language the gender the intersection ideology

38
The Japanese Association of Sociolinguistic Sciences NII-Electronic Library Service The Japanese Assooiation of Sooiolinguistio Soienoes 社会言語4 巻第 2 2002 3 70 107 The Japanese Journal of Language in Society Vol 4No 2March 2002 pp 70 107 イデオ 交差 領域 イケル シルヴ ステ 小山 徳地慎 Language and the culture of gender At the intersection of structure usage and ideology MichaelSilverstein Wataru Koyama ShinjiTokuchi 紹介よ以下 訳出 した 論考 大学 言語学部 類学部 学部 社会思想 教授 イケ シル Michael Silverstein よる Language and the eulture ef gender At the intersection of structure usage and ideology 及び論文 とな 号論 的媒介作用 記号 構造的び心 理 的視 SemioticMedi αtion Structur α 1 and PsyChO logical Perspectives 1985 Orlando FL Aca demic Press 編者 言語法学者 ElizabethMertz 言語人類学者 会記号学者研究家 リチ RichardJ Parmentier よる 当論 文 冒頭 れた 紹介文 pp 219 220 論文 本体 pp 220 259 全訳 論文 言語人類学者 ラウ Ben Blount 降現在 北米言 語人類学 辿 たリ ある 言語 社会』 ( L αnguage Culture αnd Society A Booh of Re αdin8s 2nd ed 1995 1974 Prospect Heights ILWaveland Press 513 550 再掲 されて 同論文集 には よる北米言語人類学 古典的論考 「転換子語範疇文化叙述 Shifters linguistic catego ries and cultural descriptions 1976 187 221 わせ 再掲 され ラウ よる 簡単 紹介文 106 107 ある ので 参照 れた 比較的入手 容易 ンの 著作 とし論文 おく1996Monoglot Standard in America Standardization and metaphors of linguis tic hegemony InDonald Brenneis and Ronald Macaulay eds The Matrix of L αnguage Contempor αry Arne ic αn Linguistic Anthro ρ ologys 284 306 Boulder CO Westview The secret life of texts In Michael Silverstein and Greg Urban eds N αtur αlHistortesof Discourse 81 105Chicago IL University of Chicago Press1998The uses and utility of ideologyA commentary In Bambi Schieffelin Kathryne Woolard and Paul Kroskrity eds L α nguage Ideologies 1 actice and Theory 123 145Oxford Oxford UP The improvisational performance of culture in realtime discursive practice In Keith Sawyer ed Cre αtivity in Perform αnce 265 312 Greenwich CT Ablex 2000 Whorfianism and the linguistic imagina tion of nationality InPaul Kroskrity ed Reginzes of Langu α ge85 138Santa Fe NM School of American Research れら論文集 には 70 N 工工 Eleotronio Library

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The Japanese Association of Sociolinguistic Sciences

NII-Electronic Library Service

The  Japanese  Assooiation  of  Sooiolinguistio  Soienoes

社会言語科学 第 4 巻第 2号2002年 3 月 70−107ペ ージ

The  Japanese  Journal of Language  in Society,      Vol.4No ,2March  2002, pp .70.107

翻 訳

言語と ジ ェ ン ダー の 文化 : 構造 ・ 語用 ・ イデオロ ギー が交差する領域

マ イ ケ ル ・シ ル ヴ ァース テ ィ ン

 小山 亘 ・徳地慎 二 共訳

      Language  and  the culture  of  gender:

At the intersection of  structure, usage

, and  ideology

    Michael SilversteinWataru Koyama , Shinji Tokuchi

翻訳 者による紹介よる序

 以下に 訳出 した論考は ,シ カ ゴ 大学 言語学部 ・人

類学部 ・心理学部 ・社会思想 プ ロ グラ ム 教授 マ イケ

ル ・シ ル ヴ ァー

ス テ ィ ン (Michael Silverstein) に

よ る“Language  and  the eulture  ef gender: At the

intersection of  structure, usage

, and  ideology”の

全訳,及 び,当論文の 初出とな っ た論文集 『記号論

的媒介作用 ・記号 メ デ ィ ア化 : 構造的及び心 理 的視

点』 Semiotic Mediαtion’ Structurα 1 and  PsyChO−

logical  Perspectives (1985; Orlando,  FL : Aca −

demic Press)の 編者 で あ る言語法学者 エ リザ ベ ス・

マ ーツ (Elizabeth Mertz ) と, 言語人類学者,社

会記号学者 , そ して パ ース 研究家で もあ る リチ ャー

ド 。パ ーメ ン テ ィ ア (Richard J. Parmentier) に

よ る 当論文の 冒頭に付 され た 紹介文 (pp .219−220 ;

論文の 本体 は pp .220−259)の 全訳で ある.また ,当

論文 は, ア メ リカ 言語人類学者 ブ ラ ウ ン ト (Ben

Blount)が編 した , ボ ア ズ 以 降現在 ま で の 北米言

語人類学の 変遷を辿 っ た リーダーで あ る 『言語,文

化 , 社会』 (Lαnguage ,  Culture,αnd  Society; A

Booh of  Reαdin8s.2nd ed .1995 [1974].  Prospect

Heights, IL: Waveland  Press) の 513−550 頁 に も

も再掲 されて い る.同論文集には ,シ ル ヴ ァ

ース テ ィ

ン に よ る北米言語人類学 の 古典的論考 「転換子,言

語範 疇,文化叙述」“Shifters

,  linguistic catego −

ries,  and   cultural   descriptions” (1976) も,

187−221頁に 合わせ て再掲 され て お り, ブ ラ ウ ン ト

に よ る簡単な紹介文が 106−107頁に あ る の で 参照 さ

れた い .そ の 他,比較的入手 の 容易な シ ル ヴ ァー

テ ィ ン の 最近 の 著作と して 以下 の 論文を挙げて お く.

1996.“Monoglot  ‘Standard ’

  in  America :

   Standardization and  metaphors  of  linguis−

    tic hegemony .”In: Donald   Brenneis  and

    Ronald   Macaulay ,  eds .,  The  Matrix   of

    L αnguage ’   Contemporαry   Arne厂icαn

    Linguistic   Anthroρologys ,   284−306.

    Boulder, CO : Westview.“ The secret  life of

    texts.”In: Michael  Silverstein  and   Greg

    Urban, eds .

,N αturαl Histortes of  Discourse

    .81−105.Chicago, IL : University of  Chicago

      Press.

1998.“The  uses   and   utility   of   ideology: A

    commentary .”  In:  Bambi  Schieffelin,

    Kathryne   Woolard ,  and   Paul  Kroskrity,

    eds ., L α nguage  Ideologies: 1)「actice  and

    Theory,123−145. Oxford : Oxford UP .

   “The  improvisational  performance  of

    culture  in  realtime  discursive practice.”

    In: Keith Sawyer, ed ,, Creαtivity in

    Perform αnce , 265−312.  Greenwich,  CT :

    Ablex.

2000.“Whorfianism and  the linguistic imagina−

    tion  of   nationality .”In: Paul  Kroskrity,

    ed . Reginzes of  Langu αge,85−138. Santa Fe,

    NM : School of  American  Research.

こ れ らの 論文集 に は ,シ ル ヴ ァ

ース テ ィ ン と共に

一 70一

N 工工一Eleotronio  Library  

The Japanese Association of Sociolinguistic Sciences

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The  Japanese  Assooiation  of  Sooiolinguistio  Soienoes

小山 徳地 :翻訳 言語 と ジ ェ ン ダーの 文 化

デ ル ・ ハ イ ム ズ以降の ア メ リ カ及 び他の 英語圏に お

ける言 語人類学 の 中心 力を構成 して い る Richard

Bauman , Charles Briggs,  James  Collins,  Joseph

Errington,  Susan  Gal,  William  Hanks

,  John

Haviland, William Hanks , Michael Herzfeld

, Jane

Hill, Judith Irvine, Paul Kroskrity

, Don  Kuklick

Elizabeth  Mertz,  Susan  Phillips,  Bambi

Shieffelin, Greg Urban, Kathryn Woolard 等の 論

文 も掲載 されて い る の で 合わ せ て 参照 された い . こ

れ らの 論文 に十全 に示 さ れ て い る よ う に, H 本で は

ベ ネデ ィ ク ト ・ ア ン ダーソ ン の 「想像 の 共同体」論

以外殆ど知 られ て い な い現代 ア メ リカ言語人類学 の

潮流 は,1970年代以降の リ クール ・ギ ア ツ 解釈学 ,

ポ ス ト構造主義 (特 に バ ル ト, フーコ ー

,パ フ チ ン

バ ク テ ィ ン,デ リダ等),或 い は多少重複す るが ,

文学理論や 科学理論 に おけ る新歴史主義や批判的相

対主義,社会理論に お ける フ ェ ミニ ズ ム や フ ラ ン ク

フ ル ト学派 (特に 再発見 された ア ド ル ノ と ベ ン ヤ ミ

ン ),ブル ド ユーや ギ デ ン ズ等 の ヨ ーロ

ッパ 社会学,

更に は カ ル チ ュ ラ ル ・ス タデ ィーズ (特に こ の流派

の 先駆的存在で あ る レ イ モ ン ド ・ウ ィ リ ア ム ズ) や

メ デ ィ ア ・ス タデ ィーズ な ど,北米言語人類学に と っ

て は概ね異邦異郷に お け る異分野の 展開に向か っ て,

英語文化圏 の 持つ ナ シ ョ ナ ル な境界や,言語学の 持

つ 専門分野的限界に 閉塞 す る こ とな く,活発な 交換

を行 っ て来 た.そ の一

方で ,ア メ リカ言語人類学 は

20世紀中葉以来 の 新ブ ル ー ム フ ィール ド派 や チ ョ

ム ス キ ー主義者な ど の 形式主義言語学の 興隆に もか

かわ らず,19世紀末以 来の 古典的言語学者 ボ ア ズ,

サ ピ ア , ウ ォー

フ へ と繋が らざ る を えな い 自らの 系

譜を批判的に 自覚 し史的研究対象 と して 来た.加え

て ,デ ル ・ハ イ ム ズ以来の 課題 で あ る (1) サ ピ ア

の 歴史主義的 ・現象学的言語学 , (2) ローマ ン ・ヤ

コ ブ ソ ン の 転換子論や詩的機能に よ る談話構成論

(3) バ ル ト記号論へ と繋が る フ ラ ン ス 言語学者バ ン

ヴ ェ ニ ス トの 萌芽的な パ ロール ・デ ィ ス ク

ール 研究,

そ して (4) カ ン トの 「真善美」 全領域 を カ ヴ ァー

しよ うとす る パ ース 記号論 ・ 実践的認識論 ,

こ れ ら

四者 の 接合 とい う , 言わ ば 19−20世紀言語 ・人文 ・

社会 ・自然科学全体を包括する壮大な 「未完の プ ロ

ジ ェ ク ト」 を貫徹 しよ うと い う意志を も,ア メ リカ

言語人類学は保持 し続けて来た よ う に思われ る.特

に シ ル ヴ ァー

ス テ ィ ン に 関 して 云 え ば, 彼 が

1962−69年に 学生生徒と して 所属 し,66−69年 に か

けて フ ェ ロ ーと して 教鞭を 取 り ,72 年 に 言語学 で

博士号を取得した マ サ チ ューセ ッ ツ 州の ケ ン ブ リ ッ

ジ市に位置する ハ ーヴ ァー ド大学に お い て , 当時同

大学で 教職 にあ っ たヤ コ ブ ソ ン や ク リプ キ の 理論を

始め, 更に は ケ ン ブ リ ッ ジ界隈で,知識社会学で 云

うと こ ろ の 「見え な い 大学」(invisible college ) に

比較的近似 した組織を形成 して い た ク ワ イ ン と バ ト

ナ ム 等の 弟子達 などに よ る 言及 ・指示的語用 に関す

る言語哲学 ・ 論理学の 諸理論,ある い は チ ョ ム ス キー

と そ の 弟子達な ど の 形式的言語構造に 関す る形式的

理論,更 に は当時再発 見され て い た J.L.オース テ ィ

ン や,特 に生成文法派 や自然論理 学者 , ひ い て は機

能主義言語学者 に対 して影響力を高め て い た グ ラ イ

ス や サ ール な ど の 所謂 「日常 言語学派」 の 理 論を,

根本的に は,当時未だ イ ン デ ィ ア ナ 大学や シ カ ゴ 大

学 ス ラ ヴ言語 ・文化学部を中心に 勢力を保 っ て い た

ヤ コ ブ ソ ン の 記号論的言語理論の 枠組み で対峙 し,

総括し, 批判的に 自 らの 理 論に 吸収 して 行 っ た と言

え る,

 ま た,(1)ヤ コ ブ ソ ン 記号論 。言語論に親和的で,

60 年代以降 ア メ リ カ言語学 に お け る 反 ・形式主

義勢力 の 中心 的存在の一人とな っ て い た 「言語 (伝

達行為) の 民俗誌」 グループ の 旗手 ハ イ ム ズが,現

在 の 合衆国西北部で 用い られ て い た ア メ リカ諸言語、

特 に チ ヌー

ク語を専門 とする言語人類学者で あ っ た

こ と,(2) 19世紀 ド イ ッ 民族心 理学 の 理 論,統計

法 を含 む実証主義,歴史 ・文化的相対主義,個別主

義 (particularism ), 現象学的視座 , そ して 比較言

語学的技術な どを備えた西洋言語学者に よ る こ れ ら

合衆国北西部 ア メ リカ 言語 の 研究 は 19 世紀末 か ら

20世紀初頭にか けて ボ ア ズや サ ピ ア に よ っ て 先鞭

をっ け られ た もの で ある こ と,(3)シ ル ヴ ァー

ス テ ィ

ン 自身が,社会学で 云 う処の 「職業化」 の 過程で ,

バ ン ク ーバ ーに近 い コ ロ ン バ ス 川流域 の 低地チ ヌー

ク語の長期的現地調査を行い,これ に基づ きハ ーヴ ァー

ド大学博士論文を執筆 した こ と, 最後に , (4)ウ ォー

一 71一

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社会言語科学 第 4 巻第 2 号

フ と共に サ ピ ア の 弟子で あ っ た ス タ ン リー ・ ニュー

マ ン と ア メ リカ南西部で 共同研 究を行 っ た こ とな ど

に よ り, シ ル ヴ ァー

ス テ ィ ン は早 くか らボ ア ズ ・サ

ピ ア ・ ウ ォー

フ の 理論,研究,及 び,社会的伝統に

親 し ん だ の み な ら ず,60−70年代に 進行中 で あ っ た

生成言語理論や論理学研究,更 に は構造主義 に 代わ っ

て 70 年代中葉か らア メ リカ文化人類学 を席捲す る

こ とにな る解釈学 ・現象学的潮流 を, 19−20世紀西

洋文化全体 の 知的パ ラ ダ イ ム の 中で 位置付け ,こ れ

ら当時最 も 「進ん だ」 と見な され て い た諸理論,諸

潮流の 歴史的 ・文化的特殊性,連続性,そ して 限定

され た有効性 を,ボ ア ズ ・サ ピア系列 の.占典的言語

学 ・言語人類学を準拠枠 と して 明 らか に する諸論文

を発表 して 行 っ た .

  シ ル ヴ ァー

ス テ ィ ン の 研究の モ チ ーフ を強 い て 短

く纏め よ うとす るな らば , そ れ は以 下の 20世紀 言

語学の 二大巨人巨峰 の 内部に見出され る と言 え るか

も しれな い ,まず,特 に ,「真 は 全体 で あ る」 と し

た ヘ ーゲ ル ,基礎付け (厳密化) と現前化を志向し

た フ ッ サ ール, 「普遍的」 枠組 み か ら ア メ リ カ 諸言

語 を分析 し西洋言語学 とそ の 言語 の 相対化 ・ 特殊化

を図 っ た ボ ア ズ, そ して カ ン ト主義認識論の 実践論

的解消を目指 した パ ース の 四 者を高 く評価 し,常 に

諸科学の 厳密化 と統合を同時に 試み続 け , 構造形式

の 占典主 義的美学に 惹か れ っ っ も, 行為 の 持 っ 「ロ

マ ン 主義的」力動性 と直感的想像力の 持っ 統覚性を ,

彼の 遠 く長い学究活動の 基本 と した ヤ コ ブ ソ ン .そ

して もう一

人, ヘ ル ダー等の ロ マ ン 主義者 の 影響下

に あ りな が ら ,ヘ ル マ ン ・パ ウ ル ポ ール な ど の 比較

歴史言語学手法を早期に 習得 し,そ の 分析の洞察力,

形式美,複雑性,迅速性,全て に お い て 他者 の 追 随

を全 く許 さ な い とさえ思われ る多数 の 個別研究を ア

メ リ カ諸言語に 対 して 行い, しか し同時に ,

こ れ ら

の 今日 か ら見れ ば 「共時的形式性」 に 関す る研究 と

思え る分析を,実は観察者 と被観察者の 間に起 こ る

認知的視点 の乖離 と接近の 問題 と云 う解釈学的 ・精

神科学的 ・文化科学的 ・ 現象学的な枠組み の 中で捉

え,更 に こ の 認 知 ・ 心 理 的問題 を,究極的に は多種

多様 なネ イ テ ィ ヴ ・ア メ リ カ ン の個々 の歴史の解釈,

再構,そ して 統合と云 う歴史科学的問題 設定の 中で

回収 し よ うと し た サ ピ ア . こ の 両者 の 交点に こ そ,

シ ル ヴ ァー

ス テ ィ ン の 記 号論的言語人類学理 論 の

「概念上 の核」(本文参照) は位置 して い る.そ して

こ の交点は, 形式言語学 と社会語用論 , ラ ン グ とパ

ロ ール, 共時態 と通時態,普遍 と特殊 一般 と個別,

内包 と外延 , 理 論 と体験,合理主義 と経験主義,古

典主義 と ロ マ ン 主義,等 々 の 二項対立的分析範疇の

交点で もあ る の だ.シ ル ヴ ァー

ス テ ィ ン 臼身の 「言

語イ デ オ ロ ギー」, 即 ち彼 自身の 言語理論 は, こ れ

ら相反す る構造論的契機 と語用論的衝撃に不可避的

に動か され , 不断に 「弁証法的な」相互 作用を行 っ

て お り,教条的普遍主 義 と絶対的相対主義の 両極間

で , 益 々 複雑性 と潜在力を増 しなが ら, 高次元の 記

号論的地平 へ と旋回過程を演 じて い る と,取敢え ず

言え る の か も知れ な い .

 英語圏に お い て 比較的入手 しやす い 文献の 内 ,シ

ル ヴ ァース テ ィ ン 言語記号論 を,分析哲学や 日常言

語学派,「ポ ス ト構造主義」文学 理論な ど と の 関連

で 極 めて 明瞭に描写 した もの と して,以下の ベ ン ジ ャ

ミン ・リー

の 著作が あ る.また 日本語 H 文の 文献 と

して,

シ ル ヴ ァー

ス テ ィ ン の 記号論的心理学 と,パ ー

ス 記 号論や ヴ ィ ゴ ツ キー発達社会心 理学 と の 関連を

照射 した もの として 古山論文 , 加え て , 以 下に 訳出

した論文の特 に後半部分に深 く関連 して ,シ ル ヴ ァ

ス テ ィ ン 社会歴史言語学 と近現代思想 , 近 現代史 ,

お よ びパ ース 哲学 と の 関連性を素描 した もの と して

小山論文を挙 げ て お く.加え て ,言語学者 の 間で は

広 く知 られ て い る もの で あ るが , 分裂能格 を中心 と

し て ,能格 対格構造 に関す る比較言語学的デ ータ

か ら シ ル ヴ ァー

ス テ ィ ン が論証 した 「名詞句階層」

に つ い て は,機能主義的言語学 の視点か ら簡明に要

約 した もの と して角田 の 著作を,そ して ,シ ル ヴ ァ

ス テ ィ ン 記 号論の 視点か ら 「名詞句階層」 の 発見 の

意義を解説 した もの と して ,北欧 の 専門誌 に掲載さ

れ た もの な の で やや入手 しに くい と思われる が,小

山の 英語論文を参照 された い :

Lee, Benjamin ,1997.  Tα lking He αds’ Langu αge,

   ハ4etαtαngu αge,  and   the  Semiotics  of

   Subjectivitbl. Durham , NC : Duke UP .

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小山 徳地 :翻訳 言語 と ジ ェ ン ダーの 文化

古 山宣洋, 2000.「言語獲得を 可能 に す る記号論 的

   基礎」.『現代思想』 voL28 −5 (「心理 学 へ の

   招待」特集 4 月号):212−225.

小山 亙,2000.「記号言語理 性批判序説 :記 号論

   の 『可能性 ; 終焉」の か くも長 き不在.」『現

   代思想』 vol .28−8 (「メ デ ィ オ ロ ジ ー」特集 7

   月号):169−191.

角田太作,199L 『世界 の 言語 と日本語.」東京 : く

   ろ しお.

Koyama ,  Wataru ,2000.  Critique of   linguistic

   reason  H : Structure and  pragmatics,

   synchrony  and  diachrony, and  language and

   metalanguage ,  RASK ’  Internαtionαlt

   tidsshrift for sprog  og  hommunih αtion 12’

   21−63,   tidsshrift  for   sprog    og

   homrnunihα tion 12:21−63.

 訳 出に当た っ ては,まず論文 の 前半部分を徳地慎

二 が , 後半部分を小山亘が訳 した上で ,全体の 用語 ・

文体論的統一の為,後者が全体の再校を行 っ た.よ っ

て 最終的な文責 は小山が担う.加え て ,こ の序文 の

責任 も小山に 存する.

 最後 に な るが , 著者 の シ ル ヴ ァー

ス テ ィ ン 氏は,

今で は既 に 初出か ら 15年以上 も経 て い る こ の 論文

の 日本語初訳に あた り,御親切に も自省的序文を自

ら書か れ る意志を伝え て.ドさ っ たが , 訳者の 時問的

な制約 の た め, 誠に残念なが ら辞退 させ て い ただ く

結果 と な っ た .此処に 謝 して お詫 び申 し上 げた い .

初出の 論集の 編者達に よる紹介

 現代 の 記号論的研究の 中心課題 は ,い か に して イ

デ オ ロ ギー理論と,現実の 社会的行為の説明 とを統

合す るか , と い う こ と で あ る. こ の 統合は, コ ミュ

ニ ケ ーシ ョ ン 行為の コ ン テ ク ス トが示す変項 ・ 変異

と い う側面 と,他方,記号論的 コー ド と い う規則に

支配 され た側面 とを結び っ け る体系的な語用論的 も

しくは指標的関係の 重要性を十分認識 しうる理 論で

な ければ不可能で あ る こ とを, こ れ ま で の 研究が示

して い る.同様に, こ の 統合を成 し遂 げるた め には,

記・号論的プ ロ セ ス に対す る我々 の 理 解 に は内在的 に

限界があ り,す べ て の 内省的理解が , 理 解の対象を

歪め た り偏 っ た形で しか把握 し得な い 性質を本来的

に 持 っ て い る こ とを十分理解す る必要が ある.

 以下の 論考で ,シ ル ヴ ァ

ース テ ィ ン は,言語 と文

化に お け る ジ ェ ン ダー ・シ ス テ ム の 研究 に は,

一見

相互 に独立 して い るか に見え るが ,実際は連動 して

い る三 っ の 領域間の 関係の分析が 含まれ て い る と論

じる.先ず 第一

に , ジ ェ ン ダーは,「有生」 (anima

te),「動作主」 (agentive ) 等 の 名詞範躊 と共 に ,

名詞句の形式的な範疇で あ る.「有生」は 「動作主」,

つ ま り 「動作の主体 とな りうる もの 」 の下位範疇で

あ り,「男性」(masculine )「女性」 (fe皿 inine) と

い っ た ジ ェ ン ダー

の 範疇は,「有生」 の 下位範疇 と

な る.こ うして こ れ らの 形式的 な名詞範疇は,意味

(ソ シ ュール の signifi .や valeur ) や外示 (denota−

tion) の レ ヴ ェ ル で 包含的な階層関係 (入 れ子構造)

を形成 し, 言語が 言及や叙述 (reference  and  tensed

& modalized  predication ) の た め に 語 用 レ ヴ ェ ル

で 用い られ る こ とを可能 にす る.言語類型論的 に見

ると,こ の 形式的な範疇と して の ジ ェ ン ダーは, ド

イ ッ 語や フ ラ ン ス 語などの 言語 で は名詞句 に形態論

的な マー

ク を っ け て 表 され た り,あ る い は , 英語 に

見 られ るよ うに,ジ ェ ン ダーを持 つ 名詞 自体 に で は

な く, そ の 名詞 に 照応する代名詞 に形態論的な マ ー

ク を っ け て 統語的に表 された りする.第二 に, ジ ェ

ン ダーとは進展中の会話の 中に現れ る語用論的また

は指標的範疇で ある.例えば,ジ ェ ン ダーは,社会

的地位 , 敬語 , 力関係 , ま た 親密さ と い っ た会話 の

参加者た ち に関係する社会的な指標に関係して い る.

第三 に,ジ ェ ン ダーは,言語構造やそ の 使用に関 し

て 言語使用者が抱 く考 えや理解が , 「メ タ言語的な」

認識の 限界に よ っ て 拘束され制限されて い る とい う

意味 で ,社会化 され , 慣習化され た イ デ オ ロ ギ ーで

あ ると い え る. っ ま り,ラ ッ セ ル の タイ プ理論や タ

ル ス キ など の 論理 学の 用語 を援用 して, ロ マ ン ・ヤ

コ ブ ソ ン や シ ル ヴ ァース テ ィ ン は,

一階の レ ヴ ェ ル

に現 れ る言語構 造 や そ の 使 用, つ ま り対象言語

(object  language)に 対 して , 言語使用者が持 っ 意

識 を , 二 階 レ ヴ ェ ル の メ タ言語 (metalanguage )

一 73一

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The  Japanese  Assooiation  of  Sooiolinguistio  Soienoes

社会言語科学 第 4 巻第 2 号

と位置付け,更に , シ ル ヴ ァー

ス テ ィ ン は,ジ ェ ン

ダー

の 形式的範疇や 語用に関 して,言語使用者が 持

っ 意識 を メ タ言語的な ジ ェ ン ダー意識 っ ま り ジ ェ

ン ダー・イ デ オ ロ ギー

で ある こ とを明 らかに した.

