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特別号 口腔有害事象と関連性がある 抗がん剤 抗がん剤治療を行う際に、口腔有害 事象と関連がある注意してほしい薬剤 について説明します。 フルオロウラシル(5FUフルオロウラシルは、口腔有害事象で もっとも重篤な口腔粘膜炎を起こす可 能性が非常に高い抗がん剤です。消化 器がんを中心とした化学療法の中でも キードラッグになっているので、ぜひ注意 してください。このフルオロウラシルの仲 間で、合剤テガフール・ギメラシル・オテ ラルシルカリウム(S−1)は、5−FU の 誘導体でテガフールという薬剤を使用し ており、副作用を軽減させ、薬理効果を 発揮させる薬剤です。これは、胃がんや 大腸がんで使用されます。このテガフー ル・ギメラシル・オテラルシリカリウムも 非常に粘膜炎を起こしやすいので注意 が必要です。 1シクロホスファミド(エンドキサン) 粘膜炎を引き起こす薬剤ではありま せんが、外来治療で使用される薬剤の 中でも、白血球を下げる作用があり、肺 がんやリンパ腫で使用されます。白血球 が下がると口腔の感染、慢性の歯周炎 や齲歯(うし)の感染がひどくなるので、 注意が必要です。 2ドキソルビシン(アドリアシン/ ドキシル) ドキソルビシンは乳がん、リンパ腫、卵 巣がんで使用され、高い確率で粘膜炎 が発症します。心臓にも負担を掛ける薬 なので、累積の使用量を量りながら使 用する薬剤です。「口腔粘膜炎は投与 量依存的に増加」する薬剤なので、何 回も投与すると、後半に粘膜炎の症状 が強くなる可能性が高くなります。乳が んAC 療法の場合、治療初期より治療 回数を重ねるたびに粘膜炎が強くなる ことがありますので、外来化学療法では いま、がん患者をケアする上で看 護師には欠かせない知識「口腔ケア」 について、歯科医と看護師、そして歯 科衛生士のチームで積極的な介入を 行なう静岡県立静岡がんセンターの 実践的な取り組みを紹介します。 ラジオNIKKEIの医療関係者向けサイト Medical Library「オンコロジーナーシングセミナー」 http://medical.radionikkei.jp/ons/口腔有害事象と薬剤について 大田洋二郎氏講演より 今回は、昨年1016日と1120日に開催された「オンコロジーナーシングセミ ナー」のエッセンスを抄録しました。下記Webサイトで、講演内容、症例などのより詳 しい解説を資料画面付きオンデマンドにてご覧いただくことができます。 協力:NPO法人キャンサーリボンズ 協賛:サンスター株式会社 ─がん患者さんの「治療と生活をつなぐ」─ 『オンコロジーナーシングセミナー』 1 口腔有害事象と関連性がある抗がん剤(粘膜炎) 分類名と薬剤 特徴 代謝拮抗薬 最も古く臨床応用され 多くのがんで重要な基 本薬剤 ピリジミン拮抗薬、プリン拮抗薬、葉酸拮抗薬などある DNA及びRNA合成に必要な酵素の阻害 がん細胞だけでなく骨髄細胞など盛んに増殖している細胞に 強い活性がある 細胞周期特異的に作用 毒性は骨髄と消化管粘膜に対するものが主 口腔粘膜炎を起こす薬剤が多い フルオロウラシル 5FU1956年に開発 消化器がんでは欠かせないKey Drug DNAの合成に必要な物質の1つにウラシルがあるが、この薬 はウラシルに似た分子構造を持ち、ウラシルの代わりにDNA に取り込まれてその合成を阻害し、抗腫瘍効果を発揮する 大腸癌 FOLFIRI療法:フルオロウラシル+レボホリナートカルシウム +塩酸イリノテカン) FOLFOX療法:フルオロウラシル+レボホリナートカルシウム +オキサリプラチン) 食道癌 FP療法:フルオロウラシル+シスプラチン) テガフール・ギメラシル・ オテラルシルカリウム S1テガフール・ギメラシル・オテラルシルカリウムの3剤配合で フッ化ピリジミンの作用を増強し、消化管障害を抑制 経口抗がん剤(12回)のため服薬管理重要 胃がん補助療法(S1単剤) 転移進行胃がん(S1+シスプラチン)の標準治療薬 2 口腔有害事象と関連性がある抗がん剤(歯性感染) 分類名と薬剤 特徴 アルキル化薬 マスタードガスの研究 から開発された、抗が ん剤の代表的な薬1) 核酸をアルキル化して増殖中の細胞を傷害する ナイトロジェンマスタード系、ニトロソウレア系などがある 細胞周期非特異的に作用 #アルキル化:がん細胞のDNAの原子とアルキル基という原子 集団を置き換えることで、 DNAの働きを阻害、増殖を止める シクロホスファミド (エンドキサン) 世界中で最もよく用いられている抗がん剤の一つ 骨髄抑制強く、吐き気・嘔吐も多く出る(歯性感染症) 発熱、脱毛、出血性膀胱炎 小細胞肺がん(CAV療法:シクロホスファミド+ドキソルビシン +ビンクリスチン) 悪性リンパ腫(CHOP療法:シクロホスファミド+ドキソルビシ ン+ビンクリスチン+プレドニゾロン) 1)第一次世界大戦で使われたマスタードガスの硫黄原子を窒素に置き換えた化合物ナイトロジェンマスタードがX線同様に突然変異を 引き起こす可能性が高いと考え悪性リンパ腫の治療を試み、動物実験の後、抗がん剤として開発

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特別号

口腔有害事象と関連性がある抗がん剤

抗がん剤治療を行う際に、口腔有害事象と関連がある注意してほしい薬剤について説明します。■ フルオロウラシル(5-FU)

フルオロウラシルは、口腔有害事象でもっとも重篤な口腔粘膜炎を起こす可能性が非常に高い抗がん剤です。消化器がんを中心とした化学療法の中でも

キードラッグになっているので、ぜひ注意してください。このフルオロウラシルの仲間で、合剤テガフール・ギメラシル・オテラルシルカリウム(S−1)は、5−FUの誘導体でテガフールという薬剤を使用しており、副作用を軽減させ、薬理効果を発揮させる薬剤です。これは、胃がんや大腸がんで使用されます。このテガフール・ギメラシル・オテラルシリカリウムも非常に粘膜炎を起こしやすいので注意が必要です。(図1)■ シクロホスファミド(エンドキサン)

粘膜炎を引き起こす薬剤ではありませんが、外来治療で使用される薬剤の中でも、白血球を下げる作用があり、肺がんやリンパ腫で使用されます。白血球

が下がると口腔の感染、慢性の歯周炎や齲歯(うし)の感染がひどくなるので、注意が必要です。(図2)■ ドキソルビシン(アドリアシン/ドキシル)

