ソフトウェアmicrosoft office excel 間の同期現象の解析方法

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理学療法科学 275):609–6162012 表計算ソフトウェア Microsoft Office Excel を用いた 心拍─運動リズム間の同期現象の解析方法 Analyzing Entrainment of Cardiac and Locomotor Rhythms Using Microsoft Office Excel 竹内 真太 1,2) 西田 裕介 1) 美津島 隆 2) SHINTA TAKEUCHI 1,2) , YUSUKE NISHIDA 1) , TAKASHI MIZUSHIMA 2) 1) Division of Rehabilitation Science, Seirei Christopher University: 3453 Mikataharachou, Kita-ku, Hmamatsu City, Shizuoka 433-8558, Japan. TEL+81 53-439-1400 E-mail: [email protected] 2) Division of Rehabilitation, Hamamatsu University School of Medicine, University Hospital Rigakuryoho Kagaku 27(5): 609–616, 2012. Submitted Apr. 2, 2012. Accepted May 8, 2012. ABSTRACT: [Purpose] To simplify the method of analysis of phase synchronization between cardiac and locomotor rhythms, we introduce a method of analysis using Microsoft Office Excel. [Methods] We use the data of a healthy man during walking as an example. Two time-series data are generated from the R wave onset time signals of the ECG data and the heel contact signals of the foot switch data. We calculated the relative phase between the two time- series data. Next we generated a scatter diagram which shows the time-line as the abscissa and the relative phase as the ordinate (Phase Synchrogram). We also generated a histogram of the relative phase divided into 10 classes. We additionally calculated the strength of synchronization. Lastly to rejectd the hypothesis that the phase synchronization occurs by chance, we analyze the relative phase data using the surrogate data technique. [Conclusion] The software which most physical therapist can use was ubilized to investigate synchronization among biological rhythms in the physical therapy field. Key words: cardiac rhythm, locomotor rhythm, synchronization 〔目的〕運動中に観測される心拍リズムと運動リズム間の同期現象の解析を簡便なものにするため,表計算ソ フトウェア Microsoft Office Excel を用いた解析方法を紹介する.〔方法〕解析には歩行中の健常男性のデータを例と して使用する.心電図とフットスイッチから,R 波と踵接地の発生時刻を示した時系列データを抽出し,相対位相を 算出する.次に,相対位相を縦軸,時間軸を横軸にした散布図(位相同期図)と,位相差を 10 個の区間に振り分け たヒストグラムを作成する.さらに,位相同期の強さを数値化した指標を算出する.最後に,サロゲートデータ法を 用いた位相同期の偶然性の検討を行う.〔結語〕多くの理学療法士に利用可能なこのソフトウェアは,生体リズム間 の同期現象に関する研究に応用可能である. 心拍リズム,運動リズム,同期現象 1) 聖隷クリストファー大学大学院 リハビリテーション科学研究科: 静岡県浜松市北区三方原町 3453 (〒433-8558TEL 053-439-1400 2) 浜松医科大学医学部附属病院リハビリテーション部 受付日 2012 4 2 日  受理日 2012 5 8

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理学療法科学 27(5): 609–616, 2012

■紹 介

表計算ソフトウェアMicrosoft Office Excelを用いた 心拍─運動リズム間の同期現象の解析方法

Analyzing Entrainment of Cardiac and Locomotor Rhythms Using Microsoft Office Excel

竹内 真太 1,2)  西田 裕介 1)  美津島 隆 2)

SHINTA TAKEUCHI1,2), YUSUKE NISHIDA1), TAKASHI MIZUSHIMA2)

1) Division of Rehabilitation Science, Seirei Christopher University: 3453 Mikataharachou, Kita-ku, Hmamatsu City, Shizuoka 433-8558, Japan. TEL+81 53-439-1400 E-mail: [email protected]

2) Division of Rehabilitation, Hamamatsu University School of Medicine, University Hospital

Rigakuryoho Kagaku 27(5): 609–616, 2012. Submitted Apr. 2, 2012. Accepted May 8, 2012.

