma, J. Wang, Tetrahedron : Asymmetry, 14, 891 (2003).d) M. Jiang, S. Dalgarno, C. A. Kilner, M. A. Halcrow, T. P. Kee, Polyhedron, 20, 2151 (2001).

    3) Enantioselective conjugate additiona) D. M. Barnes, et al., J. Am. Chem. Soc., 124, 13097 (2002).

    関連製品

    2 3

    1b)

    1b

    Temp.-78-30-78

    Y (%)88 8595

    endo/exo endo (% ee)98 (2S)99 (2S)92 (2R)

    R=HR=CH3R=CO2Et

    , Cu(ClO4)2 ˙ 6H2O

    ON

    O

    R

    O

    N

    O O

    N

    +

    >99 : 195 : 592 : 8

    O N O

    O

    R

    R1=iPr (R,R) B2217 1g 16,200円250mg 5,950円

    (S,S) B2218 500mg 8,400円R1=Ph (R,R) B2219 1g 32,200円

    250mg 10,500円(S,S) B2220 250mg 10,500円

    R2=tBu (S,S) I0567 1g 44,100円100mg 8,050円

    R2=Ph (R,R) D2823 1g 20,600円250mg 7,550円

    (S,S) I0582 1g 22,500円250mg 8,250円

    NO

    N N

    O

    R1 R1* *

    O

    N N

    O

    R2R2* *

  • 18

    2004. 7 number 123

    スーパーブレンステッド酸 / Super Brønsted Acid

    B2291 1-[Bis(trifluoromethanesulfonyl)methyl]-2,3,4,5,6-pentafluoro- benzene (1) 1g 71,200円 100mg 11,800円

    B2292 Bis(trifluoromethanesulfonyl)methyltetrafluorophenyl Polystyrene Resin (2) 100mg 12,800円

     本品1,2は石原,山本らによって開発されたスーパーブレンステッド酸,およびポリマー担持スーパーブレンステッド酸で,強力な電子吸引性基である2つのトリフルオロメタンスルホニル基とペルフルオロフェニル基をメチン炭素上に有しています。そのため,メチン炭素上のプロトンの酸性度は極めて高く,それぞれ,優れた酸触媒として種々の反応に用いられています1a)。例えば1はpKa=1.5 (in CD3CO2D)を示し,(-)-メントールのアシル化反応などにおいて,その有用性が報告されています。

         2は極性,非極性溶媒のいずれにもよく膨潤し,高い触媒活性を有しており,回収,再利用可能な固体酸触媒として利用されています。例えば,ベンジルアセトンのアセタール化反応では,反応後,ろ過により定量的に回収でき,10回以上繰り返し利用しても触媒活性は損なわれず,そのターンオーバー数は10,000を超えます 1a)。

    22222の回収・再利用 (10回以上) : TON > 10,000

     また,2を反応カラムの充填剤として応用した例も報告されています1b)。反応カラムは使い捨てシリンジに2とセライトをブレンドしたものを充填しただけの極めてシンプルなものです。もちろん反応カラムをポンプと繋いで連続フローシステムを構築することも出来ますが,2の触媒活性が非常に高いため,少量のサンプルを1回のフローで短時間に収率よく官能基変換することができます。例えば,ベンズアルデヒドとアセトフェノンのシリルエノールエーテルの混合溶液を反応カラムに1回通すだけで定量的に向山アルドール反応が進行します。得られるアルドールのシリルエーテルの溶液をもう一度反応カラムに通すと加水分解が容易に進行し,目的とするアルドールが2段階で 96%の収率で得られます。他にもアセタールやエステルへの変換などが容易に進行するので,NMR,HPLC,GC分析前にサンプルの官能基変換する際に極めて有効です。

    F

    F F

    F F

    H

    Tf

    Tf

    F F

    FF

    HTf

    Tf

    1 2

    OH

    i-Pr

    OBz

    i-Pr

    1 (3 mol%)

    Bz2O (1.5 eq.)

    CH3CN, r.t., 99%

    Ph

    O

    Ph

    OMeMeO2 (0.1 mol%)

    (MeO)3CH (1.2 eq.)toluene, 0 °C, 1-2 h Y. >99%

  • 19

    2004. 7 number 123

     なお,1のリチオ体はパラ位特異的に求核置換反応を受けることから更なる機能化が可能です。例えば,パラ位に 1H,1H-ペルフルオロテトラデシルオキシ基を導入しフルオラス性を高めることにより,フルオラスなスーパーブレンステッド酸触媒 1aとして利用することができます 1c)。ベンズアルデヒドのアセタール化反応において,加熱還流状態で 1aはシクロヘキサンに溶解しており,触媒として機能します。反応後,室温に戻すと1aは沈殿し,回収,再利用することができます。このように 1aを均一触媒として用いれば 1aは固体触媒 2よりも活性が高く,しかも1aを固体として回収できるという利点を持っています。また,触媒の回収・再利用にフルオラスな溶媒を全く必要としないという利点も持っています。