ドキソルビシンは乳がん、リンパ腫、卵巣がんで使用され、高い確率で粘膜炎が発症します。心臓にも負担を掛ける薬なので、累積の使用量を量りながら使用する薬剤です。「口腔粘膜炎は投与量依存的に増加」する薬剤なので、何回も投与すると、後半に粘膜炎の症状が強くなる可能性が高くなります。乳がんAC療法の場合、治療初期より治療回数を重ねるたびに粘膜炎が強くなることがありますので、外来化学療法では

 いま、がん患者をケアする上で看護師には欠かせない知識「口腔ケア」について、歯科医と看護師、そして歯科衛生士のチームで積極的な介入を行なう静岡県立静岡がんセンターの実践的な取り組みを紹介します。

ラジオNIKKEIの医療関係者向けサイト「Medical Library」→「オンコロジーナーシングセミナー」(http://medical.radionikkei.jp/ons/)

口腔有害事象と薬剤について 大田洋二郎氏講演より静岡県立静岡がんセンター

歯科口腔外科

部長

 大田洋二郎

 今回は、昨年10月16日と11月20日に開催された「オンコロジーナーシングセミナー」のエッセンスを抄録しました。下記Webサイトで、講演内容、症例などのより詳しい解説を資料画面付きオンデマンドにてご覧いただくことができます。

協力:NPO法人キャンサーリボンズ 協賛:サンスター株式会社

─がん患者さんの「治療と生活をつなぐ」─

『オンコロジーナーシングセミナー』

■ 図1 口腔有害事象と関連性がある抗がん剤(粘膜炎)分類名と薬剤 特徴

代謝拮抗薬最も古く臨床応用され多くのがんで重要な基本薬剤

ピリジミン拮抗薬、プリン拮抗薬、葉酸拮抗薬などあるDNA及びRNA合成に必要な酵素の阻害がん細胞だけでなく骨髄細胞など盛んに増殖している細胞に強い活性がある細胞周期特異的に作用毒性は骨髄と消化管粘膜に対するものが主口腔粘膜炎を起こす薬剤が多い

フルオロウラシル(5FU)

1956年に開発 消化器がんでは欠かせないKey DrugDNAの合成に必要な物質の1つにウラシルがあるが、この薬はウラシルに似た分子構造を持ち、ウラシルの代わりにDNAに取り込まれてその合成を阻害し、抗腫瘍効果を発揮する大腸癌(FOLFIRI療法:フルオロウラシル+レボホリナートカルシウム+塩酸イリノテカン)(FOLFOX療法:フルオロウラシル+レボホリナートカルシウム+オキサリプラチン)食道癌(FP療法:フルオロウラシル+シスプラチン)

テガフール・ギメラシル・オテラルシルカリウム(S1)

テガフール・ギメラシル・オテラルシルカリウムの3剤配合でフッ化ピリジミンの作用を増強し、消化管障害を抑制経口抗がん剤(1日2回)のため服薬管理重要胃がん補助療法(S1単剤)転移進行胃がん(S1+シスプラチン)の標準治療薬

■ 図2 口腔有害事象と関連性がある抗がん剤(歯性感染)分類名と薬剤 特徴

アルキル化薬マスタードガスの研究から開発された、抗がん剤の代表的な薬1)

核酸をアルキル化して増殖中の細胞を傷害するナイトロジェンマスタード系、ニトロソウレア系などがある細胞周期非特異的に作用#アルキル化:がん細胞のDNAの原子とアルキル基という原子集団を置き換えることで、DNAの働きを阻害、増殖を止める

シクロホスファミド(エンドキサン)

世界中で最もよく用いられている抗がん剤の一つ骨髄抑制強く、吐き気・嘔吐も多く出る(歯性感染症)発熱、脱毛、出血性膀胱炎小細胞肺がん(CAV療法:シクロホスファミド+ドキソルビシン+ビンクリスチン)悪性リンパ腫(CHOP療法:シクロホスファミド+ドキソルビシン+ビンクリスチン+プレドニゾロン)

1)第一次世界大戦で使われたマスタードガスの硫黄原子を窒素に置き換えた化合物ナイトロジェンマスタードがX線同様に突然変異を引き起こす可能性が高いと考え悪性リンパ腫の治療を試み、動物実験の後、抗がん剤として開発

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特別号

(図5)■ シスプラチン(ブリプラチン/ランダ)

シスプラチンは、白血球を下げ、腎機能障害が起きやすい薬剤です。腎機能が悪くなってくると、抗がん剤の血中濃度が上がるため粘膜炎含む有害事象が強く発症します。(図6)■ オキサリプラチン(エルプラット)

FOLFOX療法で使用します。末梢神経障害が強く出る薬剤なので口内炎予防のクーリングは避けるべきです。FOLFOX療法では、基本的には口内のクーリングはおこないません。(図7)■ ベバシズマブ(アバスチン)

大腸がんのFOLFIRI療法、FOLFOX療法に併せてベバシズマブという治療が行われています。この抗がん剤には、出血と創傷治癒遅延の問題があり、歯

注意が必要です。(図3)■ イリノテカン(トポテシン/カンプト)

イリノテカン単独では粘膜炎はそれほど強く出ませんが、下痢の症状が強く出ます。大腸がんの治療法で、FOLFIRI療法やFOLFOX療法という粘膜炎が発症しやすい治療があります。イリノテカンの影響で、FOLFIRI療法の方が粘膜炎が10%高く発症すると言われています。(図4)■ パクリタキセル(タキソール)

パクリタキセルは、患者によっては、口の周りの感覚異常が起こることがあります。患者は「知覚過敏」の症状のように歯がしみると訴える人もいます。外来治療でもこのような症状があることを知っておいていただきたいと思います。

科治療に影響が出ます。この治療を受けている患者が抜歯をする場合には、注意が必要です。(図8)

外来がん化学療法 がん疾患ごとの口腔有害事象のポイント

がん化学療法と口腔の問題を疾患

別にまとめます。(図9)肺がんの患者は、外来治療ではあま

り粘膜炎が起きる印象がありません。一方、白血球が減少して口腔の問題が起こるのは、肺がんの患者が一番多くなります。これは、抗がん剤治療で白血球が下がるレジメンが多いことが原因に

■ 図4 口腔有害事象と関連性がある抗がん剤分類名と薬剤 特徴

トポイソメラーゼ阻害剤

トポイソメラーゼ : 細胞核にある酵素でDNAの複製、合成に関わる酵素(Ⅰ,Ⅱの2つ)トポイソメラーゼⅠ  DNA2本鎖の片側切断トポイソメラーゼⅡ  DNA2本鎖の両方切断、再結合を行い、DNAの複製と合成反応がおこるトポイソメラーゼ阻害薬は、このDNA複製過程を阻害、細胞分裂を停止させ、細胞死へ