ABSTRACT: [Purpose] To simplify the method of analysis of phase synchronization between cardiac and locomotor rhythms, we introduce a method of analysis using Microsoft Office Excel. [Methods] We use the data of a healthy man during walking as an example. Two time-series data are generated from the R wave onset time signals of the ECG data and the heel contact signals of the foot switch data. We calculated the relative phase between the two time-series data. Next we generated a scatter diagram which shows the time-line as the abscissa and the relative phase as the ordinate (Phase Synchrogram). We also generated a histogram of the relative phase divided into 10 classes. We additionally calculated the strength of synchronization. Lastly to rejectd the hypothesis that the phase synchronization occurs by chance, we analyze the relative phase data using the surrogate data technique. [Conclusion] The software which most physical therapist can use was ubilized to investigate synchronization among biological rhythms in the physical therapy field.Key words: cardiac rhythm, locomotor rhythm, synchronization

要旨:〔目的〕運動中に観測される心拍リズムと運動リズム間の同期現象の解析を簡便なものにするため,表計算ソフトウェアMicrosoft Office Excelを用いた解析方法を紹介する.〔方法〕解析には歩行中の健常男性のデータを例として使用する.心電図とフットスイッチから,R波と踵接地の発生時刻を示した時系列データを抽出し,相対位相を算出する.次に,相対位相を縦軸,時間軸を横軸にした散布図(位相同期図)と,位相差を 10個の区間に振り分けたヒストグラムを作成する.さらに,位相同期の強さを数値化した指標を算出する.最後に,サロゲートデータ法を用いた位相同期の偶然性の検討を行う.〔結語〕多くの理学療法士に利用可能なこのソフトウェアは,生体リズム間の同期現象に関する研究に応用可能である.キーワード:心拍リズム,運動リズム,同期現象1) 聖隷クリストファー大学大学院 リハビリテーション科学研究科 :静岡県浜松市北区三方原町3453(〒433-8558)

TEL 053-439-14002) 浜松医科大学医学部附属病院リハビリテーション部

受付日 2012年4月2日  受理日 2012年5月8日

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610 理学療法科学 第27巻5号

I.はじめに

循環器系や呼吸器系の中核を成す器官である心臓や肺の活動は,収縮と拡張という周期的運動で表され,心拍や呼吸といったリズム現象で特徴づけることができる.このように生体の各システムの活動はその多くが周期的に変動を繰り返し,リズム現象を示す.例えば歩行や走行,自転車運動等の周期的活動も運動リズムという現象でとらえることができる.そして,周期が近いリズム間では互いのリズムが引き込みあい,同期現象が起こることが報告されている 1-3).例えば,ヒトの長距離走行中には四肢の運動リズムと呼吸の周期が一致することが周知されている.このような生体リズム間における同期現象は,各器官の作用が協調していることを示し,ある種の生理学的意義をもっている現象と考えられている.さらにこの現象はガス交換効率 4)やエネルギー効率 5),または血液循環の効率 6)といった生体の効率性と関連があると推測されている.そのため,循環器や呼吸器等の内部障害を有する患者に対して,運動の効率性といった観点からみた理学療法評価や運動療法を提供できる可能性があり,理学療法分野へ応用できると考えられる 7,8).これまでの生体リズム間における同期現象に関する研究の多くは生体工学分野において行われてきた.そのため,データの解析には研究者自身の自作のプログラムや機器設定が使用されており,プログラミング能力や特別な機器を所有していない理学療法分野に関わる研究者,臨床現場で働く理学療法士,または養成校の学生達にとって生体リズム間における同期現象の研究は困難と考えられる.我々はこれまで生体リズムの中でもとくに心拍リズムと運動リズム間の同期現象に着目し,その理学療法応用に関する基礎研究を実施してきた.その過程で,理学療法士にも実施可能な生体リズム間の同期現象のデータ解析方法を検討し,解析のためのソフトウェアとして表計算を目的としたMicrosoft Office Excel(Microsoft社)を必要とすることが明らかになった.本稿では,理学療法士が生体リズム間における同期現象というテーマをより研究対象として捉えられるよう,歩行中の健常成人男性1名のデータから,心拍リズムと運動リズム間の同期現象(Cardiac-Locomotor Synchronization; CLS) を,Microsoft Office Excel(以下,エクセル)を用いて解析する方法を紹介する.

II.機器設定とデータ収集

1.測定プロトコル本稿では,CLSを誘発するために心拍を歩調取りにした10分間のトレッドミル歩行中のデータを用いて解析を行う.

