ifrs17「保険契約」適用後の 保険会社のディスク...

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IFRS17「保険契約」適用後の 保険会社のディスクロー ジャー戦略 平成29年度第1回日本保険学会関西部会報告会 (関西学院大学・梅田キャンパス) 2017610静岡県立大学 上野雄史 [email protected]1

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  • IFRS17「保険契約」適用後の保険会社のディスクロー

    ジャー戦略

    平成29年度第1回日本保険学会関西部会報告会(関西学院大学・梅田キャンパス)

    2017年6月10日静岡県立大学 上野雄史

    [email protected]

    1

  • 本報告の趣旨

    • 本報告では、2017年5月に公表されたIFRS17「保険契約」の基準により保険会社のディスクロージャーのあり方がどのように変わるのか、また変わりうるのか、といった点について論じる。<報告のアウトライン>• IFRS17「保険契約」とは?~プロジェクトの経緯~• 保険会社の情報開示の変遷~どう変わったのか?~• 何が有用な情報か?~非財務情報(EV)の普及~

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  • IFRS17「保険契約」とは?

    • IASB(国際会計基準審議会)により進められていた基準で、保険契約に関する認識、測定、開示を定めている。

    • 保険契約に関する会計基準で、2017年5月に公表(適用開始は、2021年1月より)*

    • 現行のIFRS4「保険契約」を置き換える基準。

    <IFRS4とは?>• 2005年1月からのEU域内の上場企業に対するIFRS適用のために設定された暫定基準。①異常危険準備金や平衡準備金の負債として計上の禁止②負債十分性テストの実施③情報開示

    などを定めただけで、各国の基準に従って処理することとされている。

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  • IASBの保険プロジェクトの流れ(プロジェクト開始からフェーズⅡまで)

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    年月 内容

    1997年12月 保険プロジェクト開始

    1999年12月 論点書の公表

    2001年11月 原則書草案の公表

    2002年5月暫定基準の設定(フェーズⅠ)と恒久基準の設定(フェーズⅡ)の2段階に分割

    2003年7月 「暫定基準」の公開草案の公表

    2004年3月「暫定基準」IFRS4の公表(適用は2005年1月~)

  • IASBの保険プロジェクトの流れ(フェーズⅡから現在まで)

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    年月 内容

    2004年9月 IASB:フェーズⅡの議論開始2007年5月 IASB:ディスカッションペーパーの公表

    2007年10月 FASBが保険プロジェクトに参加。以降、共同で基準開発を行うことに2010年7月 IASB:公開草案の公表2010年10月 FASB:「保険契約の会計基準」の論点書の公表2013年6月 IASB:再公開草案の公表

    2014年2月 FASBが同プロジェクトを実質的に放棄し、IASB単独のプロジェクトに。2016年?月 審議は終了し、最終基準を公表予定

  • 20年の歳月を要して・・

    • IFRS17は、全ての保険契約(保険商品)を包括的に認識、測定、開示するための基準。保険契約に係る負債(保険負債)を、時価(経済価値ベース)で測定する。

    • 測定に関する考え方の変化はあった(公正価値(現在出口価値)から契約の履行を前提として履行価値への転換など)ものの、経済変動を織り込むという点では変わっていない。

    • 検討が始まってから20年の歳月を有した保険契約の基準は、適用が検討されていた当時と状況は一変している。

    • 内部管理においてはERMの実施が標準的となり、生命保険会社の自主的な開示においては、EV( Embedded Value )が普及している。

    • 国際的な規制監督においても経済価値ベースでの資本余力の測定がスタンダートになりつつある(先行して、EUはソルベンシーⅡを2016年1月より適用)

    • 2011年のIAISの保険基本原則(改訂ICP)では、資産・負債を経済価値により評価することを示唆。

    • 日本においても経済価値ベースでの評価を行うためのフィールドテストが2012年より開始

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  • 生命保険協会のコメントの変化• 論点書に対して、我々は、長期性を踏まえて負債評価に必要な保守的な仮定を考慮することを主張する(2000年6月)

    • 再公開草案に対するコメント:本公開草案で提案されている内容をすべて統合し、基準全体を改めて俯瞰した場合、個別の課題に対して、多層・多段階に保険契約の要素を区分する方法で対処が図られたことから、①規定内容が複雑化しており、財務諸表利用者や作成者の理解可能性を著しく低下させていることや、②とりわけ長期の契約を取扱う生命保険会社の場合、経済実態が財政状態計算書に忠実に表されなくなるという問題点が生じている(2013年10月)。

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    IFRSでは負債評価に対する保守的な評価(算定における安全割増などを考慮)は認めていない。当初受け入れられなかった考え方を受け入られるようになってきている?

