横型超高圧処理装置food fresherの 商品化とテスト...

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476 食品と容器 2016 VOL. 57 NO. 8 食品高圧加工の最新動向 ❖シリーズ解説❖ 第11回 ◆1.はじめに◆ 食品の殺菌・加工方法として,太古から現在に 至るまで最も利用されているのは,加熱を利用し た方法である。しかし,加熱は栄養分の損失,香 気成分の消失や異臭の発生,大量のエネルギー消 費など,様々な課題も抱える。これらの課題を解 決する方法として,近年,超高圧を利用した殺 菌・加工方法が注目されている。 ◆2.超高圧処理◆ 超高圧を利用した殺菌・加工方法は,超高圧処 理 と 呼 ば れ る。 英 語 圏 で は High Pressure Processing,略して HPP と呼ぶのが一般的である。 超高圧処理は,対象となる食品をセットした圧 力容器中に,実用レベルとしては最大600MPa の 水圧を発生させることで,食品に対し静水圧をか け,微生物を死滅させたり,タンパク質や澱 でんぷん 粉の 変性を起こさせたりすることが可能である。熱処 理が化学変化を引き起こして殺菌や加工を行うの とは異なり,超高圧処理は物理的作用であり,ビ タミン等の栄養素や香気成分にはほとんど影響が ない。また,圧力は加熱に比べ,処理に要する消 費エネルギーが非常に小さい。さらに,静水圧効 果により,食品の形状や部位にかかわらず圧力が 均一に適用されるため,均質な製品を作ることが できる。 超高圧処理に関する研究が1980年代に始まる と,こうしたメリットが注目され,日本の食品業 界に一大ブームを巻き起こした。1990年代初頭 には世界初の超高圧製品として日本でジャム製品 が販売され,その後,高い糊 化度や栄養価を特長 とする米飯製品などの商品化が続いた。しかし, 食品衛生法により加熱が実質的に必須な食品が多 いことや,超高圧処理単体では芽胞形成菌のよう な耐圧性を持った一部の微生物には効果が不十分 で,常温流通が難しいことがわかると,徐々にブ ームは去っていった。 一方,米国では1990年代後半より,加熱で変 質しやすく流通の難しかったアボカドペーストの 殺菌や,ハム・ソーセージ等の肉製品の加工・包 装後の二次殺菌目的で超高圧処理が利用され始め, 食品業界に広く認知されるようになっていった。 米国では FDA や USDA により5log の減菌が可能 な非加熱殺菌方法として正式に承認されたことで, ジュースやベビーフードにまで応用範囲が広がり つつある。 こうした状況の中,日本でもここ数年,添加物 類を使用しない自然食品やおいしさを追求したプ レミアム食品の人気が高まるにつれ,再び超高圧 横型超高圧処理装置FOOD FRESHERの 商品化とテスト・受託処理対応 加 藤 雅 敏 かとう・まさとし 株式会社神戸製鋼所 機械事業部門産業 機械事業部重機械 部 営業室課長

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476食品と容器 2016 VOL. 57 NO. 8

食品高圧加工の最新動向❖シリーズ解説❖ 第11回

 ◆1.はじめに◆ 食品の殺菌・加工方法として,太古から現在に至るまで最も利用されているのは,加熱を利用した方法である。しかし,加熱は栄養分の損失,香気成分の消失や異臭の発生,大量のエネルギー消費など,様々な課題も抱える。これらの課題を解決する方法として,近年,超高圧を利用した殺菌・加工方法が注目されている。

 ◆2.超高圧処理◆ 超高圧を利用した殺菌・加工方法は,超高圧処理 と 呼 ば れ る。 英 語 圏 で は High Pressure Processing,略して HPP と呼ぶのが一般的である。 超高圧処理は,対象となる食品をセットした圧力容器中に,実用レベルとしては最大600MPa の水圧を発生させることで,食品に対し静水圧をかけ,微生物を死滅させたり,タンパク質や澱