対象者に,心電図用電極(ディスポ電極Rビトロード,日本光電)を胸部双極誘導(CM5)の位置に貼付し,フットスイッチ(Inline Foot Contact Sensor,NORAXON)を右踵部に装着して,心拍数が120beats/minとなるよう速度と傾斜を調節されたトレッドミル(AUTORUNNER

AR-200,MINATO)上を歩行させた.対象者の心拍数が120 bpm付近で定常状態となった後,CLSの発生を促すために心電図モニタ(Bedside monitor BSM-2400

series Life Scope 1,NIHON KOHDEN)から8心拍毎の平均心拍数のビープ音を鳴動させ,ビープ音に歩行のステップを合わせるよう対象者に指示した.このときの比率は1ビープ音毎に1ステップとし,心拍リズムと運動リズムが1対1の比率で近づくようにした.多くの先行研究では心拍リズムの抽出に心電図信号を用いている.運動リズムに関しては,フットスイッチの他に筋電図信号や加速度計信号を用いている報告もある 9).また自転車エルゴメータによる運動を記録するためにペダル部にセンサーを設置している場合もある 10).いずれも,運動1周期に要した時間を記録することができれば位相同期注1)の解析が可能となる.本研究では心電図信号上の連続するR波の周期性を心拍リズム,フットスイッチ信号上の連続する踵接地時刻の周期性を運動リズムと定義し,心拍を歩調取りにした10分間の歩行中の心電図信号とフットスイッチ信号をデータ解析に用いた.

2.データ収集心電図信号は,心電図モニタからA/D変換機(ML880

PowerLab 16/30,ADINSTRUMENTS)を通して,パーソナルコンピュータ上のデータ解析ソフト(Chart 5 for

Windows,ADINSTRUMENTS)内にサンプリング周波数1 kHzで取り込んだ.フットスイッチ信号は,筋電図計(TELEMYO 2400T,NORAXON)を通してワイヤレスでパーソナルコンピュータ上の筋電図解析ソフト(MyoResearch XP,NORAXON)内にサンプリング周波数1.5 kHzで取り込んだ.心電図信号とフットスイッチ信号の記録を別々の機器で行う場合,同時に記録できるよう開始を同じ時刻にすることが重要である.

III.位相同期の解析

位相同期の解析では,測定したデータにおいてCLSが発生しているのかどうかを確認するため,1.心拍リズムと運動リズムの抽出,2.正規化相対位相の算出,3.位相同期図の作成,を行う.CLSが発生していた場合,運動周期に対して心拍がどの位相で発生しているのかを確認するため,4.位相差ヒストグラムの作成を行う.最近,筋収縮に対する心拍発生の位相によって心臓仕事量や収縮期血圧が有意に変化することが報告されてい

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611表計算ソフトウェアMicrosoft Office Excelを用いた心拍─運動リズム間の同期現象の解析方法

る 11).最後に,発生しているCLSの同期の強さを評価するため,5.位相同期指標の算出を行う.同期の強さは,同期現象と関わる生理学的反応の強さと相関することが報告されている 12).

1.心拍リズムと運動リズムの抽出心拍リズムと運動リズムをエクセル上に時系列で示すために,各測定機器に対応するパーソナルコンピュータから付属の解析ソフトを用いて,連続するR-R間隔またはR波の開始時刻(R波onset time)のデータと,連続する歩行周期または踵接地の開始時刻(歩行onset time)のデータを抽出する.これらのデータはエクセル上で開けるようにcsvファイル形式またはtextファイル形式とする.本研究では心電図データの解析ソフトにChart 5 for

Windowsを利用している.Chart 5 for WindowsではR-R間隔を csvファイルで導出できるため,そのファイルをエクセル上で開く.この場合,記録開始から10分間の連続したR-R間隔が順に列へ表される.ここで,時系列上で各R波onset timeを調べるため,1つ目のR-R

間隔を1番目のR波onset time,1および2番目のR-R間隔の和を2番目のR波onset time,1,2および3番目のR-R間隔の和を3番目のR波onset timeというようにして,全てのR-R間隔からR波onset timeを算出する(図1).算出したR波onset timeの列は時系列におけるR波が発生した時刻を示す.ま た, 筋 電 図 解 析 ソ フ ト(MyoResearch XP,

NORAXON)ではフットスイッチ信号を textファイルで導出するため,そのファイルをエクセル上で開く.この場合,右踵接地の時刻が時系列で列へ表されるため,そのまま歩行onset timeとして扱う.またこの際,各測定機器のサンプリング周波数の違いや,単位の違いを調整する.本研究では時間単位をmsecとして処理した.

上記の方法以外にも,様々な測定機器や解析ソフトが存在するが,基本的にはエクセル上でそれぞれのリズムの開始時間を時系列で並べることができれば位相同期の解析が可能となる.

