mesoscale eddies and the kuroshio current observed by...

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海洋科学技術センター試験研究報告 第37号 JAMSTECR, 37 (March 1998) 日本南岸の黒潮循環系での中規模渦の挙動 吉川 泰司*1 命 宣*1 三寺 史夫*1,2 海面高度計データを用いて日本南岸における黒潮流路の変動や中規模渦の西方伝搬 など黒潮再循環系における中規模擾乱の検出を試みた。 1992年10月から1993年2月の期間,九州南方のトカラ海峡東方における黒潮小蛇行 の発達と北上,九州南東方での捕捉,小蛇行の東進という現象が海面高度計データか ら検出でき,他の独立した観測データと同等の変動が見ら れた。また伊豆海嶺上で検 出した暖水渦は西進し,5ヶ月かかって九州南方の海域に到達することが,衛星観測 データにより明ら かになったO トカラ海峡東方での黒潮小蛇行の発達と北上期の前後,黒潮流量は増大傾向にあっ た。北上して捕捉された黒潮小蛇行が流下方向に移流される時期には黒潮流量は若干 の増加が見ら れたほかに,伊豆海嶺上から西進してきた暖水渦が冷水渦に接近し,両 者が渦対のように時計回りに回転する挙動が示された。黒潮小蛇行の東進に対して, 渦と黒潮の相互作用がトリガになった可能性がある。 キ ーワ ー ド:黒 潮,TOPEX/POSEIDON海 面高 度計, 中 規 模 渦 Mesoscale Eddies and the Kuroshio Current observed by TOPEX/POSEIDON altimetric data Yasushi YOSHIKAWA*3 Kim MYOUNG-SUN*3 Humio MTT8TJDERA*3 4 Fluctuations in the Kuroshio path and westward propagation of a mesoscale eddy are being detected using TOPEX/POSEIDON altimetric data. From October 1992 to February 1993, there existed a Kuroshio small meander near Kyushu. We detect and describe evolution of the small meander and a cold eddy accompanied with. In November 1992, the cold eddy was extending east of Tokara Strait to south of Kyushu. As regards developing a minus anom- aly field of the eddy, when the Kuroshio transport was increasing at the Tokara Strait, the cold eddy was advected downstream, and then, the eddy stayed southeast of Kyushu for about 2 months. In February 1993, another warm eddy, which was observed over the Izu Ridge in October 1992 and propagating westward, was coming close to the Kuroshio path and the cold eddy. Late in February, the cold and warm eddies were moving northeastward and 135 海洋観測研究部 地球フロンティア研究システム Ocean Research Department FRPGC

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Page 1: Mesoscale Eddies and the Kuroshio Current observed by ...経度各1度ごと,また時間方向には各サイクルごとに格 子を設けて,ガウシアンフィルターを用いてデータを整

海洋科学技術センター試験研究報告 第37号 JAMSTECR, 37 (March 1998)

日本南岸の黒潮循環系での中規模渦の挙動

吉川 泰司*1 金 命宣*1 三寺 史夫*1,2

海面高度計データを用いて日本南岸における黒潮流路の変動や中規模渦の西方伝搬

など黒潮再循環系における中規模擾乱の検出を試みた。

1992年10月から1993年2月の期間,九州南方のトカラ海峡東方における黒潮小蛇行

の発達と北上,九州南東方での捕捉,小蛇行の東進という現象が海面高度計データか

ら検出でき,他の独立した観測データと同等の変動が見られた。また伊豆海嶺上で検

出した暖水渦は西進し,5ヶ月かかって九州南方の海域に到達することが,衛星観測

データにより明らかになったO

トカラ海峡東方での黒潮小蛇行の発達と北上期の前後,黒潮流量は増大傾向にあっ

た。北上して捕捉された黒潮小蛇行が流下方向に移流される時期には黒潮流量は若干

の増加が見られたほかに,伊豆海嶺上から西進してきた暖水渦が冷水渦に接近し,両

者が渦対のように時計回りに回転する挙動が示された。黒潮小蛇行の東進に対して,

渦と黒潮の相互作用がトリガになった可能性がある。

キ ーワ ー ド:黒 潮,TOPEX/POSEIDON海 面高 度計, 中 規 模 渦

Mesoscale Eddies and the Kuroshio Currentobserved by TOPEX/POSEIDON altimetric data