シ ル ヴ ァー

ス テ ィ ン に 拠れば, こ の イ デ オ ロ ギ ーは,一階の レ ヴ ェ ル に 属す る ジ ェ ン ダ

ーの言語構造や語

用を歪 あ た り偏 っ た形で しか把握 し得な い が , そ の

歪曲に は社会的な 体系性が あ り, か つ 言語変化の 重

要な一

因 とな っ て い るの で ある。

  シ ル ヴ ァー

ス テ ィ ン は以下 の論考 によ り,ジ ェ ン

ダー ・イ デ オ ロ ギ ー

は,言及 的お よび語用論的ジ ェ

ン ダ ーの 使用 と複雑に 相互 に影響 し合 っ て い る事を

明か に した.言語構造や 使用 に於 ける ジ ェ ン ダー

使用者 に よ っ て 解釈され,彼 らの イ デ オ ロ ギ ーに 取

り込 まれ る時, 言及的な意味 と コ ン テ ク ス ト的な語

用 の 規則性 の 間 の 微妙な 乖離 (ズ レ )が読 み違え ら

れ,後者は 前者に 基づ い て 解釈され る傾向に あ る.

こ う して 予測 され る よ う に,英語の 言語使用に 対す

る現代 の フ ェ ミニ ス トた ち の 批判 は大抵,実際の 言

語的使用や評価 ・価値付け に お い て 現れ る社会指標

的な不均衡 の 根源が,名詞句に お け る ジ ェ ン ダーの

範疇の 不均衡 ・非対称性と い う外示的 ・言及的な様

相 に ある と解釈する.特 に,フ ェ ミ ニ ス ト達の注意

の 多 くが , 外示的 ・言及的範疇で あ る he/she と い

う照応代名詞 に 向け られ て きた 事 は特筆 に 価する.

さ らに , 言語 の イ デ オ ロ ギ ーや 語用 は次の点 に お い

て も相互 に関連 し合 っ て い ると言え る.言語 に対 し

て 或 る イ デ オ ロ ギ ー的立場を標榜 して い る人 に よ っ

て 使用 さ れ た り回避 され た りする言語形態 は , 自動

的に,一般社会に よ っ て こ れ らの 言語使用者 の 政治

的な立場 と関連付 け られて い る或る特定の 社会指標

的価値や意味を付与 さ れ て し ま う の で ある.

  シ ル ヴ ァー

ス テ ィ ン の結論は,言語構造,実際の

言語使用,そ して 内省的イ デ オ ロ ギー,こ の 三 者の

相互 関連を包括的に分析する こ とを通 して の み, フ ェ

ミ ニ ス ト 達 の よ うな政治的な批判が , 本来 は語用論

的現象で ある の に それ らを言及 的な現象と して 理解

しよ うとする傾向か ら,解放され うると い う もの で

あ る. こ うして ,規範的な文法に対す る フ ェ ミ= ス

ト達 に よ る異議 申し立 て,

そ れ に よ る規範文法 の 変

化 に も関わ らず,言語 構造が名詞句の 形式的 ・ 外示

的範疇に お い て非対称的で あ り続け て い る と い う事

実の 方に , 我々 の 関心 が 向け られ,社会 に お い て 権

力関係の不均衡 ・不平等を コー

ド化 して い る本当の

媒体で あ る言語使用 の 社会指標的な パ タ ーン か ら我々

の 目が逸 らされ て しまわ な い よ う に せ ね ばな らな い

と シ ル ヴ ァー

ス テ ィ ン は論 じて い る.

  ハ ム レ ッ トの 有名な独白を思わ せ る 「『彼』 と呼

ぶ べ きか , 呼ば な い べ きか」に 代表 されるよ うな英

語 の 代名詞 の 用法に 関す る現代の 社会 言語学的 ジ レ

ン マ は,記 号 の 体系 と し て の 言語 に つ い て よ り大き

な理論的問題点 を提示 して い る.そ して また,それ

は,政治 的闘争 の 中で 言語が い か に動員され る か に

っ い て の実践的な教訓を も示唆 して くれ る.先ず最

初 に 理論的ポ イ ン トか ら始 め よ う.言語 の 科学が取

り扱 うデ ータ は,デ カ ル ト的合理 主義者達が言 うよ

うな理想的な話者の言語能力や , ある い は経験主 義

者達が言 うよ うな 言及的な語用の 機能な ど と い っ た

単なる言語 の 断片で は な く,歴史,文化 , 社会, 人

間すべ て に 関わ る全体的な言語的事実 で あ り,そ の

性質 に お い て 究極的に 「弁証法的」で ある.つ ま り,

言語 の 科学が 取 り扱 うべ きデー

タ は , 言語形式 と そ

の 言及的機能,そ して 非言及的な 社会指標的機能,

更に それ を取 り巻 く イ デ オ ロ ギーの 間 の 相関 が織り

成す人間学的全体で あ る.言い換えれ ば,言語科学

が 分析の 対象と す る べ き もの は , 我 々 人間が社会的

利害関係を持ちな が らお互 い に交わ り合 う と い う日

常的な状況の 中で使われ る,社会的に意味の ある記

号形態が示す,不安定で 絶えず変化す る相彑作用な

の で あ る.重要な こ と に,

こ の 相互作用 に は , 文化

的イ デ オ ロ ギ ーと い う社会的事実が抜 き差 しが た く

絡ん で い るの だか ら,言語科学 は こ の 文化的イ デオ

ロ ギー

の 様態 も分析せ ね ば な らな い.そ して , 言語

的事実 は , 私たちが それを所謂 「共時的な使用」と

見 よ うと 「通時的な変化」 と見 よ う と, 根本的 に 弁

証法的で しか あ りえ な い .言語事実は ,分 け る こ と

が困難であ り,また , が た く不可分に 通時的且 っ 共

一 74一

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小山 徳地 : 翻 訳 言 語 と ジ ェ ン ダー

の 文化

時的な全体で ある. しか し,少な くと も論考の 端緒

に お い て は , こ の 全体を,伝統的な観点か ら学術的

見地 の独立性を遵守 した上で , 言語構造,コ ン テ ク

ス トに お け る語用, そ して言語 の イデオ ロ ギー

と い っ

た 三 っ の 観点か ら考察する こ とが.可能で あ ろ う.

  また こ の こ とか ら二 番 目に 示 され る教訓が あ る.

それ は,言語を編制 し組織化 しよ うとす る 「標準語

化」 の よ うな試み一 すな わち,よ り

一般的な社会

的か っ 政治的諸価値 へ の 固執を示 さ ず に は い な い よ

うな言語 の 規範的な標準を 明瞭に組織化 しよ うとす

る試み一

は通時的に展開す る そ の よ うな弁証法的

な社会的プ ロ セ ス の 一環で ある とい うこ と に な る.

こ の 弁証 法的 プ ロ セ ス の一っ の 要素は , あ る特定 の

言語形態 ・ 意味 ・ 外示 ・ 言及 の 価値 (valeur )を,

言語使用者が理解 し,合理化す る (rationalize ) と

い うイ デ オ ロ ギー的形成で あ るが , 最終的に言語を

社会制度 ・慣習 と して編制す る の は,イ デ オ ロ ギー

作用よ り大きな弁証 法的な過程で ある.ある言語形

態や 使用が正 しい か誤 っ て い るか に関 して 言語使用

者が持 っ 明確 な意見 ・見解,つ ま り言語イ デ オ ロ ギー

は , こ の 大 きなプ ロ セ ス に関与す る諸力 の一

っ に過

ぎず , しか も一般 に 間接的な影響 しか与え な い .

 さ て ,興味深 い こ と に, ス ミ ス は 70年代 も終 焉

を迎え る 1979年に , 語用 に 於け る ジ = ン ダーの 社

会的 マ ーカ ーと して の 機能 に つ い て の概観的研究の

結部 で ,「こ とばが , 民族運 動や ナ シ ョ ナ リ ス トの

運動の 焦点 に な っ たよ うに,性別 の 問に おける関係

の一

般的関心 の 焦点に な る こ と はありそ うに な い 」

(Smith 1979: 138) と書い て い る.た とえ著述 か ら

出版 まで に か か る で あ ろ う数年の 時 の 流 れを考慮に

入れ て も,殆 どす べ て の 日常的 ある い は学術的な生

活に お い て , 60年代後半よ り 10余年 に 亘 り幾多 の

メ デ ィ ア を通 して ジ ェ ン ダーと言語に 関 し て 行われ

た公論 の 後 で , こ の よ うな発言が な され た事は 全 く

理解 し難 い.実際, 英語や他の ヨー

ロ ッパ 系の 標準

語 に お い て , 言語 とジ ェ ン ダーと い う社会的に構成

され た問題 に関 して の 特定 の見解や分析に 基 く言語

改革に っ い て の 提案 は溢れ ん ばか りで あ る.一方そ

の よ うな提案が な され て い る間に も, 政府や他の 公

的な機構 は,書 き言葉や話言葉に おけ る称号 (例 :

Mr .,Mrs ., Ms .),地位名 (例 : policeman,  chair

man ,  actress ),ある い は固有名の 規則 (例 : 婚姻

後の 姓や子供の 姓) な どを変更 して い る.一般誌 と

同様に,学術誌 や教科書出版社 も皆を喜ばせ る よ う

に,あ る い は よ り消極的に は少な くと も誰の気に も

障 らな い よ う に , 人 称代名詞 の 使用 に つ い て の 明確

な ガイ ド ラ イ ン を策定 して い る.こ の よ うな現象は,

実際 , 言語が 明 らか に社会的関心 の 「焦.点」で あ り,

現在進行中 の 或 る プ ロ セ ス の 媒体で ある事 を示 して

お り , 我 々 は で きる限 りの 分析的な厳密 さを もっ て

こ の 過程 を理解す る必要が ある.

 こ の 問題を考え始め るに際 し,まず我々 は,従来

はお互 い に 別 の もの と して 扱わ れ て き た 二 っ の パ ー

ス ペ ク テ ィ ヴ,構造的,語用論的,そ して イデ オ ロ

ギ ー的 パ ース ペ ク テ ィ ヴの 関係を見出す こ とが で き

る.私が こ こ で 展開 しよ う とす る議論は ,こ れ ら の

分析上 は区別 しうるで きるr つ の 領域が,ジ ェ ン ダー

と い う言語的 (そ して 社会言語学的)事実 に おい て

お互 い に関係 し合 っ て い る,と い う こ と で あ る. さ

ら に よ り一般的に言え ば,以下の 論述 は,何か を指

示言及 した り叙述 し た りす る こ と に関連 して い る全

て の 言語的カ テ ゴ リーは,注 意深 く調 べ れ ば,.ヒ記

の 三 っ 領域の 交点に 位置づ け られ て い る と い う例証

で あ る.そ こ で 先ず最初 に ,少な くと もこ れ ら 三 っ

の パ ース ペ ク テ ィ ヴが従来示 され て きた形に従 っ て

そ の 性格を簡単に 示 し,そ の 上で , ジ ェ ン ダーを こ

の 三 つ の パ ース ペ クテ ィ ヴ に 基づ い て調 べ る こ と と

す る,結部に お い て ,私は,こ れ らの 三 つ の 領域は

単に 分析的な区別に 過 ぎな い と い う本論文 の 主旨 に

戻 り,何が こ れ らに取 っ て 代わ る べ きか,提案を試

み る.

 構造的な領域 に お い て ,言語の形式的範疇と して

の 規範 は,形式的範疇が文法体系 に お い て 複雑に相

互関連 して 構成する規則 と して 定義 され て い る.こ

の 文法的な規範 は, ソ シ ュール の言 うラ ン グで あ り,

ラ ン グは伝達行為の媒体 と して の 言語の 実際の 使用 ,

つ ま り ソ シ ュール の 言うパ ロ

ール の 基底 に あ る,或

い は ラ ン グ は パ ロー

ル と い う現実態に よ っ て 潜在態

と して 示 され て い る と言われ て い る.こ の 「潜在態」

と い う意味に お い て 文法範疇は抽象的で あ る の だ が,

一 75 一

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社会言語科学 第 4 巻第 2号

文法範疇は従来, コ ミュニ ケ ーシ ョ ン に つ い て の あ

る仮定 の 基で , 具体的 な言語使用か ら抽出 ・ 抽象化

され て 来た.特に ,言語構造に対す る伝統的な見方

は以下 の よ うな 仮 定を暗黙裡に行 っ て い る.つ まり,

伝達行為 とは命題 に関す る もの で あ り, 何か に 言及

し (言及対象や 談話の 題 目を拾 い 上 げ),そ れ ら に

っ い て ,多様な種類や多様な程度 の 様相 の 論理的 ス

コ ープ 内で ,特徴を述 べ た り,叙述 した り , 真偽価

値 を持 っ た 叙述を行 う よ う構成 され て い る と い う前

提で あ る.英語の 文法範 躊の 中で も最 も 「具体的な」

単数 ・対 ・複数と言う数 の 範晤を例に取れ ば,こ の

一対の 範疇は,単体の 対象物を拾 い 上 げ るか (また

は対象物を単体と して捉 え るか), あ る い は複体 の

対象物を拾 い 上 げるか (また は複数体 と捉え る か)

に 関連す る形式 E の 規則性 の一

っ で あ る よ う に 思 わ

れ て い る.また,英語 の文法範疇で最 も 「抽象的な」

もの で あ り,形式的に は主 に語順 に よ っ て 示 され る

主格 ・対 ・ 対象格とい う格 の 範疇を例 に取れ ば , こ

れ もまた究極的に は , 対象物 の 間に あ る叙述で き る

関係の 方向性 (例えば,誰が Who (主格),誰 か ら

from   whom (対象 格) 買 うか , 或 い は誰 に to

whom (対象格)売 る か ) に 関連づ け られ る形式上

の規則性の一

っ で ある よ う に 思われ て い る.結局 ,

使用者や , 言語を専門に する文法家が 「言語構造」

と呼ぶ 物 の 殆 ど全て が, 言語的 コ ミ ュニ ケ

ーシ ョ ン

の 命題的 も しくは 言及 ・表象的な価値 に関す る こ の

よ うな仮定か ら抽出され抽象化 され た も の な の で あ

る.

 次 に言語に対す る第二 の パ ース ペ クテ ィ ブ で あ る

語用論に つ い て 触れ る.語用 論と は,言語使用を コ

ミ ュニ ケ ーシ ョ ン に 関わ る実際の 状況 の 中 の 談話 と

して 研究 し, 言語形態が どの よ うに伝達行為 に参加

する使用者達 に 状況的に 「適切」で ある と理解され

る指標 と して 生起 して い るか に っ い て ,また,言語

形態が ど の よ うに伝達行為に参加す る使用者達に よ っ

て そ の 結果と して 理解され る 「効果」を もた らす指

標 と して 生起 して い るか に っ い て の 規則性を探求す

る分野で あ る.言語 を 単に 抽象的な命題 構造 と捉え

ずに ,談話 と して 研究す る語用論 に お い て は,或る

談話の 中で 既に現れた言語形態は,談話参加者に よ っ

て 共有 さ れ た コ ミュニ ケ ーシ ョ ン の コ ン テ ク ス トの

一部で あ る と考え られ,談話 の内部 で既 出の 言語形

態と新 出の 言語形態の 間に働 く連結 の原理    特

に こ の 連結 の 原理 の 重要な一

形態 と して ,ヤ コ ブ ソ

ン の 云 う 「詩的機能」 (poetic function)一

が 研

究され る.ま た 語用論 の 分析対象は , 使用者が言語

形態を用 い る状況に適切に ,そ して 状況 に お い て 効

果を持っ よ うに 遂行され る約束や侮辱, 悪霊 除 けな

どの オー

ス テ ィ ン が 云 うと こ ろ の 「言葉で 何か をす

る こ と」,つ ま り所謂発話内行 為や 発 話媒介行為を

含む こ と に な る.そ して こ れは非常に重要な点だが,

語用論 は,談話に於 い て 「同 じ こ とを言 う」場合 に

用い られ る体系性を持つ 多様な異形体が ,ど の よ う

に 発話行為に おけ る参加者達の 社会的ア イデ ン テ ィ

テ ィ の マーカ ーに な っ て い る か と い う問題を研究対

象に 含ん で い る.語用論 へ の幾 っ か の ア プ ローチ の

相違点は , 言語使用 に お け る結果志向性 (フ ッ サ ー

ル ), 合凵的性 (ウ ェーバ ー), あ る い は話者個人 の

意図 (グ ラ イ ス ) と い っ た問題 に関与するか どうか ,

また,こ れ に 関連 した問題領域で あるが,或る特定

の 言語形態の一

回的な偶然 の生起,あ る い はそ の 言

語形態 の 体系的な指標的価値を扱 うかど うか に あ る.

こ れ らの .一二っ の 関心領域 は し ば しば 区別 されず , と

も に実際の 言語使用の 「機能」 (function) と 呼 ば

れ るが , こ こ で は厳密に , 前者を合 目的的機能,後

者を指標的機能と して 区別す る こ とに す る.

  しか し, こ の よ うに して ,特 に 言語使用 に お け る

合 目的性 を指標的価値や意義か ら区別 して 考え る時,

言語に つ い て 第三 の パ ース ペ ク テ ィ ヴが示唆される.

つ ま り, ま さ に使用者自身が言語使用を言語行為 の

目的 の 為の 手段と は っ きりと考え て い る と云 う事が

指 し示 して い る の は , 言語構造 に つ い て の 彼 らの 理

解と同じよ うに , 語用論に っ い て の 彼 らの 理解 もま

た ,利害関係を伴 っ た人間が行 う行為に っ い て の 社

会学的図式 に おい て,少なくとも潜在的に は合理化 ・

虚偽意識 (rationalization ) と して 分析的に再構成

で きる と云 う事で ある. こ う して ,言語使用に お い

て 参加者達が 目的意識を持 っ か らに は,彼らが明 ら

か に 言語行為 に持 ち込む 言語形態,意味,機能, 価

値等に つ い て の イ デ オ ロ ギーの 考慮が必要 とな る.

一 76 一

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小山 徳地 ;翻訳 言語と ジ ェ ン ダー

の 文化

こ の よ うな イデオ ロ ギー的な領域 は,一

階の 言語行

為や言語構造 を,メ タ ・レ ヴ ェ ル ,二階 レ ヴ ェ ル,

つ ま りの メ タ ・ レ ヴ ェ ル で 把握す るとい う一般的な

傾向が , 比較的組織化され て 現れ た もの で あ る.言

語 に っ い て の い かなる陳述 も,言語 を談話の ト ピ ッ

クとす るか らに は,実際,メ タ言語的な陳述で ある.

そ して,イ デ オ ロ ギ ー分析は , ど の 程度ま で そ の よ

うな メ タ 言語的陳述 が , お そ らく体系的 に ,合理化

され て い るか を,社会に お い て 自発的に 現れ る行為

者自身の 再帰的 自己認識 と して 文化的に理 解可能な

形で 研究す る もの で あ る. い か に し て 言語使用 の

「正 しさ」 と 「誤 り」 と い う教条 が合理 化 され て い

る の で あ ろ うか ? ど の よ う に, こ の 教条 は,価値

付け され た行為様態 とな っ た言語が本質的に持 っ と

され る表象力 , 美, 表現力等 の 教条 と関係 して い る

の で あ ろ うか ? こ の よ う な 問題 は イ デ オ ロ ギ ー分

析あ る い は文化分析 の 視点か ら研究で きるの で ある.

 言語 に於ける ジ ェ ン ダーの 現象 は,差 し当た っ て ,

こ れ らの 三 っ の 内ど の 視点か らで も研究 しうるよ う

に 思 われ る こ と だ ろ う.確か に , ある特定の 言語 は,

命題的な言語構造 とい う規範体系の一局面 と して ジ ェ

ン ダ ーの体系を持 っ て い ると云われ る.また , 談話

の レ ヴ ェ ル で 「同 じ意味」 を表す,形式 的に異な っ

た言語形態 が ,ジ ェ ン ダ

ーに関する話者な ど の ア イ

デ ン テ ィ テ ィ を指標する とい っ た 言語使用 は,男言

葉 ・ 対 。女言葉と い う領域 に属 して い る と考え られ

て い る.そ して 確かに,言語使用者 は , 男性や女性

が そ れぞれ どの よ う に話すか , 或 い は話す べ きか を

つ い て の 見解を持 っ て お り,い る.また彼 らが ジ ェ

ン ダーに 関す る ア イデ ン テ ィ テ ィ の 社会的な現実 で

あ る と見なす状況を決定する の に , 言語構造や言語

使用が , 本質的に或 い は実際 に ど の よ うな役割を果

た す か に つ い て の 見解 も言語使用者 は持 っ て い る の

で あ る. しか しなが ら,通俗的な記述 に お い て も専

門的 な説明 に お い て も, 実際如何 に こ れ ら三者が相

互 に結びつ い て い るか は普通 あ まり注意 さ れ て 来な

か っ た.現代英語 に 関 す る現在進行中の 事態を主 な

例証 と して ,こ の相互関連を以下,探求する.

 私の こ こ で の議論は まず , 現代英語 に おける ジ ェ

ン ダーと い う構造的範疇は , 名詞句範疇に 関す る普

遍的で予測可能な類型 に当て嵌 ま っ て い る とい うこ

とで あ る.現代英語に お ける ジ ェ ン ダーの 体系は,

意味論的な範疇を言語形式に よ っ て コ ー ド化する相

互 に矛盾 しな い 幾っ か の 異な っ た方法 の 内の一

っ で

ある.また , 英語の 用法に於 ける ジ ェ ン ダーの 語用

論的指標性は,非常に広範に 見 られる現象 , すなわ

ち,社会的力関係の 非対称性や,そ れ に 類似 した制

度化さ れ た社会構造 の 階層的側面に 関係す る言語使

用か ら生 じる.英語に お い て は,従来,ジ ェ ン ダー

の 語用論的表現は , ジ ェ ン ダー

の構造的範疇に対 し

て は周辺的な,非常に 間接的な関係性 しか 持 っ て 来

な か っ た.そ して ジ ェ ン ダー

の イ デ オ ロ ギーは今現

在,政治的闘争 の一部分と して 英語 に現れ て い る.

しか し, こ れ らの 問題の 様 々 な側面に っ い て の 見解

は , 言語 使用者達の メ タ言語的な認識 の 特徴を , 予

期で きる よ うな形 で 反映 して い る.即ち,語用論的

特徴は,構造的な ジ ェ ン ダー範疇 の 原理 の 誤 っ た分

析 , 理 論的に 予想で きる形で誤 っ た分析 に基づ い て

理 解 され,分析 され て い る,英語を母語 とす る話者

達 の メ タ言語能力は , 語用的効果を英語 の 表象構造

の モ デ ル に 引き付 けて理解 し, こ の モ デ ル に よ っ て ,

理論的に 予想で きる形で 語用法 と構造を解釈 ・合理

化 しよ う とす る.適切 な分析的見地を取るな らば,

こ の 語用法と構造,そ して 言語使用者の 理解 と合理

化の 間で不断に 展開する弁証法的過程は,究極的に

は , 具体的な,明瞭 に実証可能な歴 史的な言語変化

と して 現れ る事が理 解 で き る で あ ろ う.

言及と叙述 の 範疇と しての ジ ェ ン ダー

 先ず,最初 に構造的な意味 に於け る名詞句 と して

の ジ ェ ン ダーと,デ ィ ス コー

ス で の 使用法 に おける

ジ ェ ン ダーの概念を区別す る こ とか ら始め よ う.下

の 表 1 に 見 られ るよ う に , 具体例を’:行 ・二 列か ら

な る 四 っ の セ ル に 並 べ る こ と に よ り,言語の特定の

形態が持ちう る こ れ ら二 っ の 価値が,巨 い に 独立 し

て い る こ とを明示す る こ とが出来 る.い ろ い ろな物

の ジ ェ ン ダーが 言葉で ど の よ うに言及 した り叙述 し

た りされ て い るか とい う事実か ら抽出で きる形式的

な規則性を表す言語構造は,表 1 の 横軸に 示 され て

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社会言語科学 第 4巻第 2号

い る.他方, 発話の 場面にお い て ジ ェ ン ダーとい う

社会的現実が い か に指標 さ れ る か とい う事実か ら抽

出で き る形式的な規則性 を表す言語使用 は,表 1 の

縦軸に 示 され て い る.こ う して ,どの よ うな言語形

態 も, そ れを適切な セ ル に配置す れ ば , そ の 形態が

こ れ ら二 っ の 意味で の ジ ェ ン ダーを持 っ て い るか

(+ ),い な い か (一)を,

一目瞭然に示す こ とが 出

来る こ と に な る.

 例え ば ,ジ ェ ン ダ

ーとい う伝統的な文法範躊, 或

い は名詞句 の ジ ェ ン ダー ・ク ラ ス は言及 と叙述 と い

う分析的見地 に 基づ く形式的な区分で ある.多くの ,

或 い は多分,全て の 言語 に見 られ る よ うに,あ る種

の名詞 は,そ れが い か な る文法範疇に 属するか に 関

わ らず,表 1 に示 した よ うな類の 非形式的,意味論

的な範疇化を伴い,社会的に ジ ェ ン ダーを持 っ と見

な され て い る物を言及す る し,あ る種 の 動詞は社会

的に ジ ェ ン ダー

を持つ と見 な され て い る物の 状態や

活動 を 叙述す る.例え ば ヘ ブ ラ イ 語 の よ うな 多 くの

言語で は,進行中の 談話 に お い て話 し手や 聞 き手の

役割に あ る人物 に っ い て 言及 した り叙述 した りする

形態 , 即ち所謂一

人称 ・ 二 人称代名詞,そ して 所謂

一人称 ・二 入称動詞 と い っ た 形態 さえ , 話 し于や聞

き手の ジ ェ ン ダー

を形式的に 区別す る.言及 と叙述

の 対象 とな る物体の ジ ェ ン ダー

を示す こ れ ら全 て の

例 は左側の コ ラ ム に示 して ある.