2.正規化相対位相の算出正規化相対位相は,運動周期に対する心拍発生のタイミングを調べるために算出するものである.まずR波onset timeの列と歩行onset timeの列を同じ

Sheet(エクセルにおけるワークシート)に貼り付け,目印となるようにそれぞれの列のセルに異なる色を配色する.次にR波onset timeと歩行onset timeのセルを同列に配置し,昇順に並べ替える.昇順に並べ替えることによって,R波発生のタイミングと右踵部接地のタイミングの時間関係が明確となり,2つのonset timeのデータが同じ時間軸上に並べられる.

n番目の歩行onset timeをTnとし,TnとTn+1間の r番目のR波onset timeを trとする.そのときの trの正規化相対位相(ϕ r,n)は,

ϕ r,n =

tr-Tn

Tn+1-Tn

となる(図2).このとき,nと rは整数である.上記の式を用いて,全てのR波onset timeに対するϕ r,nを算出する.エクセルを用いた場合には,図3のようになる.

3.位相同期図の作成位相同期図は横軸に時間,縦軸に正規化相対位相(ϕ r,n)をとり,視覚的に位相同期が発生しているか確認することができるツールである.位相同期図が水平構造を示すとき,運動周期に対して一定の位相で心拍が発生し続けていることを表し,心拍リズムと運動リズム間で位相同期が発生していることを示す.

1番目のR-R 間隔と2番目のR-R 間隔の和

1番~4番目のR-R 間隔の和

図1 R波 onset timeの算出方法   各R波が発生した時刻(R波onset time)を算出するため,R-R間隔を順に1つずつ

足していく.

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612 理学療法科学 第27巻5号

エクセル上でR波onset timeと歩行onset timeを同じ時間軸上に並べた列と,正規化相対位相が算出された列とを選択し,【散布図】を作成する(図4).縦軸の最大値を1.0に設定し,横軸の最大値にデータの記録時間を設定する.本研究では10分間のデータを解析に用いたため,横軸の最大値は600000(msec)となる.

4.位相差ヒストグラムの作成位相差ヒストグラムによって運動周期内の各位相における心拍発生頻度を評価できる.すなわちヒストグラムを作成することで,心拍の発生する頻度が高いタイミングを視覚的に把握できる.ヒストグラムが一様分布を示す場合は,心拍は運動周期に対して均等に発生したと捉えられ,心拍リズムと運動リズム間で同期現象が発生していないことを示唆する.逆に,ある位相に分布が集中

している場合,その位相で心拍が発生するよう2つのリズムが引き込み合ったと考えられ,心拍リズムと運動リズム間の同期現象が発生していることを示す.位相差ヒストグラムを作成するには,まず,位相差ヒストグラムのデータ区間用のセルとして,0.1から1.0までのセルを0.1間隔で入力する.次に【ツール】タブの【分析ツール】を選択し,【ヒストグラム】を選択する.【分析ツール】が存在しない場合は,エクセルのアドインから分析ツールを選択して利用可能な状態にしておく.正規化相対位相(ϕ r,n)の列を入力範囲に選択し,先に入力した0.1から1.0のセルをデータ区間に選択する.さらに,グラフ作成のチェックボックスにチェックを入れ,任意のセルに出力する(図5).正規化相対位相を0から1.0

の範囲で0.1間隔に10個のビンに振り分けられた度数分布表と,ヒストグラムが作成される.

フットスイッチ信号

心電図信号

歩行周期

正規化相対位相

( r,n)

1

0

Tn Tn+1

tr+1

φ

tr

図2 位相同期図の作成原理

図3 正規化相対位相の求め方図中のA6セルのR波onset timeに対する正規化相対位相(ϕ r,n)を求める場合,上記の式内の記号は以下のセルに相当する.

tr = A6セル,  Tn = A5セル,  Tn+1 = A8セルそのため,A6セルのR波onset timeに対する正規化相対位相(ϕ r,n)をB6セルに出力するためには,以下の式をB6セル内に記述する.