Yasushi YOSHIKAWA*3 Kim MYOUNG-SUN*3

Humio MTT8TJDERA*3 4

Fluctuations in the Kuroshio path and westward propagation of a mesoscale eddy are being

detected using TOPEX/POSEIDON altimetric data. From October 1992 to February 1993,

there existed a Kuroshio small meander near Kyushu. We detect and describe evolution of

the small meander and a cold eddy accompanied with. In November 1992, the cold eddy was

extending east of Tokara Strait to south of Kyushu. As regards developing a minus anom-

aly field of the eddy, when the Kuroshio transport was increasing at the Tokara Strait, the

cold eddy was advected downstream, and then, the eddy stayed southeast of Kyushu for

about 2 months. In February 1993, another warm eddy, which was observed over the Izu

Ridge in October 1992 and propagating westward, was coming close to the Kuroshio path and

the cold eddy. Late in February, the cold and warm eddies were moving northeastward and

135

海洋観測研究部

地球フロンティア研究システム

Ocean Research Department

FRPGC

Page 2: Mesoscale Eddies and the Kuroshio Current observed by ...経度各1度ごと,また時間方向には各サイクルごとに格 子を設けて,ガウシアンフィルターを用いてデータを整

northeastward respectively, as if they were rotating clockwise as a vortex pair. At that

time, the Kuroshio transport across the Tokara Strait was gradually increasing. The inter-

action between the Kuroshio transport and eddies is likely to be an important mechanism

for triggering the eastward advection of the small meander of the Kuroshio.

Key Words : Kuroshio path, TOPEX/POSEIDON, Mesoscale eddy

1 はじめに

黒潮や黒潮続流の流域は中規模渦の形成が特に活発な

海域である。それらの渦は黒潮の流れや渦同士で相互作

用を起こすここが報告されている。渦の状況とその時間

発展を調べるために,しばしば数値モデルが用いられる。

図1には,北太平洋亜熱帯・亜寒帯循環の局所数値モデ

ル(三寺他, 1997 °)における海面高度のスナップショッ

トを示す。図から直径が200 ~300kmの渦が黒潮続流の南

北を中心に存在することがわかる。黒潮続流域で形成さ

れる中規模渦の中には,黒潮再循環内を西方伝搬し,日

本南岸の四国海盆に浸入するものがある。

観測においても,その移動経路にあたる伊豆・小笠原

海嶺上で渦の通過が報告されている{Hanawa et al.,

19972))。図2に東京・小笠原間を結ぶ定期航路船に搭載

されたADCPで得られた流速場の時系列を示す。図中,

北緯34 度付近に見られる黒潮の流れの外に,低気圧性や

高気圧性の渦のパターンが観測ラインを横断していくこ

とがわかる。特に1992年tO月には, 直径300km に及ぶ巨

大な渦が存在していた。同時期に同定期航路船からXB

Tで観測された表層水温断面図(Yoshikawa et al..

19963')を図3に示す。ADCPによる流れの場から推測

されるように,北緯30度を中心として暖水塊が存在して

いたことがわかる。

大規模現象や伝搬性の中規模現象などに着目する場合,

海洋を広域にわたり,かつ反復して観測する必要がある。

その手段として,人工衛昆による観測データが期待され

てい る。 本研 究で はTOPEX/POSEIDON (以 下 ,

T/P)の海面高度計データを用いて,この暖水渦の検

出とその西方伝搬の追跡を試み,遠州灘及び九州東方に

おける挙動を記述する。また,日本南岸における黒潮流

路の変動の検出を試み,他の独立した観測データと比較

する。

136

図1 黒潮・親潮システムモデ ルにおける海面高度の分布

JAMSTECR, 37 (1998)

Page 3: Mesoscale Eddies and the Kuroshio Current observed by ...経度各1度ごと,また時間方向には各サイクルごとに格 子を設けて,ガウシアンフィルターを用いてデータを整

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伊豆・小笠原海嶺上の流れの場 (50m深)の時系列。横軸は時間で1991年2月から1996年1月。縦軸は緯度を表す。流れの場

右向きの矢印が東向き,上向きの矢印が北向きの流れを表す。北緯34度付近の強い流れが黒潮に対応

図2

はベクトル表示され,

する

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伊豆・小笠原海嶺上の水温断簡(1992年9月下旬観測)。

北緯30度を中心にした暖水性の渦が見られる

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海面高度アノマリ分布図。上から1992年10月中旬, 10月