  こ れ に対 して,表 1の列 は,言及 と叙述 の 対象物

に つ い て の 命題的内容 と は 全 く無関係に , 言語的相

互行為に お ける参加者の少な くとも一人の ジ ェ ン ダ

を談話に お い て 指標す る形式 の 体系が備わ っ て い る

か ,い な い か を示 して い る.参加者の ジ ェ ン ダ

ーを

指示す る形式が 音韻論的で あ ろ うが 形態論的で あ ろ

うが或 い はそ の 他で あろ うが,多くの 言語 に於け る

所謂 「男言葉 ・女言葉」 は こ の 手 の 類で あ る.また

表 1の 左 上の セ ル に見 られ るよ うに , 参加者の ジ ェ

ン ダー

を異な っ た代名詞形で 示 した り一人称 ・二 人

称 の 異 な っ た 屈折形 で 示 した りす る こ とは,言及 ・

叙述 と談話,両方の ジ ェ ン ダーの体系に 同時に 関与

する事 に注 目された い. こ の よ うな 言及 や叙述 は,

談話 の指標性 によ っ て の み話 し手や聞き手等の 言及

対象 が 分 か る の で あ る か ら, 本 質 的 に 直示 的

(deictic)で あ る.

 例 えば , 表 1 の 左 下に相当す る純粋 に言及 ・叙述

的な, 指標 ・談 話的 で な い 意味 に 於ける ジ ェ ン ダー・

シ ス テ ム は,他の 形式的範疇化 と同 じよ うに ,あ る

種の 意味論的特徴 と結 びっ い た名詞 や名詞句の 形式

的範疇化の 一っ に過 ぎな い.か つ て ウ ォ

ーフ が指摘

した よ うに ,か っ て ウ ォー

フ が指摘 した よ う に , 英

語の ジ ェ ン ダー ・ シ ス テ ム と呼ば れ て い る の は , 英

語 の 全 て の 基本的な単数名詞 の語幹 を,そ れ らが 言

及継続 (reference  maintenance )の 統語的 シ ス テ ム

表 1

言語 に於 ける ジ ェ ン ダー区別 の 範疇的記号化

言及 と叙述 に於 け る ジ ェン ダー形式

談話に お け る ジ ェン ダー形式 十

十一

人称 ・二 人称代名詞 と動詞形式.

例 : タ イ 語,ヘ ブ ラ イ 語,ロ シ ア 語

規則的 な名詞句の 「ジ ェ ン ダー」 ・

クラ ス.例 :英語,フ ラ ン ス 語,

チ ヌー

ク 語,デ ュ ィ ル バ ル 語

あ る種 の 名詞 に よ る ジ ェ ン ダーの 言

及,そ して あ る種 の 動詞 に よ る ジ ェ

ン ダーの 叙述.(殆ど の 言語,全部

の 言語 ?)

「女言葉 ・男 言 葉j,

例 : コ ア サ テ ィ 語 , ヤ ナ 語 ,

  チ ャ ク チ ー語

諸言語の そ の 他すべ て の 特質.

一 78一

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小 LII 徳地 :翻訳 言語 と ジ ェ ン ダーの 文化

の 中で取 り得る代替可能 な前方照応代名詞に よ っ て

範畴化 した もの で あ る.こ れ らの例 として は,man

は he に ,  woman は she に ,

  Cαr は itに な る の が挙

げ られ る ((そ して 勿論 , 複数形の men , ω orrzen ,

cαrs は全て theyとな りジ ェ ン ダーが示 されな い))、

他 の 多 くの 言語 と違 っ て ,英語 で は,名詞 自体 の形

態 に は , そ の 名詞の ジ ェ ン ダー範疇を示す物はな く,

また , 例えば“−ess

”の よ う に

, 幾 つ か の 派生 的接

尾辞な ど で 規則的に女性ジ ェ ン ダーを示す物 はあ る

の だが,名詞の ジ ェ ン ダーを示す為に,非 ・短縮形

で 現れ る語の 語幹に必ず付与されね ばな らな い接頭

辞 や接尾辞と い っ たな ど の よ うな 局部的 , 形態論的

な形式的な徴号 もな い .例 え ば“−ess

”の よ う に ,

幾っ か の 派生的接尾辞な どで規則的に女性ジ ェ ン ダー

を示す物はあ る の だが.

 英語の シ ス テ ム を名詞範曙化の 全て の 可能 な シ ス

テ ム か ら区別す る際に , 表 2 に示 さ れ て い る ように ,

実際に は 三 っ の 関係す る現象が あ る こ とに 注意せ ね

ばな らな い .

 右 の 列に示 され て い る の は , 言及 的言語構造の 中

で一般的に 見 られ る様々 な名詞を範疇化す る際の 髪

式的 もしくは文法的ラ ベ ル で ある. こ れ らは,表の

下 に 行 けば行 くほどよ り包括的 とな り,よ り下の範

躊は そ れ よ りも上 の 範躊を内包 し,逆に よ り上 の 範

疇は それよ りも下 の 範疇 の 特殊化 し た形式で あ る と

い う性質を持つ .例え ば, 人間名詞の 範疇に属する

い か な る形式も有生名詞とい う範疇に 属する こ と に

な る が , そ の 逆は成 り立 た な い .ま た 有生名詞の 形

式は必然的に 動作主名詞 で ある が,そ の逆 は成 り立

た な い.一般的に,我々 が名詞形を そ れ らの 体系的

な形式上 の 特性,すなわち言語要素 と して の それ ら

の 文法的特性の 点か ら見る際に は,色 々 な名詞形が

所属する範躊 の 間 に,こ の よ うな階層化 され た内包

関係が存在する こ と に な る.(こ の 状況 は時折 , 特

定の 言語に お い て はよ り複雑 とな り,表 2に あるよ

うな名詞範疇 の 普遍的図式の 中 の 或 る レ ベ ル に お い

て,

二 つ 以 上 の形式的範疇に 跨るよ うな 範疇化 を行

う形式的な ク ラ ス が存在す る事があ るが, こ こ で は

簡略化す るこ と にす る.)

  さて ,形式的な範躊は全て , 意味上の 中核 と で も

呼び う る もの を持 っ て い る.つ ま り,全 て の 形式的

な範疇は,あ る特定 の 意 味論的な中核に対応 して い

る.よ り正確に 言えば,形式的範疇は , あ る特定の

意味論的範疇に , 認知 科学で い う 「プ ロ ト タ イ プ対

応」 を して お り,後者の 範疇が 前者 の 範疇の 「意味

ヒの 中核」 とな る,即ち,「意味 hの 中核」 と は,

概念の体系に 属す る諸要素 の 内, あ る形式的な範疇

に対応する特定の 一組 の 意味範疇に 固有で あ り ,か

っ 限定 し う る概念的特徴で あ る.実際, こ う云 っ た

概念的範疇の お かげ で ,我々 が特定の 言語の 形式的

表 2

言及 に お ける ジ ェ ン ダー ・シ ス テ ム は名詞 の 形 式上,意味上,そ して 言及語用上 の ク ラ ス の

一っ を形成す

る分類上 の 区別 で あ る

排他的に 言及 さ れ る対象 《概念的》 形 式 的

女の 人

男の 人

社会的地位 や役割を持 っ 物 (人)

動物,獣

精霊 , 神,天気

小さ な生物,物

無生 の 道具

食物, 人工 物

境界を持っ 可算物

状態 , 観念

《女性》

《男性》

《人間》

《有生》

《有意 , 動因, 自然 力》

《物体》

《形や他の 物質的特徴》

《食用性,功利性》

《可算性》

《抽象物》

    女 性 名 詞

   男性名詞

   人間名詞

   有生名詞

  動作主名詞

   中性名詞

形状 ・道具名詞

物質名詞

可算名詞

抽象名詞

一 79一

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社会言語科学 第 4巻第 2 号

特徴を分析する時,ど の 形式的範疇を扱 っ て い るか

を,他の 可能な形式的範疇 と区別 して 認識出来 る こ

と に な る. フ ラ ン ス 語や ドイ ッ 語や他 の ヨ ーロ ッ パ

系言語で は,殆 どの 人が こ れ らの言語 を学ぶ 際 に気

付 くよ うに,す べ て の名詞は少な くと も一

つ の 形式

的な ジ ェ ン ダ ー範躊を持っ が, こ れ らの 言語 に お け

る形式的な ジ ェ ン ダー範躊 の 割 り当て の 内の 幾っ か

は,概念的に は,っ ま り例え ば フ ラ ン ス 語の 語が 言

及 して い るよ うに見え る物体 に つ い て 我 々英語の 話

者が持 っ て い る概念に拠 れば , 根拠 の な い もの の よ

うに 思 わ れ る,例えば,我々 は普通,机を使用物と

概念化す るか ら,こ の使用物 とい う特性を中心 に し

た概念的範疇に 基 づ い て , table (机) と い う名詞

の 形式的な分類が物質名詞で ある べ きだ と考え る.

しか し,フ ラ ン ス 語で は,英語 の tabte  に 最 も近

い単語の (1α) tableは,女性 名詞の 形式 的範 疇に

属 して い る.ま た ,e α sy  ch α ir (安楽椅子) に 関 し

て も, フ ラ ン ス 語で は,(le)fαuteuit とい う風 に,

男性名詞 の 範疇 とな る.

  こ れ ら,我々 の 用い る英語 の ジ ェ ン ダー・シ ス テ

ム の 観点か ら不一

致 と見な さ れ得 る状況 は, しば し

ば ,ソ シ ュ

ール や イ ェ ル ム ズ レ ウ の 流れを汲む形式

主義言語学者達が ,それ ぞれ の 言語 の 形式範疇 の 完

全 な恣意性を話題に する際に誤 っ て 用 い られ て き来

た. しか し, これは間違 っ て い る.一目瞭然の こ と

で あ る が , 或 る体系が形式的 ジ ェン ダー ・ シ ス テ ム

と正当に 呼ば れ うる為に は,他の どん な言及対象が

男性や女性 と同 じ形式的 ク ラ ス に 分配 され よ うと,

少な くと も概念的に 《男性》 と して 言及 され る物 と

概念的 に 《女性 》 と して 言及 され る物 とを区別す る

概念的中核に対応 して い な ければな らない .確か に,

合衆国北西部の ナ ヴ ァ ホ語や ア パッ チ語 の よ うな ア

メ リカ の 言語な ど多 くの言語 は,名詞を分類する ヒ

で複雑な シ ス テ ム を持 ち,育生,動作主,形状,道

具等の 込み 入 っ た 形式的名詞範 疇の 体系を持 っ て い

る. しか し, こ れ らの 言語 は,《男性》 と 《女性》

とを区別す る概念的中核 に 基 づ い て 言及対象を弁別

す る形式的範疇を持た な い の で ,ジ ェ ン ダー ・シ ス

テ ム を 持 っ て い る と は 云 え ず , 単 な る名詞 分類

(noun  classification ) シ ス テ ム を持 っ て い る と し

か言え な い .形式的な ジ ェ ン ダー ・シ ス テ ム の 本質

は , 概念的男性と概念的女性の 特質を , それ ら に 対

応する形式的範疇 に よ っ て 区別す る こ とに あり,形

式的 シ ス テ ム と概念的シ ス テ ム との 間の 対応が他の

点に お い て い かな るもの で あ ろ うと関係が な い .

 今ま で , 我々 は形式 と概念的あ る い は意味論的に

中核と考え られ る特質と の 間に あ る対応関係の 観点

か ら ジ ェ ン ダー ・シ ス テ ム を特徴づ け て きたが , 更

に注目すべ き別の 対応関係が あ り, それ は次の 問題

に 関わ る.即 ち,言語 の使 い手が或る形式的に区別

された名詞範疇を使う時に, 普通 ど の よ うに して 対

象物 や物を,他 の 物か ら区別 して 排他的 に 言及す る

の だ ろ うか とい う問題で あ る. こ こ で我々 が問題 に

して い るの は , 文法的規則性か ら導 き出され る言語

形式 の形式的範疇 の 全体で は な く, また少な くとも

そ の 範疇の 中核 に お い て 概念的に 特徴づ け る こ との

で き る言及 され た対象物の 範疇化,っ ま り外示 (de

notation ,  extension )で もな い .我 々 が こ こ で 問

題に して い る の は , 言及 (reference ,  referring )

とい う特定 の, 真に語用論的な言語行為で あ る.っ

ま り,談話 に 於 い て特定 の 文法的な形式 を適応す る

こ と に よ り,あ る特定 の 物を他の 物か ら区別 して ,

排他的に 取 り上 げ言及す る と い う言語使用を問題 に

して い る.更に 云えば,問題とな っ て い る の は,如

何に して ,使用された形式的 ・意味的範疇が言及 し

て い る現実世界に あ る物体を , 特定的に,そ して 他

の物体と は区別 して 排他的に特徴づ ける か で ある.

 我 々 は こ の 問題を次 の よ うに考え る こ とが で き る

か もしれな い.概念的 (意味的)範疇化は包含的 と

な る傾向が あ っ て ,例え ば,表 2 の一番上 の 範疇は

それ よ り下 の 範躊の よ り特殊化 した下位範疇と して

含 まれ る.他方,弁別的 , 排他的な言及 の 範疇 は,

或 る形式的範疇が , 他 の どん な形式的範疇が言及す

る事物と も異な っ た , あ る特定の 事物 に言及す る た

め に 典型 的に使用 され る の か を示す.例 として,動

作主 と人間 と い う形式的範疇を比較 し て み よ う.定

義上,動作主範躊の 意味論的中核で あ る 《有意,動

因,自然力》 とい っ た意味的特徴を , 《人間》 と い

う概念は 含ん で い る.っ ま り,《人間》 は 《有意 ,

動因 , 自然力》の 下位範疇 で あり,人 は普通 , あた

一 80一

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か も行為者 と して 振る舞 う力 と意思を もっ て い るか

の よ うに 言語 に お い て 概念化 され て い る, しか し,

人間名詞 と は対照的関係 に あ る , 動作主 名詞 と して

文法的に コー

ド化 され た範疇に よ っ て 言及 され る典

型 的な物体は , 実際, 人で は な くて,精霊,天候の

力 , 天の 神と い っ た物で あ る. っ ま り,意味的な レ

ヴ ェ ル で , 行為者と して 働く力 と意志を持 っ て い る

事 を示す動作主名詞は,言及 の レ ヴ ェ ル で は,行為

者 と して 働 く力 と意志を持 っ て い る と見な さ れ て い

る物の 内,動作主名詞の 下位範疇で ある人間名詞の

対象とな る物以外 の物を,特定的, 排他的 , 典型 的

に 言及す る と理解 さ れ る の で あ る.よ っ て ,人間名

詞で はな くて 特 に動作主名詞 として コー

ド化され る

の は精霊,天候の 力,天の神 とい っ た物で あ り,こ

れ こ の 例は,排他的,特定的言及を行 う際に , 言語

の 体系が 普通ど の よ う に 適 用 さ れ るかを示 して い る.

人間名詞で 言及 され る物を除外 し て ,動作主 の名詞

範疇で 言及され る類 の 物体は , 神や精霊,天候な ど

で あ る と言え るだろ う.

 表 2 に示 され て い る の は普遍的に 適応で き る包括

的な図式で あり,英語 の よ うな個別言語は ,こ の 図

式 に適切な調整 (個別言語的パ ラ メ ータ化) を加え

た特殊化された下位 シ ス テ ム と言え る.一

般的特徴

と して , そ の よ うな 個別言語が行 う調整 は,普遍的

な 図式 に ある 全 て の 可能な区別 を付 けず,そ の一

の み を形式的に コー

ド化す る もの で ある, しか し,

い か に フ ラ ン ス 語な どの ジ ェ ン ダーの 体系に 比 べ れ

ば単純 な もの で あれ , 我々 が英語の ジ ェ ン ダー・シ

ス テ ム に於 い て 付 け て い る 形式的区別は,意 味的

構造 談話使用

または

《男性》, 《女性》,そ して 《中性》が こ の 普遍的図

式 の 中で 占め る位置に見合 っ た特徴を示 して い る.

つ ま り,英語の ジ ェ ン ダー

。 シ ス テ ム は,非対称的

な有標 ・無標関係 と呼ばれ る もの を示 し, こ の 非対

称的な関係 は , 或る限 られ た仕方で 概念的中核 を越

え て 広が りを示 して い る.

 標準英 語 に お け る“Apassenger   must   have

dropped his/her scarf ,P’

(乗客 が彼 の /彼女 の ス

カーフ を落と した) の よ うな事例 は有標性 が示す非

対称性を見事に示 して い る.こ の 文 の 主語 の 位置に

あ る α  p α ssenger 「乗客」 は , 概念 的に 人間 で あ り

意志を持っ もの で ある と い う特徴の みを有する事,

すなわち人間と して コー

ド化を され て い る こ と以外

の い かな る情報 もあたえ られ て い な い の だ が, こ の

ap αssenger 「乗客」 と云 う語句 に対 して 言 及を 継

続す る場合,標準的な代名詞 と して は hisが 用 い ら

れ て 来た. こ の よ うな 例か ら分か る こ と は , 男性形

と い う形式的 ジ ェ ン ダー範疇は不特定 の 人間で あ り

うるす べ て の言及対象 に 当て は ま り,ゆ え に 女性形

に 対 して 所謂 「無標範疇」 と呼ばれ る こ とに な る の

で ある.図 1で 示 され て い るよ うに,言語 とい うも

の は構造的に , 有標 ・無標 の 範疇に よ っ て 非常 に規

則的に形づ け られ て お り,談話 の 中に お ける こ れ ら

の範 疇の 現れ方もまた非常 に規則的で あ る.そ して ,

或 る意味論的 ・言及的領域 の下位範疇で あ る よ うな

或る一組 の 有標 ・無標 の 範 疇が存在 し, 後者 は前者

の 領域全体を カ ヴ ァー

して い る と仮定 して ,こ こ に

与 え られ て い る区分 の 表を見る こ とに しよ う.もし,

形式的に は人間で あ り概念的に 《人間》で あ りうる

イデ オ ロ ギー

〃 懸

凡例 :

%= 贓 心

・ 有襯

図 1 言 語に お ける有標 ・ 無標範疇の性質

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社会言語科学 第 4 巻第 2号

言及対象の 全体が,「構造」 と い う表 示の 下に描 か

れ て い る単斜線 の 引か れた大 きい 四角形で 示 され る

と すれ ば , す べ て の 形態論的 ・ 統語論的構造を考慮

に 入れ た場合, こ れが男性 ジ ェ ン ダー範疇の言及の

可能な範囲で あ る.女性 と云 う構造範疇の可能 な言

及 の 範囲 はよ り小 さ く, 二 重線で 囲 まれ た 四角形の

部分 で あ る.女性範疇はそれが現れ るとき に は , よ

り特殊 で よ り情報量 の 多 い も の で あ る,つ ま り そ れ

は構造的観点か らは概念的に 《人》 とか 《人間》で

あると い っ た事 の みを伝え て くれ る男性範疇よ りも

言及対象 に っ い て よ り限定的な何か を伝え て くれ る

こ と に な る の で あ る.

 対照的 に,談話 の レ ヴ ェ ル で は,男性,女性 の 2

つ の 形式的範疇が 出現す る方法に は二 つ の 可能性が

あ る.以 前に述 べ た よ うな言及が限定的で な い場合

に は,里性また は女性 の 出現は,下 の 図で 「談 話使

用」 と書かれ た下に ある二 っ の 図の 左側,っ ま り

本線で 示 され た領域 と二 本線が 引か れた領域が対峙

して い る図が示すよ うに,一方の 可能な言及対象が

他方の 可能な言及対象 を内包す ると云 う構造的非対

称性を保持す る.そ して 二 重 に囲 まれ た 部分 の 出現

は , よ り多 くの情報を与 え る手段 と して 情報量が多

い とい う こ と に な る. しか し, 多 くの 使用に於 い て,

特に 言及が限定 さ れ て い る場合,無標の 範疇で あ る

男性が言及す る範囲は女性が言及する範囲と対立し,

「談話使用」の 右側の 図,っ ま り一

本線 の 二 っ の 領

域が 相互 に排他的 に な っ て い る図に示され て い るよ

う に ,両者は 「あれか,こ れか」 的な,排他的な言

及範囲を持 っ 事に な る.談話使用に お け る こ の 曖昧

さ,つ ま り談話に於 い て 排他的使用 と非 ・排他的 ,

包括的使用 の 両者が あ り う る と云 う曖昧さは , 概念

的な範疇化 と実際に 談話の 中で 行われる示差的な言

及 と の 間 の 相違点を捉え て い る こ とは注 目すべ きで

あ る.何故な ら , 男性形が人間の 男性を言及 し, 女

性形が人間 の 女性を言及する と言 え るの は , 我 々 が

典型的な 言及 と名付けた こ の レ ベ ル に お い て の み行

わ れ る か らだ.男性形 は,女性を典型 的に言及する

女性形を示す小 さな長方形を排除 した大 きい長方形

の一

本線で 囲まれ た残余に よ っ て 示され て い る男性

で あ る人間 の 対象を排他的に言及する の に典型的に

使わ れ るの で ある.

 infαnt (幼児),  bα by (赤ち ゃ ん)等 は 形式 ヒの

マ ーカ ーと して は従来 , itを文法的に一致す る照応

代名詞と して 取 っ て 来た.即ち , こ れ らの 名詞 は,

小 さ くて 虚弱な生 き物を表す名詞 と同 じ よ うに扱わ

れ て 来た の だが,形式範疇が典型 的な対象 を特定的

に言及する こ の レ ヴ ェ ル に於い て , こ れ らの語の ジ ェ

ン ダーの 範疇に つ い て, 我々 が 言語使用 の 際に そ の

使用を躊躇 して しまう事 に 注 目しなければな らな い.

また,我々 は大 きい動物, 特に ペ ッ トや家庭内で 飼

われ擬人化,形 式的 に人間化 され て い る 動物 に it

で 言及する事 に も躊躇を感 じ , 代名詞 と して heや

she を使 っ て い る. こ の 用法 に 於 い て ,ジ ェ ン ダー

は時折,形式的人間化の 二 次的次元 と して ,動植物

の 種に 基 づ い て 割 り当て られ る.そ の 結果 , 普通 は

犬 は he に な る で あ ろ う し, 猫は she に な る.ま た,

か っ て は驚異的で ,感情的に語 られ て い た被造物 で

あ っ たが,今で は単 なる 「物」 と して の 性質が強 い

もの に急速に変化 しっ っ あ る船 (そ して 「空の船」,

つ ま り飛行機) は伝統的に は代名詞 と して she と一

致 さ せ ら れ て 来た し,自動車 もまたそ うで ある.次

に,新聞に お ける ス ト レー ト な itの 使用 と , 航空

会社 の従業員が高揚 して 感情的に 使 っ た として 引用

さ れ ド ラ マ チ ッ ク劇的に用 い られ て い る he,  she の

使用 と の 問の 対比を見て み る こ と にす る.

 マ イ ア ミ発一 67 人の 乗客と 7 人 の 乗組 員を乗せ た

ボ ーイ ン グ 727機 (airliner )が パ ーム ビーチ 国際空 港

を離陸の 後,飛 行機 (its) の 着 陸 ギ ァ が 完 全 に 元 に 戻

らな い と い う故障の 為,火曜 日 の 夜 に マ イ ア ミ国際空

港 に 緊急 の 胴体着陸を 行 い 無事 に 成功 した.7人 が 軽傷

の 模様,イース タ ン 航空 の 広報 の ジ ム 。ア シ ュロ ッ ク

は次 の よ う に 語 っ た,「彼 は ギ ァ を上げて 全 て 上 げ て 飛

行機 (her)の 腹か らそ の (her)機体 を ス ラ イ ドさせ

たん だ,機体 (her) の お な かを だ ぜ.』 イ ース タ ン 航

空 194 便で あ っ た この 飛行機 (the airplane )は 二;・・一

ヨー

ク 市 の ジ ョ ン ・F ・ケ ネ デ ィ 空 港 と ニ ュー

ヨー

ク 州

の ア ル バ ニ ーに 向か っ て 飛行 して い た,緊急設備班 が

見守 る 中,飛行機 (the plane ) は着陸の 際 , 横滑 りし

火 花 を 出 しなが らよ うや く止ま っ た.(シ カ ゴ ・ト リビ ュー

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小山 徳地 : 翻訳 言語 と ジェ ン ダーの 文化

ン 紙 11983 年 2 月 16 日.第一

部 5 頁)

 意識可能な レ ヴ ェ ル に お い て , こ れ らの 用法に つ

い て 我々 が言語使用者と して 感 じる躊躇は,構造的

な形式的範疇を い きな り典型 的で 排他的な言及 の レ

ヴ ェ ル で解釈 して い る事か ら来るの で あ り,言語構

造 の 意識的な認知に起因す る の で はな い .言語構造

を構成す る内包的階層性を示す概念的原理 と形式的

範疇 は , ただ分析的視点か らの み抽出で きる もの で

あ り,使用者に よ っ て は暗黙裡 に しか,「無意識的」

に しか知 られて い な い か らだ な の で あ るだ.図 1の

右側に 示され て い るよ うに, こ の こ とは言語の イ デ

オ ロ ギ ーの あ り様,っ ま り,話 し手が構造を解釈 ・

合理 化する仕方 に大 き な影響を与え て い る.何故 な

ら, 女性と男性の 間 に は有標 ・対 ・無標 と云 う不均

衡な対立が構造的に存在する に もか かわ らず ,ジ ェ

ン ダーに っ い て の イ デ オ ロ ギ ー的な 自省が な され る

レ ヴ ェ ル に 於い て は,男性対女性は均衡で 且 っ 正反

対 の 異な っ た 「男性」対 「女性」 と して 理解 さ れ る

か らで ある.

  こ こ で,代名詞化 に関与す る英語 の 名詞句範疇の

体系が ,形式的か っ 概念的な レ ヴ ェ ル に 於 い て 図 2

に あ る よ う な パ ター

ン を構成する事 に 留意 して 欲 し

い .まず こ の 体系の最 も内側の 区分か ら始 める とす

る.(有標の)女性 は (無標 の )「非 ・女 性」,っ ま

り俗 に言 う男性か ら区別 さ れ る.そ して (有標の )

有生 とい う全体 を示す範疇は (無標の )非 ・有生,

俗に言う中性か ら区別 され る.そ して 有生 , 非 ・有

生の 双方は,(有標の )複数 とは対照 的 に は っ きり

と示 され る (無標 の )単数 の 中に 含 まれ る.すべ て

の 英語 の 名詞 は,特定 の 概念的 ・意 味的含意を伴 っ

て , 図示した体系の 中に あ る三 つ の 内少な くと も一

非 ・複数 (単数)

 女性形

有生 非 ・女性形 (男性)

非 ・有生 (中性)

っ の ジ ェ ン ダーを,そ の 基本的な形式的範疇と して

持 っ て い る.