    原則論を否定するコメントから、基準を受け入れることを前提とした積極的な改善案を出すようになった。

  • 保険会社のディスクロージャーの在り方をどう変えるのか?• IFRS17は保険会社のディスクロージャーの戦略にどういった影響を与えるのか?

    • 現状、IFRSは日本では任意適用である。

    <IFRS適用済・適用決定企業(2017年6月現在)>

    (出所)日本取引所グループhttp://www.jpx.co.jp/listing/others/ifrs/index.html(2017年6月6日確認)

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    IFRS適用済会社数 112社IFRS適用決定会社数 38社

    合計 150社

  • IFRSを巡る状況

    • IFRS(国際財務報告基準)は、2005年のEU域内の上場企業の連結財務諸表に強制適用されたことをきっかけに、多くの国で適用が開始(日本のように任意適用を認めている国はほとんどない)

    • 次ページの表(G20におけるIFRS適用状況)を参照

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  • 10

    国名 導入時期や導入方法日本 2010年より任意適用。韓国 2011年より強制適用中国 コンバージェンスされた自国基準を適用(IFRSと実質的に同一基準)インドネシア コンバージェンスされた自国基準を適用(IFRSとの差異は大きい)インド 2015年よりコンバージェンスされた自国基準を適用(IFRSと実質的に同一基準)

    サウジアラビア銀行・保険会社は強制適用・その以外の業種は2017年よりコンバージェンスされた自国基準を適用(IFRSとの差異は大きい)

    オーストラリア 2005年より強制適用トルコ 2008年より強制適用ロシア 2012年より強制適用南アフリカ 2005年より強制適用EU 2005年より強制適用イギリス 2005年より強制適用フランス 2005年より強制適用ドイツ 2005年より強制適用イタリア 2005年より強制適用カナダ 2011年より強制適用アメリカ 外国登録企業は2007年よりU.S.GAAPとの調整表なしでIFRS適用可能。国内企業はU.S.GAAP適用メキシコ 2012年より強制適用ブラジル 2010年より強制適用アルゼンチン 2012年より強制適用 銀行・保険会社については自国基準を適用

    http://www.ifrs.org/Use-around-the-world/Documents/pocket-guide-2017.pdf

    Sheet1

    IFRS適用済会社数112社

    IFRS適用決定会社数38社

    合計150社

    国名 クニ メイ導入時期や導入方法 ドウニュウ ジキ ドウニュウ ホウホウ

    日本 ニホン2010年より任意適用。 ネン ニンイ テキヨウ

    韓国 カンコク2011年より強制適用 ネン キョウセイ テキヨウ

    中国 チュウゴクコンバージェンスされた自国基準を適用(IFRSと実質的に同一基準) ジコク キジュン テキヨウ ジッシツテキ ドウイツ キジュン

    インドネシアコンバージェンスされた自国基準を適用(IFRSとの差異は大きい) ジコク キジュン テキヨウ サイ オオ

    インド2015年よりコンバージェンスされた自国基準を適用(IFRSと実質的に同一基準) ネン ジコク キジュン テキヨウ ジッシツテキ ドウイツ キジュン

    サウジアラビア銀行・保険会社は強制適用・その以外の業種は2017年よりコンバージェンスされた自国基準を適用(IFRSとの差異は大きい) ギンコウ ホケン ガイシャ キョウセイ テキヨウ イガイ ギョウシュ ネン ジコク キジュン テキヨウ サイ オオ