下旬, 11月上旬の時期を表す。実線は正のアノマ 1),破

図5

150

と計算のため設け

140

TOPEX/POSEIDON軌道(実線)

た格子点(点)

130 25

図4

137

コンタ一間隔は10cm線は負のアノマリを示す。

37 (1998) JAMSTECR,

Page 4: Mesoscale Eddies and the Kuroshio Current observed by ...経度各1度ごと,また時間方向には各サイクルごとに格 子を設けて,ガウシアンフィルターを用いてデータを整

経度各1度ごと,また時間方向には各サイクルごとに格

子を設けて,ガウシアンフィルターを用いてデータを整

理した。フィルターのパラメータは, e-foldingスケー

ルは空間方向にl度 時間方向に1.5サイクル(約15日)

と設定し,それぞれ片側 2度, 3サイクルの中での観測

値に対して重みを付けて処理を行った。

海面高度の変動には季節変化の影響が大きい。そこで,

黒潮の流軸の変動を含まない広い領域(東経1.25度から

東経150度,北緯25度から北緯31度)における海面高度

偏差の平均値を季節変動成分とし これを全体から除去

3.1 1992年10月

図5に1992年10月の海面高度アノマリ場を示す。伊豆

小笠原海嶺上(東経140度 北 緯30度)には,暖水渦に

対応する正のアノマリ領域が広がっている。これは前述

のADCPとXBTによる観測結果と良い一致を見る。この

月には暖水渦は伊豆小笠原海嶺上をゆっくりと西進して

いた。

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した。

データと処理方法

渦の追跡、に使用したデータはTOPEX/POSEIDON海

面高度計データで, AVISOにおいて各種補正を施 した

後にアノマリデータに加工し,配布されたものである。

現時点でのAVISO配布データの期間は, 1992年10月か

ら1994年10月までの約2年間 (75サイクル)である。

サイクルは約10日間の時間間隔 また隣り合う軌道との

空間間隔は赤道で315km,今回の研究対象となる中緯度

では平均約270kmの間隔である。

データを整理するにあたって軌道ごとに平滑化を行っ

た後に 3次元ガウシアン型フィルターを用いて緯度・経

度各1度, 約10日ごとの格子上にデータを補間した。さ

らに海面高度の季節変化を除去して解析用データセット

を作成した。 T/P軌道と最終的に設けた格子点を図4に

示す。 具体的な手順を以下のとおりである。

まず,各軌道ごとに緯度方向0.1度ごとで格子を設け,

格子から距離が110km以内で観測された高度アノマリデー

タに対して, e-foldingスケールを55kmとしたガウシア

ンフィルターを用いて平滑処理を施した。次に,北緯25

度から北緯35度,東経125度から東経150度の領域に緯度

(a)

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海上保安庁発行の海洋速報。 (a)は1992年9月下旬.(b)は日92年10月下旬.(c)は1993年1月下旬.(d)は1993年2月中旬の流れの場

をそれぞれ表す

JAMSTECR, 37 (1998)

(d)

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図6

138

Page 5: Mesoscale Eddies and the Kuroshio Current observed by ...経度各1度ごと,また時間方向には各サイクルごとに格 子を設けて,ガウシアンフィルターを用いてデータを整

1992年11月, 12月

図7に1992年11月と12月の海面高度アノマリ場を示す。

伊豆小笠原海嶺上から西進してきた暖水渦は,この時

期,遠州灘沖に存在する。海面高度アノマリを見ると,

この時期,暖水渦は南北に引き延ばされ,やがて2つに

分断されているように見られる。サイクル 5(11月中旬)

では渦の中心が東経139度,北緯31度であるのに対して,

20. 30日後のサイクル7,8では,北片の中心は東経138

度30分,北緯33度,南片の中心は東経137度30分,北緯30

度となっている。したがって,北片は北上傾向,南片は

若干の南下傾向が見られる。

3.2

この期間中,徐々九州南方の負のアノマリの位置は,

広域の観測データと比較するため,海上保安庁発行の

海洋速報による日本南岸の黒潮流路変動を図 6に示す。

九州南方トカラ海峡では,負のアノマリの東進(図 5)

に対して黒潮流路の蛇行(図6(a))が対応する。また,

伊豆海嶺上においても黒潮流路の蛇行・南下(図 6(b))