 前述 した よ う に,英語に お い て は , 名詞の ジ ェ ン

ダーの 範疇は,名詞そ の もの 以外の 場所 に お い て示

され る.す な わ ち, 言及を継続する た め に名詞 の代

わ りと して ,正 しい形で 使われ る特定の 代名詞 と し

て現れ る の で ある.そ して,名詞や代名詞が言及す

る典型的な対象物 は ジ ェ ン ダーの 概念的範疇 と は区

別 さ れ なけれ ばな らな い .今ま で に 研究され た こ と

が あ る殆 ど全て の 体系 と同 じよ うに , こ の 英語 の言

語構造 は , 図 2 に示され て い る よ うな有標 ・無標 の

不均衡 な体系に基づ い て で きて い ると云 う事実 の結

果,典型 的な対象物と ジ ェ ン ダー範疇 と の間 で し ば

しば不一致が生 じる. こ の 不一致 こ そ が,意識 可能

な レ ヴ ェ ル で の 言語使用 に お い て 我々 を躊躇 さ せ る

の で あ る.そ して こ の 躊躇 は,使用さ れ る代名詞 の

形が, ジ ェ ン ダーに関わ らず 一様 に they で あ る形

式的複数範疇の 中で も繰り返 され る.なぜな らば,

概念的,及 び言及的 な特徴 は,名詞 の 単数形や 複数

形 とで はな く, 名詞そ の もの と結び付け られて い る

の だか ら.更に , 以 下の 例が示す よ うに, 概念的範

疇と典型的言及 を区別す る よ うな代名詞が明示的に

顕在 しな い場合で さえ も,こ の よ うな躊躇は , 語用

に 於 い て存在 し続け る こ とが あ る.

註 :有標 ・対 ・無標

図 2 現代英語の 名詞範疇 (ジ ェ ン ダーと数)

  「私 の 不満の 種 の一

つ は 最近 は や りの“

guys”

の 使

わ れ方で あ る,よく,グループ の 中 に 女性が含ま れ て

い て もグル ープ の 人 た ち を“

guys”

と呼ぶ こ と を耳に

す る こ と が あ る だ ろ う.実際,女 性 が 他 の 女性 の グルー

プ を“you  guys

”と呼ぶ こ と を耳 に す る こ と は 全 くふ

っ う に あ る こ とで あ る,こ の こ とは私 に は奇妙 に 映 る,

しか し,私 が 尋 ね た 人達の 何人 か は ,“gu ジ が 複数形

で 使 わ れ る と,「男性」 とい う意味が 影 も形 もな くな る

と断固 として 言い 張 っ た,あ る 時,私 が あ る女性と こ

の こ と に っ い て 議論 して い た 時,彼女 は 次 の よ う に 言

い続 け た.『あなたに と っ て は こ の“

guys”

と い う言葉

に は 男性 の 匂 い が付 き纏 っ て い る か も しれ な い が ,殆

ど の 人 に と っ て そ ん な事 は全然な い .』私 は納得しなか っ

た が , ど ん な こ とを 言 っ て も彼女 の 意見 を変 え る こ と

はで き な か っ た だろ う.しか し最後 に,私 に と っ て は

一 83一

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社会 言語科学 第 4 巻第 2 号

運良く,彼女 は私 を納得 さ せ よ う と必死 に な っ て 次 の

よ うに 言 っ た.『ど うして ? 私 は男 の 人 た ちで さえ (g

uys ),そ れ を女 の グ ル ープ に 使 うの を耳 に した こ と が

あ るの よ.」(1’ve  even  heard guys (強調) use  it to

refer  to a  bunch  of  women ,)彼女は こ の 科白 を 口 に

して しま っ た後 に な っ て 初め て,彼女が 自分自身の キ

張 を台無 しに して しま う よ う な 事を言 っ て し ま っ た と

よ うや く気付 い た の だ.」 (Hofstadter  1982:30)

 勿論,こ の 文の 著者ホ ., フ ス タ ッ ターが ま ともな

言語学者で あ っ た な らば , こ ん な ナ イーヴな事を言

い は し な か っ た だ ろ う,排他的 に も非 ・排他的 (内

包的) に も機能 で きる無標範疇は, い わゆ る 「対比

的ス ト レ ス (強音)」を与 え られれ ば,二 重 に機能

する無標範疇は,排他的な言及で ある事を強調する

の に使 う こ とが で き る.他方 , 対比的 ス ト レ ス が 無

け れば,それ は概念的範疇化が許す限 りの 広い 冂∫能

な言及対象を持 っ .(また, こ の 例文で は“guys

は 「女性」“woman / women

”と対比 的に 用い られ

て い る事か ら も,排他的な意味を持っ .)

表 3

 比較 の た め に形式上非常に 異な っ た名詞分類の 体

系を持っ 別 の ジ ェ ン ダー ・シ ス テ ム を考え て み よう.

デ ィ ク ソ ン が 1972 年の 論文の 308−311 頁で 述 べ て

い る よ うに , 北東オース ト ラ リア の デ ュィ ル バ ル 語

は,名詞分類に 関 して ,典型 的な オー

ス ト ラ リ ア の

ア ボ リジ ニ ーの 言語体系を示す.表 3 に見 られ るよ

うに , デ ュ ィ ル バ ル 語 に は 4 っ の 形式 的な 名詞類

(noun  class )が あ り, そ れ ら は 名詞 と 共と も に 起

こ る指定辞 (ドイ ッ 語の der/ die/ dasの よ うな も

の) に よ っ て マーク され,それ ぞれ の 指定辞は概念

的核 とな る もの と連関され て い る.デ ュ ィ ル バ ル 語

の 名詞類 の 体系 は ジ ェン ダー・シ ス テ ム 以外の もの

も含ん で い る わ けで あ る が,そ の ジ ェ ン ダー ・シ ス

テ ム の 特徴は , 1類 と ]類の 対比 に 現れ て い る, 1

類と 且類が概念的な 《男性》 と 《女性》の 間の 区別

を保持 して い る限 りに お い て , そ の 他 の ど ん な区別

を含ん で い よ うと も,ジ ェ ン ダーの 区別を して い る

と言え るか らで あ る,皿類は 《食用の 果物や野菜》

を含み ,IV類は 《そ の 他全て 》を含 む所謂 「残余範

躊」 (residual  category )で ある.先ず 1 類 と n 類

ジ ェ ンダーの 言及 を含む デ ュ ィ ル バ ル語 (オ ース トラ リア)の 名詞分類に つ い て

Ibayi 類 ll balan 類 皿 balam 類 IVbala 類

カ ン ガ ル ー

フ ク ロ ネ ズ ミ

コ ウ モ リ

殆 ど の ヘ ビ

殆 ど の 魚

あ る 種 の 鳥

殆 ど の 昆 虫

嵐,虹

ブー

メ ラ ン

何種類か の 槍

そ の 他

  女

オ ニ ネ ズ ミ

カ モ ノ ハ シ ,ハ リモ グ ラ

あ る種の ヘ ビ

あ る種の 魚

殆ど の 鳥

ホ タ ル ,サ ソ リ,コ オ ロ ギ

hairy mary  grub ヘ ア1丿一メ ア リー

(地虫 の一

種)火 や 水 と連想 され う るす べ て の もの

太陽 と星

何種類化 の 槍

何種類か の 木々

そ の 他

食用 の 実を つ け る

す べ て の 木

ミ ツ バ チ と蜂蜜

山芋 の 胴 の 部分

何種類 か の 槍

殆 ど の 木

人 間 の 体 の 部分

(食用 の )肉

草,泥,石,騒音

言語,そ の 他

一 84一

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小山 徳地 : 翻訳 言語と ジ ェ ン ダー

の 文化

を考え て み ると , 1類の 概念的な原理 は 《有生》,

《入間 の 男性》とい っ た特徴や,そ れ らの メ トニ ミー

的 (換喩 ・ 転喩的)拡張を 中心 とする.そ の一方,

ll類の 概念的原理 は 《人間 の 女性》, 《水》,《火》,

《戦い 》に集中す る.デ ィ ク ソ ン が観察するよ うに,

我々 が 1類 ある い は H 類に 属する と 予想す る言及対

象は民間伝承 に お い て それ が 持っ と信 じられ て い る

特性 に よ っ て 逆 の 類に 属す る事 もあ る.例 えば,鳥

は死ん だ女性 の人間の 魂が 生 まれ変わ っ た もの と考

え られて い るか ら 一

神話上 の男の 人物と同一

で あ

る と見 な され, 1類に 属す る セ キ レ イを除い て一 n

類に分類され る.そ して概念的特徴が , 特に 注意を

要す ると見 な され て い る場合,そ して特に言及対称

が人問 に 対 して 害が あ る場合は,予想 され るの とは

逆の類 に属す る こ と に よ っ て 示 され て い る.

 こ の よ う に ,こ の シ ス テ ム が先 に示 した 分類に 関

す る一般的な原理 と一致する こ と は 明 らか で あ る.

IV類 は残余範疇の形式ク ラ ス であ り,そ して 皿類 は

無生物が 《食用 の 部分 (を持 つ 植物)》 と云 う概念

的な 原理 に よ り特殊化 した もの で ある.そ して 更に

我々 は更に デ ィ ク ソ ン の ク ラ ス 転移の 原理 を適用す

る こ と に よ り, こ の シ ス テ ム の 規則性を更に高 め る

こ とが で きる.即 ち , 1類は基本的な 《有生》 の ク

ラ ス で あ り, n 類は例えば 《人間》,《女性》等と云 っ

た 《有生》を更に 細分化する よ うな,特殊化 した特

徴を持つ 本来的に 有生 で あ る もの や,そ れ ら特定 の

生 き物に 関連 した もの と云 っ た,幾 つ か の付随的概

念の 原理 に よ っ て 1類が特殊化 され た もの で あ る.

H 類 は ,こ の シ ス テ ム に お い て最 も特殊化 さ れ,最

も細か く特徴づ けられ た概念を基 に した形式 1二の ク

ラ ス で ある,また , 人間以外の生 き物 と は 異な り ,

人間に対 して は 《男性 。対 ・ 女性》は 概念的に 区別

さ れ た分類上 の 原理 で あり,そ して英語 の 照応代名

詞の“Isaw  a gdgg. He was  running  after  a cat .

とか“It’s a she −dog.

”等 の 使 用に お い て 見 られ る

の と同 じよ う に,人間以外 の い かな る種 も,そ の種

が形式的 ・ 概念的に 1類 に属 しよ うが, n 類 に属そ

しよ うが 関わ り無 く,言語使用 の 場 に於 い て適 当な

分類辞 (classifier ) を使 う事に よ っ て,そ の 雌雄

(女性 ・男性)の 区別が な され る と 言 う事実 は ,注

目に値す る.例えば犬 は,人間の 身近 な仲間 と して

家庭で飼わ れる とい う非常に特殊な区別を も っ た生

き物な の で , 私たち英語の 話者が 予想 する よ う に は

1 類に属せ ず,よ り特殊化 され て い る n 類へ と転移

され て お り, よ っ て 普通 の 用法 は“balan [H 類]

guda”

で あ るが ,《男性の 犬》 は ,“bayi [1 類]

guda”

と い うふ う に 1類 とな る こ とは興味深 い 現象

で ある.

コ ミュ ニ ケー

シ ョ ンにおける会話参加者の ジェ ン ダー指標

 今ま で述 べ て きたような名詞分類の 内に 属する ジェ

ン ダー ・シ ス テ ム は ,ジ ェ ン ダー指標と対照をなす.

後者に お い て は , 話 し手が談話 の コ ン テ ク ス ト の 中

で或 る特定 の 形態を使用す る時 , そ の 形態 は,そ の

形態を取 り巻 く談話の コ ン テ ク ス トにお け る話 し手

や聞 き手の ジ ェ ン ダーに関す る何かを示 して くれ る.

最 も単純な場合,ジ ェ ン ダーを指標する形態 を取 り

巻 く談話の コ ン テ ク ス トを構成す るの は , 伝達内容

(メ ッ セ ージ) の 送 り手 (話し手) と受 け手 (聴 き

手)が 参加者で あ るよ うな 進行中の ミ ク ロ 社会的状

況で あ る.そ こ で は 何が言 われ て い るか は問題 で は

な い し, 誰が 話題 に あが っ て い る と か 何が話題 に あ

が っ て い る とか も重要で はな い.談話の 内容に 関わ

り無 く,指標形式はそれ らが使用 される コ ン テ ク ス

トに っ い て の 何かを示 して い る の で あ る.表 4 で 示

した よ うに,形式的な ジ ェ ン ダー指標が起こ りうる ,

そ して 実際に起 こ っ て い る幾 っ か の異な っ た様式が

類型論的に存在す る.サ ピ ア派 の ア メ リカ 言語学者

メ ア リ 。バ ース が述 べ たよ う に (cf .  Haas  1944),

元 々現在の ア ラ バ マ 州周辺の ア メ リ カ ン ・ イ ン デ ィ

ア ン の言語で あ っ た コ ア サ テ ィ 語は,表 4 の 1 に 示

され るよ う に , 聞き手の ジ ェ ン ダーに関係 な く話し

手の ジ ェ ン ダー

を男性,或 い は女性 と して 規則的 ・

体系的に 指標す る.そ して 表 4 の H は,話 し手 の ジ ェ

ン ダー

に関わ らず聞 き手の ジ ェ ン ダー

を男性,或い

は女性と して 規則的 ・体系的 に指標する.例え ば パ ー

ス (Haas 1941)に よ る と ト ゥニ カ語 の よ う な言語

は , 聞き手 と言及対象とが談話状況に於 い て 同一

場合 とな る所謂 「二 人称代名詞⊥ っ まり言 及 ・ 叙

一 85一

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社会言語科学 第 4 巻第 2号

表 4 「男性 ・対 ・女性の 話 し言葉」が,談話 の実際の 場面に お け る話 し

  手及 び聞 き手の ジ ェ ン ダ ーを コー

ド化する三 つ の類型

類型  話者 の ジ ェ ン ダー 聴き手の ジ ェン ダー 伊

1  男女を区別

皿  男女を 考慮 せ ず’

皿  聴 き手 と 同性 ;

男女 を 考慮 せ ず

男女を区別

話者と同性 ;

そ の 他全 て の 組 み 合わせ と区別

コ ア サ テ ィ 語

  (未確認)

 ヤ ナ 語

述 の 次元 と談話指標 の 次元 とが必 然的に混ざ り合 う

と云 う性格を持っ 二 人称代名詞に 対 して ,規則的 ・

体系的な ジ ェ ン ダー

の 区別を す る.最後 に,表 4 の

皿 に 見 られ る三 番目の タイプ は , 談話参加者の ジ ェ

ン ダーの 他の い か な る組み合 わせ と も区別 して,話

し手 と聞 き手両方 の ジ ェ ン ダーが揃 っ て 男性,或い

は女性 で ある こ とを規則的 ・体系的に示 して い る.

例 えば , サ ピ ア (Sapir 1949 [1929]) に よ る と カ

リ フ ォ ル ニ ア 州 の ア メ リカ ン ・ イ ン デ ィ ア ン の 言語

で あ る ヤ ナ語 は 規則的 ・体系 的 に , 或 る語形 に よ っ

て , 男性の話 し手が男性の 聴 き手に伝達行為を行 っ

て い る 事を指標 し, そ して他 の ジ ェ ン ダー

の 組み 合

わ せ に は , こ れ とは 異な っ た語形を用 い る.

  こ の 現 象が典型 的 に は どの よ う に起 こ る か を例証

す る た め に ,表 5 に お い て 訳 と共に コ ア サ テ ィ 語 の

動詞の 屈 折形を い くっ か示 して み る.こ の 言語の他

の 全て の 動詞 が そ う で あ るよ う に ,此処 に 挙 げた

「ヒげ る」 と云 う動詞 の 語幹 に は表 5 に 挙 げ た よ り

もも っ と多 くの 屈 折形が あ り,以下の こ とはそれ ら

全 て の 形態に も当て 嵌 まる の で あ るが , こ れ らの 形

態 の 基底に あ る基本的な規則性 は何か と云 うと,言

及 される人称や法や時制等に よ る様々 な屈折を伴い

っ っ も,必ず 女性が話す もの が基本的な形式 で あ る

と い うこ とで ある.女性が話す形態                   表 5か ら男性が 話す形態を 派生 さ せ るた

て 頻繁 に音変化が引 き起 こ さ

れ る.故 に ,“ −s

と云 う指

標形式 は明白に 「彼はそれ を

持ち上げて い る (話 し千は男)」

の よ うな形 態 に は現 れ る が

(表 5参照), 「あ な た は そ れ

を持ち トげて い る」 の よ うな

形 で は ,少 な く と も構造的

(形態音素 的) に 1よ (IPA で

は.)の 音の 直後 に 現 れ る“ −s

は,表面的 (音声的)

に は隠れ て い る.サ ピ ア の 美 しい 分析が示 して い る

よ うに , ヤ ナ 語に は男性が 男性 に 話す時 の 形態を区

別す る遙 か に も っ と複 雑 な 接 尾 辞 や 音 の 変 化

(Sandhi)の体系があ る.

 我 々 は こ こ で ,何が談話 の ト ピ ッ ク な の か は重要

で な い こ とを強調 して お き た い . ジ ェ ン ダー指標 と

は,誰が談話を行 っ て お り,誰 に 対 して 談話が行わ

れ て い るの か と い う こ とを形態を持 っ て規則的 ・体

系的に区別す る こ とで あ る.そ して 上 に 例示 した よ

うな最大限に 明白な場合に お い て は , 接辞 に よ っ て

で あ ろ うと音の 形態 の 変化 に よ っ て で あ ろ う と, つ

ま り形式的手段が何で あろ うと ,ジ ェ ン ダーの 指標

が 唯一

の 「意味」で あるよ うな明白で 且 っ 組織的な

形式的な 変化 ・変体が 存在する,また , 次 の 二 点 に

留意 され た い .(1) こ の よ うな ジ ェ ン ダー指標の 体

系の あ る言語社会に お い て は , そ の 言語社会 の 誰 も

が こ れ らの 形式を知 っ て い る し, また談話に お い て

生産す る こ ともで き る.勿論,或 る用法が適切か ど

うかは,話 し手や聞き手が暗黙裡に遂行 して い る ジ ェ

ン ダー

の 指標的な規則 に よ っ て 決定 され て い る の で

は あ る が .そ して こ の 規則を破る者,例え ば了供達

は,成人男子 ・女子 どち らか , 或 い は 双方 の ジ ェ ン

コ ア サテ ィ 語の動詞形変化表 (直接法 と命令法からの抽出例)

め に は,指標 マ ーカ ーで ある接尾辞

“ −s”

を付加す る の だが ,そ の 結果 ,

複雑で は あるが完璧 に規則的な こ の

言語 の 規則 に従 っ て,既 に 屈 折部の

中に ある音 の連続 と , そ の 末尾に 付

加 され た“−s

”の 組み 合わ せ に よ っ

女性の 話す形態  男性 の 話す形態 訳

lak. w ,

lakawwlakaww

. l

lak. wlak

. w . in

lak.  w .

lakaww ,,s

lakaww ,  s

lak.  wslak

。 w ,..s

あ な た は それを持ち Lげ て い る

彼 は そ れ を持ち上げ る だ ろ う

私は そ れ を 持ち上 げ て い る

彼 は そ れ を 持 ち.1:げて い る

そ れ を持 ち 上 げ る な 1

一 86一

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小山 徳地 :翻訳 言語 と ジ ェ ン ダー

の 文化

ダーの 話 し手に よ っ て 矯正 され る.(2)語 り の 中で

登場人物の 会話状況が談話の トピ ッ クと して 扱われ

る時 , 引用され る話 は こ れ ら登場人物た ちが 持 っ て

い る こ と に な っ て い る適切な ジ ェ ン ダーを指標 して

使われ る.こ の よ うな使用が非常に高度 に意識化 さ

れ た レ ベ ル に ま で 到達 した メ タ言語 的な用法で あ る

事は明 らかだ ろ う.

社会階層 の ジ ェ ンダー的指標 と統計的指標

  こ う した範疇的 で 明瞭に観察で きる ジ ェ ン ダ ー指

標 は , 男性対女性の ス ピーチ の 統計的指標 (特 に隠

然 と して の み現 れ る統計的指標)と対照 を な す.統

計的指標 は西欧や北米 の よ うな 「発達」 した,経済

階級的に階層化され た社会 の 都市部 で ,1960年代

以 来 ラ ボ ヴに 代表され るよ うな (cf.  Labov 1972),

「社会言語学者」達 に よ っ て 発 見 され て 来た も の で

あ る.こ の よ うな社会で は,特に 書き言葉に お い て,

組 織化 された社会 的権威を通 して 顕示 され,規範 と

して コ ード化 され た 言語の 標準化が強 く存在する.

「社会言語学的」研究は,実際 に 産 出 され た言語 の

トー

ク ン の トー

ク ン か ら抽出され た サ ン プ ル に 見 ら

れ る相対的に 標準語的/非標準語的な形式の 現出の

頻度が,話者の 持 っ 階級 , 地位 , 年齢 ,ジ ェ ン ダ

な どの多 くの相互に 交差する社会 グ ル ープや社会学

的範疇 と,ど の よ う に相関関係 を持つ かを探 っ た り,

或 い は被験者 ・被観察者が 生産 した サ ン プ ル の コ ン

テ ク ス ト的条件が 全体 と して持 つ 課題要求 , 例えば

「ス タ イ ル 」,「フ ォーマ リ テ ィ 」等 と , ど の よ う に

相関す る か を調査 した りして 来た.す なわ ち,標準

的 ・対 ・非標準的言語形態 の 出現頻度 は,話 し手の

諸々 の 社会的ア イ デ ン テ ィ テ ィ ,或い は全体的な場

面上の 「ス タ イ ル 」一

様々 な コ ン テ ク ス ト が話者

に標準語形を誘発 さ せ る 「要求の 強さ」 の度合い 一

の 指標 と して見 る こ とがで きる と云 う事実を社会言

語学者達 は 示 し て 来た の で あ る.

  こ の よ うな調査 に よ っ て 繰 り返 し示 され て 来 た の

は ,

一般的に 言語使用者 の社会経済的階級 に お ける

位置は , 標準語形式の 生産 の 頻度 と直接に 相関 して

い る と云 う事実で あり, 標準形を生み出す場面的な

「ス タイ ル 」効果が 最 も強 く見 られ る の は,連続体

を構成す る社会階層の 最上 層部に あ るの で はな く,

そ の近傍 に あ る , と い う こ と で あ る. (こ の 点 に っ

い て は後述 す る.) ジ ェ ン ダー

の よ う な 特定 の 社会

的変項 に 焦点を当て る とき,他 の 変項 の 影響を制御

すれ ば,統計的に有意義 となる形 で,女性の 話 し手

は全体と して 男性の 話 し手よ り も標準語を よ り多く

使用 し, 非標準語形をよ り少な く使用す るもの で あ

る と云 っ た一般的規則性が現れ る.そ して こ の ジ ェ

ン ダ ーと標準語化 に 関す る効果 は,社会的,そ して

/或 い は 社会経済的階級や 場面 ヒの ス タ イ ル の効果

と相互 に 作用 し合 っ て い る.例え ば , 表 6 は ラ ボ ヴ

系社会 言語学者 ウ ォ ル フ ラ ム に よ る デ ト ロ イ トで の

黒人英語の 研究 (Wolfram 1969) に基づ くデー

を要約した調査結果を示 して い る.(こ れ は ト ラ ッ

ドギ ル (Trudgill(1974: 91) に 再掲 され て い る.)

異な っ た 四 っ の 社会経済的階級 に お け る,非標準形

で あ る 二 重否定の 出現 に関す る発話デー

タ を数値化

した結果 , す べ て の グ ルー

プ に お い て 女性は特徴的

に 非標準語形使用 の 頻度が 低く,そ して 標準語使用

の 頻度が 高 くな っ て い る こ と が 分か っ た .特 に ,中

層階層の 下層 一 これは,表 6 に再掲 した ウ ォ ル フ

表 6 英語の男性 ・対 ・女性の ス ピーチ の段階的,所謂 「統計的」 なデ ータ ;デ トロ イ トの 非 ・標準的ス ピー

  チにお ける 二 重否定 (… Ain’t … No …)からの 例 ;Trudg川 (1974: 91)から再掲)

発話デー

タ トー

ク ン 全体 の 内,多重否定が 現 出する パ ーセ ン ト

ジ ェ ン ダー 中層階層 の 上層  中層階層の 下層  労働者階級の 上層  労働者階級の 下層

30ρUO 32,41

,4

OaUO尸

D43

19080り

匚」

一 87一

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社会言語科学 第 4巻第 2号

ラ ム の研究成果で は,計測上の 技術的必要性要請 に

よ り黒人社会に お ける 「中層階級の 上層」 と名づ け

ら れ て い る 一に お い て

, 女性 の 話 し手 の 非標準形

が完全 に欠落 して い る と い う絶対性を帯びた現象に

至 っ て い る.

  この 二重否定の よ うな形態は , 北ア メ リカ都市部

の よ う に階級に よ っ て 階層化 され た社会 に お ける標

準化 とい う文化的 シ ス テ ム に 関与して 作用 して い る

の で あ るが ,事実 hは紛 れ も無 く,英語 の 話 し手 の

男性 ・対 ・女性の ジ ェ ン ダーの 段階的また は統計的

な指標で ある.英語に お い て は, コ ア サ テ ィ 語や そ

の 他 の 言語 に見 られ る よ うに そ の 形態が存在す るか,

しな い か に よ っ て ,明示的,そ して 排他的に話 し手

の ジ ェ ン ダー ・ア イ デ ン テ ィ テ ィ を指標する と考え

られ る よ うな特別な形式的 マーカ ー

は存在 しな い ,

む しろ,実際 の 言語 生産 に お け る トーク ン に 産 出さ

れ る発話デ ータの頻度で 計量で きるよ うな効果を も

た らす,標準語化 され た 語形 を産出し具現化す る度

合 い の 違 い が話 し手の二 っ の ジ ェ ン ダーを区別 して

い る よ うで ある.

  こ の 英語 の 体系 の 特徴 を陰画 と して 最 も明瞭 に 映

し出す比較対照的な事例 は タ イ 語の 「私」,「あなた」

に 相当す る談話 の 参加者 に関する代名詞で あろ う.