    オーストラリア2005年より強制適用 ネン キョウセイ テキヨウ

    トルコ2008年より強制適用 ネン キョウセイ テキヨウ

    ロシア2012年より強制適用 ネン キョウセイ テキヨウ

    南アフリカ ミナミ2005年より強制適用 ネン キョウセイ テキヨウ

    EU2005年より強制適用 ネン キョウセイ テキヨウ

    イギリス2005年より強制適用 ネン キョウセイ テキヨウ

    フランス2005年より強制適用 ネン キョウセイ テキヨウ

    ドイツ2005年より強制適用 ネン キョウセイ テキヨウ

    イタリア2005年より強制適用 ネン キョウセイ テキヨウ

    カナダ2011年より強制適用 ネン キョウセイ テキヨウ

    アメリカ外国登録企業は2007年よりU.S.GAAPとの調整表なしでIFRS適用可能。国内企業はU.S.GAAP適用 ガイコク トウロク キギョウ ネン チョウセイ ヒョウ テキヨウ カノウ コクナイ キギョウ テキヨウ

    メキシコ2012年より強制適用 ネン キョウセイ テキヨウ

    ブラジル2010年より強制適用 ネン キョウセイ テキヨウ

    アルゼンチン2012年より強制適用 銀行・保険会社については自国基準を適用  ネン キョウセイ テキヨウ ギンコウ ホケン ガイシャ ジコク キジュン テキヨウ

  • 上場企業で適用が想定される企業は?

    • 相互会社は、現行、日本基準を適用している。• 上場企業では第一生命は日本基準を適用しており、他の企業(ライフネット生命など)も現状、日本基準。

    • 日本郵政も一時期IFRSの適用を検討する(西室社長の時)と報じられていたが、現状、日本基準のまま。

    • 損害保険業を主とする東京海上HD、損保ジャパン日本興亜、MS&ADなども日本基準を適用。

    • 保険契約の販売を行っている企業でIFRSを適用しているのは楽天のみ(保険事業の規模は小さい)。

    • 本基準が国内で事業を行う保険業に直ちに影響することはない。• 余談であるが楽天は、生命保険事業についてはIFRS4に基づいて会計処理をしており、負債十分性テストなども行っている。

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  • IFRS17の影響

    • 直ちに影響することはないとはいえ、IFRSという多くの国が適用する基準の中で統一された基準が設定されたことは、我が国における保険会社の財務諸表の作成に対しても一定の影響を与えうる。

    • さらに保険負債に対する経済価値ベースの測定が、企業会計と規制監督の両面から進められ、任意開示の形でも進んでいることに注目する必要がある。

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    企業会計 金融規制(規制監督)

  • IFRS17における保険負債の構成要素

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    リスク調整

    期待キャッシュ・フローの見積もり

    契約上のサービスマージン(CSM)

    割引率履行キャッシュ・フローの現在価値(以下、履行CF)

    =最良推定負債、予想保険金支払額

    保険契約の将来利益=保険契約期間で定額法により認

    識する

    ・保険負債の売却価格(出口価値)ではなく、保険契約履行時の現在価値で測定する。・将来の利益部分と、リスク調整部分とを明確に切り分けているのが特徴(本来これらは一体のマージンとして認識)。

  • 補足

    • 保険負債は毎期再計算することが求められている。• 事後測定において履行CFが変動(例えば死亡率の低下等により)した場合は、契約上のサービスマージン部分で調整する。

    • 割引率は、期待キャッシュ・フローと保険契約の特性、市場金利を考慮して求める(リスク・フリーレートではない)。

    • 割引率の変動(たとえば金利の変動)に伴う損益は、その他の包括利益とすることもできる(当期純損益に計上することもできる)。

    • リスク調整は、期待キャッシュ・フローに関する不確実性の評価。変動については契約上のサービス・マージンで調整。

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  • 契約上のサービス・マージンは、ショックアブソーバー( Shock absorber)?