=(A6-A5)/(A8-A5)

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613表計算ソフトウェアMicrosoft Office Excelを用いた心拍─運動リズム間の同期現象の解析方法

5.位相同期指標の算出位相同期指標は,位相同期の強さや結合度を数値化して示すものであり,正規化相対位相のばらつきから算出される.つまり,位相が固定されており,ばらつきが少なければ,それだけ2つのリズム間の同期の結合度が強いといえる.これまでCLSの位相同期指標には正規化相対位相に対する標準偏差や,位相差ヒストグラムに対するχ 2値が用いられてきた 13).しかし位相同期が観測されていない場合でも,位相が偏っていれば高い値を示すため,正確に位相同期を把握できない場合があった.そのため最近では,波形の近似度の評価に位相コヒーレンス値が用いられるようになった14,15).この位相コヒーレンス値は,正規化相対位相の1つ1つの値のズレを評価し,位相同

期の結合度を表すため,より正確に位相同期の強さを評価することができる.そのため本稿ではエクセルを用いて位相コヒーレンス値を算出する方法を紹介する.位相コヒーレンス値は正規化相対位相を用いて求めることができる.しかし,本稿におけるプロトコルでは,運動リズムを右踵部からしか抽出していないため,CLS

が発生している場合には心拍リズムと運動リズムが2:1

となっている.これを 1:1の比率とするため,各歩行onset time間の中間時点を左踵部接地時刻として仮定し,両側での歩行onset timeを算出する.右踵部接地の列と,その中間時点を仮定した左踵部接地の列を同列に配置し,昇順に並べ替えることで両側の歩行onset timeを作成する.左右両側での歩行onset timeとR波onset timeを用い

位相同期図

データ区間にはあらかじめ作成しておいた0.1~1.0までのセルを選択する

グラフ作成にチェック入力範囲には正規化相対位相を算出した列を選択する

図4 位相同期図の作成方法   左図中の枠で囲った,onset timeと正規化相対位相が表記された列を選択し,散布図

を作成する.散布図は縦軸が正規化相対位相,横軸が時間を表すように調整する.右図のように正規化相対位相が経時的に連続してプロットされた図が作成される(位相同期図).

図5 位相差ヒストグラムの作成方法

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614 理学療法科学 第27巻5号

て正規化相対位相(ϕ r,n)を再算出する.算出された正規化相対位相(ϕ r,n)から,以下の式を用いて位相コヒーレンス値(λ)を算出する.

λ =〈sin(ϕ r,n×2π)〉2+〈cos(ϕ r,n×2π)〉2

このときの〈 〉は平均を表す.位相コヒーレンス値(λ)は,正規化相対位相に対する窓を256個とし,128個オーバーラップさせて求める方法や 15),30秒間毎の正規化相対位相(ϕ r,n)を5秒ずつずらして求める方法がある 16).本稿では例として後者の方法を用いて開始30秒間の正規化相対位相に対する位相コヒーレンス値を算出する.エクセル上で,0から1の範囲であった正規化相対位相(ϕ r,n)を0から360度の角度に換算するため,ϕ r,nのセ

ルの値に2πを掛け,その数値に対する sineと cosineの値を算出する(図6).この作業を記録データの始めから30秒間の正規化相対位相(ϕ r,n)に対して行い,開始後30秒間の sineと cosineの平均値をそれぞれ算出する.sineとcosineの平均値をそれぞれ2乗し,足した値を位相コヒーレンス値(λ)とする(図7).この作業を,記録データの始めから5秒ずつずらして移動させることで時系列の変化を確認することができる.位相コヒーレンス値の時系列変化をみることで,記録データ内の位相同期の結合度の変化を把握することができる.また,10分間の平均値や,最大値といった捉え方も可能となる.

図6 正規化相対位相に対する sineとcosineの算出方法   全ての正規化相対位相に対して,図中の作業を行う.

図7 位相コヒーレンス値の算出方法

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615表計算ソフトウェアMicrosoft Office Excelを用いた心拍─運動リズム間の同期現象の解析方法

IV.位相同期の偶然性の検討

本稿で用いたような心拍リズムと運動リズムを意図的に近付けたプロトコルで観測された位相同期には,2つのリズム間で引き込みが起こって観測される場合と,2

つのリズムを近付けた際に偶然同期しているように観測される場合とがある.Nomuraらが提唱しているサロゲートデータ法 9)を用いて位相同期の偶然性を検討することで,偶然にも関わらず同期しているように観測される可能性を排除することができる.サロゲートデータ法とは,時系列信号の非線形性を調べるために「線形である」という帰無仮説が棄却されるかどうかを調べる方法である 17).実験で得られたデータ(オリジナルデータ)と統計的に同質な代理のデータ(サロゲートデータ)を作成し,そのサロゲートデータにおいてもオリジナルデータと同じように線形性が観察されるかどうかを検討する.CLSの場合,「2つのリズム間で時間的に依存関係がなく,リズムが偶然近づいた結果として位相同期は観察される」という帰無仮説をたて,この仮説が採用されるのか,棄却されるのかを調べる.この帰無仮説を検討するために,実際に測定した心拍リズムと運動リズム間の位相同期データ(オリジナルデータ)と,オリジナルデータ内の運動リズムの時系列の順をランダムシャッフルしたデータ(サロゲートデータ)とを比較する.オリジナルデータにおいて,引き込みや結合のような時間的依存関係がある場合でも,サロゲートデータではその依存関係が崩される.そのため,オリジナルデータとサロゲートデータの位相同期に違いがみられた場合,上記の帰無仮説は棄却される 18).サロゲートデータを作成するため,フットスイッチ信