    使い捨てシリンジ

    反応溶液

    フィルター

    生成物を含む溶液

    2 + セライト

    CF3(CF2)12CH2ONa + F

    F F

    F F

    Tf

    TfLi CF3(CF2)12CH2O

    F F

    F F

    Tf

    Tf

    H4 M HCl

    1a

    PhCHO + HO OHO

    OPh

    1a (1 mol%)

    Cyclohexaneazeotropic reflux, 3 h Y. 86%

    PhCHOPh

    OSiMe3

    Ph Ph

    O OSiMe3

    Ph Ph

    O OH

    反応カラム

    tolueneフロー (0.2 mL / min)

    反応カラム

    THF : H2O (5 : 1)フロー (0.2 mL / min) Y. 96%

    +

    基質 生成物加熱 冷却

    (不均一, r.t.) (不均一, r.t.)(均一, 高温)

    デカンテーション

    1aの回収率 96%

    cyclohexane

    flask1a1a

    (cont.)

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    2004. 7 number 123

    ポリマー担持脱水縮合剤 / Polymer-Supported Dehydrating Agent

     さらに,1とアリルトリメチルシランから合成される [C6F5CTf2]SiMe3 1bは,スーパールイス酸触媒としてトリメチルヒドロキノンとイソフィトールの位置選択的縮合反応に用いられています 1d)。1の酸性度を TfOH及び Tf2NHと比較すると,TfOH > Tf2NH > 1となりますが,そのトリメチルシリルルイス酸として酸性度を比較すると,1b > Tf2NSiMe3> TfOSiMe3となります。1の共役塩基を嵩高いカウンターアニオンとする利用法が今後期待されます。

    文  献 1) Pentafluorophenylbis(triflyl)methane as a strong brønsted acid catalysta) K. Ishihara, A. Hasegawa, H. Yamamoto, Angew. Chem. Int. Ed., 40, 4077 (2001).b) K. Ishihara, A. Hasegawa, H. Yamamoto, Synlett, 2002, 1296.c) K. Ishihara, A. Hasegawa, H. Yamamoto, Synlett, 2002, 1299.d) A. Hasegawa, K. Ishihara, H. Yamamoto, Angew. Chem. Int. Ed., 42, 5731 (2003).e) 石原一彰, 山本尚, TCIメール , 115, 2 (2002).

    HO

    OH

    +HO

    H3 O

    HO

    H3

    Y. 89%, Purity 98%

    1b (0.5 mol%)methallyltrimethylsilane

    (2 mol%)

    heptaneazeotropic reflux

    M1452 3-Methyl-2-oxoimidazolidin-1-ylmethyl Polystyrene Resin, cross-linked with 1% DVB (1) 1g 42,500円

     本品1は1,3-ジメチル-2-イミダゾリジノンをポリスチレンに担持させたもので,これをオキサリルクロリドで処理するとポリマー担持脱水縮合剤2に誘導することができます。2は高い活性を有しており,ピバリン酸やtert-ブチルアルコールのような嵩高い基質でも収率良くエステルを与えます。また,反応終了後,1はろ過により容易に回収でき,繰り返し使用することができます。石川らの開発したこの方法は,環境にやさしい脱水縮合法として期待されています。

    文  献 Polymer-supported DMI as a potential heterogeneous dehydrating agentW. Disadee, T. Watanabe, T. Ishikawa, Synlett, 2003, 115.

    NN

    O

    CH3PS

    1

    NN CH3PS

    2

    Cl Cl

    (COCl)2 CO, CO2

    R1COOH, R2OHR1COOR2, 2HCl

    condition: 2 (1.5 eq.), NEt3 (3 eq.), CH2Cl2, r.t., 48 h a Used a recycled polymer from entry 2 b Used a recycled polymer from entry 3

    Entry

    1234

    R1

    tBuPh(CH2)2Ph(CH2)2Ph(CH2)2

    R2

    Ph(CH2)3tButButBu

    Yield (%)

    828081a

    81b

    (cont.)

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    分子スイッチ / Molecular Switch

    H1042 1-(2-Hydroxyethyl)-3,3-dimethylindolino-6'-nitrobenzopyrylospiran    (1) 1g 15,600円

     本品 1は pH変化,光照射により,無色のスピロピラン型,紫色のメロシアニン型,黄緑色のプロトン化メロシアニン型に可逆的構造変化を起こすフォトクロミック化合物です。この性質を利用した分子スイッチの研究が盛んに行われています。

    文  献 1) Molecular switchF. M. Raymo, S. Giordani, J. Am. Chem. Soc., 123, 4651 (2001).F. M. Raymo, S. Giordani, Proc. Natl. Acad. Sci. U. S. A., 99, 4941 (2002).S. Giordani, F. M. Raymo, Org. Lett., 5, 3559 (2003).