イリノテカン(トポテシン、カンプト)

イリノテカンは日本で開発された直物アルカロイドの誘導体副交感神経亢進症状(鼻炎、流涎、発汗、流涙など)骨髄抑制(歯性感染症)と遅発性下痢大腸癌(FOLFIRI療法:フルオロウラシル+レボホリナートカルシウム+塩酸イリノテカン)非小細胞がん(IP療法:塩酸イリノテカン+シスプラチン)

■ 図9 外来がん化学療法 がん疾患ごとの口腔有害事象のポイント疾患名 口腔有害事象の特徴

肺がん

口腔粘膜炎は非常に少ないが、白血球減少による口腔感染症の悪化が非常に多い。BP投与が増えているが、骨髄炎・骨壊死は少ない(予後との関係)。

胃がん ピリジミン拮抗薬(5FU,S1など)のレジメンでは、粘膜炎発症多いS1+CDDPは粘膜炎のマネジメント必須(腎機能障害要注意)

大腸がん

FOLFOX ,FOLFIRIでもFOLFIRIは粘膜炎多く、強い。セルフマネジメント(Gr.2までの粘膜炎)は確実に。ベバシズマブ投与併用時は、歯科治療は要注意。セツキシマブ or パニツマブ単独投与はアフタ性口内炎発症注意。

乳がん

術後化学療法ドキソルビシン中心のレジメンは粘膜炎注意!Gr.2まで、看護師の指導、教育で対応。パクリタキセルの口腔周囲の知覚過敏も。BP剤投与前歯科受診は必須、投与継続中は、口頭で異常確認を。

■ 図6 口腔有害事象と関連性がある抗がん剤(粘膜炎)分類名と薬剤 特徴

白金製剤

現在の抗がん剤治療で重要な役割をもつ。シスプラチンに代表される白金(プラチナ)製剤。アルキル化剤などと同様にDNAの二重らせん構造に結合してDNAの複製を阻害し、がん細胞を自滅(アポトーシス)へ導く。固形がんに幅広く使われるが、悪心嘔吐、腎障害、末梢神経障害など有害事象強い。

シスプラチン(ブリプラチン、ランダ)

抗腫瘍効果が発見された初めての白金製剤。静脈投与だが腎代謝のため腎機能障害が起こりやすい。投与前後に大量の補液が必要で、入院治療になる。投与時のNSAIDsの投与は避ける頭頸部癌化学放射線療法(CDDP +放射線治療)扁平上皮がん以外の進行非細胞がんのファーストライン(DC療法:ドセタキセル+シスプラチン)(NP療法:酒石酸ビノレルビン+シスプラチン)(IP療法:塩酸イリノテカン+シスプラチン)

■ 図8 口腔有害事象と関連性がある抗がん剤分類名と薬剤 特徴

腫瘍周囲の血管新生阻害

血管内皮成長因子(VEGF)を標的、またはレセプターを含めた血管内成長因子レセプター(VEGFR)を含む複数の分子を標的とするマルチキナーゼ阻害薬もある。

ベバシズマブ(アバスチン)

血中VEGFと結合して血管内皮細胞のVEGF受容体の結合を阻害。血管新生を抑制することで抗腫瘍効果を示す。腫瘍組織の間質圧正常化により、腫瘍組織への移行改善。単剤で用いることは無く、大腸癌のFOLFIRI,FOLFOXの治療に併用される有害事象に高血圧、出血(鼻出血)、創傷治癒遅延があるので抜歯時は注意。切除不能大腸癌(FOLFIRI+ベバシズマブ:フルオロウラシル+レボホリナートカルシウム+塩酸イリノテカン+ベバシズマブ)(FOLFOX+ベバシズマブ:フルオロウラシル+レボホリナートカルシウム+オキサリプラチン+ベバシズマブ)

■ 図7 口腔有害事象と関連性がある抗がん剤(神経障害)分類名と薬剤 特徴

オキサリプラチン(エルプラット)

第3世代の白金製剤。シスプラチンの様な腎毒性、難聴がない。投与前後に大量の補液が必要で無く外来治療が可能。末梢神経障害が強い。口内炎予防のクーリングは避ける。大腸がん(FOLFOX療法:フルオロウラシル+レボホリナートカルシウム+オキサリプラチン)

■ 図5 口腔有害事象と関連性がある抗がん剤(神経障害)分類名と薬剤 特徴

微小管阻害剤細胞分裂に重要な働きをする微小管を阻害して、がん細胞を死滅させる。ビンアルカロイド系とタキサン系薬剤がある。微小管阻害薬は神経細胞の軸索輸送に影響を与え、末梢神経障害がおこりやすい

ビンクリスチン(オンコビン)

ツルニチニチソウから抽出された最初に同定されたビンアルカロイド。多剤との併用によりさまざまながん治療に用いられる。とくに小児がんでは、最もよく使用されている薬悪性リンパ腫(CHOP療法:シクロホスファミド+ドキソルビシン+ビンクリスチン+プレドニゾロン)#代謝に肝チトクロムが関与するのでアゾ-ル系抗真菌薬併用は有害事象増強

パクリタキセル(タキソール)

太平洋イチイの木の樹皮抽出液から単離・同定された物質。同じ仲間にドセタキセル(タキソテール)があるが、1回投与量が多く間違える事故があった。脱毛必発。末梢神経障害が特徴的(口周囲の感覚異常、知覚過敏様症状)卵巣癌(TC療法:パクリタキセル+カルボプラチン)

■ 図3 口腔有害事象と関連性がある抗がん剤(粘膜炎)分類名と薬剤 特徴

抗腫瘍性抗菌薬微生物によって産生された細胞発育の阻害物質

アントラサイクリン系、アクチノマイシンD,マントマイシンC,ブレオマイシンなどに分類

ドキソルビシン(アドリアシン、 ドキシル)

1967年 イタリアの研究所で細菌培養濾液から発見DNAとRNAの両方の生成阻害重篤な心機能障害の恐れがあり、障害蓄積量を把握する吐き気・嘔吐の頻度シスプラチンに次ぐ口腔粘膜炎は投与量依存的に増加乳がん(AC療法:ドキセルビシン+シクロホファミド)悪性リンパ腫(CHOP療法:シクロホスファミド+ドキソルビシン+ビンクリスチン+プレドニゾロン)