と負のアノマリが対応する。以上のように,船舶による

観測データが存在場所において,それらは衛星観測デー

タと良い一致を見る。

九州南方の負のアノマリは,この期間中,徐々に強化

されていた。一方,その位置はほとんど変化していなかっ

た。これはトカラ海峡東方における黒潮小蛇行,あるい

は「種子島冷水」渦の発達を意味するものである。

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海面高度アノマリ分布図。上から1993年1月中旬.1月下

旬, 2月上旬.2月下旬を表す。表記方法は図 4と同じ

139

区18海面高度アノマリ分布図。上から1992年11月中旬, 11月下旬.12月上旬.12月中旬を表す。表記方法は図4と同

JAMSTECR, 37 (1998)

図7

Page 6: Mesoscale Eddies and the Kuroshio Current observed by ...経度各1度ごと,また時間方向には各サイクルごとに格 子を設けて,ガウシアンフィルターを用いてデータを整

に北上し,九州南東方に定在する。これはトカラ海峡東

方における黒潮小蛇行, i種子島冷水」渦の東進と九州

南東方での捕捉を意味するものである。またこの時,負

のアノマリは高水準で落ち着いていた。

3.3 1993年1月, 2月

図8に1993年1月と 2月の海面高度アノマリ場を示す。

九州南東方沖に北上した黒潮小蛇行をあらわす負のア

ノマリは.1993年2月上旬までの期間,捕捉された状態

にある。この時,徐々に渦の等高線は疎となり弱化した

様相を示している。一方,遠州灘沖から西進してきた暖

水渦(正のアノマリ)は, 1993年1月には四国州南方沖

に存在する。そして徐々に西進し,九州南東方に捕捉さ

れている黒潮小蛇行に接近する。

1993年2月下旬には負のアノマリは東方へ移動し,正

のアノマリはトカラ海峡東方へと北西方向に移動する。

この時,両者はあたかも対になって時計四りに回転する

ような動き,つまり,渦対としての挙動が見られた。

同時期の海洋速報でも, 1月下旬には小蛇行に対応す

る冷水渦は九州南東方に捕捉されている (図6(c))が,

2月中旬には四国南西沖に移動する(図 6(d))様子が報

告されている。また,西方伝搬してきた暖水渦(高気圧

性回転の流れの場)の存在が伺える。

4 考察

T/Pデータを用いて計算した黒潮再循環系の海面高

度アノマリ分布と現場観測による流れの場を比較した結

果,両者は良く 一致していた。さらにT/Pデータから

現場観測が無い海域における状況を表すことができ,広

域を観測する衛星観測データの有効性が示された。また,

直径200......300kmの渦の追跡にT/Pデータの有効性が併

せて示された。

1992年11月から12月にかけて遠州灘沖で見られた暖水

渦の分断が本当に発生したものなのか,衛星データの空

間分解能や数値フィルターのために分断されたように見

えたのか,ここでは判断できない。しかし,海洋速報

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図9 トカラ海峡における黒潮流量の時系列。横軸は1時間,縦軸は流量を示す。 lSvは毎秒百万立方メートルの流量を表す

140 JAMSTECR, 37 (1998)

Page 7: Mesoscale Eddies and the Kuroshio Current observed by ...経度各1度ごと,また時間方向には各サイクルごとに格 子を設けて,ガウシアンフィルターを用いてデータを整