    N O

    (CH2)2OH

    MeMe

    N

    (CH2)2OH

    MeMe

    HO

    NO2N

    (CH2)2OH

    MeMe

    O

    NO2

    Acid

    Acid

    Ultraviolet Light

    Visible Light or Dark

    Visible Light

    Base

    1

    yellow-greenpurple

    colorless

    in Acetonitrile

    NO2

    新水質基準対応 揮発性有機化合物分析用標準液

     水道水をより安全でおいしい水とするため,平成15年5月に新たな「水質基準に関する省令」が公布され,平成16年4月より施行となりました。これにより,従来の「水質基準項目」,「監視項目」などの水道水質管理体系が廃され,「水質基準項目」,「水質管理目標設定項目」が設定され,新しい管理体系になりました。弊社ではこれらの項目に該当する揮発性有機化合物を分析するための混合標準液,および希釈標準溶液を発売いたしました。水道水の管理にぜひご利用ください。

    S0677 11 VOC Mixture Standard Solution 502-11 (each 0.5 mg/ml in Methanol) 1ml 2,750円厚生労働省 基準項目 11種類希釈混合液内容:四塩化炭素,1,1-ジクロロエチレン,シス-1,2-ジクロロエチレン,ジクロロメタン,

    テトラクロロエチレン,トリクロロエチレン,ベンゼン,クロロホルム,ジブロモクロロメタン,ブロモジクロロメタン,ブロモホルム

    S0678 6 VOC Mixture Standard Solution 502-6 (each 0.5 mg/ml in Methanol) 1ml 2,550円厚生労働省 水質管理目標設定項目 6種類希釈混合液内容:1,2-ジクロロエタン,トランス -1,2-ジクロロエチレン,1,1,2- トリクロロエタン,

    トルエン,1,1,1-トリクロロエタン,メチル-tert-ブチルエーテルS0679 2 VOC Mixture Standard Solution 502-2 (each 0.5 mg/ml in Methanol) 1ml 2,950円

    厚生労働省 水質管理目標設定項目 2種類希釈混合液内容:シス-1,3-ジクロロプロペン,トランス -1,3-ジクロロプロペン

    S0676 tert-Butyl Methyl Ether (1 mg/ml in Methanol) 1ml 1,300円

    参 考  厚生労働省令第101号, 平成 15年 5月 30日.

    * なお,この他の環境分析関連の混合標準液および希釈標準溶液につきましては,弊社ホームページ,もしくはReagent Guide 4をご覧ください。

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    2004. 7 number 123

    高磁場NMRで利用可能な水溶性キラルシフト試薬

    S0473 Sodium [(R)-1,2-Diaminopropane-N,N,N',N'-tetraacetato]samarate(III), Hydrate (1a) 100mg 29,800円

    S0474 Sodium [(S)-1,2-Diaminopropane-N,N,N',N'-tetraacetato]samarate(III), Hydrate (1b) 100mg 29,800円

    O N N O

    OO

    Sm3O O

    OO

    xH2O.

    R2R1

    1a : R1 = H, R2 = CH31b : R1 = CH3, R2 = H

    Na

    H3C

    H3C

    CH C

    NH2

    H

    CO2H

    α

    β

    γ

    Valine

     最も身近な分析機器であるNMR を用いて光学活性化合物の光学純度や絶対配置を決定する方法が種々開発されています。そういった手法の一端に,常磁性のキラルランタニド錯体の磁気異方性を利用してエナンチオマーを区別するキラルシフト試薬法があります。例えば,ユウロピウムのプロピレンジアミン四酢酸錯体 (Eu-pdta)が,重水溶液中,α-アミノ酸,α-ヒドロキシ酸の絶対配置決定に有用であることが報告されています。しかしながら,近年,広く普及している高磁場NMRではシフト試薬の添加が強いシグナルブロードニングを引き起こし,しばしば不満足な測定結果を与えることから,高磁場NMRにおいてブロードニングを起こさないキラルシフト試薬が求められています。 近年,甲らはサマリウム錯体 Sm-pdta 1が,高磁場NMRにおいてもシグナルブロードニングを起こしにくく,また,対応するユウロピウム錯体と同様,α- アミノ酸,α- ヒドロキシ酸の絶対配置決定に利用できることを報告しています。高磁場NMRとキラルシフト試薬を用いるこの絶対配置決定法は極めて簡便で,また,複数の観測核の化学シフトの非等価性を同時に調べることができるため,新Mosher法と同様に結果の信頼性も評価できます。

    Fig. 1. 1H NMR spectra (400 MHz) of valine (0.06 M, [D]/[L] = 1/2.85) in D2O at pH 9.4.