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特別号

なっていると思われます。このようなことから、肺がんの患者には、抗がん剤治療の前に歯周病、齲歯の治療を終了しておくことが非常に大事です。

胃がんは、ピリジミン拮抗薬(5−FU、S−1など)を使うので、粘膜炎が多く発症します。特に外来治療の患者には口腔ケアの指導が必須です。

大腸がんでは、FOLFIRI 療法、FOLFOX療法がありますが、FOLFIRI療法のほうが粘膜炎の発症率は高くなります。症状はグレード2から3ぐらいですから、看護師から患者へしっかりと情報提供をしてセルフマネジメントを指導することで乗り越えられると思います。治療する医師と支持療法の知識を共有し

て、外来治療のケア方法の統一をしていくことが大切です。

乳がんは、術後化学療法で使用されるドキソルビシン中心のレジメンで、粘膜炎が発症します。また、ビスフォスフォネート剤(以下BP剤)投与前には、必ず歯科を受診させることを忘れないでください。歯科を受診しないでBP剤を一

旦投与してしまうと、抜歯する場合に骨壊死を起こしたり骨髄炎を起こすリスクが高くなり、治療が非常にやりづらくなります。患者には看護師からもぜひ投与前に歯科を受診いただくようインフォメーションをしてください。

口腔粘膜炎と口腔ケア 中島和子氏講演より

口腔粘膜炎の発生機序口腔粘膜炎の発生機序についてご

説明します。(図10、図11)まず、抗がん剤が投与されると、4、5

日程で患者から「口の中が腫れぼったい感じ」や「違和感がある」等の症状の訴えがあります。この時点で、口腔粘膜の細胞の中でフリーラジカルが発生し不安定な状態になっているので、何らかの刺激が入ることで粘膜が容易に傷付いてしまう状況になっています。さらに薬の排泄が悪いと、炎症が進行し、7日目ぐらいに腫れて赤くなったりしみる感じが出てきます。

さらに10〜14日頃の骨髄抑制期に炎症が成立してしまうと、サイトカイン(免疫システムの細胞から分泌されるタンパク質で、特定の細胞に情報伝達をする

もの)が生成され、粘膜炎がさらに増幅してしまい、組織が傷害を起こしびらんや潰瘍形成、疼痛の増強を生じてきます。骨髄抑制期を脱してくると、局所の感染が落ち着き、また口腔粘膜の再生のサイクルに入っていきます。

口腔粘膜炎の評価とリスクファクター

粘膜炎の評価については、有害事象共通用語規準(Common Terminology Criteria for Adverse Events :CTCAE)の「Ver.4.0」を用いています。「1」だと、ほとんど症状がない状態。「2」だと、少し痛みがありますが、柔らかい食事に替えると食べられます。「3」だと、かなり痛みがあり、水などは何とか飲めますが、経口摂取にかなり支障を来していることになります。グレード3以上の場合は重篤な感染症を引き起こす危険性がある状況といえます。従って、できるだけ「グレード2」のところで止め、それ以上悪化させない口腔ケアのセルフケアの支援ができることが、私たち看護師にとっての重要な役割です。(図12)

口腔粘膜炎のリスクファクターについては、まず、口腔粘膜炎を起こしやすい抗がん剤を使用するのか、放射線治療を行うのかなど、どのような治療なのかと

いうところを確認します。患者の口腔内の確認では、もともと歯

周病や齲歯があるかどうか、日常的に口内炎ができやすいか、唾液の分泌が少ない、のどが渇きやすい、歯磨きが習慣化されているか、義歯の不具合がないか、また歯並びも確認します。さらに

は、ステロイドを使用、糖尿病の患者、高齢者という辺りも確認できるとよいと思います。

また、喫煙の影響で粘膜などにフリーラジカルが出るリスクは高いと言われているので、喫煙者には注意が必要です。

(図13)

静岡県立静岡がんセンター

がん化学療法看護認定看護師

中島

和子

■ 図12 【粘膜炎の評価】CTCAE Ver4.0Grade 1 2 3 4 5

口腔粘膜炎CTCAE

v4.0

症状がない軽度の症状治療要さない

中等度疼痛食事変更経口摂取支障なし

高度の疼痛経口摂取に支障

生命を脅かす 死亡

Grade 1 2 3 4 5

粘膜炎診察所見CTCAE

v3.0粘膜の紅斑

斑状潰瘍または偽膜

融合した潰瘍または偽膜:わずかな外傷で出血

組織の壊死自然出血生命を脅かす

死亡

1週目 2週目 day 1   2   3   4   5   6   7   8~~~~ 1 4   1 5~~~ 2 1   2 2~~~ 2 8

3週目 4週目

抗がん剤投与 口腔内に腫脹など違和感の発生

口腔粘膜炎の期間

粘膜炎の発生

口腔粘膜の再生が進み治癒 フリーラジカルの発生

好中球減少局所感染

抗がん剤の直接作用

大内紗也子:口内炎.がん化学療法看護ポケットナビ

口腔粘膜の発赤やしみる感じが発生

紅班・潰瘍疼痛が最も強いピークの時期(骨髄抑制時期)

粘膜炎の増幅組織障害

炎症サイトカイン生成

■ 図11 口腔粘膜炎の発生機序

■ 図10 口腔粘膜炎とは

●口腔粘膜が何らかの原因により傷害、損傷を受ける 所見 : 炎症(発赤・腫脹など)、潰瘍形成、出血 etc 自覚症状 : 痛み、口腔内乾燥、嚥下や会話の困難な状態

粘膜の紅班 潰瘍形成 融合した潰瘍、易出血性

化学療法では、30~40%の割合で口腔粘膜炎が発現する

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特別号

治療を乗り越えるためのセルフケアについて

口腔粘膜炎の場合、患者自身の健康管理、予防によって重症化が防げます。看護師は、患者へのリスク説明や情報提供をした上で、患者自身が選択する健康管理の方法、自己コントロールを支援していくことが役割になります。

明日からできることとして2つ挙げます。■ 口の中を鏡でよく見ましょう

口腔内の観察方法です。口唇、頬粘膜、軟口蓋、舌底部、舌の辺縁をまず見ていきますが、鏡を持ちながら患者と一緒にその部分の確認をしていきます。また、プラークが溜まりやすい歯と歯茎の間、奥歯、歯並びの悪い部分などは歯磨きの状態などを確認し、口の中を見る指導をしていきます。

大切なのは、患者の接触時痛や自発痛、しみるなどの症状を確認することです。また患者自身の言語化を促進し口腔粘膜炎の予兆をつかんでいくことで、悪化を予防し、より質の高いセルフケアにつなげていくことができるようになります。■ コンパクトな歯ブラシの選択

看護師は患者がヘッドの小さな柄の

ストレートの歯ブラシを選択するよう説明しなくてはなりません。特に口腔粘膜炎の発症リスクの高い患者の場合は、この説明は必須です。 (図14)