こ の よ うな代名詞 で は,言及 は談話状況 に お い て 話

し手か聞 き手か の どち らか に よ っ て 対 して な され る

か ら,ジ ェ ン ダー指標が 言及対象の ジ ェ ン ダーと大

変規則 的 に相 関 し て い る . 言語 人類学者 ク ッ ク

(Cooke 1970: 11−15,19−39) の デ ータを要約 した も

の で あ る表 7 に 見 られ る よ うに , タ イ語 の 非常 に 多

くの一

人称代名詞か ら こ こ に サ ン プ ル と して 取 り上

げ た 四 つ の 形態 の 「意 味」は ,こ れ らの 代名詞が適

切に使われ て い る よ うな特定 の ス ピーチ の 状況を定

義する変項に よ っ て ,明 らか に す る こ とがで きる.

そ して こ れ らの 代名詞が全 て 話 し手 に言及 して お り,

こ の 点にお い て , 言及的次元に 関して は非常に大雑

把に 云 え ば 全て 「同 じ意 味で あ る」 こ とに 注意 して

欲 しい . しか し,言及的 「意味」 に 加え て ,我 々 は

話 し手 ・聞 き手両方 の ジ ェ ン ダーや 年齢層,そ して

話 し手と聞 き手 の 間 の 関係性 の 特徴を考慮に 入れな

け れ ば な らな い .例え ば まず, ア メ リ カ の 社会学者

シ ル ズが 云 う 「敬 意 の 付 与」 (deference  entitle −

ment ;cf . Shils 1982) の よ うな,話 し手 に 対 し て

聞 き手 の 相対的な社会的地位 一 つ ま り聞 き手が 話

し手よ り地位が 高い か , 低い か,同 じ程度で あ る か

一が挙げ られ る.ま た,話 し手 と聞 き手 との 間 で

前提とされ て い る親密さ の度合い,そ して発話の刻々

と変容する動 きの 中で 即興的に,特定の 形式の 使用

に よ り創発さ れ た り,間主観的 ・ 現象学的に 発話 の

場に もた らされ る親密 さが あ る.第三 に 社会的相互

行為の 制約の 有無 (「話者の 自由度」)が挙げ られ る.

こ れ は こ の コ ン テ ク ス トの 話者 と聴 き手 と い う二項

関係 に関する社会的相互行為 の 標準 ・ 規範に 対す る

話し手の 固執 ・遵守の 度合い で あ る.

  ジ ェ ン ダー

そ の もの は ス ピー

チ の 場面を構成す る

様々 な他の 変項 と相互 作用 しあ い,言及的,指標的

両方の 規則性の 複雑な パ ター

ン を形成す る. こ れ ら

の 幾 っ か は後で 現代英語の例 と比較す る た め に も此

処で 示 して お きた い.(表 8 に要約 が あ る の で参照

の こ と.)す なわ ち , 所与の い か な る形式 の 使 用 に

お い て も, そ れ らが他 の点に 関 して ど の よ うで あ ろ

うが , 実際の 使用 で は,話 し手と比較 して 聞 き手 の

相対的地位が高 くなれ ばな る ほ ど話 し手 と聞 き手 と

の 間の 親密さ は強 くな る.換言すれ ば , 所与の い か

な る形式の 使用 に お い て も,話 し手 の 地 位 と, 話 し

手 と聞 き手と の 間の 親密さ と の 間 に は逆比例 の 関係

が成立 して い る.例えば,女性 が話す言葉の dich.n

と ch .n の一

対 に関 して 云え ば,前者 に おい て は,

相対的な聞き手 の 地位が平等 (/) か ら (+ )へ と

高くな る に つ れ て , 他 の もの は相対的に 不変 の ま ま

で あ る の に , 親密さ は 0か ら 1 に 上 が り,ま た 後者

に お い て も,聞 き手の 相対的な地位 が下位 (一)か

ら平等 (/)に 上が る に つ れ て 同 じ よ う に親密 さ は

上昇する.こ れ ら に限 らず他の一

人称代名詞形 も,

話し手 と比較 して 高い 地位で親密な聞 き手,もし く

は低い 地位で 親密で な い聞 き千を指標する こ とが で

きる.よ り一般的に言えば,表 8 に サ ン プ ル と し て

取 り上げた四 っ の 形態 に亘 っ て 横断的 に 観察すれ ば

分か るよ う に , こ れ ら四 つ の指標的言語記号 に よ っ

て 示 され て い る言語体系は,基 本的に は , 話者 の 聴

き手に 対する相対的地位 と, 話者と聴 き手の 間の 親

一 88一

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小山 徳地 :翻訳 言語 と ジ ェ ン ダーの 文化

密さ と が 逆 の関係に あ る もの だが,相補的に ,話者

の 地位と親密 さが正比例す る こ とも許す もの で ある.

っ ま り , 仏教僧に よ り使わ れ る .αα dtα ma α に 関 し

て は,そ の よ うな高い 地位の 人は地位が同等か低 い

人 に し か 話 す こ と が で きな い の だ か ら , dich.n や

ch .n に っ い て 上 に 見た こ と の 逆 が真 と な り,話者

の 聴 き手に対す る地位が高 けれ ば高い ほど , 両者間

の 親密 さは高 くな る.また , 男性が話 し手で あ る時,

ch.n は次の 二 っ の 状況 を指標す る の に 同等 に使わ

れ る こ と に も注意 し た い .っ ま り,

一っ の 状況は,

聞 き手が相対的 に低い 地位 に あ る場合, そ して もう

一っ の 状況 は聞 き手が女性で あ る場合 で あ る.最後

に,男性の 話 し手は ph.m とい う形式を聞 き手の 相

対的な地位が ど うで あ ろ うと, 中立で標準化 した 用

法 と して使用す るが , 女性 の 話 し手は聞き手の 様 々

な相対的地 位 に 対応 して 形式を変化 さ せ な け れ ば な

らな い .即 ち,女性の 話 し手 は,よ り詳細 に,ま た

明確に 聞 き手の地位の 非対称性 を マー

ク しな くて は

い けな い の で ある.

  こ の デー

タは同 じよ うな多 くの一

人称 ・二 人称形

式の代表例で ある.こ れ に 基 づ き,す べ て を考慮 に

入れ る と, こ れ らの 言語形式 の指標的価値に関 して,

人の地位 と ,コ ミ ュ

ニ ケーシ ョ ン に於い て が 起 こ る

際 の 前提 とされ て い る親密 さ と の 間 に 相反す る関係

表 ア ジ ェ ン ダーの 区分に 反応する談話参加者を指標する代名詞 ;少な くとも代名詞 の言 及対象 (話者,聴

  き手,あるい は両者)の ジ ェ ン ダーを,そ して頻繁 に言及対象と他の 談話参加者の ジ ェ ン ダーを示す.

  こ こ に 挙げた代名詞の 言及対象は必ず話 者である.(Cooke (1970:38, Ghart  10)よ り再掲 した.)

話 者 聴 き手 聴 き手 の 話者 に 対す る関係

タ イ語 の一

人称

(1)代名詞 女性 成人  女性

          話者の

成人  地位 親近 自由度 社会的資格

.aadtamaa

dich.n

ph.mch

,n

  / +

一 / +

/ +   一  + 1   0

/+   /  0   0

        +   + 1   0

     /    0    0

    (/ + ) (0 )  0一 (+ 1)

    十 1−   (0)/  + 1

話者 は仏教僧

話者 ・聴 き手共, 仏教僧

凡例 :一 = 非, 負, 劣 ; + ; 有 , 正 , 優 ;/ ; 中,等,同 ;数 = 程度 ;() = 共示的 ニ

ュ ア ン ス

註 : 「話者 の 自由度」 = 話者に よ る 基 本的標準あ る い は よ り適当な使用法に対す る遵 守の 欠如な い し挑戦

表 8  一般化と観察

観 察 (表 7 に示さ れ た ジ ェ ン ダー区分 に 反応す る談話の 参加者を指示す る 代名詞 に つ い て の 観察)

 a .同 じ形式 が,よ り 高い 地位 の 人 に 対 して 使 わ れ た 時は , 親密 さの 値を増す.但 し,仏教 の 僧侶が 喋る 言葉は例外で ,

   逆 の 関係が 成立す る.

  b.低 い 地位 の 人 に 使 わ れ る の と同 じ形式が 女性 に も使 わ れ る.

  c ,女性 は聴 き手が 自分よ り劣位か,同等か,高位 か に よ っ て言語形式 を 変え ね ば な らな い .

一般化

 a .聞き手 に 対す る 話 し手 の 地 位 の 向 上 は聞 き手 と 話 し手 の 間の 親密 さ の 向上 と は 逆 に な る.

 b .表 7 に お け る類推的区別 は女性 ; 男性 :仏教僧一低 い : 中立 : 高 い 地位,とな る.

一 89一

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社会言語 科学 第 4 巻第 2 号

を示す体系が 存在す る こ と が 判明す る,地位 の 尺度

の 最高の 位置 に あ る仏教僧の言語使用 は こ の こ とを

相補的 に確証 して い る.無標の ,そ して残余的ケー

ス は , 類推的区別 の 中間項に位置する成人男性の 話

し手で あ り,低い地位が 中立 の 地位に 対す る よ うに,

女性が男性に 対 し,中立 の 地位位置が高 い 地位位置

に対す るよ う に,男性が仏教僧 に対 して い る.と い

う こ とは つ ま り, タ イ語に お ける ジ ェ ン ダー指標と,

聞 き手 の相対的な地位の 指標と の 間に は , 男牲に 対

して女性が話す こ とが,地位 の 低 い 人が高 い 人 へ 話

す こ とと等価で ある よ うな,比喩的, 類推的 と呼び

う る関係 が存在す る の で ある.言語的に指標 され た

そ の よ うな関係 は一方で は社会 に於けるよ り広範な

関係に 対応す る し,最 も重要な こ と に は,代名詞“ 1”

に よ っ て 言及 され る 「現実」 に対応 する よ う に

思わ れ る.そ して こ の よ うな社会的指標 と言及的対

象 と い う二 っ の 体系 の 重 な り合 い こ そが言及行為の

内に宿 る指標的価値,発話内行為的価値を強化す る

の で あ る.

 以 ヒ,強力 な言及 の体系 の一

部に属す る形態を使

用す る事に よ っ て遂行 さ れ る ジ ェ ン ダ ーの コ ン テ ク

ス ト的次元 を含ん で お り,語用論的 に (比喩 ・類推

的 に)相互に 関連づ け られ て い る,指標の諸体系の

原理 を明快に例証 して い る範疇 の 事例を 見 て 来た.

こ こ で , 英語の よ う に, 言語形式 の 区別 の 統計 的頻

度が示す 差異が, ジ ェ ン ダー・ア イ デ ン テ ィ テ ィ の

区別 と相関を示すよ うな類型の言語にお け る ジ ェ ン

ダー指標 に戻 る こ とに する. タ イ 語に お い て は , 男

性 : 女性 と云 う ジ ェ ン ダーの 区分 と,高位 :低位と

云 う相対的地位 と の 間 に 類推 関係が見 られ た.社会

言語学者が標準語形式の 出現 の 変異性に っ い て 発見

した事を鑑み れば,こ の よ うな類推 は英語や他 の 同

じよ うな言語 に も該当する こ とが理 解で きるか も知

れ な い .

 図 3 は,多 くの 調査結 果で 繰り返 し見 られ る関係

を図式的に表 して い る (当然,実際の 変数や傾斜は

お の お の の 調 査で 異 な る).「上層階級」,「中層階級」,

「下層階級」 な ど と ラ ン クを付され た一

連の 社会的,

或 い は社会経済的範疇や 集団 の一

っ一

つ に対 して,

標準語化 に関連す る適切な言語形態を考慮に 入れれ

ば , 比較的標準語化 さ れ た言語形態の 発生頻度 を,

所謂状況的 「ス タイ ル 」 の 関数 と して 座標軸上 に描

く事が で きる.っ ま り, 標準語に 対 して社会学 的な

意味で 「忠実」で あ る者が標準語形を使 うよ うに導

く, 全 て の 組織的 , 及び人間関係的要因を含む,状

況 の 「フ ォーマ リ テ ィ 」 の 関数と して 描 く事が で き

るわ け で あ る.一般的な特徴 と して 言え ば,最下層

の集団によ る標準語形 の 発話の 頻度は低 く,よ り強

度 に標準語形が要請され る状況 に な っ て も, 低 い 頻

度の まま で あ る.正反対 の 極 に あ る, 最上層 の 集団

で は,状況が フ ォーマ ル に な る に つ れ て , 頻度は微

妙 に増え は す るが,相対的に安定 した標準語 化の 程

度を示す.こ の両極の 中間に位置す る集団で は , 社

会階級が 上 が る に つ れ て,

よ り大き な程度 の 標準語

化が見 られ る.更に興味深 い こ とに は 最もイ ン フ ォー

マ ル な状況 か ら最 も フ ォーマ ル に 状況に 向か うに つ

れ て,標準語形 の 頻度 は当然 ヒ昇す る の で あ る が,

社会階級が上が る に つ れ て , 上昇 の 勾配傾斜が急に

な る.特に,社会階層 の 最上層に近 い が,最 上層に

属す るわ けで はな い集団一

つ ま り中流階級 一の

典型的な特徴 と して ,最 も極端に標準語形が求 め ら

れ る よ うな状況 で ,最上層 の 集団や更に構造的規範

さえ 超え る よ うな頻度 で ,標準語形 が 現れ て い る

(こ れ は,「過 剰修 正」 hypercorrectionと呼 ばれ る

現象であ る).

図 3 社会指標的機能を持ち,発話状況の フ ォー

  リデ ィ に関連 して規則的に頻度が変異する言語形

  (ラ ボヴの云うマーカー)と社会階層の相関関係

 特に ア ン グ ロ ・ア メ リカ の よ うな個々 人 の 流動を

許す形で 階層化 さ れ た社会で,

ラ ボ ヴ (1982)な ど

の 社会 言語学者は , ま さ に こ の 種の 統計的変異を 明

らか に示す結果を得た.こ の よ うな社会で は,言語

一 90一

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的な標準形 と非 ・標準形が生起す る頻度は,あ る特

定 の 「標準性」 の 程度を示す と い う , は っ きり した

社会指標的価値を持ち , また , 話者 の 社会的な 地位

も共示す る. こ の 種の 社会で は標準語 と い う規範に

対 して , あ る種の 「社会言語的な 臼信の 欠如」が感

じられ て お り , こ の 自己不信は , 社会階層の 最上層

に近 い が , 最上層に 属す るわ けで は な い 集団が 最も

強 く持 っ て い る,(こ れ は, フ ォー

マ リテ ィ の 程度

が 異な る状況 によ っ て ,彼 らの 発話する言語形態が

非常 に顕著に変化する事 に示 され て い る.) こ の よ

うな社会言語学的自己不信は,言語 に対する態度 な

ど の 主観的評価に 関す る幾種か の 社会心理学 的調査

結果と合致する事が,過去の研究か ら分か っ て い る.

例え ば,肯定的ある い は望ま しい と見な され る人格

や 地位にか かわ る多 くの 性質 に関 して ,相対的 に標

準語的な 形態を用 い る人 々 を,よ り高 く評価 す る こ

とが挙げ られ る.また,自分自身の発話に お ける非 ・

標準形の 頻度を少なめ に 報告す る一

方で ,標準形 の

頻度は多 い 目に 報告 した り , あ る い は多 い 目 に数え

さえ した り, 更 に は , 完全 に 標準で あ る と報告 した

りさえする こ と,更に 「過剰修正」, っ まり,本当

は標準形 な の だが , 表面的に は非 ・標準的に 見え る

形態を避 けるた め に,例え ば between you  and  Iの

よ うな実は規範的 で な い ,非 ・標準形 を使 っ て しま

う誘惑 に 簡単 に の っ て しまう こ と, 加え て標準と非 ・

標準の差異に 関連する 言語形態 に,ど の よ うな テ ス

ト に お い て も, よ り過敏 に反応 す る こ と , な ど で あ

る.一

般的に 言 っ て ,中流階級 の 下層部か ら中層部

に か け て が ,こ の よ うな 社会言語的 自己不信を最大

限 に示 し,彼 らの 言語形態 の 発話頻度 は,先に 論 じ

た よ うな特徴的な傾斜の 形を示す.

  ま た,男性 と女性 と い う ジ ェン ダーの 対照 を ,こ

の 点 に 照 らし合わせ て 調 べ た時,階層や年齢や民族

な ど,話者達 を各種社会集団 に範疇分 けする他の 変

数 とは独立 して , 同 じ特徴が現 れ る. こ の 意味 にお

い て , ある特徴的な 「女性語」が 存在 し,

そ れ は,

こ の 種の 社会に お い て は現実性を持 っ 現象で ある と

言え る. こ の 「女性語」 とは,標準語 に対する志向

性,つ ま り コ ア サ テ ィ 語に お ける よ う に絶対的,範

疇的に で は な く,確率統計的に 現れ る形で指標 さ れ

る,標準語 と して 明文化された社会規範 に対する志

向性で あ る.男性 よ りも女性 の 方が よ り 「正 しく」

し ゃ べ る と思わ せ る に足 る ほ ど , 社会指標的に 有意

義な頻度に お い て , 男性と女性 の 発話の 体系は,標

準語 に対す る志 向性が違 う の だ.また , それ は , タ

イ語にお け るよ う に言語 の 表面に 公 然 と現れ て お ら

ず, い わば表面下 に 隠れ て い る現 象で あると い える.

標準語化 と社会階層の 間 の 確率統計的な関係を発見

した時に の み,そ の 関係の 体系内で 女性の言語使用

と言語態度の 占thる位置が ,次の よ うな類の 暗黙の

同一一性を持 っ こ とを分か らせ て くれ るか らで あるだ.

つ ま り,こ れ らの 社会に お け る女性の 男性に 対す る

関係 は,社会経済的な階級 の次元に お い て 相対的に

低 い者が , 高い 者に 対 して 持 っ 関係 と同一

で あ ると

い う事を で ある.よ っ て,次の よ うに 言え る か もし

れ な い .最 も 「上手 く」 しゃ べ り,また最 も上手 く

しゃ べ ろ う と志向して い る人々 が,「標準化」 され

た振る舞い や行為が もた らす利得の 慣習的な 理 解に

お い て 最高位に い る人々 が普通 は享受する権力を,

味わ え な い の は奇妙な事だ と云 うふ う に .

  こ の社会 言語的な編制が,普遍的で な く,文化に

特有 の事実 に過 ぎな い こ と は , 比較社会学的研究か

ら明白で あ る. こ の こ と は , 標準化 (故に , 言語使

用 の 「正 しさ」)の 両面,つ ま り ジ ェ ン ダー

の ア イ

デ ン テ ィ テ ィ と社会的地位,両方 の面 に関 して 言え

る.と い うの は,ハ イ ム ズ系の言語人類学者オ ッ ク

ス (1974) が 示 した よ うに ,マ ダ ガ ス カ ル 島の メ リ

ナ語 (マ ラ ガ ス ィ )の 言語文化,「良 い 言葉」 に 関

す る文化 で は,正 し く,あ る い は美麗に さえ し ゃ べ

る の は男で あ り,女性一

そ して 子供 , 及び フ ラ ン

ス 人一

は , そ の よ う に しゃ べ ら な い し, また しゃ

べ るべ きで もな い と さ れ て い る.そ して 同 じ く言語

人類学者 アーヴ ィ ン (1975,1978)が示 した ように,

セ ネガ ル の ウ ォ ロ フ 人 は , 「貴族」 と 「グ リ オ ト」

(「無産の 吟遊詩人」) の 間 に カ ース トを 思わ せ る社

会的区分を持ち,こ の 身分的な ア イ デ ン テ ィ テ ィ と

関連 して,貴族の 身分が高ければ高い ほど,そ の 言

葉 は よ り良 くな い もの とな る.なぜな ら, 正 しく一

そ して , 大声 で , 流 暢に, 飾り立て て

一し ゃ べ る

こ と は,貴族 の 本来的な性質 に あま り似合わな い 仕

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社会言語科学 第 4 巻第 2号

事だか ら, 「グ リ オ ト」に回 され て い る の だ,

 以 Eが , 言語 使用 の 語用論的な事実で ある と思 わ

れ る.言語 の 二 つ の 全 く独立した側面の 対照性に 注

目 して ほ しい .第一

に , 名詞句に おけ る男性と女性

と い う構造的,概念的区分 の 無標 ・有標 の 範疇関係

と して, 言及機能 に 関わ る ジ ェ ン ダ

ーの 体系が 存在

する.第 :に,語用論的 な言語使用 の 体系が ある.

社会的な相彑行為 に お い て 現れ,ゆ え に社会的な相

ig1行為を理 解する の に必 要な,多様な社会的次元の

間の 類推的な関連を指標する価値を, こ の 体系は固

有に持 っ て い る. こ の こ と を確認 した 上 で ,次に イ

デ オ ロ ギー

の 問題 に進 も う.

 言語に つ い て の フ ェ ミ ニ ズ ム の 理 論 , そ して 言語

変革の 為の そ の 分析や規範 , 処方箋 は , 多 くがか な

り抽象的で ,文化的な文脈 を無 視したよ うな 「権力」

の レ ト リ ッ ク で語 られ て い る と は云え,ジ ェ ン ダー。

ア イ デ ン テ ィ テ ィ と社会階層の 間の 語用的な比喩関

係を正 しく, 的確 に捉え て い る よ うに 思われ る. し

か し,こ の 比 喩的関係の 原因で あ る と英語話者で あ

る フ ェ ミニ ス トで あ る英語話者達の イ デ オ ロ ギ ーに

よ っ てが見な され して い る領域は , 言語の よ うな社

会的形態に 関する イ デ オ ロ ギ ーの 作用様式が示す ,

おそ ら く最 も典型 的な歪曲 で あ り, ・ 誤認 の 結果,

そ う見な され て い る に過 ぎな い の だ.と い う の も,

こ の 問題 を扱 っ て きた論考の著者達 は,類縁的比喩

の 原因を,言及 と叙述,男性 ・ 女性 ・ 中性な ど の 名

詞 の 分類,或 い は そ れ に 関連 した言及 ・ 叙述に関す

る い ろ い ろな 事実 な ど の, 言及 機能 の 地平に見出し,

指標的な事実 の 起源が言及 的な 事実 の 中に ある と捉

え て きた の で あ る.更に,言語 に対する イ デ オ ロ ギ ー

的な認知 の 特微を既 に E述 して お い たわ けだが,そ

の 特徴通 りに ,こ こ で もまた,言及の 範疇は,そ の

「自律的な」形式構造に もか かわ らず , 形式的 ・統

語論的な範疇と して 認識 され て お らず 一 ある い は

概念的 ・意 味論的な範疇 と して さ え も認知 さ れ て お

らず 一 直接的に言及的 ・語用論的で あ ると理解 さ

れ て い るの で あ る.つ ま り , 範疇 (タイプ)の トー

ク ン 言語 デ ータ トーク ン が 形式的 に 最 も拘束され て

い な い状況で 起こ っ た時 に示す特定的で,典型的で ,

示差 的な,語用的言及の性質に基づ い て ,言及 の 範

疇 は 理解 され て い る,

 時々, 論考の 著者達 は ,

ジ ェ ン ダ ーの 範疇 の 不均

衡な有標 ・無標関係の よ うな現象を , 語用論的な 言

及 の 問題 として 解釈 し,そ の 「自然」 な , 「本来的」

な根拠を発見す る.例えば次に引用する文が示すよ

う に .「女性 の 状況 に特 に ヒ手 く当て は まる用法 を

持 つ 語 は,『女性だ け』 とい う性質を帯 びる.限定

され た 言語使用 の結果,男に は関係 の な い ,概念的

な 『女性の世界』 に対 して だ け, こ れ らの 語 は使用

され るよ うに な る.っ い最近 ま で , こ の 『女性の 世

界』 は 全 く現実 に 存在 して い た.匚中略コ こ の 『女

性 の 世界』 に ,団結 した 女性,姉妹達 の ,あ る種 の

原 ・言語 が 見 出 され る か も知 れ な い 」 (Carter

l980: 229).だが,例えば次に 引用する文 が示 すよ

う に, こ の よ う な 「女性だ け の 」語, つ ま り女性名

詞の独 自性 一 或 い は 「有標性」一

に もかか わ ら

ず, こ の よ うな範疇的な事実自体が不正 で あ ると い

う, 反対の 感情も頻繁に見受 け られ る.例え ば次に

引用す る文が示す よ う に,「私 は読者 に 自分 自身 で

結論を 匚原文で は,his own  conclusion ]導 き出 し

て 欲 しい.今 こ の 文で 私が 使 っ た言葉に 注意 して ほ

し い .英語 で は 実際 , 誰 もが ,全 て の 人 [every −

body]が , 男で あ る と見 な さ れ て い る の だ 一彼

ら [they]が男性で はな い こ とが 明 らか で な い 限 り

は.そ して こ の 種の 言語使用 は,端的に 言 っ て 馬鹿

げて い る.社会的現実を正確 に反映 して い な い か ら

だ .そ れ が言語 が 果た す べ き最低限 の 役割で あ る に

もかか わ らず」 (Carter l980: 234;英文 の 単語 の 強

調は シ ル ヴ ァー

ス テ ィ ン に よ る). こ れ らの 言説 の

要 に な っ て い るの は , 標準語 は , 「現実 の 世界」 へ

の 真 の 手引書,「現実 の 世界」 に 我 々 が 言及 で き る

よ うに導く真実の, 誤 りな き案内番で あ り,また,

そ うで なけれ ばな らな い と い う見解で ある.これ は,

標準平均欧州 (SAE )言語で あ る英語文化 に浸 っ

て い る我々 自身が , 言語 の 本質 に 関 して 抱 い て い る

一般的,総括的な イ デ オ ロ ギ ー

で あ る.ジ ェ ン ダー

と言葉 の 問題 に 関す る議論は,女性 の 言葉の 独自性

を謳 う側で も,女性 の 言葉 の 被抑圧性を告発する側

で も, こ の 言語 イ デ オ ロ ギーに基づ い て 展開 して き

た.新 しい 「標準語」,新 しい 言語規範 の 主唱者達

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に よ っ て ,上 の 引用文の よ うな文脈 で ,hisを使 う

か,herを使うか と い う選択は,一種 の 病 と して 診

断され,言語問題 とな っ て い る,古い標準的用法を,

我 々 の 英語 の 代名詞 の 体系 (よ り正確に は,照応的

言及の 体系)か ら削除す る こ とが,そ の 処方箋,規

範的処置で あ り, こ の 問題に関連する多種多様 な分

野で ,多 くの 異な っ た処方箋が 出され て い る.