でんぷん

粉の変性を起こさせたりすることが可能である。熱処理が化学変化を引き起こして殺菌や加工を行うのとは異なり,超高圧処理は物理的作用であり,ビタミン等の栄養素や香気成分にはほとんど影響がない。また,圧力は加熱に比べ,処理に要する消費エネルギーが非常に小さい。さらに,静水圧効果により,食品の形状や部位にかかわらず圧力が

均一に適用されるため,均質な製品を作ることができる。 超高圧処理に関する研究が1980年代に始まると,こうしたメリットが注目され,日本の食品業界に一大ブームを巻き起こした。1990年代初頭には世界初の超高圧製品として日本でジャム製品が販売され,その後,高い糊

こ か

化度や栄養価を特長とする米飯製品などの商品化が続いた。しかし,食品衛生法により加熱が実質的に必須な食品が多いことや,超高圧処理単体では芽胞形成菌のような耐圧性を持った一部の微生物には効果が不十分で,常温流通が難しいことがわかると,徐々にブームは去っていった。 一方,米国では1990年代後半より,加熱で変質しやすく流通の難しかったアボカドペーストの殺菌や,ハム・ソーセージ等の肉製品の加工・包装後の二次殺菌目的で超高圧処理が利用され始め,食品業界に広く認知されるようになっていった。米国では FDA や USDA により5log の減菌が可能な非加熱殺菌方法として正式に承認されたことで,ジュースやベビーフードにまで応用範囲が広がりつつある。 こうした状況の中,日本でもここ数年,添加物類を使用しない自然食品やおいしさを追求したプレミアム食品の人気が高まるにつれ,再び超高圧

横型超高圧処理装置FOOD FRESHERの商品化とテスト・受託処理対応

加 藤 雅 敏

か と う・ ま さ と し株式会社神戸製鋼所 機械事業部門産業機械事業部重機械部 営業室課長

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横型超高圧処理装置 FOOD FRESHER の商品化とテスト・受託処理対応

処理に注目が集まっている。直接消費者に向けた製品だけ で な く,店頭販売されるパンやおにぎりの具 材 な ど,業務用を狙

ったものが多くなっているのが最近の傾向といえる。また,後述する牡

か き

蠣等の二枚貝の脱殻用途にも使用され始めている。今後,超高圧技術を応用した商品の拡充が期待される。

 ◆3.超高圧処理装置◆ 当社は1980年代後半より食品用の超高圧処理装置の設計・製作を手掛けているが,その技術の源流は1960年代に遡る。元来,当社は超硬やセラミックスの粉末を成形するために用いられるCold Isostatic Press(CIP)(写真1)や,鋳物の緻密化などに用いられる Hot Isostatic Press (HIP)

(写真2)を手掛けており,合計900台に迫る製作実績を有する世界最大級の超高圧機器メーカー

である。超高圧処理装置は CIPを食品向けとし

て応用したものである。大型かつ数百 MPa レベルの圧力で繰り返しの使用に耐えうる超高圧装置を製作できるメーカーは,世界的にも限られており,国内では独占的な地位を築いている。 超高圧処理装置は,第1図に示すように,主に1)超高圧を内部で保持する円筒型の圧力容器と上下蓋2)圧力容器内の軸力を支えるプレスフレーム3)超高圧を発生させる増圧機と動力源となる油圧機器4)圧媒の封止,開放を行う弁や超高圧配管 等から構成される。尚,小型の装置では,第2 図のように上蓋部がピストンの役割を果たし,油圧装置でピストンを直接圧力容器に押し込むことで圧力を発生させるタイプのものもある。 第1図に示す装置の運転手順としては,以下の通りである。 ①処理品投入 プレスフレームが,レール上を通って手前方向にスライドし,圧力容器と上下蓋を覆う位置から離れる。次に,上蓋が油圧装置により上昇し,90°以上旋回することで,圧力容器開口部が露出される。ここに,食品を収めたバスケットがクレーン等により投入される。再度,上蓋が圧力容器内に収められ,プレスフレームが元の位置まで移動する。 ②超高圧処理 増圧機により,圧媒水がタンクから超高圧配管を通じて圧力容器内に送られ,圧力容器内の内圧

写真 2 大型 Hot Isostatic Press(φ 850mm×3000mmL×1400℃ ×147MPa)