口腔粘膜炎グレード3での口腔ケア

グレード3の粘膜炎のときの口腔ケアをどうしていくか。重症の粘膜炎の場合は、無理をせず、できる範囲内でケアをしていくということが大切です。併せて、疼痛コントロールをきっちりとすることが重要になります。

グレード3の患者、例えば骨髄移植の患者は、粘膜炎が口腔内全体に出ますが、事前にプラークコントロールがしっかりできていれば感染症を起こすことはほとんどありません。したがって、治療開始前のプラークコントロール、クリーニングは非常に重要になっていきます。痛みが出たら痛みを取り、患者自身で保湿したり保清することができるよう、サポートすることが大切です。(図15)

一般的な化学療法では、30%から40%の割合で口腔粘膜炎が発症します。グレード3にならないように、セルフケ

アをどの時点でより強化し、また患者の苦痛を少なくして継続してもらえるかを考えていくためにも、患者自身が口の中の観察をして、症状体験を言語化し、私たち看護師に伝えてもらうことが重要です。口腔内の観察、歯ブラシの選択から始めて、患者に口の中に関心を持ってもらうこと。看護師としてがん告知後で落ち込み、ショックを受けている状況の中でも、日々 これまで毎日行ってきた歯磨きの継続を通して、口腔ケアについて関心がもてるように支援していけるとよいかと思います。

治療前からプラークコントロールをし

て、口腔粘膜炎が出てしまったら疼痛緩和、保清・保湿のケアを提供していきましょう。重症化することを防ぐことができれば、患者はQOLも維持できる上に、治療薬の投与量も減らさず治療の最大の効果を引き出すことができます。

がん医療で、口腔ケアはとても重要です。緩和ケアの時期、治癒を目的とした治療のとき、手術の後の肺合併症の予防、褥瘡ができないように栄養状態を維持するためなど、治療の内容や時期によって、大変大きな役割を担っているのです。

■ 図13 口腔粘膜炎のリスクファクター

リスクファクター

治療

・口腔粘膜炎を起こしやすい抗がん剤の使用・放射線化学療法(食道がん、頭頸部がん)・放射線治療(頭頸部がん)・絶食

患者

・口腔内の疾患(歯周病、う歯、口内炎etc)・機械的刺激(義歯の不具合、歯列による刺激)・免疫能の低下(ステロイド使用、糖尿病、高齢者、栄養状態不良etc)・喫煙者・唾液の分泌が少ない・歯磨き習慣が適切でない

■ 図15 口腔粘膜炎Grade3での口腔ケア

・ 粘膜に破綻をきたしている場合は、できる範囲でのセルフケアにとどめる。

・ 疼痛コントロール(局所または全身投与)をはかりながら実践可能なセルフケア(含嗽、コンパクトな歯ブラシによるブラッシングetc)を支援する。

・ 口腔粘膜炎が発現するまでにプラークコントロールを良好に維持する。(歯科衛生士との連携)→骨髄抑制期の感染予防につながる。

疼痛緩和

保湿 保清

・ 口腔粘膜炎の重症化⇒口腔内の乾燥・ 口唇、舌や頬粘膜など動きが生じる部位 ⇒開口などの動きで痛みの増強

・ 口腔内の保湿を維持するケアを苦痛なく行うために、しみない含嗽薬を選択することが重要(含嗽剤・スプレーなど)

含嗽剤スプレー

■ 図14 がん治療を受けるすべての方へ 治療を乗り越えるための口のケア 

1. 口の中を鏡でよく見ましょう

2. コンパクトな歯ブラシを選択しましょう

3. 歯ブラシをペングリップ(鉛筆もち)で持ちましょう

4. 歯ブラシを歯面に直角にあてて、 1~2本ずつ小刻みに磨きましょう

5. 義歯のお手入れも忘れずに

歯垢がたまりやすいところは右の4つの場所です。自分でもまず、この場所を確認してみてください。

①歯と歯茎の間 ②歯と歯の間③奥歯の噛み合わせ④歯並びが凸凹しているところ

歯ブラシは、ヘッド(毛の生えた部分)の小さい、普通または柔らかめの毛の歯ブラシを選びます。歯並びが凸凹しているところに適した1本磨き用の特殊な歯ブラシもあります。治療前に使った毛束の広がったものは、治療開始時に買い換えましょう。歯磨剤は、刺激の少ないものを使います。洗口液を使用する場合は、アルコールの入っていないものにします。

柄の部分を鉛筆を軽く持つように握ります。指先でブラシをコントロールしやすくなります。

歯の磨き方は、いろいろあります。歯ブラシの毛先を歯面に対して直角で当て、細かく左右に振動させるように磨きます。歯の頬がわ、舌がわ、そしてかみ合わせる部分を、自分のやりやすい順番で、全部の歯をくまなく磨きます。

義歯は総入れ歯、部分義歯のいずれの場合も、毎食後に洗面所で義歯に付着した食べかす、義歯に着いたぬめりを義歯専用ブラシで取り除きます。夜寝るときには、必ず義歯をよく洗って、義歯洗浄剤の中にいれて保管します。義歯に付着するカビの菌(カンジダ)を除去する効果があります。

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特別号

化学療法、放射線療法における口腔ケア介入の流れ

入院中は、グレード評価やケア内容の記載、患者がセルフケアができているかをチェックしていきます。その後、患者自身にセルフケアの実施と、含嗽薬を自身でつくってもらい、使用方法などを指導していきます。入院中は毎日この繰り返しをしていきますが、治療がある程度終了した時期、健常な人と同等の全身状態であれば口腔ケアは医療連携して、地域で対応してもらうようにしています。

(図16)

口腔粘膜炎、口腔乾燥、味覚障害について■ 口腔粘膜炎

放射線治療の場合は、照射野(放射線の照射対象とされる領域)に一致して口腔粘膜炎を発症します。放射線をかけ始めて10日目ぐらいから発症し、治療が終わって1カ月ほどで治癒しますが、化学療法が併用された場合には、重症で治癒遅延します。

化学療法の場合は、口唇の裏や頬粘膜の可動粘膜に発症します。症状のピークは10日目から12日目ぐらいですが、投与サイクルごとに発症するので、1回サイクルが終わり口腔粘膜炎も治り正常なものに戻ったとしても、再び抗がん剤を投与することで再度粘膜炎を発

症します。完全に治療が終わればその後3、4週間で治癒していきます。

口腔粘膜炎の対応には、口腔ケアが必須です。粘膜炎で痛みが出るので鎮痛剤を使用します。これには、局所麻酔剤の入った含嗽剤で洗口してもらうことと、非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)やアセトアミノフェン、オピオイドを使っていきます。