 特定の 言語文化の 内部に 生まれ育 っ た土着 (ネ イ

テ ィ ヴ) の 言語使用者が ,ジ ェ ン ダーの 言語表現 に

対 して 持っ イ デ オ ロ ギ ーと,言及 と語用 の体系が,

相互 に絡み合 い 衝突 し合 う , こ の よ うな事態 は , ま

だ まだ進行中で あ る. しか し,こ の 紛争 の 結果 と し

て もた らされ る言語変化は,大体予測可能で あ る.

お そ らく,言語変化 へ と繋が っ て 行 く歴史的過程の

性格 は , 既にそ の 結巣が 「完了」,我 々 が こ の 言葉

を使 い うる限り に お い て 完 ゴして い ると言え る が ,

か っ て 起 こ っ た英語の 言語変化 と歴史的に比較する

事に よ っ て ,よ り良 く把握で き る だ ろ う,

ひ とつ の パ ラ レ ル : 英語の 人称代名詞

 こ れ か ら考察す る言語変化 は,近代英語の 構造の,

こ れ ま で に 見て きた もの と は 異 な っ た面, つ ま り

「人称」 と 「数」の 局面に 関 して 起 こ り, 現 在の 英

語 の 共時的様態を もた らした もの で あ る.図 4 に 示

した よ うに , 近現代英語の体系は ,

一人株 二 人称

二人称の 区別を 持 っ . こ れ ら は , 談話の ト ピ ッ ク

(言及対象)を談話状況 の 参加者に関係付けて ,「話

者」,「聴 き手」, 「そ れ以 外」と い う よ う に区別す る.

ま た ,一人称に お い て は,単数 と非 ・ 単数 (い わゆ

る 「複数」)と い う数の区分が あ り,三 人 称 に お い

て は , 複数と非 ・複数 (い わゆ る 「単数」) の 区別

が あ る.三人称の非 ・ 複数は , 先に 示 した よ う な図

一人称 二 入称 三人称

単数 1 非 ・複数 She, H 銭 1

非 ・単数 WeYou 複数 They

図 4 近現代英語 の名詞句の範疇 (人称,数  ジ ェ

   ン ダー)

式 に従 い,ジ ェ ン ダーの 区別を示す.少な くと も標

準英語 で は,二人称にお い て数 の 区別は 見 られ な い

こ と に注意 した い .

  こ の よ うな英語 の 体系は,図 5 に示 したよ うな ,

人称 と数 とい う文法範疇が,名詞句 に お い て 取 りう

る , 多 くの異な っ た体系の 中の 可能性 の一

っ に過 ぎ

な い .人称 と い う範疇 は,話者が,「話者」 や 「聴

き手」 と い っ た 状況的,文脈依存的な役割との 関係

で 人 (々 )や 物 (々 )に 言及す る こ とを許す も の で

ある.こ の範疇の ド位範疇は , 図 5の最上部の欄に,

一般に よ く知 られ て い る名称で 示され て お り,そ れ

ぞ れ の下位範疇の 詳細 は t そ の 下に 続 く列に示 され

て い る.図 5 の 両端の 列に は ,三 っ の 異な っ た数 の

タ イプが示 され て い る.(最初の 三 つ の 人称 と , 四

つ 目の 人称 ,つ まり 「三人称」,に対 して , こ れ ら

の 数 の タ イ プ は異 な っ た名称 を付 け られ て い る.有

標 ・ 無標関係が 異な る為で あ る.) こ れ らは , 言及

対象 の 数量 につ い て の 言及を行 うもの で あ る.

 図 5 に見られ るよ うに ,「包括的一

人称」 は , 少

な くと も話者 と聴き手両者に言及す るの で ,必ず非 ・

単数 で あ る.話者と聴 き手以外の 他者を指 さな い 時

に は双数 とな り, 指す時に は複数 とな る.所謂 「排

他的一人称」 は , 単数の 時は話者だ けを指 し, 双数

の 時は , 話者 に 加え て 他者を一

人指 し, 複数 の 時に

は , 話者 と多数 の 他者を指す .同 じよ うに,二 人称

は , 聴き手を中心 に して , 人 (々 )に言及する.単

数 の 場合に は,聴 き手 の み を , 非 ・単数 の 場合に は

聴き手に加え て も う一人 , あ る い は多数 の他者を指

す. こ れ らと違 い, 二 人称 は,必ず しも談話 の 参加

者を含 む言及対象を指す とは限 らな い の で , よ く見

られ る タ イプ の 思考 に従 っ て , 談話 の 参加者以外 の

もの だけ に 言及 し て い る よ うに思 われ て い る.三 人

称 の 範疇は,あ た か も談話行為 の 「他者」 で ある か

の よ うで ある。三人称で は , 単数で はな く,複数が

有標の 数範疇で あ り,言及対象が 「一っ 以上」 で あ

る事を特定的に示 して い る.[訳者註 : 論理 学 や 分

柝哲学,語用論に お い て よ く知 られ て い るよ うに ,

名詞 に よ る言及 は,あ る言及対象 を , 他 の 物体か ら

区別 し,個別化す る こ とに よ っ て なされ る.三 人称

の 言及対象 は言及行為や 談話の外部に あ る為,言及

一 93一

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社会言語科学 第 4巻第 2号

され るまで は談話に お い て個別化され て お らず,よ っ

て 対象を個別化す る言及行為 ,つ ま り単体化が無標

の 言及 行為と な っ て るた め, 単数が 無標 の 数範疇と

な る.一方,三 人称以外の 人称の 言及対象は話者や

聴き手 を中核 と して お り,こ れ らは名詞に よ っ て 言

及され る以前 に,発話行為 自体に よ っ て , そ の 発 話

行為 の 行為者や受 け手 と して ,既 に個別化 され て い

る.故 に,こ れ ら の 人称で は, 既 に 個別化 され て い

る言及対象が単体で ある事を示す言及行為 は有標で

あ り, 結果,単数は有標の数範疇 とな る.] 三 人称

の 非 ・複数 は , 有標 の 双数 と無標の単数に分かれ る.

三 人称が数 の 区別に よ っ て違 っ た形 を持 つ 場合, 単

数形が,単体を示す の み で な く,物 の抽象的な本質

や,ある物の 種類全体を代表する典型,ある い は全

て の 可 能な 言及 対象一

般を示す事,そ して ,抽象的

で 「不加算」 な物を示 す語彙の 範疇で あ る事が , 三

人称 の 単数が無標で ある事を証 して い る.

 図 5 に示 され て い る体系か ら,三人称単数が,全

体系内で最 も無標の 範畴である事が分か る.こ の 体

系か ら演繹で きる言語構造に つ い て の 推測 の 非常 に

多 くを,実際に諸言語 が示す 共時的様態や 言語変化

に お い て 観察す る事が で き る.そ の 内 の一

っ を以下

で 取 り扱 うが ,それ は , 三人称複数 に対 して 非 ・複

数が無標で あ る と い う事実 に 関連 し, 図 4 に あ る よ

うな近現代英語特有 の人称 と数 の 体系 の 発生 を理解

す る の に 必要不可欠 な要件 で ある,

  と い う の も, 近現代英語 の 人称 と数の 体系に 関 し

て 気付か ず に はおれ な い一一

っ の 特徴 は,二 人称の範

疇に,言及機能や意味論 の 観点か ら見て , 不規則性

が ある よ う に思われ る事だ.一人称に 見 られ るよ う

な単数と非 ・単数 の 区別 , 三人称 に見 られ る よ うな

複数 と非 ・ 複数の 区別が,

二 人称 に は欠如 して い る.

英語は昔か らい っ もこ の よ うな体系を持 っ て い た の

か ? もしそ うで な い な ら,ど の よ う に して こ の よ

うな体系 は発生 した の か ? もしも仮 に言語構造 と

い うもの が ,純粋 に言及 と叙述に関る意味論的体系

で あ る とすれ ば,ある言語が 他の 人称に数の 区別を

設 ける場合,二 人称 に も同様 の 区別を設ける こ とが ,

図 5か らも予想 さ れ る だ ろ う. しか しそ うで はな く,

あ る言語構造 の 文法範疇の 構成の 中に入 り込 み , あ

る い は入 り込 まざ る を え な い よ う な,整然 と した言

及 ・叙述 の 構造的な制約を 「覆す」よ うな,他 の 要

因が あ るの で は な い か ? こ の 近 現代 英語 の 二 人称

の 範疇は,正に そ の よ うな ケ ース に思われ る.実際,

近代イ ン グ ラ ン ドの 社会史や , そ の 中か ら現れた近

現代標準英語 の 形態に こ の 社会史が 与え た特定の 力

の 働き方 と い っ た,は っ きり した歴史的説明項 を,

私達 は持 っ て い る の だ. 二人称代名詞 の 範疇 は , 強

力な社会的価値を持 つ 指標を含む語用 の 体系 に巻 き

込 まれ,イ デ オ ロ ギーの 闘争 と変遷の 強 い 影響力 に

さ らされ た 言語形態な の で ある.

 文献学的証拠 に よ る と,古英語の 二人称 の 範躊は,

近現代英語 よ りも規則的で , 単数,複数,そ して お

そ ら く13 世紀 まで ,双数 の 範疇が あ っ た . ま た,

人称を表す形は格の 区別 も同時に示 し,人称形 に よ っ

て 示 され る対象が,統辞的な節 に よ っ て叙述 され る

特定 (有標 )

包括的(一

人 称〉 排他的(一

人 称) 二 人 称

一般 (無標)

三 人 称

単数

(有標 )

聴 き手 を 除外 し、

話者を指す

聴 き手を指す一

人(個)の

他者を指す

単数

(無標)

非 ・複数

(無標)

双 数

(有標)

話者 と聴 き手

を指す

加 え て 、

一人 の

他者を指す

加 え て 、一人

の他者を指す.

,【呻.貯.「 . 囲

 二 人(個)

の他者を指す

双数

(有標)

非 ・単数

(無 標)

複数

(無標)

加えて、一人

以上 の 他者

を指す

加え て、もう

一人以上 の

他者を指す

加えて、もう

一人以 上 の

他者を指す

多数 の

他者を指す

複数

(有標 )

図 5 人称と数と い う名詞句範疇の 普遍的な可能性 (有標 ・無標関係を明記 した)

一 94 一

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小山 徳地 1 翻訳 言語と ジ ェン ダーの 文化

命題 にお い て , どの よ うな機能を果たすか 示して い

た .例え ば, 主格形が 「主語」機能を,目的格 ・与

格形が い ろ い ろ な 「目的語」機能を表 した.単数の

範疇で は ,二 人称 の 主 格形 は thu で , 円的格 ・与格

形は the で あ り, か な り規則的な音変化に よ っ て ,

こ れ らの 形 は近代英語 の thou や theeと姿を変え て

生き残 っ た.複数 の 範疇で は,占期英語 の 主格形 と

目的格 ・与格形 はそ れぞれ ge ・と e ・ow で , こ れ

らの 形 も近代英語 の ye と you と し て 残 っ た. こ れ

ら の 4 つ の 形態 は未だ全 く忘れ去れ たわ けで はな い

が , you の みが現代 の 標準英語 に残 っ て い る.以 下

に そ の 概略を示すの は , 以下 に そ の 概略を示すの は,

you 以外 の 形態が使わ れな い 事態を導 い た 構造 的 ・

語用的意味の 変化で あ る.

  13世紀に お い て ,ア ン グ ロ ・ノ

ー マ ン ’ フ ラ ン

ス 語 の 文化的優位 の 為,そ う い っ た 文化の 影響 を受

け , 洗練され た言葉を話そ うと した教養の ある英語

の 話者達は ,二 人称代名詞の 使用法の所謂 「丁寧体」

と 「親近体」 と云 う フ ラ ン ス 語の区分を取 り入れた.

こ の, 単数 の 聴 き手を 二 人称単数形か 二 人称複数形

で 指示言及す る と い う区分 の 結果, thou / thee と

ye/you とい う形 は , 厳密に 言及的 な数 の 範疇 に よ

る区別 の 他に , 社会指標的な 価値を 受け持 っ 事 とな

る.イ ン グ ラ ン ド に お い て 上層階層 や出自の良 さ と

結びっ い て い た フ ラ ン ス 語的用法 は,対応する範疇

に直裁 に翻訳 され て 英語 の 使用法に入 っ て来た の だ.

あ る特定の 社会指標的価値を伴 っ て ,(現代) フ ラ

ン ス 語 の tu/te/ton / tien が thOU / thee/ thine

とな り, VOUS / vot 「e/ V・t「e が ye/blOU/「VOU「 (S)

とな っ た の で あ る.

  こ の 問題 に関 して ブ ラ ウ ン と ギ ル マ ン が 1960年

の, 今日で は古典的 ともな っ た論文で示 したよ うに,

話者間の コ ミ ュニ ケ ー

シ ョ ン状況 の 二 っ の 社会的次

元 , 先に扱 っ た タイ語 の 場合に も見 られ た二 っ の 社

会的次元 を用 い , thou そ の 他 (T) と,ンe そ の 他

(Y )の 社会指標的価値 を考察 して み た い .図 6 を

参照 し て 頂 き た い .(以 下で は,

ブ ラ ウ ン と ギ ル マ

ン が フ ラ ン ス 語や ロ シ ヤ 語の 二人称代名詞の 短縮形

と して 用い た T と V の 代 り に,英語 の 二 人称代名

詞 の短縮形 T と Y を用い て い る.) まず第一に , 聴

き手に対 して話者の 持つ 「権力」 (ある い は地位)

の 優勢 。劣勢 と い う次元が あ る.話者 と聴 き手が異

な っ た二 人称形で お互 い に話 しか けるとい う意味で,

こ の次元 は不均衡 , 非相互的な対話関係で あ る.権

力関係で 優位な聴 き手 ,つ ま り 「上位」に あ る聴き

手に は,話者 は Y で 話 しか け (比喩 的に 言え ば ,

い わ ば,申し 「上げ る」),逆 に,劣位,つ ま り 「下

位」に あ る聴 き手 に は T で 話か け る (い わ ば , こ

き 「下ろ す」 こ き 「下ろ す」).図 6で は , こ れ らは

縦 の 矢印 の 向きに よ っ て 示され て い る.第二 に,

れ は特に 地位が対等な者 に 対 して 当て 嵌は まる の だ

が,話者 と聴 き手の 間に 「連帯性」 (人間間の 同一

性,親近感) と い う次元が あ る.話者 と聴 き手が同

一の 二 人称形で お 互 い に 話しか ける と い う意味で ,

こ の 次元 は均衡 な , 相互 的な対話関係で あ る.連帯

性 を持つ 聴き手に は T で 話 しか け,連帯性 を欠 く

聴 き手に は Y で話 しか け る.

 図 6 に よ り一

目瞭然 で あ る よ う に , こ の 17 世紀

迄 の 初期近代英語で 確立 され た 二 人称 の 語用の 体系

も,再び,地位 と親近感の 相反関係を示 して い る.

権力関係で 上位に あ る者 へ の 話 しか け で あ る事を示

す記号 は , 親近 感を示 さず に話 しか け る 記号 と同一

図 6  thee (T)と you (Y )に よ っ て 指標され る談話参与者の権力 と連帯性 (親近感)の 状況 的関係 (ブ

  ラ ウ ン とギル マ ン (1960)か ら)

一 95一

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社会言語科学 第 4 巻第 2号

で あ る.公的な 言語,っ ま り真に個人的で はあ らず

社会的地位 の ア イ デ ン テ ィ テ ィ に依拠せ ね ばな らな

い よ う な,連帯性を持た ない者の間で な さ れ る コ ミ ュ

= ケ ーシ ョ ン の 言語が ,な ぜ 二 人称 の 言及 に Y だ

けを用い て い たか は 臼明で あろ う.また , なぜ上層

階級 の 人 々 や , よ り一

般 に は 出自の 良 い 人 々 が,自

らの 地位の 指標と して お互 い に Y で 呼 び合 っ た か

も自明 で あ ろ う.(二 人称 の 体系 の 将来 に , こ れ は

重 大な意 味を持っ 事 に な る.)大体 1600年まで に は,

話者 と聴 き手の 間で 相互 に Y で 呼び か け る爭が ,

文化的 に 洗練され た 使用法とな り, 「上位階層」 や

「出自の 良 さ」 と い っ た社会的指標価値を もつ よ う

に な っ て い た.Y 形 に よ っ て指 し示 され る こ う い っ

た状況 的変数が , 転喩的プ ロ セ ス を通 して , (T 形

との 対立 に お ける) Y 形 自体が持つ 社会指標的価値

とな っ て い た の で あ る.

  こ うして ,二 人称代名詞に は一

種の 二 重の 機能的

価値が与え られ て い た の で あ る.一っ は , 聴 き手 を

個人 と して (thou/ theeの 場合), 或 い は彼 (女)

の 集団を発話状況 に 結び付け,限定す る人物と して

(ye/you の場合),言及 し指標す ると い う機能で あ

る.もう一

っ は,複雑 で 相互に 関連 しあ う,多様 な

社会指標的な 意味の 体系 に よ っ て ,話者と聴き手の

問の 権力 (非相互的な T /Y の 使用)及び連帯 (相

互的な T / Yの 使用)関係 を指標す る機能で あ る.

確か に , 形態的な変化が幾 っ か あ る に は あ っ た.例

え ば,

16世紀に 〉,e (主格) と )

iou (与格 ・日的格)

の 文法的区分 が 徐 々 に 失 わ れ,す べ て の 格機能 を

yOU と い う,よ り単一な形で 示す よ うに な っ て い っ

た.

  しか し,二 人称 の指標的使用法の 基本的な体系は

17世紀に 入 っ て も変わ らな い か っ た い .例え ば ,

ワ イ ル ド は以下に よ う に伝え て い る.「トマ ス ・モ

ア卿の 義理 の 息子で あ る ロ ウ パ ーは , 彼が そ の 著名

な父親に つ い て書 い た伝記 の 中で ,モ ア が , 伝記 の

著者,つ ま り 『わが 若輩息子 ,ロ ウ パ ー

』 に話 しか

け る時に は thou や theeを用 い ,伝 記 の 著者が ト マ

ス ・モ ア 卿 に話 しかけ る時に は you を用い て い る」

(Wyld  1920: 330). ブ ラ ウ ン と ギ ル マ ン (1960)

もまた,二 人称 の 使用法 の 社会的次元を映 し出す多

くの 例をあげて い る が , こ の 中に は , 1603年に ウ ォ

ル タ ー ・ ラ レ イ卿 (1552?−1618) が 反逆 罪に 問わ

れ た裁判で ,法務長官 エ ド ワー

ド ・コ ウ ク卿が , 被

告人 に 向か っ て語 っ た次の よ うな演説 も含 まれ て い

る.「全て が [中略] お前 の [thy] 扇動 に よ る の

だ. こ い っ [thou],こ の 欺 く蛇め . お前 を 私 は

『お前』 と呼ぶ [1“thou

”thee], こ の [thou]売

国奴が.」  言葉 の ナ イ フ で 開 い た傷 口 に 侮蔑 の 塩

を擦 り付け るよ う に, コ ウ ク は低級 な者に 向け られ

る T 形 を繰 り返 し使 うだ けで な く,

バ ン ヴ ェ ニ ス

ト (1966)が い み じ くも 「発話か らの 派 生動 詞」

delocutionary verb と呼ん だ形態を用 い て い る. つ

ま り,thou と い う発話 され た名詞形 の 引用か ら派

生 した動詞の thou を使 っ て い る の だ (“ to [say ,]

‘thou ’ to someone ”

〉“ to thou to someone

「誰か に 向か っ て 「お前』[と呼ぶ ]」〉 「誰 か に 向

か っ て お前る」).こ う して ,普通の洗練 され た社会,

特に貴族の 称号を 与え られ た者 た ちの社会に お い て,

そ して 裁判 と い うフ ォーマ ル な状況 で 当然期待 され

るよ うに は , 聴き手をそ ち ら様扱い せず,お前扱い

して い る事を ,コ ウ クは 言明 して い る. 1649年 の

チ ャー

ル ズー世の 裁判で は , 被告 も裁判長 もお互 い

を均等に rvou (そ ち ら様 ) と 呼 び 合 っ て い る

(Barber l976: 48−50).そ し て バ ーバ ーが 言 う よ う

に,「階層が均衡な者同士の 問の you の 使用 は, よ

り低 い 階層の 者達に よ っ て真似 られ ,社会階層 の 下

方 へ と広 ま っ て 行 っ た.1600年 まで に は,丁寧 さ,

洗練 さを少 しで も自負す る 全 て の 階級 に お い て ,

ンo π は,単数代名詞の,普通の ,無標の 形で あ り,− h

’ thou は , 例えば話者 の 感情や 社会的優位性 と

い っ た特殊な意味を含 む形と な っ て い た 」 (Barber

1976; 210).しか し,1700年迄に は,元来 の 二 人称

単数代名詞で あ る thou の 使用は, もは や 生産 的 な

言語形態 と して の命を終え て い た の で ある,なぜ で

あ ろ うか ?

  イ ン グ ラ ン ドの 17世紀 は,か な り大 きな 政治的 ,

宗教的 , 知的動乱を経験 し,あ る真の 意味 で ,近現

代英語文化の 形成期で あ っ た と言え る.こ の 時期の

最 も重要な変革と思 われ る出来事 は , こ れ ら三種 の

社会機構 の 内 の ,どの 観点か らで も迫 る こ とが で き

一 96一

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小山 徳 地 :翻訳 言語 と ジ ェ ン ダーの 文化

る の だが , 我 々 の 時代 と違 い,

こ の 当時,こ れ らの

機構の 間に 区別は 存在せず,渾然一体 とな っ て い た

事 は明 らか で ある.例えば,興味深 い こ と に,政治

的な闘争 は , 説教壇 か ら , 国家の 権威と競合関係に

あ っ た多種多様 な プ ロ テ ス タ ン ト諸派 の 役職や セ ク

ト に属する者が行 っ て い た。知的な生活はと い えば,

他の どん な者 に も負けず劣らず,大学 や そ の他の 場

所で な され る聖 職者の 発言に彩 られ て い た の で ある.

 こ の よ うな 17世紀 の 込み入 っ た 状 況の 中で ,一

体 どれ が我 々 の 議論に 直接関連 し て い る社会史的な

動流 で あ るか を判別す べ きで あ ろ う.(Haller 1938、

Hones 1953, Barber 1976 な どを参照の こ と.)まず

最初に,宗教的な言説が,神 の, あ るい は神以外の ,

「真理 , 真実」 の性格 を問題化 した.そ して , こ の

真実が,人々 と世界と の 関係に 入 り込 む言語 な どの

象徴体系 におい て,い か に 表象 され て い るか,或い

は,され る べ きか と云 う事が 問題 とな っ た.程度の

差 こ そ あれ,多様な プ ロ テ ス タ ン ト の 信仰 は全 て ,

神の 真実 を個 々人の 内に あ る もの と した.こ の 結果,

組織が公式に 与えた 「真実」 に,民衆 を羊の如 く従

わせ る事が で き るよ うにと確立された教会儀礼を通

して 入念に練 り上げ ら れ た い か な る形式的な教義 に

も匹敵す るほど,民衆や民衆以外の 入々 の, 個人個

人 の 経験 ,つ ま り彼 らが言語 など に よ っ て 表出 しう

る個人的な体験が,プ ロ テ ス タ ン トに と っ て 重要 と

な っ た. こ の よ うな イ デ オ ロ ギーが

, 進展を続け る

反 ・教会組織 の 言説 の 中に一度現 れ て しま え ば,

「ローマ 」的な権威に 抗す る,イ ン グ ラ ン ド土着 の

政治的に是認 され た英国国教会 の 確立 と い う次元 を

超え出て ,こ の イ デ オ ロ ギ ーが持 っ 方向性を,次の

よ うな所 に まで 貫徹する の を防ぐ もの は何 もな い.

っ ま り,い か な る教会や国家の 権威 さえ,個人の宗

教的な一

そ して 非常 に危険な事に , 市民的な 一

体験や信仰が持っ 心霊感応 的な 実感や,「真実」,に

反する もの と して , 異議申 し立 て の 対象 とす るま で

に な っ て きた の で あ る.そ して 現実 に , 我々 が今 目

な ら 「極左」 と で も呼ぶ よ うな人 々 が , 平等主義と

個人的 自由意志の イ デ オ ロ ギ ーを そ の 限界,そ して

限界 の 彼岸まで 押 し進めた. イ ン グ ラ ン ドの 17 世

紀 は , 王,宮廷,教会な ど の 組織の 権威 と,個 々人

の 経験的な体験 と呼び得 る もの の間で の,一連の 継

続的な闘争 と して 展開 した の で ある.言語一

表象

の意識と, そ の 意識の 対人的伝達 の主要な体系 と し

て の 言語 一は , 幾 っ か の 仕方で , 政治宗教的 ,

して 知的領域の 再編制に 巻き込 まれ た の で ある.

 第一

に, こ れ は ヨー

ロ ッパ 大陸 に 見 られ た 動向と

足並 み を揃 え る もの で あ るが,英語が単 な る地域の

方 言で はな く,

一個 の 「言語 」, 英国の 独 自性 を 表

象す ると い う象徴的な 価値を伴 っ た言語 で あ る とい

う意識が現 れ た.一

個 の 言語と して の英語 に と っ て,

文法や,文体 。話体,修辞な どが , ラ テ ン 語 , 古代

ギ リ シ ャ 語,古代 ヘ ブ ラ イ語等 の 権威ある言語 に と っ

て と同 じ ほ ど問題 とな っ た.(Jones 1953: 272−323,

Michael 1970, Barber 1976: 65−142を見 よ.) こ れ

らの 古典的な言語に代表され る既成秩序 の権威 一

特に ラ テ ン 語で 書かれ た ス コ ラ哲学の 晦渋な修辞が

示す病的な異常肥大 の 如 き特徴 に よ っ て 代表さ れ て

い た,教育的,知的,宗教的,市民社会的権威一

こ の 伝統的な権威に 対す る反抗を行 うの に適 した伝

達手段で あ る と して,英語 は時が進む に つ れ て ます

ます見な さ れ る よ う に な っ て 来た の で あ る.

 こ の結果,「真実の 」経験科学, つ まり当時 「自

然哲学」 と呼ばれ て い た学を確立 しよ うと奮闘中で

あ っ た ベ ーコ ン 主義者達が , ラ テ ン 語とギ リ シ ャ 語

を拒絶 し, 修辞的な 装飾 に 覆わ れ て い な い 平明な英

語 を推奨す る運動を推進 した こ とは驚きに値しな い.