(図6(b))によると 10月下旬に伊豆海嶺上で蛇行した

黒潮から,さらに南下流が見られる。これは黒潮の南側

に高気圧渦(正のアノマリ)が存在することを示すもの

である可能性がある。そして,衛星軌道の分解能以下の

大きさであるT/Pデータでは表現されず,数値フィル

ターで処理した際に平滑化され負のアノマリ領域が広

域にわたって見られ さらに時間の経過と共に渦の進行

速度・方向の違いから 2つに分離された可能性がある。

九州南方での黒潮小蛇行の発達と移動に着目する。

1992年11月に種子島東方に冷水渦が発達し,同年12月に

冷水渦が北上し,九州南東方に捕捉される。この間,冷

水渦は強化されていた。トカラ海峡を通過する黒潮流量

(山本他, 19984>)は10月から12月の期間に 10.9Svから

14.2Sv (200m --800m)へと増大傾向にあった(図 9)。

黒潮の流速増大と冷水渦の発達 その北上の聞に何らか

の関係が示唆される。 1993年 1月は冷水渦は捕捉された

状態を保ち,同年 2月には捕捉から解放され,黒潮の流

下方向へ移動した。この期間, トカラ海峡での流量は若

干の増加 (11.8Svから13.4Sv)が見られた。一方,この

期間暖水渦が黒潮に接近し, 2つの渦の移動が同期して

いた。黒潮流量の増加は黒潮自体の季節変動によるもの

か,暖水渦の影響によるものか判断できない。海面高度

データから表面流速を定量化し,現場観測データとの比

較が重要な検討課題であるo しかし 渦と黒潮の相互作

用が,冷水渦の移動すなわち黒潮小蛇行の東進にとヮて,

トリガとなった可能性がある。今後の課題として,渦と

流れの相互作用を検討する必要がある。そのためには,

何らかの方法で平均海面高度を正確に算出することが重

要である。また海面高度偏差に表れにくい傾圧高次モー

ドを加味した考え方が重要となるであろう。

5 まとめ

AVISOが加工・配布する海面高度計のアノマリデー

タを用いて,日本南岸における黒潮流路の変動の検出と

中規模渦の西方伝搬,九州南東方の黒潮小蛇行に伴う渦

の追跡など中規模擾乱の検出を試みた。

1992年10月から1993年2月の対象期間中,九州南方の

トカラ海峡東方における黒潮小蛇行の発達と北上,九州

南東方での捕捉,小蛇行の東進という現象が海面高度計

データから検出できた。これは,海上保安庁発行の海洋

速報など他の独立した観測データで見られる変動と一致

するもので,本研究で使用したT/Pデータの処理手法

の妥当性が示された。また,伊豆海嶺上に存在していた

暖水渦は西進し, 5ヶ月かかって九州南方の海域に到達

JAMSTECR, 37 (1998)

することが,衛星観測データにより明らかになった。こ

れは,人工衛星の特徴である広域反復計測によって初め

て検出が可能となるものである。しかし,遠州灘沖では

中規模擾乱の分布が広がり,中規模擾乱を完全に分解で

きたかどうかは不明である。これはT/Pの衛星軌道間

隔が疎であることが影響するものと考えられる。

トカラ海峡東方での黒潮小蛇行について,その移動・

発達と黒潮流量の変動を表した。小蛇行の北上期の前後

には,冷水渦が発達・強化していた。この時のトカラ海

峡を通過する黒潮流量は増大傾向にあった。北上し捕捉

された黒潮小蛇行が解放され流下方向に移流される時

期には,黒潮流量には若干の増加が見られた。一方,こ

の時期には,伊豆海嶺上から西進してきた暖水渦が冷水

渦に接近し,両者が渦対のように時計回りに回転する挙

動を示した。黒潮小蛇行の東進開始にとって,黒潮と渦

の相互作用がトリガになった可能性がある。

謝 辞

本研究を開始するにあたって市川香博士(九州大学)

には有益な助言を頂きました。また 貴重なデータを提

供して頂いたAVISO及び科学技術庁「黒潮開発利用の

観測研究jにおけるトカラ係留グループに感謝し=たしま

す。この研究は海洋科学技術センターにおけるプロジ、エ

クト研究 「中高緯度海域における観測研究(亜熱帯)J

及び特別研究「海洋観測衛星を活用した観測手法の研究J

のもとで行われたものです。

参考文献

1) 三寺史夫・吉川泰司・田口文明・中村啓彦:高解

像度黒潮親潮システムモデル:序報,海洋科学技術

センター試験研究報告, 36, 147・155.(1997)

2) Hanawa K., Y. Yoshikawa and T. Taneda:

TOLEX-ADCP monitoring, GeophysicalRes. Lett.,

23, 2429・2432.(1996)

3) Yoshikawa Y., K. Ando, H. Mitsudera, K.

Muneyama and K. Hanawa : Data report: Tokyo

-Ogasawara Line Experiment XBT monitoring

1988・1995,JAMSTEC Data Report, 102pp.(1996)

4) 山本浩文・美澄篤信・吉川泰司・吉岡典哉・石川

孝一・菅野能明・木下秀樹・寄高博行・四竃信行・

山城徹.・棲井仁人・前田明夫:トカラ海峡での黒

潮変動調査,海洋科学技術センター試験研究報告,

37, 67・111.(1998)

(原稿受理 :1997年12月10日)

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