頭頸部がんの化学療法にはシスプラチンを使いますが、非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)と一緒に使用すると腎機能障害を起こすので、アセトアミノフェンとオピオイドを使います。また、口腔粘膜炎でしみる症状が出る時、水や局所麻酔剤入りの含嗽剤を使ってもしみる場合には、生理食塩水での含嗽を勧めています。

口唇や頬粘膜には、アズノール軟膏とキシロカインゼリーを混ぜた軟膏を痛むところに塗ります。あとは、食事形態の変更と胃瘻管理、または輸液管理で栄養管理を行なっていきます。(図17)■ 口腔乾燥

口腔乾燥の原因としては、「放射線治療と化学療法などによる唾液腺の障害」と「各種薬剤の副作用」などがありますが、薬は患者にどうしても必要なものなので使わないわけにはいきません。特に多いのは、利尿剤や向精神薬、麻薬、ロキソニンなどの鎮痛剤も副作用として口腔乾燥が挙げられています。これらの薬によって口腔乾燥が発症することを知っておくだけでもケアの質が変わってきます。

唾液が分泌されない場合には、グリセリン入りのハチアズレ含嗽を使って保湿に心掛けること、ジェルスプレーを使ったり、オーラルバランスの保湿剤を使ったり、できればノンアルコールの低刺激性の洗口液などで含嗽をすれば保湿に効果があります。また、ペットボトルを持ち歩

くなどして、こまめな水分補給をして対応します。頭頸部がんの放射線治療の場合には、ピロカルピン塩酸塩(サラジェン)という薬が保険適用になっています。それ以外にも、唾液腺マッサージ、マスクを着ける、ぬれたガーゼを口に当てる、リップクリームを使う、加湿器の設置などが挙げられます。頭頸部がんの唾液腺が照射野に入る部分は唾液腺のマッサージをしても唾液は分泌されないので、注意が必要です。(図18)■ 味覚障害

味覚障害には個人差があります。何を食べても味がしない、水がしょっぱい、全てが苦く/甘く感じる、といったものから、全く味がしないという患者もいます。「おがくずを食べているみたい」、「砂をかんでいるみたいだ」と表現する患者もいます。

味覚障害の原因は、口腔乾燥と味蕾細胞がダメージを受けること、そして抗がん剤によって末梢神経の障害や亜鉛などの微量元素の吸収障害が起きることによります。放射線治療の場合は、治療を終了してから20日から60日ぐらいから回復し始め、120日ほどで完全回復すると言われていますが、「いつまで

経っても味がしない」と言う患者もいるので、120日で確実に完全回復するかというと、そうではないようです。

では、味覚障害に対してどうすればいいか。口腔乾燥のある患者に対しては、まず保湿をしてください。亜鉛不足は、食事で十分補充できます。特に、カキ(加熱済み)、プロセスチーズ、入りゴマ、小松菜、ヒジキ、豚肉、牛肉、鶏肉を摂取するとよいでしょう。

味覚障害の患者は個人差があります。食事に対しても個人対応をしていくしかありません。その場合は、だしを利かせたり、お酢を利かせる、香りのあるものでごまかすなど、味にアクセントを付けることをお勧めします。金属味、苦みなど「おいしくない」と感じる味を避けることがポイントです。また、人肌程度の温度に少し冷ますことでおいしく感じられる場合があるので、一工夫してみるのもいいかもしれません。(図19)

がん治療における嚥下障害(口腔・咽頭がん)

口腔・咽頭がんは、疾病による障害として口腔内の腫瘍による舌運動の障害や、神経麻痺のような摂食・嚥下障害

静岡県立静岡がんセンター

摂食・嚥下障害看護認定看護師

 妻木

浩美

がん外科療法を支える口腔ケア 妻木浩美氏講演より

■ 図18 口腔乾燥の対応

� グリセリン入りのハチアズレ®含嗽剤   ハチアズレ5包+グリセリン60ml+水=500ml   1日5~8回含嗽� 保湿剤 ジェルスプレー®

オーラルバランス®、太白ゴマ油  低刺激性の洗口液 など� こまめな水分補給� 頭頸部がん放射線治療の場合 : ピロカルピン塩酸塩(サラジェン®)

■ 図17 口腔粘膜炎時の対応

� 口腔ケア� 鎮痛剤の使用  局所麻酔剤入り含嗽剤の使用  NSAIDs、アセトアミノフェン、オピオイド� 生理食塩水での含嗽� 口唇や頬粘膜炎  アズノールキシロカイン軟膏の塗布� 食事形態の変更� 胃瘻管理または輸液管理

■ 図16 化学療法、放射線療法における口腔ケア介入の流れ

歯科医師の診察、歯科衛生士による専門的口腔清掃の開始

朝のカンファレンス ・対象患者の入院または治療を開始することを歯科医師に伝える ・症状出現時、歯科医師に報告

患者の口腔内の観察 観察項目、Gr.評価、ケア内容の記載口腔ケアの介助(基本はセルフケア)含嗽薬の作成、使用方法の指導

歯科医師の診察、治療および歯科衛生士による専門的口腔清掃の継続

外来

外来

入院または治療開始

治療終了退院

看護師■ 図19 味覚障害の対応

� 口腔乾燥→保湿� 亜鉛の補充 (女性9mg、男性12mg/1日摂取量) 普通、食事摂取で十分摂取可能 かき、プロセスチーズ、いりごま、 小松菜など プロマック® の投与 濃厚流動食などの付加

� 食事内容の検討:個人対応 ・ 味にアクセントをつける  だし、お酢をきかせる、香りのあるもの ・ 濃い味、薄味など味の調整 ・ 不味く感じる味をさける(金属味、苦み) ・ 特定の味が強く感じる食品を避ける ・ 人肌程度の温度

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清潔な口腔内のための3カ条清潔な口腔内を保つために「プラー

クを寄せ付けない」、「プラークを増やさない」、「プラークが付着したときにはしっかり取り除く」という3カ条があります。プラーク(歯垢)の特徴を踏まえたうえで、この3つをどのようにしていけばいいかご紹介します。■ プラークを寄せ付けない

口腔内もプラークが付きやすい状況

があります。その一つが、歯石が付いているところです。その歯石を除去するために、専門的口腔清掃が必要になります。歯石は歯科の専門の器具を使って清掃するときちんと除去できます。これに加えて、歯石が付いていない部分も特殊なペーストを使って歯面研磨を行ないます。このように専門的ケアを受ける機会があると、歯面が滑らかになり、汚れが付きにくくなるメリットがあります。ですから、セルフケアで管理しやすい口腔内環境を整えておくことが重要です。