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    履行CF

    CSM

    ×1年度末

    履行CF

    CSM

    ×2年度末

    死亡率の上昇によって履行CFが増加したとしてもCSMで調整する(逆の場合もCSMで調整)。負債の総額は変化しない。

  • 割引率(金利変動)は損益もしくはその他の包括利益

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    履行CF

    CSM

    ×1年度末

    履行CF

    ×2年度末

    金利の低下により履行CFが増加した場合は、損益またはその他の包括利益に計上(企業は選択できる)

    CSM

  • 保険業界のディスクロージャの取り組み(財務に関連する事項)

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    年度 内容

    1996年 決算報告書、業績のお知らせ、○○生命の現状の3種類の資料を、ディクロージャ―資料として一本化(保険業第111条(業務及び財産の状況に関する説明書類の縦覧等)1997年 ソルベンシー・マージン比率を開示1998年 連結財務諸表を作成、直近5事業年度の主要な業務状況を開示1999年 債務者区分による債権の状況を開示2000年 基礎利益、キャッシュ・フロー計算書を開示

    2001年 契約時期別の責任準備金残高の開示、ソルベンシー・マージン比率の内訳を開示

    2006年 基金等(株主資本等)変動計算書を開示2010年 連結包括利益を開示2011年 連結ソルベンシー・マージン比率を開示

    (出所)生命保険協会(2016)などを参考に筆者作成

  • 保険業法と企業会計

    • 保険業法では,監査の対象となった計算書類が一般に公正妥当と認められる企業会計の慣行に準拠することが定められている(保険業法施行規則第17条の8)。すなわち,全ての保険会社もこれらの国際的な会計基準に準拠した会計基準の適用を余儀なくされた。会計ビッグ・バンにより導入された会計基準は以下の5つの特徴がある。①個別ではなく,連結情報が重視②将来キャッシュ・フロー情報の重視③損益計算書中心から貸借対照表中心への移行④保有している資産・負債の時価情報を重視⑤予測情報を資産や負債の各数値に織り込む

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  • 保険業法と企業会計(続き)

    • ただし、責任準備金等については、保険業法上での計算要素が,企業会計上にそのまま組み入れられている。そのため、保険会社の大半(負債全体の80~90%以上)を構成する責任準備金については、保険業法上で測定された値が計上されている。

    • また資産側については、資産と負債のミスマッチを避ける観点から、責任準備金等対応債券という区分が別途設けられ、対応する債券について償却原価(取得原価に近い考え方で時価変動を反映しない)に基づいた測定を行うことも出来る。

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    企業会計上で測定された資産 保険業上で測定

    された負債

    純資産(基金等)

    責任準備金等対応債券

  • IFRS17に対する期待?

    • IASBの議長であるHans Hoogervorst氏は、IFRS17について次のように述べている。『保険産業は、グローバル経済において重要な役割を担っている。それゆえ、マーケットの参加者に対して保険者がどのような財務的な活動を行っているかを表す質の高い情報は、きわめて重要である。IFRS17は、現行の多様な会計アプローチを、投資家、その他の関係者に比較可能で、最新の情報を提供するシングルアプローチに置き換えるものである。』https://www.youtube.com/watch?v=uwb1uMr8Dno• 確かに保険会社に対して比較可能な会計情報はなかったわけであるが、検討がなされてから基準化されるまでの20年間に、それを埋めてきたのは自主的な開示の拡大。

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  • EVの発展(自発的なディスクロージャーの拡大)• EVは生命保険会社の企業価値評価の指標の1つである。EVは以下のように自社の純資産の金額に修正を加えた金額と、現時点における保有契約から生じる将来の利益の現在価値を足し合わせたものである(詳細な計算方法については後述する)。

    • EV=修正純資産+将来の保険契約の現在価値• EVは、1980年代にイギリスの保険会社の間で適用が始まり、その後、ヨーロッパ、カナダ、オーストラリアなどで適用が広まった。

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  • EVの発展(自発的なディスクロージャーの拡大)(続き)• EVに関する原則を初めて定めたのは、2001年に英国保険協会(Association of British Insurers:ABI)。