写真1 大型 Cold Isostatic Press(φ 2000mm×3000mmL×196MPa)

第1図 超高圧処理装置(写真:越後製菓株式会社ご提供)

プレスフレーム上蓋

圧力容器圧媒

下蓋増圧機圧媒タンク

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食品高圧加工の最新動向❖シリーズ解説❖

が高められる。所定の圧力に達すると,圧力容器内の圧力が設定された時間に応じて保持される。その後,減圧弁が開放され,減圧される。 ③処理品取り出し 上記①と同様の手順で,処理品が取り出される。 (以降,①~③の繰り返し) 第1図の構造は,圧力容器が縦方向に配置されることから縦型方式と呼ばれ,従来主流の構造であった。しかしながら,1)処理品の出し入れにクレーンを使用するため,人手や時間を要したり,吊

り上げた処理品から水が床に落ちたりする2)運転やメンテナンスにおいて高所作業が発生する3)クレーンを含めた設置場所高さが非常に高くなる(5m を超えることも)4)狭い面積に荷重が集中するため,既存の工場には設置できないケースが多い といった課題があった。

 ◆4.横型超高圧処理装置   FOOD FRESHER の商品化◆ 縦型方式の諸問題を解決するため,当社では一昨年,圧力容器を水平方向に配置した構造の装置を開発し,FOOD FRESHER の商品名で販売を開始した(写真3,第3図)。FOOD FRESHER の

特長は,1)圧力容器を横方向に配置しているため,装置高さが抑えられ(2m 前後),単位面積当たりの耐荷重も軽減される2)処理品を入れたバスケットが自動搬送装置により機械的に装置内に出し入れされることで,人手と時間を削減できる3)バスケットへの商品の積み込み,取り出しがフロアレベルで行えるため,高所作業がない

第2図 ピストン直圧加圧方式

③排水,圧力容器移動(以降,①〜③の繰り返し)

第3図 FOOD FRESHER の稼働手順

写真3 FOOD FRESHER FF4010

①トレーを加圧容器内に投入

②圧力容器がプレスフレーム内に移動し,超高圧処理            ,

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4)処理品の入側と出側が異なるため,未処理製品と処理済み製品の混同のリスクが低くなる といったことがある。 FOOD FRESHER の第一号機は石巻市の桃浦かき生産者合同会社に納入され,牡蠣の脱殻を目的に使用されている(写真4)。200MPa 程度の超高圧下にて活牡蠣を処理すると,写真5のように貝が口を開け,貝柱が殻から離れるため,殻の開口部を下に向けるだけで身がするりと抜け落ち,従来のように殻や身に刃を入れる必要がない。当社装置ラインアップは第1表に示す通りだが,桃浦かき生産者合同会社の装置は最大圧力400MPa,処理室サイズ100liter の FF4010モデルである。剥き身換算で300㎏ / 日を超える処理能力を有し,牡蠣剥き作業者10人分以上の労働力に相当する。FF2540,FF2560モデルでは大型化によりさらに効率が改善され,剥き身で2~3トン / 日の処理量も期待できる。全国的に牡蠣剥き作業者の高齢化・後継者不足が問題となっており,牡蠣の生産量維持・拡大の観点で,水産業者から本装置に多大な期待が寄せられている。また,本用途においては,副次的メリットとして微生物殺菌効果も確認されており,衛生・安全面の改善も実現されている。さらには,いくつかの研究機関によりノロウイルス不活化の効果も確認されつつあり,これが公的に認められるようになれば,ノロウイルスフリーの牡蠣が謳

うた

えることとなり,業界へのインパクトは絶大なものとなろう。尚,桃浦かき生産者合同会社では,牡蠣以外にも多様な水産物に超高圧処理を利用した非加熱殺菌・加工を行い,商品化に向けた取り組みを行っている。 その他の納入事例として,ニッポンハムグループのマリンフーズ株式会社では,今年6月8日より,漁師町バル「北海道産ほたてのオイル漬け」

(写真6),他3品を販売している。超高圧処理

による熱を使用しない殺菌工程のため,生のようなやわらかい食感と素材のおいしさを堪能できるのが特長である。マリンフーズ株式会社では今後,ロングライフチルド製品や,加熱に不向きで商品化の難しかったシーフード製品への展開を試みておられる。