このようなケアをいつ行うのがよいか。できれば抗がん剤の投与前に歯科と連携して済ませておくのがよいと思います。使用する器具は、歯ブラシよりかなり大きなものが多く、ある程度の開口量が必要になります。歯石除去では歯肉が炎症を起こしていることが多く、出血を伴うことがあります。歯科でがん治療に応じたケア方法を習得していなければ粘膜炎が

発症していたり、骨髄抑制の時期には口腔ケアを積極的に実施できません。■ プラークを増やさない

プラークは、口腔内細菌が砂糖を材料にして増殖していくので、その栄養源である砂糖を抑えることでプラークの増殖も抑えることができます。できれば砂糖を摂取したあとは、うがい、また水やお茶を飲むだけでも構わないので、口の中からなるべく砂糖分を洗い流すことが大切です。このようにコントロールすることで砂糖が口腔内細菌に利用される量を減らすことができます。また、代用甘味料を使用した食品を選ぶのも一つの方法です。

また、経口摂取できていないときは口の中が汚れないかというと、そうではありません。矛盾しているようですが、実は、食事中は口の中をよく動かします。特に、かむという状態は口腔内に自浄作用をもたらします。ですから、口の中が汚れた

まま、セルフケアができず経口摂取がストップすると、汚れが固定された状態で維持されるので、食事ができていないときこそ口腔ケアは必須と言えます。■ プラークが付着したときにはしっかり取り除く

付いてしまったプラークを今度はどうやって取っていくか。プラークが付着しやすい部位は歯と歯の間や歯と歯茎の境目など、共通しているのは歯面がでこぼこしているところです。磨くというよりも歯ブラシを振動させるようなイメージで動かすとプラークがよく取れます。

歯ブラシの当て方と動かし方も重要なポイントになります。歯面に当てる歯ブラシの角度は、歯と歯茎の境目に45度などいろいろな方法がありますが、静岡がんセンターでは、患者が習得しやすい歯と歯ブラシの毛束がちょうど90度になるぐらいの角度と説明することが多いです。45度に当てるよりも患者が習得し

歯科衛生士の視点から 鈴木美帆氏講演より静岡県立静岡がんセンター

歯科衛生士

 鈴木

美帆

があります。また、解剖学的変化による器質的障害としては、手術によって嚥下機能に必要な筋や神経が合併切除されてしまったり、術後の組織が癒着するために嚥下障害を起こしたりします。

また、放射線治療によっても筋組織が繊維化してくるので周りの首の筋肉が固まってしまい嚥下として飲み込みにくいという症状が出てきます。(図20)

化学放射線治療による嚥下障害には、口腔合併症も伴い痛みもあります。嚥下障害が起こるときの症状として、飲み込みにくさ、化学療法と放射線治療

を両方受けているときに局所の炎症、浮腫などがあります。また収縮筋の低下が起きて喉頭挙上が起きない状況になります。このような様々な症状が重なって嚥下障害を伴うことが多いのです。

嚥下障害を起こしたときには、まず嚥下スクリーニング検査として、飲み込みのテストを行います。さらに詳しく調べるには、VF(嚥下造影)を行なうなどしています。(図21)

化学放射線治療中の患者で嚥下障害を起こしている場合、まずはリスク管理が重要で、肺炎を起こさないこと、そして

口腔合併症の改善を待ってから行うことが大切です。痛みがあるのに無理やり「やってください」とは言えないので、粘膜炎が治ってから嚥下の訓練を再開します。治療中でも、痛みなどの状態をみて、嚥下訓練が可能な患者であれば、間接訓練として、アイスマッサージぐらいから始めていくようにします。(図22)

支持療法は他職種との連携が必須支持療法は他職種との連携が必須

です。看護師は、いろいろな場面で関与し

ています。私たちの静岡がんセンターは非常に恵まれていて、がんの専門看護師や認定看護師もたくさんいます。また、看護師以外のいろいろな職種が様 な々場面にかかわっています。看護師が大勢いるからできる、というのではなく、多職種が関わることで患者がうまくがんを治すことができると思っています。看護師だけで頑張らずに、それぞれの専門的役割を果たし、いろいろな人が協力して患者を上手に治してあげられるような連携を目指していただければと思います。(図23)

■ 図20 口腔・咽頭がんによる摂食・嚥下障害

�疾病による障害 口腔・咽頭の癌性疼痛 口腔内腫瘍による舌運動障害 腫瘍増大による通過障害 神経の麻痺などによる障害 (頸部への転移、リンパ節の浸潤、脳転移など)

�解剖学的変化による器質的障害 手術の切除範囲、摘出範囲による器官や組織の破綻 再建術後の構造と機能の変化 頸部郭清による合併切除(舌骨上筋群、舌下神経、迷走神経、上喉頭神経などの合併切除) 術後の組織の癒着�放射線治療による影響  筋組織の繊維化

■ 図23 支持療法は多職種との連携が必須

 治療方針の決定、治療管理、症状管理 : 医師 治療方針の決定・治療法の選択における倫理調整 : がん看護CNS 口腔トラブル : 歯科口腔外科医師、歯科衛生士 栄養管理 : 管理栄養士、NST 疼痛管理 : 緩和チーム、がん性疼痛看護CN 皮膚炎管理 : 皮膚・排泄ケアCN 嚥下障害 : リハビリ科医師、言語聴覚士、摂食・嚥下障害看護CN 放射線有害事象 : がん放射線療法看護領域CNS・CN 副作用に対する薬剤管理 : 薬剤師、がん化学療法看護CN 看護師 : すべてに関与 

それぞれの専門的役割を果たす

■ 図22 化学放射線治療による嚥下障害

嚥下障害 治療に伴う口腔合併症

嚥下障害が遷延・嚥下反射の遅延・局所の炎症、浮腫による咽頭収縮の低下・喉頭挙上の低下

▪リスク管理▪口腔合併症の症状改善を待つ▪可能であれば間接訓練の実施

・粘膜炎による痛み

■ 図21 嚥下スクリーニング検査

精査▪嚥下造影:VF▪ビデオ内視鏡検査:VE

嚥下スクリーニングテスト▪反復唾液嚥下テスト:RSST▪改訂水飲みテスト:MWST▪食物テスト:FT▪頸部聴診法 ▪パルスオキシメーター▪咳テスト

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やすく、歯茎も傷付けにくいということで、この方法をよく勧めています。

歯ブラシの選び方は、粘膜炎が進むに従ってよりコンパクトで、より軟らかい毛細の歯ブラシを選ぶことになります。粘膜炎が出ていない間は普通の硬さのものを使用し、粘膜炎ができたときに、その清掃状態を維持するためにごく軟毛のブラシを使うのがいい使い方です。