修辞的な補飾 は,「真理」や論理 , そ して言語 の 外

に 存在す る世界を , 万人が経験的に, 実践的に 手に

入れ る の を防ぐ悪 しき障壁で ある と,彼 らは見な し

た か らだ.こ の 運 動の一

っ の 到達点 で あ る 1660年

の 王立学会の 創立 は,言語な ど の 象徴的な表象 と外

的な経験的真実 との関係の 問題に 焦点を当て , 学会

は厳然た る権威を も っ て ,科学的な言説 に お ける平

明な英語 の ス タ イ ル を善 しとす ると決議した.1667

年 に , こ の 自然哲学者の 集団に っ い て,主教 トマ ス ・

ス プ ラ ッ トは , そ の 著作 『ロ ン ドン 王立学会の歴史」

で 次の よ うに描 い て い る.「だか ら,彼 らは 最 も厳

密 に,文体 ・ 話体にお け る肥大,脱線,膨張を全 て

拒絶 した.最 も厳密に , 原初的な純粋 さ と簡潔 さへ

と回帰 した.あ れ ほど多くの物 に つ い て ,同 じ ぐら

一 97一

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い の 数の 多 くの 言葉が 使われ て い たあ の 時代 に で あ

る.彼 ら は会員 に 厳 しく要請 した.親 しみ やす く,

飾 り気な く,自然な 話 し方を.直裁な表現 を.明瞭

な意味を.土着の,地に足 の っ い た平易 さを.で き

る だ け数学的な平明さ に 森羅万象を近づ け る よ う に

と (Barber 1976: 132か ら転載). ス プ ラ ッ トが 外

延へ の 表象の 問題を太字体 (原文で はイ タ ッ リク体)

で 強調 して い る事 に留意 した い .語が物を表象する.

そ して , こ の 表象関係に お い て ,真理 を直裁に表 し

伝え る事が で きる ,つ ま り真理 に 向か っ て 開かれ た

透明な窓に な っ た , 「数学的」 な平明 さを持 っ た英

語を通 して , 科学的な言説 は真理 へ の 道を突 き進 む

の で あ る.

 注 目す べ き は,まさ しくこ の よ うな言語観が , 清

教主 義の多様な 「水平化運動」,平等 主義運動 の セ

ク トに も現れ る事 で あ る.彼 らは,古典の 教養や修

辞的装飾を ,い わ ゆ る平明体英語で 表 され る個人的

な信仰 の 真 の 栄光 を妨げる , 既成の 高慢な宗教的権

威の 邪悪な業で ある と考えた.主流派で ある支配階

層 の 既成の 英国国教会主義や,後に 現 れ た長老派 に

対抗す る こ れ ら の セ ク トの役割に つ い て,

ハ ラ ーは

次 の よ うに 言 っ て い る.「彼 らの 主 な重要性 は,彼

らが ,清教徒 の 説教一

般,聖 書の 翻訳 と出版,読 み

書 き能力の 広が り に よ っ て ,確実 に 進行 して い た イ

ン グ ラ ン ド社会 の 民主化 の 兆候で あ る と い う事で あ

る.運動 の 全体が志 向 して い た 究極 の 目標は , 聖 書

の 読者で あ る民衆 と い う基盤の 上に,社会を再編成

す る事に あ っ た の で あ る.カ ル ヴ ァ ン 主義は , 既成

の 体制 の 階級的区分に対抗す る,貴族制 の 新た な 基

準を設定す る事に よ っ て ,こ の 運動が 前進する の を

助 け た . しか しま た,カ ル ヴ ァ ン 主義 の 内部に は,

平等主義 の 観念 も暗に存在 して い た.こ の 平等主 義

は,貴族制の 枠組み の 内部に留ま るもの で はな く,

説教者が民衆 に伝道せ ね ば な らな い と い う必 然性の

為に , 常 に前面に押 しや られた. [中略]神の 恩 寵

に よ る選 びと救済が,それを本当に欲 した者に は誰

に で も于に 入 る と い う ふ う に考え な い こ と は難 しく

な っ て きた .更に,唯一

の 真 の貴族 は精神 の 貴族で

あ り,い か な る人間 の 判断 の 基準を も超え て い る と,

カ ル ヴ ァ ン 主義の 説教師が一

度認 め て しまえば,神

の み が誰 が優れ て い る か 分か る の で あ る か ら,社会

の 中の 全て の 人が同 じよ う に扱わ れな ければ な らな

い と宣 言す る方向に大 きな一

歩 を踏み 出 した事に な

る.確か に , 説教師の大多数自身も, 失い た くな い

地位と名声を持 っ た専門家 の 知識人で あ っ た の だか

ら,内部改革 は推奨 して も,国教会の 体制自休は保

持する とい う考え に固執 し, 彼 らの 教条が持 つ 破壊

的な含み が あま り に極端 に ま で 押 し進 め られ な い よ

うに 全力を尽 く しは した.だが , 彼らの 考え の 前提

は認め る と し て も , 彼 らの 中か ら, そ して 彼 らの 周

囲か ら,改革の 緩慢な進行を待ち きれ な い 多 くの 性

急な個人が現れた こ とは,全 く自然な事で あ っ た」

(Haller 1938: 178)。最 も過激 な 神学が示唆 した の

は , 聖職者で は な く俗人 に よ る平等主義で あ り, 分

離派的思考で あ っ た.っ まり,国教会 の 組織 に は関

係な く,信仰の み に よ っ て 神へ と結ばれるよ う自発

的に契約 した個々 人 の集団 と して の 会衆 と い う考え

で あ る, ハ ラー

が 言う に は , 国教会か らの 分離主義

は,「清教徒 の 信仰 と教条が持 っ 宗教的個人 主義 の

極端な表現で ある,こ の個人 主義 は,全 て の 人間を

神 の 前で 急激に 平等化す る もの で あ っ た.更 に , 国

教会に異議を唱え る説教者達 は,た とえそれ が ど の

よ うな者で あれ,で き る限 り多 くの 人 々 を改宗させ

る事を望ん で い た し,実際,い かな る平等化 に よ っ

て も,失 うよ りも得る物 の方が人 きい だ ろ うと考え

た人 々 ,っ ま り平民 ・貧民層 の 内に , ますます多 く

の 改宗者を見出 した.[中略] そ の 結果 , 清教徒 の

説教者達の 主流派に国教会で あれ ほど辛辣に反対さ

れ は したが,神学的に は t カ ル ヴ ァ ン 主 義が倫理 ・

社会面 に お い て 持 つ 最 も重要 な含意 の 自然 な表現で

ある二 っ の思想,っ ま り万人 に 与え られた 普遍的な

恩寵 と自由意志 と い う思 想は , 清教徒 の セ ク トの 中

で 開花 した 」 (1938: 181).そ して , こ れ ら の 思想

が特に 華を咲か せ た の は, 兄弟団一

或 い は彼 らが

17世紀半ば迄 に そ う呼ばれ る よ う に な っ た名称で

言 えば, ク ウ ェーカ ー教徒 (心霊感応者達)

一 に

お い て だ っ た. ク ウ ェーカ ー達 は

十朋 英語を身に 纏

い , こ れ を彼 ら が信 じ た絶対的な 真理 の 指標 と した

の で あ る.

 実際,兄弟団 の 創始者で あ るジ ョージ ・フ ォ ッ ク

一 98一

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小山 徳地 : 翻訳 言語 と ジ ェン ダーの 文化

ス (1624−1691)の攻撃対象 の一

っ は , 上述 した よ

うな既成 の 指標的価値を持っ ye や you と い っ た 代

名詞の 用法な どの言語行為の 持つ 象徴的意味に関わ っ

て い た.兄弟た ち に と っ て , 聴き手へ の 服従 ・尊敬

や , ス タ イ ル の 洗練な ど の, bleや yo 膨 の 発 話が 持

っ 指標的価値 は , 神 の 前で の 万民 の 市民的平等 に 真 っ

向か ら対立す るもの だ っ た.初期 の ク ウ ェーカ ー

指導者達は , こ の 問題 にっ い て多 くの断定的発言 一

っ ま り , こ の 指標体系に つ い て の彼 らの イ デ オ ロ ギー

的な 「合理 的」解釈一

を行 っ て い る.彼らが解釈

する と こ ろ に よれば , 代名詞 の 用 法は,物の 「自然」

で , 本来的で ,神聖な秩序 に対す る真実 と誤謬の 問

題とな る.17世紀中葉 の ク ウ ェーカ ー達 は , 二 人

称単数には必ず thou や thee を用 い ,  yθ や blouは

徹底的に使用を避 け た .こ れ は 当時の イ ン グ ラ ン ド

の 社会 に お い て ,衝撃的で ,無礼で ,侮辱的な用法

で あり,「高慢」 で 「身の 程知 らず」 の 宗教的 ・市

民的権威に向か い,疑 い よ うもな い挑戦状を叩 きっ

ける よ う明瞭に意図 された もの だ っ た.

 ク ウ ェーカ ーが thou や thee で聴 き手に話 しか け,

そ して 話 しか け る事を推奨 した時 に,彼 らが利用 し

た の は , こ れ らの 言語 形態が ,英語訳 の 聖書で 使わ

れ て い て , そ の 使用法 は T と Y の 亅’寧な 対人的使

用 と異な っ た語用機能 の領域 を持 ち続 けて い た と い

う事実で あ る. こ の た め,ク ウ ェーカ ー教徒は,紛

れ もな く地上に再び現 れた,神の 書 , 聖書の 民で あ

る事に な る.即 ち, ク ウ ェーカ ーが T 形 で 聴 き于

に 話 しか け る時,そ の 指標的な含意と して,彼 らは,

自分達が,他 の ど の よ うな人々 よ りも 一 特 に , 王

に属する権威よ りも一 多 くの正 当性を持 っ 者で あ

る と称 して い る の だ.代名詞の もう一

つ の 機能体系,

っ ま り丁 寧 さの 体 系で は,王 は必ず T 形で は な く

Y 形を使い, そ して Y 形で 呼 ばれ る に 違 い な い 事

に注意 した い.「Thou と Theeは高慢な肉体 に刻 ま

れ る辛辣な傷で ある」 と,ジ ョ

ージ ・フ ォ ッ ク ス は

日記 に書 い て い る.「そ して こ れ ら の 虚栄 の 民,彼

らは神やキ リス トに はそ う話しか けなが ら,自 らそ

の よ うに 話 しか け られ る事 に は耐え られ な い .そ し

て 我 らは , しば しば鞭打たれ,虐 げられ る.時に は

死 の 危険に さえ曝 され る.た だ,高慢な人 々 に こ れ

らの 言葉を使 っ ただけ で .彼 らは言 う,『何 だ と.

こ の 無礼な 道化師が .私 に 向か っ て Thou だ と.』

ま るで ,キ リス ト教徒 の 躾 が,人 に You と い う事

に あ るか の 如 く.そ ん な作法 は,彼 らが着者達 を教

育するた め に使 っ て い る い か な る文法書や教科書に

も書か れ て い な い の に」 (1919 [1694コ ; 381−382),

1660年 に な る と,彼 らの 追従 者で あ っ た ジ ・ ン ・

ス タ ッ ブ ズと ベ ン ジ ャ ミ ン・

フ ァーリ ィ と共著して,

フ ォ ッ ク ス は 『先生や教授の ため の単数 と複数 の 楽

しい学習書 : た くさ ん だ っ た ら You ,

一人 だ っ た

ら Thou ,単数 は一

っ だ か ら Thou , 複数は た くさ

ん だか ら You』 を出版 した. こ れ は教養人 に 向け

て 書かれ た本で , 『楽 しい 学習書』(Battledore) と

は幼 い 生徒た ち の 初歩の 読本だ っ た か ら, こ の タ イ

トル に は道 徳的な 皮肉が 込 め られ て い る わ けだ.こ

こ で の 著者達の 議論は,神か ら与え られ た 「聖書に,

全 て の 言語の 正 しい用法,作法が残 され て い る」 と

い う前提 か ら出発す る (Fox ,  Stubs

,  and   Furley

1660: 20).数 と い う言及的範疇 に っ い て ,当時知

られ て い た多様な言語を調 べ, 著者達 は,単数の 人

に話 しか け る時に は必ず thou を使 う事 の 神聖 な正

当性 と, you 形 の 使用 の 逸脱性 を立証 し,  you 形 の

使用 の 責任 は,究極的 に は,道 を誤 っ た既成の プ ロ

テ ス タ ン ト,例え ば長老派,更に は ロー

マ 教皇 に あ

る と責あ立て た.

  こ れ は注目す べ き, しか し予期で きる 「合理的」

解釈で あ る. こ こ に あ る の は,「非 ・言 及的な T /

Y の 指標的用法が , 比喩的に, 言及的な語用 と して

字義通 りに 直解され て い る」 と で も言 うべ き事態で

あ り , 更 に,こ の 解釈過程に お い て ,数 と い う言及

的範疇が,決定的な役割 を果た して い る.単に彼 ら

がある特定の T / Y の使用法自体に反対 して い ると

い う問題で は な い.そ うで は な く, 彼 らが , 数 とい

う範疇に,純粋 に言及的な真実 の み を求め, 見出し

て い る事が問題 な の で あ る.更 に こ こ で 気付か な け

れば い け な い の は,彼 らが,数 と い う範疇を,示差

的な言及 に よ っ て 他の対象物か ら区別 されて指示 さ

れ る典型 的 な 対象と して ,彼 ら が 数 と い う範疇を事

実上理解 して い るとい うこ と で あり (彼 らの 本の副

題を参照),更 に,図 5 に示 した よ うな,二 人称 と

一 99一

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社会言語科学 第 4巻第 2号

三 人称に おける数の 有標 ・無標関係の 違い に対 して

全 く無 自覚で あ る事で あ る.有標 の 一人称や 二 人称

に 対 して ,三 人称は 無標の 人称で あ る.ま た,話者

や聴 き手 と言 っ た発 話状況 に 実在す る対象 を指標 ・

言及す る一人称や 二 人称 と違 っ て , 三人称 は , 我 々

が 「合理 (主 義)的」解釈を行 い, 発話状況に 不在

の 「他者」,例えば 「美」,「徳」,「一角獣」 など の

名詞の 外示な ど の 不在物を抽象的に実体化す る時に

用い る人称の 範躊で ある.非 ・言及的な T / Y の 社

会指標的用法が,比喩的に , 言及 的な語用 と して 字

義通 り に 直解 さ れ た 上 で ,表 9 に あ る よ う に , こ の

無標で,合理 的解釈の 言わ ば温床 で あ る r 人称 の 数

の 体系 に 基 づ い て , 有標の人称で あ る 二 人称の T /

Y の 使用区分が理解 され て い る.ブ ラ ウ ン とギ ル マ

ン (1960)が 「権力を示す you」 と呼ん だ もの は,

基本的に,そ して一義的に単数 で あ る thou の 誤 っ

た,そ して 高慢 に も自惚れ た 「複数化」 で あ ると理

解 され た の で あ る,な らば,一体い か な る権利を持 っ

て , そ して.・.一体 い か な る比喩的真理 を持 っ て

,ど の

よ うな一

個 の 他者が,複数形 で言及 され よ うか.二

人称 の 非 ・単数は , 三 人称の 複数 と,言及に 関 して

一義的 に 等価 で あ る と 見 な された の だ.

  こ の よ うに して ク ウ ェーカ ーの 平明な話法が,彼

らを取 り巻 く大 きな イ ン グ ラ ン ド社会 の 規範 に 対 し

て 持 つ 指標的価値 は以下の よ うに な る.図 7 に示 し

たよ う に , 兄弟た ち に と っ て , thou は 二 人称単数

代名詞 と い う言及価値を持 つ と同時に,社会指標的

には , (1)まず,話者と聴き手の 間で均衡に , 双 方

向的 に使われた場合は,話者 と聴 き手の特定の イ デ

オ ロ ギー的,宗教的集団へ の帰属 (っ ま りク ェーカー

と して の 彼 らの 団結)を指標 し,(2)次 に話者 と聴

き手の 問で 非均衡 に,一

方的に使われた 場合に は,

言語 の フ ォーマ リテ ィ (つ まり丁寧さや服従心)を

通 して 地位を示す と い う社会慣習を ク ェーカ ー教徒

と して話者が支持 して い な い 事を指標す る.

T − !l鱗驚 膿llvs .  Y : 発話者や聴き手に と って , こ れ らの 価値 を

     全て 持 た な い.

図 7  ク ウ ェーカ ーの 平明な話法の 指標的な価値と

  言及的価値

 対照的に , 彼 らを取 り巻 くよ り広範な社会 で は,

T の 双方向的使用は , 先に 見た よ うに,親 しい者同

十 の 団結 , 同志意識 , 友愛 , ある い は親密 さを示す

非常 に 目立 つ 有標記 号で あ り,他方,一方向的使用

もまた,地位の 格差を疑 い よ うもな く示すため に,

非常 に有標 で あ っ た. こ う して , 表 10が 図式的 に

示 し て い る よ う に, 語用 の 二 極化が起 こ り, か っ て

の T / Y 体系 は,新た な種類 の 指標的価値を 与え ら

れ る事となる.話者の ア イ デ ン テ ィ テ ィ を示す指標

的価値を.一方向的用法は , 兄弟 たち と彼 ら以外 の

者達 に と っ て ,全 く逆の 価値を持ち, 論争 の 種とな っ

表 9   「権力」に 関する比喩的用法を言及 的語用 と して 直解する :無標の 言及機能か らの 類推的比喩

三 人称の 「数」

(他者に つ い て 言う)

二 人称 の 「数」

(ある他人に つ い て 、

 そ の 他人 に 向か っ て 言 う)

「一つ 」

有標 の 逆 と 、つ ま り

有標の 範疇を含まな

い と一

義的に解釈さ

れた無標

「一人の 聴 き手」

 (thee/thou)

    対    「一っ 以 上」

4 − 一 一 一 一→ ・ 有標

対 「一人以 上 の聴 き手」

  (ye/yOU)

一 100一

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小山 徳地 :翻訳 言語 と ジ ェン ダーの 文化

た.旧来の T / Y の体系を使 っ て 兄弟達 に thou で

話 しか けた で あ ろ う人 々,っ まり,兄弟達の よ うに

決定的に地位が 下の 人々 に 向か っ て は thou で 話 し

か けた で あろ う裁判官 や他の 王宮の高官達 は,裁判

な ど の 公 的な 場面で は当然,兄弟達 に 対 し て さえ

you を使 っ ただ ろ う. しか し,兄弟達 は こ れ に 対 し

て, 彼ら自身の 二 人称の 体系を使 っ て , thou で 応

え,現世的な,世界内的な高慢や 臼惚れ に対 する挑

戦を表現 したで あろ う !兄弟達 は双方 向的に T を使

う.だか ら,こ の セ ク トの 団員で あ ると勘違 い され

な い よ うに , 他 の者達は,そ の 使用 を避 けなけれ ば

な らな い ,兄 弟達 は 双方向的な Y の 使用を避け る.

だか ら,他の 者達 は,それ だ けを使わ な ければな ら

ない.結果 と して , 新 しい体系が生 まれ る.話者が

ク ウ ェーカ ーで あ る事を指標す る語 用 と し て , T は

社会的な規範 に よ っ て 完全 に見限り打 ち捨 て られ,

Y の常 な る使用が採択 され る. こ う して ,英語の規

範における構造的,ある い は形式的な変化が成し遂

げら れ た の だ.

表 10 T / Y 体系の 変遷 に 関 す る旧体 系 と革新 的

  体系の 比較

イ デ オ ロ ギーの 烙印の 付 い た体 系ノーマ ン征服後の 旧体系

ク ウ ェーカー 非 ・ク ウェーカ ー

一方的Y 「上」/Tr 下」

双方的 ・団結  T

双方的 ・団結 な しY

 要約 しよ う.他 言語 で あ る フ ラ ン ス 語か らの 借入

に よ っ て ,ある特定 の形式 的 ・指標的区分が英語に

導入 され た結果,そ れ まで 普遍的な , そ して 言語特

殊的な構造的規制に よ っ て 組織 され て い た英語の 形

式的言及範疇の 使用法が屈 曲す る.や が て , こ の 屈

曲を経た語用法は,公 的権威の 道具 と して の フ ォー

マ ル な標準語 とい う新た に沸き起 こ っ た イ デ オ ロ ギー

に よ っ て 強化 され る.こ れ に 対 して , 平等 と個人的

啓示 と云 う別 の イ デ オ ロ ギー

が , こ の 語用法 の 指標

的区分 を問題化する.こ の イ デ オ ロ ギー

は,標準語

な ど よ りも っ と根本的な標準を打ち立て ,指標的慣

習を含む全て の 語用が こ の 標準に 従わね ば な らな い

と断定す る.そ の 標準 と は,言語 の 持っ 表象的価値

の 教条, 言語範疇の 内に一義的な真理が 宿 る と い う

教条で あ る.従来の 語用法の 区分 は,まさ しくこ の

教条と は IE反対の もの で あると非難 されるの で ある.

上に 分析 したよ うに, こ の よ うな言語観 言語 イ デ

オ ロ ギー

は , そ の 特徴 と して ,無標 の 言及範疇 の 構

造 に まず 目 を奪わ れ,そ の よ う な言及 範躊か らの 比

喩的類推 に よ っ て ,指標的語用 を言及的語用 と して

字義通 り に 直解 し,こ の 比喩 に よ り語用法を 「合理

化」す る. こ こ に 見た特定の ケ ース に限 っ て 云えば,

こ の よ う に非常 に 強 くイ デ オ ロ ギーに 介入 され た語

用法 は, こ の 革新的な イ デ オ ロ ギー

の 見解と決定的

に 違 っ た方向に向か っ て , 構造的規範 と して の 言及

範疇の体系 自体を変化させ る性質の もの な の で ある,

(マ ッ ク ス ・ウ ェーバ ー

の あま りに も有名な カ ル ヴ ァ

ン 主義 と資本主義 の 史的相関関係の 社会学的分析を

想起して い ただ きた い.)

指 標的 ・ 言及的イデ オ ロ ギーの 比喩,そ して 改革へ

の 処方箋

 イ デ オ ロ ギー

的な言語 解釈は, こ の よ うに,構造

的形態 と指標的語用 の 交点で 言語 に接 し,こ の 交点

を通 して 言語に 入 り込ん だ.そ して ,当時非常 に熱

を帯 びた状態 に あ っ た ,言語形態 の 指標的意 味の

「比 喩化」 に緊張をもた らした.こ の 緊張の 解消 は ,

構造体系そ の 物 を,一般に 言語使用者が予測 して い

な い よ う な新 し い 体系構成へ と動か すよ う に 思われ

る.

 言語 と ジ ェ ン ダー

にかかわ る現在の 状況 は , こ の

17 世紀 イ ン グ ラ ン ド の 例 と多 くの 相似点 を持 っ て

い る.イ デ オ ロ ギーに 色づ け られ た認識は,話者の

ジ ェ ン ダーと地位の 指標記号 の 間に 文化的な相似を

直観す る.そ し て ,確率統計的 な ジ ェ ン ダー

の 社会

指標性 を,ジ ェ ン ダー

と い う言及範疇の 内 に 誤認 し,

こ の言及範疇に基づ い て 社会的地位 の不均衡を字義

通 りに 直解す る. こ う して ジ ェ ン ダーと社会的地位

の指標記号 の 間の 文化的相似 を,比喩的な同一

関係

に変形する.確か に, 行為と態度 に お け る 日を惹 く

よ うな標準語化 は,男が する と女性性が匂わ され て

い ると認知 され,逆 に,目を惹 くよ うな非 ・ 標準語

一 101一

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社会言語科学 第 4 巻第 2 号

の 使用 は,女が す る と男性性が匂わ され て い ると認

知 され る.だ が,こ れ らの指標的価値と取 り組む こ

と の 目的が 何 で あ れ,所謂 「性差別な しの 言語」を

目指す分析と処方箋 は,我々 が 言語使用の 確率統計

的傾向で ある と確認 した指標的事実を改革する手段

と して ,意味 ・言及の 体系 自体の 範疇的改革 に焦点

を当て て 来た の だ.か く して,

イ デ オ ロ ギ ーに 傾倒

し確信を抱 く者達が採る改革 の 二 っ の 基本的な途 は

次の よ う に な る.(1) ジ ェ ン ダーを示すい ろ い ろな

社会的役割 の 用語の 語彙的中性化 (例えば,ω α iter

(男の 給仕) と ω αitress(女 の 給仕 ) は ,  server

(給仕) に 中性化され る), そ し て (2) あ る一

定の

状況で の ,ジ ェ ン ダー

を示す照応的代名詞の 中性化

(例え ば , he (男性代 名詞) と she (女性代名詞)

は ,何某か の 規範的な形態 に 中性化 され る), こ の

二 っ の路線 で あ る.

 第一の 改革は,ジ ェ ン ダーの 意味範疇の存在自体

に は , 実際に は関わ っ て い な い .こ の 改革 は,形式

的な ジ ェ ン ダー

の 接辞 とい う明確な,露骨 に 目に 見

え る形で 現れ た表現を持っ 意味範疇の 内の幾 っ か の

例 に だ け関わ っ て い る (ω αit(e)r一と い う語幹 に 付

け られ た り,付 け られ な か っ た りす る 一ess と い う

接辞を参照).そ し て , こ の よ う な 形式を 持 っ 表現

は ジ ェ ン ダー

示差 的な言及で あ る と解釈さ れ て お り,

男性 と女性の 「明 らか な」平等 さ に 関係が な く,あ

る い は有害で ある とさえ , イ デ オ ロ ギ ーに 見な され

て い る. こ の,

イ デ オ ロ ギー性を帯び た , 単 に語彙

的に過 ぎな い 語用 改革は,語 用論的 に 云 うと言わば

「不発」や 「乱用」 に終わる危険が あ る一

方,範疇

を維持す る働 きを再活性化 さ せ る力 もあ る.革新的

な名詞 は,根本的に は,単に 有標の 女性名詞の後任

と して ,言語 に 取 り入れ られ るか も しれ な い か らで

ある.例えば,か つ て の ch αirmαn に代 わ っ て 現れ

た ch αirpersonは , 「男性」 に 示 差的に 対立 し て

「女性」を指す よ う に使われ る事が あ る.或 い は ,

革新的な名詞は ,

一群の 派生語 の 語幹と して , 旧来

の 名詞に 急に取 っ て 代わ り,結果 と して ジ ェ ン ダー

の 範 疇 を再 生 させ る か も しれ な い . 例 え ば ,

serveress は, ジ ェ ン ダーに 関 して 中立 と意 図 され

た 新語 server か らの , ご く稀に で は あ るが 実際に

観察された こ との あ る造語形で あ る.