号から抽出した運動リズムをランダムにシャッフルする作業を行う.先ほど抽出した運動リズムの列から各歩行間隔を算出する.歩行間隔は,Tn+1からTnを減ずることで求められる.この算出した歩行間隔の列をランダムに並べ替える.各歩行間隔を示したセルの隣に関数【RAND】を用いて0から1の間で乱数を置く.歩行間隔と発生させた乱数の列を選択し,【並べ替え】を選択する.【並べ替え】のメニューの【最優先されるキー】に発生させた乱数の列を選択し,昇順に並べ替える.乱数を昇順に並べ替えることによって,隣にある歩行間隔の列がランダムシャッフルされることになる(図8).このランダムシャッフルされた歩行間隔から,サロゲートデータ用の歩行onset timeを再度算出する.1つ目の歩行間隔を1つ目の歩行onset time,1つ目と2つ目の歩行間隔の和を2つ目の歩行onset time,1つ目と2つ目と3つ目の歩行間隔の和を3つ目の歩行onset timeというようにして,すべての歩行間隔から歩行onset timeを算出する.サロゲートデータ用の歩行onset timeを用いて,再度位相同期図,位相差ヒストグラム,位相コヒーレンス値を算出し,サロゲートデータとオリジナルデータを比較する.位相同期図と位相差ヒストグラムを用いて視覚的に比較し,さらに位相コヒーレンス値を用いて統計学的に比較する.統計学的比較は数人の対象者の位相コヒーレンス値のデータに対し,対応のある t検定を用いて行う.オリジナルデータとサロゲートデータの位相コヒーレンス値が有意に異なる場合,観測された位相同期の偶然性は排除され,2つのリズム間の引き込み,または結合の結果,観測されたものであることが示唆される.作成するサロゲートデータの数に関してNomuraらは対象者1人のオリジナルデータに対してサロゲートデータを1

最優先されるキーに、乱数を発生させた列を選択する

歩行間隔の隣のセルに以下の式を入力し,0~1の乱数を発生させる

=RAND()

図8 歩行間隔をランダムシャッフルする方法

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616 理学療法科学 第27巻5号

つ作成しているが,Niizekiや清水らはランダムシャッフルを繰り返すことで複数のサロゲートデータを作成し解析の精度を向上させている 6,19).

V.おわりに

本稿ではエクセルを用いた,位相同期の解析方法,位相同期の偶然性の検討の方法を1名の対象者のデータを用いて紹介した.生体リズム間における同期現象に関する報告は近年増加しており,その生理学的意義や,発生機序が徐々に明確になりつつある.CLSに関しては,運動中の末梢循環の最適化6)や,心臓仕事量の減少11)といった生理学的意義があることが健常人を対象とした分析から示されている.そのため,運動療法の介入前後で同期の強さがどのように変化するのかといった効果判定の指標や,心疾患患者に対する効果的な運動療法といった介入方法として応用できる可能性をもつ.本稿に記載した方法が,今後,同期現象に関する理学療法研究の発展に寄与し,運動中の生体器官の協調性を評価し,介入するといった新たな視点からの理学療法の捉え方に貢献できれば幸いである.

注1) 位相同期とは,あるリズムを生成する振動子Aの一周期内のどの位相で他方の振動子Bのイベントが発生するかを記録し,その位相が一定を示す状態をいう.すなわち,振動子AとBの瞬時位相をそれぞれϕ1,ϕ2とすると,|mϕ1-nϕ2|<constとなる

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18) 野村国彦:運動中の心拍─運動リズム間の同期現象とその要因.神戸大学大学院総合人間科学研究科博士論文,2002,100-101.

19) 清水健一郎:サロゲートデータ法を用いた指尖容積脈波の非線形解析.脈管学,2003,43(1): 15-19.