    • ヨーロッパの主要な保険会社のCFOで構成されるCFOフォーラム(European Insurance CFO Forum)が、2004年にEuropean Embedded Value原則(以下、EEVという)を公表し、さらに同フォーラムが2008年にはMarket Consistent Embedded Value原則(以下、MCEVという)を公表している。MCEVはEEVと比べて、リスクの測定が細分化、明示化されており、かつ求められる開示も拡大している。同フォーラムは継続的にEVに関する原則の改定を行っている。*EVの歴史的な経緯については、Horton(2007)が詳しい。*MCEVは、市場整合的エンベディット・バリューと訳される。

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  • EVの発展(自発的なディスクロージャーの拡大)(続き)

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    EEV 11MCEV 6明示していない 2

    ・EVは、あくまでも自主的な開示であり、法的な枠組みで行われる開示ではない。・日本生命、第一生命、住友生命、明治安田生命の4大生命保険会社のうち、日本生命を除く3社はEVを開示しており、国内の26の生命保険会社のうちEVを継続的に開示しているのは19社である。

    EVの開示状況(2015年3月期時点)

    (出所)上野(2015、131頁)

  • IFRS17は意思決定に有用な情報を提供できるのか?• Serafeim(2011)は、世界各国における保険会社を対象にした調査を行い、EVを開示している93社で、情報の非対称性を示す指標であるビッド・アスク・スプレッドが縮まっている結果を示している。

    • Zimmerman et al.(2015)は、EVがリスクプレミアムを評価する手助けになっていることを、EU域内の生命保険業を中心として活動している企業を対象にファーマ-フレンチの3ファクターモデルを用いて示している。

    • 会計基準に基づいた数値でなくても有用な情報が提供されている?

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  • EVに対するIASBの見解(2010年DP, para105-110より)• EVは、規制されていないアプローチのため、結果として、手法に多様性がある。

    • EVはリスク・ディスカウント・レートによりリスクを反映させている。この手法は、資本市場の価格と一貫しないアプローチによって決定されている。

    • EVは、非直接的な方法で負債を測定している。• 審議会は、現在出口価値が市場整合的でないEVと比べて、より有用な測定属性である考えている。

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    しかしながら、長い議論を経て出されたIFRS17は、履行キャッシュフローアプローチへ転換し、割引率の変動に関する損益計上に、選択肢が与えられていたり、割引率の測定についてもリスクを反映する、としつつも具体的な手法は示しておらず、結局多様なアプローチを志向することになった(妥協の産物)。

  • 会計情報の有用性の喪失?

    • 意思決定の情報として会計情報の有用性は喪失しているのではないか?

    • Gu and Lev(2016)やSrivastava(2014)などでは、40年以上のデータを用いて、会計情報の有用性が低下してきていることを示してる。

    • 『無形資産の増大やビジネスの多様化に伴い形式的な会計情報以外の情報の重要性が増しているのではないか?』というのが彼らの問題意識。

    • 『会計処理の複雑化や、妥協的な会計基準の設定も有用性を喪失させているのではないか?』との指摘も。

    • *特に金融危機後、IASBは多様な意見を受け入れながら会計基準設定を進める方向に転換したため、結果として有用性を失わせることになった可能性も(この点については今後検証の必要がある)。

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  • 法的開示としてのIFRS17の意義

    • Kothari, et al. (2010, p.248)などは、GAAP(会計基準)が、利害者間の適切な資本の分配を促進していることや、会計の保守主義が債権者保護や法的訴訟を減少する役割を担っているのではないか、と指摘。

    • 法的な枠組みの中で、保険会社(保険者)に対して、ある程度統一的な手法に基づいて、企業にファンダメンタル(基礎的な情報)を作成させることに、IFRS17の設定の意義はあるかもしれない。

    • IFRS17が適用されるEU域内の企業において、どういった情報開示されていくのかに注目していく必要がある。

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  • 役割分担が重要?