  こ れ に対 して , 第二 の, 代名詞 の 改革は , 言語 の

文法体系に お け る ジ ェ ン ダー

の 範疇の 標示を直撃す

る.言わば,あ る特定 の 状況で照応的に使用 され て

い る , 構造的に無標の 男性形 he/him/his(以 後,

H と略す) の 示差的な言及 の 「真理」価値に , イ デ

オ ロ ギ ーが奇襲をか ける の だ. こ の よ うに して , 表

面 に 見え る形で 明確に分節され た言語形 H が, (こ

の 種の 文で は人 はH を使 うか , 使わな い か , どち ら

かな の で )確率統計的な形で は な く,範疇的な形で,

言語使用 に お い て 存在す るか , しな い か と云 う違 い

が ,改革者達 と の イ デ オ ロ ギ ー的連帯が存在す るか ,

しな い か と云 う違 い の 指標に変え られ る.照応的体

系,っ まり言及継続体系 の 既成 の 機能を利用 して ,

言語の 中に もう一

っ 別 の 新たな指標的対立が作 られ

た わけ で あ る.図 8 に示 した よ う に,イ デ オ ロ ギ ー

に傾倒 した改革者達に と っ て, H 形の 使用は,規則

的な照 応体系の 予測可能 な結果 (cf . The student …

He … 「生徒 [総称]は… そ の者 [男性名詞]は…」

)で あ るだ けで はな い .そ れだ けで は な くて ,彼 ら

に と っ て H 形 の 使用は,意味的な 「人」.般 や 外延

的な人類全般 を表す事は あ りえず , 意味的な 「男性」

や外延的な男 を一義的に 指す事が で きるだけで ある.

そ して ,そ の 結果 H 形は,改革派集団 の 平等主義 の

理念 一及 び, こ の 規範理念に よ っ て 規定され て い

る 「真理」 一

との 連帯を欠 く者と して 話者を指標

す る.お まけに , T / V の 区分 の 場合に つ い て 上に

見た よ うに,い か な る言語使用者も, 社会的利害 ・

関心 の あ る話 し手達に よ っ て は イ デ オ ロ ギ ー的に判

断 され て しま うと云 う拘束服 (ス ト レート ・ジ ャ ケ ッ

ト) の 如 き事実か ら,こ れ らの 憐れな使用者達 を救

い 出す事が で きる有標 ・無標 の 不均衡関係は , 語用

    先行 の 名詞句を前方照応 (指標)す る ;

    概念的男性 に,そ して 示差的 に 外延的男に

    言及 す る ;H =    話者 の 性差別に関す る社会的意識が 低 い ,    或い は,話者が 男女平等主義 に 敵意 を抱 い

    て い る等を指標す る,

図 8  イ デ オ ロ ギ ーに傾倒する集団に と っ て,近現

  代英語 He/ Him/ Hisが持 つ 指標的 ・言及的価

  値

一 102一

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に お い て は存在 して い な い .

  しか し何が, H の代 わ りに , 連帯を指標する形態

として 処方 され る の か.こ こ で ネイ テ ィ ブの 話者達

は 自分達が デ ィ レ ン マ の よ うな物に突 き当た っ て い

る事 に気付 く. こ の 困難か らの 構造的抜け道 は,未

だ範疇的規範と して確立 されて い な い .明 らか に,

英語の 文法範疇にあ る構造的不均衡 の た あ に ,「示

差的な照応言及 に お ける平等と い う真理 ・正 しさ」

が,悩 ましき問題 とな るの だ, こ の問題の根幹 は,

単数男性 の 範疇が , 概念的 「人」 に つ い て 何か を伝

え る普通 の 文で ,限定的な情報が な い事を示す基本

的な手段 の一

っ である とい う事実で ある (表 2 と図

2を見よ.)例 えば,周知の Man  is mortal , but he

… 「人の 命に は限 りが あ る. しか し彼は…」 の he

を , 論理 学者達 は 人類全 体を外示す る もの を して ,

こ れ に全称記号∀を付ける.こ うしたわけ で , 次の

問題が生 じる.ジ ェ ン ダーの 中性化を意図 しなが ら,

単数の, あ る い は よ り厳密に は概念的な 「非 ・複数」

の, 語彙 , 単語,な い し標準的表現 を使 う場合,H

形が イ デ オ ロ ギー

によ っ て付 け加え られた指標性を

持 っ と い う事実に直面せ ね ばな らな い 言語使用者達

は , そ れ で は一

体ど の よ うに,既出 の ト ピ ッ ク に前

方照応的言及をすれ ば い い の か.多様な解決策が提

案 され,描出され て きた.こ れ ら は多岐に 亘 る.例

えば (1)書き言葉 とい う伝達手段で しか 使え な い

新語の 照 応代名 詞 8/ he ; (2)言及的 に 厳密 な ,

ま るで 論理 学者達 が使 うよ うな離接的照応代 名詞

he or  she ; (3)文が照応代名詞を必要 とする度に ,

he と she を順番に交替 して 使 う方法 (こ れ に は我々

の 内の 殆ど , ある い は全員が 持 つ 即時的な 自己 モ ニ

タ ー能力 の 限界を超 えるもの が必要とされるだ ろう)

; (4)概念的 「人」 の ト ピ ッ ク に関す る ジ ェ ン ダー

の 有標 。無標関係を全面的に 逆転させ , she を ジ ェ

ン ダー中立的,且 っ 概念的 「女性」 の範躊 と して 使

う方法 ; (5) thay が俗語で 不限定 を示 す時 に 使 わ

れ て い る とい う事実を利用 しなが ら,概念的 《人》

の ト ピ ッ ク に関す る数 の 有標 ・無標関係を全面的 に

逆転 させ , 複数形の 名詞を た だ限定 の 欠如を示すた

め に使 う方法, 等.

 所謂 「男女平等的用法」 と矛盾 しな い 構造的規範

の 可能性が こ れ ほ どあ る事 は,特に次の よ うな理 由

で 興味深い.具体的に は,イ デ オ ロ ギー

の 影響を受

けた使用法が言語体系 に介入 し, 言及範疇に 基づ い

て 指標範疇を隠喩的に 直解 し, 言語構造 の 「軽病」

を診断あ る い は発見する と云 う, こ の一連の過程 自

体が , 実は, 疑 い よ うも無 く語用的疾病 を創出する

過程一

あ る い は既に ある語用的疾病を接種 し, そ

れ に 伝染する過程一

で ある の だ.こ の よ うな発見 ・

創出は , 全 くも っ て政治的過 程 で あり,そ こ で は,

言語 使用者 の 意識 に 映 っ た言語が ,範疇的 と化 した

社会指標に 関わ る実践的闘争の媒介とな る.明 らか

に ,こ の過程 は意味 ・ 言及的体系 の 構造的規範の 性

質 に影響を与え る で あ ろ うが , 問題は,ど の よ う に

影響 を与え るか で あ り,これ は複雑であ る.おそ ら

く構造的規範に と っ て 「最善の 」男女平等的指標の

用法 一っ ま り, もう既 に俗語 に おけ る前方照応語

用法 に入 っ て お り, また言語体系 の 普遍 的な 規制を

最 も犯 して い な い よ う に思われる,上 で 五 番目に 挙

げ た方法 一を考察する事 に よ っ て , こ の 複雑性の

幾 っ か に 光を当て る こ とが で きる だ ろ う.

 チ ヌーク語な ど の 多 くの 言語 に は,一般的に 他動

詞 ある い は行為動詞 の 主語 の 位置に 現れ る談話の ト

ピ ッ ク が,「人間」,あ る い は少な くとも 「意思 を持

っ 物」 で あ る場合 ,こ れ らの ト ピ ッ クを不限定な物,

つ ま り そ れ以上 の 情報は 特定 さ れ て い な い 物 と して

談話 に導入 す る為 に 使 う事が で きる,範疇的 に は三

人称複数の 代名詞形があ る.例えば , 英語で は,偏

執狂的な They are  out  to get me 「誰か が 私を 狙 っ

て い る」な どが そ の 例で ある.俗英語で は,既 に か

な り前か ら,似 たよ うな範疇の 形の 使用が,主語の

位置か ら,言及継続 (照応) に 関わ る非 。主語の 位

置 に広が っ て い る.特 に,複数名詞に か か る所有格

修飾語に , 不限定な 先行詞に照応す る 三人称複数代

名詞が 使 わ れて い る .示 差 的 な 言及 の 複 数性 が

everPt (全て ) と い う修飾語 に よ っ て 示唆 され て い

る不限定 の 主語, っ ま り everyone ,  everybody ,

every + [名詞], 等を先行詞 とす る照応代名詞か

ら始ま っ て ,そ こ か ら類推的延長に よ っ て ,他の 不

限定の主語を先行詞とす る場合に も広が っ て行 っ た.

例えば,Everyone put  on  their SCαrves 「誰 もが 自

一 103一

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分 の ス カ ーフ を巻 い た 」 な どが あ り,或 い は こ こ で

scαrves の 代 り に scαrf と言 っ て も,俗 語 の 用法 で

は完全 に 問題が な い し,多 くの英語の 話者に と っ て,

おそ らく標準的で あ りさえする だ ろ う.every 一を含

む不限定名詞か ら, こ の 使用法 は ,  《複数》概念 よ

り寧 ろ概念的 《人》或 い は 《動物》 へ の 言及 の 不限

定性を強調す る any 一とか some 一な どを 含む 不限定

名詞 に広が っ た.明 らか に , こ の 時点 で ,齢 の と

their 一 そ して ,あ る人 々 に お い て は them 一が ,

一般 的な情報 しか 示 さ な い 不限定形 と して

,二 人称

の you と your に 並ぶ よ うに な っ た. こ の こ と は ,

例えば次の よ うな コ ン ピ ュー

タ使用 マ ニュ ア ル の文

章 の ,三 人称代名詞か ら二 人称代名詞へ の 移行に 見

受け られ る,(こ こ で は,範疇的 な レ ヴ ェ ル で 人称

を変換 す る事に よ っ て , 報告か ら命令 へ の 転換が な

さ れ て い る.)「こ の フ ィーチ ャ

ーを取り除い た時,

デ ータ の 断続 は 止ん だ.残念な が ら, こ の 事が意味

して い る の は,ど の 人 も [everyone ]確実 に 次の 事

を しな けれ ばな らな い と い う事 で あ る.っ まり,彼

らの [their] デ ータ ・ボ タ ン を押 すか ,あ る い は

あ な た の lyour]末端 を オ フ に して ,そ うす る事

に よ っ て あ な た の [rvou「] コ ネ ク シ ョ ン を ち ゃ ん

と遮断 しな ければ な らな い 」 (『テ レ ・デー

タ』 (シ

カ ゴ 大学), 2巻 : 5 号 , 1982 年 12 月). こ の 節 の

主語 everyone の 不限定性 一 つ ま り, マ ニ= ア ル

の 著者 , 受 け手,そ して他の こ の地域的な コ ン ピ ュー

タ使用者共同体に属す る人々 全て を含むよ うに 明 ら

か に 意図 され て い た と思 われ る every 、one に よ る 言

及 の 不限定性 一 を考慮す れ ば, そ して , 所有格 の

修飾語 は,暗黙 に 了解済み の 所有者や場所を明示す

る以上 の役 目は殆ど果 たさな い とい う事を考慮すれ

ば 明 らか な よ うに,著者は以 下の よ うに も言い え た

はずで あ る : 「...どの 人 も [every  one ]次 の 事を

確認 しなけれ ばな らな い とい う事で あ る,匚the]デ ー

タ ・ボ タ ン を押すか,あ る い は [the] 末端 をオ フ

に して , そ うす る事に よ っ て [the] コ ネク シ ョ ン

が ち ゃ ん とサーヴ され て い る か確認せ ね ばな らない .」

 っ まり,三 人称複数 の 照応代名詞は , 範疇的な内

容が は っ きり特定 され て い な い 場合, ある い は時に

は,た だ の限定冠詞が示す範疇的内容以 ヒの 何物 も

全 く特定 され て い な い 場合 に ,言及継続 (照応関係)

を示 す形 と して 談話で 使われ る と い うふ うに ,文法

化 され て い る事 は 明白で ある.そ して ,まさに こ の

よ うな場合に お ける,性差別的な照応代名詞 H の 使

用が,イ デ オ ロ ギ ー的に 傾倒 した 者達 に と っ て ,最

も不快な 出来事で あ る こ と も明 ら か で あ る.だ か ら,

照応代名詞 の 先行名詞で 「男性」 や 「女性」 の概念

が既 に 明 らか に示 され て い る場合な どで はな く,こ

れ らの 場合が , 改革 の 焦点とな っ て きた.例えば ,

H に 対す る修正案 と して ,The  worrt αn put on  their

coat とか ,更 に は,  A ω orn αn put on  their coat

など と い っ た物を提案す る者は あま りい な い よ う に

思 え る.男性名詞が僭越 に も, 他 の 場所で は概念的

に 「人」 で あ る 談 話の ト ピ ッ ク を指す為 に 使 われ て

い る と い う信条が,改革者 の 攻撃 の 前提で あ る こ と

を思 い 出 して 頂 きた い.単なる,先行詞 と代名詞の

問で の ジ ェ ン ダー

の 照応的一

致 と い う範躊的必要性

自体が , 問題 と な っ て い る よ うに は 思 われな い .

(H を使 うとい う不躾な指標行為 に 対 す る,極端 で

実施で きるわ けが な い 解決策の一

っ は,明 らか に ,

明示 的な照応的言及 継続を無 くして しま う事で は あ

る の だ が ,)寧 ろ,図 2 を想起 して 構造的 に 考 えれ

ば,問題 は実 は,不限定 の 動作主 they と 不特 定

の ,属的意味を持 っ 照応 代名詞 their (them ) の 構

造的機構を , 「単数動物」 と云 う新たな,異な っ た,

明示的な 範疇を表現す る為 に使 う事に収斂する と分

か る で あろ う.男女平等主 義の 言語イ デ オ ロ ギーが ,

言及 の 「限定 ・不限定」, 「特定 ・不特定」,「特定お

よ び配分的 ・属的」等の 多様な量 的範躊を全 く区別

して お ら ず,イ デ オ ロ ギ ーが 照応的言及 継続の 仕方

を規範的に処方 して い る 「単数動物」 と い う範疇を

表現す る為 に , 特定 の 量 的範疇を持つ r 人称複数代

名詞 の 機構を使 う事に 問題の 所在が ある の だ.有標

の 複数 と有標 の 女性 と い う, 有標 ・無標 の 不均衡を

持っ 伝統的な英語 の 体系は,無標の H (単数男性)

で こ の 「単数動物」 と い う範畴を表 して 来た.「ジ ェ

ン ダー

」 に つ い て 限定 しな い 言及継続 (照応) の た

め に they /their/ them を照応代名詞 と して使 うと

い う提案 は,実際問題 と して , こ の 伝統的な用法を

転覆 して しまおうとする, they/their/them と い

一 104一

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う明示的な 言語形態 は , 文法範疇の 観点か ら見れば,

幾 っ か の非常に 異な っ た使用の 領域を持っ 事に な り,

更に は,当然予想 され る形式的区分の部分的中和化

(neutralization ニュー

トラ ラ イ ゼ ー シ ョ ン ) の 結

果,言及継続 の 体系に お い て 前代未聞の,滅茶苦茶

な明示的区分 の 構造が現れ る よ うに な る だ ろ う.っ

まり,指標的形態 TH (thay/their/ them ) は ,

それ が 有標 ・無標体系内で い っ もな が ら占め る位置

を保つ に も関わ らず , 時 に は複数を特定的に言及 し,

時に は単数動物を特定的 に 言及 し,時に は不限定を

(ある い は動作主 も)特定的に 言及 す るよ う に な る

で あろ う.こ の よ うな 「局部的な」形態素に よる解

決策 は , 複雑な言及継続 の統辞的経緯を持っ 談話 に

お い て 「全面的な」混乱を直裁に招 くだ ろ う.

 他の い ろ い ろ な改革案も吟味 して ,そ れ らが , 関

連 する英語 の形態が持 っ 数多 くの 意味的 ・語用的機

能に 対 して ,い か な る結果を もた らす か調 べ る こ と

もで き る.所謂 「非 ・ 男女差別的」談話 の 形態を考

案 しよ うと い う こ れ らの 試み は,普通 ,最大限に 不

快な H を消 し去ろ うとする. しか し,そ ん な事を し

よ うと して み て も, あ る特定 の 進行中で ある 談話 の

文脈に お い て , 限定性を不限定性か ら区別 し, 単数

を複数か ら区別 し, 最初 の 集団を次 の 集団か ら,次

の 集団をそ の 次の 集団か ら, そ して , それをま た …

N 番 目の集団か ら区別 し (全て範疇的に は 三 人称で

ある こ とに 注意)等々 の 必要 な区別を付け る為に は ,

多数の 修正をせね ばな らず , それ らの 修正 が多様 な

構造的困難を引 き起 こ す こ と に 気付 くだ けで あ る.

指標的な違反で あると宣言 して H の 使用を禁 じる方

が , それ が 巻 き起 こ す混 乱 に 対 して 構造的に安定 し

た 解決策を処方する よ り も容易 い .なぜ な ら,一度

H 形が 無標の 一般的範疇で はあ りえ な くな っ たな ら,

多数 の 統語 的体系 が問題 化す る か ら だ . H / TH

(或い は,H / ? ?) の ケ ース は,言及 ・ 叙 述 の 体

系と して の 言語の 構造的な中心に か な り近 く,機能

的に も偏在 して い るた あ, T /Y の ケ ース ほど代替

案が単純で は な い .そ して ,い か な る種類 の 安定が

得 られよ うとも, それ は英語の構造的規範に,T /

V の ケ ース よ り, も っ と深遠な結果を もた らす だ ろ

う.

  しか し,こ れ ら二 っ の ケ ース に は共通 点が あ る.

イデ オ ロ ギ ーは,ある特定の ,構造的に 決定され た

指標的語用法に焦点を当て , こ の 語用法が ,そ の イ

デ オ ロ ギーの伝達媒介と して は欠陥が あ る と見な し

た.一ヒで ,こ の語用法 と何か他の構造的に決定され た

語用法 との 間に , 緊張 した指標的対立を作 り出す.

他に こ こ で扱 う事 もで きた例す べ て と同 じく,こ れ

らの 二 っ の ケ ース は ,ソ シ ュ

ール (1960 [1916] ;

30f.)が パ ロ ール と呼び,私た ちが パ ーフ ォ

ーマ ン

ス (チ ョ ム ス キー  1965:4) と呼ん で い る も の は ,

実 は , ミク ロ 次元 の 実時間で展開 して い る複雑で 双

方向的な関係で あ る事を 示し て い る.

 程度 は い ろ い ろ異な る が,言語構造 の 語用 に おけ

る現実化で ある言語形態 は,た とえ い かな る物で も,

使用者 に と っ て , か れ らが意識的 に は っ き りと認 識

して い よ うが い ま い が ,多重 の 指標的価値を持 っ

(Silverstein 1982 参照).こ れ らの 指標的価値の

殆どが意識 されて い な い . しか し,示差 的 ・一義的

な言及 の使用の 価値を通 して 歪曲 して 認識 さ れ た構

造 の 類推物 あ る い は比喩 と い う形 を と っ て ,指標的

価値は普通,使用者の 意識 に 一llる.そ して , 言語が

ど の よ うに な っ て い る の か , そ して ど の よ う に ある

べ きか と い う事に につ い て の 社会的利害を 持つ イ デ

オ ロ ギ ーを 刺激する.そ うな らば,ある意味 に お い

て ,理 論的な抽象で あ るに もか かわ らず,構造 は,

予測 で きる よ うな使用価値を 「決定」す る と言え る

だ ろう.なぜ な ら, 構造に よ っ て 既 に決定 さ れ て い

る使用価値一

つ ま り,示差的で一

義的な 言及の 構

造 一 を論理 的 ・時間的な前提 と して 用 い, こ の n・j

提を基盤 に して 言語使用を類推的 ・比喩 的に 理解 し,

そ の よ う に して 言語使用を , 構造的 に 決定 さ れ て い

る使用価値に帰 して しま う傾向を,使用者の 言語解

釈が持 っ か らで あ る.っ まり構造的に先 に決定され

て い る使用価値が言語使用に投影 され る傾向が,使

用者の 言語解釈 に 見 られ る か らで あ る.指標表現 の

「真理」 は , そ の よ うな 比喩の一

例で あ る.

  しか し逆 に , 使用 され て い る い かなる言語形態 も,

また同時に行為で ある.即 ち , 言語形態の使用者 に

と っ て , そ の 形態が将来に 指標 と な る よ うな,結果

や効果を 生み 出す行為で ある.言語使用 に お い て ,

一 105一

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い か に そ の よ うな結果や効果が達成され て い る か,

そ して される べ きか に っ い て の 「メ タ」言語意識は,

完全 な物で はな く, あ る制限を持 つ .つ ま り, そ の

よ うな言語意識を ど の 程度 まで 使用者 自身が言語的

に表現 しうるかに よ っ て ,そ の言語意識 は制限され

て い る.具体的に は,ど の 程度まで ,言語意識が指

標的結果や効果を正確に把握で きる の か , そ して,

ど の 程度ま で,そ の よ う な 意識 の 言語的表現 は,使

用 され て い る言語形態か ら分離する こ とが で きな い

の か.こ れ らの程度 に よ っ て ,意味 ・言及機能 を持

っ 言語構造 の体系が,意識的な使用の事実か ら抽出

され うる仕方が 決定 され うるの で あ る.そ れ な らば,

構造的範疇の 将来の 形 は, しば しば イ デ オ ロ ギ ーに

よ っ て色づ けされ て い る言語意識 と,結果を生み 出

す使用価値 ,こ の 両者の 間の相互作用 に よ っ て 「決

定」 さ れ て い る と言え るだ ろ う.構造的範疇が , 言

語 使用と い う社会的行為に おけ る言語意識を通 して

生み 出され た効果や結果が持っ一

貫性 に よ っ て 動か

され,凝 結 させ られ て い る限 りは.

 そ して , 共時態 と呼ばれ る ミ ク ロ 次元 の 実時間 一

つ ま り歴史 の 短期的な 「ひ と こ ま」一 に お い て も,

あ る い は , 私た ちが こ こ で 強調 して きた よ うに ,通

時態 と呼ばれ るマ ク ロ 次元の 実時間 一つ ま り長期

的な歴史的連続体 一に お い て も, こ の よ うな双方

向的な弁証法が,言語 の 事実を , 分離不可能な言語

全体 の 事実を,そ して そ の 全体 の 中で 最 も微細な,

最小限 の事実を さえ も構成 して い るの で あ る.

謝 辞

  こ の 論考は,[1985年 の 出版に先立 っ 脱稿時か ら

見て ]過 去数年間に 亘 っ て ,以 下の 四っ の 表題で発

表 され た関連 した草稿 を改稿 し,あ る点に お い て は

加筆 した も の で ある.(1)「誰 が 言語を 編制す るだ

ろ うか ? 言語伝達に お け る直観 権威, そ して 政

治』,ヴ ァ サ ー大学 ,

マ ス ユー ・ ヴ ァ サ ー 。 レ クチ ャ

, 1981年 10 月 22 日 ; シ カ ゴ大学,人類学部 セ ミ

ナー

, 1982年 5 月 10 日 ;南カ リ フ ォ ル ニ ア 大学,

言語学部 セ ミ ナ ー, 1982年 10月 11 日 ; (2) 『言

語 と ジ ェ ン ダーの不均衡 : 構造, 語用,イ デ オ ロ ギー

(の 交差す る領域)』, シ カ ゴ 大学 , 女性研究へ の ア

プ ロー

チ に つ い て の ,一般教養の 為 の フ ォーラ ム で

の セ ミ ナ ー,1983年 1 月 11日 ; (3)『言語 と ジ ェ

ン ダーの 文化 : 構造,語用,イ デ オ ロ ギーが交差す

る領域』,ジ ョ

ージ ア 大学 , 人類学部 と言語学科,

コ ロ キ ア ム ,1983年 2 月 24 日 ;マ ッ ク ス ・プ ラ ン

ク心理 言語学研究所, セ ミ ナー,1983年 10月 25

日 ; (4)『言語と ジ ェ ン ダー』, シ カ ゴ

,ニ ア ・ノ ー

ス ・ユ ニ タ リア ン ・フ ユ ロ ーシ ッ プ , 1983年 5 月

15 日. こ れ ら の 場 に お られ た聴衆 の 方 々 に 加 え て ,

こ の 稿を書 く過程 で 多岐 に 亘 り価値あ る援助を して

下さ っ た以下の人々 に謝意を表した い : チ ャー

ル ズ ・

ブ リ ッ グ ズ,

ジ ュ デ ィ ス ・シ ャ ピ ロ, デ イヴ ィ ッ ド ・

ゼ イ ガ ー,

エ リ ッ ク ・ ハ ン プ, マ ーシ ャ ル 。サ ー

ン ズ, エ リナー ・オ ッ ク ス ,サ リコ コ 。マ フ ウ ェ ニ ,

マ ヤ ・ピ ッ ク マ ン,スー

ザ ン ・ガ ル ,ジ ョ ン 。ア ル

ジ オ , そ して こ の 巻 匚1985] の 忍耐強い 編者, エ U

ザ ベ ス ・ マ ーツ と リチ ャ

ード ・パ ーメ ン テ ィ ア に.

翻訳 者謝辞

 本稿の 審査 に あた り貴重か っ 有益な コ メ ン トを頂

戴 した査読委員に感謝申し上 げます.また , 本稿を

作成す る に辺 り翻訳を心 よ く許可 して い ただ い たば

か りか,翻訳の権利を得る に辺 り費用を全額個人 の

研 究費よ り支払 っ て い た だ い た シ カ ゴ大学 の マ イ ケ

ル ・シ ル バ ース テ ィ ン 教授 に 心よ り感謝申 し上 げ ま

す.な お,本稿は翻訳 に辺 り,Harcourt Publisher

よ りAl43219 とい う番号で 正式 に許可 を得 て お り

ます.

小山  亘 wkoyamaw @ ba.mbn .or .jp徳池 慎二  tokuchi@po .miyasankei −u .ac .jp

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