    α -アミノ酸のエナンチオマーシグナル分離     1によるα-アミノ酸のエナンチオマーシグナル分離は,そのアミノ酸のpKa値付近で最大となるため,試料の重水溶液のpHを9~10程度に調整して測定を行います。その際,試料溶液中にリン酸塩や炭酸塩など, 1にキレート配位する可能性のある塩類の存在は好ましくない結果を与える場合があるため,pH調整はNaODの重水溶液(2 M程度,微調整用により薄い濃度の溶液も用意するとpHを合わせやすい)を用いて行います。試料中にD-体とL-体の両エナンチオマーが混在している場合には, ここに直接,1を少量ずつ(アミノ酸の濃度が 0.06 Mの場合,試薬当量は全量で 5~20 mol%が適量)加えて振盪し,均一な溶液にした後にNMR測定を行います。図1にこのようにして測定を行った,バリンのエナンチオマー

  • 23

    2004. 7 number 123

    シグナルの分離例を示します(1H NMR,400 MHz,[valine] = 0.06 M,D/L = 1/2.85,pH 9.4,[1a] / [valine] = 0.2)。1はそれ自身,複数のブロードなシグナルを2~4 ppm付近に持つため,エナンチオマー組成を求めるには不適の場合もありますが,この例のように錯体のシグナルが基質のシグナルと重ならずに,なおかつエナンチオマーシグナルがベースラインで分離した場合には積分値の比から(D/L = 1/3.02),おおよそのD/L 比を求めることができます。

    絶対配置の決定 D/L比が1/2となるように混合した種々のα-アミノ酸を上記の条件で測定し,得られたエナンチオマーシグナル分離を以下に示します(表1)。

    Table 1. Resolution of enantiomer signals of amino acids in the presence of 1a.

     ここで∆∆δはδ(L)-δ(D)であり,δ(L)は1a存在下でのL-アミノ酸の1Hシグナルの化学シフト,δ(D)はD-体のそれを表します。図2に示したように 1aの存在下,α-アミノ酸のエナンチオマー間ではHαの化学シフトはD-体のシグナルが L- 体よりも高磁場に現れ,逆に側鎖の水素のシグナルは L-体のシグナルがD-体のものよりも高磁場に現れます。このHαシグナルと側鎖の水素のシグナルを観察することで,α-アミノ酸の絶対配置が帰属できます。また,α- ヒドロキシ酸に関しても α- アミノ酸と同様の相関が認められています。

    Fig. 2. Relative position of proton signals of amino acid enantiomers in the presence of 1a.

    単一エナンチオマーでの絶対配置の決定 実際に得られる試料は一方のエナンチオマーのみであることが少なくありません。単一エナンチオマーの絶対配置を決定する際は,1aおよび 1bの存在下でそれぞれ測定を行い,対応するシグナルの化学シフトを比較することで絶対配置を決定することが可能です。これは1bの存在下での測定結果が,1aの存在下でもう一方のエナンチオマーを測定した場合と同じであることによります。アミノ酸の1H NMRシグナルの化学シフト値は,濃度,温度,pHに鋭敏であるため,各々の試薬当量以外にこれらの条件も厳密にコントロールする必要があります。具体的にはpH調整を行った試料の重水溶液を同量ずつ2本のサンプルチューブに取り分け,ここに pH 8付近に調整した同濃度の 1aおよび 1bの重水溶液をマイクロシリンジでそれぞれ加えた後,測定を行います。

    文  献 K. Kabuto, Y. Sasaki, J. Chem. Soc., Chem. Commun., 1987, 670.A. Inamoto, K. Ogasawara, K. Omata, K. Kabuto, Y. Sasaki, Org. Lett., 2, 3543 (2000).K. Omata, K. Horie, K. Ogasawara, K. Kabuto, Y. Sasaki, CD2001 講演要旨集 , 78頁 .東京化成工業(株), 特開 2002-80437.

    アミノ酸

    アラニンバリンプロリンアラニンバリンプロリン

    0.100.200.100.100.200.05

    pH

    10.510.511.210.510.211.2

    シグナル

    HαHαHαHβHβ

    Hδ (hi)

    ∆∆δ (ppm)

    0.0180.1460.022-0.007-0.015-0.01

    高磁場側

    DDDLLL

    [1a]

    [アミノ酸]

    OH

    O

    H2N

    HR

    relativelylower than

    relativelyhigher than

    OH

    O

    H2N

    RH

    L-Amino acid D-Amino acid