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    企業会計 ソルベンシー規制 EV

    位置づけ 強制開示。 強制開示。 自主的開示。

    役割 企業全体の財政状況や経営成績を把握する。企業のソルベンシー(支払余力)を測定する。

    純資産の時価に基づく情報と保有している保険契約の将来価値を測定する。

    特徴

    他社、他業種との比較にも使える。手法がある程度統一されているため、比較可能性が高く、開示情報が多いため、検証可能性も高い。ただし、企業裁量の余地が小さいため、企業の私的情報はEVに比べて少ない。

    健全性の程度を知るために活用される。同業種における健全性の他社比較が可能である。ただし、「健全性が高い=企業の収益性が高い」という訳ではない。企業裁量の余地は、企業会計よりも大きく、EVよりも小さい。

    同業種間の比較に限定され、また純資産、将来の保険契約に関する現在価値に関する情報に限られる。手法が多様なため、他社との単純比較はできないケースもある。ただし、企業裁量の余地が大きいため、企業の私的情報は豊富である。

    (出所)上野(2015、143頁)

  • 客観性・理解可能性を高めるために

    •観察不能なインプットを用いる場合には、開示の充実とともに客観性、理解可能性を高めるための取り組みが必要

    ①実務者間による測定の精緻化、標準化②規制監督上の測定との一定程度の共通化

    会計基準設定の枠組みを超えた取り組みが重要

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  • 今後の研究上の課題

    • 『IFRS17の設定になぜ、これだけの時間を要したのか?』についての事後検証が必要

    • 『EVの情報の有用性』についても検証していく必要がある。• 『ERMやそのほかの非財務情報の有用性』についても検証していく必要がある。

    • 『相互会社における情報の有用性』についても検証していく必要がある。

    • また今後適用に向けた動きが、会計基準設定に係る機関以外でも拡大する。例えば、国際的な実務者団体(アクチャリー:IAA)や、規制監督当局(IAIS)などでは実務対応が協議されていくと考えられる。

    • IAAはIASBは2015年に、お互いの相互協力を行う覚書書を締結している。

    • http://www.ifrs.org/Use-around-the-world/Documents/MOU-IAA-IASB.pdf 30

  • 主要参考文献(各基準書については割愛)

    • 生命保険協会(2016)「生命保険会社のディスクロージャー~虎の巻 2016年版」

    • 上野雄史(2015)「EVの適用拡大とその有用性」『生命保険論集』第191号, 127-147頁.

    • Horton, J.(2007) “The value relevance of Realistic reporting: evidence from UK life insurers," Accounting and Business Research. Vol.17., No. 3. pp.175-197.

    • Lev, B. and F. Gu(2016), The End of Accounting and the Path Forward for Investors and Managers, Wiley Finance Series.

    • Serafeim, G. (2011), “Consequences and Institutional Determinants of Unregulated Corporate Finance Statements: Evidence from Embedded Value Reporting," Journal of Accounting Research, Vol.49, No.2, pp.529–571.

    • Zimmermann, J.,S. Veith and J. Schymczyk(2015), "Measuring Risk Premiums Using Financial Reports and Actuarial Disclosures," The Geneva Papers, Vol.40,No.2, pp.209–231.

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    IFRS17「保険契約」適用後の保険会社のディスクロージャー戦略本報告の趣旨IFRS17「保険契約」とは?IASBの保険プロジェクトの流れ�(プロジェクト開始からフェーズⅡまで) IASBの保険プロジェクトの流れ(フェーズⅡから現在まで)20年の歳月を要して・・生命保険協会のコメントの変化保険会社のディスクロージャーの在り方をどう変えるのか?IFRSを巡る状況スライド番号 10上場企業で適用が想定される企業は?IFRS17の影響�IFRS17における保険負債の構成要素補足契約上のサービス・マージンは、ショックアブソーバー( Shock absorber)?割引率(金利変動)は損益もしくはその他の包括利益保険業界のディスクロージャの取り組み(財務に関連する事項)保険業法と企業会計保険業法と企業会計(続き)IFRS17に対する期待?EVの発展(自発的なディスクロージャーの拡大)EVの発展(自発的なディスクロージャーの拡大)(続き)EVの発展(自発的なディスクロージャーの拡大)(続き)IFRS17は意思決定に有用な情報を提供できるのか?EVに対するIASBの見解(2010年DP, para105-110より)会計情報の有用性の喪失?法的開示としてのIFRS17の意義役割分担が重要?客観性・理解可能性を高めるために今後の研究上の課題主要参考文献(各基準書については割愛)