 ◆5.超高圧処理テスト・          受託処理対応◆ 当社では様々なお客様に超高圧処理のメリットと使い勝手を経験いただき,装置導入に繋

つな

げていただけるよう,テストセンター(兵庫県高砂市)に 最 大 圧 力600MPa, 処 理 室 サ イ ズ50liter のFF6005機(写真7)を設置し,見学およびテスト対応を行っている。50liter と比較的大容量を持つため,一定量のサンプルの処理を請け負うことも可能であり,テストや試作を終え,市場調査段

写真4 桃浦かき生産者合同会社での超高圧を利用した牡蠣剥きの様子

写真5 超高圧処理後の牡蠣

用途 型式 圧力 (Mpa) 容量 (L)

殺菌・加工

FF6005

600

50FF6010 100FF6020 200FF6040 400FF4010

400100

FF4020 200FF4040 400

二枚貝・甲殻類の殻むき

FF2520250

200FF2540 400FF2560 600

研究開発 Dr.CHEF 700 0.61000 0.3

第1表 FOOD FRESHER ラインアップ

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食品高圧加工の最新動向❖シリーズ解説❖

階に入ったお客様に対し,サンプル製品の受託処理も行っている。テストセンターは工場や設計事務所に隣接しているため,機械や処理方法に関するお問い合わせや相談も対応可能である。是非,少しでもご興味があれば気軽に活用いただきたい。

 ◆6.今後の取り組み◆ 超高圧処理の本格的な普及のためには下記の課題があるものと考え,解決に向け取り組んでいる。1)超高圧処理利用の裾野拡大2)生産性のさらなる向上3)殺菌方法としての法的認可4)さらなる殺菌効果の実現 1)に関しては,初めて超高圧を利用するお客様でも無理なく製品化に進んでいただけるよう,前述の当社でのサンプル受託処理に続くステップとして,受託処理業者や OEM 製造業者に装置を普及させ,超高圧処理利用の裾野を広げていく試みを行っている。 2)に関しては,さらなる大容量化,増圧機の能力向上,前後設備の拡充により,生産性の向上を図っていく。 3)に関しては,食品衛生法では超高圧処理は非加熱殺菌方法として認可されておらず,加熱殺菌が必要とされる食品においては加熱の代替方法になりえていない。他国の状況としては,欧米の

みならず近隣の韓国や台湾でも,すでにコンビニエンスストアやスーパーマーケットで超

高圧処理により製造されたジュースなどがごく普通に販売されており,日本はこの分野において先進国では最も出遅れているといわざるを得ない。当社単独での取り組みでは限界があり,研究機関や顧客との連携により事態の打開を図っていきたい。 4)に関しては,前述の通り,現状では超高圧処理は芽胞形成菌の殺菌などに課題を抱える。最適な超高圧処理条件を探索し続けるのと同時に,食品に悪影響を与えない程度の加熱との併用や他の非加熱殺菌方法との併用により,完全殺菌を目指す。これに関しても,研究機関等との連携を通じて対応を行っていく。

 ◆7.まとめ◆ 食品の非加熱殺菌・加工方法である超高圧処理に対する期待が高まっており,横型超高圧処理装置 FOOD FRESHER を開発,販売開始した。当社テストセンターでのテスト・受託処理対応を通じて顧客の装置導入までの協力をしていく。また,受託処理業者への普及により,超高圧処理利用製品の裾野を広げる取り組みを行っていく。超高圧処理技術により消費者の皆様の豊かな食生活と健康に貢献できるよう,装置メーカーとして最大限の努力を行っていく所存である。

※カラー写真を HP に掲載しています。           (http//kangiken.net)

写真7 テストセンターの超高圧処理装置(FF6005(左)および Dr.CHEF(右))

写真6 マリンフーズ株式会社の “ 漁師町バル「北海道産ほたてのオイル漬け」”

※本記事に関するお問い合わせは下記まで 重機械部営業室  東京 Tel:03-5739-6762 担当 加藤,大舘 大阪 Tel:06-6206-6028 担当 真鍋