「セルフケアができない」に応える患者がセルフケアできないときにどの

ような問題があり、それをどう解決していけばいいのでしょうか。

よく見られる「粘膜炎が痛くて歯が磨けない」というとき、静岡がんセンターではアズノール軟膏とキシロカインゼリーをほぼ同量混ぜたものを院内で調整し容器に入れて使っています。アズノールの粘膜の保護作用も期待して使用しています。これは、ヨーグルトぐらいの粘調度があるので、塗るというよりは綿棒などに少し多めに取って粘膜炎のあるところに垂らすように塗布するとよく広がり、疼痛もなく塗布できるようです。粘膜炎が出ているところだけに軟膏を塗るのではなく、歯ブラシの背中にも軟膏を塗っておくと、粘膜炎が出ているところに歯ブラシの背が当たったときに、摩擦が少なくなるので痛みをより軽減することができます。これも一工夫と言えます。

また、ブラッシングできないときは、500ミリリットルの含嗽剤を作成してもらい、それを1日で使い切ることを目標に、1日8回程度頻繁にうがいをしてもらいます。それでもハチアズレやキシロカインがしみるという患者がいますが、この場合は等張液の生理食塩水や、マウスウオッシュなどを使うと染みずにうがいを続けることができます。(図24)

歯磨きをすると血が出るという問題は、場合によって対応が異なります。粘膜炎に明らかに接触しているときは、使用している歯ブラシを変更します。歯肉からの出血は、歯茎が少し腫れていると歯肉から容易に出血するので、骨髄抑制期でなければ、そのままブラッシングを怖がらずに続けていくほうが汚れがしっかり取れて出血も治まってきます。ただ、骨髄抑制期は軟らかめの歯ブラシに変更し、そのうえでブラッシングを継続する工夫が必要です。(図25)

外来の通院治療で清潔な口腔内を保つ鍵は、患者がいかに自宅でプラークコントロールができるかということにかかっています。ですから、専門的ケアを受けてもらう機会を作り、口腔内の環境が整備された状態で、食事の工夫をしたり、粘膜炎ができていても小さいブラ

シの使用や表面麻酔剤を使うなどしてブラッシングを継続していく工夫で何とか乗り切っていただければと思います。

がん外科療法を支えるため口腔がんの周術期は、その経過に応

じて、状況に応じたアプローチが必要になってきます。まず、治療が始まる前、口腔内にまだ腫瘍がある状態では、患者はその腫瘍があるためにセルフケアがうまくできないということがあります。その場合セルフケアを補うための介入が必要です。そして、手術が終わったあと、経口摂取が始まるまでの間は、血餅の付着や、粘稠性の唾液がたまるところが口腔内の汚染の原因になってきます。いよいよ経口摂取が始まると、今度は、食渣

(しょくさ)やプラークがたまってきます。このような口腔内の変化に応じたケアを行います。

周術期の流れに沿って、歯科衛生士が行っているケアの内容をご紹介します。■ 手術前

手術前は、何よりも口腔内細菌の数を減少させておくことがポイントです。静岡がんセンターでは、歯科衛生士が、専門的な口腔清掃を行い、清掃状態を維持してもらうためのセルフケア指導を行っています。■ 術後~経口摂取開始

手術が終わって次に経口摂取が始まるまでは、その衛生的な状態をいかに維持していくかが重要になります。患者が手術でかなり疲れていたりすると、セルフケアがうまく進まないことも多いので、ここは看護師との連携が重要になります。口腔内に自浄作用をもたらす経口摂取が中止しているこの期間こそ、口腔ケアが必要になります。■ 経口摂取開始~退院 セルフケアの確立

経口摂取が始まって退院までは、セルフケアの確立期間として患者の口腔内の変化に応じたセルフケアができるように介助指導していきます。図26に口腔がんの疾患の部位と術

式、患者のセルフケアや経口摂取、そして、退院が術後どれぐらいの日数で行われたかを比較しています。

侵襲の一番小さい舌の部分切除は、セルフケアの開始も一番早く、経口摂取も退院もすべて、この中では一番早くなっています。一方、皮弁の手術が入ってくると、移植された腹部や大腿部の回復、離床を待ってからセルフケアが始まります。また、一般的に嚥下障害も出てきますので、経口摂取まではこの中で時間が最もかかっています。さらに嚥下のリハビリなども行われるので、退院もこの

中で最も遅くなっています。一方、上歯肉がんの部分切除の場

合は離床が早いので、その分、セルフケアは比較的早くから始められます。経口摂取は顎義歯と呼ばれる特殊な摂食嚥下機能を補助する装置を作成してからになるので、開始は少し遅れています。ただ、退院までの日数は、この中では中間ぐらいになっています。

このように、疾患の部位や術式によって、介助が必要な期間、患者がセルフケ

アを開始できる時期もかなり異なってきますので、それぞれ患者の状況に合わせた介入が必要になります。(図26)

口腔がんの手術では、1カ月くらいの短いスパンの間で口腔内がかなり大きく変化しますので、それに合わせて口腔ケアを変えていかなくてはなりません。看護師との連携もとても重要になりますので、患者にとってよりよいケアを提供できるように、これからも努めていきたいと思います。(図27)

■ 図26 疾患・手術内容による経過の比較

舌癌部分切除

30代女性

舌癌半側切除大腿皮弁

40代男性

下歯肉癌区域切除腓骨皮弁

60代男性

上歯肉癌部分切除上顎補綴

70代男性

スポンジブラシのセルフケア開始 1POD 6POD 5POD 1POD

歯ブラシのセルフケア開始 2POD 8POD 10POD 8POD

経口摂取開始

飲水1POD食事5POD

飲水・食事8POD

飲水12POD食事

10POD

飲水3POD 食事8POD

オプチュレーター装着 - - - 8POD

退院 8POD

41POD

追加治療CRT

27POD

17POD

追加治療外来RT

原病・手術内容

経過

■ 図25 「体がだるい」「血が出る」「磨いてるのに」

「体がだるくて磨けない」 ・ 洗口のみでも継続する ・ 治療前のセルフケアを徹底しておく

「歯みがきをすると血が出る」 ・ 粘膜炎への接触→使用歯ブラシの変更 ・ 歯肉からの出血→ブラッシングの継続 ・ 骨髄抑制期はやわらかめの歯ブラシに変更

「磨いているのに、磨けていないといわれる」 ・ 使用歯ブラシ、磨き方のチェック ・ 食習慣の確認

■ 図24 「含嗽剤がしみる」

 バトラーマウスウォッシュ® 生理食塩水

等張液を使用する

■ 図27 がん外科療法を支えるために

周術期のステージに応じた口腔ケアプラン

手術前 口腔内細菌数の減少

手術後~経口摂取開始 清掃状態の維持

経口摂取開始~退院 セルフケアの確立

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